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先進国・後進国における共通一ベトナム問題・公害問題に寄せて一

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先進国・後進国における共通

135

先進国・後進国における共通

一ベトナム問題・公害問題に寄せて一

本稿は,東南ア講演会における私の講演(ベトナム問題については昭和43年鹿児島,公害問 題については46年平戸)の一部要約に拠る。

 題して,「先進国・後進国における共通」という。

 一見,非常識とも云える本主題を用いた所以は,実は次の様な理由による。

 先進国と後進国backwa圃country(今日では,多分に御世辞を交え「発展途上国 developing country」と呼ぶが)を区別し,前者には(純)経済学的法則がそのまま適用

され得るが,後者には社会学的考察が必要である一とする一般的提言,通常のやり方に は,多分にもっともらしさがある。

 たとえば,K・G・ミュルダールの『アジアの戯曲一諸国民の貧困の研究』(1968)など そのよい例である。

 スミスの『諸国民の富の研究』をもじった本四は,後進国へ適用すべき方法論へのアプ ローチについて,又対二二である。

 ミュルダールによれば,従来における経済理論,「近代的アプローチ」は,その与件に ついて,一定の近代的パターンを前提している。従って,近代的パターンを背景としない 後進諸国について,近代的アプローチを適用することには,その有効について否定的なら

ざるを得ない。

 換言すれば,「制度的アプローチ」が必要であると説くのである。

 ミュルダールの結論は,我々の人抵における場合であり,決して意外を感じさせない点 説得的であるというより,むしろ自明な結論といった方が,当っている。即ち,そこで は,斯かる結論に承服しない方が,おかしいのである。

 私の場合も又同様であった。少くとも,東南アジアの空気を吸うまでは,斯かる結論を 自明と考えていた。

 しかし,昭和40年,東南アに旅行した折,実感として私の体得したものは,斯かる自明 な,一般的なものへの深い疑問,というより,その否定であった。

 結論を示せば,こうである一先進国・後進国,その何れもが共通のアプローチを必要 とすべきであるし,両者の間には方法論的に何ら区別すべきものを見出し得ない。と同時

(2)

に,問題,殊に重大な経済問題についても共通である,と。

   「過去を理解するとは,過去を必然的なる成立において把握することを意味す   る。」

   「産業的にヨリ発展せる国は,発展の後れた国に対し,他ならぬそれ自身の将来   の姿を示すのである。」

 前者はヘーゲル,後者はマルクスからの援用である。

 夫々表現に差こそあれ,両者が等しく私に暗示したものは,或意味では,歴史或は歴史 的アプローチの重要ということである。しかし,案外,我々は斯かる点,鈍感である。1  私は,嘗って次の様に書いた。

      の        

 「後進国なる概念は,先進国なる概念同様,自然科学的概念では決してない。歴史科学 的概念である。……後進国は歴史をもつ……後進国は歴史を刻む……。斯くて,歴史は要 求する一後進国は,先進国としての可能性を有するものとしての後進国developing

countries,これである」

 先進国は,一朝一夕に成ったもの,或はその最初から先進国といったものではない。に も拘らず,初めに先進国あり,と我々は錯覚しているかの如きである。

   「彼等は,すべての屑やゴミ,すべての汚水,それどころか屡々嘔吐を催すよう   な汚物や糞便を街路に撒き散らすことを余儀なくされる。というのは,彼等は他に   それらを片付ける方法を,すべて取り上げられているからである。」 (エンゲルス   「イギリスにおける労働者階級の状態」)

 東南アにおける最も東南アらしい国といえば,おそらくタイとか,インドネシャを人々 は指すであろう。同様に,ヨーロッパにおける我々にとって最もエキゾチックな,我々の 最も観光したい国といえば,フランスとかイタリー,就中パリとローマがそれに該当する

に違いない。

 学生諸君にパリから何をイメージするかと尋ねたら,〈花の都パリ〉,〈シャンソンの 都パリ〉,……〈夢の都パリ〉,〈憧れの都パリ〉というおきまりの言葉が返って来た。

 彼等にとって,パリとは一つの完成された文字通りの都市なのである。そこには,不完 全なもの,不充分なものは,一切予想されない。しかも,パリはそれ以外の如何なるパリ であることも,許されない。パリは生れ乍らにパリなのである。

 『先生は東京が汚ないとか,日本人が醜いとか言うが,洋行でもした事があるの

か。』

 『なにするもんか,あ、いう人なんだ。萬話頭の方が事実より発達しているんだ から,あ、なるんだね。その代り西洋は写真で研究している。パリの凱旋門だの,

(3)

先進国・後進国における共通 13ワ

  ロンドンの議事堂だの沢山持っている。あの写真で日本を律するんだから堪らな   い。汚ないわけさ。……』

      (夏目漱石『三四郎』)

 しかしながら,歴史的事実は,斯かるパリについて,多くの反証を示している。

 たとえば,フランス革命当時のパリでは,一般市民は,夜の就寝時に便器を夫々自分の 部屋に持ち込んだという。しかも,朝になると,中の汚物・糞便は窓より街路に捨てら れ,その処理は,放し飼いにされた犬や豚に任されたという。

 減る書物で,私が斯かる記事を目にした時,むしろ,私は疑いを抱いたものである。加 えて,たまたま,その話を学生諸君にした時,そして彼等が,まさか,と笑い出した時,

その疑いは一層倍加されたものである。

 我々は,場合によっては,我々自身が考えている以上に無邪気であり,お人好しなもの である。

       

 斯かる事実が,果して疑いのない本当の事実であるか否かの確認は,矢張,歴史家の研 究に任せるしか,他ないであろう。しかし,その後,私は,同記事に加うる更に二つの記 事を目にすることを得た。

 一つは,フランス革命前,即ちルイ王朝健在なりし頃のパリ風俗についてである。即 ち,当時庶民は夜,排尿に際しては,窓を開いて窓口より放出したという記事である。多 分にふざけた同記事には,排尿の際,通行人に迷惑のかからぬよう,事前に,「御注意め

され1」,と三度呼ばわることが,当時の固い約束であったと,蛇足してあった。

 今一つは,現代のパリについてである。フランスに旅行し,パリの大ホテルに宿泊した 一日本人の見聞の一つとして,部屋を掃除したボーイがそのゴミを窓から捨てたというこ

とを記している。注意したところ,「ドゴールが後始末してくれるさ」,というセリフが 返って来たとある。

 以上三つのエピソードは,それらが,(たとえ事実であったとしても)事実として如何 なる程度の比重をもつかという点,尚問題の余地を残しているものの,パリというもの が,決して魔法よろしく一朝一夕にして成ったものでないこと,しかも,その現在は(現 在として)まさしく時一過去と未来を有していることを,我々に教えてくれる。

 西田幾多郎の言葉を借りれば,こうである。

 「時というものは,単に過去から未来へ直線的に動き行くものではない。……過去と未 来とが現在に於て結合し,絶対に結びつかないものが結びつくが故に,矛盾的自己同一と

して,作られたものから作るものへと動いて行く,そこに時というものがあるのである。」

 それでは,現在のパリは如何にしてその現在をかち得たか。

 パリの歴史を問うことは,同時に,かく在らしめた理由・根拠乃至条件,即ち歴史的・

社会的(制度的)条件への設問とならなければならない。

(4)

 簿り1}カミ春日:の如き都市美を発揮するに至った契機は,何といってもユ9世紀,ナポレオン 三世時における大規模な都市計画がその主要なものである。    ・、

 と言っても,・蔀市計画それ自体一つの結果というべく,それ以前のフランス革命(1789

〜99),そじで産業密命(1830〜)こそ,重要である。

「ブランス革命は,それが単なる政治革命,クーデターの類であるならば,決して重要で はないbフランス革命は,耕作農民・小工場主が,彼等の生産を阻害する社会的拘束《(旧 地主や王室と結びついた特権的・独占的な前期的商業資本)一その典型としてのルイ王 朝,からの解放を要求,前;期的制度機構の打破(いわば消極)に止まらず,生産者解放(積 極):を課題としたからこそ,有意義であった。

 産業革命については,最早喋々する必要はないであろう。我々はその象徴としてのエッ フ三ル塔(1889)を知っている。

 我国の場合,斯かる生産様式の変革,所謂「技術などの生産様式の変化」は,略々1870 溜まり始まっている。一1890年忌は軽主業,1900年には重工業の開始と引続く。

 しかし,これら一連の経過は,1867年の徳川慶喜による大政奉還,殊に1868年の鳥羽伏 見の戦にそめ端緒を発しているというべきである。

 鳥羽伏見の戦,更には上野の戦が,薩長連合軍:の火器(小銃・大砲)の圧倒的な優勢に おいてなされたことは,恰もナポレオン軍隊の優勢が大砲によって確保されていたのに似 ている。

 しかも,我々は,薩摩・長州が当時の我国において経済的に最も先進的であったことを 看過してはならない。二二マニュファクチャー乃至貿易(密貿易を含む)による所謂原始 蓄積こそ,彼等の優越を確保していた重大要因である。

 従って又,「明治維新の原動力は百姓一揆及び町人のうちこわし運動にあった」とする 羽仁五郎氏の見解(朝日ジャーナル,特集「明治百年のパラドックス」所収)などは,所 詮,事実の一面(消極),しかもその一部をしか見ていないところの,一偏見一やたら 世を惑わす妄説のたぐい,としか言う他ないであろう。

 加えて,当時の所謂「世直し一揆」は,維新の原因というより結果一薩長による煽 動,官軍の軍事行動に附随して起った,というのが私の見解である。

 手動臼は封建社会をもたらし蒸気粉舌車は資本主義社会をもたらす,とは,マルクスに        おける有名なテーゼであるが,技術の問題が彼の言わんとするすべてでないとすれば略々 正治を得た命題と言うべきであろう。

 技術  それは,主として人間の自然に対する関係(生産を中心としての,生産一消 費を通じての)である。然して,我々における一切は,斯かる関係た集約され得る時,

(論理的にも)最も顕著な態様を示すと共に,最も有効に機能するのである。

(5)

先進国・後進国における共通

139

 換言すれば,技術への考慮を欠いた社会理論は,それが如何に美しい体裁・様式美をも つ理論であるにせよ,我々にとっては,無意味・無内容たらざるを得ないのである。

 斯くして,私は,ガルブレイスにおけるが如く,従来の経済理論一形式と数学からな る抽象理論一の無力を指摘,技術等所謂与件の変化を社会的関連で把え生きた経済学を 再興せんとする者に,多大の共感を抱くのである。

 ガルブレイスの『新しい産業国家』の如きは,私をして言わしむれば,20世紀における 新装の唯物史観である。

 与件,殊に技術への考慮の如きは,後進国の場合は勿論として,先進国にも不可欠の体 のものなのである。

 悪しき純粋理論は,先進国・後進国の何れについても無効であるが故に,無意味な存在 である。先進国について,決して,有効・有意義である筈はない。

 ボウルディングも,r経済学者の技能ski11』に書いている。

 「天文学者ならば,惑星は天使によって動かされようと動かされまいと,天使は見事な 程に規則正しく行動するので,天使の行動は問題を生ぜしめないから無視出来るという理 由で,惑星が天使によって動かされるという仮設を勝手に無視出来るが,経済学者はそう はゆかない。……経済学者にとっての惑星一彼の諸価格,商品の数量及びその他の資産 の広大な世界一は,天使によって動かされるのではなく,人間によって動かされる」,

と。

 そして,私も又,書いた。

 「……先進諸国に(純)経済学的法則がそのまま適用され得ると考える一社会学的考 察の余地を考慮しない一現今の経済学者達は,おそるべきロマンチストであるというべ きである。我々は,彼等における如く,経済学を単なる夢物語一そこでは往々.『経済 人』なるFiktion,天使が主役を演ずる一としてではなく,文字通り現実科学,経験科 学として語る限り,経済における社会学的考察は如何なる場合にも必須不可欠である。」

 人間の運命が経済の問題,就中技術の問題の解決にかかっている現実的な一例証が,私 をして言わしむれば,ベトナム問題である。

 ベトナム問題については,今日それ以上必要のない程多くの見解が出尽している。にも 拘らず,私はそれらの何れにも,感心し得ないのである。

 現実的・論理的説得力が極めて乏しいのである一少くとも私にはそうとれる。(本年 報礼7集における重藤威夫教授の「ベトナみ問題の基本的考え方」は,むしろその唯一の 例外と言ってよい。)

(6)

私によれば,ベトナム問題は経済問題である.一ベトナム問題は,それが軍事問題政 治問題,就中イデオロギーの問題である以前に,むしろ経済問題である。      ・

   「南北ベトナムは経済的には競合的でない。……北部は豊富な鉱山資源から工業   の基盤を用意でき,南部は多量の農産物が国内市場の需要を満たすばかりか尚輸出 一する余力をもち,正常な状態では少くとも相補完する関係にあって,それで均衡を   保つことが出来る。」(浦野起央『ベトナム問題の解剖一分析と資料』)

 北ベトナム及び所謂ベトコンは,彼等における「神聖なる民族自決」を謳歌している。

 換言すれば,今日,北ベトナム及びベトコンが求めているのは,その直接の動機が如何 であれ,政治的には,ベトナムの全体としての独立,民族独立乃至民族i自決(国家統一)

であるが,経済的には,主に国内市場開発を前提とした工業化,乃至工業立国,即ち,北

(工業一北部は人材のみならず鉱産物・石炭の類に恵まれている)を主に,南(農業 一集約農業のための農地改革を前提とする)を従とする自給自足経済圏乃至アウタルキ

∴(自立経済一当然,この場合北が南を支配する)の形成である。

 ベトナム民主共和国憲法第9条に謂う。「ベトナム民主共和国は,社会主義路線に沿っ て……後進的な経済を,近代的工業と農業並びに先進的な科学と技術を備える社会主義路 線に移行させる。ベトナム民主共和国の経済政策の根本目的は,絶えず生産力を発展させ

ることによって,人民の物資及び文化生活の水準を高めることである。」

 然して,少くとも「社会主義」という言葉を除けば,プラスの生産力効果を強調する 点 その他,これは嘗ってのフリードリッヒ・リストの問題,又はその解決以外の何ものでも ないのである。

 該当すべきリストの言葉を若干拾ってみよう。

 「経済的統一は……政治的統一の前提であり又基礎である。」

 「国民が紡績業において,毛織物業において,更に生活必需品工業のすべてにおいて一 つとなる時,それは又,政治においても,一つになることを欲するであろう。」

 「それ故に,その国民の独立と存続とを尊重するあらゆる国民は,出来るだけ早く低位 の文化状態からヨリ高位のそれへ移り,出来るだけ早く農業・工業・航海業及び貿易を自 国の領土内に統一しようと努めなければならない。」

 「国民的統一なく又国民的分業と生産力の国民的結合なくしては,その国民は決して高 度の幸福と勢力とを得られず,又その精神的・社会的及び物質的の財め永続的所有を確実

にしないであろう。」

 「諸工業力がその領土内の全部門に亘って最高の域にまで発達し,且つその領土と農業 生産とが工業人ロに対して,その必要とする生活資料や原料の大部分を供給するに足る程 の大きさの国民は,最大の生産力を所有し,従って最も富裕な国民となるであろう。」

(7)

先進国・後進函における共通

141

 「工業と農業の同時発展」一事実,1960年9月に開催されたベトナム労働党の第3回 全国代表大会は,工業化路線を決定して言う,「均衡のとれた近代的社会主義を建設し,

重工業を基礎として工業と農業を調整し,合理的な方法で重工業の発展を優先させ,同時 に農業と軽工業を発展させて我々の後れた農業国を近代的な工・農業国に改造する。」

「国民経済のこれら二つの基本的部門を平行して共々に発展させることは,急速な社会主 義的工業化のたあの必須条件である。」

 リストにおいて農業と工業とは,まさに「二本の軸」であった。「国民の福祉が強固な 基礎の上に立っためには……『工業家は農業家の横に腰を据えねばならない』。」「物質 的生産における作業の最高の分割及び生産諸力の最高の結合は,農業と工業とのそれであ る。」「農業力と工業力とが,同一国民の中にあって,同一の政治的権力の下に統一され ているならば,それは永久平和を楽しみ,戦争及び外国の貿易政策によって農工相互作用 を妨害されることもなく,従って国民に向って幸福と文明と国力との不断の進歩を保証す

る。」

 一国民における工業化の絶対的優利一歴史を通じてこの経過はまさしく実証済みであ る。「歴史的に我々が説明したと信じている様に,あらゆる部門に亘って発達した工業力 が,各国民の文明・物質的繁栄及び政治的努力をヨリ高く飛躍せしめる根本的条件であ る。」「国民の力と独立とは,工業に立脚する。」

 リストの当時におけるドイツと,今日ベトナムの置かれている歴史的状況とは著しく似 ている,と私に考える。同様に,嘗っての南北戦争当時のアメリカと直読のベトナムとは 状況が酷似している。

 ベトナム北部には在来工業(民族資本としての手工業を含む)が,従って労働者が集中 していた。即ち,真保潤一郎氏の『ベトナム現代史』によれば,「北部は,労働者階級が 最も多く集中した地域であり,その結果,北部の青年革命同志会内の共産主義者が,最初 に,インドシナ革命を指導するための労働者階級の独自の革命政党の必要を悟った。」

 それに反し,ベトナム南部には(嘗ってのアメリカ南部同様)他国の偲鶴を生むべく,

前近代的な大土地所有(封建的大土地所有)・商業資本が集中していた。「南部では50ヘ クタール以上の土地を所有する2.5パーセントに満たない地主層が,全体で45パーセント の土地を占有しているのである。5〜50ヘクタールを所有する26パーセント弱の中農層を 加えれば,優に82パーセントの土地を占有しているのである。」

 「北部は,ベトナム民族の発祥地であり,専制中国の侵略者にも,近代に入ってからは フランス植民地主義者に対しても,常に戦って来た伝統がある。しかし,南部は,フラン スに最も早く植民地化されたところであり,又ベトナム民族の伝統の弱いこの地域では,

直轄植民地として,村落共同体の内部までフランス植民地権力が侵透していた。又社会的 には,フランス植民地政策の代理人となるフランス市民権をもつベトナム人を,多数創り

(8)

出し,経済的には,ベトナム人を含む大土地所有制の下での商品作物として米を生産し,

ベトナム人大地主の封建的社会関係を助長していた。」「インドシナにおける貧困は,地 域が異るに従って,異る環境に結びついている。北方のトンキンでは,貧困は人口の不均 等な配分と結びついている。南方のコーチン・シナでは,それは耕地の不平等な配分と結 びついている。」

 北部に工業化が,南部に農地改革が,夫々早急に望まれる所以である。

 ベトナム北部は,農産物にも恵まれず,彼等が生きてゆくためには,彼等の自然への努 力は在来ヨリ厳しいものであることを要求された。「1838年……トンキンの農地の約60パ ーセントは面積1が十分の九エーカー以下であり,更に30パーセントは4.5エーカー以下…

…彼等は所得の約79パーセントを食糧に,僅か7.6パーセントを衣料に費している。彼等 は木綿の上着を着るだけで『冬はブルブルふるえている』。又彼等の食物は不充分で均衡 がとれていない。」「トンキンでは米の年聞平均生産高はインドシナの他の地域の一人当

り250キログラムに対して一人当り136キロに過ぎない。」

 南部の農民一彼等も結局は貧しかった。

 が,彼等は等しく挫けなかった。彼等は何とかして,彼等自身の貧困,彼等の置かれて いる不利な状況を打開しようと願った。W・M・ボールはrアジアの民族主義と共産主義』

に書いている。「インドシナ民衆の貧困と惨状については,多くのことが書かれている が,インドシナ経済の指導的な権威であるピエール・グールウは,アンナン農民を悲惨で あると称するには慎重を要すると言っている。彼の指摘によれば,東アジアの他の若干の 地域に見られる様な餓えかかった民衆の行進や乞食の大群は,インドシナでは見られな い。民衆は,虐待された奴隷ではなしに,自分の運命を改善したい望みに駈られた自由な 人間である。」

 「ベトトナ民族は,数千年の歴史を通じて絶え間なく且つ勇敢に,自己の国家建設と祖 国独立の擁護を戦って来た民族である。」(ベトトナ民主共和国憲法)「80年以上に亘る

フランスの支配に対して,ねばり強く抵抗して来た民族……この民族こそは,伯由にな り,独立すべきである。」(ベトトナ民主共和国独立宣言)「アメリカ帝国主義と,その 手先の経済独占を一掃し,.国産品の保護,国内商工業の奨励,農業を発展させ,独立・自 主経済を建設する。」(南ベトナム解放民族戦線宣言)       一

1941年におけるベトトナ全土の手工業者数・生産額は,次の如きである。(真保,前掲

書)

       手工業者数

   北 部   171,500人    中 部   45,300人    南 部   60,600人

   合計−277,400人

生産額(ピアストル)

30,170,000

8,300,000

6,910,000

45,380,000

(9)

先進国・後進国における共通

143

 この表で直ちに分る如く,冒手工業は北蔀が圧倒的である。 しゑも,当時の(植民地産業

・としての)鉱業一二代表的なものとしてはホソガイ炭坑がある一の労働者数が49,500人 で生産額30,000,000ピアストル,主・商業労働者はIOO,000人以下で60,000,000ピアスト ル,であったことを勘案すれば,如何に当時の手工業労働者の生産寄与率が低く,日の当

らない産業であったかがよく分る。

,にも拘らず,敢て彼等自身を,北部については170,000人の多勢を,保持させたもめは 何か? 教育……独立心……気骨,反骨……自由への希求? 民族資本・民族固有の手工 業は,植民地支配国の低廉な大量生産物の輸入によって駆逐,破壊されてしまうのが落で ある一例えばインドの綿織業の場合典型的である一にも拘らず! 「過去において東 アジアの従属民族は,植民地列強が本国の生産物との間に競争を惹き起すのを恐れて,植

民地に第二次産業を育成することを故意にしなかったのだ,と屡々訴えて来た。」(ボー ル,前掲書)      .、

 1955〜7年,北ベトナムにおけるネップとも呼ばるべき「土地改革と経済復興」政策時 における手工業と他の産業との対照は,次の如きである。(真保,前掲書。ベトナム民主 共和国対外文化連絡委員会旧く監Vietnarn today にも同一の表が掲載されている。)

国営工業

公私合営工業

私営工業

手 工 業 合   計

1955 12.0%

16,8

71.2 1QO.O

1956

26.4%、

14.2

57.4 100.0

1957

5L2%

 5.4  0.5 42.9 100.O

我々は,この表において,手工業が,私営工業などと共に急速に国営工業1ど改造,発展

(技能・知識の高度化,経営組織の複雑化)した跡を見ることが出来る。

 換言すれば,手工業(又はマニュファクチュア)こそは,工業化(近代化)への準備・

      む      

トレーニング(技術,経営その他における)の主要機能を果し得る唯一のもの,と言ってよ いことを, (例えば,フランス革命や明治維新の場合一その何れにもマニュファクチュ アが前提され,将来の方向を規制していた一などにおけると同様,)ここでも改めて確 認し得るのてある。通常全く看過されているが一ベトナム(北部)が他の東南アジア諸 国と前提・条件を異にする一重大根である。「東アジアの新しい国々が現在直面している 大きな問題は,その国民に最も大きな利益を与える様な国内工業を建設するために,資本 設備と技術的訓練を獲得することである。と言っても,工業化が行われれば,それだけ で,急速且つ確実に生活が向上するというのではない。民衆が,技術と経営の手腕をもた ず,産業規律になれていない国々では,工業の進歩が後れざるを得ない。」(ボール,前 掲書)    一

(10)

 「工業が商業発達の基礎である」(リスト),と同時に,「一国の農業全体の福祉は,

その国固有の工業力が出来る限り発達していることを必要とする。」「農業生産力は,あ らゆる部門に亘って発達した工業力が農業と地域上一・商業上及び政治上緊密に結合してい ればいる程,一・層大である。工業力のこの発達に比例して,作業の分割や生産諸力の結合 も又農業において発達し,それを最高度の発達にまで高めるであろう。それ故に,諸工業 力が,その領土内の全部門に亘って最高の域にまで発達し,且つその領土と農業生産とが 工業人口に対して,その必要とする生活資料や原料の大部分を供給するに足る程の大きさ

の国民は,最大の生産力を所有し,従って最も富裕な国民となるであろう。」

 以上,ベトナムについての私の仮説に誤りなければ,ベトナムに先づ必要なのは南北の 統一である。「ベトナムの領土は,南北を含む単一,不可分のものである。」(ベトナム 民主共和国憲法)

 民族自決一少くとも,それがベトナム民族の最大多数にとっての正義である。然し て,その正義の函数というべきものが,経済,特に彼等の自然に対する関係一技術であ

ることは,今や贅言を要しない程である。「精神的統一は,物質的利益の統一からのみ生 れ,この両者からのみ国力が生れる。」(リスト)「外国の独占グループによって統制さ れている国は,決して独立・自主の経済を持つことは出来ない。」(南ベトナム解放民族 戦線宣言)

 如上の点,彼等は中共などと同等,或はむしろヨリ先進的でさえある。

 後進国における技術の問題の一典型が,ベトナム問題であるならば,先進国におけるそ れは公害問題である,と私は考える。

 しかも,前者における解決が工業化であるとするならば,後者におけるそれも又工業化 である。多分に意表をつくようであるが一公害は工業化によってこそ真に解決される,

と私は考えるが故に。

 「後進国が開発されて,工業を採り入れて行く場合,これは勿論工業化industrializa−

tioロの典型的な場合である。しかし,既に高度に工業が発達した先進国で,生産性を高 め,国民の生活水準を向上せしむべく産業が一層高度化する場合も,やはり工業化であ る。……近代社会では,制度の如何(例えば資本主義たると社会主義たると)を問わず,

技術の進歩を主要内容として生産性を向上していく。この発展が,経済社会全体の動きと して,実現される過程が工業化に他ならない。」(青山秀夫「経済学へのアプローチ」)

 では,如何なる意味において,そうであるか。

 公害に関する議論,評論の類たるや,実に様々である。にも拘らず,ここでも画師は,

それらの如何なる見解にも,私自身,組し得ないのである。

(11)

先進国・後進国における共通 145

 今より遡る18年前,大学院の学生であった私は,通学の途次,米軍ハイツの横を通り乍 ら奇妙な看板に気づいた。そこには漫画で屑を捨てようとしている人を描き,「我々は conservationに気をつけよう」と書いてあった。 conservation(コンサーベーション)

とは何か,と調べた私は,それが,「物を大事に使おう」というアメリカ版,資源保存を テーマとしたものであることを知った。一般並に,使い捨てこそ,アメリカ文明の象徴と 考えていた私は,非常に意外の念に打たれた。と同時に,コンサーベーション(資源保 存,自然保護又は環境保護)の運動が,資源が最も豊富な一面積も広く,環境汚損の危

.険の最も少い筈のアメリカ(又はソヴィエト)において最も盛んであることに,我々とて 他人事ではない,と考えた。

 間もなく,私は汎米同盟資源保存部長(Chief of the Conservation Section of the Pan−American Union)William Vogt(ヴォート)のRoad to Surviva1『生存への道』

(1948)を発註,入手した。(手許の同書奥書には1955年7月30日入手のサインがある。)

 同書の内容は,たとえば,次の如くセンセーショナルである。

 「……過去三百年に亘って,人は恰も地球の資源は無限であるかのように振舞って来 た。極めて小さい地域を除いて,人は地球の賜物を取り込み乍ら,殆んど或は全然,その お返しをしないで,一つの純然たる抽出経済を営んで来た。実際に土壌や水を失うことが なかった所でも,放牧をし過ぎ,又は作物を作り過ぎ,そして動物と植物を移すことによ って大切な土の鉱質を運び去り,何よりも必要な土壌を消耗させてしまった。それと同時 に,その環境に依存して生きてゆく人の数をやたらに殖やして来た。

 過度の増殖と土地の濫用によって,人類は自らを一つの生態学上の罠に陥れてしまっ た。人類は約束手形で生きて来た。今,全世界を通じて,その約束手形は支払期日が迫っ ている。我々はもう余り長く支払いを引延しておくことは出来ない。

 When l writeくWe Ido not mean the other fellow.(私が『我々』と書く時,私 は別に誰か他の人のことを言っているのではない。)私は姿を消して行く森林の産物たる パルプの上に印刷された新聞を読む一人一人のことを言っているのだ。……

 善意の人達は全世界のたみに高い生活水準を提唱して来た。r欠乏からの自由』とは,

繁栄度の低い国々を大戦中味方にしたいために彼等の鼻の先にぶらさげた餌だった。それ が何という馬鹿げただましごとであったかは,いやしくも世界の国々の人口扶養力という 見地から物事を考える人なら,誰にでも明白なことでなければならぬ。……

 冷酷な事実は,世界にはその限りある資源をもってすべての人々に高い生活程度を与え るには余りにも人が多過ぎるということだ。機械の使用により,又純粋に抽出経済の基礎 に立って世界の資源を搾取することによって,我々はこの根本的事実に直面することをの ばして来た。今日五大陸の壁に書かれた文字は,最後の審判の日が間近に迫ったことを我

々に語っている◎……

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 地球上大部分に亘って低下している人口扶養力と,世界人口の激しい増加を見透す時,

我々は又我々の物質的生活程度の目立った低下を予期せねばならぬ。実のところ,それを 認識する人は殆んどいない様であるが,生活程度の低下は目前に迫っている一それが尚 一層低下することは必至である。実質収入から見た貨幣価値の下落がその兆候の一つ。世 界各国の経済に突つかい棒をするために必要とされる莫大な義掲物資がその兆候の二つ。

 人々は自分自身を欺き,イカサマ療法によって蹉朕を一層深め,もがきながら袋小路に 入りこんでしまわないためには,この世界的なジレンマを全人類に知らせることが絶対必 要である。人類は,具体的に言えば,二廻りも小さ過ぎる靴と同じ程はっきり』とした具体 的な境遇に追い込まれているのだ。このことを理解することが深慮の始まりであり,長い 道を後戻りする第一歩である。次の一歩は二重のものであ・る一人口制限と資源の回復

と。

 我々がこの様な一歩一歩を歩き,しかもすぐに歩き始めるのでなければ  つまり,人 が自分の環境の限られた資源から強要される至上命令に,自分の生活様式を調節するので なければ一我々は文明生活を続け行くすべての希望を捨ててしまう方がましぞある。」

 この著書の内容(多くの具体的な事例を抱えた)は,私には非常なショックであった。

事実,同書についてニューヨーク・タイムズにおける書評は書いている。「『生存への 道』は読者にショックを与えるだろう。しかし,それは一人の勇気ある,正直な,有能な 学者が見たままの,やがて来るべき事態の予見である。」

 先日,11月3日,NETテレビで,アメリカの公害ドラマ, r讐985 人類生存への警 鐘』,即ち,1985年某日,ニューヨークは公害のために絶滅する,というショッキングな

ドラマが放映された。おそらく,日本人の一部にとって,このドラマの緊迫性は今なお心 の底に生々しいものを残しているに違いない。

 が,しかし,である。既にこのドラマは,アメリカにおいては,少くとも私の知る限り

…一O記ヴォートの次元において,即ちはるか24年前に準備されていたのである。我国の 如き,公害,公害,と,漸く今日に至って,しかもヒステリックに騒ぎ立てる短絡的性急 さとは,認識の差があまりにも大き過ぎるのである。

 ボウルディングによれば  アメリカにおける環境問題の発生は今世紀初頭である。

「今度は土壌よりも大気,森林よりも都市の問題が関心の対象となっている。」

 例えば,(私のこの講演の)数日前,大学における私のポストに,学内の某公害問題部 会の討議資料が入っていた。そこには,「公害の本質の究明」として,「公害を生み出し ている政治的・経済的背景一高度経済成長政策(人間無視,利潤優先)一→低賃金,労 働強化,膨大な軍事予算,貧弱な真の公共福祉のための設備投資・社会保障・研究費……

一→労働災害,自然破壊,健康と生活の破壊,基地公害……云々」,とある。

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先進国・後進国における共通

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 頭書に「公害を生み出している政治的・経済的背景」とある限り,この資料を作成した 人の頭の中には,公害は政治的・経済的に解決出来る,という認識があるに違いない。実 際,公害問題に関する日本人の認識(亜流,野次馬を含めての)の程度は,それに尽きる と言ってよいであろう。

 しかし,である。ヴオートは書いている。「……『政治的』及び『経済的』方法だげ で,それをやってはならない。我々は人聞というものの全部と彼の全環境を見究めなけれ ばならない」,と。

 現今においても,我国においては「公害問題」であるが,彼方(ヨーロッパを含めて)

では「環境問題」であるとされる差は,実に,斯かる認識の程度の差にあるのである。

「窮極の確実性を達成することは,いつの場合にも,人間と宇宙との間の問題である。」

(C・M・ライト)

 然して,私は,無論,後者「環境問題」の立場をこそ,ヨリ重視するものである。前者

「公害問題」の立場は,これを全然無視するわけではないが,所詮相対的なものとして,

先づ第一には後者をこそ,とする。問題の謡え方の根本的な確かさにおいて,到底,前者 は後者の比ではないからである。

 コンサーベーション問題に関して,私の学生(大学)時代,経験したのは,私の高校の 先輩にあたる柴田敬氏(我国に珍しい世界的スケールをもつ経済学者の一人)のsoi erosion(土壌破壊)を中心テーマとした「経済学は逆立ちしている」という当時の問題提 起がある。

 タチの悪い日本の一部経済学者達は, 更柴田氏こそ逆立ちしている という評を下した そうであるが,これは柴田氏の真面目に対する失敬であるばかりか,問題の重要性を看過 した単なるフザケ(皮相,軽薄なる人種にのみ相応しい)としか,私には受取れなかっ

た。

 当時,柴田氏は,問題提起を次の様な形で行っている。

 「卑見によれば,経済学一ひとりマルクス派のものだけでなく,所謂ブルジョア経済 学も一は従来,色々の点において『逆立ち』した経済学を本にして案出された誤った政 策によって,根祇から概乱されている。……

 私の所謂『逆立ち』は色々の点について見られる。その根本的なものの第一は,私の所 謂く二二 が見落されたことに由来するものだ。

 今日の経済は,年々,彪大な量の鉄や石炭や石油の様な,リカアドの所謂 可壌的 富源を破壊する(喰いつぶす)ことなしには,成り立ち得ない。可壌的富源は,それを発 掘すればそれだけ無くなるのだ。そして,それがなくなればなくなるだけ,それを消費し 続けようとすると,益々深い地底にまで掘り下げたり,益々薄い鉱脈にまで掘り進んだ

り,益々貧質のものにまでも手をつけたり,益々遠隔,辺鄙の地にあるものにまで手をの

(14)

ばしたり,益々危険な鉱区にまで目をつけたりせねばならなくなる。そうなると,同じ1 トンの石炭を発掘するにしても,益々多くの労賃がかかるようになる。とすると,利潤率 の下る危険が多くなるし,更には,その利潤率の低下をつぐなうために,労働者の生活程 度や労働環境やを悪化させたり,労働時間を延長させたり,労働強度を強化させたりせね ばならなくなる筈だ。これが私の所謂 壌禍 だ。

 近代的産業技術一近代工業の上に立脚した今日の経済は,基本的には,このく壌禍 支配下に立っている。だから,このく壌禍 が当然表面にあらわれて来る筈であった。と ころが実際にはそうならなかった。否,それどころでなく却って,労働者の生活は引き上 げられ,労働環境は改善され,労働時間は短縮され,労働強度は緩和され,しかも利潤率 はさして下らずにすんだ。

 それは,く壌禍 を克服するための闘争が,技術の不断の改良一ヨリー般的に言えば 各般の新機軸の開拓一という形において,不断に展開されたからだ。他の人々がとても モノにならぬと思うような新機軸の事業的成功可能性を目敏く見抜いてそれを勇敢に事業 化し,萬難を排してその事業を完遂する企業者が不断にあらわれて来たからだ。そして,

その様な企業者の活躍に備えるための資本蓄積一従って投資  が不断に行われたから

だ。」

 それから数年後,大学院に学んでいた私は,私なりに,コンサーベーションの問題を経 済学に組込む試みを行った。

 しかし,レポートとして提出した私の試みは,「一体,何故こんなものを書いたのか分 らぬ」という冷淡極まる評として返って来た。

 『隷従への道』と題した当時の私のレポートは,結論を次の様に締め括っている。

 「……斯かる以上の論拠から,我々が奴隷としてでなく自由な人間として生き残るため には,あらゆる民族並びに国家(又は経済体制)を超越し根本的な事態を適確に把握した 次の三つの方策が是非とも必要である。

 (1)供給的側面の改革。

 先づ『更新することが出来る資源を使って富を生産すること。但し継続的収獲の基礎に 立ってのみそうすること。現存の資源はかけ替えのないものであるから,我々はこれらの 資源を根絶やしてはならない。』

 今日まで生産の機械化のために惜気もなく濫費して来た石炭や木材は,今後技術が進め ば無限の財宝の根源であったことがわかるであろう。それを我々は簡単に濫用し喰い潰し て来たのである。短期的な観点からすれば,その方が有利だからである。しかも,その様 な濫費のたたりは今日大きく表れて来た。長期計画的な観点に立ってこの式の濫費を必要 最小限に喰い止める方向の技術発展の道を探究するという様な感覚が非常に不足していた のである。

(15)

先進国・後進国における共通

149

 ……原子カ……赤道地帯に太陽から不断に注がれている彪大な勢力や,地球の自転によ って不断に生じている海流の力などを,又は大気から窒素,酸素,稀ガス(アルゴン,ネ オン,クリプトン)を,大洋からは臭素,マグネシュウムその他の資源等々を,世界的規 模において世界経済的経営の内に解決するということが,ここでの主要テーマとなる。

 たしかに,『我々が太陽エネルギーを直接利用することを知ることが出来る日こそ,資 源問題の最終的な解決の日である』かもしれない。

 (2)需要的側面の改革。

 我々の欲求を減らし我々の生活水準を低くしてもっと少い一人当りの分量に甘んずると 共に,欲求の最も重要な函数としての人口を少く維持して,需要を供給に調節せねばなら ない。ありとあらゆる可能な資源保存策も人間の繁殖が抑制されない限り,効果がない。

数が増えれば,資源の濫用も数と共に高まる。

 (3)完全な道徳の改革。

 以上二つの方策に優るとも劣らないむしろそれらの上に位置するものとしてこれを挙げ 得る。いかなる方策を選ぶにせよ一つの決断が必要である。イニシァチープは人類からし

か発し得ない。例えば今日の矛盾を烈しくした技術的増進にせよそれを突進させたのは所 謂自然の成行きではなく,まして機械に内在的な宿命などではなく,人類だからである。

 近代産業主義と機械は,人類に幸福をもたらすであろうと長い間考えられて来た。資本 主義以前に人類がこれ程快楽や贅沢や富を渇望したことは嘗ってなかった。……

 我々の科学こそ,この様な欲欲求の増大の中にどんな危険なものが含まれているか,又 我々の大部分の物質的な満足の中にはどんな苦痛がかくされているかを,はっきりあばか

ねばならない。1…・・

 そうすれば,『相変らず増大して行く安楽の要求,娯楽の渇望,贅沢に対するとめども ない嗜好,つまり人類がそこに確かな満足を見出すと見えるために人類の未来にとって非 常に大きな不安を我々に感ぜしめる一切のものの総てこうしたものは,無茶苦茶に空気を 充たす一方又一ぺんに凋む風船の様なものだということが分るであろう。』『……自動車 の所有は,今日では,多くの人々にとってこの上:もない野心であるのだから,自動車のも たらす比類のない便益を認め,この機械学の驚異を嘆賞し,それがもっと増加して必要と される処にはどこにでも普及する様に希望する。しかし,それは今後僅かの間に単なる快 適さのためや,又は贅沢する快楽のためには,最早そう欲せられなくなるかもしれないと 考える。』

 しかしながら,我々の賢明な諸方策も,おそらく想像される以上に遙かに困難なもので あるに違いない。

 先づ第一の方策として到るところにある空気,海水,太陽を利用するためには,経済性 即ち計算を忘れることは出来ない。確実に大量に供給される見込みがあっても費用を切り 下げることが出来ないために利用されないものも沢山出来るであろうし,これが我々の奴

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隷への道を拒否する意味での方策上大きな障害に当面することとなる。

、第二の方策としての生活水準の引下げも,容易に我々の文明は思い切った生活水準の引 下げに耐えることが出来ないし人口制限の必要も変えることが中々容易でない様な大衆の 慣習を考慮に入れねばならぬ。

第三の方策は,最も困難なものであろう。無知,利己主義,国家主義,イデオロギーそ の他によって強要される重荷はこれを全んど不可能にするかもしれない。

 しかし,我々の文明のために自由(生態学的自由を含めて)を取り戻すためには,思い 切ったそして多分に困難な方策を回避するわけにはゆかない。ともあれ,一つの決断が我

々に迫減ている。『人類は自分のなした進歩の下で半ば圧し潰されて口置直している。人類 は自分め未来が自分に依存していることを充分に知っていない。人類は先づ第一に自分は 生き続けようと欲しているかどうかを吟味してみるべきである。次に人類が自ら問うべき ことは,自分は只生きてゆくことだけを欲しているのか,それともそのほかに神々を作る そめ機械une machine 6 faire dieuxである宇宙の本質的機能が,反抗的な我々の地 球の上においてさえ遂行されるのに必要な努力を提供しようと欲しているかどうか,とい

うごとである。』」

 最近,B・ーウォード, R・デュボス共著の『かけがえのない地球』(邦訳副題「人間が 生き残るための戦い」)という,著書が刊行されている。世界58ケ国,15人の専門家の助言 に基いて地球環境の現状について著者らがまとめ,国連人間環境会議事務局に提出した報 告書である。

 同書は,人類が今後生きのびるためには,(1)国際的レベルでの協力体制なしには環境問 題の解決は不可能であること,(2)国家への忠誠心でなく,かけがえのない地球へ忠誠心を 寄せるごとが,必要だと説いている。「もし,地球の統合の概念(この地球の統合の事実 は,人間が考えだしたものというより,厳正な科学的事実として把えた方が妥当ではある が)が,地球の住民としての全人類に共有されるようになれば,人間は,現状の分裂主義 を克服し,更にまとまりのある世界を建設するために必要な統一性を獲得することが可能

となろう。」

 いわば,先の私の結論との一部一致がある。私の結論がヴォートr生存への道』の結論 とヨリ多くの一致があることは言うまでもない。

 尚,私が,資源史観ともいうべき次の如き一文をノートし,レポートの一部に用いたの も,又大学院在学当時のことである。

 「……経済的事情の変化により,資源(人的,物的)の採算点も変ってくる。一旦放棄 された鉱山が再び復活することもあり得る。しか.し,そのためには,単に時代の変遷でな く,それに伴って時代的な技術(私はこれを普通の技術一連続的技術に対し,断続的技

(17)

先進国・後進国における共通

151

術と呼んでいる)の革新がなければならない。

 そして,斯様な技術の革新は,新しき指導者の下に,産業・国家を含む一国の制度全体 の変化一革命,それが平和裡如何を問わず一を同時に必要とする。

 従来に於て,斯かる意味の技術的革新は,主として動力と原料,それに伴う交通につい て行われている。(コンドラチィエフ)例えば,人力・水力・風力から蒸気・石炭(イギ リスにおける産業革命),そして次には鉄・石炭(イギリス,アメリカ,ドイツ),更に は軽金属・石油(アメリカが世界経済の支配権を握った)一と,時代は変遷した。

 そして,『鉄と石炭の時代が鉄道の時代と言えるならば,今日の石油と軽金属の時代 は,自動車と航空機の時代である。』斯かる意味で,今日における次の時代は,観念的な 社会主義でもなくTVA(所謂修正資本主義)でもないことが……。」

 一但し,私がこれを書いたのは,シュムペーターに運遁せざる以前である。

 「現在の環境問題についての関心の高まりが,単なる興奮,きまり文句,そして貧乏人 が貧乏に甘んじていた古きよき時代に引き戻そうという試み以上のものを生み出すために は,現在,我々が甘んじているものよりもヨリ現実的で,ヨリ訴える力をもった社会力学 の分析が必要である。」(ボウルディング)

 過去において,「搾取」(マルクス)……「発展」(シュムペーター),「非自発的失 業」(ケインズ)という問題は,夫々,単なる私経済的範疇を取扱っていた(リカアド以 来の)固有の経済学,即ち「純粋理論」に,新しい方法一個別的方法(所謂徴視的方 法)に代えるに総体的方法一を提唱,且つ全体としての方法の革新を迫った。

 今や,「公害」乃至「環境破壊」が,我々の科学に更に進んだ,く【マクゴ の理論一 新しい器づくりを要請しつつある。

 私は,高校当時におけるケインズ『一般理論』の独習に際して,それ以前に好感を抱い ていたマルクス……ドイツ歴史学派(主としてリスト)・アメリカ制度学派についての知 識より,J・M・クラークの「社会的価値social value」の概念(純粋経済学の所謂「価 値論」に飽足りず当時問題にしていた)とケインズ「完全雇用」との近似を考慮したこと がある。今日,K・W・カップがJ・M・クラークの影響により,公害を含むものとして の「社会的費用social cost」の概念を経済学に試みていることは,その点,私には,個 人的に極めて三二深いものがある。

 ともあれ,我々の経済理論一というより我々の社会理論一において,既存の体系の 修正・改善,或はむしろその全面的変革によって,公害問題がヨリ適切に処理さるべく切 望されつつあることは,確かである。

 たとえば,過去の経済学が,企業者の行動を利潤原理(貧欲? を動機とする)によっ てのみ説明したことが,如何に非現実・不合理極まるものであったか。敢て,シュムペー

(18)

ターの「企業者」更にはガルブレイスの「大企業」の登場を待つまでもないことである。

 企業,企業者は,「一国の文化水準」の函数でもある。

 パリの街の夫々を,調和をもった淡いネオンで美しく統一したのも企業であれば,その 横紙破りに出,自社のマークをけばけばしく赤(の原色)で掲げ,そのこと自体の成功に 得々とする一外資系の会社一日本の三越,そこにあるのも又企業なのである。

 水俣の企業が,すべての企業の典型であるわけではない。

 「富の獲得は,結局,社会の一定の倫理的前提の下においてのみ可能である。」(カー

ライル)

 実際,今日における程,マーシャルの所謂「経済における騎士道」が,切実に期待され つつある時はない。

 自社(所謂内部経済)の利益のためには他(外部経済)の迷惑・損害をも辞さないとい う・歪んだ意味での一利潤動機profit motiVe・利潤原理(貧欲のみを動機とする,人 間不在の)は,或は我国の企業・産業(労働組合をも含めて)にのみ妥当するものであるかも

しれない。

 一体,我国の場合,その文化の他国への追従,著しい模倣により一企業についても 又,世界の中の亜流。一見華やかな日本の造船業,トランジスター産業の如き,その実,

下請・劣位の最たるものと言われる。

 真の文化(センス)を欠くその結果一「技術だけでは説明出来ない感覚的な何かが国 産品には欠けている。」

 そこにおける企業者も,企業者にして「企業者」に非ざる(ワルラス体系におけるが如 き)「単なる業主」,(公害処理上)彼等の殊更に悪質・低級なる所似である。

 く物真似業者 の素謡,彼等における創造と個性,即ち自分の頭とハート(人間)の喪       暫

失一マルクスの所謂「人間の完全なる喪失」。

 我国には,我々の経済全体に自主自責,一人敢然と・独立して責任を負う  「独占資 本」ρと称するが如き存在は,ない,というのが,私の意見である。一派の目の仇にしてい

る「独占資本」一一その様なものがあれば,むしろ,頼もしいのであるが。

   「公害については,企業は自分からマイナスファクターを出さないようにしなけ   ればならないことは言うまでもない。故意でなくとも,自分が原因になって公害を   引き起した場合には無条件にその責任を負い被害者を救済しなければならない。」

  (日本電気社長の言)

 無論,経済学の革新が期待されつつあるということによって,我々の実際の問題(公害 問題)が,単に経済学或は社会学(経済社会学)に集約され得るなどと,決して自惚れて はならない。

 ボウルディングは書いている。「我々は,環境の経済学的側面についてかなりのことを 知っているが,これに比べてその生物学,物理学的な側面については余り知らない。現在

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