空間写真から空間把握を行うプロセスに関する研究
-プラン作図過程の注視行動の分析-
日大生産工(院) ○石川 恵悟 日大生産工 岩田 伸一郎
1.はじめに
近年、雑誌やインターネットなどの2次元媒体上において、
提示された建築空間の情報に基づき空間のイメージや把握を 行い、実際の空間を体験する事なく様々な判断を下す機会が 増えている。
コンピューターを用いた空間情報の提供に関しては、
VRML,QTVR,Photosynth等のコンテンツの開発やその有用性に 関する報告がされている。大森
文1)は、CG映像で構築された住 空間の探索実験と観視実験から分析を行い、対話性の有無に よる空間認知レベルの違いを明らかにしている。柳田ら
文2)は、
実写によるパノラマ映像を用いたQTVRを使用した観視実験か ら分析を行い、画像の連続的な変化が空間把握にとって重要 であると述べている。鈴木ら
文3)は、現実空間と仮想現実空間 における探索歩行実験から、注視行動と歩行行動の比較分析 を行い、VRの有用性を唱えている。これらのように、コンテ ンツの開発技術やその有用性についての研究は数多くあるが、
コンテンツそのものの在り方と効果に関しての研究は十分に なされていない。
代表的で最も利用頻度が高い媒体に写真が挙げられる。写 真はコンテンツの加工、提示の容易さ等から今後も重要な媒 体である事が考えられる。本研究では、空間把握のメカニズ ムを、写真から実空間を把握するまでの注視行動に基づいて 明らかにすることで、将来的に、誰もが簡単かつ正確に空間 把握を行うことのできる空間情報としての写真の在り方つい て基礎的な知見を得ることを目的とする。
2.実験方法
能力の異なる被験者に対し、注視行動と作図プロセスを比 較した。作図は被験者が把握した空間が直接的かつ総合的に 表現されたものであり、被験者の作図過程の注視行動から空 間を把握するまでの履歴を比較する事で、空間把握のメカニ ズムの抽出が可能であると考えた。そこで、被験者として、
設計教育を受けた学生(被験者A)とその他の学生(被験者 B)を選定した。
空間把握のメカニズムを明らかにする上で、次の 3 点を分 析のポイントとして考えた。
図1 実験装置の配置
図2 実験用写真及び解答図面
①空間を構成する要素(以下、空間構成要素)の抽出(表 1) 。
②空間構成要素に対する視点の停留履歴と作図プロセスの関 係性。
③注視行動と空間把握度レベルの関係性。
被験者に同一建物の複数枚の写真を提示してプランを作図 してもらい、その試行錯誤の過程の注視行動をアイカメラ
(NAC EMR-8,レンズ視野角44°,92°)を用いて時系列的に 記録・解析した(図1) 。作図の時間に制限は設けていない。
実験対象の条件として、吹き抜け、階段、窓等の標準的な 住宅の要素を持つシンプルな矩形平面の 2 階建住宅を想定し た。この条件に適合する住宅を建築雑誌
文4)に掲載された作品 から選定し、その作品を紹介するのに使用されている全ての 写真(9 枚)を実験用写真として採用した(図 2) 。 被験者が、作図を行うプロセスで、どのような空間構成要
Study on process which does spatial grasp from spatial photographs
- Analysis on gaze action at plan view drawing process -
Keigo ISHIKAWA, Shinichiro IWATA
素を注視しているのかを確認するため、写真内に見られる空 間構成要素を写真別に抽出した。写真によって、出現する空 間構成要素にばらつきがあり、重複するものも見られた。
表1 写真別空間構成要素出現回数
3. 注視回数及び注視時間の比較
2 人の被験者が作図したプラン(図 3)を比較してみると、
被験者Aは正解に近いプランを作図できたのに対し、被験者 Bは 1F-2F 間の繋がりが作図できなく、 2F のルーム 1-寝室間 の繋がりの誤ったプランとなっている事がわかる。この結果 には、被験者の経験差と注視行動が関係していると推測でき たため、被験者Aと被験者Bの注視回数と注視時間の比較を 行ってみた。
2 人の写真毎の注視行動の結果及び順位をまとめた表 2 か ら写真別に比較してみる。まず初めに、注視回数について比 較すると、被験者Aが写真 6 を最も多く注視しているのに対 し、被験者Bは、写真 3、写真 5、写真 6 をほぼ同回数で多く
被験者A
注視する結果になった。表 1 からも読み取れるように、写真 6 は、最も多くの空間構成要素を含んでいる。空間構成要素 の数が注視行動と関係していると考えられるが、空間構成要 素が 2 番目に多い写真 1、写真 2 は、注視回数が下位を示し ている事から、空間構成要素の数に比例し注視回数が増える という結果は得られなかった。また、空間構成要素の数が最 も多い写真 6 の半分を示す写真 4、写真 5 も多く注視されて いた。 次に、 両者ともに重点的に注視している写真 3、 写真 4、
写真 5、写真 6 の空間構成要素を表 1 から読み取ると、共通 の空間構成要素として壁、床、階段、天井等が挙げられる。
空間を把握するにあたって、特定の空間構成要素が重要な働 きをしていると考えられる。
注視時間については、1 回の注視でどれくらいの時間を注 視しているかを示す平均注視時間を算出した。 被験者Aでは、
注視回数が1位であった写真6の平均注視時間が4位となり、
注視回数が 6 位であった写真 1 の平均注視時間が 1 位となる 結果に見られるように、注視回数と平均注視時間の順位に変 動が現れた。これに対し、被験者Bでは、注視回数と平均注 視時間の順位にほぼ同様の結果が得られた。
その他の傾向として、写真 1、写真 3 や写真 2、写真 6 等のよ うに、写真内に含まれる空間構成要素が類似している場合は、
どちらか一方を選択し注視するという傾向が挙げられる。
以上のことから、注視回数と注視時間では、2 人の被験者 の注視行動を体系的に説明することができない。よって、注 視行動の履歴についても詳細に比較してみる必要があると考 えられる。
被験者B 表2 写真別に見た注視回数及び注視時間
図3 作図結果と解答
4.写真別注視行動履歴の比較
作図結果で、被験者Aには作図でき、被験者Bには作図で きていない寝室部分を作図した前後の注視行動(図 4)を比 較してみると、被験者Aは、ベッドが映っている写真 4 を中 心に、 複数の写真を連続的に注視している事がわかる。 特に、
被験者Bが注視していない写真 1、写真 9 を被験者Aは多く 注視している。写真 9 の空間構成要素を抽出すると、写真 9 には写真 4 に共通する空間構成要素の窓が含まれている。被 験者Aは、写真 9 の内部空間とは直接関らない外観の窓と写 真 4 の内部空間の窓を繋げ合わせ、空間の位置関係を把握し ていたものだと推測できる。
また、図 5 から、被験者Aは一部の写真間を相対的に注視 している事が読み取れる。特に写真 4-写真 5 間、写真 6-写真 7 間は注視移動回数が多い。写真 4-写真 5 間の空間構成要素 には、共通する棚が含まれており、写真 6-写真 7 間の空間構 成要素には、共通する壁が含まれている。写真 6-写真 7 間に 関しては、空間構成要素としていないが、吹き抜けが共通し て見られる事から、 これらの空間構成要素を相対的に注視し、
空間を繋ぎ合わせ把握していたものだと推測できる。一枚の 写真だけでは判断する事が困難な部屋間の繋がりを、被験者 Aは作図できているのに対し、被験者Bは正しく作図できて いない事から、被験者Aは写真間に共通する窓や壁等の空間 構成要素を見つけ、空間を繋ぎ合わせてイメージしながら把 握しているものだと推測できる。
被験者A
被験者A
5.作図履歴の比較
注視履歴から、両被験者は写真をしばらく注視した後に作 図を進めるというサイクルを繰り返しながらプランを完成さ せる傾向が読み取れた。そこで、そのサイクルを 1 ステップ としてプランを順に記録した(図 6,図 7) 。双方の被験者とも に、写真全体を注視して空間全体を把握した後に、最も注視 した壁、階段を起点として作図を開始していることがわかる
(図 6:01-03,図 7:01-04) 。その後に 1F から 2F へと大まかな 部屋割りを作図し、途中に家具や窓等の詳細を付け加えてい くという傾向が見られた(図 6:06,図 7:07) 。また、注視行動 と作図履歴を照らし合わせて見ることで、大まかな部屋割り については、複数の写真を注視した後に作図されるのに対し、
テーブル、イス等の家具、窓の詳細については、プランと写 真の間で停留点を往復させ、位置関係を確認しながら作図す るという傾向が共通して読み取れた。実験開始から、被験者 Bが若干遅れたものの作図が完成するまでの時間の差はほと んど見られなかった。
図 6:01-09 から読みとれるように、被験者Aは、先に作図 した箇所を起点として次に記述する部分を順に作図しており、
空間内部を順に移動するイメージを持っていると考えられる。
一方被験者Bは、図 7:07-08 及び 12-15 のように、写真から 得た情報をプランに散発的に作図しており、このことは「4 章」で述べた注視行動の分析結果とも一致している。
被験者B
被験者B 図5 ベクトルで表した写真間の注視移動回数
図4 注視行動の時系列変化
6.まとめ
本研究では、写真を利用して空間把握を行う際に、被験者 がどのようなプロセスで空間を把握していくかという点に着 目し、被験者の注視行動について基礎的な分析を試みた。被 験者 2 名に対して行った所、以下のようにまとめられる。
(1) 注視回数及び注視時間と空間の把握度の関係では高い相 関は認められなかったが、注視される写真とされない写真が ある事が明らかになった。複数の写真内に、同じような空間 構成要素が含まれた写真があると、その中から、主となる 1 つを選択し注視する傾向がある。
(2)被験者の注視行動履歴及び作図履歴から、空間を把握す るプロセスとして、空間全体を把握した後に詳細の部分情報 を順次に把握していくという傾向がある。
(3)被験者は、壁、床、階段、天井等の空間構成要素を重点 的に注視している事から、空間を把握するにあたって、空間 を形成するのに必要とされる空間構成要素が重要な働きをも つ。
(4) 写真を散発的に注視するよりも、 相対的に注視した方が、
空間把握度のレベルが高くなる。すなわち、写真間に共通す る空間構成要素を見つけ、それらを相対的に注視する事が重 要なポイントとなる。
今回の実験結果から、複数の空間情報を提示する場合、空 間のシークエンシャルな関連性への配慮が空間把握度のレベ ルに大きく作用すると考えられる(図 8) 。住宅等の複数の部 屋が存在する建築空間の情報提示を行う際、部屋間の繋がり が 1 枚の写真で提示できない場合には、いくつかの写真に、
部屋間を繋ぎ合わせる事のできる共通の空間構成要素を含ま せる必要がある。
今後の課題として、注視されている空間構成要素を特定で きるレベルで注視行動の分析を詳しく行うとともに、今回の 実験で比較的注視されなかった写真を除いた場合、補足的な 写真を加えた場合の把握度を比較する事で、空間の把握に効 果的な情報量の問題にも言及していきたい。
「参考文献」
1) 大森峰輝;対話性の有無による空間認知レベルの違い,
情報システム利用技術シンポジウム論文集,P133-137,1998 2) 柳田武,吉川栄治;VR による空間把握に関する基礎的研 究,情報システム利用技術シンポジウム論文集,P85-89,1998 3) 鈴木利友,岡崎甚幸;地下鉄駅舎と仮想現実空間におけ る探索歩行時の注視と歩行行動の比較,日本建築学会計画系 論文集,P199-205,2002.5
4) 新建築住宅特集,株式会社新建築,P74-81,2007.12
図7 被験者Bのプランの作図履歴 図6 被験者Aのプランの作図履歴
図8 写真相関図