一過性カフェインの摂取によるバスケットボールの技術及び体力への影響
キーワード:無水カフェイン バスケットボール 高強度運動 体力 技術 行動システム専攻 劉 思遠 1.問題と目的 カフェイン(caffiene)は中枢神経を興奮させる作用を持 ち、精神刺激薬のひとつである。特にアデノシン(抑制性神 経伝達物質)受容体のアンタゴニスト(受容体遮断)作用が あることから、運動機能との関わりが検証されている。飲食 品ではコーヒー、緑茶、ウーロン茶、紅茶、ココアなどの飲 料、チョコレートなどにカフェインが多く含まれる。 カフェインの摂取は、持久的運動能力の向上、疲労の遅 延、注意力の改善などの効果が認められている(Hodgson AB,2013;Astorino TA ,2012)。Doherty と Smith(2005)は、 運動中の疲労感に関する自己評価について検討し、運動 前 1 時間のカフェイン(4~10 mg/kg)の摂取により、疲労 感が減退することを報告した。また、カフェイン摂取の中断 により、疲労感が上昇することも認めた。また、Stuart ら (2005)は、ラグビーの試合において、試合前 70 分のカフェ イン(6 mg/kg)摂取は、試合中の疲労感を減退することを 報告した。高強度の間欠的な動作を伴う競技としてバスケ ットボールがあげられる。バスケットボールのスキルにおい てジャンプやスプリント走は重要な役割を果たし、パフォー マンスに関わっている(Castagna.2007, Alemdaroğlu.2012)。 試合では平均 44 ± 7 回のジャンプと 55 ±11 回のスプ リント走が含まれ、総試合時間の 15-16%は高強度の動きで あるとされている (Abdelkrim 2007, McInnes 1995)。北米の National Basketball Association(NBA)を始め、バスケットボ ールの試合は2日間連続で行なわれる場合が多く、連日の 試合でバスケットボール選手のパフォーマンスを維持する ことが重要である。 多くの研究がカフェイン摂取による持久性運動パフォー マンスの向上を明らかにしたが、高強度運動へカフェイン の影響についての研究は少なく、また、一致した研究結果 は得られていない。また、研究の多くは体力への影響に焦 点を当てている。カフェインには神経回路を興奮させること により、集中力を高める作用がある。したがって、カフェイン 摂取は体力だけではなく、集中力の向上による運動技術 への影響も考えられる。 本研究ではバスケットボールに関わる体力と技術パフォ ーマンスに及ぼす運動前の無水カフェインの摂取の影響 を検討した。 2.方法 1)被験者 カフェイン摂取習慣のない健康なバスケットボール経験者、 男性 10 名(年齢 25.0±1.0 歳、身長 181.5±1.7cm、体重 74.5±0.24kg)であった。 2)実験手順 カフェインは無水カフェイン試薬(和光純薬)とし、体重 1kg あたり 6mg/kg を経口摂取した。カフェインは不透明な セルロースホワイトカプセル(0号)2個に入れ、水とともに摂 取させた。同量のブドウ糖(プラセボ)を同カプセルに入れ、 摂取させ、対照実験とした。実験は一重盲験クロスオーバ ーデザインで行った。被験者には実験2日前から、激しい 運動、飲酒、カフェインを含む食品の摂取を行わないよう指 示した。全ての被験者は、それぞれの測定を7日間の間隔 を空けて、同一条件及び同一時刻にランダムな順序で実 施した。 実験のプロトコルを図1に示した。実験当日、被験者はで きるだけ運動量の少ない手段を用いて実験場へ移動する ように指示した。運動実験開始 1 時間前にカフェインまたは プラセボのカプセルを摂取させ、その後、45 分間座位安静 を保持した。 運動実験 15 分前にウォームアップを行った後、測定を開 始した。測定は体力種目として、3 種類のジャンプ(垂直跳 び、10 回の連続垂直跳び、助走付き最大跳躍)、サイドライ ン折り返し走、およびレーン・アジリティ、技術種目として、ス リーポイントシュートならびにフリースローを実施した。 図1:実験プロトコール各測定は 5 分間の間隔を置いて実施した。実験中の水 分補給は制限しなかった。 本研究は、九州大学人間環境学研究院健康・スポーツ 科学講座倫理委員会の承認(201604)を得て行われた。 3)測定項目および方法 (1)垂直跳び 助走をつけずにその場で跳躍し、最高到達地点を計測 し、跳躍前との差を求めたた。30 秒の間隔を空けて 2 回実 施し、平均値を求めた。 (2)連続垂直跳び: 助走をつけず、その場で垂直跳びを 10 回連続して行い、 10 回それぞれの最高到達地点を計測した。 (3)助走付き最大跳躍 3 歩の助走付けて跳躍し、最高到達地点を計測した。 1 分間の間隔で 2 回実施した。 (4)スリーポイントシュート スリーポイントラインに沿って設置された 5 箇所のシュー ティングスポットごとに 5 球ずつ、合計 25 回のシュートを行 い、成功率を測定した。 (5)フリースロー フリースローラインから 2 回のフリースローを 1 セットとし、 計 24 回のフリースローを行い、その成功率を測定した。フリ ースローは実験者がボールを手渡した後、5 秒以内に行う こととした。セット間の休憩時間は 15 秒とした。 (6)レーン・アジリティ フリースローレーン(ペイントエリア)の外周を身体を一方 向に向けたまま、ラインに沿って右回り、左回り 1 回ずつを 行い、その所要時間を計測した。1 分間の間隔を空け、2 回 実施した。 (7)サイドライン折り返し走 バスケットボールコートのサイドライン間を 15 回(7.5 往 復)行うスプリント走を実施し、所要時間を計測した。2 分間 の間隔を空け、2 回実施した。 これらの測定は測定(2)を除き、NBA において体力測定 項目として用いられているものである。 4)統計処理 垂直跳び、助走付き最大跳躍、スリーポイントシュ ート、フリースロー、レーン・アジリティ、サイドライ ン折り返し走のカフェインとプラセボ摂取間の比較は、 1要因分散分析を用いた。連続垂直跳びの繰り返しに伴 う摂取条件間の差は繰り返しのある2要因分散分析を 用い、有意な主効果が認められた場合、Bonferroni 法 を用いて、多重比較検定を行った。本実験の結果は、全 て平均値±標準偏差で示した。有意水準は 5%未満とし た。 3.結果 実験は全て屋内の体育館の中で行われた。測定時刻は 同一被験者内において統一した。測定時の気温はカフェ イン摂取時で平均 15.5±1.2℃で、プラセボ摂取時で、 平均 15.6±1.4℃で差はなかった。同様に相対湿度はカ フェイン摂取時で平均 72.1±3.7%、プラセボ摂取時平 均 71.4±4.0%と、差はなかった。 1)垂直跳びは条件間(F(1, 18)=6.702)に有意な主効果 を認め、カフェイン摂取(51.83±0.90cm)の方がプラ セボ摂取(50.76±0.96cm)に比べ、高値を示した(p<.05)。 2)図2に連続垂直跳び、10 回の結果と平均値を示し た。条件と試行(10 回)を独立変数、垂直跳びの記録 を従属変数とした繰り返しのある 2 要因分散分析を行 った結果、条件間 (F(1, 81)=410.90, p<.05)に有意な 主効果を認め、カフェインの摂取はプラセボの摂取に比 べ、高値を示した。10 回の平均値はカフェインが(51.05 ±0.28cm)、プラセボが(49.16±0.25cm)であった。ま た、試行 (F(2.29, 81)=21.24, p<.05) に有意な主効果 を認めた。試行が有意であったため多重比較を行った結 果、1 回目と 2 回目は 5 回目、6 回目、7 回目、8 回目、 9 回目、10 回目より高値を示した。2 回目は 5 回目、7 回目、8 回目、10 回目に比べて高値を示した。4 回目と 5 回目は 7 回目に比べて高値を示した。繰り返しに伴い、 パフォーマンスは低下するが、6 回目以降でのパフォー マンスの低下は確かめられなかった。交互作用(F(3.99, 81)=2.03)は有意ではなかった。 図2:連続垂直跳びの変化 3)助走付き最大跳躍において、カフェイン(301.31 ±1.04cm)はプラセボ(300.14±0.33cm)と比べ、条
件間 (F(1, 18)=11.701)に有意な差を示し、高値を示 した(p<.05)。 4)スリーポイントシュート成功率は、カフェイン摂 取(34.4±3.4%)、プラセボ摂取(33.2±3.8%)と条 件間 (F(1, 18)=0.559)に差は認められなかった。 5)フリースローシュート成功率は、カフェイン摂取 (75.4±5.0%)、プラセボ摂取(75.0±6.0%)と条件 間(F(1, 18)=0.031)に差は認められなかった。 6)レーン・アジリティにおいて、カフェイン摂取 (13.06±0.29 秒)、プラセボ摂取(13.15±0.31 秒) と条件間(F(1, 18)=0.457)に差は認められなかった。 7)サイドライン折り返し走では、カフェイン摂取 (59.56±0.69 秒)はプラセボ摂取(60.33±0.52 秒) に対し、条件間(F(1, 18)=8.427)に有意に短い所要時 間であった(p<.05)。 4.考察 本研究は運動前のカフェインの摂取がバスケットボ ール競技に関連する体力と技術パフォーマンスに及ぼ す影響を検討した。 本研究の主な知見は、運動前の無水カフェインの摂 取はプラセボ(ブドウ糖粉末)に比べ、垂直跳び、連 続垂直跳び、助走付き最大跳躍の高さに有意に高い値 を示したことである。また、カフェイン摂取はプラセ ボと比べてレーン・アジリティに要した時間には有意 な差をもたらさなかったが、サイドライン折り返し走 時間では有意に短いことを示した。しかし、フリース ローとスリーポイントシュートの成功率において、有 意差が認められなかった。これらの結果は運動前の無 水カフェイン摂取がジャンプや折り返し走といった、 バスケットボールに必要な体力を高める可能性を示唆 している。 Costill ら(1978)はカフェイン摂取が血中アドレ ナリン量を増やし、それが遊離脂肪酸の放出を促進し、 有酸素系運動中の筋肉がグリコーゲンより優先に血中 遊離脂肪酸をエネルギー源と使用するようになる可能 性があると報告した。したがって、これまで、カフェ イン摂取によるエルゴジェニック効果は、ランニング やサイクリングなどの持久性運動パフォーマンスへの 影響について検討した研究が多く、高強度の間欠性運 動を対象とした研究は少ない。また、バスケットボー ルを対象とした、カフェイン摂取に関する先行研究は 3 例しかない。Javier(2014)はカフェインを含むドリン クが若年バスケットーボールのジャンプパフォーマン ス、シュート成功率に及ぼす影響を検討し、カフェイン 摂取がシュート成功率に影響を与えないと報告した。 Tucker (2013)は 5 名のエリートバスケットボール選 手を対象に、無水カフェイン摂取が疲労困備に至るまで の時間、垂直跳びに及ぼす影響を検討し、カフェインが 摂取は疲労困備に至るまでの時間、垂直跳びに影響を与 えないと報告した。Cheng(2016)は無水カフェイン摂 取が若年バスケットボールの 3MT(3min all-out test) パフォーマンスに及ぼす影響を検討し、3 測定中のパワ ーは、カフェイン摂取がプラセボより有意に高かったと 報告した。本研究における測定項目(バスケットボール 専門測定項目)といった点において、異なる実験であっ た。 ジャンプ高はバスケットボール競技のリバウンドの 獲得及びシュートの成功率に影響を与える(Dougherty ら、2006)。また、跳躍、スプリント走および敏捷性は バスケットボールの競技中に重要となる動作であるこ とが示され(Bishop D、2006;McInnes S、1995)、この ような体力の優れた選手は試合での出場時間が長いこ とも報告されている(Hoffman ら、1996)。Andrew と Nicolas(2009)は、カフェイン摂取が外側広筋の最大 随意収縮を高め、筋パワーの増大と跳躍能力を増大する ことを明らかにした。また、カフェイン摂取が中枢神経 を興奮させ、運動単位の動員を増強することにより、筋 力を上げる可能性がある(Graham ら、2001)ことから、 本研究における垂直跳びの差に示されたカフェインの 影響を裏づけるものと思われる。 本研究において、運動前のカフェイン摂取はプラセボ 摂取よりサイドライン折り返し走の時間を有意に短縮 した。これはカフェイン摂取がスプリントに及ぼす影響 を検討した先行研究によって裏づけられる。Glaister ら(2008)は 5mg/kg の無水カフェイン摂取が筋収縮力 を増大し、12 回の 30 メートルスプリント走において、 スプリント走時間を短縮したことを報告した。筋収縮力 の増大はカフェイン摂取により、中枢神経を興奮させ、 筋細胞内のカルシウム濃度を増やす、あるいは運動単位 の動員を増やすと考えられている。 敏捷性のある競技者はバスケットボール、サッカー、 テニスなどのスポーツにおいて競技力が高い(Baechle TR、2000)。本研究におけるレーン・アジリティに要し た時間は、カフェイン摂取とプラセボ摂取の間に差は認 められなかった。Lee ら(2014)は 6mg/kg カフェイン 摂取は敏捷性に影響を与えないことを示した。Davis (2009)は敏捷性の測定の方法と測定に対する不慣れが
敏捷性パフォーマンスに影響を及ぼすことを示唆して いる。本研究の被験者はレーン・アジリティ測定は初 めての経験であったため、その影響の可能性も考えら れる。 本研究におけるシュート成功率は、カフェイン摂取 とプラセボの摂取の間に有意な差が認められなかった。 シュートはバスケットボールスキルの重要な部分であ り、シュートの成功率はバスケットボール試合に影響 を与える(Zuzik、2011)。シュートの成功率は、不安、 練習、技術および環境に影響を受けることが報告され ている(Button ら、2003)。本研究の被験者はバスケッ トボール競技の経験者であるが、現在の活動は週に 1 回程度のレクリエーショナルな活動であることから、 カフェインの影響よりも技術の変動が大きかった可能 性も考えられる。したがって、技術に対するカフェイ ンの影響を検証するためには、より高度な技術レベル の被験者を対象に行う必要があると考えられた。 高用量(400~500 mg)のカフェイン摂取は、不安を 誘発することが示されている(Nawrot ら、2003; Childs と de Wit、2006)。Nickell と Uhde(1994)は、低用 量のカフェイン(200 mg)でも不安を誘発することを 示している。本研究におけるカフェインの摂取量は平 均 420mg であったため、シュート動作に対し、何らか の影響を受けた可能性も示唆された。 5.まとめ 本研究はバスケットボール経験のある男子大学院生 を対象とし、運動の1時間前に 6mg/kg の無水カフェイ ンカプセルを摂取させ、高強度スプリント運動パフォ ーマンスとシュート成功率に対する影響を検証した。 その結果、カフェイン摂取はジャンプパフォーマンス およびスプリント走能力を高めたが、シュート成率に おいてはプラセボとの間に顕著な差が認められなかっ た。カフェインの摂取により、ジャンプ能力、疾走能 力が有意に向上したことから、カフェイン摂取はバス ケットボール競技には影響を与える可能性が示唆され た。 6.主要引用文献
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