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公共部門における「評価(evaluation)」と「監査 (audit)」 : 両者は区別可能か?

著者 平松 英哉

雑誌名 同志社政策研究

号 3

ページ 16‑30

発行年 2009‑03‑15

権利 同志社大学政策学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011680

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はじめに

 行政研究、あるいは政策研究において、「評価(evaluation)」と「監査(audit)」

はまったく別個の概念であると論じられることが多い。そこでは、前者は政策やプ ログラム実施の効果を確かめるもの、後者は決算の確認と不正の摘発を行うものと して区別されてきた。しかし、評価と監査はいずれも20世紀後半における発展に伴っ て、次第に多義的な性格を帯びる概念へと変化してきた。とりわけ、「評価」概念 の拡張、および「業績監査(performance audit)」の発達によって、両者の境界 はあいまいなものになりつつある。

 本稿は、これまでの学術研究においてなされてきた議論を振り返るとともに、実 務上行われている「評価」と「監査」の活動の性質や、これらの概念の実務上の区 分を分析することを通じて、両概念は現在においても区別可能かどうかについて考 察するものである。

 評価と監査・業績監査の関係については、わが国にも1990年前後にいくつかの先 行研究が存在しているが1)、本稿は、それから10年以上の歳月を経た現在の実務上 の用法に主たる関心を置いている。

 以下、本稿では評価と監査の歴史的起源と発展について概要を述べたあと、両者 の異同点について論じた先行研究を紹介し、その後に実務上使用されている用法を 踏まえた上で、筆者なりの整理を試みることにしたい。

 なお、特に断りのない限り、本稿でいう「評価」とは、英語の“evaluation”を 意味するものである2)

1.「評価(evaluation)」の歴史的起源と発展 1.1.評価の起源

 評価概念は、その代表的なテキストによれば、「社会プログラムの働きと有効性 に関する情報の収集、分析、解釈、伝達を目指す社会科学的活動3)」、あるいは「プ ログラムや政策の改善のための一手段として、明示的・暗示的な基準と比較して、

プログラムや政策の作用や成果を体系的に査定(assessment)すること4)」と定 義されるように、政策やプログラムの効果を実証的に明らかにすることに関心を置 いた行為である。

 評価の起源は、端的にいえば応用社会科学の起源に相当する。したがって、いかな る時代のいかなる活動にその起源を見出すかについては、論者によって様々である。

公共部門における「評価(evaluation)」と

「監査(audit)」:両者は区別可能か?

平松 英哉

Hideya Hiramatsu

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17  たとえば、17世紀イギリスにおける、トマス・ホッブスに影響を受けたウィリア

ム・ペティが着手した社会調査プログラムを起源とする説5)もあれば、19世紀後半 イギリスにおける、学校の教職員に対するいわゆる業績給導入の取り組みを起源と する説6)もある。

 さらに極端な言説もある。最古の評価は『旧約聖書』に見られるというものであ る7)。バビロンのネブカドネザル王に仕えることになったイスラエル人のダニエル 少年は、王が宮廷に仕える少年たちに毎日与えるよう定めた食事(肉類と酒)に反 対し、以下のような実験を提案している。

 ダニエルは、侍従長が自分たち四人の世話係に定めた人にこう言った。

 「どうかわたしたちを十日間試してください。その間、食べる物は野菜だけ、飲む物は水 だけにさせてください。その後、わたしたちの顔色と、宮廷の肉類をいただいた少年の顔色 とよくお比べになり、そのうえでお考え通りにしてください。」

 世話係はこの願いを聞き入れ、十日間彼らを試した。十日たってみると、彼らの顔と健康 は宮廷の食べ物を受けているどの少年よりも良かった。それ以来、世話係は彼らに支給され る肉類と酒を除いて、野菜だけを与えることにした。

 (ダニエル書1章11-16節、共同訳聖書実行委員会訳(1987)『聖書新共同訳』日本聖書協 会より引用)

 現代的な感覚からいえば、サンプリングの方法や実験期間の妥当性などについて 議論の余地はあるものの、上記に見られる改善のための実験デザインの発想は、評 価の初期段階と呼べるものであろう。

 このように、評価の起源は、論者によって様々にとらえられ、様々に描かれ得る が、現代政府の政策やプログラムの効果を実証的に把握しようとするプログラム評 価は、20世紀、とりわけ1960年代後半以降のアメリカで急速に発達してきたことは 多くの論者の間で共通している。20世紀アメリカにおけるプログラム評価の発展に ついて、次節で述べることにしたい。

1.2.20世紀アメリカにおけるプログラム評価の発展

 評価に関する多くの文献が述べるように、今日的なプログラム評価は、主として 20世紀アメリカで発展してきた。その背景には、社会調査の発達と社会プログラム の拡大があった。

 前節で述べたように、プログラムの効果を実証的に把握する試みは古くからおこ なわれていたが、体系的な評価の試みは、20世紀初頭のアメリカ教育と公衆衛生の 分野で最初になされた。そこでは、例えば、識字や職業訓練プログラム、あるいは 感染症による死亡率等の抑制をめざす公衆衛生事業などの妥当性を明らかにしよう とする試みがなされてきた。1930年代までには、社会科学者たちはこのような試み を様々な社会プログラムに適用していったという。

 第2次世界大戦後は、都市開発、住宅供給、技術・文化教育、職業訓練などに政

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府・民間の資金による多くのプログラムが実施されるようになる。これらのプログ ラムは支出規模が大きいものであったため、プログラムの結果について知ることへ の要求は高まっていった。1950年代末までには、プログラム評価はごく普通に行わ れるようになったという。

 1960年代には、マネジメントと資源配分の合理化を目指して、国防省に導入され、

のちに連邦全省庁に導入されたPPBSの取り組みがあった。このPPBSは、実質的 には主として経済学の方法を活用した政策の事前評価・分析が中心であったが、こ ういった取り組みの中で、費用便益分析、費用効果分析、システム分析、ORなど の分析手法は発達を遂げた。

 しかし、プログラム評価が今日的な発展を遂げた契機は、1960年代のケネディお よびジョンソン政権における社会プログラムの質的・量的拡大にある。「貧困との 戦い(the War on Poverty)」「偉大なる社会(the Great Society)」のスロー ガンのもとで、失業、犯罪、都市荒廃、医療へのアクセス、精神医療などの問題に 取り組む様々な社会プログラムに多額の予算が投入された。これらのプログラムの 多くは、十分な理解が得られていないか、適切に実施されないか、効果的に管理さ れていなかったという。こういった状況の下、プログラムは実際にどういう効果を 上げたのか、実証的に把握する試みに対するニーズは急速に高まっていき。様々な 社会プログラムに対して評価が行われるようになった。

 上記のようなニーズのもと、評価に関する論文や著書が増加し、1970年代には、

さまざまな教科書・評価を専門とした学術雑誌の刊行や各種学会の設立などもあっ て、評価研究は一つの学問分野として確立されるようになった。これに伴って、評 価を行う者の専門職業化が進んでいくことになる。

 以上のような、プログラム評価に対する社会的ニーズの増大と評価者の専門職業 化は、主に2つの影響をもたらした。一つは、“consumer”の評価への関与である。

初期のプログラム評価は、社会科学者の学術的な関心によってなされていた。しか し、今日では、評価はそれが生み出す情報を利用するプログラムの計画者・管理者、

あるいは利害関係者などの資金のもとでなされるようになった。「保守系(の政党)

が政権につけば、評価はプログラムのコスト削減や不適当な受給者へのサービス廃 止を強調する傾向にあり、リベラル系(の政党)が政権につけば、評価の基準はサー ビスの有効性になる傾向にあった8)」と言われるように、評価は“consumer”の 影響を相当程度受けるようになった。

 もう一つは、それに伴う、評価手法の多様化である。もともとの評価、少なくと もレトリックとしての評価は、無作為抽出による実験デザインによって定量的に評 価し、プログラムの実施と結果の因果関係を明らかにするものであった。しかし、

“consumer”の関心は政策の効果のみではない。これに応じるように、プログラ ムの成果や影響を見る、「アウトカム評価(outcome evaluation)」や「インパク ト評価(impact evaluation)」に加えて、プログラムが意図したとおりに実施さ れているかを評価する「プロセス評価(process evaluation)」、あるいは評価結

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19 果の妥当性を評価する「メタ評価(meta-evaluation)」など、さまざまなタイプ

の評価が出現し、「評価」はこれらの多種多様なものを内包する概念となった9)

2.「監査(audit)」の歴史的起源と発展 2.1.監査の起源と近代までの歴史

 ここでは、監査の起源と歴史的発展について簡単に述べることにしたい。なお、

本稿の趣旨に鑑みて、公共部門における監査を中心に述べる。

 監査の起源について、いくつかの文献ではおおむね紀元前4000年頃であると述べ られている10)。古代バビロニアにおいては、国王は専門の記録官(scribe)を置き、

商取引や徴税による収入を粘土板に記録させていたが、記録に不正な変更をしない ようチェックする様々な措置がなされていた。古代エジプトにおいても、国庫収入 となる物品はすべてパピルスに記録され、物品を支出する際には、支給を命令する 書類なしには何人たりとも持ち出せない仕組みが確立していた。そこにおいて、あ る官吏の記録は、他の官吏の記録の内容と一致しているかどうか、詳細なチェック がなされていたという。記録のための手段が発達していた古代バビロニアや古代エ ジプトにおいては、収入・支出の会計記録がなされており、それに基づく適正な徴 税は、統治機関の関心事であった。この両国における統治機関は、会計記録と徴税 における官吏の誤謬と不正を防止するため、監査およびその他の統制の手段を確立 しようとしてきた。

 中世イングランドにおいては、国王は、自らの財務上の問題を扱うため、行政官 の一団からなる「国庫(Exchequer)」を設置した。やがて、国庫は「上の国庫(Upper Exchequer)」と「下の国庫(Lower Exchequer)」に分かれていく。「下の国庫」

は税の取り立てと支払の実務を担当し、「上の国庫」は「下の国庫」を監査し、決 算書の承認あるいは計算書から生じる法的問題の解決、徴税権への領収書の付与を 行っていた。

 近代に入って、課税権と公金の支出に対する統制権が議会へ移ると、英国では国 庫の中でも監査の機能は行政府から独立していく。1866年には国庫及び会計検査庁 法(Exchequer and Audit Departments Act)を制定し、国庫監理及び監査長 官(Comptroller and Auditor General;今の会計検査院長に相当)という役職 が生み出された。その主要な役割は、政府の決算書について、議会の承認した目的 のために支出されているか、および法令に準拠しているかどうかを確認すること、

さらにその監査の結果を議会(下院)に報告するというものであった11)

 以上のように、監査とは、認証(verification)をその主たる目的として、決算 書の内容の正確性、法令に準拠しているかどうかを検証(examination)する行為 として発展してきた。

2.2.現代国家における業績監査の発展

 20世紀中ごろまで、公共部門における監査のほとんどは、決算書における記載事

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項の正確性や、法令規則を遵守しているかどうかをチェックする、財務監査

(financial audit)であった。

 しかし、20世紀後半になると、多くの先進諸国で、民間部門の監査にはない独自 の形態の監査、つまり主として経済性・効率性・有効性などの観点から監査を行う 業績監査が発達してきた。3つの観点はおおむね以下のような内容であることは一 定の合意があるものと思われる。

経済性の観点:支出をより少なくできないか、節約できないか。

効率性の観点:財・サービスなどの成果と使われる資源との関係で、最大の成 果をあげたか。

有効性の観点:実施された政策(あるいはプログラム)は、どの程度目標を達 成し、どのような効果をもたらしたか。

 ま た 、 こ の 経 済 性 ・ 効 率 性 ・ 有 効 性 の 観 点 だ け で な く 、 管 理 機 能 を 見 る

“performance management capacity audit”、業績評価のデータが適正かどう かを見る“performance information audit”、あるいはリスク・アセスメント、

など様々なものが業績監査には含まれる12)

 この業績監査は、いくつかの点で、伝統的な財務監査とはその性質を異にしてい る。例えば、伝統的な財務監査は年次の決算書のチェックであるのに対して、業績 監査は通常は個別に計画されたプロジェクトとして実行される。また、伝統的な財 務監査は標準化された方法で一年ごとに各政府機関に対して実施されるが、業績監 査は対象となる範囲も期間も焦点も多様である。さらに、伝統的な財務監査はその 監査基準が確立されているのに対して、業績監査は手法の面でも内容の面でも監査 基準が十分に確立されているとは言えない13)。業績監査は「監査」ではないという 見解もある14)

3.両概念の区別に関する先行研究の整理と検討

 以上で評価と監査の歴史を概観してきた。評価と監査のいずれも、その歴史的発 展の中で、様々な性質の活動を内包する多義的な概念へと変化してきた。

 とりわけ注目すべき点は、両者に類似した要素が含まれているという点である。

特に、業績監査の中でも有効性の観点の監査は、実施された政策の成果や効果を測 定して検討し、プログラム実施の効果を明らかにする「評価(evaluation)」と類 似した性格を持つものである。

 評価と監査の両者は、どのような共通点と相違点を持ち、そしてどのように区別 することが可能なのであろうか。以下、先行研究の整理を通じて見ていくことにし たい。

3.1.評価と監査の共通的側面

 評価と監査の共通的側面は、多くの先行研究において指摘されるが、主要なもの としては以下の点が挙げられるであろう。

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21

いずれも、プログラムの決定者に、決定の上で有用な体系的かつ信頼性のある 情報を提供する行為である。

いずれも、ルーティン化された調査手法を用いて、体系的なプロセスのもとで 行われる行為である。

いずれも、行政活動の結果について、事後的に、回顧的(retrospective)に 観察する行為である。

とりわけ、有効性の観点からの監査は、プログラムの成果について見る行為で あり、プログラム評価と同様の視点を有している。

 これらの共通的側面については、多くの論者が指摘しているところであり、おお むね異論のないものであるが、相違点については論者の間で様々な見解が分かれて いる。以下、それらを見ていくことにしたい。

3.2.評価と監査の相違点をめぐる議論

 評価と監査(業績監査)の違いは、さまざまな側面から論じられるが、とりわけ 頻繁に取り上げられると思われる側面は以下の点である。

①歴史的起源の違い:評価は応用社会科学として発達してきたのに対し、監査は 決算書等の会計帳簿に対して詳細な調査を行い、認証(verification)すると いう行為の中から派生し発達してきたものである。

②規範性の有無:監査は特定のモデル・基準と監査対象の実際を照らし合わせて プログラムの成果を評価するという規範的(normative)な性格を持った活動 であるのに対し、評価は必ずしもそのような観点にとらわれず、プログラムの 実施と成果の間にある因果関係を記述することに関心がある15)

③政策目的の妥当性を問うかどうか:評価も業績監査も政策の効果を見ているも のの、評価は政策目的自体の妥当性を問題にするのに対し、監査は政策目的の 良し悪しについては問題にせず、それを所与のものとして実施手段の適切性の みを見る行為である16)

④確立された基準の存在:監査は監査基準が明確に確立され遵守されているのに 対して、評価はそのような基準が確立されていない17)

⑤独立性:評価・監査を受ける機関からの独立性について、業績監査を行う監査 人は法令によってその独立性が保障されているのに対し、“evaluator”はその 独立性を担保する法令がない18)

 これらの議論が実際に妥当なのかどうか、以下で順に検討していくことにしたい。

①歴史的起源の違い

 この点については、すでに見てきたように明確な違いがある。また、この相違 点について異論を唱える文献は見当たらなかった。

②規範性の有無

 レトリックとして語られる評価(つまり、無作為抽出による実験デザインによっ て定量的に評価し、プログラムの実施と結果の因果関係を明らかにするもの)

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22

については上記の指摘は妥当するであろう。ただし、プロセス評価においては、

意図された目標と現実を照らし合わせて評価することになることが多いため、

上記の指摘が妥当しない可能性がある。そもそもプロセス評価については有効 性監査との違いが明確にできない。また、少なくとも、すべての評価・業績監 査活動にこの区分が妥当するのかどうかは疑わしい。

③政策目的の妥当性を問うかどうか

 わが国や英国の会計検査院の活動は政策目的の妥当性を問題にしないが、この 両者が自らの活動をプログラム評価と称することはない点に鑑みても、おおむ ね妥当すると考えられる。

 ただし、これは評価や業績監査が持つ性質というよりは、それを行う機関の権限 による部分が大きいとも考えられる。かつてのイスラエルの会計検査院におい ては、政策目的の妥当性の検討も許容される業績監査が行われていたという19)。 少なくとも、政策目的の妥当性を問うかどうかについて、評価と業績監査の間 で明確な境界線が引けるかどうかは疑わしい。

④確立された基準の存在

 基準が確立されているという点については、伝統的な財務監査には妥当する。

表1 財務監査・業績監査・評価の相違点

(出典)主に、Chelimsky(1985)、Rist(1989)、Davis(1990)、Roberts and Pollitt(1994)、Barzelay(1997)、

Mayne(2006)、およびWisler (ed.)(1996)所収の各論文等を参考に、筆者作成。

(※下線部分は、傾向を示しているにすぎないものを表す)

財務監査 業績監査 評  価

歴史的起源 会計監査 会計監査 多様(様々な社会科

学を応用する試み)

関心事 コンプライアンス 経済性・効率性・有 効性等

プログラムのインパ クト、社会への影響 調査時における焦点 法令・規則の遵守 目的との合致 プログラムと結果の

因果関係 政策目的の妥当性 問わない 問わない 問う

調査分析のスタンス 規範的(normative) 規範的(normative) 記述的(descriptive)

独立性 法律で保障 法律で保障 必ずしも法律で保障

されていない 知的バックグラウン

会計学、監査論 多様 社会科学

専門性の強さ 強い 弱い 弱い

証拠として収集する データの形態

文書 文書 多様

手法 財務諸表の検査、実

地調査等

書 類 調 査 、 イ ン タ ビュー、サーベイ等

多様

(9)

23 ただし、業績監査の基準は明確には確立されているとは言い難い。

 確かに、アメリカにおいては政府監査基準(通称:イエローブック)が存在し ており、財務監査と業績監査についての基準が示されているため、一見すると 業績監査も監査基準が確立されていると言える。しかし、業績監査に関して定 められているのは、報告書の様式や、収集したデータの取扱い、実地調査にお ける留意事項などであり、どういう対象をどういう観点からどういう手法で監 査するのかについては一般的な類型が示されているものの特段の制約がない。

そもそも、業績監査は対象となる範囲や期間、問題関心、手法のいずれの面に おいても多種多様であるため、一定の縛りをかけることは難しい。

⑤独立性

 評価・監査を受ける機関からの独立性について、監査人は法令によってその独 立性が保障されていることは明らかであろう。“evaluator”はその独立性を担 保する法令がなく、どちらかというと彼らの専門能力というのもよく指摘され る事項であろう。もっとも、GAO職員が“evaluator”として活動する際には、

その地位・独立性は法的に保障されている。

 以上のように、監査(とりわけ業績監査)と評価は、その歴史的起源が異なるこ とは明白である。

 また、上記のように、志向するものの違いから生じる性質の違いも見て取ること ができる。しかし、それらは傾向や強調される点の相違を述べるものにすぎず、す べての業績監査、評価活動に該当するかどうかについてははっきりしない。

 それでは、実務上はどのように区別がなされているのであろうか、英米2カ国の 会計検査院における整理を例にとって、次節で見ていくことにしたい。

4.実務における「監査」、「評価」概念の定義と実際の使用

 ここでは、業績監査と評価の両方に言及している機関である、米国の会計検査院

(Government Accountability Office;GAO)、および英国の会計検査院(National Audit Office;NAO)による定義と実際の使用について概観することにしたい。

4.1.米国GAOにおける業績監査・プログラム評価の概念

 まず、本節では、業績監査と評価の両方を行っている代表的機関である、米国の GAOにおいて、両概念がどのように区別されてきたのかを見ていくことにしたい。

 米国の会計検査院では、これまで、「プログラム評価は業績監査の一種」という 整理がなされてきた。例えば、2003年に改定された政府監査基準では、業績監査に ついて、以下のように説明している。

1.14 業績監査は、公的資源の利用とサービス提供に関する政府のアカウンタビリティにも 貢献する。業績監査という言葉は、その言葉を用いる者のニーズに合致するような様々な目 的を含みながら用いられる。業績監査は、政府のプログラムの業績およびマネジメントに関

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する、客観的基準に基づく独立した評価であり、ベストプラクティスやその他の情報に関す る評価である。業績監査は、プログラムの機能を改善するための情報を提供し、正しい活動 を監督・指導する責任を有している者の意思決定を促し、公的なアカウンタビリティを果た すことに貢献する。業績監査という言葉は、一般的に、監査機関によって分類されるいくつ かの監査業務の中で用いられる。すなわち、プログラム評価、プログラムの有効性・成果の 監査、経済性・効率性の監査、業務監査(operational audits)、支出に見合う価値(value- for-money;VFM)監査等である。(下線は筆者)

 また、プログラム評価の定義と業績監査の関係に関しても、1997年に公表された 資料において、以下のように述べている。

 プログラム評価は、プログラムが有効に機能しているかどうかを検証するために、定期的 あるいは一時的に行う体系的な研究である。

 ・・・(中略)・・・評価は、業績監査という幅広いカテゴリの下で、GAOによって行わ れる研究の一種である20)。(下線は筆者)

 以上のように、GAOにおいては、プログラム評価は業績監査の一種と整理され、

両概念の間に境界線を設けてこなかった21)

 さらに、GAO職員が、業績監査と評価を区別しながら日々の業務を遂行してい るかどうかはかなり疑わしい。毎年900件以上議会に提出される個別の報告書が、「監 査」・「評価」と称していることはほとんどない上に、そもそも文中にこれらの用語 が使われることはめったにない。GAOの年次成果報告書(Performance and Accountability Report)を見ても、“audit, evaluation, research, and investi-investi- gation”と言ったようなフレーズが散見される。これらの点から見ても、実務上は 明確な概念区分がなされているとは言い難い状況にある。

4.2.NAOにおける業績監査・プログラム評価の概念

 ここで、英国NAOの場合を見てみることにしたい。NAOでは、自らの業績監査 活動を、業績監査と同義の「支出に見合う価値(value-for-money;VFM)監査」

という呼称を一貫して用いている(もっとも、“value-for-money study”、あるい は“value-for-money examination”という表現を使う場合もしばしば見られる)。

したがって、NAOがどのように業績監査と評価を区別しているのかを見てみるこ とは、両者の実務上の区別を明らかにする上で有効であると思われる。

 2001年に公表された資料の中では、評価と業績監査の異同について整理を行って いる。

 VFM監査と評価の違いについて、NAOが強調している主要なものだけをあげれ ば以下の3点である22)

VFM監査は、プログラムがどれだけ目標を達成したかを測定するという規範 的(normative)な性格を持つ。一方、評価はプログラムが生み出したアウト

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25

カムからその成果を見るという総括的(summative)な性格を持つ。

VFM監査は、政府によるプログラムの経済性・効率性・有効性に着眼している。

一方、評価は、プログラムと結果の因果関係に着眼している。

使用する手法について、VFM監査は証拠を収集するための書類調査、インタ ビュー、サーベイに加えて最近ではモデリングや統計解析等を使用するのに対 して、評価ではインタビュー、参与観察、実験デザイン、ロジックモデル等の 幅広い手法が用いられる。

 これらを相違であると説明しながらも、2000年代のNAOのVFM監査活動は、両 者の相違を一層目立たないものにする方向へ進んできた。

 1990年代の終わりごろから、NAOは評価の手法をVFM監査活動に相当程度取り 入れてきた。たとえば、白内障手術の時間短縮化がもたらしたアウトカムを検証し た事例、刑務所における食事配給サービスにおいての「目標にとらわれない評価

(goal-free evaluation)」を行った事例、大気汚染対策の根拠となる政府の費用 有効性分析の妥当性をメタ評価した事例など、プログラム評価の手法を用いた試み が年々増加しつつある。

 とりわけ、メタ評価の取り組みは、気候変動対策の根拠となる政府の費用有効性 分析の妥当性をチェックした事例、オリンピック誘致に際して政府の実施した費用 便益分析の妥当性をチェックした事例など、多数の報告書を生み出している。もち ろん、これらの報告書はVFM監査報告として公表されているが、その内容を見ると、

図1 NAOが提示する、VFM監査と評価の異同点

(出典)NAO (2001) p.8.

(12)

26

政府の費用便益分析等の積算根拠の妥当性について情報の最新性やプロセスの透明 性の観点から批判的に検討したうえで計算し直すよう勧告したものもあれば、政府 が選択しなかった他の積算のバリエーションを示したものもある。後者については、

評価とは異なるものであるとみなすことは難しい。

 長年にわたってNAO院長を務めてきたBourn氏は、2007年末の退職時に公刊し た著書の中で、メタ評価・ロジックモデル・費用便益分析・費用有効性分析等、評 価で用いられる手法のスキルを職員に訓練させ習得させてきたと述べている23)

おわりに

 以上で見てきたように、評価と監査(および業績監査)は、その歴史的起源は明 確に異なる。また、その果たすべき役割には一定の傾向の違いを見ることができる。

他方、個別具体の活動を評価と捉えるのか、監査と捉えるのか、その見分けは相当 程度困難な状況にある。

 そもそも、評価あるいは業績監査を行う実務者は、今自ら行っている活動を評価 と呼ぶのか監査と呼ぶのか、概念区分を考えながら仕事をしているわけではない。

彼らにとって概念の区別や類型化は重要な関心事ではない。むしろ、政策やその実 施の問題点を明らかにし、改善のための情報を生み出すというのが、彼らの中心的 な関心であろう。したがって、そのために適した合理的な手段を選択しようとする と、監査活動も評価活動も似通った行動を取ることになるであろう。

 長い間、評価と監査に関する文献・資料は、相互に参照される機会が少なく、そ れぞれ独自の発展を遂げてきた。しかし、近年は、それぞれの培ったノウハウ・ス キルを取り入れる傾向が見える。

 先述のBourn氏は著書の最後において、先に述べた評価の手法を例示した後、個々 のVFM監査には様々な手法の中で一番適したものを使う旨述べている24)。このよ うな取り組みが進めば進むほど、これからの評価と監査は一層見分けのつかないも のになっていくであろうと予測される。

1)例えば、会計検査問題研究会(1989)、桜田(1991)、山谷(1991)等を挙げる ことができる。

2)英語でいう“evaluation”と、日本語の「評価」という概念はかなり相違があ るように思われるが、この点について本稿では十分に論じることができなかっ たため、別稿で改めて論じることにしたい。

3)Rossi et al. (2004) p.2.

4)Weiss (1998) p.4.

5)Cronbach et al. (1980) pp.23-24.

(13)

27 6)Stufflebeam et al. (eds.) (2000) p.1.

7)Mosteller (1981) p.881, and Hoaglin et al. (1982) p.7.

8)Weiss (1998) p.14.

9)以上、本節の記述に関しては、Rossi et al.(2004)pp.8-15、Weiss(1998)

pp.11-15、Chelimsky(1985)pp.486-487、およびStufflebeam et al. (eds.)

(2000)pp.3-18、山谷(1991)pp.9-13を参照した。

10)このような文献としては、例えばChatfield(1974)、O’Reilly et al.(1990)(中 央監査法人訳(1993))等を挙げることができる。

11)以上、監査の歴史の記述については、Brown(1905)、およびChatfield(1974)、

Normanton(1966)、ハーバート・ブリテン(1961)を参照した。

12)C.f. Barzelay (1997) p.244.

13)C.f. Pollitt et al. (1999) p.16.

14)Barzelay (1997) p.254.

15)Chelimsky (1985) p.490, Rist (1985) p.362.

16)このような指摘をしている文献は、わが国の文献では多くみられるが、例えば、

会計検査問題研究会(1989)p.8、桜田(1991)pp.66-69などがあげられる。

17)このような指摘をしている文献は、例えば、Davis(1990)p.38-39あるいは 山谷(1991)p.17.などがあげられる。

18)C.f. Davis (1990) p.38.

19)C.f. Sharkansky (1988) pp.85-88.

20)GAO (1997) p.3.

21)もっとも、ここで取り上げた政府監査基準は2007年1月と7月に、GAO(1997)

の資料は2005年5月にそれぞれ改定が行われ、いずれも業績監査と評価の関係 について特に言及しないように変更・削除が行われている。

22)NAO (2001) pp.8-9.

23)Bourn (2007) pp.374-379.

24)Ibid, p.374.

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