■巻 頭 言
医療技術の進歩と看護者の態度
The ethical attitudes of nursing staff toward advances in medical technology
安藤 広子
1Hiroko ANDO
1 岩手県立大学 看護学部
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日本看護倫理学会誌 VOL. 5 NO. 1 2013 近年、科学および医療技術の進歩はめざましく、研究や開発が臨床に直結したかたちで応用さるようになっ た。新しい検査法や治療が次々と臨床現場に入ってくるなかで、看護者は患者・家族に対して、医療チームの 一員としてどのようにケアを提供していくかが困難な状況にある。ICN (国際看護師協会) の倫理綱領が2005 年に改訂された時、基本領域「看護師と実践」の中に、「看護師は、ケアを提供する際に、テクノロジーと科 学の進歩が人々の安全および尊厳、権利を脅かすことなく、これらと共存することを保証する」の項目が加え られた。これを指針として、看護者はどのように看護実践を行っていったらよいであろうか。
最近のわが国における医療技術に関する話題としては、ips 細胞 (induced pluripotent stem cell:人工多能性 幹細胞)、新型出生前診断 (Non-Invasive Prenatal Testing : NIPT)、がん治療の分子標的治療薬やエピジェネ テックス (epigenetics) 治療薬などのゲノム創薬 (Genome – based drug discovery) が挙げられよう。
ips 細胞は、2012年12月に中山伸弥教授がノーベル医学・生理学賞を受賞したことから、社会の人々に知ら れている。これは、ES 細胞 (Embryonic Stem cell:胚性幹細胞) と同じように多様な臓器や組織となる万能細 胞としての働きするが、受精卵のような生殖細胞ではなく、体細胞を由来のものであることから、倫理上、研 究や臨床応用が容易となり、再生医療の発展が期待される。しかし、人体各部の改造やクローン人間製造にも つながりかねない。
ゲノム創薬はヒトゲノム解析計画の成果により発展してきたもので、従来の抗癌剤 (殺細胞性抗癌剤) は細 胞傷害を狙うのに対し、分子標的治療薬は細胞増殖に関する分子を阻害するために副作用としての身体症状が 軽減されるようになった。現在では、肺がん、大腸がん、白血病など多くのがん治療に用いられている。しか し、致死的な間質性肺炎を起こす可能性や薬価が高いことからの問題が生じている。また、分子標的治療薬に 次ぐ新たな治療薬としてエピジェネテック治療薬が注目されている。がん細胞は、がん抑制遺伝子の遺伝子自 身に変異はなくても、遺伝子の情報が細胞の構造や機能に変換される過程で活性化されて発現することが解明 され、がん発現の遺伝子調節するのがエピジェネテック治療薬である。このようなゲノム創薬を中心とした オーダーメイド医療実現化プロジェクトが展開されていて、看護師が研究協力依頼のための説明や問診・相 談、採血の場面に関与をしている。
新型出生前診断は、妊婦の血液から高精度で胎児の染色体異常が判別できる検査として、2011年10月に米国
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日本看護倫理学会誌 VOL. 5 NO. 1 2013で開始された。わが国での実施は社会的な問題となり、施行体制の検討とその指針の作成作りを行なってい る。なぜならば、現在行なわれている出生前診断は、妊婦の血液からの検査である母体血清マーカー検査結果 判定は確率であり、確定診断は妊婦の腹部に穿刺をして羊水を採取して検査をする羊水検査である。これまで も出生前診断は、胎児やしょうがい者の人権問題、生命倫理の問題を内包していることから、新型出生前診断 の登場により、倫理的な問題が浮上してきた。
これらをみてもわかるように、現在、看護者は開発された医療技術の応用 (試行や実施) に携わり、ケアを 提供していく状況にあり、新たな課題に向き合い取り組むという姿勢をもたなければならない。そのために は、看護が社会の中で医療技術の進歩とどのような位置関係に存在するかという大きな視野から考える必要が ある。医療技術の開発目的は医療の発展につながるものではあるが、開発技術者と施行者である看護者を含む 医療者、治療や検査を受ける者・その関係者、そして人々が生活する社会の価値観が一致したものではない。
医療技術がどのような価値判断に基づいて駆動しているのか、また、その治療を受ける者にとって他の価値観 や様相というものがありえないのかということを意識しておく必要がある。
新しい医療技術の導入が頻繁となり、臨床現場の医師も看護者と同じ境遇におかれているように思う。これ まで患者の治療や検査について、私は看護者の立場からケアとキュアの論理で医師の立場との意見の隔たりを 感じていたが、近年は両者の共有範囲が拡大されてきているように思う。そして、チーム医療としての看護者 の役割の中で、看護者は社会生活をしている人々の健康を支える専門職者として、また最前線で人々のケア提 供に携わる者としての情報や意見を提示することによって、治療の方針とケアの方法について、チーム内の意 識の共有化ができていくように思う。
また、臨床現場では治療や検査の選択の意思決定に、インフォームド・コンセントの手続きによって患者が 自己決定できるようになった。しかし、患者がいつも自分自身で納得のできる決定を行っているのであろう か。患者からは「お医者さんや看護師さんは自分で決めなさいと言うが、どうした良いかを聞いているのに、
冷たい……」と、よく耳にする。患者は家族や医療者などと意見が異なる場合もあり、また全ての患者が自分 の意向を明確にもっているわけでもない。これを考えると、意思決定は、「誰が決定するか」ということだけ ではなく、「どのよう決定していくかのプロセス」のあり方が重要であると考える。そして、看護師は関係者 の様相を理解できる立場にあり、コンサルテーションし易く連携がとりやすい。これにより、看護者によるケ アの論理が、医師や医療技術者のキュアの論理との相対化につながり、ICN の倫理綱領にある指針「人々が科 学とテクノロジーの進歩と共存できることを保障する」に、近づくことができるように思う。
科学の進歩と新しい医療技術が導入される今日、私たち看護師は、常に不確実なものに向き合い、日々のケ ア実践における価値判断を求められている。