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国際法における分離独立 : コソボの地位問題を素 材として

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(1)

国際法における分離独立 : コソボの地位問題を素 材として

著者 櫻井 利江

雑誌名 同志社法學

巻 61

号 3

ページ 31‑77

発行年 2009‑07‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011782

(2)

国際法における分離独立三一同志社法学 六一巻三号

国際法における分離独立 ―

コソボの地位問題を素材として

櫻 井 利 江

  (九八一)

                               

(3)

国際法における分離独立三二同志社法学 六一巻三号

          

 

                  

一  はじめに   コソボは二〇〇八年二月一七日、セルビア共和国からの独立を一方的に宣言して以降、米国、EU諸国の大半を含め、 六〇カ国(および台湾)から国家として承認された

、なに因原生発争紛きっ大は立対のと国域なてとそがるあでつ一のはい例事のボソコ。る領者は少的族、民く多数き動の い。て民にお在会社際国、集現族属団による所国家からの分離独立 1)

コソボ問題に関しては紛争解決をめぐり、国連、NATOおよび地域的国際機構が強く関与しており、それだけに他の分離独立問題の事例に比べ、法的に詳細な検討を加えている側面があり、問題の法的構図の解明への手がかりも多いと

考える。コソボ独立承認に関する検討から導かれた国家承認や自決権に関する法的要素は、国際社会で進行している他

  (九八二)

(4)

国際法における分離独立三三同志社法学 六一巻三号 の民族問題に関しても参照できる点があろう。

  ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国(SFRY)では一九九一年に連邦体制の解体が始まった。八月二七日、EC が開催したユーゴスラヴィア和平会議により旧ユーゴスラヴィア和平会議仲裁委員会(バダンテール委員会)が設置され、一九九一年一一月二九日、同委員会はSFRYが解体過程にあるとの意見を示した(

O pin io n 1

)。続いてECは一

二月一六日、東欧および旧ソ連における新国家承認に関するガイドラインおよびユーゴスラヴィアに関する宣言を発表し、同連邦から離脱する構成国に対し同指針に沿っていることについて承認を申請するよう促した。SFRY解体過程

ではセルビア、モンテネグロを除く他の五つの共和国が承認を申請したが、その他に共和国に属するセルビア民族集団およびコソボのアルバニア住民集団も承認を申請した。クロアチア内部のクライナ・セルビア民族集団は一九九一年ク

ライナ・セルビア民族共和国(

R ep uli ka S rp sk a K ra jin a

)としての独立を宣言し、一〇月一八日、コソボはSFRYからの独立を宣言した。同様に、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの約三五%の人口を占めるセルビア民族集団は一九九二年 一月、セルビア民族議会を設置して住民投票を実施し、一月九日、スルプスカ共和国(

R ep uli ka S rp sk a

)として独立を宣言し、それぞれ国家としての承認をECに申請した。

  これらのセルビア民族集団が自決権にもとづいて所属国家から分離独立することができるかという問題に関してバダ

ンテール委員会は、主権国家を構成する民族的、宗教的、言語的集団は独立時において、自決権にもとづく国家の創設国境線はできないと判断した。

  どのような状況においても、自決権は、関係国による合意がある場合を除き、独立時点における既存の境界線の 変更は決して含むものではない(

uti possidetis juri s

)。 2)

  (九八三)

(5)

国際法における分離独立三四同志社法学 六一巻三号

後継国の単位はSFRY時代の共和国(連邦構成国)に限定され、したがってセルビア共和国の一部であったコソボは

国家の単位とはみなされず、セルビアからの分離独立は認めていない

さすは団集族民る属属所に家国権主。所国けて護保が利権のし家と者数少で部内た避会を委員での検討事項とすること 国のボソ。コはCE承家ン認についてバダテール 3)

れるに留まり、所属国家から離脱して独立国家となることは認められない。このような同委員会の基本姿勢はデイトン合意(一九九五年)でも再確認された。

  ところで新国家が樹立されるとき、その法的根拠として援用されてきたのは自決権である。自決権は一九六〇年、植民地独立付与宣言(国連総会決議一四一五(

XV

と地民植、降以てれさ定規てし利))権の﹂民人のてべす﹁ていおに人

民がその地位を離脱(非植民地化)する法的根拠として発展し、国際社会の実行を通じて国際法において人民の権利として確立した。非植民地化の役割をほぼ終えた今日の国際社会における自決権の意味については、所属国家の領土的現

状を変更せずに人権、民族的少数者の権利・代表権、ルール・オブ・ローの尊重といった人権尊重の側面が強調され、集団の所属国家からの分離独立の承認を意味するものではないとの解釈がある。前述の新国家承認に関するECガイド

ラインは、承認はヘルシンキ最終議定書

。のたれさ定規に書文ら決れこ。るす定規と自原が捉かのるいてれらえで則味意なうよのどはうたに則原決自にとし 、ヨのパッロー章いし新(め憲リパた章の)こ、則原諸の年パ〇九九一、憲リ 4)

  コソボの独立承認について法的にどのように捉えることができるのか。コソボに国家承認を付与した諸国は、自決権をその法的根拠として捉えているのか。自決権以外にコソボへの国家承認付与を正当化する根拠はあるのか。この問題

について、本稿では安保理における審議を含め、コソボ独立に関する国際社会の対応を手がかりに検討したい。

  (九八四)

(6)

国際法における分離独立三五同志社法学 六一巻三号 二  国際法における分離権

⑴  国際文書における自決権   主権国家の一部集団が、その所属国家からの分離独立を正当化する国際法上の根拠とされるのは自決権である。非植

民地化をめぐる国際社会の実行を通じて、自決権の意味内容は多様に発展してきた。その中で大きな議論になってきたのは集団がその政治的地位を決定する権利という意味の自決権、具体的には主権国家の一定地域に居住する集団が所属

国家から分離して集団固有の新たな独立国家を形成し、または他の独立国と統合もしくは連合するという、領土主権変更の根拠としての意味である。この側面については外的自決と呼ばれることがあり、分離独立は外的自決が達成される

手段の一つである。分離はまた﹁国家領域の一部住民が新たな独立国の創設または他の既存国家への編入(

ac ce din g

)を目的として行われる領土分割

。ばは分離権と呼れ決ることがある権自、﹂味意の決自的外のれさ義定もと 5

  今日の国際法においては領土保全原則は基本原則として確立された。分離権としての自決権は、植民地支配下および外国の支配下にある集団に限って認められる。主権国家の人民も自決権の主体とみなされるが、主権国家に属する住民 全体が一つの自決権の単位とされ、所属国家内部で差別なく人権を保障される権利を意味するとされる

。国連総会およ 6)

び規約人権委員会の意見においても、主権国家の一部集団には外的自決の意味の自決権は存在しないとする解釈が支持されている

と、外的自決は否定されいはわゆる内的自決の権利、て。化このように非植民地以い後の主権国家人民につ 7)

して理解する見解が多い

8)

  内的自決についても多様な意味をもつ概念として捉えられているが、主権独立国家において外部から干渉されること なく憲法上の手続きに従って政府形態を決定し、政治制度を構築する権利として

該族当が者数少的民、の部内家国たま 9)

  (九八五)

(7)

国際法における分離独立三六同志社法学 六一巻三号

集団自身に関する事項を決定し、多数者の集団とは異なる自らのアイデンティティを保護する権利として、あるいは当

該国家の公的事項遂行への参加権として捉えられている。また内的自決は集団の自治権を含むと理解されることがある。

  自決権は国際人権規約共通第一条を含む条約および国際文書に規定されているが、分離権を明確に認めているものはない。主権国家に属する人民の自決権についても規定する国際文書とされる友好関係原則宣言(一九七〇年国連総会決

議二六二五(

XXV

はるす定規にうよの次フ))ラグラパ七第則原決自。   前記パラグラフのいかなる部分も、右に規定された人民の同権および自決の原則に従って行動し、それゆえ人種、信条または皮膚の色による差別なくその領域に属する人民全体を代表する政府を有する主権独立国家の領土保全ま

たは政治的統一を、全部または一部、分割または毀損しうるいかなる行動をも承認しまたは奨励するものと解釈してはならない。

  同パラグラフによれば、主権国家人民については、国家内部のすべての人民集団が平等に政府に代表され、人権が尊

重される、いわゆる内的自決が保障されているとき、当該国家の領土保全が保障される。ただし同政府がすべての国内人民の内的自決を保障していない場合の帰結については不明確である。同宣言に関する起草過程での審議では、後者の

ような状況において分離を認める可能性を示唆するとの意見がある

たびウィーン宣言およ行動計画(一九九三年 れさに択パラグラフは人権関。する世界会議で採同 10

五記総会五〇周年念国宣言(一九九連てた)変を現表部一えま、ていおに 11

会員九一(見意的告勧的般一年委六約条止禁別差種人びよお)九 12

。しるいてれさ認確返り繰、ていおに) 13

  (九八六)

(8)

国際法における分離独立三七同志社法学 六一巻三号   東欧およびソ連における新国家承認に関するECガイドラインが言及するヘルシンキ最終議定書およびパリ憲章の自決原則にしたがって国家承認を検討するよう規定している。ヘルシンキ議定書は、法的拘束力はないが欧米諸国間では 自決権の重要な基本原則とみなされている文書であり

。、保全原則(第Ⅳ原則)に並び次領のような自決権の規定を含む土、に 国の共通規範として合意した際、関係を律する一〇原則の中そ 14

  人民の同権と自決の原則により、すべての人民は、常に、外部の干与を受けることなく、完全に自由にその欲す

るときまたは欲するようにその国内的及び対外的な政治的地位を決定し、かつその政治的、経済的、社会的及び文化的な発展をその望むように追求する権利を有する。(第Ⅷ原則)

  同第Ⅷ原則については、主権国家内部の集団に政治的地位の決定についての広範な権利として規定されているが、第

Ⅲ原則(国境不可侵)と抱き合わせて解釈され、参加国の国境線の現状維持を確認する意味が強調されている。またパリ憲章は参加国の間の友好関係に関し、﹁われわれは国際連合憲章、および国家の領土保全に関する規範を含む関連の

国際法規範に従って、人民の同権および自決権を再確認する﹂と規定する。これらの文書に規定された自決権について

欧州地域では、外的自決よりもまず、人権、民族的少数者の権利尊重、代表政府、ルール・オブ・ローの尊重といった内的自決の側面に焦点をシフトして展開していると捉えられている

15

  このように一方では非植民地化以後の自決権の意味については、人権、民族的少数者の権利尊重、代表政府、ルール・オブ・ローの尊重といった内的自決の尊重を意味し、外的自決権の承認を意味するものではないとの解釈がある

。さら 16

に今日の国際社会を構成する主権国家の主権および領土保全はいかなる状況においても尊重されなければならず、主権

  (九八七)

(9)

国際法における分離独立三八同志社法学 六一巻三号

国家の一部領域住民が形成する実体が所属国家からの同意なしに主張する分離独立について第三国が承認を付与するこ

とは、主権国家平等原則違反とみなす見解もある

。で独立は、不侵可ある﹂と規定する 保的治政び及全土国領好関係原則宣言主権家。平等原則⒟は﹁国の友 17

  他方、友好関係原則宣言第七パラグラフを反対解釈することにより、主権国家内部の一部領域住民集団が所属国家政府から重大かつ制度的な人権侵害を受け、代表権が否定されその意見が政府に反映されず、所属国家との間で平和的に 問題を解決するための妥当かつ効果的な手段がない場合、当該国家の領土保全は保護されず、したがって集団の自決権が国家の領土保全に優先されることになり、当該集団には所属国家からの分離権が認められると解釈するものがある

18

このように民族集団が所属国家により制度的な人権侵害の犠牲になっている場合、あらゆる平和的解決手段を尽くした上で、最終的な人権救済手段として所属国家から分離独立することが認められる、というように限定的な条件のもとで

分離権を肯定する議論は多い

19

  ブックハイト(

L . J. B uc hh eit

)は主権国家内部の一部集団の人権が差別的に重大かつ深刻に侵害される場合に最終 的手段として許される分離を救済的分離(

re m ed ia l se ce ss io n

)と呼んだ

団る、くなはでのめ団認に限制無てい集にに害集、し在存が侵対権人な大重るすつ離く分中で多用いられている。また 用の離議分的済は語論分離権に関する。の救 20

に関する事項の決定過程への参加が否定され、平和的解決手段を尽くすこと等、一定の基準を満たした場合に限定的に認められるという意味で限定的分離理論(

th e qu ali fie d se ce ss io n do ct rin e

のあられこしだた。るも合場るれさ現表と) 21

議論では確実に存在するとの明言は避けながら微妙な結論を導く見解が散見される

、るがい多はのもめ分認とるす唆示、離在しはのいないてに権確明を在存のを存の、の釈について解こように分離権の 議の国連総会決国および際文書。先 22

国家実行が伴っていないからであろう。ヒギンズ(

R . H ig gin s

)は分離権については、法(

ha rd la w

)としての発展に

  (九八八)

(10)

国際法における分離独立三九同志社法学 六一巻三号 必要な国家実行を欠くと指摘している

るるしと拠根のそを行実家国は解見すい分。このように離定権の存在を否て 23

際ま。次に分離に関するこれでのの国家実行を手掛かりに国かたをき際社会はこれまで分離国際法違反として禁止して 。国 24

法における分離権の位置を検討する。

⑵  分離に関する国際社会の実行①  国家承認されない事例   伝統的国際法によればある実体が国際社会において国家として認められるためには、恒常的住民、画定された領土、政府、他国との関係をとり結ぶ能力を備えることが必要であるとされ、モンテビデオ条約(一九三三年

)により定式化 25

された。国家性基準としての政府は他の権力から独立して領域を実効的に支配する状態、すなわち実効性が要求されている

よ家る場合でも加盟国に国とてしての承認を付与しないいし、た連における実行ではこ。れらの国家性基準を満国 26

う要請した事例がある。

  国連は違法な武力行使の結果創設された実体(北キプロストルコ共和国)、人種差別政策の一環として創設された実

体(南アフリカ共和国のトランスケイ)および領域の多数住民の参政権を否定して創設された実体(南ローデシア)に

ついて、加盟国に不承認を要請した。以上の実行は、国家性基準が合法的に充たされていること、すなわち国家創設が国際法違反の結果ではないことが現代の国際社会では要求されていることを示す。北キプロストルコ共和国、南アフリ

カ共和国のトランスケイおよび南ローデシアの事例において国連が承認を拒否した理由は、違法な武力行使、制度的人種差別および人権、領域住民の自決権といった国際法規範の侵害の結果だからであり

でをらかたし定否在存の権離分、 27

はない。トランスケイの場合、南アフリカ政府自身が分離を一方的に付与したが、国連はトランスケイは自決権の単位

  (九八九)

(11)

国際法における分離独立四〇同志社法学 六一巻三号

ではないと判断した。

  現代国際法の基本原則に反する手段によって創設されたとして国連がその実体の不承認を決定する場合には、加盟国はこの決定を尊重して承認を付与しない義務を負うとみなされている。しかしそれ以外の場合、国家性基準を満たした 実体に国家承認を付与するかどうかは個別の国家の判断に委ねられてきた

28

  バダンテール委員会はセルビア民族集団の分離独立を認めなかったが、その意見書ではクロアチアおよびボスニア・

ヘルツェゴヴィナの領土保全の侵害には触れていない。他方これらの実体の成立過程においては、ミロシェヴィッチ政権のもとで行われた他民族に対する民族浄化およびジェノサイドという国際法違反行為が影響しているという事実があ

29

  一九九一年以降、ロシアのチェチェン、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ、グルジアのアブカジアおよび南オ セチア、モルドヴァのトランス・ドニエストル地域

七ついる。チェチェンにいてロシアは一九九 活てし化発が地き旧ソ連に属していた域等において分離独立の動、 30

すも関に更変の位地的土領くづとに九思意の民住ンェチェチ、年八九 - 一

る取極めを受け入れていたが、ロシアはこれを一方的に破棄し、ロシア軍の統治下に置いている。ロシア軍によるチェチェン住民に対する軍事行動が繰り返されている状況について、欧米諸国は人道法違反、武器管理に関する条約違反と

して非難している。EUおよびOSCEはロシアの領土保全に言及しつつ、チェチェンの地位については当事者間の話し合いによる平和的解決を要請している

31

  他方、南オセチアおよびアブカジアのグルジアからの分離独立問題についてのロシアの対応はチェチェンの場合と矛盾する。南オセチア、アブカジアは一九九三年以降、事実上ロシア軍の保護下に置かれ、二〇〇八年八月、ロシアは国 家承認を付与した

でるの根拠として援用すの付は救済的分離の理論与認お承シアが南オセチアよ。びアブカジアへのロ 32

  (九九〇)

(12)

国際法における分離独立四一同志社法学 六一巻三号 ある。ロシア外務省は、友好関係原則宣言第七パラグラフが規定する﹁人民の同権と自決の原則にしたがって行動し、領域に属するすべての人民を代表する政府﹂という高い基準に照らし、グルジア政府はこの基準に程遠いと指摘し、次

のようにこれらの住民の分離権を認めている。

  二〇〇八年八月八日夜の南オセチアに対する侵略的攻撃、およびアブカジアに対する同様の行動準備により、サーカシヴィリ(大統領)は自分自身でグルジアの領土保全を侵害したのである。自国の国民であり続けて欲しい住 民に対する度重なる残虐な軍事力行使により、自決によって独立国として存在する権利と安全を確保する以外の選択肢を、サーカシヴィリはかれらから奪ったのである

33

  EUはロシアによる南オセチアおよびアブカジア分離独立の承認に反対した。しかしこれは分離権の存在を否定も肯

定もするものではない。グルジア政府は広範な自治と完全な代表権を保障することを条件に領土再統合に向けて交渉したが、南オセチアおよびアブカジア指導者はグルジアの提案を拒否した。その背後にはロシアによる軍事力を含む分離

への支援がある。この点から言えば、すべての可能な平和的解決手段が尽くされたとはいえない。

  連邦国家の場合には憲法が連邦構成国の分離を認めた例がある。しかし冷戦後において単一国家でありながら、民族的少数者の分離権または外的自決をめぐる紛争解決に関する当事者間の合意の中で、紛争当事国が民族的少数者集団に

分離権を認める事例が現れている。モルドヴァにおいては国内の民族的少数者ガガウズ民族の分離権を認める国内法が制定された。一九九〇年六月、モルドヴァが主権宣言をすると、八月、ガガウズ民族は﹁ガガウズ・ソヴィエト社会主

義共和国﹂としてモルドヴァからの独立を宣言した。一九九四年一二月二三日、モルドヴァ最高会議で採択されたガガ

  (九九一)

(13)

国際法における分離独立四二同志社法学 六一巻三号

ウジア(

G ag au zia /G ag au z Ye ri

)の特別の法的地位に関する法

モズ、﹁ていつに域地住居族民ウガガの部南ァヴドル、モは 34

ルドヴァ共和国領土の不可分の一部﹂であると明記する(一条一項)。その一方で独立国としての﹁モルドヴァ共和国の国際法上の地位および国連加盟国としての地位が変更される場合には、ガガウジア人民は外的自決の権利(

th e rig ht of e xt er na l se lf- de te rm in at io n

)を有する﹂(一条四項)と規定する。同項については、モルドヴァの多数住民を占めるルーマニア民族が隣接国であるルーマニアとの統合によりその領土主権変更を決定する場合には、ガガウズ民族は外的

自決の権利、つまり分離権を行使してその国際法上の地位を変更することができると解釈されている。また北アイルランド紛争に関し、一九九八年四月一〇日に英国および北アイルランド代表とで締結された合意(

G oo d F rid ay

A gr ee m en t o n N or th er n Ire la nd

)。を主権変更可能性の規する(同二条定 合との統域を含む領和国共行ド、同領域住民の自決権の使)にもとづき、アイルランは 35

  国内裁判所が分離権に関して検討した判例としてはケベック分離問題がある。一九九八年、ケベック分離問題に関してカナダ連邦最高裁判所はケベック州のカナダからの分離独立を否定し、外的自決の意味の自決権の主体について次の ような意見を示した。特別な状況の下、すなわち⑴植民地支配下、⑵外国の従属、支配または搾取の下にある人民、そしておそらくは⑶政府への意義ある(

m ea nin gf ul

)アクセスを否定された限定できる集団(

de fin ab le g ro up

)、につい

て主権国家に所属する一部集団であっても外的自決の意味の自決権享受の可能性がある。ただし⑶の状況はまだ分離を正当化するための国際法として十分確立せず、確立したとしても最終的解決手段に留まるにすぎず、確立した国際法の

基準を反映しているかどうかは依然として不明確である

果に性能可るがなつ離排分の上実事が言宣を除分の結が離分なうよそす、くなはでけわる離の違法憲)るよに団集の反 分関はてししに権離分てケ、離ベック州の。権の否定は(他そ 36

的に成功するかどうかは国際社会の承認に依存する

37

  (九九二)

(14)

国際法における分離独立四三同志社法学 六一巻三号 ②  国家承認された事例   国連体制のもとで主権国家の一部集団による所属国家からの分離独立の主張が承認された事例としては、パキスタン

領土の一部(東ベンガル州)を構成していたバングラデシュおよびエチオピアとの連邦国家を構成していたエリトリアがある。バングラデシュについては、インド軍の武力支援によりパキスタン政府軍が降伏した後、諸国家に国家承認さ

れ、一九七四年九月一七日、国連加盟が容認された

権ト配支の域領アリリをエらか軍府政アピ権奪チチ政事軍定暫アピオエ還ていつに立独、しオエ)FLPE(線戦放が 始い一、はてトつにアリ六リ九ま〇年代に。るエリトリア人民解エ 38

との合意の後、一九九三年五月二四日、独立を宣言し、五月二八日、国連加盟が容認された

39

  冷戦終了後欧州地域には新たに二三カ国が出現したが、これらのうち連邦解体によって先行国から二つの新しい国際 法主体が創設されたチェコスロヴァキア

か国ルバたし復回を立独ら合三併るよに連ソ旧てしそ、ト 40

としるきでがとこるえ捉事例て の立独離分、き除を 41

しはおよび白ロシアソイ連邦の解体を宣言ナラ月ク九九一年一二八。日、ロシア、ウ一 42

(ミンスク合意)、同合意文書について一二月二一日、モルドヴァ、アルメニア、アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギスタンも合意し(アルマアタ議定書)、ソ連邦は解体した。

以上の一一カ国およびグルジアで構成するCIS決定において、ロシアが国際機構における旧ソ連の加盟国としての地

位を継承することが支持された。

  SFRYについては連邦構成国であったクロアチアおよびスロヴェニアは一九九一年六月二五日、マケドニア

F or m er Y ug os la v R ep ub lic o f M ac ed on ia / F YR O M

)は九月一七日に独立を宣言し、ボスニア・ヘルツェゴヴィナは一二月二〇日に国家承認を申請した。SFRY一九七四年憲法の基本原則によれば、連邦政府において各連邦構成国およ びコソボ、ボイボジナの二自治州が平等に代表権を保障された権力分有体制を国家理念としていた

。セルビア指導者に 43

  (九九三)

(15)

国際法における分離独立四四同志社法学 六一巻三号

よる共和国権限のはく奪という一方的行為によりSFRY憲法で規定された理念を体現する政府が消滅した。バダンテ

ール委員会は一九九一年一一月二九日、SFRYは解体過程にあると宣言し(

O pin io n 1

)、その後一九九二年七月四日、﹁セルビアとモンテネグロは法的に平等な地位にある共和国として新国家ユーゴスラヴィア連邦共和国(FRY/新ユ ーゴ)を構成し、一九九二年四月二七日、同憲法を制定し﹂、﹁SFRYの解体過程は完了し、SFRYはもはや存在しない﹂と認定した(

O pin io n 8

)。

  同意見が確認したとおり新ユーゴ憲法は、同連邦がセルビアとモンテネグロとで構成されると規定し(同二条

れにびマケドニアの領土主権つおいては全く触れず、またこよアィニスニア・ヘルツェゴヴナ、クロアチア、スロヴェ )、ボ 44

らの共和国の分離独立がSFRYの領土保全の侵害であるとも主張していない。この事実から、新ユーゴがボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クロアチア、スロヴェニアおよびマケドニアの独立を黙認したとみなすことができる

。ボスニア・ 45

ヘルツェゴヴィナ、クロアチアおよびスロヴェニアの国連加盟が容認されたのは同憲法制定後の五月二二日、マケドニアについては一九九三年四月である。この事実は新ユーゴ憲法制定をもって同国がボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クロ

アチア、スロヴェニアおよびマケドニアの分離独立を黙認したとする見解を裏付ける

ロルを変更し、二〇〇六年六月、セビ形づグネテンモきとアもに意合のと態合、ン年結ルビア・モセテグロへと国家ネ いユーゴにつ〇ては、二〇三。新 46

がセルビア・モンテネグロから分離し、国際機構におけるセルビア・モンテネグロの地位はセルビアが承継した。

  一九九〇年以降の二〇カ国の新国家承認の事例はすべて連邦体制国家における連邦解消に伴い、連邦構成国であった

共和国が国家の単位とみなされて独立した事例である。連邦からの分離独立については明示または黙示の合意があった。所属する領域国による主権および領土保全の侵害との主張に対抗して諸国家が独立を承認したのはバングラデシュ

が唯一の事例である。

  (九九四)

(16)

国際法における分離独立四五同志社法学 六一巻三号   東ベンガル州としてパキスタンの東部領域を構成していた一九七一年、同州住民による自治要求運動が政府軍により弾圧されたことから、三月二六日、バングラデシュとして独立を宣言した。一二月、インドはバングラデシュへの武力

支援を開始し、一二月一六日、パキスタン政府軍は降伏したが、パキスタン政府から東ベンガル州住民に対して行われた政治的参加権の否定、差別待遇といった基本的人権の侵害に加え、政府軍の弾圧により、一〇〇万人以上のベンガル

民族が死亡し、紛争を逃れて一〇〇〇万人余りが難民として流出した

は見東、れさ示が意ンるす対反に確明ベガし行のたし持支を使のル権決自の民住州て関バにではングラデシュ分離独立 受を発連勃争紛力てけ審開催された国。議の場武 47

インドおよびソ連・東欧諸国だけであった

加、のスルェウンモコ日員八一月四、れさ与一とが年連国、日七一月九四し九九一、れさ認容て付認家国らか上以国承 ュイバが軍ドン年、月三グ二七九ンかラまカ〇五はにでるデす退撤ら。シ一 48

盟が容認された。このようなバングラデシュに関する諸国家の対応について、所属国家パキスタンによって重大かつ深刻な人権侵害を被り、参政権を否定され、自治の要求も無視された状況において、最終的手段として東ベンガル州住民

が主張する分離権を国際社会が承認した事例として捉える見解がある

49

  他方、単に国際社会が既成事実を承認したものと捉える見解がある。クロフォード(

J. C ra w fo rd

)は以下のように

バングラデシュを自決権の事例として捉える見解を否定する。バングラデシュの事例は非植民地化以後のコンテクスト

で領域国の同意なしに分離独立が成功した唯一の例外であり、自決権適用の事例として捉える十分な基盤があったにもかかわらず、国連決議は自決権には全く触れておらず、むしろ特別な状況において外国の軍事支援の結果達成された既

成事実として扱った。バングラデシュ独立宣言に対するパキスタン軍の暴力的鎮圧と弾圧の結果、住民に多大な犠牲を負わせ、また難民を生じさせたという事実にもかかわらず、インド以外にバングラデシュを承認しようとする国家は無

く、諸国家が国家承認を付与するのは一九七一年一二月、パキスタン軍の降伏以後である。この時点以降、新国家バン

  (九九五)

(17)

国際法における分離独立四六同志社法学 六一巻三号

グラデシュの存在はパキスタンに対抗力を有する(

op po sa ble t o P ak ist an

)という意味で、パキスタンはバングラデシ ュのその法的存在を受け入れざるを得なかった。無効性と違法性とは異なる概念であり、無効な行為は直接的法的結果を生じないが、違法な行為であっても﹁法における行為(

‘a ct in la w ’

)﹂は直接的法的効果を生じうる

50

⑶  国際法における分離権   国際社会は所属する領域国の同意なしに国家の一部を構成する集団が分離独立することには抵抗してきた

す構権および領土保全の侵害を成のし、国家主権平等原則に反主国が家な分離実体に他国域国承認を付与することは領 。うよのこ 51

るからである。ただし国際法において分離権は明確には禁止されておらず、また同時に分離権の存在も明確にされていない。本章⑴で明らかにしたように友好関係原則宣言第七パラグラフの規定は他の国際文書でも再確認され、現在では

国際法における自決権の基本的規定の一つとなっている。その解釈については対立があるが、集団が所属国家政府によって差別的に扱われ、代表権を否定される場合には、所属国家の領土保全は尊重されず、分離独立が認められるとする

解釈が可能である。このような同パラグラフの解釈から、集団の主張が所属国家政府に反映されず、その人権に深刻な侵害があり、平和的解決手段を尽くしても解決に至らない場合には最終的手段として、集団の自決権が所属国家の領土

保全に優先し、所属国家からの分離独立が認められるとする救済的分離の理論が導かれ、この理論は広く支持されている。

  ⑵でみた実行において、領域国が領土保全の侵害として反対する中で多数の諸国が分離独立を承認したのはバングラデシュが唯一の事例である。この事例については承認付与国は東ベンガル州人民の権利を認めた訳ではなく、国家性基

準を満たした実体が既成事実として存在するのを単に諸国家が認めたにすぎないとの解釈がある。しかしそのように捉

  (九九六)

(18)

国際法における分離独立四七同志社法学 六一巻三号 えた場合、東ベンガル州において実効的支配の確立をもたらす主要因となったインドによる武力支援についてはどのように説明するのか。インド軍の駐留下にあった状況においてバングラデシュに五〇カ国以上から国家承認が付与され、

さらにコモンウェルスの一員として容認された事実について、東ベンガル州住民の分離権の行使を認めたと捉える以外には整合的に説明することはできない。パキスタンの領土的現状の変更をもたらしたインド軍による武力支援は、パキ

スタンの領土保全を侵害する違法な武力の行使であり、他国による国家承認の付与はこのような違法行為の結果を承認したことになるからである

52

  分離権否定論者は、分離権が国際法上の権利であると実証するのに必要な事例に乏しいことをその主要な理由としている。バングラデシュの事例は国家実行における例外であり、国家主権および領土保全の尊重を基本原則とする国際法

には何ら影響しないと考えることもできよう。しかしたとえ分離権の存在を実証する事例がバングラデシュの他に無く、国家実行の豊富な蓄積が無いとしても、今日、法の存在を見出す手法はあるとする議論がある。

  トムシャット(

C . To m us ch at

)は次のように演繹的に国際法における分離権(救済的分離)の正当性を導いている。国際社会が例えば国連憲章や欧州連合条約のような重要な文書に基本原則として規定するとき、それらの原則は必ず遵

守され、実施されなければならない。国際司法裁判所はニカラガ事件判決において、国家実行について十分考慮せずに、

武力行使禁止原則および内政不干渉原則が慣習法として結晶化したと判旨した。武力行使禁止原則と並び、人権および基本的自由の保護は今日の法秩序の主軸である。そうだとすれば、ある国の政府が制度的かつ継続的に行う重大な人権

侵害について十分信頼しうる証明がなされたとき、国家主権平等原則はその優位性を失い、人権を脅かされている人々を援助するための救済行動が国際社会には要請される。所属国家の抑圧行為により多数の人命が危機にさらされる程の

構造的差別を受けている集団には、国際法は最終的手段として所属国家からの分離独立への訴えを許さなければならな

  (九九七)

(19)

国際法における分離独立四八同志社法学 六一巻三号

い。救済的分離は実行に乏しくとも実定法(

po sit iv e la w

)の一部と認めなければならない

。以上のように、たとえ唯 53

一の事例であってもバングラデシュの分離独立を諸国家が承認した事実は分離権の存在を実証するに足ると論じている。

  冷戦終了後の分離問題に関する諸国家の実行をみると、救済的分離の理論を前提にしていると捉えることが可能な対応を見出すことができる。南オセチア、アブカジアおよびチェチェンに関して、欧米諸国はロシアの領土保全に言及し

つつ、また領域住民の人権尊重、自治権の付与を提案するとともに、当事者間での平和的紛争解決のための交渉を尽くすよう促している。このような政策は救済的分離の理論の要素と共通点があることからすれば、これらの関係諸国は最

終的な解決手段として分離権を認める可能性を否定していないとみることができる。他方、ガガウジア(モルドヴァ)、北アイルランド(英国)その他の分離権をめぐる紛争解決過程において、当事国がその一部領域住民の分離権を認めた

事例がある。

  分離権に関する以上の検討を踏まえて、以下ではまずコソボ独立までの経緯を概観し、続けて諸国家はコソボの分離

独立をどのように捉えているのかについて国連安保理の審議を手掛かりに検討する。

三  コソボの概要および経緯

⑴  紛争までの経緯   コソボは人口約二〇七万人、その民族構成はアルバニア民族(九二%)、セルビア民族(五%)、トルコ民族等諸民族

(三%)である

八世住している。第一次界に大戦終了後の一九一居的分中ルビア民族の大部は。、コソボ北東部に集セ 54

  (九九八)

(20)

国際法における分離独立四九同志社法学 六一巻三号 年一二月一日、現在のコソボ領域はセルビア・クロアチア・スロベニア王国の一部に編入され、第二次大戦中は枢軸国のブルガリア、アルバニアおよびドイツによる分割占領下に置かれた。一九四六年SFRY憲法により、コソボは現在 の境界線で区分される行政的単位としてセルビア共和国に属する自治地域となった。セルビア共和国憲法はコソボが自らの経済的文化的発展を管理し市民の権利保護の責任を有すると規定した

国邦和共るあで国成構連にボソコ、時のこ。 55

としての地位が認められなかった法的理由は明確ではない。

  一九六八年SFRY憲法は連邦構成国に付与されていた﹁社会的政治的共同体﹂としての地位を同様にコソボおよび

ボイボジナ自治州にも付与し、アルバニア語の使用制限を緩和した。さらに一九七四年SFRY憲法はコソボおよびボイボジナ自治州に他の連邦構成国とほぼ同等の地位を認めた。これによりコソボは共和国と同様に自治州としての憲法

を制定し、連邦幹部会への代表を指名し、連邦議会議員を選出し、自治州としての中央銀行を設立した

56

  一九八九年三月および一九九〇年九月、セルビア憲法改正によりコソボはボイボジナとともに、その自治権がはく奪 された。またセルビア政府によりコソボのアルバニア民族は政府機関から追放され、地方政府への参加も否定され、コソボ議会は閉鎖され、人権抑圧的な政策が実施された

親シりよにけかき働のチッィヴェロミもていおにログネテンモ。 57

セルビア政権が成立し、連邦構成国の輪番制により幹部会議長の任務を遂行していた連邦政府においてはセルビア支持

勢力が数の上で優勢となり、スロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの意見は連邦の政策決定に反映されなくなった。

  ミロシェヴィッチによるコソボのアルバニア民族に対する人権侵害に対抗して、一九九〇年七月二日、コソボ自治州議会のアルバニア民族議員は、セルビアからの独立宣言を、そして一九九一年一〇月一八日、SFRYからの独立宣言 を採択した

て認に、コソボの国家承にとついては検討事項としもはお会前述のとおり、ECよがびバダンテール委員、 58

  (九九九)

(21)

国際法における分離独立五〇同志社法学 六一巻三号

いない。一九九七年夏から、独立に反対するセルビアとの間で大規模な武力紛争が勃発し、一九九八年冬にはセルビア

軍によるコソボ解放軍(

K os ov o L ib er at io n A rm y /K L A

)せん滅作戦が展開され、紛争過程で三五万人の住民が追放され、半数の居住地域が攻撃された

59

⑵  ランブイエ和平案

60

  一九九九年二月六日、ランブイエ(フランス)においてコンタクト・グループ

N隊らかボソコの軍撤ゴーユ、はにの退平除のへボソコ、解、装武のALK案和対和同しランブエイ平案を提示した。 よユーゴ連邦おにびコソボ指導者が新 61

ATO主体の平和維持軍駐留等の停戦に関する事項が規定された。加えて、停戦後の制度枠組についても規定されていた。コソボ住民のために民主的自治(

de m oc ra tic s elf -g ov er nm en t

)が保障され、同合意から三年経過後にコソボの将 来の地位決定のための住民投票の実施が規定され、コソボの最終的地位については人民の意思にもとづいて決定することが明記されていた(一条⑶

渉たビアが拒否しためセ、三月一八日、交ル、てが和平案についコ)。ソボは同意した同 62

は決裂した

63

⑶  安保理決議一二四四   一九九九年三月二四日から七八日間のNATOによる空爆を経て、六月三日、新ユーゴ(FRY)はNATOとの停 戦協定を受け入れ、六月一〇日、コソボ危機の政治的解決に関する一般原則(安保理決議一二四四付属書一および二)を含む安保理決議一二四四が採択された

い束明示せず、拘力てのない前文におはいボ。に位地的終最のつソコは議決同 64

て﹁すべての国連加盟国は、ヘルシンキ最終議定書が規定するように、FRYおよび同地域の他の諸国の主権および領

  (一〇〇〇)

(22)

国際法における分離独立五一同志社法学 六一巻三号 土保全へのコミットメントを再確認し

l a gf su bs ta nt ia ut on om y an d m nin ea ul lf- ad m in ist ra tio n se

るめの高度自意びよお治のたのボソ自治機関(あ)を再確認味 及Yに全保土領のRコFで現表うい言す﹂民﹁はていつに住るボソコ、方他。と 65

66

している。

  コソボの統治権に関しては次のように規定する。コソボ領域からすべてのFRYの軍隊、警察および準軍隊組織の撤 退を要請し、国際安全保障プレゼンス(KFOR)が同時進行的に展開され(

pa ra . 3

)、将来コソボの最終的地位が確定するまでの暫定期間、国際文民プレゼンス(UNMIK)および安全保障プレゼンスを展開することにより、コソボ での自治政府樹立を促進し、基本的な文民行政機能を果たす(

pa ra . 5

)。またUNMIKの責任については、コソボの最終的地位が確定するまでの暫定期間、ランブイエ合意を十分考慮して、コソボに高度の自治および自治政府確立のた

めの政治的プロセスを促進すること、そして最終段階においてはコソボ暫定機関から政治的解決によって確立された機関への権限移譲を監視することを規定した(

pa ra . 11

)。

  同決議に関する安保理での審議過程では、コソボの最終的地位に関する具体的提案についてもまた概要についても触れられていない。また自決権については言及を避けている。その後も国連およびコンタクト・グループがコソボの地位

について当事者間の交渉を仲介したが、当事者双方は相互に矛盾する基本的立場を固持してきた。二〇〇五年一一月、

コンタクトグループは交渉の前提として次のような指針を示した。領土的地位については、一九九九年以前のようなセルビア支配下には戻らず、コソボ領域は分割せず、二〇〇六年時点において直ちにかつ無条件の独立はせず、他のアル

バニア民族居住地域とは統合しない

67

  交渉過程ではアナン事務総長による、コソボ、セルビア、モンテネグロを構成国とする国家連合構想も提案された

が、 68

交渉の基本は安保理決議一二四四に置かれており、機会あるごとにコソボの自治の地位が検討されていた。一方のセル

  (一〇〇一)

(23)

国際法における分離独立五二同志社法学 六一巻三号

ビアはコソボはセルビア領土の一部として維持さればならないと主張し、他方コソボはコソボ住民のセルビア支配下へ

の復帰は受け入れ不可能と主張し、今日まで当事者間の合意は得られていない。

  二〇〇六年五月二一日にはモンテネグロが国民投票の結果にもとづき、セルビア・モンテネグロから分離独立を宣言

した。またコソボの最終的地位に関する交渉継続中にもかかわらず、二〇〇六年九月三〇日、セルビア議会はコソボの地位に関して、セルビア領土の不可分の一部であり、セルビア主権の枠内で自治を付与されると規定する憲法を採択し

た。

⑷  地位合意のための包括的提案   二〇〇七年三月二六日、コソボ地位交渉特使アハティサーリは国連安保理に最終報告書

を提出し、国際社会の監視下 69

におけるコソボの独立(

su pe rv ise d in de pe nd en ce

)を唯一実行可能な選択肢として勧告した。同報告書の付属文書であるコソボの地位合意のための包括的提案

機うを定規なうよの次、るし。慮考てしと素要の準基性含む国際際国びよお権結締約条際国、し法主体るとて考慮しう

rt. . 1 . 1 A cie st at eh oo d so ty

う(会社、ずせ用は使国語用表いと)家うはい案現を使している(用と))。その一同方で、

at St e,

は当を事者双方の対立する主張家反映し、コソボに関して国( 70

構における加盟申請権(

A rt. 1 . 5

)がコソボに認められる。コソボ領域における実効的支配の確立のための要素と考慮しうる規定としては、同政府が独立して外部の干渉なくすべての決定権を有し(

A rt. 5 o f A nn ex I

)、多民族で構成さ れる警察、治安維持軍および情報機関を有し、それらの機関がコソボ政府の排他的な管理の下に置かれ(

A nn ex V III

)、さらに空域における完全な所有権および責任(

A rt. 7 o f A nn ex V III

)が認められる。以上のことから、ダスプルモン(

J.

D ’A sp re m on t

)は同文書が﹁国家﹂という名称は用いていないものの、コソボに国家性基準に必要な要素を付与してい

  (一〇〇二)

(24)

国際法における分離独立五三同志社法学 六一巻三号 るという見解を示している

71

  結局安保理ではコソボの地位合意のための包括的提案は採択されなかった。その後もコソボの地位について、安保理 ミッションそして米、ロシア、EU(トロイカ)の仲介による働きかけが続いた

さ程立独全完、で過国のそ、れらね、際も、、割分の域領立社独の下督監会重でンヨ議ドン、ニーュークでの外相級会 交の仲介によるロ渉はウィーン、。こ 72

まざまな連合形態の模索、広範な自治などが再検討されたが交渉は行き詰まったままだった

Gに統領はハイリゲンダムおュける先進国首脳会議(大シ渉一ッ中の六月〇日、米国ブ 位ソボの地交について。コ 73

8

)の後アルバニアを訪問し、 コソボの独立支持を言明した

74

⑸  独立宣言   二〇〇七年一一月、コソボ議会選挙が実施された

よビお部北ボソコるいてけ受をスーサ政行のらか国和共アビルセ。 75

びKFOR統治下の合わせて一四六、〇〇〇人のセルビア民族は、同選挙をボイコットし、コソボ自治政府から離反する固い意思を示している。そのような状況の下で二〇〇八年二月一七日、同議会はセルビアからの独立宣言

を採択した 76

77

同独立宣言要旨は次のとおりである。

  1

コソボは民主的、世俗的、多民族、法のもとの非差別と平等の保護原則によって導かれる共和国になると宣言する。コソボにおけるすべてのコミュニティの権利を保護および促進し、かれらが政治的決定過程に効果的に参

加するのに必要な条件を整備する。

 

2

るす施実、れ入け受に分十を務義のンラプ・リーサィテハア。  

3

を体現する憲法速をやかに採択するトンメ自人権と基本的由ト尊重へのコミッ。

  (一〇〇三)

(25)

国際法における分離独立五四同志社法学 六一巻三号

 

4

るす持支に的続継をスンゼレプ国際くづともに四四二一議決理保安。

  5

将来、ヨーロッパ諸国とともに在ろうとしており、EU加盟に必要なすべてのステップを踏む意思を宣言する。

 

7

継続について国連ともとに建設的に活動する動の活お国連による戦後復興よめび民主制度構築のた。

  8

国連憲章、ヘルシンキ最終議定書その他のOSCE法、国家間関係を規律する国際原則および礼譲の義務を完全に受け入れ、かつ参加国としての義務を受け入れ、条約上の原則に従う。コソボはアハティサーリ・プラン付

属書Ⅷに規定される国際的境界線を有する。コソボは国連の目的と一致しないいかなる武力による威嚇または行使も差し控える。

 

9

るす行履を務義際国の約条たし結締がYRFSびよおKIMNU。

10

  るす言宣をトンメトッミコのへ定安と和平の域地パッローヨ東南。

11

  るす望熱を築構の係関好友のと国接隣のてべす。   同宣言はコソボが独立後、国際文書における義務の履行を約束しているが、セルビアの領土主権の下から離脱してそ

の法的地位を変更する根拠については触れていない。独立宣言に対しセルビア憲法裁判所はセルビア憲法、ヘルシンキ最終議定書、安保理決議一二四四およびバダンテール委員会意見に反することを理由として同宣言を違法と判断し、八

月一五日、セルビア外相は独立宣言が国際法違反かどうかに関する国際司法裁判所勧告的意見の要請を国連に申請した

78

⑹  安保理の独立宣言への対応   コソボ独立宣言翌日の二月一八日に召集された安保理では、領域国の同意なしに一方的に分離独立を宣言するという

異例の事態に直面し、理事国の意見は対立した。ロシアはセルビアを支援して、コソボの独立は国連憲章を含む国際法

  (一〇〇四)

(26)

国際法における分離独立五五同志社法学 六一巻三号 違反であり、セルビア主権の侵害であるとして非難した。ベトナムは安保理決議一二四四がFRYそしてその後継国となったセルビアの主権および領土保全への国連加盟国のコミットメントを再確認したことを想起すべきと発言した

。他 79

方、英国および米国はコソボ独立を支持した。他の理事国の多くも領土保全の尊重原則については触れている。しかしコソボの独立がセルビアの領土保全侵害であるとの明言も、独立宣言に対する非難も、また国家承認に関する言及も避

けている。

  独立を違法とする理由として主張されたのは第一に、安保理決議一二四四はコソボにおけるセルビアの主権および領 土保全の尊重を規定しており、同決議に反するという点である。この点を強調したのはロシアであり

言引よにセ発たし用ル、ビアを支持したり に先もムナトベ、 80

の束いては法的拘力にのない前文でつ全の。土領びよお権主保YRFしだた 81

み言及している。中国は独立宣言を直接的に非難することなく、国連憲章に規定された主権および領土保全の保護は国際法の基本原則であると指摘した

82

  コソボ独立が安保理決議一二四四違反とする意見に対して、英国は同決議を次のように解釈して反論する。⑴安保理決議一二四四は、コソボの最終的地位解決までの国際機構がコソボ統治を行う暫定的期間について規定してお り、したがってその拘束力はこの暫定的期間に限定される

83

⑵安保理決議一二四四はコソボの最終的地位に関連する条項(

pa ra . 11

)で﹁ランブイエ和平案を十分に考慮し﹂と規定しているが、同和平案はコソボの最終的地位決定については﹁人民の意思⋮⋮に基づき﹂と規定する

84

⑶安保理決議一二四四は独立を排除していない。従って明示的に排除されていない独立は選択肢として認められる

85

  第二の独立を違法とする理由として、コソボの最終的地位決定に関して当事者間の交渉が尽くされていない点が指摘

されている。中国はこの点を非難し、﹁交渉を中断して一方的行動に出るのは国際法の基本原則への重大なチャレンジ﹂

  (一〇〇五)

(27)

国際法における分離独立五六同志社法学 六一巻三号

であると述べた

よた強ときべす決解を題問りにし続継渉交はアシネドンイ。調 86

87

  この主張に対して英国は、セルビア側が地位交渉の進行中に一方的に憲法改正してコソボはセルビア領土の不可分の一部と規定したことにより、交渉による解決を実質的に終了させてしまった

案れ決解のてべすでまこ、も国米に様同、 88

について交渉し尽くしたが合意に至らず、当事者間の妥協は不可能と確認された、と反論した

89

  他方、独立を支持する理由として第一に主張されたのは、コソボが特別の(

un iq ue / sui generis

)事例であり他の同 様の状況の先例とはならないとする点である。ベルギーは、コソボの独立は新国家の創設をもたらしたユーゴ解体という歴史的文脈における状況の一部なのだから先例とみなされることはないと主張し

るェよにチッィヴシロミ、は国米、 90

コソボ住民に対する大規模な人権侵害と民族浄化が、安保理決議一二四四の採択をもたらし、同決議にもとづき、FRYの軍隊、準軍事組織、警察組織を撤退させることにより、セルビア政府からコソボ支配権をはく奪して実効的にコソ

ボを国連暫定統治のもとに移行し、コソボの将来の地位決定の政治的プロセスを国連が進めた。これらすべてがコソボに特別の状況をもたらしたのであり、これは他の地域の先例とはならない、と主張した

。英国は、九年間独立国家であ 91

るセルビア領土内において国連の保護下にあった事実こそコソボを特別の事例にしている、と指摘し

意たし明表を見 の様同もアビリ、 92

93

  第二の理由としては、前述の英国の意見にあるように、安保理決議一二四四がコソボの最終的地位については同住民の意思にしたがって選択すると規定している点が指摘されている。コスタリカは独立承認の法的根拠について、安保理 決議一二四四およびその付属文書一および二、そして平和と自治のための暫定合意の中に十分に見出すことができると述べた

94

  第三に一九九九年以降の状況によってコソボの自治回復、セルビアへの復帰が非現実的になったことを挙げている。

  (一〇〇六)

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