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小川 吉彦

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(1)

740

感染症学雑誌 第84巻 第 6 号

旅行者感染症として播種性ペニシリウム症を発症し治療が奏効した 邦人 HIV 感染者の 1 症例

1)独立行政法人国立病院機構大阪医療センター感染症内科,2)同 研究検査科

小川 吉彦

1)

渡邊 大

1)

佐子 肇

2)

坂東 裕基

1)

矢嶋敬史郎

1)

谷口 智宏

1)

富成伸次郎

1)

笠井 大介

1)

西田 恭治

1)

上平 朝子

1)

白阪 琢磨

1)

(平成 22 年 2 月 5 日受付)

(平成 22 年 7 月 26 日受理)

Key words : Penicillium marneffei, imported infectious disease, human immunodeficiency virus(HIV)

Penicillium marneffei による全身播種性真菌感染症

は,タイ・ラオス・中国南部・カンボジアといった東 南アジア諸国において,免疫機能の低下した HIV 感 染者を中心に増加している

1)

.本邦では AIDS 指標疾 患 23 種類の内に数えられていないものの,タイでは AIDS 指標疾患の 1 つとされている.国内では 2008 年 5 月までの感染者数はわずか 3 例が確認されている のみであるが,その内訳は日本人,ミャンマー人,タ イ人であり,いずれもが HIV 感染症例であった.近 年では,海外旅行は盛んに行われており,かつ日本人 HIV 感染者が増加していることを考慮すると,今後 増加する可能性がある疾患と考える.本症例は,邦人 で生前に診断可能であった最初の播種性ペニシリウム 症であり,特徴的な経過を示したため報告する.

患者:30 歳男性.

主訴:発熱,全身倦怠感,両側頸部有痛性リンパ節 腫脹.

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

海外渡航歴:1998 年頃欧州各国・メキシコ,2006 年米国,2007 年夏インドネシア(バリ島),2008 年 1 月タイ.全て個人旅行であり,1 週間ほどの滞在期間 であった.尚,タイ旅行では,タイ北西部に位置する チャンマイのリゾートホテルに滞在.

現病歴:2008 年 5 月頃より全身倦怠感・寝汗が出

現.同年 6 月中旬より左頸部に疼痛を伴うリンパ節腫 脹を認め,その後同部位は自然軽快したが,新たに右 の頸部リンパ節腫脹を認めた.4 月から 6 月までのお よそ 2 カ月間で約 10kg の体重減少も認めた.6 月末 に近医受診し血液検査の HIV 抗体検査結果が陽性で あることを指摘され,当院を紹介受診した.AIDS 発 症が疑われたため,精査加療目的で入院とした.

現症:血圧 126! 74mmHg,脈拍 108! 分,体温 38.7℃.

意識は清明,眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜黄染な し.胸腹部に異常所見なし.右頸部〜鎖骨上窩にかけ て

Φ

5cm×5cm,左頸部〜鎖骨上窩にかけて

Φ

2cm×

2cm の圧痛・熱感を伴うリンパ節腫脹を認めた.

入院時検査所見(Table 1):白血球数は正常であっ たが,ALP 730U! L 及び CRP 9.67mg! dL の上昇を認 めた.

β-D glucan は 25.7pg!

mL と上昇しており,HIV- RNA 量は 1.4×10

5

コピー

!

mL,CD4 陽性 T リンパ球 数は 10!

μL であった.

臨床経過(Fig. 1):発熱・リンパ節腫脹を認め,胆 道系酵素では ALP のみの上昇を認め,CD4 陽性リン パ球数は低下していた.所見より播種性非結核性抗酸 菌症を疑い,抗酸菌ボトルを含めた血液培養(BacT!

ALERT 社),ならびにリンパ節穿刺液培養を行った.

第 8 病日より前胸部・眼周囲に中心性陥凹・潰瘍を伴 う皮疹が出現した(Fig. 2).第 12 病日にリンパ節穿 刺液培養より糸状菌が検出され(培養 9 日目),PDA 培地でのコロニー形成の形態,cotton blue 染色で糸 状菌と酵母菌が一体となった菌形態から,第 14 病日 に P. marneffei と同定(Fig. 3a,3b)した.また血 液 培養から同菌の検出が確認されたため,播種性ペニシ リ ウ ム 症 と 診 断 し た.同 日 よ り liposomal-

別刷請求先:(〒540―0006)大阪市中央区法円坂 2―1―12 HIV!AIDS先端医療開発センター感染症内科

小川 吉彦

(2)

HIV 感染者の播種性ペニシリウム症 741

平成22年11月20日

Table 1 Laboratory data on admission

Hematology Biochemistry

WBC 5,100 /μL TP 7.5 g/dL CRE 0.62 mg/dL

Stab 3.0 % Alb 3.1 g/dL Na 137 mEq/L

Seg 84.0 % T-Bil 1.05 mg/dL K 3.6 mEq/L

Lym 5.0 % AST 154 IU/L Cl 101 mEq/L

Mon 7.0 % ALT 24 IU/L CRP 9.67 mg/dL

Eos 1.0 % ALP 730 U/L β-D glucan 25.7 pg/mL

CD4 + T lymphocyte 10 /μL LDH 367 IU/L HIV-RNA 1.4 × 105copies/mL

Hb 13.1 g/dL γGTP 96 IU/L

PLT 2.5 × 105/μL BUN 6.0 mg/dL

Table 2 HIV subject summaries

Subject No.year Gender Nationality Age diagnosis

1. 2000 male Japan 38 Autopsy and histology

2. 2002 male Myanmar 22 PCR by Skin Biopsy

3. 2008 female Thailand 41 Blood culture

4. 2009 (our case) male Japan 30 Blood and lymph node culture Fig. 1 Clinical course.

Arrow ( → ): fine-needle lymph node aspiration. Short arrow ( > ): blood culture

amphotericin B(L-AMB)3mg! kg! 日 で 加 療 を 開 始 した.治療開始後は 2 日間で解熱傾向を認め,血液検 査上も改善を認めた.13 日間で L-AMB による点滴 加療を終了したのち,itraconazole(ITCZ)400mg の 経口加療に切り替えた.同時に HIV 感染症に対して tenofovir(TDF)300mg! 日,emtricitabine(FTC)200 mg! 日,fosamprenavir(FPV)2800mg! 日 で 初 回 治 療を開始した.以後,経過は良好であり,免疫再構築 症候群など併発することもなく,第 44 病日に退院.

ITCZ に関しては 10 週間に及び 400mg! 日での加療を 行った後に 200mg! 日の維持量に減量したが,播種性 ペニシリウム症の再燃は認めず経過している.

本症例のリンパ節穿刺液ならびに血液培養より分離

された P. marneffei は,東南アジアを主な流行地とす

る地域流行型真菌症の病原菌である

1)

.HIV 感染者で 生じた症例が 1988 年に報告されて以来

2)

,アジアを中 心として増加の一途をたどっている.現在,タイにお いては,クリプトコッカス症・粟粒結核症についで 3 番目に多い HIV 感染者の日和見感染症となってい る

3)

.本邦においては 2009 年 8 月までに発症例は本症 例を含め 4 例であり

4)〜6)

,いずれも基礎疾患として HIV 感染症が存在していた(Table 2).

P. marneffei の自然宿主は,ヒト以外では bamboo rat

(Rhizomys sinesnsis)のみが確認されている.わが国

P. marneffei の生息域ではないことや,潜伏期間を

考慮すると,本症例は発症 4 カ月前のタイ旅行の際に

感染したものと考えられた.その後 HIV 感染症に伴

(3)

小川 吉彦 他 742

感染症学雑誌 第84巻 第 6 号 Fig. 2 Skin rash on left neck and scattered around 

cheeks and forehead.

Fig. 3 a) Colony on potato dextrose agar (27℃ , 20  days) 

b)  Microscopic  slide  culture × 400  cotton  blue  staining

b a う免疫力の低下が進行することで,全身性播種を起こ

し,顕在化したものと考えられた.

主な症状としては発熱,貧血,体重減少,皮膚症状,

リンパ節腫脹,肝脾腫,下痢などである

7)

.そのうち の皮膚症状は,典型的なものでは顔・頸部を中心とし た中心性陥凹を伴った結節性皮疹であり

8)

,本症例で も同様な皮疹を経過中に認めた.診断は各種培養によ り行われ,抗原検査や PCR 法などはいずれも実用化 には至っていない

9)

本症例では,血液培養およびリンパ節穿刺液培養を 行ったが,菌が分離されたのは抗酸菌ボトルと嫌気性 ボトルからであり,好気性ボトルからは分離されな かった.真菌を直接血液培養ボトルに注入し,培養す る観察においても,抗酸菌ボトルが最も培養され易い ということの報告もあり

10)

,本症例の診断においては,

嫌気性ボトルに加えて,抗酸菌ボトルの培養も有用で あった.本邦で確認されている播種性ペニシリウム症 では,培養で菌が証明されたものは 3 例目の症例のみ であったが,その症例では好気性ボトルからの分離で あり,好気性の条件が培養に有効であったと著者らは 結論づけている

5)

.我々の症例と異なる結果となった 原因は明らかではないが,培養における病原体検出は 重要であり,特に免疫機能の低下した HIV 感染者で は,複数の感染症を合併している症例が多く,多種の 感染症を想定した検体採取が必要であると考えられ た.

治 療 と し て は,本 菌 は amphotericin B,itracona- zole,ketoconazole に感受性があり,fluconazole には 耐性である

11)12)

.また voriconazole が治療に効果的で あったという報告もある

13)

.本症例では抗 HIV 薬を 使用することを考慮し,その相互作用の面からまずは L-AMB による加療を行った後に,ITCZ による維持 療法に移行した.本症例の治療に対する反応は良好で

あり,速やかな症状の改善を認めた.播種性ペニシリ ウム症は的確な加療が行われない場合,致死的な疾患 となるため,的確な微生物学的診断を行うことが重要 であると考えられた.

本症例と同様に,欧州諸国でも近年東南アジア渡航 後の播種性ペニシリウム症の報告が散見されるように なっている

14)

.現在のところ本邦では稀な疾患である が,HIV 感染者数の増加に加え,海外渡航が盛んと なっている本邦の状況を考えあわせると,今後日和見 感染症の鑑別として注目すべき疾患であり,十分な注 意を払う必要があると思われる.

なお,本論文の要旨は第 22 回日本エイズ学会学術集会・

総会(2008 年 11 月 大阪)で発表した.

謝辞:稿を終えるにあたり,症例検討及び本菌の同定(標 本観察)にご尽力いただきました千葉大学真菌医学研究セ ンターの亀井克彦先生,矢口貴志先生,また本症例の培養・

(4)

HIV 感染者の播種性ペニシリウム症 743

平成22年11月20日

診断にあたり大阪医療センター臨床検査科の真野正幸先 生,木下幸保先生に深謝いたします.

文 献

1)亀井克彦:わが国の輸入真菌症とその問題点.

Jpn. J. Med. Mycol 2005;46:17―20.

2)Piehl MR, Kaplan RL, Haboer MH:Dissemi- nated penicilliosis in a patient with acquired im- munodeficiency syndrome. Arch Pathol Lab Med 1988;112:1262―4.

3)Supparatpinyo K, Khamwan C, Baosoung V, Nelson KE, Sirisanthana T:Disseminated Peni- cillium marneffeiinfection in Southeast Asia. Lan- cet 1994;344:110―3.

4)Mohri S, Yoshikawa K, Sagara H, Nakajima H:

A case of Penicillium marneffei infection in an AIDS patient : the first case in Japan. Nippon Ishinkin Gakkai Zasshi 2000;41:23―6.

5)常澤祐一郎,松下貴史,長山隆志,高橋毅法,玉

木 毅:ミャンマー人 AIDS 患者に認められた Penicillium marneffei感染の一例.日本皮膚科学 会誌 2002;112:23―6.

6)上原雅江,佐野文子,鎗田響子,亀井克彦,羽

毛田牧夫,井出京子,他:タイ人 AIDS 患者の 菌血症から分離されたPenicillium marneffei.Jpn.

J. Med. Mycol 2008;49:205―9.

7)Andrew P. Ustianowski, Tran P.M.:Sieu and Jeremy N.Day. Penicillium marneffei infection in HIV. Current Opi in Inf Dis 2008;21:31―6.

8)Benson CA, Kaplan JE, Masur H, Pau A, Hol- mes KK:Treating opportunistic infections among HIV-exposured and infected children : recommendations from CDC, the National Insti-

tutes of Health, and the Infectious Diseases So- ciety of America. MMWR Recomm Rep 2004;

53:1.

9)Wheat LJ:Antigen detection,serology, and mo- lecular diagnosis of invasive mycoses in the im- munocompromised host. Transpl Infect Dis 2006;7:31.

10)Horvath LL, George BJ, Murray CK, Harrison LS, Hospenthal DR:Direct Comparison og the BACTEC 9240 and BacT!ALERT 3D Auto- mated Blood Culture System for Candida Growth Detection. J. Clin. Microbiol 2004;42:

115―8.

11)Imwidthaya P, Thipsuvan K, Chaiprasert A, Danchaivijitra S, Suttent R, Jearanaisilavong J:

Penicillium marneffei: types and drug susceptibil- ity. Mycopathologia 2001;149:109.

12)Sirisanthana T, Supparatpinyo K, Perriens J, Nelson KE:Amphotericin B and itraconazole for treatment of disseminated Penicillium marneffei infection in human immunodeficiency virus-infected patients. Clin Infect Dis 1998;

26:1107.

13)Spanakis EK, Aperis G, Mylonakis E:New agents for the treatment of fungal infections : clinical efficacy and gaps in coverage. Clin Infec Dis 2006;43:2060.

14)Antinori S, Gianelli E, Bonoccorso C, Rindolfo AL, Croce F, Sollima S:Disseminated Penicil- lium Marneffei Infection in an HIV-Positive Ital- ian Patient and a Review of Cases Reported Outside. J. Travel Med 2006;13:181―8.

A Diagnosed, Cured Case of an HIV-infected Japanese Subject Developing Disseminated Penicilliosis After Thailand Travel

Yoshihiko OGAWA

1)

, Dai WATANABE

1)

, Hajime SAKO

2)

, Hiroki BANDO

1)

, Keishiro YAJIMA

1)

, Tomohiro TANIGUCHI

1)

, Shinjiro TOMINARI

1)

, Daisuke KASAI

1)

, Yasuharu NISHIDA

1)

,

Tomoko UEHIRA

1)

& Takuma SHIRASAKA

1)

1)Division of Infectious Disease and2)Division of Laboratory, Medicine, Osaka National Hospital

Disseminated penicilliosis-an AIDS-indicator disease in Southeast Asian countries -but not Japan- is a systemic fungal infection caused by Penicillium marneffei. A 30-year-old HIV-positive Japanese man visiting Southeast Asia three months before admission and reporting fever, general fatigue, and enlarged lymph nodes lasting over one month was admitted for detailed tests. Blood culture and fine-needle aspiration lymph node biopsy a led to a diagnosis of disseminated penicillioisis, later cured by several anti-fungal agents. Caution is thus recommended regarding the possibility of this disease, given the large number of travelers visiting overseas, geographical proximity to Southeast Asia, and increasing numbers of HIV pa- tients in Japan.

〔J.J.A. Inf. D. 84:740〜743, 2010〕

Table 1 Laboratory data on admission

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