点音源モデルに基づく戸建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測計算法
中原 慎一郎 1. 研究の背景と目的 平成 11 年 4 月に施行された「騒音に係る環境基準」 で導入された “面的評価” を行うには沿道に立地する 建物群による騒音減衰量を推計する必要があることか ら,当研究室ではこれまで平面道路1)及び盛土道路2) に面する地域における戸建て住宅群による道路交通騒 音減衰量の予測法 (F2006 及び F2006+) を提示してき た。これらは,日本音響学会道路交通騒音予測計算法 の最新版 ASJ RTN-Model 2008 3)にも採用されてい る。F2006 及び F2006+は,直線道路を想定して線音 源に対する騒音減衰量を予測するもので,道路が直線 でない場合には適用できない。一方,ASJ Model の騒 音予測は,道路を走行する車両を点音源と想定し,点 音源から騒音予測点までの騒音伝搬を計算すること (点 音源モデル) が基本となっており,これによって直線で ない道路の騒音予測も可能となっている。 必ずしも直線ではない実際の道路沿道における道路 交通騒音の面的評価を行うためには,“点音源モデルに 基づく建物群による騒音減衰量の予測法” が必要であ る。そこで本論文は,沿道に立地する戸建て住宅群に よる道路交通騒音減衰量を点音源モデルに基づいて予 測する方法について検討した。 2. 模型実験 2.1 研究の方法 戸建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測方法 を理論的に求めることは困難であるため,これまでの 研究1)2)と同様に,戸建て住宅群による道路交通騒音 減衰量を模型実験によって求め,得られた騒音減衰量 と住宅群の配置条件の関係を分析して騒音減衰量の予 測方法を見出そうとした。 2.2 実験方法 模型実験は,これまでの研究 1)2) と同様に,簡易 無響室内に 100 m×80 m の住宅地を設定し,その一辺 (100 m) を道路とみなして,辺上に点音源を走行させた ときの住宅地内の受音点における音圧を測定し,戸建 て住宅群を配置したときとしないときの測定結果の差 から,住宅群による騒音減衰量を求めるというもので ある。模型の縮尺は 1/20 である。 実験条件を表-1 に示す。住宅群の配置は,建物率 (住 宅地全体に対する住宅面積の割合) ω を 4 段階 (16.8%, 21.6%,28.0%,34.4%),各密度について異なる配置 4 種類,受音点は道路からの距離 droad が 20 m,30 m, 40 m,50 m の 4 点とし (例を図-1 に示す),これらの組 表-1 実験条件 図-1 住宅群の配置の例 み合わせの合計 64 配置とした。なお,受音点高さ hp は 1.2 m である。 2.3 騒音減衰量の算出 実験で測定された音圧信号から,音源を自動車騒音 と考えたときの受音点における騒音レベルを算出した。 算出方法はこれまでの研究1)と同じである。算出した 値は,1 台の車両が 100 m の道路を走行したときに受 音点で観測される騒音レベルであり,個数は 512 個で ある。 本実験の目的は,道路上の車両 (点音源) が発生する 騒音が受音点に伝搬するときの住宅群による騒音減衰 量を求めることである。騒音減衰量は以下のように算 出した。 音源から受音点に伝搬する騒音は,音源から受音点 に至る経路上の周辺に立地している住宅群の影響を受 けると考えられるが,どの範囲に立地する住宅群の影 響を受けるかはわからない。そこで,実験で得られた 512 個の騒音レベルのうち,音源から受音点に至る経 路上の住宅立地に大きな偏りのないよう,音源が道路 56-1100 m のうちの中央 60 m の範囲にある場合だけを分析 対象とすることにした。また,実験誤差を小さくする ために,車両が道路 10 m を走行したときのエネルギー 平均値 LBを実験データの 1 サンプルとし,住宅を配 置してない場合 LB0と配置した場合 LB1の差を建物 群による騒音減衰量 ∆LB(= LB1− LB0) とした。なお, ここで定義する “減衰量” は通常の定義と符号が逆と なっている。∆LBは 1 つの実験条件で 121 個得られる ので,実験全体では 7,744 個の ∆LBが得られた。 3. 騒音減衰量の予測式の検討 音の伝搬には直接,反射,回折の 3 つが考えられる。 ∆LBをこの 3 つの伝搬による音響エネルギ成分の和で 表すことができると考え,式 (1) に基づいて騒音減衰 量の計算式を検討した。 ∆LB= 10 log10
Edir+ Eref+ Edif E0
(1)
ここで,Edirは直接音によるエネルギ,Erefは反射音
によるエネルギ,Edifは回折音によるエネルギ,E0は
建物を配置していないときの音響エネルギである。 3.1 直接音 ∆LBの算出に用いた騒音レベルの平均化の範囲と同 じ,音源を中心に道路上の前後 5 m の範囲 (以下,音 源範囲) の道路を考える。図-2 のように,受音点から この音源範囲 (10 m) への見通し角度を Φ,音源から道 路が見える範囲への見通せる角度を φ とすると,∆LB の直接音成分エネルギ (Edir) は,自由音場における有 限長線音源の伝搬理論から, 図-2 直接音の見通し角度 図-3 ∆LBと φ/Φ の関係 図-4 反射音の見通し角度 10 log10Edir E0 = 10 log10 φ droad − 10 log10 Φ droad = 10 log10 φ Φ (2) と表すことができる。ただし,droadは受音点から道路 までの距離 [m] である。 ∆LBと φ/Φ の関係を図-3 に示す。∆LBと φ/Φ は相 関が見出せるが,受音点から道路を見通せる場合 (φ/Φ6= 0) でも±5 dB 程度のバラつきが,全く見通せない場 合 (φ/Φ=0) にはさらに大きなバラつきが認められる。 ∆LBを適切に捉えるには,直接音による寄与だけでは なく建物群による反射や回折の影響を考慮する必要が ある。 3.2 反射音 反射音については,幾何音響的 1 次反射音の寄与が 最も大きいと考え,建物壁面および受音点背後の建物 壁面による 1 次反射音だけを考慮することにする。す なわち,Erefを,鏡面反射の原理 (図-4) に基づく幾何 学的反射経路が存在する場合の 1 次反射音によって, 10 log10Eref E0 = 10 log10Eref,i E0 = 10 log10 θi dref,i − 10 log10 Φ droad = 10 log10 µ θi Φ · droad dref,i ¶ (3) で表した。ここで,θiは鏡像受音点からの音源の見通 し角度 [rad],dref,i は鏡像受音点から道路までの最短 距離 [m] である。なお,i は幾何学的反射経路ごとに求 めることを意味する。 3.3 回折音 ∆LBから直接音 (3.1) と反射音 (3.2) を除いたもの を回折音と考える。図-3 のように,∆LBは受音点から 道路への見通し角度が 0 (全く見えない) に近づいてい くと大きくなっている。そこで,音源から受音点に至 る経路周辺に立地する建物群の密度を加味することで, 建物群による複雑な回折を捉えられるのではないかと 考えた。具体的には,図-5 に示すように,音源範囲を 底とし高さ droadの三角形と,音源の左右 10 m を底と し高さ droadの三角形を考え,これらの三角形における 56-2
図-5 建物密度 建物密度をそれぞれ ξC,ξsideとして次式を考えた。 Edif E0 = µ 1−φ Φ ¶ (1− ξC) + (1− ξC) (1− ξside) (4) 3.4 騒音減衰量の予測式 以上から,建物群による騒音減衰量 ∆LBを式 (5) に よって求める。 実験で得られた 7,744 個の ∆LBに式 (5) を適用し, 受音点から道路までの距離ごとに最小 2 乗法によって 式 (5) の係数を求めた。図-6 に示す。さらに,これら を droad で回帰 (または定数) して係数 a,b,c,d,e を得た。 ∆LB=10 log10 ( aφ Φ+ b n X i=1 µ θi Φ · droad dref,i ¶ + c µ 1−φ Φ ¶ (1− ξC) + d (1− ξC) (1− ξside) + e ) (5) ただし, φ : 建物があるときの見通し角度 [rad] Φ : 建物がないときの見通し角度 [rad] θi : 鏡面受音点からの見通し角度 [rad] droad : 受音点から道路までの距離 [m] dref,i : 鏡面受音点から道路までの距離 [m] ξC : 建物密度 [-] ξside : 基準三角形側方の建物密度 [-] a : a =−0.0112droad+ 1.70 b : b = 0.0118droad− 0.0976 c : c =−0.00830droad+ 0.715 d : d =−3.0 + 3.07¡1.0− 10−0.0287droad¢ e : e =−0.110 である。 3.5 住宅群による騒音減衰量 ∆Lbldgs 式 (5) を用いて,模型実験を行ったすべての音源に ついて ∆LBを算出し実験値と比較した (図-7)。両者の 差の 2 乗平均平方根は 2.0 dB であり,6,736 個 (87%) のデータが ±3 dB 以内に収まり,最大誤差は 6.8 dB で 図-6 droadごとの係数 図-7 予測値と実験値の対応 (∆LB) あった。式 (5) を用いて計算した結果のユニットパター ンの一例を図-8 に示す。また,全配置 (64 配置) につ いて,住宅群による騒音減衰量 ∆Lbldgsを計算し実験 値と比較した (図-9)。∆Lbldgsは,車両が 100 m の道 路を一端から他端まで走行したときの受音点における 騒音レベルのユニットパターンを積分し,建物群があ る場合とない場合の差を計算したものである。予測値 は実験値の ±3 dB 以内に 62 個 (91%) のデータが収ま り,最大誤差も 4.0 dB であり,全体的に精度よく予測 できているといえる。∆Lbldgsの値が外れている場合 も,予測値の方が実験値より大きくなっており,安全 側の予測であるといえる。 4. 予測式の検証 4.1 検証実験 予測式の有効性を調べるために,道路の形状を曲線 にして実験を行った。実験条件は受音点から道路まで の距離 droadが 20 m,30 m,40 m,50 m の 4 種類,建 物率 ω が 16.6%,21.5%,28.3%,34.2%の 4 種類で計 16 配置とした。その他の実験条件は 2. と同じである。 56-3
図-8 ユニットパターン 図-9 予測値と実験値の対応 (∆Lbldgs) 合計 2,256 個の ∆LBを得た。 4.2 予測値と検証実験結果の比較 式 (5) で予測した騒音減衰量ユニットパターンと実験 結果の比較例を図-10 に示す。X は車両の位置を直線 横軸 (図-10 の上の図) に投影した座標を表す。予測値 は全体的には実験値とよい対応を示しているが,X = 15∼ 45 m などの場合に大きな差が認められる。これ らは,直接音成分 φ/Φ が 0 付近の (道路の見通しが悪 い) 場合である。これより,予測式の精度を向上させる には道路の見通しが悪い場合の再検討が必要であると 思われる。 ユニットパターンから予測点における住宅群による騒 音減衰量 ∆Lbldgsを算出し,実験結果と比較した (図-11)。両者の差は大きいところで 5.2 dB になるが,全 データ (16 配置) の 14 個 (88%) が ±3 dB 以内に収まっ ており,全体としてはよい対応といえる。 5. まとめ 沿道に立地する戸建て住宅群による道路交通騒音減 衰量を点音源モデルに基づいて予測する方法について 検討し,音源を中心に道路上の前後 5 m の道路両端と 受音点を結んだ線分が成す角度,受音点から道路を見 通せる角度,道路から受音点までの最短距離 (droad), 図-10 検証実験のユニットパターン 図-11 予測値と検証の実験値の対応 (∆Lbldgs) 音源を中心に道路上の前後 5 m の範囲内を音源とした とき,受音点への幾何学的反射音がある場合の見通し 角度と虚像点から道路までの最短距離,音源前後 5 m の幅 10 m を底,高さを droadとした三角形内の建物密 度,その左右に隣接した幅 10 m を底,高さを droadと した三角形内の建物密度,以上 7 つのパラメータを用 いる新しい予測式を提案した。 そして,曲線道路模型で検証実験を行い,提案した 予測式が曲線道路にも適用可能であることを検証した。 本論文で提案した戸建て住宅群による道路交通騒音 減衰量の予測式は,道路が平面,建物高さ 10 m,受音 点高さ 1.2 m に関するものである。したがって,今後, 受音点高さや建物高さが変化した場合,さらには道路 が平面でない場合にも適用できる予測式を構築してい く必要がある。 参考文献 1) 藤本一寿, 山口晃治, 中西敏郎, 穴井謙: 平面道路に面する地域 における戸建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測法, 日本 音響学会誌, 63, 309-317 (2007) 2) 山口晃治, 藤本一寿, 穴井謙, 平栗靖浩: 盛土道路に面する地域 における戸建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測法, 騒音 制御, 33, 156-164 (2009) 3) 日本音響学会道路交通騒音調査研究委員会: 道路交通騒音の予測 モデル ASJ RTN-Model 2008, 日本音響学会誌, 65, 179-232 (2009) 56-4