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雨と紛争 : ナイル系パリ社会における首長殺しの 事例研究

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(1)

雨と紛争 : ナイル系パリ社会における首長殺しの 事例研究

著者 栗本 英世

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 11

号 1

ページ 103‑161

発行年 1986‑08‑25

URL http://doi.org/10.15021/00004378

(2)

栗本  雨 と紛争

雨 と 紛 争

ナ イル 系 パ リ社 会 に お け る首 長 殺 しの 事 例 研 究

栗 本 英 世 *

The Rain and Disputes : A Case Study of the Nilotic Pari

Eisei KURIMOTO

In many societies of the Southern Sudan, rain-makers or, rain-chiefs are prominent specialists in politico-religious life.

And the disorder of rain usually results in the accusation of some- body, perhaps the rain-chief himself, who is considered to be responsible for it.

The Low-speaking Pari is no exception. From 1982 to 1985 many people were accused; some were ostracised and others killed. Since sorghum cultivation, the principal foodstuff of the Pari, depends heavily on the highly irregular rainfall, their interest in rain is acute.

Through a detailed description of disputes among the Pari, this paper demonstrates how the disorder of rain, a natural phenomenon, causes social conflict, as well as the system of ideas and behaviors that exists and operates in this context. The Pari explain the disorder of rain in the light of their own laws of causality. And it is shown that disputes resulting from the rain are very real political games as well as symbolic acts. The ruling

age-grade is the decision-making body in these problems.

This has significance for many theoretical issues in Nilotic studies, such as the concept of jok, ritual murder of a divine king and the power relationship between a chief and an age organi- zation.

* ジ ュバ大 学 , 国 立 民族 学 博 物 館研 究 協 力 者

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国立民族学博物館研究報告  11 巻 1号

は じめ に

1.序 論 :政 治権 力 の 所 在 一 首長 とモ ジ ョミ ジ階 梯

l l. 自然 条 件 と して の 雨 とそ の文 化 的解 釈 1. 雨 の 重要 性 と不 規 則 性

2. 降 雨 の 因果 論 ユ) 降 雨現 象 の認 識

2) 雨 を コ ン トロー ル す る諸 力 a. ジ ュオ ク ( 神 ,精 霊 ,「力 」)

b. 雨 薬 ,雨 石 , 雨 の 首 長 c. チ エ ン ( 死 霊 の 復 讐 ) d. ア ジ ュワ (占師 ) 3. 降 雨 の 因果 論 の 特 性 皿.紛 争 の 記録 :1982− 1985年

1. 雨 の 首 長 ビデ レの 死 と 妻 ニ ブル に よ る 継 承

2. 1982年 =大 不 作 の年

1) ウ ィア トゥオ,ブ ラ両 集落 間 の 紛 争 2) 長 老 ア ニ 毎 ラ と 雨 の首 長 ニ ブル の 逃

亡 .

3・ 1 983年 :飢 餓 と紛 争

1) ア ニ ャラ とニ ブ ル の 帰村 とア ニ ャラ の再 逃 亡

2)飢 餓 と豊 作

4. 1 984年 :首 長 の 殺害 ,追 放 1)雨 の首 長 ニ ブ ル の殺 害 2) 首長 殺 しに 関 す る注 釈 3) コ ル集 落 の か ん ばつ 4) 占 師 ウ イエ ン

5) コル集 落 首 長 マ テ ィ アの追 放 5. 1 985年 :雨 の 首 長 不 在 , 各 集落 の対 応

1) ウィ ア トゥオ 集落 2) コル集 落 3) プゲ リ集 落 4) 集落 間 の 緊 張 緩 和 I V. 討 論

1. 降 雨 の因 果 論 に お け る結 果 の重 視 2・ 政 治 的操 作 の 媒 体 と して の 雨薬 3・告 発 の社 会 的 背 景

4・ 平 等主 義 的 分 節 社会 にお け る王 権 5.結 び にか え て

は じ め に

  ア フ リカ の 経 済 シ ス テ ム , と く に 農 耕 と牧 畜 に と っ て , 雨 が い か に 決 定 的 な 要 因 で あ る か は言 う ま で も な い 。 農 耕 民 も牧 畜 民 も , そ の 生 活 を 大 き く雨 に 依 存 して い る 。 こ の 事 実 を 念 頭 に お け ば , M bi t iの 指 摘 す る よ う に , ア フ リカ 全 体 の ど の 社 会 に お い て も , 雨 を コ ン ト ロ ー ル す る 力 を 持 つ 「降 雨 師 」 ( rain−m aker) は 重 要 な 人 物 の ひ と り で あ り , 降 雨 祈 願 が 重 要 な 共 同 儀 礼 の 場 で あ る こ と が 納 得 で き る の で あ る [ム ビ テ ィ 1970:215]o

  南 部 ス ー ダ ン地 域 も例 外 で は な い 。 そ れ ど こ ろ か , こ の 地 域 は 南 ア フ リ カ と 共 に , 降 雨 師 た ち が 特 別 な 階 層 を 形 成 し, ほ か の 人 間 た ち に ま さ る権 威 と権 力 を 享 受 して い る 所 と して 知 ら れ て い る [ム ビ テ ィ  1 970:216]。 ス ー ダ ン の 諸 民 族 に 関 す る 古 典 的 な 人 類 学 的 研 究 の な か で も, Sel i gm an 夫 妻 は , 降 雨 と 降 雨 術 (r ai n− m aki ng)の 問 題 に 大 き な 関 心 を 払 っ て い る [S肌 I GMAN and S肌 IGMAN  l932: 23−24]。   Sel i gm an 夫 妻 に よ れ ば , デ ィ ン カ ( D i nka), シ ル ッ ク ( Shi l l uk), ア チ ョ リ ( Acol i ), バ リ

( Bar i ), ロ ト ゥ ホ ( Lotuho), モ ル (M oru), マ デ ィ ( M adi ) 等 の 社 会 に 降 雨 師 が み

ら れ る 。 い ず れ の 社 会 に お い て も , そ の 程 度 は 異 な る が , 降 雨 師 は 政 治 ・宗 教 上 の

指 導 者 的 性 格 を 帯 び て い る。 Sel i gm an は ど く に , デ ィ ン カ と シ ル ッ ク の 降 雨 師 を

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栗本   雨 と紛争

図 1 調 査 地 の 位 置

典 型 的 な , フ レ ー ザ ー 的 意 味 で の 「神 聖 王 」 (di vi neki ng)1)と捉 え て い る [SELI GMAN and SELI GMAN l932:23ユ。 以 上 の よ う に , 南 部 ス ー ダ ン の 諸 社 会 に お け る 政 治 と 宗 教 を 考 え る 上 で , 降 雨 師 は き わ め て 重 要 な 存 在 で あ る と 思 わ れ る 。 しか し な が ら , 降 雨 師 と 降 雨 術 に 関 す る 諸 問 題 は , Sel i gm an 夫 妻 以 降 50年 以 上 を 経 た 現 在 で も , 十 分 に 解 明 さ れ た と は 言 い 難 い 。 精 確 な 民 族 誌 的 資 料 の 蓄 積 が 必 要 で あ る2) 。

1) Sel i gman夫 妻 の い う 「フ レーザ ー的 意 味 で の神 聖 王 」 とは ,王 が , 祖霊 の化 身 で あ るこ と,

民 衆 の 福 祉 の た め に儀礼 的 に殺 害 され る こと の二 点 を特 徴 とす る。           ・

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(5)

国立民族学博物館研究報告  1 1巻 1号   本 論 は , 南 部 ス ー ダ ン ・エ ク ア ト リァ 州 に 居 住 す る 西 ナ イ ロ ー ト ・ル オ ( Lw o)系

の 民 族 集 団 , パ リ ( Pari ) (図 1) に お け る , 降 雨 師 と 降 雨 術 を め ぐ る 社 会 現 象 の 研 究 で あ る。 本 論 で は , 雨 を コ ン ト ロ ー ル す る 専 門 家 に 対 して , 降 雨 師 で は な く 「雨 の 首 長 」 ( rai n−chi ef) と い う 訳 語 を 適 用 す る こ と に し た 。 こ れ は , こ う し た 専 門 家 の 呪 術 的 性 格 よ り , 政 治 的 性 格 を 強 調 す る た め で あ る 。 ま た , 単 に 雨 に 関 す る専 門 家 と い う の で は な く , 社 会 に お け る 政 治 ・宗 教 一 般 に 広 く関 与 して い る 実 態 を 伝 え る の に も ,

「雨 の 首 長 」 の ほ う が 適 切 で あ る と 考 え た 。

  パ リ社 会 に お け る雨 の 首 長 と降 雨 術 を め ぐ る 社 会 現 象 は , し ば し ば 政 治 的 な 紛 争 と して 顕 著 に 現 わ れ る 。 な ぜ な らば , か ん ば つ や 大 雨 が 続 く と , 人 々 は そ の 責 任 者 と し て , 雨 の 首 長 を 含 む 具 体 的 な 人 物 を 批 難 し告 発 す る か らで あ る 。 パ リ で は , こ う した 紛 争 の 結 果 , 1982年 か ら84年 に か け て , 4名 の 男 が 村 か ら追 放 さ れ , 4名 ( 男 女 各 2 名 ) が 殺 害 さ れ て い る 。 こ れ らの 紛 争 は , 雨 を コ ン ト ロ ー ル す る 力 を 有 す る 人 々 と , 彼 ら か ら恩 恵 を 引 き 出 そ う と す る , あ る い は彼 ら に よ っ て もた ら さ れ た 災 厄 を 除 去 し よ う とす る 人 々 と の 間 で 政 治 的 な か け ひ き が 表 現 さ れ る 場 で あ る と 考 え られ る 。 ウ ド ゥ ク ( U duk)族 の 降 雨 術 に 関 す る論 文 の な か で ,   Jam es は , 降 雨 儀 礼 を 単 な る 象 徴 行 為 で は な く , 社 会 ・政 治 的 策 略 が め ぐ ら さ れ る き わ め て 現 実 的 な ゲ ー ム に お い て , 計 算 さ れ た 行 動 を 遂 行 す る た め の 場 と解 釈 し て い る [ JAMEs   l972:33]。 彼 女 の 解 釈 は , パ リの 事 例 を 考 え る 上 で も 有 効 で あ る。

  した が っ て , 本 論 で は 第 一 に , 一 連 の こ み 入 っ た 出 来 事 ・事 件 の 継 起 と して の 紛 争 を 詳 細 1 と記 述 す る こ と に 留 意 した 。 こ の 記 述 を 通 し て , あ る 種 の 政 治 劇 の 展 開 を た ど る こ と が で き る 。 そ して , そ の 劇 中 に お け る 政 治 的 操 作 の 媒 体 の ひ と つ と して , 雨 薬

( rai n− m edi ci ne)が 用 い られ て い る の が 明 らか に な ろ う。

  ま た , 雨 を め ぐ る紛 争 は , か ん ば つ や 大 雨 の 結 果 生 じ る 社 会 的 危 機 に対 す る人 々 の 原 因 究 明 と 対 処 の 表 現 で あ る か ら , 本 論 文 は パ リの 災 因 論 3》 の 研 究 で あ る と も言 え る。

本 論 で は , 雨 に か か わ る災 因 論 を 「降 雨 の 因 果 論 」 と 呼 ん だ 。 降 雨 の 因 果 論 の 検 討 は , ジ ュ オ ク ( ブωoん)4)や チ エ ン ( c i e n)5)と い っ た ,ナ イ ロ ー ト諸 民 族 の 世 界 観 の 根 幹 に 触 れ る 概 念 の 考 察 と つ な が っ て く る 。

2) Sel i gman夫 妻以 降 の成 果 と して は ,  W .   Jamesによ る Udukの 降 雨 術 の研 究 [1 972]が あ げ   られ る程 度 で あ る。

3) この用 語 は長 島 信弘 [ 1 982,1 983]に拠 る。 長 島 の考 え 方 は, Evans − Pr i t c har d に基 づ い て い   る。

4) ジ ュ オ ク, あ るい は ジ ョク ( ゴo ん)は, 西 ナ イ ロー トに広 くみ られ る観 念 で神 , 精 霊 , 力 等 と   訳 され る。 こ の 観念 に 関 す る代表 的 な研 究 と して, [ LI ENHARDT  l   961 ], [ P BI TEK  l   963,

  1 971 】,[ OGoT 1 961 ]等 が あ る。 ま た,  Evans − Pr i t cha rdに よ る ヌエ ル の ク オ ス ( kwo t h)概念 の   分析 [ エ ヴ ァ ンズ ープ リチ ャー ド  1982:chap・1 −3]も, ジ ュオ ク概 念 の 考 察 に不 可 欠 で あ る 。

5) チ エ ンは, 英 語 文 献 で は ghos t l y vengeqnc eと訳 され て い る 。本 論 第 2章 第 2節 参 照 。

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栗本   雨 と紛争

  最 後 に , 紛 争 の 過 程 で 雨 の 首 長 自 身 が 殺 害 さ れ る に 至 る の だ が , こ の 事 件 は パ リの よ う な 平 等 主 義 的 ( egal i t ari an)分 節 社 会 に お け る王 権 , 首 長 権 の 在 り方 の 問 題 に つ い て 考 え さ せ られ る 。 そ して , 言 う ま で も な く , こ の 問 題 は デ ィ ン カ に お け る 「漁 槍 の 主 」 ( m as ter  of t he f i shi ng s pear)6)の 生 き 埋 め , シ ル ッ ク に お け る神 聖 王 権 と 王 殺 し7)と い う , ナ イ ロ ー ト研 究 の 古 典 的 課 題 と 直 接 に 結 び つ い て い る の で あ る 。

1. 序 論   政 治 権 力 の所 在  一 首 長 どモジ ョ ミジ階 梯 一

  パ リの 生 業 と 社 会 構 造 に つ い て は 別 稿 で 論 じた こ と が あ る [ K URI MOTO  l984;栗 本 n. d. ]。 こ こ で は , 本 論 と の 関 係 上 , 首 長 制 と年 齢 階 梯 制 に つ い て 概 観 す る 。   パ リの 人 々 は , リ プ ル

( Li pul ) と 呼 ば れ る 独 立 丘 の 周 囲 に 居 住 す る が , 居 住 空 間 の 全 体 (「部 族 共 同 体 」 と定 義 す る) は , 六 つ の 集 落 に 牙 割 さ れ て い る (図 2)。

  各 集 落 は ひ と り の 首 長

( γ ωα殉 を 擁 す る 。 首 長 は そ の 集 落 の 草 分 け で あ る 優i 越 リ ニ ィ ジ ( t ung rwat h,  t ung= l i neage)の 出 身 で あ る。 6人 の 首 長 の な か で は , 殺 人 事 件 を 調 停 す る 力 と雨 を コ ン ト

ロ ー ル す る 力 と を 兼 ね 備 え た ウ ィ ア トゥ オ ( W i a−

tuo)集 落 の 首 長 と ,前 者 の 力 だ け を 持 つ コ ル

Village Population

Wiatuo Bura Kor Pugeri Pucwa An ulumere

3,598 2,271 1,883 1,451   975   839

t o t a 正 ll,Ol7

(government census, 1983)

図 2  6 集 落 の 配 置 と 人 口

6) [ L I ENHARDT  l961:chap.8] 参 照 。 な お ,   L i enhardtが m ast er of the 丘shi ng  spear と 呼 ん だ 専 門 家 の こ と を , Seli gm an 夫 妻 は rai n−m aker と 呼 ん で い る [SELIGMAN and SELI GMAN l932= 195−200]0

7) シ ル ッ ク の 王 権 に つ い て は , [ SEu GMAN  and  SEu GMAN l   932 :chap.2,3], [EvANs−PRI TcHARD 1948],[ L I ENHARI ) T  1954],[ A RENs   1979,1984] 参 照 。た だ し ,  Evans−Pri tchard も ,  Lienhardt も , シ ル ッ ク の 王 が 「神 聖 王 」 と し て 殺 さ れ た と い う Sel i gm an 夫 妻 の 説 に は 同 意 し て い な い c

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国立民族 学博物 館研究報告  11 巻 1号

( K or)集 落 の 首 長 と が 重 要 で あ る 。ウ ィ ア トゥ オ の 首 長 は ,特 に 「雨 の 首 長 」 ( rwadhi − kot h,  kot h= rai n) と 呼 ば れ ,6集 落 全 体 の 首 長 と み な さ れ て い る 。

  パ リに お け る 首 長 と は 何 か 。 首 長 と い う 言 葉 か ら, わ れ わ れ は 政 治 ・法 的 権 力 を 備 え た 人 物 を 連 想 し が ち で あ る 。 し か し, パ リの 首 長 は そ う し た 権 力 か ら は ほ ど 遠 い 。 パ リ社 会 で , 集 落 や 部 族 共 同 体 に か か わ る 意 志 決 定 , お よ び 犯 罪 の 処 罰 を 行 な う の は , 首 長 で は な く, モ ジ ョ ミ ジ @ φo吻 の と 呼 ば れ る 壮 年 の 年 齢 階 梯 で あ る。

  パ リの 年 齢 体 系 は , 年 齢 階 梯 ( age− grade) と 年 齢 組 ( age− set) が 組 み 合 わ さ っ て 構 成 さ れ て い る 8 ) 。 子 供 た ち は 6, 7才 に達 す る と , 集 落 単 位 で 新 し い 年 齢 組 に 組 織 さ れ る 。 あ る年 齢 組 に お け る メ ンバ ー の 年 齢 幅 は 3, 4才 で あ る 。 い っ た ん 年 齢 組 が 組 織 さ れ る と , メ ンバ ー は 一 生 同 じ

集 団 に と ど ま る。

  6, 7 才 の 子 供 か ら 7 , 80才 の 老 人 ま で , 常 に20以 上 の 年 齢 組 が 存 在 す る。 こ れ ら の 年 齢 組 は , 年 長 か ら順 に , 長 老 ( ci don ge), モ ジ ョ ミ ジ , 若 者 ( aωo Pe ) と い う 3段 階 の 年 齢 階 梯 に 分 割 さ れ て い る 。 モ ジ ョ ミ ジ 階 梯 を 構 成 す る 年 齢 組 の 数 は 決 ま って お り, 基 本 的 に は 4組 で あ る が , 5, 6個 の 年 齢 組 を 含 む こ と も あ る 。

  現 在 の 年 齢 組 の 名 称 と 年 齢 階 梯 は 図 3の ご と くで あ る 。 1977年 , キ ラ ン ( K i l ap) と タ ン ガ ク オ

( T hangakw o)年 齢 組 が 長 老 に 退 き , 以 来 ア ニ ュ ワ ( A nyw a)以 下 四 つ の 年 齢 組 が モ ジ ョ ミ ジ 階 梯 を 構 成 して い る 。

  モ ジ ョ ミ ジ を 構 成 す る 年 齢 組 の

年 齢 組 年 齢 階 梯

Ukwer Lilalo Kwara Bondipala I thiyio Yuuru Kiln Thangakwo

79,80 years

Anywa Akeo Maridi Adeo

52. 3 years

Madan Morumaafi Bolish

Lidit Dringa Teteu Ithatio Abou

Ithilero I thicungo

38, 9 years Ci donge   (長 老 )

M ( ) j om i j i   (モ ジ ョ ミ ジ )

Awope   ( 若 者 )

3. 4 year s一

図 3   年 齢 組 と年 齢階 梯 ( 1985 年 )

8) パ リの 人 々 は , こ の 社 会 組 織 を 隣 接 す る ロ ト ゥ ホ ( 東 ナ イ ロ ー トに 属 す る一 民 族 集 団 ) か ら 借 用 し た も の と 認 識 し て い る α 事 実 , モ ジ ョ ミ ジ は , ロ ト ゥ ホ 語 の , モ ニ ョ ミジ ( ηo 妙 o 吻 祉 f at her s   of   t he   vi l l age ) に 由 来 す る と考 え ら れ る 。 ま た , 歴 史 的 ・言 語 的 に パ リ と も っ と も っ な が り の 深 い ア ニ ュ ア ク ( Anywak)で は , 年 齢 組 織 は 未 発 達 で あ る [ EvANs − Pr i t char d 19 40: 42]。

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栗本   雨 と紛争

な か で , 年 長 の 二 つ は 特 に 「頭 」 ( wi c  =head) と 呼 ば れ , 村 の 統 治 に責 任 の あ る人 々 で あ る 。 現 在 の 頭 は ア ニ ュ ワ と ア ケ オ ( Akeo)年 齢 組 で あ り , そ れ 以 前 は キ ラ ン と タ ン ガ ク オ 年 齢 組 が 頭 で あ っ た 。 今 か ら数 年 後 に は , 現 在 の モ ジ ョ ミ ジ 全 部 が 引 退 し,

マ ダ ン ( M adan) と モ ル マ ー フ ィ (M orum aa丘)年 齢 組 を 頭 と す る 四 つ の 年 齢 組 が ・ 若 者 階 梯 か らモ ジ ョ ミ ジ に 昇 格 す る 。

  毛 ジ ョ ミ ジ は 強 力 な 統 治 団 体 で あ る 。 公 的 な 意 志 決 定 は , 全 員 が 参 加 で き る 合 議 制 の 下 で 行 な わ れ る。 こ う した 会 議 の 場 で , 議 論 を リ ー ド し ま と め あ げ る の が , 各 年 齢 組 の リー ダ ー た ち で あ る 。 リ ー ダ ー に は リ ロ ー ( l i l oo) と い う タ イ トル が 冠 せ られ ,弁 舌 に秀 い で , 才 智 に 富 み , 胆 力 が あ り , か つ 思 慮 深 い 人 で な け れ ば な ら な い 。   モ ジ ョ ミ ジ階 梯 が い っ た ん 決 定 した こ と は 大 き な 強 制 力 を 持 っ て い る。 例 え ば , 犯 罪 に 対 す る罰 と して , モ ロ コ シ や 家 畜 (山 羊 , 羊 , 牛 ) の 没 収 が 決 定 さ れ れ ば , 被 告 が そ の 行 使 を 拒 否 す る の は 不 可 能 で あ る 。 ま た , モ ジ ョ ミジ は , あ る 人 に 暴 力 に よ る 制 裁 を 加 え た り , と き に は 村 か ら永 久 追 放 した り す る こ と も で き る。 そ し て , ス ー ダ ン南 部 で は 国 家 に よ る統 治 機 構 が 弱 体 な せ い も あ っ て , 地 方 政 府 も モ ジ ョ ミ ジ の 決 定 に は ほ と ん ど干 渉 で き な い の で あ る。

  モ ジ ョ ミ ジ 自 身 は , 自 分 た ち の 役 割 を ど う捉 え て い る の だ ろ うか 。 彼 ら に モ ジ ョ ミ ジ の 仕 事 と は何 か を 尋 ね る と , 「昔 は 部 族 間 戦 争 を 組 織 し 遂 行 す る こ と で あ っ た が 9) , 今 は 食 料 を 確 保 す る こ と で あ る」 と い う答 え が 返 っ て く る 。 モ ロ コ シ 生 産 が 雨 に 大 き く依 存 し て る が ゆ え に , 「食 料 確 保 」 の 問 題 は 雨 を め ぐ る葛 藤 と 密 接 に 関 連 し て い る こ と は 次 章 で 述 べ る 。 と も あ れ , 政 治 的 , 法 的 役 割 よ り, 食 料 の 問 題 に ウ エ イ トが 置 か れ て い る の は 興 味 深 い 。

  そ れ で は , パ リ社 会 に お け る首 長 は , い っ た い い か な る 役 割 を 埠 っ て い る の だ ろ う か 。 モ ジ ョ ミ ジ が 開 く会 議 に は , 首 長 の 出 席 が 不 可 欠 で あ る と い わ れ る 。 そ , こ で 首 長 は , 衆 議 の 一 致 を 待 っ て 会 議 を し め く く る役 割 を 果 す 。 しか し, 議 論 の 途 中 で は , 首 長 は ほ と ん ど 積 極 的 に発 言 し な い 。 議 論 を 導 く の は , 年 齢 組 の リ ー ダ ー た ち で あ る 。

つ ま り, 首 長 の 役 割 は , い わ ば 「最 後 の ひ と こ と 」 を 発 す る こ と に あ る 。

  し か し, パ リ の 人 々 に と っ て , 首 長 は単 な る会 議 の し め く く り役 以 上 の 存 在 で あ る こ と も確 か で あ る 。 彼 ら は 次 の よ う な 表 現 を 用 い て , 首 長 と は 何 か を 説 明 す る 。 い わ く, 「村 ( ρ吻 o) が 存 在 す る の は 首 長 の お か げ で あ る 」, 「村 と 呼 ば れ る そ の も の こ そ 首 長 で あ る」, 「首 長 は , 彼 に拠 っ て 議 論 で き る よ う に , ジ ュ オ ク (神 , 精 霊 ) が 与 え た も うた も の で あ る 」 等 々。

9) 部 族 間戦 争 は, 植 民地 政府 (ア ン グ ロ ーエ ジ プ ト政 府) に よ る こ の 地 域 の支 配 が確 立す る   1920年 代 ま で盛 ん で あ った 。       一

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      国立民族学博物館研究報告   1 1 巻 1号   序 論 で は ,パ リ社 会 にお け る政 治 的 ・法 的権 力 は モ ジ ョ ミジ階 梯 に集 中 して い る こ と を指 摘 した 。 また , 首 長 に関 して は ,上 の言 明 か ら,パ リの 社 会 生 活 の 根 源 とか か わ る存 在 で あ る こ とが うか が い知 れ る。

  もち ろん , 以 上 の 記 述 だ けで は, 首 長制 と年 齢 階梯 制 に つ いて 十 分 な説 明が な され た とは い え な い。 以 下 の本 論 にお け る紛 争 の 記 述 と分 析 を通 じて , モ ジ ョ ミジ階 梯 と 首 長 の役 割 ,両 者 間 の葛 藤 が 明 らか にな る こ と によ り, この不 十 分 は補 わ れ る と考 え

る。 そ して , それ はパ リ社 会 にお け る政 治 構造 の本 質 を垣 間 見 せ る はず で あ る。

皿.   自然 条件 として の雨 と その文 化 的解 釈

  1. 雨 の 重 要 性 と 不 規 則 性

  拙 論 で 論 じ た よ う に [ K uRI MoTo  1984,1986]; パ リは 農 耕 , 牧 畜 , 狩 猟 ,漁撈 , 採 集 か らな る多 元 的 生 業 を 営 ん で い る。 そ の な か で も, モ ロ コ シ 栽 培 を 根 幹 と す る 農 耕 は , 食 料 供 給 源 と して 最 も重 要 で あ り, 多 くの エ ネ ル ギ ー と 時 間 が 農 作 業 に 投 入 さ れ る。 農 耕 が 主 と し て 女 性 の 仕 事 で あ る ア フ リ カ で は 例 外 的 な こ と に , パ リ社 会 で は 農 耕 の 労 働 の 大 部 分 は男 性 に よ って 担 わ れ て い る 。 パ リの 男 た ち 自 身 , 自 ら を 牧 民 あ る い は 狩 人 で は な く, 「耕 作 者 」 (l i L Pur i ,  pl.1 ψ吻 8)1 0)と し て 認 識 し, そ れ を 誇 り に し て い る。

  モ ロ コ シ は , 主 食 で あ る カ タ ガ ユ ( K ωan) の 材 料 で あ る 。 ま た , 社 会 生 活 に は 不 可 欠 な モ ロ コ シ ビ ー ル ( K ono) の 原 料 と して も大 量 に 消 費 さ れ 6 6 パ リの 農 地 は 肥 沃 で あ り , ひ と り の 男 が 耕 作 す る 平 均 1〜 2 ha の 畑 か ら は ,ふ つ う 1年 の 消 費 を ま か な う に 十 分 な 収 穫 が 得 ら れ る。 し か し , 年 に よ る 収 量 の 変 動 は 激 し く , 次 の 収 穫 ま で に モ ロ ゴ シ を 食 べ つ く して し ま う こ と も し ば し ば あ る 。 した が っ て , 常 に 飢 え の 危 険 に さ ら さ れ て い る 彼 ら に と って , 十 分 な モ ロ コ シ が 穫 れ る か ど う か は , 毎 年 き わ め て 切 実 な 問 題 と い え る 。 先 に 述 べ た よ う に , 統 治 団 体 と して の モ ジ ョ ミ ジ階 梯 の 第 一 の 仕 事 は ・ 食 料 ( Kωan= モ ロ コ シ の カ タ ガ ユ )を 確 保 す る こ と に あ る ・ .ま た , l et  t he  f ood とom e ( kωan  uee ) と い う の は ,人 々 が ジ ュ オ ク ( 」ωok) に 対 し て 行 な う共 同 祈 願 ( t am)

で 最 も よ く用 い ら れ る 文 句 の ひ と つ で あ る 。

  パ リめ 人 々 が , 十 分 な モ ロ コ シ の 供 給 が あ る こ と を 常 に祈 っ て い る に し て も , 実 際 に は 食 料 不 足 に 悩 ま さ れ る こ と も多 い 。 モ ロ コ シ の 生 産 量 を 限 定 し て い る 要 因 に は 10) t i 一は 人 を 表 わ す 接 頭 辞 , − Pu r iは 「 耕 作 す る 」 と い う意 味 の 動 詞 Pur ・の 転 誰 で あ る 。

110

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栗本 雨 と紛争

表 1 1979年 〜 1 984年 8月 の 月 別 降 水 量 ( 単 位 ミ リ メ ー トル )

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

total

1979

78.0 35.O l8.   O lO2.  O l21.7 80.6 76.9 125.3 15.5 25.0   6.8

684.8

1 980

  5.5 71.3 79.7 133.5 102,l l56.5 275.3 31.9 80.5 20。6   0.5

957.4

19811982

  6.9 70.0 55.9 106.7 64.2 192.4 11 0.3 201.1 59.9 10.4    ?

  7.5   0.6 21.8 116.1 196.8 86.2 61.1 96.1 211.l ll9.7 16.1   1.6

877.8 十 α 934.7

1983

  1,0 28.6 61.l lO.0 180.7 1 L OO,0 54.9 105.8 104.6 53.2   4.2

704.1

984

  1.6 58.5   4.7 91.3 35.6 78.8 187.0 68.0

ラ フ ォ ン R . D . C・で の 計 測 デ ー タ に よ る 。 1981年 1 2. 月 ・1984年 9月 以 降 は デ ー タ 欠 落

tr

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国立民族学博物館研究報告   11 巻 1号 ど の よ う な も の が あ る だ ろ うか 。 時 に は , 鳥 , と く に 大 群 で 飛 来 す る ハ タ オ リ ド リ

(weaver s) の 仲 間 が , モ ロ コ シ に 致 命 的 な 損 害 を 与 え る こ と も あ る。 し か し, 投 入 さ れ る 労 働 量 と 生 産 技 術 を 一 定 と考 え る と , 雨 が 最 も 決 定 的 な 要 因 で あ る と い え る 。   か ん ば つ だ け が モ ロ コ シ に 害 を 与 え る わ け で は な い 。 雨 は 多 す ぎ て も , 畑 を 冠 水 さ せ る こ と に よ り , 収 量 を 損 な う。 ま た , 開 花 期 に 大 雨 が 降 る と受 粉 が 妨 げ ら れ て , 結 実 し な い こ と も あ る 。 つ ま り , モ ロ コ シ の 育 成 に は , 出 芽 か ら 出 穂 ・開 花 の 時 期 ま で に 適 度 の 降 雨 が 必 要 で あ る 。

  降 雨 に 対 す る パ リの 関 心 の 高 さ は , 次 の 事 例 に よ く現 れ て い る。 例 え ば , l et  t he rai n com e ( kot h uee ) と い う文 旬 も , 先 の l et  the f ood com e と と も に共 同 祈 願 に お い て 多 用 さ れ る 。 ま た , モ ロ コ シ の 成 育 期 に , 町 に 居 住 す る パ リが 村 か ら 出 て き た 人 に 会 う と , あ い さ つ の 一 部 と し て 「雨 は 降 っ て い る か 」 と 聞 くの が ふ つ う で あ る。

雨 は パ リに と っ て 身 近 で 切 実 な 問 題 な の で あ る。

  と こ ろ で , こ の 地 域 で は , パ リの 願 い に 反 し て 降 雨 は 不 足 した り , 過 剰 で あ っ た り す る こ と が ひ ん ぱ ん に 生 じ る 。 降 雨 の パ タ ー ン と量 は き わ め て 不 規 則 で あ る。 そ れ は , 二 つ の 意 味 に お い て 不 規 則 と い え る 。 ま ず 第 一 に , 年 に よ る 降 雨 の 変 異 は き わ め て 大 き い 。 こ れ は , 表 1 の デ ー タ か ら明 らか で あ る。 こ の デ ー タ は , 村 か ら約 9 km 離 れ た 所 に あ る , ラ フ ォ ン地 域 発 展 セ ン タ ー ( Laf on R ・ D ・ C . )で 計 測 さ れ た 。 こ の 場 所 は , プ ゲ リ集 落 の 畑 が あ る地 域 に 含 ま れ る 。 表 1に よ る と , 例 え ば , モ ロ コ シ の 播 種 ・出 芽 期 に あ た る 4月 で は , 1979年 に は わ ず か 1 8. O m m で あ る の に , 1982年 に は 116. lm m も の 降 雨 が あ っ た 。 播 種 の あ と に 降 雨 が 不 足 す る と , モ ロ コ シ は 出 芽 し な い の で , 2回 , 3回 と播 種 を 繰 り返 す こ と を 余 儀 な く さ れ る 。 ま た , 結 実 期 に あ た る 8月 を み る と , 1983年 は 54. 9 m m で あ っ た の が , 1980年 に は そ の 約 5倍 の 雨 が 降 っ た 。 以 上 の よ う な 年 ご と の 大 き な 変 異 は , 天 水 に 依 存 す る モ ロ コ シ 生 産 を 不 安 定 に す

る 主 要 な 原 因 の ひ と つ で あ る。

  第 二 に , 降 雨 の 量 と パ タ ー ン は , 場 所 に よ る変 異 が 大 き い と い う 点 で 不 規 則 で あ る。

つ ま り , こ の 地 域 で は , 同 じ 日 に あ る場 所 の 畑 に は 激 し い 雨 が 降 っ た の に , 数 キ ロ メ ー トル 離 れ た 場 所 で は 通 り 雨 で す ん だ と い う よ う な こ と が , しば しば 起 こ る 。 こ の , 第 二 の 不 規 則 性 に つ い て は , 測 定 デ ー タ は な い 。 し か し, 日 常 的 経 験 に 照 ら して 妥 当

だ と い え る 。

  図 4 に 示 した よ う に , モ ロ コ シ 畑 は , 村 を 中 心 と した 半 径 10キ ロ メ ー トル ほ ど の 範 囲 内 に ひ ろ が っ て い る 。 そ して , 集 落 が 丘 を 中 心 と し て 扇 形 に 分 割 さ れ て い る の と 同 様 に , 畑 地 も集 落 毎 に 分 割 さ れ て い る 。 つ ま り , あ る集 落 の メ ンバ ー は , そ の 集 落 の

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栗本   雨 と紛争

図 4 自 然 環 境 の 民 俗 分 類

前 面 に 畑 を も つ 傾 向 が あ る 。 した が っ て , 例 え ば 6月 頃 に , あ る 集 落 の 畑 で は モ ロ コ シ が 人 の 背 た け ほ ど に 成 長 して い る の に , 別 の 集 落 の 畑 に い く と , 雨 不 足 の た め に ま だ 30〜 40  cm に す ぎ な い と い っ た こ と が あ り う る の で あ る。

  以 上 の よ う に , 降 雨 は 年 よ っ て ダ ま た 場 所 に よ っ て き わ め て 不 規 則 で あ り, そ の た

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国立民族学博物館研究報 告  11 巻 1号 め モ ロ コ シ生 産 は不 安 定 な もの にな らざ るを え な い。

  パ リ社 会 で は , モ ロ コ シ生 産 の 不 安 定 性 が様 々 な社 会 的 葛 藤 を生 み 出 して い る。 そ して , 降雨 の不 規 則 性 は ,生 産 の 不 安 定 性 の主 要 な原 因 で あ る。 しか し,以 上 の こ と か らた だ ち に, 降雨 の不 規 則 性 が社 会 的 葛 藤 を 創 出 して い る と言 え るわ けで はな い。

そ の前 に まず , パ リの人 々自身 が降 雨 の 不 規 則 性 を どの よ うに 因果 論 的 に認 識 して い る か が検 討 され ね ば な らな い。 なぜ な ら, も し彼 らが か ん ば つ や大 雨 を ,天 あ る い は 超 越 的 存 在 の な せ るわ ざ と して ,人 間 の力 の及 ぶ 範 囲 外 の こ と と して運 命 論 的 に耐 え しの ぶ人 た ちな ら, 降 雨 の不 規 則 性 が直 接 的 に社 会 的葛 藤 を 創 出 して い る と は い え な い か らで あ る。

2.   降 雨 の 因果 論

   1 )   降 雨 現 象 の 認 識

 近 代 気 象 学 の洗 礼 を う けた わ れ わ れ は , 雨 が なぜ , い か に して 降 る のか を, 「 科 学 的 」 知識 に基 づ いて 理 解 で き る。 と きた ま人 々を苦 しめ る豪 雨 , 台 風 , あ るい は か ん ば つ も,気 象 学 的 な現 象 と して 把 握 して い るの で あ る。

  と ころ で ,パ リの本 々 自身 は, 降 雨 , 特 にそ の不 規 則 性 に ど の よ うな 因 果 論 的説 明 を 与 え て い るの だ ろ うか。 先 にみ た , パ リの居 住 地 域 に お け る降 雨 の 不 規則 性 は, 近 代 気 象学 の知 識 を も って して も, 十 分 に納 得 の い く説 明 が与 え られ な いの で は と思 え

る ほ どで あ る。      …

  な ぜ , 去 年 は モ ロ コ シに害 を与 え る ほ どの 大 雨 が 降 った の に ,今 年 はか ん ば つ で モ ロ コ シ は立 ち枯 れ て しま った の か。 なぜ , 自分 た ちの 畑 で は雨 不 足 のた め にモ ロ コ シ は よ うや く膝 の 高 さに達 した ぐ らい な の に, 数 キ ロ メー トル離 れ た彼 らの畑 は雨 に恵 まれ , も う穂 が 出 る ほ どに順 調 に育 って い るの だ ろ うか。 こ う した現 象 を彼 らは ど う 認 識 し説 明 して い るの か。      、

  結 論 を 先 取 りす れ ば ,パ リは彼 らに と って 切 実 な 結 果 を もた らす 降雨 の不 規 則 性 を,

固 有 の因 果 論 に依 拠 して 説 明 しよ う とす る。 以 下 で 述 べ る よ う に, この 因果 論 は決 し て 一 元 的 な もの で も論 理 的 に一貫 した もの で もな い。 また , 常 に納 得 の い く説 明 を与

え られ るわ けで もな い。 しか し, この 因果 論 を用 いて 降 雨 の 不 規則 性 を理 解 可 能 に す る作 業 を, パ リが 不 断 に続 けて い るの は確 か で あ る。 こ う した 作 業 の プ ロ セス は次 章 で詳 述 す るが , その 前 に こ こで は, 降雨 に影 響 を与 え る諸 作 用 因 を説 明 す る。

  パ リの観 念 の な か で は, 雨 を 降 らす ( あ るい は止 め る) 力 を有 す る物 と人 とが存 在 す る。 私 の調 査 経 験 に よれ ば , こ う した 力 を 備 え だ存 在 は ,次 の四 つ の カ テ ゴ リー に

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栗本   雨 と紛争

整 理 で き る。 す な わ ち , ジ ュ オ ク , 雨 薬 と 雨 の 首 長 , チ エ ン , ,ア ジ ュ ワ で あ る 。

    2)  雨 を コ ン トロ ー ル す る 諸 力       a. ジ ュ オ ク (神 , 精 霊 , 「力 」)

  ジ ュ オ ク ( ブω砒 ,pl .卿 の は , 降 雨 を 生 じさ せ る最 も基 本 的 な 存 在 で あ る 。 パ リの 人 々 は , 「雨 は , 人 間 で は な く, ジ ュ オ ク に よ っ て ひ き お こ さ れ る」 と し ば し ば 言 明 す る 。 そ れ で は ジ ュ オ ク と は 何 か 。 じ? は , こ の 概 念 を 英 語 , あ る い は 日本 諦 に 翻 訳 す る こ と は た !、へ ん や っ か い な 問 題 で あ る 。 ジ ュ オ ク , も し く は ジ ョ ク ( ブoん)の 概 念 は , 、 パ リ だ け で な く 広 く 西 ナ イ ロ ー トの あ い だ に 分 布 して お り, 場 合 に よ っ て 神

(God), 精 霊 ( god  or s pi ri t), 悪 霊 ( dev五 1 ), 「力 」 ( power)11) 等 の 訳 語 が あ て られ て い る 。 そ して , 「ジ ュ オ ク (ジ ョ ク) と は 何 か 」 と い う問 い は , ナ イ ロ ー ト研 究 に お い て 長 年 に わ た る 最 も論 争 的 な 問 題 の ひ と つ で あ っ た 。 パ リ に お け る ジ ュ オ ク の 概 念 の 詳 細 な 検 討 は 別 稿 に 譲 る と し て , こ こで は 本 論 と の 関 係 上 , そ の 概 要 を 述 べ る に と ど め て お き た い 。

  日常 会 話 , 儀 礼 言 語 に お け る ジ ュ オ ク の 用 法 , お よ び パ リ と の 議 論 か ら私 が 理 解 す る と こ ろ に よ れ ば , こ の 概 念 は 以 下 の 4つ の 意 味 範 疇 に 分 析 的 に 区 分 で き る 。 こ れ は 分 析 上 の 区 別 で あ っ て , パ リ自 身 が こ う した 区 別 を 意 識 的 に 用 い て い る わ ひ で は な い 。       ①   神 , 造 物 主

      ②   精 霊       ③   「力 」       ④   疫 病

  ① の 意 味 で の ジ ュ オ ク は 遍 在 して お り , ま た 人 間 界 か ら は 離 れ す ぎ て い て , そ れ に 直 接 干 渉 して く る こ と は な い 。 ② の 精 霊 は , か な ら ず 洞 窟 , 巨 岩 , 巨 木 , 泉 , 川 の 淵 と い っ た 特 定 の 場 所 と 結 び つ い て お り , 人 間 を 「捕 え る 」 ( mako) こ と に よ り災 厄 を も た らす 。 人 間 は , 祈 願 と 供 犠 を 通 じ て , 精 霊 に 災 厄 を と り 除 く よ う働 き か け る こ と が で き る 。 ③ の 「力 」 は , パ リの 理 解 を 越 え た 不 可 思 議 な 力 能 を 意 味 す る 。 例 え ば , 彼 らが , 「白 人 に ジ ュ オ ク で あ る 」 と 言 う と き , 「白 人 は 神 で あ る 」 あ る い は 「白人 は 精 霊 で あ る 」 こ と を 意 味 し て い る の で は な い 。 白 人 の 持 っ て い る , パ リ に と っ て は 不 可 思 議 な 力 能 に 言 及 し て い る の で あ る。 最 後 に 〜 天 然 痘 等 の 恐 ろ し い 疫 病 そ の も の も

ジ ュ オ ク と 呼 ば れ る。

  以 上 , 四 つ の カ テ ゴ リー の な か で ,降 雨 と か か わ る の は① の 神 で あ る。 つ ま り,「雨 11) 「力」 ( power )の 訳語 は Li enhar d  t 一 に拠 る [ LI ENHARDT  l 961:28] 。

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国立民族学博物館研究報告   11 巻 1号 は人 間 で は な く , ジ ュ オ ク に よ っ て ひ き お こ さ れ る」 と い う言 明 は , 降 雨 と い う現 象 が 入 智 に よ る コ ン ト ロ ー ル の 範 囲 を 越 え た 問 題 で あ る こ と を 意 味 して い る の で あ る 。 人 聞 が で き る 唯 一 の こ と は , 集 合 的 祈 願 に よ っ て , 十 分 な 雨 が 降 る よ う に ジ ュ オ ク に 対 して 祈 る , あ る い は 乞 う こ と で あ る 12) 。

  こ の よ う に , 「雨 を もた らす の は ジ ュ オ ク で あ る」 と い う認 識 は , 降 雨 の 因 果 論 に お い て 最 も 基 本 的 な 前 提 で あ る と考 え ら れ る 。 そ れ ゆ え に , ① の 意 味 で の ジ ュ オ ク , 神 は , 降 雨 の 因 果 論 に お け る 究 極 因 で あ る と い え る 。

  しか しな が ら, ジ ュ オ ク に 降 雨 の 究 極 因 を 求 め る 一 方 で , パ リの 人 々 は 雨 を コ ン ト ロ ー ル し う る 力 を も つ 人 物 , お よ び 物 が 存 在 す る こ と を 信 じて い る。 そ の な か で , ま ず 「雨 薬 」 と 「雨 の 首 長 」 を と り あ げ る。

      b. 雨 薬 , 雨 石 , 雨 の 首 長

  最 大 の 集 落 で あ る ウ ィ ア トゥ オ の 首 長 が 雨 の 首 長 ( γω認 ゐ話 o殉 と 呼 ば れ る こ と は 序 論 で 述 べ た 。 そ の 地 位 は 父 系 的 に 継 承 さ れ , 彼 は 雨 を コ ン トロ ー ル す る 力 を 持 つ と 信 じ られ て い る 。

  そ れ で は , 雨 の 首 長 の 力 の 源 泉 は , い っ た い ど こ に あ る の だ ろ う か 。 こ の 問 い に対 し て は , 二 通 り の 解 答 が 可 能 で あ る 。 ひ と つ は , 首 長 と して の 力 能 , テ ー ゴ (t ee go)

で あ り , も う ひ と つ は , 雨 薬 と 雨 石 で あ る。

  テ ー ゴ は ,た ん な る物 理 的 ・身 体 的 力 とは異 な る ・首 母 だ けが 備 え た 力 を 意 味 す る。

テ ー ゴ は ジ ュ オ ク が 備 え た 力 を 意 味 す る 。 テ ー ゴ は ジ ュ オ ク が 授 与 し た と み な さ れ て い る。 こ の 力 の お か げ で 雨 の 首 長 は 雨 を コ ン トロ ー ル で き る の で あ る 。 そ れ と 同 時 に , 彼 は 雨 薬 ( ノadhi − kot h,   pl.   2e ndi − kot h) と 雨 石 ( g妙 o,   pl .   gωi i)を 所 有 し , そ の 用 い 方 を 知 っ て い る た め 雨 を コ ン ト ロ ー ル で き る と も考 え られ て い る。 つ ま り , 雨 の 首 長 は , 身 体 に 内 在 す る テ ー ゴ と , 外 在 す る い わ ば 道 具 と い え る 雨 薬 と 雨 石 の 両 者 の 助 け を か

りて , 自 らの 権 威 を 保 持 して い る の で あ る 。

  と こ ろ で , 雨 薬 と 雨 石 は , い っ た い い か な る材 質 ・形 状 の もの で , い か に 用 い ら れ る の だ ろ う か 。 雨 薬 の 原 語 ノadhi − kot h は クat h of  rai n の 意 味 で あ る。 /at h は 木 一 般 お よ び 薬 を 意 味 す る 。 パ リが 用 い る民 間 薬 の ほ と ん ど が 植 物 (特 に 根 ) を 材 料 と す る こ と を 考 え れ ば , 木 と 薬 に 同 じ単 語 が あ て ら れ て い る の は 納 得 で き る 。 そ して , 雨 薬 は あ る種 の 木 片 で あ る ら し い 。 雨 石 は , じ っ さ い あ る種 の 石 で あ る 。 指 先 大 の 一 対 の 小 石 か ら成 り , お そ ら く水 晶 の よ う な 結 晶 で あ る ら し い が 未 確 認 で あ る 。

  雨 薬 と雨 石 は , 雨 の 首 長 自 身 が 保 管 し, 彼 が そ れ ら を 用 い る 時 は , ひ と り で 人 目 に 12)パ リ語 で は , ジ ュ オ クに祈 る 場合 と,他 人 に物 を 乞 う場合 が, 同 じ動 詞 k wa c oで表 現 され る 。

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栗本  雨 と紛争

ふ れ る こ とな く行 な うの で パ リの ほ とん ど の人 々 も 目 にす る こ と は な い。 残 念 な が ら私 自身 も雨 薬 と雨 石 を 一 度 も見 た こと が な く , そ の材 質 ・形 状 ・用 法 につ い て は ,伝 聞 の 情 報 に頼 る し か な い。

  また , 後 に 述 べ る よ う に, 雨 を め ぐる紛 争 が 表 面 化 す る と き に は, ほ とん ど 必 ず と い って も い い ほ ど,

雨 薬 と雨 石 の 存 在 の 有 無 , その 所 在 が 問 題 の 焦 点 とな る。 つ ま り, これ は常 に微

  図 5 雨 の 首 長 の 系 譜

(ア ラビ ア数 字 は 雨 の首 長 の 代 数 を表 わ す )

妙 な 政 治 問 題 で あ っ て , そ れ 故 に , 雨 薬 と雨 石 に 関 す る 正 確 な 情 報 を 得 る の は 一 層 難 し い の で あ る 。

  しか し , 1983年 1月 に 初 代 雨 の 首 長 ニ ラ ン ( N yi l aη)13 ) の 孫 に あ た る ウ ィ ア ト ゥ オ 集 落 の 長 老 ア ボ ラ ( Abol a)が 語 って くれ た と こ ろ に よ る と ,雨 の 首 長 ビデ レ は存 命 中 ,

2種 類 の 雨 石 と 7種 類 の 雨 薬 を 所 持 し て い た 。 こ れ ら は , ニ ラ ン か ら ビデ レ に 至 る 4 代 の 首 長 の 間 に 蓄 積 さ れ た も の で あ る   (図 5)。 雨 石 は ブ ラ集 落 と コ ル 集 落 か ら, 雨 薬 の ひ と つ は ブ ゲ リ集 落 , 他 は ア チ ョ リ ( A col i )14)か ら獲 得 した 。 こ の よ う に雨 の 首 長 は , 他 集 落 お よ び ア チ ョ リか ら雨 石 と雨 薬 を 得 て , そ の 権 威 を 増 大 さ せ て い っ た と 考 え ら れ る 。 ア ボ ラ の 話 に よ れ ば , ビ デ レ は 様 々 な 雨 薬 を 常 に 身 に つ け て 持 ち歩 い て い た と い う。 2amo ( 風 を 意 味 す る )と 呼 ば れ た 雨 薬 は , 特 に 雨 を 止 め る た め に 用 い ら れ た 。 こ れ を , 火 の 傍 に 置 く と雨 を 止 め る こ と が で き た 。 ま た , 雨 石 は 第 一 夫 人 の 家 で 壺 に 入 れ て 保 管 さ れ て い た 。 雨 を 降 らせ る と き に は 壺 に 水 を 注 ぎ , 雨 を 止 め る と き に は 壺 か ら取 り 出 した と い う。

  こ こで , 雨 の 首 長 に つ い て ひ と つ 補 足 し て お く。 雨 の 首 長 は , 降 雨 に 関 して 雨 薬 と

1 3)ニ ラ ンの父 は首 長 で は あ った が, 雨 の 首 長で はな か った 。 ニ ラ ンは , 雨 の 首長 の 制 度 を, 隣  接 す る ロ トゥホの サブ ・グ ル ープ , ロ フ ィ ッ ト ( Lof i t )か ら取 り入 れ た といわ れ て い る 。 つ ま   り, 雨 の 首 長制 は, 年 齢組 織 と 同様 に , ロ トゥホ との文 化接 触 の 結 果 借用 され た と考 え られ る。

1 4) ア チ ョ リは ,パ リと伺 じ く西 ナイ ル 語 ル オ方 言 を 話 す 民族 集 団 。

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国立民族学博物館研究報告  11 巻 1号 雨 石 の 他 に, ウベ ル ( ub e l )とい う父 祖 伝 来 の槍 を保 持 して い る。 初 代 雨 の首 長 ニ ラ ン 以 前 に は, パ リの 首 長 は共 同祈 願 の 場 に この槍 を持 ち 出 し, 人 々 はそ れ を 通 じて ジ ュ オ ク に降 雨 を祈 願 した とい う。 雨 の首 長 が誕 生 す る以 前 は, お そ ら くこれ が 最 も中心 的 な 降 雨 コ ン トロー ル の 試 み で あ った と思 わ れ る。 この 方 法 は, 現在 で も全 部族 的規 模 で 催 され る共 同祈 願 ( t am)に お い て続 け られ て い る。

  さて , 雨 の 首 長 ば, ジ ュオ クが 授 け た 力 と,代 々蓄 積 した 雨 石 と雨 薬 の 所 有 と使 用 とに よ って 雨 を コ ン トロ ール す る と述 べ た。 そ れ が首 長 と して の権 威 の 源 で あ る こ と は間 違 い な い。 しか し, 次 に注 意 した い の は,雨 の首 長 は雨 を コ ン トロ ール す る力 を た だ ひ と りで独 占 して い るわ けで はな い とい う事 実 で あ る。 と い うの は, 彼 以 外 の 人 で も,雨 薬 を入 手 す る こと に よ って そ の 力 を 身 につ け る こと が可 能 な の だ。 これ は,

パ リ社 会 に お け る雨 を め ぐる社 会 的 葛 藤 を 考 え る上 で , きわ め て重 要 な ポ イ ン トで あ る。 この事 実 ゆ え に様 々 な葛 藤 が 生 じる と い って も過言 で は な い。

  そ こで以 下 で は ,雨 の首 長 以 外 の 人 物 に よ る雨 薬 所 有 の例 を ふ た つ と りあ げ る。

  〈 長 老 ア ニ ャ ラ た よ る 雨 薬 所 持 〉

  ニ ラ ン に は ウ コ ス ( U kot h) と い う兄 が い た が 若 く して 死 ん で し ま っ た 。 そ れ で , 首 長 位 は ニ ラ ン が 継 承 し た の で あ る (図 ら)。 ウ コ ス の 息 子 ニ ャ ン ギ ロ ( N yangi l o)

は , コ ル 集 落 の 首 長 か ら ニ ャ マ ル ( Nyam aru) あ る い は ニ ム モ ル ( Nyi m m oru) と い う 名 の 雨 薬 を 手 に入 れ た 。 ニ ャ ン ギ ロ は , 彼 に と って 父 方 イ トコ に あ た る 当 時 の 雨 の 首 長 グ ム マ ル (Gum m ar) と協 力 して , 雨 を 順 調 に 降 らせ る よ う 努 め た と い う (図 5 参 照 )。 し か し 同 時 に , ニ ャ ン ギ ロ は 首 長 に な る 野 心 を 抱 い て お り , グ ム マ ル と 競 い

あ っ た と い わ れ て い る 5

  や が て 二 畢 ン ギ ロ が 死 ぬ と , 雨 薬 は妻 ア ピ ー デ ィ ( Api i dhi ) が 相 続 した 。 次 い で グ ム マ ル も死 に , ウ ガ ン (U ηaり)が 雨 の 首 長 と な っ た (図 5)。 ア ピ ー デ ィ は 雨 薬 を 用 い て 降 雨 を 妨 害 した と い う 非 難 を う け , そ の 結 果 , 1960年 代 前 半 に 殺 さ れ て し ま う 。 雨 薬 は 息 子 ア ニ ャ ラ ( A nyal a) が 相 続 し た 。 ウ ガ ン の 息 子 ビ デ レが 雨 の 首 長 で あ っ た 時 代 に は 雨 は 順 調 で 問 題 は な か っ た が , 彼 が 死 に , 第 一 夫 人 の ニ ブ ル (Nyi buru)が 後 を 継 ぐ と , ア ニ ャ ラ は 自 分 が 首 長 に な る 画 策 を 始 め た と い う。 そ し て , ニ ブ ル と ア ニ ャ ラ の こ二 人 は , 1982〜 84年 の 紛 争 の 主 役 を つ と め る こ と に な る の で あ る。 こ れ に つ い て は 次 章 で 詳 し く述 べ る 。

  以 上 の よ う に , ニ ャ ン ギ ロ と ア ニ ャ ラ と い う首 長 筋 の 傍 系 出 身 の 父 子 が , 雨 薬 を 所

持 して い た た め に , 4・ 代 に わ た る首 長 と の 間 で 様 々 な 葛 藤i が 生 じて き た の で あ る。 そ

れ は , 首 長 の 座 を め ぐ る権 力 闘 争 で あ っ た と 言 え る の で は な い だ ろ う か 。 そ し て , 二

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栗本   雨 と紛争

ヤ ン ギ ロ の 妻 は殺 さ れ , ア ニ ャ ラが 村 を 追 放 さ れ た こ と か ら 明 ら か な よ う に , こ の 争 い は ニ ャ ン ギ ロ側 の 敗 北 に 終 った の で あ る 。      ,   ニ ャ ン ギ ロ と ア ニ ャ ラ に 関 す る以 上 の 記 述 は , 首 長 筋 の 人 々 , つ ま り , ア ニ ャ ラ を 追 放 し た 側 の 説 明 に拠 っ て い る。 1985年 6月 に , ジ ュ バ の 町 で ア ニ ャ ラ 自 身 が ら直 接 聞 い た 説 明 は , そ れ と は 大 き く異 な っ て い た 。 ア ニ ャ ラ は , 彼 も 父 の ニ ャ ン ギ ロ も雨 薬 を 所 持 し た こ と は 一 度 も な く , そ れ は 首 長 筋 の 人 々 が 捏 造 した 言 い が か り に す ぎ な い と述 べ た 。 こ こ で は , 真 実 が い ず れ の 側 に あ る か の 詮 索 は や め て お く。 ア ニ ャ ラ を 追 放 し た , パ リの 多 く の 人 々 に と っ て は , ニ ャ ン ギ ローア ニ ャ ラ に よ る 雨 薬 の 所 持 は 現 実 的 な 事 実 で あ っ た と 認 識 され て い た こ と, この よ う に 雨 薬 の 所 在 は 常 に あ い ま い で あ る こ と の 二 点 が , 本 論 の 考 察 に と う て 重 要 で あ る 。

〈 コ・ 喋 落首長 マテ ・アによる雨薬所持 〉 、        .

  次 に , コ ル 集 落 の 首 長 に よ る雨 薬 所 持 の 例 を み て み よ う。 コ ル の 首 長 は , 殺 人 事 件 調 停 者 の シ ン ボ ル で あ る儀 杖 リ ク エ リ (l i kωe ri )の 継 承 者 と し て , パ リ社 会 内 で 雨 の 首 長 に 次 ぐ重 要 な 地 位 を 占 め て い る 。 ま ち コ ノ レは ブ ラ, プ チ 築 ワ , プ ゲ リ, ア ン グ ル メ レ , ウ ィ ァ ト ゥ オ の 五 集 落 が 雨 の 首 長 の 下 に あ る の に 対 して , 独 立 した 状 態 を 保 っ て き た 。 そ の 意 味 で , コ ル の 首 長 は 雨 の 首 長 と 対 等 な 社 会 構 造 上 の 地 位 を 占 め て い る と い え る ([栗 本   n・ d・ ]参 照 )。

  しか し, コ ル の 首 長 は 雨 の 首 長 で は な い か ら , 雨 を コ ン トロ ー ル す る 力 を 持 っ て は い な か っ た 。 ビ デ レ が 雨 の 首 長 で あ っ た 時 期 , コ ル の 畑 に 雨 が 降 らな い こ と が た び た び あ っ た 。 コ ル の 人 々 は こ れ を , ビ デ レ の 傘 下 に 入 ら な い コ ル に 対 す る ビデ レの い や が らせ で あ る と理 解 し た 。 そ こ で , ウ ィ ア ト ゥオ 集 落 の 干 渉 か ら 自 衛 す る た め に , コ ル の モ ジ ョ ミ ジ 階 梯 は 自 ら雨 薬 を 持 つ こ と を 決 定 した の で あ る 。

、 1970年 代 に , キ ラ ン ( K i l l aη)年 齢 組 と ア ニ ュ ワ ( Anywa) 年 齢 組 に よ っ て 何 種 類 か の 雨 薬 と 雨 石 が ロ ト ゥ ホ と ア チ ョ リの 雨 の 首 長 か ら購 入 さ れ , コ ル の 首 長 マ テ ィ ァ

(M att i a)の 下 に 保 管 さ れ て い た 。 マ テ ィ ア は こ れ らq)雨 薬 を 駆 使 して , ウ ィ ア トゥ オ に 対 抗 し, コ ル 集 落 に十 分 な 雨 を 降 らせ る よ う努 め て きた の で あ る 。

  しか し, 次 章 で 述 べ る よ う に , マ テ ィ ァ は か ん ば つ の 責 任 を 負 わ さ れ て , 1984年 9 月 に 村 を 追 放 さ れ る。 そ の さ い に , 雨 薬 の 所 在 が 問 題 の 焦 点 と な っ た の だ が , マ テ ィ ァ 自 身 と彼 を 弾 劾 し追 放 を 決 定 し た モ ジ ョ ミ ジ 階 梯 の あ い だ で , 大 き な 見 解 の 相 違 が あ っ た こ と は , ア ニ ャ ラ の 場 合 と 同 様 で あ る 。

こ れ ら二 つ の 例 か ら 明 ら か な よ う に , パ リ社 会 で は , 雨 薬 を 獲 得 す る こ と に よ っ て ,

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国立民族学 博物館研究報告   11 巻 1号 雨 の 首 長以 外 の人 で も雨 を コ ン トロ ー ルす る力 を持 ち う るの で あ る。 そ して , この力

を身 につ けた人 は,雨 の首 長 とあ る種 の競 合 関 係 に置 か れ る こ とに な る。

  雨 の 首 長 に関 して は, そ の職 務 とそれ に対 す る報 酬 につ い て 説 明 して お く必 要 が あ る。 毎 年 4月 頃 , 雨 季 が 始 ま る と,雨 の首 長 は モ ロ コ シの 播 種 の 日を決 定 す る。 そ の 日 に は, 全 部族 が 総 出 で種 ま きを行 な う。 播 種 の直 後 に は雨 が 必 要 で あ る。 さ もな い と, モ ロ コ シの種 子 は芽 ぶ か な い ま ま枯 死 して しまい , も う一 度播 種 を行 な わね ば な らな い。 した が って ,雨 の首 長 は播 種 の あ と, 順 調 に雨 を 降 らせ る責 任 が あ る。 彼 の 仕 事 は, モ ロ コ シが成 育 し,無 事 に収 穫 が終 了 す る まで ,適 度 の雨 が 降 る よ うにす る

こ とで あ る。

  この 仕 事 に対 す る報 酬 と して ,雨 の首 長 は毎 年 多 くの 財 とサ ー ヴ ィス の提 供 を人 々 か らう けて い る。 最 近 で は , 6集 落 のモ ジ ョ ミジ階梯 はそ れ ぞ れ毎 年 牛 1頭 と現 金 1 0 ス ーダ ンポ ン ド1 5 ) ,合 計 牛 6頭 と6 0ポ ン ドを 雨 の 首 長 に 支払 って い た。 また , コル を 除 く 5集 落 の モ ジ ョ ミジ は,毎 年 首 長 の畑 を耕 作 して い た 。 首 長 の畑 は 5つ に分 割 さ れ , 各 集 落 に割 り当 て られ て い る ので あ る。 さ らに, 首 長 の 屋 敷 の新 築 ・修 理 も 5集 落 のモ ジ ョ ミジが無 償 で労 力 を提 供 して 行 な わ れ る。

  した が って ,先 代 の雨 の首 長 ビデ レは, 多 数 の 牛 と豊 富 な モ ロ コ シに恵 ま れ, 5人 の 妻 を婆 って い た。 パ リ社 会 は複 婚 制 と は いえ , 過 半 数 の 男 は ひ と り しか妻 を もた な い。 自分 の 畑 の 農作 業 ,屋 敷 の建 設 に多 くの 労 働 量 を 費 や す こ とを考 え れ ば, 雨 の 首 長 は大 きな特 権 を 享受 して い る とい え る。 貧 富 に も とつ く社会 の階 層 化 が未 発 達 な,

平 等 主 義 的 な パ リ社 会 の な か で ,雨 の首 長 は社 会 経 済 的 に突 出 した 唯一 の人 物 な ので あ る。

  こ こで , 雨 の 首 長 との 関係 上 , コ ルの 首 長 につ い て述 べ て お か ね ば な らな い。 他 の 5集 落 と社会 構 造 上対 等 な地 位 を 占 め る コ ル集 落 は, 数 年 前 ま で雨 の首 長 へ の いか な る財 とサ ー ヴ ィス の提 供 も行 な って い なか った 。 そ の か わ り, コル の モ ジ ョ ミジ階 梯 は, コル の 首 長 の畑 の耕 作 と彼 の屋 敷 の 新 築 ・修 理 に労 力 を提 供 して いた 。 た だ し,

首 長 に対 す る牛 や現 金 の贈 与 は存 在 しな か った 。

  しか し, アニ ュ ワ年 齢 組 が モ ジ ョ ミジ階 梯 の 頭 にな って か ら, コル も雨 の首 長 に牛 と現 金 を 贈 るよ うに な った。 その 一 方 で , コル の 首 長 の畑 の耕 作 は続 け られ た 。 した が って , この数 年 間 コル集 落 は 自分 の 首 長 と雨 の 首 長 とに , い わ ば二 股 を か けた 状 態 に あ った 。 そ の後 ,1 983 年 か ら,つ い に モ ジ ョ ミジ は コル 集 落 の首 長 の畑 を耕 作 す る こ と を放 棄 して しま った。 つ ま り, コル の モ ジ ョ ミジ階 梯 は, 自分 た ちの首 長 に は ほ 1 5 ) 1スーダ ンポ ンドは約 1 3 0円 ( 1 9 8 4 年 の換金率による) 。 ちなみに,小学校教員の月給は約6 0   ポ ンド,牛 1頭 は約1 5 0ポン ドであ る。

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栗本   雨 と紛争

とん ど財 とサ ー ヴ ィスの 提 供 はせ ず , 雨 の首 長 に対 して は牛 と現 金 の 贈 与 は行 な うが , 労 役 の提 供 は しな い と い う新 しい 態度 を と った の で あ る。

  以 上 の 一 連 の 変 化 は, コル の首 長 の独 立 した権 威 が揺 らぎ, 雨 の 首 長 の 一 元 的 な権 威 の も と にパ リ全 体 が お さ ま って い く過 程 と捉 え る こ と も可 能 だ ろ う。 しか し, この 過 程 は コ ルの 首 長 マ テ ィ ァ に と って は, 自分 の既 得 権 に対 す る明 白 な侵 犯 で あ った は ず で あ る。 後 に み る よ う に, マ テ ィ ァ と コル の モ ジ ョ ミジ階 梯 の緊 張 関 係 は, 1 9 84年 に入 って 表 面 化 す る。

  ま と め る と, 雨 の 首 長 の権 威 は,雨 薬 を所 持 す る別 の人 物 に よ って 脅 か され る危 険 をた えず は らん で い る。 そ の一 方 で ,雨 の首 長 はパ リ全 体 の降 雨 に責 任 を もち, そ の 責 任 を全 うす る こ とへ の 報 酬 と して財 とサ ー ヴ ィス の提 供 を享 受 して い る。

  それ で は, も し, 雨 の 首 長 が職 務 を全 うで きな い ば あ い , つ ま り降 雨 が順 調 で な い と き に は ど うな るの だ ろ うか 。 そ う した ば あ い ,人 々は彼 が仕 事 を怠 って い る と感 じ る。 そ して , 雨 の 不 順 が 続 けば , 人 々 は雨 の 首 長 に対 して怒 りさ え抱 くよ うに な る。

なぜ な ら, 常 々財 とサ ー ヴ ィス を捧 げ ,破 格 の待 遇 を与 えて い るの に, 職 務 を 怠 る と は もって の ほか で あ る と考 え られ るか らで あ る。 した が って , 降 雨 が 本 来 きわ めて 不 規 則 な こ の地 域 で は, 雨 の 首 長 は人 々の憎 悪 ・糾 弾 の対 象 に な りや す い と いえ る。

      c. チ エ ン ( 死 霊 の 復 讐 )

  パ リ社 会 で は , 雨 の 首 長 と 雨 薬 の 保 持 者 の み が , 降 雨 を コ ン ト ロ ー ル す る 力 を 持 っ て い る わ け で は な い 。 他 に も 降 雨 を 左 右 す る手 段 が 存 在 す る 。 チ エ ン ( c i e n) は そ の ひ と つ で あ る 。

  チ エ ン と は何 か 。 こ の 概 念 は他 の 西 ナ ィ ロ ー ト に も広 く分 布 し, 英 語 で は ghos t l y vengeance1 6》と い う訳 語 が あ て られ て い る 。 「死 霊 の 復 讐 」 と 訳 せ よ う か 。 パ リで は ,

す べ て の 人 は 死 ぬ 前 に グ エ ス ( gwet h) か チ エ ン を 言 い 残 す こ とが 期 待 さ れ て い る 。 こ の 両 者 は 対 概 念 で あ る。 グ エ ス は , 後 の 残 さ れ た 者 た ち に 繁 栄 と 平 安 が 訪 れ る よ う に と い う 祝 福 で あ り , チ エ ン は , 逆 に 彼 ら が 災 厄 に み ま わ れ る こ と を 願 う 呪 い で あ る。

グ エ ス と チ エ ン は , 単 な る観 念 上 の 存 在 で は な く , き わ め て 現 実 的 な もの で あ り , 生 者 を 大 き く拘 束 して い る。

  そ れ ゆ え に , パ リの 人 々 は , あ る 人 が 死 ぬ 前 に何 を 言 い 残 した か と い う 「死 の 状 況 」1 7)に 高 い 関 心 を 抱 い て い る。 グ エ ス は , 死 の 床 に 集 ま っ た 人 々 に 対 して 明 確 に 表 16)例 え ば, アニ ュア ク にお け る ghos t l y  ve ngeanc eにつ い て は, [ 1・ I ENHARDT  1 962],「 EvANs −   PRI TcHARD 1 953 ], ケ ニ ヤ ・ル オ に 関 して は, [ EvANs − PRI TcHARD 1 950;阿 部   1 97 9,1983:

  621 −623 ]を参 照 の こと 。

17) この用 語 は Li e nhar dt[1 962]に拠 る 。                 

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国立民族学博物館研究報 告  1 1巻 1号 明 され る。 そ れ に対 して , チ エ ンは表 明 され な いか , され る に して もあ る個 人 に だ け 告 げ られ るの が ふ つ うで あ る。 そ して , チ エ ンを 聞 か され た 人 はか た く口 ど め さ れ ,.

も し口外 す る と死 ん で しま うと信 じ られ て い る。 つ ま り. あ る人 が じっ さ い に ど の よ うな チ エ ンを残 した か を知 るの は, ほ とん ど不 可 能 で あ る。

  しか し,生 前 不 幸 な人 生 を お く り, 他 者 と も い い関 係 に はな か った人 が ,沈 黙 した ま ま死 ん だ と しよ う。 そ うす る と, 1, 2年 の あ い だ に,彼 ま た は彼 女 が チ エ ンを残 した と人 々が信 じ るよ うにな る確 率 は高 い。 あ る人 が チ エ ンを残 した と い う事 実 は,

死 後 に確 認 され るわ けで あ る。 この こ と は,更 に説 明 を要 す る。

  チ エ ンは, 特 定 の 個 人 だ けで な く, 集 落 , 部族 共 同体 全 体 に も災 厄 を もた らす こ と がで き る。 また , パ リと敵 対 す る他 部族 を 呪 う こ と も可 能 で あ る。 そ して , 個 人 あ る い は集 団 が事 故 , 疫 病 , 火 事 , か ん ば つ ,他 部族 に よ る略 奪 に み まわ れ る と, 人 々 は い った い誰 の チ エ ンが 災 厄 を もた ら した の か を考 え始 め る。 つ ま り, 災厄 が訪 れ て は じめて 災 因 を 追 求 す るわ け で あ る。 彼 らは ,最 近 死 ん だ人 々の な か か ら, チ エ ンを残 した 可 能 性 の あ る者 を リス トァ ップ す る。 そ の上 で , モ ジ ョ ミジ階 梯 は, 衆 議 の一 致 を待 って 犯 人 が 誰 かを 決 定 す るの で あ る。

  チ エ ンを う けた (と思 わ れ る) 個 人 は ア ジ ュ ワ ( 占 師, 治 療 者 ) に よ る診 断 ; 治療 を うけ る こ とが で き る。 しか し,治 療 は い つ も成 功 す る と は限 らな い。 治療 に もか か わ らず , チ エ ンの た め に死 ぬ こと は多 い。

  自分 を 憎 ん で い た人 が沈 黙 の ま ま死 ぬ と, 本 人 は その 人 が チ エ ンを行 な った に ち が い な い と感 じる こ とが あ る。 け れ ど も, 彼 の と り う る予 防 ・自衛 手 段 は存 在 しな い。

しか し, チ エ ンが効 力 を発 揮 す る の は, 死 後 約 2年 聞 程 度 な の で , そ の期 間 を無 事 に す ぎ れ ば ,彼 は だ い じ ょ うぶ と い う こと に な る。

  そ れ に対 して , チ エ ンが集 落 や 部 族 共 同体 にか か わ る場合 は,対 抗 手 段 を と り うる。

す な わ ち, か ん ば つ や他 部 族 に よ る家 畜 の略 奪 にみ まわ れ る と, モ ジ ョ ミジ は合 議 の 上 ,誰 が チ エ ンを残 した か を決 定 す る。 この 最 終 決 定 に はア ジ ュ ワ ( 占師 ) が 関 与 す

, る。, そ して モ ジ ョ ミジ は , チ エ ンを残 した 人 の 墓 を暴 き,遺 体 を村 の外 に遣 棄 す る。

そ うす れ ば , チ エ ンの 力 は消 滅 す る と考 え られ て い る。

  と ころ で , チ エ ンを行 な う力 は, 人 の 胃の 中 に存 在 す る とみ な さ れて い る。 この 点 で ,人 間 の 胃 ( お そ ら く動 物 の 胃 も) はパ リに と って きわ め て重 要 な器 官 で あ る。 そ れ は ,単 な る消 化 器 官 で は な い。 次 章 で は, 人 々が 胃 を い か に諏 うか, そ の実 例 をみ る こ と に な る。

  以 上 の よ うに , チ エ ンは様 々 な災 厄 の原 因 と して 生 者 の世 界 に影 響 を及 ぽす , 現 実

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参照

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