• 検索結果がありません。

〈巻頭言〉書の香り

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "〈巻頭言〉書の香り"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

( 2 ) 大谷大学図書館・博物館報(第29号)  同じ書物を読んでいた。そんなことをきっ かけにして、その日初めて会った人と話が弾 むことがある。  過日、中国から来ている人を交えての懇談 会があった。出されてくる料理を手掛かりに 日中の食材や食文化の話、また映画監督や映 画などについての話が交わされた。  そして話が日本の文学作品におよんで、梶 井基次郎の『檸檬』が話題になった。この短 編小説に対しては同席していた各人それぞれ の思い入れがあるようで、ひとしきり話が盛 り上がった。  『檸檬』を巡っての話は、「ところで、どう してレモンだったのかね」と、丸善の本の上 に置かれた果物について、「なんでかね」「ど うしてでしょう」とまたしばらく盛り上がっ た。そして「ミカンじゃおかしいでしょ」と いうようなところで、次の話題に移っていっ た。この日の会合のように、その日初めて 会った人もいるのに、お互いが同じ書物を読 んでいたということで、親しみがぐっと増し たのは印象深かった。  この日は『檸檬』が話題になったことに よって、この本に誘われて学生時代に訪ねた 丸善の店内や寺町通りの果物屋さんが思い出 されてきた。それとともに特段意識して見た 覚えもない当時の街の雰囲気などもぽっかり と浮かび上がってきた。  この日に限らず、どうしてこんなことが思 い出されてくるのだろうというような事柄が 突然浮かんできたりすることがある。自分の 心に残ってくる事柄やそれらの浮かび上がり 方が、必ずしも自分の意思や意識した通りで はないということは、不思議な気もするし、 面白いことだとも思う。  学生時代に、「熏習(くんじゅう)」という 仏教用語を習った。お香などが焚かれた部屋 に居ると、いつの間にか香りが衣服などに付 着して残存する。そのように自己が経験した 事柄が自己の心や肉体に印象を与えて、その 影響作用が残留することを「熏習」というの だと教わった。経験自体は過ぎ去っていって も、経験の印象は自己に留まり残る。経験が 人間にもたらすことについての極めて興味深 い捉え方であると思う。  近年は、書物を読んでもその内容の詳細は 忘れていくことが多い。けれどもその書物を 読んだときに受けた感銘など の印象は案外 残っていたりする。そしてそれは何かの拍子 に立ち上ってくる。それは「書の香り」かも しれないと思う。

書の香り

真宗総合学術センター長・教授

 藤 嶽 明 信

(真宗学) 〈巻頭言〉

書の香り

参照

関連したドキュメント

本番前日、師匠と今回で卒業するリーダーにみん なで手紙を書き、 自分の思いを伝えた。

帰ってから “Crossing the Mississippi” を読み返してみると,「ミ

キャンパスの軸線とな るよう設計した。時計台 は永きにわたり図書館 として使 用され、学 生 の勉学の場となってい たが、9 7 年の新 大

 大学図書館では、教育・研究・学習をサポートする図書・資料の提供に加えて、この数年にわ

のニーズを伝え、そんなにたぶんこうしてほしいねんみたいな話しを具体的にしてるわけではない し、まぁそのあとは

 根津さんは20歳の頃にのら猫を保護したことがきっかけで、保健所の

こんなことやりました「その2」。渋沢栄一さんって知ってるかな。埼玉出身の