ナラティブアプローチの可能性と限界をめぐって ‑
「異文化」理解の詩学と政治学‑
著者 松木 啓子
雑誌名 言語文化
巻 1
号 4
ページ 759‑780
発行年 1999‑03‑10
権利 同志社大学言語文化学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004309
ナラティブアプローチの可能性と限界をめぐって
―「異文化」理解の詩学と政治学 ―
松 木 啓 子
1.はじめに
本稿では、ライフヒストリーや特定の個人的体験談の分析に基づくナラテ ィブアプローチの限界を踏まえた上で、今日の人類学研究における同アプロ ーチの可能性を検討したい。1980年代以降の人類学では、差異の政治力学に 注目するカルチュラル・スタディーズやフェミニズム理論等の発展に刺激さ れながら、異文化表象につきまとうレトリック上の限界や認識論的限界、こ れまでは見えにくく不透明であった「西欧」対「非西欧」や「調査者」対
「被調査者」といった非対照的力関係の構図がしきりに論じられるようにな った。そして、20世紀人類学が拠り所としていた、イデオロギー的にも中立 であったはずの様々な分析概念が、実はこのような力関係に支えられたもの であり、同時に、そうした力関係の再生産を行っていたのだという批判的議 論が盛んに行われるようになる。例えば、「文化」や「他者」はその中でも 代表的な批判と反省の対象となった。一方、このような概念に代わるものと して、社会行為者の実践的意味生成のプロセスを具現する「ディスコース」
はますます注目を集めるようになっていった。筆者は、社会的、文化的意味 の構築、再構築におけるディスコースの役割を重視する立場を取り、こうし たポストコロニアル的状況における同概念の援用を高く評価する。本稿では、
今日の人類学的表象を取り巻く問題点を考察することによって、どうしてデ
「言語文化」1-4:759−780ページ 1999.
同志社大学言語文化学会©松木啓子
ィスコースアプローチが有効なのか、中でも、どうして「個」の視点を中心 に据えたナラティブアプローチが有効な方法論となり得るのかを論じたい。
2. 限界からの出発
どんな理論、方法論にも限界があるように、ナラティブアプローチだけで は捉えきれないものがあるという現実をまず直視したい。ここでは、特に、
ふたつの限界について踏まえておきたい。
ナラティブアプローチが発展してきた背景には、1980年代以降の「ディス コース」への深い関心がある。先にも述べたように、「ディスコース」の概 念は様々な人類学の伝統的分析概念の危うさが論じられる中でより一層援用 されてきた。しかし、こうした「ディスコース」への注目は、当時徐々に現 われはじめたポストコロニアル批判に直接対応した結果というよりも、むし ろ、オートナーが指摘するように、ギアーツによる解釈学的視点やブルデュ ーの実践理論等の70年代からの流れが影響し、客観的社会現象ではなくて、
行為者から見た社会的現実へと人類学の関心が移行していったことの方に関 わっている (Ortner 1984)。即ち、「ディスコース」の概念を通して、社会行 為者がどんな具体的な実践的行為を通して特定の意味を創造するのかを描く ことが可能であると考えられたからであった。しかしながら、ここで注意す べき点としては、それらが基づいている具体的なディスコース現象の分析は、
言語記号の働きそのものには必ずしも関心のない文化人類学においては行わ れなかったという点である。特に、文化人類学におけるナラティブアプロー チでは、語られる内容の指示的意味、つまり、「何が語られるのか」のみが 分析の対象となり、「どのように語られるのか」は関心の外であった。ここ では、第一の限界として、こうした文化人類学におけるディスコースアプロ ーチのあり方に注意を喚起したい。後で詳しく述べるが、特定の意味がどの ような記号の働きを通して、どのように構築されるのかを解明しようとする 言語人類学からのアプローチによって、このような限界は克服可能ではない
のだろうか。
次に、第二の限界は、ナラティブを語ることによって誰もが同じように体 験と主体的意味を構築できるわけではないという現実そのものである。ナラ ティブは、通常、第一人称で語られる。この点もやはり後で改めて論じるが、
ナラティブのこうした「私」の中心性は重要な点であり、同アプローチの大 きな可能性でもある。しかし、この可能性は、誰もがナラティブを語れるわ けではないという現実を踏まえた上で論じられるべきである。ウィカンは、
最近のナラティブアプローチの隆盛を懸念しながら、自らの体験を客体化で きずに沈黙する人々の存在に注意を喚起する (Wikan 1995)。彼女は、特定の 状況に生きるすべての人々が自らの経験的世界をナラティブにして「語る」
わけではないこと、そして、「緊迫」(urgency) と「窮状」(necessity)の直中で
「語る」ことさえもできず、また、「語る」ことを拒否しながら沈黙して生き る人々がいることを指摘する。ディスコースを中心にしたエスノグラフィー を目指す研究者にとって、ウィカンの「沈黙」への視点は非常に意義深い。1 ナラティブアプローチを今後発展させていく過程において、ナラティブが誰 にでも平等に開かれたディスコースではないということ、誰もが同じように
「私」の視点から体験を客体化していけるわけではないこと、更に、ウィカ ンも強調しているように、ナラティブだけが唯一の意味構築の「場」(locus) ではない点を認識することは重要である (ibid.: 271)。ナラティブだけに限ら ず、ディスコースアプローチ全般について言えることであるが、「データ」
として分析対象となるのは、通常、研究者の耳に実際に届く記号現象のみで ある。今後、「沈黙」をどのようにして分析の中に取り入れていくのかは大 きな課題であろう。2
3. 異文化理解の詩学と政治学
西欧を頂点とした19世紀の階層的、進化論的パラダイムに基づく異文化理 解のあり方に終わりを告げ、20世紀人類学は、相対主義的視点と普遍主義的
視点のせめぎあいの中で異文化を理解するための様々な試みを実践してき た。ポーランド出身のイギリス人類学者マリノフスキーの登場以来、「フィ ールドワーク」(fieldwork) や 「エスノグラフィー」(ethnography)といった経 験主義的方法論はそうした試みの中でも代表的な存在であった。特に、後者 の「エスノグラフィー」は、多層的な異文化理解の為の段階的行為を包括す る概念として中心的な位置を占めてきた。つまり、人類学者がある特定のコ ミュニティーに出かけていって、そこで「他者」として参加しながら、一方 で、向こう側にいる「他者」についてエスノグラファーとして観察する行為、
及び、自文化に戻った後にそうした経験的観察と分析をテクスト化していく 行為、更に、最終的に創造されたテクストそのものを表わす概念として、20 世紀人類学の発展の過程で重要な役割を果たしてきた。しかしながら、1980 年代の後半あたりから、ジェームズ・クリフォード達、所謂、「メタ・エス ノグラファー」(meta-ethnographer)(Geertz 1988)によって、エスノグラフィ ーの試み自体に潜む政治的意図や認識論的矛盾、つまり、「文化を書く」
(“Writing Culture”)という人類学的エスノグラフィーの試みがメタレベルで構 築してきた様々な詩学的、政治的意味の限界をめぐって、批評が加えられる ようになり今日に至っている (Clifford 1986a, 1986b, 1988; Clifford and Marcus, eds. 1986; Marcusand Cushman 1982; Marcus and Fischer, eds. 1986)。3
こうした批評空間の中で、これまでの人類学において中立的な概念として 機能していた―機能しているとされていた―「文化」概念そのものの問題性 が頻繁に論じられるようになる。つまり、人類学の中心的な研究対象である と同時に、中心的な分析単位でもあったものが、今まで見なされてきたほど 自明な存在ではないことが論じられはじめるのである。勿論、これまでにも
「文化」の概念の捉え方は様々な文化理論家によって検討されてきたのであ り、「文化」を論じること自体は目新しいことではない (e.g.,Keesing 1974;
Shweder and LeVine 1984; Wagner 1984;cf. Williams 1976)。しかしながら、今 日ほど、「文化」がグローバルな政治学や力関係の不均衡性の問題と結び付
けられ、否定的に捉えられたことはなかった。例えば、グプタとファーガソ ンは、「文化を超えて」(“Beyond ‘Culture’”) と題された論文の中で、これま での「文化」の概念では掬いきれないポストコロニアル的状況における流動 的境界線と流動的空間の問題や差異のポリティックスを論じると同時に、特 定の地域や空間に無理矢理封じ込められた「文化」の概念がこれまでにも存 在してきたはずの流動性、差異性の問題をいかに見えにくくしてきたかにつ いて論じている (Guputa and Ferguson 1997)。また、「文化に逆らって書く」
(“Writing against Culture”)と題した論文の中で、アブ=ルゴッドは、人類学の
「文化」の概念は、様々な差異が存在し、断片的な様々な意味が複雑に錯綜 し、常に歴史的状況の直中に位置付けられている現実を、あたかも、「均一 で」(homogeneous)、「一貫性があり」(coherent)、「超歴史的な」(timeless)も のとして物象化してきたと批判している(Abu-Lughod 1991)。4
一方、「他者」という概念も同じように批判と反省の対象となる。人類学 において、「我々」の対極にある「他者」の存在は必須であった。また、
「我々」と「他者」の間の境界線ははっきりと認識されなければならず、
「我々」では有り得ない「他者」の「他者性」、「他者」には成り得ない
「我々」の「我々性」は、西欧の人類学的知と想像力の原動力となってきた (cf. Said 1979)。例えば、人類学のフィールドワークにおける方法論としての
「参与観察」(participant observation)は、エスノグラファーが特定のコミュニ ティーの一員として参加する一方で、一定の距離をおいてそこで何が起って いるのかを観察し、分析していくといったことを意味する概念であるが、そ れは「我々」と「他者」の差異と境界線を前提にした概念でもある。しかし ながら、今日、こうした二項対立的構図の歪みが頻繁に論じられる。もはや、
「我々」と「他者」の差異は単なる違いとしては見なされず、不均衡な力関 係の中における差異であり、あたかも本質的で、純粋な自律的「文化」を持 つ「他者」が、「我々」の向こう側に存在しているという前提は不可能にな ったという視点が常識化されつつある。5
差異の政治学を当初から論じていたカルチュラル・スタディーズ、マルチ カルチュラリズムとの相互作用の中で人類学の方向性を探るターナーは、人 類学の弱点を指摘する。
人類学の最大の欠点は、社会的にも歴史的にも砥ぎ澄まされた文化現 象への批判的理解という基礎的考察を発展させなかったことにある。
私がここで意味するのは、文化的形態は社会的な関係から切り離され たかたちで構築されるのではなく、また単に現実の生活世界あるいは 歴史的経験を表現し、記号化し、明白に体現化するだけでもないとい うことについての理論化された自覚がなかったということだ (ターナ ー 1998[1993])。
先に紹介したグプタとファーガソン、アブ=ルゴッドをはじめ、今日の様々 な人類学者が、多様性、異質性を説明するはずだった概念装置が、多様性、
異質性を状況づけている政治的力関係を肯定していた点に注意を喚起し、人 類学を支えてきた諸概念の脱構築化の必要性を説く。しかも、どのように捉 えられてきたのかという点だけでなく、「何故」という点も明らかにしなけ ればならないとする。しかし、こうした文化的差異の形成過程を説明し、反 省し、人類学的知の危うさを検討した後に、一体どのような、所謂、「メ タ・エスノグラフィー」ではない「エスノグラフィー」が有り得るのだろう か。例えば、フォックス (1991) や太田(1998a)は、これまでの人類学的知の あり方だけでなく、現在進行中の人類学的調査が常に差異の政治的葛藤の直 中にあることを位置づけること、調査者が被調査者とどのような関係にある のかと問いつづけることの重要性を説くが、その後に、どのような具体的な 調査と、表象の可能性が残されているのだろうか。更に、グプタとファーガ ソン (1997)が指摘するように、物理的な空間に代わって、新たに形成される グローバルなコミュニケーションネットワークに基づく仮想的空間や国境を 超えたアイデンティティーポリティックスに晒されながら、これからの「エ スノグラフィー」は一体どうあり得るのだろうか (cf. Appadurai 1990;
Jameson 1983)。
20世紀の人類学の歴史は脱構築の歴史である。当たり前とされていた諸カ テゴリーは、「他者」の存在によって相対化され、脱中心化されてきた。ク リフォードは、人類学における「他者」の表象が、いかに「我々」自身の視 点ー西欧の視点ーの理解のための「アレゴリー」(ethnographic allegory)であ ったかを指摘する(Clifford 1986a)。マーカスとフィッシャーも、西欧の人類 学的知を「文化批評」(cultural critique)であったと述べる (Marcus and Fischer 1986)。例えば、古典的事例では、ミードのサモア人の女性カテゴリーに関 するエスノグラフィーが、当時のアメリカ人の女性カテゴリーを脱中心化す る役目を担ったものであったという議論がある (Mead 1948[1926])。6 また、
より近年の例では、ギアーツが、インドネシアにおける「自分」(self)の概 念が社会関係のダイナミックスの中ではじめて捉えられるものであることを 指摘すると同時に、西欧では当たり前とされている、自律的で独立した(個 人的)「自分」の概念が、自分達(西欧の人々)が考えている程絶対的なもの ではないと論じている (Geertz 1984)。こうした「他者」の表象は、日常の生 活の中で定着し、「自然」となった価値観やものの見方を相対化させる役割 を担ってきたのであり、例えば、1970年代後半から80年代に起った日本にお ける人類学ブームも、戦後の高度経済成長の完了に伴う劇的な社会変化の中 で、人類学的思考が当時の「我々」のあり方を鑑みさせてくれたのではなか ったのだろうか (e.g., 関 1983)。7 しかしながら、「文化」をはじめ、「我々」
と「他者」の設定がその間にある不平等性を強化するようなイデオロギーと して機能してきたことに対する認識は、これまで行ってきたような人類学的 表象を全く不可能にしてしまう。
「我々」と「他者」の関係の脱中心化は、「我々」を代表するエスノグラ ファーと、「他者」として構築されていくインフォーマントとのダイナミッ クな対話的状況や力学的交渉に注意を促し、こうした状況自体をエスノグラ フィーの一部にすることによって、人類学的表象のジレンマを克服しようと
する関心を高めてきた(Clifford and Marcus, eds. 1986)。例えば、クリフォー ドは、エスノグラフィーのテクストはもともとエスノグラファーとインフォ ーマントとの共同作業であるのにも関わらず、権威を帯びた単一の「著者」
(ethnographic author)が占拠する独断的なテクストとして生産されてきた歴史 を指摘する (Clifford 1988)。尤も、クリフォードの議論以前から、エスノグ ラファーがフィールドワークでの体験 ―インフォーマントとの出会いの過 程等 ―の対話的状況をエスノグラフィーに反映させるというようなケース はあったが、8 80年代後半からは更に、より対話的な(dialogical)エスノグラ フィーを書く為のレトリック上の戦略が探求される。特に、こうした中で、
インフォーマントの「声」の表象のあり方が大きな課題となっていく (cf.
Bakhtin 1981)。9 しかしながら、エスノグラファーやインフォーマントとの 会話や、後者によって実際に発せられたことばを「声」としてただ単にエス ノグラフィーに書き込んでいくだけでは対話的なテクストにはならない。イ ンフォーマントによって発せられた体験談の長々とした引用を丁寧に挿入 し、配置していったとしても、クリフォードが指摘するように、それはせい ぜい単声(monophonic) のモードでなくなるという程度である (Clifford 1988:
50)。
ここで重要なのは、太田(1998a)の強調する点である。太田は、クリフォ ードとマーカスによる編書の出現以来(太田は、特に、クリフォードの著作 に言及しているが)、日本の人類学界においても、エスノグラフィックな表 象の限界、詩学上、レトリック上の限界、また、著者の権威にまつわる問題 がしきりと論じられてきたが、それはクリフォードのメッセージを正しく解 釈しておらず、致命的な誤りをおかしていると指摘する (1998a: 186-213)。
太田は、今日の人類学で起っているポストコロニアル批判は、単に、エスノ グラフィーのテクスト化、権威化に関わる表象の問題だけではないことを指 摘し、テクスト外で実際に繰り広げられている世紀末のグローバルなアイデ ンティティーポリティックスが存在することに対する注意を促す。「権威が
問い直されている理由は、これまで表象の対象であった人々が発話しはじめ ているからだ、これは民族誌(テクスト)外部のことである」(ibid.: 199)。
太田が何度も繰り返す「ポストコロニアルモーメント」として前景化する世 紀末の状況では、これまでは人類学者によって観察される側でしかなかった 人々が、自らを語りはじめたという大きな歴史的展開が存在しているのであ る (Clifford 1988)。こうした状況を踏まえた上で、エスノグラフィーをどう 書くのかという解決策として、複雑な社会的状況、社会関係の直中で発せら れた人々のことば、即ち、「声」はレトリック上だけの課題ではなく、より 差し迫った現実的課題となる。
アブ=ルゴッドは、人類学が直面しているこれらの難問を乗り越えながら エスノグラフィーを実践していく為のストラテジーとして、(1)ディスコ ースと実践を見ていくこと(discourse and practice)、(2)歴史的状況、グロ ーバルな状況への視点 (connections)、(3)特定の個人に焦点をあてること (ethnographies of the particular)、を挙げている (Abu-Lughod 1991: 147-157)。
これらのストラテジーはそれぞれ互いに密接に連関するものであるが、筆者 は、三つめの、アブ=ルゴッドが呼ぶところの「個別的なもののエスノグラ フィー」(ethnographies of the particular)に注目したい。アブ=ルゴッドは、人 類学者は、「文化」を表象しようとする試みに代わって、個別の歴史的、社 会的状況を生きる、個別の人間の、個別の視点に基づく個別の経験から出発 すべきであると主張する。但し、それは、マクロな歴史的、社会的状況から 切り離されたミクロ現象の分析を意味するのではなく、グローバルな状況が どのように個人の個別的状況と繋がっているのかという点を見ていかなけれ ばならないとする (ibid.: 150)。そして、個別の視点から語られる個別の経験 に焦点をあてる一方で、そうした経験の一般化を避けることが重要であると 論じる。
By focusing closely on particular individuals and their changing relationships, one would necessarily subvert the most problematic
connotations of culture: homogeneity, coherence, and timelessness.
Individuals are confronted with choices, struggle with others, make conflicting statements, argue about points of view on the same events, undergo ups and downs in various relationships and changes in their circumstances and desires, face new pressures, and fail to predict what will happen to them or those around them. So, for example, it becomes difficult to think that the term “Bedouin culture” makes sense when one tries to piece together and convey what life is like for one old Bedouin matriarch (ibid.:
154).
アブ=ルゴッドはこうしたストラテジーに基づくエスノグラフィーを実際 に完成する (Abu-Lughod 1993)。ベドウィン族の女性に焦点をあてた同著書 の中で、アブ=ルゴッドはナラティブの重要性に注目し、特に、体験談のナ ラティブを通したベドウィン族の女性の「声」、個別の女性達の視点から発 せられた「声」の表象を試みる。しかし、そこでは、その「声」が「ベドウ ィン文化」を代表するのかどうかといった問いかけはもはやなされない。10
筆者は、人類学的表象の可能性をこうした「声」に見るが、中でも、個別 の視点から語られるナラティブ(特に、体験談やライフヒストリーのナラテ ィブ)の可能性に注目する。もっとも、異文化の人々がどのようにしてある 特定の社会関係や文化を生きるのか、どんな価値観を持って人生を生きてい くのか等といったテーマは、戦前のアメリカ人類学において既に、ポール・
ラディンによる北米先住民のライフヒストリー研究の中で取り扱われていた (Radin 1926)。しかしながら、当時の優先的関心は、個人よりもむしろその 個人の経験や人生の背後にあるとされる「文化」や「社会」にあったのであ り、特定の個人による自伝的発話は、あくまでも、文化分析の為の「個人資 料」(personal document) とする考え方が主流であった。11 これに対して、よ り最近のライフヒストリーや体験談のディスコースに基づくナラティブアプ ローチでは、社会行為者としての語り手に焦点をあてながら、特定の歴史的、
社会的状況と個人との相互作用をダイナミックに捉えようとする試みがなさ れている。つまり、ナラティブは単なる「資料」ではなくて、語り手が自ら の経験の意味や主体的意味を構築する意味生成の「プロセス」であるという 視点が重要になってきたのである。
但し、先にも述べたように、ナラティブにおいて現われる具体的な記号現 象に必ずしも関心がない文化人類学者は、ナラティブアプローチの可能性自 体を見落とす。本稿で言うところの体験談やライフヒストリーのナラティブ とは、特定の語り手が、特定のオーディエンスに向けて、特定の経験を語る ものであるが、語り手はそうすることによって何を達成するのだろうか。ど のような意味を創造するのだろうか。そして、「どのように」創造するので あろうか。ピーコックとホランドは、語り手は体験を単に「報告」するだけ でなく、「語る」ことを通して、新しい体験的意味や主体的意味を絶えず構 築していく点に注目する (Peacock and Holland 1993)。しかし、こうした意味 生成のプロセスは、ことばの指示的意味を見ているだけでは解明できない。
表層の指示的意味のレベル以外に、つまり、非指示的意味のレベルで何が語 られているのか、また、記号の多機能性 (Jakobson 1960) に基づいてどんな 多層的意味が創られているのかを見ることによってはじめて、語り手の構築 する意味をよりダイナミックに解明することができるのではないだろうか (Tedlock and Mannheim, eds.1995; cf. Hill 1995)。特に、筆者は、インフォーマ ントの「声」をエスノグラフィー全体にどう配置するかということよりも、
その「声」そのものに既にテクスト化されている多声的状況を見ることに、
人類学的表象のひとつの可能性が存在すると考える。
4. ナラティブアプローチの可能性
通常、体験は「私」の視点から語られる。特定の語り手が、特定の歴史的、
社会的に状況づけられた時空において、特定の人間関係の直中で何等かの選 択を行い、特定の行動を取ったことが第一人称で語られる。何かが起こった
ことによって受動的に体験しなくてはならない羽目になったような場合で も、第一人称で語られる。即ち、ナラティブを見ることによって、「他者」
として描かれてきたインフォーマントは経験の主役となり、様々な対話的状 況の最中で自ら意味を構築する「主体」(agent)になる。アブ=ルゴッドが目 指す「個別的なもののエスノグラフィー」(ethnographies of the particular)は、
ナラティブのこのような第一人称、即ち、「私」の中心性によってはじめて 可能になるのではないだろうか (Dissanayake1996)。
しかし、ヒルとアーバインはことばの意味が孤立した「個人」に属するの ではなくて、実は、「個人」と「個人」の間で共同構築されることを論じな がら、「私」の中心性は「私」の孤立とは異質なものであることに注意を促 す。つまり、一見、自律的に存在しているように見える「私」が、実は、ダ イナミックな対話的状況の直中に有り得ることを指摘する(Hill and Irvine 1992)。こうした見解は、先に述べたギアーツによる西欧的自我の脱構築の 論理と相似しているのであるが、ナラティブにおける具体的記号現象の分析 に基づいた場合、概念そのものの脱構築に留まらず、特定の「個」、すなわ ち、「私」がどのように創造されているのか、どのような対話的状況の中で 生成され得るものかといった問いをも研究の射程に取り込むことができるの である。例えば、体験談のナラティブでは必然的に少なくともふたつの「私」
が存在する。「今―ここ」にいる語り手としての「私」と、「あの時―あそこ」
の経験の主体としての「私」のふたつの視点がまずなければならない。通常、
特定の体験を軸にして前者は後者を客体化していくが、両視点は互いに反発 しあうかも知れないし、認めあう関係にあるかも知れない。つまり、ナラテ ィブにおける経験の対象化は、語り手自身の中での対話(ふたつの「私」の 対話)を前提にするのである。こうした視点は、特に、劇的な社会変化や時 間的経緯を生きる人々のナラティブ分析においては重要である。また、「あ の時―あそこ」の「私」は誰に何を言われ、逆に、何を言ったのであろうか。
つまり、語り手は、過去の「私」が様々な人間関係に取り囲まれ、そうした
人達との関わりの中で起ったことを語るかも知れないのである。語られたナ ラティブには、過去の「私」が誰かに言われたこと、誰かに言ったこと、誰 かに言おうと思ったこと等様々な「声」がメタ言語としてテクスト化されて いるかも知れないのである (cf. Voloshinov 1973)。
ナラティブディスコースのミクロ分析を試みるシルバースタインとアーバ ンは、こうした必然的なテクスト化の歴史、即ち、対話的意味がプラグマテ ィックにテクスト化されていく必然的過程を「ディスコースの自然的歴史」
(natural history of discourse)と呼ぶ (Silverstein and Urban 1996)。この「自然的」
(natural)という形容詞によって、彼らは、ナラティブに指示的意味のみを見 ていこうとする文化人類学者の立場からは異なる立場を表明する。つまり、
特定のディスコースが特定の状況の中で現われた以上、そこにテクスト化さ れている非指示的意味は自ずからテクスト化されたものであり、複数の機能 を持つ記号のミクロな分析を通して、そのテクスト化と意味生成の過程、歴 史をそこに存在しているものとして「発見することは必ず可能であるはずだ」
(“recoverable”) という立場である(ibid.: 2)。こうして、「自然的」という形容 詞を「ディスコース」の前に付けることによって、ディスコースにはテクス ト化された形跡(trace)が当然存在し、非指示的意味も指示的意味と全く同じ ように分析可能であるという視点が前面に押し出される。このように、対話 的状況があるのなら必然的にテクスト化されているはずであるという視点 は、社会行為者の視点に焦点をあわせた意味生成の実践的プロセスとそのメ カニズムに基づく「個別なもののエスノグラフィー」(ethnographies of the particular)を目指す研究者には魅力的な視点である。
ここで、シルバースタインとアーバンの議論は、ナラティブアプローチに 限らず、言語人類学におけるディスコースアプローチに潜在する一般的問題 点へと向かわせる。言語人類学のアプローチにはもともと、ミクロな記号現 象の分析とマクロな歴史的、社会的状況の分析がどう結び付くのかという課 題がつきまとってきたが、ディスコースがある特定の場で起っている以上、
ミクロな記号体 (sign token) はマクロな状況と結び付くという記号論的前提 が あ る 。 ま た 、 そ れ 以 前 に 、 多 く の 意 味 が 言 語 運 用 者 の 「 意 識 」 (consciousness)を超えたところで構築されているが、その場合、運用者自身 が説明できない意味をも研究者はミクロ分析を通して解釈することができる という前提がある。但し、それは単なる前提ではなく、実際の意味生成のプ ロセスを解明してきた20世紀言語人類学の結論でもある。こうした見方を、
本稿で論じてきたインフォーマントとエスノグラファーとの政治力学的な視 点から考えた時、言語運用者であるインフォーマント自身の意識(イデオロ ギー)を無視した研究者側のイデオロギーであるという批判も成立し得るが、
ディスコースを見ていくことが、所謂、社会関係から孤立した「思考」
(thought)の解明の為だけでなく、複雑な社会関係の直中で起こる「社会行為」
(action)と、そのような行為の過程で創られる意味の解明を目指すことであ ることを思い出す時、それ程説得力のある批判には成り得ないのではないだ ろうか。しかも、「(言語的)実践」対「(言語的)イデオロギー」の認識論 的ジレンマは、今世紀初頭の言語人類学誕生の頃から扱われてきたのであり、
そうしたジレンマを克服するための、近年のメタ言語論―中でも、メタ語用 論(metapragmatics)―の発展には目覚ましいものがある。例えば、ルーシー による編書では、ディスコースの意味生成の過程で記号体が自らの語用論的 解釈を指標する機能、即ち、「メタ語用論的機能」 (metapragmatic function)と
「実践」、そして、「イデオロギー」との弁証法的インターアクションが様々 な視点から論じられている (Lucy,ed. 1993)。こうした言語人類学的視点は、
記号と実践的社会行為の両者を同時に研究していく上で必須であり、今後の 具体的なナラティブの分析においてより生かされていかなければならない。
5. おわりに
今日の人類学的表象を取り巻く状況は厳しい。もはや、「異文化」は気軽 に論じられず、仮に論じる場合には、そうすることによってどのようなイデ
オロギーが再生産され、どのようなリスクを冒し得るのかという配慮が必要 とされる。更に、今日の国際社会は、かつてない情報テクノロジーによる新 たな変動が進行中であり、新たな人類学的表象のための視点が試行錯誤で援 用されつつある。例えば、アパデュライは、ウォラースティンの近代的世界 システムとは異質な、政治、経済、情報、イデオロギー等の諸方面における 新たなグローバル化を論じながら、その世界的動向の中に潜在する多元化、
断片化の問題を指摘する(Appadurai 1990)。そして、中でも、情報のグロー バル化によって複数の「想像の世界」(imagined worlds)が新たに誕生してき たことを指摘する(ibid.:7)。12 今後の人類学研究において、こうした多様な
「想像の世界」、特に、巨視的なグローバル化の流れの中で現地化、異質化さ れた「想像の世界」で生きる人々の個別の「声」に耳を傾けていこうと試み ることは重要な課題であり、ナラティブアプローチはますます有効な表象の 手段となるのではないだろうか。
本稿では、「個」中心のナラティブアプローチの可能性について考察した。
但し、こうした「個」は、実は様々な社会関係の直中で、より巨視的には、
歴史的、社会的状況の直中で自らの体験の意味や主体的意味を構築していく のであり、具体的な記号現象の分析に基づく言語人類学的アプローチによっ て、そのような意味生成のプロセスと創造される意味が明らかにされ得るこ とを指摘した。確かに、言語記号の現象を中心に据えて人間の営みを解明し ようとする試みには限界もつきまとう。しかし、本稿では、そうした限界を 踏まえた上で、意味生成のダイナミズムに関する理解を深めることの可能性 に注目した。
注
1 例えば、筆者自身の経験では、昭和ひとけた世代の人々の戦争体験談に関するリ
サーチにおいて、50余年前の体験を語ることを未だに拒みつづける人達に出会っ た。特に、紹介者を通してインタビューの申込みをしたにも関わらず、「思い出 したくない」、「今更語ることによって、誤解されたくない」という理由で断られ るケースもあった (Matsuki 1995)。
2 ウィカンも指摘しているが、数少ない例外的研究のひとつに、言語人類学者キー ス・バッソーによる北アメリカ先住民アパッチ族の沈黙の意味の研究がある
(Basso 1990)。
3 人類学におけるこうした動向に対するクリフォードの貢献は大きいとされる。
言うまでもなく、本稿も、彼が中心になって展開してきたエスノグラフィーの表 象の詩学と政治学についての視点を前提にしている。
4 アパデュライは、「文化」はブルデューの言うところの「ハビタス」(habitus) と して捉えられるのではなく、エスニックグループ間のアイデンティティーポリテ ィックスの中で、選ぶべき「文化的自画像」として重要な戦略に成り得ることと 指摘している(Appadurai 1990:18)。太田(1998a、1998b)も参照のこと。
5 本稿で人類学の歴史的経緯を述べる際に言及する「我々」は、西欧にとっての
「我々」を意味する。西欧発進の人類学を受け入れてきたこれまでの日本の人類 学において、西欧にポジションを置くこのような視点が無批判に受容されてきた ことを太田(1998a)は指摘する。特に、太田のように(筆者自身も含む)、欧米 で人類学のトレーニングを受けながら、所謂、“native anthropologist”として、自 らの文化を研究対象にしてきた非西欧人の研究者にとって、「我々」や「他者」
を以って誰をさすのかという問題が常につきまとう。このようなダブルバインド をバネにして、本稿でも引用しているグプタ、アパデュライ等、様々な“native anthropologist”が近年のメタ人類学に大きく貢献している事実は興味深い。
6 こうしたアレゴリカルなミードのサモア研究に異議を唱え、有名になったのは フリーマン(1983)であり、俗に、フリーマン・ミード論争と言われている。但し、
フリーマンのエスノグラフィーも、クリフォードによれば、「一種の左右対称の 二つ折りの絵」(“a kind of diptych”)を構成しているのであり、両者とも同じよう に西洋のアレゴリー(西洋の「未開」に対するアレゴリー)を具現しているとい う(Clifford 1986b:103)。
7 勿論、この問題は明治期以降における日本民俗学の発展の問題にも結びつく。
例えば、アイビーは、日本民俗学を「近代」の矛盾のアレゴリーとして捉える
(Ivy1995)。
8 例えば、フィールドワークにおけるインフォーマントとの出会いのプロセスや 葛藤を書き込んだもの(e.g.Briggs 1970; Rabinow 1977)、エスノグラフィックイン タ ビ ュ ー に お け る イ ン フ ォ ー マ ン ト と の 対 話 状 況 を 書 き 込 ん だ も の
(e.g.Crapanzano 1980; Dwyer 1982)の他にも、1960年代以降は自己内省的な要素を 持つものが多くなってきたことをクリフォード自身は指摘している(Clifford 1986;13)。しかし、クリフォードは、こうした自己内省的なものを指して、対話 的なモードであるとは言っていない点に注目すべきである(ibid:15)。マーカスと フィッシャーもこの点について、自己告白的なモードに基づくエスノグラフィー の創造がダイアロジカルであるというのは単純すぎると批判している(Marcus and Fischer 1986:30)。
9 本稿で言及するところの、所謂、「声」はバフチンの対話理論に影響を受けた概 念として捉えられる。筆者は、「声」は、広く、「特定の人によって発せられた、
特定の記号体」と定義し得ると考えるが、それは、決して孤立したものではなく、
様々な錯綜する社会的ポジションを背景にしたものとして捉えられると考える。
10 このほか、ライフヒストリーに基づくナラティブアプローチの有名な例として、
ショスタックによる『ニサ』(Shostak 1981)があるが、例えば、グプタとファーガ ソンは、このアフリカのクン族の一女性に焦点をあてた著作では、常に、文化的 他者としての「クン文化」とは何かという問いが顕在化していたと批判している (Gupta and Ferguson 1997: 44)。但し、可能性として、特定のインフォーマントの 視点に立つことにより、例えば、アメリカ人の人類学者に対して、クン族の人々 自身が「クン文化」をどう構築していたのかという問いかけは成立し得ると筆者 は考えるし、太田(1998a、1998b)が指摘するように、今後のアイデンティティ ポリティックスの中でますます重要な問いに成り得るのではないだろうか。
11 このような資料的扱いについてはKluckhohn(1945)の中で明白に述べられてい る。
12 Anderson(1983)を参照。
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