会計における二つの時価論
清 水 哲 雄 工 序 資本主義の二藍期における企業経営の不安定性から債権者を保護するという 意味合いでいわゆる静的会計観が生まれた。これは時価による会計情報が企業 によって提供され,これを利用する読者は自己が関係する企業の支払能力を判 断し,債権者の意思決定に役立てようとした。その濫筋は17世紀後半における フランスの商業条例の制定にみる大陸系商法のなかに財産の評価規定としてあ らわれた。その後資本主義経済の発展にともない傘業規模の拡大,経営の多様 化によって会計思考は動態観となり,そのもとでは取得原価による評価によっ て未実現利益を排除し,純財産を確保することによって債権者の利益を正しく 保護しようとした。財産計算による企業の支払能力の判断よりも,期間利益こ そが企業の経済性の尺度たり得るとするシュマーレンバッハの動的会計観がそ の後の会計学界をリードしている。 こうした取得原価主義による評価もやがて経済の急激な成長とともにその環 境が激変し貨幣価値の急激な下落によって有用ではなくなってきた。すなわち 過去における取得原価=歴史的原価による会計情報はカレントなものとはいえ ず,期間利益も保有による利益を多く含むがためにこれを処分していては企業 資本が維持されなくなり,実質資本の維持という観点から時価評価の気運が芽 生えて来た。しかしながらこの度の時価評価は過去の静的会計観におけるそれ とは同一のものではない。本小論では時価評価を2つに分けてそれぞれの論点 を検討する。2 彦根論叢第214号
9 事業継続の仮定に立つ時価論 AAAにおける時価論に関する見解は1957年の会計基準の改訂版Accounting and Reporting Standards for Corporate Financial Staternents.1957 Revision The Accounting Review Oct.1957にはじまり,続いてそれに関する2つの補助 的見解であるAccounting for Land, Buildings, and Equipment. SupPlementary Statement No.1. The Accounting Review July 1964とADiscussion of Various Approaches to Inventory Measurement. Supplementary Statement No. 2. The Accounting Review July 1964.それに実現概念The Realization Concept・The Accounting Revie卑April 1965および対応概念The Matching Concept, The Accountiug Review April 1659の諸報告書に開陳されている。 これらは資産評価に関する見解であるのに対して,その後の1966年に公刊され た基礎的会計理論に関する報告書AStatement of Basic Accounting Theory では情報論的:方向に転換しているものの,1969年の外部報告委員会の報告であ るAn Evaluation of External Reporting PracticesやReport of Committee on Managerial Decision Modelsの2つが続くのみである。ここでは投資家の 意思決定について時価評価の有用性を説き,その情報的価値の高いことを述べ ているもののそれらに続く報告書は出ていない。 資産評価論としての時価論はしたがって1957年の会計基準の改訂版とそれに 続く補助報告書に求める。 1957年の改訂版の会計基準では資産をservice potentialsとしている。そし てこのservice potentialsの測定の基準として将来収入の現金割引aS discounted future cash flowsを採用している。これは当該資産が生み出す用役のすべての 流れの将来の市場価格を確率と利子率とによって現在価値に割引いたものの合 計である。この測定基準はしかしながら貨幣資産についてはその適用が可能で あるにしても棚卸資産や固定資産については適用され難い。そこでこのservice 1) AAA:“Accounting and Reporting Standards for Corporate Financial Statements” 1957Revision. The Accounting Review Oct.!957中島省吾訳編:『AAA会計原 則』中央経済社 昭和42年pp.133∼!34.potentia正sの概算値を得るためには将来収入の現金割引額に代えて,その便法 として当該資産の現時点における取替原:価current cost, current rePlacement costをとらざるを得ない。しかしてこのような資産評価の結果としての貸借対 照表はどのようなことを示すのであろうか。それは,1)資産と資本の構成を 適確に示すことにより企業の財政政策の健全性と安全性を評価するのに適した 情報を提供する。2)業績評価のための資本利益率の計算における分母として の の適切な数値を提供することになる。 そもそもAAAによる時価論では資産をservice potentialsと定義し,貸借 対照表を中心としてその意義付けをしたのであるが,その後の時価論では費 用・収益の計算に方向を転換しているようである。そこで扱われている具体的 問題は保有損益と操業利益である。それではどのような損益計算を指向するの であろうか。1)費用はservice potentialsの消滅分であるとする。その測定 方法は費やされた財貨もしくは用役の費用認識時点における取替原価によって なされる。したがって操業利益は収益からこのようにして求められた費用を控 除して得られる。2)保有損益は期首の取替原価もしくは期中の取得原価と費 用の認識時点もしくは期末の取替原価の差額として求められる。3)純利益は の操業利益と保有損益の合計である。 損益計算をおこなうことによって損益の概念を操業利益と保有損益の2つに 分けるメリットは価格変動による損益と本来の営業活動;操業operationによ る損益を判然と分けることによって処分可能利益を確実に把握し実質的資本 を維持しようとするところにある。すなわち回復されるべきコストはカレント うラ コストであるからである。さらに操業利益を検討することによって企業の操業 力を縮小しようかあるいは拡大しようかという投資家の意思決定の重要な基準 2) AAA二“Accounting for Land, Buildings, and Equiplnent・”SupPlementary State・ ment No,!. The Aceottnting Reviezv∫uly 1964 pp.694N695.およびAAA:“A Discussion of Various Approaches to Inventory Measurement.”Supplementary Statement No.2.丁舵Accounting Revieτv July 1964 pp.703∼708. 3) AAA二iblCt. SupPlementary Statement NQ・1・P・694. 4) AAA:ibid. Supplementary Statement No.1. p.693. 5),6) AAA:ibid・SupPlementary Statement No・1P・696.
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となったり,将来の利益の予測に有用であったり,また企業間の利益の比較を の可能にする。 総じていえばAAAの時価論はservice potentialsの概念から出発し,その 測定値として現在時点の取替原価を採る。そして前にも指摘したようにこれを 貸借対照表に適用して資産構成や表示の改善と資本利益率計算の分母のより望 ましい値の計算を達成しようとする。取替原価を損益計算書に適用する場合は 操業利益と保有損益を分ける手だてとしている。つぎにAAAの時価論は基 本的には資産評価論としてのものであり,損益計算の性格は伝統的なものと本 質的には異ならない。すなわち損益計算上費用の評価基準として取替原価が適 用されているが,これは単に貨幣資本概念にもとつく利益を操業利益と保有損 ア 益に分けているにすぎないという見解があるにしてもすでにAAAの時価論の なかには,このように利益概念を分割することによってoperating capacityの 維持ということを意図する実体資本の維持の考え方が入っているように考えら お れる。 ともあれアメリカにおける取替原価の主張は上に述べたように利益を源泉別 に分類することにより伝達する情報の多元化とそれらの有用性を得ている。こ の取替原価による会計思考に対して取替価値会計replacement value accounting は処分可能利益の算定のみならずその基礎となる生産力維持をも考慮する。そ こでは評価差額の性質が吟味され,実現・未実現の関係なく資本そのものと考 えられ,また価格変動の影響のみを会計上考慮するのではなく,さらに他の経 の 済上の変化や技術上の変化をも考慮する立場をとる。 そもそも取替価値会計を展開したのはオランダのLimperg T.であり,1912 年以来の経験と観察にもとづいているといわれる。現在取替価値会計を最:も進 んだ形で実行しているのはオランダに本社があり,殆んどの自由主義国に系列 会社をもっている軽電気メーカーのPhilip社であり,このPhilip社の監査を︶︶︶
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森田哲弥:「時価論の動向と問題点」『会計』第101巻第2号 22ページ。 森田哲弥:「時価論の動向と問題点」『会計』第101巻第2号 22ページ。 不破貞春:『時価評価論』同文舘 昭和54年 43ページ。担当し取替価値会計の首唱者の1人であるKraayenhof J.が1959年にAICPA の年次総会でおこなったInternational Challenges for Accountingという国際 会計基準の提案のスピーチである。このスピーチ(=論文)で主張することは 会計実務の各国の相異を排除することによって国際貿易や投資が促進されるこ ユの とになるとするが,必ずしも厳密な統一ではなく極めて広い知的ルールとして の統一を目指している。そしてルールを作るときの指導原理はこのルールが経 済的に,また理論的に健全な評価と利益概念のうえに構成されなければならな いとしてルール設定の指導原理のあり方から論を進め,さらに利益の測定に大 きな影響を及ぼすものはインフレーションであり,これを会計的に克服するた めにカレントコストを採用してつぎのようにいう。すな:わち利益に大きな影響 を及ぼすものにインフレがある。ここにカレントコストと歴史的原価の問題が 生じてくるにもかかわらず,実際には財務諸表にそれが開示されていないとい うのが国内外の実情である。アメリカにおいて取替価値基準による会計が受け 入れられていないのは国際的にも好ましいことではない。現在の環境のもとで は,米国の証券引受人や財務分析者はSECをも含めて米国でシェアを拡大し ようとする会社や米国の証券市場に上場しようとする会社の財務諸表の開示は 一般に認められた会計原則を基盤として再表示されることが望ましいと考えて 11) いる。 第2次大戦後ヨーpッパの諸国ではインフレ問題が発生し,ベルギー一・Pフラ シスでは税目的のために資産を再評価した数値によって減価償却をおこなった りしてインフレによる利益計算に工夫をこらしたり,またドイツでは1948年に 資産,負債および減価償却をライヒマルクからドイチェマルクに切り替えた。 オランダでは1955年の財務諸表の報告の改善が試みられ会計原則に関する重要 な事柄を含め年次報告に関する多くの勧告をした。 各国間で共通の問題には共通の解決が必要であるから会計原則を統一した 10) Kraayenhof Jacob: “lnternational Challenges for Accounting” The Joztrnal of Aceozantancy Jan. 1960 p. 34. 11) Kraayenhof Jacob: ibid. p. 35,
6 彦根論叢 第214号 り,会計人が国際的にコンタクトをとることが望ましい。とは言っても異なっ た国,同じ取引をするにしても種々の企業,同一企業内においてすら会計原則 の選択の可能性に関する統一は殆んどあり得ない。たとえぽ税務当局が税目的 のために固定資産について加速度償却を認めているとき,定額法を採用してい る企業は年次報告には加速度償却法を用いなけれぽならない。このことは首尾 コの 一貫性を欠くものである。大蔵省によって認められている方法が種々あるため に企業によって作成される財務データの比較性が弱められたり,また年度によ って会計原則の適用が変れば同一企業内の財務データも比較できないという事 情にある。今や会計原則あるいは規則の国際的統一の必要性がある。たとえ政 治的,地理的条件が異なっていようとも財政状態開示の基本原則は同一でなけ ればならない。さらに国際的に親会社と子会社の財務諸表を連結する場合は尚 更である。 このような国際会計基準の統一の提案を受けて実証的な研究のGoudeketの An ApPlication of Replacement Value Theoryが発表された。 Goudeketの 資本と利益の関係は果実は摘み取られるにしても樹木の方は伐り倒されてはな ユの らないとして資本維持の本質を説き,さらに具体的には継続企業の前提に立つ 限り交換した財貨は取り替えられなければならないから,取引によって得た利 益は取り替えを可能にしたうえでのものでなければならない。したがって取り 替えられなければならない経済上の責務econQmic obligationは新しい価格に もとつくものでなければならない。この時の評価差額は経済上の責務によって 必要とされるものであり,もしこのような架空利益が支払可能利益に含まれる とすれば資本の侵食は必至である。このような差額増価appreciationは実現・ 未実現を問わず利益ではないとし,増価は企業の経営能力水準を維持するため ユき に必要な増額であるとする。この立場は生産的工業機械を健全な状態に維持す !2) Kraayenhof Jacob: ibid. p. 36. 13) Kraayenhof Jacob: ibid, p. 37. 14) Goudeket A.: “How lnflation ls Being Recognized in Financial Statements in the Netherlands” The Journal of Accountancy Oct. 1952 p. 449. 15) Goudeket A.: ibid. p. 450.
ヱの るという資本維持観である。 Gynther R. S.もまた企業継続の立場から企業資本の固定化を説いでいる。 すなわち企業は特定の産業の中にとどまる傾向があり一定の種類の資産を使用 し,これを同種類の資産と取り替えることが多い。ある産業から他の産業に転 換することは継続企業の概念を捨てることを意味する。これは事業転換の時点 において1つの企業が解散し,新たな企業が設立されるものと考えられるから である。企業は技術の改良,多角化,オートメーション等によって企業の中に 起る漸進的変化を生じさせるだけであって,業種を変える等のドラスティヅク わな変化はしない。換言すれば固定のなかにおける発展である。 Rosen L. S.によると取替価値会計における取り替えとは技術的に同一の生 産要素による取り替えではなく,因果関係からみて経済的に能率の高い生産を おこない得るより良い生産要素による取り替えを意味する。そして費用の実践 上の測定方法としては第1に企業が将来のある時点に新しい資産を購入する契 約を結んでいる場合には,その契約価格が収益に賦課すべき費用額の確認の基 礎となる。第2にはそのような契約はないが現在使用中の資産と同一の資産の 現在の評価額がわかる場合にはその数値が基礎になる。第3には前2者いずれ うの数値も求められない時は特殊価格指数法を適用する。 取替原価会計においては資産評価の基礎は現在使用中の資産と同一もしくは 同種の取替時価であるのに対してRosenのいう取替価値会計においては資産 評価の基礎を現在使用中の資産よりもむしろ経済的にすぐれた性能をもち,将 来それに取り替えようとしている資産の価値を第一義的に考慮する。このこと はまた取替価値会計は単に価格変動への考慮のみならず経済的,技術的変動を ユ も会計構造にとり入れようとするものである。 !6) Goudeket A.: ibid. p. 448. 17) Gynther R. S.: Accounting for Price−Level Changes−Theory and Procedures Pergamon Press 1966 p. 49. ls) Rosen L. S.: “Replacement−Value Accounting” The Accounting Revzezv Jan. 1967 p. 107. 19)不破貞看…;前掲書 69ページ。
8 彦根論叢 第214号 資産の評価については稼働率の低いものをも含めてすべて元の金額を継続す るものとする。損益計算:についてはその期間に費消した価値を実体的に補填す るという考え方から費用の取替時価基準による計上をおこなう。この場合費用 の時価基準計上額とそれに見合う歴史的原価との差額を資本剰余金の一種とし て取り扱う。このような取り扱いをする根拠はつぎのようである。すなわち資 産が経営活動に参加し収益を得るための価値費消として価値の動きがあらわれ たとき現在時点における会計問題として取り上げる。このような会計思考を費 用計上中心の経営活動会計とよぶ。この際に不働生産能力idle capacityに関す る減価償却費も期間費用として計上すべきである。けだしこのことは企業全体 としての資本維持計算に必要であり,資本維持をまっとうしない期間損益計算 ヨの はあり得ないからである。 皿 事業転換の仮定に立つ時価論 財務内容の公開はそれが公開されたときにそれを利用する人の意思決定に有 用でなければならない。歴史的原価が原価配分の原則によって繰り越される時 系的所産は必ずしも現在的情報を示すものとはいい難い。けだしそれは環境条 件の変化から生じてくる影響を無視しているからである。Chambersは会計の 機能を市場における将来の行動の案内役となる財務情報を継続的に提供するこ とを目的とした過去的および現在的な貨幣計算であるとする。彼が会計の利用 目的としているのは市場における将来の行動である。そしてこの市場における 行動を彼は適応行動adaptive behaviorとしてとらえ,しかもこれは最適な適 ビ 応を求めておこなわれる継続的な行為であるとしている。そしてこの市場にお いて適応行動をとるためには現存する事実を観察することが必要である。企業 であろうと個人であろうとおよそ組織体はその恒常的システムを維持するため 20)不破貞春:前掲書 82ページ。 21) Chambers R. J.二Accountin.g, Evaguation and Eeonomic Behawior Prentice−Hall 1966 p. 99. 22) Chambers R. J.: ibid. p. 124.
セこは常に環境に対する適応行動をとらなければならない。そしてこのためには 環境に対する知識が必要であるがこの知識とは現在における企業の機能の基本 をなしている現在価値である。 現在価値current valueの概念は種々にわかれるが, Chambersのいう現在 価値とは再売価額resale pricesをいう。彼の再売価額を現在価値とする時価 論においては再売価額によって評価される資産(資力)が現在の企業経営から 得ている収益と同じ資力を用いて得ることができると考えられる代替案の収益 とを比較して経営者は最も有利な企業選択の機会を得ようとする。このことか らChambersの会計理論は事業転換の仮定に立っているといわれる。これに 対して現在価値に再調達価額をとる場合には同一物の取り替えであろうと同一 の生産能力を維持するための取り替えであろうと同種の事業の継続が前提とな っている。 このようにしてChambersにおいては資産の再評価に個別物価特に再売価 額をとるのであるが,一般物価水準をとらない理由は一般物価水準はすべての 資産価値の平均であり,企業はすべての資産を保有しているわけではないから である。また再調達価額をとらないで再売価額をとる理由は第!には今迄企業 内で使用しており,あるいは売却したものと全く同一のものを再調達すること はほとんどない。それとは異ったものを調達するものである。第2には企業が 保有している資産のなかには再調達できないものや,取り替えようとしないも のもある。したがって再売価額をとる場合には,これによって評価される資産 の価値は現金の額を示すことになるので,これからなし得る行動にとってのす べての計算に必要な数字をあらわしている。たとえば現金100万円と100万円の 現金に相当する品物をもっている場合は,これらを保有することによって200万 円使うことができるので200万円の資産として計上してよい。しかし,現金100 万円と七五調達すれぽ,200万円を要する資産を保有している場合は300万円の 資産を保有しているとはいい難い。けだし,今300万円を使うことはできない 23) Chambers R. J.: ibid. p. 20. 24) Charnbers R. J.: ibid. p. 23,
10 彦根論叢第2!4号 からである。この考え方の根拠は再調達価額は資産を使用するという内部的経 営の問題であって,経営者が債権者に自己の債務を支払うという責任の問題と してはこれでは解決されない。支払うということになれば現金の額で示すこと ら のできる再売価額で示されなけれぽならない。 一般物価水準が騰貴し,貨幣の一般購買力が低下する場合には正味資産の期 首残高はその金額を増加させ,その金額が年度はじめに当初の金額がもってい たのと同じ購買力を年度末にももつようにしなければならない。このような修 正を資本維持修正capital maintenance adjustmentという。この金額は一般物 価指数の変動率を正味資産の期首の数値に乗じて求められる。たとえば ;期末正味資産 1億4000万円 期首正味資産 1億円 利 益 4000万円 この場合の正味資産は期首,期末ともそれぞれの時点における売却時価で求 めている。伝統的損益計算の方法によるとき,収益一費用=3,500万円とすれ ば,正味資産の増加による4,000万円との差額500万円は特定の資産の期末価額 の騰貴に対する資産の修正である。一般物価指数がこの年度に8%上昇したと すれば,資本維持修正は!億円×O.08= 800万円となるから,利益は4,000万円 一800万円=3,200万円となる。 このようにChambersにおいては正味資産を求めるためには売却時価によ る資産の金額を把握し,つぎに純利益を求めるためには一般物価水準によって これを修正するという方法をとるというように,資産の評価のためには再売時 価の立場をとり,利益算定には一般物価指数によってこれを修正するという二 元論的立場をとる。むしろChambersの再売時価論は資産評価論に範囲を限 定した方がよいように考えられる。 棚卸資産の価額を求めるにあたってはChambersは彼が主張している再売 価額をとらず,取替原価をとる。この矛盾を彼は理論は実務に密着したもので 25)Chambers R J.:「継続的現時会計の主張」座談会『企業会計』第23巻第6号pp. 54∼58. 26)Chambers R。 J.:「売却時価主義の提言」『企業会計』第23巻第5号pp.7∼8.
27) なければならないとし,それ故に次善の策として取替原価をとったとしてい る。しかしその後は再売価額をとり現在現金等価額をもたない資産はどれも無 おヨ 価値として表示できるとさえいっている。そして取替価額をとらない理由とし て取替価額は,1)その性質上一一ee的で短命でありいつでも直接に確認できる こと。2)どのような場合でもそれぞれの時点での財務的状態の現状の表示す なわち一切の回顧的および予見的判断に必要な情報をもたらさないことであ る。そこで再売価額が有用であることをのべた後で投資家にとっても再売価額 によって示された財務諸表はわれわれが長らく他の方法(取得原価を指す…… 筆者注)によって馴れているので奇妙に思われようが非現実的なものではな くまた決して不合理なものでもない。それは伝統的な貸借対照表が開示しない ものや投資家にとって適切なものを開示する。それは投資家がこの企業と同じ 利益見通しをもち,しかも売却可能な資産をもつ企業とを識別できるようにす る。さらに,それは企業の財政状態を示し適応のための企業の能力を示す。と 述べて再売価額による貸借対照表は企業の真の財政状態を示すとしているが, むしろ財産状態を示すものとした方が適切であろう。けだし財政状態というの は取得原価主義による表示であり,また固定資産については未償却資産の有高 を示すにすぎないものであり,今後の費用となるべきものを示すからである。 貸借対照表が企業の財産状態を示すという場合は現在現金等価概念により機会 原価として行動選択の判断基準となるものである。 以上のべたようにChambersの継続的に現在的な会計とは,1)事業活動の 転換は継続的事実であるという認識から出発し,2)この継続的転換の可能性 を知るために現在の財務的状態を掌握する必要がある,3)そしてこの種の知 識は保有資産の再売可能額と債務の必要決済額を知ることによって得られると いう見地から現在現金等価額による資産価額の表示および必要決済額による負 27) Chambers R. 」 : “Second Thoughts on Continttouslrv Contemporar“, Accountingi’ ABACUS Vol. 6 No. 1 Sep. 1970 p. 43. 28) Chambers R. J.: ibid. p, 54. 29) Chambers R. J.: ibid. p. 45. 30) Cha田bers R.工:ibid. p.48,
12 彦根論叢第214号 債表示をもって会計報告とする。このような会計理論から導き出される利益計 算は今日定説となっている期間損益計算法ではなく,一会計期間における純資 産の増減によっておこなわれることになる。尤も貨幣価値の変動を考慮して一 般物価水準によって利益の修正がなされることは前に指摘した。したがって試 験研究費や開発費の如き繰延資産は無形であるから資産として認識されないこ とになる。
w 結
び 会計における時価論は2つの要請から成立している。1つは法的証拠力をも つ取引資料にもとづいて会計報告を提供しなければならないという利害調整的 会計の要請であり,他は自由な計測を必要とする意思決定会計の要請である。 前者の利害調整的会計の要請からは取得原価主義がとられる。その根拠は客観 性,実行可能性あるいは経済性という制度的妥当性であり実用主義的論拠であ る。しかしながら時には低価法の採用によって時価がとられることもある。し たがって取得原価主義は原価を中心とする会計的計測の政策である。これは逆 に時価主義においても原則として時価をとることにしているが,時価をとり得 ないものについては例外として原価をとることを認めている会計政策と同じで ある。後者の意思決定会計の要請からの時価論はChambersの.ように適応理 論の立場から一貫して再売価額を評価原則とし,また同じ業種を継続しておこ なうという立場からの時価論では再購入価格あるいは取替価額をその評価三期 とする。換言すれば目的によって評価基準が異なることになる。資金量の観点 からは再売時価は適応ないし転換のために利用可能な資金量を示し,再調達時 き 価は適応ないし転換のために必要な資金量を示すことになる。 産業界における技術の進歩は製品の改良をもたらし,その供給によって時に はさらに多くの需要を喚起する。そのことがまた新たな技術進歩に対する刺激 となる。企業資本はより大きな利潤を求めて移動するといわれた時代があった 31)吉田寛=『会計学・研究ノート』中央経済社,昭和52年pp.136∼137. 32)吉田eg :「会計における時価論」『会計』第93巻第2号 65ページ。けれども,それは未だ資本構成が微弱であった時代のことであって今日のよう に企業資本が有機的に構成されている場合には資本の用途転換すなわち資本移 動は起り得ない。より具体的には現在の利潤獲得が小さいからといって現在の 業種を変えることは考えられない。もしあるとすれぽ供給している製品の改良 にともなう設備の改廃などがおこなわれるのが現状であろう。このような現象 は一言にしていえば資本の固定化であり,「固定のなかでの発展」development within the framework of fixed capital commitmentsである。その発展の形態 はたとえば使用材料が費用節減や製品の品質向上の観点から代替材料が採用さ れたり,生産性向上のために機械などが取り替えられたり,また労働力不足の 場合には婦人労働や未熟練労働をこれに代替する場合等である。これらのこと は価格変動による各種の変化だけではなく,むしろ需要変化にともなう技術変 化の問題が多いように考えられるので,これらの変化をも損益計算上の費用の 測定にとり入れられなけれぽならない。需要変化と技術変化は急に起るもので はないのでこれらの変化が経営の短期計画に具体的にとり入れられた場合に限 おヨ って会計構造に入れればよいと考えられる。資産の評価については取得価額の まま据えおき,原価基準による減価償却費を差し引いたものをその簿価とす る。これは伝統会計における評価原則そのものであるが,企業内部の意思決定 に役立つ付加価値や企業外部に対する分配可能利益を測定するために費用の取 替時価基準をとる。資産はいずれ将来において費用化されるべき性質のもので あるが,この費用化されたものについては企業の生産力を維持するために資産 を補填しなければならない。この曲面されるべき財貨は市場から取得されるも のであるから,その価額は費用化された時点における補填財貨の再調達価額で なければならない。この再調達価額が基準となって計算される費用と,これを 超える収益との対応によって企業利益,より正確には企業経営による操業利益 が測定され,かくすることによって企業の実体資本の維持がなされ,また企業 の生産力が維持されることになる。 33)不破貞春:前掲書pp.43∼44. 34)不破貞春:前掲書 78ページ。