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沈従文の故郷への旅--沈従文「鴨窠囲的夜」と原拠資料の比較

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Academic year: 2021

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(1)沈従 文 の故 郷へ の旅 沈従文 「鴨案囲的夜」 と原拠資料 の比較. 福. 家. 道. 信. 目次 1.前. 言. 2.「 鴨 案 囲 的 夜 」 の 内 容 と段 落 構 成 3.「 鴨 案 囲 的 夜 」 と原 拠 資 料 4.「 夜 泊 鴨 稟 囲 」 の段 落 構 成 5.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第1段 落 の 検 討 6.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第2段 落 の 検 討 7.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第4段. 落 の検 討. 8.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第5段 落 の 検 討 9.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第8段. 落 の検 討. 10.「 鴨 案 囲 的夜 」 第9段. 落 の検 討. 11.「 鴨 案 囲 的夜 」 第10段 落 の 検 討 12.「 鴨 案 囲 的夜 」 第12段 落 の 検 討 13.結. 論. 注釈. 1.前. 言. 『 湘 行 散 記 』 所 収 の 「鴨 案 囲 的 夜 」(1934)は. 、 現 存 資 料 で 確 認 す る 限 り、 主 と し て 、「湘 行 書. 簡 』 中 の 手 紙 、「夜 泊 鴨 案 囲 」「 潭 中夜 漁 」 を も と に し て 執 筆 さ れ た と 考 え られ る(注1)。 「夜 泊 鴨 案 囲 」 は 、『 湘 行 書 簡 』 に 収 録 さ れ た 沈 従 文 の 全34通 の 手 紙 の う ち 、1934年1月16日 日の 、 計6通. 中 の 第4通. 目の 手 紙 で あ り、「 潭 中 夜 漁 」 は 翌17日 の 計6通. 中 の 第6通. 当. 目の 手 紙 で. あ る。 沈 従 文 の 言 葉 に よ れ ば 、『湘 行 散 記 』 収 録 の 散 文 作 品 は 、1934年1月. 一41一. 初 旬 か ら2月 初 旬 に か け.

(2) 近畿 大学語 学 教育 部紀要7巻1号(2007・7) て の 湖 南 へ の 帰 省 の 際 に 書 い た 手 紙 を 、 旅 行 後 に 整 理 し、 作 品 と して 体 裁 を整 え 書 き改 め た も の だ と い う 。 こ の 場 合 の 書 き直 し は 、 ど の 程 度 の もの で あ っ た の か(瀧 。 沈 従 文 の 作 品 に 関 す る版 本 異 同 の 研 究 が 、 中 国 で ほ と ん ど皆 無 で あ る よ う に、「湘 行 散 記 』 所 収 の 散 文 作 品 に 関 して も 、 こ の よ う な、 細 部 の 問 題 点 を確 認 した うえ で の 作 品 論 は 中 国 に は 見 られ な い 。 筆 者 の 先 の 論 考 で確 認 した よ う に 、 沈 従 文 の 言 う旅 行 中 の 手 紙 と は 、 そ の す べ て が 保 存 され て い る わ けで は ない。 現存 す る 『 湘 行 書 簡 』 の34通 と ほ ぼ 同 数 の 手 紙 が 散 逸 さ れ た と 考 え られ る 。 こ の 点 は 重 々 、 注 意 して お くべ きで あ る が 、 失 わ れ た手 紙 の 書 か れ た お よ そ の 時 日や 場 所 は 、 筆 者 の 先 の 論 考 で 検 討 した よ う に 、 概 ね 確 認 で き る。 ま た 、 現 在 の 『 湘 行書 簡 』 は、 旅行 後 に通 し 番 号 を付 さ れ 、 一・ 部 に 欠 損 は あ る もの の 、 比 較 的 良 好 な 状 態 で 保 存 され て きた(禰 。 「湘 行 散 記 』 に収 録 さ れ た 全12編 の 散 文 作 品 の 中 で 、『 湘 行 書 簡 』 の 手 紙 と、 字 句 表 現 が 逐 字 的 に 照 応 す る 段 落 を 持 つ も の(以 下 、 こ れ ら を重 複 字 句 と称 す る. 筆 者)は. 限定 され て い る。. 「 湘 行 散 記 』 で の 配 列 順 に 列 記 す る と 、「鴨 棄 囲 的 夜 」、「一 九 三 四 年 一 月 十 八 」、「一 個 多 情 水 手 与 一 個 多 情 婦 人 」、「 辰 河 小 船 上 的 水 手 」 の4編 ず れ も 、1934年1月16日. が そ うで あ る 。 こ れ ら は、 旅 行 の 行 程 で い え ば 、 い. よ り同18日 ま で の3日. 間 に 照 応 し、 内 容 的 に は 、 船 が 鴨 案 囲 よ り、 況 江. の 難 所 、 青 浪 灘 を 通 過 し、 こ の 旅 行 の 大 きな 中 継 点 、 辰 州 に辿 り着 くま で の 埠 頭 や 船 中 の 見 聞 に 関 す る こ とが 中 心 と な っ て い る 。 こ の 行 程 に 対 応 す る 手 紙 は 、『 湘 行 書 簡 』 で 見 る 限 り欠 損 は な い 。『 湘 行 散 記 』 と 「湘 行 書 簡 』 の 比 較 の 好 材 料 は 、 こ れ ら4作 品 を お い て 他 に な い で あ ろ う。 そ し て 、「鴨 棄 囲 的 夜 」 は 、 こ う し た 対 応 関 係 が 顕 著 で 、 量 的 に も、 一 定 の 分 量 で確 認 で き る作 品 で あ る 。 こ の作 品 に つ い て 、 手 紙 資 料 と の 照 応 関 係 を具 体 的 に 分 析 す る こ とが 本 稿 の 主 た る 狙 い で あ る 。. 2.「. 鴨 案 囲 的 夜 」 の 内 容 と段 落 構 成. 「鴨 集 囲 的 夜 」 は 、 江 江 を 遡 上 す る 旅 の 途 中 、 沈 従 文 を 乗 せ た 舟 の 立 ち 寄 っ た 、 あ る 小 さ な 埠 頭 周 辺 の 雰 囲 気 、 お よ び 、 景 色 や 音 に よ り触 発 さ れ た 連 想 と思 索 を 述 べ た 散 文 で あ る。『 湘行散 記 』 所 収 の 散 文 に関 して しば し ば指 摘 さ れ る こ と だ が 、 こ の 散 文 は 、 基 本 的 に 游 記 の 一 種 で は あ る も の の 、 詩 的 興 趣 の 訪 れ を示 す 表 現 を含 み 、 な お か つ 、 小 説 的 な 虚 構 の 布 置 を 思 わ せ る部 分 も 見 ら れ る 。 日没 時 よ り深 夜 に か け て とい う時 の 設 定 は 、 湘 西 の 光 と闇 の 世 界 を 象 徴 的 に示 す か の よ う で もあ る 。 彼 の 眼 で 捉 え られ た 風 景 の 美 は 、 時 間 の 経 過 と と も に 暗 闇 の 世 界 に沈 み 、 沈 従 文 は 、 様 々 な音 の飛 び 交 う深 い 峡 谷 の 底 で 、 吊 脚 楼 で 暮 らす 娼 婦 と客 た ち の 生 命 を 思 い 描 きつ つ 、 自 己 の 意 識 の 内 部 に 分 け 入 り、 往 年 の 放 浪 時 の 記 憶 を た ど り、 さ ら に 、 歴 史 的 時 間 を太 古 へ と遡. 一42一.

(3) 沈従 文 「 鴨 案 囲的夜 」 と原拠 資料 の 比較 及 す る 。 創 作 の 時 期 区 分 で い う と、 こ の 作 品 は 成 熟 の 時 期 の もの と な る が 、 晩 期 の 作 風 に 向 け て の模 索 を 、 す で に 胚 胎 して い る の で は な い か と 思 わ れ る(注、 〉 。 鴨 案 囲 と い う 地 名 は 、 正 し くは 「T角 洞 」 と書 くべ きな の だ と い う(注,)。同 じ湘 西 の 漢 語 と は い え 、 鳳 風 土 語 と、 玩 陵 の 土 語 とで は発 音 が 異 な り、 沈 従 文 は勘 違 い に よ り鴨 案 囲 の 文 字 を 当 て た らしい。 とはい え、沈 従 文 の著述 で は 「 湘 行 散 記 』 で も 『湘 行 書 簡 』 で も、 す べ て 、 鴨 案 囲 と 書 か れ て い る の で 、 本 稿 で も こ の 用 字 に従 う。 「鴨 案 囲 的 夜 」 で は、 第 一 段 落 に 「従 桃 源 県 沿 河 而 上 這 巳 是 五 個 夜 晩 」(「桃 源 県 か ら川 を 遡 上 し始 め て こ れ で5日. 目の 夜 に な る」)と 書 か れ て い る(注、)。 『 湘 行 書 簡 』 中 の 手 紙 の 日付 か ら、 実. 際 の 沈 従 文 の 足 取 り を辿 る と、1月12日. 夕 方 、 桃 源 で 雇 っ た 船 に乗 り込 ん だ 彼 は 、13日 に 曽 家 河 、. 14日 に興 隆 街 、15日 に縄 子 湾 、16日 に 鴨 案 囲 と、 そ れ ぞ れ の 埠 頭 で 停 泊 して い る(注,)。 こ う数 え れ ば 、 鴨 案 囲 は5日. 目 と な り、 実 際 の 旅 行 と 一 致 す る 。 で は 、『 湘 行 書 簡 』 中 の各 手 紙 に書 か れ. た 内 容 と、「鴨 棄 囲 的 夜 」 と の 関 係 は ど う で あ ろ う か 。 「鴨 案 囲 的 夜 」 の 内 容 面 につ い て は、 そ の 基 本 的 な特 徴 に つ い て 簡 単 に 触 れ た が 、 話 の 手 順 と して 、 次 に 「鴨 案 囲 的 夜 」 の 段 落 構 成 、 お よび 、 各 段 落 の 主 内容 に つ い て 述 べ た い 。. 記 述 上 の 便 宜 の た め に、「鴨 案 囲 的 夜 」 の 各 段 落 に 、 通 し番 号 と、 見 出 し語 を付 加 す る 。 い ず れ も、 筆 者 の 考 案 に よ る もの で 、 段 落 構城 に 関 す る検 討 、 お よ び 、 手 紙 資 料 との 対 応 関 係 に 関 す る 論 述 な ど に お い て 、 明 確 を期 す る た め の もの で あ る 。 「鴨 棄 囲 的 夜 」 の そ れ ぞ れ の 段 落 内 容 を 要 約 す る と、 以 下 の とお りで あ る 。 第1段. 「 風 雪 の 気 配 」。 鴨 案 囲 に到 着 した 沈 従 文 の 船 は 、 風 雪 の 来 襲 が 予 想 さ れ る 天 候 の 中 、. 黒 々 と した 巨 岩 が 続 く鴨 案 囲 の 埠 頭 周 辺 で 、 安 全 な停 泊 場 所 を探 す 。 船 の 繋 留 可 能 な所 は 、 す で に 地 元 の 漁 船 に よ っ て 占 領 さ れ 、 や む な く、 他 の 船 舶 同 様 、 風 雪 に さ ら さ れ る所 に 停 泊 す る 。 (168頁)(注 、) 第2段. 「鴨 案 囲 の 景 観 」。 鴨 案 囲 は 長 い 淵 が 湾 曲 す る 部 分 に位 置 し、 両 岸 に は屹 立 す る 山 が 迫. り、 竹 林 の 翠 が 眼 に鮮 や か で 、 しか も、 驚 くほ どの 高 所 に、 本 来 は 水 際 に 建 つ は ず の 吊 脚 楼 が 建 て られ て い る 。 そ れ ら の 吊 脚 楼 は、 増 水 時 の 水 位 の 激 変 と、 地 元 に 産 出 す る 木 材 の 価 値 の 安 さ を 暗 に 物 語 る 。 こ れ らの 家 屋 が あ れ ば こ そ 、 水 夫 、 筏 師 、 商 人 、 通 行 者 ら は 、 船 旅 の 疲 れ を 癒 さ れ る 。(169頁) 第3段. 「日暮 れ の 船 」。 大 小 の 船 上 で は灯 りが 点 り、 蓬 が 下 ろ さ れ 、 夕 食 の 準 備 が 開 始 さ れ る 。. 食 後 、 水 夫 らは 冷 た い 夜 具 で 眠 る ほ か な い が 、 酒 や 阿 片 を楽 し む 者 、 あ る い は 、 船 上 の 夜 の 寂 箕. 一43一.

(4) 近畿 大学 語学教 育 部紀要7巻1号(2007・7) に 耐 え ら れ な い 者 は 、 岸 に 上 が り、 吊 脚 楼 に行 く。(169、170頁) 第4段. 「 停 泊 中 の 筏 」。 川 面 に は 、 船 以 外 に 無 数 の 筏 が 繋 留 さ れ 、 小 型 の 筏 に は 人 の 休 む場 所. も な く、 筏 師 らは 到 着 早 々 、 岸 に上 が っ て 行 く。(170頁) 第5段. 「水 辺 の 音 」。 闇 が 川 面 を 覆 っ た 後 は 、 筏 の 篭 火 、 吊 脚 楼 の 灯 り、 岸 辺 を進 む 人 間 の 松. 明 な ど、 火 の 光 が 印 象 的 な夜 景 の世 界 と な る 。 水 辺 で は 、 岸 や 船 上 で 人 の 話 す 声 が 聞 こ え、 吊脚 楼 か ら は 、 女 性 が 俗 謡 を歌 う声 や 、 笑 い 声 が 流 れ て くる 。 こ れ らの 音 に混 ざ っ て 、 子 羊 の 鳴 く声 が 響 き、 沈 従 文 の 思 索 を誘 う。(171頁) 第6段. 「吊 脚 楼 の 女 部 屋 」。 沈 従 文 は 女 性 の 歌 声 か ら、 吊 脚 楼 内 部 の 女 部 屋 を 連 想 し、 水 夫 ら. が 船 に帰 る 時 、 吊 脚 楼 の 窓 辺 で 見 送 る 女 性 と水 夫 の あ い だ で 交 わ さ れ る 会 話 を 想 像 す る 。(171、 172頁) 第7段. 「吊脚 楼 の 表 部 屋 」。 女 性 に よ る 接 待 や 阿 片 な ど、「 輩 煙 」 を 楽 しむ の で は な く、 吊 脚 楼. の 表 部 屋 の 炉 辺 に 、 暖 を求 め て 出 か け る 人 々 もい る 。 沈 従 文 は こ の よ う な 人 々 に も思 い を馳 せ る。 炉 辺 に は 、 対 岸 の 住 人 、 水 夫 、 筏 師 、 老 女 、 痩 せ た 子 供 と母 親 な ど の 姿 が あ る。 部 屋 の 壁 に は 、 軍 人 、 商 店 の 番 頭 、 自 警 団 長 、 徴 税 吏 、 筏 商 人 な ど の 名 刺 が 貼 っ て あ り、 さ ま ざ ま な 人 物 が 、 か っ て 、 そ こ に 立 ち 寄 っ た こ と を 示 し て い る 。(173、174頁) 第8段. 「 感 動 的 な 絵 図」。 物 思 い に ふ け る 沈 従 文 は 、 興 奮 を 鎮 め る た め に舳 先 に 立 つ が 、 女 性. の 歌 声 や 拳 を打 つ 声 が 聞 こ え 、 さ らに 、 彼 の 連 想 を 刺 激 す る。 彼 は 吊 脚 楼 で 女 性 が 客 の 相 手 を す る情 景 を 思 い 浮 か べ 、 強 い 感 動 に 襲 わ れ る。 沈 従 文 は こ の 感 動 を 、 シ ベ リヤ 農 民 の 生 活 を描 い た 作 品 を読 ん だ 時 と似 て い る と喩 え 、 ま た 、 言 葉 に な ら な い 哀 しみ と表 現 す る 。 さ ら に、 沈 従 文 は、 自分 に は 昔 の経 験 が あ るの で 、 そ れ を通 して彼 らの魂 に触 れ る こ とが で き る と記 す 。(174、175頁) 第9段. 「 巫 師 の 祈 祷 」。 子 羊 の 鳴 き声 と と も に 、 遠 方 で は 銅 鐸 太 古 の 鳴 る 音 が 聞 こ え る。 沈 従. 文 は巫 師 に よ る 酬 神 の 儀 式 が 行 わ れ て い る こ と に気 付 き、 儀 式 の 情 景 を想 起 す る 。(175頁) 第10段. 「 水 夫 と 回 想 」。 近 くの 船 で 、 一 人 の 水 夫 が 、 吊 脚 楼 か ら 聞 こ え る音 に 感 情 を掻 き立 て. られ た せ い か 、 岸 に上 が り、 坂 を 登 っ て 行 く。 こ れ が き っ か け と な っ て 、 沈 従 文 は 自分 の 過 去 の 経 験 を 思 い 出 し、 か つ て 、 夜 の 船 上 で 味 わ っ た 佗 し さ や 、 岸 辺 の 街 の 光 景 、 船 に 帰 る際 の 難 渋 な ど を想 起 す る 。 回 想 の 後 、 沈 従 文 は 共 感 を こ め て 、 先 程 、 隣 船 か ら出 て行 っ た 水 夫 の 気 持 ち が よ く分 か る と書 く。(175-177頁) 第11段. 「水 夫 を待 つ 」。 吊 脚 楼 に 行 っ た 例 の 水 夫 か ら、 直 接 、 話 を 聞 きた くな っ た 沈 従 文 は 、. 水 夫 の 帰 りを待 つ 。 沈 従 文 は 自分 の書 い た 短 編 小 説 「 柏 子 」 を想 起 す る が 、 柏 子 の 場 合 と違 い 、 水 夫 が 吊 脚 楼 の 女 部 屋 へ 行 っ た わ け で な い の は 明 白 で あ る 。(177頁). 一44一.

(5) 沈従 文 「 鴨 案囲 的夜 」 と原拠 資料 の比較 第12段. 「夜 漁 の 音 」。 待 ち続 け る 沈 従 文 は 、 夜 半 に行 わ れ る 漁 の 奇 妙 な 音 を 聞 く。 篭 火 を舳 先. に 焚 き、 棍 棒 で 舷 側 を打 ち 鳴 ら して 魚 を追 い 詰 め る 漁 の 光 景 に 、 彼 は 驚 か さ れ る。(177、178頁) 第 ユ3段 「時 間 と生 存 」。 人 と魚 の 戦 い と い う構 図 か ら、 太 古 の 人 間 と 自 然 の 戦 い を 沈 従 文 は 連 想 す る 。 夜 漁 の 光 景 は、 過 去 よ り現 在 ま で 、 日 々 、 この 場 所 で 反 復 さ れ て き た に違 い な い 。 人 間 の 生 存 の 問 題 につ い て 、 沈 従 文 の 思 索 は4、5千 第14段. 年 昔 の 過 去 へ と 向 う。(178、179頁). 「結 末 」。 何 時 の 間 に か 雪 が 降 り始 め る 。 翌 朝 は 、 雪 の 地 面 に例 の 人 物 の 足 跡 が 見 出 せ. る だ ろ う と期 待 し な が ら沈 従 文 は 眠 りに つ く。 しか し、 目覚 め た と き に は、 彼 の 船 は す で に 出 港 して か な りの 距 離 を 進 ん で い た 。(179頁). 全14段 か ら な る 「鴨 棄 囲 的 夜 」 の 内容 は 以 上 の と お りで あ る 。 以 上 の 要 約 を 通 し て 、 以 下 の こ とが 指 摘 で き よ う。 「 鴨 案 囲 的 夜 」 の 段 落 構 成 を た ど る と、 作 品 の 中 心 が 、 鴨 案 囲 と い う、 景 観 に す ぐれ た 土 地 の 高 所 に 建 つ 吊 脚 楼 に あ る こ と は 明 白 で あ ろ う 。 特 に 第8段. 落 は、 吊脚楼 の 内部 の情 景 につ い て、. 沈 従 文 の 強 い 感 動 が 直 接 的 に 語 ら れ て い る 点 で 読 み 手 の 注 意 を 引 く。 第8段 喩 え れ ば 、 こ の 作 品 は第 ユ段 落 で 船 の到 着 が 語 られ 、 第2段 た 後 は 、 日没 時 前 後 の 川 面 の 船 や 筏 が 第3、4段 連 想 の 契 機 と して 、 第6、7、8段. 落 を作 品 の ピ ー ク に. 落 で 土 地 の 景 観 と 吊脚 楼 が 紹 介 さ れ. 落 で 記 さ れ 、 や が て 、 水 辺 の 音 と 暗 闇 の 灯 りを. 落 、 つ ま り、 吊 脚 楼 の 女 部 屋 、 表 部 屋 、 女 性 が 客 と向 か い 合. う情 景 へ と、 沈 従 文 の 内 な る 視 線 は 向 う。 こ の 連 想 を さ らに 反 復 す る か の よ う に、 第10段 落 に は 、 あ る水 夫 が 現 れ て 吊脚 楼 に 向 か い 、 こ の 水 夫 の 行 動 に 刺 激 され て 、 沈 従 文 は 自 ら の 放 浪 時 代 を 回 顧 す る 。 吊 脚 楼 を め ぐっ て の 連 想 は 沈 従 文 を興 奮 させ 、 時 に 激 白 と もい え る 表 現 を 見 せ るが 、 第 1213段. 落 の 夜 の 漁 に よ り、 彼 の 激 情 は 鎮 静 へ と向 う。 作 品 全 体 を通 して 、 実 景 描 写 の 比 率 は 低. く、 連 想 の 場 面 が 過 半 を 占 め 、 音 の 要 素 が 重 要 な働 き を し て い る。 で は 、 こ の よ う な 段 落 構 成 と 内 容 に 対 し て 、『湘 行 書 簡 』 の 手 紙 は 、 ど の よ う に 対 応 して い る で あ ろ うか。. 3.「. 鴨 案 囲 的夜 」 の 原 拠 資 料. 「鴨 案 囲 的 夜 」 と 内 容 、 お よ び 、 字 句 表 現 の 点 で 、 共 通 す る 部 分 を もつ の は 、『 湘 行 書 簡 』 で は、 以 下 の4通 の 手 紙 が 挙 げ られ る 。 A「 今 天 只 写 両 張 」(1月16日. 、 午 前9時. 一10時)(43頁)(注,). B「 過 梢 子 鋪 長 潭 」(同 日、 午 後2時5分3時25分). 一45一.

(6) 近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要7巻1号(2007・7) C「. 夜 泊 鴨 棄 囲 」(同 日 、 午 後6時50分. D「. 潭 中 夜 漁 」(1月17日. こ の4通. 、 午 後7時40分. 一8時50分) 一10時15分). 注 記:な. の 手 紙 と 、 「鴨 案 囲 的 夜 」 の 各 段 落 と の 対 応 関 係 を 示 す と 以 下 の よ う に な る 。. お 、「鴨 棄 囲 的 夜 」 本 文 の 各 段 落 中 に含 ま れ る 、 手 紙 資 料 と の 共 通 す る 字 句 に 関 し て は 、「鴨 案 囲. 的 夜 」 と、 手 紙 の 双 方 が 収 録 さ れ る 『沈 従 文 別 集. 湘 行 集 」 の 版 式(1頁. 行 数 を基 準 と して 、 そ の お よ そ の 比 率 を記 した 。 例 え ば 、 下 記 「第1段 夜 」 第1段. 落 は 、 合 計16行 よ り成 り、 こ の16行 中 の3行. 各22行 、1行. 各20字)に. 基 づ き、. 」 に つ い て 説 明 す る と、「鴨 集 囲 的. に 、 手 紙 資 料 「今 天 只 写 両 張 」(44頁)の. 字 句 と重. 複 す る 字 句 が 見 え る。 当該 段 落 中 で 重 複 字 句 の 占 め る比 率 は 、 こ の 場 合 、18.75パ ー セ ン トで あ る 。 行 を基 準 と した こ の 見 方 の 場 合 、 重 複 字 句 の 見 え る行 数3行(20×3=60)60文. 字 すべ てが、 完全 に同一の重 複字. 句 な の で は な い 。 字 数 を 基 準 に す る場 合 に 比 し、 大 雑 把 の 読 りを 免 れ な い 。 しか し、 書 き直 し に よ る 両 資 料 間 の 、 字 句 の 出 入 りの 複 雑 さ か らす る と、 行 レベ ル程 度 で 一 応 の 目安 を 付 け て 数 値 を 出 し、 細 部 に 関 し て は原 文 で対 照 を行 う の が 、 こ の ケ ー ス で は 実 際 的 で は な い か と思 う。. 「鴨 棄 囲 的 夜 」 段落. 見 出 し語. 『 湘 行書 簡 』 の手紙 名 行 数 で 見 た場 合 の 比 率. 手紙 名称. 該 当頁. 第1段. 「 風 雪 の気 配」. 3/16(行)18.75(%). A「 今 天 只 写 両 張 」44頁. 第2段. 「鴨 案 囲 の 景 観 」. 7/19. C「 夜 泊 鴨 案 囲 」55,56頁. 第3段. 「日暮 れ の 船 」. 0/18. 第4段. 「 停 泊 中 の筏 」. 2/7. 28.57. B「 過 梢 子 鋪 長 潭 」52頁. 第5段. 「 水 辺 の音 」. 5/17. 29.41. C「 夜 泊 鴨 案 囲 」56,57,59頁. 第6段. 「吊 脚 楼 の 女 部 屋 」. 0/27. 0.00. 対応 書簡 な し. 第7段. 「吊 脚 楼 の 表 部 屋 」. 0/37. 0.00. 対応 書 簡 な し. 第8段. 「感 動 的 な 絵 図 」. 2/17. 70.58. C「 夜 泊 鴨 棄 囲 」5456頁. 第9段. 「巫 師 の 祈 祷 」. 2/10. 2α00. C「 夜 泊 鴨 案 囲 」58,59頁. 第10段. 「 水 夫 と回想 」. 20/31. 64.51. C「 夜 泊 鴨 案 囲 」57,58頁. 第11段. 「 水 夫 を待 つ 」. 0/9. 第12段. 「 夜 漁 の音 」. 4/20. 20、00. 第13段. 「時 間 と 生 存 」. 0/10. 0.00. 対応 書 簡 な し. 第14段. 「結 末 」. 0/6. 0.00. 対応 書 簡 な し. 36.84. 0.00. 0.00. 一46一. 対応 書簡 な し. 対応 書 簡 な し D「 潭 中 夜 漁 」91頁.

(7) 沈従 文 「 鴨案 囲 的夜 」 と原拠 資料 の比 較 こ れ で 見 る と、 以 下 の よ う な こ とが 看 取 さ れ よ う。 (1)「 鴨 案 囲 的 夜 」 の 全 段 落 を 通 じて 、 手 紙 資 料 と の 重 複 字 句 の 見 え る 行 数 が 、 そ の 段 落 で 100パ ー セ ン トに 達 す る ケ ー ス は 皆 無 で あ る 。 重 複 字 句 は、 最 高 で 第8段 止 ま る 。 次 は 、 第10段 落 の64パ ー セ ン ト強 、 そ れ 以 外 の6つ. 落 の70パ ー セ ン ト強 に. の 段 落 の ケ ー ス は 、 い ず れ も、30. パ ー セ ン ト代 以 下 で あ る 。 手 紙 資 料 との 重 複 字 句 が 全 く見 出 せ ぬ 段 落 も6段 落 に 及 ぶ 。 す で に 説 明 した よ う に 、 パ ー セ ンテ ー ジ は 、 行 数 を基 準 と し て の 計 算 で あ っ て 、 実 際 に は 、 重 複 字 句 は 各 行 中 に 所 謂 、 虫 食 い の 状 態 で 散 在 す る。 単 字 で 計 算 す れ ば 、 重 複 字 句 が 「鴨 集 囲 的 夜 」 の 本 文 中 に 占 め る 比 率 は も っ と低 くな る 。 こ の 数 値 で 考 え て も、『 湘 行 書 簡 』 中 の 手 紙 を、 単 純 に 、 そ の ま ま書 き写 して 「鴨 案 囲 的 夜 」 が 出 来 上 が っ た とい う執 筆 形 態 は 、 到 底 、 考 え られ な い 。 (2)「 鴨 案 囲 的 夜 」 と の 間 に 重 複 字 句 が 見 え る資 料 は 、 手 紙 資 料 の 中 で は 、C「 夜 泊 鴨 棄 囲 」 が 最 も多 い 。「 夜 泊 鴨 案 囲 」 は、「鴨 集 囲 的 夜 」 の 第2、5、8、9、10段. 落 、 そ れ ぞ れ に重 複 字. 句 が 見 え る。 ま た 、 段 落 中 に 占 め る 重 複 字 句 の 比 率 は、「鴨 案 囲 的 夜 」 第8段. 落 「感 動 的 な 絵 図 」. が70パ ー セ ン ト強 を 占 め る。 同 じ く 「鴨 案 囲 的夜 」 第10段 落 は64パ ー セ ン ト強 を 占 め る 。 こ の こ と は、 こ の 両 資 料 の 段 落 構 成 か ら して や は り大 きな 意 味 が あ る と思 わ れ る 。 (3)「 鴨 案 囲 的 夜 」 の 第12、13段 の 原 拠 と な る 「潭 中 夜 漁 」 は 、 重 複 字 句 の パ ー セ ン テ ー ジ が 20パ ー セ ン ト と低 い 。 しか し、 後 に 見 る よ う に 、「鴨 案 囲 的 夜 」 の 第12段 落(「 夜 漁 の 音 」)は 、 す べ て 「潭 中 夜 漁 」 を 膨 ら ませ て 出 来 上 が っ た も の で あ り、 こ れ に 続 く第13段 落(「 時 間 と存 在 」)は 、12段 落 を発 展 さ せ た もの で あ る 。 手 紙 資 料 に 見 え る 字 句 を も と に 、 こ の よ う に 話 題 を 膨 ら ませ て段 落 を構 成 す る 手 法 は 、 連 想 や 回 想 の 要 素 が 多 い 作 品 で は 、 特 に 重 要 で あ ろ う。 (4)重. 複 字 句 が0パ. ー セ ン トを示 す 「鴨 案 囲 的 夜 」 の 段 落 に は 、 第3、6、7、11、13、. よ び 、 最 後 の14段 落 の 、6つ. お. の 段 落 が あ る。 こ の う ち の 第13段 落 は 、 今 述 べ た よ う に 、 手 紙 資 料. 「 潭 中夜 漁 」 を参 照 し た 第12段 落 の 延 長 線 上 に 書 か れ て い る 。 第13段 落 と最 終 の 第14段 落 を 除 け ば 、 残 りは 、 第3、6、7、11段. 落 の4つ. の 段 落 と な る 。 しか し、 こ れ らの 段 落 も、 そ こ に 描 か. れ た 内容 は 、 水 辺 の風 景 、 及 び 吊 脚 楼 の情 景 等 の 範 囲 を 出 ず 、 特 に 新 しい 出 来 事 の 発 生 が 書 か れ て い る とは思 え ない。. 4.「. 夜泊鴨 案囲」 の段 落構 成. 「鴨 案 囲 的 夜 」 の 段 落 構 成 と重 複 字 句 の 分 布 比 率 の 確 認 に よ っ て 、 手 紙 資 料 で あ る 「 夜 泊鴨案 囲 」 が 、「鴨 案 囲 的 夜 」 の 骨 子 と な っ て い る あ り さ ま を、 前 章 ま で の 記 述 で 記 した 。 こ こ で は 逆 に 、 手 紙 資 料 「夜 泊 鴨 案 囲 」 を 中 心 に す え て 考 え 、「 夜 泊 鴨 案 囲 」 の 段 落 構 成 、 お よ び 、「鴨 案 囲. 一47一.

(8) 近畿大 学語 学教 育部 紀要7巻1号(2007・7) 的 夜 」 と の 対 応 関 係 を 示 し て お き た い 。 な お 、「夜 泊 鴨 棄 囲 」 の 段 落 内 容 に つ い て は 、 主 要 モ チ ー フ を要 約 す る に と どめ 、 表 現 の 詳 細 に つ い て は 、 次 章 以 下 の 検 討 部 分 で 提 示 す る 。. 「 夜 泊 鴨 案 囲」. 「 鴨 集 囲的夜 」 の対 応段 落 ⇒. 第2段. 夕 食 に魚 を 食 した こ と. 第3段. 吊脚 楼 の景 観. 第2段. 「鴨 案 囲 の 景 観 」. 第3段. 「日暮 れ の 船 」. 第2段. 「鴨 案 囲 の 景 観 」. 第8段. 「 感 動 的 な絵 図」. 第5段. 「 水 辺 の音 」. 第10段. 「 水 夫 と回想」. ⇒. 鴨 案 囲到 着 時 の景観 ↓. 第1段. ⇒. 歌 声 「感 動 的 な絵 図 」 ⇒. 筏 の 火 、 音 の 響 き、 羊 の 鳴 き声. 第5段. 自分 の 若 い 頃. 第6段. 明 日の 行 程 、 辰 州 で の 予 定. 第7段. 銅 鋸 の音. ⇒. 第4段. ×. 対応 段 落 な し. ⇒ 「 巫 師 に よ る祈 祷 」. 第5段. 「 水 辺 の音 」. 第8段. 「感 動 的 な 絵 図 」. ⇒. 第9段. 羊 の 鳴 き声. ⇒. 歌声. (「⇒ 」 の 印 は 「鴨 案 囲 的 夜 」 に 重 複 字 句 が あ る こ と を 示 し、「 → 」 の 印 は事 柄 の類 似 が 認 め られ る こ と を示 す 。「×」 の 印 は何 ら対 応 関 係 が な い こ と を 示 す 。). 「 夜 泊 鴨 案 囲 」 は合 計7段. 落 か ら成 る 手 紙 だ が 、7段. 案 囲 的夜 」 に 対 応 す る要 素 を見 出せ な い 。 第2段. 落 中 、「×」 印 を付 け た 第6段 落 の み 、「鴨. 落 は 、 沈 従 文 が この 日、 夕 食 で 食 べ た 川 魚 に 関. して 書 い て あ る が 、 連 想 の 順 序 と事 柄 の 性 格 の 点 で は 、「鴨 集 囲 的 夜 」 の 第3段 性 格 を 認 め て よ い だ ろ う。 こ れ と第6段. を 除 け ば 、 残 りの5段. 落 と共 鳴 し合 う. 落 は、 す べ て 、「鴨 案 囲 的 夜 」 に. 重 複字 句 が認 め られ る。 そ し て 、 鴨 案 囲 到 着 時 の 景 観 、 吊 脚 楼 の 内 部 を思 い 描 い て 強 く感 動 す る こ と、 若 い 頃 の 放 浪 時 代 の 記 憶 の3点. は 、「鴨 案 囲 的 夜 」 の 決 定 的 な 要 素 で あ る。 こ の3点. あ っ て 、「 夜 泊 鴨 案 囲」 に な い 、 重 要 な 要 素 は 、「鴨 案 囲 的 夜 」 第10段 お よ び 、 第12段. 「 夜 漁 の 音 」 の2要 素 と な る 。 第12段. を 除 く と、「鴨 案 囲 的 夜 」 に 「水 夫 と 回想 」 中 の 「 水 夫 」、. 「夜 漁 の 音 」 は 別 に 原 拠 が あ る わ け で あ り、. 「 水 夫 」 に 関 す る 記 述 が 、 や や 気 掛 か りな 疑 問 点 と し て残 る が 、 後 に検 討 し た い 。 な お 、「 夜 泊 鴨 案 囲 」 で は 、 音 に 関 す る 記 述 が 多 い の も注 目す べ きで あ ろ う。 手 紙 に は 、 そ れ な りの 魅 力 が あ り、 こ こ に 提 示 した 主 要 モ チ ー フ は 、 散 文 「 鴨 案 囲 的 夜 」 と比 較 す れ ば 、 書 き手 の 感 興 の 赴 くま ま に 、 い か に も 自 由 に 書 か れ た か の よ う な 印 象 を 受 け る。. 一48一.

(9) 沈 従文 「鴨案 囲的夜 」 と原拠 資 料 の比較 他 方、 「 鴨 案 囲的夜 」 は、 「 夜 泊 鴨 集 囲 」 に 見 え る 要 素 を 、 そ れ ぞ れ 拡 大 発 展 させ 、 各 要 素 の 配 列 は 綿 密 な 計 算 に 基 づ い て な され て い る と考 え られ る 。 例 えば 「 夜 泊 鴨 棄 囲 」 の 段 落 構 成 は 、 「鴨 案 囲 的 夜 」 の 段 落 構 成 と は 、 必 ず し も対 称 的 に な っ て い な い 。「 夜 泊 鴨 案 囲 」 の1つ. の段 落 が 「 鴨 案 囲 的 夜 」 で は 、2つ. の 段 落 に 分 け て 取 り入 れ ら. れ て い る ケ ー ス(手. が 、 散 文 の 第2、5段. 、 反 対 に 、「 夜 泊 鴨集 囲」 で. 紙 の 第3段. 落 に 対 応)や. は 、 も と も と2つ の 段 落 に 分 散 して い た 字 句 が 、「鴨 案 囲 的 夜 」 で は1段. 落 中 に ま とめ られ て い. る(手 紙 の 第1、3殺. 落 が 、 散 文 の 第5段. に 対 応)ケ. 落 が 、 散 文 の 第2段. 落 に 、 ま た 、 手 紙 の 第4、7段. 落. ー ス が あ る。 こ う した 事 実 は 、 散 文 「鴨 案 囲 的 夜 」 執 筆 時 の 、 沈 従 文 の 工 夫 の あ と を. 物 語 る も の で あ ろ う。 「 夜 泊 鴨 案 囲 」 が 書 か れ た 、1月16日 分 に 最 後 の6通. に は 、 沈 従 文 は 午 前9時. に 最 初 の 手 紙 を 書 き、 夜10時10. 目 の 手 紙 を書 き終 え て い る。 さ ら に 、 翌 朝 未 明 に は 悪 夢 を見 て 目が 覚 め 、 午 前6. 時10分 に 当 日の1通. 目の 手 紙 「鴨 案 囲 的 夢 」 を書 き始 め 、 同7時40分. 頃 よ り9時45分. 目の 「 鴨 案 囲 清 農 」 を書 い て い る。 手 紙 の 、 こ の よ う な 執 筆 状 況 か ら して も、1月16日. 頃 ま で2通 か ら17日. に か け て 、 沈 従 文 が 一 種 の精 神 的 昂 揚 の 状 態 に あ っ た こ と が 推 察 で き よ う。(注1。). 5.「. 鴨 案 囲 的 夜 」 第1段. 落 の検討. 「 鴨 集 囲 的 夜 」 と手 紙 資 料 との 、 重 複 字 句 の 具 体 的 対 応 状 況 は 、 一 字 一 句 の レベ ル で 検 証 し た 場 合 、 どの よ う な もの な の か 。 以 下 、 各 段 落 の 原 文 を提 示 し な が ら分 析 し た い 。 「鴨 案 囲 的 夜 」 第1段. 落 で は、 冒頭1行. そ の 部 分 に手 紙 資 料A(「. 目 よ り3行. 目に か け て 、 到 着 時 の 気 象 が 描 か れ て い る 。. 今 天 只 写 両 張 」)が 用 い られ て い る 。. 「鴨 案 囲 的 夜 」(168頁) 「天 快 黄 昏 時 落 了 一 陣 雪 子 、 不 久 就 停 了 。 天 気 真 冷(、)、在 寒 気 中 一 切 都 彷 彿 結 了 氷 。 便 是 空 気 、 也 像 快 凍 結 的 様 子(、)。我 包 定 的 那 一 隻 小 船 、 在 天 空 大 把 撒 着 雪 子 時 已 泊 了 岸 。 … … 。 看 情 形 晩 上 還 会 有 風 有 雪 。」(「… … 」 の 省 略 部 分 は 筆 者 に よ る 。 ア ン ダ ー ラ イ ン の う ち、 実 線 部 分 は 重 複 字 句 を示 し、 破 線 部 分 は 、 新 た に 書 き加 え ら れ た、 注 意 す べ き字 句 を示 す 。 脚 注 番 号 は 、 対 応 個 所 を含 む 句 、 節 、 文 の 切 れ 目 に 付 け 、 手 紙 資 料 と の 対 応 関 係 を示 し た 。 以 下 、 同 じ。 筆 者) 「ま も な く黄 昏 に な ろ う とい う 頃 、 ひ と し き り雪 が 降 り、 す ぐに 止 ん だ 。 天 気 は 誠 に 寒 く(1)、 寒 気 の 中 で 一 切 が 結 氷 し た か の よ う だ 。 空 気 も そ の う ち 凍 結 しそ う な あ り さ ま だ(,)。 私 の 雇 っ た 例 の 小 船 は 、 空 か ら 白 々 と雪 が 降 り し きる 時 に着 岸 し た 。 … … 。 こ の よ うす で は 、 夜 に は ま た 風 雪 が や っ て きそ う だ 。」. 一49一.

(10) 近畿 大学 語学教 育部 紀要7巻1号(2007・7) 手 紙 資 料A(44頁) 「天 気 太 冷(1)、 空 気 也 彷 彿 就 要 結 氷 的 様 子(、)。郷 村 有 鶏 叫 、 鶏 声 也 似 乎 寒 冷 得 恨 。 来 得 不 湊 巧 、 想 不 到 南 方 的 冷 比 北 方 還 壊 些 。」 「天 気 は あ ま りに 寒 く(1)、 空 気 ま で 凍 りそ う な あ り さ ます(,)。 村 で は 鶏 が 鳴 い て い ま す が 、 鶏 の 鳴 き声 す ら凍 て つ い た よ う な気 が し ます 。 悪 い 時 節 に 来 た もの で す 。 南 方 の 寒 さが 北 方 よ り、 も っ と ひ ど い と は 思 っ て も み ま せ ん で し た 。」(散 文 、 手 紙 資 料 と も 、 原 文 の 頁 数 は 『 沈従文別 集 』 に よ る。 翻 訳 は 筆 者 、 以 下 同 じ。) 降 雪 と 寒 さか ら書 き出 さ れ て い る こ と に見 られ る よ う に 、 散 文 の こ の 段 落 で 強 調 さ れ て い る の は、激 変 が予 想 されそ うな天候 の なかで の、 鴨 稟 囲到着 時 の 印象 で あ る。 こ の段 落 で は 、 手 紙 か らの 重 複 字 句 と して は 、 上 記 下 線 部 の 計10文 字 が 取 り入 れ ら れ て い る 。 段 落 中 の 総 文 字 数 は320字 で あ る の で 、 次 に 引 用 す る い ま 一 つ の 重 複 部 分 の11文 字 を 併 せ て も、 厳 密 に 字 数 の み を基 準 に 計 算 し た 場 合 、 手 紙 か ら借 用 さ れ た 割 合 は320分 の21、 つ ま り66パ ー セ ン トに 過 ぎ な い 。 しか し、 重 要 な の は 着 想 の 利 用 で あ ろ う。 天 気 が ひ ど く寒 く、 空 気 す ら凍 りそ う だ とい う手 紙 の 着 想 を 取 り入 れ つ つ 、 散 文 の 下 線 部(1)で に 、 下 線 部(2)に. は、 も と の 副 詞 「太 」 を 「真 」 に 改 め て い る 。 次. 移 行 す る 前 に 、 破 線 部 「寒 気 の 中 で 一 切 が 結 氷 した か の よ う だ」 を 書 き加 え. て い る 。 細 か くい う と、 も との 手 紙 に もあ っ た 「 彷 彿 」 の2文 字 が この 破 線 部 に も見 え る 。 下 線 部(2)で. は、「空 気 」 の 前 に 接 続 詞 「便 是 」 を 書 き 加 え 、 も と の 副 詞 「 彷 彿」 を 「 像」. に 書 き改 め 、 将 然 態 を 示 す 「就 要 」 を 「快 」 に切 り替 え、 動 詞 「結 氷 」 は 「凍 結 」 に直 して い る 。 こ れ らの 字 句 の 異 同 は 、 正 に 、 手 紙 を も と に、 こ の 段 落 を 執 筆 した 際 の 、 沈 従 文 の 文 字 使 い に 関 す る 吟 味 の 跡 を 示 して い る 。 本 稿 で は 、『湘 行 散 記 』 と 「 湘 行 書 簡 』 を 繰 り返 し読 み 比 べ る こ と を 通 して 重 複 字 句 を見 出 して い る が 、 第1段 落 の こ の1例. を取 っ て み て も 、 沈 従 文 が も との 手 紙. の 字 句 を 、 そ の ま ます ん な り と散 文 に取 り入 れ る わ け で は な く、 文 字 通 り、1字1句. の表 現 に執. 着 し、 細 部 に お い て 、 逐 一 書 きか え て い る こ とが 明 らか で あ ろ う。 ま た 、 こ う し た状 況 か ら して 、 重 複 字 句 の 単 な る 字 数 勘 定 だ け で 、 手 紙 資 料 と散 文 作 品 の 対 応 関 係 を示 す の も、 書 きか え の 実 情 を 示 す う え で 、 完 全 とは 言 い が た い こ とが 明 らか だ ろ う。 本 稿 で 、 重 複 字 句 の 計 算 に 行 数 勘 定 を取 り入 れ た 所 以 で あ る。 段 落 の 内 容 面 に 話 を も どす と、1月16日. 当 日の 天 候 に 関 して 手 紙 資 料 で は 、 重 複 字 句 と は別 に 、. 次 の よ うな記述 が あ っ た。 「現 在 已 九 点 鐘 、 小 船 還 不 開 動 、 大 雪 遮 蓋 了 一 切 、 連 接 了 天 地 。」. 一50一.

(11) 沈 従文 「鴨案 囲 的夜 」 と原 拠 資料 の比 較 「 今 も う9時. で す が 、 小 船 は ま だ 出 航 して い ま せ ん 。 大 雪 が 何 もか も覆 い 尽 し、 天 と地 が 一 つ. に な り ま した 。」(A「 今 天 只 写 両 張 」43頁) 「 風 根 猛 、 船 中 也 氷 冷 的 。 … … 。 這 風 吹 得 励 害 、 明 天 恐 要 大 雪 。」 「 風 が 実 に 激 し く、 船 中 は 冷 え切 っ て い ま す 。 … … 。 こ の 風 の 激 し さ か らす る と、 明 日 は大 雪 に な る か も しれ ま せ ん 。」(C「 夜 泊 鴨 案 囲 」58頁) 16日 当 日の 朝 は 、 前 夜 か らの 雪 で 一 面 の 雪 景 色 と な っ て お り、 ま た 、 夜 に は 強 い 風 が 吹 い た の で あ る 。「鴨 棄 囲 的 夜 」 は 、 こ の よ う な 当 日 の 天 候 の 状 況 の な か の 、 日没 時 の 一 時 点 を取 り上 げ 、 激 変 の 兆 し を示 す 天 候 を 強 調 し よ う と し た か に 見 え る 。 第1段. 落 中 に は 、 も う 一 つ の 重 複 字 句 の 見 え る 部 分 が あ る 。 この 部 分 で は 、 気 象 の 変 化 に伴 う. 微 妙 な 書 き手 の 心 理 を 、 水 夫 が 用 い る竿 の音 の 響 き と と も に 、 巧 み に 表 現 して い る と 思 わ れ る 。 「鴨 案 囲 的 夜 」(168頁) 「 小 船 上 的 水 手 、 把 船 上 下 各 処 撹 去(、)、鋼 鐙 頭 敲 打 着 沿 岸 大 石 頭 、 発 出 好 聴 的 声 音(、)、結 果 這 隻小 船 、還 是不 能不 許 多大小 船 隻 一様 、在 正 当泊船 処 挿了 筥子 、 把 当作 錨 頭用 的石碇 抱 到 沙 上 去 、 尽 那 行 将 来 到 風 雪 、 灘 派 到 這 隻 船 上 。」 「小 船 の 水 夫 は 、 竹 竿 を操 り な が ら、 船 を 川 の 上 下 各 処 へ と動 か して 廻 り(、〉 、 竿 先 に付 け た 鉄 金 具 が 岸 の 岩 に 当 た る 時 に は 、 気 持 ち の 好 い 音 が 響 い た もの の(,)、 結 局 、 他 の 大 小 さ ま ざ ま な 船 同 様 、 然 る べ き所 に 竹 竿 を 突 き刺 して この 小 船 を 泊 め 、 錨 代 りの 石 の 重 し を砂 地 に投 げ つ け 、 来 るべ き風 雪 が 、 こ の 船 を弄 ぶ に 任 す 以 外 、 仕 方 が な か っ た 。」 「小 船 上 的 信 」(1月13日. 付 手 紙 、12頁). 「両 個 人 的 職 務 是 船 在 灘 上 時 、 就 撹 急 水 篶(1)、 左 辺 右 辺 下 笥 、 把 鋼 鐙 打 得 水 中石 頭 作 出 好 聴 的 声 音(,)。」 「二 人 の 仕 事 は 船 が 早 瀬 を 上 る 時 、 急 流 用 の 竹 竿 を操 る こ と で あ っ て(1)、 左 に右 に竿 を 突 き挿 す と、 鉄 金 具 が 水 中 の 岩 に 当 た っ て 、 気 持 ち の 好 い 音 が 響 くの で す(、)。 」 沈 従 文 は、 船 の 水 夫 が 巧 み に操 る 竿 に 関 して も、 竿 の先 端 に取 り付 け た 金 具 が 、 岩 に 当 た り音 を発 す る 時 の 印 象 を 文 字 に書 き と め よ う と した 。 手 紙 資 料 の 日付 は 、16日 当 日の もの で は な い 。 手 紙 中 に 記 した 一 種 の 素 描 を 、 散 文 の こ の 第1段. 落 で は 、 風 雪 を避 け る た め 、 懸 命 に安 全 な停 泊. 場 所 を 探 す 水 夫 の 描 写 に 用 い て い る 。 下 線 部(1)で 「 撹 」 を重 複 字 句 に数 え た が 、 下 線 部(2)の. 、敢 えて 道 具 と して の竹 竿 に 関す る動 詞. 、 金 具 が 岩 を打 つ 時 の 音 が 、 耳 に 快 い とい う 印 象. が 、 手 紙 と散 文 の 双 方 に 重 複 して い る 点 は 注 目 して よ い だ ろ う 。 手 紙 で は用 紙 が 限 ら れ 、 ス ペ ー ス 上 の 問 題 が 有 っ た こ と を 考 慮 す べ き だ が 、 こ こ で は 、 書 きか. 一51一.

(12) 近 畿大 学語 学教育 部紀 要7巻1号(2007・7) え に 当 た り、 ほ ん の 数 文 字 の 運 用 に 変 更 の 手 を 加 え た だ け で 、 描 写 の きめ が 細 か く な っ て い る の が 見 て 取 れ よ う。 下 線 部(2)で 詞 「 打」 には 「 敲 」 の1字. は 、 も と の 「鋼 鐙 」 の 直 後 に、 道 具 接 尾 辞 「 頭 」 を付 加 し、 動. を 付 け 加 え 、 動 作 の 描 写 を よ り分 析 的 な も の と し、「石 頭 」 に 関 して. は 、 直 前 に 形 容 詞 「大 」 を置 き、 黒 々 と した 巨 岩 が 続 く鴨 案 囲 の 水 際 とい う描 写 に 仕 上 げ て い る 。. 6.「. 鴨 案 囲 的 夜 」 第2段. 落の検 討. こ の 段 落 で は 鴨 案 囲 の 景 観 が 語 られ る 。 特 に 、 高 所 に 吊 脚 楼 の 建 つ 美 し さ に 、 沈 従 文 は 圧 倒 さ れ る 。 鴨 案 囲 の 景 観 を 述 べ た 部 分 で は、 手 紙 資 料C(「 述 べ た 部 分 で は 、 手 紙 資 料C、. お よ び 、B(「. 夜 泊 鴨 案 囲 」)が 、 ま た 、 吊 脚 楼 に つ い て. 過 梢 子 鋪 長 潭 」)が 用 い られ て い る。. 「鴨 案 囲 的 夜 」(169頁) 「這 地 方 是 個 長 潭 的 転 折 処(1)、 両 岸 是 高 大 壁 立 千 丈 的 山 、 山 頭 上 長 着 小 小 竹 子 、 長 年 翠 色 逼 人(、)。這 時 節 両 山 只 剰 余 一 抹 深 黒 、 頼 天 微 明 為 画 出 一 個 輪 廓 。 但 在 黄 昏 里 看 来 如 一 種 奇 蹟 的 、 却 是 両 岸 高 処 去 水 已 三 十 丈 上 下 的 吊 脚 楼(、)。這 些 房 子 莫 不 撮 然 懸 掛 在 半 空 中 、 籍 着 黄 昏 的 余 光 、 還 可 以 把 這 些 稀 奇 的楼 房 形 体 、 看 得 出 個 大 略 。」(二 重 線 部 は 、 こ こ で は 、 次 頁 に 後 述 す る 手 紙 資 料C、Bと. の 重 複 字 句 を 示 す 。). 「こ こ は 、 長 い 淵 が 折 れ 曲 が る所 に あ り ω 、 両 岸 は 、 壁 の よ う に高 く立 ち は だ か る千 丈 の 山 で 、 山 上 に は 小 ぶ りな 竹 が 生 え、 一 年 を 通 し て 今 も緑 が こ ん も り茂 っ て い る(,)。 今 、 両 側 の 山 は 、 筆 で 描 い た よ う な 黒 々 と した 色 に 見 え る だ け で 、 空 の僅 か な 明 る さ に よ り、 か ろ う じて 輪 郭 線 が 描 出 さ れ て い る。 だ が 、 黄 昏 の な か で 眺 め て 奇 蹟 の よ う に 思 え る の は 、 両 岸 の 高 所 、 水 面 よ り三 十 丈 ほ ど も離 れ た 所 に あ る 吊 脚 楼 だ(,)。 こ れ ら の 家 屋 は ど れ も、 全 く も っ て 、 中 空 に 吊 り下 げ られ て い る み た い で 、 黄 昏 の 余 光 の せ い で 、 何 と も珍 奇 な 、 そ れ ら二 階 家 の 姿 か た ち が 薄 ぼ ん や り と識 別 で き る。」 手 紙 資 料C「. 夜 泊 鴨 案 囲」(55頁)「 鴨 集 囲 是 個 深 潭(1)、 両 山 翠 色 逼 人(、)、恰 如 我 写 到 翠 翠 的. 家 郷 。 吊 脚 楼 尤 其 使 人 驚 認 、 高 轟 両 岸 、 真 是 奇 蹟(、)。両 山 深 翠 、 惟 吊 脚 楼 屋 瓦 為 白 色 、 河 中 長 潭 則 湾 泊 木 筏 廿 来 個 、 顔 色 浅 黄 。 地 方 有 小 羊 叫 、 有 婦 女 鋭 声 城"二. 老"、"小 牛 子"、 且 聴 到 遠 処. 有 鞭 炮 声 、 与 小 鋸 声 。 到 這 様 地 方 、 使 人 太 感 動 了 。」 「鴨 案 囲 は 深 い 淵 で(1)、 両 側 の 山 は 緑 が こ ん も り と茂 り(,)、 私 が 書 い た 翠 翠 の 郷 里 と 同 じで す 。 吊 脚 楼 に は と りわ け 驚 き を 禁 じ えず 、 高 々 と両 岸 に 直 立 し、 本 当 に 奇 蹟 で す(、)。両 岸 の 山 は 緑 が 濃 く、 吊 脚 楼 の 屋 根 瓦 だ け が 白色 で 、 川 の 長 い 淵 に は 、 木 の 筏 が20艘 近 く停 泊 し て お り、 筏 の 色 は 明 る い 黄 土 色 で す 。 ど こ か で 子 羊 が 鳴 き、 女 性 が 甲 高 い 声 で 「二 老 」「 ベ コ」 と 呼 び 、. 一52一.

(13) 沈 従 文 「鴨案 囲 的夜 」 と原 拠 資料 の比 較 ま た 、 遠 方 で は 爆 竹 の 音 や 銅 鋸 の 音 も して い ま す 。 こ う い う所 に 来 る と、 全 く感 動 し ます 。」 下 線 部(1)(2)(3)の. 描 写 を見 比 べ る と、 こ の 段 落 の 書 き出 し方 が 、 手 紙 資 料 に あ っ た 着. 想 の 順 序 を 、 忠 実 に 踏 襲 し て い る こ とが 明 らか で あ る 。 手 紙 で は 、 鴨 案 囲 は深 い 淵 だ と書 か れ て い た の に 対 し、 散 文 で は 、 こ こ は 長 い 渕 が 折 れ 曲 が る所 に あ る と書 き、「潭 」 に 対 す る形 容 詞 を 「深 」 か ら 「 長 」 に 切 り替 え た 。 下 線 部(ユ)の. こ の 変 更 に よ り、 鴨 案 囲 の 淵 の 深 さ とい う 、 縦. 方 向 へ の 想 像 を 誘 う折 角 の 描 写 が 平 面 的 に な り、 台 無 しに な っ た か と い う と、 必 ず し もそ う と は 言 い切 れ な い 。 下 線 部(2)で そ の 中 間 に 原 文 で9文. 、 手 紙 で は 「両 山 」 と2文 字 だ っ た 名 詞 句 が 、 前 後 に 分 か た れ 、. 字 が 挿 入 され 、「両 岸 は 壁 の よ う に 立 ち は だ か る 千 丈 の 山 で 」 と の 文 構 造. に 切 り替 え られ た 形 に な っ て い る。 こ の場 合 、「両 」 と 「山 」 を重 複 字 句 と 見 る か 否 か 、 筆 者 も 逡 巡 を感 じな い わ け で は な い 。 だ が 、 散 文 と手 紙 の 両 者 の 表 現 に含 まれ て い る 漢 字 は 、 確 か に 互 い に 共 通 して い る。 そ し て 、 描 写 に 当 て られ た 字 数 は、 手 紙 の 語 句 に 肉付 け を す る か た ち で 着 実 に 増 え て い る 。 ま た 、 手 紙 に書 か れ た 「 辺 城 」 の ヒ ロイ ン 「 翠 翠」 に関 す る言 及 は削 除 され、 破 線 部 分 が 新 た に付 加 さ れ て い る 。 こ こ ま で の 書 きか え の 操 作 に よ り、 鴨 案 囲 が 深 い 峡 谷 の 底 部 に あ る こ とが 一 挙 に強 調 さ れ 、 作 品 内 部 の 縦 方 向 の 空 間 の 広 が りは、 手 紙 を遥 か に凌 ぐ ほ ど の も の に 拡 大 さ れ た か の よ う だ 。 さ ら に 、 縦 方 向 の 空 間 の 広 が り を決 定 的 に す る の が 、 水 面 よ り 「三 十 丈 」 も高 所 で 建 ち 並 ぶ 、 吊脚 楼 の 独 特 の 姿 か た ち と い う要 素 で あ り、 薄 暮 の 暗 が りの 中 、 高 所 に 宙 吊 りに さ れ た か の よ う な家 屋 が 建 ち並 ぶ とい う設 定 は 、 劇 場 的 な 舞 台 装 置 の 完 成 を 思 わ せ る 。 吊 脚 楼 の建 つ 高 度 に 関 し て は 、 手 紙 資 料Cの 手 紙 資 料Bに 手 紙 資 料C「. 上 記 引 用 部 よ り後 ろ の 段 落(第3段)、. お よ び、. も類 似 の 表 現 が 見 出 せ る。 夜 泊 鴨 案 囲 」(第3段. 落 、56頁). 「… … 、 水 涯 落 時 距 離 又 太 大 、 故 楼 房 無 不 離 岸 光 丈 以 上 、 … … 」 「… … 、 水 の 増 水 渇 水 時 の 差 が 極 め て 大 き く、 そ れ ゆ え家 屋 は い ず れ も岸 辺 か ら三 十 丈 以 上 も 離 れ、 … …」 手 紙 資 料B「. 過 梢 子 鋪 長 潭 」(第1段. 「 現 在 船 已 到 長 潭 中 了 、 地 方 名"梢. 落 、51頁) 子 鋪"泊. 了 許多 不 敢 下行 的大 船 、 吊脚 楼 整 斉 得稀 有少 見 、. 全 同 飛 閣 一 様 、 去 水 全 在 三 十 丈 以 上 、 但 夏 天 発 水 時 、 這 些 吊脚 楼 一 定 可 以 泊 船 了 。」 「今 、 船 は 長 い 淵 に 来 て い て 、 こ こ の 名 前 は 「 梢 子 鋪 」 と い い 、 下 流 に 向 う の を躊 躇 う大 型 船 が 数 多 く停 泊 し、 吊 脚 楼 の 整 然 と して 見 事 な さ ま は 稀 に見 る も の で 、 ど れ も 中 空 に聾 え る 楼 閣 の よ う で 、 す べ て 、 水 際 か ら三 十 丈 以 上 の 所 に あ り ます が 、 夏 の 増 水 時 に は こ れ らの 吊 脚 楼 は 、 き っ と船 を泊 め られ る よ う に な る の で す 。」. 一53一.

(14) 近 畿大 学語学 教育 部紀 要7巻1号(2007・7) 手 紙 資 料CとBの. 表 現 は 、 い ず れ も、 吊 脚 楼 が 川 の 水 面 か ら 「30丈」(90数 メ ー トル)も. の高. 所 に 建 つ こ と を 示 す が 、 距 離 の 隔 た り を示 す 際 に 介 詞 「 離 」 を用 い ず 、「 去 」 を使 う点 、 ま た 、 数字 「 三 十 」 に 関 し て 、 正 字 を用 い る点 で は 、 散 文 の こ の 段 落 中 の 表 現 は 、 手 紙 資 料Bの. 表現 を. 引 き継 い で い る 。 話 を先 に 引 用 した 重 複 部 分 に も どす と、 手 紙 資 料Cの. 後 半 部 分 が 、 吊 脚 楼 や 川 面 の 筏 の 織 り成. す 景 観 美 か ら、 さ ら に 、 子 羊 の 鳴 き声 や 、 女 性 の 呼 び声 、 或 い は 、 爆 竹 や 銅 鋸 の 音 な ど、 音 の 鳴 り響 く さ ま を、 短 い ス ペ ー ス の な か で 、 的確 か つ 集 約 的 に 言 い 表 して い る 点 は 、 是 非 と も注 意 し て よ い だ ろ う。 こ の 部 分 は 、 視 覚 と聴 覚 的 な も の が 一 体 と な っ た 、 鴨 案 囲 到 着 直 後 の 第 一 印 象 を 描 い て い る 。 沈 従 文 の 脳 裏 に刻 み 込 ま れ た こ れ ら音 の 要 素 は、「鴨 案 囲 的 夜 」 の 一種 劇 的 な 段 落 構 成 に お い て 、 そ れ ぞ れ 表 現 上 の 彫 琢 を加 え られ 、 重 要 な 役 割 を果 た す こ と に な る 。. 「鴨 稟 囲 的 夜 」 第2段. 落 の 吊 脚 楼 に 関 す る 記 述 は 、 上 記 引 用 部 分 の 後 に さ ら に続 きが あ る。 こ. の 部 分 で も、 や は り、 手 紙 資 料Cの. 字 句 表 現 を継 承 して い る 。. 「鴨 案 囲 的 夜 」(169頁) 「 這 些 房 子 同 沿 河一 切 房子 有 個 共 通相 似 処 、便 是 従結 構 上 説 来 、処 処顕 出対 於 木材 的浪 費。 房 屋 既 在 半 山 上 、 不 用 那 塵 多 木 料 、 便 不 能 成 為 房 子 塵?半 塵?然. 山 上也 用 吊脚 楼 形 式 、這 形 式 是 必 須 的. 而 這 条 河 水 的 大 宗 出 口 是 木 料 、 木 材 比 石 塊 還 不 値 価(1)。 因 此 、 即 或 河 水 永 遍 張不 到 処 、. 吊 脚 楼 房 子 依 然 存 在 、 似 乎 也 不 応 当 有 何 惹 眼 驚 奇 了 。」 「こ れ ら の 家 屋 は 川 沿 い の す べ て の 家 屋 と共 通 点 が あ り、構 造 上 、 随 所 で 木 材 の 浪 費 を し て い る こ とが 見 て取 れ る。 家 屋 は 山 の 中 腹 に あ る の だ か ら、 わ ざ わ ざ、 そ れ ほ ど多 くの 木 材 を使 っ て 家 を 建 て る 必 要 が 、 い っ た い ど こ に あ る の だ ろ う か 。 山 の 中 腹 な の に 吊 脚 楼 形 式 を 用 い て い るが 、 こ の 形 式 は 絶 対 必 要 な の だ ろ うか 。 しか し なが ら、 この 川 の 主 た る 産 物 は 木 材 で あ り、 木 材 は石 ほ ど の 値 打 ち も な い の だq>。. そ れ で 、 川 の 水 な ど永 久 に 来 る は ず も な い 所 に も、 吊 脚 楼 の 家 屋. が 建 て られ 、 一 向 に珍 し く も何 と も な い ら しい の で あ る 。」 手 紙 資 料C「. 夜 泊 鴨 案 囲 」(第3段. 落 、56頁). 「 我 歓 喜 那 些 在 半 天 上 的 楼 房 。 這 裏 木 料 不 値 銭(1)、 水 漂 落 時 距 離 又 太 大 、故 楼 房 無 不 離 岸 計 丈 以 上 、 従 河 辺 望 去 、使 人 神 往 之 至 。」 「私 は あ れ ら の 中 空 に あ る高 殿 が 好 きで す 。 こ こ で は 木 材 は3文. の 値 打 ち もあ りま せ ん し ω 、. 川 の 増 水 時 と渇 水 時 の 水 位 差 が 、 ま た 、 非 常 に大 きい もの で す か ら、 高 殿 は どれ も岸 辺 か ら30丈 以 上 も離 れ 、 川 か ら見 上 げ る と、 ま っ た く夢 中 に な っ て し ま い ま す 。」. 一54一.

(15) 沈従 文 「 鴨 集 囲的夜 」 と原拠 資 料 の比較 重 複 字 句 は わ ず か 、4文. 字 に 過 ぎず 、 高 所 に 建 て ら れ た 吊 脚 楼 に 関 す る書 き手 の 驚 きが 、 美 的. 観 点 と は 別 の 角 度 か ら、 疑 問 の提 示 と な っ て 語 られ る。 両 岸 の 上 方 を見 上 げ る 視 線 を 川 面 に 転 じ れ ば 、 大 小 さ ま ざ ま な型 の 船 と と も に 多 数 の 筏 が 、 鴨 案 囲 の 長 い 淵 の か な りの 部 分 ま で 、 水 面 を 占 領 し、 水 面 の 筏 に 組 まれ た 木 材 と、 高 所 に建 て られ 、 木 材 の 浪 費 と しか 思 え ぬ 吊 脚 楼 の 、 重 層 構 造 の 家 屋 は 、 ど ち ら も材 料 が 木 材 で あ る とい う点 で 共 通 し、 湘 西 が 有 り余 る ほ ど の 木 材 の 産 地 で あ る こ と を沈 従 文 に想 起 させ る。 そ れ と 同 時 に 、 そ の よ う な 商 品 的価 値 の 低 い 物 が 、 人 間 の 生 活 に 深 く結 び つ い て い る こ と を 、 彼 は 思 わ ざ る を え な い 。20万 と も、30万 と もい う況 江 の 水 上 生 活 者 の数 字 が 「 湘 行 書 簡 』 に は 繰 り返 さ れ る が 、 激 流 の 川 で 働 く水 夫 らの 労 働 力 と生 命 の 価 値 は 、 や は り信 じ難 い ほ ど に 「不 値 銭 」 で あ る か らだ 。 沈 従 文 が そ こで 凝 視 し よ う とす る の は 、 金 銭 的 に は換 算 で きぬ 、 人 間 の 心 の 価 値 で あ る。 そ して 、 川 を 往 来 す る 人 々 の 心 を 慰 め る 場 所 が 吊 脚 楼 に他 な ら な い 。「鴨 案 囲 的 夜 」 第2段. 落 は、 吊 脚 楼 の 景 観 の 美 し さ の 提 示 か ら、 こ の 、 中 空 に 階. 上 部 分 を 迫 り出 し て 建 ち 並 ぶ 、 独 特 の 家 屋 と人 間 との 繋 が りへ 、 記 述 の 論 点 を 移 行 し て ゆ く。 以 上 の 引 用 部 分 は 、 音 楽 用 語 で 言 う経 過 句 的 な 部 分 と称 し て よ い だ ろ う。. 7.「. 鴨 案 囲 的 夜 」 第4段. 落 の検討. こ の 段 落 は 筏 につ い て の 短 い 叙 述 で あ る 。 況 江 の筏 に は独 特 の 趣 が あ り、 沈 従 文 は1月16日. の 第5信(手. 紙 資 料B)で. 、 そ れ を張兆 和 に. 伝 え よ う と して い た 。 こ こ で は 、 段 落 の 終 りに 手 紙 の 字 句 を取 り入 れ て い る 。 「鴨 稟 囲 的夜 」(170頁) 「 這 河 辺 両 岸 除 了 停 泊 有 上 下 行 的 大 小 船 只 三 十 左 右 以 外 、 還 有 無 数 在 日前   融 雪 漂 水 放 下 形 体 大 小 不 一 的 木 筏 。 較 小 的 木 筏(lA)、 上 面 供 給 人 住 宿 過 夜 的棚 子 也 不 見 、 一 到 了礪 頭 、 便 各 自 上 岸 我 住 処 去 了 。大 一 些 的 木筏 ロ 尼(1-B)、 則 有 房 屋 、有 船 只 、有 小 菜 園与 養 猪 養 鶏 柵 欄 、 還有 女春 和 小 核 子(、)。 」 「この 川 の 両 岸 に は 上 流 、 或 い は 下 流 へ と 向 か う大 小 の 船30隻 前 後 が 停 泊 し て い る ほ か 、 ま た 、 数 日前 か ら の 雪 解 け に よ る増 水 を利 用 し て 、 下 流 へ と流 し て 行 く、 大 小 さ ま ざ ま な 無 数 の 木 の 筏 が 停 泊 し て い る 。 小 型 の筏 は(。A)、そ れ の 上 に 人 が 夜 、 寝 泊 りす る小 屋 が あ る わ け で な く、 埠 頭 に 着 くな り、 筏 の 人 た ち は 各 自岸 に 上 が り、 宿 を 探 し に行 く。 大 型 の 木 の 筏 の 場 合(.B)、 そ の 上 に は家 屋 、 船 、 小 さ な 野 菜 畑 や 豚 鶏 を飼 うた め の 囲 い 、 さ ら に は 女 の 家 族 や 子 供 さ え も乗 っ て い る(,)。」 手 紙 資 料B「. 過 梢 子 鋪 長 潭 」(第3段. 落 、51、52頁). 一55一.

(16) 近 畿大 学語学 教育 部紀 要7巻1号(2007・7) 「我 前 面 有 木 筏 下 来 了 、 八 個 人 板 擁 、 還 有 個 小 核 子 。 上 面 一・ 些 還 有 四個 筏 、皆 慢 慢 的 在 下行 、 毎 個 筏 上 四 囲 皆 有 人 板 擁 。 祢 想 明 白擁 是 什 塵 、 問 九 妹 、 地 説 的 必 我 形 容 的 還 清 楚 。 這 些 筏 古 怪 得 有 趣(1)、 上 面 有 菜 、 有 猪 羊 、 還 有 特 別 弄 来 在 筏 上 供 老 板 取 楽 的(、)。弥 若 不 見 過 、 祢 不 能 想 像 官 椚 如 何 好 看 、 好 玩1」 「私 の 前 方 に 木 の 筏 が 下 っ て 来 て い ます が 、8人 さ らに4隻. が 擢 を 操 り、 子 供 も乗 っ て い ます 。 上 流 で は. の 筏 が ゆ っ く り と流 れ を 下 り、 そ れ ぞ れ の筏 に は 四 隅 で 擢 を使 う人 が い ま す 。 擢 と は. ど ん な もの か 、 知 りた け れ ば 九 妹 に 聞 い て くだ さ い 。 彼 女 な ら私 よ り上 手 に 形 容 す る は ず で す 。 こ れ らの 筏 は 奇 妙 奇 天 烈 で 趣 が あ っ て ω 、 い か だ の 上 で は 、 野 菜 を 栽 り、 豚 や 羊 を 飼 い 、 ま た 筏 の 主 が 楽 しむ た め に わ ざ わ ざ 連 れ て 来 た もの ま で 乗 っ て い ます(,)。 直 接 に 見 な い 限 り、 あ な た に は 、 そ れ ら が ど ん な に 面 白 い 見 もの か 、 見 当 が つ か な い で し ょ う。」(文 中 の 「九 妹 」 は 沈 従 文 の 妹 、 沈 岳 萌 を指 す 。 筆 者) 重 複 字 句 は極 め て わ ず か だ が 、 対 応 関 係 は 明 白 で あ る。 沈 従 文 の 書 きか え は微 妙 に 込 み 入 っ て い る の で 、 分 析 に 際 し、 筆 者 と して も、 若 干 の 恣 意 を 差 し挟 ま ざ る を得 な い 。 段 落 中 に下 線 を 施 し た個 所 は2つ. の 文 に ま た が る が 、 も と の 手 紙 で は1文. 主 語 「こ れ らの 筏 」 を 、 散 文 で は 、 下 線 部(1-A)「 か ち 、 そ れ に応 じて 、 セ ン テ ンス が2つ. 中 に書 か れ て い た 字 句 で あ っ て 、 手 紙 の. 小 型 の 筏 」 と、(1-B)「大 型 の 筏 」 の 二 者 に 分. に 分 か れ た 。 筏 に 関 す る 説 明 と して は 、 こ れ に よっ て 分. 析 的 に な っ た わ け で 、 小 型 の 筏 に 乗 る 人 々 は、 筏 上 に 掘 っ 立 て 小 屋 も な い の で 、 到 着 早 々 、 岸 に 上 が り、 そ の 夜 の宿 を 求 め に 行 く。 大 型 の筏 に は 、 さ ま ざ ま な物 、 動 物 、 植 物 、 人 間 が 載 っ て い て 、 手 紙 資 料 と こ の 段 落 と で は 、 列 挙 の 仕 方 が や は り微 妙 に ず れ て い る 。 対 応 関 係 を示 す た め に 「有 」 に 下 線(2)を. 引 いて はあ るが 、手 紙 で は 「 有 」 は3文. 字 見 え るが 、散 文 の この段 落で は. 4文 字 と な っ て い る。 微 細 と は い え 、 筏 に 関 して 、 下 線 部(1-A)(1-B)の. よ う に 分 け て 書 くこ と に よ り、 川 面 に 浮. か ぶ 多 数 の筏 の う ち の 、 小 型 の 筏 に 乗 る 人 々 は 、 吊 脚 楼 に 向 う他 あ りえ な い とい う状 況 が 示 唆 さ れ た こ と に な る。 吊脚 楼 に集 う人 々 に 関 す る思 索 と い う、 こ の 作 品 に 一・ 貫す る論理 との 関係上 、 こ の 部 分 の 書 きか え は、 注 目 して よ い と思 う 。 ち な み に、『湘 行 書 簡 』 で は 筏 は 繰 り返 し書 か れ て い る が 、 い ず れ も 、 こ こ で い う大 型 の 筏 ば か りで あ っ て 、 小 型 の筏 に 関 し て は 書 か れ て い な い 。. 8.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第5段 こ の 段 落 は 、 手 紙 資 料Cの 続 く第6、7、8の3段. 落 の検 討 第4段. 落 と対 応 す る 。 段 落 構 成 の 観 点 か ら言 う と、 こ の 第5段 落 に. 落 で 、 沈 従 文 は 吊 脚 楼 に 集 う人 々 に 関 す る連 想 を繰 り返 す 。 そ もそ も、. 一56一.

(17) 沈従 文 「鴨案 囲 的夜 」 と原 拠 資料 の比 較 吊脚 楼 に集 う 人 々へ の 自分 の 思 い を 掘 り下 げ る こ と こそ が 、 こ の 散 文 の 主 題 で あ り、 そ の 点 で は 、 こ の 第5段 3、4段. 落 に 続 く、 後 続 の3段 落 は 、 作 品 の 山場 な の で あ る 。 段 落 の 構 成 上 、 こ こ まで の 第2、. の 各 段 楽 に お い て 、 吊 脚 楼 と川 の 生 活 者 、 水 夫 と 吊 脚 楼 、 そ し て 、 間 接 的 だ が 、 筏 師 と. 吊 脚 楼 と い う具 合 に 、 人 間 と建 物 の 関 係 を述 べ て き た沈 従 文 は 、 作 品 の 山場 に 向 け て 、 こ の 段 落 で 、 夜 の 水 辺 の 音 の 世 界 を演 出 し た か に 見 え る 。 「鴨 案 囲 的 夜 」(171頁) 「 黒 夜 占領 了 全 個 河 面 時 、 還 可 以 看 到 木 筏 上 的 火 光 ω 、 吊 脚 楼 窓 口 的 灯 光 、 以 及 上 岸 下 船 在 河 岸 大 石 問 瓢 忽 動 人 的 火 炬 紅 光 。 這 時 節 岸 上 船 上 都 有 人 説 話(、)、 吊 脚 楼 上 且 有 婦 人 在 賠 淡 灯 光 下 唱 小 曲 的 声 音(。)、毎 次 唱 完 一 支 小 曲 時 、 就 有 人 笑 嘆 。 甚 塵 人 家 吊 脚 楼 下 有 匹 小 羊 叫(,)、 固 執(イ)而 且 柔 和(,)的 声 音 、 使 人 聴 来 覚 得 憂 響(エ)。 」(二 重 下 線 は 、 注 意 す べ き表 現 。 筆 者) 「闇 夜 が 河 全 体 を 占 領 し た 今 も、 筏 の 火 の 光 や(1)、 吊 脚 楼 の 窓 の 灯 り、 そ して 、 船 と岸 の 間 を 人 が 出入 りす る 時 、 岸 辺 の 岩 間 を 通 過 す る赤 い松 明 の 光 な どが 見 え る。 今 、 岸 で も船 の 上 で も 人 の 話 す 声 が す る し(、)、また 、 吊 脚 楼 で は 女 性 が 淡 い 灯 火 の 下 で 端 唄 を歌 う声 が 聞 こ え(。)、一 曲 終 わ る た び に賑 や か な笑 い 声 が 起 き る 。 ど こ か の 吊 脚 楼 の 下 で 一 匹 の 子 羊 が 鳴 い て い て(、〉 、 し つ こ くて(イ)、柔 ら か な(ウ)鳴 き声 は 、 そ れ を 聞 く者 を 憂 雀 に(エ)さ せ る 。」 手 紙 資 料C「 夜 泊 鴨 案 囲 」(第4段. 落 、56、57頁). 「三 三 、 木 筏 上 火 光 真 不 可 不 看(1)。 這 里 河 面 巳 不 恨 寛 、 加 之 両 面 山 岸 根 高(比. 労 山 高 得 遠)、. 夜 又 静 了 、 説 話 皆 可 聴 到(,)。 羊 還 在 叫(、〉 。 我 不 知 念 塵 的 、 心 這 時 特 別 柔 和(ウ)。我 悲 傷 得 根 。 遠 処 狗 又 在 叫 了 、 且 有 人 説"再. 来 、 過 了 年 再 来1"一. 定 是 在 送客 、 一 定是 那 些 吊脚 楼 人 家 送 水. 手 下 河 。」 「 三 三 、 筏 の 火 は是 非 と も見 な い とい け ませ ん よ ω 。 こ こ で は 川 幅 は、 も う、 そ う広 く あ り ま せ ん し、 加 え て 、 両 側 の 山 と岸 が ず い ぶ ん 高 く(労 山 よ りず っ と高 い の で す)、 し か も、 夜 が こ れ ま た 静 か で す の で 、 話 し声 が 全 部 聞 え ま す(、)。羊 が ま だ 鳴 い て い ます(,)。 私 の 心 は 、 ど う い う わ け か 今 、 い つ に な く柔 ら か(。)で す 。 私 は 悲 し くて 仕 方 が あ り ませ ん 。 遠 方 で 、 ま た 犬 が 鳴 き ま した 。 そ れ に、 誰 か が 話 を して い ます 。「ま た 来 て ね 、 年 が 明 け た ら、 また 来 て ね 」 客 を 見 送 っ て い る の に 違 い あ り ま せ ん 。 川 辺 に 帰 る 水 夫 を 、 吊 脚 楼 の 人 間 が 見 送 っ て い る の で す 。」 (「労 山 」 は、 本 来 、「 畷 山」 と書 き、 山東 省 青 島 の 景 勝 地 、 筆 者) ア ン ダ ー ラ イ ンの う ち 、 実 線 を施 した 重 複 部 分 は9文 字 。 手 紙 と比 較 す る と文 体 の 差 が は っ き り出 て い る と思 う。 しか し、 下 線 部(1)「. 筏 の 上 の 火 灯 り」、(2)「 話 し声 」、(3)「 羊 の 鳴 き声 」. と提 示 す る 叙 述 の順 序 は 同 じで あ る 。. 一57一.

(18) 近 畿大 学語学 教育 部紀 要7巻1号(2007・7) 書 き か え の 結 果 が 明 確 に 見 て 取 れ る の は 、(1)の. 「筏 の 上 の 火 灯 り」 に 関 して は 、 視 界 の 局. 限 さ れ た 暗 闇 で 見 え る 数 少 な い 景 物 と して 、 こ れ に 続 け て 、 吊脚 楼 の 窓 の 灯 り、 お よ び 、 岸 辺 と 船 の 間 や 岩 の 間 で動 く人 間 の松 明 の 火 と、2つ. の 要 素 を 追 加 して い る。 そ し て 、 視 覚 印 象 よ り聴. 覚 印 象 に 叙 述 の 対 象 を 切 り替 え 、 下 線 部(2)の. 岸 辺 や 船 上 か ら聞 こ え る 「話 し声 」 に続 け て 、. 吊 脚 楼 で 流 れ る 女 性 の 歌 声 、 一 曲 終 わ る た び に 起 き る 笑 い 声 、 そ して 、 子 羊 の 鳴 き声 と い う具 合 に 、 耳 に 聞 こ え る 要 素 を列 挙 す る 。 書 きか え と して は 、 入 念 な手 の 入 れ よ う とい うべ き だ ろ う。 字 句 表 現 に 関 す る沈 従 文 の こ だ わ りは 、 こ れ ば か りで は な い。 二 重 下 線 部(ア)「. 唱 小 曲 的 声 音 」 は 、 こ こ に 引 用 し た 手 紙 資 料Cの. と して は 見 え な い が 、 手 紙 資 料Cの 手 紙 資 料C「. 夜 泊 鴨 案 囲 」(第3段. 第3段. 落 、 第7段. 第4段. 落 中 に は重 複 字 句. 落 に も見 え て い る 。. 落 、56頁). 「 我 還 聴 到 了 唱 小 曲声 音 、 我 借 計 得 出 、 那 些 声 音 同 灯 光 所 在 処 … … 」 「私 に は また 俗 謡 を 歌 う声 が 聞 こ え ま す が 、 私 の 推 察 で は 、 そ れ らの 歌 声 が 流 れ 、 灯 火 の あ る 所 で は… …」 同 上(第7段. 落 。59頁). 「我 還 聴 到 唱 曲 子 的 声 音 、 一 個 年 紀 極 軽 的 女 子 喉 朧 、 使 我 感 動 得 根 。」 「私 に は また 歌 を歌 う声 が 聞 こ え ま す が 、 年 端 の ゆ か ぬ 娘 の 喉 の よ う で 、 私 は大 変 感 動 し て い ます 。」 同 上(第7段. 落 。59頁). 「因 這 曲 子 我 還 記 起 了 我 独 自 到 錦 州 、 住 在 一 個 旅 店 的 中 形 、 … … 。 我 一 個 人 便 蛸 在 一 個 大 航 上 聴 窓 外 唱 曲 子 的 声 音 、 同 別 人 笑 語 声 。」 「こ の 曲 に よ っ て 私 は 又 、 一 人 で錦 州 に 行 き、 あ る 旅 館 に 泊 ま っ た 時 の こ と を思 い 出 し ます が 、 … … 。 私 は 一 人 で オ ン ドル に寝 そ べ り窓 か ら聞 こ え る 、 歌 を歌 う声 と、 そ して 、 別 の 人 物 の 笑 い 声 を 聞 い て い ま した 。」(錦 州 は遼 寧 省 、 筆 者) 客 を もて な す 女 性 の 歌 声 に、 沈 従 文 が 一 種 特 別 な 、 深 い 思 い を抱 い て い た こ と は 明 らか で あ ろ う。 二 重 下 線 部(イ)「. 固 執 」 は、 こ こ で は 子 羊 の 鳴 き声 の 印 象 に つ い て の 形 容 語 だ が 、 後 述 す る. よ う に 、 こ の 散 文 の 第12段 落 で は、 夜 の 漁 で 使 わ れ る 拍 子 木 の 形 容 、「固 執 的 単 調 」 とい う語 句 中 に も使 わ れ て い る。 同 様 の こ と は 、(ウ)「 柔 和 」 に も言 え る の で あ っ て 、 こ の 形 容 詞 は 上 記 に 引 用 し た 手 紙 資 料Cの. 文 中 で は 、 沈 従 文 自 身 の 心 境 を表 す 言 葉 と し て使 わ れ て い る。 用 語 の 一 致. は 偶 然 で は な く、 一 定 の 配 慮 の も と に な さ れ た と考 え るべ きで あ ろ う。 子 羊 の 鳴 き声 は 、 二 重 下. 一58一.

(19) 沈従 文 「 鴨 案囲 的夜」 と原拠 資料 の比 較 線 部(エ)に. あ る よ うに、沈 従 文 を 「 憂 馨 」 に させ る と記 さ れ る。 と こ ろ で 、 彼 が 「憂 露 」 を 感. じ る の は 、 手 紙 資 料Cで 手 紙 資 料C「. は、 吊脚 楼 に集 う人 々 の 生 命 を 思 い 浮 か べ る 時 に お い て な の で あ る 。. 夜 泊 鴨 案 囲 」(第3段. 落 、56頁). 「婦 人 手 上 必 定 還 戴 得 有 鍍 金 戒 子 。 多 動 人 的 画 図1提 到 這 些 時 我 是 恨 憂 郁 的 。」 (訳 文 は 次 節 で 提 示 す る 。 筆 者) こ の よ う に 、 目 に見 え る光 景 か ら、 耳 に 聞 こ え る音 の 印 象 へ と沈 従 文 は 叙 述 を進 め な が ら、 音 の 配 列 の な か に 吊 脚 楼 の 女 性 の 歌 声 を配 置 し、 女 性 の 歌 声 と響 きあ うか の よ う に 、 子 羊 の 鳴 き声 を 配 置 す る。 そ して 、「鴨 案 囲 的 夜 」 の 上 記 引 用 文 に は 、 次 の よ う な後 続 の 文 章 が あ る 。 「我 心 中 想 着 、"這 一 定 是 従 別 一 処 牽 来 的 、 男 外 一 個 地 方 、 那 小 畜 生 的 母 親 、 一 定 也 那 塵 固 執 地 鳴 着 咀 。"算 算 日子 、 再 過 十 一 天 便 過 年 了 。"小 畜 生 明 不 明 白 只 能 在 這 個 世 界 上 活 過 十 天 八 天?" 明 白 也 罷 、 不 明 白 也 罷 、 這 小 畜 生 是 為 了 過 年 而 趨 来 、 応 在 這 個 地 方 死 去 的 。 此 後 固執 而 又 柔 和 的 声音 、将在 我耳 辺 永遠 不会 消 失。 我 覚得 憂馨 起 来 了。我 彷佛触 着 了 這世 界 上 一 点東西 、 看 明 白了 這 世 界 上 一 点 東 西 、 心 裏 軟 和 得 根 。」 「私 は 心 中 こ う思 う 「これ は他 所 か ら連 れ て 来 た も の に 違 い な く、 別 の 場 所 で は あ の 小 さ な 家 畜 の 母 親 も、 き っ と 同 じ よ う に しつ こ く鳴 い て い る の だ ろ う。」 日数 を 数 え れ ば 、 あ と十 一 日 で 年 を 越 す 。「こ の 世 界 で10日 そ こ そ こ し か 生 き ら れ ぬ こ と を 、 小 さ な 家 畜 は 知 っ て い る の か 」 知 っ て い る い な い に 関 係 な く、 この 小 さ な家 畜 は年 越 し の た め に 連 れ て 来 られ た の で あ っ て 、 こ の 場 所 で 死 ん で し ま うの だ 。 今 後 、 私 の 耳 元 で 、 しつ こ くて 、 柔 らか な 鳴 き声 は 、 永 遠 に消 え な い だ ろ う。 私 は 憂 奮 に な っ て き た 。 私 は ど うや ら、 こ の 世 界 の あ る も の に触 れ て し ま い 、 こ の 世 界 の あ る もの を 見 て し ま っ た み た い で 、 心 中 こ と の ほ か 軟 らか に な っ て し ま っ た。」 二 重 線 の ア ン ダ ー ラ イ ン を付 け た が 、「固 執 」「 柔 和 」「憂 欝 」 と い う語 が こ の 引 用 中 に も見 え る こ と は、 繰 り返 す ま で も な い だ ろ う 。 沈 従 文 の 思 索 は、 単 に 子 羊 の 命 運 の み な らず 、 吊脚 楼 の 女 性 ら の生 命 に も及 び 、 ひ い て は 、 す べ て の 生 命 を与 え られ た 存 在 に 対 して 及 ぶ か の よ う だ 。 引 用 文 の 末 尾 に 見 え る 「軟 和 」 は、 や は り 「柔 和 」 の 類 義 語 と し て 用 い られ て お り、 あ る何 か を 感 得 し た 時 の 沈 従 文 の 心 的 状 態 を表 して い る で あ ろ う。. 9.「 鴨 案 囲 的 夜 」 第8段 第6、7段. 落 の検 討. 落 で 、 そ れ ぞ れ 吊 脚 楼 の女 部 屋 、 表 部 屋 の 内 部 を 連 想 した 沈 従 文 は 、 こ の 段 落 で 、. 吊 脚 楼 か ら聞 こ え る 女 性 の 歌 声 に よ っ て 、 女 性 が 客 と対 し合 う情 景 を 思 い 浮 か べ る 。 手 紙 か らの 重 複 字 句 は この 段 落 が 最 も多 い 。 勢 い、 引 用 文 中 で の 下 線 を付 した 字 句 も増 え ざ る を得 な い が 仕. 一59一.

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