ヴォルテッラーノ 【 翻 訳 】
カルロ ・ デル ・ ブラーヴォ
甲 斐 教 行 訳・ 註 解
若 か り し 頃 よ り 、 夕 闇 に 包 ま れ た サ ン テ ィ ッ シ マ ・ ア ヌ ン ツ ィ ア ー タ 聖 堂 の 小 さ な 礼 拝 堂 で 懐 中 電 灯 の ス イ ッ チ を 指 で 点 け る と 、 ゆ っ く
り と い き つ 戻 り つ す る 光 の 愛 撫 の も と 、 奏 楽 天 使 を 描 い た ヴ ォ ル テ ッ ラ ー ノ の 小 さ な 壁 画 ( 図 1 ) が 微 笑 み な が ら 私 の ま え に 姿 を 現 し た 。
こ の 礼 拝 堂 が 若 い 頃 楽 士 を 務 め た ジ ョ ヴ ァ ン ニ ・ グ ラ ッ ツ ィ と い う 老 人 の た め に 装 飾 さ れ 、 目 で 見 る も っ と も 美 し い も の の ひ と つ だ と 記 し
た バ ル デ ィ ヌ ッ チ の 一 節 が お ぼ ろ げ に 思 い 浮 か ん だ
(一)。 私 に は こ う し た 訪 問 だ け で も う 十 分 だ っ た 。 後 に 来 る の は 、 い く つ か の 書 物 と の 対 話
を 通 し て 、 さ ら な る 意 味 へ と 向 か う 旅 で あ る 。 私 の 常 套 手 段 の ひ と つ 、 絵 画 と 文 学 と の 類 比 は 、 ︹ ジ ャ ン バ ッ テ ィ
ス タ ・ ︺ マ リ ー ノ ︹ 一 五 六 九 ─ 一 六 二 五 年 詩 人 ︺ が 一 六 一 四 年 に ホ ラ テ ィ ウ ス の ﹁ 詩
ウト・ピクトゥーラ・ポエーシスは 絵 の 如 く ﹂ を 敷 衍 し つ つ 、 絵 画 と 詩 を 双 生 児 と 呼 ん だ こ と で そ の 有 効 性 が 裏 づ け ら れ る
(1)。 類 比 と い う 人 文 主 義 的 手 法 は 、 わ れ わ れ が と り あ げ る 一 六 〇 〇 年 代 に は 、 古 典 文 学 の 近
パラフレーズ代 語 訳 や 、 ギ
リ シ ャ 語 、 ラ テ ン 語 の 文 体 ・ 韻 律 の ト ス カ ー ナ 文 学 へ の 適 用 に 対 し て も き わ め て 重 要 な 意 味 を も っ て い た 。 さ ま ざ ま な 立 場 が 、 ラ テ ン 文 学
を 簡 潔 と 力 の 模 範 と す る 見 解 を 表 明 し て い た
(2)(二)。 し た が っ て 、 フ ル ヴ ィ オ ・ テ ス テ ィ ︹ 一 五 九 三 ─ 一 六 四 六 年 詩 人 ︺ が 打 ち と け た 内 容 や 親 密 な 感 情 を 表 現 す る た め に 古 代 ロ ー マ の 詩 を 模 倣 し 、 ホ ラ テ ィ ウ ス を 手 本 に 明 瞭 な 表 現 を め ざ し た と 述 べ る の を 読 む と き
(3)(三)、 そ れ が 私 の 初 期 カ
ラ ヴ ァ ッ ジ ョ 解 釈 、 つ ま り ホ ラ テ ィ ウ ス の 題 材 や 文 体 的 特 徴 を 近 代 絵 画 の 言 語 を 用 い て 類 比 的 に 表 現 し た 人 文 主 義 者 と い う カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ
解 釈 を 補 強 す る と 考 え た
(4)。 こ の 画 家 は 地 上 的 な 中 庸 の 徳 ─ ─ 質 素 な 食 事 、 適 量 の 葡 萄 酒 、 甘 美 な 音 楽 、 肩 の 凝 ら な い 恋 愛 ─ ─ と い っ た 軽 い 気 晴 ら し を 扱 う 主 題 と と り く ん だ 。 ま た 造 形 言 語 の 変 化 ・ 盛 衰 ・ 更 新 を 当 然 の よ う に 続 け る ﹁ 美
アルス術 ﹂ を 人 文 主 義 的 に 解 釈 す る の に 都 合 の よ
い 近 代 の イ メ ー ジ を 探 し も と め た 。 実 際 思 う に 、 一 六 四 四 年 に あ る ラ テ ン 語 笑 話 の 出 版 者 が 気 晴 ら し を 正 当 化 す る 権 威 づ け に ホ ラ テ ィ ウ ス
を 引 き 、 カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ 様 式 の ︽ 酒 飲 み ︾( 図 2 ) を 図 解 に 用 い る こ と で 、 こ の ラ テ ン 詩 人 と カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ お よ び そ の 信 奉 者 の 一 群 と の
一 致 を 認 め て い る
(5)。 若 き カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ を 人 文 主 義 者 と み な す な ら 、 一 六 〇 〇 年 代 に お け る こ の 画 家 の 歴 史 的 重 要 性 は 、 近 代 絵 画 に よ っ て
古 代 ロ ー マ 文 化 の 本 質 を 類 比 的 に 表 現 し た 最 大 の 存 在 だ っ た こ と に あ る 。 つ ま り カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ は 、 こ の 種 の 文 化 の 本 質 に 近 づ こ う と す る
者 に と っ て 不 可 避 の 参 照 点 な の だ 。 場 合 に よ っ て は 、 ホ ラ テ ィ ウ ス と い う 選 り 抜 き の 手 本 が も つ 洗 練 さ れ た 文 体 と 知 的 内 容 か ら 離 れ て 、 同
じ 古 代 ロ ー マ 作 家 の 中 の 異 な る 手 本 に 依 拠 す る こ と も あ ろ う 。 た と え ば プ ラ ウ ト ゥ ス ︹ 前 二 五 九 / 二 五 一 ─ 前 一 八 四 年 頃 古 代 ロ ー マ の 喜 劇 作
家 ︺ の 卑 俗 な 題 材 と 野 卑 な 文 体 が も た ら す 好 色 な 性 格 は 、何 人 か の ﹁ カ ラ ヴ ァ ッ ジ ェ ス キ ﹂ に 類 比 的 に 反 映 さ れ て い る よ う に 思 わ れ る 。 そ う
し た 画 家 た ち が 活 躍 し た 国 々 ─ ─ ネ ー デ ル ラ ン ド 、 フ ラ ン ス 、 ド イ ツ ─ ─ で は 、 一 五 〇 〇 年 代 か ら 一 六 〇 〇 年 代 に か け て プ ラ ウ ト ゥ ス が 刊
行 さ れ 、 重 要 な 研 究 が な さ れ 、 こ の 詩 人 の 用 語 集 ﹃ プ ラ ウ ト ゥ ス 精 選 (
Electa Plautina)﹄ が 刊 行 さ れ て い た 。
こ の 考 え を フ ィ レ ン ツ ェ に 当 て は め た と き に 思 い だ さ れ る の は 、 ト ラ イ ア ー ノ ・ ボ ッ カ リ ー ニ ︹ 一 五 五 六 ─ 一 六 一 三 年 著 述 家 ︺ が 大 公 フ ェ
ル デ ィ ナ ン ド 一 世 ︹ 第 三 代 ト ス カ ー ナ 大 公 在 位 一 五 八 七 ─ 一 六 〇 九 年 ︺ を ロ ー マ 宮 廷 の 深 慮 遠 謀 が 生 み だ し た 成 果 と み な し て い た こ と で あ
る
(6)。 思 う に 、 ロ ー マ で 普 及 し て い た ア リ ス ト テ レ ス 主 義 は 、 フ ェ ル デ ィ ナ ン ド が 自 ら を 手 本 に 息 子 コ ジ モ 二 世 ︹ 第 四 代 ト ス カ ー ナ 大 公
在 位 一 六 〇 九 ─ 二 一 年 ︺ に 熱 心 に 教 え こ ん だ 質 素 な 倹 約 や 、 状 況 に 応 じ た 適 切 な 振 る 舞 い を 重 ん じ る 倫 理 と 関 連 づ け ら れ る 。 同 時 代 文 献 が
伝 え る と こ ろ で は 、 フ ェ ル デ ィ ナ ン ド は コ ジ モ の 教 育 を ト ス カ ー ナ と イ タ リ ア で も っ と も 学 識 あ る 人 々 に 委 ね た と い う
(7)。 実 際 、 フ ラ ン チ ェ
ス コ ・ デ ル ・ モ ン テ ( 一 五 四 九 ─ 一 六 二 六 年 ) の い た ロ ー マ 文 化 圏 か ら コ ジ モ の 教 育 の た め 出 版 さ れ た 著 作 に 、 ロ ー マ 大 学 で 教 鞭 を 執 っ た
ア リ ス ト テ レ ス 学 者 レ リ オ ・ ペ ッ レ グ リ ー ニ が 編 纂 し た ﹃ ニ コ マ コ ス 倫 理 学 (
Etica nicomachea)﹄ の 翻 案 が あ っ た
(8)。 若 き カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ の
一 、二 点 の 絵 (﹃ メ ド ゥ ー サ ﹄ と 、 お そ ら く ﹃ バ ッ コ ス ﹄) ─ ─ そ れ ら が ホ ラ テ ィ ウ ス 思 想 と そ こ に 内 包 さ れ る ア リ ス ト テ レ ス 風 の 中 庸 の 倫
理 の 図 解 と み な さ れ る な ら ─ ─ が 、 フ ラ ン チ ェ ス コ ・ デ ル ・ モ ン テ の ﹁ 一 族 ﹂ か ら こ の フ ェ ル デ ィ ナ ン ド 一 世 の た め に も た ら さ れ た と い う
記 憶 は 、思 う に 、し か と 銘 記 す べ き で あ ろ う 。 ま た コ ジ モ 二 世 も 、︽ バ ッ コ ス ︾ な ど の 若 き カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ の 絵 と 同 じ 、 現 世 に お け る 倹 約 と い
う ホ ラ テ ィ ウ ス 風 の 教 え を 図 解 し た ゲ ラ ル ド ・ デ ッ レ ・ ノ ッ テ ィ ︹ ヘ
リ ッ ト ・ フ ァ ン ・ ホ ン ト ル ス ト の イ タ リ ア で の 通 称 、﹁ 夜 の ゲ ラ ル ド ﹂ の 意 ︺
の 絵 を 購 入 し て い た こ と を 忘 れ て は な ら な い 。 コ ジ モ 二 世 の 気 質 に み ら れ る 地 上 的 な 特 質 は 、 そ の ア リ ス ト テ レ ス
= ホ ラ テ ィ ウ ス 風 の 、 す な わ ち 人 文 主 義 的 な 節 度 ・ 節 制 ・ 実 務 的 性 格 を 考 え れ ば 理 解 で き る 。 コ ジ モ は 良 き 政 治 に 必 要 な あ ら ゆ る 事 柄 を 学
ん だ が
(9)、 そ の な か に は ﹁ あ ら ゆ る 観 念 、 あ ら ゆ る 思 想 を 表 現 す る 力 に な る ﹂ と い う 素 描 も 含 ま れ て い た
)10(
。 し た が っ て 、 こ の 君 主 に 捧 げ た あ る 弔 辞 で 形 容 さ れ た よ う に
)11(
、 コ ジ モ 二 世 は 哲 人 政 治 家 で あ っ た と い え る 。 た だ こ の 語 の 語 源 で あ る プ ラ ト ン の 述 べ る 意 味 で な く 、 学 識 あ る
為 政 者 と い う 意 味 で あ る 。 そ し て コ ジ モ の 死 後 、 フ ェ ル デ ィ ナ ン ド 一 世 の 倫 理 的 伝 統 は 枢 機 卿 カ ル ロ ︹ ・ デ ・ メ デ ィ チ 一 五 九 六 ─ 一 六 六 六
年 ︺ と 摂 政 た ち ︹ フ ェ ル デ ィ ナ ン ド 一 世 妃 ク リ ス テ ィ ー ヌ ・ ド ・ ロ レ ー
ヌ と 、 コ ジ モ 二 世 妃 マ リ ア ・ マ ッ ダ レ ー ナ 。 前 者 は ヴ ァ ロ ワ 家 、 後 者 は ハ
プ ス ブ ル ク 家 出 身 ︺ の も と で ─ ─ こ れ ら 摂 政 た ち と の 婚 姻 に よ り 獲 得 さ れ た 貴 族 性 と 、 宗 教 政 策 の 側 面 が 強 ま っ た と は い え ─ ─ 存 続 し 続
け 、 遺 児 た ち ︹ フ ェ ル デ ィ ナ ン ド 二 世 と そ の 弟 た ち ︺ の 代 に は ︹ ガ ブ リ
エ ッ レ ・ ︺ キ ア ブ レ ー ラ ︹ 一 五 五 二 ─ 一 六 三 八 年 詩 人 ︺ ら に よ っ て 支
持 さ れ て い っ た 。 支 持 者 の 中 に は ヴ ァ ロ ン ブ ロ ー サ 会 士 ジ ャ チ ン ト ・ グ ッ チ ︹ 一 五 八 五 ─ 一 六 四 八 年 文 学 者 ・ 著 述 家 ︺ も い た 。 こ の 修 道 士
は 一 六 三 〇 年 に 、 た と え ば ﹁ 君 主 は 文 学 者 ぶ る た め で な く 、 政 治 に お い て 過 つ こ と な く 、 物 事 の 適 量 を 知 る た め に 学 問 を す べ き で あ る
)12(
﹂ と
い っ た 、 率 直 な ま で に 実 務 的 な 助 言 を 与 え て い る 。 こ の 頃 フ ィ レ ン ツ ェ 貴 族 ヤ コ ポ ・ ガ ッ デ ィ ︹ 一 七 世 紀 初 頭 ─ 一 六 六 八
年 ア カ デ ミ ア ・ デ ッ リ ・ ズ ヴ ォ リ ア ー テ ィ の 推 進 者 ︺ は 、 極 度 に ギ リ シ ャ 化 さ れ た ラ テ ン 詩 に 励 み 、 ク ラ ウ デ ィ ア ヌ ス ︹ 後 四 〇 四 な い し 四 〇 八
年 没 古 代 ロ ー マ の ラ テ ン 詩 人 ︺ か ら 借 用 し た そ の 郷 愁 的 で 気 ど っ た 文 体 を 、 称 讃 に 値 す る 美 貌 や (﹃ 真 正 な る ク ラ ウ デ ィ ア ヌ ス 文 体 描 写
(
Descriptio veris Claudiani stylo exarata)﹄ 、﹃ い と も 貞 潔 な る 美 青 年 の 描 写 (
Descriptio castissimi ac pulcherrimi juvenis)﹄ 、﹃ エ ウ リ ア リ ス ・ ウ ィ ル ギ リ ア ヌ ス の 描 写 (
Descriptio Euriali Virgiliani)﹄ )、 自 ら 収 集 し た 一 点 の レ オ ナ ル ド
)13(
の 描 写 に 用 い て い る 。 だ と す る と 、 フ ラ ン チ ェ
ス コ ・ フ リ ー ニ の 絵 画 は こ の ガ ッ デ ィ と の 親 交 に 根 ざ し て い た と 考 え ざ る を 得 な い 。 な ぜ な ら フ リ ー ニ の 絵 画 ( 図 3 ) こ そ 、 古 典 古 代 を 糧
と し て 肉 体 美 と レ オ ナ ル ド の 描 写 に 適 用 さ れ た ガ ッ デ ィ の 想 像 力 を 、 絵 画 で 表 現 し た も の と 思 わ れ る か ら で あ る 。 か く し て フ リ ー ニ も ま た
末 期 人 文 主 義 の 圏 内 で 考 察 す べ き こ と に な る 。 何 度 で も く り か え す が 、 一 四 〇 〇 年 代 か ら 一 六 〇 〇 年 代 ま で の 美 術
の 歴 史 に 及 ん だ ギ リ シ ャ 文 化 の 影 響 は 、 従 来 あ ま り に も 等 閑 視 さ れ て き た 。 抒 情 詩 人 の 題 材 と 文 体 、 ま た 詩 人 自 ら が そ の 類 比 表 現 と み な し
た 古 代 美 術 が 、 一 五 〇 〇 年 代 末 か ら 一 六 〇 〇 年 代 の 最 初 の 数 十 年 間 の 美 術 に 痕 跡 を 残 さ な か っ た か 、 わ れ わ れ は 問 わ ず に は い ら れ な い 。 実
際 、 マ リ ー ノ が ﹁ あ ら ゆ る 芸 術 の 生 み の 母 ﹂ と 呼 ん だ
)14(
ギ リ シ ャ の 抒 情 詩 人 に 関 す る 出 版 ・ 註 釈 ・ 研 究 が 、 当 時 頻 繁 に な さ れ て い た 。 ま た ︹ ル
イ ス ・ デ ︺ ゴ ン ゴ ラ ︹ 一 五 六 一 ─ 一 六 二 七 年 ス ペ イ ン の 詩 人 ︺ 、キ ア ブ レ ー ラ 、 オ ッ タ ヴ ィ オ ・ リ ヌ ッ チ ー ニ ︹ 一 五 六 二 ─ 一 六 二 一 年 フ ィ レ ン ツ ェ
の 詩 人 ︺ が ピ ン ダ ロ ス ︹ 前 五 一 八 ─ 前 四 三 八 年 古 代 ギ リ シ ャ の 詩 人 ︺ や ア ナ ク レ オ ン ︹ 前 五 七 〇 頃 ─ 前 四 八 〇 年 ? 古 代 ギ リ シ ャ の 詩 人 ︺ を 近
代 語 で 模 倣 し 、 ギ リ シ ャ 風 の 韻 律 が 近 代 詩 に 導 入 さ れ て い た 。 さ て 古 代 詩 人 の 強 烈 な 視 覚 が 近 代 の 想 像 力 に 痕 跡 を 残 し た と す れ ば 、 詩 だ け
で な く 大 理 石 像 、 絵 画 、 ス ト ゥ ッ コ の 中 に も ア ナ ク レ オ ン の 詞 華 集 の 復 活 が 見 ら れ な い だ ろ う か 。 ま た 嵐 を 描 い た 絵 の 中 に ア ル キ ロ コ ス ︹ 前
六 五 〇 年 頃 古 代 ギ リ シ ャ の 詩 人 。 抒 情 詩 の 確 立 者 ︺ の 波 立 つ 淡 青 色 の 海 が 甦 っ て い な い だ ろ う か 。 そ の う え 、 ピ ン ダ ロ ス の デ ィ テ ュ ラ ム ボ
ス ︹ デ ィ オ ニ ュ ソ ス 讃 歌 ︺ の 模 倣 者 ・ 理 論 家 で あ っ た フ ィ レ ン ツ ェ 人 ア レ ッ サ ン ド ロ ・ ア デ ィ マ ー リ ︹ 一 五 七 九 ─ 一 六 四 九 年 詩 人 ︺ と カ ル ロ ・ マ ル チ ェ ッ リ ︹ 一 六 世 紀 末 ─ 一 七 世 紀 に 活 躍 詩 人 ︺ は 、 一 六 二 八 年 お よ び 三 一 年 に 、 そ の デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス と ピ ン ダ ロ ス の 主 題 ・ 言 語 ・
韻 律 を 、 ル ー ベ ン ス 以 降 の 画 家 が ﹁ バ ロ ッ ク ﹂ 美 術 に 用 い た 表 現 と 強 い 一 致 を 示 す 術 語 に よ っ て 記 述 し た
)15(
。 従 っ て 美 術 に お け る﹁ バ ロ ッ ク ﹂
と は 、 ピ ン ダ ロ ス お よ び そ の 等 価 物 た る 古 代 美 術 の 人 文 主 義 的 再 解 釈 の こ と だ と 考 え ざ る を え な い 。 一 七 世 紀 人 に と っ て ピ ン ダ ロ ス は 、﹁ 高
尚 な 言 葉 遣 い ﹂、 ﹁ 自 在 な 語 り 口 、 多 様 な 韻 律 、 難 解 な 寓 意 、 深 遠 な 筋 書 き 、 見 事 な 文 彩
(四)﹂、 崇 高 な 主 題 構 想 と 配 置 を 備 え 、﹁ 頻 繁 に 大 き な 誇 張 を お こ な い ﹂、 ﹁ 遠 方 よ り 勇 を 鼓 し て と り こ ん だ 隠 喩 は
(五)﹂ 大 胆 不 敵 な 表 現 と み な さ れ た 。 デ ィ オ ニ ュ ソ ス 祭 の 讃 歌 は ﹁ 奇 抜 さ へ 、 酩 酊 の 狂
フーロル気 へ ﹂ と 向 か う 傾 向 に あ り 、 そ の 中 に ﹁ 快 活 な 恐 怖 、 残 虐 で 乱 雑 な 称 讃
(六)﹂ を 含 む も の と さ れ た 。 人 文 主 義 に と っ て こ れ に 劣 ら ず 本 質 的 な
の は 、 デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス に 用 い ら れ る 文 体 上 の 実 験 志 向 で あ る 。 こ の た め キ ア ブ レ ー ラ は 、 合 成 語 な ど ﹁ ギ リ シ ャ 人 の 美 の い く つ か を 身 近
な も の に し よ う と ﹂ す る 一 方 、﹁ 同 様 に 、 そ の 単 語 を 攪 乱 し よ う と 試 み た
)16(
﹂。 こ の 実 験 志 向 は 多 く の ﹁ バ ロ ッ ク ﹂ 美 術 、 と り わ け 建 築 に そ
の 正 確 な 等 価 物 を も つ 。 た し か に 、 ク リ ュ ソ ロ ラ ス と ブ ル ー ニ の 時 代 か ら 人 文 主 義 が 翻 訳 に
求 め て き た 類 比 と い う 近 代 的 特 質 は 、 美 術 に お け る ﹁ バ ロ ッ ク ﹂ が ヘ レ ニ ズ ム の 造 形 作 品 お よ び 詩 の 類 比 的 派 生 物 で も あ る こ と を 、 当
初 隠 し て い た か も 知 れ な い 。 だ が ア レ ッ サ ン ド ロ ・ ア デ ィ マ ー リ は 一 六 三 一 年 以 降 、 デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス の ﹁ 翻
パラフレーズ訳 ﹂ の 近 代 的 特 質 に つ い て
明 言 し て い る 。 ア デ ィ マ ー リ は 翻
パラフレーズ訳 を ﹁ ひ と つ の 意 味 を め ぐ っ て の 競 争 で あ り 技 比 べ ﹂ で あ る と 理 解 し 、﹁ ギ リ シ ャ 語 の 原 義 を よ く 洞 察 し
よ う と ﹂ 努 め 、﹁ そ こ に 直 訳 で は な く 、 同 じ 意 味 を 表 す の に も っ と も 適 切 な ト ス カ ー ナ 語 を 当 て は め た
)(七)17
(
﹂。
﹁ バ ロ ッ ク ﹂ と 呼 ば れ る 美 術 の 大 半 に 備 わ っ た 英 雄 的 で 華 々 し く カ ト リ ッ ク 的 な 特 質 に つ い て 言 え ば 、 一 六 〇 〇 年 代 の 多 く の 著 者 が 世 俗
と キ リ ス ト 教 そ れ ぞ れ の 英
エロイ雄 に と っ て の 絶
エロイケ大 な 可 能 性 を デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス に 見 い だ し て い る
)(八)18
(
。 デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス の 文 体 を 効
エロイコ果 的 に 用 い る 考
え は マ ッ フ ェ オ ・ バ ル ベ リ ー ニ ︹ 一 五 六 八 ─ 一 六 四 四 年 フ ィ レ ン ツ ェ
出 身 の 枢 機 卿 。 一 六 二 三 年 に 教 皇 即 位 ︺ の 胸 中 に も 宿 っ て い た 。 バ ル ベ
リ ー ニ は ウ ル バ ヌ ス 八 世 と し て 即 位 し て ほ ど な く 、 キ ア ブ レ ー ラ に 宛 て た 勅 書 で 、﹁ 今 や あ な た の お か げ で ﹂ 抒 情 詩 が ﹁ ギ リ シ ャ 人 の 富 で
豊 か に な り 、 と き に は カ ピ ト リ ウ ム の 丘 の 神 殿 に も た ら さ れ て 美 徳 の 勝 利 を 飾 り 、 と き に は カ ト リ ッ ク 教 会 に も た ら さ れ て 聖 人 た ち の 讃 歌
を と も に 歌 う の で す
)19(
﹂ と 個 人 的 な 思 い を 口 述 し た 。 ま た ア レ ッ サ ン ド ロ ・ ア デ ィ マ ー リ は 一 六 三 一 年 に 、 バ ル ベ リ ー ニ が ﹁ 自 作 の い く つ か
の 神 聖 き わ ま り な い 頌
オード歌 で ﹂ ピ ン ダ ロ ス を 模 倣 し 、﹁ い く つ か の 聖 な る 讃
カンティコ歌 の 表 現 の 中 に ﹂ そ の 翻
パラフレーズ訳 が ﹁ 認 め ら れ る
)(九)20
(
﹂ と 記 し た 。 ま た ス フ ォ
ル ツ ァ ・ パ ッ ラ ヴ ィ チ ー ノ ︹ 一 六 〇 七 ─ 一 六 六 七 年 文 学 者 ・ 神 学 者 ︺ は 一 六 四 八 年 に 、 ︹ ジ ョ ヴ ァ ン ニ ・ ︺ チ ャ ン ポ リ ︹ 一 五 八 九 ─ 一 六 四 三 年
文 学 者 ︺ が バ ル ベ リ ー ニ の 手 本 に 倣 い 、﹁ 死 す べ き 者 の た め 、 ム ー サ と 真 実 の 間 に で は な く ム ー サ と 信 仰 心 と の 間 に 、 新 し い 同 盟 を も く
ろ ん だ
)21(
﹂ と 記 し た 。 た し か に デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス の 自 由 な 形 式 は 、 天 上 界 と 地 上 界 の 二 つ
の 異 な る 自 由 の 道 具 と し て 役 立 ち 、 二 つ の 異 な る 世 界 で 機 能 す る と 言 っ て よ い 。 こ れ は お お い に 議 論 さ れ た プ ラ ト ン 詩 学 と ア リ ス ト テ レ ス 詩 学 の 相 違 に 関 わ っ て い る 。 実 際 、 一 五 〇 〇 年 代 末 の プ ラ ト ニ ズ ム は 、 崇 高 な 意 図 の ま え で は 表 現 の 歴 史 的 側 面 ︹ 個 々 の 様 式 ︺ な ど と る
に 足 ら ず 、 芸 術 の 規 則 は 霊 感 に 鼓 舞 さ れ た 言 葉 に し が た い も の で あ る べ き だ と 認 識 し て い た 。 そ う で あ る か ら に は 、 デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス の 文
体 と 、 そ の 文 体 を ト ス カ ー ナ 語 で 書 か れ た 詩 に 導 入 し よ う と す る 斬 新 な 試 み が 、プ ラ ト ニ ス ト に も 無 関 係 で は な か っ た こ と が わ か る 。 実 際 、
一 六 〇 〇 年 代 フ ィ レ ン ツ ェ で 活 躍 し た プ ラ ト ニ ス ト の ニ ッ コ ロ ・ ア リ ゲ ッ テ ィ ︹ 一 五 八 六 ─ 一 六 三 九 年 フ ィ レ ン ツ ェ の 主 要 な ア カ デ ミ ア で 活
躍 ︺ は 、 プ ラ ト ン が デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス を 著 し た こ と も 熟 知 し て い た
)(十)22
(
。 ま た フ ラ ン チ ェ ス コ ・ レ ー デ ィ ︹ 一 六 二 六 ─ 九 八 年 医 師 ・ 詩 人 ︺ は プ
ラ ト ン 風 の 愛 を 扱 っ た 偉 大 な ソ ネ ッ ト 群 ば か り で な く 、 一 六 八 五 年 に ﹃ ト ス カ ー ナ の バ ッ コ ス (
Bacco in Toscana)﹄ と い う デ ィ テ ュ ラ ム ボ
ス を も 著 し て い た 。 だ が 地 上 的 規 則 と 権 威 を 重 ん じ る 立 場 か ら は 、 一 方 で ア リ ス ト テ
レ ス が 年 少 者 に プ リ ュ ギ ア 調 を 禁 じ た と は い え
)(十一)23
(
、 他 方 で ︹ ジ ュ ゼ ッ
ペ ・ ジ ュ ス ト ・ ︺ ス カ リ ジ ェ ー ロ ︹ 一 五 四 〇 ─ 一 六 〇 九 年 古 典 文 献 学 者 ︺
と ︹ フ ラ ン チ ェ ス コ ・ ︺ ロ ベ ル テ ッ リ ︹ 一 五 一 六 ─ 六 七 年 文 学 者 ・ 修 辞
学 講 師 ︺ が デ ィ テ ュ ラ ム ボ ス を ﹁ 良 き 規 則 、 と り わ け ア リ ス ト テ レ ス
の 規 則 に 違 反 ﹂ し な い と 主 張 し た こ と が 思 い 出 さ れ る
)24(