特集にあたって -- 生態危機とサステイナビリティ
(特集 生態危機とサステイナビリティ -- フィール
ドからのアプローチ)
著者
大塚 健司
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
214
ページ
2-3
発行年
2013-07
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003666
地球環境の危機に警鐘が鳴らさ れて既に半世紀が経つ。 第二次世界大戦後、米ソを中心 とした核開発競争は世界各地に核 兵器の拡散をもたらすとともに、 大気中核実験が繰り返し行われる なかで放射性物質による地球汚染 が現実のものとなり、核実験禁止 を求める国際世論が高まった。一 九六二年には、工業化による「豊 かな生活」を享受しつあったアメ リカにおいてレイチェル・カーソ ンが『沈黙の春』を発表して合成 化学物質による生態系破壊に警鐘 を鳴らし、一九七〇年には、地球 環境保全を求める三〇万人以上が 参加する「アース・デイ」が全米 各 地 で 行 わ れ た。 ま た 一 九 六 八 年、研究者、実業家、政治家らが 集まって結成されたローマ・クラ ブ は、 独 自 に 開 発 し た グ ロ ー バ ル・モデルをもとにして地球環境 の将来予測を行い、一九七二年に 『 成 長 の 限 界 』 を 発 表 し て、 資 源 の枯渇、環境汚染、食糧不足によ る環境危機を回避するための対策 の必要性を訴えた。また同年には ストックホルムで国連初の環境問 題に関する国際会議「人間環境会 議」が開催され、東西冷戦の最中 にもかかわらず、先進国のみなら ず途上国も含む多数の政府および 非政府組織が参加し、開発と環境 の両立を謳う「人間環境宣言」が 採択された(参考文献①) 。 人間環境会議に先だって先進諸 国では工業化にともなう深刻な環 境汚染・破壊に直面するなか、環 境行政専門部局の設置や環境関連 法制の整備などが進められた。そ の時日本では水俣病等の激甚な公 害病への対応が迫られていた。ま た中国など途上国においては、貧 困からの脱却のための開発こそが 優先課題であったものの、国連人 間環境会議において先進諸国にお ける環境問題の深刻さを目の当た りにして、自国の環境問題に向き 合う契機となった。 人間環境会議以降の一連の国連 会議を受け、日本の提唱をきかっ けに一九八四年に「環境と開発に 関する世界委員会」が設置され、 当時ノルウェー首相であったブル ン ト ラ ン ト を 委 員 長 と し て、 東 西、 先 進 国 と 途 上 国 等 の 隔 て な く、世界各国の大臣級政治家や専 門家が召集された。このブルント ラント委員会は三年にわたる討議 を 経 て 一 九 八 七 年 に “Our Com -mon Future ” 「 わ れ ら 共 有 の 未 来 」 と 題 す る 報 告 書 を 公 表 し、 「 将 来 の 世 代 の ニ ー ズ を 満 た す 能 力を損ねることなく、今日の世代 のニーズを満たすような開発」と し て “S u st a in a b le D e ve lo p -ment ” ( 以 降、 S D ) と い う 概 念 を 打 ち 出 し た( 参 考 文 献 ② )。 そ の 後 S D は 一 九 九 二 年 に リ オ・ デ・ジャネイロで開催された「地 球 サ ミ ッ ト 」( 環 境 と 開 発 に 関 す る国連会議)において主要課題と なった。以降SDは、国際交渉の みならず、各国、各地方、各地域 レベルでの環境と開発をめぐる諸 問題を解決しうる概念として期待 をこめて多用されている。 その後、環境と開発に関する研 究や政策の進展についてはめざま しいものがあるとはいえ、途上国 であれ、先進国であれ「危機」か ら自由になったわけではない。例 えば二〇〇一年から〇五年にかけ て行われた「国連ミレニアム・エ コ シ ス テ ム 評 価 」 で は、 「 生 態 系 サービス」という観点から生態系 の 変 化 が 人 間 の 福 利( human well-being ) に 与 え る 影 響 に つ い て評価が行われた結果、 過去五〇 年以上にわたる大規模な生態系の 改変は、人間の福利と経済発展に 大きな利益をもたらしたものの、 すべての地域・集団が利益を享受 しているわけではなくむしろ多く の人々が被害を受けていること、 また疾病の発生、水質の急激な変 化、気候変動などのように、自然
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アジ研ワールド・トレンド No.214 (2013. 7)生態系に非線形的かつ予測困難な 突発的な変化や不可逆的変化が生 じつつあり、それがまた人間の福 利に重大な影響を及ぼしうること 等、 環境・経済・社会の「サステ イ ナ ビ リ テ ィ」 “sustainability ” が依然として脅かされていること が明らかにされている(参考文献 ③ )。 私 た ち 人 類 は、 長 期 に わ たって「サステイナビリティ」と いう大きな課題を背負ったまま、 「 開 発 」 や「 発 展 」 を 求 め 続 け て いるのである。 近年の東アジアにおいても、経 済開発の進行、人口・地域構造の 変容、気候変動による自然災害の 頻発等によって環境・経済・社会 のサステイナビリティが脅かされ ている局面が多々みられる。中国 では改革開放以降、沿海部を中心 にした目覚ましい経済成長は、環 境汚染・破壊を国土の広範囲に引 き起こすとともに、地域・階層間 格差の拡大をもたらしている。自 然災害の頻発化や環境問題の深刻 化は地理的・経済社会的条件が不 利な地域・階層に大きな打撃とな る。さらにアジア・ユーラシアの 内陸深くに目を移していくと、厳 しい自然環境条件の下、歴史的、 文化的な要素が複雑に絡み合い、 かつ政治・経済・社会の大きな変 動にもまれながら適応・変容を余 儀なくされてきた地域社会・集団 が視野に入ってくる。翻って足元 の日本では、少子高齢化にともな う成熟社会を迎えるなか、山間部 を中心に人口減少が加速し、自然 と共生してきた集落の維持存続が 危ぶまれ、国土の新たな脆弱性要 因となりつつある。さらには二〇 一一年三月の東日本大震災によっ て、東北沿岸地域の農漁村が津波 による大きな被害を受けるととも に、福島第一原子力発電所の事故 によって放射性物質が東日本を中 心に国土の広範囲にわたって拡散 し、いまだ多くの人々が長期にわ たって仮住まいや避難を強いられ て い る 等、 「 復 興 」 を め ぐ っ て 様々な問題を抱えている。このよ うにアジアの「成長」の中心から 視点をずらしていくと、環境と開 発をめぐって長期的な視野を必要 と す る 問 題 群 が 改 め て 浮 か び 上 がってくる。 環境と開発に関する世界委員会 における議論を踏まえれば、今日 の環境と開発をめぐる諸問題は、 ローカルからグローバルなレベル にまで「網目のない織物」のよう に広がった「経済的かつ生態学的 相互依存関係」のなかで、世代内 および世代間における「サステイ ナビリティ」が脅かされた「生態 危機」というべき状況のなかで捉 えることができるであろう。そも そもSDを問うことは、自然と人 間を含めた自然・社会生態システ ムの 「 サステイナビリティ」を問 うことに他ならない。ここで「サ ステイナビリティ」には、人間の 経済社会のサステイナビリティが 自然生態系のサステイナビリティ に大きく規定されていることを前 提としつつ、そのなかで地域環境 と地球環境を現世代が保全・利用 しながら将来世代にいかに引き継 いでいけるのかという問題が含意 されている。生態危機とサステイ ナビリティがコインの裏表の関係 にあるという認識に立ち戻り、長 期にわたる環境と社会の変化のな かで人々は危機や災いにどのよう に対応し、また国や地方の政策が どのような役割を果たすことがで きるのかを問いながら、 複雑化し た現代社会システムを自然生態系 との関係から解きほぐし 「現実の 生態危機への対応に関する経験知 の総合の試み」としてサステイナ ビリティ論を展開していくことが いま改めて求められている。 本 特 集 は 、 二 〇 一 二 〜 一 三 年 度 に ア ジ ア 経 済 研 究 所 に て 実 施 し て い る 「 長 期 化 す る 生 態 危 機 へ の 社 会 対 応 と ガ バ ナ ン ス 」 研 究 会 に お け る初 年 度 の 成 果 で あ る中 間 報 告 書 を 足 が か り と して 、 メ ン バ ー そ れ ぞ れ の フ ィ ー ル ドで の 知 見 を 中 心 と し た リ ポ ー ト に 加 え 、 関 連 ・ 隣 接 領 域 の 第 一 線 で 研 究 さ れ て い る 包 茂 紅 北 京 大 学 教 授 、 高 倉 浩 樹 東 北 大 学 教 授 、 山 下 祐 介 首 都 大 学 東 京 准 教 授 に も 参 加 を 呼 び か け て構 成 し た も の で あ る 。 ま た 、 二 〇 一 二 年 六 月 に 合 同 研 究 会 を 開 催 し た 総 合 地 球 環 境 学 研 究 所 の 窪 田 順 平 教 授 か ら は 巻 頭 エ ッ セ イ を い た だ い た 。 本 特 集 が 「 生 態 危 機 と サ ス テ イ ナ ビ リ テ ィ 」 に 関 す る 経 験 知 の 結 集 の 一 翼 を 担 え れ ば 幸 い で あ る 。 ( お お つ か け ん じ / ア ジ ア 経 済 研 究所 環境・資源研究グループ) 《参考文献》 ① マ コ ー ミ ッ ク・ ジ ョ ン( 石 弘 之・ 山 口 裕 司 訳 )[ 一 九 九 八 ]『 地 球 環 境運動全史』岩波書店。 ② 大 来 佐 武 郎 監 修[ 一 九 八 七 ]『 地 球 の 未 来 を 守 る た め に 』 福 武 書 店 。 ③ M ille n n iu m E co sy st em A ss es s-ment ( 横 浜 国 立 大 学 二 一 世 紀 C O E 翻 訳 委 員 会 責 任 翻 訳 )[ 二 〇 〇 七 ]『 国 連 ミ レ ニ ア ム エ コ シ ス テ ム 評 価 ― 生 態 系 サ ー ビ ス と 人 類の将来』オーム社。