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(1)

平成21年度貿易・投資円滑化等経済交流促進補助事業

「近代化産業遺産 日仏ワークショップ ミッション派遣」

平成 21 年 5 月 27 日(水)~5 月 29 日(金)

実施報告書

この報告書は、競輪の補助金を受けて作成したものです http://ringring-keirin.jp

財団法人 貿易研修センター

Institute for International Studies and Training

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(財)貿易研修センターは、諸外国による対日理解の増進を通じて、円滑な対外経済関係 の推進・発展に資するため、海外の有識者の招聘、国際シンポジウム、ワークショップの開催 等、各種国際交流事業を実施しており、事業参加者はもとより関係各方面から高い評価をい ただいております。

その一環として、我が国の諸事情に関し深い知見を有した学者、専門家、ビジネスリーダ ーなどを海外に派遣し、訪問地において現地の有識者、関係者、一般人を対象に、我が国の 政治、経済、社会、文化等に関する講演会、展示会、交流会などを開催し対日理解を促進す るミッション派遣事業を、2005年度から実施しています。

平成21年度は、日本と欧州諸国の近代化産業遺産分野の専門家を集めて、フランス・パ リにおいて、地域における近代化産業遺産の活用方法について事例発表・意見交換を実施 する日仏ワークショップに、日本人専門家4名を派遣しました。

事業実施にあたり、ご協力いただきました皆様方に深謝申し上げるとともに、この事業が国 際的な経済協力の橋渡しとなり、経済交流発展の一助となることを切に願っております。

平成21年12月

財団法人貿易研修センター

(3)

1. 開催概要

実施日: 2009年5月27日(水)~5月29日(金)

参加者(日本人専門家):

小風 秀雅 お茶の水女子大学 大学院 教授

布施 直人 トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館 館長 北河 大次郎 文化庁文化財部 参事官付調査部門 文化財調査官

赤津 光一郎 財団法人 貿易研修センター 専務理事 (能瀬 宏隆 経済産業省 経 済産業政策局 地域経済産業グループ 地域経済産業政策課 統括地 域活性化企画官 代理)

2.目的、経緯及び背景

本事業は、2007年に実施した「産業遺産シンポジウム」事業に、フランスより、国立社会科学 高等研究院教授にご参加いただいたことをきっかけとして、フランス・コイネットワーク(Koinetwork g.e.i.e)が主催する日仏ワークショップに日本人専門家派遣の要請を受けたことにより実現した。本 ワークショップにおいて、日本及びフランス・ドイツ(ザールラント州)・イタリア・スペイン・ギリシャか らの専門家が地域における産業遺産の活用事例を報告し、意見交換を実施することにより、同分 野における国際協力の一層の発展を目指す。

3.事業概要

2日間におけるワークショップでは、日本人専門家より、日本の主要な産業遺産の紹介とその 活用事例、行政の取組(経済産業省「近代化産業遺産群 33」、「近代化産業遺産群 続33」文 部科学省他「歴史的まちづくり法」、民間企業の活用事例(トヨタテクノミュージアム産業技術記念 館、等)、世界遺産としての産業遺産の活用・指針などについて発表された。一方、欧州諸国の専 門家は、各地域(仏:イル・ド・フランス県、セーヌ・サン・ドニ、ルーアン、独:ザールラント州、伊:セ スト・サン・ジョバンニ、ミラノ市、西:アストゥリアス州、など)における産業遺産の紹介、活用事例、

行政による保存の取組、ギリシャにおける文化財団の産業遺産保存の取組、欧州における産業 遺産の社会経済的意義、など、多岐にわたり紹介された。

3日目のパリ市近郊産業遺産視察では、パリからセーヌ・サン・ドニへ続くウルク運河をクルー ズ船で移動し、旧製粉所などの産業遺産を視察した。セーヌ・サン・ドニでは、クリストフル社(1830 年創業のフランス銀器メーカー)の旧工場跡地、ノワジエでは、19世紀に建設された元ムニエ社 のチョコレート工場の建造物をオフィスとして再利用しているネスレフランス本社を視察した。パリ に戻った後、パリ国際大学都市イタリア館を訪問し、セスト・サン・ジョバンニの産業遺産に関する 展示の説明を受けた後、欧州議員、仏プランタン社社長の歓迎挨拶をいただいた。

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4.成果

ワークショップでは、各専門家の発表の後活発な意見交換が行われ、参加者より、自国と他国 の産業遺産に対する考え方や、活用方法の違いを知ることができ、今後の活動に大変有意義で あったとの評価を得た。ワークショップの最後では、主催者のコイネットワークより、今後の欧州間、

また日本と欧州との間における産業遺産保存・活用のための協力体制について提示があり、今 後の交流・協力の継続が確認された。同分野における国際交流はまだ発展段階にあり、今回の ように、多くの国から専門家が集まる国際会議が開かれることはまだ少ないため、本事業を通じ て、より一層の国際協力関係が進展し、産業遺産の有効活用に資することにより、将来地域経済 がより活性化することが大いに期待される。

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5.プログラム詳細

①5月27日(水) 日仏ワークショップ開催(場所:パリ市役所ホール)

9:15 オープニング

9:30 ルイ・ベルジュロン氏、国際産業遺産保存委員会(TICCIH)名誉会長。コイネットワーク創 設者。フランス国立社会科学高等研究院(E.H.E.S.S.)教授(退官)

“ワークショップ開催の始まりとその意義について”

10:00 能瀬宏隆氏、経済産業省 経済産業政策局 地域経済産業グループ 統括地域活性化 企画官(日本)

“近代化産業遺産群33の目的と利用”

講演者:赤津光一郎氏、財団法人貿易研修センター(IIST)専務理事(日本)

11:00 フェデリコ・オットレンギ氏、セスト・サン・ジョヴァンニ市役所海外関係局長 (イタリア)

“セスト・サン・ジョヴァンニの産業遺産:新たな経済文化発展を目的とした保存および修 復の経歴と計画”

11:45 ディスカッション

14:00 ドリス・コールマン氏、ザールブリュッケンに所在する応用科学分野の大学、ザールラン ト工科経済大学の国際室長(ドイツ)

ノルベルト・メントゲン教授、ザールブリュッケンに所在する応用科学分野の大学、ザー ルラント工科経済大学の博物館長兼歴史的記念物責任者兼建築学科教授(ドイツ)

“産業遺産と今後の経済的可能性 隣接するロレーヌ、ザールラント、ルクセンブルク地 域で好結果をもたらしたサンプル3例:ロレーヌ:カロー・ウェンデル/ザールラント:フェル クリンゲン製鉄工場跡/ルクセンブルク:ベルヴァル”

14:45 アスパシア・ルーヴィキジ教授、ピレウス銀行文化財団教授兼理事長(ギリシャ)

“ピレウス銀行文化財団の運営モデル”

15:45 布施直人氏、トヨタテクノミュージアム産業技術記念館館長(日本)

“産業遺産の保存と活用 産業技術記念館の取組み”

16:30 ディスカッション

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②5月28日(木) 日仏ワークショップ開催(場所:イル=ド=フランス地域圏庁舎(パリ 7 区)

9:00 アルレット・オーデュク氏、イル=ド=フランス地域圏文化遺産総合調査局長(フランス)

“地域圏産業遺産の管理:調査プログラム 地域と持続可能な開発計画について考える”

9:45 パブロ・レオン・ガサヤ氏、アストゥリアス自治州政府文化省歴史学者(スペイン)

“産業遺産に関するアストゥリアス自治州政府の政策”

10:30 北河大次郎博士、文化庁 文化財部 参事官付調査部門 文化財調査官(日本)

“日本のまちづくりにおける産業遺産活用について”

11:15 フランコ・アレッサンドロ・ファーヴァ教授、トリノ大学教授、社会学者(イタリア)

“近代貿易の進化、第 1 次産業革命から現代世界まで:文化遺産研究センターを提案”

12:00 ディスカッション

14:00 クラウディオ・マウリツィオ・ミノイア氏、ミラノ県文化社会局局長 アンジェロ・カッペリーニ氏、ミラノ県文化財局長(イタリア)

“ミラノ市及びミラノ県の記念物と遺産:

≪プロジェクトの町≫における経済、文化、観光”

14:45 エヴリーヌ・ロール氏、パリ国家遺産協会の遺産管理官訓練コース在籍中(フランス)

“セーヌ=サン=ドニ県文化遺産局と、県産業遺産の調査保全を目的とするその活動”

ジャン=ベルナール・クランニツェ氏、建築家、ルーアンに所在する国立高等建築学校教 授(フランス)

“関連事業の詳述:県産業遺産再構築のための 6 事業”

15:45 小風秀雅教授、お茶の水女子大学大学院人文科学科教授(日本)

“世界遺産への関心と産業遺産への注目~日本の場合”

16:30 ミゲル・アンヘル・アルバレス・アレセス氏、TICCIH スペイン会長、産業文化自然遺産協 会(INCUNA)会長(スペイン)

“産業遺産と地域的および経済的な回復。スペインの経験”

17:15 ディスカッション

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17:30 まとめと結論:

マリア・テレーザ・ポントワ氏、コイネットワーク マネージャー、TICCIH 役員会メンバー E.H.E.S.S.調査官

伊藤パジェス ジャン=リュック氏、コイネットワーク 広報・企画統括マネージャー

③5月29日(金) セーヌ=サン=ドニ県の遺産視察

9:15 ルドゥのロトンドより出発(クルーズ)

9:30 ウルク運河沿い視察:パンタン大製粉工場(跡地)含む

12:15 旧クリストフル銀細工工場跡訪問

*ガイド:セーヌ=サン=ドニ遺産局アントワーヌ・フュリオ氏

13:00 昼食(レストラン、リュジーヌ)

14:30 ノワジエへ出発(借上げバス)

15:30 旧ムニエチョコレート工場訪問(現ネスレ=フランスグループ本部)

17:00 パリへ出発(借上げバス)

18:00 メゾン・ディタリー(パリ国際大学都市のイタリア館)訪問

出迎え:イタリア館館長のロベルト・ジャコーネ氏とイタリアの高等教育調査省とヨーロッ パ市場消費者協会(ミラノ)の顧問を務めるリッカルド・ガロスキ氏

セスト=サン=ジョヴァンニ市によるエキジビション

19:00 ビュッフェ

列席:マウリツィオ・ボルレッティ氏―リナスチェンテ(イタリア)およびプランタン社長 豊嶋玲子氏―財団法人貿易研修センター企画調査広報部員(日本)

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6.日仏ワークショップ参加者略歴 赤津 光一郎

東京大学法学部卒業(1980 年)

米国イェール大学修士(1986 年)

1980 年 通商産業省(現 経済産業省) 入省 2002-2004 年 貿易経済協力局安全保障貿易審査課長 2004-2005 年 貿易経済協力局安全保障貿易管理課長

2005-2007 年 大臣官房参事官(商務流通グループ・総合調整担当)

2007-2008 年 東北経済産業局長

2008 年~ (財)貿易研修センター 専務理事

ミゲル・アンヘル・アルバレス・アレセス

1978 年、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学、経済学学士号を取得。

1984 年、オビエド大学、都市計画と都市運営の研究で博士号を取得。

1994 年、商科大学院で国際経営管理学修士号を取得。

考古学と産業文化自然遺産に対する保護、研究、調査を目的とする協会、INCUNA(産業文化自 然遺産協会)会長。

TICCIH(国際産業遺産保存委員会)スペインの会長。

文化・社会科学雑誌、ABACO の編集長。

都市マーケティングと都市計画の国際ネットワークのメンバー。

1982 年から 2003 年まで HUNOSA(ウヤラス・デル・ノルテ株式会社)の遺産研究部長を務める。

現在、6 カ国から 32 人の専門家が参加する研究チーム内で、共同文化プロジェクト“スペインとア メリカの銀のルート”を統括している。

学際的プロジェクト“砂糖の国際ルートと風景”に参加。

EU 及びアメリカ地域において、地域経済および産業遺産や自然遺産の観光と発展に関して様々 なコンサルタント活動に関与している。

最近の著作には次のようなものがある:産業考古学 過ぎ去りしものの来歴(2007 年);イベリア系 アメリカの産業遺産 記憶、労働、生産が語るもの、ブエノスアイレス(2008 年);“技術観光と産業 観光”Abaco に掲載(2008 年);アストゥーリアス自治州の風景と労働、2009 年刊行予定。

アルレット・オーデュク

歴史学の≪国立大学教授資格者≫。パリ高等研究実務院で博士号を取得。イル=ド=フランス地 域圏の文化遺産総合調査を担当。19 世紀建築の専門家。

歴史的記念物の歴史および景観保護の歴史に関する多数の論文を刊行。もっとも最近の著作

(2008 年)は次のようなタイトルである:記念物が国家を構築してきた時代 歴史的記念物行政 1830 年-1940 年(640 頁)。

(9)

ルイ・ベルジュロン

パリ高等師範学校卒業生(1947 年から 1951 年に在籍)。

歴史学博士。

1970 年から 1997 年までパリ社会科学高等研究院教授を務める。

CILAC(考古学および産業遺産の評価・研究のための情報連絡会議―フランス国立産業考古学 産業遺産協会)の名誉副会長で共同設立者。

1990 年から 2000 年まで TICCIH 会長を務めた後、2000 年に TICCIH≪終身名誉会長≫となる。

1984 年から 1994 年まで歴史記念物国家委員会メンバーを務める。

2006 年から 2007 年まで国際記念物遺跡会議(I.C.O.M.O.S.)世界遺産委員会の招聘専門家を務 める。

マウリツィオ・ボルレッティ

1967 年ミラノ実業界の名門の後継者―“リナスチェンテ社”(現在イタリア最大の百貨店チェーン)

の孫、また“ヴェリア・メーターズ社”(自動車用機器)草創期のエンジニア兼経営者の息子―とし て生まれる。

ミラノのボッコーニ大学で高等訓練を受けた。

業績困難時期の“クリストフル”社(フランスのサン=ドニ)に約 10 年務めた後、2005 年に投資家グ ループと共に“プランタン”― フランソワ=アンリ・ピノーが設立した約 17 の百貨店グループ―の大 量株を購入し、代表取締役に就任した。更に、現在では百貨店のヨーロッパネットワークの創設を 構想している。

アンジェロ・カッペリーニ

1975 年からミラノ県に勤務し、文化財とヴィジュアルアートと博物館担当局のトップとして成功を収 めた後、2000 年に文化建造物と美術遺産分野の特別プログラムのディレクターとして成功を収め ている。2005 年以後は、文化財セクター、すなわちヴィジュアルアートと博物館の総責任者を務め ている。彼の役割は、文化集積のシステム、すなわち博物館のシステムを発展させる建築文化財、

ビジュアル文化財、環境文化財をよりよい状態にするための様々な介入を計画し、それを推進し、

実施することと、<スパツィオ・オベルダン>における芸術行事を企画運営することである。彼はまた、

≪ミラノシティプロジェクト≫をコーディネイトした。この企画はミラノ県の企業・勤労者博物館(カル テル、アルファ・ロメオ、ピレリ等)を集合させた。また他方では、文芸と劇場における―とりわけ都 市中心領域の示唆的な場所(教会、宮殿、城、工場)における―スペクタクルなイベントを推進し た。

ジャン=ベルナール・クランニツェ

建築家(国の学士号)。都市計画プランナー(フランス都市計画協会)。パリ第1大学パンテオン‐ソ ルボンヌで、美術史と近代建築の DEA 取得。

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ENSAN(ノルマンディー国立高等建築学校)の助講師。担当部門は修士号の判定と日常生活建 築の改装。ENSAB(国立パリ‐ベルヴィーユ高等建築学校)にて一級建築士講座 20 世紀の遺産 の建築プロジェクトについて講義している。

建築家として実務をこなしており、主に住居改装および産業遺産の修復を行っている。

≪産業荒廃地―文化の場所≫というテーマで、ルーアン大学と共同で行っている調査研究が進 行中。

フランコ・A.ファーヴァ

社会経済プログラム分野の専門知識を持ったジャーナリストであると同時に、トリノ大学で経済プ ロセスと労働に関する社会学の教授をしている。アルバのフェッレーロ協会のメンバーで、産業の 社会史について、また労働者とその福利厚生政策面に関する企業の組織モデルについて調査研 究している。L.I.S.E.S.(社会経済学自由協会)の会長であり、設立者である。ミラノの非営利団体で あるヨーロッパ市場商人・消費者協会の学術ディレクターである。近著に、リッカルド・ガロスキとの 共著“かつてのスーパーマーケット”スパーリング&クプファー出版、2008 年と、産業の歴史と文化 オンラインセンター(ディレクター:ルチアーノ・ガッリーノ)2009 年掲載の“産業と社会状況”があ る。

布施 直人

1979 年トヨタ自動車入社。2008 年より、トヨタ自動車株式会社 社会貢献推進部 博物館室 担当部長、トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館 館長。

産業技術記念館は、トヨタグループ 13 社の共同社会貢献事業として「研究と創造の精神」と「モノ づくり」の大切さを、次の世代を担う若い人々をはじめ、広く社会にお伝えし、内外の経済、社会の 健全な発展に役立てていただくことを目的として、愛知県名古屋市に 1994 年に設立。

アントワーヌ・フュリオ

歴史学者。修士論文で≪ボローニュ=ビラン クーのルノー製造工場の遺産としての特質≫を執筆 する。この後、パリ都市計画協会で都市計画の研究分野に参加した。彼はそこで、開発事業のメ カニズムを理解するための鍵を得た。それは、地域のダイナミックな発展に遺産の価値を適切に 統合していくために、必要不可欠な手立てだった。

現在彼は、セーヌ=サン=ドニ県協議会 遺産スポーツ娯楽監督局 文化遺産部 都市史調査研究 室で産業遺産を担当している。

リッカルド・ガロスキ

1994 年から 1999 年まで、ピエモンテ=ロンバルディア=リグリア=アオスタ渓谷のヨーロッパ議会メ ンバーを務める。彼は次のような役職を歴任してきた:経済金融委員会副委員長。インターグルー プ・トレード・アンド・ディストリビューションの代表。環境と消費者保護委員会メンバー。パリ国際大

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学都市イタリア館役員会メンバー。イタリア文部省での大学と学術研究に関するアドヴァイザー。

通商・消費者博物館の設立に参加。フランコ・A.ファーヴァとの共著、“かつてのスーパーマーケッ ト”スパーリング&クプファー出版、2007 年の著者。

パブロ・レオン・ガサヤ

2001 年以降、アストゥリアス自治州政府の文化省で歴史学者として仕事をしている。2002 年以降、

アストゥリアス文化遺産委員会メンバーとなり、スペイン歴史遺産会議議会でアストゥリアス代表を 務めている。彼は、アストゥリアスの保護文化財リストの管理と、自治州の多岐に渡る遺産(歴史 的ルート、産業建築物等)の保護、宣伝、広報を終身に渡って任されている。彼は色々な機会に、

アストゥリアスの遺産登録状況の分析に関していくつもの論文を書いている。

ロベルト・ジャコーネ

トリノ大学で歴史を専攻。後にフランス政府から 2 年間の奨学金を受けて、パリ第 4 大学ソルボン ヌで学び、その後、フルブライト奨学金を受け、マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大学 で 3 年間学んだ。

イタリアに帰国後は、7 年間オリヴェッティ社のイヴレアとフィレンツェの国際訓練センターで働い た。

彼は 1990 年からパリ国際大学都市のイタリア館の館長を務めており、また同時に、パリ第 3 大学 ソルボンヌ=ヌーヴェルの助講師も務めている。

伊藤パジェス ジャン=リュック

1997 年、パリ第 3 大学ソルボンヌ=ヌーヴェルで、フランス文学とフランス文化で博士号を取得。リ ュミエール・リヨン第 2 大学で、1999 年に外国語としてのフランス語と異文化関係で修士号を取得。

2008 年、フランス国立工芸院のグランゼコール学位授与審査会議で、プロジェクト工学技術と人 的資源で修士号を取得。

1991 年から 1997 年までパリ=ラ・ヴィレットの科学産業都市で科学専門図書館員を務め、1998 年 には、オーストラリアのニューキャッスル大学で講師を務め、1999 年にはニューヨーク市立大学リ ーマン校で訓練講師を務めた。彼はまた、現代フランスに関するリソースセンターを創設した

(1999 年設立のアリアンス・フランセーズ・シンガポール、2000 年設立の京都の関西日仏学館)。

彼はその後、2001 年から 2002 年まで中国の北京のフランス大使館でフランス外務省のために学 術アドヴァイザーを務め、北京第ニ外国語大学で教鞭を取った。2003 年から 2005 年までは日本 の名古屋大学の客員教授を務め、その後 2007 年にはハートリー氏創設のオーストラリア・ニュー キャッスル大学で客員講師を務めた。

彼は、国際協力における継続可能なパートナー関係:大学、企業、基金、地域の専門論文を執筆 した(CNAM 国際経営協会、2009 年)。彼はまた、TICCIH(国際産業遺産保存委員会)のヨーロッ パ部局であるヨーロッパ財界グループのコイネットワークのために、2009 年 5 月 27 から 29 日まで

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パリ、セーヌ=サン=ドニで開催の日仏ワークショップ“文化遺産と経済”を準備し連絡業務に当たっ た。

北河 大次郎

2006/04 – 2006/10:東北芸術工科大学非常勤講師 2005/04 以降 :文化財部参事官付文化財調査官

2004/07 – 2005/04:文化庁文化財部建造物課文化財調査官 2003/10 – 2004/03:一橋大学経済学部講師(併任)

2001/10 – 2002/06:パリ第 10 大学(フランス)客員教授

1999/04 – 2004/07:文化庁文化財保護部建造物課文部技官(2001/01 以降文部科学技官)

1992/04 – 1993/06:株式会社プランニング・ネットワーク 受賞歴:

1998 年度土木学会論文奨励賞

小風 秀雅

1983 年 10 月 お茶の水女子大学専任講師(文教育学部史学科)

1986 年 10 月 同上助教授

1996 年 8 月 お茶の水女子大学教授

2001 年 4 月 同大学大学院人間文化研究科教授(現在に至る)

2004 年 2 月 文化審議会文化財部会第三専門調査会委員(現在に至る)

2006 年 9 月 文化庁世界文化遺産特別委員会委員(現在に至る)

2007 年 4 月 経済産業省近代化産業遺産選定委員会委員(現在に至る)

ドリス・コールマン

ザールラントに生まれる。ドイツ、フランス、スペインで社会学と現代人文科学を学ぶ。

1990 年から 1998 年まで、ドイツ高等教育省で学生の大学間移動学習の実験プロジェクトを担当 する。

1998 年から 2000 年まで、シドニー技術大学の国際研究協会で、ヨーロッパ諸大学の学位取得プ ログラムを進展させる任務に当たる。

2001 年、ザールラント州科学技術経済専門大学の国際関係局局長を務める。

EAIE(ヨーロッパ高等教育協議会)のメンバー。国際的カリキュラムの進展をめざしている。

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エヴリーヌ・ロール

フランス、パリの国家遺産協会で遺産管理官訓練コースに在籍中。

アスパシア・ルーヴィキジ

ビザンチン研究で博士号取得。ピレウス銀行グループ文化財団(住所 105 58 アテネ、アンゲルー・

ゲロンタ通り6)の理事長。

1952 年スパルタに生まれる。パリ第 1 大学ソルボンヌで美術史と考古学を学び、1980 年にビザン チン美術と考古学に関する博士論文で博士号を得た。

1978 年から 1979 年に UNESCO のギリシャ代表団の秘書官を務めた後、1980 年から 81 年、1982 年から 83 年、1985 年から 86 年の期間、文化省の考古学者として仕事をした。文化省では、文化 省の調査プログラムと、第一次古代ビザンチン調査団の発掘プログラムに協力した。1983 年から 1989 年まで、アテネの観光ガイドスクールでビザンチン美術を教えた。またその後 1990 年から 2000 年まで、ビザンチン美術と中世美術をパリ第 10 大学ナンテールの講座(第1サイクル)とアテ ネのフランス協会で講義した。

1986 年以降、ETBA の文化技術基金で活動している。1997 年まではアシスタントディレクターとし て、2002 年以降はディレクターを務めた。この後、ピレウス銀行グループ文化財団(PIPOP)の理 事長になった。この財団の目的は文化遺産の、特に伝統技術と産業考古学の保護の役目を果た すことである。

彼女は多くの専門家会議に参加し、様々な科学雑誌に数多くの記事を書いている。

マリア・テレーザ・マユッラーリ=ポントワ

イタリア、サン・マリノ大学、歴史学博士。現在、パリの社会科学高等研究院で調査管理を担当し ており、ヨーロッパプログラム、 エラスムス・ムンドゥス・フェニックス≪健康と福利厚生≫の総書 記を務めている。

1996 年から 2004 年まで、ル・クルソー=モンソー・レ・ミン=モンシャナン・エコ博物館における国際 プログラムを担当。1997 年から TICCIH 役員会メンバー。1999 年から産業遺産ジャーナルの創始 者で編集長。

2002 年より、ヨーロッパ財界グループのコイネットワークの設立者でマネージャー。

ノルベルト・メントゲン

1948 年トリーアに生まれる。ICOMOS と TICCOH のメンバー。アーヘン工科大学で建築学を学び、

1985 年にザールラント歴史美術記念物局局長と博物館館長となった。2000 年から、芸術・産業文 化のヨーロッパセンター、世界遺産フェルクリンゲン製鉄工場“記念建造物”の責任者になった。

2006 年に、ザールラント工科経済大学建築学科で、主任評議員(大学理事)として上級講師を務 めている。

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クラウディオ・マウリツィオ・ミノイア

ミラノ県文化社会局の局長。同局ではこの分野の戦略的プログラムを任務とする。

文化活動に関しては、図書館、博物館及びそれらの組織に対する権限を持つ。加えて、ミラノ県 は、全ての市町村行政府及びロンバルディア州と協力して、ヴィジュアルアート、劇場、音楽、映 画分野での文化活動を促進し、支援する。局長はミラノ県のあらゆる最重要文化協会の理事会に 参与する。

以前は、職業訓練、経済発展、労働行政など様々な分野を担当していた。

能瀬 宏隆

1989年4月 防衛庁入庁

以後、長官官房法規課、防衛局計画課等を経て、

2007年8月 (防衛省)災害対策室

2008年8月 現職(経済産業省経済産業政策局地域経済産業グループ地域経済産業政策課)

フェデリコ・オットレンギ

セスト=サン=ジョヴァンニ市(ミラノ県、イタリア)の海外関係局長。

ユネスコに向けてのセストプロジェクト(世界遺産リストへの登録申請書類作成)の任を負う。

以前は青少年の為の文化スポーツ政策局長を務めていた。また企業・勤労者博物館プロジェクト

(ミラノ県)にも参加していた。

豊嶋 玲子

早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業(2000 年)

職歴:

2000-2002 年 防衛庁(現 防衛省)情報本部 2003 年~ (財)貿易研修センター

(2003-2008 年)国際交流部 (2008 年~) 企画調査広報部

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7.日本人参加者プレゼンテーション概要

世界遺産への関心と産業遺産への注目~日本の場合 お茶の水女子大学 大学院 教授 小風 秀雅

1.産業遺産への注目

日本において、産業遺産という新しい文化財の概念が社会的に認知され、保存と活用に対する 関心が全国的に高まってきたのは近年のことである。その背景として2点指摘することができる。

第一は、2001 年に国内暫定リストに掲載された石見銀山(島根県)が、2007 年に世界遺産に登録 されたことと併行して、2006 年から 2 年間にわたって文化庁が世界文化遺産の暫定国内リストの 充実のため、世界遺産として登録しうる文化遺産を国内から公募したことである。この時に全国か ら寄せられた候補 37 件のうち 6 件が産業遺産であり、うち 3 件が国内暫定リストに入った。

第二は、2007 年から経済産業省が、「近代化産業遺産群」の認定を開始したことである。この事 業は、地域活性化を進めるために日本の産業化の歴史を再認識し、将来に向かっての活力源と しようとするものであり、2008 年にかけて、66 の産業分野や地域に関するストーリーをまとめた。

この事業により、日本の産業化ないしはそれぞれの地域の産業化を推進した核となった産業遺産 は、ほぼ網羅されたと言ってよいであろう。

今回、日仏ワークショップで主に論議の対象となったのは、産業遺産の活用というテーマであり、

この議論により近いものは、第二に挙げた経済産業省の「近代化産業遺産群」の認定事業である と思われる。それ以前に、横浜のほか小樽、函館、神戸、門司などで、都市再開発の一環として 港湾関係の産業施設が活用され成功したことがあるが、経済産業省が認定した「近代化産業遺 産群」を、これらの事例のように地域活性化の活力源とするためには、これからの同省の政策が 果たすべき役割が大きく、期待も高いのである。

2.世界遺産としての産業遺産

世界遺産の場合は、厳しい登録基準と国内法における文化財保護の規制とを満たす必要があ るので、真実性や完全性の維持のために、どうしても当初は活用より保存に力点が置かれること にならざるを得ない。しかしこうした厳しい基準にも拘らず、下記の6件もの産業遺産が世界遺産 候補として認定されたことは、産業遺産という文化財保護の新たな分野に関する関心を日本の経 済界に高める効果をもたらした。筆者はこれを、「世界遺産効果」と表現している。

a.国内暫定リスト掲載資産 (1)富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県)、(2) 九州・山口の近代化産 業遺産群(九州 7 県・山口県)(図1-1.1-2)、(3)佐渡金銀山(新潟県)(現在石見銀山と調整中)

(図2-1~2-3)

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図1 三池炭鉱の産業遺産

図1-1 万田坑 図1-2 三角西港

図2 佐渡金山の産業遺産

図 2-1 道遊坑 図2-3 大間港

図 2-2 浮遊選鉱所

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b.国内暫定リスト候補遺産 (1)足尾銅山(栃木県)(図3-1~3-3)、(2)立山・黒部の発電・砂防 施設群(富山県)、(3)岡谷の製糸遺産(長野県)

産業遺産にエントリーするためには、産業遺産の所有者である企業の同意及び遺産保全の努 力とともに、産業遺産を含む空間を保全するための地域の参加と協力が必須の条件である。その 意味では、2003 年 TICCIH が採択したニジニータギル憲章における産業遺産の捉え方、すなわち 産業遺産を人と産業の営みを総体として捉え、構成資産という「点」ではなく遺産を中核とする地 域全体を「面」で捉えるコンセプトが有効であり、重要である。

3.産業遺産の保護・活用に向けた企業と地域

企業が自社の歴史をまとめて、社会に示し社員のアイデンティティの向上を目指す手法として 1970~80 年代に多く採られたのが社史の編纂であった。企業が所蔵するアーカイブズに基づい て経済・経営史の専門研究者と協力して、実証的な社史を編纂するなかで、多くの貴重なビジネ ス・アーカイブズが発見されるという効果を発揮したが、利用者は限定的であった。

1980 年代以降になると、企業PRの一環として企業が自ら博物館や資料館を建設し、アーカイブ ズだけでなく、企業の歴史を物語る資料(製品、工場設備、生産工程など)を展示するという手法 が増加し、利用者が増大した。トヨタテクノミュージアム(産業技術記念館)はその先駆的かつ先進 的な事例である。しかし立地条件の制約を受けるため、この手法を採り得る企業には限界があっ た。また産業資産といっても現用施設である場合が多く、一般公開に踏み切る企業は極めて少な かった。

これに対して、近年急速に広まりつつある産業遺産という捉え方は、産業施設そのものが遺産 としての価値を有し、現地に立地することに意味があることから、地域と協力することによる資産 活用の可能性が開かれた。また世界遺産候補に認められる経済効果も認められるなど、企業の 認識が深まり、関係資産の公開への努力が始まったのである。

世界遺産関係で言えば、富岡製糸場(1996 年予約公開)の一般公開開始(2005 年 10 月)、九州・

山口の産業遺産(炭鉱・造船・製鉄)の中核を形成する炭鉱である端島(通称軍艦島)への上陸解 図3 足尾鉱山の産業遺産

図3-1 通洞坑口 図3-2 選鉱所 図3-3 製錬所

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禁(2009 年 4 月)(図4-1)、三菱重工長崎造船所の史料館(1985 年開設)の一般公開開始

(2007 年 10 月)(図4-2)などがその代表例である。また、佐渡金山のうち前近代部分は観光施 設として公開されていたが、中心施設である 19 世紀後半以降の近代部分についても一般公開さ れた(2008 年 4 月)(図4-3)。その他の産業遺産でも、現在着々と公開への準備が進められて いる。なお、このうち富岡製糸場は 2006 年に富岡市に、端島は 2001 年に高島町(現長崎市)に移 管され、地元自治体によって保存活用されており、企業と地域との協力関係の進展も見られる。

産業遺産の活用という点では地域住民の役割も重要である。一例を挙げると、足尾銅山において、

亜硫酸ガスによる煙害によって消失した山麓の緑を回復する活動は、排煙から亜硫酸ガスを完 全に除去する技術を古河鉱業が開発導入した 1956 年から住民によって開始されたが、近年環境 問題に関する社会的関心の高まりから、地域の NPO 法人などが主催する植林事業への参加者 が日本全国から集まり、環境回復運動・環境学習活動として展開されている(図4-4)。こうした 半世紀以上にわたる植生復元への努力と同時に、煙害により植生が消失した地区を保存し、公 害の歴史を残す努力も進められている。まさに「面」としての産業遺産保存の好例であろう。

産業遺産に携わる者にとっては、こうした文化財としての産業遺産の保存と活用の進展こそが「世 界遺産効果」であり、今後多くの産業遺産において、企業と地域が一体となった保存・活用が進展 するきっかけとなることが望まれる。

図4 一般公開された資産

図4-1 端島 図4-2 三菱長崎造船所史料館

図4-3 道遊坑 図4-4 足尾銅山における植樹活動

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4.日本の産業遺産の特徴と課題

1994 年の第 18 回世界遺産委員会で決定された「グローバルストラテジー」に、20 世紀の建築 物、文化的景観とともに、産業遺産が含まれたときから、日本の産業遺産は注目されてきた。

19 世紀以降の近代化のなかで、日本は唯一非西洋地域において工業化に成功した地域であり、

多くの産業遺産が存在すること、また鉱業遺産(金・銀・銅・石炭等)・伝統的産業遺産(たたら製 鉄等)・日本的特徴を示す産業遺産(製糸、陶磁器等)など、多面的な独自の産業資産が存在し、

資産の歴史的価値を証明する資料(動産)も豊富であること、などがその理由である。

日本の産業遺産政策はやっと本格化した段階である。今後、こうした特徴を有する日本の産業 遺産の保存と活用を進めるためには、1.世界史的観点から産業遺産の歴史的価値を学術的に 検証すること、2.有形・無形遺産の構成要素の特徴に応じた整備計画を策定すること、3.企業 と地域や国が一体となって産業空間を保全し、歴史性と地域性を踏まえた活性化を図る行動計画 を樹立すること、が大きな課題となるであろう。

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産業遺産の保存と活用 産業技術記念館の取組み トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館 館長 布施 直人

1.産業技術記念館とは

1) トヨタグループ発祥の地に設立された企業博物館 産業技術記念館は、トヨタ自動車をはじめとする、トヨタグルー プ13社が設立した博物館です。トヨタ自動車の本拠地である愛 知県の名古屋市に、1994年6月11日に開館しました。観光施 設ではなく、次の世代を担う若い人たちをメインターゲットとした 人材育成施設として捉え、トヨタグループの社会貢献活動と位置 付けています。

2) 設立趣旨

産業技術記念館の設立目的は二つあります。第一に、トヨタグループ創業者の豊田佐吉の「研 究と創造の精神」と、その息子である豊田喜一郎の「モノづくり」の大切さを広く社会に伝えること。

第二に、産業遺産の保存と活用です。

3) トヨタグループの変遷

今日のトヨタグループの事業は、創業者の豊田佐吉の発明した動力織機、自動織機にその出 発点があります。彼は1896年に日本で最初の動力織機を発明しました。その後多くの発明と工 夫が積み重ねられ、1924年にはG型自動織機が完成し、その製造のため、1926年(株)豊田 自動織機製作所が設立されました。

二人目の豊田は、佐吉の長男である豊田喜一郎であり、今日のトヨタ自動車の創業者です。1 933年、喜一郎は豊田自動織機製作所に自動車部を設立。日本人の力による国産自動車製造 に本格的取り組みました。その後大変な苦労の末、1934年にはA型エンジンの試作が完成し、1 935年にA1型試作車、G1型トラックが完成。1937年には豊田自動織機製作所自動車部が独 立し、トヨタ自動車工業(株)が設立されました。

4) 展示趣旨

AA 型乗用車 1936 年喜 一郎 42 歳

豊田佐吉 1867 年~1930 年

G型自動織機:1924 年完 成(佐吉 57 歳)

豊田喜一郎 1894 年~1952 年

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産業技術記念館は、大きく繊維機械館、自動車館、テクノランドから構成されています。設立時 から記念館の展示は動態展示を原則に、「見て、驚き、学んでいただく意欲を見学者に持ってもら えるように」しています。

繊維機械館では、日本の繊維機械産業技術と機械産業の基盤技術の発達を近代から現代ま で順を追って展示し、繊維機械産業が日本の近代化に果たした役割をご覧いただくことが出来ま す。

自動車館では、豊田喜一郎が中心となって国産自動車の生産を始めるまでの足跡、トヨタ自動 車の創業期から現代にいたるまでの「自動車の構成部品」「開発技術」「生産技術」の移り変わり を紹介しています。

5)近代化産業遺産の保存と活用 施設の経緯

産業技術記念館の建つ場所は、豊田佐吉が1911年に自動織機を完成させるために試験工 場を建設したことに始まり、G型自動織機を佐吉はこの地で完成させました。豊田紡織の事務棟 では、1926年に豊田自動織機製作所の設立総会が開催されたほか、1937年にはトヨタ自動車 工業の設立総会も行われ、トヨタグループにとり、歴史的にも大変意味のある場所です。1958年 には繊維機械用部品工場としての生産を終了し、その後自動車部品の製作、開発を続け1982 年まで活用されていました。

1980年に日本建築学会が「日本近代建築総覧 各地に遺る明治大正昭和の建物」を刊行し、

旧豊田紡織本社工場が、トヨタグループ発祥の記念すべき場所であり、グループの貴重な産業遺 産として保存すべきと提案されました。1987年 「旧豊田紡織(株)栄生工場建物調査委員会」が 発足し、調査報告書を提出。1991年に記念館建設が正式決定し、1994年6月11日、産業技 術記念館が完成、一般公開されました。

産業技術記念館は、経済産業省が2007年に認定した、地域活性化に役立つ資産としての近 代化産業遺産群のうち、「我が国モノづくりの中核を担い続ける中部地域の繊維工業・機械工業 の歩みを物語る近代化産業遺産群」として選ばれました。

環状織機(豊田佐吉発明 1906 年)

とエントランスロビー

豊田式木製人力織機

(1890 年)の実演

金属加工実演コーナー 鋳造、鍛造、切削加工

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2.産業遺産を活用して建設された産業技術記念館

産業技術記念館に現存する建築群の中には、建築史的にみても貴重なものが数多く残ってい ます。建物の外観は赤レンガ造りの壁体に、採光を考慮した鋸型屋根を載せたのが特徴です。典 型的な工場建築ですが、現在こうした産業遺産が日本の風景から次々と姿を消しつつあります。

記念館建設のデザインコンセプトは、①大正期のレンガ壁の保存・活用、②木造柱列空間の再 生、③現代の素材とフォルムの挿入になります。繊維機械館とテクノランドは保存再生した建物で あり、エントランスと自動車館は新築したものです。部分的にオリジナルの工場のレンガ外壁をそ のまま活用し、外観を産業遺産であると認識することに大きく貢献しています。一方、建物として は新築した自動車館ですが、外壁はオリジナルの赤レンガ壁をそのまま保存し、一定のイメージ を維持しています。

3.地域活性化への貢献

産業技術記念館が、地域活性化にどのような役割を果たしてきたかをご紹介します。

①良好な立地 産業技術記念館のある、名古屋市西区は名古屋城の西に位置し、名古屋駅から も1.5kmの好立地です。

②都市景観への寄与 産業遺産を良好に保存維持し、周辺を緑化することで、四季折々の花や 木々を提供し、良好な都市景観の形成に貢献しています。

③愛知における産業観光の拠点 産業技術記念館のある愛知県では、近年産業観光を提唱して います。城下町の時代から軽工業や手工業が盛んで、さまざまなものづくりが行われているほか、

ものづくりの歴史を残す施設として、産業遺産を活用した産業技術記念館と「ノリタケの森」の2大 施設があります。

④名古屋市観光ルートバスの運行 名古屋市交通局が運行している名古屋観光ルートバスの停 留所が、産業技術記念館の敷地内にあります。利用客は年間 23 万人。関係施設の利用料金が 割引を受けるなど、特典があります。

⑤入館者推移 記念館の来館者は毎年好調に推移。2009年4月29日には入館者累計250万 人を達成しました。

⑥学生・学校利用の状況 全体の入館者のうち約2割が学生。事前予約団体のうち12%が学校 行事での来館です。

木造工場の保存再生 繊維機械館 レンガ壁の保存・活用

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⑦モノづくりに関する週末ワークショップの開催 博物館としてのモノづくりの情報発信に加えて、

モノづくりの教育的要素を強化。これにより地域のみならずより広域の家族層の来館が促進され ます。

⑧トヨタコレクション企画展の定期開催

⑨地域に開かれた施設(大ホール、図書室)

⑩地域に親しまれるイベントの定期開催 夏季にはビアガーデンを実施し、また毎年6月の開館 記念イベントには恒例の初代クラウン試乗会、G1型トラック公開整備を実施しています。

4.課題

今後、博物館、人材育成機関としての産業技術記念館の課題として、①動態展示機械類の維 持のための、機械の保守・整備(交換部品の欠如)や機械操作者の養成 ②授業での利用拡大 に伴う小学生等への教育機能の強化 ③外国人来館者の増加や、産業観光や大人の社会科見 学の人気に伴う、多様化する来館者への満足度向上が挙げられます。

週末ワークショップの開催 開館記念イベント

収蔵車両試乗会(初代クラウン)・公開整備(G1型トラック)

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日本のまちづくりにおける産業遺産活用について

文化庁文化財部 参事官付調査部門 文化財調査官 北河 大次郎

1.産業遺産のインヴェントリーと文化財保護

文化庁では 1992 年から産業遺産のインヴェントリーを作っている。事業主体は県で、学識者、

行政担当者などからなる委員会を組織すると同時に、国の技術的、財政的補助(1/2)を受けて 行っている。原則、事業期間は 2 年間、最終的に報告書を刊行する。

すでに国土の 90%以上をインヴェントリー化した。悉皆調査を目指しているが、必ずしも全国の 産業遺産すべてが扱われているわけではない。約 25,000 件の物件が抽出されているが、これら のうち10%程度について、図面作成など詳細な調査を行っている。

そのうち、文化財として保護されているものはまだ少ない。重要文化財については、社寺、城郭、

民家など、近世以前の建造物がほとんど。近代のものだけを取り出すと、産業遺産は住居と並ん で多くを占めるが、150件程度であり、特徴としては、まだ供用中の施設が約半数を占める。

産業遺産の保護の一つの特徴としては、従来のように建造物のモニュメント性よりも、生産や交 通のシステムがわかるように保護する物件・範囲を特定しているということが挙げられる。

2.わが国の産業遺産の活用と地域活性化の先進地域である横浜の事例

横浜は、近代化最初期に開港した都市で、その後、神戸と並び様々な先進的建造物が建設さ れてきた。新たな文明の証がこの地に多く残されている。港湾地区は、1980 年代に郊外に移動。

横浜市は、様々な産業遺産を活かした地域整備を推進し、多くは埋め立てられたが、一・二号ドッ クから税関用の煉瓦倉庫に至る範囲を中心として、産業遺産が新たな都市構造に組み込まれ た。

一号ドックは、もともとドライドックだったが、現在はウェットな状態で日本丸という帆船を係留し ている。脇には、美術館と公園を整備。

二号ドックは都市計画道路にひっかかるため、20 メートルほど移設している。石に一つ一つ番 号をつけて移設し、少し規模が縮められたが、基本的に当初の姿を残している。ドックの正面には、

「ランドマークタワー」という日本で最も高層のビルが建っており、新たなビジネス街となっている。

© Yoshihiko ONO

インベントリー物件に記載されている主要物件の例 左:尚古集成館(鹿児島県) 右:富岡製糸場(群馬県)

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石造の壁面に囲まれた空間は、週末になるとカフェになったり大道芸が行われ、壁の背面には飲 食店が組み込まれている。

税関用の煉瓦倉庫は、1棟は文化施設、1棟は商業・飲食施設として使われている。文化財の 立場からいえば、必要以上に内部の改変が行われているような感じがするが、商業的には大成 功といえる。

3.地域活性化に関わる新たな法律

横浜のように産業遺産さらには文化遺産をうまく活かして、地域活性化している事例はまれで ある。しかし、今、地方自治体には、固有の歴史的風致を活かして魅力ある都市づくりをおこない、

観光だけでなく、新たな産業をおこすなどして、人口の維持、増加を図ろうとする動きが広がって いる。そうした動きを背景として、昨年、文部科学省、国土交通省、農林水産省の共管により新た な法律が施行された(「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」、通称「歴史的 まちづくり法」)。この法律を利用し、歴史的地域を中心とした都市の再構成を行うことを目指す地 方公共団体を支援することができる。

ここでいう歴史的地域には、様々なものが含まれる。例えば、伝統的農村、歴史的中心市街地、

遺跡とその周辺の集落、そして産業遺産とその周辺地域などが挙げられる。

具体的には、地方公共団体が国の示す指針に則り「歴史的風致維持向上地区計画」を策定し、

そ れ を 国 が 承 認 す る 。 そ の 際 、 国 が 指 定 ・ 登 録 し て い る 建 造 物 や 史 跡 、 ま た は secteur sauvegarde を中心とした計画を策定しなければならない。また、計画遂行にあたり協力する住民 を中心とした「歴史的風致維持向上支援法人」を組織することになっている。この計画が承認され ると、公園の地下に駐車場をつくるときなどに、従来の法的規制に緩和措置がとられる。

また、この計画で面白いのは、建造物を中心とする有形の遺産をどのようにまちづくりに活かす か、ということだけでなく、それらと関連して発展した無形の遺産(例えば伝統的なまつり)も盛り込 むことができ、こちらも補助金を得られるということである。さらに、遺産だけでなく、遺産を中心と するまちづくりに資する道路交通の再組織化などの、公共事業に対しても補助を得ることができ る。

左:現在の1号ドック(写真:横浜みなと博物館) 中央:現在の2号ドック(写真:三菱地所) 右:横浜赤レンガ倉庫

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まだ施行されて間もないこともあり、この法律をつかった産業遺産集積地再生の事例はない

(2009 年 5 月現在)。しかし、富岡製糸場の関連で織物のまちとして発達し、現在町並み保存(日 本の secteur sauvegarde)を目指して調査を行っている桐生など、可能性のあるまちは全国的に 残っている。桐生には、いまだに 260 棟以上のノコギリ屋 根工場が残されており、大半は芸術家のアトリエ、博物館、

美容院などに転用されているものの、相変わらず織物を行 っ て い る と こ ろ も 多 く 残 さ れ て い る ( 写 真 ) 。 secteur sauvegarde として選定された後には、歴史まちづくり法を 活かして都市の再構成が行われる可能性はあると思う。

4.NPO 等の団体の現況やそれらの支援事業

法的措置のほかに、産業遺産を有する地方公共団体が集まってつくった全国近代化遺産活用 連絡協議会(全近)についても簡単に紹介したい。従来の単なる産業遺産の活用を考え実践する 団体から、地域の活性化への寄与する団体へと変化しようとしている。

1997 年に組織され、数年前に会の目的を改め、現在では文化的観光の促進、歴史的まちづく りへの寄与、産業遺産で行われる伝統的産業活動の支援の3つを目的としている。

産業遺産は、転用することで新たな価値を生み出すことはもちろんであるが、その遺産としての価 値は施設を使い続けることで多く伝えることができる。そのためには、社会環境や技術環境がめ まぐるしく変化する現況においても、従来の、あるいは同じ生産ラインを活かした新たな産業活動 を持続させるという困難を克服しなければならない。全近の目的の改正は、産業活動を持続させ るには、産業活動によってつくり出される製品に新たな価値を付加しながらも、それだけでなく観 光や都市整備という側面からの支援も重要であるという認識を示している。

最後に、こうした非営利団体に対する文化庁の支援事業を紹介する。近年、国のみならず地方 公共団体の職員の数も減らされている。大きな流れとしては小さな政府を志向しつつ、市町村の 合併により地方の職員数が削減されているのだ。文化財についてはもともと担当職員が少なく、

現在の歴史や文化に対する社会的関心の高まりに、行政だけでは十分応えることができなくなっ ている。そこで、行政と協力して活動する NPO 等の住民組織の役割が重要となる。2006 年から文 化庁では NPO 等による文化遺産の活用事業のうち、モデルと考えられるものに補助を行っている。

この事業は来年まで行い、これらのモデル事業を集成したテクニカル・ノートや事例集をつくり、普 及を図ろうとしている。

© Yoshihiko ONO

© Yoshihiko ONO

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近代化産業遺産について

経済産業省 経済産業政策局 地域経済産業グループ 地域経済産業政策課 統括地域活性化企画官 能瀬 宏隆

地域活性化のためには、その地域の人々が、先人の歩みを知り、それを受け継ぐ「今」に自信を 持ち、未来に向かっての活力に繋げていくことが重要。そして、我が国の産業は、幕末・明治維新 以降、他国に例を見ないスピードで近代化を成し遂げたが、このような近代化を支えたり、先人達 の歩みを物語る建造物、機械等は、貴重な財産。

このような近代化産業遺産の価値の普及を図るため、経済産業省では、2007年度に、地域か らの公募を受けて、我が国の産業近代化の証となるような建造物、機械等575件を「近代化産業 遺産」として認定して「近代化産業遺産群 33」としてとりまとめ。この「近代化産業遺産群」は、個 別の物件だけではそれが地域史・産業史において果たした役割等の価値が伝わりにくい点を考 慮して、建造物、機械等といった個別の遺産を地域や産業毎のストーリーの中に位置づけ、地域 史・産業史の中で果たした役割が分かるように体系化・整理したことで、「近代化産業遺産群 3 3」には「製鉄の国産化に向けた過程を物語る製鉄の産業遺産群」「東洋のマンチェスター大阪と 西日本各地の綿産業関連遺産群」などが含まれている。2008年度は「近代化産業遺産群 続3 3」として540件の遺産を認定し、「33」と併せて主要産業を網羅するとともに、橋・鉄道等の産業 インフラの発展や産業近代化に伴うレジャー・観光といった分野も広く対象とした。

「近代化産業遺産」は、地域の人々が観光をはじめとする地域振興のための資源とするために 認定したもので、地域がこれを自発的に活用している。例えば、認定を契機として従来非公開であ った製紙工場を市民向けに一般公開した例、鉱山関連遺産を名勝地など他の地域資源と組み合 わせたりして観光プランを販売した例、地方自治体により公開のための改修費用を手当てした例 などが見られる。特に、かつて赤煉瓦の産地であった福島県喜多方市では、昨年から、長らく使 用されていない登り窯を再生させ、技術者養成を併せ行うことにより、地域活性化に役立てる試

「鉄鋼の国産化に向けた近代製鉄業発展の歩みを物語る近代化産業遺産群」

左:東田第一高炉跡(福岡県北九州市八幡東区) 右:橋野高炉跡(岩手県釜石市)

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みが開始された。また、かつて銀山・銅山として繁栄し、当時の鉱山事務所、娯楽施設等が現存し ている秋田県小坂町では、これらの遺産を道路沿いに配置して当時の文化を感じられるまちづく りを推進している。

経済産業省では、先に述べた近代化産業遺産群の認定・とりまとめと並行して、全国的なセミ ナー・シンポジウムの開催、若年層向けの広報DVDの作製・配布などによる普及広報を行ってい る。また、近代化産業遺産を観光等の地域振興に活かそうという人々の助けになるよう、近代化 産業遺産を活かしてまちづくりや観光・集客に成功している例などを「近代化産業遺産活用 好事 例集33」としてとりまとめて配布している。

なお、近代化産業遺産そのものを対象にした補助のための法律・制度はないが、近代化産業遺 産はその地域の資源の一つであったり、まちづくり・景観の構成要素であるため、歴史まちづくり 法、観光圏整備法、中小企業地域資源活用促進法といった、地域資源の活用を支援する法律・

制度やまちづくり・景観づくりを支援する法律・制度などのそれぞれの要件に合致すれば、これら 法律・制度による補助の対象に含まれることが可能である。

左:煙がたなびく煉瓦窯 右:焼成作業の様子 (福島県喜多方市)

左:小坂鉱山事務所の概観 中央:康楽館の概観 右:フラワーボランティアの会の活動 (秋田県小坂町)

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7.事務局からの参加報告 「日仏ワークショップ 文化遺産と経済」に参加して

(財)貿易研修センター 企画調査広報部 豊嶋 玲子

財団法人貿易研修センター(IIST)は、経済産業省の外郭団体であり、日本経済の国際化 を目的として、国際交流事業・人材育成事業を実施しており、 その一環として、地域経済の 活性化・グローバル化を支援するプログラムを各種展開しています。ここでは、2009年5月 に開催された日仏ワークショップに、日本側事務局として参加した経緯と、所感について述べ させていただきます。

(1)日本の地域経済活性化と産業遺産

現在、日本の地方は、少子高齢化を背景とする過疎化や、世界的な経済危機による景気 悪化と雇用不安が深刻な問題であり、地域経済の疲弊がいっそう進んでいます。そこで、新 たに地域の魅力を発掘・発信して需要を創出し、地域経済を活性化させる工夫・アイデアが 必要とされています。そこで注目されているのが、産業遺産の活用です。

産業遺産という概念が日本で社会的に定着したのはここ近年であり、以前は、古いもの、

汚いものとして見捨てられていた遺産が沢山ありました。しかしながら、日本は明治時代に西 欧からの産業技術を導入し、西洋諸国以外で初めて近代化を成し遂げ、現在の工業国家の 礎を築いていきました。産業遺産の歴史的価値を地域住民が共有し、アイデンティティーを深 めることは、地域に活力をもたらします。産業遺産は新たな街づくりの有効な手段となり、外 部からの集客にも効果的です。

(2)「近代化産業遺産シンポジウム事業」の開催 経済産業省は、産業遺産の価値を顕在化させ、地 域振興に役立てるため、平成19年度、全国575カ 所の近代化産業遺産を、地域史、産業史を軸とした ストーリーに取りまとめ、「近代化産業遺産群33」を 認定しました。更に翌年度、全国540カ所の近代化 産業遺産を「近代化産業遺産群続33」として認定し ました。IISTは経済産業省の取組を支援し、2007 年11月、最初の産業遺産群認定を記念に横浜で開 催された「地域活性化のための近代化産業遺産保 存・活用シンポジウム」を共催・支援いたしました。

IISTは、産業遺産を活用する上で、国際連携が重 要になると考えていました。その理由は、特に産業革

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命発祥の地である欧州では、産業遺産活用の好事例 が多くあり、学ぶことが多いこと、産業遺産は、後世に 残すべき人類の遺産であり、国内だけでなく、世界規 模で保存・維持を推進する必要があること、また、外国 の方に日本の産業遺産を評価してもらうことは、地域 のアイデンティティーをより一層強めるだけでなく、海外 からの集客にもつながるとこ、など多岐に渡ります。

そこでIISTはフランス、ドイツ、英国より4名の産業 遺産専門家を招聘し、先のシンポジウムにご参加いた だいたほか、愛知県と群馬県の産業遺産視察ツアーを 実施、また日本人専門家との「産業遺産の保存・活用 に関する日欧ワークショップ」を開催し、各国の取組紹 介や、問題克服のための意見交換を行う、「近代化産 業遺産シンポジウム事業」を実施いたしました。

当初、国内関係者のみで実施する予定であったシン ポジウムに、外国人の専門家にご参加いただき、国際 的な視点を取り入れたことは、国内関係者にとっても大 きな刺激となり、国際ネットワーキングの重要性を認識 するきっかけとなりました。今次の経済産業省の施策

は、単体では見過ごされがちな産業遺産を、地域や種類を越えて、ひとつのストーリーとして まとめ付加価値をつけるものであり、このような国レベルの取組は海外でもあまり例がないた め、海外の専門家の方にも大いに参考になったようです。その他、富岡製糸場の世界遺産登 録を目指す地元住民の熱意や、産業遺産を活用しつつ、過去と現代のものづくりを一体とし て学ぶことのできる、トヨタテクノミュージアム産業技術記念館など、日本の産業遺産保存・活 用の実態を理解していただけたことは地域にとっても大きな収穫でした。

(3)「日仏ワークショップ」への参加

そして、事業終了後、フランスからご参加いただいた ルイ・ベルジュロン博士より、パリで開催される産業遺産 のワークショップに、日本人専門家を派遣するご要望を いただきました。先の事業が、産業遺産の国際ネットワ ーク構築促進の一助となることは大変喜ばしく、日本よ り、学術分野、関係行政府(経済産業省、文化庁)及び 民間企業より計4名の専門家を派遣いたしました。

(31)

2009年5月に開催された日仏ワークショップには、

欧州各国からの産業遺産専門家が参加、これだけ多く の国の専門家が一同に集まる機会は、日本人専門家に とって非常に貴重でした。ワークショップでは、広く日本 の産業遺産活用方法・事例を紹介し、認知度を高め、ま た、欧州専門家と交流を深めることができました。特に、

欧州各国より様々な産業遺産の復旧・保存の取組や活 用事例と、自治体の法的整備、民間セクターの管理、産 学官連携、企業のメセナ活動などの多様な支援の実例 を聞くことができたことは有益でした。欧州でも国によっ て産業遺産に対する社会的認知度の違いはあるようで すが、産業遺産を地域活性化に積極的に活用しようとす る機運は共通して高まっており、今後経済と産業遺産の 関連が益々重要視されることが感じられました。ワーク ショップ終了後には、クリストフル旧工場やネスレ・フラン ス本社など、フランスを代表する産業遺産を実際に視察 することができたことも、実り多い経験となりました。

ワークショップ終了後、国際機関も含めた、国際ネット ワークのフレームワークが提示され、参加者が国を越え て協力関係を結び、産業遺産の保存と活用を促進して いくことが確認されたことは重要な第一歩であり、今後こ のネットワークはより多くの地域に広がっていくことが期 待されます。このような中、日本は、将来アジアの窓口と なることが求められるでしょう。欧州と比較し、アジア諸 国においては産業遺産数が少なく、その概念自体の定 着も不十分ですが、後世に伝承すべき産業遺産は世界 各地に存在しています。そしてアジアにおける産業遺産 先進国として、日本が保存・活用のための世界的なネッ

トワーキング構築にイニシアチブをとることが重要になってきます。そのためにも、欧州との連 携強化は必要不可欠であり、今後も、交流を深め、お互いの経験から学び、産業遺産の保存 と活用促進のために協力していくことが望まれています。

IISTは、引き続き、産業遺産保存・活用のための国際交流を支援していきます。最後に、フ ランスでこのような貴重な機会を与えていただいた Koinetwork g.e.i.e、特に、ルイ・ベルジュロ ン博士に、深く御礼申し上げます。

参照

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