Ⅰ.はじめに
現代民主主義における政党は、選挙過程において国民 の政治的意思を反映できる候補者を選出することによ り政府と国民の間を繋ぐ政治的機能を果たし、選挙にお ける競争を通じての政権獲得をその目的とする。そうい う意味で候補者選出は政党の最も重要な活動として位 置づけられてきた。選挙における政党の一致団結、すな わち、政党における党員らの団結力は拘束力がある候補 者 選 出 を 通 じ て の み 実 現 で き る(Schattschneider、 1942)。 従 っ て、 各 政 党 の 候 補 者 指 名 方 法(Candidate Selection Method、以下 CSM)は政党の目的を実現する ための最も重要なものであり、その重要性は繰り返し指 摘されてきた(Schattschneider, 1942; Key, 1956; Sartori, 1976)が、データが得にくいために、1980 年代までは 研究が限られていた(Gallagher, 1988)。しかし、1990 年代以降世界各地で予備選挙が試みられ始め、CSM に 関する研究も活発化してきた(Norris, 1997; Hazan & Rahat, 2010)。 従来、韓国の国会議員選挙において、公認権は党の指 導部が行使してきたが、2004 年総選挙から自党の支持 層中心の開放型予備選挙が行われ始めた。民主統合党 (以下、民主党)は、第 19 代国会議員総選挙(以下、 2012 年総選挙)において、一般有権者も参加できる国 民予備選挙(以下、国民競選)という新たな開放型公認 制度を部分的に導入することになる。 本研究は、済州市(乙)区における民主党の候補者選 定過程を分析しながら、国民競選という新たな公認制度 の導入が選挙区レベルの政治にどのような影響を及ぼ したかについて検討するのが目的である。議論の焦点は 二つに絞りたい。第一には、国民競選という制度はどの ような制度かということを紹介し、加えて民主党の CSMにおいてどのような位置づけかを確認する。一般 有権者が参加する開放型予備選挙は政党に有益か否か、 国民競選は民主主義発展に資するのか否か、について論 ずることとしたい。第二には、選挙における国民競選に 基づき、その対象になった現職議員は政党公認を獲得す るため、どういう戦略をもって公認争いに臨むのか、と いう選挙区レベルの分析である。 事例は、2012 年総選挙における済州市(乙)区の民 主党公認過程である。ここを選んだ理由は、国民競選が 行われた選挙区の中で、地域主義が強くない選挙区だと いう点が大きい。光州のような民主党王国における公認 はそのまま当選を意味するので、新制度導入の選挙政治 全般への影響を観察するには適切ではないと考えたの である。 本稿は、済州市(乙)区の現職議員・金 宇南が第一 野党である民主統合党の公認を得るまでの過程を通じ て、新しく導入された国民競選にどのような対応をして いくのかを分析しようとする。現職議員を研究対象とす れば、公認のトップダウンの側面ばかりでなく、一般有 権者の意思を政党公認過程に反映させる新たな公認制 度のボトムアップの側面も観察できると期待されるか Ⅰ.はじめに Ⅱ. 韓国政党の候補者指名方法(CSM)における包括性 と分権化の問題 Ⅲ.民主統合党の候補者指名方法 Ⅳ.済州市(乙)選挙区における民主統合党の公認争い Ⅴ.おわりに2012 年国会議員総選挙における候補者指名方法に関する研究
─済州市(乙)選挙区の民主統合党を事例に─
金 東 煥
らである。
Ⅱ. 韓国政党の(CSM)における包括性と
分権化の問題
1.従来の公認決定方式に関する研究 韓 国 の 政 党 は、 最 近 ま で 国 会 議 員 候 補 者 の 選 出 (Candidate Selection)において、党中央の指導部が権 力を独占してきた(キム ヨンホ、2003)。しかし、2004 年総選挙において、ボトムアップ(bottom-up)型の候 補者選出のため、史上初の国民参与競選1)が実施された。 これは、候補者選出の過程において、後述(Ⅱ―2)の ラニーや、ラハットとハザンの言う分権化と包括性のレ ベルを高めたと評価しうる。その意味で、2004 年総選 挙は、韓国選挙史における重要な分水嶺として評価され た(ジョン ヨンジュ、2005、217)。 これまで韓国の公認制度に関する研究は、制度そのも のを中心に見ていくものだった。この分野の先行研究の 多くは、公認の法的・制度的側面や党内民主主義との相 関関係を見通したり、特定選挙の公認制度を事例として 取り上げて分析を試みているが、現職議員に関する研究 はなかった。これは、公認に対する情報自体が足りず、 また情報に対する低いアクセシビリティがその要因では ないかと思われる(Hazan、2002)。さらに、既存の研 究は、比較的マクロレベルの評価を行い、性急な結論を 導 く 限 界 が あ っ た( キ ル ジ ョ ン ア・ イ ハ ギ ョ ン、 2009)。 キ ル・ イ の 研 究 は、 韓 国 政 党 の 分 権 化 (Decentralization)レベル及び包括性(Inclusiveness) の程度を比較の枠組みとして提示し、2008 年総選挙で は、ハンナラ党(現在、セヌリ党の前身)と統合民主党 (現在、民主統合党の前身)、両党とも分権化レベルは極 めて低く、包括性の程度も中間の位置づけであると分析 した。 2.CSM における分権化と包括性 今日、民主主義国家の多くの政党は公認決定過程にお いてより開放された制度の導入を試みている。オースト リア、台湾、アメリカのカルフォルニア、ナイジェリア、 アルゼンチンなどで、大統領選挙及び国会議員選挙を中 心に開放型予備選挙が導入された(庄司、2011)。 ハザン(Hazan, 2002: 118-119)は、政党が CSM の開 放を進めた理由として、政党に加入する誘因を提供する 必要性、党の政策決定や候補者選定への党員の参加志向 の高まり、政党のイデオロギー志向の低下と包括化、過 少代表されている新しい利益の動員、政党のイメージや 正統性の向上、選挙戦略の大幅な変更を迫るような選挙 での敗北を挙げている。 政党の CSM 関する分析は、誰が決定権を行使するか、 そして誰が候補者選出過程に参加するかを中心として行 われてきた。ラニー(Ranney、1981)は、図 1 のように、 中央集権化領域における中央―地方関係という分権化の 程度を分類基準として提示した。分権化とは、候補者選 出過程において中央と地方及び地域の政党組織に配分さ れる権限の程度を意味する。ラハットとハザン(Rahat and Hazan、2010)は、図 2 のように、ラニーの分権化 に加えて、包括性そして選出の方式という基準を用いて 分類している。包括性とは、候補者を選出する権限がど のぐらい開放されているのかを意味する。特に、彼らは、 指名決定主体の包括性と排他性を両極とする開放尺度上 の五類型(有権者、党員、党代議員、党エリート、単一 の指導者)を提示し、CSM における参加の拡大、つま り包括性に重点を置いている。同時に包括的指名主体に よる候補者選出方式は指名でなく、投票による選出であ る場合に民主性が保障されると唱えることで、CSM の 民主化は分権化された決定過程にならねばならないと主 張した。その他、ノリス(Norris、1996)は、表 1 のよ うに、官僚化の程度、中央集権化の程度という基準を用 いて、国家や政党に関する分類を試みた。 本稿では公認過程を分析する様々な基準のなかで分権 化と包括性という基準を用いる。CSM における最も重 要な分析対象となるのは選出主体(selectorate)の包括 性と分権化であり、この基準が韓国の政党組織への適用 に相応しいと考えるからである。Ⅲ.民主統合党の候補者指名方法
1.民主党の候補者指名方法 民主党は、2012 年総選挙において CSM の審査の基準2) を設定し、三つの公認方式(単数公認・戦略公認・国民 競選)を定めた3)。三つの公認方式のなかで、新しいの は国民競選4)である。ハザンの図 1 を使うと、党中央 が決められる範囲における最も開放的かつ包括的な方法 と位置づけられる。国民競選とは、党員以外の一般有権 者も参加できる予備選挙として、一九歳以上のあらゆる 国民が参加できることが特徴である。 2.民主党はなぜ国民競選を導入したのか。 従来韓国の政党が閉鎖的かつトップダウン型の CSM を採用してきた背景には、非民主的な属性が残存してい る韓国政党政治においては、CSM の開放化を通じて、 支持率及び議席拡大により政党の生存を求めようとする 誘因が大きく働かないことがあげられてきた。むしろ、 閉鎖的かつトップダウンの CSM を維持することを通じ て党内エリートは再選及び党内権力の強化という政治的 目的を実現しようとした(ギル ジョンア、2011)とい える。従って、韓国の政党政治の構造的要因が変化しな い限り、CSM の実質的な開放化は起こりにくい状況で あった。 では、なぜ民主党は国民競選という開放型予備選挙を 導入したのか。前述のハザン(Hazan, 2002: 118-119)が 提示した六つの原因から検討すれば、政党の包括化、政 党のイメージや正統性の向上、選挙戦略の大幅な変更を 迫るような選挙での敗北という三つの原因が民主党の ケースに当てはまると思われる。 民主党は、一方では「経済民主化・普遍的福祉・韓半 島(朝鮮半島)平和」という公約でセヌリ党との対立軸 を鮮明にしながらも、他方、中道寄りの政策や中道派有 権者の参加を通じて政党の包括化を狙っていた。二大政 党制の下では、選挙における競争のため、両政党の政策 が中道寄りになるというダウンズの説(Downs、1957) がある。韓国においても中道的な有権者層への働きかけ が選挙戦略として重要であり、各政党は中道寄りの政策㸯 㸰 㸱 㸲 㸳 㸴 㸵
ඪ୰ኸ୰ᚰ㸦1DWLRQDO3DUW\㸧 ᕷ࣭㐨ඪ୰ᚰ㸦5HJLRQDO3DUW\㸧 ᆅᇦඪ୰ᚰ㸦/RFDO 3DUW\ 㸧 図 1 候補者の選出権の分権化の程度 出所:ラニ(Ranney)が提示した基準に基づいて再構成したものである。 ᛶ ໟᣓᛶ
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༢୍ࡢᣦᑟ⪅ ඪ࢚࣮ࣜࢺ ඪ௦㆟ဨ ඪဨ ᭷ᶒ⪅ 図 2 候補者の選出権の包括性の程度 出所:ラハットとハザン(Rahat And Hazan)が提示した基準に基づいて再構成したものである。 表1 ノリスの分類 区分 中央集権化 分権化 官僚制 (標準化・制度化されている公認制度) オーストリア社会党 ギリシャ社会党 スウェーデン社民党 イギリス労働党 ドイツ社民党 フランス社会党 後援制 (閉鎖的・非公式的な公認制度) フランス UDF イタリア DC 日本 自民党 アメリカ民主党 カナダ自由党を推し進めるようになると観察しうる。民主党の場合、 選挙における政策だけでなく CSM にも一般有権者を参 加させることによって中道派有権者に働きかける効果を 期待したと考えられる。 また、政党のイメージや正統性の向上が取り上げられ る。政党の公認権は、政党指導者の権力掌握の手段とし て使われてきたが、公認という既得権を放り出すことに よって、政党のイメージ向上に繋がると考えたのであろ う。 最後に、選挙戦略の大幅な変更を迫るような選挙にお ける敗北が働いたといえる。1998 年から 2008 年まで政 権運営を担ってきた民主党は 2007 年大統領選挙に敗北 し、2008 年総選挙においても敗北を味わった。十年に わたって政権政党であった民主党にとって、物質的なイ ンセンティヴの提供を通じて党員との関係を維持するこ とが不可能となる政権交代は、党員や有権者との新しい 関係を築く必要性を高めることになったのである。 3.国民競選に関する制度の分析 政党の CSM における開放型予備選挙が CSM における 包括性や分権化の度合いを高めたことは間違いない。し かし、包括性の拡大を一般有権者レベルまで拡大するこ とによって、新たな制度がもたらす副作用の問題を抱く こととなる。 まず、韓国のように、政党の制度化レベルがかなり低 い状況における国民競選は、政党組織を弱めさせる可能 性がある。政党が組織として積極的に活動するためには、 政党党員の役割が重要であろう。しかし、党員ではない 一般有権者が政党の候補者選出において党員と同等な権 限をもつようになることは、党員の権限の相対的な低下 をもたらす。政党活動家の力量を急速に弱め、政党維持 の誘因がなくなる否定的な効果が現れる。実際に、開放 型予備選挙が政党の党員を減少させたという指摘もある (Barnea and Rahat, 2007)。また、党内エリートにとっ
ても、政党組織を軽視することになりかねない。 民主主義における責任の原理を弱める点も指摘しう る。国民競選における参加者は党員だけではない。この 場合、政党によって選出された候補者とは異なる責任の 制約に置かれるようになる。政党の外側の集団とエリー トが CSM に影響を与えれば与えるほど、政党それ自体 の選挙への責任は弱まらざるを得ない。 少し視点を変えて見てみよう。党内予備選挙は本選挙 における当選可能性を高めるのか。むしろ、党の分裂や 内部対立を激化させ、本選挙における競争力を落とすの ではなかろうか。同じ政党において行われる競争は相違 した競争力をアピールしなければいけないため、ネガ ティヴキャンペーンに頼る可能性を排除できない。従っ て、同じ政党における競争は、政党の外側の有権者をめ ぐって行われるため、党内分裂や対立を促すことになる。 つまり、政党の団結を損なうことにつながる。 公認候補者の選出方式と関連して、有権者が参加する 完全予備選挙(Full primary)もしくは党員らが参加す る制限的予備選挙制度(Restricted primary)を選挙法 に規定するのが望ましく、同日実施する必要がある(キ ム ミンジョン、2008)という主張がある。国民競選の 導入と関連して最も多く提起されている批判は逆選択5) の可能性があるという問題であるが、あらゆる政党が予 備選挙を同日に実施することになると、逆選択の問題は 解決できるだろう。しかし、民主党はセヌリ党との選挙 法改正の問題を巧く解決できず6)、結局、民主党だけが 国民競選を実施することによって、逆選択の問題を認知 したまま、導入してしまったことになっている。国民競 選の有権者は、一九歳以上の国民に当たる。もちろん、 他政党の党員ではない者という規定は入っているが、そ れは象徴的規定に過ぎず、事実上、逆選択を防ぐ措置は 全く働かなかった。 現職議員の既得権維持という視点から考察すると、以 下のような指摘ができると思われる。選挙において組織 の動員と対立の構図が重要であることは言うまでもない だろう。民主党の指導部は、「公認革命」、「国民公認」、「人 的刷新」「政党民主化」という政治的スローガンを掲げ ながら、従来の権威的・排他的公認過程から開放的・包 括的公認過程への変化を導いたということを有権者に積 極的にアピールした。 特に、新しく導入された国民競 選におけるモバイル投票は、地域の世論を正しく反映し、 国民競選過程において金権選挙・動員選挙をもとから遮 断できる装置であり、組織力・資金力の弱い新人候補者 に有利な制度であると考えたようである。モバイル投票 というものが、なぜ組織力・資金力の弱い新人候補者に 有利なのかという論理的な背景は提示していないので評 価しがたいが、民主党の指導部は国民競選にこれを導入 することによって、多くの新人が公認を得ると期待した ようである。しかし、選挙は組織というものが重要であ るという認識からみれば、国民競選における組織選挙の
可能性も排除できない。選挙に対する関心が次第に低下 していくなかで、本選挙でもない予備選挙に自発的な参 加の可能性はどのぐらいなのか。自発的参加より動員に よる参加が多くなれば、結局、組織力が結果を左右する ようになる。すなわち、組織力が強い現職議員に有利な のは変わらないのである。 既得権を放り出して公正な国民競選を実施すると宣言 した民主党指導部は、明確な基準や原則を提示できず、 親盧7)グループをはじめ、代表の側近に対する単数公 認を行うことによって派閥公認という批判に直面するよ うになった8)。国民競選の適用を法制化することができ ず、義務化することさえなかった。民主党代表の支持基 盤である親盧グループには単数公認を与えることによっ て党内権力を維持しながら、権力を拡張するために、親 盧グループ以外の現職議員には国民競選を行わせた。実 際、地域区に立候補した民主党の最高委員の 5 人と公認 審査委員の 6 人は全員単数公認候補者として推薦され た9)。この問題は、国民競選の適用範囲を決める権限を 民主党の指導部が有することに起因する。国民競選とい う制度は、CSM における包括性を高めた側面はあるも のの、恣意的に運用されたことで、結局、一般的には候 補者選出権の集中化の現状を大きく変えたわけではない と言わざるを得ない。 4.国民競選の結果分析 国民競選が実施された選挙区の過去の選挙結果を見て みよう。現職議員が参加した 28 ヶ所の中、セヌリ党が 優勢の地域は、7 ヶ所であり、セヌリ・民主伯仲の地域 は 5 ヶ所であった。光州・全南・全北の 12 ヶ所は民主 党優勢であり、その他の 4 ヶ所はやや民主党優勢といえ るだろう。参加した現職議員の当選回数は、一回当選議 員が 11 人、二回当選議員が 8 人、三回当選議員が 9 人、 四回当選議員が 1 人であった。 民主党の公認状況を見てみると、全選挙区の 246 ヶ所 のうち、国民競選が実施される選挙区は、82 件(33.3%) であり、民主統合党の支持率が高いソウル、京畿、光州、 全北、全南を中心に行われ、江原、忠南、慶南のような 結果的には敗北した地域においても、活発に行われた。 表 2 国民予備選挙が実施された選挙区の過去の選挙結果と現職議員の当選回数10) 選挙区 13 代 14 代 15 代 16 代 17 代 18 代 現職当選回数 総合評価 ソウル 麻浦区(甲)平和民主 民自 新韓国 ハンナラ ウリ ハンナラ 比例 1 回 セヌリ 4 回 麻浦区(乙) 統一民主 民自 新韓国 ハンナラ ウリ ハンナラ 比例 1 回 セヌリ 4 回 冠岳区(乙) 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 1 回 民主 6 回 江南区(乙) 民正 民主 無 ハンナラ ハンナラ ハンナラ 比例 1 回 -3 回 セヌリ 4 回 中区 平和民主 民主 新韓国 民主 ハンナラ ハンナラ 3 回 伯仲 江西区(乙) 民正 民主 新韓国 民主 ウリ ハンナラ 3 回 伯仲 光州 南区 国民会議 無 ウリ 無 1 回 民主 - 無 伯仲 北区(甲) 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 2 回 民主 6 回 光山区(甲) 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 2 回 民主 6 回 京畿 安養市万安区 統一民主 国民 自民連 民主 ウリ 民主 3 回 民主 4 回 安山市常緑区 民正 民自 国民会議 民主 ウリ 親朴 3 回 伯仲 安養市東安区(甲) 統一民主 民主 国民会議 ハンナラ ウリ 民主 4 回 民主 4 回 龍仁市(甲) 民正 民自 新韓国 民主 ウリ 民主 2 回 伯仲 水原 長安 民正 民自 自民連 ハンナラ ウリ ハンナラ 1 回 セヌリ 4 回 江原 束草・高城・襄陽 統一民主 民自 新韓国 民主 ハンナラ 無 3 回 セヌリ 3 回 原州市(甲) 民正 国民 新韓国 民主 ハンナラ ハンナラ 1 回 セヌリ 4 回 太白・寧越・平昌・旌善太白 - 無、 寧越・平昌・旌善 - 民正 民自 新韓国 太白・旌善 - 民主、 寧越・平昌 - ハンナラ ウリ 民主 1 回 セヌリ 4 回 忠北 淸州市興德区 自民連 ハンナラ ウリ 民主 2 回 民主 2 回 全北 益山市(甲) 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 1 回 民主 6 回 益山市(乙) 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 1 回 民主 6 回 南原市・淳昌郡 平和民主 南原 - 民自、淳昌 - 民主 国民会議 無 ウリ 民主 3 回 民主 5 回 金堤市・完州郡 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 2 回 民主 6 回 高敞郡・扶安郡 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 2 回 民主 6 回 全南 麗水市(甲) 平和民主 民主 国民会議 民主 ウリ 民主 3 回 民主 6 回 潭陽・咸平・靈光・長城 平和民主 民主 国民会議 民主 民主 民主 3 回 民主 6 回 海南・莞島・珍島 平和民主 民主 国民会議 海南・珍島 - 無、 莞島 - 民主 海南・珍島 - 民主、 莞島 - ウリ 無 1 回 民主 6 回 務安・新安 務安 - 平和民主、 新安 - ハンギョレ民主 民主 国民会議 民主 民主 無 1 回 民主 5 回 済州 済州市(乙) 済州市 - 無、北済州郡 - 無済州市 - 無、 北済州郡 - 無 済州市 - 新韓国、 北済州郡 - 新韓国 済州市 - ハンナラ、 北済州郡 - 民主 ウリ 民主 2 回 伯仲
国民予備選挙(国民競選)に参加した現職議員は 29 人 (選挙区は 28 件、35.3%)であり、29 人の現職議員の中、 国民予備選挙(国民競選)において勝利を収めたのは、 22 人(75.8%)であり、最終当選したのは 17 人(58.6%) であったが、光州・全南・全北を除くと 11 人の中、6 人(54.5%)が最終当選した。単数公認・戦略公認され た現職議員の 34 人の中、最終当選したのは 28 人(82.3%) であり、光州・全南・全北を除くと 30 人の中、24 人 (80.0%)であった。非現職議員の場合、60 人が国民競 選を経て公認され、29 人(48.3%)が最終当選し、 光州・ 全南・全北を除くと 50 人のうち、21 人(42.0%)が最 終当選した。単数公認・戦略公認された 93 人の非現職 議員のうち、61 人(65.5%)が最終当選した11)。 公認候補者の 209 人のうち、当選者は 106 人(50.7%) であり、単数公認・戦略公認は 127 人であり、最終当選 は 60 人(47.2%)であった。民主党の地域的基盤であ る光州・全南・全北を除くと 123 人のうち、56 人(45.5%) である。国民競選を経た 83 人の中、最終当選したのは 46 人(55.4%)であったが、光州・全南・全北を除くと 国 民 予 備 選 挙 が 行 わ れ た 59 選 挙 区 の 中、25 選 挙 区 (42.3%)で最終当選した。 以上のことから、民主党の国民競選に関して以下の点 が指摘できる。 まず、現職議員の場合、単数公認・戦略公認された方 が遥かに最終当選確率が高いということである。現職議 員には国民競選という制度が必ずしも本選挙にプラスの 働きを及ぼしているわけではないことが明らかになっ た。非現職議員の場合にも、単数公認・戦略公認された 方が国民競選を経るより遥かに最終当選確率が高い。つ まり、現職・非現職を問わず、国民競選を経た候補者は 単数公認・戦略公認された候補者より最終当選確率が低 いことが明らかになった。特に、国民競選を経た現職議 員の最終当選確率がかなり低いという結果は注目すべき である。セヌリ党と民主党が伯仲している選挙区におい て国民競選という公認制度が現職議員を中心とする選挙 組織にどのような影響を与えているのかを、事例研究を 通じて明らかにしたい。
Ⅳ. 済州市(乙)選挙区における民主統合党
の公認争い
1.小選挙区制度における公認の重要性 議会制民主主義においては、大政党の公認の有無が、 候補者の勝敗を決める場合がある。例えば、民主党が強 い米国南部の州では、民主党の候補者指名が事実上、選 挙での勝利を意味する。イギリスの小選挙区では、その 時々の政党の人気が候補者の運命を大きく左右する (カーティス、2009)。特に、小選挙区制の下では、政党 間競争が二大政党間のそれに次第に収斂していくとい う、いわゆる「デュベルジェの法則 」の「上から」の 作用のみならず、有権者の側、「下から」でも候補者の 当選可能性を合理的に計算する結果として、当選可能性 がある二大政党の候補者に票が集中する傾向が生まれる (デュベルジェ、1970)。従って、大政党の公認は当選に 近づくことを意味する。韓国の国会議員選挙において、 組織的支持が必要なのは当然だが、この支持を確保する 表 3 民主統合党の公認状況 地域 選挙区・現職 公認候補者の数(新人・現職)当選者数(新人・現職)国民競選選挙区(最終当選)国民競選に参加した現職議員 国民競選で勝利した現職議員(最終当選) 合計 246・72 209(153・56) 106(61・45) 82(46) 29 22(17) ソウル 48・7 45 30 18(8) 7 3(0) 釜山 18・1 16 2 0(0) 0 0 大邱 12・0 10 0 1(0) 0 0 仁川 12・1 11 6 2(2) 0 0 光州 8・8 6 6 4(4) 3 3(3) 大田 6・1 5 3 2(0) 0 0 蔚山 6・0 2 0 1(0) 0 0 世宗 1・0 1 1 0(0) 0 0 京畿 52・20 45 29 22(11) 5 5(4) 江原 9・3 8 0 5(0) 3 1(0) 忠北 8・6 7 3 1(1) 1 1(1) 忠南 10・1 9 3 4(1) 0 0 全北 11・10 11 9 11(10) 5 4(4) 全南 11・11 11 10 8(7) 4 4(4) 慶北 15・0 11 0 0(0) 0 0 慶南 16・0 8 1 4(1) 0 0 済州 3・3 3 3 1(1) 1 1(1)には、政党の一つから公認をとることが勝敗を分ける重 要な要素である。 2.選挙区としての済州市(乙) 済州特別自治道は、済州道知事と済州道議会議員(地 域区の 29 人、比例代表の 7 人、教育議員の 5 人で構成 されており、セヌリ党の 13 人、民主統合党の 19 人、統 合進歩党の 4 人、教育議員の 5 人)を選出し、二つの行 政市(済州市・西歸浦市)と七つの邑、五つの面、三一 の洞で構成されており、行政市長は済州道知事が任命す る こ と に な っ て い る。 有 権 者 数 は 441,470 人 で あ り、 1988 年から小選挙区が実施されることになり、三つの 選挙区を維持してきた。1988 年総選挙では無所属の二 人・統一民主党の一人、1992 年総選挙では無所属の三人、 1996 年総選挙では新韓国党の三人、2000 年総選挙では ハンナラ党の一人・民主党の二人、2004 年総選挙では ウリ党の三人、2008 年総選挙では民主党の三人が当選 した。 済州市(乙)選挙区は、有権者 147,060 人で、九つの洞、 二つの邑、一つの面で構成されている都市と農村の複合 選挙区である。2006 年に、済州道が済州特別自治道に 昇格し、別の選挙区であった済州市と北済州郡が統合さ れ、2008 年に新しく分区された選挙区である。 (1)党内競争・党内分裂・感情的対立 政治市場(political market)への参入者は、現職議員 と新人候補者に分けられる。公認を得る前に誰が手を上 げるかは、その政治圏がどのように形成されているのか を見せてくれる。また、その中で誰が選ばれるのかとい う過程は、党組織が選挙制度と支持組織の脈絡の中でど の よ う に 運 営 さ れ て い る の か を 見 せ て く れ る( 朴、 2000、44 項)。 2012 年 1 月における各政党の立候補予想者は、まず、 セヌリ党の夫相一、民主党の現職議員・金宇南、道議会 議員・吳怜勳、前済州道政務福知事・崔昌珠であった。 事実上セヌリ党の公認は 夫相一と判断してもおかしく ない状況であった。セヌリ党の候補者の早期確定によっ て、金宇南は対応戦略を容易に立てることができた。セ ヌリ党政権に対する審判的な性格が強かった選挙におい て、李明博大統領の側近であった夫相一は金宇南にとっ て容易な対戦相手であった。2008 年の経験からの自信、 セヌリ党支持率の低迷13)、政権交代に対する国民的支
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1996ᖺ
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19௦
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図 3 歴代韓国総選挙における無所属候補者の当選確率(%)12) 表 4 2008 総選挙における済州市(乙)の結果 有権者 投票数 民主 金宇南 ハンナラ 夫相一 自由先進 カンチャンジェ 民主労働 金ヒョサン 親朴 金チャンオブ 平和統一 金チャンジン 計 136,099 70,575 30,170(43.11%)26,474(37.83%) 4,811(6.87) 4,578(6.54) 3,080(4.40%) 863(1.23%) 69,976 表 5 2008 総選挙における済州道の政党投票(比例代表) 民主 ハンナラ 自由先進 民主労働 創造韓国 親朴 65,720(30.2%) 70,473(32.4%) 9,072(4.1%) 21,718(9.9%) 11,014(5.0%) 26,741(12.3%)持など、民主党にかなり有利な対決構図であった。現職 という強み、認知度や、図 4 のように世論調査における 支持率などを考えた場合、公認獲得も大した問題ではな いとこの時点においては思っていた。現職議員の場合、 地盤・看板・カバンという政治的資源が新人より圧倒的 優位を占めている。民主党内では代表及び指導者とは異 なるグループであったため、場合によっては国民競選の 導入が予想されたとはいえ、議席獲得のためには単数公 認の可能性が高いと容易に想像ができた。しかし、単数 公認の結果は 2 月から発表されるので、単数公認が確定 していたわけでもなかった。従って、金宇南は国民競選 が実施されることを念頭におきながら選挙戦に臨まねば ならなかった。一般的な韓国の総選挙の CSM は、党の 指導部の影響力が強く、選挙法及び党規において規定さ れた方式がないため、総選挙を控えて予備候補者群は混 乱した状況で選挙戦に臨み、指導部の CSM の決定を待 つしかない状況であった。 金宇南からすれば、予想外の結果であったが、済州市 (乙)区が、国民競選の実施地域と指定された。金から みれば、二倍に至る支持率の差がある世論調査 1 位の現 職議員にとっては納得しにくい結果であったが、党内競 選が実施されることによって、本選挙における夫相一と の対決より、党内における予備選挙が高いハードルと なったのである。 党内競選を実施するか否かは民主党の公認審査委員会 が決定する。国民競選が導入されたとはいえ、公認に関 しては党中央の権限が相変わらず強いといえる。 まず、予備候補者群で動いたのは、吳怜勳であった。 彼は、2011 年 12 月 16 日に道議会議員を辞職し、同月 19 日に出馬を宣言した。早い段階で出馬を表明し、現 職議員との国民競選を含む党内競選に備えた。公認方式 が決まってもいない時期に辞職できたのは、2012 年 1 月 15 日に行われる党大会の代表選出に用いられたモバ イル投票が党内予備選挙においても実施されると見込 み、競選への参加ができると思ったからであろう。従っ て、吳怜勳は現職議員に対するネガティヴキャンペー ン14)を展開していきながら、出版記念会・後援会の結 成を通じての選挙資金の募金、言論を通じた認知度上昇、 そして地域は道議員地域区であったイルド 2 洞を中心 に、済州大学総学生会をはじめ若い世代が中心になって 組織の拡大や認知度や支持率の上昇に取り組んだ。 次に動いたのは、崔昌珠である。彼は、12 月 26 日に 予備候補15)として登録し、「人物の交代」を唱えながら 新人物の登場が必要であると強調した。済州道薬剤師会、 湖南16)郷友会のような組織を中心に支持勢力を拡大し、 後援会17)を組織することで選挙資金の獲得に取り組ん だ。 このように、国民競選の導入は、党内競争が生じるこ とに繋がる。従来のトップダウン型の CSM であれば、 少なくとも公認をめぐる選挙区レベルにおける競争はこ れ程激しくはない。なぜならば、公認権を握っているの は政党の有力者であり、指名による CSM において予備 候補者群は主に政党の有力者との接触やコミュニケー ションを通じて公認争いを展開していくからである。こ のような点からみると従来の公認争いは政党の有力者に 近い現職議員に極めて有利であった。しかし、党外の一 般有権者まで含む国民競選は、政党指導者との親疎では なく、選挙区内における積極的支持勢力の結集が重要な 鍵となる。だからこそ、公認争いの段階から党内競争が 激しくなり、組織的支持の動員が必要になるのである。
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図 4 世論調査(%)つまり、公認過程から支持勢力の拡大が必要になるとい うことである。特に、国会議員の影響力の下にいる地方 議員経験者が競争者として登場したのは注目すべきであ る。指名ではなく、選挙による公認争いになるため、地 方政治の経験があり、支持基盤を持っている人物、つま り地方政治の経験者が党内競争に参加する傾向が強まる と言えるようである。 また、同じ政党における党内予備選挙は、必ず党内分 裂や対立を引き起こす。同じ政党に所属しているという ことは、理念、路線、政策において類似した立場をとっ ているということであり、その中で行われる競争は主観 的かつ感情的に展開される可能性が高い。党内競争が熾 烈であればあるほど、党内分裂や対立は深刻化し、政党 の一致団結を損なうことになるであろう。民主党におけ る公認争いは、現職議員に対するネガティヴキャンペー ンが主なメディア戦略であった。党内競争は、人物本位 の戦いになるため、差別化のためにはネガティヴなメ ディア戦略が有権者に刺激的なのは当然である。感情的 対立が本選挙まで続いた場合、本選挙における競争力の 低下に繋がる可能性も排除できないのである。 (2)公認過程における動員・地方政治家の影響力増加 民主党の国民競選の導入によって、地方政治家が政党 の公認過程に影響力を及ぼすことになったのは、注目に 値する。まず、済州市(乙)区の場合、注目を集めるの は済州道知事の存在であった。公務員人事権や個人的支 持基盤など、豊富な政治的資源を有している。しかし、 済州道知事である禹瑾敏18)の協力を得ることはそんな に簡単ではなかった。 選挙は権力拡張の場であり、必ず権力闘争が起こる。 2014 年知事選挙を控えている禹瑾敏にとって、三選議 員に挑む金宇南の存在は脅威であったように思われる。 次期道知事選において政治的ライバルになりかねない存 在にあえて協力する必要はなかった禹瑾敏は、吳怜勳へ の組織的支援を行おうとしたふしがある。 問題はそこで終わらなかった。セヌリ党の実質的公認 候補者である夫相一の逆選択も考慮しなければならな かった。世論調査の傾向から言えば、金宇南より吳怜勳 の競争力が劣るのは議論の余地がない。だからこそ、金 宇南は逆選択の可能性を考える必要があった。本選挙に 進みたい吳怜勳、競争力が劣る吳怜勳と戦いたい夫相一、 金宇南が苦手な禹瑾敏という構図は、金宇南にとっては 最悪の構図であった。国民競選の選挙人団の資格を一般 有権者まで広げることによって、セヌリ党の積極的支持 者の逆選択を防ぐ制度的措置は期待できなくなったので ある。このように、公認過程において政党の指導部より、 地域の地方政治家の影響力が増えたのは、国民競選の導 入がそのきっかけになったと言える。従って、金宇南は それを乗り越えるほどの選挙人団の獲得を目指さねばな らなくなった。 国民競選は政党の有力者による指名ではなく、選挙人 団からの、選挙を通じた公認候補者の選出となるので、 公認争いから支持勢力の動員が求められる。政治家の支 持組織には、地域・世代・職域に分けられるのが一般的 である。地域組織は、命令系統が選挙本部から洞・邑・ 面の責任者、通・里の責任者、通・里の運動員へと下り てゆくピラミッド構造となる。しかし、民主党の国民競 選においては、支持勢力を選挙人団に登録してもらうこ とが重要になってくるため、積極的支持者の動員が必要 になる。このような条件から最も合理的な戦略は、共同 体で有権者に繋がる人間関係を構築できる立場にある人 物、つまり「票をまとめる」力を持った地域有力者の協 力を得て、組織化するという形をとることになる。最も 注目を集めるのは、地方政治経験者という存在である。 各選挙区における組織や認知度を有している地方政治 家、特に地方議員は「票をまとめる」有力者として適し た集票マシンになる。何期も当選を重ねている議員には 安定した支持者がおり、それが「固定票」となっている。 そうした地方議員が、応援する国会議員候補に自分の固 定票をまとめて差し出すのが「票まとめ」である。 済州道議会議員は、29 の選挙区から選出され、済州 市(乙)区は 9 つの選挙区を持っている。民主党の 4 人、 セヌリ党の 3 人、進歩党の 2 人が議席を占めていたが、 吳怜勳の辞職によって残された民主党の三人は金熹鉉 (イルド 2 洞(甲))、金明萬(イド 2 洞(乙))、安昌男(サ ンヤン・アラ洞)であった。全員が一年生議員であり、 2010 年地方選挙で初当選した。その他にも、2010 年地 方選挙において、ファブク洞から民主党公認で立候補し た金榮厚、無所属で立候補した吳泰權、クザ邑から民主 党公認で立候補した任成萬からの協力も欠かせない。一 般的に韓国の地方議員選挙における公認権はその選挙区 の国会議員が強い権限を持っている。2010 年地方選挙 において民主党公認で立候補したことがある人々は、現 職議員である金宇南から恩を受けたといえる。公認だけ
でなく、地方議員選挙における賛助遊説、組織的支援な どを通じて国会議員と地方議員の間には上下関係が成立 するようになる。地方選挙経験者は、「助けてくれた人 を助ける」という「互酬性の規範19)」が働き、協力姿 勢を見せるようになる。金宇南は、現職議員という強み を生かして 2014 年地方選挙への立候補希望者まで様々 な地方政治家らの協力を得られるようになったのであ る。 100%オープンプライマリ・ モバイル投票と特徴付け られる民主党の国民競選は、原則的に二人を選定して行 われる。済州市(乙)区における国民競選の対象となっ たのは、金宇南と吳怜勳であった。候補者間の合意があ れば、100%国民世論調査を通じて公認候補者決定が可 能であるが、新人の場合、低い知名度や支持率のため、 世論調査による方式に合意する可能性はなかった。その ため、金宇南にとっては、一般的方法(モバイル(携帯 電話)投票+現場投票)以外の方法は選択肢になかった。 済州市(乙)区の場合、二人が国民競選の対象となった ため、崔昌珠は脱落してしまった。次の焦点は済州道薬 剤師会や湖南郷友会のような支持団体を有していた崔昌 珠の支持票の獲得となった。国民競選に参加することに なった金宇南は、党内競選に向けて支持勢力の動員と崔 昌珠の協力を得ることに力を入れた。特に、本選挙でも ない、党内予備選挙においても支持勢力の動員、つまり、 二回動員が必要となるのである。 (3)党員・支持者の政党からの疎外 CSMにおける一般有権者の投票による候補者選出は、 党員や支持者の疎外を促す。まず、政党における党員と 有権者の境界線がなくなることによって党員の権限が相 対的に低下することになる。候補者選出に関する包括性 の問題について、ラハットとハザン(2010)が提示した 有権者、党員、党代議員、党エリート、単一の指導者と いう五類型の基準からみると、民主党の国民競選におけ る包括性の程度は有権者まで含むことになる。つまり、 政党の外側の有権者にも候補者選出権を与えることに よって、党員と有権者の権限の差がなくなったわけであ る。 2012 年 2 月 20 日から同月 28 日まで行われた国民選 挙人団の募集過程において、金宇南は活発な支持勢力の 拡大に取り組むとともに、積極的支持者らから選挙人団 になってもらうことに集中した。一般支持者のみならず、 民主党の党員の中、金宇南に友好的な姿勢であった党員 らにも協力を要請した。しかし、新しい問題に直面する ことになる。金宇南に友好的な党員らは殆ど選挙人団登 録を行っていないことであった。ある代議員とのインタ ビューで、著者は選挙人団登録を行っていない理由につ いて聞いた。質問に対する答えは、「党員は自動的に選 挙人団になるのじゃないの?、我々は党員だから、別の 手続きを踏む必要ないんじゃない?、党員だから。」と いうことであった。政党指導部の説明不足か、党員の情 報不足かは知りようがないが、民主党への忠誠心や党員 としての自負のようなものが強く、帰属意識が強いこと が分かる。政党の政治的行事において優先的な待遇を受 けてきた党員らにとって、民主党の公認過程において一 般有権者と同等な権限となったということは、政党に対 する不満を高めることにつながり、党員が政党から疎外 されたという思いを抱かせた。CSM における包括性の 向上は世界的な趨勢とはいえ、党員の立場を考慮せず、 積極的な支持者を失いかねないというところが観察され たと言える。 また、新しく導入された国民競選が支持者らの不満を 高めたことも記しておく必要があるだろう。民主党は「公 認革命」という政治的スローガンを掲げながら、国民競 選を導入した。CSM における包括性の拡大、すなわち、 多くの有権者の参加によって公認候補者を決め、公認過 程から党への支持を集めることを追求した。しかし、国 民競選を実施するかどうかは、公認審査委員会の権限で あった。つまり、CSM を分権化の程度からみれば、依 然として党中央中心だったのである。国民競選を義務化 するのではなく、公認審査委員会の権限として残し、明 確な基準も提示しなかった。それに対する不満は、金宇 南陣営の支持者らにも表れる。国民競選の実施を確定し た時点における金宇南陣営の戦略会議では、支持者らの 様々な不満が表れた。「国民競選の基準って何?」、「誰 がみても金宇南の競争力が圧倒的なのに、何のためにこ んなことするの?」、「済州道の三選挙区の中、国民競選 を実施するのは、(乙)区しかない。もしかして金宇南 に恥をかかせようとするものじゃないの?」など、不満 の声が沸きあがった。さらには、「政党の公認なんか要 らない。無所属で出よう。」という極端な意見さえあった。 特に、競争力の優れた候補者に公認を与え、本選挙にお ける有利な展開を期待するのが公認の目的だが、今回の 選挙における済州市(乙)の場合、有力候補に勝たせる
という視点からみれば、何のメリットもなかった。不満 はそれだけではなかった。新制度に対する混乱とともに 登録手続きの複雑さが問題となった。あらゆる国民が参 加することができる党内予備選挙という点や、事前登録 した人々だけが参加できるという点が支持者らの混乱を 増大させた。特に、60 代の支持層の場合、インターネッ トや携帯電話、スマートフォンを通じた事前登録には慣 れていない世代であった。民主党の新制度はインター ネット文化に慣れていない階層の疎外を促した側面が あった。 (4)結果 2012 年 3 月 8 日から 10 日まで行われた済州市(乙) 選挙区の国民競選は、20,562 人の選挙人団の中、10,867 人(52.8%)が投票に参加し、金宇南は 6,925 票(63.8%、 モバイル 5,356 票、現場 1,569 票)を得て、公認を獲得 し た。 吳 怜 勳 は 3,936 票(36.2 %、 モ バ イ ル 2,958 票、 現場 978 票)にとどまった。 本選挙では、夫相一の妻が公職選挙法違反の疑いの起 訴され、セヌリ党が夫相一の公認を取り消すことになっ て、出馬を断念せざるを得なくなった。本選挙では、民 主党、自由先進党、進歩新党が候補者を立てることになっ て、 金 宇 南 は 46,236 票(69.8 %) を 獲 得 し、 当 選 し た20)。
Ⅴ.おわりに
本研究において、著者は 2012 年総選挙における候補 者指名方法に関して、包括性と分権化という基準を示し ながら、済州市(乙)選挙区の民主統合党を事例として 取り扱い、新しく導入された国民競選に対する制度的考 察と、選挙区レベルの事例分析を試みた。本研究から明 らかになった含意は、以下の通りである。 制度的な面において、民主党の国民競選は政党活動に おける積極的な意味を見出しがたく、むしろ 副作用の 問題が大きいのではないかと思われる。 まず、韓国のように、政党の制度化レベルがかなり低 い状況における国民競選は、政党組織を弱める。政党が 組織として積極的に活動するためには、党員の役割が重 要であろう。しかし、党員ではない一般有権者が政党の 候補者選出において党員と同等な権限を有することは、 党員の権限の相対的な低下をもたらす。そして、国民競 選によって選出された候補者は、政党によって選出され た候補者とは異なる責任の制約に置かれるようになる。 政党の外側の集団とエリートが CSM に影響を与えるほ ど、選挙を通じた政党の責任は弱まらざるを得ず、政党 の分裂や内部対立を激化し、団結を損なうことにつなが る。また、逆選択を防ぐ措置は全く設けられておらず、 組織力が強い現職議員に有利な制度であった。国民競選 という制度は、CSM における包括性を高めたとはいえ、 法制化・義務化することができず、分権化の観点からす れば、候補者選出権の党指導者への集中については変化 がなかったと言える。 国民競選の結果は、現職議員の場合、単数公認・戦略 公認された方が遥かに最終当選確率が高く、国民競選と いう制度が必ずしも本選挙に肯定的影響を及ぼしている わけではないことが明らかになった。非現職議員の場合 にも、単数公認・戦略公認された方が国民競選を経た方 より遥かに最終当選確率が高かった。つまり、現職・非 現職を問わず、国民競選を経た候補者は単数公認・戦略 公認された候補者より最終当選確率が低いことが明らか になった。 次は、選挙区レベルにおけるアプローチについてであ る。国民競選の導入によって、現職議員は党内競争に直 面することになる。従って、公認争いの段階から現職議 員の影響力の下にあった地方政治家との党内競争が激し くなり、組織的支持の動員が必要になる。つまり、公認 過程から支持勢力の拡大が必要になるのである。また、 同じ政党における党内予備選挙は、必ず党内分裂や対立 を引き起こす。民主党における公認争いは、現職議員に 対するネガティヴキャンペーンが主なメディア戦略で あったため、これから本選挙において悪影響を及ぼす可 能性がある。また、本選挙でもない党内予備選挙におい ても支持勢力の動員が必要となったこと、すなわち、二 回動員が必要となったことによって、地方政治家の役割 が増していくことも明らかになった。 最後に、CSM における一般有権者の投票による候補 者選出は、党員や支持者の疎外を促す。政党外の有権者 にも候補者選出権を与えることによって、党員と有権者 の権限の差がなくなり、政党の政治的行事において党員 は疎外感を感じるようになる。CSM における包括性を 拡大した国民競選は、多くの有権者の参加によって公認 候補者を決め、公認過程から党への支持を集めることを 追求したが、CSM における分権化の程度は依然として党中央中心だったのである。国民競選を義務化するので はなく、公認審査委員会の権限として残し、明確な基準 も提示しなかったため、支持者らの不満が高まった結果 となった。 2012 年総選挙における民主党の国民競選は、政党と しての民主党にも、党内民主主義の発展にも、資するこ とにはならないことが明らかになった。 国民競選導入の背景にあった論理、すなわち、あらゆ る手続きが多くの参加や議論によって決めなければいけ ないという論理から導き出された主張には、重要な論理 的欠陥が隠されている。民主主義において政党間競争が 活発であると、個別の政党の内的構造において民主的で あるかどうかを問うことは必ずしも全体としての民主主 義には繋がらないかもしれない。民主主義における政党 の役割が政党間競争や妥協を通じて、多くの国民の権利 を実現することにあるとすれば、強力なリーダーシップ や規律を備えた政党こそが政党本来の役割を演じること ができるであろう。民主主義は政党の内ではなく、政党 の間にある。 政治に対する批判より簡単なことはないであろうが、 代案(alternative)を提起するのはかなり難題である。 しかし、本稿が問題視した国民競選の制度的欠陥が明ら かになると、代案を提示するのは難しくはない。候補者 選出制度に関しては、地域党員中心の制限的予備選挙が 望ましい。ラニーが提示した分権化の程度から言えば、 地域党(Local Party)中心の、ラハットとハザンが提示 した包括性の程度から言えば党員中心の開放型予備選挙 による候補者選出制度が望ましいと思われる。 地域党員中心の開放型予備選挙は、政党組織の発展に も資することになる。選挙を準備する政治家は自分の積 極的支持者らをできる限り多く、党員になってもらおう と努力するし、競争者も同様であろう。個人的支持基盤 を政党組織として再構成することによって政党は安定的 な支持基盤を確保できることになり、その党員中心の開 放型予備選挙は党内民主主義の発展にも資することにな る。 注 1)全体 245 議席の中、ウリ党は 243 ヶ所に擁立し、84 ヶ所で、 ハンナラ党は、228 ヶ所に擁立し、15 ヶ所で国民予備選挙が 行われた。完全国民予備選挙ではなく、制限的予備選挙であっ た。 2)書類審査(50 点、アイデンティティ 20 点、寄与度 10 点、 社会活動 10 点、道徳性 10 点)、候補適合度・競争力(30 点)、 面接(20 点)を設定した。 3)①単数公認:候補者間の公認適合度の評価の格差や審査を 点数化し、一定の基準に該当する 1 位候補者は単数選定が可 能である3)。 ②戦略公認:一般的に、相手候補者の競争力が圧倒的である と判断される地域区に、既存の候補者を排除し、指導部の戦 略的考慮によって行われる。 ③国民予備選挙(国民競選):書類・面接審査結果に基づい て公認審査委員会が総合的に判断し、国民予備選挙(国民競 選)の候補者数は 2 人選定を原則とする。 4)(1)国民予備選挙(国民競選)の方法 ①一般的方法:モバイル(携帯電話)投票+現場投票 ②候補者間の合意があれば、100%国民世論調査可能 ③選挙人団の募集結果が該当選挙区の有権者の総数の 2%未 満である場合、モバイル投票・現場投票 70%+世論調査 30% (2)選挙人団の募集(2012 年 2 月 20 日から 29 日まで) ①資格 ―2012 年 4 月 11 日の時点において 19 歳以上の国民として、 該当の国会議員選挙区の住民登録された者の中で本人及び住 所確認に応じた者。 ―他政党の党員ではない者として、国会議員選挙の候補者選 出のための他政党の国民予備選挙(国民競選)に参加したこ とのない者。(*逆選択の防止装置、象徴的規定) ②申し込み方法 ―電話申し込み ―インターネット申し込み ―モバイル申し込み (3)投票 ①投票方法 ―モバイル投票(携帯電話投票) ―現場投票 5)例えば、民主党の国民競選において予備候補者の二人が参 加する場合、その二人の競争力に差があるとすると、セヌリ 党の支持者もしくは党員らはセヌリ党の候補者の当選のた め、競争力が低い民主党の予備候補者を戦略的に逆選択する 可能性が高いといえる。 6)民主党とセヌリ党が選挙法改正に合意できなかったのは、 民主党のモバイル投票に警戒感を抱いていたセヌリ党の反対 がその理由であると考えられる。 7)盧武鉉大統領の側近を指す言葉である。 8)ハンギョレ 21、2012 年 3 月 7 日。民主党に批判的で言論 である朝鮮・中央・東亜日報だけでなく、進歩的言論とも言 われるハンギョレさえ民主党の公認過程を「既得権公認」と 批判し、支持率の下落にも繋がったと評価した。 9)2012 年 7 月 25 日、セヌリ党の代弁人室のブリーフィング
の内容である。 10)空白の欄は、選挙区の統廃合及び新設によって過去の結果 を記録するのが不可能であった。 11)光州・全南・全北地域おいて単数公認・戦略公認された非 現職議員はいない。 12)過去二〇年の実績によれば、党の公認を受けない候補者が 国会議員選挙に当選する確率はかなり低いのが分かる。 13)2012 年 1 月 1 日、Ohmynews の世論調査では、李明博政 権に対して、評価する 31.5%、評価しない 64.8%、ハンナラ 党政権維持 30.4%、野党への政権交代 49.2% の結果となった。 14)吳怜勳は、現職議員に対して 1 次産業分野には成果を挙げ たと評価したが、政策的懸案に対する葛藤を解決するには役 割を十分果たさなかったと指摘した。 15)韓国の公職選挙法によると、選挙日の一二〇日前から予備 候補として登録すると一定範囲においての選挙運動が可能で ある。 16)全羅道の呼称である。 17)韓国の後援会は日本の後援会とはかなり異なっている。韓 国の場合、主に選挙資金の募金の役割を担っており、選挙組 織としての役割はない。 18)1942 年生まれで、27・28(1991 ∼ 1993 年)・32・33(1998 ∼ 2004 年)代済州道知事を歴任し、2010 年に民主党から公 認候補として不適切と判断され、これに反発し離党、無所属 で三回目の当選を果たした。
19)Alvin W. Govldner The Norm of Reciprocity: A Preliminary Statement, In Social Psychology, P.278
20)2 位は、自由先進党の姜禎姬(11,856 票、17.9%)、3 位は 進歩新党の全祐弘(8,056 票、12.1%)であった。 参考文献 <韓国語> ・キム ソンホヮ、チェ ジョンイン「公職選挙法上の党内競選 の意味と争点」、『イシューと論点』、2012 年 3 月 23 日 ・ジョン ジンミン「政党の候補選出と公正性:有権者政党モデ ルを中心に」、『議政研究』第 17 巻第 3 号、2011 年 11 月 ・シン ソンス「韓国政党公認システムの民主化と自立性の確保 方案」、『グロバール政治研究』第 2 巻 1 号 ・ギル ジョンア「国会議員候補者の選定過程の動学:第 18 代 総選挙におけるハンナラ党と統合民主党の公認を中心に」、 『韓国政治研究』第 20 集第 1 号、2011 年 ・ギル ジョンア、イ ハギョン「韓国政党の分権化及び包括性 に関する比較研究:第 18 代総選挙における候補者公認過程 を中心に」、2009 年 1 月 ・チェ ビョンフン「現行政党公認制度の憲法的問題点」、2010 年 ・キム ミンジョン「18 代総選挙と公認」、『現代社会と政治評論』 第 2 巻、2008 年 ・パク ミョンホ「公認過程における世論調査の望ましい役割に 対する試論」、『未来政治研究』、2011 年創刊号 ・キム ウンヒ「19 代国会議員総選挙の改革公認方案に関する 研究―ボトムアップ公認制度の効果と実行方案を中心に」、 2012 年 ・キム ヨンホ「韓国政党の国会議員公認制度:持続と変化」、『議 政研究』15 号、2003 年 ・ジョン ヨンジュ「候補公認過程の民主化とその政治的結果に 関する研究:第 17 代国会議員選挙を中心に」、『韓国政治学 会編』第 39 集第 2 号、2005 年 ・ 民主統合党の 19 代総選挙の国民競選説明会ガイドブック <英語>
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<日本語> ・堤 英敬「候補者選定過程の開放と政党組織」、『選挙研究』 28 巻 1 号、2012 年 ・庄司 香「世界の予備選挙―最新事例と比較分析の視角―」、 『選挙研究』27 巻 2 号、2011 年 ・M.デュヴェルジェ、岡野 加穂留訳『政党社会学』潮出版社、 1970 年 ・ジェラルド・カーティス『代議士の誕生』日経 BP 社、2009 年 ・朴 喆熙『代議士のつくられ方』文春新書、2000 年