1. はじめに
我が国の農業の状況は大きく変化している。
農業の産業自身が将来にわたり持続的に発展 するためには、 新たな担い手の確保・育成を し、 自立した産業の実現が必要である。 その 実現のためには一般企業と同様に、 会計によ る経営管理がより一層、 求められる。
農業は食べ物という生活物資であることも 手伝って、 経営と家計が分離しにくく、 会計 の発展を阻害してきた。
そこで本稿は以下の点を明らかにすること を目的としたい。 研究目的は農業における会 計への取り組みは、 「法人化」 を一つの境目 として、 簿記の役割が発揮されると筆者は考 えている。 そして法人化は1つの過程として、
集落営農からの法人化を想定している。 その 簿記の役割を解明するために、 研究方法とし て、 実際の農家へヒアリングをし、 農業の会 計・簿記の実態から整理をし、 調査結果をま とめる。
The Journal of General Industrial Research
農業における簿記の検討
Study of bookkeeping in agriculture
岸保 宏
Hiroshi Ganbo
【要 約】
日本における農業簿記の実態を、 ヒアリング調査を通じて考察をした。 まず農業の動向や簿記 研究のフィードバックを整理した。 次に簿記活用は 「法人化」 を一つの境目になると問題設定し、
「法人化以前」、 「法人化の過程」、 「法人化以後」 という3つに研究分類をした上で、 ヒアリング を基に簿記の役割と効果を整理した。 最後に簿記利用の進化は、 産業の発展と連動していること を結論づけた。
【目 次】
1. はじめに
2. 農業経営と農業所得の動向 3. 農業簿記の先行研究
4. 農業における会計実態−ヒアリングを基に−
1) 研究のための分類 2) 法人化以前 3) 法人化の過程 4) 法人化以後 5. おわりに
まず実態把握として日本の農業経営と農業 所得の動向の状況確認をする。 次に農業簿記 の先行研究の整理をする。 最後に農業の会計 実態から結論を導くために農家の階層を分け、
考察を深めることとする。
2. 農業経営と農業所得の動向
まず農業経営体の現状を確認する。 平成22 年度版食料・農業・農村白書によると、 我が 国全体の農業純生産は年々減少している。 全 体で見ても、 農家1一戸当たりでみても、 農 業所得は大きく減少をしているが、 地域農業 を支えているのは家族農業経営に他ならない。
以下の統計を参照したい。
下記の統計が示すように農業を支えている のは小規模な個別農家である。 我が国では 200万9千の農業を行っている経営体があり、
そのうち家族で農業経営を行っている経営体 (1戸1法人を含む) は、 99%に当たる198万 1千経営体となっている。 また、 24万6千の 認定農業者2のうち、 23万3千以上が家族農 業経営となっているなど、 我が国の農業経営 体の大部分は家族農業経営となっている3。
次に農業所得の現状を確認する。 農家の総 所得の構成を以下の統計で確認したい。
1 1990年世界農林業センサス以降の定義によると、 経営耕地面積が10アール以上の農業を営む世帯または農作物販売金額が
年間15万円以上ある世帯。
2 認定農業者とは、 「農業経営基盤強化促進法」 に基づき、 市町村が地域の実情に即して効率的かつ安定的な農業経営の目 標等を内容とする基本構想を策定し、 この目標を目指して農業者が作成した農業経営改善計画を認定された者。
3 農林水産省 平成22年版食料・農業・農村白書 農林統計協会 2010年、137頁
農林水産省 2010 平成22年版食料・農業・農村白書 農林統計協会 137頁 図表1 我が国における家族農業経営体等
農家の総所得では、 準主業農家4が主業農 家5を上回る状況である。 主業農家の1戸当 たり総所得は548万円 (2007年) で、 その8 割を農業所得が占めている。 一方、 準主業農 家の農業所得は48万円と少ないものの、 農外 所得が399万円となっており、 総所得は592万 円と主業農家を上回っている6。 副業的農家7 は統計が示すとおり、 年金受給者が占めてい る。
さらに販売農家の農業所得階層別の割合の 統計を参照する。 結論から言うと、 十分な農 業所得を得ている農家は少数であることがわ かる。 販売農家全体では農業所得100万円未 満が約70%を占めており、 農業地域類型の統
計をみても、 中山間農業地域に関しては約80
%が農業所得は100万円未満であり、 総じて 農業所得の低さがわかる。
また認定農業者においても、 農業所得300 万円以上が60%の割合を占めるものの、 他産 業の所得水準を踏まえると、 まだまだ農業所 得の状況が厳しいと言える8。 それ故、 地域 農業の発展のために、 担い手の育成・確保の 仕組みから、 認定農業者制度の有効活用、 経 営規模の拡大、 農業経営の多角化・複合化等 の第六次産業化、 あるいは農商工連携の取り 組みにより、 経営改善の後押しが重要である と位置づけているが、 統計からも伺えるとおり、
抜本的な成果が見られているとは言えない。
4 準主業農家とは、 農外所得が主 (農家所得の50%以上が農業所得) で、 1年間に60日以上自営農業に従事している65歳未 満の者がいる農家。
5 主業農家とは、 農外所得が主 (農家所得の50%未満が農業所得) で、 1年間に60日以上自営農業に従事している65歳未満 の者がいる農家。
6 農林水産省 平成21年版食料・農業・農村白書 農林統計協会 2009年、76頁
7 副業的農家とは、1年間に60日以上自営農業に従事している65歳未満の者がいない農家 (主業農家及び準主業農家以外の 農家)。
8 農林水産省 平成22年版食料・農業・農村白書 農林統計協会 2010年、126頁
農林水産省 2009 平成21年版食料・農業・農村白書 農林統計協会 76頁 図表2 農家の総所得の構成等 (2007年、 販売農家、 主副業別)
以上の資料が示すとおり、 日本の農業は極 めて小規模な農家が主流であり、 家族経営が 圧倒的である。 また農業所得においても所得 水準は低いことが確認できる。
3. 農業簿記の先行研究
最初に農業簿記の史的なものを見ていくこ とにする。 工藤 (20129) の整理によると、
我が国で最初に農業簿記に関連する記述があ る簿記書は、 土肥謙吉 簿記法独案内 (1879 年) であり、 その中の16章に 「農業簿記法」
が記述され、 帳簿の例解が示されている。 実
践的な教育目的のための教材として位置づけ られている。 続いて農業簿記をタイトルにも つ最初の簿記書は前田貫一著述・後藤達三校 閲もよる 農業簿記教授書 (1884年) であ る。 内容は、 農業においても精密な記録と計 算が必要であり、 複式簿記理論を展開し、 説 明を加えている。 ただし農家を主体とするも のではなく、 簿記を学ぶ教育機関向けの教育 教材であり、 技術に先行する知識として、 社 会に浸透していたと、 農業簿記のかかわる明 治初期の史的整理をしている。
9 工藤栄一郎 「明治初期における農業簿記教科書の登場とその社会的意味」 地域振興のための簿記の役割−農業・地場産 業を対象として− 日本簿記学会・簿記実務研究部会<最終報告>、2012年9月
農林水産省 2010 平成22年版食料・農業・農村白書 農林統計協会 127頁 図表3 販売農家の農業所得階層別の割合
次に農業簿記研究から、 大槻正男10、 近藤 康男11、 田中義英12、 阿部亮耳13の研究を辿る。
農家の実情を鑑み、 帳簿様式を創案した、 大 槻の 「京大式農家経済簿記」 である。 簡単に 言うと、 それは農家を会計主体として、 農家 に専門的な知識を多く必要とさせず、 理論に 基づいた計算によって正確な帳簿を作成でき るといったものであり、 家計に関する支出と、
農業経営に関する支出を分けずに共に記帳す るといったものである。 確かに小規模な農家 の実務能力などを勘案した結果に基づくが、
農業特有の事情を配慮し、 仕組みづけた点で 評価できるが、 家計と経営の分離という点な ど問題点もある。
近藤は、 大槻の 「京大式農家経済簿記」 に 一定の評価をしながらも、 農家にとって複式 簿記の採用の方が理解しやすいのではないか という指摘をしている。 農業簿記学と農業経 営学は表裏一体をなるものであり、 農業簿記 が経営に対して、 複式簿記が分析の完全な手 段として必要であるという意見である。 農家 に対して、 簿記と経営が深いかかわりである ことの示唆を与えてくれる。
田中も近藤と同様、 大槻の成果に一定の評 価をしながらも複式簿記の有効性を指摘した 立場である。 企業経営と異なり、 農業簿記の 普及の遅れの理由を、 我が国の農業が零細経 営であること、 農業そのものが生物生産であ るが故に個別計算が難しいことや、 会計技能 や知識の程度が農家に低いことを背景に指摘
し、 それでも尚、 複式簿記がやはり基本であ るという意見である。
阿部は、 複式簿記の会計主体 (エンティティ) の問題として捉え、 誰が担うのかという観点 から、 家計と経営の分離という農家の対象で はなく、 個人農業者や農業共同経営者が意思 決定のためには複式簿記によって経営把握に 努めることが起点である視点の整理を行って いる。
農業簿記の研究に関しては、 農家向けの実 務簿記の色彩が強く、 学問的には未熟なとこ ろが見受けられるが、 農業という産業の特徴 からも立ち遅れていることは否定できない。
ただし農業簿記を特殊であると神聖化する ような議論ではなく、 複式簿記の発展が経営 発展に繋がっていくという点は、 他の産業と 同様である。
4. 農業における会計実態
−ヒアリングを基に−
1) 研究のための分類
筆者も参画した日本簿記学会簿記実務部 会14において、 農業を起点とした地域振興と 簿記の役割とをクリアに抽出していくことを 目的として、 結果的に5つの農家および農業 団体のモデル分類を行った。 そこでは、 現在 の日本において圧倒的多数を占める小規模兼 業農家を 「モデル1」、 営利的かつ自立的志 向を有し農業経営を効率的に行おうとする個 人農家を 「モデル2−1」、 同様の独立志向
10 大槻正男 農業生産費論考;農業簿記原理 農山漁村文化協会、1979年
11 近藤康夫 農業簿記学 日本評論新社、1949年
12 田中義英 複式農業簿記 産業図書、1967年
13 阿部亮耳 農業経営複式簿記 明文書房、1972年
14 日本簿記学会簿記実務部会において、2010年から2012年まで16名のメンバ−によって、 「地域振興のための簿記の役割−
農業・地場産業を対象として−」 というテーマで調査を行った。 筆者は2011年から参加している。
を有した農業法人を 「モデル2−2」、 農工 商の連携により農業の産業化を目指す農商工 連携事業体を 「モデル3」、 そして広範な資 金調達活動を行うことを志向する農業関連上 場会社を 「モデル4」 として分類した15。 し かし、 簿記という観点で整理を考えると、
「法人化」 をキーワードとして、 「法人化以前」、
「法人化の過程」、 「法人化以後」 の3つのカ テゴリーに分類できるのではないかと考えて いる。 簿記において、 記録や計算の方式が変 化するのは、 経営の実態をより正確に把握し、
その基礎となる素材の形成には、 農家で多く 普及されている単式簿記ではなく、 複式簿記 への移行が求められる。 そして法人化の道程 において、 複式簿記のツールが必須となり、
導入をする。 しかし、 その導入において、 帳 簿や伝票をコンピュター会計を利用して、 財 務諸表を作成し、 それを基に経営に活かすこ とができるといった分類の方が、 簿記という 観点では明確に位置づけられると筆者は判断 している。 「法人化」 を指標とするのは、 個 人事業と法人事業では会計の意識や様式 (多 くは税務申告になる) が変化することで、 ポ イントになりやすいと考えているからである。
そこでその判断を依拠して、 それぞれ定義づ けることとする。
1つ目の 「法人化以前」 の層は、 現在の日 本において圧倒的多数を占める小規模兼業農 家から、 概ね単式簿記で損益の発生だけを記 帳するレベルである。 さらにいうと、 帳簿そ のものを税理士など外部の専門家に委ね、 自 力で帳簿をまとめることができない、 あるい
はしない、 税務申告の必要性のみに帳簿整理 を捉え、 会計情報を経営に活かすという本来 の会計利用をできない、 あるいは活用をしな いといった層を想定する。 もちろん個人事業 者においても、 コンピュターの自計化を行い、
計数管理をする農業者も存在するが、 一般的 には収支計算にとどまる層が多いと思われる。
2つ目の 「法人化の過程」 の層は、 集落営 農の過程において、 集落営農組織→特定農業 団体→農業生産法人 (あるいは特定農業法人) のステップを踏むわけであるが、 その道程の 中に、 会計の必要性が出てくるといったレベ ルである。 それは経営実態の把握のための会 計を導入するのではなく、 大方は補助金の申 請や総会の資料 (外部報告) のために会計情 報を必要とする。 申請や資料が複式簿記で作 成された財務諸表である。 法人化の過程は、
会計の本来の動機とは異なるにせよ、 ひとま ず会計の導入、 そしてコンピューター会計を 導入するといった層を、 2つ目の層として位 置づける。
3つ目の 「法人化以後」 の層は、 農業法人 として数年経過し、 農業経営に会計を活かし ていく、 また6次産業化や農商工連携といっ た発展的な経営へ進むレベルである。 一般の 企業経営と同様に会計の意義を熟知し、 当然 に複式簿記を利用した会計帳簿を記録し、 会 計をコンピューター管理して、 自計化できる 層である。
以上のように、 研究の便宜上、 3つに分け、
論議を進めたい。
15 戸田龍介・岸保宏 「地域振興のための簿記の役割 (6)−農家および農業法人に対するヒアリング調査を中心に−」 神奈川 大学経済学部 商経論叢 第47号、2012年5月、164頁
2) 法人化以前
統計的にも農林水産省統計情報部の調査16 において、 簿記会計を行わない理由として、
「手間がかかわるわりに、 利用する必要性・
メリットを感じられないため (30.1%)」、
「農業所得が少ないため (26.4%)」、 「これま で行ってこなかったため (19.9%)」 の順に 調査結果も出ている。 加えてその調査では簿 記会計の利用は税務申告の利用が5割以上を 超え、 そこから確定申告会場での申告支援や、
税理士や農協などの支援関連機関の外部専門 家の助力を得るなどしている。 法人化以前の 層はこうした会計・簿記の取り組みが薄い層 である。
まず2013年2月20日に、 東広島市内で水稲 を栽培する兼業農家 W 氏にヒアリング調査 を行った。 自動車修理工場に勤務し、 約30アー ルの経営規模で水稲を栽培している。 自家消 費分を除く、 すべての米はJAに出荷してい る。 先祖からの土地を荒廃させぬため、 兼業 で農業も続いているのが現状のようである。
会計・簿記の状況は、 確定申告時に税理士 に帳簿を委ねており、 期中では基本的な帳簿 記録は行っておらず、 実数把握はしていない。
というよりも経営規模が小規模であるが故に、
その意識は希薄であることと、 生活面では勤 務先からの給料で賄うことも手伝って、 会計 を導入するといったところにはない。 収入に おいてはJAの口座で管理し、 支出もその口 座と若干の領収書である。 棚卸においてもし ておらず (少量である)、 自家消費分は案分
で割り出している。 W 氏は帳簿づけの必要 性は小規模であるが故に感じていなかった。
帳簿整理の記録によって、 原価や収益を効率 的に把握しなくても、 生活原資が異なり、 目 的が農地を守るということが主目的の農家の 場合、 会計・簿記の有用な活用はなされない のではないかと推察する。
次に2012年1月14日に個人野菜農家の W 氏にヒアリング調査17を行った。 W 氏は建設 の型枠の金具製造会社の経営もされているが、
農業のみで生活できるまでになっている18。 独特な農業経営の実施から、 糖度が高い野 菜栽培に成功、 市場から引く手あまたの農作 物となり、 W 氏自身が価格を決定し、 値崩れ しない商品の流通をしている。
会計・簿記の状況は、 自分で各種の記録は 手書きで整理している。 当時はコンピューター 会計を導入しておらず、 手計算で管理してお り、 期中では実数把握はしているが、 会計に 基づいた原価管理はされていない。 しかし販 売戦略として出荷量を100に仮に決定すると、
自然増殖分を考えて150の量を植えて栽培す る。 仮に多く50収穫できたとしても、 その50 は近隣に配るなど出荷せず、 市場が120の需 要があり、 20出荷できても出荷しない。 その 考えのもと、 農作物の原価をおおよそ70%と 見積った把握をしているとのことである。 農 業に関する記録は小まめではないものの、 生 産記録日誌や栽培日誌、 土壌診断書などの記 録を重視し、 より良い農作物の作ることに力 点が置かれているようである。 会計・簿記に
16 平成12年度食料、 農林水産業、 農山漁村に関する意向調査 「農業経営の管理に関する意向調査結果」 農林水産統計速報13- 83(地域−4) 平成13年5月18日公表 農林水産省統計情報。
17 筆者を含め、 工藤栄一郎 (熊本学園大学)、 戸田龍介 (神奈川大学)、 飛田努 (当時、 熊本学園大学、 現在福岡大学) も参 加している。
18 W 氏の金属製造会社は法人経営であり、 農業は個人経営で行っている。
おいては、 複式簿記を利用して青色申告に必 要な記録の帳簿付けのインセンティブは乏し く、 白色申告でいいという考えであった。
ところで会計ソフト会社の弥生株式会社が 行った、 「個人事業者の確定申告に関する調 査19」では以下のような調査結果である。 そ の調査では、 年収300万円以下の個人事業者 でも約半数は青色申告を行っている。 事業規 模にかかわらず、 青色申告制度を行っている。
また青色申告者と白色申告者では青色申告者 のほうが、 黒字率が高い。 年収の多い少ない にかかわらず、 青色申告の65万円の控除を受 けることで上手に節税し、 黒字経営に役立て ており、 青色申告が経営に与える影響が大き いという調査結果とした。 さらに白色申告の 半数以上は青色申告への移行予定はなく、 青 色申告のメリットを享受しようとする意識が 薄い。 言い換えると、 青色申告の特典と農業 経営が必ずしも結び付かないのではないかと 考える。
白色申告は課税所得300万円以下の場合は、
複式簿記等の一定の記帳義務を負わないこと になっている。 裏を返せば領収書の保管の必 要もなく、 経費もドンブリ勘定でも構わない と解釈される恐れもあり、 青色申告によって 所得税の捕捉率を高めようという動向と逆の 意味を持つ。 白色申告者は先程示した青色申 告の適用による租税特別措置を得られないの で、 税額は大きくなるが、 納税者の権利を放 棄してもそれでもメリットと感じる納税者も 多いと思われる。 補足をしておくと、 ここで 言う納税者の権利とは税務調査を受けた場合、
税務当局は青色申告の納税者に対して推計課 税を行えないが、 白色申告の納税者に対して 必要に応じて推計課税を行い、 所得に課税で きる。
しかしそれは白色申告の納税者はたいして 問題ではない理由を、 元国税調査官の大村大 次郎20は以下のように挙げている。 まず青色 申告には複式簿記の利用が必要であり、 会計 の知識がない人にとっては税理士に依頼する ことになる。 しかし、 獲得できる控除額は65 万円であり、 税率10%の人ならば、 6万5千 円の節税、 税率20%の人でも13万円である。
税理士に依頼すると、 税理士報酬を支払えば 節税額はたいしたことがない。
次に赤字の欠損金を3年間の繰越において も、 個人事業者は赤字が2年から3年も続け ば倒産の可能性が高く、 資金力に脆弱な個人 事業者はあまりメリットがない。
さらに申告基準が 「前々年の所得が300万 円を超えた場合」 に青色申告になるが、 所得 300万円は売上300万円ではなく、 売上から経 費を引いた利益300万円を意味することにな る。 そして経費率が60〜70%なので、 売上が 1000万円くらいまでは記帳しなくてもよいと いうことになる。 以上の理由から白色申告に よる拘束の薄い申告方式は多くの農業者にも 使い勝手がよい制度ではないかと推測する。
W 氏が上記のような認識とは思えないが、
白色申告の有効な実態があると思える。 しか し誤解がないように付記すると、 複式簿記を やめようという議論ではなく、 会計を活かす ことで原価や収益の実数把握を正確に行うこ
19 「個人事業者の確定申告に関する調査」http: //www. yayoi - kk. co. jp/news/20110208. html 平成24年1月31日 閲覧。
20 大村大次郎 あらゆる領収書は経費で落とせる 中公新書ラクレ 2011年、183、 184頁、7
とで、 発展的な農業の事業の進化があると筆 者は考えている。 ただ事実として帳簿づけに よる簿記の地道な作業は農業の実態と相まっ て、 まだまだ浸透していないことは否定でき ないのである21。 その意味において会計・簿 記に対して、 希薄な意識の層と言える。
3) 法人化の過程
農業における簿記実態をみると、 法人化を 一つの境目として、 簿記の役割が発揮される ものと思われる。 そして経営発展には会計が 必要不可欠な要素として存在し、 経営管理が 可能となることは疑いがない。 農業における 法人化は他の産業と違い、 節税目的や対外的 な信用力などの理由とは異なり、 「地域を皆 で守る」 という理念でスタートをしている。
しかし、 農業政策上の 「補助金」 が大きく左 右し、 それ如何が会計の在り方にも影響をし ていると言っても過言ではない。 それは 「補 助金」 を申請する際に、 複式簿記で作成され た財務諸表が必要であることから、 農業政策 と会計が密接なかかわりの中で、 会計・簿記 が内包されていると思われる。
ヒアリング調査として、 2012年4月6日に これから農業法人を設立しようとする集落 (Y地区) の会合に参加した22。 Y地区はほと んどが水田であり、 稲作中心であり、 約9割 が平均的な規模と小規模経営の耕作者の構成 である。 ほとんどの農家が赤字経営であり、
農業機械の返済など農家の負担が大きいといっ
た理由や、 高齢化の進展、 担い手不足、 耕作 放棄地の問題など、 他の農業地域と同様の理 由から法人化に舵を切ろうとしている。 特に 集落法人化に対して、 人・農地プラン (地域 農業マスタープラン) の政策において、 平成 24年度は集落法人 (受け手) に対しても、 農 地所有者 (出し手23) に対しても、 補助金が 出ることから集落法人化への政策誘導もなさ れている。
法人化は会計・簿記の位相において、 重要 な位置づけとなるのは、 農家自身の会計意識 の芽生えから実践導入を余儀なくされるとい う点である。 まず法人化によって、 家計と経 営の分離により、 経営内容を明確化する上で
「複式簿記」 による会計の導入がなされる。
一方で複式簿記の作成が義務づけられること から、 会計処理や法人税申告書作成等に労力 や費用を要するとされる。 これまで農家が帳 簿づけを行い、 会計・簿記に取り組んでいな いケースが多いので、 会計に向き合う機会に もなっている。
それにとどまらず、 組合員に外部報告をす る必要性からも、 複式簿記による財務諸表の 作成に取り組んでいくことになる。 その中で 会計をコンピューターで帳簿づけを行うわけ であるが、 農業と政策に密着な接点があるこ とが会合でわかった。 集落営農からの法人化 は、 市町村の農林水産課と県の農政局、 JA の三者が立ち会いのもと、 会合は始まり、 法 人化の仕組みの説明、 スケジュ−ル等を示し、
21 小規模農家のヒアリング調査は、 鵜池 (2012) が詳しい。 鵜池幸雄 「小規模農家に対する簿記の役割と課題−農畜産業に おける記帳事例の検討−」 地域振興のための簿記の役割−農業・地場産業を対象として− 日本簿記学会・簿記実務研 究部会<最終報告>、2012年9月
22 図らずもヒアリング調査になったものである。 その後、 何度か筆者も同席している。
23 農地所有者が集落法人化をする際に、 出資金が補助金で賄える政策である。
集落の会合まで参加する予定であるようであ る。 その流れの中に会計の導入方法を教わり、
農家は他の選択を考えることなく、 鵜呑みに する。 他の選択肢とは、 会計に対してどのよ うな方法でどの会計ソフトを使用するのかと いうことを考えなくて済むということである。
法人化の中で会計に出会う際、 社団法人日 本農業法人協会が制定した 「農業法人標準勘 定科目」 の基準を示し、 報告者が関わる広島 県ではそれに準じた形で、 広島県内の農事組 合法人が簿記記帳、 財務諸表の作成をする際 に使用する 「勘定科目」、 「作物部門コード」、
「仕訳」 の標準として、 「広島県農業法人標準 勘定科目 (例)」、 「広島県農業法人標準部門 コード」、 「標準仕訳 (例)」 を作成している。
これは広島県農業協同組合中央会がマニュア ル化し、 JA等の指導者が集落法人をはじめ とした経理指導の簡易化のために作成され、
JAが推奨するソリマチ株式会社の 「農業簿 記」 シリーズの会計ソフトの整合性を取った ものとなっている。
法人化の設立とともに、 補助金や奨励金の 獲得から営農指導、 販売など一連の流れの中 に会計導入もあり、 「複式簿記」 の出会いと、
会計に向き合うチャンスとして位置づけられ るのではなかろうか。 その意味からもこれま で個人農家で行ったように会計を進められる のではなく、 法人化によって会計の中身とひ とまず置いておいて、 会計への意識づけと実 践における重要な境目と考えられる。
4) 法人化以後
上記のように、 農業の法人化の経営がはじ まり、 各種の補助金や奨励金の申請において、
複式簿記に基づく財務諸表が必須になるわけ であるが、 これが契機になって、 複式簿記の 効用を農家自身が意識されるものとなる。
一般的に多く見られる農事組合法人と、 6 次産業化の認定をされている農事組合法人の 2つ から考察を深める。
まず2012年1月15日に東広島市福富町にあ る農事組合法人竹仁の郷にヒアリングを実施 した24。 同法人は2007年11月に設立して以来、
水稲を中心としながら、 カボチャ、 キャベツ、
エゴマ、 アスパラガスなど比較的、 栽培作物 の多い法人経営をしている。
会計導入は法人化による契機であるが、 複 式簿記導入の効果は、 コストの把握にある。
具体的には減価償却資産の対象となるトラク ターなど、 多額の費用を要する農機具の購入 など、 法人の投資計画に大きく効果があった ようである。 特に認定農業者 (農業生産法人・
個人) を対象とした 「農業経営基盤強化準備 金」 の利用ができる。 それは青色申告する認 定農業者が交付を受けた戸別所得補償制度の 交付金等を計算した積立限度額以下の金額を 農業経営基盤強化準備金として積み立てた金 額について損金算入することができる。 また、
5年以内に農地の取得や機械・施設の設備投 資のために取り崩した場合には、 取得額を圧 縮記帳して損金算入できるものであり、 合法 的に内部留保して節税を行うことができる。
複式簿記の効用は大きく、 会計は経営計画 に不可欠な重要な要素になっている。 その後
24 12と同様のメンバーである。
は原価計算ができるようになり、 直販売のシェ アを高めていく方針が定まるなど、 効果はあ ると思われる。
次に2012年4月15日に東広島市にある農事 組合法人ファーム・おだにヒアリングを実施 した25。 同法人は2005年11月に設立をし、 同 市最大規模の農地面積を誇る。 2012年に米粉 パンの商品開発と販売で、 6次産業化法に基 づく 「総合化事業計画」 の認定事業体となっ ている。
会計・簿記の状況は設立以前から、 農業経 営において複式簿記は必須条件であるとの認 識であり、 意欲の高い農家である。 これは地 域リーダーの確立が法人の発展にも繋がって いると思えるが、 部門別管理を会計によって 整理するなど、 早くから取り組んでいるよう であった。 水稲においてはJA出荷では価格 面でも経営に折り合わず、 全量自主流通米に するなど、 会計による経営管理が効果的に活 用されていると言える。 また大豆やそばなど 水稲単作経営ではなく、 部門別の管理によっ て計数管理ができる点も、 簿記の役割を十分 に発揮したものと言える。
加えて、 6次産業化による米粉パンの製造 販売は、 一般企業と同様な経営を行う。 つま り農業の自然増殖的な要素とは異なり、 パン にかかわる原価計算や人件費、 一般管理費な どの緻密な管理が必要であるが、 この点は違 和感なく、 経営に導入できているようであっ た。 最近は精米機製造会社と提携し、 同法人 で栽培された米を使い、 提携会社の加工装置 を利用しギャバ成分を増やした米粉のパンの
専門店を新たに開店するなど、 経営拡大をし ている。
つまるところ、法人化以後、 6次産業化や 農商工連携といった発展的な農業経営まで行 かなくても、 会計・簿記の管理を行う土壌は 出来ているといえるし、 また補助金や奨励金 などの申請に使う会計情報は法人化以後も続 いている。 これにとどまらず、 経営指標に使 い、 役立つことを十分に農家自身が認識して いる。 つまり、 法人化以後は他の一般企業と 同様に、 極めて当たり前に複式簿記を使い、
会計処理を行い、 経営の意思決定の材料とし ている。 会計を最大限に利用することは、 農 業分野では時間を要するが、 この層において は当然の帰結とされるであろう。
5. おわりに
以上の考察から、 以下の点が指摘できる。
法人化以前は、 納税目的のための会計・簿 記管理であって、 計数管理など簿記の役割は 発揮されているとは言い難い。 その理由とし て日本の農業が圧倒的な小規模農家であり、
零細経営であることから、 経営内容の如何の 是非ではない。 税制による複式簿記の誘導が 十分に浸透するとまではいかず、 農業の事業 成果よりも他のインセンティブが働き、 会計 の意義が働いていない。
法人化の過程は、 会計の意識の芽生えが出 てくる頃であり、 法人化の道程の中で会計は 政策と深くかかわっている。 まずは補助金や 奨励金など申請に必要な書類のために複式簿 記の必要性を感じるし、 また総会など外部報
25 筆者を含め、 戸田龍介 (神奈川大学)、 飛田努 (当時、 熊本学園大学、 現在福岡大学)、 金子友裕 (岩手県立大学)、 成川 正晃 (高崎経済大学短期大学部) が参加した。
告の財務諸表の必要性がある。 それに無意識 にも法人化の中で会計導入を誘導するような、
流れが出来上がっている。 この時期は計数管 理といった本来の会計の意義よりも、 上記の ような誘因が強く働いていると思える。
法人化以後であるが、 補助金や奨励金など の申請の利用もあるが、 それ以上に会計を経 営資料に活かすことを、 当たり前に当然の前 提として活用されている。 原価管理や予実管 理などに十分に会計情報を利用し、 コスト把 握の認知によって、 意思決定のできる会計・
簿記の能力を持ち合わせている。
以上、 3つの層を検討し、 現場を重視した ヒアリングから考察をしてきたが、 全てを網 羅した結果ではないのは承知している。 しか し、 簿記の観点からは、 簿記利用の進化形の 中に、 「法人化」 のベクトルを基にどのよう に導入・利用・活用がされているかが明確に なったものと考える。
その結果、 本稿では現場を研究分類してヒ アリングを基に考察をしたことは評価に値す るが、 件数的な調査は少ないが、 会計を通じ て、 農業の産業化の発展がみられることは間 違いのない事実であると結論づける。
(参考文献)
戸田龍介・岸保宏 「地域振興のための簿記の 役割(6)−農家および農業法人に対する ヒアリング調査を中心に−」 神奈川大学 経済学部 商経論叢 第47号、 2012年5 月
戸田龍介・成川正晃・岸保宏 「地域振興のた めの簿記の役割(7)−6次産業化農事組 合法人に対するヒアリング調査を中心に−」
神奈川大学経済学部 商経論叢 第48号、
2012年9月
JA広島中央会営農振興部 「農業生産法人に おける経理指導マニュアル【農事組合法 人編】Ver.2, 2012年3月