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Vol.68 , No.1(2019)090安藤 充「バリ・ヒンドゥーにおける「六つの敵」について」

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Academic year: 2021

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(1)

バリ・ヒンドゥーにおける

「六つの敵」について

安 藤   充

1

.問題の所在

バリ・ヒンドゥー教における通過儀礼,つまり,誕生から死に至るまでの人生 折々の儀式にはさまざまなものがあるが,成人式にあたるのが削歯儀礼である. 動物の を思わせる尖った歯(犬歯と門歯)をやすりで削って平らにし,人間性 を獲得する儀式だと理解されており,結婚前には受式しておくのがのぞましいと される.獣性から人間性へという説明のほかに流布しているのは,たとえば,バ リ・ヒンドゥーに関する数少ない日本語の専門書の一つ『神々の島バリ』が示 す,次のような言説である:「情欲,貪り,憤り,放逸,痴,嫉妬の〈六敵〉を 制するためとされる.」 筆者自身,かつてバリを訪れた折に,現地の大学生から同様な six enemies に よる削歯儀礼の説明を聞いたことがある.それ以来,この六つの敵は何に由来す るのか,古典インド世界と何らかのつながりがあるのか関心をもってきた.ここ 数年来バリで伝承されてきた古ジャワ語の金言集の翻訳研究を進める中で,この 六つの敵に関するいくつかの表現を見つけることができた.それを受けて,さら に他の古ジャワ語文献,サンスクリット文献にあたることで,ジャワやバリにお いて「六つの敵」という概念や構成要素がどのように受容され展開したのか,い くらかの情報提供をしつつ,インド学あるいはジャワ・バリ研究の諸賢から有益 な知見をいただければと思い,ごく小さなトピックではあるが報告をしておきた いと思う. 2

.古ジャワ金言集

Ślokāntara このテキストは,83の教訓的なサンスクリット偈を挙げ,それぞれについて 古ジャワ語散文で翻訳や解説を付している.「六つの敵」に言及するのは,第41 偈の古ジャワ文中である.サンスクリット偈では全く触れていないのだが,古

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ジャワ語解説で喩え話として,農民が水田に手を加えないと木が生い茂るとし, その木は何の喩えかという問いに,次のように答える:

göṅ niṅ lobha moha mada māna mātsarya hiṅsā. yeka ṣaḍwarga ṅaran ika. 強い貪欲,迷妄,陶酔,驕慢,嫉妬,暴力.これらは六群と呼ばれる.

六項目についてそれぞれ補足説明したのち,それは輪 転生の原因とする: hetu niṅ janma pāpa de niṅ ṣaḍripu. apituwi ikaṅ janma kasyasih agöṅan ṣaḍripu.

邪悪な転生の原因は六敵による,憐れむべき転生は六敵が強大であるから.

ここで注目しておくべき第一点は,列挙された項目が今日のバリ・ヒンドゥーで 一般に説明されているものとは必ずしも一致しないことである.序論で言及した 日本の解説とも異なるし,Eisman 1985がTooth Filingの説明中で挙げるkāma・ lobha・krodha・mada・moha・mātsaryaと も2項 目 が 合 致 し な い. 第 二 点 は,

ṣaḍwarga(六群)という総称と,ṣaḍripu(六敵)という用語の使用である. 3

.古ジャワ版

Rāmāyaṇa

とその他の詩作品

Ślokāntaraは成立年代が不明であるが,引用されるサンスクリット語の転訛や 用いられる古ジャワ語の語彙などから,比較的後代の成立ではないかと見られて いる.そこで一旦,古ジャワ語文献では最古,10世紀頃成立のRāmāyaṇaにさか のぼって六つの敵に関連する叙述の用例を検討してみることにする.

古ジャワ版のRāmāyaṇaでは,Wibhīṣaṇaが母親の願いも受けて兄のRāwanaに SītāをRāmaの元に返すよう,さまざまな教訓をまじえて演説をする場面に,次 のような詩節がある(13.53):

ya tan baśêṅ śatru anuṅ hanêṅ hawak mwan tan prayatnêṅ anurāga len naya pirā ta kośā nira len balā nira musuh tikê kāla nikaṅ raṇân tĕka

もし(王が)自身の内にある敵を調御できず,(人民への)思いやりと賢政に努めなけれ ば,富も兵隊も かとなり,戦いの時が来て敵が来襲することになるだろう.

こ こ で は「自 身 の 内 に あ る 敵」 と す る だ け だ が, さ ら に 後 に, 別 の 兄 弟 KumbhakarṇaがRāwanaを批難する場面で,「六群」に言及する(22.39):

haywâta makiṅkiṅ pĕjaha āpan kita mūlanya tĕmĕn wyāmoha manahtân katĕmu ṣaḍwarga ya mawrĕg ri hati

死がやってくるとして落ち込むでない.なぜならそなたこそが元凶だからだ. そなたの精神は惑い乱れ,六群のものが心を揺るがしている.

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心を揺るがす原因をṣaḍwargaとするが,敵という表現は用いず,六項目の列挙 もない.

12世 紀 中 頃 の 成 立 と さ れ る バ ラ タ 戦 争 に 取 材 し た 古 ジ ャ ワ 詩 作 品 Bhāratayuddhaでは,Korawa軍の司令官に任じられたŚalyaの陣にNakulaが訪れ る場面で,ŚalyaがYudhiṣṭhiraに討たれる運命にあるとしてこう語る(36.17):

kunaṅ pwêki ṅhiṅ antaka sinamayākĕn Paśupati wwaṅ aṅgöṅ dharmâkral riṅ aji tuwi saktêṅ brata japa sudhīrâkadga ṅ pustaka n amati ṣaḍśatru ri dalĕm ikā sopānaṅku n lĕpasa mulihêṅ Rudrabhawana

しかしながらパシュパティに運命づけられてこの我が身は終わりを迎える. 本務に忠実で,聖典に精通し,修行や誦経に勤しむ者,心のうちの六つの敵を殺すため に,本を剣として用いる,確固たる意志をもつ者,その者によって死ぬのだ.これが,私 が解脱してルドラの住まう世界に赴くための階梯なのだ. ここでは,ṣaḍśatruという語彙,「内なる (ri dalĕm) 」という形容が注目される. さらに少し時代を下り,14世紀後半成立,古ジャワでは珍しい仏教系詩作であ るSutasomaでは,求道の王子にWidyutkarālīがこう語る(11.1):

he wruh matāku kita yañ Jinamūrti sākṣāt anwam suśīla jitacakṣuh anindyamantra ṣaḍwarga śatru matakūt kita denta śīrṇa en taṅ triwighna malayu paḍa saptabhasma

ああ,お見受けしたところ,そなた様はジナの権化. お若く行い正しく,眼(感官)を調御し,完璧な真言を唱えられる. 六群の敵(すら)そなた様を恐れる.そなた様は(それらを)殲滅されたゆえ. 三つの障害も逃げ去ったし,七つのものも灰燼に帰した. śatruが後ろからṣaḍwargaを形容し,明らかに六群を敵とみなしていることがわ かる. 4

Bhaṭṭikāvya

Mahābhārata 古ジャワ版Rāmāyaṇaが依拠していたサンスクリット原典は,Vālmīkiの叙事 詩ではなく,Bhaṭṭikāvyaであることがわかっている.そこでBhaṭṭikāvyaの中に六 つの敵に関する記述がないか,古ジャワ版と同場面を読み解いてみると,Rāvaṇa に対するVibhīṣaṇaの一連の説諭の中に2箇所,「六群」への言及が見出される (12.28, 12.39):

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janānurāgeṇa yuto 'vasādaḥ phalānubandhaḥ sudhiyātmano 'pi upekṣaṇīyo 'bhyupagamya saṃdhiṃ kāmādiṣaḍvargajitādhipena

賢明にして,愛欲などの六群(の障害)に打ち克った王は,人民への思いやりにより,休 戦協定を結び,その結果に付随する自らの没落などは無視すべきである.

ṣaḍvargavaśyaḥ parimūḍhabandhur ucchinnamitro viguṇair upetaḥ mā pādayuddhaṃ dviradena kārṣīr nama kṣitīndraṃ praṇatopabhogyam

六群に支配され,親族も悩みの種,真の友もおらず,敵ばかり.(そのようなあなたは) 象との歩兵戦を戦ってはならない.享楽を調御した大地の王に頭を垂れなさい.

六群にkāmādi-(愛欲などの)との形容が付せられていることが注目されるが,さら

に興味深いのは,当該箇所のJayamaṅgala注が kāmakrodhalobhamohamaderṣyānāṃ ṣaṇṇāṃ vargaḥ としており,kāma・krodha・lobha・moha・mada・īrṣyāの六項目 を列挙していることである.Jayamaṅgalaは800–1050 A.D.に活躍したとされる. 古ジャワ版Rāmāyaṇaの作者自身がこの注釈まで参照できたかどうかは別とし て,六群という総称やその意味合いはBhaṭṭikāvyaに範をとることができたのは 間違いない. 他方,Bhāratayuddhaに関連して,サンスクリットのMahābhārataにおける六群 への言及を探索すると,Bhāratayuddhaとは別の場面で3箇所,ṣaḍvargaが用いら れている(1.45.15, 12.59.32, 12.166.22).ただし,kāmaやśatru (ari, ripu)との連語表現 は な い.kāma・krodha・lobhaを 列 挙 し,「こ の 三 つ を 捨 離 す べ し(etat trayaṃ tyajet)」 と い う 言 い 回 し も 確 か に 見 ら れ る(6.38.21)も の の,Bhaṭṭikāvyaの Jayamaṅgala注に見られた六項目の列挙の例は校訂版には見つからない. 5

Arthaśāstra Bhaṭṭikāvyaよりもはるかに具体的に「六群の敵」に言及するサンスクリット文 献は,紀元前2世紀から紀元後2世紀の成立とされるKauṭilyaのArthaśāstraであ る.修養(naya)を扱う第1巻の第6章は感官の制御(indriyajaya)を主題としてお り,1.6.5–10で,感官を制御しないで滅亡した者の例を挙げる.その名前と滅亡 の原因を列挙すれば次のとおりである.

Dāṇḍakya(kāma愛欲),Janamejaya(kopa怒り),Aila(lobha貪欲), Rāvaṇa, Duryodhana(māna高慢),Dambhodbhava (mada驕慢), Vātāpi, Wṛṣṇi(harṣa過度の歓喜)

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六つを六群の構成要素としていることである.続いて,他の王たちも六群に執着 して滅亡したと述べるが,ここではśatruṣaḍvargaという複合語(六群としての敵) で表現している(1.6.11):

ete cānye ca bahavaḥ śatruṣaḍvargam āśritāḥ sabandhurāṣṭrā rājāno vineśur ajitendriyāḥ

続いて,対照的に「JāmadagnyaとAmbarīṣaは,感官を制御し,六群を捨て,感 官を制御して長く大地を享受した」と締めるが,そこでは単にṣaḍvargaとしてい る.第7章の冒頭では前章を承けて,「それ故,六群の敵を捨てることにより感 官の制御をおこなうべし」と述べる中で,ariṣaḍvargaという複合語を用いてい る.いずれにしても,Arthaśāstraの作者は,王たる者に不可欠な感官の制御を 「六群の敵」を滅することと密接に関連づけて叙述しており,その脈略で上述の 六項目を提示していることがわかる. 6

Nītisāra

Hitopadeśa Arthaśāstraよりもさらに明示的に六群の敵に言及しているのが,Kāmandakiに よるNītisāraである.その第一章第一項目で感官の制御を取り上げるが,最後の 4偈のうち,最初に六項目を偈中に列挙し,それを「六群」と受けて,善王はそ れを捨てられたら王は幸福になると述べる(1.57):

kāmaḥ krodhas tathā lobho harṣo māno madas tathā ṣaḍvargam utsṛjed enam asmiṃs tytakte sukhī nṛpaḥ

kāma・krodha・lobha・harṣa・māna・madaをṣaḍvargaと し て い る が,Arthaśāstra と比較すると,kopaがkrodhaに替わっているのと,harṣaの順序が移動している ことが指摘される.続いて1.58–69で,Arthaśāstra同様,六群のせいで滅亡した 者を原因ごとに列挙するが,異名を用いる点と順序の違いを除けばArthaśāstra の記述と同一である.そして最後の1.60でArthaśāstraと同じ両王のことを取り上 げるが,「六群の敵を捨て」という表現にśatruṣaḍvargaを用いている.

一方,Hitopadeśaには,Arthaśāstra 1.57とほとんど同一の偈が含まれる(4.99): kāmaḥ krodhas tathā lobho harṣo māno madas tathā

(6)

ここでArthaśāstraNītisāra及びHitopadeśaの相互関係を整理しておくと, NītisāraArthaśāstraからnītiの部分を抽出し,韻文で制作されたものだといわ れる.NītisāraHitopadeśaが成立したとみられる900–950年ころにはすでに存 在していたことがほぼ確実であるし,Hitopadeśaの中にはNītisāraの詩節が多数 引用されていることも知られている.したがって,六群の敵に関する叙述につい ても,NītisāraArthaśāstraに範をとり,HitopadeśaNītisāraから引用したとい える.

で は 先 に 触 れ たBhaṭṭikāvyaのJayamaṅgala注 と の 関 連 は ど う だ ろ う か. Arthaśāstraは明らかに古いが,Jayamaṅgalaは六項目についてそのまま参照して いるわけではなく,mānaとharṣaにかえてmohaとīrṣyāを挙げる.Jayamaṅgala

注とNītisāraの時代は大きくは違わず,前後関係は微妙であるが,六群の構成要 素についてはいくつかの解釈が併存していたと見たほうが自然だろう. 7

.バリ・ヒンドゥー,古ジャワ文献,インドのヒンドゥー教

古ジャワ文献は一般に,サンスクリットの叙事詩や法典類,宗教綱要書などに 依拠,取材し,偈の引用と翻訳解説,あるいは物語の翻案といった形で,正確, 忠実な翻訳と,土着的な独自展開という両面を持ち合わせたところが特色である. 「六群」あるいは「六群の敵」に関して言えば,古ジャワ最古の詩作Rāmayaṇa の表現から,内なる敵としてṣaḍwargaに言及していることが読み取れる.これ は,古ジャワ文献に影響を与えてきたとされるサンスクリット諸文献で,人間の 内なる本性である六つのものをṣaḍvargaと総称し,王たる者はそれを打ち捨て克 服すべきであると説いていることを正しく反映しているといえる.サンスクリッ ト文献では多くの場合,単にṣaḍvargaとのみ表現されるが,時として,それらを 敵であるとみなし,ari-あるいはśatru-という前分を伴う形で表現される.古ジャ ワのBhāratayuddhaではṣaḍśatruという独特な言い回しで表現しているが,これ はśatruṣaḍvargaといったサンスクリット語から巧みに短く現地化したとみてよい

だろう.また,Sutasoma中のṣaḍwarga śatruも,サンスクリットから現地的な語 順に置き換えられたと解釈できる.古ジャワ金言集のŚlokāntaraではlobha・ moha・mada・māna・mātsarya・hiṅsāをṣaḍwargaと総称し,これらをṣaḍripuとも 呼ぶ.ṣaḍripuはBhāratayuddhaのśaḍśatruに通じる古ジャワ的サンスクリットと みられる.列挙される六項目はしかしながら,古ジャワ金言集の出典の一つと なっているサンスクリットの法典や教訓詩 が挙げるものとは同一ではない.サ

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ンスクリット文献内の伝承でも六群の敵の構成要素は諸説あるようだが,最大の 問題は,古ジャワ文献と,それらに直接・間接に影響を与えたとされるサンスク リット文献を渉猟した限りにおいては,バリ・ヒンドゥーの削歯儀礼に関して流 布されている「六つの敵」に相当する典拠を示し得なかったことである. そこで,インドからジャワ・バリへのヒンドゥー教・ヒンドゥー文化の伝播に 関して,古ジャワ文献による媒介という前提を外して,あらためてインドのヒン ドゥー教に出典を求めてみると,プラーナ文献の一つ,Devībhāgavatapurāṇaに次 のような記述が見つかる(7.35.3):

tatpratyūhāḥ ṣaḍākhyātā yogavighnakarānagha kāmakrodhau lobhamohau madamātsaryasañjñakau

yogaの妨げとなるものが六つあるとし,それはkāma・krodha・lobha・moha・

mada・mātsaryaとするが,まさにバリ・ヒンドゥーの削歯儀礼の「六つの敵」と 項目が一致する.このDevībhāgavatapurāṇa自体が直接の典拠かどうかはさてお き,シャークタ派のプラーナ文献で説かれる教えが,バリ・ヒンドゥーにおける 儀礼の解釈と合致することは,古ジャワ文献からサンスクリット原典に るサン スクリットから古ジャワへのテキスト伝承の枠組みの想定範囲を超えていて興味 深い. 現代世界に眼を転じれば,インターネット全盛の中,インドのヒンドゥー教の さまざまなサイトで, arishadvarga (six enemies) の克服を自己の修養徳目として 取り上げているのが見てとれる.典拠を示さないサイトがほとんどで,誤った典 拠を示しているものも少なくない,いずれにしても,六群の敵に対しては ariṣaḍvarga(arishadvarga)という総称が一般化しており, kāma・krodha・lobha・

moha・mada・mātsaryaがきまって列挙される,興味深いのは,六群の敵との関

連 でArthaśāstraに 言 及 す る サ イ ト(例 え ばVedic Management Center)で も,

Arthaśāstraの列挙する六つではなく,今や定番ともいえる上述の六項目を挙げて

いることである.

他方,バリ・ヒンドゥーの削歯儀礼についても,インターネットで情報収集し てみると,「自己に内在する六つの敵を克服するための儀礼」といった説明(た とえばAgama HinduのTwitter記事)が主流となっており,その六つの敵の内訳もイ ンドのヒンドゥー教のそれと同一である(バリでは一様にlobhaがkrodhaより先に挙

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現代のバリ・ヒンドゥーでは,古来のテキスト伝承では独立した聖典としてそ れほど重視された形跡のないBhagavadgītāに関する大イベントを行うとか,哲 学・宗教の諸派の論書を翻訳出版するなど,いわゆる「正統化」への動きが特徴 の一つである.グローバル化による人や情報のダイナミックな交流,イスラム教 やキリスト教に対する世界宗教としての自意識などが要因として指摘される. 小論前半で見てきたように,「六つの敵」は,王が克服すべき人間の内面の弱 さの六種として,古典インド世界から古ジャワ世界へと伝承されてきたことは文 献から読み取れたが,削歯儀礼の宗教的解説としては,インドのヒンドゥー教で 説かれる倫理徳目から直接導入されたとみる方が自然だろう.さらなる典拠の解 明や,インド及びバリの宗教状況の詳しい調査が必要であるのは言うまでもない が,バリ土俗の削歯儀礼に,流行のヒンドゥー教の教説をあてたとすれば,誠に わかりやすい「バリ・ヒンドゥー」の「正統化」,「ヒンドゥー化」の一面といえ るかもしれない. 〈一次資料〉 紙幅の都合で原典に関する詳細なリストは略す.サンスクリット文献についてはそれぞれ の主要校訂版を参照し,GRETIL所収の電子テキストが参照可能であれば確認のために利

用した.古ジャワ文献についてはZoetmulder, P. J., Old Javanese-English Dictionary(1983)が sources として挙げている(vol. 1, XVII-XX)校訂版を主として参照した.

〈二次資料〉

Eisman, Fred B. 1985. Bali: Sekala & Niskala, vol. 1. Denpasar.

Picard, Michel and Madinier, Rémy (eds.). 2014. The Politics of Religion in Indonesia. Oxford: Rout-ledge.

Rocher, Ludo. 1986. The Purāṇas. Wiesbaden: Harrassowitz.

安藤充 2016 「古ジャワ金言集Ślokāntara訳注研究(2)」『人間文化』31: 159–179. 上村勝彦訳 1984 『実利論』上・下,岩波書店. ― 訳 2006 『ニーティサーラ』平凡社(東洋文庫). 河野亮仙・中村潔編 1994 『神々の島バリ』春秋社. 〈キーワード〉 バリ・ヒンドゥー,削歯儀礼,ṣaḍvarga,古ジャワ,ヒンドゥー化 (愛知学院大学教授,Ph.D.)

参照

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