一
は じ
め
に 中島 敦 の
『南 島 譚
』以 降 の 作 品 と し て、
「 名 人 伝」 と「 李 陵」 が あ る。
『南 島譚
』の 諸作 品に は、 まだ 女性 が登 場し てい たが
、「 名 人 伝
」と
「李 陵」 には
、女 性は ほと んど 登場 しな い。 その 理由 とし て は
、時 期が 戦時 下の 昭和 十七 年で あり
、女 性が らみ の恋 愛が ある と す ると
、そ れは 時局 がら まず いと いう こと があ る。 だが
、そ れに し て も、
『南 島譚
』で は、 女性 が登 場し 活躍 して いた
。 次の 理由 とし ては
、「 李陵
」は 戦争 を背 景と した 歴史 物語 であ り、 男 中心 故だ とす るも ので ある
。( 同様 に、
「 名人 伝」 も主 人公 紀昌 の 精 進 の 物語 で あ る
。) た だし
、昭 和 十 七 年 七 月発 表 の
『古 俗
』や
、 同 年五
・六 月執 筆の
「弟 子」 の諸 作品 では
、も う少 し女 性が 登場 す る
。あ る種 の特 殊な 状況
─例 えば
、戦 場─ であ れば
、女 性が 登場 し な い場 合も ある が、 この 世は 男性 と女 性で 構成 され てお り、 歴史 小 説 とい えど 女性 の存 在は 無視 でき ない
。 本稿 は、 昭和 十七 年の 夏以 降の 中島 の作 品や
、そ れ以 前の 彼の 作 品 に 描 か れ た女 性 た ち に 注 目 し、
「李 陵
」や
「名 人 伝
」で
、何 故
、
女 性の 描写 が少 ない のか
、ど のよ うに 女性 たち が描 かれ てい るか 等 を 考察 して いく
。 一節 以降
、南 洋行 後の
「弟 子」 や『 古俗
』お よび
『南 島譚
』の 諸 作 と、
「 李陵
」・
「 名人 伝」 との 比較 から 始め
、南 洋行 後の 昭和 十七 年 夏 以降 の 中島 の状 況 を見 て いく
。ま た
、彼 の 遺稿 と なっ たエ ッ セイ
、
「 章魚 の木 の 下で
」で 彼の 心 情を 考察 し、 こ の時 期 に描 か れた 女性 像 を まと めて みる
。 一
「 弟 子
」・
『 古 俗
』 の 女 た ち
「 弟 子」 に登 場す る女 性 たち の 中で 一 番目 立つ のは
、作 品の 九章 に 描 かれ る衛 の霊 公の 夫人
・南 子で ある
。作 中で は、 彼女 は「 淫奔
」 に して
「才 走つ た女
」と され る。 孔子 に嫌 がら せを する 女性 でも あ り
、主 人 公の 子路 た ちか らは
、妖 婦 とし て毛 嫌い さ れて いる
。ま た
、 彼 女の 紹介 の文 章は 別と して
、容 貌な どの 具体 的な 描写 は少 なく
、 ほ とん どが 孔子 との 関連 で描 かれ てい る。 だが
、子 路の 嫌悪 感に も 関 わら ず、 彼女 の描 写は そう 悪く はな い。 例え ば、 孔子 をみ すぼ ら しい 牛車 に 乗せ
、彼 女が 豪奢 な 馬車 に 乗っ た時 の描 写に
、「 嬋妍 た る
中 島 敦 の 作 品 に 描 か れ た
「 女 性 」 た ち
( 5
)
藤 村
猛
二 南 子夫 人の 姿が 牡丹 の花 のや うに 輝く
」と ある
。 南子 と同 様に
、孔 子た ちの 活動 の邪 魔を する 女性 とし て、 魯の 定 公 と孔 子の 間を 離間 させ るた めに
、斉 から 送り 込ま れた
「歌 舞に 長 じた 美 女の 一 団」
( 六章
)が いる
。が
、南 子よ り も淡 々 とし た描 写で
、 量 的に も少 なく 事実 を述 べた にす ぎな い。 最後 に、 作品 の最 終部
(十 六章
)に 登場 する 衛の 孔叔 圉の 未亡 人 で
、衛 の亡 命太 子蒯 聵の 姉・ 伯姫 がい る。
(ち なみ に、 この 女性 は、 南 子と とも に、
『古 俗』 の「 盈 虚」 にも 登場 する
。) 彼 女は
「女 策士
」 で あり
、 愛 憎と 利欲 との 複雑 な経 緯が あつ て、 妙に 弟の 為ば かり を計 ら う とす る。 夫の 死後 頻り に寵 愛し てゐ る渾 良夫 なる 美青 年を 使 と して
、弟 蒯聵 との 間を 往復 させ
、秘 かに 現衛 公逐 出し を企 ん で ゐる
。 その 後、 弟た ちと クー デタ ーを 起こ し、 正義 派の 子路 を惨 殺さ せ る
。た だ、 彼女 の描 写は
、前 出の 引用 部分 程度 であ り、 彼女 の内 面 描 写は ない
。南 子と とも に、 作品 の進 行に 不可 欠で はあ るが
、そ っ け ない 描写 であ り、 彼女 たち は脇 役に すぎ ない
。い ずれ も、 主人 公 た ち( 孔子 や子 路た ち) に、 死や 追放 をも たら すマ イナ スの 存在 で あ る。 続い て、
『古 俗』 の二 作品
(「 盈 虚」
・「 牛 人」
)を 見て いく
。
「 盈 虚」 に登 場す る女 性と して は、
「 弟子
」に 引き 続い ての 南子 が い る。 この 作品 の主 人公 であ る蒯 聵が 皇太 子の 時、 南子 の暗 殺を 謀 り
、失 敗 し亡 命す る
。そ の 暗殺 を謀 る場 面で
、南 子 は蒯 聵 に対 して
、 次 のよ うに 怯え る。
太 子の 妙な そぶ りに 夫人 は気 が付 いた
。太 子の 視線 を辿 り、 室 の 一隅 に怪 しい 者の 潜ん でゐ るの を知 ると
、夫 人は 悲鳴 を挙 げ て 奥へ 跳び 込ん だ。 其の 声に 驚い て霊 公が 出て 来る
。夫 人の 手 を 執つ て落 着け よう とす るが
、夫 人は 唯狂 気の やう に「 太子 が 妾 を殺 しま す。 太子 が妾 を殺 しま す」 と繰 返す ばか りで ある
。 才気 に溢 れた 女性 の姿 はこ こに はな い。 彼女 は作 品の 途中 で死 ん で しま い、 その 死は 単な る事 実と して 報告 され る。 その 後、
「弟 子」 でも 描 かれ た伯 姫 たち によ るク ーデ タ ーが ある が
、
「 盈 虚」 の 方は
、蒯 聵
(即 位 し て、 衛 の 荘 公) 側か ら の 描 写 が 中 心 と なる
。 次 の 女 性 と し て は
、ク ー デ タ ー 後 の 作 品 後 半 で
、異 種 族 の 女
─
「 際だ つて 髪の 美 しく 豊か な女
」─ が登 場す る
。即 位後
、乱 行 を重 ね る荘 公は
、寵 姫の た めに
「 女の 髪 を根 本か ら切 取ら せ
」、 女を 夫の 元 に 帰す
。 丸 坊主 にさ れて 帰つ て来 た妻 を見 ると
、夫 の己 氏は 直ぐ に被 衣 を妻 にか ず かせ
、ま だ城 楼の 上 に立 つ てゐ る 衛公 の姿 を 睨ん だ
。 役 人に 笞打 たれ ても
、容 易に 其の 場を 立去 らう とし ない ので あ る
。 この 夫の 恨み が、 作品 最終 部で の荘 公殺 害に 結び つく
。 衛の 国の 乱れ に乗 じて
、晋 軍が 侵入 して くる
。戦 いを 放棄 して 城 を 落 ちた 荘 公 は、
「 赤銅 色 に 濁 つた 月
」に 照 ら さ れた 原 の「 と つ つ き の一 軒に 匍い 込む
」。 そこ に、 この 己氏 がい た。 男は
、部 屋の 隅に 蹲ま つて ゐた 一人 の女 を招 いた
。其 の女 の 顔 を薄 暗い 灯の 下で 見た 時、 公は 思は ず雞 の死 骸を 取り 落し
、
三
殆 ど倒 れよ うと した
。被 衣を 以て 頭を 隠し た其 の女 こそ は、 紛 れ もな く、 公の 寵姫 の髢 のた めに 髪を 奪は れた 己氏 の妻 であ つ た
。 直後 に己 氏に よっ て、 荘公 は殺 害さ れる
。己 氏の 女は
、夫 のよ う に 行動 した り喋 らな いが
、そ の存 在が 因果 応報 とは いえ
、荘 公を 滅 ぼ すの であ る。 荘公 にと って は、 滅び の象 徴と も言 えよ う。 これ は、
「 牛人
」で 言 えば
、作 品 最後 の場 面に 展開 され る、 豎牛 に よ る叔 孫豹 の死 の場 面を 連想 させ る。 この 時、 豎牛 は単 なる 殺人 者 で は な く、
「世 界 の き びし い 悪 意
」の 体 現 者で あ り
、叔 孫 豹 は、 彼 に
「遜 つ た 懼 れ・ 運命 的 な 畏 怖 感」 を 抱 く。
(荘 公 も
、そ れ に 近 い 思 いを
、死 ぬ時 に抱 いた のか もし れな い。
)
「 牛 人」 に 登場 す る女 の一 人は
、豎 牛 を生 ん だ母 親で あ る。 作品 冒 頭 で、 次の よう に紹 介さ れる
。 魯の 叔孫 豹が まだ 若か つた 頃、 乱を 避け て一 時斉 に奔 つた こ と があ る。 途に 魯の 北境 庚宗 の地 で一 美婦 を見 た。 俄か に懇 ろ と なり
、一 夜を 共に 過ご して
、さ て翌 朝別 れて 斉に 入つ た。 斉 に 落着 き大 夫国 氏の 娘を 娶つ て二 児を 挙げ るに 及ん で、 曾て の 路 傍一 夜の 契な どは すつ かり 忘れ 果て て了 つた
。 十 数 年 後、 庚 宗 の 女 が 子 供 を 連 れ て
、叔 孫 豹 を 訪 れ る
。そ の 子
( 豎 牛) が、 かつ て 夢 で見 た 自 分 を救 う 牛 男 とそ っ く りで あ る こ と か ら、 叔孫 豹は 豎牛 を重 用す る。 その 結果 は、 豎牛 によ る叔 孫豹 の 子 供た ちの 排斥 や死 であ り、 叔孫 豹自 身の 飢え 死に であ る。 もっ と も 荘公 とは 違い
、ス トレ ート に因 果応 報の 死と は言 い難 い。 だが
、
「 盈虚
」と 同様
、主 人公 の死 の原 因と して 女は いる
。
二
『 南 島 譚
』 の 女 た ち
『 南 島譚
』の 諸作 品に 登場 す る女 性に つ いて は
、詳 細 は拙 稿を 見 て
注
①
い ただ くと して
、重 複す るか もし れな いが
、概 略を 確認 して おき た い
。 女性 の 登 場 す る作 品 と し て、
「 夫婦
」・
「 夾 竹 桃の 家 の 女」 お よ び
「 雞」 に 注目 す る
。い ず れ も、 中島 に 悪 意 は な かっ た と し て も、 南 洋 の女 性は 淫風 で、 官能 的だ との 偏見 のあ る作 品だ とも 言え る。 中 島 は「 雞」 で、 次の よう に言 う。 ア ンガ ウル 島へ 燐鉱 掘り に狩 出さ れて 行く 良人 を浜 に見 送る 島 民 の女 は、 舟の 纜に 縋つ てよ よと 泣き 崩れ る。 夫の 乗つ た舟 が 水 平線 の彼 方に 消え ても
、彼 女は 涙に 濡れ たま ま其 の場 を立 ち 去 らな い。 誠に 松浦 佐用 姫も 斯く やと 思は れる ばか りで ある
。 二 時間 後に は、 しか し、 此の 可憐 な妻 は、 早く も近 処の 青年 の 一 人と 肉体 的な 交渉 を持 つて ゐる であ らう
。 これ は、 そう いっ た傾 向は ある にし ても
、南 洋の 女性 への 偏見 で は な か ろ う か。 特に
「夫 婦
」(
『 南 島 譚』
)の エ ビ ル に は、 醜 悪 に し て 滑稽 な描 写が 多い
。南 洋の 人々 の不 可解 さが
『南 島譚
』の 一特 色 だ とし ても
、書 きす ぎだ と思 われ る。 続い て、 女 性の 官能 性に つい てだ が、
「夾 竹桃 の家 の女
」に
、次 の よ うな 描写 があ る。 主人 公の
「私
」が 外出 先の 某家 で、 若い 細君 か ら 見 詰め ら れ、 そ こ から 去 る こと が で き ない 場 面 であ る
。( 実 際 の 中 島の 体験 との 相違 につ いて は、 省略 する
。)