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慶滋保胤﹁春生逐地形﹂詩序訳註 │ │ 白居易詩文摂取の方法︵三︶ │ │

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(1)

慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註五一

慶滋保胤﹁春生逐地形﹂詩序訳註 白居易詩文摂取の方法︵三︶

吉原 浩人

  はじめに

  慶滋保胤の白居易詩文の摂取方法について︑これまで﹁慶滋保胤勧学会詩序考│白居易との関連を中心に│﹂など︑一連の論文・訳註で検討してきた︒中でも︑慶滋保胤の掌編が︑いかに白詩語で埋め尽くされているかを明らかにするために︑作品を細かく分析することを心がけ︑﹁慶滋保胤﹁何処堪避暑﹂詩序訳註│白居易詩文摂取の方法︵一︶│﹂と﹁慶滋保胤﹁晩秋過参州薬王寺有感﹂詩序訳註│白居易詩文摂取の方法︵二︶│﹂を公表した ︒前稿からいささか時日を経てしまったが︑小稿はこの二篇に続くもので︑慶滋保胤作品の全訳註を進める過程の一報告である︒これらは︑かつて早稲田大学文化構想学部多元文化論系思想文化論ゼミや︑二松學舎大学大学院文学研究科国文学専攻の授業などにおいて︑学生とともに輪読した成果に基づいている

  本詩序の訳註

  以下に︑﹃本朝文粋﹄巻八﹁時節﹂﹇二一七﹈に収載される詩序を︑本文・文章構造・訓読・現代語訳・註釈の順に掲げる︒①・②の分段と傍点・傍線などの記号は︑私に附したものである︒

(2)

五二

【本文】    早春同賦春生逐地形慶  保胤①夫春之為気也︑地之為形也︑草木是毛髪︑春雨沐而緑深︑水泉亦血脈︑曉氷消而波暖︒至于彼東岸・西岸之柳︑遅速不同︑南枝・北枝之梅︑開落已異︑不是春王之有一レ私︑誠任陰土之自然也︒②方今梁園楽春︑郢客歌雪︒中有巴人︑猥作唱首︑云爾︒

【文章構造】

春之為気也︑地之為形也︑

密隔句草木是毛髪︑春雨沐而緑深︑水泉亦血脈︑曉氷消而波暖︒

于彼

重隔句東岸・西岸之柳︑遅速不同︑南枝・北枝之梅︑開落已異

是春王之有一レ私︑誠任陰土之自然也︒②

方今

梁園楽春︑郢客歌雪︒

(3)

慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註五三 中有巴人︑猥作唱首

爾︒

【訓読】    早春同じく春生じて地形を逐ふといふを賦す慶  保胤①夫れ春の気為るや︑地の形為るや︑草木は是れ毛髪︑春雨沐して緑深く︑水泉は亦血脈︑曉氷消けて波暖かなり︒彼の東岸・西岸の柳︑遅速同じからず︑南枝・北枝の梅︑開落已に異なるに至りては︑是れ春王の私有るにあらず︑誠に陰土の自然に任ずるなり︒②方今梁園に春を楽しみ︑郢客は雪を歌ふ︒中に巴人有り︑猥りに唱首と作ると︑爾か云ふ︒

【現代語訳】

    早春に同じく春が生じると地形を追って変化するということを賦します慶滋  保胤①そもそも春の気となったり︑地の形となったりすることですが︑草木はまさに毛髪のようであり︑春の雨が洗って木々の緑が深くなったり︑泉の水はまた血管のようで︑明け方の氷が溶けて波が暖かくなっていくのです︒かの東岸と西岸の柳には︑芽吹きが遅いのもあれば速いものもあり同じではなく︑南の枝と北の枝の梅には︑花の開いたり落ちたりがすでに異なるものに至っては︑この春を差配する王に私心があるわけではなく︑まことに日かげの︵できるかできないかという︶ありのままに任せているからなのです︒②まさにいま梁園では春を楽しみ︑郢の洗練された客は雪を歌っています︒その中に巴のひなびたものがいて︑みだりに唱首となりますと︑このように申しあげます︒

(4)

五四

【註釈】

早春  正月︒﹁灼灼早春梅 000︑東南枝 000最早 0︑持来翫未足︑花向手中老︑芳香銷 0掌握︑悵望生 0懐抱︑豈無後開 0︑念此先開 0﹂︵白居易﹁寄情﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十二﹇二三〇六﹈︶︒

同賦  ともに詩を賦す︒﹁眷愛人人遍︑風情事事兼︑猶嫌客不酔︑同賦 00夜厭厭﹂︵白居易﹁奉和汴州令狐令公二十二韻﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十四﹇二四一二﹈︶︒

春生逐地形  春が生じるとその気が土地の形を追って変化していく︒﹁物変随天気 0︑春生逐 000地形 00︑北 0檐梅 0晩白︑東 0

岸柳 00先青﹂︵白居易﹁早春 00即事﹂︑﹃白氏文集﹄巻六十六﹇三二五〇﹈︶︒

地形  土地の形状︒﹁凡地形東西 0000緯︑南北為 000経︑山為 0積徳︑川為 0積刑﹂︵﹃淮南子﹄ 00訓︶︒﹁荘子曰︑周聞之︑儒者冠圜冠者︑知天時︑屨方屨者︑知地形 00︑緩急佩玦者︑事至而断﹂︵﹃荘子﹄外篇・田子方︶︒﹁嗟呼天気 0爽也︑地形 00勝也︑物色幽也︑人心切也﹂︵菅原淳茂﹁八月十五夜侍亭子院同賦月影満秋池太上法皇製﹂︑﹃本朝文粋﹄巻八﹇二〇九﹈︶︒﹁遅速﹂の項参照︒

○慶保胤  慶滋保胤︵?〜一〇〇二︶︒①

春之為  春の〜たるや︒﹁釈名曰︑春之為 000言蠢也︒物蠢而生 0﹂︵﹃藝文類聚﹄巻三﹁春 0﹂︶︒ 為気也  気たるや︒春気は︑春の気︒﹁悲哉︑秋之為 00気也 00︑蕭瑟兮︑草木 00揺落 0而変衰﹂︵宋玉﹁九辯五首︑一﹂︑﹃文選﹄巻三十三︶︒﹁窓引曙色0︑庭鎖春気 000﹂︵白居易﹁春 0夜喜0︑有王二十二﹂︑﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇七五六﹈︶︒﹁今朝春気 00寒︑自問何所欲﹂︵白居易﹁春 0寒﹂﹃白氏文集﹄巻六十三﹇三〇一三﹈︶︒地之為  地の〜たるや︒﹁六韜曰︑天之為天遠矣︑地之為 0000久矣﹂︵﹃太平御覧﹄巻一﹁元気﹂︶︒

為形也  形たるや︒﹁夫富者︑苦身疾作︑多積財︑而不尽用︒其為 0形也 00亦外矣﹂︵﹃荘子﹄外篇﹁至楽﹂︶︒﹁地形﹂の項参照︒

(5)

慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註五五 草木  草と木︒植物︒﹁天地 0変化︑草木 00蕃︑天地 0閉︑賢人隠﹂︵﹃周易﹄坤︶︒﹁禾黍与稂莠︑雨来同日滋︑桃李与荊棘︑霜降同夜萎︑草木 00既区別︑栄枯那等夷﹂︵白居易﹁読漢書詩﹂︑﹃白氏文集﹄巻一﹇〇〇二二﹈︶︒﹁砕碧初凋葉︑燋紅尚恋0︑乾坤無厚薄︑草木 00自栄衰﹂︵白居易﹁薔薇花一叢︑独死不其故︑因有是篇﹂︑﹃白氏文集﹄巻十六﹇〇九二八﹈︶︒

毛髪  髪の毛︒﹁老知顔状改︑病覚支体虚︑頭上毛髪 00短︑口中牙歯疎﹂︵白居易﹁和除夜作﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十一﹇二二六一﹈︶︒﹁気 0霽風梳新柳髪 00︑氷消波 000旧苔鬚﹂︵都良香﹁春暖 0000賦﹂︑﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁早春 00﹂﹇一三﹈︶︒ 春雨沐  春の雨が洗う︒﹁櫛風沐雨﹂︑すなわち風に梳り雨に沐浴するという成語は︑﹃荘子﹄に語られる禹の事蹟を淵源として︑六朝・隋・唐の詩文に多用された︒﹃白氏六帖﹄には︑﹃三国志﹄巻十二・魏志﹁鮑勛伝﹂を引く︒﹁禹親自操槖耜而九雑天下之川︑腓無胈脛無0︑沐 0甚風疾雨 0︑置万国︒禹大聖也﹂︵﹃荘子﹄雑篇﹁天下﹂︶︒﹁櫛風沐雨 00︒魏鮑勛叔業曰︑猟暴華蓋於原野︑傷生育之理︑櫛風沐雨 00︑而不時隙﹂︵﹃白氏六帖﹄巻二十五﹁畋猟﹂︶︒﹁病逢佳節長歎息︑春雨 00濛濛楡柳 0色﹂︵白居易﹁寒食臥病﹂︑﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六七八﹈︶︒﹁春 0夜漏非長︑春雨 00気応0﹂︵菅原道真﹁雨夜︑十四韵﹂︑﹃菅家後集﹄﹇五〇〇﹈︶︒﹁于時員外藤納言︑乗春雨 00之餘閑︑聊暇日而眺望﹂︵大江以言﹁七言暮春 0施無畏寺眺望﹂︑﹃本朝文粋﹄巻十﹇二八四﹈︶︒

緑深  木々の緑色が深くなる︒﹁緑深﹂の用例は︑唐以前の詩文にほとんど見られない︒﹁径草漸生 0長短緑 0︑庭花欲綻浅深 0紅﹂︵鮑溶﹁春 0日﹂︑﹃千載佳句﹄巻上︑﹁早春 00﹂﹇一八﹈︶︒

水泉  湧き出る水︒﹁陰 0山道︑陰 0山道︑竦邏敦肥水泉 00好︑毎戎人送馬時︑道傍千里無纎草﹂︵白居易﹁陰 0山道﹂︑﹃白氏文集﹄巻三﹇〇一五八﹈︶︒血脈  血管︒﹁水 0者地 0之血気 00︑如筋脈 0之通流者也﹂︵﹃管子﹄巻上・水地 00篇︶︒﹁水 0天地 0︑如身有血脈 00︑滞則為 0疽疣︑治之在鍼石﹂︵白居易﹁自蜀江洞庭湖口︑有感而作﹂︑﹃白氏文集﹄巻八﹇〇三五四﹈︶︒

曉氷消  明け方の氷が消える︒﹁先到璇淵底︑偸穿瑇瑁櫳︑館娃朝鏡晚︑太液曉氷 00融﹂︵元稹﹁春 0六十韻﹂︑﹃元稹

(6)

五六 集﹄巻十三︶︒﹁氷消 00田地 0蘆錐短︑春 0枝条0眼低﹂︵元稹﹁寄楽天﹂︑﹃元稹集﹄巻二十二・﹃千載佳句﹄巻上﹁早春 00﹂﹇五﹈・﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁早春 00﹂﹇九﹈︶︒﹁風起池東暖 00︑雲開 0山北 0晴︑氷銷泉脈 0000動︑雪 0尽草 0芽生 0﹂︵白居易﹁早 0

0独遊曲江﹂︑﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六六六﹈︶︒﹁樹根雪 0尽催花発︑池岸氷消 0000︑唯有鬚霜依旧白︑春 0

風於我独無情﹂︵白居易﹁歎0︑兼贈李二十侍郎二絶﹂︑﹃白氏文集﹄巻六十六﹇三二五一﹈・﹃千載佳句﹄巻上﹁早春 00﹂﹇一三﹈︶︒﹁毛髪﹂の項参照︒波暖  波が暖かい︒﹁死酬知己道終全︑波暖 00孤氷 0且自堅﹂︵許渾﹁経故丁補闕郊居﹂︑﹃丁卯集﹄巻上︶︒﹁柳 00条先動︑池有00尽開 0︑今日不知誰計会︑春 0風春水 00一時来﹂︵白居易﹁府西池﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十八﹇二八七四﹈・﹃千載佳句﹄巻上﹁立春 0﹂﹇一﹈︶︒﹁千嶂雪 00渓影緑 0︑幾家梅 0綻酒波 0清﹂︵杜荀鸖﹁酬湖州杜員外春 0至日見一レ憶﹂︑﹃千載佳句﹄巻上﹁早春 00﹂﹇二四﹈︶︒﹁毛髪﹂の項参照︒

至于彼  かの〜に至っては︒﹁至 0于彼 00夏少康子男︑断足之痛混跡︑呉太伯兄弟︑晦身之願同一レ符﹂︵大江朝綱﹁論運命︑文章得業生正六位上大江朝臣朝綱対﹂︑﹃本朝文粋﹄巻三﹇七八﹈︶︒

東岸・西岸之柳  日当たりのよい東側の岸と日当たりの悪い西側の岸の柳︒この隔句対は︑﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁春 0﹂﹇一一﹈に収載され︑﹃平家物語﹄巻九﹁生ズキノ沙汰﹂︑﹃撰集抄﹄巻四

−四・六

−二︑謡曲﹁東岸居士﹂などに引かれ る︒﹁東岸 00菊叢西岸柳 000︑柳陰 00烟合菊花開 0︑一条秋水 0琉璃色︑闊狭纔容小舫廻﹂︵白居易﹁題龍門堰西澗﹂︑﹃白氏文集﹄巻六十六﹇三二七五﹈︶︒ 西岸  西側の岸︒﹁曲江西岸 00又春 0風︑万樹花前一老翁︑遇酒逢花還且酔︑若論惆悵事何窮﹂︵白居易﹁曲江有感﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十五﹇二五七八﹈︶︒﹁并轡踟蹰下西岸 00︑扣舷容与遶中汀﹂︵白居易﹁秋日与張賓客・舒著作同遊龍門︑酔中狂歌︑凡二百三十八字﹂﹃白氏文集﹄巻六十二﹇二九六八﹈︶︒前項参照︒遅速  遅かったり速かったり︒﹁我無不死薬︑万万随化遷︑所定知者︑修短遅速 00間﹂︵白居易﹁倣陶潜体詩︑其一﹂︑﹃白氏文集﹄巻五﹇〇二一三﹈︶︒﹁忽覚問僕夫︑纔行百歩地 0︑形 0神分処所︑遅速 00相乗異﹂︵白居易﹁自望秦五松駅︑馬上偶睡︑睡覚成吟﹂︑﹃白氏文集﹄巻六﹇〇三四〇﹈︶︒

(7)

慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註五七 不同  同じではない︒﹁華陽観裡仙桃発︑把酒看花心自知︑争忍開 0時不 00酔︑明朝後日即空枝﹂︵白居易﹁華陽観桃花時︑招李六拾遺飲﹂︑﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六二三﹈・﹃千載佳句﹄巻下﹁翫花﹂﹇六七二﹈︶︒南枝・北枝之梅  南向きの早咲きの梅の枝と日当たりの悪い北側の枝の梅︒﹁南枝 00︒大庾嶺上梅 0︑南枝 000︑北枝開 000﹂︵﹃白氏六帖﹄巻三十﹁梅﹂︶︒﹁年光東 0流水︑生計南枝 00鳥︑月没光沈沈︑西 0楼殊未0﹂︵白居易﹁西 0楼夜﹂︑﹃白氏文集﹄巻九﹇〇五三〇﹈︶︒﹁北 0渚寒留雁︑南枝暖 000鶯︑駢朱桃露萼︑点翠柳 0萌﹂︵白居易﹁江州赴忠州︑至江陵以来︑舟中示舎弟﹂﹃白氏文集﹄巻十六﹇一一〇四﹈︶︒﹁送君何処展離筵︑大梵王宮大雪 0天︑庾嶺梅花落 000歌管︑謝家柳 0絮撲金田﹂︵白居易﹁福先寺雪 0中餞劉蘇州﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十七﹇二七八八﹈︶・﹃千載佳句﹄巻上﹁雪 0﹂﹇二九四﹈︶︒﹁早春 00﹂の項参照︒

開落  花が開いたり落ちたり︒﹁林中花錦時開落 00︑天外遊糸或有無﹂︵島田忠臣﹁春 0寺望聚落 0﹂︑﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁春 0興﹂﹇二三﹈︶︒已異  すでに異なる︒﹁新呈白雀︑已異 00環︑鷹鸇莫畏︑近見龍顔﹂︵菅原道真﹁備州献白雀第四﹂︑﹃菅家文草﹄巻七﹇五二二﹈︶︒

春王  春を差配する王︒﹁元年︑春 0︑王 0正月︒﹇伝﹈元年︑春 0︑王 0周正月︒不即位︑摂也﹂︵﹃春秋左氏伝﹄隠公元年︶︒﹁春王 00三朝︑会同漢京︒是日也天子受四海之図籍︑膺万国之貢珍﹂︵班固﹁東都賦﹂︑﹃文選﹄巻一︶︒﹁駕言巡明祀︑致敬在年︑逍遥春王 00︑躑䠱千畝田﹂︵陸機﹁答張士然﹂︑﹃文選﹄巻二十四︶︒﹁于時春王 00

事︑天吏布仁︒浮佳気於赤霄︑巻餘靄於碧落 0﹂︵都良香﹁早春 00宴賦陽春 0製﹂︑﹃本朝文粋﹄巻八﹇二一四﹈︶︒﹁歩暦春王 00去︑乗時夏令安︑麦田千畝遠︑秋色両岐寛﹂︵菅原道真﹁賦得麦秋至︑一首﹂︑﹃菅家文草﹄巻一﹇五一﹈︶︒﹁既而梁 0元昔遊︑春王 00之月漸落 0︑周穆新会︑西母之雲欲帰﹂︵菅原文時﹁仲春 0内宴侍仁寿殿同賦鳥声韻管絃製﹂︑﹃本朝文粋﹄巻十一﹇三四〇﹈・﹃和漢朗詠集﹄巻下﹁帝王﹂﹇六五九﹈︶︒

有私  私心がある︒﹁或問倫曰︑公有 00乎︒対曰︑昔人有吾千里馬︑吾雖受︑每三公有一レ選挙︑心不忘︑而亦終不用也﹂︵﹃後漢書﹄巻四十一﹁第五鍾離宋寒列伝第三十一﹂﹁第五倫﹂︶︒﹁有 00︒或問第五倫

(8)

五八 公有 00乎︒対曰︑人有吾千里馬︑雖受︑毎三公有一レ挙選心不忘︑亦終不用︒豈能謂無私 0﹂︵﹃白氏六帖﹄巻十二﹁挙薦﹂︶︒誠任  まことに任せる︒﹁唯期千年之偃蓋︑不二月之垂糸︒彼雖遷変之在一レ我︑誠任 00造化之云為﹂︵紀長谷雄﹁柳 0化為松賦﹂︑﹃本朝文粋﹄巻一﹁樹木 0﹂﹇七﹈︶︒

陰土  日かげ︒﹁社︑祭0︑而主陰気 00也︒︵中略︶社︑所以神一レ0之道也︒地 0万物︑天垂象︒取財於地 0︑取法於天︒是以尊天而親0也﹂︵﹃礼記﹄郊特牲︶︒

自然  ありのままの姿︒﹁持此将過日︑自然 00多晏如︑昏昏復黙黙︑非智亦非愚﹂︵白居易﹁松斎自題﹂︑﹃白氏文集﹄巻四﹇〇一九〇﹈︶︒﹁上陽喜気︑与古不同︒物色也︑風光也︑如自然 00之感︒方今 00節已移焉︑景更美矣︒春 0之可楽︑蓋此時歟﹂︵菅原文時﹁仲春 0内宴侍仁寿殿同賦鳥声韻管絃製﹂︑﹃本朝文粋﹄巻十一﹇三四〇﹈︶︒②

方今  まさに今︒﹁方今 00天子心︑憂人正忡忡︑安得天下守︑尽得袁公﹂︵白居易﹁旅次華州袁右丞﹂︑﹃白氏文集﹄巻五﹇〇二〇二﹈︶︒﹁自然﹂の項参照︒

梁園  前漢景帝の弟︑梁孝王が営築した竹園で︑修竹園あるいは兔園ともいう︒白居易は︑元宰相の令狐楚が︑竹を好んで植えた園林を梁園に喩えている︒﹁孝王竇太后少子也︑愛之︑賞賜不勝道︒於是孝王築東苑︑方三百余里︒広睢陽城七十里﹂︵﹃史記﹄巻五十八﹁梁 0孝王世家﹂︶︒﹁歳将暮︑時既昏︒寒風積︑愁雲繁︒梁 0王不悦︑遊於兔園 00︒廼置旨酒︑命賓友﹂︵謝恵連﹁雪 0賦﹂︑﹃文選﹄巻十三︶︒﹁曉入0王之苑︑雪 0群山︑夜登庾公之楼︑月明千里﹂︵謝観﹁白賦﹂︑﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁雪 0﹂﹇三七四﹈︑﹃江談抄﹄巻六

飲能人何有更︑令觴緑対吟清想遥強︑年一到酌新︑春武宣寄中郎劉同﹁梁早園易﹁居白﹂︵章篇好巻幾添不 0000 寄得集文氏白﹃﹂︑易﹁夢中雪呈兼巻公相狐令﹄十五﹄︒﹈︶三〇三﹂﹇雪春上﹁巻句白佳載千﹃﹈・六五五二五﹇居︵ 000 此︑今日相如身在﹃白氏六帖﹄巻三十﹁竹﹂︶︒﹁兔園園何人春竹雪﹂梁王会︑想対金罍知客右坐詠玉塵不︑﹂︵ 000000 郛︑郭漢孝純月感澄︑当︑秋輝雪色映園梁﹁唯巻引兔孝兵園王有梁︒﹁﹂︶修上﹁梁﹄詠十二百嶠李﹃﹂︵威︒ 000000 −一︶︒るでと嵩買を者作はす

(9)

慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註五九 狐相公﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十五﹇二五五四﹈︶︒﹁梁園 00修竹旧伝名︑久廃年深 0竹不0﹂︵白居易﹁和令狐相公新於郡内竹百竿︑拆壁開 0軒旦夕対翫︑偶題七言五韻﹂︑﹃白氏文集﹄巻五十六﹇二六三六﹈︶︒﹁灌漑梁園 00墨客︑婆娑孔肆是査郎﹂︵菅原道真﹁重依行字︑和裴大使被酬之什﹂︑﹃菅家文草﹄巻二﹇一〇五﹈︶︒﹁不漢宮之月︑不梁園 00之月︑不鳳琴之声︑不龍笛之声﹂︵大江匡衡﹁仲秋三五夕於江州野亭月言志﹂︑﹃本朝文粋﹄巻八﹇二一一﹈︶︒﹁自彼緱山之秋月︑玉笙之音永呑︑梁園 00之春 0風︑瓊花之色空落 0﹂︵大江以言﹁七言暮春 0施無畏寺眺望﹂︑﹃本朝文粋﹄巻十﹇二八四﹈︶︒

楽春  春を楽しむ︒﹁臣基経等言︑臣聞︑潜鱗游泳︑楽 00水於和風︑稚羽来賓︑払曉雲於秋月﹂︵菅原道真﹁為公卿朔旦冬至表﹂︑﹃菅家文草﹄巻十﹇六二三﹈︶︒

郢客  郢の客人︒郢は楚の都で︑現在の湖北省荊州市付近︒﹁願大王寛其罪︑使其辞︒客 0於郢 0︒其始曰下里巴人 00︑国中属而和者数千人︒其為陽阿薤露︑国中属而和者数百人︒其為陽春 0白雪 0︑国中属而和者不数十人︑引商刻羽︑雑以流徴︑国中属而和者不数人而已︒︵中略︶故非独鳥有鳳︑而魚有一レ鯤也︒士亦有之︒夫聖人瑰意琦行︑超然独処︒夫世俗之民︑又安知臣之所一レ為哉﹂︵宋玉﹁対楚王問﹂︑﹃文選﹄巻四十五︶︒歌雪  雪を歌う︒﹁忽驚歌雪 00今朝至︑必恐文星昨夜還﹂︵白居易﹁宣州崔大夫閣老︑忽以近詩数十首示︒吟諷之下︑竊有喜︒因成長句贈郡斎﹂︑﹃白氏文集﹄巻六十八﹇三四五六﹈・﹃千載佳句﹄巻下﹁文藻﹂﹇三八三﹈︶︒ 中有  中に〜がいる︒﹁軒車歌吹諠都邑︑中有 00一人 0隅立﹂︵白居易﹁長安早春 00旅懐﹂︑﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六九二﹈︶︒

巴人  巴の人︒巴は︑現在の重慶市付近︒田舎者のことで︑ここでは作者自身をいう︒﹁巴人 00猿狖︑矍爍満山野︑敢望交親︑喜人者﹂︵白居易﹁自江州忠州﹂︑﹃白氏文集﹄巻十一﹇〇五二七﹈︶︒﹁郢客﹂の項参照︒

猥作  猥りに〜となる︒本詩序以前の用例を検出できない︒﹁慙調庸音︑猥作 00唱首 00︑云 00︒謹序﹂︵藤原国成

(10)

六〇

﹁鳥声叶勝遊製﹂︑﹃本朝続文粋﹄巻十︶︒

唱首  序者︒詩会の披講において︑はじめに序者による詩序と詩が読み上げられるからいう︒﹁聊抽短懐︑敢為0

0︑云 00﹂︵藤原篤茂﹁冬日陪藤相公亭子同賦酒雪 0中天各分一字﹂︑﹃本朝文粋﹄巻八﹇二一二﹈︶︒

云爾  このように申します︒文章の結びのことば︒﹁長慶二年七月三十日︑題於内郷県南亭︑云 00﹂︵白居易﹁商山路有感并序﹂︑﹃白氏文集﹄巻二十﹇一三一〇﹈︶︒前項参照︒

  本詩序の詩題と典拠

  本作は︑句題詩に附される詩序であるが︑詩は現存しない︒句題とは︑詩会においておおむね漢字五文字 からなる言葉を︑参加者全員が同一の主題で詠ずるために定めるものである︒詩会であるから︑何人かの参加者の詩と︑そのうちの一人が撰述する詩序があったはずであるが︑詩は現存しないことの方が多い︒本詩序の詩題﹁春生逐地形﹂は︑以下の第三聯からそのまま取ったものであり︑詩の全文は以下の通り︒

﹁早春 00即事﹂﹃白氏文集﹄巻六十六﹇三二五〇﹈眼重朝眠足   頭軽宿酔醒陽光満前戸  雪水 00中庭物変随天気  春生逐 000地形 00  0簷梅 0晩白   東岸柳 000先青葱壟抽羊角  松巣堕鶴翎老来詩更拙   吟罷少人聴  この詩は︑前夜に酒を飲んでよく眠り︑二日酔いから醒めたところ︑春の陽光が満ちて雪解けが始まった光景を見て︑外気や植物などの自然から︑万物の変化を感じ取ったという内容である︒第三聯の上句は︑あらゆる物は変じて天の気に

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慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註六一 随うという意で︑﹁物変﹂と﹁春生﹂︑﹁天気﹂と﹁地形﹂が対になっている︒﹁物変﹂とは﹁万物変化﹂の略 で︑あらゆる物が変化すること︑﹁天気﹂は﹁地気﹂の対 で天の気を︑﹁地形﹂は土地の形状をいう︒

  詩序の句題は︑春の気が生じると土地の形を順に追っていきながら︑植物などの自然が変化するということである︒土地は広い範囲を表すこともあるが︑北の軒先にある梅の木は遅く咲き︑東岸の柳は日当たりがよいので早く芽を出す︒すなわち︑狭い範囲でも春の気には緩急があるということを述べている︒これが︑白居易﹁早春即事﹂の第三聯と第四聯の主題で︑慶滋保胤の詩序もこれを受け︑詩題以外に﹁早春﹂﹁北﹂﹁梅﹂﹁東岸﹂﹁柳﹂の語を使用している︒

  本詩序の破題

  句題詩序では︑句題詩の規則に準じ︑題目・破題・本文︵譬喩︶の順に︑句題を言い換えなければならない︒この全体をも破題という︒詩序は通例三段落からなるが︑本詩序は通例の第一段にあたる部分がなく︑第二段相当から始まる︒第一段には︑詩会の由来などの基本情報が説かれるが︑本詩序にはそれを欠くので︑いつどこで詠じられたのか未詳である︒簡潔な詩序なので︑公的なものではなく︑親しい何人かで集まった詩会のものであろう︒

  句題詩・詩序については︑佐藤道生を中心とした一連の成果 があり︑以下はこれを援用して行った構造分析である︒詳細は︑次項で説明する︒夫春之為気也︑地之為形也︑題目草 木是毛髪︑春 雨沐而緑深︑破題水 泉亦血脈︑曉 氷消而波暖︒至于彼東 岸・西岸之柳︑遅 速不同︑本文南 枝・北枝之梅︑開 落已異

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六二

  本詩序の方法─その一─

  以下に︑本詩序は何を参照し︑どのような技法で撰述され︑何を目指しているのか︑読み解いていきたい︒解説では︑引文と作品名・作品番号など︑最小限の情報を記すにとどめる︒

  まず︑本詩序の直接の典拠となったと思われる白居易の詩文を︑前註と重なるが︑あらためて以下に整理して掲げる︒﹁寒食臥病﹂﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六七八﹈

  病逢佳節長歎息︑春雨 00濛濛楡柳 0色︒﹃白氏六帖﹄巻二十五﹁畋猟﹂

  櫛風沐雨 00︒魏鮑勛叔業曰︑猟暴華蓋於原野︑傷生育之理︑櫛風沐雨 00︑而不時隙﹁自蜀江洞庭湖口︑有感而作﹂︑﹃白氏文集﹄巻八﹇〇三五四﹈

  水 0天地 0︑如身有血脈 00﹁早春 00独遊曲江﹂﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六六六﹈

  風起池東暖 00︑雲開 0山北 0晴︑氷銷泉脈 0000動︑雪 0尽草 0芽生 0﹁題龍門堰西澗﹂﹃白氏文集﹄巻六十六﹇三二七五﹈

  東岸 00菊叢西岸柳 000︑柳 00烟合菊花開 0﹁倣陶潜体詩︑其一﹂﹃白氏文集﹄巻五﹇〇二一三﹈

  我無不死薬︑万万随化遷︑所定知者︑修短遅速 00間︒

﹁寄情﹂﹃白氏文集﹄巻五十二﹇二三〇六﹈

  灼灼早春梅 000︑東南枝 000最早 0︑持来翫未足︑花向手中老︑芳香銷掌握︑悵望生懐抱︑豈無後開 0︑念此先開 0

﹃白氏六帖﹄巻三十﹁梅﹂

  南枝 00︒大庾嶺上梅 0︑南枝落 000︑北枝開 000

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慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註六三 ﹁福先寺雪 0中餞劉蘇州﹂﹃白氏文集﹄巻五十七﹇二七八八﹈・﹃千載佳句﹄巻下﹁雪 0﹂﹇二九四﹈

  庾嶺梅花落 000歌管︑謝家柳 0絮撲金鈿﹁雪 0中寄令狐相公兼呈夢得﹂﹃白氏文集﹄巻五十五﹇二五五六﹈・﹃千載佳句﹄巻上﹁春雪 00﹂﹇三〇三﹈

  兔園 00000王会︑想対金罍玉塵

﹃白氏六帖﹄巻三十﹁竹﹂

  梁園 00︒梁 0孝王有修竹園 0﹁宣州崔大夫閣老︑忽以近詩数十首示︒吟諷之下︑竊有喜︒因成長句贈郡斎﹂﹃白氏文集﹄巻六十八﹇三四五六﹈・﹃千載佳句﹄巻下﹁文藻﹂﹇三八三﹈

  忽驚歌雪 00今朝至︑必恐文星昨夜還︒

﹁長安早春 00旅懐﹂﹃白氏文集﹄巻十三﹇〇六九二﹈

  軒車歌吹諠都邑︑中有 00一人 0隅立︒

  冒頭の﹁夫春 0之為気也︑地 0之為0也﹂は︑﹁題目﹂である︒句題の﹁春生逐地形﹂を分解し︑﹁春﹂﹁地﹂﹁形﹂を使用している︒本来の規則では︑句題の五文字をすべて使用しなければならないが︑ここでは三文字にとどまっている︒

  次の隔句対が︑﹁破題﹂にあたる︒ここでは︑題意を敷衍するため︑句題と同じ文字を用いてはならない︒﹁草木是毛髪﹂﹁水泉亦血脈﹂は自然を人の身体の一部に喩え物事の変化を示すことから︑﹁逐地形﹂の敷衍と考えられる︒﹁春雨沐而緑深﹂﹁曉氷消而波暖﹂は︑ともに雨や氷の変化で春が深まることを述べているので︑﹁春生﹂の言い替えである︒

  ﹁草木﹂は︑

﹃周易﹄坤に天地が変化すれば草木が繁るとあるように︑本詩序の主題に通ずる語である︒風になびく柳を﹁毛髪﹂に喩える例に︑都良香﹁春 0暖早 000賦﹂の﹁気 0霽風梳新柳髪 00﹂︵﹃和漢朗詠集﹄﹇一三﹈︶などがある︒﹁春雨﹂は︑﹁春雨 00濛濛楡柳 0色﹂を参照していよう︒この語は白居易が好んで用いたため︑平安朝漢詩文の用例も多い︒﹁雨沐﹂は︑風に梳り雨に沐浴する﹁櫛風沐雨 00﹂という﹃荘子﹄に由来する成語が︑﹃白氏六帖 ﹄に引かれることから︑保胤も参照していたと考えられる︒﹁緑深﹂の用例は︑唐以前の詩文にほとんど見られず︑﹃千載佳句﹄﹇一八﹈に引く鮑溶の﹁径草

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六四 漸生 0長短緑 0︑庭花欲綻浅深 0紅﹂に触発された︑保胤作の成語であろう︒

氷く︑かとこるあと﹂洗引都保波消良に﹁﹂賦香﹁春春ら︑胤暖に︑柳﹈﹁一﹄﹇句佳載千﹃他がう︒ろあで葉言たっ造早 00000000 あだけでかる︒しれしこる二ら見例に﹄集卯丁渾﹃許語の﹂﹁は︑﹃﹁に三一﹄﹇集詠朗漢和﹈た︑し髪毛氷消﹂でも参照 ﹁波暖﹂は︑平安文人が参照した可能性のある別集では︑た︒この二聯から︑傍点の十一文字が本詩序に使用されている︒ ﹁風起︑池東暖雲なえ︑加にれそい︒しみ山の開も北﹂一いてし照参に実確生晴︑芽草尽雪動︑脈泉銷氷例かも稹に 00000000000 慶ど文に春そ稹﹁元れほは例滋たし照がな参く︑胤保がの居い︒例用に易六白は語のこ高なが性能可く︑の﹂元韻十が 0 天身は︑のるれ流に内の地易が水でえ︑ま踏をれこはに体も血﹁漢の前以唐は︑﹂氷曉う︒脈いとだのなうよるあが詩   ﹁居泉﹂脈血﹁と︒この水のる水出き湧と々滾は︑﹂泉は︑は白水る︒あに﹄子管﹃と︑だよ地の流通の脈筋で気血のう 無0条先動︑池有00尽開 0﹂︵白居易︶︑同じく﹇二四﹈﹁千嶂雪 00渓影緑 0︑幾家梅 0綻酒波 0清﹂︵杜荀鸖︶も︑ともに参照したはずである︒

  その次の隔句対は︑﹁本文﹂にあたる︒ここでは︑故事を用いて敷衍しなければならない︒﹁東岸・西岸之柳﹂﹁南枝・北枝之梅﹂は︑場所によって芽吹きや開花時期が異なるので︑﹁逐地形﹂を敷衍したもの︒﹁遅速不同﹂﹁開落已異﹂は︑春がやって来る速度に異同があることで︑﹁春生﹂の言い換えとなる︒この隔句対は︑﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁春 0﹂﹇一一﹈に収載されたことから︑多くの典籍に引用されることになった︒その影響については︑後述する︒

る化し及言ていつに変おの物万で前る︒れて聯り︑品こいて用使もでし作の他の胤保は詩の は︑﹂速遅﹁用る︒れさ使に修文﹁て短いからえ考とるし遅照参を﹂間速詩のつ﹈︶感﹂﹇二五七八など︑白居易のいく 00   ﹁江菊拠接直に﹂柳岸西叢東岸て﹁は︑﹂柳之岸西岸・曲っい﹁有﹁﹂︵風春又岸西る︒曲江は︑岸このほか﹁西﹂東 00000000

﹃千載佳句﹄にも収載されている︒で︑白詩にも数多く見出すことができる︒註釈に例示した白詩﹇〇六二三﹈は︑ ︒﹁不同﹂は一般的な語なの 10

るここはそれだけでなく︑﹁南枝︒大庾嶺上梅︑南枝落︑北枝開﹂にも直接拠ってい 000000000   ﹁咲東ている︒く早も最が枝の南はま梅の春早は︑﹂梅之枝北枝・え踏くをという︑﹁灼灼早春梅東︑南南枝最早﹂ 0000000

から広東省間にある山脈で︑五嶺の一つに数えられる名山︒開元四年︵七一六︶に張九齢が廃道になっていた道を開鑿し ︒大庾嶺とは︑現在の中国江西省 11

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慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註六五 梅を植えたため︑梅の名所として知られた︒梅嶺とも称され︑数多くの詩に詠まれている

いる︒ 胤下の摘句が収載され︑保もたこれらを確実に踏まえて以し集に行したため︑﹃和漢朗詠﹄はには︑大庾嶺の梅を題材流 ︒平安時代の日本でもこの主題 13

大江朝綱﹁尋0﹂ ﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁梅 0﹂﹇九〇﹈

  青糸繰出陶門柳 0︑白玉装成庾嶺梅 0000

菅原文時﹁庾嶺 000︑南枝 00先開 0﹂﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁梅 0﹂﹇九一・九二﹈

  五嶺蒼蒼雲往来︑但憐大庾 00万株梅 0︑   誰言春 0色従0到︑露暖 0南枝 00花始開 0大江維時﹁停杯看0序﹂﹃和漢朗詠集﹄巻上﹁柳 0﹂﹇一〇六﹈

  大庾嶺之梅 0000000︑誰問粉粧︑   匡廬山之杏未0︑豈趁紅艶

は︑延長六年︵九二八︶に醍醐天皇の命を受けた大江朝綱が詠じたもので︑小野道風自筆﹁屏風土代﹂に全文が現存する

風詩の摘句とされる ︒は︑保胤の師である菅原文時の作で︑﹃江談抄﹄に拠れば天暦十年︵九五六︶の︑﹃坤元録﹄から撰進された内裏屏 14

うちがこの句を誦したため︑一条天皇が感心したとい が散った枝を﹁これはいかゞ﹂と言ってきたのに対し︑清少納言は﹁たゞはやく落ちにけり﹂と答え︑ただちに殿上人た 段るのが︑﹃枕草子﹄一〇一あでまる︒殿上の間から梅の花え踏醐天九︶正月二十一日醍を皇内宴の作という︒この摘句 は︑︒﹃千載佳句﹄を編纂した大江維時の詩序の一節︒﹃日本紀略﹄などに拠れば︑延長七年︵九二 15

などを参照したと考えられる︒ ﹃和漢朗詠集﹄は常日頃目にしていた︒﹁開落﹂は︑中国に用例が少なく︑島田忠臣の﹁林中花錦時﹂︵開落﹁興﹂春﹇二三﹈︶ 000 梅ら︑内裏に大庾嶺の上の絵が掲げられ︑殿と人かこに風詩序である︒﹃江談抄﹄る屏は︑絵描あとたせをかに忠公勢巨 は︑いずれも宮中に関わる︑春の公的な晴れの場の詩と間に広まっていた秀句であったかを示すものである︒また ︒これは清少納言の機転を示す逸話ではあるが︑がいかに貴顕の 16

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六六 六 てちのは︑句秀の時文いし和照参に実確も︑を序詩製に﹃る︒漢れ︑朗︶本聚類﹄︵抄談江﹃巻さ五載集﹄﹇六詠九﹈に収 之形為之地也也︑気為詩春の﹁頭冒序本は︑体文うに﹂文受時け宴内なかやれ晴の︑応のい継れてがる︒保胤は︑師 日の際の宴内殿寿仁の︶一十二月二序六六九年︵三詩もで︑じこと﹂也光風也︑色物く﹁い同り︑あこ語の﹂然自に﹁ 会︑文の新な﹈︶〇四三﹄﹇粋朝西本﹃﹂︵帰現欲雲之母表どを時保康皇天上村は︑序詩の文受のこおなる︒あでのもたけ 周菅﹂︵﹃菅家文草﹄﹇安五一﹈︶︑原穆文時﹁梁元昔遊︑春王之月漸落︑令夏真﹁一四﹈︶︑菅原道歩二暦春王去︑乗時﹇ 000000 用使で意なうよういと王︑する序配差をれ訪の春れは︑でさ用る天﹄粋文朝本﹃﹂︵仁布吏事︑が︑王春香﹁良都はれこ 00 れさは︑に﹂詩然士張答機﹁る︒逍いてれさ記と﹂也摂﹁陸本陽賦もとこの園王春の宮洛遥晋・と︑﹂る︒圃王春 00 公で︑ないてっ行を礼位即位が摂のでまるす長は︑成桓かった︑位即書不月︒正周王︑た春年︑元に﹁﹄伝左﹃め︑ 00   ﹁公﹄秋春﹃る︒あが源淵に伝隠氏左秋春﹃は︑語の﹂王﹄公隠﹂に時のこは実が︑るあと春元正王︑春年︑元に﹁年月 00

−二三には大江匡房の評言が録される︒

﹁有私﹂は︑﹃白氏六帖﹄にある︒後漢の第五倫︵伯魚︶が︑千里の馬を与えられたが受け取らず︑三公の選挙ごとにその人のことを心がけてはいたが︑結局推挙しなかったという︑﹃後漢書﹄第五倫伝を引き︑これこそが無私だと言う︒儒者の保胤も︑当然このことは知っていた︒

  本詩序の方法─その二─

  次いで︑第二段の分析に移る︒﹁梁園﹂は︑前漢景帝の弟︑梁孝王が営築した竹園で︑修竹園あるいは兔園ともいう︒さきの大庾嶺の梅に対し︑ここでは竹の名園をとりあげる︒白居易は︑﹁梁園 00︒梁 0孝王有修竹園 0﹂とする︒白居易自身は︑宰相を勤めた令狐楚が竹を好んで植えた園林を︑梁園に見立てている︒これを菅原道真は︑﹁灌漑梁園 00墨客﹂︵﹃菅家文草﹄﹇一〇五﹈︶と詠じ︑保胤の盟友の大江匡衡は﹁不漢宮之月︑不梁園 00之月﹂︵﹃本朝文粋﹄﹇二一一﹈︶とし︑同じく大江以言も﹁梁園 00之春 0風︑瓊花之色空落 0﹂︵﹃本朝文粋﹄﹇二八四﹈︶と賦している︒

  ﹁歌雪﹂は︑雪を題材に歌うことで︑ここは﹃千載佳句﹄

﹇三〇三﹈にも引く名句︑﹁兔園 00000王会﹂を意識してい

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慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註六七 よう︒季節はずれの春の雪に︑竹園の緑が映える状況が目に浮かぶ︒﹁歌雪﹂の語は白居易に一例のみあり︑﹁忽驚歌 0

0今朝至﹂︵﹃白氏文集﹄﹇三四五六﹈︶とある︒この語は稀少な表現であるが︑﹃新釈漢文大系﹄の註

ういう喩えで︑ここの﹁郢客﹂は詩筵に連なる洗練された人々のことをい の水準をあげていくと︑最後に和したのは数人に過ぎなかったという︒すなわち俗人には︑高雅な考えは理解できないと 遊説の客が歌をうたっていたが︑最初に下里巴人の曲を歌ったところ数千人が和した︑ところが野鄙な曲からだんだん歌 がは︑﹁郢﹂の客と﹁巴人﹂す登場こる︒楚の都である郢で︑ににこ連王問﹂︵﹃文選﹄︶の関とがいさ指る︒まてれさ摘 で楚対玉﹁宋は︑ 17 隅立﹂に直接拠っていよう︒﹁にでもある表現であるが︑ここでは﹁長安旅懐﹂﹇〇六九二﹈の︑早春中有一人向 00000 る︒に則っていも﹁中有﹂どこ手法のは︑そ自身だと謙遜する︒詩序の最後に謙保例もここり︑あで通辞がのるべ述を胤 ︒その中で︑田舎者の﹁巴人﹂がいて︑それが 18

  以上を踏まえ︑本詩序において白詩語に拠ったと思われる部分を︑改めて太字で示す︒

      早春同賦春生逐地形  ①夫春之為気也地之為形也草木是毛髪春雨沐而緑深︑水泉血脈︑曉氷消波暖︒至于彼東岸・西岸之柳遅速不南枝・北枝之梅開落已異︑不是春王之一レ︑誠任陰土之自然也︒

  ②方今梁園︑郢客中有巴人︑猥作唱首

  中世文学への影響

  ﹁東岸西岸﹂の隔句対は︑

﹃和漢朗詠集﹄巻上春部﹁早春﹂に収載されたことから︑人口に膾炙し︑中世の文学作品に影響を与えている︒

青陽の春も来り︑浦吹風もやはらかに︑日かげものどかになりゆけど︑たゞ平家の人々は︑いつも氷にとぢこめられ   ﹃平家物語﹄︵覚一本︶巻九﹁生ズキノ沙汰﹂冒頭近くには︑以下のように語られる︒

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六八

たる心ちして︑寒苦鳥にことならず︒東岸・西岸の柳遅速をまじへ︑南枝・北枝梅開落已に異にして︑花の朝︑月の夜︑詩歌・管絃・鞠・子弓・扇合・絵合・草づくし・虫づくし︑さま゛〳〵興ありし事ども︑思ひ出でかたりつゞけて︑永日をくらしかね給ふぞあはれなる︒寿永三年︵一一八四︶正月朔︑前年七月に木曾義仲が入京していたため︑院の御所でも内裏でも︑年始の行事が行われなかった︒平家の人々は︑氷に閉じ込められた心地ながら︑かつての花の朝︑月の夜︑詩歌・管絃・蹴鞠などの興あることを思い起こしていた︒その心情を︑この隔句対に籠めているのである︒

  ﹃撰集抄﹄巻四

−四﹁範宴事   別妻﹂には︑以下のようにある︒しかあらば︑吹よぎ吹すぎする風に付ても︑無常むねをこがし︑南枝・北枝の梅︑開落異にしてうつり︑田地に氷消て芦錐短︑新柳風にかみけづりて︑旧苔浪ひげをあらふ︑四季の替にも︑無常は心にぞ深くしらるべきと覚て侍り︒吉田中納言経光が大宰権帥として下向した際に妻を同伴したが︑他の女に心移りして︑妻が病を得て筑紫で逝去したため︑出家して範宴と名乗ったという話である︒引用は︑本話付﹁別妻﹂の末尾に近い部分で︑同じ木でも南と北の枝では︑梅の花が開いたり落ちたりする時点が異なることを︑無常が胸を焦がす例として掲げている︒同じく﹃撰集抄﹄巻六

−二﹁

後冷泉院崩御事﹂にも︑﹁南枝北枝の梅のひらけ整のおらざるに︑かつちりて﹂とあり︑後冷泉院崩御のはかなさを悲しむ表現として使われている︒

  さらに︑謡曲﹁東岸居士﹂には︑ワキが以下のように語っている︒東岸・西岸の柳の︑髪は長く乱るる共︑南枝・北枝の梅の花︑開くる法の一筋に︑渡らん為の橋なれば︑勧めに入つつ︑彼岸に到り給へや︒シテの東岸居士の名は︑この句から採られており︑ここでは居士の長髪の乱れを︑風になびく柳に喩えている︒同時に︑東岸・西岸はただの岸辺ではなく︑東岸は穢土である此岸︑西岸は西方極楽浄土の彼岸を示しているのであろう︒この﹁渡らん為の橋﹂は︑善導﹃観無量寿経疏﹄散善義に説かれる二河白道

ここでこの隔句対は︑有為転変の無常を喩えるためのものではない︒﹁開落已異﹂の﹁開﹂を︑﹁開くる法の一筋に︑渡ら ︑すなわち白く細い道のことをいうのではないか︒ 19

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慶滋保胤「春生逐地形」詩序訳註六九 ん為の橋なれば﹂と続け︑仏法の真理に到達するために一筋の狭い橋を渡り︑彼岸にお渡りなさいと勧める導入として利用されているのである︒

  結語

  本詩序の主題は︑句題﹁春生逐地形﹂に示される通り︑年が改まり︑すべてが新たな生を得た春の歓びを讃えるためのものである︒保胤は︑そのためにまず白居易の詩の一句の含意を読み取り︑他の白居易の詩文と﹃千載佳句﹄を基本として利用しながら︑さらに﹃史記﹄﹃後漢書﹄﹃文選﹄の故事や︑元稹・許渾らの詩を参照して︑この作品をまとめた︒白居易でいえば︑詩語では類書の﹃白氏六帖﹄を踏まえつつ︑特に﹃白氏文集﹄巻十三﹁律詩一﹂所載の早春詩から︑多くの言葉を選んでいることがわかる

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  小稿では︑文学史・思想史上さして重視されてこなかった︑慶滋保胤の掌編について読み解いてきた︒この詩序は︑それほど力の入ったものではなく︑平易な言葉の羅列に見えるが︑これまで明らかにしてきたように︑実はさまざまな典故を踏まえたものであった︒

  朝廷や貴顕あるいは大寺院からの依頼による詩序・願文であれば︑儒者はそれこそ命を懸け︑力のこもった述作を行う︒ところがこのような掌品は︑難語も少なく一読して意味はとれる︒しかし︑このような仲間内の作品だからこそ︑読む人が読めば必ずわかるような表現が練り込められていたのである︒現代の私たちは︑平安文人の常識からは程遠くなっているが︑読み流しがちの作品に︑奥深い古典の世界が広がっていることを確認できたであろう︒今後引き続き︑慶滋保胤の作品を精読していきたい︒

〔使用テクスト〕主に以下に依拠しつつ︑適宜︑句読点・読み等を私に改めた︒﹃周易﹄﹃春秋左氏伝﹄﹃礼記﹄﹃淮南子﹄﹃荘子﹄﹃管子﹄﹃文選﹄﹃白氏文集﹄=新釈漢文大系︒﹃史記﹄﹃後漢書﹄﹃三国

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七〇

志﹄﹃太平御覧﹄=中華書局版︒﹃藝文類聚﹄=上海古籍出版社版︒﹃元稹集﹄=元稹集校注︒﹃丁卯集﹄﹃曲江集﹄=四庫全書︒﹃白氏六帖﹄=汲古書院版︒﹃李嶠百二十詠﹄=李嶠百二十詠索引︒﹃日本紀略﹄=新訂増補国史大系︒﹃権記﹄=増補史料大成︒﹃菅家文草﹄﹃菅家後集﹄=日本古典文学大系︒﹃本朝文粋﹄﹃枕草子﹄﹃江談抄﹄﹃平家物語﹄﹁東岸居士﹂=新日本古典文学大系︒﹃和名類聚抄﹄=古写本和名類聚抄集成︒﹃世俗諺文﹄=世俗諺文全注釈︒﹃千載佳句﹄=増補平安時代文学と白氏文集│句題和歌・千載佳句研究篇│︒﹃和漢朗詠集﹄=和歌文学大系︒﹃和漢朗詠集私注﹄=和漢朗詠集古注釈集成︒﹃撰集抄﹄=撰集抄全註釈︒

〔附記〕 小稿は︑令和二〜五年度科学研究費助成事業・基盤研究︵C︶﹁摂関期・院政期僧俗の呉越・北宋との相互交流と思想的影響﹂︵課題番号20K00113︶の成果の一部である︒

〔註〕︵1︶以下に︑慶滋保胤についての関連論文・訳註を掲げる︒保胤の事績については︑これらを参照されたい︒①﹁慶滋保胤勧学会詩序考│白居易との関連を中心に│﹂ 吉原浩人・王勇編﹃海を渡る天台文化﹄勉誠出版  二〇〇八・一二②﹁慶滋保胤﹁何処堪避暑﹂詩序訳註│白居易詩文摂取の方法︵一︶│﹂

  ﹃日本思想文化研究﹄第二巻第一号

  二〇〇九・一③﹁慶滋保胤﹁晩秋過参州薬王寺有感﹂詩序訳註│白居易詩文摂取の方法︵二︶│﹂ ﹃水門│言葉と歴史│﹄第二一号  二〇〇九・四④﹁慶滋保胤﹁奝然上人入唐時為母修善願文﹂考﹂ 林雅彦・小池淳一編﹃唱導文化の比較研究﹄︵人間文化叢書  ユーラシア と日本│交流と表象│︶岩田書院  二〇一一・三⑤﹁慶滋保胤六波羅蜜寺供花会詩序訳註﹂ ﹃早稲田大学大学院文学研究科紀要﹄第五七輯第一分冊  二〇一二・二⑥﹁慶滋保胤六波羅蜜寺供花会詩序考│勧学会詩序との関連において│﹂

  ﹃多元文化﹄第一号

  二〇一二・三⑦﹁慶滋保胤の奝然入宋餞別詩序│白居易・元稹詩文との交響│﹂河野貴美子・王勇編﹃東アジアの漢籍遺産│奈良を中心として﹄勉誠出版  二〇一二・六⑧﹁慶滋保胤﹁賽菅丞相廟願文﹂訳註│﹃法華経﹄作文会の祈請│﹂ 伊藤瑞叡博士古稀記念論文集刊行会編﹃伊藤瑞叡博士古稀記念論文集  法華仏教と関係諸文化の研究﹄山喜房佛書林  二〇一三・二︵2︶小稿は︑二〇〇九年度二松學舎大学大学院において︑江澤

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