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国語科 と総合学習

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国語科 と総合学習

上越教育大学 松本 修 は じめに

「 総合的な学習の時間 」 が新 しい学習指導要領 に位置づ け られ 、その導入 が小 ・中 ・高すべ ての学校段階 で行われ ることになった。そのため、 「 総合的 な学習の時間」 を どのよ うに位置 づ け、学校 内のカ リキュラムを作 ってい くかが、緊急の課題 としてそれぞれ の学校 に課 されて いる.すでに多 くの先進的な取 り組みが行 われ 、その成果 を含めて提言が相次いでいるが、一 方で学力低下を心配す る声 も大 きく、この試みのゆくえは必ず しも明確 になっているとはいえ ない。特に、中学校 ・高等学校 においては、教科担任制が前提 であるため、小学校 のよ うな学 級単位 のカ リキュラムは構築できない。総合的な学習の時間をどう位置づけ、各教科のカ リキ ュラム との整合性 を保 ちなが ら、いかに して学校 の特色 あるカ リキュラムを構築す るかが問わ れ ている。 ここに学校五 日制に伴 う授業時間数の削減 とい う事情 も加 わ り、全 く新 しいカ リキ ュラムの構築が求め られ ているのである。

こ うした状況の もとでは、逆説的なが ら、各教科が どの よ うに 「 総合的な学習の時間

との 関わ りを とってい くかが一番の問題 になるO教科の発想 を超 えて 「 総合的な学習の時間 」 を考 えることは もちろん大切 であろ うが、教師集 団が現実には各教科の教師の集 ま りであること、

あるいは教師の教育活動の大半は教科の学習指導 を拠点 に行 われ ることを考 えると、 教科 と「 総 合的な学習の時間」 との関わ りを どう捉 えるかが、カ リキュラム構成 の出発点 となるのが裏側 か ら見た場合 のカ リキュラム構築の実態 であろ う。 また、教科のカ リキュラムの 「 ス リム化」

が求 め られ る際に、「 総合的な学習の時 間 」 との関係 を有機的にす ることが どうして も求 め ら れ る。総合的 な学習 の時間 と各教科 との関わ り方が問われ るゆえんである。

「 総合的な学習の時間」 と 「総合学習」

まず確認 しておかなければな らないのは、 「 総合的な学習の時間 」 に行 われ る授業 と、「 総合 的な学習 」 「 総合学習 」 の授業 とは異 なる とい うことである。 とりわけ、「 総合学習 」 が 「 総合 的 な学習内容 を備 えた学習 」 として把握 され る場合 はそ うであ る。 「 総合的な学習の時間 」 に ついて、教育課程審議会の答 申 ( 1 998. 7)では、次のよ うに述べ られ ていた。

ア 「 総合的な学習の時間

の創設 の趣 旨

「 総合的な学習の時間 」 を創設す る趣 旨は、各学校 が地域や学校の実態等に応 じて創 意工

夫 を生か して特色 ある教育活動 を展開できるよ うな時間を確保す ることである。 また、 自ら

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学び 自ら考 える力な どの [ 生きる力]は全人的な力であることを踏 まえ、国際化や情報化 を は じめ社会の変化に主体的に対応できる資質や能力 を育成するために教科等の枠 を超 えた横 断的 ・総合的な学習をより円滑に実施す るための時間を確保す ることである。

我々は、この時間が、自ら学び 自ら考える力などの [ 生きる力] をはぐくむ ことを目指す 今回の教育課程の基準の改善の趣 旨を実現す る極めて重要な役割 を担 うもの と考えている。

イ 「 総合的な学習の時間

のね らいや学習活動等について

( ア)「 総合的な学習の時間

のね らいは、各学校の創意工夫 を生か した横断的 ・総合的 な学習や児童生徒の興味 ・関心等に基づ く学習な どを通 じて、 自ら課題 を見つ け、 自ら 学び、 自ら考 え、主体的に判断 し、よ りよく問題 を解決す る資質や能力 を育てることで ある。 また、情報の集め方、調べ方、ま とめ方、報告や発表 ・討論の仕方な どの学び方 や ものの考え方 を身 に付けるこ と、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取 り組む 態度 を育成すること、 自己の生 き方についての 自覚を深めることも大きなね らいの一つ としてあげ られ よ う。 これ らを通 じて、各教科等それぞれで身に付 けられた知識や技能 な どが相互に関連付 けられ 、深 め られ児童生徒の中で総合的に働 くようになるもの と考 える。

( イ) 「 総合的な学習の時間」の教育課程上の位置付けは、各学校において創意工夫 を生 か した学習活動であること、 この時間の学習活動が各教科等にまたがるものであるこ と等か ら考えて、国が 目標 、内容等を示す各教科等 と同様なもの として位置付 けること は適 当ではない と考 える。 ( 略)

( ウ) 「 総合的な学習の時間」の学習活動は、 ( ア)に示すね らいを踏 まえ、地域や学校 の実態に応 じ、各学校が創意工夫 を十分発揮 して展開するものであ り、具体的な学習活 動 としては、例 えば国際理解、情報、環境、福祉 ・健康な どの横断的 ・総合的な課題、

児童生徒 の興味 ・関心に基づ く課題 、地域や学校 の特色に応 じた課題な どについて、適 宜学習課題や活動を設定 して展開す るよ うにす ることが考 えられ る。その際、体験的な 学習、問題解決的な学習が積極的に展開され ることが望まれ る。 ( 略)

中央教育審議会の第一次答 申 ( 1 9 96 . 7)にある 「 生きる力

を身 に付 けさせ るための様々な

方策の集約的な実現の場 として 「 総合的な学習の時間

があることがわかる。 しか し、それは

また同時に、従来の教科の枠に入 らない 「 国際理解 」 「 情報 」 「 環境」といった領域の学習を行

うこ■ とができる実体的な授業の時間そのものを確保す るための ものであることも見て とれ よ

う。要す るに、教科の教師が存在 しない教育内容 を何 らかの形で学習 させ るには、そのための

授業の駒が必要だった とい う事情がある。 ( ア)のね らいにも述べ られている通 り、「 横断的 ・

総合的な学習 」 はその一例にす ぎない。 (ウ)の学習活動における課題の例示においても、「 横

断的 ・総合的な課

穎 」

はその一例にす ぎない。 しかも、「 国際理解、情報、環境、福祉 ・健康

な ど

とい う課題の一つ一つ もまた例示にす ぎないのである。つま り、ある学校では、た とえ

ば 「 情報

だけを課題 として、「 主体的、創造的に取 り組む態度 を育成」しつつ 「 体験的な学

習、問題解決的な学習

を展開すれば、それは 「 総合的な学習の時間」の学習 として適切なも

の となる し、「 児童生徒の興味 ・関心に基づ く課題」ない し 「 地域や学校の特色に応 じた課題」

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について同様の学習を展開 しても、それは 「 総合的な学習の時間 」 の学習 として適切なものな のである。

「 学びの総合化」とい うよ うなことも言われているが、そ もそ も学習者の視点か ら見た場合、

各教科の学習内容がそれぞれ まった く没交渉に存在す るわけではな く、学習者個々の内部でそ れ らは総合化 されていたはず である。 このことは、 ( ア)のね らいのなかにも 「これ らを通 じ て、各教科等それぞれで身に付 けられた知識や技能な どが相互に関連付けられ、深められ児童 生徒の中で総合的に働 くよ うになるもの と考 える 。」 と示 されている通 りである。学習者の知 請 .技能が総合的に働 くような学習活動の場 を設 ければいいのであって、一つ一つの学習のユ ニ ッ トが総合的な内容や総合的な活動を持つ必要はまった くない。

つま り、「 総合的な学習の時間」における学習活動は、それが体験的な学習活動である限 り、

個々の学習者の学習活動の多様 さによって必然的に 「 総合的 」 なものになるはずであ り、あら か じめ教師の側が 「 総合的な学習内容

を用意 しなくてはな らない とい うものではないのであ る。 また、クロスカ リキュラムの発想 と、「 総合的な学習の時間 」 の発想 には違いがある。総 合的な学習の時間にかかわってクロスカ リキュラムがクローズア ップ されたのは、現実にいく つかの教科の教師がチームを組む とい うところか ら出たものであろ う。 しか し、「 環境

なら 社会科 ・理科 ・家庭科が内容 を持 ち寄って学習内容 を構成す る とい うよ うなものでは、「 総合 的な学習の時間 」 創設の趣 旨とはかえって背馳す ることになろ う。

ただ しここのことばをもっぱ ら学習者の側 か ら見た場合 、「自然体験やボランテ ィアな どの 社会体験、観察 ・実験、見学や調査、発表や討論、ものづ くりや生産活動な ど

の活動の積み 重ねはまさに 「 総合学習 」 と しての内実を備 えてい くものではある。 「 総合学習 」 が教師か ら 見た教育内容や指導体制の

か らではな く、学習者の側か ら把握 され ることが必要である。教 師の側か らこの ことばを見る場合 にはせいぜ い 「 学習形態が多様 で総合的 」 「 追求課題が多様 で総合的」 とい う程度の意味で捉 えることが望 ま しいこ

要す るに 「 総合的な学習の時間」‑の対応は、学校の判断に対 して相 当の幅 をもった 自由度 が認め られているのである。 しか し、実際上総合的な学習内容をある程度備 えた典型的な 「 総 合学習」単元が形成 されてい くことも一方で必然であろ うO単元開発 にかかる労力 を考えると、

モデルが必要であることも理解できるO また、学習者の学習活動の側面か ら見た総合性 をとら えて 「 総合学習」 と呼ぶ ことには何 ら問題 はない。 ここで心配 しているのは、教育内容の総合 性 をあ らか じめ前提 して しま うと、社会科 ・理科 ・家庭科のよ うな教科の内容のみがクローズ ア ップ されて しまい、国語科 ・体育科のよ うにもともと活動 中心的な性格を持つ教科 とのかか わ りが見逃 される可能性があるとい うことである。活動中心の学習においては、む しろ技能 と 活動をともに追求す る性格 をもった、国語科の よ うな教科の教育内容 との関連 を考 えてい くこ との方が重要なのである。 この ことは ( ア)のね らいに 「 情報の集 め方、調べ方、まとめ方、

報告や発表 ・討論の仕方などの学び方や ものの考 え方 を身に付けること、問題の解決や探究活

動に主体的、創造的に取 り組む態度 を育成す ること、 自己の生き方についての 自覚を深めるこ

とも大きなね らいの一つ としてあげ られ よ う

と言及 されていることに端的に示 されているO

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国語科 と総合学習

国語科には戦後 を通 じて 「 単元学習

の流れがあ り、その単元学習の実態は、まさに多様な テーマにかん して、「自ら課題 を見つけ、 自ら学び、 自ら考え、主体的に判断 し、よりよく問 題 を解決す る

学習活動、「 情報の集め方、調べ方、ま とめ方、報告や発表 ・討論の仕方 な ど の学び方や ものの考 え方を身 に付 ける

学習活動 を行 うとい うものであった。だか ら、「日本 の総合学習は、中教審の答申か ら始 まったのではない 。 」● 1とい う言い回 しが可能になる。

神戸大学附属校 では、浜本純逸民の指導の もと、「 大村はま国語教室

の拠点校 とい うよ う な位置付 けで国語科新単元学習の実践研究を行い、公表 している● Z o国語科教育においては、

大村はま氏の実践が単元学習の典型 とされてお り、その現代化 を図った とも言える側面を神戸 大附属の研究は持 っている。それは、総合単元ではあるが、テーマが言葉の問題 を中心 とした ものであるとい うことで、国語科総合単元、言語総合単元 とでも呼ぶべきもの となっている。

国語科の実践の蓄積 には、「 総合的な学習の時間 」 に行われ る一つの単元形態 としての 「 総合 学習

においても学ぶべき点が多 くある。そ してまた、現実的な要請か ら、国語科 と総合学習 との関係 を考 えていかなければな らない。 この現実的な要請については、次のよ うに指摘 した ことがある。

「 総合的な学習の時間 」 に行われる学習においては、 目標 と内容が学習指導要領に示 され ていない。そこで行われる学習は、それぞれの学校 の学習集団の特性によって決定されて く る。それが教科の学習ではない ところに意義があるとい うことを認めつつ も、学校五 日制に よって教科の学習時間が大幅に減少すること、すでに、基礎学力の低下が問題化 しているこ とな どを考 える とき、少なくとも、教科の学習 と 「 総合的な学習の時間 」 における学習 との 関連を積極的に意識すべきであ り、その際に、それぞれの学習内容のバランスシー トの作成 が必要になるもの と考 える。

バランスシー トとは、資産や負債などを借 り方 ・貸 し方 として対照 させて把握できる貸借 対照表の ことである.教科における学習内容は一応学習指導要領に示 されている。文部省 は

「 学習指導要領は ミニマムエ ッセ ンシャルズである 」 とい う見解 を公式のもの とする方向に あるので、学級 ・学年の実態に応 じてさらに豊かな学習内容を個別に用意す ることが求め ら れる。国語科の指導要領は原則 2 学年ずつにま とめ られたが、学年別の内容を改めて考 える ことも実際上求め られ る。 また、総合的な学習の時間における学習では、単元が構想 された 段階で、あるいは試行的な学習を踏まえなが ら、そ こで身に付 く学力 とは何か とい うことを 考えなければな らない。経験そのものが重要だ といっても、何 も身に付かない学習 とい うも のはあ りえない。

この二つの内容 を見比べ、相互のバランスシー トに発展 させればよい。例えば、国語科の

作文の題材が総合の側にあれば、その指導内容そのものを総合の方に移 していくとい う形で

ある。バ ランスシー トの作成にあたっては、従来の教育課程のよ うに単線的な順序性にこだ

わ らず、 イ参照すべ き系統性 」 のみを意識 して、チェ ック リス トのよ うな形式 も併用すべ き

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であろ う。計画的に運用できない部分 も必ずあるか らだ。り

総合学習の内容が、 教師の側か ら用意 され るべ き性質のものではないことをすでに述べたが、

現実には生徒任せ に したままで充実 した学習が生まれ るものではない。具体的には、国語科の 教師 として組織可能 な学習テーマがあ り、あるいは指導可能な学習活動がある。そ うした学習 テーマの具体例がた とえば、「 上越の方言 」 であ り、「 上越の民話

である。 またそ うした学習 活動の具体例が 「 新聞作 り

であ り 「 インタ ビュー」である。具体的には国語科の教師はこ う

したテーマ、活動のもとでの学習活動にかかわってい くことになる。 これは、総合的な学習内 容をあ らか じめ用意す ることとは異なる。テーマ も活動 も限定的なものである。

そ して、実際に国語科の教師が学習活動にかかわろ うとすれば、国語に関わる指導内容が明 確でなければかかわ りよ うがない。上越の方言について 自らがある程度の知識 を持 ち、「 誰に 何 をたずねればよいか 」 「どの本に どのよ うな情報があるか」を知 っていなければな らない し、

「 インタビューをす る際にどのよ うな言語技能が必要であるか」、「どのようにすればそれば身 に付 くか

を知っていなければな らない。それは総合学習における学習者の学びの全体 を支配 す るものではないが、教師がかかわる場合 には持 っていなければな らない前提 である。 また、

学習者が困難に直面 しているとき、指導 をため らっていては充実 した学習は展開 されない し、

高度で総合的な言語運用能力が求め られ る総合学習の学習活動が行われ る前に、基礎的な言語 的体験や学習能力がたがや されていなくては、知識 も道具 もなくて狩 りに出るよ うなものであ る。

このよ うな国語科 と総合学習 との連携 を考える上で、重要な示唆 を与えて くれ る国語科単元 学習‑の批判は、主 として学力低下や系統化不能 とい うよ うな欠点に対 して行われたが、浜本 氏は、新単元学習の課題 として次の 4点をあげ、そ うした批判に応 えている。

・学習者の内面か ら生まれた問題意識 を、学習の主題や作業に組織する方法の究明

・基礎学力 と基本的諸能力を解明す る

・学習指導計画の立て方

・総合単元学習におけるいっそ う確かな評価方法の究明

4

浜本氏の言 う課題 は、「 新たな学力観 をも取 り込んだ学力 ・諸能力の解明 と評価法の確立 」 「 学 習者側の問題意識に立つ学習の系統化の手法の確立

の 2 点に集約できよう。そ して、この 2 点は、これか らの 「 総合的な学習の時間 」 における総合学習 と、国語科の時間にお ける国語科 の学習 とのかかわ りを考える上でも重要なポイン トとなる。

一つには、総合学習で必要 とされ る実践的な言語能力 とい うものがあ り、それは細分化 され

てはいないものの、評価可能な知識 ・技能 にかかわる能力 として認定できるものであるとい う

ことがある。 「 新聞作 り 」 「 インタビュー」に しても、「 す ぐれた新聞であるか 」 「 上手なインタ

ビューであるか

とい う総合評価が可能である。総合学習の中では、総合的な発表や報告 を経

て、上のよ うな評価がなされ る。そ してそれは、国語学力そのもの とはいえないか もしれない

が、一方、「 見出 しの付 け方がよい」 とか 「 インタビューの時の追加質問が効果的だ

とかい

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う形で評価できる細分化 された言語技能に戻 していくこともできるわけである。 これは従来の 国語学力 よ りはゆるやかなものであるが、国語学力 として認め、国語科の中で評価することが 可能である。本研究で示す ように、国語科の授業の中で、国語の学力 としての 「 新聞作 り 」 「 イ ンタビュー

のための力を身に付 け、それ を総合学習につなげて、そ こでもっ と実際的な場面 を作ることによって実際に生きて働 く学力‑ と高めていくとい う‑つの形が見えてくる.

また一つには、国語科の単元は どうしても教材単元であ り、またそ うである方が 自然である とい う側面が強いが、総合学習のような場があれば、主題単元のような不 自然な形ではなく、

学習者 に とって必然性 のある単元が構成 され る可能性 が高い とい うことが言 えよう。「 イ ンタ ビューを しよ う 」では必然性 のある単元は構成できないが、「 環境を考 える

とい う単元での インタビュー活動には必然性があ り、学習意欲 も高まるとい うことである。国語科の枠内だけ で単元学習の系統性 な どとい うことを考 えるよ りも、学校カ リキュラム全体の中での系統性 を まず考 え、その上で国語学力の系統をあてはめなが ら考 える。そ してそ こに国語科の学習を関 連づけるとい う手順で考えればよい とい うことになろ う。

「 練習単元」 と上越教育大学でのプロジェク ト研究

国語科 と総合学習をつなぐジ ョイン トになる部分を形成す るもの として、上越教育大学の研 究では、「 練習単元

を提案 した̀ 5 。 ここで国語科はその教科カ リキュラムにおける教育内容を 確保す るとともに、その学習活動の展開 ・学習内容の応用の場を総合学習に求めることで、教 科カ リキュラムにおける時数上の負担を軽 くすることもできる。

戦後 まもなくの頃の教科書において、話 し合いやインタビューのような言語技能にかかわる 教材が扱われていたが、その後そ うした教材は姿を消 し、現在の教科書においては、ようや く 類似 した教材が復活 しつつあるとい う状況である。教科書に頼る単元構成では、上のような 目 的に適 う単元は構成できない。現状では、総合学習にかかわる国語学力を身に付 けさせ るため の単元 もまた、それ 自体新たな単元 として構想せ ざるを得ないO

神戸大学附属校 における国語科新単元学習においては、学習の系統性や、培 う言語技能 ・能 力については、一覧表形式でのま とめが提示 され るな ど、十分配慮がなされている。 しか し、

実際の活動に入 る段階では、「 学習の手引き

の ような形での一種のマニュアルに頼 らざるを 得なかったことが うかがわれ る

b

国語科の学習 としては、「 インタビューの しかた」 とい うマ ニュアルに頼 るのではなく、本来なら、「 上手なインタ ビュー とはいかなるものか

につい て 調べた り考 えた りする学習過程がもたれ るのが望ましい。つま り、総合学習の単元で使 うイン タビューの技能は、それ 自体 「 インタビュー

そのものを主題 とす る小 さな単元の中で身に付 けられなければならないものだ とい うことになろ う。従来の総合学習では、マニュアルに頼 ら ない場合 は、この学習過程が、大きな単元の中に埋め込まれて しまってお り、学習者の実感 と しても、授業者の意識 としても、明確な知識 ・技能にかかわる目標 を欠いた形で学習が行われ ていた。結果 として、プ レゼ ンテーシ ョン能力だけが 目立つ、つま り、中身はないが派手な学 習発表が行われがちであった。本研究における 「 国語科練習単元」は、まさにそのような問題

i Z

(7)

を克服 した国語科の学習 を行 う 「ミニ単元 」 を追究 した ものである。

しか し、この単元を小 さなサイズにす ることは実際には非常に難 しい。本書に示 され る実践 においても、活動の必然性、学習者の学習の必然性 を考慮す るとある程度の時間数は必要 であ ることがわかる。 また、総合学習 に生かす ことが予想 されている学習内容で も、その総合学習 の単元 と全 く切 り離 した形での単元に して しまえば、学習の必然性 の問題 は も う一度戻って く る とい うことがある。 とはいえ、可能な限 り切 り詰めたサイズでなけれ ば、練習単元 としての 意味をな さない。練習単元の開発 は、従 って、指導 目標 をさらに絞 り込みなが らの作業 となる。

ここに提示す る試み も含 めて、多 くの試みがな され ることで、こ うした練習単元の姿が明瞭に なって くるもの と考 えるO

上越教育大学では、平成 9‑ 10年度の 2カ年 にわた り、上越教育大学学校教育研究セ ンタ ー ( 実地教育分野)の事業 として、客員研究員 として迎 えた都留文科大学教授 ・鶴 田清司先生 を中心に、 8 名の大学教官 ・小学校教諭 ・中学校教諭 によって 「 国語科の指導内容に関す る研 究 」 とい うプ ロジェク ト研究を行 った。鶴 田先生が、文学教材の教材研究お よび授業論にその 業績の中心 をもち、また、いわゆる 「 言語技術教育 」 の有力な推進者の一人で もあること、一 方、上越にお ける義務教育諸学校 にお ける長年にわた る総合学習の伝統 を勘案 し、「 総合学習 にいきる国語科練習単元の開発

を具体的な 目標 にお くことになった。 プロジェク ト研究員 と なった上越教育大学附属小学校 ・阿部勉先生、東頚城郡安塚町立安塚小学校 ・井上光康先生、

上越教育大学附属 中学校 ・石野秋広先生はいずれ も総合学習にかかわる実践研究にたず さわっ てきた経験 がある◆ 6 0 た とえば、上越教育大学附属 中学校 では、平成七年か ら 4 か年 にわたる 継続 的な研究主題 として、 「21 世紀の教育課程 の開発 」 を掲 げ、研究に取 り組 んできた。 こ の教育課程 は、グローバルセ ミナー、桜城セ ミナーな どの総合学習 を中核 とす るものであ り、

教科 と総合 とのかかわ りをまさに追求 した もの となっている。

このプ ロジェク ト研究では、大手町小、安塚小、上越教育大学附属 中学校 でそれぞれ試み ら れ ていた 「 総合学習 にかかわ る国語の単元

の発表をまず行 い、ついでよ り目的の明確 な練習 単元を開発す るために、神戸大学 グループの先行研究■ 7をテキス トとして、勉強会 をもった。

こ うして、総合学習 、言語総合単元 といったものについての基礎的な理解 を共有化 し、典型的 な練習単元の素材 を検討 したO また、教科書にお ける総合学習に使 える技能 を育てる教材 ・単 元をさが し、その検討 を行った。 こ うした過程 を経て、松本が単元の基礎的なプランを提示 し た。小学校 では新聞作 り、中学校 ではインタ ビュー とい う素材である。 この松本 の提示 したプ ランを検討 し、当初 2単位時間ない し3単位時間程度の ミニ単元 を考 えていたが、活動の必然 性 、学習者の学習の必然性 を考慮す るとある程度の時間数は必要であることがわかった。また、

新聞作 りの全体、インタビューにかかわ る様 々な言語能力 を一度 にすべて指導す ることの難 し さも見 えてきた。 この検討 を踏 まえて、附属小の阿部先生の新聞作 りの単元、附属 中の石野先 生のインタ ビューの単元の案がそれぞれ によって提示 され、公開で実践に移 されたO

今後の課題

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今後 の課題 は、第 1に、多 くの練習単元が開発 され る ことである。「 総合学習」にお いて も、

学年進行 の典型的 な主題 、活動群 とで もよぶべ きものが整 理 され 、系統 の類型化 も進むであろ う。総合学習 単元の系統 に沿 って、連携す る国語科の ミニ単元、練習単元が開発 、系統化 され るこ とになろ う。 ただ し、それ ぞれ の練習単元 はそれ な りの汎用性 をも持つ ものであ り、そ う 複雑 な構成 にはな らない とも思 われ る。た とえば、「 ポスターセ ッシ ョン」や 「 活動 レポー ト 」 や 「 テ レビ番組作 り 」 な どにかかわ る単元 な どが考 え られ よ う。

第 2に、評価法 を確 立す るこ とである。す でに指摘 した よ うに、総合学習 において新 たに認 め られ る学力 があ り、それ に見合 った評価 がな され るこ とは学習指導 の向上 を図 る上か らも必 要 であるが、それ に加 え、総合学習 の 目標 自体 に 「自己学習力」 を身 に付 けるこ とが含 まれ る と見 られ るか らで ある。 この場合 、評価 の方法 自体が 自己評価 の形 になってい くこ とが予想 さ れ る。 しか し、総合学習 に生 きる国語学力 は、単純 な評価 法 には適 さず 、 自己評価その ものが 困難 である こ とが予想 され る。 こ うした場合 の解決策 の可能性 としては、相互評価 をふ まえた 自己評価 、あ るいは相互評価 を経 由 した授業者 に よる評価 、その授業者 による評価 を経 由 した 自己評価 とい うよ うな形 、それ も、言葉 に よる評価 の形 を とってい くこ とが大切 だ と考 え られ る。学習 目標 を一元的 に管理す るよ うな立場 か らの授業者 の評価 は、総合学習 には形態的 に も 目標論的 に もな じまない し、評価 その ものを相対化す るこ とのない独 善的な 自己評価 は、学習 の意義その ものを奪 うこ とにな りかねない。

この よ うな課題 を見つ めなが ら、「 総合学習 に生 き る国語科練習 単元の開発 」 が行 われ るこ とに よって、 r 総合的 な学習 の時 間 」 の導入 とその一翼 を担 う 「 総合学習 」 の単元開発 が 、教 科その もの を解体 して しま うのではな く、む しろ教科 の内容 をよ り明確 に規定 してい くための 契機 となってい くこ とを期待 したい。国語科 は も とも と学力論が成 立 しに くい教科 であるが、

総合学習 との関係 を明 らかにす ることで、改 めて学力論、指導過程論 、内容論 を考 えてい くこ とも可能 になるか も しれ ない。

( まつ もと お さむ 上越教育大学助教授)

*1 倉沢栄吉 「 「 総合

と 「 持続 」 」『実践国語研 究』別冊No . 1 88 ( 「 生きる力 」 を育成す る 国語科 の総合 的 な学習) 明治 図書 1 9 98. 9 p. 1 0

・ 2 '浜本純逸 ・井上一郎編 『国語科新単元学習の構想 と授業改革 上巻』 明治図書 1 9 94. 7

浜本純逸 ・井上一郎編 『国語科新 単元学習の構想 と授業改革 下巻』 明治図書

遠藤瑛子

* 3 松本 修 を作成 しよ う 」

* 4 浜本純逸 業改革 上巻』

1 9 94. 7

『こ とば と心 を育てる一総合 単元学習 ‑』 渓水社 1 992. 7

「 提言 ・教科学習 と総合的学習 は どう関連す るか 学習内容のバ ランスシー ト

『授業研 究 21』 1 999. 1 2 明治 図書 p. 1 2 一部状況 に合わせ て改訂

「 単元学習 の新 生 」 浜本純逸 ・井上一郎編 『国語科新 単元学習 の構想 と授

前掲 p p. 1 7‑ 1 8. よ り

(9)

*5 上越教育大学学校教育研究セ ンター 『総合学習 に生 きる国語科練習単元の開発』 1 9 99 . 3.

この内容 を膨 らませた もの として同名 の書 が明治図書か ら刊行予定である。本稿 はその中で の記述 とほぼ同一のものである.

* 6 上越教育大学附属小学校 『教育課程 開発 生 き生 き と した子供』 上越教育大学附属小 学校 1 997 . 5

上越教育大学附属小学校 『w an c h a 』第 1 号 上越教育大学附属小学校 1 9 98 . 5 上越 教育大学附属小学校 『みんなで総合 しよ う couT DOUN 20 02』w an ch a 特別号 上越教育大学附属小学校 1 9 98. 1 2

安塚町立安塚小学校 『平成 8 年度研 究紀要 「自ら学び、心豊かに生 き生 き と活動す る児 童の育成 」 』 安塚町立安塚小学校 1 997 . 3

新潟県上越 市立大手町小学校 『子 どもの明 日を見つ めて』 文化 印刷 1 997. 2

新潟 県上越市立大手町小学校 代表小林毅夫 『 新 しい教育課程 にに じ色 の夢 教科 ・領 域 を超 えて ! 新 しい単元群 の構成 と実践』 日本教育新 聞社 1 998. 2.

上越教育大学附属 中学校 新井郁 男監修 『こ うしてつ くった総合学習』 教育開発研究 所 1

9

98. 6.

' 7 浜本純逸 ・井上一郎編 『国語科新 単元学習 の構想 と授業改革 上巻』 明治図書 1 9 94. 7 浜本純逸 ・井上一郎編 『国語科新単元学習 の構想 と授業改革 下巻』 明治図書 1 994. 7 遠藤瑛子 『こ とば と心 を育て る一総合 単元学習 ‑』 渓水社 1 992. 7

浜本純逸 「 単元学習の新 生 」 浜本純逸 ・井上一郎編 『国語科新 単元学習 の構想 と授

業改革 上巻』 前掲 pp. 1 7‑ 1 8. よ り

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