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情報と哲学

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Academic year: 2021

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(1)IPSJ Magazine. [巻頭コラム] 情報と哲学 ▪東 浩紀  情報というのは哲学にとって扱いにくい対象である.哲学では (少なくとも西洋近代哲学では) カント以来, 「見えるもの」と「見えないもの」を区別するのがひとつの伝統になっているからだ.  哲学者はこんなふうに世界を捉える.まずは目のまえに「見えるもの」すなわち「知覚できる もの」がある.世界とは知覚可能なものの集合体である.しかしそれは,世界の背後にあるはず の,なにかえたいのしれないものの「現れ」でしかない.そして哲学は,世界の分析ではなく, むしろ世界の背後にある「見えないもの」の探求に取り組むべきである.哲学はじつは,基本的 にこういう表層ー深層対立図式でできている.カントはこの対立を「現象」と「物自体」と名づけ, ハイデガーは「存在者」と「存在」と名づけた.ちなみに言えば,そこで半ば逆ギレ気味に「深 層なんてねえんだよ!」と叫んだのがニーチェだ.  この対立図式はおそらく,急速に勃興してきた経験科学に対する,哲学の側からの防衛反応と して生じている.哲学は世界の分析はしない, その「背後」を分析するのだと宣言してしまえば, いくら科学が進んでも哲学の領野が狭まることはない.世界の構造を解き明かす役割が神学や哲 学から科学に替わった時代,哲学にはもはやそれしか生き残る道はなかった.とはいえその代償 はじつに大きい.事実,哲学と科学の切断が明らかになった 1930 年代以降(ハイデガー=カル ナップ論争),哲学は大きく, 「もう科学からも自由なんだから神秘主義とかトンデモとか怖れず ガンガン行こうぜ」派と,「世界の分析はおれらの役割じゃないし世界の背後とかオカルトだし これからは認識形式とか言語形式とか地味に分析していくのはどうかな?」派に分かれることと なった.前者が大陸哲学,後者が分析哲学と言われるもので,理工系に評判の悪いポストモダニ ズムは前者の末裔,門外漢には理解できない認知科学や人工知能は後者の従兄弟にあたる.哲学 © 東 浩紀. 巻頭 情報処理 Vol.54 No.5 May 2013.

(2) ■ 東 浩紀 作家,思想家 ゲンロン代表取締役.東大大学院博 士.主な著書に『存在論的,郵便的』 (サ ントリー学芸賞)『動物化するポスト モダン』『クォンタム・ファミリーズ』 (三島由紀夫賞) 『一般意志 2.0』など.. 撮影:新津保建秀. はこのようにして,オカルトとオタクに分裂してしまった.  前置きが長くなってしまった.いずれにせよ, そんなわけで, 哲学は存在を「見えるもの」と「見 えないもの」に分けて考えることに慣れている.これはもう哲学者の生理と言ってよいが,では 情報とはなんなのかといえば,それはじつはその両者のいずれにも分類できない厄介なものなの である.  情報は抽象的な存在だが,他方妙に具体的でもある.わたしたちは,宇宙は情報からできてい るなどという一方で,何ギガバイト何テラバイトの情報などという表現にも日常的に接してい る.情報そのものは知覚できない.しかしそれは「物自体」や「存在」のように経験科学を超え たものではなく,あくまでも測定可能かつ計量可能で,実際に磁気テープや光学ディスクに記録 できたりもする.従来の哲学は,このような存在を原理的に扱うことができない.この四半世紀, 「情報時代の哲学」 「情報時代の思想」が求められ続けながらいまひとつ成果がパッとしないのは, 単に哲学者の怠惰というだけではない,そのような原理的な問題にも起因している.  ではわたしたちは,情報というこのじつに魅力的な概念について,哲学的に議論することを永 遠に放棄するべきなのだろうか? 筆者は必ずしもそうは思わない.ただ,以上の整理が意味し ているのは,もし本当に情報時代の哲学を構想しようとするならば,少なくとも 1930 年代ぐら いにまで遡り,20 世紀の哲学史を総リセットするような気概がないとだめそうだ,ということ である.シャノンの情報理論が,カルナップのハイデガー批判から 16 年後,ほぼ同時代と言え るタイミングで生まれたことは,おそらく偶然ではないのだ.. 情報処理 Vol.54 No.5 May 2013. 巻頭.

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