運動部活動での葛藤体験による指導者の変化
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第66巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 66, No.1. 平 成 27 年 8 月 August, 2015. 運動部活動での葛藤体験による指導者の変化 小 谷 克 彦 北海道教育大学旭川校体育心理学研究室. Change of Coaches’ Sense of Value and Coaching Behavior in Experiences with Self Conflict in Athletic Club KOTANI Katsuhiko Department of Sport & Exercise Psychology, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本研究の目的は,運動部活動で指導者が遭遇する葛藤体験によって生じる指導者の変化を内 的な側面と行動的な側面の両方から明らかにし,それらの関連を検討することであった。中学 校・高等学校で部活動を指導している指導者に葛藤体験に関する自由記述質問紙を実施し,22 名の指導者の葛藤体験を分析対象とした。記述内容を類似度距離行列を用いたクラスター分析 によって,2つの観点から変化の内容を分類した。その結果,内的な側面に関しては,“指導 観の転換”,“指導観の拡大”,“指導観の強化”,“向上心”,“あきらめ”といった5つの変化が 認められた。さらに,行動的な側面での変化としては, “指導の見直し”, “柔軟な関わり”, “閉 鎖的・防衛的な関わり”といった3つの変化が認められた。指導者にとって葛藤体験は,時に 指導に対する熱意を低下させてしまう場合もあるが,指導観の様々な変化や自己・他者に開け た態度による変化をもたらすきっかけにもなると言える。 Key words:葛藤体験,指導行動の変化,指導観の変化. はじめに. ストレスを強め,さらには指導に悪影響を及ぼす ことになりかねない。しかしながら,部活動指導. 運動部活動の指導をする中で,指導者は生徒の. において指導者が遭遇する問題事象は,悩みを深. 反発,勝つことへの過度なプレッシャー,そして. めるだけでなく,指導者自身が変化し,成長する. 周囲からの過剰な批判など,実に多様な問題事象. きっかけになることもある。生徒への指導援助に. に遭遇している。そして,その中で様々な悩みを. 関わる問題で悩みを抱くような場合,その事象へ. 抱きながら指導を続けている者も少なくない。こ. の対応の中で生徒のちょっとした変化をみること. のような体験を繰り返し続けることが,指導者の. で,指導することの喜びややりがい感を高めるこ. 275.
(3) 小 谷 克 彦. ともある。さらには,問題事象の解決をきっかけ. の肯定的な変化を視野に入れるならば,指導場面. に指導観が変わり,指導の幅を広げることもある. で抱く葛藤に指導者がどのように関わっていくの. と考えられる。こういった問題事象の影響に肯定. かという内的体験に注目することが必要であると. 的な側面があるにもかかわらず,悩みを抱える指. 考えられる。. 導者に対する現在の対策は,問題事象そのものを. 運動部指導者の葛藤体験については,小谷・中. なくすか,ストレスを“おさえる”という観点に. 込(2003,2008,2012)の一連の研究で明らかに. よるものが多いと考えられる。. している。小谷・中込(2003,2008)では,葛藤. 指導者のストレスに関した先行研究では,問題. を抱く中で指導者は指導観や自他観といった価値. 事象や指導者自身のパーソナリティー,そして. 観の混乱が生じていると指摘している。つまり,. リーダーシップスタイルといった要因に着目し,. これらの知見からは指導者が葛藤を解決していく. それらの要因とストレスやバーンアウトといった. 過程で,同時に指導観及び自他観を確立していく. 不適応症状との関連を明らかにしている(Kelley,. という作業もしていることを推測することができ. 1994; Vealey et al, 1992; Dale & Weinberg,. る。また,小谷・中込(2012)では,葛藤を対処. 1990) 。しかし,これらの研究では,問題事象の. する中で,“狭まり,深まり,広がり”といった. 否定的側面のみに焦点が当てられているだけでな. 内的体験を経て,新たな視点で葛藤に向き合うよ. く, その対応策も“おさめる”という観点に留まっ. うになるという心的過程を明らかにしている。こ. たものである。指導者にとって問題事象が,スト. のように葛藤に注目することで,“おさめる”の. レスの原因となるだけでなく,成長のきっかけと. でなく,新たな価値観を構築して新たな視点で問. もなると考えるならば,これまでの“おさめる”. 題事象を捉えるという対策の方向性を提唱するこ. という観点に立った対応策では限界がある。そこ. とができる。しかしながら,これらの研究では,. で,悩みを抱く指導者の心理面からの支援を考え. 葛藤の内容や対処体験についての検討は積み重ね. るならば,問題事象に直面する指導者が,悩みな. ているが,その後の影響については葛藤体験の肯. がらも解決に向かう過程でどんな体験をしている. 定的意味を示唆するに留まっており,具体的な変. のかについて改めて焦点を当てる必要がある。. 化については明らかにしていない。. 問題事象に直面する中で,指導者は様々な意志. 問題事象や葛藤の解決後の影響に関して,まず. 決定を迫られている。そして,その中では「どち. 葛藤に関する先行研究では,精神的健康度だけで. らを選ぶか」 「やりたくてもできない」「やりたく. なく,問題解決の結果に対する満足度や葛藤の対. ないけれども,やらなければいけない」といった. 象となった相手に対する満足度といった観点から,. 様々な葛藤を体験している。このような葛藤を繰. 葛藤の影響を検討している(Sillars, 1980; 藤森,. り返し体験することで,指導者は価値観が揺らい. 1989,加藤,2003)。また,都丸・庄司(2005)は,. だり,自信を喪失したり,指導の方向性を見失う. 対生徒について悩みを経験した教師は,その後に. こともあろう。しかしながら,「葛藤は発達の契. 生徒に対する見方や接し方に変化がみられること. 機でもある」という考え方も古くから言われてい. を明らかにしている。さらに,網谷(2001)は,. る。安藤(2005)は,教師が抱く葛藤に対して,. 不登校の生徒を担任するという特定の経験に焦点. 「様々な側面から教師によせられる理想的な教師. を当て,その経験が教師にどのような変容をもた. の行動への期待を多く認識し,自覚し,それらを. らしたのかについて明らかにしている。その結果,. どのように自らの教師としての行動のなかに取り. 不登校児を担任することは教師の悩みとなる一. 込んで行くかについて,考えを深める契機として. 方,その経験を経ることによって「不登校児の捉. 重要な意味を持っている」と指摘している。つま. え方や対応の変化」,「学校教育の抱える問題への. り,問題事象を“おさめる”のではなく,その後. 気づき」,「子どもを見る目の変化」といった変化. 276.
(4) 運動部活動での葛藤体験による指導者の変化. が教師にみられると指摘している。しかし,これ. うな潜在的な部分を表面化させることが可能とな. らの先行研究では,指導者の変化として,生徒に. る。そのため,本研究で対象となる葛藤体験やそ. 対する関わり方や見方の変化といった行動的な側. の後の指導者の態度を分類するには有効であると. 面を捉えており,指導者個人内でどのように変. 考えられる。この方法を用いることで,KJ法や. わったのかについては検討できていない。そこで. グラウンデッド・セオリー法のように,文章を切. 価値観の混乱という葛藤体験に着目し,行動的な. り取ることなく,記述された物語そのものを分析. 側面での変化だけでなく,価値観という内的な側. 対象とすることが可能となる。具体的な手順は以. 面での変化を検討する必要がある。また,これら. 下の通りである。①各項目の類似度を評定(よく. 両方の変化を明確にすることで,内的な側面での. 似ている1~7よく似ていない)。②類似度距離. 変化と行動的側面での変化との連関といった変化. 行列によるクラスター分析を行う。③クラスター. のプロセスを検討することができる。. 構造のイメージ解釈。. そこで本研究では,葛藤体験の影響について否 定的側面だけでなく,肯定的側面も考慮した上で, 指導者の葛藤体験による指導上の変化を明らかに. 結果および考察. することを目的とする。そして,指導上の変化を,. 1.葛藤体験後にみられる内的な側面の変化. 生徒との関わり方の変化などの指導行動の変化と. 指導に対する考え方の変化などの内的な側面の. 指導に対する考え方の変化といった内的な側面の. 変化という観点から指導者が記述したデータを分. 2つから分類し,それらの連関を検討していく。. 析した結果,5つのカテゴリーによる解釈が有効 であると考えられた(図1)。同定された内的な. 方 法. 側面の変化は,“指導観の転換(4名)”,“指導観 の拡大(6名)”,“指導観の強化(3名)”,“向上. 1.調査対象者及び調査内容:中学校や高等学校. 心(5名)”,そして“あきらめ(4名)”といっ. で部活動を指導している指導者110名を対象に,. た5つであった。表1はそれぞれのカテゴリーの. 転機となった問題事象に関する自由記述質問紙を. 具体例と件数を示したものである。. 実施した。肯定的な変化が伴う葛藤体験は,指導. まず,“指導観の転換”は「勝つことに固執し. 者にとって転機となっていると考えられる。そこ. すぎなくなった。選手を伸ばすことが目的となっ. で, 自由記述質問紙は,指導者にとって転機となっ. た」や「チーム運営の主軸を『自分』から『選手』. た問題事象に焦点をあて,そのような問題事象に. に完全移行した」といった内容からなっていた。. 対して具体的な記述を求める項目を設定した。. これらの内容は,指導の目標や目的の変更,さら. 2.分析方法:110名に自由記述質問紙調査を実. には指導方法の変化といった指導の方向性の変化. 施した後,記述内容の中から葛藤体験に関する記. であると言える。. 述をしていた22名(男性18名,女性4名)を抽出. 次に, “指導観の拡大”は, 「せまい考えでなく,. した。年齢構成は,20歳代が1名,30歳代が5. 生徒一人一人,個々のカラーを大切にし,一元的. 名,40歳代が8名,50歳代が8名であった。その. でなく対応できるようになった」や「常に自分だ. 後,22名が記述した内容について「生徒との関わ. けで考えず,人から意見を求めたり,人と話すこ. り方の変化」と「指導観の変化」の2つの観点か. とで解決することも可能だと思えるようになっ. ら,それぞれに対して類似度距離行列を用いたク. た」といった内容からなっていた。これらの内容. ラスター分析を行った。この方法では,特定の個. は先述の“指導観の転換”とは似通った部分はあ. 人が持っている認知構造やイメージのように論理. るが,目標や目的ならびに指導方法などの転換と. 構造が曖昧であったり,本人も意識していないよ. いうよりも指導に対する考え方や視野が広がると. 277.
(5) 小 谷 克 彦. 1. 2. 2 3. あきらめ. 3 3. 6. 3 5. 2 1. 強 化. 3. 1 7. 5. 1 9. 2 4. 8. 2 6. 向 上. 1 6. 2 2. 2 7. 3 9. 7. 拡 大. 1 5. 1 8. 2 8. 転 換. 図1 内的な側面の変化:クラスター分析樹形図. 表1 葛藤体験後にみられる内的な側面の変化の具体例 カテゴリー. 指導観の拡大. 指導観の転換 指導観の強化 向上心 あきらめ. 具体例 せまい考えでなく,生徒一人一人,個々のカラーを大切にし,一元的でなく対応できるよ うになった。 常に自分だけで考えず,人から意見を求めたり,人と話すことで解決することも可能だと 思えるようになった。 「勝つ」 ことに固執し過ぎなくなった。選手を伸ばすこと, 変革させることが目的となった。 チーム運営の主軸を「自分」から「選手」に完全移行した。 価値観の多様性は認めるが,指導において信念は曲げない。 指導力(信念・集中力の持続・意欲など),指導者に全責任があり,結果も絶対的である。 言葉の大切さを感じたので自分の言葉に責任を持って行動できるようになった。 最近の指導法や用具に対する知識,トレーニング法を一から勉強した。 意欲のない生徒のモチベーションを高めるのは無理と悟る。 クラブ活動の指導が消極的になった(熱意が薄れた)。. 件数. 6. 4 3 5 4. いった変化である。そのため,“指導観の転換”. れる。. と区別し, “指導観の拡大”とした。. 4つ目の“指導観の強化”は,「価値観の多様. 3つ目の“向上心”は,「言葉の大切さを感じ. 性は認めるが,指導において信念は曲げない」や. たので自分の言葉に責任を持って行動できるよう. 「指導力(信念・集中力の持続・意欲など) ,指. になった」 や 「最近の指導法や用具に対する知識,. 導者に全責任があり,結果も絶対的である」といっ. トレーニング法を一から勉強した」といった内容. た内容からなっていた。ここでは指導観を変える. からなっていた。ここでは,先述の2つの変化と. というよりも,これまでの考え方を強める,もし. は異なり,これまでの方向性や指導者自身の能力. くは再確認するといった形の変化であると言える。. を高めようという取り組みの変化であると考えら. 最後に,“あきらめ”は,「意欲のない生徒のモ. 278.
(6) 運動部活動での葛藤体験による指導者の変化. チベーションを高めるのは無理と悟る」や「部活. 2.葛藤体験後における指導行動の変化. 動の指導が消極的になった」といった内容から. 生徒との関わり方の変化などの行動面での変化. なっていた。これまでの4つは肯定的な変化と捉. という観点から分析した結果, “指導の見直し(9. えられるが,これは問題事象の解決をあきらめて. 名)”,“柔軟な関わり(9名)”,“閉鎖的・防衛的. しまうといった否定的な変化であると言える。本. な関わり(4名)”といった3カテゴリーによる. 研究では,指導の転機となった問題事象を取り上. 解釈が有効であると考えられた(図2)。しかし. げてもらったが,こういった“あきらめ”といっ. ながら,もう少し詳しく検討するために,サブカ. た態度になってしまうという転機もあることは当. テゴリーの同定も試みた。サブカテゴリーとして. 然であろう。. は, “指導の見直し”には“指導法の改善(5名)”,. 小谷・中込(2012)は,葛藤を対処するなかで. “指導法の強化(2名)”, “指導への責任(2名)”. 指導者が新たな視点で葛藤に向き合えるようにな. の3つが含まれており, “柔軟な関わり”には, “生. ると指摘しているが,この新たな視点に関しては. 徒の理解(4名)”と“ゆとりある関わり(5名)”. 明確にしていなかった。そこで本研究では,この. が含まれていた。なお, “閉鎖・防衛的な関わり”. 新たな視点についての示唆を得ることができた。. に関するサブカテゴリーは同定できなかった。表. つまり,新たな視点には,指導方法を転換すると. 2は,それぞれのカテゴリーの具体例と件数を示. いう変化だけではなく, “指導観の拡大”といっ. したものである。. た考え方そのものの観点を広げることで得られる. “指導の見直し”は,“指導法の改善”,“指導. 視点も含んでいると言える。指導者は葛藤を抱く. 法の強化”,“指導への責任”の3つからなり,い. ような問題事象に遭遇した際,悩むなかで指導の. ずれも指導方法や指導者自身の態度に関する変化. 方向性を転換するだけでなく,指導観そのものを. であると言える。まず,“指導法の改善”は,「い. 広げて,多角的な視点で問題事象を捉えるように. い加減で,ウソのない基本練習をきちんと教える. なると考えられる。. ようになった」, 「良いときはもっとほめたりして,. また,指導観の転換や拡大だけでなく,“指導. 言い方にも気をつけなければと思った」といった. 観の強化”や“向上心”といった変化も新たな視. 内容からなっていた。これらの内容は,これまで. 点となる可能性もあるであろう。これまでの方向. の指導方法を見直し,改良・改善するなどの変化. 性を再確認したり,指導方法を学びなおしたりす. である。“指導法の強化”は,「価値観の多様性は. ることで,それまでとは異なった視点を得られる. 認めるが,指導において信念は曲げない」といっ. こともある。しかし,これまでの考えを強化させ. た内容からなっていた。生徒との関わり方の変化. すぎてしまい,逆に視野を狭くしてしまうことも. は読み取れないが,これまでの指導法をより強化. 考えられる。さらに,否定的なイメージが強い“あ. させるといった関わり方への変化であると言え. きらめ”であるが,葛藤の解決をあきらめること. る。“指導への責任”は,「言葉の大切さを感じた. を通して,指導者は生徒や問題事象に対して適度. ので自分の言葉に責任を持って行動できるように. な距離を取ることができ,その結果として,指導. なった」,「もう一度指導について学びなおした」. 者は指導を充実させることができる場合もあると. といった内容からなっていた。これらの内容は,. 考えられる。 “指導観の強化”や“あきらめ”に. 指導者自身の態度を見直すことに関する変化であ. ついて考えられる2つの側面に関しては,本研究. ると言える。“指導の見直し”では,指導者自身. のデータで考察するには限界がある。今後,事例. の考え方や態度に関する記述が多く,生徒との関. を重ねて,強化やあきらめるという変化について. わり方に関する具体的な記述はみられなかった。. の意味を検討する必要がある。. すなわち,“指導の見直し”は生徒との関わり方 よりも,改善や強化,責任といった指導者自身の. 279.
(7) 小 谷 克 彦. 1. 2. 2 3. 閉鎖・防衛的. 3 3. 3. 5. 責任. 2 1. 3 9. 2 4. 1 7. 改 善. 1 9. 6. 3 5. 強 化. 7. 8. 1 5. 2 2. 2 7. ゆとりある関わり. 1 6. 1 8. 2 6. 2 8. 生徒の理解. 図2 指導行動の変化:クラスター分析樹形図. 表2 葛藤体験後における指導行動の変化の具体例 カテゴリー. 指導の見直し. サブカテゴリー. 具体例. 指導法の改善. いい加減で,ウソのない基本練習をきちんと教えるように なった。. 5. 指導法の強化. 価値観の多様性は認めるが,指導において信念は曲げない。. 2. 指導への責任. 言葉の大切さを感じたので自分の言葉に責任を持って行動 できるようになった。. 2. 生徒の理解. チームの状況に応じて指導し,個々人の性格をよく理解し なければと思うようになった。. 4. ゆとりある関わり. 自分に余裕が生まれる,サッカー以外の所にも目が届くよ うになり,様々なことがみえるようになった。. 5. 柔軟な関わり. 閉鎖・防衛的な 関わり. クラブ活動の指導が消極的になった。(熱意が薄れた) 自分たちが受けてきたような厳しい指導はできない。. 件数. 9. 9. 4. 4. 行動的側面に開けた態度の変化であると考えられ. 理解しようとする態度への変化である。次に, “ゆ. る。. とりある関わり”は,「自分に余裕が生まれる,. 次に, “柔軟な関わり”は, “生徒の理解”と“ゆ. 競技以外の所にも目が届くようになり,様々なこ. とりある関わり”といった2つのサブカテゴリー. とがみえるようになった」や「常に自分だけで考. からなり,生徒に対する見方や態度に関する変化. えず,人からの意見を求めたり,人と話したりす. であると言える。まず,“生徒の理解”は,「チー. ることで解決することも可能だと思えるように. ムの状況に応じて指導し,個々人の性格をよく理. なった」といった内容からなっていた。これらの. 解しなければと思うようになった」や「生徒の心. 内容は,生徒への関わり方だけでなく,余裕をもっ. まで耳を傾けるようになった」といった内容から. た態度で指導に関われるようになったという指導. なっていた。これらの内容は,生徒のことをより. 者の態度の変化である。この“生徒の理解”と“ゆ. 280.
(8) 運動部活動での葛藤体験による指導者の変化. <内的な側面の変化>. <指導行動の変化>. あきらめ. 閉鎖的・防衛的な関わり. 指導観の転換 柔軟な関わり 葛藤体験. 指導観の拡大 指導観の強化. 指導の見直し. 向上心 図3 葛藤体験による変化の関連図. とりある関わり”といった変化は,生徒について. うな指導をしていったのかについては,本研究の. の理解をより深めよう,広い視野を持って指導を. 調査では記述されたなかった可能性がある。その. しようといった柔軟な関わりへの変化である。. ため,今回は一つの問題事象での葛藤体験に注目. 柔軟な関わりへの変化は先述した“指導の見直. したが,今後,複数の問題事象での取り組みの変. し”に繋がる変化であると思われるが, “指導の. 遷など長いスパンでの変化に着目し, “あきらめ”. 見直し”と比べて他者に開けた態度への変化であ. に至ったケースと同様に,事例を重ねて検討をす. ると考えられる。小谷・中込(2012)は,指導者. る必要がある。. が葛藤への対処過程の終盤において,他者に対す る理解の深まりと自己に対する理解の深まりの間. 3.指導観の変化が引き起こす指導行動の変化. で相互作用が生じ,その結果として問題事象に対. 指導観の変化のそれぞれがどのような指導行動. する新たな理解につながると指摘している。すな. の変化につながっているのかについての検討を試. わち, “指導の見直し”が自己に対する理解の深. みた。つまり,“指導観の転換”といった指導に. まりに関する変化につながり, “柔軟な関わり”. 対する考え方の変化を示した指導者が,どのよう. が他者に対する理解の深まりに関する変化につな. な行動面での変化を示したのかを整理した。図3. がっていると考えられる。. に各カテゴリーの連関図を示した。まず,“指導. 最後に“閉鎖的・防衛的な関わり”は「指導が. 観の転換”をした指導者は, “指導の見直し”と“柔. 消極的になった」や「自分たちが受けてきたよう. 軟な関わり”といった変化をしていた。“指導観. な厳しい指導はできない」といった内容からなっ. の拡大”に関しては,“柔軟な関わり”にのみ関. ていた。これらの内容は指導に対する熱意が低下. 連がみられた。“指導観の強化”と“向上心”といっ. してしまうといった変化である。本研究では,指. た考え方の変化を示した指導者は,“指導の見直. 導の転機となった問題事象での体験を取り上げて. し”といった変化をしていた。そして, “あきらめ”. もらっている。その中で,こういった“閉鎖的・. を記述していた指導者は,“閉鎖的・防衛的な関. 防衛的な関わり”が転機による変化として取り上. わり”のみの変化をしていた。あきらめることを. げられていることに注意を払わなければならな. 通して,指導者は生徒や問題事象に対して適度な. い。しかし,この“閉鎖的・防衛的な関わり”を. 距離を取ることができ,“ゆとりある関わり”と. 生じた転機にどのような意味があるのかについて. いった変化をもたらすのではないかと予想した. は,本研究のデータでは限界がある。“閉鎖的・. が,本研究の結果ではそういった可能性を指摘す. 防衛的な関わり”となった指導者がその後どのよ. ることができなかった。また,本研究では,“指. 281.
(9) 小 谷 克 彦. 導観の拡大”や“指導方法の改善・強化”といっ. じるかもしれない。すなわち,ある一つの葛藤体. た肯定的な側面での変化が多数みられた。しかし. 験によって,指導に対する熱意を低下させてしま. ながら,葛藤体験の多くが肯定的な側面での変化. う場合もあるが,その後に遭遇する問題事象を経. に直結しているとは考えがたい。つまり,肯定的. て,別の変化が生じるかもしれない。したがって,. 側面の変化に至る前に, “あきらめ”といった一. 今後は一つの問題事象による葛藤体験を検討する. 見否定的に思える変化を経験しているのではない. のではなく,指導者個人の指導に関するライフヒ. かと考えられる。本研究での1つの問題事象のみ. ストリーから葛藤体験の位置づけや意味を検討す. の自由記述データでは,このような各カテゴリー. る必要がある。. 間の関係を検討するには限界がある。やはり, “あ きらめ”を体験した指導者の事例を対象に,“あ. 引用文献. きらめ”が指導者にどのような変化をもたらした のか, “あきらめ”や“閉鎖的・防衛的な関わり” の葛藤体験における位置づけや意味について検討 する必要がある。. 網谷綾香(2001)不登校児と関わる教師の苦悩と成長の 様相.カウンセリング研究,34: 160-166. 安藤智子(2005)教師の葛藤対処様式に関する研究.多 賀出版:東京. Dale, J. and Weinberg, R.S. (1990) The relationship. 結 論 本研究では,葛藤体験を経ることによって,問 題事象を新たな視点で捉えるようになるという仮. between coaches’ leadership style and burnout. The Sport Psychologist, 3: 1-13. 藤森立男(1989)日常生活にみるストレスとしての対人 葛 藤 の 解 決 過 程 に 関 す る 研 究. 社 会 心 理 学 研 究,4: 108-116.. 説を元に,葛藤体験による指導者の変化を内的な. 加藤 司(2003)大学生の対人葛藤方略スタイルとパー. 側面と行動的な側面の両方から明らかにすること. ソナリティ 精神的健康との関連性について.社会心. を目的とした。 その結果,内的な側面の変化として,“指導観. 理学研究,18⑵: 78-88. Kelley, B.C. (1994) A model of stress and burnout in collegiate coaches: Effect of gender and time of season.. の転換” , “指導観の拡大”,“指導観の強化”,“向. Research Quarterly for Exercise and Sport, 65: 48-58.. 上心” ,そして“あきらめ”といった5つの変化. 小谷克彦・中込四郎(2003)運動部活動において指導者. が認められた。指導者にとって葛藤体験は,指導 観を転換させたり,強化させたりするだけでなく,. が遭遇する葛藤の特徴.スポーツ心理学研究,30⑴: 33-46. 小谷克彦・中込四郎(2008)運動部指導者の葛藤生起パ. 指導観そのものを広げるきっかけになると言え. ターンごとにみられる対人関係の中での自己知覚の特. る。さらに,行動的な側面での変化としては, “指. 徴.スポーツ心理学研究,35⑵: 1-14.. 導の見直し” , “柔軟な関わり”,そして“閉鎖的・ 防衛的な関わり”といった3つの変化が認められ た。葛藤体験による行動的な変化には,“指導の 見直し”といった自己に開いた態度による変化と “柔軟な関わり”といった他者に開いた態度によ る変化があることが明らかになった。 一方, “あきらめ”や“閉鎖的・防衛的な関わり” といった否定的な変化も認められた。しかしなが ら,本研究では,1つの問題事象による葛藤体験 を捉えたものである。そこでの変化は否定的なも のであったとしても,その後に肯定的な変化が生. 282. 小谷克彦・中込四郎(2012)運動部活動における指導者 の葛藤対処に伴う内的体験.スポーツ心理学研究,39 ⑴: 15-28. Sillars, A.L. (1980) Attributions and communication in roommate conflict. Communication Monographs, 47: 180-200. 都丸けい子・庄司一子(2005)生徒との人間関係におけ る中学校教師の悩みと変容に関する研究.教育心理学 研究,53: 467-478. Vealey, R.S., Udry, E.M., Zimmerman, V., and Soliday, J. (1992) Intrapersonal and situational predictors of coaching burnout. Journal of Sport & Exercise Psychology, 14: 40-58..
(10) 運動部活動での葛藤体験による指導者の変化. 付 記 本稿は,平成24-26年度科学研究費補助(若手 研究(B)課題番号24700638)の助成を受けたも のである。 (旭川校准教授). 283.
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