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新鮮なかわき

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(1)

新鮮なかわき

189

目次第一輯哲人と猫

十月/夜の客/列車のうえ/黄色/しずかな夜/断章/哲人と猫/窓

/春雨の曲/はるかな弔いのうた/帆

第二輯夜をよぎって

夜のうた/秋/風の夜/逝く影/杏子に/やすらかに/海/夜をよぎっ

て/紫の羽/霧のなかをつきすすむ/ねいる/珠/川のうえ/贈る/

こだま/暁の星のゆめ/圏外/創造/すなあらしの夜/薄暮/昼寝の

あと/反照/さすらう人/かんがえる人/読書にうんで/帰属/騎士

の恋/舟、いのち、こども/音色のそと/暴風/流水の図/展望/モー .『三切尉曲」画で四国①協冒“口吻一色屋。ロ。『画ヨ。。⑦『ヨ。匿昌⑩い⑥で。go毒①弓』旨函0『。ご唄い、。一一①負①旦

己。⑩ヨ⑫『琴侭竜ご侭賢(。○く⑦『酉◎君。)ロ巨匡厨ゴ⑬。旨這心的.

ツァルトをしのんで/旗手といなづま 【翻訳】

文学部論叢第105号(2014)

l中国現代詩選(その二)陳敬容一盈盈集」

弓匿⑦弓『⑦四彦自①陽●南弓言易時の宮⑦目』旨、‐『①目蝋⑫園ご鐘寧弓頁脆詠

第三輯明日をみはるかす

とぶ鳥/のこるもの/ともしびが照らす夜/野火/はてのむこうのは

て/自画像/花のさかない枝/漫遊/おいもとめる/あなたがやって

きたら/明日をみはるかす/新鮮なかわき/鋳造/友情と距離/あふ

れる/リズム/あらしのあと/生命のしずく/弦と矢/早朝の散策/

舟とわたしたち/真夏の夜の夢/決定的瞬間/わたしを祝福なさらな

いで/雨季/こどもっぽい感傷をすてよう

訳者あとがき

陳敬容著 西槙偉訳

胃⑫四国目目

』旨、『④目晒の雷同z

国目目z扇屋里冨群冨

(2)

第一輯哲人と猫

お入りなさい、深夜の客人

毎晩、わたしのさびしいドアをノックする

あなたは一匹の猫、それともひとつの甲虫だろうか。 時計のチックタックをきき、枕のしたにはながい旅路とながい孤独。 襖はやがて灰にうずめられだれの指だろう、さめた夢をたたきおとしたのは。勝手口をノックする音はまだきこえる。 夜の客 だれだろう、横笛を撫して山の頂の雪を略々たる月のごとくにひびかせているのは。

一九三五年春、北平にて 窓紙をへだて、竹が風にせつせつしガピガピ「峨帽、峨帽イニシエノボウレイノスミカ……」 十月

竹の筏にのり 竹が風にせつせつと鳴り

列車にのろう。 赤い壁、灰色の壁猿がくつづき、ながくつづくlおぼろげなおもいでを木々のシルエットにえがいてみうしなった足跡をてらすあかりはない。どこまでもくらく、どこまでも風がふく。

一九三五年冬、北平にて 密林の、いにしえの山のほらあなで枯れ草を枕に千年の眠りにつくことをおもう。

黄昏に黄砂がまい

ほこりのなかからほりおこすのは

黄ばんだおもいで。

壁にうつる影はためいきをつく。 黄色 道はみえない。あかりはふたつみつつどこまでもくらく、どこまでも風がふく。 列車のうえ ドアをノックする音や屋上をふく風の音はすっかりたえた。わたしはこの夢のなかの山水を愛する。だれだろう、夢のなかで軽くノックするのは……

九三五年冬、北平にて

(3)

しずかな夜

191

わたしはながくておだやかな日々が好き

昼のひかり、夜のともしび 断章 (わたしの玄関からさびしさのひびきがきこえる) ながい路地のおくでみしらぬ人がみしらぬドアをノックする。 はなれ星は絶望のまなざしをゆりおとし、 めぐるおもいでしろい月かげ。まえぶれもなく風は去来し、せつせつとした草のためいき。 鏡のような海。すきとおる波のなかでわたしは自分のさびしい足跡に耳をすます。

新鮮なかわき

こころにおもいうかぶのは

九三六年秋、北平にて 九三六年春、北平にて哲人と猫

きておくれ、ここでわたしはあなたの両目をみつめ

あたかもふたつのあおいともしびのようで

あおくきよらで、夜天の星のような

やさしいあなたのまなざしが、わたしをてらす。 しかしわたしのあかりは、あかりはどこにある?あおいろにもえるlあおくきよらで、夜天の星のよう鞍Iあかりがほしい.岩室はたそがれの色にそまり迷子になるのはこわくないかい、猫よどらん、雨が窓にまだらでななめのすだれを織っている。 猫よ、きておくれ、やさしい友よだかせておくれ、なでさせておくれ。きいて、雨にこたえてななめにふる秋の夜雨にわたしのこころの湖がまだなみだっているのかい。 単色の文具、単色の服装単色で、おちぶれた人生がいい。雨はたそがれの窓をとざし昼はしずかにしおれてゆく。わたしの岩室はひえびえとして小粒の玉のごとき雨が屋根瓦をかろやかにころぶ。 九三七年秋、成都にて

(4)

どのようにさがせばよいのだろう

さびしい足跡のかずかずを。 ふしぎでほのかなかおりをもった夢が部屋のすみで羽をはばたかせてl夜をはぱたかしだし、あおい月とあおいやすらかな眠りと……いこう、猫よ、わたしとわたしの影もいっしょに、月が水晶のダンスホールへ。みどり木々はしずやかにおどっていて

時はおともなく拍子をとっている。 雨のため、たそがれのため。 わたしはうたぐりぶかい目をしているだろうね

あなたの窓は

太陽にむかって

四月の青空にむかってひらいている。

なぜカーテンをかさねて

けむりのようによぎる春風をひきとめないのだろうか。 、月がしきつめたみどりしたたる草原では

九三七年秋、成都にて 空漠はあなたの窓をとざしわたしの太陽をとざし

かさなるカーテンはまなざしをさえぎる。

夕風は旧友のようにいのこり

屋根のうえでむせびないている。

わたしには不安な夢と

厳寒の冬がのこされる。

しかし、わたしの窓はI とおざかっていった。あなたはわたしの影をてらしだすあかりとともに。わたしはひとり永遠につづくたそがれに自分をみうしなう。 しずかな夜と空の星にたくしてわたしのおもいをあなたにとどけてもらおう、やすらかな眠りも。わたしは、みしらぬ人のようにそっと、あなたの窓辺をとおりすぎる。 あなたのしずかな窓辺でどのようにさがせばよいのだろうわたしがおとしたためいきを。一一

(5)

春雨の曲

新鮮なかわき

心労と宿病が あおざめたあなたの唇にかげろうのごときためいき。 あなたはとおざかりひざしがとおざかった。雨は、その無数の線でつきることのないわたしのせつなさをおる。 あなたのかなしそうな足音にならい雨は、ひえたきざはしのうえにある。 熱したわたしのこころに舷鉦交響楽をかなでておくれ。 雨、灰色の雨が夜の織機におられてIはるかな弔いのうた

193

暗夜にむかって

黙する星空にむかってひらいている!

いかつい鉄ぐさりをふりまわして いてついているのは 一九三九年四月、成都にて 九三九年四月、成都にて

あおきいるの月

夜のとばりをかかげている。

雲は、殉教者のように

くすんだ灰色のながい羽織をひきずる。

ああ、みえるわ、お母さん

星くずのあいだから

お母さんがまいたのは

おもいやりのことばのかずかずI

風はもえさしのろうそくをふきけし、

鰯のなかに

うかぶのは

絢欄なひかりの鉦。 墓をおおう草はまだあおいかもうきいろくなったかとおくでさえずるのはlわたし、むれをはなれた鳥。あなたをとむらうともしびはさびしくふるえている。涙は濃い霧とまざりあいとおい山のほうへとけていく。 さまよう風にあなたの計報をつたえる。

九三九年春、成都にて

(6)

わたしの船の帆を

黄金色の太陽が

水辺の魔窟にひそむ題趨のさけびがきこえるだろう。

あなたの海にはまたきっと

鏡のようにすんだ波が

青空をうつしているだろう11 くらやみの夜に蚊竜のなき声や 剣呑な波があろう。 あなたの海にはきっと ふかい青色の夢にしずんでいく。あげよう。あなたかなたからふく風よとこしえにやすらかな眠りをはこんできておくれ。あるいはわたしを焔にふちどられた切り岸へふきとばしておくれ。 あ竣たの海に浮沈させたいI

つらなりとぶ白駕と

あやなすながい虹!

九三九年六月、成都にて わたしのこころは夜にさまよいあるく。夜がわたしをつれ、わたしはいいようのないかなしみをつれてあるく。みえないひとはりの琴から別世界の玄妙な葬送曲がひびいて……このとき、ひとしれずに泣いているのはだれだろうか。

一九四○年春、重慶にて

神秘な弓をつまびいているのはだれだろうか。

あのふるえる弦が

山奥におちていく、

きこるひびきのなかに。 ひそやかにすすむ。ながれる水、めぐる風ものいわぬ色調のうつりかわり。

夜のうた

調子はずれたあなたの歌のなかに 第二輯夜をよぎって

(一九四○〜一九四五)

(7)

わたし自身の夜に

新鮮なかわき

友よ、きておくれ。

わたしの顔と、手を黄葉でおおっておくれ。

きこえる……声がちかづく、たしかによんでいる。

ねえ、きこえるでしょう、わたしはゆく! なにをさがしてくらい隅に手招きをしているの。 あなたは窓辺をいそいそとおりすぎていくの。 なにをおとして、 おちついて、おちついて黒猫はいった。その目のなかの火はふるえている。 あなたは屋根のうえをいそいそとおっていくの。なにをおとしてあなたは星たちに呼号しているの。 うっすらとした霜をかざりつけよう。なにをさがして 風の夜

195

わたしはしずかにかくれていよう。

一九四○年十月、蘭州にて

一九四二年春、蘭州にて 菊はさくだろう菊はかれるだろう。 八月をつれてあなたに会いにいく。いっしょにきこうね九月のたそがれの雨を。 シンズ杏子に 酔おう。さらば、さらば水中の月をもって、さらば、さらば。わたしはね、わたしは涙に糸をとおして夜空にほうりなげ、きらめく星ぼしにとってかえる。涙の川に舟をうかべてわたしはうたいやまないだろう。なぜなら、歳月はもうすぎさったのだから

(ねえ、あなた、もうすぎさったのよ) ともしびがゆらすのはどの時代の影だろうか。どの時代の風だろうか、ひえびえとふきめぐり、なげいている。おや、夜と、わたしのおもいにかるくなでさすっているのだろうか。 逝く影

一九四二年五月、蘭州にて

(8)

それは、だれのよる》

だれのうれいだろう。 やすらかに、やすらかに、おやすみ。おれてたれさがるつばさ落下した帆風、風よあなたの暴威と…… あなたはすてるのか、それともひろうのだろうか。影のない風のなかで、光のない闇で菊はさくだろう菊はかれていく。 わたしたちの堤防にいってなこうあの青春に、あの愛に。いこう、はるかな海へいってさがそう…… いこう、ときのきしべに堤防をきずきにいこう。窓をしめよう、窓をたそがれをながめるのをやめよう琴をかたづけよう、琴をそれは、だれのよろこび やすらかに 五月二二日、一九四二年、蘭州にて

ものいわぬ海よ

わたしのまなざしをあげよう。

そこには真夏がある。灼熱の太陽が

ときにはひえびえとして、ひえびえとして

冬の夜に泣く月のようだ。

絶望の砂塵にやすらぐ。 いつまでも いつまでもおしだまりl わすれる目をおもう。 ねむる耳と

わたしの目は無言で

あなたがたたえる青をすする。

わたしの両足は帆影をおいかけ

あなたのはるかとおくのはてをさまよっている。 夏の夜にわたしは木の葉の足音に耳をかたむけ空にきえいる線香のけむりをみとどける。夢と夢のふかきあおいろもない。星はしじまにおちていく。

いつかわたしは自分の窓をしめ 六月二日、夜半

(9)

こうして、わたしは毎日

てのひらの銀色にきらめく宝物をかぞえる。

さいごの一粒をかぞえたら

新鮮なかわき

とびあきた鳥よ

なきあきた鳥よ どのような芳香が夢みるあなたの足跡をみだすのだろう。 夜、草がふるえ夜、風はなみう白い月あかりはいかなる想念があなたの吐息を渋滞させ ねいった目にふりそそぐ。 夜をよぎって あなたのゆたかな青にとけこんでゆく。 さいごの一粒をかぞえたら海よ§つたっておくれ。倦んだわたしのまなざしが (わたしは夢の羽をたたむつもり)たそがれのなかをしずかによこたわりわたしは耳を、耳をあなたの波がものがたるとおくの雲や霞のなかのことにかたむける。

197

風はなみうつ。 一九四二年六月、蘭州にて

歳月よ、さらば

よるこびよ、さらば

風よ、あなたのかなしみとともに くらいよるにしずかにさきしずかにしぼむI 紫色の羽 月影はねいった目をよぎり、夜と夜のしじまをよぎる。 すこしの氷、すこしの氷落下するくらい雲。しかしあなたは輪をもっているかいながれ星をいっぱいはめこんだ輪を。あおじろい手あおざめたこころI 池の水、ゆっくりねることにあきたあなたのむせびなき……やさしい、やさしいくりごとだろうか。 六月一三日夜

(10)

しめやかな、しめやかなわが伴侶よ

あなたたちの肩のうえでばたついているのはなんだろうか。 夜のほうへ、さらば

木々のこずえに、草の野に

紫色の、紫色の羽! ひとすじの小川のように蛍火がきらめいている。 蛍火がきらめいている。 あなたたちのまなざしに

呼び声が井戸からI 霧の密林を。 霧のなかをつきすすむ なぜあなたたちは泣いているのこうしてしずかに泣いているの。

とおくでこだましている。 とおい時代の声が わたしたちは霧のなかをつきすすむ 六月十三日夜

うろこが こちらに来るひとはいない……むすうの村落、町をわたしはとおりすぎた。はじめてとはおもえない二枚のとびらのまえでノックするI ことばの音がくだけことばの音がちらばる。雨がまるで月あかりのなかでふっているようだ。 ねえ、あなた、霧にみうしなったあなたの目に薄暮がもうすみついている。

一九四三年一月、蘭州にて

わたしは海に

陸に

海にいるのか。

おおきな網が

はるかとおくでひろげられ

みしった顔とみしらぬ顔が

むかってくる…… ねいる

(11)

まぶしく白いI

199

すると、暗夜があなたのも(

すると、あなたはひろやか《

ひかる珠をひとつ、なげる。 生命の木にとまっている。 火をはきだしている。 中瀬に立っているのはだれだろうか。あおい葉を呼吸し

ながい幕はなみうち

ながい川のように

よろこびの歌をも、かなしみの歌をも

ながれてとおる。

カラス、カラスが 日のひかりと 燈、グレー……

新鮮なかわき

暗夜があなたのものとなり

あなたはひろやかな水面に

一九四三年冬、臨夏にて 一九四三年秋、蘭州にて

ななめにふる雨は白楊の路地のなか

白楊の歌声は窓に

ふるえる網を

あなたに贈ろう。それをとおして

みえるのは

あなたの月・・・… 贈る 虹は影を水にうつし橋は空にかかっている。わたしはたそがれにむかってはしる。昼と夜はわたしの舷側をかわるがわるすぎていく。 雲のかわき風のけだるさ。からたちのかおりはずしりと重い寝言のよう。 川のうえ

‐11楽山五通橋に遊んだ思い出によせて

一九四三年冬、臨夏にて

一九四三年冬、臨夏にて

(12)

わたしは暁の星のゆめにもぐりこむ。 一面のみどりの苔がはえた小径いてついた、わたしの足音。とおざかる春と、春の琴の音青空はあおい氷のようにすみきっている。暁の星のゆめ だれがほほえみ、だれがすすりないているのだろ壱?11だれが、たかだかと血がしたたるこころの破片をなげあげているのだろうか……

一九四三年冬、臨夏にて あなたのともしびはもうきえたのだろうか。 あなたの窓はふるえているのだろうか、 こだまが落葉をもとめてはしりたそがれは泉のほとりでためらう。

楓の林から楓の林へと あけゆく空がある……

わたしはあなたの

もえるようにあかいなみだをすする。 こだまフナのお腹にはごくちいさな そうね、あなたは、雪のようにまつしろで、氷のようにゆるぎない。あっさりしたお茶、のどかな炉のあたたかさ糸のようなしずかさのうちに奥山の松林の万頼をききとる。 農にうたう鶏、しずかな夜にほえる犬そして季節とともにわたる雁やつばめなどきみたちはなんと一途だろうか。喜々としてひざしと月あかりをむかえる。創造 だれにできよう、まんまるい円をえがいて生命のいずみの圏域を画定して、追い風をゆく船のように哀楽をあやつり、蓮の葉のうえを露のたまが航行するのをみることが。はるかとおくの空でかすかな低音がさわぎ

昼と夜をへだてかろやかにおどるおもかげがある。 圏外 わたしのこころのすなはまでミミズは線をひいて吹奏している。しっとりした雨がふることをいのって。

一九四三年冬、臨夏にて 一九四三年冬、臨夏にて

(13)

いくすじの川を

新鮮なかわき

夢の窓をてらす わたしはわたったろうか。いくつの橋がさびしい道をつなげているのだろうか。 すなあらしの夜しっとりとしたあなたの歌声をなつかしむ。雨の気配がわたしのこころにさびしい秋を出現させる。 すなあらしの夜 あなたたちの哀楽にひたり、めばえてわたしはいっぱいの花をつけた木。わたしの紙にはわかわかしい五月の太陽がいちまいあり闇夜には憂うつでくろいベールにおおわれる。 ながれてきておくれ、ながれてきておくれかなしみとよろこびと愛と憎しみと、幸福と辛苦と:.…をともな わたしのいのちの波といっしょに やってくる、これはあの足音にちがいない。わたしのこころには雲が、木々が、橋脚のアーチが..….

201

幸福と辛苦と:.…をともなって。

一九四三年冬、臨夏

昼寝からさめ

空はひくくたれ

あわいひかりがちからなくうすさむをふりまく。

蒼いみずたまりを

記憶はひろげる。 昼寝のあと わたしは地中の火地面にのびてせんかんとながれる川となる。 夕陽はいちまいの四角のきいろい紗に凝固しさびしい花をおおう。しきりにする笠や太鼓の音。 波は雲間の橋におしよせていく。鰐はサンゴの木々をくわえて霧の谷奥へにげていく。 薄暮 ともしびはみえる。調子はずれのわたしのうたは孤独な夜の霜にむすばれる。

一九四三年冬、臨夏にて

一九四三年冬、臨夏にて

(14)

ひかりもかげもわたしのからだにあやを織り

ときには、無邪気ないずみのながれとなって

変幻する空と雲をうつしだす。 反照多年のよろこびと、多年のくるしみが相たずさえ、霧深いかわくをそぞろあるく。 ゆれうごく水面に自分のかんがえの影をうつしてみる。 満天の星くずのなかいちばんとおいのをつんでから いそぎながれる雲のようにうごくこともあればたおやかにのびる草のようにとどまるときもある。あれらのさびしさの鐘をけっしてならさないでl黒猫よ、黒猫闇夜のなかのあなたの瞳と風と! わたしは淡泊のうちにそだったまた寒い冬をこえ、春によびかける。 相たずさえ、霧深いかわく晩秋の林は実りがたわわで みずにうかぶあさざ。わたしはうたう鳥、あるいは黙する魚 一九四三年冬、臨夏にて

はるかなゆめまぼろしを

ゆらしては伸縮させる。

いのちをいつぽんの即興的な虹の帯にして

ものうい夏の雲のなかで

ものうそうに漂流させる。 夕陽の残照、孤燈のひかり小雨、あるいは木の葉のざわめき……それらは焔のようでもありどよめく波涛のようでもある。 天気がわるいときにためいきをつき真夜中に熱をだすあなたのおぼつかない指先が季節のかわりめにかるくふれてはかすめていく。

おだやかな水面に

たえず波をたたせて

あなたは、ときのながれをゆく さすらう人かんがえる人 一九四四年初夏、蘭州にて 一九四四年初春、蘭州にて

(15)

みずからのかわきをすくいのみ

203

清風がよろこびいさんで

勤勉なあなたの汗のたまをぬぐうとき じようぎ文字の縄戯に目がくらみあなたl知恵の泉をくむものは網をむすぶ蜘妹のごとくにつかれはてる。あなたは影にもてあそばれる。 読書にうんで 空気はあなたの沈黙により どの鳥なの、かれらがとおりすぎるときに?変幻する水のなかであなたは自分の影をみわけようとしているようでもある。はるかな青山、緑樹古代からの、風にゆさぶられてふる雨……あなたは神速の星雲の輪かすむみずからの思想をかすめていく。ひかりのささないところで

新鮮なかわき

どの白い鳥をあなたはさがしているのかI 果敢な漕ぎ手。

いよいよあおぐ

一九四四年初夏、蘭州にて

こんこんとながれる泉よ、あわれなこころ

あなたはいかなるゆくすえをもとめているのだろうか

海よ、怒涛の海よ

あなたのよぶこえがきこえるI 苦難はおごりたかぶるものの王国、そこでは日夜いのちの花がしおれ、月あかりがひややかにさえ、またはともしびがあおざめるときかつて燃焼していた魂が絶望の土にひからびるだろう。 神聖なよろこびをもって永遠にあの墓場にむかってすすむ。やさしく、あまい感傷にひたりあなたたちはみずからを愛またはしあわせのくつの名にゆだねる。 帰属 小鳥のなきごえが木陰から休息と清涼をあなたにおくりとどける。これはあの太陽と海の反射はてのない青空へのあなたのあこがれをかきたてる。あなたは砂浜をそぞろあるいて、またはしずかによこたわりあるいは小おどりして、裸であそぶ子どものむれにむかっていく。

一九四四年仲夏、蘭州にて

(16)

「しかるべきときはしかって 空たかくとぶ鳥をおとしたのlねえ、わたしの騎士さん」 騎士の恋 とはいえ、かれらは水のままで、水なのだ。かれらはあなたのものであり、かれら自営 あらゆる大河、あらゆる渓流あなたにむかってはしらないものはない。あなたはまたどんな薬で血染めの羽をなおしてあげたの」

なぐるべきときはなぐってやった」 よりあかいうそのうわぬりをして」

「それで彼女はまだたのしそうに空たかくとべるの

わたしの騎士さん、彼女はまだ

四月の太陽のもとでうたっているの」 「あなたはどんなするどい矢で「おれのあかいこころに「まあ、わたしの騎士さん かれら自身のものでもある。

一九四四年六月一日蘭州にて

どこへいくかもわからない旅路で

はるかな海に

金色の希望をなげおとす。 舟、いのち、子渉〒も

星も月もなく、ともしびもない

ただ漆黒の海岸が

闇夜にむかってのびていく。 あなたは生命の秘密とあの白い小舟の航跡をしっているか。

わたしはあなたの素足についた

気づかれないひとつぶの砂になりたい。

わたしはあなたがほほえむとき あなたは生命の秘密とあの白い小舟の涙と歌がわかるか。 「それでは、どうぞお庭にお戻りくださいわたしはここでひとりしろい雲が自由に飛航するのをながめている:.…」 「いいえ、彼女はもうたかくとぶこともうたうこともできなんだおれの庭でしょんぼり低空飛行さ」

一九四四年一月六日、蘭州にて

(17)

目にうかぶ涙になりたい。

新鮮なかわき

黙然と、水晶のようなこころを あなたは大河のどの水域で孤独な小舟をこいでいるのだろうか。 やるせないさびしい夜長のゆめのなかであなたはなにをうしない、なにをえたのだろうか。苦にすることはなにもない。しかし大空の隅にひかる涙がいってき、かかげられている。 あなたのうたごえを満天の花の雨にして大地のちりとほこりをおおってしまおう。さらにあやなす虹にして昇華したかなしみをきずなにしよう。

この広大無辺の宇宙にささげている。 音色のそと そうね、愛する小さきものよ、わたしはさらにいちわのあおい小鳥になりたい。ずっとあなたの夢のなかであなたの夢をめぐって、とぶ。

一九四四年二月六日、蘭州にて

205

一九四四年秋の初め、闘州にて

はだかの壁に

流水の図をかけた。 流水の図 きみたちのかろやかな羽根をいつぼんつけてあげておくれ。するとかれらはひかりをいっぱいあびて

さらに最大の感激をもって

あらゆるうつくしい暴風の到来をむかえる。

一九四五年一月、旅の途次平涼にて ああ、真っ白な海鳥よ、あなたはけっして雲と波にあきることはないlいのちにも、あのひとりすみっこですすりなくいのちにも 夢のなかにもはてしない水と空がある。はるかとおく水と空が接する線上にかずかぎりないみしらぬものへのこがれるおもいがつなぎとめられている。 暴風がせまってきている

せまってきている。

ちょうど月あかりのもと、だれかが船くりをたたきながら

九月の海はあまりにもおだやかすぎるといった矢先に。 暴風

(18)

いま、わたしは静寂のなかでよこたわり

太古よりかがやいてきた星をながめている。

ながれる水にねがいをこめ

とおい未来の人類のうたごえにしみいり、 だれの白衣だろうか夜の草のうえをはためきやがて木陰の道にみえなくなった。濃密な霧がこごっている。 もえさしのともしびがなかばひらいた本をてらす。風はかるやかにさり気うつな木のもとをさっていく。 鍵盤には失血した音符がたおれているlそれはことば以前のことばこの宇宙にわたしがまだはぐくまれていなかった時分もう多くの人がうまれては死んでいった。

そのころにも青空や、白い雲

ひかり、鳥のさえずり、風と水のつぶやきがあった。 展望 一月、平涼にて旧作を推敵

それをきよめてほしい。 春のたれまく人よ、あなたはどこからきたのだろう。 老いるものはあなたのうたをきいて無邪気にわらい女やこどもはあなたのよろこびの美酒を痛飲する。目のみえぬものはあなたの音楽でやみをわすれしあわせなもの、くるしむもの、みなあなたによびかけられる。 春のたれまく人よ、あなたはどこからきたのだろう。 どの弦からも、どの鍵盤からもおどるほのおがつまびきだされる。生命の暗夜をよぎって、ひかりがあるのみ。あなたはうるわしき羽をひろげて、くらい天奮をおおう。 ゆれるちいさな木々、風にふるえるあかり

それにあなた、夜よ、およびあらゆる

おだやかをたましいの不思議とやさしさl

どの微細なちりも空をあおいであなたl母鞍る大自然l偉大な恋人lから

とわの愛のぬくもりをいただく。

あなたはなにもうしなっていない。

音楽のなかであらゆるものはあなたのもとにかえる。

もたないのだ、愛する聖人よ、あなたはかなしみをもたない。 モーツァルトをしのんで 一月一二日早朝、平涼にて

(19)

目のまえはおぼろげな夜の景色と

はてしのない水。

207

真夜中に夢からさめ、あなたの目は

おもいでとゆめのあいだをさまよっている。 旗手といなづまいのちのたえない倒伏とあなたはどうむかいあうのか。 どのターミナルをめざしているのだろうか。 あなたはどこで錨をあげ 春のたれまく人よ、あなたはどこへいくのだろう。わたしたちに海ほどの悲痛と

さんぎよう海ほどの錨仰をのこして。

三月一一日、旅の途次部州にて 裏切り者のむれがあなたをそむいて貧窮があなたのみじかい青春をむしばんでもあなたは自分のため、世界のため最後のレクイエムを創作してから、さびしく逝った。さびしく逝き、ふたたびかえらない。 春のたれまく人よ、あなたはどこからきたのだろう。

新鮮なかわき

かなしみはもうあまたの音符となり

よろこびの海にきえていったのだ。

あなたたちのつばさは

それゆえいよいよ軽快に 太陽をせおい雲をせおい風をせおい…… 春がやってきたばかりで冬はまだとおくまでいっていない。あの春を知らせる第一声をかれらはこころまちにしている。 あのおおきな旗をふろう、勇敢な旗手よ。ほら、水辺にも、山のうえにも人びとはあるいているIとぶ烏 すでにきえたものもあれば、まだともされていないものもある。さあ、このちいさなあかりをみまもろう風から、雨から、はてのないやみから。

第三輯明日をみはるかす

(’九四五) 三月七日、夜半、那州にて

(20)

わたしはイヴのことをかんがえた。

禁断の実をはじめて口にしたとき

彼女のあのいいようのない、新鮮なたかぶりをおもった。 これらすべてをおおいかくしてしまおう 疲弊した肩からわたしはきつい荷物をおろすl屈辱、重労働といくつかのとらわれの冬…… 大地もその重責をわすれている。こころの春をあなたたちはつれてくる。わたしのさびしい窓にはれあがった青空をいちまい横にかけてくれる。 あなたたちが軽快におどりまうときわたしの両足を焼惚とさせる。水中のしろい石のうえをあるきながら あなたたちのうたにさそわれあなたたちの軽快なつばさによじのぼりわたしのいのちもあたかも雲となりはれやかに空たかくかけめぐる。 あなたたちのたのしいうたでIながれる水はその独特の音楽で のこるもの 四月二六日朝、重慶盤渓にて わたしは昨日をほうむりさっただけだろうか。今日さえも、たとえすぎさったばかりのこの一瞬さえもわたしはそれをうしろにほうりなげてしまう。わたしはさらに過去となるあらゆるきわめてみじかい瞬間をもなげすてるだろう。紗のベールをへだててともしびはとおき世のことばのようで

わたしのこころの庵室をかがやかして するとわたしは疾走する船のへさきにたってながれをくだっていくlあらゆる過去のわたしとあらゆる「以前」に属するわたしがとこしえに吃立する岩に黙然とのこされているのをみる。 いくつものくらい夜くらい昼とたそがれがはてしない海のようなわたしの記憶からいそいそときた道をにげかえるIともしびが照らす夜

四月六日早朝盤渓にて

(21)

わたしはおちつきのない川

新鮮なかわき

音たえた奥山で

野火をつけ 野火 ちっちゃなあおいろの春がふくまれわたしの硬直したこころにあたたかなあおいほのおをうえつけてくれる。 わたしはほととぎすのまねをして春にむかってさけぶ。オーイ、アーメーフーレー雨よ、あなたのころころした水玉をすこしまいておくれ。それらにはむすうの なやみとよろこびをひきつれあらゆるかがやきをわたしの水面にしきつめそしてわたし自身の琴で熱病とうわごとのしらべをかなでる。 希望に目がくらんだ月はそこからやおらあらわれる。

209

明日と仲直りしていない星ぼしは

そこからおどりながらやってくる。 あたたかな窓となる。

四月二七日、朝

わたしは円熟した果実で

かんもく繊黙の枝先をはなれたばかり

庭園はますます繁栄するだろうl

新生の人類よ ながい竹の管をいつぼんください。宇宙のみずうみのまんまんなかにある波をひとつだけくみとりたい。これらの宝でエバーグリーンの庭園をかざりたい。そこではあらゆる音と色はおごそかにあざやかにおりあげられる。 春のかんばしさをわたしはすべて採集したい。とんでいった、ながれていったひかりをわたしはすべてとらえたい。 自分が葦原のきらめく蛍のひとつにすぎないと、あなたはいったか。 けむりさえもあかくなりさざなみだつ夜の川面にゆれてひろがりゆくあかい錐をおとす。

(22)

あなたのさらなるうつくしい成長と変身……を

わたしはこころより祝福する。

わたしは風をたっぷりはらんだ

いちまいの白い帆。

わたしはかわきをたたえた

ひとすじの渓流。

わたしはいつぼんの白いろうそく

しずかにもえて

もえてはてらす、

夜の堤防を。

その怒りの琴弦で

もえるわたしの賛歌しか

ひくことはできまい。

わたしのくるしみと

わたしのよろこびは どんな花があたたかなわたしの波におちてただよう?風よ、雨よ、もしあなたたちがわたしに怒っても どの港にわたしは投宿すればいい? はてのむこうのはて 四月二八日朝

静寂にもえ

あなたはしとやかなともしび

五月のこころをてらす。 うっそうとした黒髪の森であなたの目はあたかも静寂な夜天の星ふたつ。 自画像 闇夜の堤防のそとにわたしのあおい草原がある。そこの露には新鮮なふるえがある。ひろげられた草原はあたかも一枚のみどりいるの希望のようではてのむこうのはてへ、やさしくのびてゆく。 みなもっとも犀利なのみとおのであらゆるかたくて厄介な岩をうがつことができる。

四月二八日、朝

(23)

たそがれの岸辺で

211

あなたはちいさな石をかるくたたきながら、かれにたずねる。 一面の苔のむこう、あなたは紺碧の海と、紺碧の空をみわたす。光の陸離光彩とまう蝶々、うなる蜜蜂におどろき(あなたは葉脈の森を漫遊しちいさな青虫となる。 むこう岸はるかにまばらな燈火をながめながらもえる眼をあなたは想像しているのだろうか。かれらのよろこびにはあかみがさしかれらのためいきにもかがやきがあり、あたかも銀色にひかる夜空の星のよう。 顔にあるみずうみのかわきをたたえた水のなか唇はかすかに波うちあたかも水浴びをする太陽。ふきならす風は歳月の灰燈とともにあなたの希望の羽をはばたかす。 髪の毛のあいだや衿元を

新鮮なかわき

一一

うなる蜜蜂におどろきの目をみはり 針の先のようなくるしみがあなたをさしても

あなたはもっとも堅牢な織物。

蛇のように貧困があなたにかみついても

あなたは裕福な主で

絢珊な想像の王国にいる。 甘美な四月の夜に甘美な歌をうたおう。花のかげはあちこちに、閏の窓がおおわれるころあなたはいきつもどりつしずまりかえる星の川をみあげる。 するとあなたはふるえる弦をつまびき「いのちのうた」をやさしくひきはじめる。宇宙の血液はあなたの脈管をながれあなたの血液は宇宙にながれていきおどるほのおの花となる。 「ねえ、虫の国のお山さんアリさんがあなたの背中をこえるのにどれだけの年月がかかるの。どのぐらいあつい汗をかきどのぐらい息をきらさなければならないの」

(24)

かさなりあう音韻の波頭にのり

あなたは春のあらゆるかおりを採取する。

真夏のほうき星、さやかな秋の露

口をかたくとざした冬の氷雪…… 逸楽よ、ながれておいでくるしみよ、ながれておいで。よろこびにあからむ笑顔も、庁みな真っ白な音符にして、みんなながれておいであなたのほうへ。 感謝のためいきをつきながらあなたはみずからきずをさすることもある。あなたはけっして絶望せず、かなしみとも無縁。

「この生を愛する」とあなたはいう。

「くるしみも」 勇敢な羽虫のようにあなたは光に愛にとんでゆく。「熱しすぎるとやけどする」という人がある。しかしあなたは鋼、ゆえによろこびとくるしみできたえあげなくてはなら葱い’火のうえで.

あらゆるいのちのうしおが奔流している。 灰色の涙も しずかでちいさな部屋であなたはまつさらな紙をひろげひかげがおどるとき、風雨がうなりをあげるときまたはともしびの揺曳するときあなたは宇宙の脈をはかり魂と魂のひそかなかたりあいをさらさらとかきしるす。

五月九日朝、盤渓にて脱稿

亡き友の手紙がせつないなつかしさをよびおこす。

暗夜にともしびをながめ、星をみあげると

自分がさまよう風のようで

いつも東奔西走、おちつく暇もない。 花のさかない枝あたかも落葉の晩秋にふとおもいだす春の日の日のうららかさと雨のやさしさのよう。 あなたのいのちのうしおとともに。締羅のごとき虹色におりあげあなたにむかってひかりかがやき、あなたにむかってとぶ。

いま、記憶の鍵盤にたたずんで

(25)

ねえ、わたしは?

新鮮なかわき

白い鳥のまいとぶさまをきかせてくれる。 波のたわむれや 海からきたひとは 柱となり空たかくまうという。ほかに揺曳する椋棚やかぐわしい水草、たそがれに鈴をならしてゆく酪舵の話もする。 砂漠からきたひとはそこで風が砂をまきあげ 漫遊 かんがえてごらん、わたしはあの火なのだIなおいくたびの燃焼をして、死にむかえられるのだろうか。

五月一○日朝、風雨のなか

213

花のさかない枝には

花よりもうつくしいふるえがある。

秋よ、わたしはとりわけあなたの

風にまいおちる紅葉を愛する。

かりに情熱が灰と化すなら といっても挽歌をひけそうにない。こころはただ荘然として悼みがまざり、希望もまざっている。

わたしはふたたび想像の地平へ

あわただしくたびだち

郷愁を背に希望を背に

わたしの足はすみやかに

海と空のむこう

火よりもあつい地をみつけるのだ。 ところが、わたしはすべて想像のなかでそれらの土地をなんどもおとずれている。遠方の客のつきないものがたりにわたしはおもわずなつかしくなり砂漠へのなつかしさと海へのあこがれそしてあかい太陽へのいつくしみをあらたにかきたてられた。 極地を旅してきた人もありさむざむとしたことばでさむざむとした氷雪の天地をかたってくれる。赤道直下からかえってきた人までありかれは灼熱した息づかいで太陽とほのおの話をしてくれる。 日にてらされたやわらかな砂浜やひかる小石やまるっこい貝殻などもあるという。

五月一○日、朝

(26)

星のむこうにまた星が あなたと、ながれ星のように夜空をかすめてゆくきらめくいのち。とおりすぎていったのは、だれだろ壱〈あなたはとんでいったのだ。あなたのかかとにはつちよごれはすこしもついていない。 たちどまったのはだれだろうlとおりすぎていったのは、だれだろう。 たおれふしたのはだれだろう ながれる水のうた ながれる雲のこころ

永遠にとんで

永遠においもとめる。

あなたのつばさはますますかろやかに

あなたの希望は 空のむこうにもまた…… よこたわる山やまはてしない海ひとつのはてがもうひとつのはてにつながり おいもとめる

つねに新しい。 あなたがやってきたら口をつぐみふるえる肩を白い壁によりかからせていたらわたしはおもいにしずむ椅子からしずかにたちあがり本のページのあいだからおしばなをとりだしあなたの襟につけてあげる。 あなたがやってきたらあるぬくい夜に足音もたてずわたしのひっそりしたドアをたたいたらわたしも績黙をもっていちばんふかいまなざしであなたをむかえる。しかし、あなたがさみしそうにたちさるときわたしはないてしまうだろうlそれはしあわせのため

けっしてかなしみではない。 あなたがやってきたら

五月一二日、朝散歩のおりに 五月一一日、朝

(27)

いつも完全燃焼していると

早死にしてしまうよとひとはいう。

だけど、死はなにをもっていくこL

新鮮なかわき

寒い冬の炉辺を俳個し 「人生は砂漠だI」と、なげいているのはだれだろう。きいてごらん、ここは泉がこんこんとわき水草のかぐわしさがただよっているのではないか。わたしはさやかな秋の野を漫歩し わたしはくるしみをとおりくるしみを愛撫した。わたしは風雨をとおり、氷雪もとおり……しかし足をふみだすときわたしは火のなかをとおることにしていた。 わたしには沈黙があった、たしかにあ一死よりもおそろしいものだった。なぜならその時期のわたしはくるしみの川におぼれていたのだから。 そうなの、友よ、沈黙、そうなのわたしには沈黙があった、たしかにあった。 墓のなかにいてもわたしは沈黙でじぶんの歌をうたいつづけるにちがいないのに。

215

明日をみはるかす

死はなにをもっていくことができるというの

わたしはさまざまな泉の水をすくい

いっぱい、いっぱいのんだ。しかし

わたしのかわきはすこしもいやされず

川から川へ

海から海へと……

いつの日に

満たされたわが命をみつけることができるのだろうか。 しかしそれ以上に、わたしになつかしくおもわれるのはきたる未知の日々希望のなかでたそがれはつねに夜明けのようで光がさし、小鳥がとびそよ風になでられた梢のかすかなふるえがある。 二度とかえらぬ日々がわたしにはなつかしい。おもいでのなかでは秋雨さえあたたかで雨雲の色もうすらいでみえる。 新鮮なかわき たえず自分をもやしながらわたしは目で、そしてこころであらゆる明日をみはるかす。

ママ(注1)

五、五一二夜

(28)

わたしのかわきはますますひどく

そうしてかずかずのよろこびとくるしみをとおりすぎた。

偉←‐‐

さいどのかなしみを

216

そうしてかずかずのよろこびとくるしみ

わたしの魂は不安げにもえさかっている。

わたしは今日の日にあきている。

すぎさったばかりの瞬間にあきているl

自分のかわきにさえもあきている。

もしそれが新鮮でなければ。

もるとも生命の溶鉱炉になげいれ

金色の希望を鋳造するのだ。 鋳造

鐘の音が長夜をたたきおとすと

愛するここるよ、なこう ねむりのない夜、ゆめまぼろしがともしびとともにいっしょにゆれておち、いっしょに夜のすみへひくくとびまわる。 そこから星のかがやきと月あかりをいれよう。物音のたえた奥山で、一陣の風が松頼のどよめきをひきおこす。 闇夜に窓をひとつあけよう

西 槙

はじめてのためいきと 五月一三日

あるものは詰問と非難にみち

まるで亡霊のように、はるばると

霧の網をぬけでた

明瞭にきこえぬなげき…… あるものは長期の沙汰なしをへてなつかしさを吐露しあい感傷にひたりあう。 あるものはやさしくあたたかで春雨のしずくのようでここちよいせつなさをもたらす。 手紙はとおくからの、とりとめのない声I 友情と距離

いろいろな友情の草原で

わたしにも太陽があり、星のひかりがある。

わたしは愉快に、目にみえる

時空の距離から

あの唯一の「美」への道を 窓にはもう銀白の曙光がふるえている。

五月一三日夜、重慶にて

(29)

あふれる

217

そしてあつくてやさしい 遠鐘のひびきの抑揚….: 波の起伏雨音の断続 すべてとおりすぎた。さいごは沈黙が創造へのおさえがたい情熱をあたえてくれる。 おもいで、せつなさ、感傷…… とおざかったかずかずのおもかげとおざかったいろいろな声布llふかいおもいやりにみちたこころのように青空はわたしをみまもり わたしは藁帽子をかぶり、橋のたもとにすわり日にてらされた水草のかろやかなおどりにみいったりあるいは両足をはだけて月下の小川をわたったりする。 生命のみずうみがこれほどにみちてリズム

新鮮なかわき

さがしもとめている。

いつでもあふれそうになる。 五月一五日、盤渓にて

五月一五日、早朝

いつぽう、わたしのこころの窓に

毎晩ふるえているのは

あなた、わたしの永遠の星あかりなのだ。 宇宙は永続し生命は永続しリズムが、永続している。 だれの意志によって、だれの手だろうかリズムをすべての「動」のイメージに付与したのは。 宇宙は呼吸しあなたは呼吸している。いつぽんの草、いつぴきのアリも呼吸をしている。 だれの意志によって、だれの手だろうかリズムをすべてのうごきにすべてのおとにあたえたのだろう。 あなたのこころの鼓動11リズミカルな呼吸リズミカルな鳴咽リズミカルな歌一坪11

(30)

そこでたましいはのびやかに

つかのまの熟睡をむさぼる。 渓谷を眼下にあしもとのほとばしる滝をながめる。 とおのいた波浪木の枝はなおふるえ、おびえている、さったばかりのあらしに。どよめいてやがてしずまり夜のうみのようにしずまるだろう 生命はむすうのしろい波となって奔流し、うずまき、どよめく……

愛といのちをはぐくむ。 それからかれは目をさましあさひにむかって、うけとる、木の葉と草花のあざやかさを。 あらしのあと鳥は新曲をうたいつゆは蜜をふくんで やわらいだ烈日 五月一六日朝生命のしずく

五月一六日朝 弦と矢 わたしはさらにすくってのみたいのはあなたの最後の一滴l死を、いつかほほえんで、すくいのむ。 わたしは愛をもすくいのむあるいはしあわせのほかのかおりも…… わたしはよろこびをすくいのむ。しかもそれをわたしのものおもう湖にふりまく。 ああ、生命よ、わたしはあなたのくるしみとかなしみをすくいのむ。みちゆくひとはきてはさりあかりがついてはまたきえる。

ただ風のみがなごりおしそうに ふるえる弦のうえにひかる矢ははりきってあなたの、手がかるくはなつことをまっている。 五月一六日、朝

(31)

よろこびのこずえをさまよっている。

219

ふるえる銀弦から

ひかる金箭がとぶl

すみやかにかえってくるのは 夜をあかるくし希望をもてらしだす。 広大な草原へ野火をつけて あらゆる日ざし、月あかり、星あかりとともしびと蛍火と聖潔な目がはなつはるかな澄んだひかりをあつめて かわいい娘さんよ水にいだかれ水に口づけするがよい。目のつかれと足のつかれとともにさすらう人のうたごえはたそがれの窓にながれておちる。

このうえなく冴えたひびき。 ながいあいだ生命の激流に身をうかべてきた

新鮮なかわき

六月一一日、重慶に客して

舟とわたしたち 長夜はいつねむりにおちたのだろう。昼はいつ目をさましたのだろう。わかい太陽はつらなる山のうしろから白や赤、金色をふりまき大地はかるやかにそのかがやく胸をひらく。 すずやかなそよ風、ふるえる木の葉青空は木の葉のあいだでかけらにくだけてあおいガラス片のようでつくろってもちかえれば壁の一隅にかけることができるだろう。 早朝の草地に散策し露のたまははだけた両足に口づけすれば林の祝福はいかにもおもおもしい。自然とわたしのあいだをさまざまな鳥のさえずりはゆきかって、目にみえない幕をつらぬいていく。

にぎやなか港で 早朝の散策

六月一九日、朝

参照

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