Abstract
By focusing on risk management of trail running events, this study aimed to (a) identify event organizers' risk and risk countermeasures, and (b) examine these relationships between the risk and risk countermeasures. This study conducted semi-structured interviews with six event managers engaged in risk management for the trail running events. The analysis, performed using the modified-grounded theory approach, yielded three risk categories (safety, natural environment, and social risks) and four risk countermeasures (risk avoidance, reduction, transfer, and retention). Notably, safety risk was found to be associated with risk avoidance, reduction, and transfer. By contrast, natural environment and social risks were related to risk avoidance, reduction, and retention. These results offer practical implications for the risk management of participation-based sporting events including trail running events.
《keywords》sportingevents,riskfactor,trailrunning,outdoorsporttourism,modified-groundedtheoryapproach
1) 流通科学大学人間社会学部 〒651-2188 兵庫県神戸市西区学園西町3-1
Faculty of Human and Social Sciences, University of Marketing and Distribution Sciences 3-1 Gakuennishimachi, Nishiku, Kobe, Hyogo, 651-2188
2) 和歌山大学観光学部 〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930
Faculty of Tourism, Wakayama University 930 Sakaedani, Wakayama, Wakayama 640-8510
<原著論文>
トレイルランニングイベントにおける主催者のリスクマネジメント:
質的研究によるリスクとリスク対策の検討
山口志郎
1),伊藤央二
2)Risk management of organizers in trail running events: A qualitative study of the risk and risk countermeasures
1.緒言
世界有数の観光大国を目指す日本にとって,スポー ツと観光を融合させたスポーツツーリズムの推進は, 日本における観光産業の柱となっている.2017年6月 にスポーツ庁は,スポーツによる地域活性化を目的 とした“アウトドアスポーツ推進宣言”を行った(ス ポーツ庁, 2017).アウトドアスポーツ推進宣言の主な 目的は,地方ならではの自然資源を活用した地域活性 化,交流人口の拡大,周辺産業の活性化といった,ア ウトドアスポーツツーリズムの推進である(山口ら , 2017).アウトドアスポーツツーリズムは,ウィンター スポーツ,登山・ハイキング・トレッキング,ウォー キング,サイクリングなどを含み,国内外問わず実施 意向が高いスポーツを含むことが特徴である(伊藤 , 2020).アウトドアスポーツツーリズムは近年急速に 推進され,群馬県みなかみ町での利根川源流を活かし たキャニオニング(増井, 2019)や,徳島県三好市で の吉野川の激流を活用したラフティングによる世界選 手権の開催など,さまざまな成功事例が産官学民の連 携・協働により創出されている(山口ら, 2017). そうした中,近年アウトドアスポーツツーリズム の1つとして注目を集めるのがトレイルランニングで ある.トレイルランニングは 1960~70 年代のアメリ カにおいて,健康の維持・増進を目的とした野外での ランニングを通じて普及したと言われている(村松 , 2014).日本では山岳競争(日本山岳・スポーツクライ ミング協会, n.d.)やランニング登山(下嶋, 1986),マ ラニック(村越, 2018),縦走(村越, 2012),といった アウトドアスポーツとしてさまざまな名称が存在した が,2000年代からトレイルランニングの名称を冠した イベントが多数出現している(平野, 2018).国内にお いてトレイルランニングを統括する団体は2つあり, 日本トレイルランニング協会(n.d.)によると,トレイ ルランニングは(1)自然の路面が 75% 以上,(2)自 然の障害物,(3)激しい高低差,(4)美しい景観が得 られることが条件として定められている.一方,日本 トレイルランナーズ協会(n.d.)は野山の未舗装路(登 山道,林道)を走る(歩く)スポーツをトレイルラン ニングと呼び,そこで行われる競技大会をトレイルラ ンニングイベント(大会)として定義している. ヤマケイ登山総合研究所(2016)によると,2015年 の国内トレイルランニングイベント数は前年比2割増 の276件であったことを報告している.トレイルラン ニングの参加人口は約20万人となっており,今後の参 加意図がある潜在層は約70万人と推計されている(日 本能率協会総合研究所, 2014).トレイルランニングの 人気の背景について,村越(2018)は(1)活動の持つ 多様性,(2)2大母胎の存在:登山者とランナー,(3) 登山およびランニングの志向性の変化,(4)メーカー とメディア,スターの誕生,といった要因を挙げ,学 術的に捉えることの重要性を提案している. 特に, トレイルランニングは山間地域で行われることから, 宿泊施設や観光整備を含めた観光・産業・地域振興の 潜在性を秘めている.富山県南砺市で開催されている TOGA天空トレイルランニングでは,過疎地域の交流 人口拡大への貢献や大会翌日のオプショナルツアーを 通じた観光振興が高く評価され(スポーツ庁, 2016), 「スポーツ庁長官賞」を受賞するなど,アウトドアス ポーツツーリズムを促進するイベントとして注目され ている. このように,トレイルランニングはアウトドアス ポーツツーリズムの新たな起爆剤として注目されてい るが,一方で一般ハイカーや登山者との接触事故や大 会中の死亡事故,自然保護団体の反対により,中止 や延期に追い込まれるイベントも少なくない(山口 ら, 2017).特に,登山経験の浅いランナーが事故に巻 き込まれるケースが増えている(日本経済新聞, 2015, 2017).一般的に登山者よりも軽装で山に入り,体力 的にも限界に近い状態で行われるトレイルランニング において,トラブルへの対処が不十分であると村越 (2012)は指摘する.こうした社会的背景から,環境 省は 2015 年と 2017 年に国立公園内で開催されるトレ イルランニングイベントに対するガイドラインとモニ タリングの手引きを作成し,主催者および参加者に対 し,安全配慮と環境配慮の徹底を呼び掛けている(環 境省, 2015, 2017).そのため,トレイルランニングイ ベントを開催する主催者はどのようにリスクマネジメ ントを実践するかが重要であり,その際トレイルラン ナーが遭遇するリスクを事前に把握しておくことや, そのリスクに対しどのような対策を行うかが持続可能 なスポーツイベントを開催するうえで重要となること が考えられる. これまでトレイルランニングに近似するアウトドア スポーツ(レクリエーション含む)やアドベンチャー スポーツにおいて,リスクやリスクマネジメントに 関連する研究は行われてきた(e.g., 稲葉, 2009; 小林, 2011).特に,アウトドアスポーツを代表する登山研究 において,リスクの特定後,リスク対策を練るといっ たリスクマネジメントの重要性が指摘されてきた(村 越, 2017).しかしながら,これまでトレイルランニン グイベントの文脈において,主催者が認識するリスク やリスク対策の検証は学術的に実施されていないのが 現状である.そこで本研究では,トレイルランニング イベントにおけるリスクマネジメントを検討するうえ で,(1)主催者が認識するリスクとリスク対策を明ら かにすること,(2)リスクとリスク対策の関係性を検 証すること,を研究目的とした.2.2 トレイルランニングおよびそのリスクマネジメ ントに関する研究 トレイルランニングに関する研究は2000年代より研 究が盛んになり,人文・社会科学分野の研究では参加 者と主催者の視点,または両側面から調査が行われて いる.参加者の視点として,自然環境・他者・自己の 安全意識(村越, 2012),マウンテンバイカーとの比較 を通じた動機,関与,イベントポートフォリオ,イベ ント旅行キャリアの検証(Getz & McConnell, 2014), 参加動機と競技距離の関係(永井・武, 2018),参加動 機と環境意識の関係(永井ら, 2019)などの研究が行 われており,主にトレイルランニングイベントへの参 加に至る動機や環境意識との関連性に焦点が当てられ ている. 一方,主催者の視点として,村越(2012)はイベン ト前後と1年後の比較を通じ,土壌硬度,植生への影 響と路面の荒れ,ゴミの3要因によるトレイルへの影 響を調査している.イベント前後の2地点および1年後 を含めた3地点を統計分析,写真撮影,ゴミの回収を 通じ比較した結果,土壌硬度への影響はあるものの, トレイルの荒廃に繋がるような変化は認められず,植 生についても大きな変化は見られなかったことを村越 (2012)は報告している.一方で,イベント後少数なが らゴミが放置される実態が明らかになるとともに,雨 天時ではトレイルへの影響が大きくなりやすいため, 雨天時対策の必要性が指摘された.平野(2018)はト レイルランニングの普及と林地利用が抱える課題に関 して,有志ランナーを含むイベント主催者に対してイ ンタビュー調査を基に明らかにしている.その結果, 林内を走るトレイルランナーに対するハイカーの問題 視,自然保護団体や行政管理部門における自然保護・ 安全保護の懸念,立地所有者をはじめとした地域主体 の抵抗感といった問題が発生していることを明らかに している. リスクマネジメントを戦略的に実施するためには, リスクマネジメントの国際規格であるISO 31000に基 づくリスクの(1)確認,(2)分析,(3)評価,(4) 処理を行うことが推奨されており(日本規格協会 , 2019),トレイルランニングイベントにおいてもこう したリスクマネジメントのプロセスに基づき,リスク の確認を行うことが求められている.Hanstad(2012) によると,イベント主催者はスポーツイベントの開催 において,リスクをどのように扱い,そのリスクに対 応するかがイベント成功の鍵だと述べており,トレイ ルランニングイベントにおいてもリスクとリスク対策 の把握は必要不可欠と言える.国立公園内で行われる トレイルランニングイベントのガイドライン(環境省, 2015)によると,主催者は安全配慮の観点から,(1) 外敵危険が予想される場所を回避,(2)緊急事態が起 こった際の対応,(3)案内表示の徹底,(4)管理者立
2.先行研究の検討
2.1 スポーツイベントにおけるリスクマネジメント とリスクに関する研究 スポーツイベントにおけるリスクとは,「イベント またはイベント活動の結果に影響をもたらし,イベン ト組織が確率と結果によって測定された損失にさらさ れる可能性のある,あらゆる条件または発生」と定義 されている(Silvers, 2008, p. 4).スポーツイベント において,イベント参加によって生じる身体的,感情 的,社会的,環境的,または経済的(財政的)な損失の 可能性を最小化する必要があり,リスクマネジメント を実践するうえでリスクの把握は必要不可欠な要素で ある(Reid & Ritchie, 2011).スポーツイベントにお けるリスクマネジメントとは,「イベントとステーク ホルダーに起こりうるすべてのリスクを評価し,それ らを戦略的に回避,防止,削減,普及,再割り当て,合 法化,または関係管理の利用といった特定されたリス クを軽減するプロセス」と定義されている(Leopkey & Parent, 2009a, p. 164).スポーツイベントのリスクマネジメントに関する研 究は,オリンピックやFIFAワールドカップに代表さ れるメガ・スポーツイベントを対象に多くの調査が 行われている.具体的には,リスクマネジメント計 画・対策(Chang & Singh, 1990, Reid & Ritchie, 2011, Leopley & Parent, 2009a),リスクマネジメント問題 (Leopley & Parent, 2009b),テロリスト対策(Tayloe
& Toohey, 2007), 安 全 対 策(Tarlow & Goldblatt, 2002),イベントマネージャーの態度,信念,阻害要 因(Reid & Ritchie, 2011)などの研究が,質的調査 によって立証されている.リスクマネジメントを推進 するうえでのリスクに関して,身体に関連する安全 リスクが最も優先事項が高いことをReid and Ritchie (2011)は明らかにしている.Leopkey and Parent (2009b)は観戦型スポーツイベントにおけるリスクマ ネジメント問題として,環境,財務,人的資源,インフ ラストラクチャ,相互依存,レガシー,メディア,運 用,組織,参加,政治,人間関係,スポーツ,脅威, 可視化の15のリスクを挙げ,組織委員会やステークホ ルダーによってリスクの重要性は異なることを示して いる.また,Leopkey and Parent(2009a)は観戦型ス ポーツイベントにおけるリスク対策を,回避,防止, 削減,普及,再配置,合法化,関係管理の7つの要因 に分類しており,組織委員会やステークホルダーごと にそれら7要因の重要度は異なることを明らかにして いる.Aicher et al.(2015)はリスクの影響を最小化 するための一般的な5つのリスク対策として,回避, 受容,低減,移転,保有を挙げ,潜在的なリスクをど のように処理するか,またどのリスク対策を使用する かを決定する必要があると説明している.
3.研究方法
3.1 調査対象イベントおよび調査方法 2018年3月から6月にかけ,6つのトレイルランニン グのイベント主催者に対し半構造化インタビューを実 施した(表1参照).はじめに,トレイルランニングイ ベントにおける主催者が認識するリスクとリスク対策 の全体像の把握と先行研究を基にした質問項目の精査 を行うため,2018年3月にAイベントを対象とした予 備調査を実施した.次に,2018年5~6月にBからFイ ベントを対象とした本調査を実施した.本調査におけ る対象イベントは,目的的サンプリング(purposive sampling)1)によって選定を行い,マウンテンスポー ツネットワーク2)による「2017 ベストトレイルレー ス」上位20位の中から,調査協力を得られた5イベン トを対象に調査を実施した.調査対象者はイベント主 催者の中でリスクマネジメントに携わる実行委員長, 事務局長,事務局員,もしくはイベントディレクター であった.質問項目は先行研究(Leopkey & Parent, 2009a, 2009b; Reid & Ritche, 2011)と予備調査を基 に,トレイルランニングイベントにおける(1)開催の 目的,(2)計画・運営方針,(3)リスクマネジメント (リスク,リスク対策含む),(4)自然環境への配慮, (5)リスクマネジメントの課題,とした.表2には,5 つの分類を基にした具体的な質問項目を示している. 本調査の面接時間は1名あたり約55分(合計274分) であり,録音したインタビュー内容はすべて逐語化 (以下,「テキストデータ」と略す)し,逐語録を作成 した.分析に用いられたテキストデータは78,373字で あった. 3.2 分析方法 本研究ではトレイルランニングイベントにおける主 催者のリスクとリスク対策の具体的な原理・法則を導 き出すことから,帰納的アプローチによるコーディン グを行った(佐藤 , 2008).帰納的アプローチについ て,佐藤(2008)は文章テキストそれ自体の中から コードを立ち上げ,徐々に研究者の言語に翻訳してい くことだと述べている.本研究では,修正版グラウン デッド・セオリー・アプローチ(Modified-Grounded Theory Approach:以下「M-GTA」と略す)によっ てコード化を行い(木下, 2003),NVivo12を用いて分 析作業を進めた.その際,四方田ら(2013)の分析手 順に準拠し,M-GTAの分析を実施した. はじめに,リスクとリスク対策に関連する言及に着 目し,その部分を「具体例」として抽出を行い,分析 ワークシートに記入した.その際,具体例を短い言葉 で説明する「概念」と具体例を簡潔な文章で表現する 「定義」の設定を行った.また,「サブカテゴリー」に 分類した後,最終的に「カテゴリー」として分析ワー ち合いによる事前の安全点検,を行うことを求めてい る.また環境配慮の観点から,(1)適切な参加者数の 設定,(2)自然に配慮したルート設定,(3)住宅街や希 少野生動物の生息地の回避,などの対策が必要と上記 のガイドラインに明記されている.永井・武(2018) は,トレイルランニングイベント開催に伴う,自然資 源の有効活用は重要な課題であり,自然資源を適切に 管理し,持続的に発展させるための方策を検討するこ との必要性を指摘する.したがって,トレイルランニ ングイベント開催に伴うリスクマネジメントを戦略的 に実施することが望まれる. 2.3 リサーチクエスチョンの設定 スポーツイベントにおけるリスクマネジメントやリ スクに関する研究は,国外の研究者によって行われて いるが,Parent and Smith-Swan(2013)はイベントの タイプによって起こりうるリスクには相違があること を明かし,イベントごとにリスクマネジメントの戦略 も異なることを提言している.そのため,本研究が対 象とするトレイルランニングイベントは参加型スポー ツイベントに分類され,毎年定期的に開催されること から,先行研究で報告されている観戦型スポーツイベ ントのリスクとは異なる可能性が考えられる. 先述した通り,トレイルランニングに関する研究は 国内外で報告されており,本研究が対象とするイベン ト主催者に焦点を当てた研究はいくつか行われている (村越, 2012; 平野, 2018).しかしながら,イベント主 催者がどのようなリスクを認識しているのか,といっ た“リスクの確認”は行われておらず,なぜトレイル ランニングイベントにおいて死亡事故や何らかのトラ ブルが発生するのか,そういった事故に対してどのよ うなリスク対策を行っているのか,といった命題の解 明は進んでいない.そのため,トレイルランニングイ ベント主催者が認識するリスクとリスク対策を明らか にすることは,戦略的にリスクマネジメントを実施す るための重要な基礎資料となることが考えられる. 国内のトレイルランニングの文脈において,イベン ト主催者のリスクに着目したリスクマネジメントの検 証は行われておらず,事前に因子の特定や関係性の把 握が困難であったことから,本研究では仮説を設定す るのではなく,探索的研究として以下のリサーチクエ スチョン(RQ)を設定した. RQ1: イベント主催者はどのようなリスクを認識し ているのか? RQ2: イベント主催者はどのようなリスク対策を 行っているのか? RQ3: イベント主催者が認識するリスクと実践して いるリスク対策の関係性はどのようなもの か?念〕,『サブカテゴリー』に分類した後,最終的な【カテ ゴリー】を生成する際,Leopkey and Parent(2009a) ならびにAicher et al.(2015)を参考に,回避,低減, 移転,保有に分類を行った. 次に,抽出された概念を比較し,カテゴリーおよび 概念に偏りがないか確認を行い,主催者の意見が多い 順に並べ替えを行った(表3・5参照).なお,【リスク 保有】,『中止に伴う配慮』,〔キャンセルポリシー〕に ついて言及したイベントが1つであったにも関わらず クシートにまとめた.さらに,作成した概念と定義を 照らし合わせながら該当する具体例を収集した.新た な概念を作り出す際は,具体例を抽出した後,概念名 と定義を作成した.その具体例がリスクとリスク対策 を適切に捉えているかを確認し,必要があれば修正を 加えた.分析ワークシートを作成する際は,各概念の 解釈や疑問点,概念間の関係性など,気づいた点につ いて「理論的メモ」欄に記入した.なお,リスク対策 の分類基準について,調査対象者の語りを定義,〔概 表1 イベント概要 表2 質問項目
ID
イベント
地 域
開催回数
イベント
イベント
規 模
調査対象者
役 職
インタビュー時間
A
兵庫県
6
中
イベントディレクター
60分(2018年3⽉)
B
兵庫県
5
⼩
事務局⻑
60
分(2018年5⽉)
C
静岡県
7
⼤
イベントディレクター
57分(2018年5⽉)
D
東京都
26
⼤
実⾏委員⻑
61
分(2018年5⽉)
E
⻑野県
9
⼤
イベントディレクター
42
分(2018年6⽉)
F
⼭梨県
7
中
事務局員
54
分(2018年6⽉)
†︓イベントの規模は,全体の参加者が500名以下を“⼩”,500名から1,000名以下“中”,
1,000名以上を“⼤”とした.
(1)開催の⽬的 ・ トレイルランニングイベントの開催⽬的は何ですか/何でしたか︖ ・ トレイルランニングイベントの中で,あなたの役割は何ですか/何でしたか︖ (2)計画・運営⽅針 ・ トレイルランニングイベントにおける⼤会計画・運営⽅針の意思決定はどなたが⾏っていますか/⾏いましたか︖ ・ トレイルランニングイベントにおける⼤会計画・運営⽅針を作成・決定にあたり,どのように情報収集を⾏っていますか/ ⾏いましたか︖ (3)リスクマネジメント(リスク,リスク対策含む) ・ トレイルランニングイベント開催にあたってのリスクマネジメントの基本理念について教えてください. ・ トレイルランニングイベント開催にあたって,どの程度リスクマネジメントは重要ですか︖ ・ トレイルランニングイベントにおけるリスクとは何ですか︖ ・ 他のスポーツ(e.g., 登⼭,マラソン)と⽐較し,トレイルランニング特有のリスクとは何ですか︖ ・ トレイルランニングイベント開催中に,どのような事故やリスクに関連する問題に遭遇しましたか︖ 具体的な状況について教えてください. ・ その問題が起こらないように/起こった際に,どのような対策を⾏っていますか/⾏いましたか︖ ・ その際,主要な関係者・団体とどのように調整を⾏っていますか/⾏いましたか︖ ・ あなたがリスクマネジメントを実施するうえで,影響を受けた個⼈またはグループがいたら教えてください. (4)⾃然環境への配慮 ・ トレイルランニングイベント開催にあたって,どの程度⾃然環境への影響を認識していますか︖ ・ トレイルランニングイベント開催にあたっての具体的な⾃然環境への配慮・対応策があったら教えてください. (5)リスクマネジメントの課題 ・ トレイルランニングイベントにおけるリスクマネジメントを促進するうえでの課題について教えてください.から,熱中症や低体温症になりやすく,トレイルに足 を取られ捻挫や骨折による怪我も少なくない.「(レー ス中に)トップクラスの選手が(限界まで)追い込ん でしまうので,ピシッと止まった時の低体温が非常に 多く,重症化するケースが多いんです(D)」といった 主催者からの意見もみられることから,リスクを認識 しているトップ選手でさえも,体調不良や事故に陥る ケースが少なくない.また,「道迷いですね.道迷い も,本当に危ないところには人をつけたりしているの で,いまのところ深刻なやつは1件もないですけれど. でも,迷っちゃって,夜電話がかかってきた人はいま す(C)」というように,イベントによっては夜間走行 も行われることから,道迷いによる遭難のリスクも想 定される.そのため,主催者はイベント開催中に参加 者が起こりうる『事故リスク』を想定し,安全に配慮 したリスクマネジメントを行う必要がある. 2つ目に生成されたリスクは【自然環境リスク】で あり,サブカテゴリーは『環境リスク』と『天候リス ク』であった.具体的には,〔トレイルの荒廃〕と〔天 候不良〕の概念がそれぞれに含まれている.人間が自 然の中で活動する以上,ある程度のインパクトがある ことは当然であり,その自然環境には危険が存在し, リスクは不可避であると村越(2012)は述べている. また鏑木(2009)によると,参加者が一度に通過する ことによる過剰なダメージがトレイルの荒廃に繋がる と指摘し,とりわけ脆弱な土壌基盤のトレイルではこ の傾向は強いとしている.村越(2012)の調査では, イベント開催によるトレイルへの影響はそれほど大き くないとされているものの(雨天時の調査は行われて いない),『環境リスク』は必ず存在することから,山 や自然環境と共存しながらリスクをコントロールする 必要があると考えられる.また,『天候リスク』に関し て,「いろいろ気象条件とか.あとは,やっぱりへき地 でやるというのがほとんどなのですよ.それを全部本 部で集約して情報を把握しているわけですけども,天 気なんかがやっぱり一番大きいですよね(E)」といっ た主催者の意見からもうかがえるように,トレイルラ ンニングイベントにおいて天候リスクは切っても切り 離せない問題である.村越(2012, 2018)はトレイルへ の影響を考える際,天候は重要な要因だと説明してお り,雨天時による天候リスクの存在を示唆している. 本調査結果においても,台風や雨,雪,霧による天候 不良によって,さまざまなリスクが発生していること が明らかにされている.これらのことから,天候リス クを踏まえたリスクマネジメント戦略を立てることが 重要といえる. 3つ目に生成されたリスクは【社会的リスク】であ り,サブカテゴリーは『財政リスク』であった.具体 的には,〔資金問題〕,〔大会中止〕,〔訴訟・賠償〕の3 つの概念が含まれている.スポーツイベントのリスク それらをカテゴリー化および概念化した理由は,その 対象イベント(C)が非常に重要視していたリスク対 策であり,複数回にわたり言及していたためである. 最後に,リスクとリスク対策における各概念の具体例 を基に,カテゴリー間の関連を検討し,リスクとリス ク対策の関連性を示した概念モデルとしてまとめた (図1).M-GTAは,人間行動の説明と予測に有効であ り,限定された範囲内における説明力に優れた理論で ある(木下, 2003).このことから,本研究ではリスク とリスク対策の関連性を予測する概念モデルを生成す ることにより,今後実証研究に繋げることが可能と考 えられる. 分析作業の妥当性を高めるために,第1著者が上記 の過程を経てテキストデータのコード化を行い,第 2著者と確認・協議を行ったうえで分析結果をまとめ た.なお,下記本文中のカテゴリー,サブカテゴリー, 概念の各名称は順に【 】,『 』,〔 〕で表示し,直接 引用箇所は「 」とした.直接引用箇所の最後には, どのイベントから得られた語りかが分かるように,対 象イベントを表すアルファベット(B~F)を追記し た.
4.結果と考察
4.1 RQ1:主催者が認識するリスク 本研究では「イベント主催者はどのようなリスクを 認識しているのか?」という RQ1 を設定し,インタ ビュー調査を実施した.M-GTAによる分析を行った 結果,トレイルランニングイベントにおける主催者が 認識するリスクとして,3 カテゴリー,4 サブカテゴ リー,および9概念が生成された.表3にはM-GTAに よってコード化されたリスクにおけるカテゴリーおよ び概念一覧を,表4にはリスクにおける各概念の定義 および具体例を示している. 1つ目に生成されたリスクは【安全リスク】であり, サブカテゴリーは『事故リスク』であった.具体的に は,〔怪我〕,〔体調不良〕,〔遭難〕,〔アクシデント〕の 4つの概念が含まれている.Reid and Ritchie(2011) におけるリスクマネジメント研究において,身体に関 連する安全リスクが最も重要な要因であることを明ら かにしており,本研究も同様の結果が得られた.喜熨 斗ら(2016)によると,トレイルランニングはマラソ ンに比べ,未舗装の山道などの自然のフィールドを舞 台にするため,傷病者発生率は8.9 倍も高いと報告し ている.一方で,村越(2018)はトレイルランニング における事故リスクについて,登山と同等またはやや 低い程度と推計している.このことから,トレイルラ ンニングはマラソンより事故率が高く,登山より事故 率が低いスポーツだと推察される.一方で,参加者は イベント中限界に近い状態でレースに挑んでいること果,トレイルランニングイベントにおける主催者のリ スク対策として,4カテゴリー,6サブカテゴリー,そ して12概念が生成された.表5にはM-GTAによって コード化されたリスク対策におけるカテゴリーおよび 概念一覧を,表6にはリスク対策における各概念の定 義および具体例を示している. 1つ目に生成されたリスク対策は【リスク回避】で あり,サブカテゴリーは『安全対策』と『ステークホ ルダー管理』であった.具体的には,『安全対策』とし て〔コース整備・変更〕,〔マーキング・看板設置〕, 〔人員配置〕の 3 つが概念として抽出され,一方『ス テークホルダー管理』として〔関連機関との折衝〕 と〔人材教育〕の 2 つが概念化された.Leopkey and Parent(2009a)によると,リスク回避がリスク対策 において最も重要な要因であり,回避はリスクを減少 させるために取るべき行動だと説明している.トレイ ルランニングイベントでは前述したようにさまざまな 事故リスクが存在することから,そのリスクを回避す るために『安全対策』と『ステークホルダー管理』は 必要不可欠である.主催者はイベント開催前にスタッ フ・ボランティアを適材適所に配置しながら,コース 整備ならびにマーキング・看板を山道に設置する必要 がある.また,そうした作業と並行しながら,主催者 はイベント開催前に天候の確認または予測を行い,天 候不良時にイベントを決行する場合,柔軟にコース変 更も行いながら安全対策を行うことが求められる.こ うした安全対策を行うために,主催者はイベント開催 前にスタッフ・ボランティアの教育を行い,実行委員 会や関係団体,地域などさまざまな関連機関との折衝 といったステークホルダーの管理もリスク回避におい ては必要である.「まず地域に対する大きな合意形成 をするという理由の1つは,地元の自治体と観光協会 が実行委員会に入っているというところが大きいとこ ろかなと思っています(C)」といった主催者の意見 から,ステークホルダー間で合意形成を図りながら, マネジメントにおいて,リスク発生による資金不足に ならないための財政リスクはイベント開催において重 要だと田中(2016)は述べている.トレイルランニン グイベントではないものの,ワールドマスターズゲー ムズ2017オークランド大会では『財政リスク』をコン トロールすることにより,大会を成功に導いたと報告 されている(自治体国際化協会, 2018).「基本,うち はそういう行政関係のお金って頂戴していないんです よ.もちろん補助金とか,実際の,行政だったり,地 元のほうからこういう補助金があるからこれを使いた いとか,これを使いましょうという話はあるのですけ ども,そういう補助金がなくなったら大会が継続でき ない(E)」といった主催者の語りからうかがえるよう に,本研究の対象イベントの多くは行政の補助金に頼 らず,参加者収入やスポンサー収入を基にイベント運 営が行われていた.一方で,「30万で出来るかどうか というところで,まずは予算づくりから・・・5,000円 でできるのか?と(行政に)言われたけれど,5,000円 にしなかったら(参加者が集まらないから)絶対に開 催は無理ですと言って(B)」といった主催者の意見か らうかがえるように,イベントの資金問題は切っても 切り離せない『財政リスク』と考えられる.また,ト レイルランニングイベントは市民マラソンと比べ,天 候不良やイベント中の事故による大会中止,また訴訟 に発展するケースも少なくない.平野(2018)は接触 事故や滑落に伴う賠償リスクへの懸念が顕著だと指摘 する.したがって,社会的リスクが大きいトレイルラ ンニングイベントでは大会中止や延期,訴訟・賠償も 視野に入れながら『財政リスク』をコントロールし, 戦略的にリスクマネジメントを遂行する必要がある. 4.2 RQ2:主催者が実践するリスク対策 本研究では「イベント主催者はどのようなリスク対 策を行っているのか?」というRQ2を設定し,インタ ビュー調査を行った.M-GTAによる分析を行った結 表3 リスクにおけるカテゴリーおよび概念一覧
B
C
D
E
F
怪 我
〇
〇
〇
〇
〇
体調不良
〇
〇
〇
〇
〇
遭 難
〇
〇
〇
〇
アクシデント
〇
〇
〇
〇
環境リスク
トレイルの荒廃
〇
〇
〇
〇
〇
天候リスク
天候不良
〇
〇
〇
〇
資⾦問題
〇
〇
〇
〇
⼤会中⽌
〇
〇
〇
〇
訴訟・賠償
〇
〇
⾃然環境リスク
社会的リスク
財政リスク
†:A
イベントは予備調査であることから,本分析の対象外としている.
カテゴリー
サブカテゴリ―
概 念
対象イベント
安全リスク
事故リスク
催されるトレイルランニング大会等におけるモニタリ ングの手引き」を発行するなど,社会的な環境配慮の 動きは強まっており,本調査結果においても「モニタ リングの内容も(会議)でけっこう決めます.地域の 声を受けて,(コースのこの部分)のモニタリングもし ようと思いますよという報告をまず(関係団体に)し て,(その議題内容)を(行政に)持っていって,(モ ニタリング)を(今年はこの体制)でまたやりたいの ですけど,これでどうですかといって(F)」といった 主催者の声も聞かれた.“トレイルランニングは環境 と地域を守れるか”といった課題を鏑木(2009)が指 摘していることからも,環境配慮はリスク低減におい て必要不可欠と言える.また,スポーツイベントを実 施するうえで,イベントの規模や季節に応じた医療体 制の工夫が必要だと小野(2018)が提言しているよう ONE TEAMでイベントを作り上げていくことがリス クを回避し,また持続可能なスポーツイベントを作り 上げていくうえで重要と言える. 2つ目に生成されたリスクは【リスク低減】であり, サブカテゴリーは『環境配慮』と『安全管理』であっ た.具体的には,『環境配慮』として〔モニタリング〕 と〔清掃〕の2つが概念として抽出され,一方『安全 管理』として〔医療体制〕が概念化された.モニタリ ングの実施について,イベント開催にあたって主催者 は環境・林野等の関連行政部門や自治体,消防,警察 などの管理主体に対する事前調整と然るべき申請手続 き,環境影響のモニタリングと原状回復を行う必要が ある(平野 , 2018).環境省(2015, 2017)は 2015 年 3 月に「国立公園内のおけるトレイルランニング大会等 の取扱い」を策定し,2017年3月に「国立公園内で開 表4 リスクにおける各概念の定義および具体例 定義︓イベント開催中に,参加者が起こりうる捻挫や⾻折に関する怪我 「⾻折はありますよ.たぶんランニングの⼈とちょっと違うのは,⾻折ぐらいは重⼤ではないのですね.なぜなら, 死ぬわけではないから(C)」 「リスクマネジメントでさっき⾔おうと思っていたのですけど,事故というか,怪我が多いのは,⾜⾸の捻挫が⾮常 に多いのですよね(D)」 定義︓イベント開催中に,参加者が起こりうる熱中症や低体温症に関する体調不良 「⼀番⼼配なのは熱中症,脱⽔,それに伴う痙攣とか.年配の⽅であれば脱⽔から来る⼼筋梗塞とか脳梗 塞とか,そのへんが⼀番⼼配(B)」 「(レース中に)トップクラスの選⼿が(限界まで)追い込んでしまうので,ピシッと⽌まった時の低体温が⾮常 に多く,重症化するケースが多いんです(D)」 定義︓イベント開催中に,参加者が起こりうる夜間⾛⾏や複雑な⼭道での道迷いによる遭難 「最初はね,まあロストは多かったのですけれど・・・意外と道が⼭道にあって,並⾏して道があったりするのです よ.ここがちょっと近づくと,意外と道が⾒えちゃうのですね(B)」 「あとは,道迷いですね.道迷いも,本当に危ないところには⼈をつけたりしているので,いまのところ深刻なや つは1件もないですけれど.でも,迷っちゃって,夜電話がかかってきた⼈はいます(C)」 定義︓イベント開催中に,参加者が起こりうる滑落や落⽯に関するアクシデント 「危ないのは,やっぱり滑落と落⽯,この2つなのですけれど.滑落は,本当に危険な所は⼀カ所ぐらいしかな いのですけど.実は落⽯を⼀番恐れています.林道を使っているので,なので,事前の⾬とか当⽇の⾬は⾮ 常に怖いですね(C)」 「滑落は,結構多いですけど,うちの場合樹林帯なのでね(D)」 定義︓イベント開催前や開催中の天候不良や参加者の⾛⾏によるトレイルの荒廃 「ただ,コースを荒らしてしまう可能性があるので,美ヶ原の⼀番いいエリアについては,今回は⼀切⼊らないこ とにしようと(E)」 「環境の問題とか起きてくる中で,⾬が降ったらレースは駄⽬ですよというかたちにだんだんなってきているのですよ ね.それは⼭の地質とか,そういうこと全然関係なく,⼀律に駄⽬ですと⾔われちゃう傾向があって(F)」 定義︓イベント開催前や開催中の台⾵や⾬,雪,霧による天候不良 「天気がいいときはしっかり⾒えるのですけれど,天気が悪くなったら⾒えないとか.だから,そういうのを事前に チェックするためにも,⾬の中でも試⾛会をして.霧が出ると,前の⼈がスッと曲がってしまうと,まっすぐ⾏く道が あったら,そっちが⾒えちゃうときがあるのですよ(B)」 「いろいろ気象条件とか.あとは,やっぱりへき地でやるというのがほとんどなのですよ.それを全部本部で集約し て情報を把握しているわけですけども,天気なんかがやっぱり⼀番⼤きいですよね(E)」 定義︓イベント開催に伴う参加者数や補助⾦問題による資⾦問題 「30万で出来るかどうかというところで,まずは予算づくりから・・・5,000円でできるのか?と(⾏政に)⾔われたけ れど,5,000円にしなかったら(参加者が集まらないから)絶対に開催は無理ですと⾔って(B)」 「主催者側に⼊るフィーがすごく減るので,選⼿のお⾦だけで運営していけないと⼤会は絶対続かないから.あく までもスポンサーからもらうお⾦というのは,もらえたらいいねというレベルのもので.基本的には皆さんからもらった フィーがあれば全部運営できますよというかたちにするために,値段を上げている(F)」 定義︓イベント開催前の天候不良やイベント開催中の事故による⼤会中⽌ 「開催率がけっこう低いです,マラソンと⽐べて.中⽌リスクというのがあって,これは中⽌になったらお⾦を返却 しないというかたちになっているのですね(C)」 「事故が起こる可能性が⾼いのであれば,中⽌をするということも当然ありましたけど(E)」 定義︓イベント開催中の事故による訴訟・賠償 「やっぱり,結局訴訟リスクなんですよ,⼀番⼤会が出来なくなるのは.損害賠償なんかが起こった場合に,ど うするんだという話なので,そこのリスクマネジメントは,実は裏で,けっこう⼤きいですね.安全とかも,すべての ところ,⼀番致命的になるのは,もちろん⼤会の評判が傷つくとかというところはあるのですけれど(C)」 カテゴリー サブカテゴリ― 概 念 定義/代表的な具体例 安全リスク 事故リスク 怪 我 体調不良 遭 難 アクシデント †:⽂中「・・・」は省略を,( )は筆者による補⾜を意味する. ⾃然環境リスク 環境リスク トレイルの荒廃 天候リスク 天候不良 社会的リスク 財政リスク 資⾦問題 ⼤会中⽌ 訴訟・賠償
た対策を行うイベントも見られた.昨今,新型コロナ ウィルス感染症(COVID-19)の影響に伴いトレイル ランニングイベントの中止や延期が相次ぐ中,主催者 の対策が迫られている(スポーツ産業新報, 2020).前 述したように,トレイルランニングは山という自然環 境を舞台にレースが開催されることから,市民マラソ ンと比べイベントが中止または延期になる可能性が高 く,リスクを保有しながらリスク対策を練っていくこ とが必要と言える. 4.3 RQ3:主催者が認識するリスクと実践するリス ク対策の関係性 本研究では「イベント主催者が認識するリスクと 実践しているリスク対策の関係性はどのようなもの か?」というRQ3を設定し,RQ1とRQ2によって生成 されたカテゴリー,サブカテゴリー,および概念を基 に検討を行った.M-GTAによる分析の結果,図1の ようなリスクとリスク対策の関連性を示した概念モデ ルが作成された. はじめに,主催者が【安全リスク】を認識した場合, 【リスク回避】,【リスク低減】,【リスク移転】といっ たリスク対策を行うことが予想される.その理由とし て,【安全リスク】における〔怪我〕,〔体調不良〕,〔遭 難〕,〔アクシデント〕の概念は,【リスク回避】におけ る『安全対策』としての〔コース整備・変更〕,〔マーキ ング・看板設置〕,〔人員配置〕が重要と考えられ,『ス テークホルダー管理』としての〔関連機関との折衝〕 と〔人材教育〕も安全性を担保するうえで関連がある ことが想定される.Leopkey and Parent(2009a)は リスク対策において主催者とステークホルダーとの関 係管理が重要だと述べており,教育や計画に関わる人 材管理をリスク回避として行うことの必要性を提示し ている.本研究結果は彼女らの主張を支持するもので あり,トレイルランニングイベントにおいてもステー クホルダーとの連携・協働を図りながら安全リスクに に,トレイルランニングイベントにおいても同様に, コースの距離や種類,季節,トレイル環境に応じた医 療体制の構築が必要である.トレイルランニングイベ ントにおいては医療体制が構築されたからといって事 故がなくなるわけではなく,リスクをゼロにすること はできないが,リスクを低減させるという意味で必要 不可欠な対策である. 3 つ目に生成されたリスク対策は【リスク移転】で あり,サブカテゴリーは『参加者意識の醸成』であっ た.具体的には,〔保険加入〕,〔参加資格〕,〔安全走 行講習会〕の3つが概念化された.トレイルランニン グをアウトドアスポーツの1つとして捉えると,自己 の安全確保に関して多くの課題があり(村越, 2012), マラソンブームの流れに乗る形でトレイルランニング イベントに参加しているランナー間の安全に対する意 識の低さが問題視されている.このことから,本研究 で抽出された『参加者意識の醸成』を図るための〔保 険加入〕,〔参加資格〕,〔安全走行講習会〕といった具 体的な対策は,怪我や事故を防ぐ意味でも必要不可欠 と言える.「我々は,山に入る場合はまず保険に入り ましょうと.これは奨励じゃなくて,義務化していま すので.ヨーロッパなんかに行くと保険に入らなく ちゃ,山に入れませんしね(D)」とある主催者が述べ るように,日本では山に入る際に保険へ加入する人が 少ないことから(久保・山本, 2017),こうした啓発活 動も随時行っていくことが望まれる. 4つ目に生成されたリスク対策は【リスク保有】であ り,サブカテゴリーは『中止に伴う配慮』であった.具 体的には,〔キャンセルポリシー〕の1つが概念化され た.「(歴史的な大雪の影響により)われわれの判断で (イベントを)やめたので,残金を計算して返却した のですよ.なので,そんなに大きな問題にならなかっ たのですけれど(C)」と述べた主催者がいたように, 天候不良や何らかの理由によるイベントが中止になっ た場合,参加費返金や優先エントリー権の付与といっ 表5 リスク対策におけるカテゴリーおよび概念一覧 B C D E F コース整備・変更 〇 〇 〇 〇 〇 マーキング・看板設置 〇 〇 〇 〇 〇 ⼈員配置 〇 〇 〇 〇 〇 関連機関との折衝 〇 〇 〇 〇 〇 ⼈材教育 〇 〇 〇 モニタリング 〇 〇 〇 〇 〇 清 掃 〇 〇 安全管理 医療体制 〇 〇 〇 〇 〇 保険加⼊ 〇 〇 〇 〇 〇 参加資格 〇 〇 〇 〇 安全⾛⾏講習会 〇 〇 〇 リスク保有 中⽌に伴う配慮 キャンセルポリシー 〇 カテゴリー サブカテゴリ― 概 念 対象イベント リスク回避 安全対策 ステークホルダー管理 リスク低減 環境配慮 リスク移転 参加者意識の醸成 †:Aイベントは予備調査であることから,本分析の対象外としている.
ら,【安全リスク】を担保するうえで,参加者意識の醸 成といった【リスク移転】の対策は必要不可欠と言え る. 次に,主催者が【自然環境リスク】を認識した場合, 【リスク回避】,【リスク低減】,【リスク保有】といっ たリスク対策を実施することが見込まれる.その理由 として,【自然環境リスク】における〔トレイルの荒 廃〕と〔天候不良〕の概念は,【リスク回避】における 『安全対策』としての〔コース整備・変更〕や『ステー クホルダー管理』としての〔関連機関との折衝〕と関 注視し,リスク回避することが重要であると言える. また,【安全リスク】と【リスク低減】における『安 全管理』としての〔医療体制〕も関連があると考えら れる.さらに,【安全リスク】と【リスク移転】におけ る『参加者意識の醸成』としての〔保険加入〕,〔参加 資格〕,〔安全走行講習会〕の関連性が示唆された.柳 下(2010)はトレイルランニングを行う際,事故を起 こさない心がけは重要であるとしながら,どんなに備 えていても万一のことも起こりうることから,保険へ の加入や講習会への参加を推奨している.このことか 表6 リスク対策における各概念の定義および具体例 定義︓イベント開催前・中・後におけるコース整備または天候不良によるコース変更 「そういうときには階段にして,まっすぐだけど,ちょっと階段のところの⽊で⽔を横に流すようにして,道が掘れないよ うにするとか,そういう努⼒はしていますね(B)」 「コースを⼤幅に変えたのですね.基本,林道の中で.それがあそこの⼤会の場合はできたのですよ.それもある 程度,要するに,A案,B案,C案と,だいたいいつも頭の中にあるのですね,主要メンバーの中に(C)」 定義︓イベント開催前のコースマーキング・ロープ設置 「マーキングも多すぎず少なすぎずやって,あとで⼀回知らない⼈に⾛ってもらって,ここら辺が迷いやすいポイントと いうのを確認して,マーキングをし直すという作業を僕らはしますね・・・あとは看板どうするのかとか(B)」 「コースマーキングの仕⽅とか,誘導のマニュアルとか,あと医療とかというのは,UTMFを参考にして(F)」 定義︓イベント開催前の⼈員配置 「うちは無線を重視して,⼤岳⼭の頂上に中継局を持っていて・・・だから全体を把握して,各ポイントには⼈員を 配置して,ロットの連絡も取れていますし,それに合わせて選⼿マーシャルというのがいて,選⼿として散らばってい るのですね(D)」 「コース上に出ているスタッフは基本的にみんな無線を持っているので,無線で情報のやりとりをしたりとか.無線が 通じない場合は携帯で連絡するようにというようなかたちで,かなりそれはマニュアルで徹底しています(F)」 定義︓イベント開催前・中・後の関連機関との折衝 「地域に対する⼤きな合意形成をするという理由の1つは,地元の⾃治体と観光協会が実⾏委員会に⼊っている というところが⼤きいところかなと思っています(C)」 「近隣の病院であるとか,消防署とあらかじめ情報共有して,何かあったときはこうしますと・・・いろんな状況になっ たときに適切に対応して,早く⾏動を起こして,しかるべきところにつないでいくという話になるのですけども(E)」 定義︓イベント開催前の⼈材教育 「まずは取れというかたちで,⼭岳の,最低の指導員資格というのを取らせて,そこの部隊がやっぱり中⼼になっ て,安全⾛⾏講習会をしていく.その卒業⽣が,どんどんスポーツ指導者の資格を取っていくというようなかたちを 取ったのですよね(D)」 定義︓イベント開催前・後の環境影響ならびに利⽤影響モニタリング 「県の⾃然保護課さんと⾃然保護協議会というのがあるのですよ,まったく違う観点で.それこそ⼤学の先⽣たち が,そこの地図があったり,いろいろ環境的なところを調査,管理している団体があって.そういった協議会の皆さ んと,慈善事業のモニタリングは全部やっています(E)」 「モニタリングの内容も(会議)でけっこう決めます.地域の声を受けて,(コースのこの部分)のモニタリングもし ようと思いますよという報告をまず(関係団体に)して,(その議題内容)を(⾏政に)持っていって,(モニタ リング)を(今年はこの体制)でまたやりたいのですけど,これでどうですかといって(F)」 定義︓イベント開催前・中・後の清掃 「⾛ったあと以上にきれいにして,⾃然に戻しましょうというのが基本ですので.終わったあとは,清掃登⼭をやって いますよね(D)」 定義︓イベント開催中・後の医療体制 「事故等については、医療スタッフであったり、救護系のトレーナーを編成して・・・これも徐々にそういう体制ができあ がってきているのですけども(E)」 「お医者さんは,必ず4⼈体制ですね.各エイドと会場に,お医者さん,ならびに看護師さんを各場所に2⼈体制 という感じで。プラス⾛りながらの医療マーシャルというのが,全部で6⼈いて,医療資格とかはないけど,⼤会進⾏ 中の異常を発⾒するためのマーシャルランナーというのが,うち2コースあるんですけど,両⽅合わせると,15⼈ぐらい はいるんですかね(F)」 定義︓イベントにおける参加者,スタッフ,ボランティアの保険加⼊ 「我々は,⼭に⼊る場合は,まず保険に⼊りましょうと.これは奨励じゃなくて,義務化していますので.ヨーロッパ なんかに⾏くと,保険に⼊らなくちゃ,⼭に⼊れませんしね(D)」 「ケガに関しては,保険に⼊っているのでというところなんですけど.まず,保険は当たり前に⼊っていて,多分どこ の⼤会も(F)」 定義︓イベントにおける参加資格 「⼀つの対策として、装備品チェックを通さないと⾛らせませんからと。もちろん参加資格も作っているんです(C)」 「このレースのボランティアスタッフだったり,ボランティアを経験しないとエントリーできないというかたちに持っていけたら いいんじゃないかなと思っていて.もちろん初⼼者歓迎のコースもあってという⼤会に限定になっちゃうと思うんですけ ど(F)」 定義︓イベント参加者のための安全⾛⾏講習会 「やっぱり,トレイルランニングの選⼿の質を⾼めなくてはいけない.特に,安全⾯について.それで,始めたのが, 安全⾛⾏講習会なんですよね(C)」 定義︓イベント中⽌に伴うキャンセルポリシー 「(歴史的な⼤雪の影響により)われわれの判断で(イベントを)やめたので,残⾦を計算して返却したのです よ.なので,そんなに⼤きな問題にならなかったのですけれど(C)」 カテゴリー サブカテゴリ― 概 念 定義/代表的な具体例 リスク回避 安全対策 コース整備・変更 マーキング・看板設置 ⼈員配置 ステークホルダー管理 関連機関との折衝 ⼈材教育 リスク低減 環境配慮 モニタリング 清 掃 安全管理 医療体制 †:⽂中「・・・」は省略を,( )は筆者による補⾜を意味する. リスク移転 参加者意識の醸成 保険加⼊ 参加資格 安全⾛⾏講習会 リスク保有 中⽌に伴う配慮 キャンセルポリシー
る『ステークホルダー管理』としての〔関連機関との 折衝〕と関連性があると考えられる.社会的リスクに よる問題はイベントの存続危機に陥る可能性を秘めて いることから,関係団体と密に連携・協働を図りなが ら,ステークホルダーの管理を行うことがトレイルラ ンニングイベントにおけるリスク回避を行ううえで必 要と言える.また,【リスク低減】における『安全管 理』としての〔医療体制〕は事故による訴訟や賠償問 題が発生した際,現場での医療ケアによって,主催者 側として対策を講じたといったエビデンスを提示でき るという点から重要である.さらに,【リスク保有】 における〔キャンセルポリシー〕は,社会的リスクを 最小限に抑えるうえで有効な対策である.そのため, 事故対応の安全管理を規定するにあたり,望ましい権 利や義務関係,法制度を検証していく必要があると平 野(2018)は提案している.日本では資金問題や大会 中止,訴訟・賠償といった財政に関わる社会的リスク の議論はあまり進んでいないが,今後は権利・義務関 係,法制度を整えながら,今回提示したリスク回避, 低減,および保有以外の対策を思案することが望まれ る.
5.まとめ
本研究ではトレイルランニングイベントにおける主 催者が認識するリスクおよびリスク対策を明らかに し,それらの関係性の検証を通じて,リスクマネジメ ントに必要な方策を検討することを研究目的とした. 連があることが示唆される.主催者は【自然環境リス ク】を回避するために,ステークホルダーと合意形成 を図りながら自然環境を保護し,自然破壊に繋がらな いようなコースの整備や変更を対策として行うことが 【リスク回避】に繋がる.また,【自然環境リスク】と 【リスク低減】における『環境配慮』としての〔モニタ リング〕や〔清掃〕は関連性が高いことが考えられ, SDGs(持続可能な開発目標)における15番目の目標 である「陸の豊かさも守ろう」に直結する部分でもあ る.村越(2012)は環境配慮の対策について,抽象的 な啓発のみではなく,実行可能な方法についての具体 的な情報提供が必要だと指摘している.清掃はイベン ト開催中にスタッフやボランティア,または参加者に よって総じて実施されているが,モニタリングの実施 は限定的であることから自然環境リスクを低減するた めにも,清掃に限らずイベント前後のモニタリングを 実施することが望まれる.さらに,【自然環境リスク】 における〔天候不良〕の概念においては,【リスク保 有】における〔キャンセルポリシー〕との関連性が確 認された.台風や雨,雪,霧による天候不良によって 大会が中止になった場合,『中止に伴う配慮』が必要と なるため,リスク保有としてのキャンセルポリシーは 主催者として考慮すべき対策と思われる. 最後に,主催者が【社会的リスク】を認識した場合, 【リスク回避】,【リスク低減】,【リスク保有】といっ たリスク対策を行うことが予想される.その理由とし て,【社会的リスク】における〔資金問題〕,〔大会中 止〕,〔訴訟・賠償〕の概念は,【リスク回避】におけ 図1 リスクとリスク対策の関連性を示した概念モデル 【 】はカテゴリー名 『 』はサブカテゴリー名 〔 〕は概念名 ➡はリスクに応じた対応策の⽅向性 【安全リスク】 【⾃然環境リスク】 【社会的リスク】 〔怪 我〕〔体調不良〕〔遭 難〕 〔アクシデント〕 『事故リスク』 〔トレイルの荒廃〕 〔天候不良〕 〔資⾦問題〕〔⼤会中⽌・延期〕〔訴訟・賠償〕 『環境リスク』 『天候リスク』 『財政リスク』 【リスク回避】 〔コース整備・変更〕〔マーキング・看板設置〕〔⼈員配置〕 〔関連機関との折衝〕 〔⼈材教育〕 『ステークホルダー管理』 『安全対策』 【リスク低減】 〔モニタリング〕 〔清 掃〕 〔医療体制〕 『安全配慮』 『環境配慮』 【リスク移転】 〔参加資格〕〔保健管理〕〔安全⾛⾏講習会〕 『参加者意識の醸成』 【リスク保有】 〔キャンセルポリシー〕 『中⽌に伴う配慮』護動機理論(Rogers, 1975)に基づく実証研究は有益 な視座が得られると考えられる. 本研究ではトレイルランニングイベントにおける主 催者が認識するリスクとリスク対策に焦点を当て,具 体的なリスクマネジメントの方策を質的研究によって 明らかにした.アウトドアスポーツツーリズムが注目 され,全国各地にスポーツイベントが散見される昨 今,イベントの質的向上が急務となっており,こうし たリスクマネジメントの研究は学術的にも実践的に も必要と言える.特に,新型コロナウィルス感染症 (COVID-19)の影響に伴い多くのスポーツイベント が中止または延期に追い込まれる中,リスクマネジメ ント研究は益々注目されることが予想される.本論文 の研究意義は,このような社会問題に対応したスポー ツイベントにおけるリスクマネジメントの研究結果を 提供できたことにある.加えて,生涯スポーツ学にお ける普及の観点から,本研究結果はイベント中の事故 の減少やイベントの継続的な運営に貢献ができると考 えられる.最後に,本研究がスポーツイベント研究の 発展ならびにトレイルランニングイベント主催者のリ スクマネジメントに寄与できれば幸いである.
謝辞
本研究は,JSPS 科研費 17K13168「トレイルランニ ングにおけるリスクマネジメントと参加者のリスク認 知に関する実証研究」の助成を受けたものである.本 研究の趣旨をご理解いただき,調査にご協力いただき ましたイベント主催者の皆様に心よりお礼申し上げま す.また,本論文の審査過程において有益なご助言を いただきました査読者2名の先生方ならびに編集委員 長の伊藤克広先生に感謝申し上げます.注
1) 目的的サンプリングとは,研究課題に関する豊富な 情報を収集できると期待される対象者を,範囲や 属性の選定基準を設定したうえで選定することを 指す(メリアム, 2004). 2) マウンテンスポーツネットワークとは,株式会社山 と溪谷社が全国のトレイルランナーとつながるこ とを目的としたウェブサイトである.その中で,ト レイルランニングレースへの意識調査を行ってお り,「2017年 ベストトレイルレース」を選出してい る.文献
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