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小説における人間像の造形

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Academic year: 2021

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小 説 に お け る人 間 像 の 造 型

The Creation of Characters in Fiction

Seiichi Miwa

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氏が 日本の近代小説を論 じ た 論文, 「異形の小説」 の中に大要つ ぎのよ うな記 述があ る

「もし西洋 の読者が 日本の近代小説を 読んだな らば,彼等の通念 となってい る小説 の形 式や ジ ャンルの概念が,かな らず Lも普遍的な も のでない とい うことを教え られ るはずである。」 これは 日本の近代小説 の諸作品 と西欧のそれ とを 比較対照す る時, 日本にははなはだ異様な姿 を示 す作品が数多 くあ るとい うことを述べているので あ る。西欧の近代小説 の概念 とは,19世紀に西欧 において発達 し,世紀 末 までにその頂点に達 した 小説の諸作品か ら帰納 された概念を指す。では西 欧 の小説 の形式や ジャンルの普遍的な概念 とは具 体的にはいかなるものか。それは小説が緊密に構 成 された プロットを もち鮮 明な人間像を造型す る 文学 ジ ャソルであ るとい うことであ る。 これを言 いかえれば,小説がひ とつの文学 ジャンル として 成立す るためには,物語性

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と作中人物の性格 描 写

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を もたなければな らぬ とい うことであ る。19世紀後 半か ら今世紀の初頭にいた る問に出現 した西欧の 小説の代表的作品が,上記の小説の二要件を具備 してい ることは,われわれのよく知 る所であ る。 私は ここで西欧の小説読者が小説について もって い る一般的な概念を更に具体的かつ平明に説 明す るために

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がその著 書 Readiug aNovelの中で述べてい る言葉 を借 用 す る。そ の大意は, 「小説 とは何か と定義す る試みには, 今 まで誰 もが失敗 してい るので,私 もこれは試み ない。私は まず小説は主 として人間にかかわ るも のであ るとい う仮定か ら話を進め る。われわれは 何故に小説を読むか ? これにはい くつかの理 由 があ るだろ うが,それ らの理 由の基本 となるもの は物語を読む とい う,昔 なが らの読者 の素朴 な喜 び,事件の連鎖 の中でつ ぎに何が起 こるかを知 り たい欲望をみたす喜 びである。物語を読む楽 しみ の根本は,結局物語それ 自体,す なわち

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であ る。 しかる後にわれわれは 事件を起 こし, また事件に遭遇す る作中人物につ いて知 りたい と思 う故に小説を読む。」とい うきわ めて簡 明な小説 の二要件にかんす る説 明であ る。 この説 明だけでは小説 の

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す な わち小説のプロットは,作中人物 の性格描写に優 先す る貴重 な要件であることを主張 しているよ う にみえ るが

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の著書を通読すれば,彼の真 意は プロットよ りも人物 の性格描写に重点をおい てい ることが分 る。私は小説の二要件の うち特に 作中人物の性格 の着想,特徴的な人間像の造型に 到達す るプロセス等について考察 しよ うと思 う。

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まずは じめに,私は英米文学におけ る小説論の 中か らその一部を紹介す る。英米の小説論の諸問 題 の中で重点のおかれ るのは作中人物の性格描写 論である。小説論者たちは小説 と,小説を享受す る読者 との関係か ら考察を始め,読者 の 視 点 か ら,小説 の読後に読者の記憶の中に鮮明に残 る印 象の種類についてつ ぎのよ うに述べ る

「性格 の 創造はすべ ての偉大 な小説家の達成 した, もっと も注 目すべ き成果であ る。小説 の読了後, しば ら くの時を経てその小説 のプロッ トを詳細に話す こ とのできる人は きわめて少い。 しか し大抵の読者 - 91

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-は作中人物の性格をよく記憶す る。われわれは 日 常の談話の中で作中人物の性格を話題にす る。」 (大意)同様の趣 旨をつ ぎのように述べ る論者 も いる

「いかなる性格にせ よ,生け るがごとく見 える性格 こそ小説におけるもっとも重要な唯一の 要素であ る。小説 の文体やプロット構成の巧み さ の故にその小説を記憶す る人はい な い。長 篇 小 説,短篇小説 のいずれにしても,万人に訴え る人 物の性格 こそ小説の生命である

」(大意) 英米 の小説論者はほ とん どすべて,小説 の長短いかん にかかわ らず,作中人物の性格創造を作家の重要 な責務 と考え る。上記二人の論者の主眼 とす る所 は,小説のプロッ ト以上に人物の性格創造の重要 性 とその文学的効果を強調す るものである。 これ によってわれわれは Seidensticker氏が 日本の 近代小説の代表的作品 (永井荷風,志賀直読,川 端康成等の諸作品)を異形 の小説 と呼ぶ理由をほ ぼ理解す ることができる。 Seidensticker氏 は 上記の日本作家の作品の中には,西欧の小説の成 立の二要件 (作中人物の性格描写 と級密に構成 さ れたプロット)のひ とつあるいは両者を欠 く小説 が少なか らずあるとい う。 日本の近代小説につい ての彼の批評を考察す ることは別の践会にゆずる ことにして, ここではただ川端康成の作品につい ての彼の批評の要点を紹介す るに とどめる。彼の 意見によれは川端の小説には西欧的な意味での形 式的統一,すなわち物語の発端,展開,終末 とい う整然たる構成が認められない とい う。 (ただし 例外 として 「眠れ る美女」は緊密な構成上の統一 を示 してい るとい う。)しか し彼は人間像の創造に ついては,川端を高 く評価 し,特に 「雪国」の女 主人公の性格描写の見事 さを激賞 してい ることを 付記してお く。

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作者が小説の執筆を開始す る前に彼が作中人物 の特徴的な性格を着想する端緒は どこにあるので あろ うか。作者は この端緒を社会生活におけ る彼 の諸経験や,人間についての彼の思索の中に見出 すであろ う。別言すれば彼は 自分が創造 しよ うと 意図す る人間像の原型 (prototypeormodel) を外部社会の中に, または彼の内部世 界 に 見 出 す。英米の小説論においては作者の胸 中 に 描 か れ る作中人物の,未だ十分に明確でな い 当 初 の imageをsourceと呼 ぶ論者 もい るが,私は使 いなれた modelあるいは prototypeとい う語 を用い ることにす る。 ツルゲーネフの小説の中の主要人物に実在のモ デルのあ った ことはよ く知 られてい る。彼の小説 「ル ージソ」 の主人公ル ージンのモデルは革命家 バ ク-ニソ(1814-76)であるといわれる。 (実 在の人物バ クーニソは生江を革命運動の中に過 し たが,晩年には革命運動にも幻滅を感 じ,不遇の うちにスイスのベル ンで客死す る。) ま た 「父 と 子」 の主要人物バザーpフは,作者 ツルゲ-ネフ がみずか ら記 してい るように,作者を驚かせた特 異 な個性をもった一人の若い医師であ った。 ツル ゲーネフの作中人物の例は,作者が外界に作品の 主人公のモデルを発見 した場合である。 もう一つ の場合,すなわち作中人物のモデルを作者 自身の 内部に見出す例である。周知のようにFlaubert は彼の MadallleBouary につ い て,友 人 - の 書簡の中で

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IantMadameBovary"と述べて い る。作者が 自己の内部に特異な人物のプロ トタ イプを発見して小説の執筆を開始す るとい うこと は,彼が 自伝小説あるいは告白小説を書 くとい う ことを意味す るのではない。 これについて小説美 学はつ ぎのように説明す る。人間の性格はい くつ かの部分や側面を もつ ものであ り, これ らが結合 あるいは統合 されて一個の性格を形成す る。 しか しこれ らの部分,側面のすべてが一人の人間の常 時の姿 として表面にあらわれ ることはない。人間 の性格を形成す る諸要素の中のあるものは,彼の 内部に深 くか くされていて他者の限に は 見 え な い。 この ことを別言すれば,人間はただひ とつの 自誠 (self)を もつ ものではな く,複数の 自我, (selves)を もつ とい うことである。人間は 自己 の内部にひそむ好ましか らざる性格のある部分 と 側面 とを 自らの力でおさえて表面にあ らわれ るこ とを禁ず る。それは顕在化す る可能性をもつが, 各人がその顕在を恐れてそれを胸の底に秘めてお く自我である。 このよ うな性格の うち の あ る部 分,側面をわれわ れ は 潜 在 自我 (potential selves)と呼ぶ。作家は作品の制作にあた り,彼 の内部深 くにか くされた潜在 自我のい くつかを作 品の中の詔人物に分ち与えて,それ らを顕在化 さ せ る。潜在 自我は顕在 自我に対 し, また潜在 自我 - 9

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2-相互の間においても対立 し相反発す るものであ る か ら,た がいに対立 し,相異な る作中人物は物語 の進行 と展開に各人各様の仕方で参加す る。 した がってそ こには葛藤 や衝突が生ず る。物語は人物 の性格や葛藤 の種類に よって悲劇 ともな り,喜劇 ともな る。 ドス トエ フスキーのカラマー ゾフ兄弟 の各人 の相異な る性格は作者 自身 の性格のい くつ かの側面 ,すなわち彼の複数の 自我の投影であ る といわれ る。Flaubertの「Bovary夫人は私だ。」 とい う発 言 も彼の複数の 自我 の一つの 描 出 で あ る。各種 頬の特異な性格を創造す ることので きる 作家は, 彼の内部に多種類の潜在 自我を もつ芸術 家であ る。 したが って作者の潜在 自我は作中人物 の美徳 ともな り, また悪徳 ともな って読者の前に 出現す る。

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作者 が外界に,あ るいは彼 自身 の内部世界の中 に見出 したモデルは,作中人物の単 なる素材 また は素描であ り,そのままの姿では まだ荒削 りの原 形にす ぎない。 これに修正や改変 の手を加えて生 々とした人間像 とす るのは作者の想像力であ る。 Henry Jamesは このよ うな作家の想像力を相場 (crucible)にた とえてつ ぎのよ うに説 明す る。 ..Wecan surely account for nothing in the novelist's work that hasn't passed tllrOugllthecrucibleofhisimagination,

" 「小説家の作品の中にあるいか な る も の ち,彼の想像力 とい う相場を通過 しなか った もの は皆無であ る。」とい うのが, Jamesの説明の要 旨であ る。不完全な原形 の人物像は作家の想像力 によって補足,改変 された後,生彩ある人間像に 変容 して小説作品の中で躍動す るのであ る。 諸作家 の造型 した人間像,作中人物 とプロッ ト との関係等につい ては,今後作品の実例に よって 改めて具体的に論ず る予定であ るが, この小論は その序説 である。 (昭和54.7.29) - 9 3-Bibliography Allen,Walter, Boulton,Majorie. Hale,Nancy. James,Henry. LiddeH.Robert. サイデソステッカ-, ReaingaNovel

TheAnatomyoftheNovel TheRealitz.esofFiction TheArtoftheNovel A TreatiseontheNovel (安 西徹雄編 訳) 異形の小説 昭和47年2.15両 窓杜 佐藤清即,ツルゲ-ネフの生涯 昭 和52年6.30 筑摩書房 サイデソステッカー

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川端康成」現代のエスプリ, 35号 昭和44年1.1 至文堂

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