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はじめに M 仙台地域の地質層序, 第 1 図 Fig. 1. Location of stops to be visited.

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© The Geological Society of Japan 2013 27

仙台の大地の成り立ちを知る

An introduction to the geological history of the Sendai City

宮本 毅

1

 蟹澤聰史

2

石渡 明

1

 根本 潤

3 概 要  仙台市街を構成する大地は,新第三紀中新世以降,たび重なる変動を経 験しながら海と陸の時代を繰り返し,現在の姿となった.現在の仙台市街 から最も近い火山は約 20 km 離れた奥羽山脈上にあるため,火山とは無縁 の地と感じるかもしれないが,数多くの火山活動が発生し,大地の形成と 変貌に一役買っていたと考えられる.本巡検は地学教育とアウトリーチ用 の巡検として,一般の方々を対象とし,仙台の大地の成り立ちとそこに介 在した火山活動について理解していただくことを目的とする.見学は,仙 台市を流れる広瀬川の周辺地域に分布する後期中新世以降の地層について 行う.その中でも,特に現在の仙台市を中心とした地域を襲った火山噴火 による噴出物に焦点をあてる.仙台市街で観察される火山噴出物は,それ ぞれ噴火のタイプが異なることから,火山噴火現象の多様性についても同 時に解説を行う. Key Words 安達火山,安達–愛島軽石,船形火山群,広瀬川凝灰岩部層,亀岡層,三 滝層,三滝玄武岩,向山層,七ツ森火山,仙台層群,竜の口層,火山活動 Adachi volcano, Adachi-Medeshima Pumice, Funagata volcano, Hirosegawa Tuff Member, Kameoka Formation, Mitaki Formation, Mitaki Basalt, Mukaiyama Formation, Nanatsumori volcano, Sendai Group, Tatsunokuchi Formation, volcanism

地形図

1:25,000「仙台西南部」「仙台西北部」

Tsuyoshi Miyamoto

1

, Satoshi Kanisawa

2

,

Akira Ishiwatari

1

and Jun Nemoto

3 2013 年 2 月 23 日受付.

2013 年 6 月 26 日受理.

* 日本地質学会第 120 年学術大会(2013 年・仙台) 巡険(C 班)案内書

1  東北大学東北アジア研究センター

Center for Northeast Asian Studies, Tohoku University, 41 Kawauchi, Aoba-ku, Sendai 980-8576, Japan

2  東北大学

Tohoku University, 6-3 Aoba, Aramaki, Aoba-ku, Sendai 980-8578, Japan

3  東北大学大学院理学研究科

Graduate School of Science, Tohoku University, 6-3 Aoba, Aramaki, Aoba-ku, Sendai 980-8578, Japan

Corresponding author: T. Miyamoto, [email protected] 見学コース 9:00 東北大学川内南キャンパス萩ホール前出発(バス)→ 9:15 旧三滝温泉(八幡)→ 10:30 化石の森(郷六)→ 12:00 昼食(東北大川内北キャンパス)→ 13:15 広瀬川河畔(評定河原)→ 14:00 化石林(霊屋)→ 15:00 八木山治山の森→ 16: 15 東北大学理学部→ 17:00 東北大学川内南キャンパス萩ホール前解散 見学地点 Stop 1  (38°16′11.9″N,140°49′53.6″E) 旧三滝温泉:三滝玄武岩 Stop 2  (38°15′32.0″N,140°49′18.1″E) 化石の森:竜の口層中の貝化石層 Stop 3  (38°15′09.9″N,140°51′48.9″E) 評定河原:広瀬川凝灰岩部層 Stop 4  (38°15′38.5″N,140°52′08.0″E) 霊屋:広瀬川凝灰岩中の埋没林 Stop 5  (38°14′42.9″N,140°49′52.5″E) 八木山治山の森:安達–愛島軽石層 Stop 6  (38°15′38.8″N,140°50′18.5″E) 東北大学理学部:第四紀火山の遠望観察

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はじめに  仙台市とその周辺地域は,2011 年 3 月 11 日の東日本大震 災において,未曾有の災害を経験した.約 30 年おきに発生 するとされる宮城県沖地震に加え,東北地方の太平洋沿岸部 では,M8 クラスの巨大地震と,それに伴う巨大津波が繰り 返し発生してきたことが明らかにされ,ここ仙台は自然災害 と無縁ではない地域であるといえる.  この度の大震災では,沿岸部の津波被害に加え,内陸部で も地すべりや建物の倒壊などの被害も発生した.この内陸部 での被害の分布には,地盤を構成する地質の違いが反映され ており,仙台の大地がどのような地層によって,どのような 履歴を持って形成されたのかを知ることは,今後起こりうる 地震などの災害に備えるためにも大変重要である.  地震と並ぶ自然災害のひとつとして,火山噴火が挙げられ る.現在,仙台の直近には火山がないことから,火山の噴火 とはあまり関係がないと思われるかもしれない.しかし, 100 万都市仙台の成り立っている大地には,火山噴火に由来 する堆積物が多く存在する.過去には巨大な火山噴火がたび たび起こったことも明らかであり,火山の噴火にも縁が深い 地域である.  仙台市街地を流れる広瀬川の河岸では,海棲の貝化石が採 取される.一方で,化石林や亜炭層がみられるなど,陸と海 の時代を繰り返しながら現在に至っている.加えて溶岩や火 山砕屑物も多く,仙台の大地の成り立ちには,火山活動も大 きな役割を果たしているといえる.  本巡検は,地学教育とアウトリーチ用の巡検として,一般 の方々に仙台の成り立ちを理解していただくことを目的とし ているが,特に火山噴火という視点から,仙台の大地の成り 立ちを理解していただけるよう,巡検コースの選定を行っ た.火山噴火にはマグマの噴出時の違いにより,いくつかの タイプが存在することが知られている.過去に仙台を襲った 噴火でも,異なるタイプのものがみられることから,本巡検 ではそれらを見学し,火山噴火の多様性を理解していただく ことも目的のひとつである.  以上をふまえて,巡検コースとしては新第三紀以降,現在 までの仙台の大地の変遷について,特に私たちの住む仙台市 が経験した,たび重なる火山活動の存在に焦点をあてる(第 1 図).  なお,今回紹介する地層のうち,仙台地域の新第三系に関 する専門的な説明は,本巡検案内書に収録されている藤原ほ か(2013)に詳しいので,そちらを参照していただきたい. また,仙台地域の地質については,一般向けとして 地学団 体研究会仙台支部(1980)『新編仙台の地学』(きた出版), 竹内貞子(1991)『宮城の自然をたずねて』(築地書館),地 学団体研究会仙台支部(1993)『せんだい地学ハイキング─ 気分は宝探し!─』(宝文堂),地学団体研究会仙台支部 (2011)『気分は宝さがし! せんだい地学ハイキング』(創 文印刷出版),高橋裕平(2012)『仙山線沿線ガイド』があ る.一部絶版となっているものもあるが,仙台市内の公共図 書館に所蔵されているので,ぜひご利用いただきたい. 仙台地域の地質層序  仙台地域には,新第三紀前期中新世以降の地層が露出して いる.名取市高舘の丘陵地帯から東北東側では,地層は北東 側にむかって傾いているため,おおまかにみると南西側から 北東側に向かって地層は新しくなる.高舘丘陵地から,茂庭 丘陵,青葉山丘陵の順に地層が新しくなり,中新世∼鮮新世 の地層が順次重なっている.一方,広瀬川の下流域にあたる 仙台市街地から海側に広がる東側の平らな地域は,主に第四 系の河岸段丘堆積物や沖積層などからなっている.  仙台地域の地質をまとめた産業総合研究所発行の『仙台地 域の地質図幅』(北村ほか, 1986)による地質層序,および地 質図を,それぞれ第 2,3 図に示す.  仙台市の青葉山丘陵の南西部では,下位から名取層群旗立 層・綱木層,および秋保層群梨野層が観察される.これより 北東部の仙台市街地周辺は,それらより新しい地層から成り 立っている.本巡検コースでは,主に秋保層群上部の三滝 層,およびそれよりも新しい地層を対象に観察を行うことか ら,以下,三滝層と,その上位の仙台層群について,北村ほ 第 1 図 巡検観察地点の位置図 Fig. 1. Location of stops to be visited.

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か(1986),生出ほか(1989),藤原ほか(2013)を基に概説 する.  三滝層は約 800 万年前(以後 8 Ma のように記述すること があるが,Ma は百万年前の意味である)に陸上に噴出した, 玄武岩∼安山岩質の黒色∼赤褐色の溶岩や火山砕屑物からな る.仙台市街地西方の蕃山,権現森の二つの山を中心に分布 し,模式地は今回の観察地点でもある仙台市八幡の旧三滝温 泉付近である.  三滝層の分布域よりも西の地域では,三滝層と同時期に堆 積した白沢層がある.白沢層は大型の植物化石を産する凝灰 岩・凝灰質シルト岩の互層で,内陸の湖にたまった湖成層で ある.白沢層は,下位の梨野層や湯元層の軽石凝灰岩に由来 するケイ酸分に富んだ(珪長質な)白色の堆積物で,三滝層 の玄武岩∼安山岩からなる黒色∼赤褐色の堆積物とは対照的 である.  仙台層群は,下位より亀岡層・竜の口層・向山層・大年寺 層に細分される.  亀岡層は主に砂岩・亜炭を含むシルト岩・凝灰岩からなる 陸成層で,下位の三滝層・白沢層・梨野層を不整合に覆って 堆積した.模式地は仙台市水の森公園の西にある三共堤(溜 池)一帯で,仙台市街地北部の七北田丘陵を中心に分布す る.仙台地域では層厚数 m ∼ 20 m 程度であるが,北方の岩 手県一ノ関まで広い分布範囲をもっており,最大の層厚は約 30 ∼ 40 m である.含まれる化石は植物化石がほとんどで, “仙台フローラ”と呼ばれる植物化石群は,温帯性でかなり 温和な気候を示すものである.  竜の口層は下位の亀岡層を整合に覆い,主に凝灰質の砂 岩・シルト岩からなる海成層である.模式地は仙台市街を流 れる広瀬川の支流である竜の口渓谷である.仙台地域では, 仙台市周辺・北部∼北西部一帯に広く分布し,層厚は 40 ∼ 60 m である.福島県の浜通りから岩手県花巻市付近までの広 い範囲にも分布しており,大崎市古川地域では層厚が最大 120 m 以上に達する.竜の口層からは多種類の動植物化石が 産出され,“竜の口動物群”と呼ばれる豊富な貝類化石を含 んでいる.広瀬川沿いの崖では,貝化石の密集した層が 6 層 認められ,Stop 2 の化石の森の貝化石層もこの中のひとつで ある.貝化石以外にも,クジラなどの大型海生脊椎動物や, ゾウや馬などの大型ほ乳類の歯の化石も見つかっている. 第 2 図 仙台地域の地質層序(北 村ほか, 1986)

Fig. 2. The stratigraphy of the Sendai area (Kitamura et al., 1986).

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 向山層は砂岩・シルト岩・亜炭の互層からなる陸成層で, 下位の竜の口層を不整合に覆っている.模式地は,今回の観 察地点でもある仙台市青葉区評定河原から太白区向山にかけ ての広瀬川の崖である.仙台地域では西部の丘陵地帯に分布 し,層厚は 30 ∼ 40 m である.その分布は仙台地域を北限と して,福島県浜通りまで広がり,最大層厚は 220 m である. 向山層中部には,厚い軽石凝灰岩からなる広瀬川凝灰岩部層 が挟まれている.広瀬川凝灰岩部層は,仙台・岩沼地域に分 布する厚さ 7 ∼ 8 m の火砕流堆積物である.向山層には葉や 花粉などの植物化石が含まれ,広瀬川凝灰岩部層の基底部に は,当時の森林が埋まった化石林が残されている.亜炭層は 上位の大年寺層との間に 6 ∼ 7 枚数えられ,厚さが最大 2 m のものもあり,かつては燃料として採掘も行われた.  大年寺層は主に砂岩層からなる下部と,亜炭を挟むシルト 岩・砂岩互層の上部に区分される.海成層で,下位の向山層 とは整合関係であるとされている.模式地は仙台市芋沢付近 で,仙台地域では仙台市街地付近に分布する.仙台市を北限 として福島県浜通りまで広く分布する.層厚は仙台地域では 30 ∼ 55 m であるが,福島県では最大 350 ∼ 430 m に達する. 本層からは多くの現世種の貝類など,動植物化石が産出す る.  仙台地域の第四系は青葉山層,河岸段丘堆積物と,それら に挟まれる降下火山灰,低地を埋める沖積層に細分される.  青葉山層は主に青葉山丘陵に分布する扇状地性の堆積物 で,直径 10 ∼ 30 cm の円礫からなる下部の礫層と,上部の 火山灰層(越路火山灰)からなる.本巡検コースでは Stop 5 の八木山治山の森の露頭で観察できる.  現在の仙台市街地の大部分は,河岸段丘堆積物の直上に形 成されている.河岸段丘堆積物は固結度の低い礫岩からな り,礫の直径は 5 ∼ 30 cm である.現在の仙台市街地が発達 する面を観察すると,5 つの段丘面に区分されることが分か る.これら段丘堆積物を覆って,奥羽山脈方面からの火山噴 火でもたらされた降下火山灰層が数層ある.そのひとつが今 回観察を行う約 8 万年前に降った安達–愛島軽石層である.  沖積層は仙台市東部の低地を作る砂礫層や粘土層で,約 2 万年前の最低海水準期以降の河成∼海成の堆積物である.仙 台の段丘は,全地球的な氷河期の海面低下と間氷期の海面上 昇,それに加えて台地と低地の境界に沿う,北北東方向の長 第 3 図 仙台周辺地域の地質図(北村ほか, 1986)

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町–利府断層や大年寺山断層の運動による山側の隆起によっ て形成された.これらの活断層は仙台駅東方にある榴ヶ岡の 台地の東西両側を通っている. 仙台の大地の変遷  前章では仙台地域をつくる地層についてみてきたが,地層 か ら 読 み 取 れ る 仙 台 の 大 地 の 変 遷 に つ い て, 北 村 ほ か (1986),生出ほか(1989),地学団体研究会仙台支部(2011) を基に簡単に解説する.  仙台市南西部から名取市にかけての高舘丘陵を作る高舘層 は,主に陸上の火山活動により形成された噴出物である.そ の活動時期は,前期中新世に起こった日本海の拡大により日 本列島が大陸から離れ,現在の位置に到達した頃である.そ の頃,現在の仙台市街にあたる地域の大部分は海の底にあ り,中期中新世から後期中新世にかけて西側から東側へ向け て,次第に陸地が広がっていったとされている.陸化する中 で,主に内陸部での火山活動により形成された地層が秋保層 群である.秋保層群形成末期,最も東側の海よりの地域で起 こった火山活動の産物が,三滝層の溶岩や火山砕屑物であ る.三滝層の火山活動は次章で詳しく解説するが,現在の蕃 山・権現森をそれぞれ噴出中心とした 2 つの火山が形成され た.  三滝層形成後,鮮新世になると,2 回にわたる陸から海の 変遷,すなわち海進を経験して,仙台層群が堆積した.その 最初の海進が竜の口層を堆積させた「竜の口の海」の形成で ある.ただし,すでに述べたように三滝層と竜の口層の間に は,亜炭を挟む陸成層の亀岡層が発達することから,海浜近 くに低湿地帯がつくられ,その後海が侵入してきた.「竜の 口の海」は,竜の口層の分布から,現在の仙台湾から奥羽山 脈と北上山地の間の低地に沿って北側に向かって広がって いったと推定されている.仙台市西部の愛子でも竜の口層が 分布することから,この頃,愛子付近まで海が侵入したとさ れ,三滝層によって作られた小高い山は,海岸沿いの岩山や 岩礁となっていたと考えられる.仙台市街地の竜の口層から はホタテガイ(タカハシホタテ)の化石が産しており,沿岸 の浅い砂地など,内湾の海岸線にあたる地域であった.  このように鮮新世の頃には,現在の仙台市街にあたる地域 は海の底に沈んでいたが,後期鮮新世になると「竜の口の 海」は後退しはじめ,仙台市街地付近一帯は再び陸化する. この時期に形成された向山層には複数の亜炭層が挟まれるこ とから,再び低湿地が形成され,流木などが流れ込んだと考 えられる.この低湿地は,陸上での地層の堆積量に対して海 面の上昇がうわまわれば,再び海水で覆われるデルタ地帯の ような状況であったと推定されている.これに対し大きく大 地の様相を変えたのが,火山活動である.次章で詳しく解説 するように,一度に大量の火山噴出物を堆積させた広瀬川凝 灰岩部層の形成は,海水の侵入を押しとどめ,陸地側を大き く保持する効果があった.広瀬川凝灰岩部層の堆積後も亜炭 層が繰り返し挟まれることから,海面の上昇と地層の堆積が しばらく拮抗したと考えられる.  その後,両者のバランスが崩れ,海進が起こったことで大 年寺層の堆積が開始した.しかし,この 2 回目の海進による 「大年寺の海」は,大年寺層の分布が仙台市を北限とするこ とからも分かるように,「竜の口の海」に比べ,はるかに狭 かった.この「大年寺の海」を最後に現在の仙台市街にあた る地域は陸の時代を迎える.海が退いた後は,第四紀の河岸 段丘堆積物などの地層が形成され,現在の仙台の大地の姿が つくられることとなる.なお,第四紀に入ると火山活動の中 心は奥羽山脈付近になり,名取市高舘丘陵から青葉山丘陵一 帯,さらに現在の仙台市街には,そこから放出された火山灰 が降り注ぐこととなる. 仙台を襲った火山活動  前章で述べたように仙台地域では,海進・海退といった比 較的緩やかな変化によって,その大地の様相を変化させてき た.ここに急激な変化をもたらしたのが,火山活動である. 火山噴火は地球史的にみればほんの一瞬の出来事であるが, マグマに由来する大量の噴出物が急激にもたらされること で,大地の様相は一変する.本章では,仙台の大地を大きく 変貌させた 4 つの火山活動について解説する. 1.仙台市街地近郊での火山活動:三滝玄武岩  仙台市西部の八幡から西の広瀬川に沿って,国道 45 号線 を山形方面に向かうと,八幡から折立にかけては,両岸の崖 が迫っており,広瀬川が狭い谷間を流れていることが分か る.この谷間を抜けた西側では河岸段丘が発達するなど,平 坦な地形が広瀬川の河床を挟んで広がっている.この狭い谷 間の部分に河岸段丘が形成されなかったのは,谷間の両岸が 硬い岩石で作られていたためで,実際に谷間の崖を観察する と,硬い岩石が露出しているのが分かる.この硬い岩石は火 山活動,特に火口から流れた溶岩が固結したもので,三滝層 と呼ばれている(北村ほか, 1986).三滝層は仙台西方の蕃 山,権現森の二つの山を中心に,広瀬川の南北両岸に沿って 広く分布している(第 3 図).その形成時期として約 7.68 ∼ 8.21 Ma という K–Ar 年代が得られている(宇都ほか, 1989).  三滝層を構成する溶岩は,これまで「三滝玄武岩」「三滝 安山岩」「三滝ソレアイト」と呼称されたように玄武岩∼安 山岩質で,溶岩に伴う火山砕屑物も同質のものとされてい る.三滝層中の溶岩は,玄武岩質組成のものが大部分で(例 えば, 青木, 1967; 阿部ほか, 1976),また,玄武岩質安山岩に 近い組成のものも多いことから,本案内書では,以下これら を「三滝玄武岩」と称する.  三滝層が露出している広瀬川沿いの崖では,成層した複数 の溶岩と火山砕屑物を観察できる.溶岩の厚さはいずれも 5 ∼ 8 m 程度である.ハワイのような厚さが 1 ∼ 2 m 程度と薄 い溶岩流は,流動性に富み速く流れる.これと比較して,三 滝層の溶岩流は厚く,流動性に乏しかったため,ゆったりと した速度で流れ下ったと考えられる.溶岩の間に挟まる火山 砕屑物は,火山角礫岩∼凝灰岩まで構成物の粒径変化に富 む.火山砕屑物の大部分は火山から直接噴出されたもので, 降下火山灰(降ってきたもの)や火砕流(流れてきたもの) から構成されている.溶岩直下の火山砕屑物は溶岩の熱によ り赤色に変色している場合がある(第 4 図).蕃山や権現森

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など,三滝層の分布の中心付近では溶岩流が多く,周辺に向 かって細粒の凝灰角礫岩の割合が増すようになる(北村ほか, 1986).スコリア集塊岩といった火口近辺に特徴的な堆積物 も認められ,三滝層中の溶岩の重なりは火山の断面をみてい るようである.現在,三滝層の形成時には,蕃山と権現森を それぞれ中心とした火山が 2 つ存在したと推定されており, 富士山と同様な成層火山が 2 つ存在していた(北村ほか, 1986; 遅沢, 2005).火山体の大きさ(高さ)は,権現森の規 模から少なくとも 200 m 以上はあったと考えられる.また, 周囲の地層との関係から,権現森の山体の方が蕃山の山体よ りも上位にあり,権現森の方がやや新しい.このように複数 の火山が狭い範囲で形成されるのは,本章の 4 節で紹介する 第四紀火山の船形火山群と類似しており,現在も過去も同様 な事象が繰り返していることが分かる.しかし,いずれの山 体も火口などの火山地形が全く残っておらず,当時の火山体 を想像することは難しい.では,三滝玄武岩が作った火山が どのようであったかを知るにはどうすればよいか.前にも述 べたように,集塊岩のような火口近傍に卓越する岩石などが あることから,火山体内の特定の場所を示す噴出物の分布を 丹念に調べていくことによって,過去の火山体を復元するこ とができると考えられる.  三滝玄武岩の岩石学的特徴としては,灰長石(Ca に富む 長石)斑晶に富む.灰長石斑晶は大きさ 4 〜 5 mm のものが 多いが,時に最大 3 cm の巨晶がみられる場合もある.ほか に普通輝石,斜方輝石,磁鉄鉱,およびかんらん石を斑晶に 含み,まれにピジョン輝石斑晶の報告もある(青木, 1967). 火砕岩中にも同質の結晶が含まれ,いずれも同じマグマに由 来したといえる.三滝玄武岩は典型的なソレアイト系列岩 で,マグマの分化過程で鉄に極端に富むことが特徴として挙 げられる(青木, 1967).そして,鉄に富むにもかかわらず磁 鉄鉱の斑晶が非常に少ないことから,酸素分圧の低い還元的 なマグマだったと考えられる(寺本・石渡, 2011).  仙台市南西部には太白山や亀ヶ森といった,地表に突き出 たとがった形状をした山がある.これらは三滝玄武岩と同時 期に活動した火山岩で,三滝層に関連するものであると考え られている(北村ほか, 1986).しかし,これらの火山岩は地 表を溶岩流として流れた三滝玄武岩とは異なり,マグマが地 表に現れたものではない。これらは上昇してくるマグマの 根っこ(火道)に相当する岩頸を形成しており,地表付近の ごく浅い地下で固まったものである.  以上のように 800 万年前と遠い昔に,三滝玄武岩の存在か ら,現在の仙台市街地のすぐそばで火山活動が起きたことが 分かる.現在の東北地方の第四紀火山の分布する東縁部を結 んだ最前線(火山フロント)は,プレートが沈み込む海溝軸 に対して平行で,奥羽山脈付近にある.これに対し,三滝玄 武岩が形成された位置は,現在の火山フロントから約 20 km も海溝よりにある.三滝玄武岩が形成された頃の火山フロン トは,過去 1000 万年間で最も東側に張り出していた時代と されている(吉田ほか, 1995). 三滝玄武岩余話 今回の見学地点である旧三滝温泉周辺に露 出する岩石をよくみると,クサビの跡が残されているものが ある.これは三滝玄武岩の採石場跡を示すものである.ここ で採取された石材は,仙台城の石垣や亀岡八幡神社の石段な ど,仙台市内の歴史的建造物の礎石に使用された.昭和 40 年ころまでは土木用石材の石切場があったそうだが,現在稼 行している採石場はなく,宅地や荒れ地に様変わりしてい る.  このような状況の中,平成 10 年から 6 年間かけて行われ た仙台城の石垣修復工事では,石垣として積まれた石材の 1 割強を入れ替える必要が生じた.しかし,三滝玄武岩から当 時のように石材を切り出すこともできず,最終的に中国福建 省から輸入して復元を行ったということである(地学団体研 究会仙台支部, 2011).なお,旧三滝温泉周辺の「牛越橋」や 「うなり坂」などの地名は,お城まで石材を運搬する際のエ ピソードに由来するということである. 2.仙台市街地を埋め尽くした火砕流:広瀬川凝灰岩  仙台市街を流れる広瀬川のつくる河岸の崖には,ひときわ 厚い白色の層が露出しており,これが 350 万年前の火山活動 によってもたらされた広瀬川凝灰岩部層である.広瀬川凝灰 岩は陸成層である向山層の中位に挟まれており,陸上を流れ て堆積した火砕流堆積物である.その模式地でもある Stop 3 の評定河原の大露頭では,広瀬川凝灰岩部層は層厚約 8m の 白色の軽石凝灰岩と,その直下の厚さ約 50 cm の細粒火山灰 層からなる(第 5 図).仙台市内において広瀬川凝灰岩部層 は,この 2 層のセットで観察される.  広瀬川凝灰岩部層の分布(第 6 図)として,西側は愛子, 北側は根白石まで確認されている(北村ほか, 1986).東側は 沖積層によって覆われるため,現在地表において見ることは 出来ないが,地下鉄工事などのボーリング調査では,仙台市 街地の地下にも伏在することが確認でき,仙台市のほぼ東半 分に分布していると考えられる.なお,現在建設中の地下鉄 東西線の西公園駅(仮称)ホームは,広瀬川凝灰岩部層中に 造られている.仙台市内で観察されるいずれの地点において も,層厚は 7 ∼ 8 m と厚い.分布の南側は,南仙台から名取 市にかけて沖積層に覆われるため連続的にみることはできな 第 4 図 三滝層の模式地(Stop 1)における露頭写真

Fig. 4. Photograph showing exposure Mitaki Formation rocks at the type locality for this formation (Stop 1).

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いが,岩沼市岩沼で厚さ約 2 m の軽石凝灰岩が確認されてい る(生出・藤田, 1975; 柳沢, 1990).  現在の広瀬川凝灰岩の露出面積は,約 300 km2に達する. しかし,火砕流の端にあたる地点では堆積物が薄いために, 浸食により失われた可能性がある.堆積直後は,現在の分布 よりさらに広い範囲を埋め尽くしたものと想像される.火砕 流堆積物はその堆積の特徴として,谷などの凹地や低地を埋 めて堆積するため,低地をすべて埋め尽くした場合には,上 面が平坦な台地を作る.このような大規模な火砕流堆積物が 作った地形としては,鹿児島県のシラス台地が有名である. 広瀬川凝灰岩堆積時,現在の仙台市から岩沼市北部にかけて の低地はこの火砕流堆積物によってほぼ埋め尽くされ,この 付近一帯,シラス台地のような真っ白な平坦面が海まで続い ていたと考えられる.  広瀬川凝灰岩部層の堆積年代として約 3.5 ∼ 5.3 Ma(フィッ ション・トラック法)というかなり幅の広い年代値が報告さ れている(北村ほか, 1986; 檀原・岩野, 1995).その中で珪藻 化石層序や,古地磁気年代と最も矛盾のない 350 万年前が, その噴出年代として現在考えられている.  広瀬川凝灰岩を間近で観察すると,粗粒な軽石と細粒な火 山灰からなる淘汰が悪い塊状の堆積物で,この特徴からも火 砕流堆積物であるといえる.粗粒の丸い軽石と,それらを埋 第 5 図 広瀬川凝灰岩部層の模式柱状図(地学団体研究会仙台 支部, 1993)

Fig. 5. A typical stratigraphic log for the Hirosegwa Tuff member; from the Association of the Geological Collaboration in Japan, Sendai Branch (1993).

第 6 図 広瀬川凝灰岩部層の分布(生出・藤田, 1975; 北村, 1986; 柳沢, 1990; Kasuya et al., 1992; 遅沢, 2004)

Fig. 6. Map showing the distribution of the Hirosegawa Tuff member and a stratigraphic cross-section through the study area (Oide and Fujita, 1975; Kitamura, 1986; Yanagisawa, 1990; Ka-suya et al., 1992; Osozawa, 2004).

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める細粒の火山灰のほかに,高温型石英や輝石・角閃石など の鉱物片,基盤に由来する古い火山岩や花崗岩などの岩石片 が観察される.細かく発泡した軽石は,直径が 30 ∼ 1 cm 以 下のものまで様々なものが含まれている.軽石中には斜長 石・石英・輝石・鉄鉱などの斑晶鉱物が含まれ,基質である 火山灰中に含まれるものとほぼ同じで,基質の火山灰がこれ ら軽石と同質のものからできていることが分かる.凝灰岩中 には木炭(炭化木)が多く認められ,直径 50 cm 以上の丸太 状のものから,数 cm 大の破砕した木片状のものまで含まれ る.丸太状の炭化樹幹は,垂直方向に押しつぶされたものも あるが,木の形状がよく保存されている.これは木が生木の 状態で取り込まれ,火砕流の停止後も高温を保っていた堆積 物中で蒸し焼きになり,炭化したことを示している.  軽石凝灰岩の直下の細粒火山灰層は,主に灰白色の火山灰 粒子からなる.軽石片や火山豆石も含まれ,基本的には上位 の軽石凝灰岩と同質のものから出来ている.細粒火山灰層は 粒度が細かく,淘汰がよいことから,火砕流に先行した降下 火山灰であると考えられている(地学団体研究会仙台支部, 1980; 北村ほか, 1986).空から火山灰が降る場合には,火口 から離れるに従いその厚さ(降灰量)は減少するが,この細 粒火山灰層は場所によって厚さの変化が著しい.その原因と しては,上位を流れた火砕流による侵食によって,厚さが局 所的に変化したと説明されてきた.しかし,一部の露頭では 細粒火山灰が下位の地層の下に潜り込んでいる様子が観察さ れるなど,流れて堆積した特徴をもつ場合もある.そのた め,細粒火山灰層は火砕流に先行した火砕サージである可能 性も残され,今後の検討課題である.このように噴火様式に ついて必ずしも明らかではないが,いずれにせよ細粒火山灰 層と火砕流は,ほぼ同時期の一連の活動によってもたらされ たことは間違いない.  仙台市街ではこの 2 つの凝灰岩がセットで観察されるが, 愛子や焼河原などの仙台西部の一部の露頭では,細粒火山灰 層の直下に広瀬川凝灰岩と同質で厚さ 8 ∼ 10 m の火砕流堆 積物が報告されている(北村ほか, 1986; 遅沢, 2004).著者の 1 人(T.M.)も青葉山丘陵の西側にあたる郷六付近で,下位 の軽石凝灰岩(層厚 3 m 以下)を確認しているが,この下位 の火砕流の分布は,現在の仙台市西部地域に限られる.その 原因として,上位の火砕流に比べて噴火の規模が小さかった ため,三滝層の作る丘が地形障壁となり,仙台市街への流入 が阻害されたことが考えられる.  広瀬川凝灰岩部層の直下には厚さ 10 ∼ 50 cm の亜炭層が 挟在し,噴火当時,現在の仙台市付近では森林が繁茂し,亜 炭層の原料となる流木や植物がたまる低湿地であったと推定 されている(北村ほか, 1986).この亜炭層の下位に根をは り,幹の部分を細粒火山灰層と火砕流堆積物によって埋めら れた立木の化石を広瀬川凝灰岩中にみることができる.この 立木の樹種は,樹幹組織や花粉の化石などから,セコイアや メタセコイアであると判断されている(竹内・吉田, 2012). 立木は直径が 2 m にもなる大きなものがあるが,いずれも軽 石凝灰岩中において高さ 1 ∼ 2 m までしか残されていない. これは火砕流の流下時に樹幹が折られたことを示しており, 軽石凝灰岩中の炭化した樹幹はその一部である.  以上をまとめると,350 万年前のある日,現在の仙台市街 とは離れた地域で噴火が開始し,最初に噴火した下位の火砕 流は仙台市西部を中心に堆積するが,この時,蕃山や権現森 よりも東側では,噴火の直接的な影響は現れていない.その 後,現在の仙台市街地では徐々に細粒の火山灰が飛来し,そ れらが降り積もった.その後,火砕流が高速走行の自動車並 みの速度で,当時繁茂していた森林を破壊しつつ現在の仙台 市の中心域にまで到達し,海に続く低地を一気に埋め尽くし たと考えられる.広瀬川凝灰岩の現在の厚さは 7 ∼ 8 m 程度 だが,火砕流として流れた時は,含まれるガスによって膨張 しており,火砕流上部に発達した灰かぐらは,さらにその数 倍程度の高さがあった可能性がある.灰かぐら中でも数百度 の温度があり,また有毒な火山ガスを伴うことから,火砕流 本体が届いていなかった丘陵地などの標高の高い場所におい ても,大きな被害がでたことは想像に難くない.  それではこの火砕流堆積物はどこの火山からもたらされた のだろうか.一般に降下火山灰層の厚さが,噴出口から離れ るに従い薄くなることを利用して,噴出物をもたらした火山 の位置を特定することが可能である.しかし,本層の場合は 火砕流による侵食の効果のため,細粒火山灰層の分布から給 源推定はできない.愛子以北の軽石凝灰岩中の層理や,内部 にみられる斜交層理を利用した古流向解析から,火砕流は仙 台市の北部から流れてきたと指摘されている(遅沢, 2004).  仙台北方の大和 町 宮床を中心とした地域には,広瀬川凝 灰岩に似た宮床凝灰岩と呼ばれる火砕流堆積物がある.宮床 凝灰岩は,宮床地域を中心とした七ツ森カルデラから噴出し たとされ,向山層と同時異層とされた三本木層を直接覆うこ とから,層位的に広瀬川凝灰岩と同一層であると考えられて きた(地学団体研究会仙台支部, 2011).しかし,宮床凝灰岩 の噴出年代は約 150 〜 200 万年前(八島, 1990; 長谷中・青 木, 1994)とされており,350 万年前とされた広瀬川凝灰岩と は時間間隔が 150 〜 200 万年ほどある.また,広瀬川凝灰岩 中の軽石は特徴的に石英の斑晶を含むが,宮床凝灰岩の大部 分の軽石は石英斑晶をもたないため,岩石学的特徴からも両 層を同一の層とみなすことは難しい.しかし,富谷町の北側 に分布する宮床凝灰岩の一部とされている火砕流堆積物に は,石英斑晶を含まないものもあり,これが広瀬川凝灰岩部 層と同じ層である可能性も指摘されている(長谷中・青木, 1994).この場合,広瀬川凝灰岩は,宮床凝灰岩よりも 150 〜 200 万年古い時期に七ツ森カルデラから噴出した可能性も 残される.  一方,広瀬川凝灰岩が宮床付近から流下したと仮定する と,仙台市北部の丘陵地帯より北方の低地,すなわち現在の 七北田川沿いに流下してもよさそうだが,この地域では広瀬 川凝灰岩は分布していない.また,広瀬川凝灰岩部層の下位 の火砕流堆積物の分布が仙台市西部に限られることを考える と,その噴出源は仙台市北方ではなく,仙台市西部に求めた 方がよいかもしれない.この場合の噴出源の候補として,後 期中新世に活動した仙台市白沢付近を中心とする白沢カルデ ラも考えられ,今後の詳しい調査が待たれる.一方で,愛

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子・焼河原に分布する広瀬川凝灰岩中のガラスの屈折率が, 仙台市街に分布する軽石凝灰岩中のものと異なるという報告 もある(Kasuya et al., 1992).そのため仙台市の東部と西部に それぞれ分布する広瀬川凝灰岩は,違う火砕流である可能性 も指摘されるなど,広瀬川凝灰岩についてまだまだ解決すべ き問題は多い.  350 万年前の広瀬川凝灰岩の活動では,現在私たちの住む 仙台地域は,セコイアやメタセコイアの繁茂する湿地帯か ら,一瞬にして白色の荒れ地へと変貌したと考えられる.こ の広瀬川凝灰岩以外にも,向山層上位にはいずれも厚さが 1 m 程度の細粒凝灰岩と軽石凝灰岩が挟まれており,規模は 小さいが似たような火砕流噴火がたびたび起こっていたとい える.下位の竜の口層中にも同様な軽石凝灰岩が存在するな ど,地質時代の仙台とその周辺は,このようなたび重なる大 規模噴火に見まわれていたことが分かっていただけるのでは ないだろうか. 3.今からおよそ 8 万年前に噴火した新しい火山:安達火山  安達火山という火山の名前を聞いたことがあるだろうか. 実は,この火山はここ 30 年ほど前にその存在が知られるよ うになった.仙台からさほど遠くない宮城県川崎町安達付近 を噴出源とした軽石噴火を特徴とする火山で,たった一回の 噴火で収まってしまった.噴出時期は後期更新世のおよそ 8 万年前と言われている.噴出年代の測定結果は,8 万年∼ 5 万 4 千年とややばらついているが,今から 7 万年∼ 9 万年前 に阿蘇山の噴火によって日本全土に降灰があり,この時の火 山灰 Aso-4 に覆われていることが知られているので,それよ りは前の活動であることは明らかである.最近ではもっと古 いとの考えもある(Matsu ura et al., 2012).

 仙台市および周辺の第三系からなる丘陵地帯は,広瀬川な らびに名取川によって侵食作用を受けており,これらの河川 の浸食・堆積による段丘面が発達する.この丘陵地帯と段丘 面を覆って数層のテフラ層がみられる.このテフラ層の中で 特徴的なものが「安達–愛島軽石層」である.この軽石層は, 最初,愛島火山灰層と命名された(中川ほか, 1960; 1961). このテフラ層は,大量の軽石粒,石英粒,角閃石,花崗岩岩 片などの火山礫を含み,青葉山礫層や台の原段丘を覆ってい ることでその給源について注目され,当初蔵王火山と推定さ れた.しかし石英粒,角閃石は蔵王火山本体からの噴出物に はみられないために疑問視されていた.板垣(1985)は,こ の火山灰層の給源を分布と層厚から仙台市西方の柴田郡川崎 町安達付近にある可能性をはじめて指摘した.これらの研究 とは全く独立に,軽石層の分布と層厚,軽石中の角閃石はカ ミングトン閃石であること,花崗岩質岩片は軽石層とほぼ同 じ組成のカミングトン閃石を含み,著しく K2O に乏しい特異 な岩石であることから,蟹澤(1985)は板垣と同じ結論に達 し,この K2O に乏しい特異な岩石はデイサイト質軽石と同源 であると結論した.さらに,その分布域と給源との関係か ら,中川らの愛島火山灰,板垣の愛島軽石を安達–愛島軽石 層と改称し,川崎町安達の丘陵地帯に推定される給源火山を 安達火山と命名した.  安達–愛島軽石層を構成する噴出物は,プリニー式噴火 (後述)による降下軽石堆積物で特徴づけられる.新鮮な軽 石は K2O に乏しいデイサイト質のもので,カミングトン閃石 を含む.この降下軽石層中の岩片には安達火山基盤の白亜紀 花崗岩類や新第三系の火山砕屑物などの他に,本質岩片とし てのデイサイト,マグマ溜まりで形成されたと考えられる著 しく K2O に乏しいトーナル岩質集積岩類,菫青石や紅柱石な どのアルミナス鉱物を含んだトーナル岩類がみられる.この ような岩片類はマグマ溜まりの構造や,マグマからのアルミ ナス鉱物の成因を考える上で重要な情報をもたらす.また, デイサイト質軽石や岩片は青麻–恐火山列に属するマグマの 性質を代表するものである.  安達–愛島軽石層の分布範囲は,川崎町安達の丘陵地より も東部,仙台市と周辺の丘陵地帯に限られており,北縁は宮 城町愛子北方の大倉川および広瀬川沿いに発達する河岸段丘 面の範囲までである.軽石層の分布軸は推定噴出源から東南 東に延び,宮城県名取市に達し,本軽石層の名称の由来と なった名取市愛島はこの分布軸のほぼ延長上にある(第 7

第 7 図 安達火山の噴出物分布(Kanisawa and Yoshida, 1989) Fig. 7. Isopach map showing variations in thickness of the Adachi-Medeshima pumice; the solid circle represents the assumed source vent for this pumice (Kanisawa and Yoshida, 1989).

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図).安達–愛島軽石層の層厚,軽石および岩片の大きさにつ いて,Walker(1980),早川(1983)に基づいて測定したも のをプロットすると,いずれもその上限を結んだ線は距離に 対して指数関数的に減少する(第 8 図, Kanisawa and Yoshida, 1989).軽石層の層厚は上部に褐色火山灰層,あるいはその 風成層で覆われている場合の露頭で測定した.軽石粒,岩片 の粒径変化に注目すると,川崎町安達付近の推定噴火中心付 近では 60 cm に達する巨大岩片がみられ,これらは弾道曲線 を描いて落下したものであろうが,火口から離れるにした がって岩片(ML)は軽石(MP)よりも早く粒径が減少し, 10 数 km 以遠では軽石の粒径よりも小さくなっている.これ は,岩片は軽石よりも密度が大きく,端末速度が大きいた め,空中を飛行中に軽石よりも早く降下したことによる.ま た,噴火中心付近では,軽石は新鮮で白色を呈するが,給源 から離れるにともない風化して黄白色で崩れやすくなってい る.  このように,大量の軽石や火山灰を火口から高く放出し, 風下に降下するような噴火の様式はプリニー式噴火と呼ばれ る.  噴出物中には,(1)安達火山の基盤をなす先第三系花崗岩 類および第三系火山岩類や火山砕屑岩類,(2)軽石と同質の カミングトン閃石デイサイト,(3)極端に K2O に乏しいカミ ングトン閃石トーナル岩類などの岩片がみられる.カミング トン閃石トーナル岩にはしばしばホルンブレンドを少量含 む.デイサイトやトーナル岩類の表面は,軽石によって覆わ れており,大部分はカミングトン閃石デイサイト質軽石やデ イサイト岩片と同じ鉱物組み合せをもつ.その中に,しばし ば(a)菫青石–カミングトン閃石トーナル岩,(b)菫青石 トーナル岩,(c)菫青石–紅柱石–スピネルトーナル岩などの アルミナス鉱物を含んでいる岩石がある.これらは一般に優 白質であるが,中には菫青石が濃集し,青紫色の脈状をなす 部分もみられる.  カミングトン閃石,ホルンブレンド,菫青石などを含む極 端に K2O の少ないトーナル岩片,デイサイト岩片,軽石およ びその中の構成鉱物の性質からこれらの岩石はいずれも同一 マグマから結晶化したと考えられる.その理由は,まずこれ らの岩石中のカミングトン閃石,斜長石,菫青石,磁鉄鉱, チタン鉄鉱などは,それぞれの鉱物組み合せによって系統的 に組成変化がみられることである.さらに,デイサイト岩片 とトーナル岩の87Sr/86Sr 同位体比がほぼ等しく,東北日本の 第四紀火山岩とほぼ同様の値で,阿武隈山地の白亜紀花崗岩 の初生値よりも低いこと,微量成分濃度の変化は集積相の濃 集によってデイサイトマグマからカミングトン閃石トーナル 岩を生ずることが説明されることなどである(Kanisawa and Yoshida, 1989).安達火山のデイサイトの化学組成は青麻−恐 火山列のそれと同様な特徴を示し,K2O に乏しい.また,含 菫青石岩の成因について,Sr 同位体組成比から基盤岩類の同 化作用は除外される.さらに,紅柱石やスピネルなどを含む 岩石も青麻–恐火山列に属するマグマから直接生じたもので ある.  安達–愛島軽石層は,第 7 図で示したように,噴出源から ほぼ東南東に分布軸がみられ,仙台市青葉区の青葉山付近で は,明らかに軽石と認定される軽石層の平均層厚 1 m 程度で ある(第 9 図).青葉山では第四系青葉山礫層が広く分布し, その上に越路火山灰層が覆っており,さらに安達–愛島軽石 層が覆う.時には,八木山動物公園付近などで見られるよう に,青葉山礫層と越路火山灰層の間にシルトや泥炭層が厚く 堆積するところがある.  大月(1987)は仙台市太白区坪沼において越路火山灰層を 坪沼第 1 軽石層,坪沼岩片層,坪沼第 2 軽石層,坪沼第 3 軽 石層,坪沼第 4 軽石層の 5 層の指標テフラに細分した.安達– 愛島軽石層は,青葉山周辺ではこの越路火山灰層の上に直接 載っている場合が多いが,模式地の坪沼で観察された 5 つの 指標テフラを区別するのは困難で,軽石起源と見られる部分 は白っぽく,その他の部分は濃赤色∼褐色となっている.  安達–愛島軽石層下部は風化して黄白色になった直径数 cm の軽石,その中に多数の石質岩片が含まれる.岩片は,安達 第 8 図 安達火山の噴出物の推定火口からの層厚(Th),軽石 (MP),ならびに,石質岩片(ML)3 個の最大直径と火口から の距離との関係(Kanisawa and Yoshida, 1989)

Fig. 8. Diagram showing the relationship between thickness (Th) and the average maximum diameter of the three largest pumices (MP) and lithic fragments (ML) within the Adachi-Medeshima pumice with varying distances from the assumed source vent (Kanisawa and Yo-shida, 1989).

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火山特有の本質岩片としての(ホルンブレンド)–カミングト ン閃石トーナル岩と,白亜紀花崗岩類に由来する黒雲母–ホ ルンブレンド花崗閃緑岩,第三系の変質した火砕岩類などで ある.その上部に緑色の砂質部がレンズ状∼層状に挟在し, 褐色の火山灰,あるいはそれらが再堆積した風成層がさらに 上部に載っている.砂質部分の重鉱物は,安達–愛島軽石層 に特徴的なカミングトン閃石の他に磁鉄鉱,ホルンブレン ド,緑廉石,斜方輝石,単斜輝石なども含まれる.稀に,ジ ルコン,紅柱石なども含まれる.また,褐色部も磁鉄鉱,カ ミングトン閃石が圧倒的に多く,ホルンブレンドや黒雲母も 含まれる(第 9 図).ここで,緑廉石は第三系の変質した火 山岩類に,ホルンブレンドの大部分や黒雲母は白亜紀花崗閃 緑岩に由来すると考えられる.  さらに,噴出源に近い露頭では,軽石と同じ鉱物組成を もったデイサイト,菫青石や紅柱石などを含んだ特異な岩片 がみられる.  これまでに述べた,安達火山の噴出物の種類から,この火 山の地下の様子を推定してみよう.安達火山の噴火直前のマ グマ溜りを模式的に描けば第 10 図のようになる(蟹澤, 1992, 1996). 1)デイサイトマグマが深部から上昇し,白亜紀花崗岩中に マグマ溜りを作った.そして周囲との接触部から冷却が開始 した. 2)ホルンブレンドと斜長石が小結晶としてマグマ溜りの壁 面などに集積した. その結果,ホルンブレンド–石英閃緑岩 ∼トーナル岩がマグマ溜りの壁面に集積した.さらに内側や 屋根の部分にはやや結晶質のデイサイトを生じた. 3)マグマの組成はホルンブレンドと斜長石の結晶作用に よってアルミナに富むように変化した.マグマ(残液)がア ルミナに富むようになるためには,ホルンブレンドの結晶分 別のみが有効であり(Zen, 1986),石英の晶出も有効に作用 する.ここでは斜長石も晶出しているので,ホルンブレンド と斜長石の集積の割合によって生じたものと考えられる.そ の後,マグマからカミングトン閃石と斜長石が引続き結晶化 した.ホルンブレンド–石英閃緑岩の内側にカミングトン閃 石トーナル岩が生じた. 第 9 図 青葉台付近の安達–愛島軽石層柱状

Fig. 9. Stratigraphic log showing mineralogi-cal variations within the Adachi-Medeshima pumice near Aobadai, Aoba-ku, Sendai.

第 10 図 安達火山噴出物から推定された火山深部の構造(蟹澤, 1992)

Fig. 10. Model showing the geology beneath the Adachi volcano as determined from erupted material (Kanisawa, 1992).

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4)マグマ溜りの内側で,マグマはさらにアルミナに富み, カミングトン閃石トーナル岩の集積した付近はさらに過アル ミナスとなり,これがカミングトン閃石トーナル岩中に貫入 し,含菫青石岩を生じた.シリカに富むマグマは粘性が高 く,マグマ溜りの中心部のマグマとは混合しなかった. 5)マグマ溜りの内部は次第に揮発成分に富むようになり, ついにマグマは発泡して爆発し,マグマ溜りの壁面や屋根の 部分に生じた結晶質岩石や通路になった岩石を取り込みなが ら軽石として放出した.  上記 2)から 4)までに説明したマグマだまり中での結晶 作用の変化は,鉱物の組成変化に影響を与える。例えば,岩 片に含まれるカミングトン閃石・菫青石の組成変化は,それ らと共存する鉱物組み合わせの間にも反映されている(第 11 図).  安達火山に関して,一般にはあまり馴染みのない用語につ いて説明しておく.テフラ層とは,噴火の際に,火口から放 出され,空中を飛行して地表に堆積した火山砕屑物の総称で ある.軽石や火山灰などをさし,ギリシア語で「灰」を意味 する.本質岩片とは,マグマから直接由来した岩片である. 同じ火山体を構成する古い溶岩などの岩片は類質岩片とい い,その火山の活動とは無関係な岩片は異質岩片と呼ばれ る.安達–愛島軽石に含まれる白亜紀花崗岩類などは異質で ある.トーナル岩とは,石英–斜長石–アルカリ長石の比率を 用いて花崗岩質岩石を細分する際に,カリ長石の割合が非常 に少ないものをいう.石英閃緑岩とほぼ同じで,アルカリ長 石の比率が多くなるにしたがい,花崗閃緑岩,花崗岩と呼び 名が変わる.デイサイトとは,火山岩の分類基準で,花崗岩 分類の比率を適用した場合にトーナル岩∼花崗閃緑岩とほぼ 同じ化学組成をもつ火山岩であり,日本では古くから「石英 安山岩」と呼ばれた.青麻–恐火山列は,従来の「那須火山 帯」の中で,奥羽脊梁山地よりも東側に分布する火山列のこ とで,恐山,七時雨,安達,青麻などの火山群を指す.K2O が低く,ホルンブレンドやカミングトン閃石など,角閃石を 斑晶として含むのが特徴である. 安達火山余話 1.プリニー式噴火のいわれ 紀元 79 年 8 月 24 日,イタリアのベスビオ火山が噴火し,24 時間でポンペ イの街がこの世から消えた.人口およそ 2 万人といわれ,周 囲 3,220 m,面積 66 ha の街の,今からおよそ 1900 年前のあ る 1 日がまるごと埋まってしまったのである.噴火は 2 ∼ 3 日続き,ポンペイの町は軽石や火山灰により埋まった.ま た,エルコラーノの町は厚い火砕流で埋まった.この噴火の 結果,もともとの火山(海抜はおそらく 2,500 m)は陥没し, 現在は原火山の一部がソンマ山と呼ばれる外輪山(海抜 1,132 m)となって残っている.  このとき,ローマ艦隊提督の大プリニウス(著述家 ・ 博物 学者として有名,『博物誌』を著した)は,噴火と同時に 人々の救助と噴火の記録のために活躍し,噴火を観察するた めに艦隊を率いてベスビオ火山の麓近くに上陸したが,噴火 の勢いが強くなり引き上げる途中で自分も死んでしまった. 当時の経緯は,大プリニウスの甥で当時 17 歳だった青年小 プリニウスが,歴史家タキトゥスに宛てた 2 通の手紙によっ て詳細かつ正確に後世に伝えられた.この二人のプリニウス

第 11 図 a)菫青石の mg- 値(Mg/(Mg+Fe+Mn),ならびに(b)Na 含有量,および(c)カミングトン閃石の AlIV(Si を置

換する Al)の変化図.この図から,結晶作用の後期になるほど菫青石では Mg に乏しくなり,Na に富むようになる。また,カ ミングトン閃石では次第に Al に富むようになることが分かる.

Fig. 11. Histograms showing the variations in Mg-value and Na content of cordierite, and the AlIV content of cummingtonite within

vary-ing mineral assemblages; these diagrams indicate that Mg-values decrease, the Na content of cordierite increases, and the AlIV content of

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の功績を称えて,このような噴火様式をプリニー式噴火と呼 ぶ. 2.歌枕と芭蕉と安達–愛島軽石 安達–愛島軽石の模式地と される名取市愛島付近の丘陵地帯は「東(あずま)街道」と 呼ばれる古い道路が通っており,今熊野古墳,金蛇水神社, 道祖神社,中將実方の墓など古墳時代から平安時代にかけて の様々な史跡や伝説が多いところである.  三十六歌仙の一人である藤原実方は三跡の一人の藤原行成 との争いから陸奥守に左遷された.みちのくに下向した実方 が,名取の笠島にさしかかった際,村人から「道祖神の祠に 下馬されて祈るように」と勧められたが「賎しき神,下馬し て祈ることなし」とそのまま通過したところ急に馬が暴れて 実方は落馬して死んだ.村人は実方を懇ろに葬い,墓を立て た.この墓には西行が訪れ,歌碑も残っている.芭蕉も仙台 に入る前に遠望したが,あいにくの梅雨のために訪れなかっ たといわれる.『おくのほそ道』に「笠嶋はいづこ さ月の ぬかり道」の句がある.  ここで想像をたくましくすると,現在の名取市愛島から 十三塚付近の丘陵地帯に分布する安達–愛島軽石層の厚さは 3 m ほどもあり,さらに東を通る当時の奥州街道沿いにも多 少は広がっていた可能性も考えられる.この軽石層は栃木県 の鹿沼土によく似ており,風化すると非常に滑りやすい.こ の「ぬかり道」の句は,こういった軽石層に足を取られて難 儀をしながら歩き,ついに西行の歌碑に行けなかったことを 悔やんで詠ったのではないだろうか(蟹澤, 2012). 4. 仙台に最も近い現役(第四紀)火山:七ツ森火山・船形 火山群  仙台市街地から西方を望むと,奥羽山脈の山並みを見るこ とができ,仙台市の北西側には船形連峰の一部である泉ヶ岳 がある.泉ヶ岳と船形山を含む周辺の山は,第四紀火山のひ とつである船形火山群と呼ばれている(生出ほか, 1989).一 方,泉ヶ岳の東側には小さく突き出た小高い森が複数存在 し,七ツ森と呼ばれている.この七ツ森とその北にある赤崩 山・大畑山をまとめて七ツ森火山と呼ばれており(第四紀火 山カタログ委員会, 2000),これも第四紀の火山活動によって 形成された火山である.既に本章 3 節で述べた安達火山とと もに,仙台市に最も近い火山が,船形火山群,七ツ森火山で ある.  火山の分類として活火山という言葉があるが,現在,気象 庁は「概ね 1 万年以内に噴火した火山,および現在活発な噴 気活動のある火山」を活火山の定義として全国 110 の火山を 認めている.船形火山・七ツ森火山はともに活火山の中には 入っておらず,安達火山よりもさらに古い火山である.な お,火山を示す言葉で“死火山・休火山”という言葉がある が,ここで紹介する七ツ森火山のように数百万年ごとに噴火 する火山もあるなど,その定義が曖昧なため,現在はもちい られていない. 七ツ森火山 泉ヶ岳の形を見ると,これが火山だと言われて も違和感は持たないだろうが,その東側の七ツ森火山と呼ば れる地域をみても,小さな丘が複数認められるのみで,火山 としての印象に乏しい.仙台北西方の宮床地域を中心に点在 する松倉山・遂倉山などの七ツ森と,その南方の笹倉山の小 丘は,デイサイト質の溶岩円頂丘からなる火山体で,七ツ森 火山の一部である.これら円頂丘群の北西方に位置する赤倉 山・大畑山・達古森などの大小様々な溶岩円頂丘や成層火山 は,現在の七ツ森湖などの低地を囲んで環状に配列しており (第 12 図),この環状配列の内部が,七ツ森カルデラである (長谷中・青木, 1994).カルデラとは,大規模な火山活動の 際,マグマが一気に噴出されることによって地下が空洞とな り,上部の地表面が崩落してできた直径数 km 以上に達する 大きな凹地である.つまり,七ツ森火山の本体はこのカルデ ラであり,カルデラ形成時に噴出された大量のマグマに由来 する火砕流堆積物が,周囲約 150 km2の地域に分布する宮床 凝灰岩である.カルデラ火山では周囲に火砕流のつくる台地 が残されるが,カルデラ自体は凹地であるため,火口地形が 埋まってしまうなど,火山としては認識されにくく,七ツ森 カルデラが発見されたのも近年になってからである(長谷 中・青木, 1994).  七ツ森火山の活動時期は,西側の船形火山群よりも古く, 約 2 Ma と考えられている.カルデラの陥没構造を作る原因 となった宮床凝灰岩の直接の年代測定はなされていないが, 後カルデラ活動である溶岩円頂丘について,約 1.6 ∼ 2.0 Ma という K–Ar 年代が得られている(八島, 1990; 長谷中・青木, 1994).  七ツ森火山の形成史(第 13 図)をみると,まず七北田層 や大堤層の堆積岩からなる基盤上に,宮床地域を中心として 環状に並んだ割れ目から,大量の火砕流堆積物(宮床凝灰 岩)が放出された.この時の火砕流流出は少なくとも 3 回 あったと推定されており,これに伴う基盤の陥没で七ツ森カ ルデラが形成された.噴火後,形成された凹地に水がたまる ことでカルデラ湖が形成され,内部に砂岩やシルト岩からな る湖成層の若畑層が堆積した.若畑層の層厚は 150 ∼ 200 m で,その中位∼上位には葉などの植物化石が多く認められ, 噴火後の植生の回復状況を知ることができる.その後,若畑 層の堆積と一部重複して,環状の割れ目に沿って七ツ森や赤 崩山などの溶岩円頂丘群が形成され,一連の活動を終息し た.宮床凝灰岩の噴出量は約 8 km3以上,後カルデラ活動で は 3.6 km3と推定されている(第四紀火山カタログ委員会, 2000).  その後,現在に至るまでの活動の証拠はなく,七ツ森火山 の活動はごく短期間に終わったと考えられている.しかし, 本章 2 節で紹介した広瀬川凝灰岩の噴出源である可能性も指 摘されており,宮床凝灰岩の噴出以前にすでにカルデラ地形 が存在したことも考えられる.その場合,約 350 万年間に噴 出量が 10 km3に達する 2 回の大規模噴火を発生した火山とい うことになる.七ツ森火山はこの章の冒頭でふれた活火山の 定義には当てはまらないが,大規模な噴火の発生頻度を考え ると,今後七ツ森カルデラが再び大規模な噴火をすることも あるかもしれない. 船形火山群 船形連峰は西から船形山・後白髪山・三峰山・ 黒鼻山・泉ヶ岳と,東西につらなる火山の集合をさして船形 火山群と呼ばれる(第 12 図).泉ヶ岳と北泉ヶ岳からなる

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泉ヶ岳火山が最も古く,溶岩から約 1.14 Ma という K–Ar 年 代が得られている.一方,三峰山・後白髪山・船形山本体を 含む船形火山では,約 0.84 〜 0.56 Ma という K–Ar 年代が得 られており,泉ヶ岳火山の形成後に活動した(今田ほか, 1989).なお,黒鼻山は船形火山群の一部として,東北日本 第四紀火山の中でピジョン輝石斑晶をもつ未分化玄武岩を産 することから重要視されてきたが,層序および K–Ar 年代測 定の結果からは従来考えられてきたよりもさらに古く,第四 紀の火山ではないことが明らかとなっている(大場・伴, 1997; Ban et al., 1997).  船形火山群の活動史は第 13 図のようにまとめられる(今 田・大場, 1989).  船形火山群の歴史時代における活動記録はなく,主たる活 動は約 50 万年前には停止したと考えられる.火山活動の地 形的痕跡は少なく,蛇ヶ岳南面の小さな凹地や,泉ヶ岳と北 泉ヶ岳との境界の東側に火口跡が残されているのみである (小池ほか, 2005).火山体のいたるところで深い侵食谷や, 滑落崖が認められるなど,火山体の開析が進み,山頂火口も 残っていない.泉ヶ岳では,活動末期に山頂爆発を伴う山体 崩壊を起こし,小規模ながら磐梯山と類似した岩屑流や泥流 を東側に向けて発生させた.  船形火山群の噴出物は,玄武岩∼安山岩質の溶岩・火山砕 屑物からなっており,それぞれが小型の成層火山を形成して いる.船形火山群の最高標高は 1500 m であるが,基盤が標 高 800 ∼ 1000 m まで分布しており,その上に作られた火山 体の規模は小さく,噴出物量は船形火山で 16 km3,泉ヶ岳火 山で 2.3 km3(梅田ほか, 1999)である.  船形火山の溶岩流のほとんどは山体の東側に向かって流下 した.複数の溶岩流が積層した部分は緩傾斜となっており, なだらかな山容をなしている.一方,溶岩流の先端部では末 端が急崖な地形を形成している.このような溶岩地形を北東 側から見ると,山頂部に広がる緩やかな溶岩流の積層した斜 面と,その末端の急崖のなす山の稜線が,舟の浮かんだ姿に 似ており,これが山名の由来とする考えもある(小池ほか, 2005).  以上のように,船形火山群と七ツ森火山では,地形的に異 第 12 図 船形火山群,七ツ森火山の地質図(北村ほか, 1983; 今田・大場, 1989; 長谷中・青木, 1994)

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なる特徴を示す.カルデラ火山である七ツ森火山は明瞭な山 体をもたない.これに対し船形火山群は複数の成層火山の集 合体であり,その山容が全く異なる.また,七ツ森火山を形 成したマグマはデイサイトを主体とした(ケイ酸分に富む) 珪長質なもので,玄武岩質マグマを主体とした船形火山群と は明瞭に異なる.船形火山群の東縁の泉ヶ岳火山と七ツ森火 山とは,東西 4 〜 5 km の近接した地域に形成されたにもか かわらず,船形火山群では溶岩流主体の静穏な活動に対し, 七ツ森火山では大量の火山砕屑物を爆発的に放出するとい う,全く異なる火山活動が展開したことが分かる. 4-5.仙台における火山活動のまとめとして  過去に仙台周辺で起こった代表的な火山活動について紹介 してきたが,火山活動の多様性について理解していただくと いうことも,本巡検の目的のひとつである.三滝玄武岩や船 形火山群は主に溶岩流,広瀬川凝灰岩部層は火砕流,安達– 愛島軽石は降下火山灰(軽石)と,それぞれ噴火のスタイル が異なっている.  溶岩流は液体(融体)のマグマが地表を流れる現象である が,水より大きな粘りけを持つため,ハワイのような流動性 の高い溶岩を除けば,その流れる速度は時速 10 km 以下であ る.また,溶岩流が停止後に作る地形は,船形火山群の山頂 付近で見られる溶岩のように,末端で急な崖をもち,内部は 緩やかな斜面からなる舌状のものである.舌状の地形の特徴 を決める溶岩流の流れる距離と厚さ(末端での崖の高さに相 当)の比率は,マグマの組成によって変化し,安山岩質な 泉ヶ岳の溶岩の方が,三滝玄武岩よりも流れた距離が短く, かつ厚い.七ツ森火山で見られた溶岩円頂丘は,前述の溶岩 流よりもさらに粘りけが強いため,周囲に広がって流れずに 火口の真上にせりあがってしまったもので,例えればお餅を ふくらませた時の状態である.このように,噴火するマグマ の性質によって溶岩流の形態も変化し,そこに形成される地 形も変化する.  一方,広瀬川凝灰岩部層で紹介した火砕流は,高温のガス と,マグマが固まった軽石などの固体が一体となって流れる もので,流れる速度は最大で時速 100 km を超える.さらに 火砕流は遠方にまで到達し,平坦な台地状の地形を広範な地 域に形成する.その規模は 1991 〜 1995 年の雲仙普賢岳の噴 火で発生した沢沿いを薄く流れたものから,約 4 万年前に鹿 児島湾の桜島付近から南九州一円に流れた,広瀬川凝灰岩の 数十倍の規模のものまで様々である.しかし,その規模にか かわらずいずれも高速で高温な流れであるため,大変危険な 噴火現象である.  これに対し安達–愛島軽石のような降下火山灰は,火口か ら放出された火山灰や軽石などの固体が上空から降ってくる 現象で,火口から離れるにつれて降ってくる粒子の大きさは 小さくなり,かつ大気で冷やされることから,それほどの危 険を感じないかもしれない.しかし,火山灰のような細かい 粒子は気管支炎などの健康被害や,今日の電子機器の発達し た社会では大きな障害を起こす原因となることが懸念されて いる.2010 年 4 月にアイスランドでの火山噴火によって大量 の火山灰が放出された際に,火山灰の影響でヨーロッパ圏で の航空路線がまひしたことは記憶に新しい. 第 13 図 船形火山群,七ツ森火山の火 山層序(今田・大場, 1989; 長谷中・青木, 1994)

Fig. 13. Stratigraphy of the Nanatsumori and Funagata volcanoes (Konda and Ohba, 1989; Hasenaka and Aoki, 1994).

Fig. 2.    The stratigraphy of the  Sendai area (Kitamura et al., 1986).
Fig. 3.     Geological map of the Sendai area (Kitamura et al., 1986).
Fig. 4.    Photograph showing exposure Mitaki Formation rocks at the  type locality for this formation (Stop 1).
Fig. 6.    Map showing the distribution of the Hirosegawa Tuff  member and a stratigraphic cross-section through the study area  (Oide and Fujita, 1975; Kitamura, 1986; Yanagisawa, 1990;  Ka-suya et al., 1992; Osozawa, 2004).
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参照

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