わが国における学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)の開発と貢献
岐阜大学 平澤紀子 対象者の行動問題の低減から生活の質の向上への転換を示したポジティブ行動支援は、学校教育に適 用される中で、対象者に支援を行う支援者への支援の枠組みとして進化している。本特集号は、このよ うな学校規模ポジティブ行動支援の機能を確立する方向で、わが国のコンテンツと研究に必要な要素を 明らかにし、検証している。こうした検討は学校教育にどのように貢献するだろうか。PBS の焦点に照 らすと、既存の学校システムを機能化し、学校教育を向上させるといえる。それも、学校規模の指標の 検討により、成果拡大への循環をもたらす。一方、コンテンツの方向性や実効性にかかわる課題も指摘 した。 Key Words 学校規模ポジティブ行動支援、学校教育、コメントはじめに
特別支援教育が通常教育に拡大する段階におい て、行動分析学の在り方を問う特集号(武藤, 2007)が刊行されてから 10 年がたつ。この間に、 世界的に学校規模ポジティブ行動支援(School-wide Positive Behavior Support、以下 SWPBS とす る)の広がりがみられ、わが国においても学校規 模の実践(石黒,2010; 石黒・三田地,2015)や 自治体規模の実践(徳島県教育委員会,2018; 徳 島県教育委員会・東みよし町教育委員会,2018) が報告されるようになり、新たな段階を迎えよう としている。 こうした段階において、本特集号が刊行された ことは大きな意味をもつ。それは、第一に、わが 国において SWPBS に対する社会的な要請が高ま る中で、どのように行動分析家が向き合うかを問 うている(大久保・ 本・庭山,2020)からであ る。第二に、SWPBS の機能を確立する方向で、 わが国のコンテンツや研究に必要な要素を検討し ている(庭山,2020; 野田,2020; 田中,2020; 大 対,2020)からである。第三に、そのコンテンツ による実践研究を示している(大久保・月本他, 2020; 松山・三田地,2020)からである。 それによって、わが国における SWPBS の在り 方が明らかにされ、それを具体化したコンテンツ の成果も確認された。このような検討は、わが国 の学校教育にどのように貢献するであろうか。ポ ジティブ行動支援(Positive Behavior Support、以下 PBS とする)の焦点は、対象者の生活の質 (Quality of Life、以下 QOL とする)の向上に向 けた生活環境の再構築である(Carr et al., 2002; Dunlap, Sailor, Horner, & Sugai, 2009)。本稿では、 このような PBS の焦点に照らして、本特集号が 示すコンテンツの開発の貢献と課題について検討 する。
わが国における SWPBS の開発
大久保・ 本他(2020)は、わが国のコンテン ツ開発の第一歩として、PBS に行動分析家がどう 向き合うかを問うている。もちろん、PBS は行動 分析学を基盤としている(Carr et al., 2002; Dunlap et al., 2009)。ただし、PBS が行動分析学のコミュニ ティーを越えて広がる中で、あらためて、そのス タンスを明確にする必要性が生じている。大久保・ 本他(2020)は、PBS と ABA(Applied Behavior Analysis)との関係を検討し、PBS という言語行 動が教育領域のニーズに応じる機能を果たしてい ることを明らかにし、PBS が ABA のサービス提 供モデルであるという知見を支持している。この ABA は社会的に重要な行動に、確実に影響を与 える環境変数を発見するとともに、その発見をた くみに実践に応用して、行動改善のテクノロジー を開発する、科学的アプローチである(Cooper, Heron, & Heward, 2007 中野訳,2013)。このようにみると、PBS は行動問題という社会 的に重要な行動に対して、行動問題の低減から QOL 向上への転換を強調して、行動分析学を提
供するモデルであるといえよう。その PBS を学 校教育に適用する中で、対象者に支援を行う支援 者への支援が課題となり、それを支えるシステム を描いたものが SWPBS であると捉えられる。こ れは、全ての児童生徒の学業や社会的行動に向け て社会的文化や個別の行動支援の確立を目指し、 そのために学校組織としてエビデンスに基づく実 践を活用するための枠組み(中心的要素)として 示されている(Horner et al., 2004; Sugai & Horner, 2006, 2009)。さらに、今日では、行動支援だけで なく、学業支援も統合した多層支援モデル(Multi- Tiered System of Support)が示されており(野田, 2020)、今後も社会的な要請に応じて進化してい くものと思われる。 このような SWPBS に対して、本特集号は実際 の問題を行動随伴性の枠組みで分析し解決策を得 る、徹底的行動主義を重視している(大久保・ 本他,2020)。そして、図 1 に示すように、SWPBS の機能を確立する方向で、わが国のコンテンツや 研究に必要な要素を検討している(庭山,2020; 田中,2020; 大対,2020)。現時点では、第 1 層支 援が中心であるが、今後は多層支援モデル、さら に学業支援との統合モデル(野田,2020)の研究 も進められるであろう。一方、こうした検討はわ が国の学校教育にどのように貢献し、課題は何で あろうか。以降では、PBS の目指す対象者の QOL 向上に向けた生活環境の再構築という焦点から検 討する。
学校教育における貢献と課題
SWPBS は、学業や対人関係を阻害する望まし くない行動について、児童生徒の問題ではなく、 学校システムの問題と捉え、望ましい行動を育成 する社会的文化やシステムを構築することが解決 策となることを示している (Sugai & Horner, 2009)。 このことは、学校教育の向上に他ならない。 そもそも学校は、児童生徒に対して社会の構成 員として生きる力を育む場であり、そのための目 標(学校経営計画や教育目標等)があり、それを 実現するための方法(組織、カリキュラム、教育 方法等)があり、その成果を評価する仕組み(学 校評価や教育評価等)がある。ただし、それらが 目標を実現するためにうまく機能しているとは限 らない。SWPBS は、①目標を行動目標として具体 化し、②それを実現するために支援者がエビデン スに基づく実践を行い、③その成果が行動変化に より強化される随伴性を構築する枠組みと捉えら れる(図 2:平澤,2019)。したがって、SWPBS 図 1 わが国における SWPBS の開発のコンテンツは、児童生徒の QOL 向上に向けて、 いかに既存の目標、方法、成果を機能化するかが 重要であろう。 価値ある成果 児童生徒の QOL 向上を規定するのは、学校組 織としての価値ある成果とそれを具体化した行動 目標である。すなわち、目標とする児童生徒の行 動変化が学習機会の増加や学業や対人関係、学校 生活の充実につながるか否かが問われる(Horner & Sugai, 2018)。 本特集号では、SWPBS のコンテンツとして、 ポジティブ行動マトリクスを用いた望ましい行動 の育成システムを検証している(大久保・月本 他,2020; 松山・三田地,2020)。ここでは、ポジ ティブ行動マトリクスを基に、学校の優先課題を 明らかにし、その支援場面を明らかにし、さらに 支援場面における目標行動を具体化している。重 要なことは、ポジティブ行動マトリクスが価値に 基づく行動を具体化する枠組みとなっている点で ある。すなわち、教育目標という学校にある共通 の価値を基に、学校コミュニティーにおいて重要 な行動を抽出し、それゆえにその行動を全校で育 成する支援行動の随伴性が構築される。 一方、このような枠組みにおいて、児童生徒の QOL が考慮されなければ、教職員が都合のよい行 動を決めて、承認チケットを配るという目標や介 入のあてはめが生じる。このことは、武藤 (2007) が指摘している当事者の QOL を顧みない対処法 である。また、着席行動という反応型のみを求め るならば、授業参加を促進する様々な行動はみえ なくなり、児童生徒の多様性に応じることはでき ない。これに関して、2 つの実践研究では、「3 つ の大切」という価値の枠組みを示し、最初は教職 員が決めたとしても、児童生徒に理由を説明した り、児童生徒が決定に関与したりしている。すな わち、「児童生徒が自ら向上させるために大切に する行動」として具体化している。したがって、 児童生徒の QOL を明確にし、その価値を具現化 する様々な行動(反応クラス)として、教職員や 児童生徒が関与して具体化し、育成することが重 要であろう。 さらに、その QOL 向上の評価である。このこ とは、社会的妥当性の評価 (Wolf, 1978) をSWPBS においてどのように行うかという問題である。こ れに関して、松山・三田地(2020)は、児童生徒 への事後アンケートから、取り組みによる変化や うれしかったこと等を示している。大久保・月本 他(2020)は、児童生徒への学校肯定感の尺度か ら、その向上を示している。これらは、SWPBS の社会的妥当性の評価例である。今後、QOL 向 上を把握するための標準となる社会的妥当性の評 価を検討する必要があろう。 学校システムの機能化 前述したように、学校には目標、方法、成果の 仕組みがあるが、それが価値ある成果の実現に向 けて、うまく機能しているとは限らない。これに 関して、庭山(2020)が示している SWPBS の中 心的要素を支援者の行動として分析し、その機能 を確立するという方向性は極めて重要である。例 えば、学校システムは管理職の学校経営、組織運 営、学校評価等の行動となり、支援システムは支 援チームの運営や支援方法、担任支援の行動とな る。さらに、教育行政のサポートは教育行政担当 者の事業化、予算化、人員配置、政策評価等の行 動となる。すると、それぞれの行動を機能化させ る条件を検討できる。 それも、SWPBS の機能を果たす代替行動とい う方向性(庭山,2020; 田中,2020)により、現 状の学校システムにおいて機能している当事者の 支援行動を活用して、確かな実践に転換するため 図 2 支援行動の随伴性
の検討ができる。例えば、SWPBS の中心的要素 である①行動目標の決定、②支援チーム、③成果 のデータ化や共有についてみてみよう。松山・三 田地(2020)では、①学校にある校訓や生徒指導 細則を基に行動目標を決定し、②教育相談、学級 担任、人権委員会の生徒代表という既存の組織で 支援チームを推進し、③既存の生徒指導データシ ステムを用いて成果を共有している。大久保・月 本他(2020)でも、①学校にある教育目標から行 動目標を決定し、②特別支援教育コーディネー ターを中心とした既存の組織で支援チームを推進 し、③職員会議や校内研修会で行動観察データを 用いて成果を共有している。 こうした既存の学校システムの活用は、既にあ る行動随伴性に有効な支援行動を組み込むことで あり、その生起や維持を支えると考えられる。実 際に、SWPBS の実践を継続するために、教職員 が新たな実践を通常の実践として捉えていること が重要視されている(McIntosh et al., 2013)。言い 換えれば、SWPBS の中心的要素を当事者の支援 行動により代替するという検討は、既存の学校シ ステムを機能化させることになる。同時に、当事 者が成果を実現し、継続することにつながる。こ のことは、行動分析家の関与を少なくし、支援資 源の不足という課題を当該の支援資源を活用する という強みに変えるモデルとなる。 当事者との協働 ただし、既存の学校システムを活用し、機能化 させるためには、行動分析家と教職員や児童生徒 との協働作業が不可欠となる。その場合、誰を中 心に、どのように協働作業を進めればよいのであ ろうか。2 つの実践研究(大久保・月本他,2020; 松山・三田地,2020)では、特別支援教育コー ディネーターや教育相談担当が中心となり、行動 分析家と協働するとともに、校内の支援チームの 推進や担任支援をマネジメントしている。このよ うな中心的な推進者によって、ポジティブ行動マ トリクスが教職員や児童生徒に即したものにな り、またチーム支援も可能になっていると考えら れる。今後は、このような協働の成立条件を検討 する必要がある。 また、既存の学校システムを活用するために は、機能している当事者の支援行動を明らかにす るためのツールが必要である。これに関して、大 対(2020)が紹介している支援者の実行度を評価 する指標 (Tiered Fidelity Inventory、以下 TFI とす る)の活用が考えられる。TFI は、SWPBS の中 心的要素に対応して学校システムの状況を評価す る項目(例えば、支援チームの形成や運営手順 等)とその評価に用いる情報源(例えば、学校組 織図や会議録等)や得点化の基準(例えば、第 1 層チームの存在や構成メンバー等)からなる。評 価項目は世界標準に合わせるにしても、具体例は わが国に適合したものにできる。調査研究を通じ て、具体例を取り入れれば、包括的な代替行動の 特定が可能になる。 支援行動を支えるデータ活用 価値ある成果を実現するための最も難しい課題 は、支援行動を支えるデータ活用である。ここに は、学校規模のデータシステムとデータ活用の問 題がある。データシステムについては、本特集号 が示す既存のデータ活用が指針となる。一方、望 ましい行動のデータシステムは世界的な課題であ る(神山,2017)。その意味において、大久保・ 月本他(2020)は、ポジティブ行動マトリクスで 決めた望ましい行動の観察データを用いており、 先行事例である。ただし、データ収集の負担があ る。今後は、全校で望ましい行動のデータを収集 し、分析できるシステムの確立が求められる。 データ活用については、田中(2020)が指摘す るように、支援者に応じて異なる。例えば、管理 職はデータ活用により、学校課題が明確になり、 組織の機能化が図られ、それが教育成果として把 握されることが重要であろう。また、支援チーム はデータ分析により、効果的な支援計画や支援方 法を支援者に提供でき、教育成果として把握され る。全校教員はデータ収集により、支援方法の実 践が児童生徒の成長として把握される。その際 に、データ分析やグラフ化等の難しい点を外部支 援者が担う協働(大久保・月本他,2020)やアプ リ開発も考えられる。それも、研究上必要なデー タと支援行動の随伴性を構築するためのデータは 必ずしも一致しないであろう。重要な点は、支援 行動を変えることが児童生徒の成長に直結するこ
とである。ポジティブ行動マトリクスを作成した ら終了にならないためには、支援行動の随伴性構 築のためのデータやフィードバックについて検討 する必要がある。 おりしも、文部科学省(2019)は「新時代の学 びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」 を公表した。これは、学校教育にビッグデータや 先端的な情報通信技術(ICT)を活用して、多様 な児童生徒を「誰一人取り残すことのない、公正 に個別最適化された学び」の実現を目指し、教育 指導の見直しや教育施策の改善に使うものであ る。このような国の方向性により、データシステ ムの整備は進む可能性がある。ただし、データに よって支援者が支援行動を変更し、それが児童生 徒の成長に直結するという強化経験がなければ、 単に事務作業を増やすだけである。まさに、本特 集号の内容が必要である。 成果拡大への循環 最後に、本特集号の大きな貢献は、SWPBS の 世界標準を基に、わが国において未確立な学校規 模の実践を評価する独立変数と従属変数を明らか にしている(田中,2020; 大対,2020)ところに ある。それによって、実践から研究への転換が図 られる。わが国においては、石黒(2010)の学校 規模の実践を契機として、自治体規模の実践(徳 島県教育委員会,2018; 徳島県教育委員会・東み よし町教育委員会,2018)が報告されつつあり、 今後も様々な取り組みが進められるであろう。し かし、共通の枠組みがなければ、実践が点在する にとどまる。 こうした課題に対して、田中(2020)は、従属 変数となる全校の児童生徒の行動を分析するため に、米国の学校で使用されている管理職への規律 指導に関する紹介(Office Discipline Referrals)と それをウエッブ上で入力するスクールワイド情報 システム(school-wide information systems)を検 討し、わが国における既存のデータを用いた代替 方法を提案している。また、大対(2020)は、独 立変数となる実践について、SWPBS の中心的要 素に関する支援者の実行度を評価する TFI の日本 語版を紹介している。 このようなラージスケールを用いることによ り、共通の枠組みで実践を集約し、分析すること が可能になる。それによって、コンテンツの妥当 性を検討でき、コンテンツの洗練化を行うことが できる。コンテンツが定まれば、それを支える研 修やサポート体制も明らかになる。それは、学校 教育に確実な成果を提供するとともに、新たな変 数を同定することにつながる。例えば、徳島県に おいては教育振興計画に SWPBS を位置づけ、県 下全学校での実践が進められている(徳島県教育 委員会,2018)。そのような実践からは、米国の ように、トップダウンでの SWPBS の成立条件を 検討でき、さらなる政策提言を可能にするであろ う。また、学校や地域ニーズで要請される SWPBS では、学校や地域に応じたボトムアップでの成立 条件を検討できる。さらには、世界規模での検討 も可能になり、国や文化に応じたバリエーション も明らかにされる。
おわりに
対象者の行動問題の低減から QOL 向上への転 換を示した PBS は、学校教育に適用される中で、 対象者への支援を実現するための支援者への支援 の枠組みとして進化している。本特集号は、この ような SWPBS の機能を確立する方向で、わが国 のコンテンツを開発し、その成果を確認してい る。こうしたコンテンツの開発は、行動分析家が 当事者とともに、児童生徒の QOL 向上に向けて、 学校教育において機能している当事者の支援行動 をみいだし、確かな実践に転換する協働作業であ る。こうした協働作業を通じて、今後、行動分析 家が何をみいだし、つくりだしていくのか、その ことが学校教育における行動分析学のさらなる貢 献に直結すると考えられる。本特集号はその第一 歩を示したものといえよう。引用文献
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COMMENTS
Development and Contributions of
School-Wide Positive Behavior Support (SWPBS) in Japan
N
ORIKOH
IRASAWAGifu University
Abstract
Positive behavior support has shifted from a focus on reducing behavior problems to a goal of improving individuals’ quality of life. It has evolved as a framework of support systems for those who provide support for target individuals in school education. The present special issue clarifies and verifies elements of positive behavior support that are considered necessary for Japan, so that research on positive behavior support can move toward establishment of school-wide positive behavior support functions. How will these considerations contribute to school education? By focusing on positive behavior support, these studies functionalize existing school systems and improve school education. This will also bring about an expanding cycle of outcomes by examining school-scale indicators. On the other hand, issues related to the direction and functionalization of content can also be identified.