数学の視点 空間の数学
詳細版
目次
1
ベクトルと計量とユークリッド幾何学1
2
距離と極限と位相5
3
空間のつながり方とその測り方11
4
円周の幾何学15
5
距離空間における曲線の長さ23
6
群の作用で不変な距離関数の構成28
7
曲った空間と非ユークリッド幾何学30
7.1
ユークリッドの公理. . . . 30
7.2
上半平面への2
次特殊線形群の作用. . . . 31
7.3
上半平面の距離関数. . . . 34
7.4
上半平面の円. . . . 36
7.5
距離を保つ変換. . . . 39
7.6
上半平面の線分. . . . 40
7.7
曲線のなす角. . . . 44
7.8
三角法. . . . 50
7.9
上半平面の曲線の長さ. . . . 52
7.10
円弧の長さと中心角. . . . 56
1
ベクトルと計量とユークリッド幾何学一般に
,
集合X , Y
が与えられたとき, X
の要素x
とY
の要素y
の対(x, y)
全体からなる集合をX × Y
で表し, X
とY
の直積(
集合)
という. X × Y
の2
つの要素(x, y), (z, w)
がx = z
かつy = w
を満たすとき,
またその時 に限り(x, y)
と(z, w)
は等しいといい, (x, y) = (z, w)
で表す.
この記号を用いると,
実n
次元数ベクトル空間R
n の加法は,
数ベクトルの対(x, y)
をR
n の要素x + y
に対応させるR
n× R
n からR
n への写像であり,
スカラー 倍は,
実数c
と数ベクトルx
の対(c, x)
をR
n の要素cx
に対応させるR × R
n からR
n への写像であるとみるこ とができる.
数ベクトルの集まりでない一般の集合では
, R
nの加法とスカラー倍に着目し,
集合V (
要素は関数の集合や多項式の 集合など,
数や数ベクトルでなくてもよい)
と数の集合K
に対して, 2
種類の写像f : V × V → V
とg : K × V → V
を与え, f (x, y) = x + y, g(r, x) = rx
とおくことによってそれぞれ加法,
実数倍と呼ばれる演算を定義する.
このよ うに一般化された「演算」を考えることで,
数ベクトル空間の概念が一般化される.
そこで,
ベクトル空間の定義を以 下のように行う.
以後K
は,
実数全体の集合R
または複素数全体の集合C
を表す.
定義
1.1
集合V
に,
加法,
スカラー倍とよばれる次の2
種類の演算・加法
: V
の2
つの要素の対(x, y)
に対して, V
の要素x + y
を対応させる演算.
・スカラー倍
: K
の要素c
とV
の要素x
の対(c, x)
に対して, V
の要素cx
を対応させる演算.
が定義されていて
,
任意のx, y, z ∈ V , c, d ∈ K
に対して,
次の(i) ∼ (vii)
が成り立つとき, V
をK
上のベクトル 空間という.
また, V
の要素をベクトルとよび,
それに対してK
の要素をスカラーとよぶ.
(i) (x + y) + z = x + (y + z) (
結合法則).
(ii) V
の要素0
で,
すべてのx ∈ V
に対して, x + 0 = 0 + x = x
を満たすものがある. (iii)
各x ∈ V
に対して, x + x
′= x
′+ x = 0
を満たすx
′∈ V
がある.
(iv) x + y = y + x (
交換法則).
(v) (cd)x = c(dx) (
結合法則).
(vi) 1x = x.
(vii) c(x + y) = cx + cy, (c + d)x = cx + dx (
分配法則).
条件
(ii)
の0
をV
の零ベクトルといい,
条件(iii)
のx
′ を− x
で表してx + ( − y)
をx − y
で表す.
注意
1.2 (1) 0
と0
′ がともに条件(ii)
を満たせば0 = 0
′+ 0 = 0
′ だから条件(ii)
を満たす0
は1
つしかない. (2) x ∈ V
に対してx
′ とx
′′ がともに条件(iii)
を満たせば,
条件(i), (ii)
からx
′′= x
′′+ 0 = x
′′+ (x + x
′) = (x
′′+ x) + x
′= 0 + x
′= x
′ だから各x ∈ V
に対して条件(iii)
を満たすx
′ は1
つしかない.
(3)
条件(ii), (vii)
からr0 + r0 = r(0 + 0) = r0, 0x + 0x = (0 + 0)x = 0x
だから条件(i) ∼ (iii)
よりr0 = r0 + 0 = r0 + (r0 + ( − r0)) = (r0 + r0) + ( − r0) = r0 + ( − r0) = 0, 0x = 0x + 0 = 0x + (0x + ( − 0x)) = (0x + 0x) + ( − 0x) = 0x + ( − 0x) = 0
である.
従って0x = c0 = 0
である.
(4)
条件(iv), (vii)
と(3)
からx + ( − 1)x = 1x + ( − 1)x = (1 + ( − 1))x = 0x = 0, ( − 1)x + x = ( − 1)x + 1x = (( − 1) + 1)x = 0x = 0
だから(2)
によって( − 1)x = x
′= − x
である.
定義
1.3 V , W
をK
上のベクトル空間とする. V
からW
への写像f
が,
任意のV
のベクトルx, y
とc ∈ K
に 対して, f (x + y) = f (x) + f (y)
とf (cx) = cf(x)
を満たすとき, f
をV
からW
への1
次写像または線形写像と いう.
なお, V = W
のときは, f
をV
の1
次変換という.
高校では
,
平面ベクトル,
空間ベクトルの内積と2
つのベクトルのなす角との関係を学んだ.
一般のベクトル空間で は,
ベクトルの長さや2
つのベクトルのなす角を定義することはできないが,
加法と実数倍という演算を用いて一般の ベクトル空間を定義したように,
内積を2
つのベクトルの対に対して実数を対応させる演算として次のように抽象的 に定義して,
ベクトルの長さや直交,
ベクトルのなす角という概念は内積を用いることによって定義する.
定義
1.4 V
をK
上のベクトル空間とする. V
の二つのベクトルx, y
に対してK
の要素(x, y)
を対応させる演算
( , ) : V × V → K
が,
任意のx, y, z ∈ V , c ∈ K
に対し,
次の(i)
〜(iv)
を満たすとき, ( , )
をV
の内積とい う.
内積が定まっているベクトル空間を計量ベクトル空間という.
(i) (x + y, z) = (x, z) + (y, z), (x, y + z) = (x, y) + (x, z) (ii) (cx, y) = c(x, y), (x, cy) = ¯ c(x, y)
(iii) (x, y) = (y, x)
(iv) (x, x) ≧ 0
であり, (x, x) = 0
となるのはx = 0
のときに限る.
注意
1.5
条件(ii)
から(0, x) = (00, x) = 0(0, x) = 0, (x, 0) = (x, 00) = ¯ 0(x, 0) = 0(x, 0) = 0
である.
例1.6 x, y ∈ K
n の第j
成分をそれぞれx
j, y
j として, (x, y)
を(x, y) =
P
n j=1x
jy ¯
j で定めれば(x, y)
は定義1.4
の条件を全て満たすのでK
n の内積である.
これをK
n の標準的な内積といい, K = R
のとき,
この内積が与えら れた計量ベクトル空間R
n をn
次元ユークリッド空間という. R
2, R
3はユークリッド幾何学を展開する場である.
定義1.7 V
をK
上の計量ベクトル空間とし, ( , )
をV
の内積とする. V
のベクトルx
に対して, k x k = p
(x, x)
とおき, k x k
をx
の長さという.
長さが1
であるベクトルを単位ベクトルという.
c ∈ K, x ∈ V
に対し,
定義1.4
の(ii)
からk cx k = p
(cx, cx) = p
c¯ c(x, x) = √ c¯ c p
(x, x) = | c |k x k
が成り立 つ.
とくにk − x k = k ( − 1)x k = | − 1 |k x k = k x k
である.
複素数
z
に対してRe z
でz
の実部1
2 (z + ¯ z)
を表し, Im z
でz
の虚部1
2i (z − ¯ z)
を表す.
命題
1.8 V
をK
上の計量ベクトル空間とする. x, y ∈ V
に対しk x + y k
2= k x k
2+ 2Re(x, y)+ k y k
2が成り立つ.
証明 定義1.7
,定義1.4
の(i)
と(iii)
よりk x + y k
2= (x + y, x + y) = (x, x + y) + (y, x + y) = (x, x) + (x, y) + (y, x) + (y, y)
= k x k
2+ (x, y) + (x, y) + k y k
2= k x k
2+ 2Re(x, y) + k y k
2だから結果が得られる
. □
上の等式の
y
を− y
で置き換えるとk x − y k
2= k x k
2− 2(x, y) + k y k
2だから,
次の結果が得られる.
系1.9 V
をK
上の計量ベクトル空間, x, y
をV
のベクトルとすれば,
以下の等式が成り立つ.
(1) k x + y k
2+ k x − y k
2= 2 k x k
2+ k y k
2(2) K = R
ならば(x, y) = 1
4 k x + y k
2− k x − y k
2(3) K = C
ならばRe(x, y) = 1
4 k x + y k
2− k x − y k
2, Im(x, y) = 1
4 k x + iy k
2− k x − iy k
2注意
1.10 V
が座標平面R
2 または座標空間R
3 で,
原点O
を頂点の一つとする4 OAB
を考え, a, b
をそれぞ れ点A, B
の位置ベクトルとする.
ここで, x = 1
2 (a + b), y = x − b = 1
2 (a − b)
とおけば, x
は辺AB
の中点M
の位置ベクトルであり, a = x + y, b = x − y
だからk x + y k = k a k = OA, k x − y k = k b k = OB, k x k = OM, k y k = BM = AM
が成り立つ.
故に系1.9
の(1)
の等式は「中線定理」OA
2+ OB
2= 2 OM
2+ AM
2を意味する
.
定理1.11 V
をK
上の計量ベクトル空間とする. V
のベクトルa, b
に対して,
次の不等式が成り立つ.
シュワルツの不等式 :
| (a, b) | ≦ k a k k b k
三角不等式 :k a + b k ≦ k a k + k b k
証明a, b ∈ V
に対し, b 6 = 0
の場合,
命題1.8
の等式のx, y
にそれぞれa, − (a, b)
k b k
2b
を代入すれば,
右辺はk a k
2+
a, − (a, b) k b k
2b
+
a, − (a, b) k b k
2b
+
− (a, b) k b k
2b
2= k a k
2− (a, b)
k b k
2(a, b) − (a, b)
k b k
2(a, b) + − (a, b)
k b k
22
k b k
2= k a k
2− | (a, b) |
2k b k
2− | (a, b) |
2k b k
2+ | (a, b) |
2k b k
4k b k
2= k a k
2− | (a, b) |
2k b k
2= k a k
2k b k
2− | (a, b) |
2k b k
2となり
,
左辺は0
以上の実数だから, k a k
2k b k
2≧ | (a, b) |
2が成り立つ. b = 0
の場合,
注意1.5
からk b k
と(a, b)
は ともに0
になり,
この場合もk a k
2k b k
2≧ | (a, b) |
2が成り立つため,
両辺の正の平方根をとってk a kk b k ≧ | (a, b) |
を 得る.
また, Re(a, b) ≦ | (a, b) |
だから命題1.8
と上の結果によりk a + b k
2= k a k
2+ 2Re(a, b) + k b k
2≦ k a k
2+ 2 | (a, b) | + k b k
2≦ k a k
2+ 2 k a kk b k + k b k
2= ( k a k + k b k )
2 が得られる.
従ってk a + b k ≦ k a k + k b k
が成り立つ. □
V
がR
上の計量ベクトル空間の場合, (a, b)
は実数だから,
シュワルツの不等式は−k a kk b k ≦ (a, b) ≦ k a kk b k
と書き直せる. a, b
が零ベクトルではないV
のベクトルならば, k a k
とk b k
は正の実数だから,
上の不等式の各辺をk a kk b k
で割れば− 1 ≦ (a, b)
k a kk b k ≦ 1
が得られるため, (a, b)
k a kk b k = cos θ
を満たす0 ≦ θ ≦ π
が1
通りに定まる.
このθ
をx
とy
のなす角と定義する.
このようにx
とy
のなす角θ
を定義すれば,
高校でx
とy
の内積を定義する式 として学んだ(a, b) = k a kk b k cos θ (1.1)
は実は
, a
とb
のなす角の方を定義する式であると考えられる.
また,
命題1.8
の等式からk a − b k
2= k a k
2+ k b k
2− 2(a, b)
が得られるが
,
この等式に(1.1)
を代入すれば,
次の等式が得られる.
k a − b k
2= k a k
2+ k b k
2− 2 k a kk b k cos θ (1.2)
とくに, V
が座標平面R
2 または座標空間R
3 で,
原点O
を頂点の一つとする4 OAB
を考え, a, b
をそれぞれ点A, B
の位置ベクトルとすれば, k a k = OA, k b k = OB, k a − b k = AB, θ = ∠ AOB
だから, (1.2)
は次の余弦定理を 意味する.
AB
2= OA
2+ OB
2− 2OA OB cos ∠ AOB
定義1.12 V
をK
上の計量ベクトル空間とする.
(1) x, y ∈ V
が(x, y) = 0
を満たすときx
とy
は直交するという. (2) V
のベクトルx
とy
の距離d(x, y)
をd(x, y) = k x − y k
で定める. K = R
の場合, x, y 6 = 0
のときx
とy
が直交することとx
とy
のなす角がπ
2
であることは同値である.
定義1.13 V
をK
上のベクトル空間, a
をV
のベクトルとする. V
のベクトルx
をx + a
に対応させるV
からV
への写像を, a
方向の平行移動といい, T
a で表す.
定義
1.14 V , W
をK
上の計量ベクトル空間, f
をV
からW
への写像とする.
(1)
任意のx, y ∈ V
に対して(f (x), f (y)) = (x, y)
が成り立つとき, f
は内積を保つという. (2)
任意のx ∈ V
に対してk f (x) k = k x k
が成り立つとき, f
はベクトルの長さを保つという.
(3)
任意のx, y ∈ V
に対してd(f (x), f (y)) = d(x, y)
が成り立つとき, f
は距離を保つという.
とくにV = W
の場合, V
からV
への距離を保つ写像をV
の合同変換という.
(4)
任意の単位ベクトルx, y ∈ V
に対してf (x), f (y)
は零ベクトルではなく, (f (x), f (y))
k f (x) kk f (y) k = (x, y)
が成り立 つとき, f
は角度を保つという.
注意
1.15
定義1.14
から次のことがわかる.
(1)
ベクトルの長さは内積を用いて定義されているため,
内積を保つ写像はベクトルの長さと角度を保つ.
(2)
系1.9
の(2)
と(3)
から,
内積はベクトル空間の演算とベクトルの長さを用いて表されるため,
ベクトルの長さ を保つ1
次写像は内積を保つ.
(3)
ベクトルの間の距離は,
ベクトル空間の演算とベクトルの長さを用いて定義されているため,
ベクトルの長さを 保つ1
次写像は距離を保つ.
(4) x, y ∈ V
に対してT
a(x) − T
a(y) = x − y
だから,
平行移動は距離を保つ.
定理
1.16 V , W
をK
上の計量ベクトル空間とする. 1
次写像f : V → W
に関する次の3
つの条件は同値である. (i) f
は単射でx, y ∈ V
が(x, y) = 0
を満たすならば(f(x), f (y)) = 0
である.
(ii) f
は角度を保つ.
(iii)
正の実数r
でx ∈ V
をrf (x) ∈ W
に対応させる写像が内積を保つ写像になるものが存在する.
証明(i) ⇒ (ii) : x, y
をV
の単位ベクトルとする. (x, y) = 0
の場合は仮定から(f (x), f (y))
k f (x) kk f (y) k = 0 = (x, y)
で ある. (x, y) 6 = 0
とする. z = x − (x, y)y
とおくとk y k = 1
より(z, y) = 0
だから,
仮定から(f (z), f(y)) = 0
で ある.
一方f(z) = f (x) − (x, y)f (y)
だから次の等式が得られる.
(f (z), f (y)) = (f (x) − (x, y)f (y), f (y)) = (f (x), f(y)) − (x, y)(f (y), f(y)) = (f (x), f (y)) − (x, y) k f (y) k
2 故に(f (x), f(y)) = (x, y) k f (y) k
2 であり,
この等式のx
とy
を入れ替えれば(f(y), f (x)) = (y, x) k f (x) k
2 が得られる.
内積の定義1.4
の(iii)
から(f (y), f (x)) = (f (x), f (y)), (y, x) k f(x) k
2= (x, y) k f (x) k
2 だから(f (x), f(y)) = (x, y) k f (x) k
2 が成り立つ.
この両辺の共役を考えれば(f (x), f(y)) = (x, y) k f (x) k
2 が得られる ため,
上で得た式とあわせて(f (x), f (y)) = (x, y) k f (x) k
2= (x, y) k f (y) k
2 が成り立つ.
従って(x, y) 6 = 0
よりk f (x) k
2= k f (y) k
2 だからk f (x) k = k f (y) k
が得られるため(f (x), f(y))
k f (x) kk f (y) k = (f (x), f(y))
k f (x) k
2= (x, y)
である. (ii) ⇒ (iii) : (i)
が成り立つため, V
の単位ベクトルx, y
に対して(x, y) 6 = 0
の場合はk f (x) k = k f (y) k
が 上の証明から得られる. (x, y) = 0
の場合,
1
√ 2 (x + y), y
= 1
√ 2 (x + y, y) = 1
√ 2 ((x, y) + (y, y)) = 1
√ 2 6 = 0
であり1
√ 2 (x + y)
はV
の単位ベクトルだから上の証明からf
1
√ 2 (x + y)
= k f (y) k
が成り立つ.
仮定から(f (x), f(y)) = 0
で,
命題1.8
よりこの等式の左辺の2
乗は1
2 k f (x) + f (y) k
2= 1
2 k f (x) k
2+ 1
2 k f (y) k
2 に等しく なり,
これがk f (y) k
2 に等しいことから, (x, y) = 0
の場合もk f (x) k = k f (y) k
が成り立つ.
従ってx
が単位ベク トルならばk f (x) k
は一定の値をとり,
この値をc
とおくと仮定からc > 0
である.
ともに零でないV
のベクト ルx, y
に対して1
k x k x, 1
k y k y
は単位ベクトルだから, f
1 k x k x
= f
1 k y k y
= r
であり, f
は角度を保 つことからf
∥x1∥x
, f
∥1y∥y
c
2=
1 k x k x, 1
k y k y
が成り立つ
.
この両辺にk x kk y k
をかけてr = 1
c
とおけば(rf (x), rf (y)) = (x, y)
が得られ, x ∈ V
をrf (x) ∈ W
に対応させる写像は内積を保つことがわかる.
(iii) ⇒ (i) :
内積を保つ写像はベクトルの長さを保つため,
単射である.
従って仮定からf
も単射である.
(x, y) = 0
を満たすx, y ∈ V
に対し,
仮定から| r |
2(f (x), f(y)) = (rf (x), rf (y)) = (x, y) = 0
であり, r 6 = 0
だから
(f (x), f (y)) = 0
である. □
定理
1.17
内積を保つ写像は1
次写像である.
証明
f : V → W
が内積を保つ写像ならば,
任意のx, y ∈ V
とc ∈ K
に対して,
命題1.8
と仮定からk f (x + y) − f (x) − f (y) k
2= k f(x + y) k
2+ (f (x + y), − f (x) − f (y)) + (f (x + y), − f (x) − f(y))
+ k − f (x) − f(y) k
2= k f(x + y) k
2− (f (x + y), f(x)) − (f (x + y), f(y)) − (f (x + y), f (x))
− (f (x + y), f (y)) + k f (x) k
2+ (f (x), f (y)) + (f (x), f (y)) + k f (y) k
2= k x + y k
2− (x + y, x) − (x + y, y) − (x + y, x) − (x + y, y) + k x k
2+ (x, y) + (x, y) + k y k
2= k x + y k
2− (x + y, x + y) − (x + y, x + y) + k x + y k
2= 0 k f (cx) − cf(x) k
2= k f(cx) k
2− (f (cx), cf (x)) − (f (cx), cf (x)) + k cf(x) k
2= k f(cx) k
2− ¯ c(f (cx), f (x)) − c(f (cx), f (x)) + | c |
2k f (x) k
2= k cx k
2− c(cx, ¯ x) − c(cx, x) + | c |
2k x k
2= | c |
2k x k
2− (x, x) − (x, x) + k x k
2= 0
が得られるため
f (x + y) − f (x) − f (y) = f (cx) − cf (x) = 0
である.
故にf
は1
次写像である. □
定理1.18 V , W
をK
上の計量ベクトル空間とする.
距離を保つ写像f : V → W
に対しf ˜
をf
と− f (0)
方向 の平行移動との合成写像T
−f(0)◦ f
とすれば,
任意のx, y ∈ V
に対してRe( ˜ f (x), f ˜ (y)) = Re(x, y)
が成り立つ.
証明 任意のx, y ∈ V
に対してk f ˜ (x) − f ˜ (y) k = k f (x) − f (y) k = k x − y k
であり, ˜ f (0) = 0
が成り立つため,
等 式k f ˜ (x) − f ˜ (y) k = k x − y k
においてy = 0
の場合を考えれば,
任意のx ∈ V
に対してk f ˜ (x) k = k x k
が成り立 つ.
命題1.8
からk f ˜ (x) − f ˜ (y) k
2= k x − y k
2 の左辺はk f ˜ (x) k
2− 2Re( ˜ f (x), f ˜ (y)) + k f ˜ (y) k
2 に等しく,
右辺はk x k
2− 2Re(x, y) + k y k
2 に等しいためRe( ˜ f (x), f(y)) = Re(x, ˜ y)
が得られる. □
注意1.19 (1) K = R
ならば定理1.18
のf ˜
は内積を保ちf = T
f(0)◦ f ˜
だからf
は内積を保つ写像とf (0)
方向 の平行移動の合成写像である.
(2)
例1.6
で定義した内積をC
2 に与える. z
w
を
z ¯
¯ w
に対応させる
C
2 からC
2 への写像をf
とするとき, f
は距離とベクトルの長さを保つが, x ∈ C
2 に対してf (ix) = − if (x)
が成り立つためf
はC
2 の1
次変換ではない 問題以下の各問題の数ベクトル空間
R
2, R
3 には例1.6
で定めた標準的な内積が与えられているものとする.
(A) R
2において4 ABC
の頂点B
を通りAC
に垂直な直線と直線AC
の交点をP,
頂点C
を通りAB
に垂直な 直線と直線AB
の交点をQ
とし, BP
とCQ
との交点をH
とする. −→
AB
と−→
AC
およびこれらの内積を用いて−→ AH
を表し, −→
AH
と−→
BC
は直交することを示せ.
(B) A, B, C, D
を同一平面上にないR
3 の点とする. B, C, D
を通る平面をG
としてA, C, D
を通る平面をH
とするとき,
次の3
つの条件は同値であることを示せ.
(i) −→
AB, −→
CD
= 0
(ii) AC
2+ BD
2= AD
2+ BC
2(iii) A
を通りG
に垂直な直線とB
を通りH
に垂直な直線が交わる.
(C) A, B, C, D
を同一平面上にないR
3 の点とする.
四面体ABCD
の内部の点P
で∠ PAB = ∠ PAC = ∠ PAD
かつ∠ PBA = ∠ PBC = ∠ PBD
を満たすものが存在するためにはAC + BD = AD + BC
が成り立つことが必 要十分であることを示せ.
2
距離と極限と位相高校では
,
「関数の極限」や「数列の収束」を定義する際に「限りなく近づく」という直観に訴える表現を用いてい たが,
これは数学的に厳密な定義ではない.
本節では,
集合が与えられたとき, 2
つの要素に対してその間の距離を対 応させる「距離関数」と呼ばれる関数を導入することによって,
極限や収束の概念が定義されることを示す.
定義
2.1 X
を集合とする.
関数d : X × X → R
が次の条件(i), (ii), (iii)
を満たすとき, d
をX
の距離関数とい う.
距離関数d
が定義された集合X
を距離空間と呼んで, (X, d)
で表す.
(i)
任意のx, y ∈ X
に対してd(x, y) ≧ 0
であり, d(x, y) = 0
はx = y
と同値である. (ii)
任意のx, y ∈ X
に対してd(x, y) = d(y, x)
が成り立つ.
(iii)
任意のx, y, z ∈ X
に対してd(x, z) ≦ d(x, y) + d(y, z) (
三角不等式)
が成り立つ.
まず
K
上のベクトル空間V
の距離関数について考える. z
をV
の一定のベクトル, c
をK
の要素とするとき, V
にはx ∈ V
をx + z
に対応させる平行移動と, cx
に対応させる相似拡大というV
の2
種類の変換がある.
そこ で,
関数d : V × V → R
に関する次の条件を考える.
条件
2.2 V
をK
上のベクトル空間, d
をV × V
で定義された実数値関数とする. (Di)
任意のx, y, z ∈ V
に対してd(x + z, y + z) = d(x, y).
(Dii)
任意のx, y ∈ V
とc ∈ K
に対してd(cx, cy) = | c | d(x, y).
d
がV
の距離関数の場合, (Di)
は平行移動によって距離が保たれることを意味し, (Dii)
はc
倍する相似拡大で距 離はc
の絶対値倍されることを意味する. (Di)
を満たす距離関数d
が与えられたV
の2
点x, y
の距離d(x, y)
は 平行移動により, x − y
と原点との距離d(x − y, 0)
に等しいので, d
はx ∈ V
をd(x, 0)
に対応させるV
で定義さ れた実数値関数を定めれば一通りに定まる.
そこでV
で定義された実数値関数について次の条件を考える.
条件
2.3 ρ
をK
上のベクトル空間V
で定義された実数値関数とする.
(Ni)
すべてのx ∈ V
に対してρ(x) ≧ 0
であり, ρ(x) = 0
となるのはx = 0
の場合に限る. (Nii) c ∈ K, x ∈ V
に対し, ρ(cx) = | c | ρ(x)
が成り立つ.
(Niii) x, y ∈ V
に対し, ρ(x + y) ≦ ρ(x) + ρ(y)
が成り立つ.
命題
2.4 V
をK
上のベクトル空間とし, d : V × V → R
に対してρ
d: V → R
をρ
d(x) = d(x, 0)
で定める. (1) d
が定義2.1
の(i)
を満たせばρ
d は条件2.3
の(Ni)
を満たす. d
が条件2.2
の(Di)
を満たし, ρ
d が条件2.3
の(Ni)
を満たせば, d
は定義2.1
の(i)
を満たす.
(2) d
が条件2.2
の(Dii)
を満たせばρ
d は条件2.3
の(Nii)
を満たす. d
が条件2.2
の(Di)
を満たし, ρ
d が条件2.3
の(Nii)
を満たせば, d
は定義2.1
の(ii)
と条件2.2
の(Dii)
を満たす.
(3) d
が定義2.1
の(iii)
と条件2.2
の(Di)
を満たせばρ
d は条件2.3
の(Niii)
を満たす. d
が条件2.2
の(Di)
を 満たし, ρ
d が条件2.3
の(Niii)
を満たせばd
は定義2.1
の(iii)
を満たす.
証明
d
が(Di)
を満たせば, x, y ∈ V
に対してd(x, y) = d(x + ( − y), y + ( − y)) = d(x − y, 0) = ρ
d(x − y)
である. (1)
前半の主張は明らかである. d
が(Di)
を満たしρ
d が(Ni)
を満たせば,
任意のx, y ∈ V
に対してd(x, y) = ρ
d(x − y) ≧ 0
であり, ρ
d(x − y) = 0
はx = y
と同値だからd
は定義2.1
の(i)
を満たす.
(2) d
が(Dii)
を満たせば,
任意のc ∈ K, x ∈ V
に対しρ
d(cx) = d(cx, 0) = d(cx, c0) = | c | d(x, 0) = | c | ρ
d(x)
だからρ
d は(Nii)
を満たす. d
が(Di)
を満たし, ρ
d が(Nii)
を満たせば,
任意のx, y ∈ V
とc ∈ K
に対してd(y, x) = ρ
d(y − x) = ρ
d(( − 1)(x − y)) = | − 1 | ρ
d(x − y) = ρ
d(x − y) = d(x, y), d(cx, cy) = ρ
d(cx − cy) = ρ
d(c(x − y)) = | c | ρ
d(x − y) = | c | d(x, y)
だからd
は定義2.1
の(ii)
と(Dii)
を満たす.
(3) d
が定義2.1
の(iii)
と(Di)
を満たせばx, y ∈ V
に対しρ
d(x+y) = d(x+y, 0) = d(x+y+( − y), 0+( − y)) = d(x, − y) ≦ d(x, 0) + d(0, − y) = d(x, 0) + d(0 + y, − y + y) = d(x, 0) + d(y, 0) = ρ
d(x) + ρ
d(y)
だからρ
d は(Niii)
を満たす. d
が(Di)
を満たし, ρ
d が(Niii)
を満たせばx, y, z ∈ V
に対しd(x, z) = ρ
d(x − z) = ρ
d((x − y) + (y − z)) ≦ ρ
d(x − y) + ρ
d(y − z) = d(x, y) + d(y, z)
だからd
は定義2.1
の(iii)
を満たす. □
命題2.5 V
をK
上のベクトル空間とし, ρ : V → R
に対してd
ρ: V × V → R
をd
ρ(x, y) = ρ(x − y)
で定める.
(1) ρ
が条件2.3
の(Ni)
を満たすこととd
ρ が定義2.1
の(i)
を満たすことは同値である.
(2) ρ
が条件2.3
の(Nii)
を満たすこととd
ρ が条件2.2
の(Dii)
を満たすことは同値であり,
このときd
ρ は定義2.1
の(ii)
を満たす.
(3) ρ
が条件2.3
の(Niii)
を満たすこととd
ρ が条件2.2
の(Diii)
を満たすことは同値である.
証明
x, y, z ∈ V
に対しd
ρ(x +z, y + z) = ρ((x+z) − (y +z)) = ρ(x − y) = d
ρ(x, y)
だからd
ρ は(Di)
を満たす. d
ρ から命題2.4
のようにρ
dρ: V → R
を定めれば,
任意のx ∈ V
に対してρ
dρ(x) = d
ρ(x, 0) = ρ(x − 0) = ρ(x)
だからρ
dρ= ρ
であることに注意する.
(1)
上の注意と命題2.4
の(1)
から主張が成り立つ.
(2)
最初の注意と命題2.4
の(2)
からρ
が(Nii)
を満たせばd
ρ は定義2.1
の(ii)
と(Dii)
を満たし, d
ρが(Dii)
を 満たせばρ
は(Nii)
を満たす.
(3)
最初の注意と命題2.4
の(3)
から主張が成り立つ. □
関数d : V × V → R
に対してd
ρd(x, y) = ρ
d(x − y) = d(x − y, 0)
が任意のx, y ∈ V
対して成り立つため, d
が条件2.2
の(Di)
を満たせばd
ρd= d
である.
この事実と命題2.4,
命題2.5
から次の結果が得られる.
系