銀河流体実験
2010 年度卒業論文 明星大学理工学部物理学科 祖父江研究室 07S1037津田裕也 E-mail〝07s1037_at_stu.meisei-u.ac.jp〟 要旨 銀河の渦状構造についての研究である。実験室内に定常的な渦を作る水槽を 設け、そこに発生した渦の振る舞いを観察することで既知の銀河の構造の直感 的理解、及び水槽渦と銀河渦の比較を行った。 目次 Ⅰ 目的・・・・・・・・・・・・・P.03 Ⅱ 銀河について・・・・・・・・・P.04 Ⅲ 渦について・・・・・・・・・・P.08 Ⅳ 実験装置・・・・・・・・・・・P.11 Ⅴ 実験室内に作成した渦・・・・・P.14 Ⅵ 銀河渦と水槽渦の比較・・・・・P.17 Ⅶ まとめ・・・・・・・・・・・・P.20 Ⅷ 謝辞・・・・・・・・・・・・・P.20 Ⅸ 参考・・・・・・・・・・・・・P.213
Ⅰ 目的
主に渦巻き銀河の渦状構造の理解のための実験である。銀河における渦状の 構造は度々海上面にできる渦や台風などといった現象に似ているという紹介が される。実際に我々の住む銀河や近傍の銀河も観測によって渦状の構造が確認 されている。今日まで銀河の渦状構造について様々なアプローチによる研究が 成されてきたが、銀河の始まりから終わり、またその構造全体を記述するよう な定説は確立されていない。 そこで本研究では、実際に実験室内に定常的な渦構造を発生させる水槽を設 け、その水槽内の渦構造を観察することで、現在描かれている銀河構造の理解 に役立てる。また水槽内の渦構造から、銀河構造の理解に適用できる現象を探 してみる。 このような方法による銀河の研究は前例が少なく、今後同様な実験、研究を 行う上で本研究はひとつの指針になると考えられる。4
Ⅱ 銀河について
本論に入る前に銀河の基礎的な理解をまとめる。 Ⅱ-1 はじめに 銀河とは無数の星の集団のことであり、形成している星の数は10億個から 1兆個とされている。我々の住む太陽系も大きな銀河構造の中にあり、我々の 属する銀河を単に銀河系と呼ぶ。銀河系の隣にはアンドロメダ星雲があり、同 じく銀河である。 銀河はそれぞれ様々な形をしており、規模や形によって分類され最も一般的 な分類図としてハッブル分類が知られている。 これら銀河の分類の中でも最も印象的な構造が、多くの銀河が持つ渦状構造 である。われわれの銀河系の隣、アンドロメダ星雲も、この渦状構造を持って いることを直接観測することができる。またわれわれの銀河系も同じ渦状構造 を持った銀河であることが電波による中性水素ガスの分布の観測などから知ら れている。 pic.1 アンドロメダ星雲5 Ⅱ-2 銀河の全体像 銀河は大きく分けて五つの構造がある。 規模の小さい順に銀河中心核、バルジ、ディスク、ハロー、そしてこれらと は別に暗黒物質と呼ばれる質量が銀河の構造を形成していると考えられている。 本研究の対象である渦状構造は、この中のディスク部分に当たる。ディスク はその名の通り厚さの薄い円盤で、大部分が星で形成されている。太陽系もデ ィスク上にあり比較的外側、中心から 8kpc のところにある。 ディスクを形成している物質は大部分が星で、残り数パーセントはガスであ る。個々の星は円軌道に近い軌道で中心核まわりをまわっており、これによっ てディスク全体が中心核まわりを回っていることになり、星はそのまわりにラ ンダム運動していると見ることができる。 星やガスのランダム運動の速度はディスクの回転速度と比べて小さいので、 ディスクの構造は、回転による遠心力と中心方向に向かう重力とのつり合いで 決まっているという近似を置くことができる。 Ⅱ-3 渦状腕について 渦状構造は2本の渦状に巻き込んだ腕によってできている。この腕を考える ときに初めにぶつかる問題として〝巻き込みのジレンマ〟が挙げられる。 ディスクが回転している間、腕はいつも同じ星やガスで形成されているわけ fig.2 銀河の全体像 fig.3 銀河の回転曲線(黒線が観測から得られ る実際の銀河の速度、その他は fig2 に対応)
6 ではないと考えられる。これはディスクが微分回転をしているためで、外側が 一回転する間に内側が何回転もしてしまうのである。 しかし、太陽近傍の回転周期は観測により3億年ほどと知られており、銀河 の年齢が約100億年であるため、これまでに何十回転もしているはずであり、 内側と外側の回転のズレによって銀河の腕は非常に固く巻き込まれてしまって いるはずである。しかし実際にはそうはなっていない、この困難を巻き込みの ジレンマと呼ぶ。 この困難は渦状腕は波のパターンであると考えることによって取り除かれる。 すなわち、ディスクが微分回転をしていても、その上に剛体的な回転する波を 考えることによって巻き込みのジレンマを解決することができる。例えば水面 にできる波を考えると、波が様々な方向に伝わっているがそれを形成している 水自体はその場で振動しているだけで波のパターンと同じ方向に進んでいるわ けではない。 ディスクを形成している星は銀河の中心まわりをある角速度で円運動すると 同時に動径方向に振動している。これはディスクの中の星が円運動からわずか にずれた軌道を描くことで、銀河面の垂直方向に単振動しているとみなすこと ができるからである。その振動のパターンによって描かれる軌道は閉じること がないが、外の系からその軌道模様を観察すると、軌道模様自体がある角速度 で回転しているように見える。 図によって示すと、まず fig.4 のように、長軸が同じ方向を向いた楕円軌道 上を運動する星が集まったディスクを考える。ディスクは長軸方向に少し伸び た形を保ち、多くの銀河に見られるような腕の構造は見られない。 次に fig.5 のように楕円軌道の長軸を軌道の半径とともに反時計周りにシフ fig.4 fig.5
7 トさせてみる。すると軌道に密な部分が生じ腕の構造が現れる。つまりこの剛 体的とも言える波のパターンである。これ自体が回転して見えるということで ある。 Ⅱ-4 渦状構造と密度波 銀河のディスクのおける渦状構造を形成している波は、密度変化を伴うもの なので〝密度波〟である。 ディスクは主に無衝突の星からできているので、密度波無衝突の星の回転プ ラズマ中での、自己重力の影響を考慮した縦波と考えることができる。 この考えに基づいて星の空間分布から渦状構造を見い出す試みがされたが、 星の振る舞いによる非線形的な波は振幅が小さく渦状構造を見い出すことはで きなかった。つまり銀河の渦状構造は星以外のガスの系によって形成されてい ることになり、電波観測によるガスの分布によって腕の構造が強く観測される のは、そこにガスが集まっているからだということが明らかになった。 ガスの密な部分ができる過程は容易に説明することができる。まず、振幅は 小さいながら星の楕円軌道による振動のパターンがあるとする。ディスクはほ とんど星によって形成されているので、ガスは近似的に星の系によってできた 重力ポテンシャルの場の中を運動することになる。しかし、ガスの運動速度は 小さいので、星の重力によって作られた窪みに簡単に落ち込むが這い上がるこ とができないため、ガスの密度の高い部分が形成されることになる。このよう に形成されたガスの密な腕の部分は不連続面となっており、強く圧縮されたガ スの領域において星の生成がされていると考えられる。 この銀河の渦状腕における不連続面は、後述の流体における跳水現象とも深 く関係する。 Ⅱ-5 銀河の未解決問題 密度波による銀河構造の説明は観測から得られる結果と良く一致する。しか しながら、なぜ渦状の模様を描くのか、その腕はなぜ2本なのかといった基本 的な問題を解決しているわけではない。また密度波を持続させるような機構は まだ見い出されていない。このように銀河の渦状構造の研究は宇宙物理学にお いて重要な課題である。
8
Ⅲ 渦について
前章で実際の銀河の渦としての構造に触れたので、比較する一般的な流体の 渦についても簡単にまとめる。 Ⅲ-1 自然界に見られる様々な渦 自然界には淡路の鳴門の渦や、台風など様々な渦が見られる。そしてそれら の形は銀河の渦構造に非常に似ており、共通する物理現象があると考えること ができる。 その共通する物理現象、主に流体力学について探ることが本研究の目的と言 いかえることもできる。 Ⅲ-2 自由渦と強制渦 最も簡略化すると渦は〝自由渦〟と〝強制渦〟に分けることができる。 自由渦とは非回転渦とも言い、渦を回転させるような力が外部から働かない 渦で、風呂桶に溜まったお湯を抜く時のイメージである。強制渦はこれとは対 象的に外部から力が加わり渦を回転させようとする構造を伴なった渦である。 自由渦は渦の風呂桶のように中心に近づくにしたがって回転速度が上がり、 強制渦は渦を回転させようとする力に近い外側の方が回転速度が上がる。 このようにまったく逆の性質を持つ自由渦と強制渦であるが、自然現象の中 pic.2 台風の渦 pic.3 鳴門の渦9 の渦は必ずこの二つ渦の組み合わせによってできている。自由渦の例に挙げた 風呂桶も中心近傍では強制渦となっている。このような渦〝ランキンの組合わ せ渦〟と呼ぶ。 今回作成した渦もやはりランキン渦であり、fig.6 のような速度分布を持って いると考えられる。 fig.6 ランキン渦の速度分布 (半径0で速度が無限大になってしまうため自由渦だけ、また 逆に強制渦だけの渦はあり得ない)
10 Ⅲ-3 跳水現象について 今回作成した水槽の中に発生していると考えられる重要な現象として跳水現 象がある。 跳水現象とは水流の中で、その流速の変化によって起きる不連続な流れのこ とである。例に水道の蛇口から出た水道水の振る舞いがある。 pic.4 の水流に明らかに二つの領域が観察できる。水流は広がるにしたがって 遅くなるので、中心に近い方の領域の水流の方が速く外側の領域の方が遅い。 この現象も跳水現象であり、円形跳水と呼ばれる。 蛇口から出た水道水がシンクの平面に衝突し、高速な流れが円形状に広がり、 そしてある半径のところで水位の不連続が形成されている。 pic.4 跳水現象(実験室の洗い場で撮影) fig.7 円形跳水現象(二つの領域の境目に衝撃波 が発生している)
11
Ⅳ 実験装置
銀河流体実験を行うための定常的な渦を発生させることのできる水槽である。 Ⅳ-1 装置の全体写真 Ⅳ-2 ポンプ 水槽部分;この水槽の中に定常的 な渦を作っている。 ポンプ:今回の装置は一定量の水 を循環させるため。ポンプを用い てタンクから水を吸い上げ、水槽 内に送っている。 タンク部分 電源スイッチ 三相マグネットポンプ PMD641 最大で毎分 72 リットルの水を送り出すことが可 能。本実験中は最大出力で使用しているが、水流 の勢いを出すために射出口をしぼっているので、 毎秒約 5 リットル程度の水が水槽内に送られてい る。12 Ⅳ-3 水槽部分 水槽部分 直径 60 センチ、高さ 60 センチ 壁面は一般的なアクリル製、卓 上の流し素麺機を改造して作成 した。 水槽の底面部 中心から 25 センチの部分に4ヶ 所射出口を設けている。射出向 きは画像で反時計回りに流れる ようになっており、中心に直径 3 センチの排出用の穴がある。 水槽を下から覗く ポンプからの水は青矢印方向に 向かい、4ヶ所の射出口へ送ら れる。排水用のパイプは2か所 あるが、左側は水漏れ時のエス ケープ用なので通常はふさいで いる。
13 Ⅳ-4 ポンプから水槽の接続部分 Ⅳ-5 その他 常温の水道水を使用した。 強制的に反時計回りにしてあり、また渦の規模が小さすぎるためコリオリ力 は本実験には関係ない。 水量の調整バルブ ポンプに吸い上げられた水は二股に分かれ、水槽に向かう流れとタンクに戻 る流れになる。タンクに戻る水流の勢いをバルブの開閉によって調整し、水 槽内の渦の強さを変えることができる機構になっている。
14
Ⅴ 実験室内に作成した渦
17
Ⅵ 銀河との比較
Ⅱで紹介した渦状腕の密度波としての構造と、水槽の渦に発生した表面波の 構造との比較を行う。 Ⅵ-1 写真による比較 見かけの構造を写真によって比較してみる。 直感的にも銀河の形と水槽の渦の形が非常に似ていることがわかるはずであ る。特に銀河と同じような腕の構造が水槽にも顕著に見られる。 水槽内の腕の数が実際の銀河と違い何本も見られるのは、水槽内における流 体の軌道が安定した円軌道であるためである。つまり、Ⅱ章で紹介したように 水槽の壁面を楕円にすることによって、より実際の銀河のディスクに近い振る 舞いが起こる可能性がある。 pic.5 渦状銀河 M51 の可視光像18 Ⅵ-2 速度分布の比較 Ⅱ章で示した観測から得られる銀河の回転速度と水槽内の水流の速度の比較 を行う。 水槽内の速度は水面上に浮遊物を浮かべることで可視化し、見かけで中心か らの距離と流速の関係をグラフにした。 水槽の回転曲線はⅢ章で示したランキン渦そのものである。しかしながら実 際には複雑な構造が水槽の渦の中にはあると考えられるので、銀河との比較対 象にできるようなデータとは言えない。 Ⅵ-3 跳水現象と銀河衝撃波の比較 銀河の渦状構造において、ガスの系が星の重力に引かれ楕円軌道を取りその 過程で不連続面が発生することはⅡ章の終りで述べた通りである。また流体に おいて一つの大きな流れの中で二つの領域が存在し、その境において衝撃波が 起こる跳水現象をⅢ章で紹介した。この二つの現象は同じものである。 銀河のディスクを形成するガスが星の重力によって引かれた時、その速度の 違いによって跳水現象と同じことが起こっていると考えられる。ガスの流れの 性質は、速度が音速以下か以上かで大きく異なる。音速に満たない亜音速の場 fig.8 銀河の回転曲線と水槽の回転曲線
19 合、ガスの流れが乱されると乱れは音波となり四方に広がりスムーズに流れる ことができる。 一方、音速を超えている場合は流れが速いので上流に下流の情報が伝わらな いため、ガスの乱れがあると上流から来た流れはそこにぶつかり不連続に変化 する。この不連続が銀河の渦状構造における衝撃波である。 水槽中の流体もこれと同じ現象が再現されているはずで、腕構造の起源にな っていると考えられる。 銀河の衝撃波と跳水現象のイメージによる比較を示す。 fig.9 跳水による衝撃波と銀河で起きている衝撃波
20
Ⅶ まとめ
Ⅶ-1 卒業研究の成果 今回卒業研究として行ったことをまとめると以下の通りである。 ・宇宙流体実験装置の試作機の製作 ・銀河の渦状構造についての理解 ・製作した装置に発生した渦と銀河との比較 流体装置の製作することによって、銀河流体実験を始めるにあたってのノウ ハウを身につけることができたのが今回得られた最も大きな成果と言える。 水槽渦と実際の銀河との比較については、水槽の精度や未計量の物理量が多 くあるため根拠のある比較は行えなかったが、実験装置製作と理論修学を行え たことは、非常に良い経験となった。 Ⅶ-2 今後 精度の良い水槽の製作、水槽内の流体力学の理解により銀河の未解決問題の ヒントを得ること。また、銀河以外の宇宙物理現象への応用などが考えられる。 本研究は始まったばかりで、今回の卒業論文は宇宙流体実験の入り口を開い た段階に過ぎない。本論文をもって今後期待される流体実験の要旨と言いかえ ることもできる。Ⅷ 謝辞
本研究を始めるに当たりご指導くださり、また宇宙構造を実験室規模で再現 するという大変魅力的な課題を与えてくださった祖父江義明教授に深く感謝い たします。また日比野由美指導員、同研究室メンバー、理工学事務室の方々に も大変お世話になりました。1年間ありがとうございました。21