資 料 (鵬 経 嘆 畷 嘘 認 4 胆 )
一 九 四 九 年 革 命 後 の 中 国 社 会 の 発 展 段 階 の 問 題
中 村 平 八
105
本資料は︑輔九七九年から八〇年の時期に中国の学術界で行
われた論争︑すなわち中国革命(輔九四九年)の勝利後の中国社
会の発展段階に関する論争を紹介したものである︒この論争の
意義は︑第一に︑いわゆる文化大革命期(一九六六‑七六年)に支
配的であった﹁過渡期H社会主義社会﹂論と﹁継続革命﹂路線
をしりぞけ︑﹁発達していない社会主義﹂論と﹁社会主義的現
代化建設﹂路線を打ちだしたことである︒
﹁過渡期髄社会主義社会﹂論とは︑四九年革命の勝利にはじ
まる資本主義社会から共産主義社会の高い段階までを︑一つの
歴史的時期全体とみなし︑この時期の中国社会を過渡期社会と
呼び︑社会主義社会とは過渡的社会にほかならず︑﹁過渡期鱒
社会主義社会﹂の主要矛盾はプロレタリアートとブルジ厨アジ
書との矛盾であり︑階級闘争が要であり︑革命の継続が必要で
ある︑とする説である︒今回の論争では︑この説は全面的に否 定され︑新たに﹁発達していない社会主義社会﹂論が登場した
のであるが︑それは︑プロレタリア革命の勝利後の社会の発展
を次の四つの段階に区分し︑今日の中国は﹁②発達していない
社会主義社会﹂に位置する︑という説である︒
①プロレタリア革命の勝利から生産手段所有制の社会主義
的改造の基本的完了の時期までの社会
②発達していない(不完全な)祉会主義社会
③発達した(完全な)社会主義社会
④共産主義社会
論争の第二の意義は︑マルクス主義の古典の共産主義社会整
展段階論が検討され︑古典の理論は﹁1資本主義社会から共
産主義社会の第噌段階への過渡期︑H共産主義社会の第一段
階(社会主義社会﹀︑圃共産主義社会の高い段階﹂であるとす
る解釈が多数となり︑古典がいう﹁共産主義社会の第一段階し
あるいは﹁社会主義社会﹂は﹁③発達した社会主義社会﹂と等
置され・中国はまだこの発展段階に到達していない︑という認
識が表明されたことである︒そして古典の命題の解釈との関係
でいえば︑今日の中国は乏も皿にも属さない社会︑つまり古
典がその存在を想定しなかった﹁②発達していない社会主義社
会﹂である︑という説が多数になった︒
論争参加者の意見が対立したのは︑過渡期の範囲についてで
ある︒ある人は︑生産手段所有制の社会主義的改造の時点を重
視して︑﹁過渡期﹂の終了を主張した︒この主張は︑﹁過渡期﹂
の範囲が最も小さいので﹁小過渡﹂論と呼ばれた︒またある人
は・﹁発達した社会主義社会﹂に到達して︑つまりマルクスや
レーニソがいう﹁共産主義社会の第一段階﹂を実現して︑はじ
めて﹁過渡期﹂は終了する︑と主張した︒この主張は︑﹁発達
していない社会主義社会﹂も﹁過渡期﹂に入れ︑﹁過渡期﹂の範
囲が中程度なので﹁中過渡﹂論と呼ばれた︒第三の主張は︑﹁共
産主義社会の高い段階﹂への到達の時点をもって﹁過渡期﹂の
終了の標識とする︒﹁発達した社会主義社会﹂︑すなわち﹁共産
主義社会の第一段階﹂もまた過渡期社会である︑と考・兄たので
ある︒この主張は︑﹁過渡期﹂の範囲が最も大きいので﹁大過
渡﹂論と呼ばれた︒今回の論争では﹁小過渡﹂論が多数を占め︑
﹁中過渡﹂論︑﹁大過渡﹂論は少数説にとどまった︒
論争参加者は︑マルクスやレーニソの号口説を引用して自説の
正当性を主張したのであるが︑奇妙なことに︑マルクスの共産
主義社会発展段階論の解釈では一致していた︒かねてわれわれ が主張してきたのであるが︑これは誤った解釈であり︑そのた
めに論争参加者の﹁過渡期﹂論は明晰さを欠いたと言えよう︒
マルクスの共産主義社会発展段階論﹁①過渡期としての共産主
義社会の第一段階︑②共産主義社会の高い段階﹂を基礎に︑レ
ーニソが後進資本主義国における社会主義発展の理論として提
起した﹁①資本主義社会から社会主義社会への過渡期︑②社会
主義社会︑③共産主義社会﹂を創造的に発展させる立場にたっ
て︑論争はなされるぺきであった︒
ともあれ今回の論争の大きな成果は︑中国の理論家が︑同時
代に︑中国社会の現在の発展段階を﹁発達していない社会主義
社会﹂と自己認識したことであろう︒この社会については︑マ
ルクス主義の古典はなにも述ぺておらず︑中国は︑試行錯誤の
実践のなかで︑マルクスのいう共産主義社会の第一段階︑レ1
ニソのいう社会主義社会をめざして歩んでいかなければならな
い︒困難なこの事業の成功を心から願うものである︒
以下で︑中国社会科学院経済研究所の機関誌﹃経済研究﹄︑
上海社会科学院の機関誌﹃社会科学﹄に掲載された﹁小過渡﹂
論四篇︑﹁中過渡﹂論一篇︑﹁大過渡﹂論一篇を紹介する︒紹介
の順序は原誌への掲載順とした︒そのほうが論争の流れを理解
しやすいからである︒なお︑すでに本誌(神奈川大学﹃商経論叢﹄
第二二巻第一号︑一九八六年一一月)で資料として紹介した﹁社会
主義社会の発展法則に関する問題の討論﹂(﹃新華月報﹄文摘版︑一
九八〇年第二号)もまた︑今回の論争を理解する上で役立つ︒参
照されることを希望する︒
107 1949年 革 命 後 の 中国 社 会 の 発 展段 階 の 間 題
翻訳にあたっては誤りなきを期した︒だが私の中国語は︑こ
の論争の全容を知りたいがための即席︑自学自習の中国語であ
り︑学力の程度も低く︑誤訳が心配である︒誤りの御指摘をい
ただければ幸いである︒翻訳にあたっては︑山口建治︑鈴木義
嗣両氏の助書をえた︒記して感謝したい︒
論文原題
芳昭智︑渇竺瑞﹁光序防級取得政板后的社会笈展防段同題﹂(﹃鑑済研究﹄︑一九七九年第五号)
朱述先﹁也淡元声防級取得政枳后的社会没展防段同題
ー与第紹智︑渇当一瑞同志商権﹂(﹃経済研究﹄︑輔九七九年第八号)
王瑞弥︑宋葬瑛︑奉燕士﹁淡淡社会主叉社会的性盾和特征﹂(﹃掻済研究﹄︑一九七九年第嚇○号)
対建共︑鄭汗﹁這渡吋期和社会主又社会﹂
(﹃径沸研究﹄︑一九七九年第一一号)
耳.秋隼﹁社会主又社会是"近渡吋期"喝?﹂(﹃社会科学﹄︑一九八〇年第一号)
林雨隼﹁迂渡吋期的一般特征及其特殊美型﹂(﹃社会科学﹄︑一九八〇年第嚇号)
プロレタリアートの権力獲得後の
社会の発展段階の問題
蘇 紹
漏 蘭
瑞 智
プロレタリアートが権力を獲得してから共産主義の高い段階
に至るまでの社会の発展を︑段階区分する必要があるだろうか︒
どのように段階区分するのか︒わが国は現在どのような段階に
あるのか︒これは重要な現実的意義をもつ理論問題のひとつで
ある︒しかしこの問題は︑六〇年代以来混乱し︑はっきりしな
いものになっており︑真剣に研究してみる必要がある︒
問題は︑マルクス﹃ゴータ綱領批判﹄とレーニソ﹃国家と革
命﹄のなかの二つの有名な文章から説きおこさなければならな
い︒マルクスはこう述べている︒﹁資本主義社会と共産主義社
会とのあいだには︑前者から後者への革命的転化の時期がある︒
この時期に照応してまた政治上の過渡期がある︒この時期の国
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑・(1)家は︑プロレタリアートの革命的執権でしかありえない﹂︒レ
ーニソはこう述べている︒﹁共産主義へ発展しつつある資本主
義社会から共産主義社会への移行は︑"政治上の過渡期〃なし
には不可能である︑そして︑この時期の国家はプロレタリアー(2)
トの革命的執権でしかありえない﹂︒
この二つの文章をいかに正しく理解するかについて︑わが国
の理論研究と宣伝活動には重大な意見の相違が存在する︒一種
流行し一時は定説にすらなったものは︑マルクスやレーニソが ここで言う﹁資本主義社会から共産主義社会への移行﹂のなか
の﹁共産主義社会﹂は共産主義の高い段階である︑とする解釈
である︒それゆえ﹁過渡期﹂の境界は共産主義の高い段階に至
って引かれる︒つまり︑共産主義の高い段階の前夜に至って
﹁過渡期﹂ははじめて終了する︒これに照応して︑社会主義社
会を︑資本主義社会から共産主義社会への過渡期全体とみなし︑
プロレタリアート執権の時期とみなし︑それ以上は段階区分を
しない︒
こうした状況のもとで︑上述の観点に同意せず︑マルクスや
レ!ニソが言う﹁共産主義社会﹂は共産主義社会の第一段階(社会主義社会)を指すという観点は︑修正主義だとして指弾さ
れたが︑それはこの観点が︑共産主義の高い段階がまだ実現し
ないうちにプロレタリアート執権の国家が死滅するであろうと
いう結論を導きだすからである︒
結局だれが正しくてだれが誤っているかは︑次の二つの問題
を研究しなければならない︒
ωマルクス︑レーニソが言う﹁資本主義社会から共産主義
社会への移行﹂︑そこで述べている﹁共産主義社会﹂は︑結局︑
共産主義社会の高い段階を指しているのか︑それとも共産主義
社会の第一段階(社会主義社会)を指しているのか︒
助プロレタリアートの権力獲得後︑共産主義社会の高い段
階に至るまでを︑いくつかの段階に区分する必要があるのか︒
どのように区分するのか︒
1949年 革 命 後 の 中 国社 会 の発 展段 階 の問 題 109
1
﹁過渡期﹂の境界を共産主義社会の高い段階までで引くのか︑
それとも共産主義社会の第一段階(社会主義社会)までで引くの
か︒それぞれが自分の見方を出すのはよろしい︒しかし︑もし
マルクス︑レーニンが(先に引用した文章で)述ぺた﹁共産主義社
会﹂を﹁共産主義社会の高い段階﹂と理解するだけならば︑そ
れは根拠を欠いているし︑マルクス︑レーニンの本来の意見と
も合致しない︒
確かにマルクスが述べたのは﹁資本主義社会と共産主義社会
とのあいだには︑前者から後者への革命的転化の時期がある﹂
であった︒彼は﹃ゴータ綱領批判﹄のなかで﹁社会主義社会﹂
という範疇を用いていない︒レーニンは︑﹁資本主義社会から
共産主義社会への移行﹂について述べただけでなく︑﹁ブルジ
ョア社会から社会主義社会へ﹂︑﹁資本主義社会から社会主義社会への移行﹂についてたびたび述べている︒共産主義社会自体
が低い段階(社会主義)と高い段階を包括しているのだから︑﹁共
産主義社会﹂は︑前者とも後者とも理解することができる︒問
題は︑マルクスとレーニンの本来の意思にもとついて︑彼らが
述べた共産主義という範疇をいかに完全かつ正確に理解するか
である︒
マルクスは︑﹃ゴータ綱領批判﹄のなかで共産主義社会の第
一段階(社会主義社会)について次のように述べている︒﹁ここ
で澗題にしているのは︑それ自身の土台の上に発慶いわ共産主 義社会ではなくて︑反対にいまようやく資本主義社会から毎痴
恕 ば か り の 共 産 主 窪 会 で あ 亀 ・ 彼 は 建 レあ 社 会 の 嬢
をレ﹂う指摘している︒﹁生産手段の共有を土台とする協同組合
的社会の内部では︑生産者はその生産物を交換しない︒同様に
ここでは︑生産物に支出された労働がこの生産物の価値どいで︑
すなわちその生産物にそなわった物的特性として現れることも
ない︒なぜなら︑いまでは資本主義社会とは違って︑個々の労
働はもはや間霊でなく墓に総労働の欝部分として存在し
ているからである﹂︒またこう述べている︒この社会では︑﹁個
々の生産者は︑彼が社会に与えたのと正確に同じだけのものを
測 鑛 鍵 鴨 饒 矧 駝 監 動 輻 凶藻 融胎
れでも他の人と同じく労働者であるにすぎないから︑⁝⁝なん
の階級区分をも認めない︒しかしそれは労働者の不平等な個人
的天分と︑したがってまた不平等な給付能力を︑生まれながら
の特権として暗黙のうちに承認してい宰それゆえ・マルク
スが﹃ゴータ綱領批判﹄のなかで述べた︑資本主義社会と共産
主義社会とのあいだのこの共産主義が指しているのは︑共産主
義社会の第一段階(社会主義社会)であって︑共産主義の高い段
階ではない︒
レτニンは︑﹃国家と革命﹄のなかでマルクスの意思をさら
に明確に解明した︒同書の第五章の三の標題は﹁共産主義社会
の第一段階﹂である︒この節でレーニソは︑社会主義社会のい
くつかの重要な特徴を叙述した︒﹁生産手段はもはや個々人の
私有財産でなくなっている︒生産手段は社会全体に属してい
ヘへる﹂︒﹁人間による人間の搾取は不可能となるであろう︒なぜな
ら︑蛋幽手助︑すなわち工場︑⁝機械︑土地︑等々を占領して私
有財産とすることはできないからである﹂︒﹁資添塚臆亀臆や燦
く・階級はもはやなく︑したがってまた︑どの階級を抑圧する,︑﹂どいできないというかぎりで︑国家は死滅する︒しかし国家
はまだ完全に死滅したのではない︒なぜなら︑事実上の不平等
ヘへを神聖化する"ブルジョア的権利"の保護がまだ残ってしるカ
(7)らである﹂︒
レーニソは︑さらに明確に︑プロレタリアート執権を︑資本
主義社会から社会主義社会への過渡期の特殊な国家とみなした︒
レーニソはこう述べている︒﹁資本主義と社会主義とのあいだ
には︑"生みの苦しみ"の長い時期があり︑強力はつねに旧社
会の助産婦であり︑ブルジョア社会から社会主義社会への過渡
期には︑特殊な国家(すなわちある階墾たいする懇的甥の特殊
な体制×すなわちプロレタリアート執権が照応している﹂︒ま
たこう述べている︒﹁資本主義から社会主義への移行は︑長い
生みの苦しみを必要とし︑プロレタリアート執権の:::長い時
期を必要と為レ・レーヲは﹃国家と革愈のなかで至﹄の
ような観点をはっきり述べた︒﹁社会主義的社会秩序が導入さ
れるとともに国家はおのずから解体し消滅する﹂︑国家の死滅
は;の過程であり︑﹁死滅しつつある国家は︑(㌦滅の特定の
段階で︑これを非政治的国家と呼ぶことができる﹂︒
マルクスおよびレーニソの上記の論述から︑彼らが想定した 共産主義社会の第一段階(社会主義社会)の特徴を以下のように
考えるのは︑まったく理由がある︒社会全体が生産手段を所有
する(単一の社会主義的共有制﹀︑商品生産と商品交換はなくなる︑
階級はなくなる︑国家の抑圧機能はもはや消滅するが︑国家は
まだ完全に死滅しない︑国家はまだ労働に応じた分配を守る機
能をもつ︑このことから非政治的国家と呼んでよいが︑もはや
本来の意味での国家ではなく︑もはやプロレタリアート執権の
国家ではなくなっている︒ある人々の考えによれば︑社会主義
社会では国家は内部にたいしては抑圧の機能をもたないが︑国
外にまだ帝国主義国家が存在するという条件のもとで︑国家は
外国侵略者に抵抗する機能を依然としてもっており︑これもま
たプロレタリアート執権の機能である︑という︒外国侵略者に
抵抗する機能もまたプロレタリアート執権であるとスターリソ
は述べたことがあるが︑しかし厳密に言えば︑それは一つの階
級が他の階級を抑圧する執権には属さず︑それゆ・κプロレタリ
アート執権の範疇に属するものではない︒
マルクスとレーニソが述べた資本主義社会から共産主義社会
への移行とは︑共産主義社会の第一段階︑すなわち社会主義社
会への移行を指している︒つまりこのような社会主義社会を建
設したとき︑過渡期は終了するのである︒レーニソは次のよう
に述べている︒﹁移行︹過渡︺という言葉はなにを意味してい
るか︒それは経済に適用する場合には︑現在の体制のなかに資
へ本主義の諸要素︑小部分︑小片もあり︑社会主義のそれもある
ということを意味していないであろうか︒だれもがそのとおり
1949年 革命 後 の中 国社 会 の発 展 段 階 の 問題
111ハけ だと認めている﹂︒マルクスとレーニソが言う社会主義社会が
建設されれば︑資本主義の諸要素︑小部分︑小片はもうなくな
る︒このような社会主義社会が建設されれば︑過渡期はもう終
了する︒
2
わが国の現在の社会主義社会とマルクス︑レーニソが想定し
た社会主義社会とは同一でないが︑それは︑われわれの現在お
かれている段階とそれとが同じでないからである︒
現在噌種流行している見方がある︒それによれば︑資本主義
社会から共産主義社会への移行は一つの歴史的時期全体であり︑
この歴史的時期全体を社会主義社会と呼び︑もはや段階区分を
しない︒この見方は研究に値する︒事物の発展は総じて︑量的
変化から部分的な質的変化へ︑しかる後に最終的な質的変化へ
至るのであり︑もし最終的な質的変化が大段階を区分する標識
になるならば︑部分的な質的変化は小段階を区分する標識とな
りうる︒資本主義社会から共産主義社会(高い段階)への移行・
あるいはプロレタリアート執権の樹立後は︑いくつかの段階に
区分しなければならない︒
共産主義社会を二つの段階に区分するという思想をマルクス
は︑早くも﹃経済学.哲学手稿﹄(一八四四年)のなかですでに
もっていた︒エソゲルスは﹃共産主義の原理﹄(一八四七年)の
なかで社会主義と共産主義を二つの連続する発展段階とみなし
はじめている︒マルクスは﹃ゴータ綱領批判﹄(一八七五年)の なかで︑この二つの段階についてまた︑経済の面で具体的に区
分した︒﹃ゴータ綱領批判﹄のなかでマルクスはまた︑資本主
義社会から共産主義社会(第噌段階)へ移行するには過渡期がな
ければならないと考えた︒しかし過渡期をどのように理解し・
どのように段階区分するかについて︑依然として学界には異な
る見方がある︒
最近︑共産主義者同盟のケルソの指導者の一人で一八五二年
の有名なケルン共産党員事件の被告の舶人ぺータi・ゲルハル
ト.レーザーの供述が発表された︒この供述は研究者の広範な
関心を引きおこした︒レーザーによれば︑マルクスは一八四九
年冬から一八五〇年の時期にしばしば次のように語ったという︒
共産主義は︑それが完全に建設されるまでにいくつかの段階を
必ず経過しなければならない︑小ブルジョアが権力を掌握する
革命にひきつづいて︑社会共和国︑社会共産主義共和国︑純粋
な共肇義共和国が生みだされる・雄・
レーザーのこの供述は必ずしも正確ではない︒しかしこれを︑
マルクス︑エンゲルスの一八五〇年三月の﹁中央委員会の共産
主義者同盟員への呼びかけ﹂のなかの永続革命の観点とつきあ
わせるならば︑マルクス︑エソゲルスは︑資本主義から共産主
義の高い段階が来るまでを段階区分する必要があると考えてい
た︑と見なすことができる︒第一段階は民主主義共和国の段階
であり︑﹁民主主義者が支配権を握るであろうし︑また彼らは
多かれ少なかれ社会主義的な方策を提議しなければならなくな
るであろう﹂︒第二段階は︑社会共和題︑﹁社会主義的傾向を帯
びた共和国﹂である︒つまり社会主義への移行の段階である︒
第三段階は︑社会共産主義共和国︑﹁共産主義的傾向を帯びた
共和国﹂である︒つまり完全な共産主義への移行の実現であり︑
社会主義に相当する︒第四段階は︑純粋な共産主義共和国であ
り︑共産主義に相当する︒
マルクス︑エソゲルスは︑プロレタリアートの権力獲得後︑
いくつかの段階をへてはじめて共産主義社会の初めの段階(社
会主義社会)ついで高い段階に進むことができる︑と考えてい
たのである︒
レーニンはまた﹃国家論ノート﹄のなかで︑プロレタリアー
ト執権の樹立後︑次の三つの発展段階をへることを明確に提示
した︒1︿長い生みの苦しみ﹀︑すなわち資本主義から共産主義
の笙段階としての社会主義への移行︒(鞠︿共産主馨会の第
一段階﹀︒皿︿共産主義社会のより高い段階﹀︒
マルクスは当時︑プロレタリアートの社会主義革命は資本主
義の最も発達した国でまっさきに勝利するであろう︑したがっ
てプロレタリアートの革命の勝利後は比較的短期間に共産主義
社会の第一段階(社会主義社会)に進むであろう︑と考・兄ていた︒
レーニソもまた︑十月革命前に﹃ゴータ綱領批判﹄のなかのマ
ルクスの観点を明らかにしたとき︑そのような見方をした︒
十月革命の勝利後レーニソは︑ロシァのような小ブルジョア
ジーが優勢な国では︑資本主義の発達した国に比べて︑社会主
義社会への移行ははるかに困難である︑と認識するに至った︒
レーニソはこう述べた︒﹁ひとり残らず読み書きができる国民 をもち︑大規模な農業から成っている小国のエストニァでの社
会主義への移行が︑ロシアのような︑主として小ブルジョア的
な国での社会主義への移行に似かよったものになり・託ないとい
うことは・いうまでも偽﹂・さらにこう述べている︒﹁われわ
れは︑ロシァで︑(ブルジョアジーを打倒してから三年目に)︑資本主
義から社会主義へ︑すなわち共産主義の低い段階へ移行し畷ゆ
く最初の時期にある︒プロレタリアートが権力を獲得した後も︑ヘへゐへいたるところで階級はあとに残ったし︑また長い年月にわたっ
義るであろう︒農民のいない(だがやはり小讐主はい齢)イ
ギリスでは︑おそらくこの期間はもっと短くなるであろう﹂︒
わが国のように解放前は半植民地半封建国家であり︑小生産
が絶対的優勢を占め︑生産力の発展水準︑生産の社会化の程度︑
人民の文化水準のすぺてがきわめて低かったところでは︑社会
主義への移行の時期はさらに長いものとなるであろう︒わが国
では過渡期はまだ終了しておらず︑マルクスとレーニソが想定
した共産主義社会の第一段階(社会主義社会)にまだ進入してい
ない︒それゆえ実践は︑われわれにたいして︑共産主義の高い
段階が来るまでの社会の発展を段階区分するという問題を提起
したのである︒
レーニソはかつて多くの箇所で﹁発達した社会主義社会﹂と
いう慧を使用し姻・毛沢東同志も庭︑資奎義から共産主
義への移行は二つの段階に分けることができる︑と述べたこと
がある︒一つは資本主義から社会主義へであり︑これは発達し
ていない社会主義と呼ぶことができる︒いま一つは社会主義か
1949年 革命 後 の 中国 社 会 の 発展 段 階 の問 題
113ら共産主義へ︑すなわち発達していない社会主義から比較的発
達した社会主義へであり︑後の段階は前の段階と比べていっそ
う長い時間が必要である︒後の段階をへて物質的生産物も精神
的生産物もすべて大いに豊富になり︑ひとびとの共産主義的自
覚は大いに向上し︑共肇義の高い段階に入ることが墓耀)
それゆえ社会主義の段階区分の問題の研究は︑レーニンと毛沢
東同志の想定を参考にして︑﹁発達していない社会主義﹂と﹁発
達した社会主義﹂という概念を採用することができる︒われわ
れの考えによれば︑資本主義社会から共産主義の高い段階まで
は︑次のようないくつかの段階に分けることがでぎる︒一つは︑
資本主義から社会主義への移行段階である︒これはまた二つの
時期に分かれる︒第一の時期は︑プロレタリア革命の勝利から
生産手段所有制の社会主義的改造の基本的完了までである︒こ
の時期の特徴は︑まだ多くのウクラードが存在し︑それに照応
して多くの階級が存在し︑したがって激しく鋭い階級闘争が進
行する時期である︒これは過去にわれわれが言った﹁過渡期の
総路線﹂の﹁過渡期﹂のことである︒生産手段所有制の社会主
義的改造の基本的完了後︑第二の時期︑すなわち発達していな
い社会主義に進入する︒しかる後に発達した社会主義に進み︑
最後にようやく共産主義の段階に入るのである︒
マルクスおよびレーニソが言う社会主義社会とは︑この発達
した社会主義の段階である︒発達した社会主義の特徴は︑マル
クスが﹃ゴータ綱領批判﹄︑レーニンが﹃国家と革命﹄のなかで︑
きわめて明確に述べている︒この段階においては︑生産力はき わめて大ぎな発展をとげ︑機械化・自動化の程度は大いに高ま
り︑物質的生産物はきわめて豊富になる︒思想的には︑共産主
義的自覚が大いに向上し︑小生産者の慣習の力と心理はもう消
滅しており︑精神的生産物もまたきわめて豊窩になっている︒
マルクスが当初考えた社会主義革命は︑資本主義が発達した国
でまっさきに成功するはずであった︒そこでは︑﹁生みの苦し
み﹂をへた後すぐに︑この段階に入ることができる︒もしアメ
リカ合衆国やヨーロッパのごとぎ資本主義が高度に発達した国
でプロレタリアートの社会主義革命が勝利をかちとるならば︑
それらの国は︑比較的短い﹁生みの苦しみ﹂をへた後︑発達し
ていない社会主義を経過せずに︑直接に発達した社会主義社会
に入ることができる︒しかしロシアや中国のような小ブルジョ
ァジーが優勢な国では︑生産手段所有制の社会主義的改造の完
了後も︑きわめて長い発達していない社会主義の段階を経過し
てはじめて発達した社会主義に入ることができる︒
発達していない社会主義社会の特徴は︑共有制の二つの形態
が存在し︑商贔生産と商品交換とがまだあり︑階級としてのブ
ルジョアジーはすでに基本的に消滅したが︑資本主義の残潭と
ブルジョア分子︑封建制の残澤さえもまだ存在し︑かなりの比
重の小生産者がまだおり︑労働者と農民のあいだには生産手段
の関係と生産力の発展水準とで相違がまだ存在し︑階級の差異
が存在し︑小生産者の慣習の力と心理が依然として氾濫してお
り︑生産力はまだ大きく発展しておらず︑生産物もまだそれほ
ど豊富となりえていない︒この時代︑大規模な嵐のような大衆
的階級闘争はすでに終了しているが︑階級闘争はまだあり︑プ
ロレタリァート執権はまだ必要であり︑したがって社会主義へ
の過渡期はまだ終了していない︒
それでは︑われわれの社会は社会主義社会ではないのか︒レ
ーニンはかつてこう述ぺた︒﹁"社会主義ソヴェト共和国"とい
う表現は︑社会主義への移行を実現しようというソヴェト権力
の決意を意味するものであって︑決して新しい経済制度を社会
(17)主義的なものと認めることを意味するのではない﹂︒レーニソ
のこの言葉は一九一八年のものである︒当時のソ連は生産手段
所有制の社会主義的改造をまだ実現しておらず︑五つのウクラ
ードがまだ存在していた︒ソ連はそうした状況のもとで﹁社会
主義共和国﹂という名称を採用し︑レーニソはさしつかえない
と考えたのである︒わが国の現在の状況と一九一八年のソ連の
状況とは同一でなく︑われわれはソ連の一九一八年の段階をす
でに追い越している︒プロレタリアートが権力を獲得し︑プロ
レタリアート執権を樹立しただけでなく︑生産手段所有制の社
会主義的改造を基本的に完了し︑共産党の指導のもとで広範な
大衆が社会主義への移行を実現しようと決意しているのである
から︑社会主義国であると言ってもまったくさしつかえない︒
しかしマルクス︑レーニソが想定した共産主義社会の第一段階(社会主義社会)をすでに建設し終えたとは︑まだ言えない︒資
本主義の残津︑さらには封建制の残澤がまだ存在し︑小生産は
かなりの地位をまだ占めており︑小生産者の慣習の力と心理が
まだ氾濫している︒このことは︑われわれがまだ発達していな い社会主義社会に位置し︑まだ社会主義への過渡期に位置して
いることを説明しており︑われわれの経済制度が︑すでに発達
した︑あるいは完全な社会主義である︑と認めることはできな
いのである︒
3
資本主義から共産主義までというきわめて長い時期をひとつ
の歴史的時期全体とみなし︑それ以上は段階を分けないのは︑
歴史の段階の混同を招きやすく︑社会主義の発展法則を認識し
把握することを不可能にし︑そのために政策上の誤りを生み︑
きびしい結果をもたらす︒この点は︑わが国の二〇年来の実践
がすでに証明したことである︒
段階を区分せず︑段階を混同することは︑ある特定の段階に
存在する現象・要素を︑社会主義のいくつかの発展段階のすべ
てに存在する現象・要素へと拡大してしまう︒たとえば︑資本
主義から社会主義への移行段階の第一の時期(﹁過渡期﹂)には︑
経済上多くのウクラードが存在し︑それに照応していくつかの
階級が存在するが︑プロレタリアーートとブルジョアジーの矛盾︑
社会主義と資本主義の矛盾が主要矛盾である︒段階を区分せず
に︑資本主義から発達していない社会主義まで︑発達していな
い社会主義から発達した社会主義までを︑同一の歴史的時期と
みなすならば︑この矛盾を歴史的時期全体に貫通するものとな
し︑この歴史的時期全体のすべてにおいて︑たえず階級闘争を
行わなければならず︑階級闘争の拡大化を容易にする︒こうな
1949年 革 命 後 の 中国 社 会 の 発展 段 階 の問題
115ると︑社会主義の発展法則に照らして︑プロレタリアートが支
配階級になり︑ブルジョァジーの生産手段を奪って自己の手中
に収めた後には︑全党全国の活動の重点を社会主義建設に移し︑
主要な力を生産力の発展に集中し︑労働生産性を大いに高める
ことが妨げられる︒革命から建設への過程で動揺をくりかえす
ため︑一時的に社会主義建設という活動の重点から逸脱する︒
発達した社会主義と発達していない社会主義とを区分せず︑
この一一つの段階を混同することは︑経済的結果においてもきわ
めて重大である︒発達した社会主義の段階でやるべきことを︑
発達していない社会主義の段階でやろうとすれば︑はやまって
個人経済を消滅し︑自留地や家庭副業を廃止し︑労働に応じた
分配︑商品生・産および商品交換を廃止しなければならないと考
え︑物質的利益に反対し︑⁝⁝さらには共産主義への移行を急
ぐ︑ということになる︒その結果︑人民大衆の社会主義的積極
性をくじき︑生産関係を破壊し︑さらに生産力をひどく破壊し
たのである︒
段階を分けず︑段階を混同することは︑多くの社会現象を解
釈するすべをなくしてしまう︒新生のブルジ隷ア分子がどうし
て生まれるのか︑という問題はその一例である︒本来︑わが国
は発達していない社会主義であるにすぎない︒階級としてのブ
ルジョアジーはすでに基本的に消滅しているが︑資本主義経済
の残津はまだ存在しており︑資本主義の残余勢力はまだ存在し
ており︑小生産はまだかなり優勢であり︑ここから一定の条件
のもとで新生のブルジョア分子が生まれる︒しかし︑われわれ はすでに社会主義社会にあり︑資本主義はもう消滅したと考え
るならば︑社会主義的生産関係の内部に︑新生のブルジョア分
子の生まれる原因を求めなければならない︒そこで︑労働に応
じた分配︑社会主義的商品・貨幣が新しいブルジョア分子を生
みだす原因だと考え︑したがって︑社会主義の労働に応じた分
配︑社会主義の商品・貨幣関係が根本的に否定されるのである︒
そこから論理的にでてくるのは︑社会主義的生産関係のなかか
ら必然的に資本主義的生産関係が生まれるというでたらめな結
論である︒
(1)マルクス﹃ゴ!タ綱領批判﹄ME全集⑲︑二八‑二九ページ︑
大月書店︒
(2)レーニソ﹃国家と革命﹄L全集⑳︑四九七ページ︑大月書店︒
(3)マルクス﹃ゴータ綱領批判﹄ME全集⑲︑一九ページ︒
(4)同右︑一九ページ︒
(5)(6)同右︑二〇ページ︒
(7)レーニン園家と革愈L全集⑳︑五〇三︑五〇四︑五〇五i
五〇山ハページ︒
(8)レーニソ﹁古いものの崩壊におびえる人々と新しいもののため
にたたかう人々﹂L全集⑳︑四圃一ページ︒
(9)レーニソ﹁労働者・兵士・農民代表ソヴ踊ト第三回全ロソア大
会﹂L全集⑳︑四八一ページ︒
(‑o)レーニソ﹃国家と革命隔L全集⑳︑四七三ぺージ(エンゲルス
﹁べーベルへの手紙﹂ME全集⑲︑七ページ)︒
(11)レー一醐ン﹁.左翼的"な児戯と小ブルジョァ性とについて﹂L全
焦ハ⑳︑一一一一二八︒へージ︒
(12)﹃外国哲学資料﹄第二輯︑商務印書館︑死七六年版︑な見よ︒
(13)レーニソ園家論でト﹄三六ぺ←︑大月書店︑国民文庫︑
一九七三年︒
(14)レーニン﹁労働者・兵士・農民代表ソヴェト第三回全ロシア大
会﹂L全一集⑳︑四六六ページ︒
(5ユ)レーニソ﹁共産主義内の"左翼主義"小児病﹂L全集⑳︑二九
ページ︒
(16)①レーニソ﹁論文"ソヴェト権力の当面の任務"の最初の案文﹂
L全集⑫︑六四ページ︒
②レーニソ﹁第七次全ロシア中央執行委員会第一会期での・:・:
報告﹂L全集⑩︑三三六︒へ!ジ︑を見よ︒
(17)レーニン﹁り左翼的μな児戯と小ブルジョァ性とについて﹂L全
集⑳︑三三九ページ︒(訳注)毛沢東の見解については︑﹃毛沢東政治経済学を語る﹄矢吹
晋訳︑三六⊥二七ページ︑現代評論社︑一九七四年︑を見よ︒な
お矢吹氏は︑原文の﹁不発達的社会主義﹂を﹁未発達の社会主義﹂
と訳しておられる︒
1949年 革 命 後 の中 国 社 会 の 発展 段 階 の 問題
11?プロレタリァートの権力獲得後の社会の発展
段 階 の 問 題 を 語 る 1 蘇 紹 智 ︑ 漏 蘭 瑞 氏 と の 討 論
朱述先
﹃経済研究﹄一九七九年第五号に︑蘇紹智︑薦蘭瑞両氏の﹁プ
ロレタリアートの権力獲得後の社会の発展段階の問題しが発表
された︒蘇︑漏両氏が論文の冒頭で明確に指摘しているように︑
彼らの論文が探求しようとしているのは︑プロレタリアートの
権力獲得から共産主義の高い段階に至るまでにはいくつかの発
展段階を経過しなければならず︑わが国は現在どのような段階
にあるのか︑という点である︒疑いもなくこれは︑きわめて重
要な理論問題であり︑現実問題であり︑当然のことながら︑広
範な読渚の興味と関心を引きおこしている︒しかし︑遺憾なが
らこの論文は︑この問題に正しく答えていない︒それゆえわれ
われは︑自己の見解を提出し︑蘇︑薦両氏と討論してみる必要
があると考える︒
蘇︑福両玩の論文は次のように指摘している︒マルクスおよ
びレーニンがいう﹁資本主義社会と共産主義社会とのあいだ﹂
の革命的転化の時期︑あるいは過渡期は︑プロレタリアートの
権力獲得から共産主義の第一段階︑すなわち社会主義への過渡
を指しており︑数年前に流行したような見解︑すなわちこの過
渡期は共産主義の高い段階への過渡であり︑社会主義社会全体
を包括する︑という見解ではない︒これは正しい︒しかし論文
は︑プロレタリアートの権力獲得後の社会の発展段階の区分に ついて述べたさいに︑わが国の現段階の社会iI発達していな
い社会主義といわれるiーを︑過渡期の範囲に入れ︑このこと
により理論的には︑現在のわが国社会がすでに社会主義社会で
あることを認めていない︒われわれは︑このような観点は誤り
だと考︑兄る︒上述の二つの問題は密接に関連した一つの問題な
ので︑われわれと蘇︑濡両氏との主な相違点は後の問題である
が︑まず前の問題から議論する必要がある︒
マルクス主義の創始者は︑プロレタリァートが権力を獲得し
てから共産主義が実現するまでの段階性に十分注意していた︒
一八四七年にエソゲルスはもう︑プロレタリァ!トがブルジョ
アジーの支配を覆したからといって共産主義社会はただちに実
現しうるものではなく︑棲り長期にわたる社会改造の過程が
必要である︑と考えていた︒マルクスは﹃ゴータ綱領批判﹄の
なかで︑いわゆる﹁自由国家﹂なるものの誤った観点を批判し
たさいに︑次のように指摘した︒﹁資本主義社会と共産主義社
会とのあいだには︑前者から後者への革命的転化の時期がある︒
この時期に照応してまた政治上の過渡期がある︒この時期の国
家は︑プロレタリアートの革命的執権でしかありえない}︒こ
の著名な論断は︑プロレタリアートはブルジョアジーの権力を
覆した後もまだプロレタリアート執権の国家が必要である︑必
要な理由は搾取階級の反抗を抑圧するためである︑ということ
を明確に語っている︒
また﹃ゴータ綱領批判﹄のなかで︑マルクスは明確に︑共産
主義社会を二つの発展段階に区分し︑この二つの段階の基本的
特徴を分別して論述した︒マルクスは次のように指摘している︒
共産主義の第一段階は︑あらゆる点で︑経済的にも道徳的にも
精神的にも︑それが生まれでてきた母胎である旧社会の母斑を
まだ帯びている︒だがそれは︑すでに生産手段の共有を土台と
する協同組合的社会であり︑すでに生産手段の私有制は消滅し︑
階級と搾取は消滅しており︑個人的消費財は︑社会が各項目の
控除をした後︑労働を尺度に分配される︑すなわち労働に応じ
た分配が実行される︒きわめてはっきりしているのは︑マルク
スの見地によれば︑共産主義の第一段階は前述した過渡期と根
本的に区別される歴史的段階である︑という点である︒
レーニンは︑マルクスの上述の原理を継承し︑発展させた︒
彼は﹃国家と革命﹄のなかで︑共産主義の第一段階を社会主義︑
共産主義の高い段階を共産主義と明確に呼び︑これを分別して
さらに十分に説明した︒レーニソの考えによれば︑共産主義の
第一段階(社会主義)は生産手段が社会全体の所有になっている︑
個人的消費財は労働に応じて分配される︑商品貨幣関係はもは
や存在しない︑階級と階級的搾取は消滅している︑国家の抑圧
的機能はすでに消失しているが︑国家はまだ死減しておらず︑
労働に応じた分配の実施をまだ保障しなければならない︑等々
である︒その後レーニソは︑かつてマルクスやレーニン自身が(2)想定したこの社会主義を﹁発達した社会主義﹂と呼んだ︒要す
るにマルクスもレーニソも︑資本主義から共産主義への過渡期
を︑資本主義から共産主義の第一段階︑すなわち社会主義への
過渡と規定したのであり︑これにはいささかの疑義もない︒ 上述の基本的内容は蘇︑漏両氏の論文がすべて述べており︑
この点で意見の相違はない︒問題は︑マルクスおよびレーニソ
の上述の原理をどのように適用するかであり︑プロレタリアー
トの権力獲得後の社会をどのように段階区分すべきか︑わが国
は現在どの段階にあるのか︑を探究してみることである︒
蘇︑漏両氏の論文は︑プロレタリアートの権力獲得後の社会
(3)を以下の段階に区分している︒
1資本主義から社会主義への過渡的段階
ω﹁過渡期﹂
②発達していない社会主義
皿発達した社会主義
皿共産主義
論文は︑わが国は現在発達していない社会主義の段階であり︑
社会主義への過渡期はまだ終了していない︑と主張して︑次の
ような問題を提起した︒﹁それでは︑われわれの社会は社会主
義社会ではないのか﹂︒著者は︑レーニソが一九一八年に述べ
た一節を引用した︒﹁"社会主義ソヴェト共和国"という表現は︑
社会主義への移行を実現しようというソヴェト権力の決意を意
味するものであって︑決して新しい経済制度を社会主義的なも
︹4)のと認めることを意味するのではない﹂︒著者は︑一方では︑
生産手段所有制の社会主義的改造がすでに基本的に完了したこ
とから︑わが国の現在の社会の発展は一九一八年のロシアをす
でに追い越したことを認めている︒他方ではまた次のように考
える︒﹁社会主義国であると言ってもまったくさしつかえない﹂︑
1949年 革命 後 の中 国社 会 の発 展 段 階 の 問題 119
﹁われわれがまだ発達していない社会主義社会に位置し︑まだ
社会主義への過渡期に位置している⁝⁝︑われわれの経済制度
がすでに発達した︑あるいは完全な社会主義である︑と認める
ことはできない﹂︒これが論文の結論である︒
著者は︑鍵となる問題で︑形式的にみているので︑あいまい
ではっぎりしないようだと言わざるをえないが︑実際には︑一
九一八年のレーニソの言葉を用いて︑わが国の現在は︑当時の
ロシアの状況と比較して異なるところがあるが︑依然として社
会主義国と呼ぶことができるだけであり︑﹁社会主義への移行
を実現しようという決意がある﹂だけであり︑われわれの経済
制度が社会主義的であるということはできない︑と説明してい
る︒これは事実上︑現在のわが国社会がすでに社会主義社会で
あることを認めていないのである︒われわれの考えでは︑この
ような見解はわが国社会の現実に合致せず︑マルクス主義の基
本原理に背反し︑それゆえ成立するものではない︒
レーニソはかつてくり返しこう指摘した︒﹁われわれは一般
的命題を否定しないが︑これらの一般的原理を具体的に適用す
る条件を特別に分析することを要求する︒抽象的真理はなく︑
(5)真理はつねに具体的である﹂︒われわれは革命の指導者の社会
主義社会に関する科学的想定をモデルとし︑わが国社会とこの
モデルとにまだ距離があることを認めて︑わが国がすでに社会
主義の経済制度であることを否定するのか︒それとも革命の指
導者の立場︑観点︑方法︑実事求是にもとついてわが国の現実
の経済状況を分析し︑科学的に合致する実際的判断と解釈とを 下すのか︒後の態度をとらなければならないことは明らかであ
る︒
周知のように︑マルクスおよびエンゲルスは︑プロレタリア
革命はまず最初に最も発達した資本主義諸国で同時に勝利する
であろう︑と考えていた︒それゆえ彼らは︑プロレタリアート
は権力獲得後︑比較的短い過渡期をへるだけで共産主義の第一
段階(社会主義)を実現できる︑とみていた︒しかし共産主義運
動の実践が示しているように︑プ胃レタリア革命はロシアのよ
うな資本主義のそれほど発達していない国で最初に勝利した︒
十月革命の勝利後レーニソは︑当時のロシアの生産力の発展水
準と生産関係の状況を詳細に分析し︑マルクスの過渡期論を発
展させた︒そのうちでもきわだった貢献は︑資本主義から社会
主義への過渡期の経済的本質を解明したことである︒﹁移行︹過
渡︺という言葉はなにを意味しているか︒それは経済に適用す
る場合には︑現在の体制のなかに資本主義の諸要素︑小部分︑小
ヘへ片もあり︑社会主義のそれもあるということを意味していない(6)であろうか︒だれもがそのとおりだと認めている﹂︒レーニソ
はさらに一歩すすんで次のように指摘した︒ロシァのような国
では︑過渡期には上述した二つのウクラードが存在するだけで
なく︑現物経済.小商品生産︑国家資本主義経済などのウクラ
ードもまた存在しており︑﹁社会"経済ウクラードのこれらの(7)異なった型がロシアのなかで絡みあっている﹂︒レーニソの指
摘によれば︑過渡期の経済的本質は多ウクラードの併存であり︑
打ちたてられたばかりの社会主義経済が資本主義経済に漸次う
ち勝ち︑これを消滅させ︑他のウクラードを改造し︑社会主義
経済を社会全体の支配的地位に据えることである︒レーニソの
この論断は︑過渡期と社会主義経済とを明確に区別しており︑
したがってまたわれわれには︑プ目レタリアートの権力獲得後
の社会の発展段階を区分する根拠を提供している︒蘇︑薦両氏
の論文にもレーニソの上述の文章が引用されているけれども︑
惜しいことに︑彼らが論証しようとしている問題のなかで完全
かつ的確に用いられていない︒
十月革命の勝利後の実践は︑小ブルジョァジーが優勢な国で
の社会主義への移行はきわめて困難な任務であることを明らか
にした︒ここで鍵になる問題は︑まだ現物経済や小商晶経済の
なかにいる=○○万の勤労農民にいかに正しく対処するかと
いう問題である︒この問題にたいしてエンゲルスは︑晩年にす
でに原則的構想をつくりあげていた︒彼はこう述べている︒
﹁われわれが国家権力を握ったとき︑⁝⁝小農にたいするわれ
われの任務は︑なによりも︑力つくではなく︑実例とそのため
の社会的援助の提供とによって︑小農の私的経営と私的所有を(8)協同組合的なものに移行させることである﹂︒エソゲルスの後
を引きついでレーニソは︑協同組合的形態を用いて個人農民そ
の他の小生産者を組織することを提起し︑次のように明確に指
摘した︒﹁生産手段の社会的所有のもとでの︑ブルジョアジー
にたいするプロレタリアートの階級的勝利のもとでの︑開花した協同組合活動家の制度ーこれこそは社会主義の制度であ
(9)る﹂︒エンゲルスやレーニソのこの構想は︑スターリン指導期 のソ連で︑またわれわれの国で︑すでに輝かしい現実になった︒
一一〇〇万の個人農民その他の小生産者は︑プロレタリアート
とプロレタリア政党の指導のもとで︑小私有経済を放棄し︑社
会主義的集団所有制の経済をつくりあげた︒もちろん︑歴史上
のすべての成功した偉大な社会改造運動と同様に︑後からふり
かえると︑当時の方法︑手順の細部には︑今後の活動の戒めと
して真剣に総括すべき若干の経験・教訓がどうしてもあるが︑
しかし農民・手工業者の社会主義的協同化運動の勝利的完成は︑
疑いもなく︑大空にひびきわたる社会主義の凱歌であった︒
こうして︑プロレタリアートが権力を獲得後︑生産手段所有
制の社会主義的改造が基本的に完了すると︑実践的にも理論的
にもこのような新しい段階が出現する︒それは多くのウクラー
ドが併存する過渡期とは異なっており︑またマルクス︑エソゲ
ルス︑レーニソが当初想定していたすべての生産手段が社会全
体の所有に帰している共産主義の第一段階とも異なっている︒
この歴史的段階では︑生産力の発展状況の制約を受けるので︑
社会主義の生産関係および上部構造は︑マルクス︑エソゲルス︑
レーニソが当初想定していた共産主義の第一段階の水準にはま
だ到達していない︒その主要な特徴は次のとおりである︒第一
に︑社会主義の全人民的所有制(社会主義の国家的所有制)およ
び社会主義の動労大衆の集団的所有制という二つの社会主義的
共有制が同時に併存しており︑集団的所有制の内部には共有経
済の補完をなすものとして︑集団農民の少量の小私有経済の残
津がまだ存在する︒﹁生産手段が社会全体の所有に帰する﹂と
1949年 革 命 後 の中 国社 会 の発 展段 階 の 問題
12ユ
いう墜の生産手段共有制にはまだ到達していない・第二に・
完全な体系としての資本主義的生産関係および封建的生産関係
はすでに消滅しており︑階級としての搾取階級はもう存在せず︑
過去の搾取階級分子の大多数はすでに改造されて自活する社会
主義的勤労者になっており︑小私有経済はすでに改造されてお
り︑小生産者は社会主義的な集団農民と手工業労働者とになっている︒社会主義的な労働者︑農民︑知識人︑その他社会主義
を擁護する愛国者が︑この社会の主人公である︒第三に︑汚職︑
窃盗︑投機︑空取引をする新しい搾取分子︑ごく少数の改造を
よしとしない搾取階級分子︑反革命分子︑その他の犯罪分子は
まだ長期にわたって存在し︑これらの人々にたいする闘争は︑
依然として階級闘争の範囲に属するので︑まだプロレタリアート執権を堅持しなければならない︒第四に︑個人的消費財の労働に応じた分配原則はまだ完全に貫徹できておらず︑二つの共
有制経済のあいだで統}的に︑労働の量と質とに応じて等量の
消費財を取得することが実行できないだけでなく︑一つの所有
制の内部でも労働に応じた分配の原則はまだ十分に実現できて
いない︒第五に︑国民経済全体の計画と管理︑企業の経営と管
理はすべて非常に不完全であり︑社会主義的原則と社会化大生
産の要求に応じて調整と改革を漸次実行する必要がある︒第六
に︑資本主義︑さらには封建制の思想的影響︑小生産者の慣習
の力は︑まだ長期にわたって存在するので︑思想・文化戦線の社会主義革命は引ぎつづき推進しなければならない︑等々︒社
会主義的生産関係および上部構造すぺてのこれらの不完全な状 況は︑結局は生産力の発展水準がまだきわめて低く︑十分な物
質的技術的基礎がまだ建設されていないからである︒これらは
生産力の発展過程で漸次解決することができるだけである︒
レ!ニソはかつて︑マルクス︑エソゲルスおよびレーニソ自身が当初想定した社会主義社会を﹁発達した社会主義社会﹂と
呼んだことがある︒それゆえわれわれは︑わが国の現段階の社
会を﹁発達していない社会主義社会﹂と呼ぶことができる︒し
かしこれは︑すでに社会主義経済制度であり︑共産主義の第一
段階のうちの発達していない時期である︒これと︑多くのウク
ラードが併存する過渡期とには︑根本的差異がある︒後者は︑
わが国での生産手段所有制の社会主義的改造の完了によって︑
すでに勝利のうちに終了した︒プロレタリアートの権力獲得後・
過渡期を経過して︑共産主義の第一段階に進んだとき︑かなり
長期の発達していない︹社会主義の︺時期がやってくる︒この
ような状況はすこしも変ではない︒問題はわれわれがいかに正
しく認識しているかであり︑実践のなかで︑このような発展を
支配する客観的法則に従い︑社会主義と共産主義の事業を推
進・前進させることである︒
蘇︑漏両氏の論文は︑発達していない社会主義は過渡期の範
囲に入ると主張するが︑その主な理由は︑二つの社会主義的共
有制の併存と単一の全社会的共有制とには根本的差異があるこ
と︑発達していない社会主義のもとではまだ階級闘争が存在す
ること︑プロレタリアート執権がまだ必要なこと︑である︒一
言でいえば︑発達していない社会主義の現実は︑マルクス︑エ