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こぺる No.194(2009)

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日(毎月1回25日発行)ISSN凹19姐43

5

2009

NO.

194

尼崎だより⑨ 介護施設の今(続) 一生活のバリエーションを豊かに 中村大蔵 播州からの便り① 「親密な関係」にひそむもの 福岡ともみ 四日市から⑫ いのちをかこむ 坂倉加代子 いのちを生きる⑩ 三度は負けない ! 長谷川洋子 映画の現場−写真と文 小 林 茂 2008年度『こぺる』会計報告 こべる刊行会

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写真

ε

x

小 林 茂 「ほれ、お前の好きなピールもi自ーも持って来たぞ。飲めよ」。炭鉱で死んだ仲 間の墓棋に永井さんはピールをかけた。向い泡がツツーと涙のように墓擦を流 れ

i

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ちた。新緑の木々に|||烏の声が鳴り渡った。 「隔を視る」(差点炭鉱、入坑する炭鉱マンたち、 1995年) 1995年3月、北炭・空知炭鉱が閉山。その直前から「閉を搾る」(藤本幸久監降)の撮影 に入った。炭鉱に性きた人々の物語である。鉱夫たちは立坑のエレベーターに来り 会気に 地下数百メートルへ落ちてゆく。入れ替わりに顔をまっ黒にした男たちが|てがってきた。 永井幸一日iIさん(78)は20歳のころ日本の植民地であった樺太(現サハリン)の三井 川上炭鉱で働いた。応召され母親がわりの祖吋と生き別れたc半世紀ぶりに訪ねたその炭 鉱は朝鮮人とロシア人により稼動していた。戦後、|司本人は帰還船に乗ったが朝鮮人は残 された。永井さんが「ハッパ」(ダイナマイトの炭鉱用語)というと、ロシアの炭鉱夫たち も「オ一、ハッパ、ハyパ」と通じるのだった。朝鮮人が採炭のやり方を教えたのだ。 案内してくれた李老人もその一人。巨人の長島の大ファンで、今もラジオで野球中継を 聴いている。きれいな日本部で「国民学校の頃の日本人の友だちに会いたい」と言った。

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中村大蔵︵特別養護老人ホ l ム 園 田 苑 ・ 尼 崎 市 在 住 ︶ 尼 崎 だ よ り ⑩ ー生活のバリエーションを豊かに

介護施設の今

︵ 続 ︶

無認可・無届けを問題にする前に 老 人 ホ

l

ムなど福祉施設で火災などの事故・事件が発 生すると、すぐさま監督庁から注意を促す

FAX

文書が 送られ、しばらくして関連施設への一斉調査がされる。 そして、その後に具体的な改善策が求められる。 今回の群馬県の老人﹁施設﹂の火災で、特に浮き彫り にされたのは施設が行政への無届けだったことである。 マスコミが共通して取り上げたのもこの点である。無認 可・無届けが、さも火災を起こした一大背景のように言 や り だ ま われる。ここまで槍玉にあげられると、低福祉政策のも とで﹁悪貨が良貨を駆逐する﹂福祉施設界ではあるが、 施設を運営している方としてはいささかうんざりする。 事件を起こした施設を弁護するわけではないが、ことの一 本質はそんなところにあるのではないと反論したくなる。一 この﹁施設﹂は行政への届けはなかったけれど、入居 m ※ 者の多くは東京の区役所︵行政︶から勧められたもので一 ある。なんとも皮肉なことで、しかも施設の名称が﹁た一 ※ F まゆら﹂ときているから、よけいに寒々しくわびしい。一 毎日新聞社会面の見出しは、﹁資金繰り悪化/防火設 4 備なく/入居者家族も来ず﹂であり、朝日新聞のそれは一 ﹁ ﹁ 縁 を 切 っ た の に ﹂ 怒 声 ・ 親 族 か ら の 電 話 一 、 本 。 身 元 調 一 ベ 浮 か ぶ 孤 独 ﹂ で あ る 。 一 入居者のほとんどが生活保護者だった。長期不況によ り働く場所も住む場所もない﹁難民﹂が急激にふえてい一 っ て い る こ と も 、 こ の 事 件 は あ ぶ り 出 し た 。 一 私が想像するに、今回の火災原因は入居者のタバコの一 こぺる 1

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不始末だろう。かつて同じ関東の養護老人ホ l ムで火災 が発生し、多くの死者を出した時も、私たち施設関係者 はいち早く、入居者のタバコが原因だろうとささやいた。 そして、﹁その施設は入居者の喫煙を厳しく管理してい たので、入居者は隠れて喫煙したのだろう﹂と言い当て た。施設関係者はそれほど入居者のタバコには神経を使 い、どの施設でも対策には頭を悩ましている。 タバコ以外に何の楽しみがある? 園田苑ではデイサービスの利用者にも、特別養護老人 ホ l ム︵以下、特養と略称︶の入居者にも喫煙を禁止し てはいない。喫煙場所は灰皿横と指定しているが、必ず しも守られているわけではない。つい最近も寝タバコで シ

l

ツを焦がしているのが発見された。その時から有無 を言わさずタバコは取り上げられ、こちらで管理するこ と に な っ た 。 園田苑の入居者で常時タバコを吸うのはおふたり。既 にタバコをこちらで管理している人が一階に降りてきて、 デイサービス利用者が放置していたタバコを拝借し、火 のついた吸い殻を木製テーブルに置いたものだから、跡 ちほう※ が一二本分くっきりと残ってしまった。両者とも痴呆がそ れなりにある方だから、口頭の注意だけで喫煙が守られ る は ず は な い 。 このように個人所有のタバコ管理を厳重にしても、タ バコを吸うこと自体、皆無にすることは出来ない。留置 所や刑務所じゃあるまいし、行動の規制は行うべきでな い。喫煙という個人の晴好を制限管理する権限が施設側 にあるとは思えない。また、やって来た家族やボランテ ィアに、老人がタバコを所望するからといって、外来者 向けに、動物園でよく見かける﹁エサをやらないでくだ さい!﹂式の貼り紙は出来ない。それでなくともわびし い老人施設で、入居者をますますみすぼらしくさせるこ と に な る 。 かつて園田苑にはタバコ・ボランティアなる人がいた。一 突然やって来てはソファーに座ってタバコを二、三本吸一 つ て は 、 ・ ﹁ じ ゃ

i

ね﹂と手を振って帰る女性だった。タ一 パコを吸いながら回りの入居者に、最近のたわいもない一 三面記事的な出来事をしゃべる、閉鎖された社会への格一 好の情報伝達人であり、時として隣に座った入居者に、一 ﹁ 吸 う ? ﹂ と タ バ コ を 勧 め る 世 話 焼 き で も あ る 。 一 タバコをどのように禁止しても老人の喫煙をゼロにす一

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ることは出来ないので、公然と吸える場所を何ヶ所か作 るしかない。外出︵俳佃︶を禁止すればするほど、外に 出て行きたいのが人間︵動物︶の本性なのだから、喫煙 だって同じことである。しかも、この人からタバコを取 ってしまえば何の楽しみが残るのだろうかと思われる老 人 も 多 い 。 園田苑には仏壇をベッド横に持ち込んでいる女性がい る。朝早く起きてはロ

l

ソクの灯明に火をつけ、居室を ふ て す 出て、食堂のテーブルを拭き、次は外のベランダの手摺 し よ う ゆ に し りを拭く。時々洗つてはいるが醤油で煮染めたような ぞ う き ん タオル︵雑巾︶を大切に使っている。彼女からそれを取 り上げようものなら、すごい剣幕で怒る。 今、彼女は灯明を電球のものに替えさせられた、テー ブル拭きなども止めている。そのきっかけはテーブル拭 つ ま ず きの途中、足を蹟かせ転倒し、腕を骨折したことがき っかけだった。それ以来、彼女は一挙に精彩を失ってし まった。ロ l ソクに火を灯し、毎朝自分のごはんからお 供えを盛っていたほうが、その人らしく生き生きとして 、 噌 宇 − ハ ︾ しナム 骨折が癒えたなら、以前の動きをとりもどすことがで きるだろう。なんたって彼女はまだ八五歳なのだから。 ハード面の強化より職員の増加を 関東の養護老人ホ l ムには鉄格子がついていた。それ が老人の脱出と救出とを妨げた。それ以来、福祉施設の 窓には鉄格子をつけてはならないとの通達が出された。 長崎のグループホ l ムでの火災以降、スプリンクラー の設置基準がより厳しくなった。スプリンクラーを設置 して、火災時にそれが作動すれば、たしかに建物の延焼 血 は食い止められるだろうが、老人はびしょ濡れとなり、 肺炎を起こして命を縮めるだろう。 これらの事件の根本的な解決策は職員数を増やすしか ない。群馬のケ l スも、長崎のケ l ス も 事 故 発 生 時 に 、 職員はたった一人だった。否、一人しか置けないのが今 日の介護現場なのだ。それ以上の夜間職員の配置は現下 の制度では実施不可能なのだ。夜勤者を増やせるほどの 介護報酬は、今も昔もない。 園田苑の場合、五

O

人の特養入居者と四人の短期入居 者に対して、夜間のケア職員はたったの一一人である。こ れは何も園田苑だけの特異なことではない。この規模で 夜勤者を増やすことは至難のわざである。現行の介護報 こべる 3

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酬で夜勤者を増やせば、当然昼間の人員配置がぐっと少 なくなり、夜も昼も入居者を寝かし続けることになって、 入居者の生活に豊かなバリエーションを設定できない。 それでなくとも、特養には要介護度の高い老人が集中す る現状と、それを誘導する政策がある。 ぜいじゃく 夜間の脆弱な人員体制を補うために、園田苑では夜 勤者のほかに、管理宿直者一人と私が泊まり込んでいる。 だが夜間の火災などが発生した時に︶この四人でやれる ことはたかが知れている。一刻も早く外からの救援を待 つしかない。しかも、施設長の私はよく酔っ払って寝て るだけのことも多い。 そもそも、私が尼崎市内にいる時、苑に泊まるように なったのは火災対策ではない。八年前に苑で起こった車 イスの入居者が階段から転落した事故による。何かあっ た時に一人でも多くいれば何かの役に立つからと思った ことと、この事故を自分自身が忘れないためにである。 マイナスイメージの克服を目指したけれど しかし、老人ホ

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ムが世間の耳目を集める時は、火災 などの事故のみならずノロウイルスやインフルエンザな か い せ ん ※ どの感染症が流行し、昨癖などがはやった時である。な一 ぜこんな時だけなのか。常日頃施設を放ったらかしにし一 ていて、こんな時にここぞとばかり、老人施設の管理体一 た た 一 制を叩き、世間の福祉施設へのマイナーなイメージをさ一 ら に 固 定 化 さ せ て い る に 過 ぎ な い 。 一 福祉施設にさほど信頼も置かず、期待もしていない社一 会意識があるにもかかわらず、何かことが起これば福祉一 施設は、その名に恥じず﹁清く美しくあれ﹂と言われて一 いるようでこれまた嫌だ。 かく言う私も老人ホ

l

ムに抱いていたイメージは暗く、一 出来ることなら避けて通りたいものだった。二十数年も一 前のことだが、兵庫県内の特養を初めて見学してうんざ一 りした。それは、世間の例にもれず人里離れた山の中に一 あった。施設長からは家族の冷たさのみ強調された記憶一 が 残 っ て い る 。 一 す − 入居者が死んでも家族は直ぐ来ない。遺留金がそこそ一 こあると知らせると飛んで来るなどと、半分事実だろうが、一 そこまで強調されると自分の仕事のいい加減さを家族の一 せ い ↑ 所為にしているとしか思えなかった。このような姿勢で一 は、自らの仕事に誇りを持つことが出来るはずがない。− 横須賀市の特養ではちょうど昼食後だった。六人部屋一

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ゃ の中は痩せたマグロが口を開けて、コンコンと眠ってい るようだつた。静かな事務所では記録に追われる職員。 廊下ではキユツキユツとモップかけの音だけが聞こえて くる静寂が支配する、かったるい昼下がりだった。 川崎市駅前の病院に併設された特養では、事務所にま で招き入れられたものの、入居者との直接会話は﹁見せ 物ではありません﹂と語気強く断られた。施設側は入居 者の全人格を管理することまで委ねられているのかと驚 いた。入居者に諾否を聞きに行ってもよさそうなものな のに、入居者が施設に不都合なことを言わないだろうか と心配した事務長は一歩も動こうとはしなかった。 長野県での特養は公立だった。当地のボランティアセ ンターからの紹介だったから、見学希望にすばやく対応 してくれた。老人が入浴中であったにもかかわらずドア を開けて見せてくれるほどの︵過剰?︶サービスだった。 レ A m a匂申、歩合 寮母室では寮母さんたちが四方山話しに花を咲かせて いた。腕時計を見て﹁さあ、おむつ交換に行くか﹂と、 二手に分かれて廊下の両端から手押し車を動かし始めた。 蛇足だが、新幹線に乗るといつも思い出すのが、このお は る むつ交換ワゴンである。新幹線のそれが遥かに小奇麗で は あ る が 。 わが国の特養、養護など老人福祉施設のほとんどは民一 間の社会福祉法人が運営しており、公立は昔も今も少数一 である。そんな中でよく言われたものだ、﹁公立は労働 条件はよいが、ケアの質は民間が上だ﹂と。少ない職員一 数では、既得権にしがみついて保身を図る公立と、低賃一 金で相変わらず職員数が増えない民間では、目の前の老一 人と共に生活を作り出そうとする以外にやる気を出すこ一 と が 出 来 な い 。 一 施設では今もそうだが、部外者による突然の施設見学 などはあまり歓迎されない。私はそこで一計を案じた。一 先ずは自己紹介のやり方である o ﹁××から来た者です一 が﹂との言い方では簡単に門前払いをされるか、アレコ一 レ聞かれた末、気に乗らない案内をされるかどちらかで一 あった。﹁尼崎市の中村です﹂と言えば、﹁どうぞ、どう一 ぞ﹂と、﹁ご苦労さんです﹂まで付いて招き入れられる。一 相手は私を尼崎市︵役所の︶職員と信じて疑わない。閉 それが公立であれ民間であれ、この自己紹介の効果は目 てきめんであった。特に市役所などへの訪問は、﹁お役一 人どうし﹂としての同志的親密さえ表しながら、結構丁一 寧な対応をしてもらえる。わが国は相も変わらず﹁官尊一 民 卑 ﹂ が 支 配 す る 社 会 で あ る 。 一 こベる 5

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私が特養園田苑を開設することなど夢想だにしていな かった頃の体験である。だから、私がよもやとも思って もみなかった特養の建設、運営に心がけたのは、﹁施設 らしくないもめを﹂であった。だが、介護保険制度が定 着し介護報酬が改定されるたびに、﹁こんなはずではな かった﹂としばしば思う。 こ う か ん ざ た 今回の介護報酬改定で、巷間取り沙汰されていたよう ぐに、あまりにも低い介護労働者の賃金がアップされると ぜ ん ほ う 思いきや、その全貌が明らかになるにつれて、 ベテンだ!﹂と職員が叫んだように、 な か っ た 。 ﹁ こ れ は 賃金の底上げでは ダラダラ・ゴソゴソ・ブラブラ出来る施設を 生活はいい加減さがつきまとうところに良さがあり、 それが暮しそのものである。介護保険でこと細かく介護 行為が分解され、指定・制限されると、ますます余裕の ない介護現場となる。 私はダラダラ・ゴソゴソ・ブラブラは生活の三大要素 と思っている。この三大要素がない生活なんておおよそ 人の生活とは言えず無味乾燥なものである。しかし、老 人のダラダラ・ゴ、ソゴソ・ブラブラは非難の対象となっ ている。介護保険はこのダラダラ・ゴソゴソ・ブラブラ への対応に介護報酬は一銭たりとも支給しない。 さて、福祉施設での火災のみならず感染症状対策の基 本は、介護職員の配置基準と施設入居者一人あたりの居 ※ 室基準面積を現在の二倍以上にすれば、一挙にとは言わ ないが、その発生率は四分の一以下になり、かなり防げ る。そのことこそ取り組むべき課題である。 注 一 入居と入所入所はどうも官僚的で嫌だ。刑務所に入居とは言わ一 な い 。 ハ ン セ ン 病 療 養 所 も 入 所 と し て 表 記 す る 。 一 たまゆらほんのしばらくの間︵三省堂﹃国語辞典﹄︶ 0 一 痴呆認知症ではあまりにも病気、病気する。痴呆は、加齢によ一 る 個 性 ︵ 心 ︶ の 表 出 と し て と ら え た い 。 一 そ う よ う は川癖ヒゼンダニの寄生による皮膚掻庫症。安易に他者に移る。一 あまりにもかゆいことと皮膚にそれとわかる症状が出るので、一 職員らはとてもナ l パスになる。特養など施設は必ずこの洗礼一 を 受 け る が 、 死 に 至 る 病 で は な い 。 一 介護職員の配置基準と居室基準菌積居室面積は二ニ・三 2 m 以 上 。 一 但し、特養の圧倒的多数は旧基準の一 0 ・ 六 五 2 m 以上である。一 介護職員及び看護職員の総数は入居者三に対して常勤換算で一一 以上。常勤換算なる運用がミソである。福祉現場は﹁以上﹂が一 最大基準になっているのが現実。

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播州からの便り①

にひそむもの

福岡ともみ

︵ウイメンズカウンセ リング京都・兵庫県 加 古 川 市 在 住 ︶ ある相談 友人から電話が入った。交際中の女性の親に会いにい くことになったらしい。私にアドバイスが欲しいという。 親に自分の生まれ育ったところが部落といったほ、つがい いか、という内容だった。﹁うーん﹂と迷いつつ F ﹁ い わ なくてもええんちゃうん﹂と言ってしまった。問題はそ こ で は な い 気 が し た か ら だ 。 共に生きる過程にはカップルであれ家族であれ、様々 な葛藤が伴う。栄養を出し合わないと関係は育たない。 か く せ い 互いが性差に潜む権力関係に覚醒し、人間として尊重し 合お、っとするかどうかが大切なのではないか。性差別社 会では簡単にコントロール関係が形成されるのだ。 ドメスティックバイオレンス︵以下

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と 略 す ︶ 一 当事者女性の支援に向けて、全国女性シェルタ

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ネット一 という団体が毎年一一月に﹁全国シェルタ l シンポジウ一 ム﹂を催している。今年は栃木県宇都宮市での開催が決一 まり、すでに実行委員会が発足、準備が進んでいる。そ一 のプレ企画として昨年末、岡市で全国女性シェルタ l ネ一 ットの共同代表・近藤恵子さんなどを講師に

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V

被害者一 支援者向けの研修が聞かれた o そ こ に 私 も 参 加 し て き た 。 一 近藤さんは講義で内閣府の調査をもとに

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の実態を一 示 し 、 ﹁ こ の 国 の

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V

は野放し状態、三日に一人ずつ妻一 が 殺 さ れ て い る ﹂ と 訴 え た 。 一 内閣府の二

OO

六年調査で﹁身体的暴行を受けたこと一 がある﹂と回答した女性は二六・六%、﹁精神的嫌がら一 せや恐怖を感じるような脅迫を受けたことがある﹂と回− 答した女性は二ハ・六%、﹁性的な行為を強要された﹂一 と回答した女性は一五・二%に上る。﹁これらの暴力の一 いずれか一つでも受けたことがある﹂と答えた女性は三一 二 了 一 一 % で 約 三 人 に 一 人 が

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V

被害を受けていることに一 ドメスティックバイオレンスの実態 被害 こべる 7

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日 本 の 二

O

代以上の女性人口は約三六

OO

万人な の で

0

・三をかけると約一二

OO

万件の刑事犯罪が起き ていると推計される。また二

OO

二 一 年 の 調 査 で は 約 二

O

人に一人の女性が﹁命の危険を感じる被害を受けたこと がある﹂と答えていて、少なくとも一八

O

万 人 ︵ 一 一 ヱ ハ

O

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万 人 ×

0

0

五︶の殺人未遂加害者がいるはずだが、 全くといっていいほど逮捕・処罰されていない。

D

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は 不処罰のまま放置されている。 警察庁は配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に 関する法律︵以下

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V

防止法と略す︶以前には配偶者間 の暴力について統計を取っておらず、二

OOO

年からの 統計でしか分析できないが、配偶者間における暴行傷害 の被害者は女性が九

O%

以上を占めている。暴行傷害で の検挙数は二

000

年から八年間で六倍に増えたが、殺 人事件の検挙数は横ばいのままで、妻が夫を殺してしま う件数が増加している︵例えば二

000

年 は 一 九 七 件 中 、 夫の逮捕は一三四件。二

OO

七年は一九二件中、夫の逮 捕 は 一

O

七 件 ︶ 。 警 察 庁 の 統 計 か ら は 、 ①加害者は妻︵パートナーの女性︶ 6 を殺さない程度に 暴力を繰り返している。 ② 少 な く と も 一 一 一 日 に 一 人 ず つ 妻 な る 。 ︵ パ ー ト ナ ー の 女 性 ︶ が殺されている︵有力な証拠がなければ﹁自殺﹂と一 見なされてしまうケ

l

ス や 、

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V

を 理 由 に し た 自 死 、 一 病院に行かせてもらえず病死するケ l スも多い︶。一 ③追い詰められて自暴自棄になっている女性が増えて一 い る 。 一 な ど が 読 み 取 れ る 。 一 つ ま り

D

V

防止法ができたにもかかわらず、女性たち一 はさらに過酷な状況にあるということだ。アメリカでは、一 法律施行によって、加害者の更正にはほとんど効果が見自 られないが、唯一女性によるパートナーの殺害件数が減一 ったという報告があるが、日本は逆行している。一 また三人に一人の女性が﹁子どもは

D

V

を目撃した、− もしくは知っていた﹂と答えている︵二

OO

六年内閣府− 調 査 ︶ O すでに児童虐待防止法で﹁

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の目撃は虐待﹂一 と定義されているにもかかわらず、

D

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渦中や避難した一 子 ど も の ケ ア 体 制 は 未 確 立 で あ る 。 一 近藤さんの話を聞きながら、相談者の顔が一人また一一 人と浮かぶ。彼女たちの声を聞き漏らしてはいないか、一 声を紡ぎ社会に発信できているか、と考える。日本社会一 は 、

D

V

が女性や子どもたち、そして社会に与えるすさ一 まじさを受け止めていない。被害当事者女性の証人とし−

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てやらなければならないことは山ほどある。 暴力は支配とコントロール 被害者の九割は女性であるが、異性愛カップルの間だ け に

DV

が起きているわけではない。同性愛カップル聞 にも起きているし、加害者は男性だけでなく女性の場合 もある。重要なことは、親密な関係性のなかに支配関係 が持ち込まれたら、それは暴力だという気づきである。 夫 婦 、 ゲ ン カ と

DV

はどう違うかとよく間われることが ある。私は、その境目はグラデ

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シヨンではないかと思 うので、被害当事者がどういう心理状態に陥るのか、な ぜ逃げようにも逃げられなくなっていくのかという構造 を強調している。

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V

は身体的暴力、精神的暴力、社会的暴力、経済的 暴力、性的暴力など複数の暴力が日常的に何度も何度も 繰 h y返されている。複合的で日常的で反復的な暴力だ。 被害当事者は常に屈辱感を味わわされる。子どもの前 でも﹁誰のおかげで飯が食えるんや﹂﹁何をやらしても ダメな奴、どうしょうもない女﹂﹁おまえなんで誰も相 手にしない﹂﹁女が出しゃばるな﹂﹁いつでも別れてや の の し け る﹂と罵る加害者。突然きれて顔面を殴られ、足を蹴− られ、腹を殴られ、首を絞められる。髪の毛をつかみ引一 きずられ、模擬万を突きつけられ、包丁を突きつけられ、一 火を付ける。﹁おまえが悪いから殴らざるを得ないのだ﹂一 ﹁おまえのためを思って殴っている﹂とまで言われる。一 たとえようのない恐怖と屈辱感。自分を責め、自分の存一 在を取るに足らないものだと思い、自己を否定し続ける。一 一方で、加害者の顔色を見て動向を察知し分析し、一一 瞬に思い巡らし生き延びる策を探す。加害者は暴力を開一 始する時間、場所、タイミングを選ぶ。油断はできない二 加害者の選択によって暴力は始まる。加害者に反論して一 も沈黙しても暴力は収まらない。無力感があふれる。一 どこに出かけるにも許可が要る。メ

l

ル、電話をチェ一 ツクされる。買い物のレシートを一枚一枚チェックされ− る。いくら収入があるのか教えてくれない。犯罪行為を一 強 要 さ れ る 。 一 相談しても﹁あの人がそんなことするなんて。あなた一 し っ と 一 に悪いところがあるんじゃないの﹂﹁嫉妬や束縛は愛さ一 れている証拠﹂﹁男なんて手のひらでころがせばいいの。一 うまくやらないと﹂などと言われ、﹁誰もわかってくれ一 ないのだ﹂と沈黙する。体調は悪化する。眠れない。突一 こべる 9

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然聴力が低下する。だるい。味覚がなくなる。 ﹁もう別れよう﹂と決めたとき﹁俺にはおまえしかい ない。俺のことをわかってくれるのはおまえなんだ。も う二度としない﹂﹁おまえがい・なくなると死ぬ﹂という 加害者。実家や友人のところに逃げても、つきまとわれ て親や友人に迷惑がかかるかもしれない。子どものこと も考え悩む。残っても去っても地獄だと思う。 被害当事者の女性たちは手をこまねいているわけでは ない。悩み抜き抵抗している。

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は単純な暴力ではない。システム化された暴力は 被害当事者を追い詰める。親密な関係のなかで、ひとり の人聞が暴君と化し、パートナーを自分の思い通りにコ ントロールしようとするのが

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といえる。生命への恐 怖を与え、自己否定を強いる。ときたまに優しい言動は あるが、恐怖、侮辱と脅迫の日常が続く。 ﹁ ノ

l

﹂と言い続けることから 被害当事者を孤立させてはいけない。家族が、友人が、 隣人が、社会全体が

D

V

を人権侵害として、犯罪として 認識していくことが孤立を防ぐ。私たちができることは 彼女︵彼︶を孤立させないことだ。 日本は暴力が人聞に与える影響を軽んじている。しつ一 げ ん こ つ 一 けや﹁特訓﹂と称し、平手打ちゃ拳骨が横行している。一 暴刀は感情も思考も凍らせ、自己尊重感を吸い取る。暴− 力で人が成長することはない。﹁変化﹂したように感じる一 のは権力者の顔色を見て行動を修正しているだけなのだ。一 日本は性差別がはびこる社会でもある。派遣切りが社一 会問題になってきたのは男性派遣労働者の首切りからだ。一 ずっと以前から女性の派遣労働者は不当な扱いを受けて− きたのに。スポーツ新聞にも男性向け週刊誌にも女性を 性的商品として扱う記事や写真がてんこ盛りである。先一 日 、

J

R

西日本の券売機で回数券を買うとニコッと笑う− イラストが現れた。女性労働者が制服姿で笑ってぺこり一 とお辞儀する。情けなや。券売機にまで性別役割がある− 社 会 な の だ 。 一 暴力に、人間の尊厳を破壊する行為に、ノ

l

を言い続一 けるしかない。そして私自身が日々の生活の中で、支配一 やコントロールのない関係性を育てていく。それが暴力一 的で性差別的な社会に風穴を聞けることにつながるのだ 目 と 思 う 。 一

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四日市から⑪

いのちをかこむ

メ入 居

女N 共P 同 O 参 法 画 人 研 四 究 日 所 市 ) 男 一昨年、高校生と中学生になる二人の内孫に、赤ちゃ んが加わった。長女が十三年振りに三人目を出産したのだ。 長女は介護福祉士をしていてフルタイムで働いている。 働きながらの子育てが、どれほど大変なことか、経験済 みの私は妊娠を知るや﹁私は忙しいから子育てなど手伝 け ん せ い えないからね﹂と牽制しておく。 ある日、近所に住む、長女の友人

T

さんや

S

さんが訪 ねてきて﹁おばさん!私達も育てますからご心配な く﹂﹁おばさんが二番目のママになってもらうとして七番 目ママまで用意していますから﹂と私に言うではないか。 まもなく、次々と段ボール箱が家に運ばれてきた。初 着、布おむつなど赤ちゃん用衣類が一年間はこれで十分 と思える位詰っている。﹁おいおい、こんなものまでお 古なの?﹂思わず愚痴をこぼすと、すかさず長女から ﹁うちのお古もみんなこうして廻っているのだから﹂と 返 っ て き た 。 乳母車やチヤイルドシ

l

トも発育順にそれぞれ二種類。 ほにゅう 晴乳ピンは、いろんなサイズのものが並び、それらを 消毒する容器まである。あれやこれやと言っているうち に、生まれてくる赤ちゃんに必要であろう品物が整って い っ た 。 私が長女を出産した頃、主な出産準備は実家の母親の 役割だった。それは世間の暗黙の決め事。たしか初孫の 時には私が用意したものだ。もう昭和の慣習は姿を消し てしまったのか、それとも日の前の変化は長女たち仲間 の流儀にすぎないのだろうか。 長女らのさわやかなネットワークとスピーディな行動 力に圧倒され、流されながら、長女は何時、どのように このグつながり μ を築いたのかと思いを巡らせる。 ほ お 赤ちゃんが生まれた。眺めているだけで頬が緩み、心 が水平に変化していく感覚が分かる。 約束どおり地域ママ達は、長女の求めに応じ、順々に し ゅ , つ と め 赤ちゃんを預かってくれた。﹁今日は

S

さ ん と こ の 姑 さ んが抱いてくれていたわ﹂とか﹁

T

さんとこの子どもた ちが待っててくれて﹂とか、その時々の長女が話す何気 ない報告に、赤ちゃん M は決してやっかいな預かり物に はなっていないことが伝わってきた。 T さんなどは突然家へやってきて﹁今日、家族みんな そ ろ 揃ったから

M

ちゃんを預からせてくれない?﹂なんて私 こベる 11

(14)

には理解できないことを言うのだから。 いつの間にか私も積極的に子育てに参加し、大変さと 同じ位、暮らしの中に赤ちゃんがいることの幸せを実感 し て い る 。 自分中心に動いていた家族のそれぞれのかまなざし μ が

M

に 集 ま る 。

M

は私の心の中に眠っていた無条件に他 い ル ﹄ を愛しいと思う心を引き出してくれた。高校生と中学生 の孫たちの表情が柔らかく豊かになった気がする。赤ち ゃんの笑顔を見るために自分が笑顔になってあやし、赤 ちゃんが泣けば、なぜ泣くのかをわかろうと心を動かす からにちがいない。毎日二人は、おむつ交換、授乳、お 風呂の世話など手順よく、しかも嬉々として担当。

M

は む ︿ 無垢な価千金の笑顔を彼らに返している。 長女は一年間の育児休暇を終え、

M

を保育園に預け働 き 出 し た 。 保育園へのお迎えメンバーは、長女、私、隣町に住む 次女、高校生の孫、中学生の孫とその友達、長女の友人

T

さ ん 、

S

さ ん 、

M

さんが登録され、顔見世まで行なった。 これだけ子育て応援の手があるというのに朝、保育園 へ送り出すと私でさえホッとする。一人ぼっちで子育て している若いお母さん達も、きっと赤ちゃんから離れた グ 私 の 時 間 μ が欲しいだろうと心を寄せる。 ほっしん 先 日 、

M

は突発性発疹にかかり感染症なので保育園は一 一週間のお休みになった。四十年も前の夫の声﹁オレは一 よ み が え 一 大事な会議があるから休めないよ﹂が耳に蘇る。﹁私− も休めない﹂と私。でも最後は﹁お前、母親だろう!﹂一 にいつも負けていた。働く母親の不安や葛艇はあの頃と一 変 わ っ て い な い の で は な い か 。 一 一週間ぶりに登園した時のこと。保育室に

M

を降ろす一 や

M

は同い年の

U

ちゃんの元へ超スピードでハイハイし、一 ほ お

U

ちゃんに頬をすり寄せたのだ。﹁久しぶり!会いた一 かったよ﹂と声が聞こえてくるようなシ l ン o 保育士と一 私は思わず日を合わせ首をすくめた。一歳からの保育園一 も 悪 く は な い と 心 が 晴 れ た 。 一 ろ う ば い

M

は庭に咲く蝋梅の木の下で、目をつむり花の香りを 味わったらしい。その顔が面白いと中学生の孫は毎朝庭 へ連れていく。私は、いろんな場面で﹁いないいないば あ﹂をして

M

と遊ぶ。子守唄を私が唄うと音程が狂って いると家族が笑う。こんな取るに足りないことで毎日が 新鮮になっている。 今 、

M

は陽の当たる南の部屋で木製の玩具に夢中。私 が初孫にプレゼントし、外孫経由で戻ってきた玩具であ る 。

(15)

いのちを生きる⑮ みたび

二度は負けない!

長谷川洋子︵大阪府小学校教員 三 島 郡 島 本 町 在 住 ︶ 一 月 一

O

日 新任の時の職場の仲間が新年会を催してくださった。 本当は私の快癒祝賀会のはずだったのだが、﹁治つてな くてもみなさんとお会いしたい﹂という私のワガママを 聞いて催して下さった。お会いしたのは七人。時間をや りくりして来てくださった

K

さんもいる。冷やさないよ うにと

O

さんがフリースモンベを作ってくださった。三 みんな雰囲気が全く変わらな い。子ども連れの同窓会と同じように、この時間だけ昔 の自分に戻るのだろう。私たちが生きてきた三

O

年の厚 みをしずかに感じることができた午後だった。

O

年近くたっているのに、 月 日 診察と

PET

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T

検査を受けに東京に行く。 で ヨf カーが上がっていることを心配している私に、

H

先生は− ﹁私は、長谷川さんは治る方向だと考えています。治療一 し ゅ よ う をして一年後に︵腫蕩が︶再現する患者さんがいますが、一 もう一度同じ治療をしたら当分現れません。もし今回の一

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で腫蕩が見つかったら前回と同じ治療を。見つか一 らなかったら、様子をみていきます﹂とおっしゃった。一 また、マ

l

l

が上がっているのは前回の残った腫療が− 原 因 で あ る 可 能 性 が 六 割 だ と も 。 一 ﹁一年後の再発﹂は去年の治療時に開いていたので、− たとえ再発しても落屯こまないだろうと思った。 帰りに横浜の

A

さんのお宅で

A

さん夫妻とお母さんに− 歓待して頂いた。愛猫が亡くなったお家はしめやかな雰一 囲気だった。これほど愛されたジジは幸せ者だろう。ご一 夫妻の

L

P

コレクションで盛り上がった。レコード針を一 よ み が え 落とすとちゃんと音が蛙る。きしきしいうレコード針一 す き ま F の隙聞から、音色は若い頃の懐かしい記憶や時代を携え− て部屋を満たしていった。 一 月 一 九 日 こベる

PET

検査の結果が来た。転移はないが前回の腫蕩が 13

(16)

再び活発化している。一一月に前回と同じ免疫治療と放射 線治療をするとのこと。落ちこまないと思っていたが、 やっぱり落ちこんだ。休職が伸びることが気がかりだっ た。大阪府は来年度から病休・休職制度を改悪し、期間 を実質縮める算段だ。療養していても一年に一度再発す る現状で、ますます厳しくなっている現場に戻ってどれ だけふんばることができるのか。また、放射線治療は一 生に一回ど言われるが、

IMRT

の先端技術は再度使用 できると

H

医師は常識を破る発想をされた。理屈はわか るが、やっぱりちょっと不安だ。 が ん ふんばるしかない。抗癌剤を回避できただけでもめつ けものだ。病に負けてはいけない。希望を捨てない限り 運命はきっと私を見捨てない。 一 月 二 六 日

O

医大の診察日。主治医の

S

医師に再度東京での治療 の許可を得る。﹁いいですよ。とにかく治ったらいいん です。僕たちは抗癌剤ですべて治せるとは思っていませ ん。東京の先生も同じように思っていらっしゃるでしょ ね ぎ ら う﹂と快諾され、﹁東京まで大変ですね﹂と労ってくだ さった。私の病が大きいことの裏返しかもしれないが、 よい先生にめぐりあったことを再び感謝した。 L 一 月 二 九 日 大阪

T

市の教員、元教員五人が原告になり、教職員に 休憩時間を保障することを求める裁判を

O

四年から行っ ている。私もそのうちの一人だ。弁護士をつけず原告が 準備書面を書き、証人を尋問する原告訴訟だ。もう少し で丸五年になろうとするが、この日は、高等裁判所で結 審を迎えるかどうかの日となった。福岡から

T

さんが傍 聴に駆けつけてくださった。開廷前、梅田の見晴らしの よいレストランで一緒に昼食をとる。 何かの話のついでに

T

さんがふと、﹁長谷川さんがこ っちに来ればいいなと思ってるんよ﹂とおっしゃった。 ﹁福岡のフリ!タ

l

ユニオンの若い仲間たちといっしょ にいれば元気になれるし、マンションも安いし﹂。すご う れ お も ん ば か く嬉しかった。復職の壁の厚さと私の命を慮ってお っしゃったのだろう。選択肢が二つあると余裕ができて 気持ちがとても楽になる。ありがたかった。 この日、高裁は結審した。判決は四月一六日。司法は

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私たち教員の健康や命を守ってくれるだろうか。 ︷ 番 外 編 ︸ 某 月 某 日 検索サイトというのがある。私の書いたスペイン語の日 記をヒスパニックのネイティヴが添削し、彼らの日本語 を私たちが添削する無料サイトだ。日常のフレーズが自 然に身につき、飛躍的にスペイン語を上達させてもらっ た。そこで腰を抜かすようなことが起こった。 ある日、親しくなったアルゼンチン人の

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から﹁助け てくれ﹂とメ

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ルが届いた。同国人の

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J

に人格を傷 ひぼう つける誹詩中傷のメ

l

ルを毎日しつこく送ってくるとい うのだ。日本人の

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に聞けば、多くの人が同じ仕打ちを 受けているという。そこでサイトのスタッフに事情を話 し 、

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に警告してもらえないかお願いのメ

l

ル を 出 し た 。 インターネットに外国語学習相互 すると、翌日﹁該当ユーザー︵

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のこと︶は、規定に反 しますので、即日削除致しました。ご迷惑をおかけしま した﹂と返答がきた。私達のメ l ル箱の中の

B

の メ l ル こ ん せ き はすべて削除され、痕跡はすべて消されていた。 最初は警告でしょ? すぐに退会はあまりにも理不尽。 それに﹁削除って、人間に使う言葉かね﹂と驚いたが、 それだけではなかった。後目、

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のメ!ルがしっかりサ イトに残っていることを発見。彼の交流相手は新しいメ ンバーに変わり、以前と同じように活動していた。 削除されたのは

B

ではなく私たちの記憶だったのだ。 まるで私という存在が、コンピューターのメモリーチツ一 プに置き換えられたような無力感と空恐ろしさを感じた。一 確かにネットの中では過激な発言が横行し、俗に言う一 ﹁ブログ炎上﹂がよく起こる。それが原因でサイトが閉一 鎖されることもある。それを防ぐ方策なのかもしれない一 が、一体、こんな人付き合いの方法が許されるのだろう一 か。コンピューターが﹁神﹂になり、人間の頭脳が徹底一 的に管理される

S

F

映画があるが、そんな未来が本当に一 す ぐ 側 ま で 来 て い る の だ ろ う か 。 一 この添削サイトの管理者は株式会社だ。社長は、ノー ベル賞受賞者を輩出する某国立大の学生たち。ビジネス の 視 点 か ら 考 え る と 、

B

もお客様なのだから切り離すわ けにはいかないのだろう。 コンピューターだけでピジネ スを起こす彼らの才覚はすごいと思うが、この若き才人 たちが、将来日本や世界を動かす一翼になるのかと思う こぺる と 、 ゾ ッ と し た 。 15

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2008

年度『こぺる』会計報告

一般会計収支計算書 自2C88年2月1日 至2009年 1月31日 科 目 金 額 購 読 料 3,439,500 基金および寄付金 1,587,991 受 取 利 息 1,177 誌 代 売 上 170,972 通 信 費 348 書籍代仮受け 840 当年度収入合計 5,200,828 前年度繰越金 1,022,213 収 入 合 計 6,223,041 編 集 費 1,861,425 印刷・製本代 1,618,480 通信交通費 898,355 原 稿 料 239,200 消 耗 品 費 15,583 雑 費 29,638 振込手数料 78,510 残高証明手数料 1,630 書籍代仮受分支払い 840 支 出 合 計 4,743,661 当年度収支差領 457,167 次期繰越収支差額 1,479,380 区 分 資産の部 資 負債の部 負 財 産 目 録 2009年 1月31日現在 1頁 目 現金預金 現 車人 普通預金 京西都陣支中店央信用金庫 No.0555464 京都銀支行店 出町 No.483979 郵出便町貯郵便金局 No.20195771 郵便振替貯金 No.01010-7-6141 定額貯金出町郵便局(3件) I記号番号144卯一2019577ト10,ll,14] 産 f口>. 預かり金 債 1口〉. 差 引 正 味 財 産 一般会計 18,893 807,883 39,878 212,264 400,462 2,100,000 3,579,380 360

3,579,020 2008年 度 会 計 監 査 報 告 金銭出納帳、預金通帳、郵便振込等、監査いたしましたと ころ、金銭の処理、帳票の処理が確かにされていることを認 めましたので、ここに報告いたします。 2009年3月17日 こペる刊行会 代 表 藤 田 敬 一 殿 会計監査松田園広⑫

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鴨水記 マ﹁﹁チヨコラ!﹄はとってもステ キな映画でした。何かを声高に告発 したり、責任を追及したりするので はなく、人に寄り添い撮られたこと が 感 じ ら れ ま し た 。 ﹁ 阿 賀 に 生 き る ﹄ と同様のじわっとした感動が湧いて きました﹂︵大阪 K さ ん ︶ 。 そ う な よ ﹄ つ ら ん んですね。告発は社会運動の揺箆期 には避けられないものかもしれませ んが、それだけでは息が切れる、と いうか、訴える力が衰弱するのです。 ﹃チヨコラ!﹄を観ながら、亀井文 夫監督作品﹃人間みな兄弟﹄︵一九 六 O 年︶を思い出していました。あ れは結局、﹁告発・宣伝﹂映画でし たね。亀井さんがその後二十年間沈 黙なさった音 γ 山 味 が わ か る 気 が し ま す 。 告発型の運動も同じです。絶対正義 の旗を掲げるうちにボロが出て無惨 な姿をさらすことになっても、当人 は﹁使命感と悲壮感﹂に酔いしれ、 まわりが見えないのです。悲劇とい うか喜劇というか。 マ﹁小林監督をはじめ、で﹂ぺる﹄ の執筆者の方に出会えて、おいしい お酒を頂き、感謝しています﹂︵同 右︶。これまで文章でしか知らなか った人と懇親会で出会えたことの喜 びが素直に表現されています。活字 には筆者を自由に想像させる力があ る。直接会えば人柄に触れることが でき、文章の理解も深まるというも の。﹃こぺる﹄が人と人とをつなぐ 仲介役を果たせればうれしい。 マ﹃関のまちのちょっといい話ーよ りよく生き合うために﹄︵関市社会 人権問和教育推進委員会刊。﹁いき いき・生き合い講座﹂発展研修会メ ン バ ー 丈 。

ω

・ 3 ︶は文庫版十三頁 の 小 冊 子 で す 。 ﹁わが子をベビーカーに乗せて散 歩に出た。田中の道が気持ちよく、 少し足を伸ばしてみると、急に雨が 降り出し、以町になった。傘をきした が、風にあおられて骨が折れてしま った。子どもを抱きかかえ、容赦な く降りかかる雨に困り果てていると、 近くの畑で仕事をしていた女性が気 づき、車で来て乗せて下さった。思 いがけない助け舟に胸が熱くなった。 その上、つもっと早く気づいてあげ ればよかったね﹂と温かい言葉を掛 け ら れ 、 一 保 が こ ぼ れ た ﹂ ︵ ﹁ 嵐 1 い た わりのある言葉かけ 1 ﹂ ︶ 0 講座の参加者が﹁聞くだけでは﹂ とはじめた﹁発展研修会﹂。こうい う取り組みがすばらしい。書く人・ 出す人・読む人の視かいこころがつ ながる。その先に何があるかはわか らない。﹁急いては事を仕損ずる﹂ という。急いで結論をだす必要はな い ん で す 。 マ﹁﹃こぺる﹄を通勤電車の中で読 みます。その日一日をか背筋を伸ば して々すごせるような、そんな感じ がします﹂︵東京 T さ ん ︶ o 励まし に 感 謝 。 藤旧敬 編集・発行者 こぺる刊行会(編集責任藤田敬一)

口 発行所京都市上京区衣棚通上御霊前下ル上木ノ下町739阿匝,:社 ー',

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第 194守 干6020017 Tel. 075 414 8951 Fax. 075 414 8952

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2009年5月25日発行 E-mail:[email protected]:http://wwwl.orln.ne.jp/aunsha 定価300円(税込)・年間4000円 郵 使 振 替01010-7-6141

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吉田純子

一 九 回 目 守 二 O O 九 年 五 月 二 十 五 日 発 行 ︵毎月 一 回 二 十 五 日 発 行 ︶ 一 九 九 三 年 五 月 二 十七日第 三 種 郵 便 物 認 可 定価 三 p r 品 降 ﹄ 町 丘 町 ハ

現代の家族とは一一

家族が崩壊し

つつある

今日

どのような家族像が描か

れるのか

アメリ

文学賞

受賞作品『若草物

1

2

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的作品を、

それぞれ

の時代

社 会

的背景の中

に読み解き

らの家族像を模索

する

四六判・上製・

298頁定価(本体2600円+税)

移譲宗

発売 阿昨社 干602-0017京都市上京区衣棚 通上御霊前 下ル上木ノ下町73-9Tel 075-414-8951 F田 075-414-8952

参照

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