.はじめに セイレムの若き隠者ホーソーンは、 年にアメリカ文学の古典とも言うべき 緋文字 を世に出し一躍脚光を浴びた。その後も 七破風の屋敷 、 ブライズデイル・ロマンス と たて続けに力作を発表し、文壇に確固たる地位を築いた。そのいずれもが新しい時代を意識 したもので、特に第 作は正に彼の生きた時代や社会を題材にして小説を書き上げている。 明るい未来を希求しようとする理想主義者たち、清新で爽快な情景に満ち、ここにはこれま でにない解放感や晴れやかなムードが漂っている。明らかに従来のホーソーン路線とは違っ たもので、暗い陰鬱な作品に慣れ親しんできた我々は驚愕の念を抱かざるをえない。しかし ながら、これは単なる 小説ではない。主要人物たちの理想主義という は次第 に剥がれ、真の姿が顔を出すのだ。そこには我々には想像もつかない醜悪な姿が隠されてい る。人間の心奥に潜在する 闇の力 に光が当てられており、 ブライズデイル・ロマン ス は本質的には暗い作品だ。また 緋文字 は周知の通り、戒律の厳しい 世紀のボスト ン社会に起こった悲劇的な物語である。罪に汚れ、厳しい迫害と孤独な生活に耐え忍ぶへス ター。それでも若い牧師との愛を貫き、自らの信じる道を進んで行くへスターの毅然とした 態度に我々は心を打たれる。これは罪の問題を深刻に扱ったものだが、逞しい精神力をもっ た一人の女性が植民地の因襲的道徳に反抗する物語でもあるのだ。 緋文字 は決して暗い 作品ではない。 翌年発表された第 の長編 七破風の屋敷 はアメリカ独立後の物語で、遠い祖先の罪の 呪いが如何に子孫に影響を与えるのかを描いており、 罪と報復 をテーマとしている。苔 むして荒廃した屋敷を中心に展開し、過去の呪縛に苦しむ子孫たちに焦点はあてられてい る。しかしながら、ホーソーンはこの物語を決して暗いものにしてはいない。可憐な少女を 配し、ハッピー・エンディングの効果でもって明るい要素を加えることも忘れてはいない。
五人の登場人物
─
七破風の屋敷
─
松
尾
満
.はじめに .ヘプジバーとクリフォード .フィービーとホールグレーブそしてピンチョン判事 .結びは五人。彼等を中心に物語は構成されているが、主たる舞台は七破風の屋敷そのものであ る。屋敷が一つのシンボルになっており、主人公ではないかという説もあるぐらいである。 しかし我々は個々の登場人物に目を向ける必要がある。彼等はそれぞれが重要な役割を担っ ており、無論誰一人として排除することはできない。しかし中心的な人物はと言うと、一考 を要するところだろう。本稿では幾つかの印象的な場面を考慮しながらそのあたりを検討し てみたいと思う。 .ヘプジバーとクリフォード 第一章ではピンチョン家の忌まわしい過去や没落の歴史が詳細に記述され、我々の注意を 喚起する。しかしながら本格的な物語は第二章から始まると言ってよい。そこでは呪われた 過去 から数世代を経た 現在 の子孫たちの生活が描かれている。陰鬱な屋敷とそこで 過去の幻影に苦しむ女主人公ヘプジバーとその兄クリフォードを中心に物語は展開し、ホー ルグレーブ、フィービーそしてピンチョン判事が脇を固めるという舞台設定だ。 先ずクリフォードから考察していこう。フィービーは屋敷にやって来て暫くしてから奇妙 な声を耳にしている。 ) クリフォードの場合、当初その存在が明記されず、登場人物の言動や周囲の雰囲気からクリ フォードの存在を推測しなければならない。第七章に至ってクリフォードは初めて読者の目 の前に哀れな姿を現すが、彼がこの物語に登場するまでの過程が実に巧みに演出されている のだ。部屋の中から聞こえる現実感に乏しい人間の声とも単なる物音とも区別がつかない不 明瞭な音。深夜にぼんやりとした呟き声を発しながら力も意志もなく階段を上がっていく重 そうな足音。料理下手なヘプジバーが早朝から丹精を込めて客人のために朝食の準備をす る。彼女は食事の支度をしている間中、体を小刻みに震わせ、ある時には幸福感に浸りさえ している。そして次に朝の食卓の場面が我々の前に展開される。インディアン・ケーキ、バ ター、茶碗等といった明るい色彩を持ったものと対照的に暗い色調の壁が描写され、大佐の 顔が明るい食卓を睨み下ろしており部屋一面に神秘的な雰囲気を漂わせている場面だ。そこ には三人分の椅子と料理が用意され、ホーソーンは我々に次のように問い掛けてくる。“
)これまでの状況から我々には大体の察し がつくが、実際クリフォードが登場する場面には実に手の込んだ小細工がなされている。 年という投獄生活を経験した後、クリフォードが何時ヘプジバーの元へ戻り、お互いに喜び を分かち合ったのか。また、ほんの二、三度フィービーが従姉と話す異様な声を耳にしただ けで、その人物が一体何者なのか。暫くの間、我々には何の説明も付け加えられていない。 ホーソーンは幾つかの曖昧な文章を羅列したり、明解な表現を避けて故意に真実を伏せてお く手法を取ることがある。そういった表現方法はクリフォードの場合だけではない。しかし こういった表現技巧や注意深く陰影をつけた場面描写は、どことなく神秘的な雰囲気を醸し 出しており、ゴシック的要素を多分に含んでいる。長期間にわたる投獄生活を終え、既に老 廃の身となっている哀れなクリフォードの印象と見事に溶け合っている。 妹ヘプジバーが )と嘆き悲しむように、クリフォードこそ先祖の悪 業の最大の犠牲者だ。彼は物語において最も影の薄い存在だが、終始そうではない。田舎娘 の優しい献身的看護によって、徐々にではあるが 光 を取り戻す。物語の後半では、これ が同一人物かと目を疑いたくなるようなシーンが展開される。二羽の梟は住み慣れた古屋敷 を飛び出し実社会に入るが、そこは二人が経験したこともない刺激的な場所だ。そこで見た ものは一時的であるにせよ二人を覚醒させるが、特にクリフォードの場合、初めて乗った機 械文明の象徴ともいえる鉄道に驚愕する。 ) これは客車の中で傍らにいた老紳士との会話の一部である。外界との接触によってクリ フォードは、これまで抑えてきた感情が一気に爆発している。 年間の鬱憤を晴らすかのよ うに自分の考えをまくし立てている。これは普段、物静かなクリフォードからは想像もつか ない一面だ。彼の言動は一種異常なもので、ヘプジバーでさえ当惑するほどだ。 )こういった クリフォードの態度は、ベアトリーチェがラパチーニの庭で初めてジョバンニと面と向かっ て言葉を交わした場面を想起させる。 孤島の乙女 は 文明社会からやって来た航海者 を前に純粋な喜びを感じ、これまでかくれていた精神がほとばしり出る。これまで彼女の人 ) )
生経験は庭園の範囲内に限られており、その言動から彼女が如何に 孤独な世界 に身を置 いていたのか想像することは難くない。クリフォードも同様ではないか。 冒頭でピンチョン家の歴史や伝説が述べられた後、物語の幕が開くが、主要人物の中で最 初に登場するのがヘプジバー・ピンチョンだ。彼女は七破風の屋敷のたった一人の住人で、 長期間にわたって俗世間との交渉はなく、交際や楽しみにもほとんどあずからなかった )だ。その彼女が枕辺から起き上がって化粧をし、寝室の戸口から姿を現 すが、何やら大きな溜め息をついている。更にはベッドのそばに跪き、今日の一日を何とか 無事に過ごせますようにと、いつも以上に熱心に神のご加護を懇願する。彼女にとって今日 は特別な日で、何やら試練が迫っていることは容易に解せられよう。これから彼女は清水の 舞台から飛び下りる思いで、これまで経験したことのない全く未知の世界に足を踏み入れる のだ。貴族的世界と庶民的世界、格式の違いは歴然としており、生活の資を得るためとはい え、仮にも貴婦人が平凡な庶民を相手に駄菓子屋を始めるなんてこの上ない屈辱だろう。グ ロテスクな外見とは裏腹に、生来、心優しくデリケートでお世辞にも気丈とは言えないヘプ ジバー。そんな彼女が最初の顧客を迎えるまでの姿を、ホーソーンは実に詳細に興味と同情 をもって描いている。また彼女は、店へやって来る客たちの粗野な態度や辛辣な言葉に大い にプライドを傷つけられ、上手に対処できないのだ。物語の初めの部分では、二つの世界の 間で右往左往するヘプジバーの心理状態が見事に描写されている。作者は女主人ヘプジバー の紹介にかなりの紙数を費やし、その存在を重要視しているように思える。しかし全編を読 んで感じられることだが、ヘプジバーは決して魅力的な女性ではない。最初は巧みな心理描 写から注目されるものの、その後の彼女はこれと言って目立った活躍はしていない。一度は 意を決して未知なる世界に飛び込むが、結局、遠縁の田舎娘に店を任せて奥へ引き下がって しまう。また兄クリフォードと古屋敷を去り、新しい世界の新鮮な空気に触れ覚醒するが、 それもほんの一時的なものだ。少なくともクリフォードの帰還以降、ヘプジバーに関しては 特筆すべきことは皆無に等しい。気弱な性格のせいか、彼女は終始一貫して線が細く、今一 つ迫力に欠けることは否めない。それは前作の女主人公へスター・プリンが念頭にあるから かもしれないが。 .フィービーとホールグレーブそしてピンチョン判事 フィービーについても、それほど印象的な場面は多くはない。一つはホールグレーブが原 稿を読むのを聞いているうちに、フィービーが眠り込んでしまい、気がつくと屋敷の庭が月 光に照らされてあたり一面、別世界のような様相を呈している場面だろう。ここにはロマン ス作家、ホーソーンの本領が発揮されている。恐らく物語中、最もロマンチックな場面では ないか。その影響を受けたせいか、二人は次のような会話を交わしている。
意識し始めたのかは分からないが、ここは二人を恋人同士だと思わせる数少ない場面の一つ だろう。結局、ホールグレーブの明確な意思表示によって二人は結ばれるが、フィービーは 物語を明るい結末に導くという大きな役目を担っている。 家庭の事情から遠縁にあたるヘプジバーを頼って田舎から出て来たフィービー。当初ヘプ ジバーは一夜の宿を貸すつもりでいたが、この娘の見事な働きぶりに感心し仕事の一切を任 せてしまう。 ) 彼女が最大限に力を発揮するのは、不幸な兄妹に対してである。 )屋敷全体が怪奇的様相を呈し、グロテスクな外見のヘプジバーそして 幽霊のごときクリフォード、二人の住む世界は世間から隔絶された小さな世界だ。彼等は言 わば暗闇の中の孤独な住人だ。孤独な人が一種異様な人物として描かれているのは、何もこ の作品に限ったことではない。代表的なのがベアトリーチェだろう。ホーソーンは 七破風 の屋敷 の中で、異なる二つの世界を描き出している。 非日常世界 と 日常世界 だ。 後者の代表がフィービーなのだ。彼女の性質は、人に備わっている異様なものに心を惹かれ るたぐいのものではなかった。彼女に最も適した道とは、よく踏みならされたごく普通の道 であって、彼女が最も好んだであろう仲間とは、人生の至る所で出会うような平凡な人間 だった。)彼女は天性の優しさでもって、二人を 日常世界 へ引き戻そうとする。フィー ビーは物語全体に大きな 光 を齎す存在だが、その力は二人に対しては特に顕著なもの だ。この物語において彼女の功績は大きい。しかし従来から指摘されているように、天使、 小鳥等になぞらえられ、今一つ重量感に乏しいことも忘れてはならないだろう。フィービー は明るく健康的で確かに素晴らしい女性だが、善的すぎるきらいがあり、どこか故意に創造 された女性という印象もあって、副次的な人物と考える方が無難であろう。 ホールグレーブはヘプジバーの好意から、屋敷の一角に住居を許されている。彼は銀板写 真の研究に耽る謎めいた青年として登場する。他の三人と比べると、ホールグレーブはやや 複雑な存在だ。三人の住む屋敷の表舞台からは少し離れた所に居住し、静かに彼等の動向を 見守る。 ) )
) 物語の途中までこの男の素性は明かされず、その不可解な行動にフィービーも当惑している ぐらいだ。 ) ホールグレーブは、この物語の中で最もホーソーン的な人物だ。対象との距離を常に保ち、 沈着冷静な態度で接する。ピンチョン家の者たちに可能な限り助力はするが、愛情が深まる わけではなく、ある種の知的な関心を持って見守っている。これはホーソーンの作品にしば しば出てくる人物の特徴だ。カヴァデイルは一度は共同体の理念に賛同するが、企ての愚か さに気づくと共同体を離れ、距離をおいた所から眺める。ラパチーニ博士は自らが栽培した 植物に強い関心を示すが、分厚い手袋やマスクを着けて対象との間に距離をおく。カヴァデ イルもラパチーニ博士も、実際のホーソーン像とかなり重なってくるだろう。そしてホール グレーブもまた彼等ほどではないにしろ、ホーソーンの芸術家的一面が見え隠れしているの は確かである。 ヘプジバーは恥辱を忍んで一文店を開業し、現実世界と接点を持とうと努力するが、兄ク リフォードが足かせとなっている。祖先の悪業がもとで、二人は 過去 からなかなか脱却 できない。そこに光を当てるのがフィービーだ。かわいい天使は太陽のごとき明るさで、彼 等を 現実 の世界へ引き戻そうとする。彼女は )で、 日常世界 の代表的存在だ。 )しかし、同じ 日常世界 の住人でもホールグレーブは違う。彼はヘ プジバーが店を開店した当日、最初の訪問客として物語に登場する。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ) )
既述の文章を見る限り、悪意など微塵も感じられない。それどころか、貴族の誇りを捨てき れないヘプジバーを懸命に励ましている。朝の光の中から颯爽と現れ、質素な服装ながらな かなかの好青年という印象だ。溌剌として新鮮味があって、この時ホールグレーブは暗い屋 敷に新風を吹き込んでいる。それは 新しい時代 の到来を予感させるものだ。 ジェイ ムズも指摘するように、ホールグレーブは )で )若者だ。そんな彼が、今なお古い貴 族主義にとらわれているヘプジバーを説得する場面は圧巻だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ) もちろん彼女が素直に耳を傾けるはずはない。 ) それは生まれながらの淑女と、 変化・改革 を 好む若者との激しい攻防であり、 保守 と 急進 との対立でもある。ホーソーンは単に ある家族の衰退を描いているのではない。それは明らかに新旧社会の抗争であり、若い銀板 写真家はそのために意図された人物なのだ。 恋人(?)フィービーとの対話の中で、新しい思想をもった芸術家は 過去 や 屋敷 について言及する。恐らく、このあたりが物語の核心となるところだろう。 ) ホールグレーブは女主人の好意からこの屋敷に住居を許されたのだが、決してよい感情は 持っていない。それどころか、嫌悪感さえ抱いている。 ) と フィービーから詰問されるぐらいだ。そもそも彼がこの古屋敷に来た目的は、過去の幻影に ) ) ) )
苦しむピンチョン家の人々をつぶさに観察するためで、不当な手段で手に入れた土地に建て られた屋敷など、おぞましい嫌悪すべき過去の象徴でしかないのだ。 更に、ホールグレーブは 過去 についても次のように語る。 ) ここに作者の思いが込められていると言ってよい。 緋文字 の成功によって華々しく文壇 にデビューしたが、長年の間、悩まされてきた魔女裁判における祖先の残虐な行為に対する 罪意識は消え去ることはなく、ホーソーンの心の片隅にあった。 七破風の屋敷 におい て、ホーソーンは自らの家の歴史や伝説を取り入れているが、それは自分の生まれた家から 呪いを払い清めるために書いたものと推察できる。彼にとってこの物語は決して暗いもので あってはならず、自分自身のとって納得のいく結末にする必要があった。作者ホーソーンが ホールグレーブのような人物を創造したのもそのためであり、上述の文章は ホーソーン自 身の悲痛な叫び であると解したい。 年老いた兄妹が表舞台、可愛い少女が介護役、そして若い芸術家が背後に控えている。こ れが基本的な舞台設定だが、もう一人忘れてはならない人物がいる。ピンチョン判事だ。彼 もピンチョン家と縁の者だが、屋敷の住人ではない。主要人物の中では唯一離れた所に居住 し、外部の者というイメージが強い。彼はさほど頻繁に顔を出すわけではないが、決してマ イナーな人物ではない。その点は多くの批評家が認めるところだ。 ) 同じピンチョンといっても、判事は他の三人とは居住地も違えば性格も全く違う。ヘプジ バーとクリフォードは優しくて温和、フィービーは明るく健康的だ。それに比べ、ピンチョ ン判事は表面は慈愛を装っているが、その実、強欲で非情な男だ。時々現れては二人を悩ま し、彼等にとって脅威的な存在だ。 ) どち らかと言えば、彼は悪のイメージが強い。しかしながら、彼の存在は大きいと言わざるをえ ない。時代こそ隔たっているが、悪の権化ともいえるピンチョン老大佐の生まれ変わりと 言っても過言ではなく、内面的にもまた容貌においても大佐に酷似している。それとは裏腹 に、世間では常に笑顔を振りまいているのだ。ホールグレーブの言葉からもそれは明らか だ。
) 物語を読んで印象的な場面は幾つかある。ヘプジバーが駄菓子屋を開いた当日、激しい心 の動揺からおはじきを落としてしまう場面。若い写真家がヘプジバーの境遇に同情し、必死 に励ます場面。月光が降りそそぎ、エデンの園と化した屋敷の庭で若い二人の心が通い合う 場面。二羽の梟が汽車の中で本物の人生を味わい、機械文明の素晴らしさに驚嘆する場面。 どれを強調するかで、作品の解釈は大きく異なってくるだろう。そのいずれもが印象に残る ものだが、最も衝撃的な場面はかなり後半にやってくる。 ) 二人の隠遁者が屋敷を去った後、判事だけが取り残されている。彼は眼を見開いたまま先祖 伝来の古い樫の椅子に腰を掛けているのだ。これは語り手ホーソーンからピンチョン判事へ の一方的な問い掛けである。否、死者との対話と言った方がいいかもしれない。公務に多忙 で、普段から几帳面な判事のぐずぐずした態度に、語り手は苛立ちを隠しきれない。執拗な までに同じ言葉を繰り返すのだ。これは判事の死を強調するためで、読者に対して恐怖心を 掻き立てる効果がある。次の例文を御覧いただきたい。 ) ホーソーンは巧みに恐怖心を煽る。あれほど邪悪で貪欲の塊のような男が、人目に付かず物 静かにひっそりと座っている。判事以外、無人の屋敷は暗く陰鬱で、寂しい屋敷を吹き抜け る騒々しい風の音と正確に時を刻む時計の音がするだけだ。舞台効果は満点だ。クライマッ クスにふさわしいシーンではあるまいか。 判事の死は、この物語において非常に大きな意味を持っている。純真で朗らかな少女と若 い芸術家の援助によって、ピンチョン兄妹の生活にもある程度光が差すが、二人は決して過 )
去の幻影から逃れられなかった。それは過去の具現者とも言える強欲非情の男、ピンチョン 判事の存在が大きい。彼の死によって二人は重圧から解放され、真の幸福が訪れている。ま たホールグレーブは以前からフィービーに好意を持っていたが、なかなか告白するよい機会 に恵まれなかった。しかし突然の判事の死によってピンチョン家に対するわだかまりが解け て、彼女への愛が一気に加速している。それだけではない。屋敷の前のピンチョン通りにも 大きな変化があった。翌朝はこれまでとは打って変わって気持ちのよい光景を呈し、すべて のものがまことに快適に感じられた。前庭に植えられたピンチョン楡にしても同様だ。 ) 実際ピンチョン判事の死を契機に、すべてのものが一変している。これを中心に 前半 と 後半 に分けることも可能だ。それは多少、誇張すれば 明暗 の対照にもなっていよ う。ピンチョン判事イコール老大佐と考えるなら、この物語における判事の影響力は絶大で あるかもしれない。 .結び 文学作品には多くの人物が登場する。彼等は作家の実人生にその源を発している場合も多 い。特に、生き生きと強烈な印象を与える人物はその傾向が強い。しかし多くは作家の想像 上の産物である。 七破風の屋敷 は数百頁にもわたる長編で、なかなか読み応えのある重 厚な作品だ。屋敷とその周辺が主な舞台で、登場人物はそれほど多くはない。主要人物は五 人。その中でフィービーは、妻ソフィアをモデルにしたと言われている。彼等の中で最も頻 繁に登場するのは、ヘプジバーとクリフォードだろう。二人を中心に物語は構成されている ように思える。しかしながら、二人が期待どおりの活躍をしているかは疑問の余地があろ う。ヘプジバーは新しい世界への移行を試みるが、決して成功したとは言えないし、結局は お上品な貴婦人で終わってしまう。彼女は決して ではない。クリフォードに しても一時は覚醒するものの、中途半端な美の愛好者で落ちぶれた紳士というイメージが強 い。またフィービーは聡明で優しくピンチョン兄妹にとっては天使のような女性だが、どこ か不自然なところがあり、中心人物としては考えにくい。それに比べると、他の二人は舞台 中央から離れてはいるが、その存在は大きいと言わざるを得ないのではないか。もしホー ソーンが女主人公(?)ヘプジバーを、激しい急進主義者に負けないほど力強い女性に描い ていたなら、この作品はもっと迫力のあるものになったかもしれない。