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高校における外国人留学生の日本語習得

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高校における外国人留学生の日本語習得

外国語学習に示唆するもの

石 橋 千鶴子

1.はじめに

 愛知淑徳高校には、毎年、約1年間の予定で滞在する留学生が1、2人ずつやってくる。

1983年から1994年までの11年間に、計20人ほどのこのような留学生の日本語指導を行ってきた。

その殆どは、英語圏からの学生であり、日本語の学習経験が全くないということ、約1年間の 滞在中は日本人の家庭で生活し、淑徳高校で学生生活を送るということで、ほぼ同じ条件の下 における日本語学習を行うことになる。その間の日本語達成度は学生によって個人差があるの は勿論であるが、生活をしていくために必要な日本語の基礎的コミュニケーション能力を身に つけていく。その日本語習熟度の高さで周りの日本人を驚かせる例は多い。これは、日本の中 高生の英語学習、特にコミュニケーション能力における1年間の平均的な成果と比較して顕i著 な差である。これら2つの言語学習は、異なるものである。日本での英語学習は、1歩教室の 外に出れば使われていない外国語の学習である。それに対して、留学生にとっての日本語学習

は、目標言語環境内に暮らして学ぶ第2言語学習になる。留学生にとっては、常に日本語に接 触している言語環境であり、コミュニケーション能力が身につくのも当然だと思われている。

 では、その言語学習環境の何が言語の習得を促しているのだろうか。この要因を分析するこ とは、外国語学習、特にコミュニケーション能力の獲得を目指している場合に、それをより効 果的にするための条件を知るために有用なことである。本稿ではそのような観点から、留学生 の第2言語学習の特徴的なものとして観察される次の点一日本語の学習目的、言語学習環境(教 室での指導、多量のインプットとインターラクション、情意環境)、そして授業の役割一につ いて個別に論じる。

2.日本語の学習目的

 一般的に留学生は何のために日本語を学ぶのだろうか。現在、日本に留学してくる学生も多 様化してきており、その目的とニーズもそれぞれ異なっている。高度な読解力を身につける必 要のある者もいれば、第2言語の地域社会で生活していけるだけのコミュニケーション能力が 最優先されなければならない者もいる。リスニング能力、あるいはライティング能力を強化す る必要がある場合もある。筆記試験のための準備をしなければならない場合もあるだろう。目

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的とニーズが違えば、当然それに対応するために授業で重視することも異なってくる。

 愛知淑徳高校にやってくる留学生の日本語学習の目的は何だろうか。彼女たちの殆どは、留 学生派遣団体によって派遣国を決められる。実際にはヨーロッパを希望していたのが、予想し ていなかった国、日本に決まり、少々の戸惑いと期待、不安の入り混じった気持でやってくる というケースが多いようだ。また、ごく少数だが、自国の高校で外国語としての日本語を勉強 した経験があり、日本を希望して留学してくるという学生がいる。1983年から1994年までの11 年間に日本語指導を行った計20人のうち、3人がこのような留学生であった。他はすべて、日 本語学習経験が全くなく、ゼロからの出発であった。いずれの場合も、1年間の滞在中、日本 の家庭に入り、愛知淑徳高校で学生生活を送る。周りの日本人とより多くのコミュニケーショ

ンを持ち、お互いに知り合い、1年間の異文化体験をできるだけ豊かなものにするために日本 語を学ぶ必要があるということができるだろう。彼女たちは、何よりもコミュニケーションの ための日本語の力を身につけることが求められている。

 愛知淑徳高校留学生の日本語学習と日本の中高生の英語学習は、それぞれ第2言語学習と外 国語学習であり、学習環境がまったく異なるわけである。それ以外に大きく違うのは、それぞ れの当面の目的とニーズである。日本の中高生の英語学習においても、最終の目標として掲げ られているのは、コミュニケーション能力の育成である(小池・SLA研究会 1994)。しかし、

現実には、英語は、高校受験、大学受験の重要科目として常に意識していなければならず、当 面は文法知識、語彙、読解力の強化に取り組まなければならない。それに対して、留学生の日 本語学習は、高校卒業や大学入学に必要なものではなく、1年間の日本滞在に必要な基礎的コ

ミュニケーション能力を獲得しさえすればよいのである。

 日本語にしろ英語にしろ、授業の中だけを考えても、その学習目的と必要性によって重視さ れることが違い、授業活動も内容も、そしてその結果身についてくる能力も違ってくるのが当 然である。外国語学習なのか第2言語学習なのか、というその言語環境の違いだけでなく、さ

しせまった目的の違いも、獲得される能力の違いに大きく関わってくると思われる。留学生は 1年足らずで日本語を使って周りとのコミュニケーションを行えるようになるわけだが、それ は第2言語学習であることと、その日本語の学習目的がコミュニケーション能力の獲得である こと、その2条件が共に言語習得の促進要因になっているのではないかと思われる。日本の中 高生が英語運用力の面においてなかなか力がつかないのは、コミュニケーション能力より他の 能力を優先させなければならないという現実が、大きく関わっているのではないだろうか。中 高生の英語が受験科目でなかったなら、たとえ現在のような学習環境であっても、授業の内容

も、身に付いてくる能力も違ってくる可能性があるのではないかと思われる。

 そこで、愛知淑徳高校留学生の日本語習得を考察することは、目的を同じくする外国語学習、

すなわち基礎的コミュニケーション能力の育成を目的としている場合の外国語学習に示唆を与 えてくれると思われる。受験以後の英語学習も、運用能力の育成を重視する場合は、ここに含 めて考えられる。

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3.言語学習環境

 留学生の日本語学習環境はどのようなものなのか、そしてその環境の何が言語習得を促すこ とになっているのであろうか。ここでは、それまでに日本語の学習経験がなく、ゼロから始め る学生の場合を考察する。日本語授業はその言語学習環境のほんの1部にすぎず、家庭生活、

学校生活すべてがより大きな部分を占める。留学生には、週4時間(50分授業)の日本語授業 を行うが、ほとんどの場合1対1か、多くても学生2、3人の個人指導に近いものである。こ こで、「あいうえお」から始め、文法知識と読み書きを学び、他の全時間、学校と家庭生活で、

日本語技能を使い、コミュニケーションを実践していく場が与えられるわけである。現在、日 本の多くの外国語学習環境では、従来どおり文法知識を学んでから初めて実際に使ってみる場 が少しだけ与えられる。それまでは、実践の場は与えられないといった状況である。初めから 文法学習の場とそれを使った実践の場との両方が同時に与えられているということは、非常に 恵まれた言語学習環境であると思われる。

 3.1 教室での指導

 まず、日本語授業の中で重視しているものは何か。基礎的コミュニケーション能力の育成が 当面の目的になっている授業であるため、1)日本語インプットの量を多くすること、2)不 安、緊張を取り除き、3)インターラクションを促す、という3点の重要性を強調したいと考 えている。

 文法学習は、中高生の英語の場合と同様に、文法シラバスに基づいたテキストを使い、「N 1はN2です」から始まり、動詞ます型、形容詞…というように、一般的に、単純で規則的な 文型、文法事項から不規則で複雑なものに進んでいく。日本語との接触度が大きいその環境を 最大限に生かせるように、文型練習は必要最小限に止め、文法知識もできるだけスピードを上 げて与えていく。その文法事項が教室では定着していなくても、実際の会話の中で使われた場 合、教室で学んだ知識が活性化され、習得されていくのではないかと思われる。言語は実際の 文脈の中で使うことにより運用力が養われると言われている(Richards and Rodgers 1986)。

 また、個人指導のため、テキストの文法知識の導入順序にしばられずに、必要に応じて新し い言語知識を多量に加えていくことができる。特に、滞在している日本人家庭やクラスメート との会話など実際の生活で必要になった文型、文法事項など、どんどん与えていく。授業での 教師の側の日本語は、語彙も文法も大ざっぱにだけ調整したもので、調整しすぎないようにす

る。日本語だけに制限することもせず、効率よく理解を促すよう共通語としての英語も使う ェ、

学習が進むにつれて、その使用量は減っていく。授業の中でも、理解できるインプットの量を 多くすることを常に心掛ける。

 読み書きの学習も、初めから継続的に行っていく。4技能全てが互いに補強し合ってコミュ ニケーション能力が育成されていくことを、学習者自身も気づいていくのではないかと思われ る。初めの1、2カ月程、平仮名読みに慣れるまでは、ローマ字版のテキストを用い、その後、

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漢字、仮名まじり版のものに移行していく。リーディングでは、個別の文を訳読することは殆 どせずに、分からない場合は、キーワードになる単語の意味だけを英語で与えたり、言い換え たりする。また、内容の要点を問う質問を与えることによって、文の要旨を明らかにすること ができる。それで十分に内容理解を促すことになる。この1年間の日本語学習では、リーディ

ングにおいてもリスニングにおいても、大意を把握することに重点をおき、訳読はほとんど行 わない。将来、より専門的な日本語学習に進んでいく場合は、高度な読解力も要求され、精読、

訳読も必要になるだろうが、少なくとも基礎的コミュニケーション能力を目指しているこの1 年間では、訳読の必要はないように思われる。中高生の英語学習においては留学生の日本語学 習と逆で、読解力の強化がまず優先され、基礎的コミュニケーション能力は後回しになる。言 語自体の目的を考えた場合、まずは、基礎的なコミュニケーション能力をつけ、その後読解力

を養成していくという順序は無理がないように思われる。

 授業でのライティング学習では、個人指導の環境を最大に生かすことができる。スピーチの 原稿、レポートなどを書く時、書く前の口頭作業でトピックスについて話し合い、それが決ま れば、質問をしたり、意見交換を行い、さらに何をどんな順序で書きたいかを口頭で確認して から、実際に書いていくという手順をとる。全体の形式、文の構造、表記、必要な語彙、文法、

音声も同時に学んでいくことができる。ライティングにおける運用力をつけるためには、ある 程度コントロールをしたライティング訓練が必要である。学習者に何のコントロールもなしに 書かせると、構文、語彙、表記などすべての面で特に母語の影響によると思われる誤りが多く なり、それを訂正し、説明していると学習者の動機をそぐことになってしまうことが多い。「日 本語教育の内容と方法」(水谷1989:154)の中でも、学力の低い段階のライティングクラスで

は、書かせる前の「口頭作文」が有効だという提案がされている。話し合い、そして書くとい う作業で、学習者は、ライティングもスピーキングも本質的に同じことであり、互いに補強し あっていることを認識するように思われる。英支のパラグラフライティングを指導する時にも、

同じような口頭作業が有効だと思われる。まずトピックに対する質問を用意する。答えの文を つなげば、パラグラフとなるような質問を与えることで、コントロールしながら、英文パラグ ラフの構造を認識させることができる。日本語授業でも、口頭作業で確認してから書く、とい う過程を通して、ライティングにおける運用力を身につけていくことができるように思われる。

また、必要な漢字学習も文脈の中で同時に行っていくことができ、その面でも動機づけになる ことが多い。ライティング授業は、ライティングの運用力だけでなく、4技能の統合的な力を 強化するのに効果的な方法であると思う。

 3.2 多量のインプットとインターラクション

 留学生の日本語授業及び生活すべての日本語環境について考えてみるとき、その最大の特徴 は、リラックスした状況で与えられる日本語のインプットが多いということ、1対1、あるい は少人数でのコミュニケーションを通して、多量のインターラクション、すなわち言葉のやり 取りがあるということだと思われる。特に、家族、友人との自由な会話を通して、多量のイン

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プットを与えられ、かつ、日本語でのやり取りにより意思の伝達を試みる場も多量に与えられ ることになる。様々な場面で、様々な人とのコミュニケーションを通して、その場面に必要な 表現、語彙を学んでいけるということは、日本での平均的な外国語学習環境と大きく異なる点 である。学校での行事、例えばスポーッ大会、学園祭、修学旅行など、そして授業の中でも、

料理、美術、体育、サークル活動などのように実際に何らかの活動に参加するものの中では、

コミュニケーションのために日本語を使っていく必要があり、言語習得を促がされる場になる だろう。第2言語の習得には、学習者の現在のレベルより少し上の理解可能なインプットが多 量に与えられることと、情意フィルターが低いことという2つの条件が必要であると言われる

(Krashen 1987)。そのためには、あまり細かく調整されていないインプットが望ましいと Krashen(1987)は述べている。それは現実のコミュニケーションの特徴でもあり、その中で 文脈から意味を推測する能力を身につけていく。分からない場合は、.聞き返したり説明を求め たりする相互交渉を通して、インプットが理解可能なものになり、与えられた言語が習得され ていく、と言われている。留学生のおかれている言語環境は、まさにこのようなインプットと インターラクションが豊富に得られるものである。しかし、学校での多人数の講義では、イン プットが多くても相互交渉がないため、理解できる部分が少なく習得にいたるものも少ないの ではないかと思われる。

 留学生の日本語授業を始めると間もなく、日本語習得プロセスが始まったと思われることが 観察される。それは、自分に対して言われていることの全ては分からなくても、大体の意味を 把握して、すぐに、英語にしろ日本語にしろ短くても適切な反応をしてくれる時である。言語 的にあまり調整されていない会話では、1語1句すべて分かるということは少ないだろう。そ の中で、キーワード、キーフレーズ等をピックアップして意味を推測する能力を身につけてき たことがよく分かる。シンタックスが分からなくても、いくつかの単語の意味がわかれば理解 が促される。日本語学習経験が全くないところから始めて1年間の習得プロセスであるという

ことで、その上達の変化が毎回はっきりと観察される。

 また、長い休みが明けて留学生が学校に戻ってくる度に、彼女たちの日本語の上達ぶりに驚 かされる。日本の英語クラスの学生達の場合は、休み中に英語による言葉のやりとりがほとん どないために、休み明けの授業では言葉がますます口に出にくくなっていることが多い。留学 生の場合は、それとまったく逆の状況が観察される。日本人家族との接触が多い休み中には、

家族、友人とのリラックスしたやりとりの中で、言語習得のプロセスが促される場が多かった のではないかと想像できる。

 留学生は、日本人家族との生活および学校生活の中で、様々な経験をし、文化的背景知識も 得ていくことになる。外国語学習環境と比較して、第2言語学習環境のすぐれている点のひと つである。では、この状況はどのような役割を果たしているのだろうか。我々は、過去の様々 な自己体験や、読んだり見て学んで獲得したものなどの記憶を土台にした常識的知識を持って いるが、その常識的知識を用いることによって的確な推測を行い、読むことにおいても、聞く ことにおいても、十分な理解を得られるのだと言われている(天満1989)。そのため、情報が

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十分でなくても理解が成り立つわけである。天満(1989:50)によると、スキーマとは、この 常識的知識をより体系化したもので、「長期記憶内に貯えられている総称的概念の表現」である。

状況に適したスキーマを用いることにより、推論が可能になり、読み手の時も聞き手の時も、

理解を促されていると考えられている。理解できる部分が多くなれば、より多くのインプット が取り込まれることになり、言語習得が促進されるのであろう。留学生の日本での生活体験が 多くなるにつれて、言語習得の速度も進んでいくように思われるが、当然であろう。休み中に 様々な経験をして学校に戻ってきた時、彼女たちは日本語においても著しい上達ぶりを見せて

くれる。

 このように、留学生は言語知識と文化知識のインプットおよびリラックスした状況でのイン ターラクションが多量に得られる環境におかれているのである。その環境とどのような関わり 方をするかは、学生により個人差があり、その結果、言語習熟度にも大きな違いがでてくる。

それについては、次の項目の中で述べる。

 3.3 情意環境

 第2言語習得に関する仮説では、情意フィルターが低いとインプットが受け入れやすく、高 いと言語の習得が難しくなると言われている(Krashen 1987)。すなわち、高い動機づけと自 信があり、不安が少ないと、第2言語の習得が起こりやすいということである。留学生の日本 語学習に対する姿勢には、不安が少なくリラックスしているという共通した点が見られる。こ の点でも留学生は言語学習に有利な状況にいるように思われる。留学生のほとんどが、来日し た直後は見知らぬ環境にほうり込まれて、一時的に文盲状態になったように感じるようだ。そ のための緊張と不安、フラストレーションは大変なものであろう。しかし、異文化体験のため の1年間の休暇をとっているという意味では、非常にリラックスした気持でいられるようだ。

日本語も高校卒業や大学入学に必要なものではなく、基礎的コミュニケーションができるよう になればよいわけであるから、学習に対する不安、緊張は非常に少ないように思われる。また、

日本語の授業が個人指導かそれに近いかたちで行われるということも、不安を取り除いてくれ る要因の1つになるだろう。そこで、言語習得を容易にする条件が十分に備わっていると言え るのではないか。受験を控え、そのために勉強しなければならない日本の中高生に比べて、心 理的な負担がずっと少ないだろう。

 以上述べたように、留学生のおかれている環境は、Krashen(1987)の言う第2言語習得の ための条件、すなわち、学習者の現在のレベルより少し上の理解可能なインプットが多量に与 えられること、情意フィルターが低いこと、という2つを共に備えている。その環境とどのよ うな関わり方をするかは、学生によりかなり異なっている。言語学習に対する適性や動機づけ だけでなく、、異文化体験の様々な面をどのように受け入れるかということが互いに関わりあっ て、言語習熟度に大きな影響を与えているのではないかと思われる。学校での生活だけを見て も、クラスメートとの関わり方、学校行事への参加の仕方などにも大きな個人差が見られる。

自分が置かれている環境をどれだけ肯定的に受け入れ、生かしているか、あるいは逆に否定的

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にとらえているか、など学生によりかなり異なっている。家庭での生活においても同じような 個人差があるのは当然であろう。Ellis(1985)は、いくつかの研究結果について考察した後、

学習者の性格、動機づけ、適性、年齢が学習速度や成功度のバラッキの大部分を説明している と述べている。多くの要因が複合的に関わり合って言語習熟度に個人差が出てくるということ は、誰の目にもはっきりと観察される。

 日本語の習熟度に個人差が現れ始める頃になると、日本語に関するそれぞれの将来の目標も 少しずつはっきりとしてくる。日本の生活、文化、日本語の学習そのものに興味をもち、帰国 後は大学で日本語を専攻したいという意欲を持ち始める者もいれば、滞在に必要なサバイバル のためのコミュニケーションはできるようになってきたが、日本語の学習を本格的に続ける意 志はないという者もいる。いずれにしても、それぞれの学習の目標と学習態度が見えるように なると、教える側もなるべくそれを尊重し支援するように授業を行っていくことを心掛ける。

学習者それぞれが自分なりの達成感を持てるようになるということは、実際にはなかなか難し いが、望ましいことだと思う。個人授業あるいはそれに近い環境であるため、そして、日本語 が卒業、入学に関係していないということから、このような状況が許されるのであろう。

 留学生は、家族、友人との毎日の生活の中でも、日本語授業の中でも、文法的な間違いを気 にせず、わずかな語彙と文型をつかってもコミュニケーションを試みなければならない。その ため、現実のコミュニケーションでは、正確さ以上に意思を通じさせることが大切であり、間 違いを口に出してからでも、訂正、言い換えなど様々な方法でやり直しが許されるということ、

また、会話の相手からも多くの助けを得られ、それらのやり取りでコミュニケーションが成り 立っていることを初めから体験し、知っている。来日初めの緊張感はしだいに取り除かれ、目 標言語でコミュニケーションを行う時の情意フィルターも低く保たれるのではないかと考えら

れる。

 筆記試験というのは、通常正解は1つだけ、間違いは許されないという特殊な言語環境であ る。受験後の大学の英語授業で、英語を口に出すことに大きな抵抗を見せる学生が多く見られ る。文法的な正確さが要求され続けてきた受験勉強の後遺症だと思われる。英語でも日本語で も、文法的な正確さを強調しすぎると、不安や緊張が高まり、言語習得がおこりにくくなると いうことを痛感する。言い換えると、間違いを許されないような言語環境では、コミュニケー ション能力も育たないと言えるのではないだろうか。受験以後の学生達には、実際のコミュニ ケーションでは間違いを怖がる必要はないということにまず気づいてもらいたいと思う。

 誤りに対する考え方も、学習者の情意状況に大きく影響すると思われる。60年代の行動主義 に基づくオーディオ・リンガル教授法では、誤りは避けるべきものだと否定的にとらえていた が、認知主義学習理論に裏付けされた、現在の主流であるコミュニカティブ・アプローチなど の新しい考えでは、間違いを肯定的にとらえ、言語は実際に使って間違いを通して身につくこ とが多いという主張がされている(Finocchiaro and Brumfit 1983)。誤りは、学習者の積極的 な試みの証拠として扱われている(Ellis 1985)。現実に、学生が積極的に話したり書いたり するようになると、母国語の影響によると思われる誤りがよくでてくる9 oxford(1990)によ

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ると、転移とは既存の知識を適用し外国語知識を延ばす学習者のストラテジーであると言われ ている。教師は、学習者がそれぞれのストラテジーを使って言語を使用するのを促す役目をし なければならないわけで、ストラテジーのトレーナー、学習の支援者であるとさえ考えられて いる(Oxford 1990)。したがって誤りを訂正する時は、自信と意欲をそがないように工夫す ることが大切である。

 文法的な正確さより意思の伝達を大切にすると、ある程度は学習者の誤りの定着、少なくと も一時的な定着、は避けられないのではないかと思われる。誤りに対して厳しくすると、コミュ ニケーション能力が育っていかないわけであるし、厳しくすれば誤りがなくなるというもので はない。学習が進むと、そのような誤りは取り除かれるのだろうか。1年間の学習の過程では、

取り除かれるものもあり、そうでないものもある。それ以上学習を続けた場合でも、誤りが化 石化する場合も、取り除かれる場合もあり、個人差も大きいのではないかと思われる。

 また、平仮名、カタカナ、漢字に関して、書き順の間違いが定着してしまっていることが度々 観察される。特に意欲的に自分で漢字学習に取り組む学生は、我流の書き順を身につけがちで ある。訂正しても直りにくい。真剣に直す意志がないというより、むしろ、書き順に対する重 要性の認識がないことが原因にあるように思われる。書き順は大切だと言われても、学習者自 身の文化ではそのようなことにあまり価値をおかないために、真剣にとらえられないというこ とではないかと感じられる。そこで、書き順に構わずどんどん学習していくというのも、その 学習者自身のストラテジーと言えるのかもしれない。書き順を強調しすぎて学習意欲をなくさ せるようではいけない。稲垣と波多野(1989:116)は、「文化は、長い時間をかけて人々のう

ちに共通の価値をもたせるように仕向ける。これによって、その社会のなかでの知的伝統を構 成している重要な知識・技能を身につけるよう動機づけ、その学習を効果的にしていくのであ る。」と述べている。留学生と日本文化との接触が1年もたっていないことを考えると、書き 順の意味を認識することはまだ難しいのではないかと思われる。稲垣と波多野の言葉にあるよ

うに、それまでにもっと長い時間が必要なのではないだろうか。

 授業で日本語の学習を始めたばかりの時は、特に心理的なプレッシャーを与えないようにす る。そのため、学生からの日本語による返答を強制しない。初めのうちは、こちらの日本語の 問いに対して、理解していても英語で答えが返ってくることがよくある。それでも、日本語で 話しかけ続け、日本語を強制せずにいると、間もなく日本語で発話するようになる。ちょうど、

第一言語習得の時に、母親は言葉を話す前の幼児に話しかけ続けるが、その時の働きかけと同 じようなものではないかと思われる。また、第2言語の習得が外に現れてくる前の「沈黙の時 期」(Krashen and Terrell 1983)に近い段階ではないだろうか。教室では毎回興味深く観察

されるが、日本人の家族との対話でも同じようなプロセスが見られるのではないかと思う。

 さらに学習が進み、日本語で意思が通じた時の感覚は、学生に自信を与え強い動機づけにな るようだ。彼女たちは僅かな文型と語彙しか知らなくても、間違いを恐れずにまず言葉を口に 出してみて、意思を通じさせようとする。滞在の後半になると、彼女たちの日本語が加速度的 に上達していく様子が観察される。学習が進むにつれて、日本語クラスでも、教師とより対等

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に近い立場で意見を交換し、学生が自分で会話を展開していくようなこともある。学生の年齢 と知的レベルにあった内容の話をするときなど、英語の語彙と日本語のシンタックスを使って 会話を展開させることもある。これも、母語に変換して話を進めやすくするための学習者のス

トラテジーの1つである(Oxford 1990)。学生にとって興味のあるテーマについて十分に話 すことができるようになり、達成感を与え、動機づけになるように思われる。

4.日本語授業の役割

 筆記試験をすると、文法知識の定着が予想以上に悪い学生がいて驚かされることがある。こ のような学生は、Krashen(1987)の言うように、コミュニケーションから無意識的に習得し た日本語を無意識的に使い、さらに我流の日本語も交えてコミュニケーションを行っているの であろう。それで十分意思が伝えられ、周りの人達にも受け入れられているため、授業での文 法学習にはあまり真剣に取り組む意欲がないということかもしれない。逆に、文法学習に高い 適性と興味を示す学生もいる。したがって、授業の中での文法学習が果たす役割は、学生によっ

て異なっているように思われる。しかし、文法学習に意欲を示さない学生でも、日常の生活の 中で無意識に習得した新しい表現などについて文法的な説明を与えると、文法規則を初めて意 識的に理解できたことで、大きな自信を感じるらしい。このような場面は、授業の中で実際に 度々観察されることである。これは、教室での指導により、文法が意識化されたということで はないかと思われる。既習の文法規則を意識させることは間接的に言語習得につながるので有 意義であると言われている(小池・SLA研究会 1994)。

 1年足らずという限られた期間であることを考えると、読み書きの学習が授業の中で継続的 に行われるということは、言語習得を助けているのではないかと思われる。特にライティング 学習において、口頭作業と書く作業が統合されて4技能全体の強化につながるのではないだろ

うか。

 留学生が教室での指導なしに生活の中だけで1年間学んだ場合、どのような結果になるのだ ろうか。習得の速度などに違いがでてくるものだろうか。個人差があり、対象も少ないため、

答えを出すのは難iしい。Ellis(1985:229)は授業の相対的有用性に関する研究を考察して、

相対的には授業が第2言語習得の速度と成功度にプラスの影響を及ぼすということかもしれな いが、効果をもたらすのが授業そのものなのか、あるいは動機づけのような関連要因なのかが 明らかにされていないと述べている。年齢要因についても色々な研究がなされているが、第2 言語習得との関係はまだ十分に解明されていない(小池・SLA研究会 1994)。留学生の年齢 がすでに17、8歳であることと、1年足らずという限られた期間であること、そして、その中 で学習をできるだけ効率良いものにすることを考えるとき、小池とSLA研究会(1994:159)

が言う「教室指導は大人のL2学習者の言語知識を促進させるものと思われる。」という言葉 が留学生の日本語学習にもあてはまるのではないかと思われる。

 また、授業で誤りの定着を防ぐことができるのだろうか。誤りが定着してしまった項目は、

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明示的に文法の意識化を行い、誤りに気づかせて取り除くきっかけを与える必要があると言わ れている(小池・SLA研究会 1994)。しかし、実際に1年間の授業を見ていると、それでも 成功しない場合もあるようだ…)その後さらに学習を続けた場合でも、個人差が大きいのではな いだろうか。

5.む す び

 以上のように、愛知淑徳高校留学生の日本語学習環境を考察すると、学習目的がコミュニケー ション能力の獲得であるということ、言語知識と文化知識のインプットが多量に与えられてい るということ、そして、情意フィルターが低く、コミュニケーションが促されているというこ とがその大きな特徴であり、日本語習得を促す大きな要因になっているのではないかと思われ る。それは、Krashen(1987)の言う言語習得のために必要な条件をすべて備えている環境で ある。逆に日本の中高生の英語学習環境では、文法的正確さを強調することが大きなプレッ シャーになって、言語習得を妨げる要因のひとつになっているということを痛感させられる。

 愛知淑徳高校留学生の日本語学習は第2言語学習であるが、これは外国語学習、特に同じよ うに基礎的なコミュニケーション能力の獲得を目指す場合に多くの示唆を与えていると思われ る。以上の考察から得られた外国語学習への提案として、次のような学習条件を挙げることが できるのではないだろうか。

(1)現在の自分のレベルより少し上の、理解できるインプットの量を増やす。その中で1語1 句すべてがわかるということがなくても、文脈から意味を推測する能力を育てることを心掛け

る。理解できない場合は、言葉のやりとりでインプットを理解できるものにする。共通語で効 率よく理解を促すこともできる。日本での外国語学習でも、視聴覚教材、ラジオ、テレビ番組、

リーディング教材などを利用すれば、個人の努力でインプットを増やすことができる状況に なっている。さらに必要な言語事項はテキストの導入順序にこだわらずに増やしていく。

(2)情意フィルターを低くする。言語学習に影響を与える情意的要素の重要性は、どんなに強 調しても強調しすぎることはないとして、Oxford(1994)は3つの情意ストラテジー、すな

わち、「自分の不安を軽くする」、「自分を勇気づける」、「自分の感情をきちんと把握する」、を 挙げている。受験以後の、英語学習でも、運用力の強化が必要とされている。大学の英語クラ

スでは、英語を口に出すこと自体に緊張している学生が多く見られるが、受験勉強の後遺症を 取り除き、リラックスして間違いを恐れずに言葉を口に出すことが大切である。日常のコミュ ニケーションでは、間違いの訂正、言い換えなどの繰り返しで意思の伝達が行われているとい うことを認識し、実際に体験していかなければならない。意思が通じたときの達成感は大きな 動機づけになる。       

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(3)コミュニケーションを通して言葉のやり取りの量を増やす。文脈から純粋に言語だけを取 り出す文型練習は少なくし、コミュニケーション体験を通して言語を学べることを認識する。

言語知識を学んでからコミュニケーションの実践を始めるのではなく、言語知識学習と実践を 同時に行っていく。教師にコントロールされるのではなく、自分から積極的に話を進め、教師 にはそれを促してもらう。話を展開させるうえで困難、不安がある場合は、シンタックスは目 標言語で、語彙は母語でというようなストラテジーを用いることもできる。

 第2言語学習環境と違い、実際に目標言語でコミュニケーションを行う場は少ないが、教室 での色々なコミュニケーション活動が工夫、提案されている。グループ活動やペアーワークな

どで、発話とインターラクションの量を増やすことができる。目標言語の母語話者とのやりと りだけでなく、学習者同士のインターラクションでも、言語習得に効果があると言われている

(Long and Porter 1985)。また、稲垣と波多野(1989:120)は、学習環境としての他者の強 みについて「学び手本人に比べ、他者がより進んだ知識をもっていない場合でさえ、彼らは学 び手の学習を促進することができる。」と述べている。

(4)教室での文法学習で文法規則を意識化することは、言語習得につながると思われる。文法 知識の意識化で誤りに気づけば、それを取り除くきっかけになるであろう。

(5)目標言語の文化的背景知識を増やすことは大切である。第2言語学習と違い、実際に目標 言語の文化体験をすることは難しいが、読んだり見て学ぶことで目標言語の文化的背景知識を 増やすことができる。それに基づく常識的知識が、リーディングにおいてもリスニングにおい ても、的確な推測を可能にし、理解を促してくれる。

⑥ コミュニケーション能力は、4技能全てが互いに補強しあって育成されるものであるから、

読み、書きの学習も初めから継続的に行う。リーディングにおいてもリスニングにおいても大 意把握を重視し、内容を推測する力を育てるよう心掛ける必要がある。

 ライティングにおける運用力をつけるためには、コントロールされた口頭作業を経てから書 くようにすると効果的だと思われる。4技能すべての運用能力育成を促してくれるのではない だろうか。

(7)目標言語と将来どのように関わりたいかという目標をはっきりさせる。それに対応した自 分自身の学習方法やストラテジーを選び、できるだけそれらを主張する。それが許されるよう な学習環境であるためには、個人指導や少人数での学習が望ましい。教師にコントロールされ るのではなく、言語使用を促してもらうのだということを認識しておく。

 以上のような学習条件を満たすことは、第2言語学習だけでなく外国語学習においても、そ の基礎的運用能力の育成に役立つのではないかと思われる。そのような環境の中で、まったく

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学習経験のない外国語の学習を試みることは、興味深いことではないだろうか。

 なお、本稿は、「愛知淑徳高校外国人留学生の日本語習得」(1992年.愛知淑徳学園語学セン ターニュースNo.24)を基に、さらに考察を進めたものである。

       注

1)以下にそのような誤りを含む文(発話されたもの、あるいは書かれたもの)の例を挙げておく。

「日本にきた前、B本語をべんきょうしませんでした。」

「私は今日ふけいきです。」(1 m depressed.)

「わからないから、せつめいがほしいです。」

「日本とアメリカはぜんぜんちがいます。日本で仕事する外国人によると、ちがいは日本人はながく仕 事して、外国人はいっしょうけんめいもっとみじかい時間しました。本当にそうと思います。」

 「がっこうにいきました。みなはテストがとりました。私はがい人です。そしてテストがとりませんで  した。私はのかわりにてがみをかきました。」

「日本のまえに行った時は、日本語をぜんぜんべんきょうしませんでした。それから私がすごくしんぱ  いしました。私は日本語がわからないけどみなさんは私をやすまりました。(Even though I knew no Japanese, everyone made me feel at ease.)お母さんがすこし早口であるので、いいきく れんしゅうです。

 お父さんはいつもがいじんの事をしりたいと思います。本当にいいかぞくの周囲(environment)があ  ります。」(英語は本人のもの)

 「(奈良で)私はしかがかわいかったと思いましたけど、妹はしかがこわかったと思いました。」「…それ  からめいじ屋に行きました。…うちに帰ったあとで私は買ったチーズをお母さんに見せました。お母さ  んはおなじチーズをもう買いました! それからもっと安かったです! びっくりしました! めいじ  屋にもいちど行きたいですがこんど見にしか行きます!」

 「たとえば日本はむかしから本がありましたけど、イギリスは1300年前からだけです。どして私が分か  りたい。」

2)1年間の学習で定着しやすい誤りを含む文の例を挙げておく。

 「あした休みから、栄に行きます。」

 「私は外国ごをならうことが大好きので つうやくになりたいと思います。」

 「わたしのやすみは3週間ぐらいから、とてもラッキーと思います。」

       参考文献

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参照

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