招待論文
無線電力伝送の送電距離に対する理論と技術
篠原 真毅
†a)Theory and Technologies of Wireless Power Transmission on Various Transmission Distance
Naoki SHINOHARA
†a)あらまし 19世紀末にPoyntingにより証明され,Teslaが夢見た「コードレスで電気が届く」世界が近づい
ている.理論的技術的には古くから実現可能であった無線電力伝送は,ユーザが要求するシステムと低コストを 実現することがこれまでできず,商用化の展開は21世紀まで待たなければならなかった.無線電力伝送のキー 技術の一つはアンテナ技術である.電磁誘導や共鳴(共振)送電ではコイルや共振器を用いるが,アンテナも広 い意味では共振器であり,同様に考えられる部分も多い.本論文では電磁波を用いた無線電力伝送や共鳴(共振)
というよく用いられる技術区分ではなく,受電整流回路との関係も考慮しながら,送電距離ごとに分け無線電力 伝送の理論と技術を解説する.
キーワード 無線電力伝送,マイクロ波送電,レクテナ,フェイズドアレー,カップリング
1.
ま え が き電磁波は
Maxwell
により定式化されたときから「エ ネルギー」であった.電磁波エネルギーはPoynting
によりMaxwell
方程式から定式化された.Hertz
に よる電磁波の存在証明の実験を経て,Tesla
は19
世 紀末に既に無線電力伝送の実験を行ったものの,電磁 波の「広がる」性質により電磁波エネルギー密度が薄 くなってしまい,当時のユーザの所望する電力を届け られなかったため,失敗の烙印を押された.同時期に はコイルを用いた電磁誘導現象を用いた電気自動車非 接触給電の特許もHutin
とLe-Blanc
により取得され ている.長距離の電磁波を用いた無線電力伝送ととも に近距離での電磁界を用いた非接触給電もほぼ同時期 に研究が盛んに行われていたことは興味深い.その後 電磁波を用いた長距離無線電力伝送は1960
年代の米Brown
らによるマイクロ波を用いた無線電力伝送実験により実用化に近づく.この成功は電子管の実用化 によりマイクロ波が利用できるようになったことが大 きな要因である.しかし,マイクロ波を用いてアンテ
†京都大学生存圏研究所,宇治市
Research Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University, Gokasho, Uji-shi, 611–0011 Japan
a) E-mail: [email protected]
ナ利得を上げ,ユーザ所望の大電力を送ることはでき たが,まだ送受電アンテナ径の大きさやコストが商用 化には適さず,実用化は進まなかった.マイクロ波無 線電力伝送技術を用いて米
Glaser
により1968
年に提 唱された宇宙太陽発電所SPS (Solar Power Satellite)
構想のみがマイクロ波無線電力伝送のキラーアプリ としてその後の研究を牽引していく.1980
年代以降 は京都大学松本紘教授(当時)を中心として日本が マイクロ波無線電電力伝送とSPS
の研究を牽引して いく.電磁界を用いた近距離非接触給電も電気自動車 への非接触給電を目指した複数の研究プロジェクト(PATH (Partner for Advanced Transit and High- ways) (US)
,Tulip (Transport Urban, Individuel et Public) (France)
,IPT (Inductive Power Transfer) (German)
等)
が1980
年代,1990
年代に欧米で行わ れていたが,こちらも実用化には至らなかった.し かしシェーバ等の小電力電気製品の非接触充電器や,Felica
に代表されるIC
カード等は商用化が進んだ.無線電力伝送が転機を迎えるのは
2006
年の米MIT
による共鳴(共振)送電の提唱である(以降,共鳴送 電と記載).共振器のカップリングを用いた帯域通過 フィルタ技術と理論を同じくする共鳴送電は,電磁誘 導現象を用いた近距離非接触給電と結び付き,商用化 に向けまい進していく.この時期に携帯電話や電気自動車等,二次電池をほとんどの人が携帯するように なり,通信・放送応用技術の閉塞感により新しい技術 の期待が高まっていた等の複数の社会的事象が同時期 に起こったことも無線電力伝送が注目された要因であ ろう.技術的にもディジタルデバイスの発展による低 消費電力化の発展によるユーザ所望電力の低下が進 み,通信技術がマイクロ波やミリ波技術を更に発展さ せていたという要因も無線電力伝送普及の要因であ る.これら全ての外的要因と
MIT
の発表が同時期に 起こったことによる奇跡のタイミングの「革命」が現 在の無線電力伝送の状況を生んだのである.以上の歴 史をまとめたものが図1
である[1], [2]
.MIT
の革命 を受け,メーカごとにばらばらに製品化を行っていた 電磁誘導を用いた非接触充電も2008
年12
月発足のWPC (Wireless Power Consortium)
による標準化が 一気に進み,たった2
年でQi
規格を定め,世界の非接 触充電のデファクトスタンダードへとまとまっていく.Qi
規格は2011
年10
月の段階で5 W
までのデバイ スを対象としたSystem Description Wireless Power Transfer Vol.1
:Low Power
という規格にまとめられ ている.Vol.1
の基本コンセプトは(1)
近接電磁誘導方式,
(2) 5 W
程度までの電力伝送を適切な外径の二次コイルを通じて行う,
(3)
周波数は110-205 kHz
,(4)
送受電の位置合せは固定位置型,自由位置型の二つを図1 無線電力伝送の歴史
Fig. 1 History of wireless power transmission.
サポート,
(5)
シンプルな通信プロトコルで,レシー バが制御権をもつ,(6)
レシーバの設計自由度をでき る限り確保,(7)
極めて低い待機電力の実現を目指す,となっている
[3]
.無線電力伝送技術は無線で電力を送るためのアンテ ナ,コイル,若しくは共振器の技術である「伝搬」に 関する技術と,高周波の発生と整流回路技術の「変換 回路」に関する技術に大別される.アンテナも共振器 であり,誤解を恐れずにいえばアンテナも共振器も同 じ技術である.共振した電流が空間に放射されるか,
他の共振器とカップリングしてエネルギーが授受する かの違いである.以下では遠方界における無線電力伝 送,近傍界における無線電力伝送,カップリング距離 における無線電力伝送に分け,解説する.遠方界及び 近傍界における無線電力伝送はアンテナを用いた放射 電磁波を用いた無線電力伝送の理論と技術について説 明する.カップリング距離における無線電力伝送では 電磁誘導や共鳴送電のような共振器間の結合と,本来 放射器であるアンテナの送受電間での相互結合の類似 性について説明する.これらはアンテナ・伝搬理論の みならず,受電整流回路の特性も考慮に入れた技術と して説明する.
2.
遠方界における無線電力伝送2. 1
遠方界における無線電力伝送の効率の考え方 通信技術の研究者は平面波近似の遠方界での電磁波 を取り扱うことがほとんどであろう.遠方界ではアン テナの開発も空間との整合をまず考えればよく,人体 近傍等の特殊な配置のアンテナ以外は他の媒質との カップリングを考えることはほとんどない.考慮する ものはアレーアンテナの素子間結合がせいぜいであろ う.そして平面波近似が有効な遠方界では受信電力P
rはフリスの公式で表される.
P
r= λ
2G
tG
r(4 πD )
2P
t= A
tA
r( λD )
2P
t(1)
ただし
λ
は波長,G
t,G
rはそれぞれ送電アンテナと 受電アンテナの利得,A
t,A
rはそれぞれ送電アンテ ナと受電アンテナの有効開口面積,D
は送受電間距離,P
tは送電電力である.この領域で送電電力の何パーセ ントが受電されるかという送電効率若しくはビーム収 集効率を議論しても無意味である.ビーム収集効率は 送電アンテナから放射された全放射電力のうち,受電 アンテナで収集できた電力の比である.本来球面波で ある電磁波が平面近似できるほど電磁波エネルギーが 拡散した遠方界では送電効率は1%
もいかない.Tesla
の頃はマイクロ波のような高周波が発生できなかった.高周波が利用できないということは高利得アンテナ を利用できないことを意味し,高利得アンテナが利用 できなければ電磁波密度を大きくすることが難しく,
ユーザの所望電力を伝送することが難しい.これは遠 方界での無線電力伝送に相当するのである.しかし現 在は
IC
を用いたセンサやLED
のような低消費電力の ディジタルデバイスがあり,低消費電力のデバイスを 駆動するためにはわざわざ高利得アンテナで無線電力 を目標に集中させなくてもTesla
の実験のような遠方 界での無線電力伝送も実用性があるし[4], [5]
,放送波 や通信波から電磁波電力を回収する「エネルギーハー ベスティング」も可能となる[6], [7]
.エネルギーハー ベスティングは気づかぬうちに周囲の分散低密度エネ ルギーを収穫(ハーベスト)する技術の総称で,電磁 波以外に振動エネルギーや熱エネルギーからの収穫=
発電も含まれる[8]
.日本では環境発電とも呼ばれる.2. 2
受電整流技術レクテナこのような遠方界での無線電力伝送やエネルギー ハーベスティングでは送電効率よりも,アンテナの受
電効率や受電した電磁波の整流変換効率が重要となる.
受電素子はレクテナ(
Rectenna
;Rectifying Antenna
; 整流器付アンテナ)と呼ばれる.レクテナのアンテナ 受電効率は理論上100%
である.ただしレクテナのア ンテナが無損失であり,レクテナ1
素子ではなく無限 アレーであり,電磁波の到来角がグレーティングロー ブの発生しない角度範囲の場合である[9]
〜[12]
.この 理論はレクテナ特有のものではなく,もともとアレー 理論[9], [10]
で構築されたものであり,日本において 様々なアンテナを用いたレクテナの理論として展開さ れている[11], [12]
.実際にレクテナのアンテナ受電効 率に関する実験も行われており,有限アレーに拡張し た理論とほぼ実験結果は一致している[13]
.アレーの 場合はアレーの物理的面積と有効開口面積が一致する 場合に受電効率100%
となるという解釈であるが,レ クテナ1
素子の場合物理面積の定義が難しいため,一 般にレクテナの効率はレクテナの有効開口面積に入射 した電磁波電力を入力電力として以降の回路の効率を 評価する.そのため,レクテナの1
素子の場合はアン テナの受電効率は考慮しないことがほとんどである.レクテナのアンテナから回路へ入射した電力のう ち,整流回路で直流電力に変換される電力の効率が
RF-DC
変換効率である.アンテナ–
回路間の反射も損失に含めるのが一般的である.一般にレクテナ整流 回路にはダイオードが用いられ,入力電磁波電力がダ イオードの立上り電圧に比べて十分大きな場合はシン グルシャント全波整流回路がよく用いられる.シング ルシャント全波整流回路はダイオード一つを回路に並 列に挿入し,出力フィルターとして
λ /4
線路と並列 キャパシタで構成されるシンプルな全波整流回路であ る(図2
).ダイオードが一つでありながら偶高調波 を通し,奇高調波を遮断する出力フィルターによって 高調波合成が行われた結果全波整流となる整流回路で ある[14]
.ダイオードを四つ用いるブリッジ型全波整 流回路と比べ,シングルシャント全波整流回路はダイ図2 シングルシャント整流回路を用いたレクテナ Fig. 2 Rectenna with single-shunt rectifier.
オードが一つしかないため,損失がより少なく高効率 化が可能となる.ダイオードのブレークダウン電圧ま でダイオードに電圧をかけるような電力を入射するこ とで例えば
2.45 GHz
で90%
という高いRF-DC
変換 効率を実現できる[15]
.理論上ダイオードの内部抵抗 と容量の積(ωRC)
が高くなるとレクテナ整流回路のRF-DC
変換効率は低くなる[16]
.つまり周波数が高くなると
RF-DC
変換効率は低下する.これまでに開発されたレクテナの
RF-DC
変換効率と周波数の関係 を図3
に示す[16]
〜[28]
.アンテナから見ると周波数 を高くすると同じサイズのアンテナで利得を上げるこ とができ,遠方界においては送電電力密度を,後述の 近傍界ではビーム収集効率を上げることができるが,周波数を高くすると回路効率は下がるというジレンマ がある.
レクテナの
RF-DC
変換効率はダイオードのV-I
特 性によって入力電力特性と接続負荷特性をもち,最高RF-DC
変換効率を実現するためには最適な入力電力強度と最適な接続負荷が必要となる.検波器等で用い られるシリコンショットキーバリアダイオードを用い たレクテナでは大まかに入力電力が数百
mW
程度,接図3 開発されたレクテナのRF-DC変換効率の周波数依存性[16]〜[28]
Fig. 3 Frequency dependence of RF-DC conversion efficiency of developed rectenna in the world [16]〜[28].
続負荷が数百
Ω
程度が最適値となるが,最適値と異な るとRF-DC
変換効率は10%
以下にまで減少する.遠 方界での無線電力伝送や放送波・通信波からのエネル ギーハーベスティングの場合,入力電磁波強度がmW
以下ということがほとんどで,図3
に示すような最 適パラメータでの最高効率を実現することは難しい.そこで考えられているのは,レクテナのアンテナ利得 を大きくして整流回路への入力電力を大きくするか,
パッシブ回路の付加
/
調整によってダイオードにかけ る電圧を大きくするか,である.レクテナのアンテナ 利得を大きくするとアンテナの指向性も狭くなり,ア ンテナ位置を気にしなくてもよい無線電力伝送や,気 付かないうちに電力を収穫するというエネルギーハー ベスティングの利便性が薄れてしまう.レクテナは出 力が直流であるため,アレー化しても位相合成されな いため,指向性は1
素子と同じで有効開口面積のみが 素子数倍されるという特徴がある[29]
.固定点間の無 線電力伝送の場合は素子アンテナの利得を上げて入力 電力を増やす方法の方がよい場合もあるが,無線の利 点を生かすために受電側が自由に移動するような場合 はアレー化して入力電力を増やせば1
素子高利得アンテナよりも指向性が広くなるためにアンテナ方向をあ まり気にせずに利用できるため,ユーザの利便性は高 いと思われる.ただ
1
素子でもアレーでもアンテナの 有効開口面積は結局アンテナの物理面積(多くの場合 は金属面積)と大きくは変わらないため,大きな有効 開口面積のアンテナ=
大きなアンテナとなり,携帯性 に欠ける.そこで低い入力電力でも整流回路の
RF-DC
変換効 率を向上させる手法が考えられる.理論上整流回路の 効率を向上させるにはダイオードにブレークダウン電 圧に近い電圧をかければよい.かといって外部電源を 用いてダイオードにバイアス電圧をかけるのは本末転 倒である.そこでこれまで提案され実験された方法は•
共振器利用による自己バイアス[30]
•
反射波利用による自己バイアス[31]
•
出力フィルター最適化による自己バイアス[32]
•
キャパシタによる昇圧回路込み(Charge Pump) [33]
〜[35]
等である.近年は電磁波からのエネルギーハーベス ティング研究に
RF-ID
の研究者が多く関わるように なり,Charge Pump
と呼ばれるキャパタを用いた昇 圧回路込みの整流回路がよく用いられるようになっ ている.しかし,Charge Pump
は出力電圧は大きく 出るものの,ダイオードとキャパシタの数がシングル シャント整流回路に比べはるかに多いため,整流効率 は非常に悪い.その他の方法は,ダイオードの立上り 電圧のための効率低下を避けるために,何らかの方法(共振,反射波,インピーダンス調整等)でダイオー ドに自己バイアスをかけて低入力での高効率化を実 現している.これまでの開発例では
RF-DC
変換効率 として900 MHz
,0.01 mW
で約40%[30]
,2.45 GHz
,0.1 mW
で約50%
,5.8 GHz
,1 mW
で約50%[32]
を 実現している.3.
近傍界における無線電力伝送送受電アンテナ間の距離が近づき,近傍界程度にな ると実用的なサイズのアンテナを用いて高効率の送電 効率が実現できるようになる.送電効率若しくはビー ム収集効率は送電アンテナから放射された電力のうち 受電アンテナで受電された電力の比で定義される.近 傍界では平面波近似は用いられないため,フリスの公 式では誤差が大きくなるので球面波での送電効率を計 算しなければならない.フリスの公式は平面波近似が 可能な遠方界における点と点の考え方であり,近傍界
では受電アンテナを面と考え,受電電力を面で積分し て計算しなければならない.近傍界におけるビーム収 集効率
η
は以下の近似式で計算できる.η = 1 − e
−τ2(2)
ここで
τ
2= A
tA
rλ
2D
2(3)
である
[36]
.式(3)
の各パラメータは式(1)
のそれと 同じである.式(2)
は正対する二つの開口面アンテナ を仮定し,サイドローブはないものとして近似した式 である.また送電アンテナ面の電力密度分布は一様と 仮定している.送電アンテナやレクテナはアレーとし て用いる場合が多いが,十分素子数が多ければアレー アンテナも開口面アンテナと近似してよい.τ
はフリ スの公式(1)
から計算されるビーム収集効率と全く 同等であることが分かる.τ
とビーム収集効率の関係 を図4
に示す.τ
が小さい,つまり距離が遠い場合は 式(2)
で計算されるビーム収集効率もフリスの公式(1)
で計算されるビーム収集効率もほぼ同じであることが 分かる.τ
が大きくなり,送受電間距離が近くなると フリスの公式(1)
では誤差が大きくなっていくことが 分かり,式(2)
で計算しなければならないことが分か る.ビーム収集効率の計算例を図5
に示す.図5
は サイドローブも考慮して正確に計算した結果である.式
(2)
と同様に送電アンテナ面の電力密度分布は一様 と仮定しており,受電アンテナ面のビームパターンを 送電アンテナ面の電力密度分布のフーリエ変換として 計算し,受電アンテナ面上の電力密度分布を面積分し て受電電力としている.近傍界であるので単なるフー リエ変換ではなく,位相補正項を加えてビームパター ンとしている[37]
.Tx
,Rx
はそれぞれ送電アンテナ図4 τパラメータとビーム収集効率 Fig. 4 Beam collection efficiency andτparameter.
図5 ビーム収集効率の計算例
Fig. 5 Calculations of beam collection efficiency.
図6 送電アンテナ面の電力密度が均一分布とガウス分布 の場合のビームパターン
Fig. 6 Beam pattern of uniform power distribution and Gaussian power distribution on transmit- ting antenna.
の直径と受電アンテナの直径である.
S
帯やC
帯の電 磁波を用いて距離数m
で80
〜90%
の非常に高いビー ム収集効率が実現できていることが分かる.ビーム収集効率を更に向上させるためには,送電ア ンテナ面の電力密度分布を最適化してやればよい.例 えばガウス分布やテーラー分布等の電力密度分布を用 いることで,サイドローブを抑制し,ビーム収集効率 を向上させることができる.図
6
は送電アンテナ面の 電力密度が均一分布の場合とガウス分布の場合の比較 である.ガウス分布の方が正面強度は下がっているも ののサイドローブが抑圧され,ビームが太くなってい ることが分かる.その結果,同一径のアンテナを用い ても均一分布よりガウス分布の方がビーム収集効率が 向上するのである.ガウス分布は利得が下がるために,正面方向利得という「点」が重要な遠方界での無線電 力伝送ではビーム収集効率は逆に下がってしまう.受 電アンテナ面で電力を全て回収するような近傍界の無 線電力伝送では利得が下がってもビーム収集効率とい
う「面」の考え方ではガウス分布のほうがよい結果と なる.前述の
SPS
の送電アンテナの設計のほとんど はガウス分布で設計されている.ビーム収集効率はガウス分布等を用いることで向上 できるが,無線電力伝送システムとして考えた場合,
図
6
のようなビーム形状はまだ最適ではない.2.
で述 べたレクテナのRF-DC
変換効率の入力強度依存性に より,図6
のようにレクテナアレー面で強度分布をも つとレクテナ素子全てが最適入力強度を得られる訳で はなく,トータルでのRF-DC
変換効率が低下してし まうからである.無線電力伝送システムで最適なのは 受電アンテナ面上でも均一分布の電力密度である.京都大学では
2000
年前後から電気自動車のマイク ロ波を用いた無線給電システムの研究を行ってきた が,これらの多くは送電システムを地面に設置し,受 電システムを車下部に設置したシステムであった[39]
. この地面–
車体下部ワイヤレス給電システムは送受電 距離が非常に近く,ビーム収集効率を向上させると同 時に不要放射を抑制できるという特徴があった.しか し,送受間が近すぎるゆえに送受電間が相互結合して しまい車高の変動でインピーダンスが変化して効率が 変動してしまうというデメリットが徐々に明らかにな り[40]
,また地面–
車体下部のワイヤレス給電は共鳴 送電や電磁誘導によるワイヤレス給電と競合するため にマイクロ波無線電力伝送のメリットが生かせない等 の理由により,ボルボと京都大学では電気トラック天 井への上方からのマイクロ波を用いた無線電力給電シ ステムの研究を現在行っている.送受電距離を広げて ビームフォーミング技術を用いることで様々な車高の トラックや車に常に高効率のビーム収集効率を実現で きると同時に,将来は走行中のトラックや車にも無線 給電を行うことができると考えている.また,その共 同研究の一環として2012
年7
月には日本電業工作と ともに2.45 GHz
,10 kW
のマイクロ波電力を80%
程 度で受電整流可能なレクテナの開発にも成功してい る[41]
.このレクテナを用いることを仮定し,最大の ビーム収集効率を実現し,不要放射を抑制するビーム フォーミングの研究を行った.京都大学では電気トラックへのマイクロ波無線充電 システムにおいて,ホーンアンテナの最適化や誘電体 レンズ利用等で受電アンテナ面上での均一電力分布を 目指した
[38]
.しかし,これらの手法では十分な均一 電力分布が得られなかったため,続いて送電アレーア ンテナを用い,遺伝的アルゴリズムを用いて振幅位相図7 遺伝的アルゴリズムの目標の均一ビーム形状 Fig. 7 Target beam form on genetic algorism.
の最適化を行うことで均一電力密度の実現を目指した.
送電パラメータとして周波数
5.8 GHz
,送電アンテナ 素子数1024 (32×32)
,素子間隔0.8λ
の四角配列,送 電アンテナアレー直径1.32 m
,送電電力合計10 kW
, 直線偏波とした.送電アンテナ送電距離6 m
である.図
7
は各種パラメータとターゲットとした受電面で のビーム形状(一次元)である.横軸は位置,縦軸は 電力密度(mW/cm
2)
を表す.これらの条件の下,受 電レクテナアレー面1.2 m × 1.2 m
内で均一分布かつ ビーム収集効率最大化(A=4000 (mW/cm
2))
,1.8 m
× 1.8 m
をガードアリアと規定して,ガードアリア外( > 1 . 8 m)
で2.45 GHz
電磁波の非管理環境下の安全基 準[42]
以下(B=1 (mW/cm
2))
を目的とし,各素子送 電電力を0.2
〜100 W(
合計の送電電力は10 kW)
,各 素子位相を− 180
〜180
◦内でML
とSL
という二つの 目的関数を用いて遺伝的アルゴリズムによる最適化を 行った.今回はML
とSL
に重み付けは行っていない.一次元アレー
14
素子で遺伝的アルゴリズムによる最 適化を行った結果を図8
に示す.図8 (a)
は送電アンテ ナの各アンテナ素子の振幅位相分布であり,図8 (b)
は 得られた6 m
先でのビームパターンである.所望の均 一分布が得られていることが分かる.更にこの一次元 の結果を二次元アレーに適用し,描いたビームパター ンが図9
である.レクテナアレー上の均一なビームパ ターンの範囲の1.2 m × 1.2 m
の範囲でのビーム収集 効率は73.2%
である.これはレクテナサイズ1.2 m × 1.2 m
,目的関数の均一分布ターゲット1.2 m × 1.2 m
の場合の効率である.次に,レクテナのサイズは同じく
1.2 m × 1.2 m
と し,目的関数における均一分布のターゲットを1.0 m
× 1.0 m
として− 3 dB
の電力密度範囲まで許容する と,ビーム収集効率は87.0%
に向上する.これらの図8 遺伝的アルゴリズムによる最適化の結果得られた (a)送電アンテナの各アンテナ素子の振幅位相分布 (b) 6 m先でのビームパターン
Fig. 8 (a) Power and phase on transmitting antenna elements (b) beam pattern in 6 m distance from transmitting antenna by genetic algo- rism.
図9 最適化された二次元ビームパターン Fig. 9 Optimized 2D beam pattern.
ビームパターンはレクテナの効率の特性まで考慮に 入れて最適化されたものであり,ビーム収集効率と
RF-DC
変換効率を含めた総合送受電効率を最大化するものである.
実際には,状況に応じて均一分布が必要とされる送 電距離は変化するため,送電距離変化にも対応したい.
そこで計算した距離変化に伴う伝送効率変化の関係を 図
10
に示す.なお,各伝送距離においてGA
最適化 を行った結果である.先述したように,(i)
均一分布 範囲1.2 m × 1.2 m
,(ii)
均一分布範囲1.0 m × 1.0 m
かつ−3 dB
許容,の2
通りのグラフを示している.例 えば,送電距離4 m
において(ii)
の場合において伝送 効率92.2%
となる.近傍界における無線電力伝送では一般に送電アンテ ナから放射された
90%
以上の電磁波電力を受電する ようなシステムが求められる.無線電力伝送はエネル ギーシステムであるため,損失は極力小さくなければ ならず,よく比較対象となる有線の送電システムでは 通常90%
,95%
は当然というシステムとなっているた めである.近傍界における無線電力伝送システムでは 送受電アンテナの位置関係が正対ではなくなるとビー ム収集効率が激減する.カップリングを用いた共鳴送 電では送受電の位置ずれはインピーダンスの変化とし て現れ効率が変化するが,アンテナを用いた無線電力 伝送の場合は送受電アンテナ間でカップリングはほぼ図10 GA目的関数内の均一電力分布ターゲットを1.2 m
×1.2 mとした場合,及び1.0 m×1.0 mとした 場合の伝送効率の変化(いずれもレクテナサイズ は1.2 m×1.2 mで一定)
Fig. 10 Distance dependence of beam collection effi- ciency when uniform power distribution tar- get in target function of GA is 1.2 m×1.2 m and 1.0 m×1.0 m (recetenna size is 1.2 m× 1.2 m).
起こらず,位置ずれはアンテナインピーダンスの変化 には現れない.しかし,放射された電磁波が受電アン テナに「当たらない」ことでビーム収集効率が変化す るのである.
そこで近傍界における無線電力伝送で重要な技術が ビームフォーミング及び目標位置推定である.アンテ ナ方向を制御すること方法もあるが,速度と精度に問 題がある.
1960
年代のBrown
らによる無線電力伝送 実験ではマグネトロンやクライストロンとホーンアン テナ若しくはパラボラアンテナがよく用いられてい た[43]
.しかし1990
年以降,ビームフォーミングには フェイズドアレーアンテナがよく用いられる.フェイ ズドアレーアンテナは様々なレーダに用いられている が[44]
,無線電力伝送のためにはより高効率で高精度 のフェイズドアレーが求められる.フェイズドアレー はまだ非常に高コストであるため,無線電力伝送実験 のために開発されたフェイズドアレーはそう多くはな い.図11
はこれまでに無線電力伝送実験のために開 発されたフェイズドアレーの歴史である[45]
〜[57]
.図 中の略号は以下のとおりとなる.• MILAX
:MIcrowave Lifted Airplane Exper- iment
(Project
名)• ISY-METS
:International Space Year – Microwave Energy Transmission in Space
(
Project
名)• SPRITZ
:Solar Power Radio Integrated Transmitter ‘00(Zero Zero)
(Project
名)• SPORTS
:Space POwer Radio Transmission System
(Project
名)• AIA
:Active Integrated Antenna
• Melco
:三菱電機• MHI
:三菱重工• USEF
:The Institute for Unmanned Space Experiment Free Flyer
((財)無人宇宙実験シ ステム研究開発機構)現J-Spacesystems
((財)宇宙システム開発利用推進機構)
• METI
:Ministry of Economy, Trade, and In- dustry
(経済産業省)実証実験に用いられるスケールの無線電力伝送用 フェイズドアレーは日本以外で開発された例はない.
半導体を用いたフェイズドアレーはレーダ用と同じく 徐々に効率が向上し,小形化が進んでいる.損失低減 のためにパラボラアンテナの一次放射器をアレー化し,
更に複数のパラボラアンテナを用いたフェイズドア
図11 無線電力伝送用フェイズドアレーの歴史[45]〜[57]
Fig. 11 History of phased array for wireless power transmission [45]〜[57].
レーも開発されている
[49], [50]
.経済産業省とJAXA
のSPS
検討委員会にて2009
年度から開発を開始し,2013
年度現在開発中のフェイズドアレーはGaN FET
を用いてHPA
効率70%
以上,厚さ40 mm
以下を目 指して開発中である.マグネトロンを用いたフェイズ ドアレーも京都大学で開発され,実験局の免許を取得 し,実際にフィールド実験で用いられている[57]
.こ れらのフェイズドアレーは全て2.45 GHz
か5.8 GHz
で開発されている.アレーアンテナを用いると目標位置推定も電磁波を 用いて行うことができる.
MUSIC
法等のDOA (Di- rection Of Arrival)
推定を行い,その後ビームフォー ミングを行う手法も過去には例があるが,無線電力伝 送では目標からのパイロット信号を送電側で受信し,位相共役回路を通して自動的に送電目標へビームを向 けるレトロディレクティブ方式のアレーアンテナもよ く用いられる
[58]
〜[65]
.レトロディレクティブ方式 は無線電力伝送でなくてもよく用いられるが[66]
,無 線電力伝送用の場合はより高いビーム角度精度が求め られる.4.
カップリング距離における無線電力伝送 近傍界において更に送受電アンテナ間距離を近づけ ると,送受電アンテナ間でカップリングが起こり始め る.アレーアンテナにおけるアンテナ素子間の結合(ミューチャルカップリング)が正対する送受電アンテ ナ間で発生するのである.アンテナ間のカップリング が発生すると当然起こるのがアンテナのインピーダン スの変化である.共振周波数の変化と言い換えてもよ い.送受電間距離や送受電アンテナの位置関係によっ てインピーダンスが変化し,何もしなければ式
(2)
で 計算される値よりもビーム収集効率ははるかに低く なってしまう.しかし,送受電アンテナの位置によっ て決まるアンテナインピーダンスを所望周波数で適切 にマッチングさせることでほぼ100%
近い送電効率が 実現できることが理論的に示されている[67]
.送受電の位置関係によってカップリングの関係が変 わり,特性インピーダンスが変化し,送電効率が変化 する.これは共鳴送電の理論で議論されていることと 全く同じである.コイルを用いた共鳴送電では,コイ ル間の距離に対応するカップリング係数
k
と共振のQ
値の積kQ
を用いて最大送電効率η
maxが以下の式で 表される[68]
.η
max= k
2Q
1Q
21 +
1 + k
2Q
1Q
2 2(4)
ただし最大送電効率
η
maxを実現するためには送受電 の共振器のインピーダンスが以下で示される最適なイ ンピーダンス比r
optの関係になければならない.r
opt=
1 + k
2Q
1Q
2(5)
電磁誘導で一般に用いられるコイルの
Q
値はたかだ か数10
程度であるが,10 MHz
帯の高周波数交流電 流を用いると1000
程度の高Q
値が実現できる.す ると送受電間距離が長くk
が0.01
程度と小さくても,kQ = 10
を実現でき80%
以上の高伝送効率を得るこ とができる.これが共鳴送電が電磁誘導に比べ長距離 の無線電力伝送が可能な理由である.そして最大効率 を実現する特性インピーダンスが存在することは文 献[69]
で述べている本来空間に電磁波を放射するアン テナがカップリングする場合と同じである.共鳴送電の場合,更に送受電距離を近づけると共 振周波数が二つに分かれるという強結合状態となる.
式
(4)
では強結合状態を表現することはできないが,文献
[69]
では共鳴送電に用いる共振器をループコイル のようなクローズドパスタイプと,ダイポールのよう なオープンパスタイプに分けて,フォスターのリアク タンス定理に基づいて等価回路を構築し,強結合を含 む様々なカップリングを定式化している.これらの理論はインピーダンスを中心とした理論で あるが,送電効率を更に向上させるために
50 Ω
系の 特性インピーダンスで無線電力伝送回路を構築するの ではなく,電源回路のように0 Ω
系で構築する手法も 近年注目を集めている[70]
.これまでのアンテナや共 振器理論は有限の特性インピーダンスを仮定して全て 開発されていたが,0 Ω
系の無線電力伝送は今後の研 究の発展に寄与する可能性が高い.5.
む す びこれまで電磁波を用いた無線電力伝送は,電磁誘導 や共鳴送電との比較において
2.
で述べたような遠方界 における通信の延長線上の理論や技術で議論されるこ とが多かった.しかし,3.
で述べたような近傍界にお ける電磁波のビーム収集効率は実用レベルでも90%
を 実現し,4.
で述べたような送受間でカップリングする ような距離でもアンテナを用いることもできる.この ような近傍界でのビーム収集効率やアンテナを共振器 と考えたカップリングや共振,インピーダンスの考え 方は通信ではこれまで取り扱ってこなかったような領 域の科学であり,古くも新しい学問領域と言える.理 論の発展とともにレクテナのような無線電力伝送のた めの新しい技術も発展をし始め,無線電力伝送の商用 化の発展とともに無線電力伝送は今が一番面白い状況になっている.
1980
年代以降,日本は無線電力伝送研 究や一般のマイクロ波研究を牽引してきた.しかし現 在の商用化・標準化の中心は欧米や日本以外のアジア である.今後我が国がこれまでの研究を踏まえて世界 の無線電力伝送のイニシアチブをとるためには,我々 は学術研究と実用化研究を両輪として研究を発展させ,世界中の研究者とともに議論し,ともに汗をかいて働 かなければならない.
文 献
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(平成25年1月7日受付,4月23日再受付)
篠原 真毅 (正員)
平3京大・工・電子卒.平5同大大学 院工学研究科修士課程了.平8同大学院 工学研究科博士課程了.同年・同大超高層 電波研究センター助手,平12同センター の改組により宙空電波科学研究センター助 手,平13同センター助教授,平16同セン ターの改組により生存圏研究所助(准)教授,平22同研究所 教授となり現在に至る.専門は無線電力伝送,宇宙太陽発電所,
マイクロ波プロセッシング.現在経済産業省委託事業太陽光発 電無線送受電技術委員会委員長,日本学術会議URSI-C小委 員会委員,IEEE MTTS TC-26委員,IEEE MTTS Kansai Chapter TC委員,本会WPT研副委員長,AP研委員,日本 電磁波エネルギー応用学会理事,ワイヤレス電力伝送実用化コ ンソーシアム代表,ほかIEEE IMS Workshop on Innovative Wireless Power Transmission: Technologies, Systems, and Applications (IMSW-IWPT2011) General Chair.