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レスピーギ歌曲の深層研究 ― レスピーギ作曲《森の神々 Deità silvane》の考察2 ―

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(1)Title. レスピーギ歌曲の深層研究 ― レスピーギ作曲《森の神々 Deità silvan e》の考察2 ―. Author(s). 鴨川, 太郎. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 70(1): 85-98. Issue Date. 2019-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10528. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第70巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 70, No.1. 令 和 元 年 8 月 August, 2019. レスピーギ歌曲の深層研究 ― レスピーギ作曲《森の神々 Deità silvane》の考察2 ―. 鴨 川 太 郎 北海道教育大学釧路校音楽研究室. An Exploration into the Depth of Respighi’s Art Songs ― A Study of Respighi’s “Deità silvane”, Ⅱ ―. KAMOGAWA Taro Department of Music, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 交響詩《ローマの泉》と《ローマの松》の間に作られたO.レスピーギの芸術歌曲集《森の神々 Deità silvane》について,本研究の考察1ではその詩世界の広がりを追究したが,小論におい ては, 《森の神々》作曲前後のレスピーギの音楽語法の変化や,1曲目の〈牧羊神ファウヌス たち〉の音楽構造を明るみに出し,ドビュッシーの作品との関連性,また,詩と音楽の融合状 態について探究した。その結果,レスピーギは母親を失った深い喪失感の中で,ルビーノの古 代神話世界の詩に4度堆積和音を積極的に利用することで新しい境地を探し求め,珠玉の名作 をものしたことが分かった。. はじめに 作曲が完了した《森の神々》の楽譜は,1917年2月14日付けで,リコルディ社の編集長クラウゼッティに 宛 て て 送 ら れ て い る。 同 時 に, シ ェ リ ー Percy Bysshe Shelley 1792-1822 や タ ゴ ー ル Rabindranath Tagore 1861-1941らの伊訳された詩に作曲した《5つのリーリカ Cinque liriche》の2~4曲目の楽譜も送 られ,同封の手紙には,残りの1曲目と5曲目の楽譜が,2年前に作曲されていた《夕暮れ Il tramonto》 の楽譜とともに,メッヅォソプラノ歌手フィーノ=サヴィオ女史から直接クラウゼッティに手渡される旨が 1 記されている。. 1  Respighi, Elsa Ottorino Respighi - Dati biografici ordinati da Elsa Respighi, Milano, Ricordi, 1954. pp97-98. 85.

(3) 鴨 川 太 郎. 実際, 《森の神々》は1917年のうちにリコルディ社から出版され,《夕暮れ》と《5つのリーリカ》は翌年 出版されているが,1917年に出版された作品は《森の神々》のみであって,1915年の末以来書きためていた ほとんどの曲(“Canzone e danza. Sopra temi popolari russi per coro e orchestra. La canzone degli alatori e la canzone della strada”, “Preludio in re dorico per organo”,“Toccata in re dorico per pianoforte”, “Fuga in la minore per pianoforte”)は,唯一,交響詩《ローマの泉》を除いて,出版されることはなかった。 これらの事実は,レスピーギの母が逝去2したことと密接に関係していると思われる。心に大きな空洞が できてしまったような喪失感や虚無感が,次に見るような新しい和声語法をレスピーギに探らせたとみるの は短絡的であろうか。. 1.作曲の構想. (譜例1). レスピーギ財団が保有していたレスピーギの手稿譜や文書類をヴェネツィアのチーニ財団がアーカイヴ化 してDVD3に収めた資料によれば,第1曲目の作曲に当たり,レスピーギは(譜例1)のような和音ないし 和声進行のスケッチを残している。 以下の楽譜は,見やすいように筆者が楽譜作成ソフトで入力し直したものである。. 2  レスピーギの母 Ersilia Putti Respighi 1846~1916は1916年3月29日,ボローニャにて病没。 3  Ottori-no Respighi ―― Manoscritti musicali e archivio documentario alla Fondazione Giorgio Cini di Venezia ―― . a cura di Martina Buran e Vitale Fano.CIN10042008VF, Venezia, 2008.. 86.

(4) レスピーギ歌曲の深層研究― 《森の神々》の考察2 ―. (譜例2). (譜例3). (譜例4). 鉛筆で書かれたレスピーギのスケッチは,恐らく本人の手で大きく斜線が引かれていて,新しい和声法を 考える過程でのメモ程度以上のものではないと思われる。 しかしながら,ここで大変興味深いのは,それまでのヨーロッパ音楽の伝統である3度音程で音を積み上 げていく和声法に,レスピーギが真っ向から挑もうとしているところである。 (譜例2) はB♭音の上に完全4度の音程間隔で音を4つ積み上げた和音と,その転回形である。もっとも, この和音は様々に考えうるが,例えばG♭-B♭-D♭の長三和音に六度音のE♭と九度音のA♭を付加した和 音(拙稿ではG♭69と略記)と考えれば,既にドビュッシーの音楽語法がヨーロッパを席巻しつつあった時 代にあっては,さほど目新しいものではないかもしれない。 (譜例3)と(譜例4)に書き込まれたFは完全4度を重ねていく和音の作り方における基本形を意味し, 1R,2R,3Rはそれぞれ第1転回形,第2転回形,第3転回形を示すものと思われる。(譜例3)はバ スがハ長調の音階を上行する流れの上に4度堆積和音(長三和音の付加六・付加九)を積み上げた和声進行 であり, (譜例4)はバスがハ長調の音階を下行する動きの上に4度堆積和音をのせたものである。 バス音が上行する(譜例3)とバスが下行する(譜例4)では,同じバス音に対してほぼ同じ和音が積ま. 87.

(5) 鴨 川 太 郎. れていて,同じ坂道を上って下りてくるような風情ではあるが,バスのA音上とF音上の和音だけが行きと 帰りで変えてある。ただし, (譜例4)の3小節目に書き込まれたC5音が4度堆積和音の第2転回形とし ては相応しくない。 (譜例3)で使った和音を後で意図的に変更した際,元の音を消さなかっただけなのか もしれない。また, (譜例4)のF音上の音の構成は,本来2Rと書かれるべきである。あるいは,3Rで あればE♭のみ半音下げて,F-B♭-D-G-Cとなるところであろう。 いずれにせよ,これはメモ程度の走り書きであって,作品自体の和声進行と密接にかかわっているわけで はなさそうだが, 《森の神々》ではほぼ全編に亘って4度堆積和音や4度音程による旋律形成が見られる。 調性感は失われないものの,この点で,前作《黄昏 Il tramonto》とは一線を画する耳新しさがある。一時 代前のP.B.シェリーの詩に嫋々たる後期ロマン派的な和声語法で作曲された《黄昏》が,当時の聴衆に広く 受け入れられたのに対し,《森の神々》の耳新しさや象徴主義的な詩の内容は,当時の聴衆を戸惑わせたよ 4 うである。. 2.《ローマの松》への影響 また,レスピーギ自身の後続作品への影響として,例えば次頁の譜例のように,《森の神々》での成果を 5 交響詩《ローマの松》の中に取り込んでいる。. (譜例5)は, 〈ボルゲーゼ荘の松 I pini di Villa Borghese〉との標題をもつ《ローマの松》の第1楽章 22小節目以降であるが,冒頭から練習番号 2(25小節目)以前の部分は,基本的に変ロ長調の音階から第 4音を除いた音列の走句でできている。この音列は,長七の和音に第六音と第九音を付加することで得られ るものとも考えられるが,同時に鳴っても華々しく明るい響きになる。また別の見方をすれば,この音列あ るいは和音は,長音階の導音上に完全4度を5回上に重ねることで得られるものであることも明記しておき たい。 そして,練習番号 2  以後は,弦楽部の属七の和音・第3転回形上に,ピッコロ・フルート・ピアノのユ ニゾンで,ほぼ4度音程を基本とする旋律が奏でられる。この構想は,正しく〈牧羊神ファウヌスたち〉の 前奏部分と酷似するものである。 詳細は次節に譲るが, 〈牧羊神ファウヌス〉のこの部分は,詩の「山では勢いよく小躍りする水の流れ が/隠された険しい峡谷を通って囁いているのが聞こえ,」を導くもので,神的な生命に満ち満ちた峡谷の 6 一方,《ローマの松》のこの部分に与えられた詩は以下の通りである。 急流を暗示していた。.  ボルゲーゼ荘の松の木々の間で子供たちが遊んでいる。彼らは輪になって踊り,兵隊ごっこをして行進 したり戦ったりしている。日暮れの燕のように〔自分たちの〕金切り声に酔い痴れている。そして,彼ら 7 は群れをなして行ってしまう。突然,情景は変わり…〔第二部に続く〕. 4  Respighi, Elsa Ottorino Respighi - Dati biografici ordinati da Elsa Respighi, Milano, Ricordi, 1954. pp97-98 5  Respighi, Ottorino Fontane di Roma, Pini di Roma, Feste romane per orchestra, Prtitura. Ricordi, 2014. PR1333 ISMN 979-0-041-91333-9 p.76 6  鴨川太郎『レスピーギ歌曲の深層研究―レスピーギ作曲《森の神々 Deità silvane》の考察1―』(『北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編 69⑴』2018.所収)99頁,111頁参照。 7  脚注5のスコアに記された原文は以下の通りである。Giuocano i bambini nella pineta di Villa Borghese: ballano a giro tondo, fingono marce soldatesche e battaglie, s’inebriano di strilli come rondini a sera, e sciamano via. Improvvisamente la scena si tramuta…. 88.

(6) レスピーギ歌曲の深層研究― 《森の神々》の考察2 ―. (譜例5). これらのことは,イタリアの「80年代世代」と同世代の新ヴィーン楽派の頭目シェーンベルクが,歌曲集 《 架 空 庭 園 の 書 Das Buch der Hängenden Gärten》(1908~1909年 ) や《 月 に 憑 か れ た ピ エ ロ Pierrot lunaire》 (1912年)において,言語(詩)から得られるインスピレーションによって新しい音楽語法を編み 出していった過程とよく似ている。 次節で《森の神々》より〈1.牧羊神ファウヌスたち〉の楽曲について分析を試みる。. 89.

(7) 鴨 川 太 郎. 3.〈牧羊神ファウヌスたち〉 冒頭3小節間で聞こえるピアノの前奏(譜例6)は,主に4度音程の跳躍進行で旋律が形成されている。 初めて耳にすると,無調音楽かと錯覚するような無機質な響きの印象が残るが,曲が先に進んでから振り返 ると,低音部の保続音B♭とCがヘ長調の属七の和音であることを保証しているかのようである。. (譜例6). この3小節間の高音部(以下,本稿では「4度の旋律」と呼ぶ)とほぼ同じ動きが7~9小節目(譜例7) に現れるので, この部分に与えられた詩のキーワード「風笛(バグパイプ)が呻く gemer cornamuse」から, バグパイプの音を模していると言えるだろうか。答えは,恐らく「否」である。バグパイプの音列としては いささか敏捷すぎるからである。バグパイプの音の模倣は,低音部の保続音B♭-Cと7~9小節目などで 目立って聞こえる低音部(内声部)の複付点の動きとその下の保続音B♭などと見るのが妥当ではないか。 では,次の詩行にある楽器「快活な小笛(ピッフェロ)pifferi giulivi」はどの部分と対応するだろうか。 バグパイプとピッフェロは同時に聞こえる,と詩は語っているので,前奏でもこの部分でも聞こえる高音部 にある「4度の旋律」と考えられる。. (譜例7). 90.

(8) レスピーギ歌曲の深層研究― 《森の神々》の考察2 ―. 次に前奏から続く4小節目以降を見てみよう。4小節目では歌われる詩を際立たせるために,ピアノの動 きは前奏の響きを残すだけで大きな動きはない。第3音が見当たらないので,ヘ長調の属七の和音であると は言い切れない曖昧さが特徴でもあるのだが,ここに与えられた詩中の音源は「小躍りする水の流れ i saltellanti rivi」である。ところが,小躍りしているはずの「水の流れ rivi」に作曲されたピアノ・パートは 無機的な雰囲気から急に和やかな柔らかさ(F69)に変わる(譜例6の最後の小節)。 同種の和音とリズムは,23~25小節(譜例15)と30および33小節に現れるが,23~25小節では「アルカディ アの牧人のザンポーニャ la sampogna dell’arcade pastore」,30小節や33小節では「逃げる fugge」「敏捷に snella」に対応していて,一見,共通項を見いだせない。拙稿『レスピーギ歌曲の深層研究―レスピーギ作 曲《森の神々 Deità silvane》の考察1―』 (以下,『考察1』と略記)で論じたように,sampognaは大きな 革袋に有孔のパイプを差し込んだものか,長さや太さの違う管を筏状に並べて束ねたアンデスのパンフルー トかもしれないのだが,ある音高から下行し,同じ音を辿って元の音高に上行するこの音型は,短い管から 長い管へ,そしてまた長い管から短い管へと唇を動かして一息で吹く,筏状のパンフルートのように聞こえ てならない。一息で楽器をもてあそぶよう素早く吹くイメージ,と考えれば,「逃げる」や「敏捷に」とい う語と結びつくのがよく理解できよう。 このように考えてきて,再び5小節目の「パンフルート音型」 (譜例6)を見直すと,「小躍りする saltellanti」という形容がある程度納得できる。 更に凝った作りになっているのは,水の流れが沢の急流部で「囁いている murmureggiare」ことを表現 する,6小節目のピアノ・パートである(譜例8)。1拍目と3拍目の音群は全く同じだが,5小節目の和 音の外声部を繫留するような形で,内声のF音がE音に下行し,C音が消える。これは左手パートが下から A-D-Gと完全4度の音程間隔で積み重なったものであり,右手パートは下からE-A-Dというように,左 手パートと同じ完全4度の積み上げである。全体としては,E-A-D-Gの4度堆積和音である。 2拍目と4拍目の音群も同じものだが,1,3拍目の各音が高音部(右手パート)では全音下行し,低音 部(左手パート)では半音上行することで和音が形成されている。高音部も低音部も完全4度だけによる4 度堆積和音ではあるが,全体ではB♭-E♭-A♭-D-G-Cとなり,A♭-Dの音程だけは増4度になっている。. (譜例8). また6小節目のピアノ・パートは,右手と左手が接近し,交差したままでないと弾けない書法である。1, 3拍目では,厳密に言えば,長2度の音程が同時に響くことはないが,手の構えと素早い音の動きから長2 度のぶつかる響きが音の残像として残り,2,4拍目では短2度の響きが印象的になる。本来のヘ長調から. 91.

(9) 鴨 川 太 郎. 逸脱して,独特な濁り感や煌めき感が交錯するように聞こえる。 この6小節目は,「(水の流れが)隠された険しい峡谷を通って囁いている」という詩に対応する部分でも あり, 『考察1』で見たように8,フーケーの『ウンディーネ』(1811年)以降,水の中は様々な霊的存在の 棲み処であるとされてきたので,正にこの部分のピアノの書法は,急流の中で蠢く精霊たちの声を模してい るかのようである。 10小節目に初めて現れる付点の連続する音型(譜例9)は何であろうか。18~22小節および26~29小節で も,この音型がピアノ・パートの高声部で盛んに聞かれる。筆者の知る限りでは,こうした音型に類似する ものは, ドビュッシー作曲《前奏曲集 第1巻》 (1910年)の第11曲目〈パックの踊り〉 (譜例10)である。「パッ ク」はケルト神話に起源をもつイギリスの妖精とされるが,山羊脚をもつファウヌスのように描かれること もあり,この〈パックの踊り〉の付点音型は「山羊脚のステップ」を模したもののように思われる。. (譜例9). (譜例10). (譜例9)のように右手の付点音型が現れる小節は,左手に四分音符を基本として時おり付点のリズムを もつ対旋律が配置されている。詩の内容から見て,この対旋律は風笛の音を模しているのであろう。また, 「山羊脚のステップ」に対応する部分だけでなく,冒頭から聞こえる左手のB♭3-C4(譜例6)も実は 風笛の音ではないか,と考えると,風笛の音は随所で保続音的に和音を提供したり,対旋律を提供したりし ているように楽譜を読むことができよう。. 8  鴨川太郎『レスピーギ歌曲の深層研究―レスピーギ作曲《森の神々 Deità silvane》考察1』108頁および111頁(注記 33.)参照。. 92.

(10) レスピーギ歌曲の深層研究― 《森の神々》の考察2 ―. Vivaceと表示された11小節目から14小節1拍目にかけて(譜例11)は,「丸い額の上に角を屹立させ/茨 の茂みや小丘を求めて競い合う E i fauni in corsa per dumeti e clivi, /erti le corna sulle fronti ottuse,」牧 羊神たちを模したピアノ・パートである。短前打音を伴った16分音符の連打など,「狩猟」のような攻撃性 を感じさせる部分でもあるが,11~12小節目冒頭までは4度堆積和音の各音を順次進行で連結させた作りで あり,その後は伝統的な和声法から導き出される七の和音を中心に和声が推移する。. (譜例11). 14~15小節目は,牧羊神たちが「薄い秘薬や淫らな西風を/その低い鼻孔から吸い込んでいる bevono per lor nari camuse/filtri sottili e zefiri lascivi.」様子を表すが,11~13小節目とは打って変わって,急に緩 やかな楽想となる。14小節目では歌唱部の旋律(「その低い鼻孔から吸い込んでいる bevono per lor nari camuse」 )も主として4度跳躍で形成され,それ以前の「攻撃性」は「媚薬」9の効果によってにわかに緩和 される。ピアノ・パートの低音部が半音下行することで,(ヘ長調)→変ロ長調→変ホ長調→変イ長調と転 調する中,15小節目の歌唱部(「薄い秘薬や淫らな西風を filtri sottili e zefiri lascivi.」)はエオリア旋法10の ような順次進行となる(譜例12)。. (譜例12). そして,16~17小節目のピアノ・パートはそれを受けて,「西風」を表すように6連符の下行形で4度堆 積和音のアルペッジョを奏でる。16小節目はA♭69の和音であり,17小節目前半の和音(譜例13)は,伝統. 9  同前101頁参照。 10 エオリア旋法 modo eolio の「エオリア eolio」とは,ギリシャ神話の風神アイオロス(伊語でEolo)を語源とする。. 93.

(11) 鴨 川 太 郎. (譜例13). 的な3度堆積型の和音として異名同音的に捕えれば,D♭音上にできる長七の和音(第5音下方変位)とも 見えるが,増4度を含んでいるので,不完全ではあってもスクリャービンの「神秘和音」のような響きであ る。また,各音の配置は変わるものの,16小節目の6連符の音のうち,B♭をD♭に変えただけで連結され ているので,その移行を滑らかに行おうとする意図が見える。そして,17小節目の後半は,前半の音群から G音を取り除き,B♭を再び加えることで,変ロ短調の主和音に九度音を付加した和音になる。11小節目か ら4度上の長調へと次々に転調してきたものが,最後は調性感の判然としない4度堆積和音を使いながら変 ロ短調に至る。 先述した「山羊脚のステップ」とでもいうべき音型のみならず,この16,17小節などの音型も,ドビュッ シーの〈パックの踊り〉 (譜例14)からヒントを得ているようである。. (譜例14). また,この部分の動機に呼応する詩は「淫らな(西風)」であり,その歌唱旋律がエオリア旋法(譜例 12)になっていることから,筆者はこのピアノ独奏部をエオリアン・ハープの模倣ではないかと推察してい る。エオリアン・ハープは,ギリシャ神話の風神にちなんで命名された楽器だが,共鳴する大きな木箱のよ うなものに弦を4本以上張り,自然に吹く風によってある種の神秘的な音を発生させるものである。ショパ ン作曲《練習曲 作品25-1》は,その曲想から後にシューマンが《エオリアン・ハープ》と名付けたことが よく知られているが,《練習曲 作品25-1》も細かい6連符の連続で構成されている。 このように見てくると,16,17小節のピアノ・パートは,レスピーギが「淫らな西風」によって共鳴し音 を発するエオリアン・ハープをイメージしていただろうことが,現実味を帯びる。. 94.

(12) レスピーギ歌曲の深層研究― 《森の神々》の考察2 ―. 「西風」あるいは「エオリアン・ハープ」の動機が2小節で終わると,Menoと表示のある18小節目(譜 例13)以降, テンポを落とした「山羊脚のステップ」と長閑で牧歌的な「風笛」が再び並行して聞こえる(こ の断絶によって我々は場面が変わったことを知る)。そのピアノの響きの中で,「大きな森の奥深いところ で/美しい生ゆえの愛に涙している間 E, mentre in fondo al gran coro alberato/piange d’amore per la vita bella」と歌唱部が叙情的に歌い,続く「アルカディアの牧人のザンポーニャが la sampogna dell’arcade pastore, 」という詩に対応する部分(譜例15)では, 「パンフルート音型」が「山羊脚のステップ」を制し て聞こえてくる。より厳密に言えば, 「山羊脚のステップ」が低音域に抑えられて,中音域で奏でられる「パ ンフルート音型」と優しく呼応し合うように書かれている。パーンがダフニスにパンフルートの奏法を教え たという物語11が示唆されているようである。. (譜例15). この部分の調性の推移は,変ロ短調で始まり,18小節目後半ではピアノの低音部にE♭-D♭-Gの各音が 加わることで,変イ長調の属九の和音に六度音を付加した響きとなって,変イ長調となる。19小節目で変ホ 長調を一瞬経由するが20小節目は変イ長調である。21小節目は20小節目のピアノ・パートをほぼ踏襲してい るが,C音が下方変位しC♭音になることで,変イ短調になって,歌唱部の「涙する piange」に翳りを与え る。22小節目では,低音部にD♭が加わるだけで変ト長調の属九の和音になり,歌唱部が「美しい生ゆえの 愛に」と全音階的に順次進行で上行しながら,変ト長調に転調する。その後3回聞こえる「パンフルート音 型」は全て変ト長調(G♭69)である(譜例15および譜例16)。 26小節目で「パンフルート音型」が消え,再び「山羊脚のステップ」が始まるところでは,E♭音を根音 とする属九の和音に六度音を付加した響きとなるが,機能和声的に変イ長調に解決はしない(譜例16)。そ れは多分, 「 (奇襲に)喜びと恐れを抱いて contenta e paurosa」と歌う,詩の曖昧で両義的な内容に起因す るのだろう。26小節4拍目の右手の音群を繫留するような形(実際には,各音の順番が上がって下がる「山 型」から,下がって上がる「谷型」に変えられている)で,27小節目からF音を根音とする属九の和音に六 度音を付加した和音の第2転回形に連結される。ピアノ・パートの内声にあるE♭音が半音上行してE音に 進んだあたり(28小節目)から最後までは,最初の調性(ヘ長調)に戻ってくる。 26小節目以降,ピアノ・パートの高音部に現れる「4度堆積和音のアルペッジョ」は,様々に変奏されて, ファウヌスたちと妖精たちの追いかけっこを描写する。その変形はリズムだけでなく,分散和音として奏さ れる音群の各音の順番などにも,恐らく恣意的にだが,変化がつけられている。 11 同前100~101頁参照。. 95.

(13) 鴨 川 太 郎. (譜例16). そして,4度音程2つ分で構成される3つの音を一塊りとして扱っているので,「山羊脚のステップ」や 16分音符の連桁で4つの音を必要とする場合,2番目と4番目の音,あるいは1番目と3番目の音が同音に なっている。 例えば,26小節1拍目の音群はF-B♭-E♭であり,E♭→B♭→F→B♭という順で分奏されるので,2 番目と4番目に出てくる音が同じである。37小節2拍目では,G→C→G→Dというふうに1番目と3番目 が同音になっている。 また,26~29小節目(譜例16),30小節4拍目~32小節目(譜例17),33小節4拍目~35小節目(譜例17) で使われているピアノの右手の音群は,すべて完全4度だけの堆積でできたもので,次第にテンポが上がる 中, 1拍ごとに音群の各音が長2度の音程で上下して,追いかけっこの緊迫感を更に盛り上げる。 例えば,30小節4拍目~32小節目の右手は,D-G-Cという組み合わせの和音と,E-A-Dという組み合 わせの和音が,1拍ずつ行きつ戻りつ,しかも細かく素早い動きをもって奏される。 28小節目以降の和声は,さほど複雑ではない。Cを根音とする属九の和音に六度音や四度音を付加した和 音と,F69が交錯し,35小節目のPiù vivaceからは,和音の種類としてはF69しか使われていない12。 なお,38,39小節目の2拍目と4拍目は,出版譜に3連符を示す数字「3」の記載漏れがあるようである。 歌唱部の旋律線については,グレゴリウス聖歌以来のイタリアの伝統である,滑らかな曲線を描く上下動 が基本であり,それを支える和声が4度堆積和音を意識して作られているため,順次進行に次いで4度の跳 躍進行が多いのも特徴である。その中にあって,21小節目にある piange(泣く)に与えられた短6度の下 行や,28小節目の最後の音から29小節目の冒頭にかけて,agguato(奇襲)に与えられた短7度の上行は特 12 39小節目ではF69の第3音がどこにもないが,このような迅速な動きの中では音の残像としてA音は聞こえると考える。. 96.

(14) レスピーギ歌曲の深層研究― 《森の神々》の考察2 ―. (譜例17). 別なものであり,作曲者の思い入れが感じられるところである。 また, 「アルカディアの牧人」が出てくる18小節目以前では,歌唱部のリズムは16分音符を中心にしていて, saltellanti(小躍りする),forre astruse(険しい峡谷),pifferi giulivi(快活な小笛),in corsa(競い合う) 等といった語句の要求に応じている。18小節目以降の歌唱リズムは,8分音符とそれ以上の音価をもつ音符 によって構成され,アルカディアの長閑さや,piange d’more(愛に泣く),la vita bella(美しい生)といっ た語句に耽溺するような旋律線となっている。 詩の第4連以後に与えられる音価も,それ以前とは見かけ上変わらないが,テンポが急速に上がっていく ため,実際には冒頭のようなスピード感を伴う。しかし,あくまでも妖精たちの嫋やかな逃走を歌っている ので,1ヵ所のみ短7度の跳躍があるとはいえ,基本的には滑らかな曲線が形成されている。. おわりに これまでに見てきたように, 《森の神々》を作曲するに当たって,レスピーギは4度堆積和音について深 く思いを巡らせていた形跡があり,独自の作曲理論を構築しようとしていたことが窺える。 また, 《森の神々》の作曲実践によって得た経験値は代表作《ローマの松》にも生かされていることを突 き止めた。このことに関する検証は更になされるべきではあるが,小稿の範疇を越えてしまうので,一例を 挙げるに留めた。 《森の神々》を構成する全5曲を分析する予定であったが,紙面の制約上, 〈牧羊神ファウヌスたち〉のみ, 楽曲分析を通して「詩と音楽の融合状態」の検証を行った。 ドビュッシーの〈パックの踊り〉に多くのヒントを得たと思われる〈牧羊神〉ではあるが,そこには以下 のような点において,レスピーギのオリジナリティが発揮されていることが明白となった。. 97.

(15) 鴨 川 太 郎. ① 前時代までに確立されてきた伝統的な和声法と4度堆積和音を巧みに融合させ,調性が明らかな部分と 調性感覚が希薄になる部分を絶妙に配分している。 ② 詩を原動力として,色彩豊かな和声と独特な旋律,変化に富んだリズムで,詩の世界を重層的に,大胆 かつ細心の注意を払いながら構築している。 第2~5曲目の検証は次に譲ることとするが,レスピーギ歌曲に限らずイタリア近代歌曲に関する研究で, 演奏家が演奏を実践する際,真に必要と考える小稿のような論述は目下ないようである。 本研究はJSPS科研費 JP16K02297の助成を受けたものです。. 参考文献 Battaglia, Elio, et al., Ottorino Respighi, Torino, ERI (Edizioni RAI Radiotelevisione Italiana), 1985 Respighi, Elsa Ottorino Respighi-Dati biografici ordinati da Elsa Respighi, Milano, Ricordi, 1954. 鴨川太郎「レスピーギ歌曲の深層研究―レスピーギ作曲《森の神々 Deità silvane》の考察1―」『北海道教育大学紀要.人文 科学・社会科学編』第69巻 第1号(2018年)。. 楽 譜 Debussy, Claude Préludes 1er et 2e livres. Durand, 2010. Respighi, Ottorino Fontane di Roma, Pini di Roma, Feste romane per orchestra, Prtitura. Ricordi, 2014. Respighi, Ottorino RESPIGHI Liriche. Ricordi, 2007.. DVD Ottorino Respighi ― Manoscritti musicali e archivio documentario alla Fondazione Giorgio Cini di Venezia ― . a cura di Martina Buran e Vitale Fano. CIN10042008VF, Venezia, 2008.. . 98. (釧路校教授).

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参照

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