学びのプロセスに基づくeポートフォリオの設計と課題
岩 崎 公弥子 大 橋 陽 Kumiko IWAZAKI Akira OHASHIDesigning E-portfolio to Visualize Students' Learning Process
はじめに ポートフォリオは、学習目標の明示、学習活動や教材の蓄積、振り返り、評価といっ た学習過程を記録し、共有することができる教育支援ツールである。近年、ポートフォ リオの高い教育効果が明らかになっていることから、初等中等教育から高等教育に至る まで、多くの教育機関で導入が試みられている。 初等中等教育では、2002年、学習指導要領に「総合的な学習の時間」が採用されたこ とを背景にポートフォリオが使われるようになってきた。汎用的能力、すなわち、グ ループをまとめる力、表現する力、課題を解決する力等を評価するために、学習結果で はなく学習過程を「見える化」するために、ポートフォリオの活用がさかんにみられる ようになったのである。 他方、高等教育では、従来の「何を教えるか」から「何ができるようになるか」に力 点を置いた学びへと教育が転換したのを背景に、ポートフォリオが広がりを見せるよう になってきた。具体的には、2008年、中央教育審議会「学士課程教育の構築に向けて (答申)」において、教育の質の向上に向けた改革案の提示がなされ、「計画→実践→評 価→改善」のPDCAサイクルによる学びの質保証の重要性が示された。加えて、各専攻 分野を通じて培う「学士力」として、1.知識・理解(文化、社会、自然等)、2.汎 用的技術(コミュニケーションスキル、数量的スキル、問題解決力等)、3.態度・志 向性(自己管理力、チームワーク、倫理観、社会的責任等)、4.総合的な学習経験と 創造的思考力といった 4 分野13項目の参考指針が示され、これらの能力を培う学びとそ の評価が強く求められるようになった1 。このようななか、着目されたのがポートフォリ オであり、学びの記録や振り返りを通じて、学びの質を向上させ、深い学びへと導く 1 中央教育審議会答申(学士課程教育の構築に向けて)(2008)ツールとして注目されるようになってきたのである。 筆者らが所属する学部においても、ジェネリック・スキルの向上にむけた取り組みは 必須である。本研究では、筆者らが担当するWLI B (Women's Leadership Initiative) において、ポートフォリオを導入したので、そのデザインから開発までを報告するとと もに、その評価について考察する2 。なお、近年、高等教育では、紙ベースのポートフォ リオに対し、デジタル化され、クラウド上で利用するeポートフォリオの活用が顕著に なってきた。eポートフォリオにより、紙ベースでは実現しにくかった双方向の学習支 援(グループワーク、相互評価)や、授業時間外での活用が可能になる。そこで、本研 究では、ポートフォリオの中でも、eポートフォリオについて述べる。 1.eポートフォリオの可能性 1-1.eポートフォリオの特徴 現在、兵庫教育大学、金沢工業大学、熊本大学、日本女子大学等、多くの大学で、学 部単位、あるいは、大学全体としてeポートフォリオの導入が行われている。兵庫教育 大学は、(1)大学院生の学びの蓄積と振り返りの促進、(2)多様な参加者の円滑なコ ミュニケーションの促進を主たる目的として3 、金沢工業大学では、(1)自学自習の姿勢 を身につける、(2)生活スタイルを確立する、(3)自己の目的指向を高めることを目的 として4 、熊本大学では、(1)何を学び、何ができるかを具体的な証拠とともにアピール する「自己アピールの場」、(2)生涯に渡り学習成果の蓄積と振り返りを行う「学習と 振り返りの場」の形成を目的として5 、日本女子大学は、ロールモデルと比較しながら自 らのキャリア開発を振り返ることを目的として6 、eポートフォリオを導入している。こ のように、「学生が何ができるようになるか」を支援するという目的は同じでも、教育 現場の個々の課題と教育目標に応じて具体的な実施目的は異なっており、多様なeポー トフォリオのデザインが個々に開発されている。 eポートフォリオの種類にはどのようなものがあるのだろうか。青木久美子は、 表1-1のようにeポートフォリオを整理し、各々の事例を紹介している7 。 2 本論文の e ポートフォリオの実践に関する研究は、『金城学院大学人文・社会科学研究所所報』(第 19 号)にその詳細が記されている。なお、本論文の一部は、所報の加筆修正によるものである。 3 永田・森山・吉水(2012)p. 68. 4 藤本(2012)p. 112. 5 熊本大学総合情報環構想 2010 リーフレット . http://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/ katudou/johokankoso 6 小川・黒田(2009). 7 青木(2012)講演会スライド .
表1-1 eポートフォリオの種類 提唱者等 ポートフォリオの種類 内 容 Abrami and Barrett プロセス・ポートフォリオ 課題にどのように取り組んだのかプロセスを示すもの ショーケース・ポートフォリオ 優れた作品を集めて示すもの(就活等のため) アセスメント・ポートフォリオ 設定された目標コンピテンスに関してエビデンスを示 すもの Smith and Tillema 調書的ポートフォリオ (dossier portfolio) 就職や昇進のためのもの 教育ポートフォリオ (training portfolio) 通常の授業科目で使われるもの 内省的ポートフォリオ (reflective portfolio) 自己ベストをショーケースしたもので、通常コメント をつける 自己開発ポートフォリオ (personal development portfolio) 長期の期間にわたってアイデンティティ確立のために 蓄積されたエビデンス オ ー ス ト ラ リ ア・e ポートフォ リオ・プロ ジェクト 評価ポートフォリオ (assessment ePortfolio) あらかじめ設定されたコンピテンシーの達成度を示す もの プレゼン・ポートフォリオ (presentation ePortfolio) 特定のグループに対して作成されるもの 学習ポートフォリオ (learning ePortfolio) 長期にわたった学習を記録し、導き、進化させるもの 自己開発ポートフォリオ (personal development Portfolio) 長期の期間にわたってアイデンティティ確立のために 蓄積されたエビデンス 複数人用ポートフォリオ (multiple-owner ePortfolio) 複数の人が編集でき、作成に参加できるもの ワーキング・ポートフォリオ (working ePortfolio) 幾つかの個人ポートフォリオを集めたもの (出所)青木(2012)の講演会資料スライドより作成。 表1-1に見られるように、eポートフォリオは、多様な役割を担っている。この様 子を、ヘレン・C・バレットは、eポートフォリオの役割を2つの側面に整理したうえ で、図1-1のようにまとめている8 。すなわち、eポートフォリオは、表1-1で掲げ るeポートフォリオのどれかひとつの役割しかもたないのではなく、主軸をおく役割は 個々の目的に応じて異なるものの「学習とコラボレーション」から「達成度の提示」ま で、様々な役割を合わせ持つ複合的な学習支援ツールなのである。 8 図 1 - 1 は、バレット「Balancing the Two Faces of ePortfolios」によるものだが、宮崎(2011) で日本語訳をしていたため、それを引用する。
図1-1 バレットのeポートフォリオの二面性 (出所)宮崎(2011)より。 また、このような複合的な役割を担う点について、森本康彦は、eポートフォリオの 役割を、(1)“学習の証拠(エビデンス)”としての役割を担う、(2)学習者の客観的能 力を測定するのではなく、学習者のパフォーマンスを評価する、(3)アセスメント(自 己評価・相互評価等)を通して、リフレクションの誘発→自律的な学習の生起 ⇒能力 開発・成長を促す、(4)相互作用を促進する橋渡し役となる(コミニュティ(学びの共 同体)の構築、促進)とまとめ、eポートフォリオは学びの評価、エビデンス、コミュ ニティ構築と、様々な役割を同時に担うものであると述べている9 。 以上のことから、eポートフォリオは、重点を置く役割や機能はあるものの、様々な 可能性を持つため、eポートフォリオを設計する際は、個々の導入目的を中心に据えつ つ、学びのトータルな過程をデザインする必要がある。 1-2.eポートフォリオのデザイン設計 昨今、多くの大学でeポートフォリオの導入が試みられている。しかし、実際は、高 い学習効果を得ているところは少なく、その多くは導入したが十分活用できていない ケースが多い。その第一の理由は「学びのプロセスの整理が不十分である」ことに起因 9 森本(2010)講演会スライド .
する。学びのながれが整理できていなければ、eポートフォリオでどのような学習成果 を蓄積し、何を表示させ、何をどのように評価するかがあいまいなままになってしま う。学びの目標や授業プロセスは個々の授業によって異なっている。そのため、標準化 したeポートフォリオのテンプレートが世界中に存在しておらず、授業ごと、あるいは、 学部カリキュラムごとにデザインを考えなければならない。 本研究では、eポートフォリオを導入するWLI Bの学びのプロセスを、森本のeポート フォリオの活動モデル10 を参考にして、「ゴール・ルーブリックの確認」→「学習成果 物の成果・蓄積」→「自己評価」→「相互評価・他者評価」→「学習成果物の完成」と して整理することにした(図1-2)。 図1-2 学びのデザイン 表1-2 学びのデザインの概要 事 項 内 容 ゴール・ルーブリックの確認 授業、あるいは、各タームで何を学ぶか、何を目標として設定する かを明確にし、e ポートフォリオ内に明示する。 学習成果物の成果・蓄積 学習者が収集した資料や学んだ事を記録する。また、その内容をグ ループ内、あるいは、クラス全体で共有する。 自己評価 毎回、あるいは、各タームごとに、学んだことを振り返る。振り返りは、 学習者に気づきをもたらし、授業の目標にどこまで到達したかを確 認することができる。 相互評価・他者評価 他者に評価してもらうことで、新しい気づきや学習到達度を知るこ とができる。 学習成果物の完成 学習の目標にそった成果物が完成する。 次章では、図1-2、表1-2に基づき、デザインしたeポートフォリオの実際について、 紹介していく。その前にデザインコンセプトについて触れよう。対象とした授業、すなわ ち、WLI Bは、グループ単位で課題を作成するものである。そのため、人との関わりのな 10 森本(2012)p. 37.
かで、知識や汎用的能力が育成されることを期待し、自己評価、相互評価、他者評価と いった「評価」を中心としたeポートフォリオを考えた。ただし、本研究では、評価を、所 謂、「点数」で表すのではなく、「気づきと振り返りを促すもの」として位置づけた。 「気づき」と「振り返り」は、eポートフォリオの活動のなかでも、極めて重要な活 動である。それは、「振り返り」を通じて、自らを客観的に認知(メタ認知)し、「気づ く」ことで、能動的で自律的な学習活動へと学習者を導くことができるからである。ま た、これらの気づきを通じて、いままで断片的だった知識と経験がつながりあい、深い 学びをもたらす可能性があるからである。 ここ数年、この「深い学び(deep learning)」が注目されるようになってきた。「深 い学び」とは、テスト前に事柄を丸暗記し、テストが終わったら忘れてしまう「浅い学 び」とは異なり、授業で得た知識と自分がすでに持っている知識を関連づけ、新しい知 識を作り出す学びである。そして、学びが「深い学び」に達することによって、人は学 んだことを活かすことができるのである。 このような「深い学び」を導くためには、様々な「しかけ」や教育的手法が必要で ある。ジャニス・A・スミスは、ポートフォリオが導く「深い学び」を「フォリオシ ンキング」と呼び、3つの次元を提示している11 。1つ目が「省察的学習(reflective learning)」である。自らの学習プロセスを記録し、それを客観的に振り返ったり、ま た、学習者同士が相互評価を行うことで、様々な気づきを学習者に与え、よりよい学び へと導くことができる。2つ目が、「統合的学習(integrative leaning)」である。これ は、様々な知識や学内外での経験をつなぎあわせ、そこに意味を与えるものである。そ して、3つ目が「社会的学習(social learning)」である。人は、他者との関わり合い のなかで、自らのアイデンティティを形成していく。この他者という存在も学びにおい ても重要な要素となる。スミスは、この3つの次元、すなわち、「フォリオシンキング」 に着目することで、「学生は、自身の学習についてリフレクションを行い、継続的に学 び方の改善を行うことが可能になる。この学習のリフレクションと改善のプロセスを通 して、分野を超えた学習や正課授業と正課外活動をつなぐ学習のインテグレーションが 促進され」、フォリオシンキングにより、「学生らは、自分が何者で、どのように学び、 どの共同体に参加したいのか、人生においてどのような道に進みたいか、について深く 考えるためのメタ認知的方略を見つけだすことができる」と結んでいる。 このように、eポートフォリオを導入することで、学習者が、自ら学習を計画し、統 合し、共有し、議論し、内省し、フィードバックを授与し、対応することができるよう になるのである。 11 スミス(2012) p. 5.
2.eポートフォリオの導入 2-1.WLI Bでの活用 本研究では、国際情報学部の授業、WLI Bのなかで、eポートフォリオを活用した。 本学部では、入学時にノートパソコンを1人1台準備し、授業のなかで活用している。 そのため、WLI Bの授業内外においても、自由にeポートフォリオにアクセスして、閲 覧や書き込みを行うことができる。さて、WLIとは、リーダーシップを育成する授業 であり、WLI A ~ Fまである(表2―1)。WLI AとBは、1年前期・後期の必修科目 で、2年以降は選択科目になるが、前期・後期にCとD、3年前期・後期にEとFを開講 している。1年は、読むこと、書くこと、話すことに加え、コミュニケーション力、チー ムワークといった対人関係能力の育成に力点をおき、2年以降は、社会の現実的な問題 について考え、提案し、発信するという高次の認知能力ならびに責任感などの対社会と の関わりのなかで、ジェネリック・スキルの向上を目指す。 WLI AとBは、1クラス15名程度で13クラスが開講される演習スタイルの授業であ る。担当は専任教員が行い、カリキュラム作成は選出された専任教員で構成するWLI 委員会で行っている。WLI Bの教育目標は、「対話と協働(学び合い)の中で育まれ る能力(聴く力、伝える力、チームワーク、リーダーシップ、コーチとして導く力な ど)の修得」である。この力を習得するために、4~5人のグループで「社会で活躍す る(活躍した)人物を1人決め、その人物を調査し、考察するとともに、自分のライフ キャリアと関連づけたプレゼンテーションをつくる」という課題を行う。この課題に関 わる授業は、15回(1回90分)中、 8 回であり、本研究ではこの 8 回の授業のなかで、 eポートフォリオを活用した(表2―2)。 表2-1 WLI の学びの構成
WLI(Women’s Leadership Initiative)
A 1年 前期 必修。読む、書く、話すスキルと情報リテラシーを中心に学ぶ力を高める B 後期 必修。身近な問題の解決のためにチームで協働する C 2年 前期 学内の問題について考え、解決策を提案する D 後期 社会の現実的な問題について考え、解決策を提案する E 3年 前期 講演会を企画し開催を通じ、社会に発信する F 後期 自らプロジェクトを設定し、社会の中で学ぶ (出所)WLI 委員会12が作成した資料より作成。 12 WLI 委員会とは、学部から選出された5名程度の専任教員からなる組織。WLI の全体的なカリキュ ラムや教材等を開発する。
表2-2 WLI Bのカリキュラム 回 内 容 備 考 1 グループ調査・研究 課題の理解と予備調査 2 調査結果の検討と情報収集 3 情報の集約と発表準備 4 発表の進め方、発表資料作成 5 クラス内・全体発表会 クラス内発表 6 選抜されたクラス代表による全体発表会 7 グループ討論(レビュー討論) 8 後期の振り返り 各自の達成と新しい課題の確認 (出所)WLI 委員会が作成した資料より作成。 WLI Bでは、グループごとに作業を進めることから、作業が順調に進んでいるか、 プレゼンテーションの目的、内容、結論が首尾一貫しているか、フリーライダーがグ ループ内にいないか、個々に指導することが難しくなっている。そのため、授業ごとに 個々人の振り返り、また、その振り返りを受けて他者間での振り返りを行わせた。具体 的には、次章に述べるMaharaの「日誌」機能と「フォーラム」を活用して行った。 2-2.Maharaによるeポートフォリオの開発 本研究では、Maharaを活用してeポートフォリオを開発した13 。Maharaを選択した理 由は、オープンソースのため費用が低くおさえられること、本学のMoodle(ラーニン グポータルサイト)と連携がとりやすく、利用目的に応じて自由に種々の機能を選択し eポートフォリオをデザインできることにある。 Maharaとは、2006年にニュージーランドの高等教育委員会のeラーニング共同開発 ファンド(eCDF= e-learning Collaborative Development Fund)の資金を受け、マッ セー大学、オークランド工科大学等の大学・研究機関が協力して開発をすすめているe ポートフォリオである。日本では、兵庫教育大学(教職大学院)、熊本大学、三重大学 等でも活用されており、比較的メジャーなeポートフォリオのひとつにもなっている。 Maharaの基本部分は、「アーティファクト」「ビュー」「アクセス」から構成されて いる。学習者は、学習成果物やプロセス等あらゆるデータを、Maharaに蓄積し(アー ティファクト)、それらをページとしてまとめ(ビュー)、閲覧範囲を設定して公開し (アクセス)、振り返りや評価を行う(図2-1)。 13 Maharaのサイト https://mahara.org/
図2-1 Maharaの概要 実際の画面は、図2-2に示すとおりである。前章に述べたように、本研究では「振 り返り(評価)」を中心にeポートフォリオをデザインした。図2-2の①は毎回の授業 時に書く日誌である。自分が何を行い、何ができず、何を次回の授業までにしなければ ならないのかを書く。そして、その振り返りに対し、他のグループメンバーがコメント を書き込む。②は教員がグループ活動を通じて、個々人に対してコメントをする欄であ る。これにより、学生同士とは違う視点での気づきが起こると考える。 図2-2 Maharaの画面 ① ②
また、本eポートフォリオは、「振り返り(評価)」を中心的な役割に置くものの、授 業の過程そのものをデザインするものである。図1-2に即して整理すると表2-3の とおりになる。 表2-3 WLI Bの学びに対応したeポートフォリオデザイン ゴール・ルーブリックの確認 学習成果物の成果・蓄積 どの人物をテーマに選んだのか、また、その人物の どのような側面を調査したいのかグループで話し合 い、ゴールを書き込む。 参考資料の一覧を作成して、グループで共有する (①)。フォーラムを作り、グループ内で、意見交換 をしたり、グループ全体の作業記録をつける等、学 習した内容や議論した内容を蓄積していく(②)。 自己評価 相互評価 他者評価 毎授業後に、学習状況を日誌に記録し、振り返りを 行う。 「自己評価」で諸個人が記入した日誌についてグ ループメンバーがコメントを返信する(①)。さら に、教員による課題の最終評価の記録も行う(②)。 ところで、Maharaでは、「日誌」や「フォーラム」等で蓄積したデータを諸個人が 自由にレイアウトしてページを作ることができる。ポートフォリオを自らデザインする ことで、振り返りをさらに促進させることができるという研究もあるが、今回は、全員 が初めてMaharaを使うことから操作上の混乱が起きないよう、全員が同じページデザ イン(テンプレート)を使うこととした。また、諸個人のページについては、共有設定 を行い、グループのメンバーと教員に限り、互いに自由に閲覧、書き込みができるよう にした。
3.eポートフォリオの実践と課題 3-1.評価 研究計画の段階では学内のラーニングポータル(Moodle)とMaharaを連携させる 予定であったが、学内のシステム構成上、実施することができず、ラーニングポータル (Moodle)とMaharaを別々に利用しなければなかった。今回は短期間で、しかも、1 つの授業に対してだけだったため、連携への影響がeポートフォリオの活用に影響が生 じたとは考えにくいが、「パスワードでエラーをおこすことが多かった」と学習者が述 べるように、複数のeラーニング環境がある場合は、可能な限り、同じユーザ名、パス ワードを設定するか、シングルサインオンのシステムを導入する等の工夫が必要だと感 じた。 WLI Bの授業終了後、利用者にeポートフォリオについてのアンケート調査を行った。 各々の質問に対して 5 段階(5:とても良い~ 1:とても悪い)で評価してもらうとと もに、自由筆記欄を設けた。有効回答数は11であった。結果を表3-1に記す。 表3-1 アンケート結果 ①Maharaは使いやすかったで すか ②活動目標に向けて活動計画を 立てるのに役立ちましたか ③活動計画にそって成果物(情 報、スライド等)を蓄積して いけましたか 3.82 3.55 3.82 ④他の学生との学び合い、共同 作業の助けになりましたか ⑤学習の振り返りを深く行うこ とができましたか ⑥Maharaを今後も利用したい ですか 4.36 4.36 4.00 表3-1の②は「ゴール・ルーブリックの確認」、③は「学習成果物の成果・蓄積」、 ⑤は「自己評価」「相互評価 他者評価」に関わる設問となる。全体的に悪い評価では ないが、活動を計画通りに導いたり、成果物を蓄積する点については、改良の余地を残 す結果となった。 自由筆記には、「初めてこういうツールを使ったのですが、思ったよりも使いやすく て仲間とのスムーズな情報交換に役立った。」、「グループ活動をしていく中でファイル を共有することができるので、とても役に立ったと思います。」のように、グループメ ンバー内で情報交換・共有が円滑にできたことに対する評価が多く書かれていた。共同 作業のツールとしても力を発揮したことが分かる。また、「どこにどのようなメッセー ジを書くのか、メッセージはどこで受信し、どこで見ることができるのかなど、色々と
分かりにくい。」といった意見も聞かれた。Maharaは、最初にデータを蓄積し、それ をどこに表示するかデザインするという方法でeポートフォリオを構築していく。その ため、データを入力する際にどこに入力したらよいのかと戸惑う学生が時々見受けられ た。 一方、教員側からすると、日誌やフォーラムから、グループ内のメンバーがどのよう に課題作成に貢献したか見ることができたため、評価を行う際の役に立ったと言える。 しかし、メンバー一人ひとりのジェネリック・スキル(コミュニケーション力、リー ダーシップ力等)が、課題を行うことでどのように成長したかについては、読み取るこ とができなかった。これを行うには、「ルーブリック」のような評価指標が必要である と考えられる。今後、ルーブリックを導入し、学びのプロセルを「見える化」し、気づ きをより具体化することで、深い学びと新しい目標にむかって学びを発展させることが できるようにしたい。 3-2.ルーブリック ルーブリック(rubrics)は、内包する意味の豊かさのために定訳がなく、カタカナ 表記されている。濱名篤によれば、それは、「『目標に準拠した評価』のための『基準』 つくりの方法論であり、学生が何を学習するのかを示す評価規準と学生が学習到達し ているレベルを示す具体的な評価基準をマトリクス形式で示す評価指標である」(原文 ママ)14 。語源や定義について深入りはせず、全米単科大学・総合大学協会(AAC&U; Association of American Colleges and Universities)が提案したルーブリックについ て、順を追って理解していくことにしよう15 。 2007年、AAC&Uは、「リベラル教育とアメリカの約束」(LEAP; Liberal Education and America’s Promise) 構 想 の 一 環 と し て、 バ リ ュ ー(Valid Assessment of Learning in Undergraduate Education)計画を手がけた。周知のようにLEAPは、人 類文化・物質界・自然界の知識のほか、知的・実践的スキル、個人的・社会的責任、統 合的・応用的学習に要約される汎用的能力を特定し、それを「不可欠なラーニングアウ トカムズ」とした。そのラーニングアウトカムズという「『目標に準拠した評価』のた めの『基準』」が必要とされ、それがバリュー計画で作成されたバリュー・ルーブリッ クである。表3-2から分かるように、バリュー・ルーブリックは、「知識」の部分は 除き、それぞれの汎用的能力ごとに規定されている。 14 中教審大学教育部会(2011 年 12 月 9 日)説明資料。 15 大 橋 は、2011 年 8 月 29 日 に AAC&U を 訪 問 し、 副 会 長 の カ ー リ ン・ ム ジ ル 博 士(Dr. Caryn McTighe Musil)と面会した。本節の議論は、そのときの資料とインタビューに依拠している。
表3-2 AAC&Uの「不可欠なラーニングアウトカムズ」とバリュー・ルーブリックの対応 不可欠なラーニングアウトカムズ バリュー・ルーブリック 人類文化、物質界、自然界の知識 ・科学・数学、社会科学、人文学、歴史、言語、 芸術の学習による 知的・実践的スキル ・調査と分析 ・批判的思考と創造的思考 ・文書及び口頭によるコミュニケーション ・数量的リテラシー ・情報リテラシー ・チームワークと問題解決 個人的・社会的責任 ・公民としての知識と関与:ローカル及びグロー バル ・異文化に関する知識と適性 ・倫理に関する論理的思考及び倫理的行動 ・生涯学習のための基礎作りとスキル 統合的・応用的学習 ・一般的、専門的研究を通じた総合と高度な達成 ・調査と研究 ・批判的思考 ・創造的思考 ・文書によるコミュニケーション ・口頭によるコミュニケーション ・読解 ・数量的リテラシー ・情報リテラシー ・チームワーク ・問題解決 ・公民としての関与 ・異文化に関する知識と適正 ・倫理に関する論理的思考 ・生涯学習のための基礎作りとスキル ・総合的学習 (出所)Rhodes ed. 2010, pp.2, 23-51.より作成。 授業で成績をつけるという行為は、これまでどの大学教員も行ってきた。しかし、単 にペーパーテストの結果だけでなく学習のプロセスも評価するようになり、ポートフォ リオや授業全体の評価をするという実に複雑な作業にかかわらざるをえなくなってい る。「個々の課題だけでなく学習の進展を反映させるという意図の下、評価する者が公 正かつ首尾一貫して識別、記録しなければならない多くのたくさんの要素が、たった1 つの授業の中にも含まれているかもしれない」のである16 。 筆者のインタビューによると、最近アメリカでは、どの授業においても文章作成や口 頭試問を課す評価法が普及しているという。これは、単に知識を覚えているか否かでは なく、知識を活かすための能力を身につけているかどうか確かめる手段として活用され ているという。実際、1セメスター(約14週)の間に、1つの授業につき平均3回の 「テスト」が行われるほか、週ごとのレポート、課題についての研究発表やレポートも 課されているという。歴史や英語のような科目でのレポートでは、読み手を引きつけ、 説得力があり、効果的な文章が書けるように指導がされる。他方、化学や生物などの科 学系の科目のレポートは、短い文章ではあるが、従来のスタイルではなく、読み手に伝 16 Rhodes ed. 2010, p. 5.
えることを強く意識し、エッセイのようなスタイルで書くことが求められているとい う。さらに、グループ学習も一般的だという。何人かの学生が1つのテーマやプロジェ クトに取り組み協働学習を行うことで、異なる視点、考察、意見が生まれ、1人では到 達できない幅広く、かつ、深い学習経験が得られるのである。 このような教育法が普及する中、すでにルーブリックに基づく評価を行っていた大学 教員を結集し、このバリュー・ルーブリックが作成された。この方法が一般的になりつ つあるが、それは、「機関の種別、ミッション、規模、立地を問わず、全米の教授陣が 共通して不可欠な学習であると考えるものを反映している」ものである17 。 表3-3 バリュー・ルーブリック:問題解決 (出所)Rhodes ed. 2010, p. 41.より。 (注)文脈的要素(contextual factors)とは、制約(コストの限定など)、資源、態度(バイアスなど)、 実世界あるいは模擬的な設定において、いかにしてその問題が最もうまく解決されるかに影響を及ぼす追 加的な知識である。 ここでは、15のバリュー・ルーブリックのうち、問題解決を取り上げよう。表3-3 のマトリクスで、行は評価項目であるが、本節冒頭の定義に合わせて言えば、「学生が 17 Rhodes ed. 2010: 21
何を学習するのかを示す評価規準」である。他方、列は「学生が学習到達しているレベ ルを示す具体的な評価基準」である。行に表されている評価規準は、問題の定義、戦略 の特定、解決策・仮説の提示、潜在的解決策の査定、解決策の実行、結果の査定で構成 されている。問題解決と言えば、解決策の実行というある意味最終成果物の部分に注目 しがちであるが、プロセスを重視ししていることが分かる。評価基準は、4つのレベル に分けられている。すなわち、ベンチマーク(1)から始まり、マイルストーン(2)、 マイルストーン(3)、キャップストーン(4)に至る4段階である。 この評価規準と評価基準から成るマトリクス形式の評価指標は、教員にとっても学生 にとっても、目標に準拠した評価のために有益である。その重要な利点は次の通りであ る18 。 ・ルーブリックは、教員が学生に実際に達成して欲しい学習がどのようなものか、より 正確に記述するのに役立つ ・ルーブリックは、学生が自らの学習に対して期待されていることを理解するのに役立 つ ・ルーブリックは、単なる学習の評価ではなく、学習のための評価を強化する ・ルーブリックは、全米で共有される一連のリベラル教育の学習に対する期待の中心 に、教員の判断をおく ・ルーブリックは、カリキュラム及びカリキュラム外を通じて共有される学習のロード マップを創出する―個別授業のレベルから大学全体のレベルまで、一般的な大学全 体もしくは問題の文脈から特定の授業の文脈まで。 念のために付言するが、バリュー・ルーブリックは、特定の授業で教授される専門的 知識にかかわるものではなく、また特定の汎用的能力の育成に特化した授業のためのも のでもない。授業やカリキュラム、大学教育全体を通じて得られるように設計された広 範な汎用的能力をカバーするものである。 したがって、日本の大学教育一般としては、個別授業のレベルから、カリキュラム、 大学教育全体レベルに至るまで、専門的知識と汎用的能力をどのように結びつけて教育 するのかという難題が残されている。考えられる道筋は、バリュー・ルーブリックのよ うな汎用的能力の評価指標を、具体的に授業、カリキュラムの中に入れこんでいくとい うものである。このプロセスの中で、専門的知識が汎用的能力の向上と共にもたらされ るように、教員にとっても、学生にとっても、個別授業の方法も変わらなければなら 18 Rhodes ed. 2010, p. 19.
ず、学習のための評価がなされなくてはならない。 おわりに 本研究は、eポートフォリオをWLI Bの授業において導入し、実践したものである。e ポートフォリオの導入事例は、国内外において多いものの、十分に活用されている例は 少ないという。本論文では、eポートフォリオの役割を評価、エビデンス、コミュニティ 構築の複合的なものとして位置づけ、本研究では「評価」に主軸をおきながらも、学び の過程を記録し、グループワークを円滑にするツールのひとつとしても活用した。これ からも、eポートフォリオを積極的に導入するとともに、学びのプロセスを授業ごとに 明確にし、そのプロセスにそったeポートフォリオデザインを考えていきたい。 さらに、「3-2.ルーブリック」で述べたとおり、評価を公正に、明確に行うため に、ルーブリックは必要不可欠なものである。今後、ルーブリックの作成を進めていく とともに、ジェネリック・スキルの向上、教育の質全体の向上に努めていきたい。 謝 辞 本研究は、名古屋工業大学 グリーンコンピューティング研究所 早川知道教授に Mahara構築のご支援をいただいた。ここに感謝する。また、本研究は、金城学院大学 人文・社会科学研究所共同プロジェクト研究助成によって実施した。 参考文献 青木久美子. (2012). 「eポートフォリオを活用した教育実践の可能性」(講演会資料)第3回 Maharaオープンフォーラム(2012.9.8:熊本大学) 小川賀代・黒田綾香. (2009).「ロールモデル型eポートフォリオを活用したキャリア支援システ ム」日本教育工学会第25回全国大会講演論文集, pp. 149-152. 小川賀代・柳綾香. (2012) .「キャリア支援のためのeポートフォリオ活用ー日本女子大学の事例」, 小川賀代・小村道昭編.『大学力を高めるeポートフォリオ』東京電機大学出版局, pp. 95-119. スミス,A・ジャニス(2012).「ポートフォリオ総論」, 小川賀代・小村道昭編.『大学力を高め るeポートフォリオ』東京電機大学出版局, pp. 2-23. 永田智子・森山潤・吉水裕也. (2012). 「教職大学院におけるeポートフォリオシステムの開発と 活用ー兵庫教育大学教職大学院の事例」, 小川賀代・小村道昭編.『大学力を高めるeポートフォ リオ』東京電機大学出版局, pp. 67-78. 藤本元啓. (2012).「KITポートフォリオシステムと修学履歴情報システムー金沢工業大学のポー トフォリオ活用について」, 小川賀代・小村道昭編.『大学力を高めるeポートフォリオ』東京 電機大学出版局, pp. 110-133. 松下佳代. (2010).「<新しい能力>概念と教育 - その背景と系譜」『<新しい能力>は教育を変 えるか』松下佳代編著 ミネルヴァ書房.
宮崎誠. (2011).「法政大学国際文化学部におけるeポートフォリオの取り組み」(講演会資料) 第 7 回FDフォーラム「eポートフォリオの活用方法 ― 実践的取り組み ― 」(2011.12.10) 森本康彦. (2010).「失敗しない効果的なeポートフォリオの活用法」(講演会資料)CAUAフォーラ ム 2010(2010.6.24)http://www.ctc-g.co.jp/~caua/event/forum2010/pdf/forum2010_ morimoto.pdf 森本康彦. (2012).「eポートフォリオの普及」, 小川賀代・小村道昭編.『大学力を高めるeポー トフォリオ』東京電機大学出版局, pp.24-41.
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