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「刑罰論戦争の「休戦」?

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(1)

翻訳(松澤・十河)  

251

 我々のうちの誰かが生まれるよりもずっと前の、 1 世紀の間、刑罰論は二つの 陣 営 に 引 き 裂 か れ て き た。 両 陣 営 が 強 調 す る 二 つ の 配 分 原 理(distributive principles)を両立させることは、不可能にみえる。威嚇抑止(deterrence)や危 険な者の隔離(“Incapacitation”)といった功利主義的アプローチにとって、その 優先的目的は、将来における犯罪の予防であった。これに対して応報理論は、正 義の実現(doing justice)を目的に定めた。この考えによれば、非難相当性

(“blameworthiness”)(二)の程度に対応した刑罰によって正義を貫徹することには、

それ自体で価値がある。そのため、それ以上の正当化は不要であるとされたので ある。

 この二つの競合する原理を和解させるのはほとんど不可能であろうと思われ た。功利主義的な見方からすれば、刑罰の賦課は実践的な便益によってのみ基礎 翻 訳

ポール・H・ロビンソン

「刑罰論戦争の「休戦」?

―経験的デザート、道徳的信頼、社会的規範の内面化(1)

松 澤   伸 監訳

(一)

十 河 隼 人  訳

(*) ペンシルヴァニア大学

( 1 ) ヨハネス・カスパー教授(Prof. Dr. Johannes Kaspar)およびユリアン・コーブルク

(Juliane Koburg)により英語から翻訳された。

  (※訳者注:ドイツ語版のもととなった英語による報告原稿は、後に、Paul H Robinson,

‘A Truce in the Criminal Law Distributive Principle Wars?’ [2020] U of Penn Law School, Public Law Research Paper 20─04として公表された。そこで、訳出にあたってはこの英語 版も適宜参照したが、基礎としたのはあくまでドイツ語版である。ただし、重要概念の訳語 を選択するにあたっては、原則としてドイツ語よりも英語による表現を優先させることと し、訳文では英語のみを原語として掲げた上で、英語・ドイツ語版でのドイツ語訳・本稿で の日本語訳の対応関係を、訳注一の訳語表に示した。なお、ドイツ語版においては、英語に よる原語を示す際に、“empirical desert”というように二重引用符が付されているが、これ は訳文と訳語表の両方にそのまま反映してある。また、訳語表に記載しなかった概念は、原 語併記はドイツ語としている。)

(2)

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  早法 96 巻 1 号(2020)

づけられうるのであり、その便益というのは、とりわけ、将来の犯罪を回避する ことによって達成されるものなのである。応報理論家の見方からすれば、刑罰 は、過去に引き起こされた不正(wrongs)に対する正義を確立するために科せら れる。これに対するそれ以上の正当化は必要とされない。この対立する二つのア プローチは、全く違うものに価値を認めている。それらは異なる通貨を用いてい るのである。つまり、一方にとっては将来の犯罪を回避することであり、もう一 方にとっては、過去の行為を根拠として正義を実現することである。

 私はここで、次のことを主張したいと思う。すなわち、この二つの原理は、あ る意味で、完全に(三)和解させることができるのである。私が提案するのは、一方の アプローチが配分原理に関する闘争の勝者であると定めよう、ということではな い。むしろ、休戦協定を結ぼうというのである。具体的に言えば、功利主義が正 しいと確信している者は、行為者に相応な刑罰を志向する配分原理を支持すべき である。なぜなら、経験的調査において示されている証拠によると、将来の犯罪 は、過去の犯罪(四)を顧慮して正義を実現することによって、おそらく最も効果的か つ効率的に回避されうるからである(2)

 ただし、ここでの「正義の実現」は、道徳哲学者によって相応な刑だと見なさ れるという、義務論的な意味での「正義」を意味するものではない。そうではな く む し ろ、 経 験 的 に 確 か め ら れ た 公 衆 の 正 義 観 念(die empirisch ermittelte Gerechtigkeitsvorstellungen der Bevölkerung)(五) に 沿 っ た「経 験 的 デ ザ ー ト

(“empirical desert”)」という意味での正義である。経験的調査が示すところでは、

公衆による行為者の非難相当性に関する判断においては、行為の重大性、行為者 の行為は故意だったのか(重)過失だったのかという問題(六)、ならびに、行為の時 点における行為者の精神的、感情的および身体的な能力といった、多様な要素が 考慮されている(3)。特に、次のことを主張する。すなわち、公衆の正義観念を反映 させることで、システムは公衆からの道徳的信頼(moral credibility)を確立する ことができる。これにより、そのシステムは、社会的影響(social influence)、コ ミュニティ支援(community support)、および内面化された規範がもつ力を利用 できるのである。

 最近の経験的調査では、公衆にとってその正義観念に反すると感じられる刑法 システムは、抵抗と潜脱傾向(Umgehungstendenz)(七)を生じさせるということが 証明されている。これに対して、とりわけ公衆の正義観念を取り入れることによ って、正義を実現しているという評判を得る刑法システムは、その道徳的信頼を 通じて、より多くの敬意、協力および賛同を得ることになり、そうして、非難さ

( 2 ) Robinson 2013, 96─238参照。

( 3 ) 同上239─413参照。

(3)

翻訳(松澤・十河)  

253

れるべき行動様式についての規範が、公衆により内面化される蓋然性が高まるの である。

 以上、私の主たる主張を簡潔に述べたが、これをさらに詳しく説明し、若干の 例を挙げてゆく上で最も効果的な方法は、下の五つの問いについて論じることで ある。これらの問いは、刑法上の責任と刑罰(criminal liability and punishment)(八)

に対する最上位の配分原理としての「経験的デザート」に関するものである。

1 .公衆の正義観念はそもそも存在するのか?

2 .公衆の正義観念は野蛮で過酷ではないのか?

3 .犯罪統制を行う上で、公衆の正義観念に関心を持つべきであるというのはな ぜか? 「経験的デザート」のアプローチが犯罪行為を減少させるだろうという のはなぜか?

4 .仮に「経験的デザート」のアプローチが一定の犯罪減少効果を持っていたと しても、威嚇抑止や危険な行為者の隔離の方が有効なのではないか?

5 .刑法は、いつかは公衆の正義観念から離れるべきなのではないか? そうで ないならば我々は、社会改革者が正当な理由によって現状を変えようとしていて も、その現状に縛られてしまうのではないか?

1 .公衆の正義観念はそもそも存在するのか?

 何が正義にかない、何がそうでないのかということの判断は、もしかすると、

それについては誰もが自分自身の個人的な見方を持っているというほどに複雑な ものなのではないか? もしかすると、共同体の見方というものは存在せず、そ のため、公衆の正義観念を反映するように刑法システムを構築することなどでき ないのではないか? しかしながら、経験的証拠は異なった傾向を見せている(4)。  とりわけ、不正行為の中核(“core of wrongdoing”)と呼びうる行動様式―例 えば傷害、窃盗、詐欺など―の場合には、実際のところ、全てのデモグラフィ ック(demographic)において高度な一致がみられる。ある研究においては、被 験者に24個のシナリオ〔を示し、それら〕を行為者の非難相当性およびそれに相 応な刑罰〔の程度〕に従って並べてもらった。その結果は、対面の被験者(in─

person subjects)ではケンドールの一致係数 W(Kendall’s W)が0.95という値を示 し、インターネット上の被験者(Internet subjects)では0.88という値を示す、と いうものであった。これは驚くべき結果である。

 観察的研究(observational studies)、すなわち例えば被験者に対して点の集合体

( 4 ) Robinson 2013, 18─34参照。

(4)

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  早法 96 巻 1 号(2020)

の明るさに関する判断を質問するような場合であるが、それを除けば、ふつうこ れほど大きな一致は生まれない。被験者に対して、純粋な知覚以上のことを質問 する場合には、彼らに課される分析作業はほとんど直観的なものとならざるをえ ない。例えば、言葉を話すことができない患者に対する医学的診断のために用い られる、痛みを表現する複数の図を、被験者に〔痛そうに見える程度に従って〕

並べさせると、同じくらい高度な一致係数が得られる。図 1 を参照。

 次のことも経験的調査によって示されている。すなわち、教育を受けていない 人 で あ っ て も、 正 義 に 関 し て、 非 常 に 洗 練 さ れ て い る と 同 時 に 繊 細 な

(nuanciert)判断をする。事実関係を少し変化させるだけで、非難相当性判断

(blameworthiness judgments)(九)も、予想通りの変化をみせるのである(6)

 公衆の判断は、特定の程度の非難相当性を特定の刑量に結びつける、というも のではない。それでもなお、特定の事例に関する、他の全事例との比較における 相対的な非難相当性(“relative blameworthiness”)についての公衆の判断が、結局 は刑罰〔の程度に応じて滑らかに繋がった〕連続体(Strafkontinuum)の中にあ る特定の点に落ち着くのは、次の理由による。すなわち、一般市民は非難相当性

〔の程度に応じて滑らかに繋がった〕連続体(Schuldkontinuum)の内部にある数 多くの事例を〔その非難相当性の大小に従って〕相互に区別することができ、か つ、刑罰の連続体は有限個の点しか含んでいないからである(自由刑の期間が増 大すると、有意差を出すためには、より多くのユニットが必要になる)。刑罰の大きさ と具体的な非難相当性の大きさとの間に魔法のような結びつきがあるからそうな る〔=特定事件と特定刑量が結びつく〕というわけではないのであって、むし ろ、この事例を他の全事例との関係で適切な順位に位置づけるためにはあの刑量 が適している〔という形で判断が行われる〕ため、そうなるのである。刑罰連続 体の始点と終点が変われば、この連続体のどこに特定事件の刑量が位置づけられ るかも変わるのである。

 私は、〔相対的な非難相当性に関する〕公衆の判断が、〔刑罰連続体の〕特定の 図 1 顔の図(5)

( 5 ) Herr/Mobily/Kohout/Wagener Clinical Journal of Pain 14 (1998), 29 ff. 参照。

( 6 ) 数多くあるこの種の研究の参照指示は、Robinson 2013, 234─421.

(5)

翻訳(松澤・十河)  

255

始点および終点に固定されているとは考えない。この判断の柔軟性は、この始点 と終点〔がどこにあり、その間隔がどのくらい狭くあるいは広いか〕によって決 まるわけであるが、社会が異なればこの始点と終点も著しく異なるということ は、容易に認めうるところである。これとは反対に、相対的な非難相当性に関す る判断は、とりわけ不正行為の中核に関しては、それほど可変性のあるものでは ない。このことは、犯罪シナリオのランクづけが、複数のデモグラフィックと文 化にわたって同一であるという事実によって裏づけられる(7)

 不正行為の中核に関する相対的な非難相当性の判断がこれほどに高度の一致を 示すということは、正義に関する直観の一定部分は人類の進化発生(human evolutionary development)を通じて形成された性質であると考えれば、驚くには あたらない(8)。これは、次のことを示唆する経験的証拠(evidence)と整合する。

すなわち、正義観念は、論理的思考を通じて意識的に行われるというよりも、そ のほとんどの部分が直観的に生じるということである(9)。図 2 に見られるように、

ダニー・カーネマン(Danny Kahneman)は、直観的判断を純粋な知覚と熟慮を 経た判断との中間に分類した。

図 2 ―ダニー・カーネマンの図(10)

知覚

プロセス

直観 システム 1

高速 並行的(parallel)

自動的 楽にできる(effortless)

連想的 習得が遅い

感情的

・概念的表象

・過去、現在、未来がある

・言語により喚起されうる 低速 直線的(serial)

被統制的 楽にできない 規則にしたがう

フレキシブル 中立的

・知覚

・現在の刺激

・刺激と結び ついている

推論 システム 2

( 7 ) Robinson 2013, 18─34.

( 8 ) 同上、35─62.

( 9 ) 同上、5─17.

(10) Kahneman American Psychologist 58 (2003), 697, 698.

(6)

256

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 不正行為の中核から離れると、意見の相違が現れる。インターネットからの音 楽の違法ダウンロードを、従来通りの窃盗に類似したものであるとみることは可 能であるが、そこに有体物の合意(Einverständnis)なき奪取があるわけではな い。窃盗行為に関しては明白な一致がある一方で、音楽の許されないダウンロー ドに関する評価の場合では、各人が窃盗との類似性を受け容れるかどうかに依存 して、不一致が生じるであろう。

 直観的な正義判断を、根拠のある考慮によって補充すると、その途端に意見の 相違が現れる。しかし、肝心なのは次の点である。すなわち、正義に関する直観 という問題は―ここ10年の一般的見解とは反対に―それについて各人ごとに 意見の相違がありえ、コンセンサスに至ることが不可能であるような問題ではな いということである。中核領域があり、その中では一致が行き渡っている。そし て我々は、不一致が存在する範囲については、刑法上の責任と刑罰に関する全て の問題との関係で、釣鐘曲線(the bell curve)(一〇)の中心を信頼のおける形で定める ための利用可能な手法を持っているのである。

 かくして、公衆の正義観念に可能な限り近似させる形で刑罰システムを構築す ることは、実際上可能である。

2 .公衆の正義観念は野蛮で過酷ではないのか?

 我々は、公衆の見解を確かめる手段をもっている。しかし、だからといって直 ちに、それを指針として刑法を作り上げるべきだということになるわけではな い。このような展望に対しては、アメリカにおける学者の多くが慄然とするに違 いない。なぜなら、彼らがいま直面している、刑法領域におけるいくつかの政策 手法(Handlungsweise(一一))は、彼らの考えでは非常に憂慮すべきものであり、すな わち、彼らの意見によれば、それらの政策は正義ではなく不正義をもたらすもの なのである。

 図 3 の四列目には、アメリカの刑法における、進歩的な学者たちからしばしば 不正義であると批判されている色々な原理を示してある。この表の各行には、右 に述べた犯罪統制原理のそれぞれの適用を明確化するものとして、12件の現実の 事件をそれぞれ示してある(「犯罪統制原理」と呼ぶのは、その導入が、注意深く導 き出された「相応」刑がこの原理によってもたらされるという主張によって正当化され たわけではなく、むしろ、犯罪の統制という根拠によって正当化されたものだからであ る)。

(7)

翻訳(松澤・十河)  

257

 しかし、調査によっては、次のことが示されている。すなわち、これらの、刑 法上の責任と刑罰に関する広く行われているルールは、公衆の正義観念を反映し たものでは全くない。実際は真逆である。すなわち、公衆の正義観念は、これら の原理と徹底的に矛盾しているのである(12)。確かにこれらの原理は、威嚇抑止ある いは危険な者の隔離という犯罪統制戦略とは両立しうるけれども、公衆の正義観 念から刑罰を引き離すものである。これについては、図 4 を参照してほしい。図 図 3 ―犯罪統制原理が適用された事件(11)

事件概要 事件名 犯罪統制原理 実際に言い渡さ

れた量刑

L.教師に対する誤射 Brazil 謀殺 少年の成人とし

ての起訴

パロールなしの 28年の拘禁刑 K.子供を地獄から救うた

めに溺死させた

Yates 謀殺 心神喪失抗弁の

制限

終身刑

J.侵入窃盗に際する殺害 の共犯

Moore 重罪謀殺、侵入 窃盗

重罪謀殺化原則 パロールなしの 終身重懲役刑 I.警官をエイリアンであ

ると考えて殺害した

Clark 謀殺 心神喪失抗弁の

制限

終身刑

H.コカインの過剰摂取 Heacock 重罪謀殺、禁制 品の不法譲渡

重罪謀殺化原則 40年の拘禁刑

G.トランクの中のコカイ

Harmelin 禁制品の不法譲 渡の共犯

薬物犯罪の重罰

パロールなしの 終身刑

F.エアコン詐欺 Rummel 軽詐欺 三振法 終身刑

E.規定年齢を超えている と合理的に信じられた女性 との性交

Haas 法定強姦 厳格責任 40 年 か ら 60 年 の拘禁刑

D.知的障害のある男性に よる未成年者との性交

Garnett 法定強姦 厳格責任 5 年の拘禁刑

C.大麻の荷降ろし Papa 禁制品の不法所

薬物犯罪の重罰

8 年の拘禁刑

B.テレビへの発砲 Almond 銃火器の不法使

三振法 パロールなしの

15年の拘禁刑 A.ロブスターの不適切な

保管

Blandford 輸入規定に対す る違反

規定違反の犯罪

15年の拘禁刑か ら終身刑

(11) Robinson 2013, 123.

(12) 同上、110─140.

(8)

258

  早法 96 巻 1 号(2020)

(13) Robinson 2013, 126参照。

図 4 ―犯罪統制に関する事例と「マイルストーン」事例のランキングリスト(13)

事件概要 被験者の示した量刑 実際に言い渡され

た量刑

12 待ち伏せした上で銃撃し殺害 死刑と終身刑の間

11 刺殺 基本的に終身刑

10 不慮の事故によりピット・ブルから受けた咬傷

のため死亡 20.6年の拘禁刑

L.教師に対する誤射(少年の成人としての起訴) 19.2年の拘禁刑 パ ロ ー ル な し の 28年の拘禁刑 K.子供を地獄から救うために溺死させた(心神喪

失抗弁の制限) 26.3年の拘禁刑 終身刑

J.侵入窃盗に際する殺害の共犯(重罪謀殺化原則) 17.7年の拘禁刑 パロールなしの終 身重懲役刑

9 強盗の際に棍棒で殴打 12.0年の拘禁刑

8 ガソリンスタンドでの強盗未遂 9.1年の拘禁刑 I.警官をエイリアンであると考えて殺害した(心

神喪失抗弁の制限) 16.5年の拘禁刑 終身刑

H.コカインの過剰摂取(重罪謀殺化原則) 10.7年の拘禁刑 40年の拘禁刑 7 サッカーの試合後の数針縫う怪我 5.0年の拘禁刑

6 レコード店での平手打ちと打撲傷 3.9年の拘禁刑

G.トランクの中のコカイン(薬物犯罪の厳罰化) 4.2年の拘禁刑 パロールなしの終 身刑

F.エアコン詐欺(三振法) 3.1年の拘禁刑 パロールなしの終

身刑

5 住居から電子レンジを窃取 2.3年の拘禁刑

E.規定年齢を超えていると合理的に信じられた女

性との性交(厳格責任) 2.9年の拘禁刑 40年 か ら60年 の

拘禁刑 4 自動車からクロックラジオを窃取 1.9年の拘禁刑

D.知的障害のある男性による未成年者との性交

(厳格責任) 2.3年の拘禁刑 5 年の拘禁刑

C.大麻の荷降ろし(薬物犯罪の厳罰化) 1.9年の拘禁刑 8 年の拘禁刑

B.テレビへの発砲(三振法) 1.1年の拘禁刑 パロールなしの15

年の拘禁刑 3 ビュッフェからパイ 1 枚をまるごと窃取 8.3月の拘禁刑

A.ロブスターの不適切な保管(規定違反の犯罪

化) 9.7月の拘禁刑 15年の拘禁刑から

終身刑

2 オオカミの幻覚 1.1年の拘禁刑

1 他人の傘を誤って持ち帰った 1.8月の拘禁刑

(9)

翻訳(松澤・十河)  

259

4 は、人々の、上掲の図 3 に載せた事件の各々に対する相対的な非難相当性と適 切な刑罰に関する評価を示すものである。

 本図の一列目には、苛酷な刑が科せられた犯罪統制に関する12件の事例をイタ リック体で記してある(一二)。太字で印刷された12件の事例は、「マイルストーン」事 例と呼ぶことができようが、これは、シナリオを最も軽いものから最も重いもの まで並べたものであり、そうして、非難相当性の連続体を一体として示すもので ある。これと、犯罪統制に関するテスト事例とを比較対照できるということであ る。実験において被験者は、24件の全事例、すなわち12件のマイルストーン事例 と犯罪統制原理に関する12件の事例をランクづけするように指示された。本図の 順番がその結果である。

 ここで重要なのは次のような視点である。すなわち、人々は実のところ、苛酷 な刑をもたらした犯罪統制に関する諸事例を、法律上の扱いよりもあからさまに 重大性が低く、非難に値する程度が低いと感じているということである。例え ば、事例 F(Rummel 事件:エアコン詐欺)は軽詐欺事件に関するものであり、行 為者はそれ以前から既に一連の軽詐欺で有罪判決を受けていたものであるが、本 実験の被験者はこの事例を、住居から電子レンジを窃取した事例よりはいくらか 重く、レコード店での軽微な暴行よりはいくらか軽いものとみている。これら二 つの事例における犯罪行為に対して被験者が科した刑は、Rummel が実際に科 せられた終身刑ではなく、それぞれ2.3年と3.9年であった。

 次のことに注意してほしい。すなわち、犯罪統制原理に関する諸事例〔の苛酷 な量刑〕は、激情に駆られた検察官や、あるいは悪意のある裁判官の仕業であっ たわけではなく、そこでは犯罪統制に関する諸原理が、構想された通りに、適法 に適用されていたということである。Rummel 事件は最高裁にまで上訴され、

有罪判決と刑量はそこで維持されている。

 図 5 は、図 4 において暴露されたところの、公衆の見解と法律の間にある劇的 な矛盾を視覚的に示すものである。例えば、右手にある事例 F(Rummel 事件)

をみてほしい。中央の縦軸に向かって伸びている実線は、被験者がこの事例を刑 罰連続体に位置づけた場所を表している。それは 3 年のマークに近いところにあ る。斜めに傾いている点線は、実際に科せられた刑を示している。それは終身刑 である。

 ここで決定的に重要な点は、右側において、同一の事例に対して伸びている実 線と、それに対応する点線との間に、劇的な相違がみられるということである。

法と人々の見解との間にある非常に大きな矛盾は、この図における刑罰スケール が、線形的にではなく指数的に走っている(一三)という事実によって際立たせられる。

❶から❽の大点それぞれでは、概ね倍々の刑があらわれているが、これは、アメ

(10)

260

  早法 96 巻 1 号(2020)

リカ合衆国における刑法典が採用する評価段階の構造として、典型的なものであ る。それゆえ、ある事件に対する実線と破線の違いが刑罰スケール上の❹と❺の 違いでしかない場合でも、この小さな違いが意味しているのは、行為者は、質問 者の見解によれば彼に相応であろうと考えられた刑の、二倍の刑を科せられたと いうことなのである。実際は、法律と公衆の正義観念との間にある差異は、これ

〔の見た目〕よりもはるかにドラスティックなものなのである。

 どうして、これほどの矛盾が、民主制のもとで起こりえたのであろうか? こ

(14) Robinson 2013, 127参照。

図 5 ―犯罪統制原理と人々の見解の間にある矛盾(14)

12.Ambush Killing ● 11.Stabbing ●

10.Accidental Mauling by Pit Bulls ●

9 .Clubbing During Robbery ● 8 .Attempted Robbery at Gas Station ●

7 .Stitches After Soccer Game ● 6 .Slap & Bruising at Record Store ●

5 .Microwave from House ● 4 .Clock Radio from Car ●

2 .Wolf Hallucination ● 3 .Whole Pies from Buffet ● 1 .Umbrella Mistake ●

Subjects’ sentence Law’s sentence

● D.Garnett

● C.Papa

● B.Almond

● A.Blandford

● E.Haas

● G.Hormelin

● F.Rummel

● I.Clark

● H.Heacock

● K.Yates

● L.Brazill

● J.Moore Life without parole

30 years

15 years

7 years

3 years

1 years

6 months

2 months

(11)

翻訳(松澤・十河)  

261

れらの〔犯罪統制〕原理は、一般市民の過酷な正義觀念に由来するものではな い。むしろこれは、政治家が、犯罪統制の理論として、公共に対する威嚇抑止と 危険な行為者の隔離を信頼していることに由来するのであって、その理論はとい えば、過去に研究者たちが展開してきたところのものである(15)。刑法上の責任と刑 罰に関するルールを公衆の正義観念に適合させることは、これらの不正義をもた らす原理を回避するための効果的な手段となりうるであろう。

3 .犯罪統制を行う上では公衆の正義観念に関心を持つべきである というのはなぜか? 「経験的デザート」のアプローチが犯罪行為を

減少させるだろうというのはなぜか?

 過去の50年間、アメリカには、将来の犯罪を阻止する試みのためならば喜んで 正義を犠牲にする改革者たちがいた。これによりもたらされたのは、犯罪統制に 関する功利主義的な配分原理を、相応刑との衝突を気にせずに、信頼するという 事態である。この配分原理とはとりわけ、威嚇抑止と、危険な行為者の隔離であ る。

 しかし、経験的研究は次のことを示唆している。すなわち、刑法上の責任と刑 罰に関するルールとして、共同体の正義観念と矛盾するものを用いるのは、非生 産的だということである。

 一般威嚇抑止は机上の空論であって、実際には機能しない、ということを示す 証拠は増えてきているが、それは一旦措くとしても(16)、最近の研究は次のように忠 告している。すなわち、犯罪統制の効率性は本質的に、刑法に対する共同体の信 頼によって左右されるということである。刑法システムは、それが正義を貫徹し 不正義を防ぐ上で頼りになるとひろく認められれば、協力、支持およびその規範 の遵守と内面化を促進するものとなるのである。これに対して刑法システムは、

それがとりわけ、共同体の正義の原理から逸脱し、すなわち「経験的デザート」

から逸脱するものであるとひろく認められれば、抵抗と潜脱傾向を生じさせ、社 会的影響と規範の内面化がもつ強い力を利用することができなくなってしまうの である(17)

 大局的にみれば、この原理は、個別の事例において容易に認めることができ る。悪名高い、ソビエトの刑法システムは、強烈かつどこにでも〔監視の目が〕

(15) Robinson 2008, 21─133参照。

(16) Robinson 2008, 21─98. 隔離アプローチを用いることの難点に関する議論は、同上109─

134に示してある。

(17) Robinson 2013, 141─207参照。

(12)

262

  早法 96 巻 1 号(2020)

存在する警察国家の制度のみによって、規則遵守を達成した。正義をもたらすこ とに関するシステムの評判が落ちれば落ちるほど、市民からの敬意も得られなく なるのである。

 しかし、最近の研究が示唆するところでは、道徳的信頼および共同体からの尊 敬と、規則遵守との関係には、より豊かな内容と、より微妙な差異が含まれてい る。道徳的信頼が少し失われただけでも、それに応じて、システムに対する敬意 と規範遵守の喪失が引き起こされうるのである。

 図 6 に掲載してあるのは、次のような研究の結果である。すなわち同研究で は、被験者内実験計画(within subject design)(一四)を採用した上で、被験者を、いく

(18) Robinson 2013, 180参照。(訳者注:ドイツ語版では誤植があり、かつ英語版では画像が 不鮮明であったため、もともと監訳者が提供を受けていた、最初の講演原稿版〔この経緯に ついては監訳者あとがき参照〕から引用した。誤植の内容については、訳注十五の最下段を 図 6(一五)―幻滅によるシステムに対する敬意の減退(被験者内実験計画)(18)

Pre─ and Post─Stimulation Averages

Question Baseline

average Post stimulation

avrg.

Signifi- cance 1 .Life sentence means offense conduct be heinous 6.46 5.14 p<.001 2 .Law prohibition means posting false comments must 6.14 5.76 p<.07 3 .High sentence for financial maneuver means condemnable 5.25 4.63 p<.02 4 .Reportt removal of arrowhead 5.93 5.14 p<.01 5 .Give found handgun to police 6.66 5.56 p<.001 6 .Report dog violation to authorities 5.15 4.59 p<.01 7 .Go back and report your mistake to gas station 7.05 5.69 p<.001 8 .Go back and report your mistake to restaurant 7.15 5.71 p<.001

Agreement

8

7

6

5

4

31.Life Sentence 2.Facebook 3.Financial

Maneuver 4.Arrowhead 5.Hand Gun 6.Dog Lover 7.Gas Station 8.Restaurant Time 1

Time 2

(13)

翻訳(松澤・十河)  

263

つかの質問に答えさせる。それらの質問でテーマにされているのは、道徳的信頼

〔の低下〕によってシステムに対する敬意、規則遵守および法規範の内面化が損 なわれる様々な場合である。市民は、犯罪行為を届出ることで警察を支援するだ ろうか? 犯罪行為の取調べと訴追に助力するだろうか? 人々は、刑法上の帰 責がなされ、刑罰が科せられるということが、有罪とされた者が本当に何かしら 非難に値することを行ったのだということの、信頼できる証になると見なすだろ うか? 科せられた刑罰の程度は、所為の重大性と行為者の有責性を示す、信頼 できる根拠であると見なされるだろうか?

 まずベースとなる値を設定してから、システムの失敗とシステムによる不正の 創出を示すものに直面させることで、被験者を幻滅させる。そのあとで被験者に 対してテストをやり直すと、システムに対する敬意、規則を遵守しようという意 思および規範の内面化を示す値は、はたして一様に低下したのである。

 フォローアップ研究では、被験者間実験計画(一六)を用いた。すなわち、三つの異な るグループに対して異なる程度の幻滅を与え、そのあとで、システムに対する敬 意、規範を遵守しようという意思、および規範の内面化に関する彼らの状態をテ ストするというやり方である。図 7 に示された結果は、先の被験者内実験計画か ら引き出された帰結を確証している。幻滅の程度が大きければ大きいほど、シス テムへの敬意、規則遵守の意思および規範の内面化もまた、より大きな喪失を被 るのである。

参照。)

(19) Robinson 2013, 182参照。

(一七)図 7

システムに対する敬意の減退(被験者間実験計画)(19)

Item Study 2a baseline No disillusionment

Study 2b Low disillusionment

Study 2b High disillusionment 1 .Life sentence means heinous 6.46a 6.59a 5.35b 2 .Posting condemnable 6.14a 5.38b 5.59b 3 .Financial move condemnable 5.25a 5.16a 4.34b 4 .Reportt arrowhead 5.93a 5.65a 4.95b 5 .Turn in hand gun 6.66a 5.40b 4.32c 6 .Report dogs violation 5.15a 4.75a, b 4.43b 7 .Return to gas station 7.05a 6.63a 5.63b 8 .Return to restaurant 7.15a 6.47b 5.84c Where two cells on a row DO NOT share the same letter, they are statistically different

(14)

264

  早法 96 巻 1 号(2020)

 (図 8 は、大規模なデータセットを用いた研究の結果を記載しており、回帰分析によ って似た帰結に到達しているものである。)

 両実験研究〔=図 6 および 7 の研究〕の結果は、特に驚くべきものである。な ぜなら、両実験に参加した被験者たちは、両研究〔に参加し〕にやってきた時点 で、刑法システムは正義を実現しているということに関する評判についての〔肯 定的な〕見解を既に持っていたからである。実験者は、これらの既存の見方に対 して、研究のコンテクストの内部で、少し影響を与えることができただけであっ た。とはいえ、そうはいっても、少しの幻滅だけを与えた場合でさえ、それに応 じて、システムに対する敬意と規則遵守の意思に関する値は低下するに至ったの である。

 これは次の点で重要である。すなわち、ここで示唆されているのは、刑法シス テムに対する共同体からの道徳的信頼に関する現在の状態とは無関係に、道徳的 信頼が徐々に減退させられれば、システムに対する敬意の減退もまた徐々に生じ させられうるのだ、ということなのである。かつ、道徳的信頼が増大してゆけ ば、敬意の強化もまた生じうるのである。

図 8(一八)―回帰分析(20)

Variable Willingness to defer to the Criminal Justice System in the Future Standardized Regression Coeffcient SignficanceLevel

Moral Credibility .265 .002

Male ─.072 .395

Age ─.128 .148

White .062 .476

Education ─.134 .144

Household Income .017 .859

Married .167 .069

(20) Robinson Northwestern University Law Review 111 (2017), 1565, 1585参照。

(15)

翻訳(松澤・十河)  

265

4 .仮に「経験的デザート」のアプローチが一定の犯罪減少効果を 持っていたとしても、威嚇抑止や危険な行為者の隔離の方が有効な

のではないのだろうか?

 「経験的デザート」のアプローチを配分原理とすることには、たいへん魅力が ある。その理由の一部は、次の点にも認められる。すなわち、威嚇抑止、あるい は危険な行為者の隔離といった他のアプローチには複数の難点があるということ である。このテーマについて私は、既にかなり多くを書いてきたところではある

(21)

、私見による批判の本質的な部分を簡潔に素描しておきたい。

 原理上は、威嚇抑止は効率的な犯罪統制メカニズムでありうるけれども、これ が実際上機能するのは、稀なことでしかない。不正行為者(wrongdoer)に刑罰 を科するところの刑法システムが一般威嚇抑止の効果を有することは確かであ る。しかしながら、刑法上の責任と刑罰に対する配分原理を威嚇抑止に求めるこ と―すなわち、責任と刑罰に関するルールは、一般威嚇抑止の効果が最大化さ れるような形で構想しなければならないということである―が、どのくらい効 果的であるかは、それほど明白ではない。威嚇抑止の有効性がよりよいものとな るようにルールを定式化する(a rule formulation)(一九)ためには、少なくとも、次の 三つの条件が満たされなければならない。すなわち第一に、〔威嚇抑止の〕対象 とされるグループが、ルールのことを知っているのでなければならない。第二 に、対象グループは、合理的な計算を行う者でなければならないであろう。すな わち、ルールに照らして、自分自身の利益が促進されるように行動することがで き、かつそうすることを望んでいるということである。そして第三に(二〇)、ルールに 基づく費用便益分析(Kosten─Nutzen─Analyse)の結果として、考慮されている ルール違反のコストが、そのルール違反から生じる得と比べて上回っている、と いうことが明らかにされるのでなければならない。

 残念ながら、これらの条件が現実の世界で満たされることはめったにない。第 一に、経験的研究の示すところでは、対象グループが法を知っているというの は、稀なことでしかない。グループの構成員が、自分は法を知っていると思い込 んでいる場合ですら、大抵の場合、誤解しているのである(22)。研究者と政治家は、

「重 罪 謀 殺 化 原 則」、「三 振 法」、 有 責 性 と は 無 関 係 な 負 責(「厳 格 責 任〔strict liability〕」)の活用、そしてその他の、図 3 の四列目に掲げた犯罪統制原理といっ

(21) Robinson 2008, 21─98, 141─207.

(22) これはとりわけ、アメリカにおいて問題となることである。アメリカには51の刑法典が 存在するのである。

(16)

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  早法 96 巻 1 号(2020)

た、目的志向的な犯罪統制原理の導入と定式化に、多くの時間を費やして頭をひ ねってきた。しかし、判例でこれこれのルールは適用されているか、そうである とすれば、判例はこのルールをどのように定式化しているのかと、道ゆく人に尋 ねても、あるいは行為者に特に尋ねた場合でさえも、尋ねられた人はそれを知ら ないか、知っていると思い込んでいたとしても、誤解しているのである。これに 対して、研究が示唆するところでは、人々は一般に、刑法の定めは、自分がそう あるべきだと信じる通りになっていると思っている。すなわち、刑法は、行為者 の全体としての非難相当性に鑑みて相応な刑罰を命じるように書かれている、と 思っているのである。

 第二に、次のことを示す研究が得られている。すなわち、対象グループは、法 律上のルールを知っている場合でも、合理的な計算を行う者から構成されている わけではないということがしばしばある。これに対して、彼らの判断は、次のこ とから強く影響を受けている。すなわち、精神障害または情緒障害、薬物の乱用 または依存、特にギャングの場合におけるグループ内の他の構成員からの影響、

衝動、自身の行為がもたらす帰結に対する無関心または無頓着である。

 最後に、対象グループがルールのことを知っており、かつ合理的判断を下す者 から構成されているときでも、一般威嚇抑止は、その合理的計算の結果として、

不正行為のコストが得を上回る場合にのみ可能となる。もっとも、検挙率と処罰 率は、ほとんどの犯罪行為において低い水準にある。一般に、殺害の罪を除け ば、その水準は全ての罪において100分の 1 を下回るのである。これほど低い水 準のゆえに、対象グループはしばしば、所為の便益がその費用を上回るものと評 価する。それ以上に重要なのは、この計算の結果というのが、実際の状況ではな く、むしろ潜在的な犯罪行為者の知覚によって左右されるということである。経 験的証拠の示すところでは、ほとんどの潜在的行為者とまでは言わずとも、その 多くが一般に、自分は罪の発覚と処罰を免れることができるというように自身の 能力を過大評価している。それゆえ、威嚇抑止の企ては、仮に処罰率が著しく増 大したとしても、限定的な効果しかもちえないということがありうるのである。

 一般威嚇抑止の効果は、既に、公正な刑罰配分に内在している。この事実もま た、威嚇抑止アプローチの有利性をさらに弱めるものである。処罰に関する威嚇 抑止アプローチによって、〔経験的デザートに照らして〕相応な刑罰配分に既に 内在しているもの以上の威嚇抑止効果を発生させるためには、次の方法をとるし かない。すなわち、相応な刑から逸脱するのである。別の言い方をすれば、不公 正な刑を科すのである。

 その一方で、まさにこの相応な刑から逸脱する場合において、威嚇抑止作用は 最低になるのである。既述の通り、人々は、刑法は公正な配分規則に従っている

(17)

翻訳(松澤・十河)  

267

ものと思っている。それゆえ、対象グループを、公正な処罰から逸脱した威嚇抑 止のアプローチに基づくルールに気づかせるためには、大々的な教育キャンペー ンを張る必要がある。〔しかしながら、〕このような教育措置は、とりわけ潜在的 行為者の対象者グループに関していえば、きわめて難しいということが根拠をも って示されているのである。

 危険な行為者の隔離は、威嚇抑止アプローチの場合とは根拠が異なるけれど も、それと同じくらい、問題をはらんでいる。一般威嚇抑止は、どのみち既に公 正な刑罰配分に含まれているもの以上の抑止効果を発揮する上で複数の難点を抱 えているが、隔離はこれとは異なって、事実として有効である。行為者が投獄さ れていれば、公共に対するそれ以上の被害は防がれるのである。

 しかしながら、隔離アプローチの問題は次のところにある。すなわち、行動科 学者たちは現在のところ、特定個人による将来の違法行為(Straffälligkeit)を信 頼できる形で予言することが、あまりうまくできないのである。偽陽性の評価が 下されれば、莫大なコストと個人的自由に対する大きな侵害が引き起こされ、そ れに応じた犯罪対策の便益は得られないことになるが、偽陽性が出される割合は 非常に高い。アメリカにおいて、隔離アプローチは特に厳しい形勢に置かれてい る。というのもアメリカでは、判例により打ち立てられた憲法上の制約によっ て、保安監置のような純粋に予防的な措置の活用が制限されており、その代わり に、この措置に対しては刑法の「装い」(strafrechtlichen „Kostüm“)が与えられ ているからである。例えば、責任と量刑に関するルールの枠内においては、刑量 を定めるにあたって、行為者に関して予測された将来の危険性をオープンに評価 する代わりに、以前の犯罪歴のような代替基準が一般に用いられている。しかし この代替基準は、将来の危険性を見積もる上では、信頼性が遥かに低いものであ ると証明されているのである。

 最後に、威嚇抑止や隔離といった強制的な犯罪統制原理は、公正な刑から逸脱 することによって犯罪対策上の利点をもたらすものであるということを仮に前提 とするとしても、その種の利点はいずれも、次のことによって無化されてしまう ものと考えられる。すなわち、そのような公正な刑からの逸脱は、刑法システム に対する共同体からの道徳的信頼を掘り崩し、そうして犯罪対策におけるその効 果が失われてしまうということである。

 社会心理学者たちが明らかにしているように、よい評判を再建することは困難 であり、かつ、それを破壊することはたやすい。威嚇抑止や隔離目的のために相 応な処罰から逸脱する事例が続けば、それはまさに、刑法に対する道徳的信頼を 掘り崩し、そうすることで、刑法の、社会的影響と規範の内面化がもつ有効な原 動力を活用する能力を損なうものとなるのである。

(18)

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  早法 96 巻 1 号(2020)

5 .刑法は、いつかは公衆の正義観念から離れるべきなのではない か? そうでないならば、我々は、社会改革者にとって変化を望む

十分な理由があっても、現状に縛られてしまうのではないか?

 公衆の見解に基づく刑法には懸念もあるが、その一つの理由は次のようなもの である。すなわち、そのようなシステムは、社会の変革を難しくする方向に傾く 可能性があるのではないか、あるいはより正確にいえば、社会の変革を達成する 上で法がもっている便益を妨げる可能性があるのではないか、ということであ る。公衆の見解に依拠するということは、確かに、人々の現在の4 4 4見解に依拠する ということを意味する。

 公衆があらかじめもっている見方が、社会にとって常に最善のものであるとは 限らない。我々はこのことを歴史から学んでいる。この見解を変化させること は、時に、よりよい世界をもたらしうる。そして刑法は、時に、見解を変化させ る上で助けになりうる。例えば、家庭内暴力とデートレイプの犯罪化が増えてい ることや、最近における同性間性交の非犯罪化を考えてみればよい。

 しかしながら、問題は次のところにある。すなわち、刑法が公衆の正義観念に 反すれば、その瞬間に、この両者の間の隔たりが、場合によっては、刑法に対す る道徳的信頼の低下をもたらすのである。

 これは、有効な犯罪対策だけでなく、社会の改革に対しても、著しく悲劇的な 効果をもたらすかもしれない。というのも、刑法に対する道徳的信頼が高ければ 高いほど、法が公衆の見方を変容させる力もまた大きくなるからである。

 そうなると、「経験的デザート」のアプローチに依拠する限り、社会は、まさ にいま存在している見解と永遠に共にあることを運命づけられるのであろうか? 

必ずしもそうではない。刑法が、人々の間での道徳的信頼を改善させれば―つ まり、共同体の中で「信頼ポイント」を稼げば―、刑法は、公衆の見解に従う 代わりに、社会改革者にとって特別な重要性をもつものとして選ばれたテーマに 関して、これを先導する役割を担うことによって、この「ポイント」を、狙いを 定めて「支払う」ことができるのである(23)

 換言すれば、「経験的デザート」のアプローチに依拠することは、社会改革者 に大きな支持を得させることにもなりうるのである。なぜならこのアプローチ は、社会規範を変化させる上で大きな効力をもったメカニズムを作り出すものだ からである。そしてこのメカニズムは、道徳的信頼が低い限りは、存在しないも

(23) Robinson 2013, 70─95, 189─207参照。

(19)

翻訳(松澤・十河)  

269

のなのである。

 ただし、社会改革者は、明確な戦略に従って改革を行うべきであろう。刑法に よって稼がれた「信頼ポイント」を、社会規範を変化させるために投入する際に は、慎重を期さなければならない。

 公衆の正義観念が、改革者の望みと一致する形で実際に変化する場合には、法 との衝突は消失し、信頼に対する長期的な害は存在しない。その一方で、1920年 代のアメリカにおける禁酒運動のように、法が公衆の見解から前進しすぎ、その 見解を変化させることに失敗する場合には、法は道徳的信頼を喪失し、そのこと は、犯罪統制効果の低減に反映される。現実にも、禁酒運動の時期には犯罪率が 増大したのであり、それはアルコール関係の法違反のみならず、アルコールとは 無関係な数多くの罪についてもそうだったのである。このことはまさに、公衆の 正義判断と矛盾するような刑罰が科され続けることによって刑法に対する道徳的 信頼が弱まる場合に、起こるものと予測される事態にほかならない。人々にとっ て、法を破ることが慣行と化すのである。あるいは、次のことの方が憂慮される かもしれない。すなわち、あまりに急進的にことを進めれば、それに応じた公衆 の見解の変化について成果が挙がらないまま、法の評判が損なわれうるのであ り、そのせいで、将来における社会変革者のための法の便益が低減してしまうと いうことがありうるのである。

結論

 目的志向的な犯罪統制を支持する者にも、相応な応報をいう者にも、刑罰論を めぐる闘争において「勝利」を主張する資格はない。目的志向的な犯罪統制の支 持者に関しては、「経験的デザート」を支配的な配分原理として承認するのが賢 明である。たとえそれによって、威嚇抑止や危険な行為者の隔離といった古典的 な功利主義的犯罪統制アプローチが取って代わられるとしても、である。よき功 利主義者であれば、たとえ相応刑〔=デザート論〕のアプローチに危険なほど接 近することになるとしても、数字に従おうと思うであろう。

 その一方で、応報主義者もまた、勝利を主張する資格はない。というのも、こ こで支持されている相応刑のアプローチは、道徳哲学者による義務論的なアプロ ーチの枠内で発展させられたものと合致するわけではないからである。そうでは なく、ここで問題となっているのは経験的根拠に基づく相応刑の配分である。そ れは、全く普通の人々に関する社会心理学者による研究をもとにして展開された ものであり、相応刑にはそれ自体で価値があるという形而上学的な考え方によっ てではなく、むしろ、その犯罪対策上の有効性によって基礎づけられるのであ

(20)

270

  早法 96 巻 1 号(2020)

る。けれども、応報理論の支持者は、次のことから慰めを得ることができる。す なわち、「経験的デザート」のアプローチはおそらく、義務論の尺度に従ったと きの相応刑に対する最良の実践的な近似物であり、刑法の(新たな)定式化を指 導するという目的のもとで、これを達成することができるのである。道徳哲学者 たちの間では、鍵となるテーマの(ほとんどとまでは行かないにしても)多くに関 して不一致があり、刑法草案の起草者にとってみれば、どの哲学の陣営に従えば いいのかということを判断するための信頼できるメカニズムは存在しない。別の 言い方をすれば、応報理論家が目指しているような、義務論的に正しい刑罰を配 分原理として引き受けるというのは、実践的にみて不可能なことである。これと は反対に、このことについて彼らは、最良の近似物であるところの「経験的デザ ート」を配分原理とすることで満足すべきである(24)

 それゆえ、刑罰論における配分原理をめぐる闘争に、勝者は存在しない。しか し、そうであるとしても、配分原理としての「経験的デザート」は、休戦のため の基礎を示している。両派は、彼らの目的を達成するための最良の実践的手段で あるところの「経験的デザート」でもって、うまくやっていくことができる

(gut leben können)のである。

文献リスト

Herr / Mobily / Kohout / Wagenaar Evaluation of the Faces Pain Scale for Use with the Elderly, in: Clinical Journal of Pain 14 (1998), 29─38

Kahneman A Perspective on Judgment and Choice. Mapping Bounded Rationality, in: American Psychologist 58 (2003), 697─720

Robinson (2008) Distributive Principles of Criminal Law: Who Should be Punished and How Much?

ders. (2013) Intuitions of Justice and the Utility of Desert

ders. Democratizing Criminal Law: Feasibility, Utility, and the Challenge of Social Change, in: Northwestern University Law Review 111 (2017), 1565─1595

【監訳者あとがき】

 本稿は、ペンシルヴェニア大学ロースクール教授・ポール・H・ロビンソンによ る論文 ”Ein „Waffenstillstand“ im Krieg der Straftheorien? ― Die empirisch ermittelte verdiente Strafe, moralische Glaubwürdigkeit und die Verinnerlichung von gesellschaftlichen Normen”の全訳である。訳出は、十河がすべて行い、松澤 が校閲した。

 元々の原稿は、英語で執筆されており、2018年11月にアウグスブルクで開催され たシンポジウムの基調報告原稿であった。そのシンポジウムの内容をまとめたもの

(24) Robinson 2008, 175─212, 247─260参照。

(21)

翻訳(松澤・十河)  

271

として、Johannes Kaspar / Tonio Walter (Hrsg.), Strafe „im Namen des Volkes“?

(Nomos, 2019)が出版されているが、本論文は、その巻頭を飾っている。松澤は、

ロビンソン教授から、2019年 7 月に英語版原稿の提供を受けたが、我々は、その重 要性から、翻訳を考え、十河がその作業を開始したところ、その後、前掲書が出版 されたため、ドイツ語からの翻訳という形をとることとし、英語版については、ド イツ語版翻訳の参考とするにとどめた、という経緯がある。

 内容は、ひとことで言えば、いわゆる積極的一般予防論の経験的事実による実 証、ということになる。ロビンソン教授の年来の研究をまとめたものであり、今後 の刑罰論の研究において、極めて重大な影響をもちうると考えられる。多くの読者 が、じっくりと内容を吟味されることを希望したい。我々も、本論文で示されたロ ビンソンの研究成果について、検討を継続してゆくつもりである。

 なお、本論文の紹介として、松澤「外国文献紹介」刑事法ジャーナル64号

(2020年)がある。また、本論文で示された議論は、ロビンソン説のごく大まかな 梗概に過ぎない。同説の、より包括的な紹介と分析については、十河「積極的一般 予防の経験的基礎と規範的限界─ポール・H・ロビンソンの刑罰論を出発点とし て─」早比オンライン・ジャーナル2020─ 2 号(2020年公表予定)を参照。

(一) 訳語表:本論文に登場する主要概念の英語・ドイツ語訳・日本語訳を以下に表示する。

番号 英語 ドイツ語訳 日本語訳

1. “blameworthiness” Schuld bzw. Vorwerfbarkeit など(訳注二参照)

非難相当性

2. “core of wrongdoing” Kernbereich möglichen Fehlverhaltens

不正行為の中核

3. community support Unterstützung durch der Gemeinschaft

コミュニティ支援

4. criminal liability and punishment

strafrechtliche Verantwortlichkeit und Strafe

など(訳注八参照)

刑法上の責任と刑罰

5. demographic Bevölkerungsgruppe デモグラフィック 6. desert;

deserved

Verdienst;

verdient

デザート 相応な

7. deterrence Abschreckung 威嚇抑止

8. distributive principle Verteilungsprinzip;

distributives Prinzip

配分原理

9. doing justice Gerechtigkeit zu üben 正義の実現 10. “empirical desert” empirisch ermittelte verdiente

Strafe

経験的デザート

(22)

272

  早法 96 巻 1 号(2020)

11. human evolutionary development

die menschliche evolutionäre Entwicklung

人類の進化発生

12. “incapacitation” Sicherung 隔離 13. Kendall’s W Kendalls Konkordanzkoeffizient ケンドールの一致係数 W 14. moral credibility moralische Glaubwürdigkeit 道徳的信頼 15. observational studies Beobachtungsstudien 観察的研究 16. social influence soziale Einflüsse 社会的影響 17. bell curve die Verteilungskurve 釣鐘曲線

18. wrong Übel 不正

19. wrongdoing Verbrechen;

Fehlverhalten

犯罪 不正行為

20. wrongdoer Missetäter 不正行為者

(二) “blameworthiness” は、 ド イ ツ 語 版 で は „Schuld bzw. Vorwerfbarkeit“, „Schuld“,

„Schuldigkeit“, „Voewerfbarkeit“, „Schuldhaftigkeit“ と訳されるパターンがある(なお、訳注 九も参照)。全体としては、„Schuld“ と訳されていることが多い。要するに、刑罰非難に値す るということ、またはその程度、という意味であると考えてよいように思われる。本稿では、

訳語の統一性の観点から、すべて「非難相当性」とした。

(三) 英語版では“in fact”であるが、ドイツ語版では „durchaus“ となっている。

(四) 英語版では“wrongdoing”(不正行為)であるが、ドイツ語版では „Verbrechen“ となっ ている。別の部分では „Fehlverhalten“ との訳もある。これについては、文脈上支障がないと の判断のもと、「犯罪」という訳を採用し、以下も、文脈上支障がない限り、英語版では同じ

“wrongdoing”であっても、ドイツ版 „Verbrechen“ の場合は「犯罪」、„Fehlverhalten“ の場合 は「不正行為」とする。なお、英語版“crime”にも、„Verbrechen“ が宛てられている。ま た、後に出てくるように、“wrongdoer“ には „Missetäter“ との訳があてられているが、これは

「不正行為者」とする。

(五) 英語版では“the community’s shared judgements of justice”であるが、こちらを採用す るとドイツ語文から乖離しすぎるとの判断から、ここではドイツ語訳から訳出した。

(六) 英 語 版 で は“the culpable state of mind of the offender (intentional, reckless, or negligent)”である。

(七) 英語版では“subversion”となっている。

(八) “(criminal) liability” と い う 語 は 英 語 版 に お い て し ば し ば 登 場 し、 と り わ け

”distributive principle for criminal liability and punishment”, “criminal liability and punishment rules”という用法で頻出する。ところがそのドイツ語訳は、例えば前者の訳とし て „Verteilungsprinzip für strafrechtliche Verantwortlichkeit und Strafe“, „Ansatz für die Haftung und Bestrafung“ とされたり、あるいは後者の訳として „Strafgesetz“, „Strafbarkeits─

und Bestrafungsprinzipien“, „Strafvorschriften“, „Regeln zur strafrechtlichen Verantwortlich- keit und zur Bestrafung“, „Haftungs─ und Strafregelungen“ とされるなど、訳語が揺れている

(かつ、これらの訳語の揺れが、文脈を反映したものであるかどうかは、訳者には判断できな かった)。本稿では、最も中立的と思われる「刑法上の責任と刑罰に対する配分原理」および

参照

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