帯電水滴衝撃 / 二次イオン質量分析法の基礎的研究
山梨大学大学院
医学工学総合教育部
機能材料システム工学専攻
博士課程学位論文
学籍番号 :
G11DFA02
氏名 : 高石 利央
指導教官 : 内田 裕之
修了年月
2015 年 3 月
目次
第一章 1-1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第二章 EDI の基本原理 2-1 EDI/SIMS 装置 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 2-2 EDI における衝突過程 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 第三章 EDI による表面化学修飾の有無の検討 3-1 諸言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 3-2 実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 3-3 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 3-4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19第四章 EDI/SIMS における useful yields の見積もり
4-1 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 4-2 実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 4-3 結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 4-4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 第五章 EDI/SIMS を用いたハロゲン化銀に関する研究 5-1 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 5-2 実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 5-3 結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 5-3-1 AgF 表面のフッ素の選択的脱離・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 5-3-2 カチオン化剤としての金属フッ化物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 5-4 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 第六章 EDI/SIMS における帯電液滴組成の検討 6-1 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 6-2 実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 6-3 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 6-3-1 ビーム電流の水/アルコール混合比依存性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 6-3-2 Rhodamine B ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 6-3-3 Bradykinin・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 6-3-4 SiO2 /Si と PS35000 (50nm) のエッチング・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 6-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 6-5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47 総括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 発表状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
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第一章 序論
1-1 緒言 質量分析は J. J. Thomson が 1897 年に陰極線から電子を発見し、1912 年に陽極線からネ オンの同位体を分離した実験を起源とする。 1918 年に Aston により装置の改良がなされ、多く の元素の同位体が発見され、精密質量が測定されるなど、質量分析は今日に至るまで常に進化を 続けている。 質量分析を行うためにはまず、試料をイオン化することから始まる。もっとも基本的で現在でも用 いられている主要なイオン化法として、電子イオン化法 (Electron ionization : EI) がある。この 方法は真空中で試料気体に加熱されたフィラメントから発生する熱電子を~70 eV に加速して照 射しイオン化する手法である。電子のエネルギーが分子のイオン化エネルギーである約 10 eV では分子はほとんどイオン化されない。しかしエネルギーが70 eV 程度になるとイオン化効率が極 大を示すEI では、使用する質量分析計によらず、得られるマススペクトルに再現性があることから、 定性分析用のデーターベースが充実しており、また高感度で試料分子を検出できるので試料の同 定に非常に優れている。しかしながらイオン化過程において、生成した分子イオンに大きな内部エ ネルギーが付与されるので、フラグメントイオンの生成が優先的となり、分子イオン M+(M + e M+ + 2e) の強度が弱くなるので、分子量決定法としては主流ではない。また、分析対象となる 試料は気化しやすい化合物に限られるため、難揮発性化合物への適用は限られる。また、分子量 が大きくなると、ほとんど分子イオンを観測することができない。このような背景から 1966 年に Field 及び Munson によってソフトなイオン化法として、化学イオン化法(chemical ionization: CI)が開発された[1]化学イオン化法はまず試薬ガスをイオン化し、この生成したイオン(試薬イオ ン)と試料分子間での イオン分子反応 によって分析対象となる分子をイオン化する手法である。 このように、反応を利用してイオン化させるので、“化学イオン化”と呼ばれる。CI は EI と比較し て試料分子のフラグメンテーションがはるかに起こりにくく、また正イオンモード、負イオンモードを 適切に選択することで、広範囲な分析ができるので、EI では測定が困難な試料に対して極めて 有効である。 ソフトなイオン化という観点から、1969 年には Beckey による電界脱離イオン化法 (field desorption : FD) が初めて報告された [2]。FD は試料をウィスカーと呼ばれる微小針状電極に 直接塗布、乾燥させた後、真空中で加熱し、高電圧を印加することでイオン化・脱離を起こさせる 手法である。FD において電極に正の電圧を印加した場合、電極の加熱によって流動性を持った 試料が電極先端に泳動し、試料と電極との界面で起こる電気化学反応によって酸化あるいは還元 反応が進行し、試料が過剰電荷によって帯電する。帯電した液体試料の過剰電荷同士のクーロン 反発によって過剰電荷が鋭くとがった針電極先端から対極へと脱離するようになる。この際、針電 極先端に円錐形のコーンが形成される。このコーン先端から試料イオンが放出されることから電界 脱離と呼ばれる。FD は難揮発性、熱分解しやすい試料の分子イオンをほとんど分解させずにイ オン化・脱離させることができ、高質量分子にも適用ができるきわめてソフトなイオン化法である。た だし、イオン化効率が低いというのが大きな欠点である。 様々なイオン化法が開発され質量分析が発展していく中、二次イオン質量分析(Secondary ion mass spectrometry : SIMS)も活発な発展を遂げてきた。1949 年に Viehbock と Herzog- 2 - によって SIMS の試作機が報告された [3]。これは Stephens によって飛行時間型質量分析計 [4] が開発された時期(1946 年)の直後である。そして 1967 年に Liebl によって Ar+ を用いた SIMS が開発されることとなった[5]。この装置で用いられるイオンビーム径は わずかに 2 μm 以下とすでに現在の SIMS に匹敵した性能を持っている。1970 年代に入り、SIMS イオン源は 四重極質量分析計に搭載され [6]、さらには一次イオンビームの量を極端に減らし、試料表面の みを分析するスタティックSIMS という手法が開発された [7]。 ユニークなイオン化法として、1976 年に McFarlane と Torgesson により252Cf の崩壊によって 生成した核分裂種 (~100MeV)を、試料を保持した金属箔の反対側へ照射し、試料を脱離させ る252Cf Plasma Desorption (PD) [8] が開発された。さらに 1981 年には Barber らにより高速 中性原子を用いてグリセリンに溶解した試料をイオン化する Fast Atom Bombardment (FAB) [9] が、1982 年には Aberth らにより Liquid Secondary Ion Mass Spectrometry (LSIMS) [10] が相次いで開発された。
そして 1988 年に Tanaka らがノーベル化学賞(2002 年)の対象となった Soft-Laser Desorption [11] を発表した。グリセリンにコバルト金属粒子を混合したマトリックスを用い、これに レーザーを照射して質量が~100000 超えるタンパク質の検出に成功した。さらに、Hillenkamp らが Matrix - Assisted Laser Desorption/Ionization (MALDI) [12] を開発し、Fenn らは Electrospray Ionization (ESI) [13]を開発した。質量分析計に関しては、1970 年代後半から今 日に至るまで、高質量領域測定、高感度化、高分解能化、等で大きく発展した。装置開発とイオン 化法の開発(MADI, ESI など)による相乗効果で、質量分析は飛躍的な発展を遂げることとなった。 MALDI や ESI は他のイオン化法とは異なり、極めてソフトなイオン化法であるため、試料分子の フラグメンテーションをほとんど起こさず、これより試料の分子量情報を得ることが出来る点が特筆 に値する。さらに、ピコ、フェムトモルオーダーの極微量検出も可能とした。この二つのイオン化法 によって現在の質量分析は装置、技術、アプリケーションなど、すべての面で飛躍的な進化を続け ている。
具体例として、エレクトロスプレーに関しては、Mann らが ESI の送液速度を nL/min レベル ま で 減 ら す こ と で 、 イ オ ン の 検 出 感 度 を 従 来 法 に 比 べ て 数 桁 増 大 さ せ る こ と が で き る nanoelectrospray source (nanoESI) [14] を開発した。MALDI の分野では、Sunner がグリ セリンにグラファイト粉末を混合したSurface-Assisted Laser Desorption Ionization (SALDI) [15] を開発、 Hillenkamp らによる IR-MALDI [16],[17] 、Siuzdak らによる多孔質 Si を用 いた Desorption Ionization MS on Porous Si (DIOS-MS) [18] などが新たに誕生した。 nano-ESI では送液量数 10 nL/min で分子質量 40,000 u のイオンを検出し、DIOS では 800 ymol の試料のイオンを検出した[19] と報告している。以上述べたように、わずか 10 年の間に 著しい進化を見せた高感度化、高質量化だが、最近になってからは、breakthrough と呼べるよう な新しい技術の開発は登場していない。 SIMS に関しては、表面数μm 表面層の元素、化合物の深さ方向分布や試料の表面組成空間 分布などの情報が得られるので、表面分析科学において、不動の位置を確立している。例えば、 半導体デバイスの表面組成マッピング、構造中の微量成分の深さ分析といった微小領域の測定に は不可欠な分析手法である。SIMS の基本的な原理を Fig. 1(a) に示す。従来の SIMS は、Ar
+、Xe+、Ga+ といった希ガスイオンや金属原子イオンを一次イオンとして加速、試料を衝撃しイオ ン化する。加速された入射粒子は試料深部までカスケード衝突を起こしながら侵入する。このカス ケード衝突によって試料表面のごく一部が真空中へと脱離するが、脱離種のほとんどは中性種で
- 3 - 生成するイオン種の割合は中性種に比べてはるかに少ない。したがって、イオン化効率が非常に 低くなる。しかも、一次イオンが衝突によって減速することに伴い、運動エネルギーが最終的に熱 へと変換される過程で、有機物試料などにおいて、フラグメントイオンが多く発生し、マススペクトル の解析が煩雑となる。また、連続ビーム照射による分解生成物の堆積によって試料表面が激しく損 傷を受けて、試料由来のシグナルが消えるといった問題が生じる。イオンビームを表面のエッチン グとして用いる場合においても、表面がダメージを受けて、材料の真の情報が失われる。この問題 点は、多層構造の試料分析において特に深刻となる。 上の制約に関して大きな転機が訪れる。SIMS において、試料衝撃用の入射粒子のサイズが 大きくなると試料の脱離効率が非線形的に増大することが分かったのである[20]。サイズの小さい 入射粒子を用いた場合、入射粒子は試料内部に深く侵入し、減速に伴い入射エネルギーのほと んどは試料の内部破壊と熱エネルギーへとして緩和され、表面近傍試料の脱離には有効に働か ないのに対して、入射粒子のサイズが増大すると、Fig. 1(b) に示すように、表面近傍に与えられる エネルギーが相対的に増すために脱離効率が大きく増大する[21]。この効果をなるべく効果的に 発現させる目的で、現在ではクラスター SIMS と呼ばれる研究分野が急成長している。たとえば、 Cs(CsI)n [22] , SF5+ [23] を入射イオンとする研究を筆頭に、Au3+ [24] 、 Bi3+ [25]、C60+ [26] を用いるクラスター SIMS が相次いで開発されている。
Mahony らによる Massive cluster impact (MCI) [27][28][29] はクラスター SIMS の中で も最も巨大な一次イオンを利用するものである。グリセリンに酢酸アンモニウムを溶解し、これを真 空中で静電場噴霧させることにより、粒子の質量 ~107 u 、100~1000 価に帯電したグリセリン クラスターイオンを生成し、加速、試料を衝撃する手法である。この手法で 30,000 u 程度のたん ぱく質の検出に成功した。この方法は原理的に極めて優れているのであるが、大変残念なことに、 本質的な欠陥から商品化されることはなかった。欠陥とは、難揮発性のグリセリンを真空中に導入 するので電極等の汚染が短時間(連続運転で1時間程度)で進行し、電極が汚染されて帯電し、 電場が乱れることに起因する。この欠点は、入射粒子を揮発性の溶媒に代えることで解消されるは ずである。このようなコンセプトを元に、Hiraoka らは新しいイオン化法として、グリセリンに代えて、 水系の溶媒をエレクトロスプレーさせて真空に導入する帯電液滴衝撃二次イオン質量分析 (Electrospray droplet impact / SIMS : EDI / SIMS) [30]-[34] を開発した。この手法は、大気 圧下でエレクトロスプレーを行い、生成した帯電液滴を真空中へ導入し、加速、試料を衝撃し、脱 離イオン化を行うものである。EDI/SIMS では、分子量1万以上のタンパク質の検出が可能であり [30]、合成高分子 [35]-[38]、半導体の分析 [39]も 可能であることが明らかにされた。 MALDI、ESI の華々しい登場によって SIMS は多少影が薄くなったが、半導体デバイス、生 体試料の微小領域分析、元素マッピング、深さ分析、分子イメージング、近年では深さ分析と融合 して 3D イメージングも試行されつつあり、地道な進化を続けている。SIMS の欠点を補う clusterSIMS において、脱離効率が大幅に増大し、試料分子のフラグメンテーションも抑えられ たが、深さ方向分解能においては、未だ未解決の問題が残っている(Table. 1, 2)。従来の SIMS や Cluster SIMS では、数分子層の試料表面層を破壊することなく、ソフトにしかも大きなイオン 化効率で脱離させることが原理的にできないからである。小さな一次粒子を用いる SIMS では一 次粒子の打ち込み・カスケード衝突によって層のミキシングが起こり、多層情報が薄れてしまう。 Cluster SIMS では打ち込みやミキシングは大幅に改善されたが、ablation によるクレーターの 形成によって深さ分解能の向上がこれ以上見込めない。無機物に対して、深さ分析の需要が多く、 ナノ化が進む半導体の分析において技術の向上が求められている。有機物に対して、MALDI
- 4 - では試料調製に matrix を必要とし、深さ分析を行うためには試料を薄膜状にしなければならな い。Cluster SIMS ではエッチングを行うことで深さ方向分析を行う事が可能であるが、エッチング によるダメージが発生する。なにより、イオン化効率が低いため、微小領域の分析では感度が低下 する。脱離する試料がわずか数分子層レベルでは、脱離する試料の絶対量が極めて少ないので、 余程の高いイオン化効率をもつイオン化法でなければ実用にならない。本論文は、これらの課題 を解決することを目的として開発された EDI/SIMS に関して、イオン化効率、用いられる帯電液 滴と試料の衝突相互作用、液滴の組成を変えた場合のマススペクトル変化を通して EDI/SIMS のイオン化メカニズムと衝突エネルギーの散逸機構等の基礎的な知見を得ることを目的としてい る。
- 5 - Inorganic material SIMS Cluster-SIMS (O2 + , Cs+, Ga+) (Au3 + , Bi5 + ) Beam diameter ≦100 nm ≦100 nm 2D imaging ○ ○ Depth profiling ○ ○ Depth resolution ~1nm A few nm
Etching ○ ○ Organic・Biological material MALDI Cluster-SIMS (N2 laser) (Au3 + , Bi5 + ) Objective molecular weight 500-10000Da 1-1000Da
Preparation Need(Matrix) Non Useful yields 10–6 10–6
2D imaging ○ ○
Lateral resolution ~ 10μm ~ 10μm Etching × △(damage) Depth profiling △(Slice) △ Depth resolution ~ 10μm ~ 10nm
3D imaging × △
Table.1. Comparison of typical SIMS and Cluster SIMS for inorganic materials.
Table.2. Comparison of typical MALDI and Cluster SIMS for organic materials.
- 6 - 参考文献
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[5] H. Liebl. “Ion microprobe mass analyzer”. J. Appl. Phys., 1967, 38(13), pp 5277-5283 [6] K. Wittmaack. “Pre-equilibrium variation of the secondary ion yield”. Int. J. Mass Spectrum. Ion Phys.,1975, 17(1), pp 39-50
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[25] D. Touboul, F. Halgand, A. Brunelle, R. Kersting, E. Tallarek, B. Hagenhoff, O. Laprevote, Anal. Chem., 76. 1550(2004)
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Chem., 77, 6191 (2005)
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[28] J. F. Mahoney, D. S. Cornett, and T. D. Lee, Rapid Commun. Mass Spectrom., 8, 403 (1994)
[29] D. S. Cornett, T. D. Lee, and J. F. Mahoney, Rapid Commun. Mass Spectrom., 8, 996 (1994)
[30] K. Hiraoka, D. Asakawa, S. Fjimaki, A. Takamizawa, and K. Mori, Eur. Phys. J. D, 38, 255 (2006)
[31] Kenzo Hiraoka, Kunihiko Mori and Daiki Asakawa, J. Mass Spectrom., 41, 894-902 (2006)
[32] K.Mori, D.Asakawa, J.Sunner and K.Hiraoka, Rapid Commun. Mass Spectrom., 20,2596-2602 (2006)
[33] D.Asakawa, S.Fujimaki, Y.Hashimoto, K.Mori and K.Hiraoka, Rapid Commun. Mass Spectrom., 21,1579-1586 (2007)
[34] K.Mori and K.Hiraoka, Int. J. Mass Spectrom., 269, 95-100 (2008) [35] D. Asakawa, K. Mori, K. Hiraoka, Appl. Surf. Sci. 255, 1217(2008) [36]K. Hiraoka, Y. Iijima, Y. Sakai, Sur. Interface Anal. 43, 236(2011) [37] K. Hiraoka, Y. Sakai, Y. Iijima, J. Vac. Sci. Technol. A28, 510(2010)
[38] K. Hiraoka, R. Takaishi, D. Asakawa, Y. Sakai, Y. Iijima, J. Vac. Sci. Tchnol. A27, 748(2009)
[39] K. Hiraoka, Y. Sakai, Y. Iijima, D. Asakawa, K. Mori, Appl. Surf. Sci., 2009, 255, 8947
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第二章
EDI の基本原理
2-1 EDI/SIMS 装置
直交加速飛行時間型質量分析計(AccuTOF T100LC, JEOL, 昭島) に EDI イオンビーム源 を搭載した装置の概略図を Fig. 2-1 に示す。1 M 酢酸水溶液、もしくは 0.01 M トリフルオロ酢 酸( Trifluoroacetic acid : TFA) 水溶液を流量 50 μL/min で送液し、同心円状のキャピラリー から窒素ガスを強制的にネブライズして、溶液を大気圧エレクトロスプレーさせて帯電液滴を生成 する。水溶液は揮発性なので真空内の電極が汚染されることはない。この点がMCI にはない EDI の大きなメリットである。大気圧下で生成した帯電液滴は直径 400 μm のオリフィスから真空へ 導入される。通常の化学分析に使用されるエレクトロスプレーでは大気中で帯電液滴の気化を促 し、主に気相イオンを取り込むが、EDI では液滴が乾燥する前に真空中に取り込まなければなら ない。このため、オリフィス孔とエレクトロスプレー用キャピラリーが同軸上に配置され、なるべく層流 によって液滴をオリフィスに輸送させるという工夫がなされている。エレクトロスプレーで生成した帯 電液滴は、その生成過程で m/z の値に大きな分布が生じる。本研究の主旨は、大きなクラスター イオンでの衝撃を目的としているので、小さなサイズの液滴を除外することが望ましい。これは、小 さなサイズのクラスターイオンが混入すると、クラスターSIMS の特徴である表面近傍への集中的エ ネルギー付与による脱離効率の増大や一次イオン打ち込みを低減できる断熱的脱離・イオン化過 程といった特性が犠牲となる。小さなサイズのクラスターイオンを除去することを目的として、第一イ オンガイドが設置されている。これによって帯電液滴のサイズ選別と収束が行われる。イオンガイド に印加された交流電圧(500 Vp-p)、周波数(314 kHz)によって、帯電液滴の m/z 値として 10,000 ~ 50,000 のものだけが選別されてここを通過する。イオンガイドを通過した帯電液滴は ~ 10 kV で加速され、SUS ターゲット上に塗布された試料を衝撃する。入射角度は試料面の垂 直方向に対して 60 °である。ビームのスポットサイズは直径 3mm であり、試料基板への入射 イオン電流は ~ 1 nA である。生成した二次イオンは第二イオンガイドへ輸送されてエネルギー 収束される。第二イオンガイドにはコリジョナルクーリングセルが設けられており、窒素ガスとの衝突 により、二次イオンはエネルギー的に冷却、収束される。二次イオンガイドを通過したイオンは直交 加速飛行時間型質量分析計で質量分離され、MCP で検出される。検出信号はアナログデジタル コンバータ(analogue – digital converter : ADC) の FASTFLIGHT (AMETEK, Inc, Oak Ridge) と、タイムデジタルコンバータ(Time – digital converter : TDC) の P7887(FAST Com Tec, Germany) へ送られ、連続アベレージャーモードあるいはパルスカウンティングモードで積 算される。 2-2 EDI における衝突過程 クラスターイオンを生成する手法は大まかに二つある。一つは、自由原子や分子を van der walls 力で凝集させてクラスターを生成する bottom up 的手法、もう一つは、液体や固体バルク を用いて必要なサイズのクラスターを切り取って生成する top down 的手法である。ガスクラスタ ーイオンビーム(Gas cluster ion beam : GCIB) では高圧の希ガスをノズルから噴出し、ジェット 流を生成する。ジェット流中の希ガス同士の運動ベクトルが揃う、つまりは相対速度がゼロに近くな るため温度が低下する。そのため、分子間力によりクラスターが生成される。生成した中性クラスタ
- 9 - ーを電子イオン化でイオン化し、クラスターイオンをビームとして用いる手法である。この方法では Ar50,000 程度までのクラスターを生成することができる。しかし、この手法の欠点は、真空中へ高圧 ガスを噴出させるため、差動排気が大掛かりとなることである。生成するクラスターは中性なのでイ オンビームとして利用するためにはイオン化が必要である。電子照射の性質上、多価イオンを生成 することは困難なため、高い加速電圧を印加しなければ十分な入射エネルギーを持つクラスターイ オンビームが得られない、等の短所があるが、古くから用いられているクラスター生成法なのでデ ータが豊富であり、必要なサイズのクラスターが比較的容易に得られる。Top down 的手法では、 liquid metal ion gun (LMIG) や ESI といった手法が代表例である。バルク液体などから細か いクラスターを生成する手法である。この方法では、ジェット流を真空へ導入する必要がないので 差動排気が比較的に簡略化できる。ESI で生成するクラスターは多価イオンなので、比較的低い 加速電圧でも必要な入射エネルギーを得ることが出来る。しかし、この手法は未だデータが充実し ておらず、望ましいサイズ、または価数のクラスターイオンを得ることが困難であった。EDI の場合、 イオンガイドによるサイズ選別を行うので、小さなサイズのイオンを排除できる点が大きな優位点で ある。 EDI / SIMS ではエレクトロスプレーをクラスターイオン生成に用いる。この方法では、液滴が多 価に帯電する。この点はSIMS の一次イオン源として用いるには大変都合がよい。なぜならば、イ オンビームを加速する場合、電場で得られる運動エネルギーが加速電圧と価数の積になるため、 低い加速電圧でも高い運動エネルギーを得ることができるからである。また、生成した帯電液滴は クーロン斥力によって互いに反発し合うため、液滴同士で衝突することがない。
エレクトロスプレーの生成メカニズムの解析が Thomson 、Iribarne 、Kebarle 、Hiraoka ら によって行われた。無限の大きさの平面電極と、それと直角に位置した針状電極先端に生じる電 場強度 E は次式で表される。 E = 2 V / r ・ ln (4d / r) (2-1) E :電場強度、 V :印加電圧、 r :針状電極先端の曲率半径、d :電極間距離 上記の式より、電界強度 E は電極間距離 d よりも、キャピラリー先端の曲率半径rと印加電圧V に大きく依存する。このような強い電場にさらされたキャピラリー先端から電気伝導性の液体が流出 すると、キャピラリー先端と液体の界面で電気化学反応が起こって過剰電荷が液体に供給され、さ らに正・負イオンが電気泳動によって分離される。たとえば正の電圧をキャピラリーに印加した場合、 キャピラリー先端の液体中の正イオンは液体表面へ、負イオンはキャピラリー側へ泳動する。Fig. 2-2 にエレクトロスプレーの概略図を示す。液体表面に凝集した過剰電荷である正イオンは電場 によって対向電極側へ引き寄せられ、先端の溶液が円錐状の Taylor コーンを形成する。Taylor コーンの表面イオン密度は一様ではなく、コーン先端部に集中する。なぜならば、面電荷密度を球 体の導体で考えた場合、表面電荷は一様となるが、凹凸のある球体では、曲率半径の小さい場所 (凸部)は電荷密度が高く、曲率半径の大きい場所では電荷密度が小さくなるからである。コーン 先端の過剰電荷によるクーロン斥力が液体の表面張力とつりあった場合コーン(Taylor cone)が 形成されるが、印加電圧をさらに上げ、この均衡が破れたときに、コーン先端から帯電した液滴が 噴霧される。噴霧された帯電液滴は過剰電荷が液滴表面に凝集しているため、クーロン反発によ
- 10 - って、縦型横型の楕円形に連続的に形を変化させながら溶媒を失っていく(溶媒の気化)。そして 再び曲率半径の小さな部分からさらに小さな液滴を放出して微細化が進む。この現象が起きる極 限 状 態 、 す な わ ち 、 あ る 大 き さ の 液 滴 が 含 む こ と の で き る 極 大 の 過 剰 電 荷 を 表 す 関 係 は Rayleigh 極限式(2-2)で表される。生成した帯電液滴は 溶媒の気化に伴って Rayleigh 極限 に従って分裂を繰り返す。 3 0
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e
Z
(2-2) ここで、z は帯電液滴の価数、R :液滴の半径、 γ :表面張力、ε0 :真空の誘電率、である。 エレクトロスプレーで生成された帯電液滴の密度を水の密度(1 g / cm3)と等しいと仮定し、R3 を 帯電液滴の質量に換算すると次式のようになる。 (2-3) この式に水の表面張力 γ :72 × 10-3 Jm-2 、真空の誘電率 0 :8.9 ×10-12 C2J-1m-1 、 電気素量 e :1.6 × 10-19 C を代入して式を展開すると、 (2-4) となる。これより液滴の質量は電荷の二乗に比例することがわかる。M(u) と z の相関を Fig. 2-3 に示す。式(2-4)の曲線を実線、イオンガイドで選別される m/z = 10,000 および m/z = 50,000 に対応する m と z の直線関係を破線で示した。この図より、イオンガイド通過後の帯電 液滴のサイズ分布については二つの直線に挟まれた Rayleigh 極限の関数の曲線上に沿って いると近似できる。イオンガイド通過直後の帯電液滴の最大質量と価数は Rayleigh 極限の関数 と m/z = 50,000 の交点から 1.6 × 107 u および 311 価と見積もられる。一方、最小質量と 価数は Rayleigh 極限の関数と m/z = 10,000 の交点から 6.5 × 105 u および 62 価とな る。ここから、イオンガイドを通過する帯電液滴は [(H2O)36,000 + 62H]62+ ~ [(H2O)860,000 + 311H]311+ と計算される。 生成した帯電液滴は真空に導入される際、ネブライジングに用いる窒素気流によって断熱冷却 される。また、真空に導入された際、溶媒の気化による気化熱によって液滴の温度は急激に低下 する。概算の結果(Fig.2-4)によると、イオンサンプリングオリフィスから導入された帯電液滴が試料 基板に衝突する時間、数 100 μs の間に 溶媒の気化によって-40 ℃ 以下まで液滴温度が 低下する。温度低下に伴い、液滴の蒸気圧が下がるため、液滴からの溶媒脱離が抑制される。そ のため、帯電液滴が真空中で気化によって失われる質量は真空導入時のわずか約 5 % となり、 実質的にサイズはほとんど変わらないといってよい。さらに、液滴は水の融点以下まで減少するが、 水は凝固する際、大きな潜熱(約 80 cal/g ) を発生するため、冷却される帯電液滴が完全に凝固 0 2 2 2710
4.0
)
(
z
e
u
M
2
160
)
(
u
z
M
- 11 - するとは考えにくい。また、液体状態を保った過冷却状態で試料を衝撃する可能性もある。 ここで、電荷 z が 100 、つまりは過剰電荷としてプロトンが 100 個付加した帯電液滴を例に 挙げる。帯電液滴の質量は式 (1-4) より 1.6 × 106 u と導かれる。したがって、[(H2O)90,000 + 100H]100+ と表すことが出来る。この液滴の直径は ~10 nm 程度と見積もられる。 イオンビームを照射した際、ターゲットに流れる電流は 1 nA である。ビームに用いるイオン種 と電流、照射面積から試料上に到達するイオンの数(Dose 量)は以下のように見積もることができる。 Dose 量は次式で表わされる。
)
(
A
q
e
I
Dose
(2-5) Dose:ドーズ量 ions・cm-2・s-1 、I: 電流 A(C・s-1)、A:照射面積 cm2 、q:入射イオンの価数e:電気素量 1.6 × 10-19 C
ここで、電荷が 100 、 [(H2O)90,000 + 100H]100+ のクラスターイオンを例に挙げると、毎秒 2× 109 ions/cm2 と見積もることができる。均一な試料表面を考えた場合、最表面にはおおよそ 1015 atoms / cm2 が存在する。従来の SIMS と比較した場合、EDI の Dose 量はスタティックリミット を満たしている(< 1012 ions/cm2)。従来のSIMS ではイオン照射によって表面の試料分子が損 傷を受けるためため、スタティックリミットを越えると目的のシグナルが消失してしまう。しかし、EDI では、試料にダメージを残さないエッチングが可能であり、ソフトな脱離イオン化が起こる。そのた め、従来のSIMS のようなスタティックリミットという概念が不要となる。 帯電液滴の運動エネルギーは加速電圧と価数の積となるので、106 eV という大きな値になる。 帯電液滴の速度は次式で表され、 2
2
1
mv
E
(2-6) E:運動エネルギー、m:質量、v:速度 液滴は106 eV という大きな運動エネルギーを持つが、液滴の質量が非常に大きいので速度は ~ 12 km/s (固体の音速の数倍)と見積もることができる。衝突時の液滴の速度は固体中の音速(数 km/s)を超えているため、衝突した際、衝突界面に衝撃波が生じる。衝突界面に存在する試料 分子は帯電液滴の水分子集団から位相の揃った衝撃(coherent collision)を受ける。衝突界面 の圧力は~10 GPa に達し、coherent collision による多重フォノン励起が起こる。帯電液滴の 主成分は水であり、水は水素原子二個、酸素原子一個からなる極めて極性の大きな分子である。 つまりは帯電液滴の三分の二はプロトン様水素原子で構成されている。帯電液滴衝撃によって引 き起こされるコヒーレント波による衝突によって衝突界面の試料分子の電子雲は大きな交換斥力を 伴う圧縮を受ける。電子はパウリの禁制則を破ることはないので、界面の分子は新たな電子励起状- 12 - 態を形成するに至る。この励起状態からの緩和過程でイオン化、結合解離など様々な反応が引き 起こされる。この極限状態は衝突の瞬間(ピコ秒以下)のみに生じ、衝撃波が基板と水素結合のネ ットワークで強く結ばれている帯電液滴に伝播・散逸することでイオン化・結合解離した試料は気相 へ脱離する。帯電液滴へ伝播した衝撃波は帯電液滴をさらに細かい帯電液滴へ分裂させる。EDI では帯電液滴の運動エネルギーを直接的に試料分子の電子励起に変換し、さらに衝撃波として エネルギーを瞬時に散逸させることにより、エネルギーのもっとも劣化した形態である「熱」を生じさ せにくいため電子励起主体のソフトなイオン化・脱離が起こる。 イオン化のメカニズムに関しては、入射粒子が試料と衝突する際、その運動エネルギーの衝突 対象への内部エネルギーへの変換効率は粒子の速度に依存するという Massey の衝突パラメー ターから考察できる(式2-6)。
c Mt
R
(2-6) RM:Massey の衝突パラメーター、tc:相互作用時間、τ:振動、回転、格子振動、分子間相互作 用などの周期 この式では、入射粒子と対象物との衝突相互作用時間 tc が振動・回転、格子振動等のそれぞれ の周期 τ に対して一致する、またはそれ以下になる場合に入射粒子の運動エネルギーが試料 の内部エネルギーに効率よく変換される(一致する場合は共鳴的にエネルギーが移行する)。帯電 液滴の速度は ~12 km/s 、固体中の音速は数 km/s であるため、衝突界面には衝撃波が生じ る。衝突時の衝突界面は数 GPa の高圧に達するが、基板や帯電液滴に衝撃波が伝播し運動エ ネルギーが高速散逸することによりピコ秒オーダーで事象が終わる。この瞬間的な運動エネルギ ーの付与によって電子励起やイオン化が起こり、水分子群の真空側への反跳にともなって、生成イ オンや分子は真空中に脱離する。このように瞬間的にエネルギーを試料に与えることで、脱離、イ オン化を起こさせる手法はエネルギーサドン法と呼ばれ、分解しやすい試料のフラグメンテーショ ンを抑えてイオン化することができる MCI 、EDI の特徴の一つである。この原理から MCI で は、フラグメンテーションの抑制、試料表面の損傷の低減、原子・分子レベルの脱離、等が実現す る。この特色を利用して、FAB 等で損傷した表面へ EDI 照射を行うことで表面クリーニングが行 われ、試料本来のシグナルが復活するといった現象が確認された。- 16 -
第三章
EDI による表面化学修飾の有無の検討
3-1 諸言
SIMS は無機・有機物材料や、生体試料の特性評価においてこの十数年で不動の地位を確立 した。特に、MCI [2]、Aun+ [3]、C60+ [1][3]などのクラスターSIMS の登場は二次イオン収量を劇 的に増加させた。近年は材料のナノ化が大幅に進んでおり、nm オーダー以下の膜厚からなる多 層膜材料に対して高い深さ分解能が要求されている。しかし、これまで原子・分子レベルのエッチ ングが可能であり、しかも試料表面に損傷を残さないエッチング技術は開発されていない。このた め、ナノマテリアルの製造が先行し、その解析技術は追いついておらず、ナノ材料解析の緊急の 課題となっている。
X-ray photoelectron spectroscopy (XPS) もまた、無機・有機材料の表面分析・深さ分析にお いて最も優れた分析手法の一つである。通常、XPS の深さ分析のエッチングには Ar+ ビームが 用いられる。この技術によれば、高速エッチングが可能であり、これまで多くの研究データが蓄積さ れ実用化されている。しかし、この手法は特定の元素(たとえば、酸素、窒素など)が選択的に脱離 される、試料が還元を受ける、などといった本質的な問題点をもつ。これをある程度補うことができ るのが、クラスターイオンビ-ム源を使う手法である。たとえば、C60+ [4]、Arn+ [5] を用いたエッチ ングでは選択性の低いスパッタリング、高いエッチングレート、そして、試料の表面損傷を抑えるこ とが可能になった。しかし、C60+ イオン源では、一次粒子に由来する試料のカーボン汚染、また金 属や半導体試料に関しては適用が困難、などの欠点がある。 クラスターイオンビームの大躍進は、SIMS 用イオンビーム源として高感度化、有機試料のフラグ メンテーション低減、検出感度の増大をもたらし、エッチング用ビームとして、表面荒れ低減、試料 表面の損傷軽減、迅速エッチングに繋がった。しかし、ナノマテリアル最先端に要求される原子・分 子レベルエッチングならびに高い深さ分解能、試料汚染や損傷を伴わない技術は未だ開発される に至っていない。 我々の開発した EDI は、大気圧エレクトロスプレーで生成した帯電液滴をクラスターイオンとし て用いるクラスターイオンビーム である。基本概念は Mahoney らの MCI [6][7][8] と共通する。 MCI との違いは難揮発性のグリセロールの真空エレクトロスプレーに代えて、EDI では揮発性水 溶液の大気圧エレクトロスプレーによる帯電液滴の生成を適用した点である。EDI の特徴として、 single collision event での脱離膜厚は数分子層に限られ、さらにソフトなイオン化が起こることが わかっている[9][10][11]。EDI では [(H2O)90,000 + 100H]100+ を一次イオンとして用いており、こ の巨大なクラスターイオンを 10 kV で加速することにより ~ 12 km/s という速度が与えられる。 この速度で帯電液滴が試料に衝突すると、速度が固体の音速を超えているので、超音速衝突が 起こり、界面で効率よくイオン化が起こる。残った衝突エネルギーの多くは衝撃波として衝突媒体 に伝播して散逸する。この衝撃波の試料基板と帯電液滴への伝播で、運動エネルギーが急速に 散逸される。この急速励起とその後に瞬時に起こるエネルギーの急速拡散・緩和がソフトなイオン 化、脱離、高いイオン化効率をもたらす所以である。エネルギー緩和が速いので、過剰エネルギー が界面に蓄積されにくく、これがEDI の数分子層のエッチング能につながる。この特徴は、ナノ材 料のnm オーダー以下の深さ分解能をもつ 3D イメージング測定に課せられた課題を克服する可 能性をもつ。本章では、自然酸化シリコン( SiO2/Si) の EDI マススペクトル測定ならびに、Si 基
- 17 - 板に対する EDI 照射によって Si が化学修飾(酸化)を受けるか否かの評価について述べる。 3-2 実験 帯電液滴の生成及び実験装置は二章に準ずる。帯電液滴は 0.01 M トリフルオロ酢酸水溶液 の大気圧エレクトロスプレーによって生成した。生成した帯電液滴は直径 400 μm のオリフィス から真空へ導入され、四重極イオンガイドによって m/z の選別と収束を行った後、加速し、試料を 衝撃する。帯電液滴加速用の電圧は10 kV に設定した。試料に流れるビーム電流は 1 nA であ る。ビームのスポットサイズは約 3 mm である。イオンガイドで選別される m/z は印加される交流 電圧(500Vp-p)と周波数(314 kHz) によって、m/z 1×104 ~ 5×104 に選別される。自然酸化
シリコン基板(SiO2/Si)を SUS ターゲットに固定・保持して EDI 測定を行った。分光エリプソメータ ーで測定したシリコン基板の自然酸化膜の厚さは 2 nm であった。EDI 照射でケミカルダメージ (帯電液滴衝撃による酸化)が起こるか否かの評価に Si 基板を用いた。まず、HF 水溶液で Si 基 板上に生成している自然酸化膜を除去し、純水で洗浄した。この操作で Si 表面のダングリングボ ンドを水素終端化させ、EDI 照射を 30 分行い、XPS 測定を行って表面状態を評価した。
3-3 結果と考察
Fig. 3-1 にSiO2/Si のEDI照射直後の正イオンマススペクトルルを示す。m/z 79 [SiO2 + H2O + H]+、m/z 79 [SiO2 + 2H2O + H]+ などのイオンが観測された。EDI 照射 を30 分行ったが、 マススペクトルに変化は見られずSiO2/Si 界面に関する情報は得られなかった。これとは対照的に、 測定を負イオンモードで行ったところ、Fig. 3-2 に示すように、EDI 照射開始直後と30 分後でマ ススペクトルに際立った違いが現れた。Fig. 3-2(a) に示す EDI 照射開始直後の負イオンスペク トルで観測された主なイオンは m/z 77 : [SiO2 + OH]-、 m/z 95 : [SiO2 + H2O + OH]-、 m/z 137 : [2SiO2 + OH]-、 m/z 155 : [2SiO2 + H2O + OH]-、 m/z 173 : [SiO2 + CF3COO]-、
m/z 197 : [3SiO2 + OH]-、 m/z 215 : [3SiO2 + H2O + OH]-、 そして m/z 275 : [4SiO2 + H2O + OH]-などである。これより主な生成二次イオンは クラスター中の組成として nSiO2 (n = 1–4) を含む。 他に観測されたメジャーイオン m/z 69 と 113 は帯電液滴に含まれる トリフル オロ酢酸に由来する CF3- と CF3COO- である。
Fig. 3-2(b) に示すように、EDI 照射時間に伴い、新たなシグナルが出現した。これらのイオン は m/z 105 : [2SiO + OH]-、 m/z 123 : [2SiO + H2O + OH]-、 m/z 141 : [2SiO + 2H2O +
OH]-、 m/z 181 : [2SiO
2 + SiO + OH]-、 m/z 227 : [SiO + CF3COOH + CF3]-、 m/z 259 : [3SiO2 + SiO + H2O + OH]-と同定された。これら nSiO (n = 1–2) を含むクラスターイオンの生 成はEDI 照射によって SiO2 面が除去された純正 Si 面への帯電液滴衝撃によるものだと考え られる。 Fig. 3-3 に m/z 77 : [SiO2 + OH]-、m/z 155 : [2SiO2 + H2O + OH]- ならびに、m/z 105 : [2SiO + OH]-、 m/z 123 : [2SiO + H
2O + OH]- のイオン強度をEDI 照射時間でプロッ トしたものを示す。ここから、[2SiO + OH]-および [2SiO + H2O + OH]-の強度は 10 分程度ま
で急増し、20 分ほどでプラトーに達する。これは、20 分のEDI 照射によって SiO2 層が除去さ れた事を示唆する。しかし、純正Si 面が露出したにもかかわらず nSiO2 (n = 1–4) を含むイオン が検出され続け、nSiO (n = 1–2) などの酸化物由来のイオンも検出されている。これは、水を含 む帯電液滴衝撃によって衝突界面に生成する高圧(数10 GPa)プルーム内ではH+ のみならず、 OH・ラジカルなど様々な活性化学種が発生する為、衝突界面で起こる副次的な反応によって Si
- 18 -
が酸化された形で検出されている、または、帯電液滴に含まれるH2O による表面酸化がある程度 進行している、などの可能性が考えられる。特に後者の可能性は、エッチング用ビーム源としての EDI/SIMS評価において非常に重要なポイントとなる。そこで、帯電液滴衝撃による Si 表面に対 する酸化の有無を調べるため、フッ酸処理によって自然酸化膜を除去した Si に対する EDI 照 射実験を行った。 Fig. 3-4 に HF 処理 Si 基板の EDI 照射前、EDI 照射 30 分後、Ar+ 照射後のXPS スペクトルを示す。もし、EDI 照射によって純正Si表面に酸化膜が形成されるなら ば、照射後のスペクトルに SiO2 に由来するピーク ( 約 103 eV)が現れるはずである。しかし、
Fig.3-4 に示すように、30 分のEDI 照射にも関わらず、酸化シリコンSiO2 に由来する103 eV 付近には新たなピークは検出されていない。したがって、EDI 照射 30 分による表面酸化は少な くとも XPS の測定限界以下であることがわかった。さらに、Ar+ 照射後のスペクトルが照射前のス ペクトルと比較して半値幅がわずかに広がっていることがわかる。これは、Ar+ 照射によって Si
の表面近傍(10nm)の結晶構造が損傷を受けて乱れたためである。EDI の場合では、照射前 後のスペクトルにはほとんど変化がみられない。これより、Si に対する帯電液滴の超音速衝突で は、SiO2、Si から気相において多くの酸化物イオンが生成されるのに対して、固体Si 表面の酸 化反応は XPS の検出限界以下であり、また結晶構造を乱すこともないことがわかる。もしくは、 EDI 照射による酸化反応は XPS の検出限界以下であり、最表面の Si のみが EDI 照射によ る酸化され脱離・イオン化が起こっていることも考えられる。いずれにせよ、XPS 測定では Si の SiOn への酸化は検出限界以下であり、帯電液滴は試料内部近傍(sub-monolayer)に侵入せず、 数原子層レベルでの極浅表面のみに作用し、原子レベルのエッチングが行われると考えられる。 酸化物イオンが Si 表面ではなく、気相プルーム内で生成する場合、超音速衝突により帯電液滴 に含まれる H2O の解離 H2O = H・+OH・ によるOH ラジカルの生成が起因していると考える ことができる。現在のところ、Si の酸化物イオンが表面酸化由来によるものなのか、界面近傍に発 生する高圧気相中の反応によるものか、もしくは両方の寄与があるのかはっきりとしていないが、 EDIではSi表面に物理的及び化学的ダメージを残さないエッチングが行われていることが明らか である。
Takaoka らは、(H2O)2500+ を Si, SiO2 に照射する研究を行った [12]。Ar+ ビームと比較して スパッタ収量は 17.1 SiO2/ion と約 10 倍になった。しかし、Si 表面に対する照射実験では水ク ラスターイオン衝撃で酸化され、厚さ ~10 nm のSiO2 膜が形成された[13]。これはSi 内部に 打ち込まれた水クラスターイオンから生じた OH ラジカルによる酸化反応によって引き起こされた と報告されている [12]。EDI におけるスパッタ収量は 3700 SiO2 / ion である。これは、
(H2O)2500+ というクラスターサイズでは水クラスターとしての協同効果が見られておらず、衝突にお いて非断熱的な効果が顕著に現れている。EDI の場合、[(H2O)90,000 + 100H]100+ という巨大な クラスターを用いるため、試料への打ち込みは最小限に抑えられる。さらには、クラスター(分子集 団)としての振る舞い(協同効果)が強く現れるため、急速励起に続いて高速エネルギー散逸が速 やかに行われる。このため、衝突現象が断熱的となる。そして、この現象は衝突界面に限定される ため、原子・分子レベルのエッチングが可能となり、ダメージが残らない。
- 19 - 3-4 まとめ
自然酸化シリコン( SiO2/Si)の EDI を用いた SiO2エッチングの測定、ならびにフッ酸処理した純 正Si 基板による EDI 照射の化学修飾の有無について XPS を用いて評価した。SiO2 に対する エッチングレートは 0.2 nm/min と見積もられた。EDI が無機材料に対して、これほど大きなエッ チング速度を有することは従来の SIMS 技術の常識では考えにくく、EDI においては、従来法に はない物理・化学的反応場が提供されていることが予想される。 EDI マススペクトル測定において、SiO2膜が除去されて純正 Si が露出したにも関わらず Si 酸化物イオンがマススペクトル上に多数検出された。一方、XPS 測定の結果からは純正 Si の表 面酸化は検出限界以下で認められず、またAr+ 照射で見られるような結晶表面のダメージ(乱れ) も見られなかった。これより、EDI は原子・分子レベルでの脱離・イオン化が可能であり、しかもダメ ージフリーであると考えてよい。 この章で得られた結果は、EDI がソフトマテリアルはもとより、ハードマテリアルのエッチングにも 適用できることを示す。近年話題を呼び実用化された Arn+ 衝撃では、ソフトマテリアルのエッチン グ条件では、ハードマテリアルのエッチングが事実上不可能、という点からもEDI は極めて優位な 特徴を有する。これより、EDI は、有機・無機材料からなる積層ナノマテリアルの深さ方向分析を可 能にする次世代型エッチング技術となり得ると期待される。
- 22 - 参考文献
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[13] H. Ryuto, K. Tada, G. H. Takaoka, Irradiation effects on solid surfaces by water cluster ion beams, Vacuum 2010, 84, 501–504.
- 23 -
第四章
EDI/SIMS における useful yields の見積もり
4-1 緒言
EDI 照 射 に よ る 試 料 表 面 の 損 傷 ( chemical modification ) は 光 電 子 分 光 法 ( X-ray photoelectron spectroscopy : XPS) の検出限界以下で実質的にほとんど起こらず[1]-[12]、ま た試料の脱離は数分子・原子層に限られることがわかっている[9]-[12]。このように極表面のみが 脱離するにもかかわらず、二次イオン収量が高いのが EDI の最も注目すべき特徴点である。イ オン化効率を表す指標として“useful yield”がある。Useful yield とは、検出されたイオンの数と 脱離した中性原子・分子の数の比である(式 4-1)。
species
desorbed
of
Number
ions
Secondary
of
Number
Yield
Useful
(4-1) したがって、useful yield を見積もるためには表面から脱離した原子・分子の数、生成したイオン の数を絶対測定する必要がある。しかしながら、我々の装置では、二次イオンの透過率や検出効 率を厳密に評価することは極めて難しい。そこで、本実験では、useful yield を見積もるために、 C60 と rhodamine B または C60 と aerosol OT (sodium bis(2-ethylhexyl) sulfocuccinate) の混合試料(1:1 モル比)を用いた。このコンセプトは、装置由来の種々の因子を相殺させて useful yield を見積もることにある。着眼点は、rhodamine B と aerosol OT はイオン性化合物 であり、これらの物質の脱離が直接脱離効率の尺度をあたえるという考えにある。ここで、 (ⅰ) C60、 rhodamine B, aerosol OT の脱離効率は等しい、 (ⅱ) 脱離効率がイオン性化合物の与えるイ オン強度に比例する、という二つの仮説から useful yield を見積もった。仮説(i)は、取り扱った 3 種の分子が大差ない分子質量をもつことによる。仮説(ii)は、イオン性化合物は、preformed イオ ンなので、観測されたイオンが脱離効率の相対的尺度を与える、と考えられるからである。すなわ ち、中性分子である C60 由来のイオン強度とイオン性化合物由来のイオン強度の比(式 4-2)を求 めることにより useful yield の大まかな値が得られると考えた。Yield
Useful
C
C
C
]
morecules
Desorbed
[
]
[
]
ions
B
Rhodamine
All
[
]
[
60 60 60Yield
Useful
C
C
C
]
morecules
Desorbed
[
]
[
]
ions
OT
aerosol
All
[
]
[
60 60 60 (4-2)- 24 - 4-2 実験 装置の詳しい説明は 第二章に準ずる。帯電液滴は 1 M 酢酸水溶液の大気圧エレクトロスプ レーによって生成される。生成した帯電液滴は直径 400 μm のオリフィスから真空へ導入され、 四重極イオンガイドによって m/z の選別と収束を行った後、加速され、試料を衝撃する。加速電 圧は10 kV である。試料に流れるビーム電流は 1 nA、 ビームのスポットサイズは約 3 mm で ある。イオンガイドで選別される m/z は印加される交流電圧(500Vp-p) と周波数(314 kHz) に よって、m/z 1×104 ~ 5×104 に選別される。帯電液滴の質量及び電荷は Rayleigh limit の 式から、6.2×105 ~ 1.6×105 u 、電荷は 62 ~ 311 と見積もることができる。帯電液滴衝撃 によって生成した二次イオンは、第二イオンガイドへ導入され、collisional cooling によってエネ ルギー収束され、直交加速飛行時間型質量分析計によって質量分析される。 試料は中性種として C60 を用いた。正イオンモードでの測定では C60 と Rhodamine B 、負 イオンモードでの測定は C60 と Aerosol OT を用いた。 EDI/SIMS 測定においては、通常試料を溶媒へ溶かし、SUS ターゲットへ滴下・真空乾燥を 行った後にEDI 衝撃を行う。しかし、二種混合溶媒を用いた場合、真空乾燥中に二成分の偏析が 認められた。すなわち、二種混合試料でありながら、表面活性の低い試料が乾燥時に表面に偏析 して、もう一方の試料イオンがほとんど現れないという現象が見られた。この現象は、EDI が表面数 分子層のみの脱離・イオン化を起こすことに起因する。したがって、この実験では、試料溶液を基 板に塗布・乾燥する方法は採用できない。このため、本実験では、C60 と Rhodamine B または Aerosol OT の両化合物を等モル混合した後、これを乳鉢で十分に混合した後、SUS ターゲット 上にスパチュラで薄く塗布するという方法を採用した。この手法は solvent-free MALDI [13]に準 じたものである。この手法により、表面エネルギーの低い成分の表面偏析は大幅に抑制することが できた。 4-3 結果及び考察
EDI/SIMS によるアミノ酸、ペプチドといった中性種の測定限界(limit of detection: LOD) は 約 10 fmol という結果が得られている[14]。これとは対照的に、界面活性剤、染料のようなイオン 性化合物では、さらに低い LOD が得られている。これは、界面活性剤、染料といった物質はす でにイオンとして存在している(preformed ions) ため、EDI 衝撃によって脱離するだけで気相イ オンとして検出されるためと考えられる。中性種を検出する上では、EDI 衝撃による脱離に加え、 イオン化する過程が必要な為、中性種の LOD はイオン種よりも当然高くなる。中性種が試料の 場合、測定されるイオン強度は、脱離効率とイオン化効率の積に比例するが、イオン性化合物では、 脱離効率のみと考えられる。
正イオンモードと負イオンモードの useful yield を見積もるため、C60/rhodamine B では正イ オンマススペクトル、 C60/Aerosol OT では負イオンマススペクトルを測定した。Fig. 4-1 (a) に C60 のイオン強度( C60+ + [C60 + H]+) と rhodamine B のイオン強度( [Rho-Cl]+、[Rho-Cl -CO2]+、[Rho-Cl-CO2-C2H6N]+ ) の EDI 照射時間依存性を示す。 Rhodamine B 由 来のイオン強度が時間とともに減少しているのは、試料調製時に試料表面に rhodamine B が偏 析したためと考えられる。Fig.4-1 (b) は C60 由来のイオン ( C60+ + [C60 + H]+) と rhodamine B 由来のイオン ( [Rho-Cl]+、[Rho-Cl-CO2]+、[Rho-Cl-CO2-C2H6N]+ ) の相対強度
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を示す。 EDI 衝撃開始から 40 分で相対強度の時間依存性が見られなくなった。これは、照射 時間とともに試料の偏析による影響がなくなり、二種混合成分が均一に表面に露出したためと考え られる。 Fig. 4-1 (c) に C60 のイオン強度( C60+ + [C60 + H]+) と rhodamine B のイオン強度 ( [Rho-Cl]+ + [Rho -Cl-CO2]+ + [Rho-Cl-CO2-C2H6N]+ ) の比を示す。上述した仮定 (ⅰ) および (ⅱ) から、rhodamine B のイオン強度( [Rho-Cl]+ + [Rho-Cl-CO2]+ + [Rho -Cl-CO2-C2H6N]+ ) は脱離した C60 の中性種の相対量に置き換えることが出来るので、 useful yield を見積もることが出来る。 正イオンモードでの二種混合試料 C60/rhodamine B で は、定常状態において、 0.18 という値が得られた。
同様に、C60/aerosol OT を用いた負イオン測定を行った。Fig. 4-2 (a) に C60 のイオン強度 ( C60-) と aerosol OT 由来のイオン強度( HSO3- + [M-Na]- + [2M-Na]-) の時間依存 性を示す。 照射開始直後にイオン強度が増加するのは、試料表面が不純物によって汚染されて おり、初期照射によって表面がクリーニングされたためと考えられる。 Fig. 4-2 (b) に C60 のイオ ンと aerosol OT 由来のイオンの相対強度の時間依存性を示す。 相対強度の時間変化は界面 活性な aerosol OT の表面偏析のためと考えられる。照射開始 20 分ほどで定常状態に達して いる。 Fig. 4-2 (c) に C60 のイオンと aerosol OT 由来のイオン強度比を示す。 負イオンモード での二種混合試料 C60/aerosol OT の useful yield は定常状態において 0.18 と読み取れ る。
MALDI において、 useful yield は 10-4 ~ 10-7 と報告されている[15]-[18]。 SIMS で は、Herving らが NIST 610 glass の主成分の useful yield を Cameca IMS 3f、6F を用い て測定した。 正イオンモードで得られたuseful yield は 0.2 ~ 10-4 であり、わずかにイオン衝 撃エネルギーに相関性があると報告されている[19]。 アルカリ金属は最大で 20 % と高い useful yield を示し、アルカリ土類金属も高く、遷移金属は周期表を横切るにつれて低下する。 Gillen らはKBr と有機物の useful yield を Ar+、SF5+、Bi3+ イオンビームを用いて、高い dose 条件 (>1013 ions/cm2) による測定を 磁場セクター型及び TOF-SIMS で行った[20]。 インク ジェットデポジション方式を用いてシリコン基板上に含まれる測定分子の数が既知のマイクロ微粒 子を配置して測定を行った。 それぞれの微粒子は測定分子が消費されるまでスパッタされ分子イ オンシグナルがモニターされる。測定されたイオンカウントと微粒子中の分子の数の比が useful yield と定義される。 測定した有機物の useful yield は 10-2 ~ 10-8 であり、分析種、用いた ビーム、装置に依存することが分かった。 KBr からの K+ の useful yield は Ar+ ビームを用 いた場合 0.38、SF5+ では 0.26 であった。 このことから、useful yield はイオン化効率だけでなく、二次イオンの装置内透過率、検出効 率、測定機器などの多くの因子に依存することが分かる。 それ故、useful yield の測定は、実質 的には試料の種類、装置の設定等に依存することになる [20]。 本実験で行った二つの仮定と二 種混合試料の適用によって、二次イオンの装置透過率といった装置係数は相殺されていると考え ることが出来る。 EDI による脱離効率は分子量、分子の構造、固体中での分子間相互作用、といったさまざまな 因子に依存する。 本実験で取り扱った C60、rhodamine B、aerosol OT の分子量はそれぞれ 720 u、479 u、445 u であり、お互いに比較的近い値となっている。それぞれの試料の脱離効率 を見積もることは難しいが、それほど異なった値ではないと考えられる。 なぜならば、EDI の特性 として分子レベルのエッチングが可能であり、表面感度が非常に高いことから、エッチングレートは 試料に大きくは依存しないと考えてよい[21]。そのため、仮定(ⅰ) は妥当であると考えられる。