シンポジウムઅ「医原性中枢神経感染症」
医療行為によるアミロイドβタンパク質病理の個体間伝播
浜 口
毅
ઃ、山 田 正 仁
【要旨】Creutzfeld-Jakob 病(Creutzfeldt-Jakob disease、以下 CJD)に代表されるプリオン病は、脳におけ る海綿状変化と異常プリオンタンパク質蓄積を特徴とする神経変性疾患である。ウシ海綿状脳症からヒトへ伝 播したと考えられる変異型 CJD やヒト乾燥屍体硬膜移植や成長ホルモン療法、脳外科手術等によって伝播し たと考えられる医原性 CJD のように、プリオン病は同種間あるいは異種間で伝播しうる。一方、Alzheimer 病(Alzheimers disease、以下 AD)の病理学的特徴の一つであるアミロイドβタンパク質(amyloid β pro-tein、以下 Aβ)の脳への沈着も、プリオン病の異常プリオンタンパク質と同様に個体間を伝播することを示 す動物実験結果が近年多数報告され、さらに、硬膜移植後 CJD や成長ホルモン製剤関連 CJD といった医原性 CJD 剖検脳の検討から Aβ病理変化がヒトにおいても個体間を伝播した可能性が報告されている。脳血管へ のアミロイド沈着症である脳アミロイドアンギオパチー(cerebral amyloid angiopathy、以下 CAA)は、脳 血管へ Aβが沈着する孤発性 CAA(Aβ-CAA)が、高齢者や AD 患者でしばしば認められるが、若年での 報告はきわめて少ない。しかし、近年、若年発症の CAA 関連脳出血の症例が複数報告され、それらの症例は 脳外科手術歴を有していたことから、脳外科手術での Aβ-CAA が個体間伝播した可能性が指摘されている。 これらの症例にはヒト乾燥屍体硬膜移植がはっきりしない症例も含まれており、ヒト乾燥屍体硬膜移植だけで なく脳外科手術器具によって Aβ-CAA が個体間伝播した可能性も疑われている。 Key Words:医療行為、アミロイドβタンパク質、個体間伝播、Alzheimer 病、脳アミロイドアンギオパ チー
はじめに
Creutzfeld-Jakob 病(Creutzfeldt-Jakob disease、 以下 CJD)に代表されるプリオン病は、脳におけ る海綿状変化と異常プリオン蛋白蓄積を特徴とする 神経変性疾患である。ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy:BSE)からヒトへ伝 播したと考えられる変異型 CJD やヒト乾燥屍体硬 膜移植や成長ホルモン療法、脳外科手術等によって 伝播したと考えられる医原性 CJD のように、プリ オン病は同種間あるいは異種間で伝播しうるという 特徴を有し、それらはしばしば大きな社会問題と なっている1)。プリオン病の伝播は、通常の感染症 のように細菌、真菌、ウイルスといった核酸をもつ 生物が媒介するのではなく、正常なプリオン蛋白 (PrPC)とは異なる構造をもつ異常プリオン蛋白 (PrPSc)が関与していると考えられている2)。PrPSc は PrPCとまったく同じアミノ酸配列をもつが、そ の立体構造は大きく異なる。PrPCはα-helixes 構造 に富み、β-sheet 構造をほとんどもたないが、逆 に PrPScはα-helixes が少なく、β-sheet 構造を豊 富に含んでいる2)。この立体構造上の違いにより、 PrPScは、蛋白分解酵素による分解に抵抗性を示し、 アミロイド線維化しやすいといった PrPCとは異な る特徴を有し2)、そのことがプリオン病発症メカニ ズムに関与していると考えられている。PrPScが PrPCになんらかの理由で接触すると、その PrPScを 鋳型として PrPCのフォールディング異常が引き起 こされ PrPScに変化していくことによって、PrPScは 複製・増殖していくと考えられている2)。 ઃ:金沢大学附属病院神経内科/講師(〒920-8640 石川県金沢市宝町 13-1) :金沢大学大学院医学系研究科脳病態医学講座脳老化・神経病態学(神経内科学)/教授
また、近年、アルツハイマー病(Alzheimers disease、以下 AD)、パーキンソン病(Parkinsons disease:PD)、ハンチントン舞踏病(Huntingtons disease:HD)、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral screlosis:ALS)といった他の神経変性疾患 においても、プリオン病と同様にある特定の蛋白の 構造異常あるいはフォールディング異常によって、 蛋白がミスフォールディング、すなわち立体構造 (コンフォメーション)を変化させて凝集すること によって疾患が引き起こされると考えられている (protein conformational disorders)3)。さらに、これ らの神経変性疾患も、プリオン病と同様に原因とな る異常蛋白の伝播がઃ個体の中枢神経系内のみなら ず、個体間でも可能であるという実験的報告が増加 してきている4)。本稿では、これらの神経変性疾患 のなかでも特に、AD に関連するアミロイドβ蛋白 質(amyloidβ、以下 Aβ)病理の個体間の伝播に ついて概説する。
AD 関連遺伝子変異を導入した遺伝子改変
モデルマウスを用いた Aβ病理の
個体間伝播の試み
AD は最も頻度の高い神経変性疾患で、その神経 病理学的な特徴の一つが Aβの脳への沈着である。 Aβ凝集体に神経毒性があることや、家族性 AD の 原因遺伝子として Aβ前駆体蛋白(amyloid precur-sor protein、以下 APP)や APP からの Aβの切り 出しにかかわるγセクレターゼの活性部位を構成す る presenilin ઃおよびが報告されたことにより、 Aβが AD 発症機序の最上流にあるとする Aβカス ケード仮説が広く受け入れられてきた5)。 今までに多数の APP 遺伝子あるいは presenilin ઃまたは遺伝子の変異を導入した遺伝子改変モデ ルマウスが作成され、多くのモデルマウスで脳への Aβ沈着が再現されている6)。1980 年、1990 年代に も AD 脳病理変化の個体間伝播の試みは行われてい た が、い ず れ も 失 敗 に 終 わ っ て い た4)。し か し、 2000 年に Kane ら7)は、AD 患者脳ホモジネートを અヵ月齢の APP 遺伝子改変マウス(Tg2576)の脳 に注入したところ、何も注入しなかった群や対照症 例の脳ホモジネートを注入した群と比較して、ઇヵ 月後(ઊヵ月齢)に脳実質および脳血管への Aβ沈 着が有意に多いことを示し、脳 Aβ病理が個体から 個体へ伝播する可能性を初めて報告した。その後、 異なる AD モデルマウス(APP23、APPPS1)でも この結果が再現された8)。また、この伝播は Aβを注 入してからの時間と注入した Aβ濃度に依存するこ と、免疫沈降法にて脳ホモジネートから Aβを取り のぞくと Aβの伝播は起こらなくなることから、こ の伝播には Aβが不可欠であることが示された8)。 その後の研究では、合成 Aβから作成した Aβ線維 を遺伝子改変モデルマウス脳に注入しても脳に Aβ 沈着を引き起こすことが報告されている9,10)。さらに、 神経病理学的な表現型や沈着した Aβの生化学的な 特徴は、宿主の AD モデルマウスと注入する脳ホ モジネートの種類に依存することを示し、このこと はプリオン病の表現型が PrPScの株の違いに依存し ていることと類似していた8,11,12)。さらに、試験管内 のさまざまな異なった条件下では、電子顕微鏡によ る形態が異なる Aβ線維を作成でき、その異なる A β線維を AD モデルマウスの脳に注入すると、病 理学的な脳βアミロイドーシスの特徴が異なってい た10)。また、異なる APP 遺伝子変異をもつ患者剖検 脳のホモジネートを AD モデルマウスの脳に注入 したときにも異なる病理学的特徴を呈していた12)。 これらの報告からは、Aβも PrPScと同様に株が存在 すると考えられている。またプロテイナーゼK (proteinase K、以下 PK)で分解されない Aβ線維 の不溶性分画や PK で分解される可溶性分画の Aβ の両方で伝播を引き起こすことが可能であることが 示され、伝播を引き起こす Aβの形態はઃつではな いことが示された4,13)。この報告では、不溶性分画 の Aβを超音波でより小さな可溶性のものに破砕す ると伝播の効率が上がることも報告されている4,13)。 その後、末梢ルートからの Aβ病理の伝播につい ての検討が行われ、脳ホモジネートの腹腔内投与に て Aβ病理が伝播することを報告し、Aβ病理もプ リオンと同様に末梢からの投与にて伝播しうること が示された14,15)。これらの報告では、末梢から伝播 した Aβはまず血管壁に沈着し脳アミロイドアンギ オパチー(cerebral amyloid angiopathy、以下 CAA) を呈し、その後脳実質にひろがっていったことが報 告されている14,15)。個体内での脳 Aβ病理の拡散
APP23 マウスを用いた実験では、嗅内皮質に Aβ を含む脳ホモジネートを注入すると、અヵ月後には 注入した嗅内皮質への Aβ沈着が始まり、ઈヵ月後 には注入した局所だけでなく隣接する海馬へも Aβ 沈着がひろがることが示された16)。しかし、APP23 マウスではઈ〜ઊヵ月齢で内因性の Aβ沈着が始 まってしまうため、Aβを含む脳ホモジネートを注 Neuroinfection 25 巻ઃ号(2020:4) 25:66入後ઈヵ月以上待って評価することがむずかしく、 それ以上の個体内の進展を評価することが困難で あった。そこで筆者ら17)は、内因性の Aβ沈着が 13〜15ヵ月で始まる APP 遺伝子改変マウスである R1.40 マウスを用いて実験を行った。この実験では、 海馬とその上層の皮質に微量の Aβを含む脳ホモジ ネートを注入したところ、ઈヵ月後には注入した海 馬とその上層の皮質に Aβ沈着は限局していたが、 12ヵ月後には Aβ沈着は脳全体にひろがっており、 伝播した脳 Aβ病理が、個体内で拡散した(図 1、 図 2)17)。さらに、異なる年齢のマウスに Aβを含む 脳ホモジネートを注入し、加齢によって脳 Aβ病理 伝播が促進されるかを調べたところ、脳への Aβ沈 着の程度は、異なる年齢の宿主間でも差はなく、A βを含む脳ホモジネートが脳内に存在した期間に依 存することを示した(図 2)17)。
変異のないヒト APP 遺伝子導入マウスを
用いた脳 Aβ病理個体間伝播の試み
ここまでは、遺伝子変異を導入したマウスを用い た個体間伝播の実験について述べてきたが、その後 遺伝子変異をもたないヒト APP 遺伝子が導入され たマウスでも個体間の伝播が可能であることが示さ れた18)。このマウスでは、自然に脳に Aβ沈着を認 めることはないが、AD 患者の脳ホモジネートを脳 内接種すると、接種 285 日後には脳に Aβ沈着を認 めた18)。また、接種 450 日後までは Thioflavin S 陽 性の Aβ沈着ははっきりしないが、585 日後には Thioflavin S 陽性の Aβ沈着を認めるようになっ た18)。この報告によって、プリオン病と同様に、脳 Aβ病理の個体間伝播に遺伝子変異は必要ないこと が示された。 図 1 異なる年齢や潜伏期間による脳βアミロイドーシス伝播の違い(文献 17 より)Group 1と Group 3 は脳ホモジネートをઅヵ月齢で脳へ注入し、Group 2 はઋヵ月齢にて注入した。 Group 1と Group 2 はઈヵ月後に、Group 3 は 12ヵ月後に評価を行った。Wt マウス脳ホモジネートを脳 に注入した群では、いずれの Group でも脳への Aβ沈着を認めなかった(A,B)。Tg マウス脳ホモジ ネートを脳に注入した群では、Group 1と Group 2 は脳への Aβ沈着の程度に差はなかったが、Group 3 ではほかの群と比較して有意に Aβ沈着の程度が多かった(A,B)。
マウス以外の動物を用いた脳 Aβ病理伝播
の試み
これまでマウスを用いた実験について述べてきた が、マウス以外の動物を用いた研究の報告も存在す る。ઃつは人間と同じ霊長類であるマーモセットを 用いた研究で、脳内に AD 患者の脳ホモジネート を接種後અ年ઇヵ月経過したすべてのマーモセット で脳に Aβ沈着を認めたと報告されている19)。さら に、筆者を含むグループは、APP 遺伝子改変ラッ トでもマウスと同様に個体間の伝播が成立すること を報告した20)。ヒトにおける医療行為による Aβ病理の
個体間伝播
近年、医原性プリオン病症例の検討で、脳 Aβ病 理のヒト−ヒトへの伝播の可能性が報告されてい る。成長ホルモン製剤関連 CJD 剖検脳を用いた検討 では、ઊ例の若い症例(36〜51 歳)のうちઆ例で 中等から高度の脳実質および脳血管への Aβ沈着を 認め、19 例の若い他のプリオン病症例(36〜51 歳) と比較すると、成長ホルモン製剤関連 CJD 群で有 意に Aβ沈着が高度であった21)。また、ઉ例の硬膜 移植後 CJD(28〜63 歳)のうちઇ例で脳実質およ び脳血管への Aβ沈着を認め、その頻度は孤発性 CJD と比較して有意に高頻度であった22)。わが国の 硬膜移植後 CJD 剖検脳を用いた検討でも、硬膜移 植後 CJD 症例は孤発性 CJD 症例にくらべて髄膜 CAA や軟膜下 Aβ沈着の程度が高度で(図 3)、そ の程度は硬膜移植から死亡までの期間と正の相関が あり、移植硬膜が脳の表面に置かれたことによって 脳の表面から Aβ沈着がひろがったと推測した23)。 さらに、高齢者 84 例(年齢の中間値 84.9 歳)の硬 膜を免疫染色したところ、13%の症例で硬膜に Aβ 沈着を認めていたことが報告された24)。その他にも 医原性プリオン病剖検脳を用いた研究で、成長ホル モン製剤接種や硬膜移植といった医療行為が脳 Aβ 病理を促進した可能性があることを報告した複数の 研究が存在する25−27)。さらに、以前に成長ホルモン 製剤投与を受けていた症例でプリオン病を発症して いない症例でも脳 Aβ病理が促進していたことが報 告されている27)。また、成長ホルモン製剤関連 CJD を発症し剖検で脳 Aβ病理が確認された症例に使用 Neuroinfection 25 巻ઃ号(2020:4) 25:68 図 2 伝播した脳βアミロイドーシスの個体内での広がり(文献 17 より) A脳ホモジネートをઅヵ月齢で脳へ注入し、12ヵ月後に評価した(Group 3 Tg)。 両側海馬とその上層の皮質に少量(3.5μl)の脳ホモジネートを注入したところ、 12ヵ月後には注入した部位のみだけでなく、海馬および大脳皮質全体に Aβ沈着が 広がった。B前頭部より脳を 25μm で冠状断に切り、12 スライスごとに Aβ沈着 の程度を評価した。Wt マウスの脳を注入したマウスではほとんど Aβ沈着を認め なかった。Tg マウス脳を注入した群では、ઈヵ月後に評価した群では海馬とその 近傍に Aβ沈着が限局しているが(Group 1Tg、Group 2 Tg)、12ヵ月後に評価し た群では Aβ沈着が脳全体に広がっていた(Group 3 Tg)。された成長ホルモン製剤中に Aβが検出され、その 製剤を APP ノックインマウス脳に接種したところ 脳 Aβ病理の出現が促進されたことから、これらの 症例で使用された成長ホルモン製剤が脳 Aβ病理の 個体間伝播を起こしうることが動物実験で実証され ている28)。 これまでの報告例は、剖検によって脳 Aβ病理が 確認されているが脳 Aβ病理による臨床症候は呈し ていなかったが、その後、複数の施設から硬膜移植 を受けた数十年後に Aβ-CAA による CAA 関連脳 出血を呈した症例が報告された29,30)。さらに、幼少 時に脳外科手術を受けているが硬膜移植の記載のな い症例でも Aβ-CAA による CAA 関連脳出血を呈 したઆ症例が報告されており、過去に報告された若 年発症の CAA 関連脳出血のઆ症例にも脳外科手術 歴があったことから、硬膜移植を行わない脳外科手 術のみでも Aβ病理が個体間を伝播する可能性が報 告されている31)。われわれも幼少時に脳外科手術を 受け、その約 30 年後に Aβ-CAA による CAA 関 連脳出血を呈した症例を報告した32)。また、硬膜 移植後 CJD 剖検時に CAA を含む Aβ病理(無症 候性)を認めた 55 歳未満の 11 例と脳外科手術歴の ある 55 歳未満の CAA 報告例 11 例(症候性)の脳 外科手術から剖検/CAA 関連脳出血発症までの期 間を比較すると、無症候性の症例は脳外科手術から 剖検までの期間が 11〜25 年で、症候性のものは脳 図 3 硬膜移植後 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)と孤発性 CJD の脳βアミロイドーシス(文献 23 より) A硬膜移植後 CJD、死亡時 39 歳、男性、脳実質にアミロイドβ蛋白(amyloid β protein:Aβ)沈着を認 める。B孤発性 CJD、死亡時 35 歳、男性、Aβ沈着を認めない。C硬膜移植後 CJD(16 例)と孤発性 CJD (21例)の脳βアミロイドーシスの程度の比較。軟膜下 Aβ沈着スコア、全脳アミロイドアンギオパチースコ ア、髄膜脳アミロイドアンギオパチースコアは、孤発性 CJD と比較して硬膜移植後 CJD で有意に高かった。
外科手術から CAA 関連脳出血発症までの期間が 25〜44 年であった33)。以上の結果からは、脳外科手 術/硬膜移植から Aβ病理の伝播がみられるように なるまでに 11 年以上かかり、症状が出現するまで に 25 年以上かかることが示唆された33)。現在まで、 脳外科手術/硬膜移植で Aβ病理が伝播し AD を発 症した症例の報告はなく、今後も注意深く臨床疫学 研究を継続していく必要がある。
おわりに
Aβ病理の個体間伝播について、これまでの報告 を概説した。動物実験では、Aβ病理の個体間伝播 が可能であるという報告が積み上げられてきてい る。プリオン病の教訓から考えると、AD や Aβ-CAA についても医療行為や食品によるヒトでの伝 播の可能性が問題となることが予想できる。最近、 Aβ病理については、ヒトで個体間伝播が起こって いる可能性が報告され始めている。今後、詳細な症 例検討や疫学研究などを注意深く行っていく必要が ある。文献
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