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(1)

慢性疾患を持つ従業員の機能的制限がディストレス とウェルビーイングに与える影響についての研究

著者 今井 裕紀

学位名 博士(技術・革新的経営)

学位授与機関 同志社大学

学位授与年月日 2019‑03‑21

学位授与番号 34310甲第1006号

URL http://doi.org/10.14988/di.2019.0000000570

(2)

慢性疾患を持つ従業員の機能的制限がディストレス とウェルビーイングに与える影響についての研究

同志社大学大学院総合政策科学研究科 技術・革新的経営専攻 一貫制博士課程

2013年度 1004番 今井 裕紀

(3)

目 次

第1章 はじめに ··· 1

第1節 本研究の目的 ··· 1

第2節 わが国における慢性疾患を持つ従業員の職業生活の現状と問題 ··· 3

第3節 社会と健康の関係に関するわが国の研究の動向 ··· 4

第4節 わが国の産業衛生学等における研究の動向 ··· 6

第5節 マネジメント研究における研究の動向 ··· 7

第6節 本論文の構成 ··· 8

第2章 問題背景 ··· 9

第1節 わが国の就労者の健康状態の推移 ··· 9

第2節 慢性疾患を持つ人の職業生活の課題 ··· 13

第3節 慢性疾患を持つ従業員の就労に対する企業の対応の現状 ··· 26

第4節 諸外国との比較 ··· 34

第5節 小括 ··· 41

第3章 先行研究 ··· 43

第1節 慢性疾患と生活機能 ··· 43

第2節 機能的制限 ··· 48

第3節 スティグマ ··· 51

第4節 社会経済的地位 ··· 56

第5節 コーピング ··· 59

第6節 組織における支援 ··· 61

第7節 慢性疾患を持つ従業員に関する研究の課題 ··· 63

第8節 障害と制度 ··· 65

第9節 障害を持つ従業員の困難と組織構造・人事制度 ··· 68

第10節 障害とダイバーシティ ··· 71

第11節 職務内容とディストレス ··· 74

第12節 雇用形態とディストレス ··· 76

(4)

第13節 小括 ··· 78

第4章 理論と仮説 ··· 81

第1節 ディストレスとウェルビーイングの性質··· 81

第2節 機能的制限がディストレスおよびウェルビーイングに与える影響 ··· 83

第3節 心理的資源による媒介効果 ··· 87

第4節 職務上の資源による調整効果 ··· 89

第5節 小括 ··· 95

第5章 方法 ··· 96

第1節 データ ··· 96

第2節 国民生活基礎調査データにおける変数と記述統計 ··· 102

第3節 JGSSデータにおける変数と記述統計 ··· 104

第4節 MIDJAデータにおける変数と記述統計 ··· 106

第5節 統制変数 ··· 109

第6節 変数間の関係 ···114

第7節 分析の手続き ···119

第8節 小括 ··· 122

第6章 結果 ··· 123

第1節 直接効果仮説の検証 ··· 123

第2節 直接効果仮説の検証結果についての考察··· 125

第3節 媒介効果仮説の検証 ··· 129

第4節 媒介効果仮説の検証結果についての考察··· 130

第5節 調整効果仮説の検証 ··· 131

第6節 調整効果仮説の検証結果についての考察··· 132

第7節 小括 ··· 134

第7章 結論 ··· 135

第1節 各章のまとめ ··· 135

(5)

第2節 総合的考察 ··· 143

第3節 本研究の理論的および実践的含意 ··· 144

第4節 本研究の限界と今後の研究課題 ··· 145

参考文献およびURLリスト ··· 1

(6)

1 第1章 はじめに

第1節 本研究の目的

本研究の目的は、慢性疾患を持つ従業員の機能的制限がディストレスとウェルビーイン グに与える影響を明らかにすることである。特に、以下の3点に焦点を当てて研究を行う。

(1)機能的制限はディストレスを増加させ、ウェルビーイングを低下させるか。

(2)機能的制限がディストレスとウェルビーイングに与える影響は、自尊心や統制感 覚等の心理的資源によって媒介されるか。

(3)雇用の安定性や職務裁量等の職務上の資源は機能的制限がディストレスとウェル ビーイングに与える影響を調整するか。

厚生労働省が実施した「平成28年国民生活基礎調査」によれば、2016年において何ら かの傷病で通院しながら仕事をしている人は2,076万人と推計されており、わが国の就労 者6,108万人の約3分の1を占めている(URL 1; URL 2)1。『平成29年版厚生労働白書』

は、病気を理由に仕事を辞めざるを得ない人や、病気についての職場の理解が乏しい等の 就労上の困難に直面している人がいるとして、治療と職業生活の両立支援を日本の政策的 課題として掲げている(厚生労働省編2017b: 212)。また、病気への罹患が離職率を高め ることが明らかにされている(濱秋・野口 2010)。しかしこれらの調査や研究は、病気を 持つ従業員が職場における困難をどのように受け止めているかを明らかにしていない。

自分の病気についての悩みやストレスがある人は2、仕事を持つ人において 362 万人、

仕事を持たない人において 661万人いると推計されている(URL 3)3。また、警察庁の 自殺についての統計によればわが国の近年の自殺原因・動機の第 1 位は健康問題である。

その内訳を見ると、最も多いものが「病気の悩み・影響(うつ病)」であるが、その次に多 いものが「病気の悩み(身体の病気)」である(URL 4)。このように、病気を持つことは それ自体が精神的負担となっているが、そのような病気についての悩みに病気に起因する 就労上の困難が加わると、病気を持つ従業員が直面する心理的な問題は増大し深刻化する と考えられる。

1「平成28年国民生活基礎調査」は熊本県が推計から除かれている。ここでの就労者は「国 民生活基礎調査」における「仕事あり」の人数の推計値である。「仕事あり」は被雇用者に 限らず、自営業者等も含む。

2 「平成28年国民生活基礎調査」において悩みやストレスの原因を「自分の病気や介護」

と回答した人の推計値である。この場合の介護は自分の介護である(家族の介護について はこれとは別に「家族の病気や介護」という選択肢があるため)。

3 「平成28年国民生活基礎調査」の推計値である。

(7)

2

このような状況を踏まえ、本研究はディストレスとウェルビーイングをアウトカムとし て用いることで、慢性疾患を持つ従業員の健康に関連した問題が従業員にどのように心理 的問題を生じさせ、生活全体に関する評価の低下やポジティブな心理的機能の制約を引き 起こすかを探る。また、どのような職場環境がそのような従業員の困難と関係しているか について探る。多様な働き方に対するニーズが高まっている現在、多様性を許容する包摂 的な社会や職場を構築していくうえで、慢性疾患を持つ従業員の就労上の困難の実態を明 らかにすることは重要である。

本研究は慢性疾患を持つ従業員の健康に関連する問題を、機能的制限(functional limitation)の視点からとらえる。機能的制限は、日常生活活動(activity of daily living, ADL)および手段的日常生活活動(instrumental activity of daily living, IADL)あるい はより複雑な職務や社会的活動の遂行における制約と定義される(Brown 2017b)4。先行 研究では、機能的制限が抑うつ傾向を増加させ(Yang 2006; Brown and Turner 2010;

Brown 2017a)5、健康関連の生活の質(health-related quality of life, HRQOL)を低下 させることが明らかにされている(Bentley 2013)6。また、機能的制限が抑うつに影響を 与える過程について、統制感覚(mastery)が機能的制限と抑うつの関係を媒介すること も明らかにされている(Brown 2017a)7。しかしこれらの研究は一般の地域住民を対象と して行われた研究であり、民間企業の従業員に限ったものではない。

従業員を対象とした先行研究では、病気の深刻さを統制したうえでも、病気によって職 務遂行能力が制限されることにより従業員のディストレスが高まることが明らかにされて いる(Munir et al. 2007)。また、慢性疾患を持つために受ける職場での差別的な処遇が 従業員のストレス反応を高め、職務満足度を低下させることも明らかにされている

4 詳しくは3章で論じるが、機能的制限には類似した複数の定義がある。他の定義として は、日常生活における基本的な身体および精神的な活動の制限(Verbrugge and Jetts

1994)、ADLおよびIADLに困難を抱えること(Tucker 2000)、自立した生活のために必

要な課業の物理的または精神的な達成水準に制限があること(Sternfeld et al. 2002)があ る。ここでは最も新しい知見で用いられている定義を参照した。

5 Functional limitationはYang(2006)ではfunctional disabilityと表現されており、

Brown and Turner(2010)ではphysical disabilityと表現されているがYang(2006)及 びBrown and Turner(2010)を引用したBrown(2017b)ではどちらもfunctional limitationとして扱われている。

6 Bentley(2013)ではfunctional limitationはfunctional status limitationと表現され ているが、Bentley(2013)のfunctional statusが測っている内容は日常生活活動であり、

Brown(2017b)のfunctional limitationの定義と合致している。

7 本研究ではmasteryを「統制感覚」、sense of controlを「コントロール感覚」と訳す。

(8)

3

(McGonagle et al. 2016)8。このような先行研究も踏まえ、本研究では、機能的制限が どのように従業員のディストレスおよびウェルビーイングに影響を与えるか、またどのよ うな職場要因が機能的制限とディストレスおよびウェルビーイングの関係を調整するかを 探る。そうすることで、慢性疾患を持つ従業員の働きやすさを高める要因について重要な 示唆が得られると考えられる。

第2節 わが国における慢性疾患を持つ従業員の職業生活の現状と問題

『平成 29 年版厚生労働白書』によれば、病気を治療しながら仕事を続けている人は労 働人口の3分の1を占めるが(厚生労働省編 2017b: 212)、病気のリスクを持つ人も増加 傾向にある。厚生労働省が 2016 年に公表した「事業場における治療と職業生活の両立支 援のためのガイドライン」によれば、血圧や血中脂質などについての健康診断の有所見率 は近年高まっており、脳・心臓疾患のリスクを抱える従業員も増加している(URL 5)。 定期健康診断を受けた労働者のうち所見があった人の割合を示す有所見率は、1990年には

23.6%だったのに対し、2016年には53.8%となっている(URL 6; URL 7)。また、労働

力の高年齢化によって、今後、病気を持ちながら働く人の治療と職業生活の両立支援への ニーズが高まることが予想されている(URL 5)。

一方で、病気を理由に仕事を辞めざるを得ない人や、職場の理解が得られないために治 療と仕事の両立が困難になっている人がいる。厚生労働省が2014 年に公表した資料「治 療を受けながら安心して働ける職場づくりのために」で紹介されている「平成 25 年度厚 生労働省委託事業治療と職業生活の両立等の支援対策事業調査結果」によれば(URL 8)、 脳血管疾患、心疾患、筋骨格系疾患、職業性がん、ストレス性疾患を持つ従業員901人が、

疾患に罹患した後に、次のような就業形態等の変化を経験している。901名のうち131人

(14.5%)が勤務先は変わらずに配置転換あるいは雇用形態が変更になり、146人(16.2%)

が退職あるいは転職している。また、退職あるいは転職した146人のうち43人(29.5%)

が退職理由について「治療しながら仕事を続けることに対して職場の理解がなかったため」

と回答している。

また、労働政策研究・研修機構編(2013)によれば、病気に罹患した従業員が病気休職 制度を利用せずに退職する割合は、正社員より非正社員の方が高い傾向にある。社員が病

8 ここでの差別的な処遇は、慢性疾患を持つことを周囲の人々が知っているときに自分は どのような処遇を受けると考えられるかについて従業員本人に聞いたものである。

(9)

4

気にかかった場合に「ほとんどが病気休職を申請することなく退職する」と回答した企業 の割合は、正社員がメンタルヘルスに罹患した場合には5.5%、正社員がその他の身体疾患 に罹患した場合には 4.2%だったのに対し、非正社員がメンタルヘルスに罹患した場合は

14.1%、非正社員がその他の身体疾患に罹患した場合は 11.2%となっており(労働政策研

究・研修機構編 2013: 199-206)9、病気に罹患した非正社員が休職せずに退職するとした 企業の割合は、メンタルヘルスでも、その他の身体疾患でも、正社員のそれの2倍以上だ った10。また、次節で述べるように、わが国における近年の経済学の研究では、健康状態 の悪さが退職、勤務時間の短さ、低賃金と関係することが明らかにされているが、これら の研究結果も、上述の厚生労働省や労働政策研究・研修機構の調査結果を裏付けている。

このように、わが国では慢性疾患を持つ従業員のうち一定数の人々が雇用の危機に直面 しており、雇用の危機の度合いは雇用形態によって異なる可能性が示唆されている。しか し、慢性疾患を持ちながら働く人が、職場においてどのような困難に直面し、それらの困 難をどのように受けとめているかに関しては十分に明らかにされていない。厚生労働省の 2012年の「治療と職業生活の両立等の支援に関する検討会報告書」は、治療と職業生活の 両立について「病気を抱えながらも、働く意欲・能力のある労働者が、仕事を理由として 治療機会を逃すことなく、また、治療の必要性を理由として職業生活の継続を妨げられる ことなく、適切な治療を受けながら、生き生きと就労を続けられること」であると定義し ている(URL 9)。この観点に立てば、慢性疾患を持つ従業員が生き生きと働くことを実 現するためには、そのような従業員が離職せずに働き続けることができるようにするだけ ではなく、従業員に対し質の高い就労機会を提供できるように環境を整備することが必要 であり、環境整備を進めるためにも、わが国において慢性疾患を持つ従業員が経験する心 理的な困難の実態を把握し、困難と関連する職場の要因を明らかにする必要がある。

第3節 社会と健康の関係に関するわが国の研究の動向

社会と健康についての研究は、公衆衛生学、社会疫学、医療社会学、健康経済学などの 領域において行われてきたが、それらの研究には大きく分けて二つの理論的立場がある。

9 「わからない」、「該当する者がいない」と回答した企業および無回答を除いて集計。

10 非正社員について回答した企業は、非正社員についても病気休職制度が適用される企業 である。同調査においてはすべての非正社員に病気休職制度が適用されるあるいは一部の 非正社員に適用される企業の割合は48.5%、非正社員には病気休職制度が適用されない企 業の割合は51.5%である(労働政策研究・研修機構編 2013: 201)。無回答を除いて集計。

(10)

5

一つ目は所得、学歴、職業などの社会経済的地位(socio-economic status, SES)が健康に 影響を与えるとする立場であり、これは社会起因仮説(social causation hypothesis)と 呼ばれる。わが国における研究は、女性の間で家計支出の低さと肥満、高血圧、糖尿病を 持つことが関係すること(Fukuda and Hiyoshi 2013)、15歳のときの家族の所得の低さ が成人後の貧困率を高め11、幸福感、主観的健康観を低めること(Oshio, Sano and

Kobayashi 2010)、学歴の低さが男女問わず死亡リスクを高め、男性については無職であ

ることが死亡リスクを高めることなどを明らかにしている(Hirokawa, Tsutsumi and

Kayaba 2006)。これらは一般的に、健康格差の問題として広く知られている。『平成 26

年版厚生労働白書』によれば、健康格差とは「地域や社会状況の違いによる集団における 健康状態の差」を指す(厚生労働省編 2014: 136)。わが国の健康格差に対する政策は、健 康寿命の都道府県格差の縮小が目標となっている(厚生労働省編 2014: 136)。しかし、慢 性疾患を持つ従業員の就労問題は社会起因説だけでは十分に説明することができない。慢 性疾患を持つ従業員が疾患を理由に離職することには、健康が社会的地位に影響を与えて いると見られ、社会起因説が想定する因果とは逆の関係を想定する必要が生じる。

社会と健康の関係を説明する二つ目の理論は、健康がSESに影響を与えるとするもので、

これは健康選別仮説(health selection hypothesis)と呼ばれる。健康選別説は、健康状 態の悪さが個人の社会階層の下方移動の可能性を高めると想定するが(Blane, 1985)、慢 性疾患を持つ従業員が失業することはこの理論的観点によって説明される。わが国の経済 学による健康と就労の関係に関する知見は健康選択仮説と整合的である。例えば、2000 年から2006 年の日本版総合社会調査データも用いた研究からは、男性において健康状態 の悪さが時間当たり賃金の低さと関係することが明らかにされている(湯田 2010)。2008 年から2010 年にかけて行われた中高齢者を対象とするパネル調査からは、男性の間で三 大疾病(がん、心臓の病気、脳卒中・脳血管疾患)の罹患歴が無職となる確率を上昇させ、

週当たりの労働時間を減少させることが報告されている(濱秋・野口 2010)。「平成25年 度国民生活基礎調査」を用いた分析では、週の労働時間が20時間未満あるいは20~29時 間である場合、週 30 時間以上と比べ、通院している確率や何らかの自覚症状がある確率 が高いことがわかっている(泉田 2015)。

11 ここでの貧困率は、回答者の世帯人員数調整済みの世帯年収が、回答者全体の世帯人員 数調整済み世帯年収の中央値の2分の1の額である147.8万円を下回っているかどうかが 指標となっている。

(11)

6

しかし、これらの知見は健康が就労に影響を与える可能性を示唆するものの、なぜ健康 状態が悪いと職を失うのかという職場における社会的なダイナミクスや集団における心理 的プロセスは明らかにしていない。実際に、第5節で述べるマネジメント領域における研 究は、慢性疾患を持つ従業員が、病気を持つことに関連して就労上の差別を感じているこ とを明らかにしている。本研究では健康と社会の双方向の関係性を踏まえつつも、健康選 別を生じさせる職場メカニズムを探る。

第4節 わが国の産業衛生学等における研究の動向

ここではわが国の産業衛生学などの医学、衛生学関係の領域において、慢性疾患を持つ 従業員の困難について明らかにした研究の知見を確認する。がんを持つ従業員が、乳がん、

肺がん、大腸がんなどの診断後に失業あるいは転職することは QOL を低下させることが 明らかにされている(Kobayashi et al. 2008)。Kobayashi et al.(2008)で計測されてい るQOLは6つの下位次元で構成されている。すなわち、全体的健康状態、身体的機能、

役割遂行機能、認知機能、情動的機能、社会的機能である。失業あるいは転職は全体的健 康状態を除く5つの機能全てに負の影響を及ぼしていた。

糖尿病については、治療の中断や、治療を受けた人の職場ストレスの増加が報告されて いる。治療中断について、調査対象者である糖尿病通院者の8.1%が通院を中断しており、

その理由として、「仕事が忙しく通院の時間が作れない」が挙げられていた(横田ほか

2007)。中石ほか(2007)では、調査対象者のうち26%が過去に治療を中断したことがあ

り、その理由として最も多かったものは「仕事が忙しくて通院できなくなった」であった。

一方で、糖尿病の治療をすることができても、なお就労困難を抱える人がいることも明ら かにされている。糖尿病網膜症の手術を受けた人において、「心理的な仕事の負担量(質)

(量)」や「自覚的な身体負担度」は改善していたが、「職場環境のストレス」が増加し「働 きがい」が低下していた(恵美・池田 2009)。

潰瘍性大腸炎およびクローン病を持つ従業員に関しては、就労上の困難がワークモチベ ーションと負の関係にあり、抑うつ傾向と正の関係にあることが明らかになっている(Ito et al. 2008)。また、Ito et al. (2008)は困難の性質について、「患者の職務上の成果やキ ャリアに影響を与える困難」や「患者の健康管理に影響を及ぼすような職務関連の困難や 職務に関連した配慮の欠如」などからなる5つの下位次元を提示している。

これらの研究は、慢性疾患を持つ従業員において失業が QOL に悪影響を与えること、

(12)

7

また就労を続けている場合でも治療が中断する場合があること、そして就労上の困難がデ ィストレスを高めることなどを示唆している。しかしこれらの研究は単一の疾患に着目し ており、種類の異なる疾患を持つ従業員を対象としたときにこれらの研究で明らかになっ たような就労上の困難が同様に観察されるかについては明らかではない。また、Ito et al.

(2008)は就労困難の実態を詳しく明らかにしたが、そこで見いだされた従業員の5つの 困難のカテゴリーがどのような理論によって説明されるかについては未だ明確化されてい ない。そこで次に職場に着目したマネジメント研究の知見について確認する。

第5節 マネジメント研究における研究の動向

組織行動論、産業・組織心理学、職業心理学、人的資源管理論などのマネジメント関連 領域では、ここ 10 年ほどの間に慢性疾患を持つ従業員に着目した研究が蓄積されつつあ る。それらの研究の主な研究対象としては、差別(McGonagle and Barnes-Farrell 2014;

McGonagle and Hamblin 2014; McGonagle et al. 2016)、キャリア(Beatty 2012; Tokar and Kaut 2018)、コーチング(McGonagle, Beatty and Joffe 2014)、職場の風土や職場 運営方針などがある(Kirk-Brown and Van Dijk 2016; Nelson, Shaw and Robertson

2016)。そのうち、差別については、様々な慢性疾患を持つ従業員の病気の深刻さを統制

しても、慢性疾患を持つことに起因する職場での差別が従業員にネガティブな心理的影響 を与えることが明らかになっている。すなわち、差別は従業員のストレス反応を増加させ

(McGonagle et al. 2016)、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 脅 威 を 形 成 し (McGonagle and Barnes-Farrell 2014)、間接的に仕事上の緊張・不安(job tension)を高める(McGonagle and Hamblin 2014)。

差別はストレスだけでなく、職務満足度やキャリアと関連する。McGonagle et al(2016). は、部分的にではあるが、差別が職務満足度および組織コミットメントを低下させること を示している。また、キアリⅠ型奇形を持つ人において12、差別がキャリア上の困難につ いての意思決定能力についての自信を低め、良質な就労環境へのアクセスを制約すること が明らかにされている(Tokar and Kaut 2018)13

12 井原(2010)によれば、キアリ奇形とは小脳及び延髄が大後頭孔から脊柱管内に陥入し た状態のことを指し、キアリ奇形Ⅰ型は小脳扁桃のみが脊柱管内に下垂したものである。

13 ここでの良質な雇用機会は、Duffy et al(2016)が国際労働機関(International Labour . Organization, ILO)の指標にもとづいて作成したディーセント・ワーク尺度によって測ら れている。

(13)

8

ただし、McGonagleらが提示した差別の問題が、慢性疾患を持つ従業員の就労困難の全

体像であるかどうかについては検証の余地がある。例えば、McGonagle et al.(2016)は 差別という概念を公式的な差別と対人関係における差別の2つで構成されるものとして提 示した。公式的な差別とは、昇進差別などである。対人関係における差別とは、乱暴で尊 敬を欠いた対人接触などである。しかしMcGonagle et al.(2016)が検証したのは公式的 な差別だけであり、対人関係における差別は検証していないという限界がある。

また、差別とは別に、職務の成果水準の低下が慢性疾患を持つ従業員のストレス反応と 相関することが示されている(McGonagle et al. 2016)。これは、機能的制限が抑うつを 増加させるとしたBrown(2017b)などのコミュニティ・サンプルによる検証結果とも整 合的である。

しかし、これらの困難はどのような従業員においてより強く現れるのかに関しては十分 に明らかになっていない。本研究では、従業員の属性や職場の特性が慢性疾患を持つ従業 員の困難をどのように調整するかを探る。

第6節 本論文の構成

本論文の構成は以下の通りである。第2章では慢性疾患を持つ従業員の就労困難につい て、問題背景を詳述する。近年のわが国の就労者の健康状態の推移や病気を持つ従業員の 就労課題を確認し、諸外国との比較を行う。第3章では、慢性疾患を持つ従業員の困難を 引き起こす要因や、組織による支援に関して幅広く先行研究をレビューする。第4章では、

ディストレスとウェルビーイングの性質について確認したうえで、慢性疾患を持つ従業員 の機能的制限がディストレスとウェルビーイングに与える影響、心理的資源による媒介効 果、職務上の資源による調整効果を予測する。第5章では本研究で用いるデータ、変数と 記述統計、変数間の関係、分析の手続きを説明する。第6章では直接効果仮説、媒介効果 仮説、調整効果仮説についての検証結果をそれぞれ示し、考察を述べる。そして最終章と なる第7章では、各章のまとめを示したうえで、総合的な考察を行い、本研究の理論的お よび実践的含意、限界と今後の研究課題について述べる。

(14)

9 第2章 問題背景

第1節 わが国の就労者の健康状態の推移

ここでは、わが国の就労者の健康状態の推移について述べる。厚生労働省の「定期健康 診断結果報告」では、労働安全衛生法に基づく定期健康診断の有所見率の推移が示されて いる(URL 6; URL 7)。「定期健康診断結果報告」は、労働安全衛生法にもとづいて実施 される健康診断のうち、常時 50 人以上の労働者を使用する事業所の健康診断の結果を集 計したものである。2016年の「定期健康診断結果報告」における定期健康診断の総受診者

数は1,365万人である(URL 10)。「定期健康診断結果報告」が主に報告している項目は、

聴力(1000Hz)、聴力(4000Hz)、胸部X線検査、喀痰検査、血圧、貧血検査、肝機能検 査、血中脂質、血糖検査、尿検査(糖)、尿検査(蛋白)、心電図の有所見率である。また、

項目を問わず、所見があった人の割合も報告されている。

図 1は、全体の有所見率14、血圧の有所見率、血中脂質の有所見率の推移を示すもので ある。この図にあるように 1990 年から 2016 年の期間に有所見率は上昇し続けている。

1990年において23.6%だった全体の有所見率は2016年には 53.8%に、血中脂質の有所

見率は1990年には11.1%だったが2016年は32.2%に、そして血圧についての有所見率

は1990年の7.1%が2016年には15.4%に上昇している。

14 項目を問わず所見があった人の割合である。

23.6 27.4

32.2 33.6 34.6

36.4 38.0 39.5 41.2 42.9 44.5 46.2 46.7 47.3 47.6 48.4 49.1 49.9 51.3 52.3 52.5 52.7 52.7 53.0 53.2 53.6 53.8

11.1 13.6

15.8 17.2 18.3 20.0 20.9 22.0 23.0

24.7 26.5 28.2 28.4 29.1 28.7 29.4 30.1 30.8 31.7 32.6 32.1 32.2 32.4 32.6 32.7 32.6 32.2

7.1 7.7 8.1 8.4 8.5 8.8 9.2 9.3 9.7 9.9 10.4 11.1 11.5 11.9 12.0 12.3 12.5 12.7 13.8 14.2 14.3 14.5 14.5 14.7 15.1 15.2 15.4 0

10 20 30 40 50 60

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16

有所見率(全体) 血中脂質 血圧

(%)

(年)

図1 有所見率の年次推移

出典:定期健康診断結果報告(URL 6; URL 7)

(15)

10

有所見者率の増加は、病気になるリスクを持つ就労者の増加を表しているが、実際に病 気を持つ人は増加しているのだろうか。表 1 は、「国民生活基礎調査」の統計表から作成 した、1998年から2016年における就労者、通院している就労者、就労者に占める通院就 労者の割合の推移である。表からわかるように、2016年時点では、仕事を持ちながら通院 している人の数は2,076万人であり、就労者は6,108万人である。就業者の34.0%が何ら かの傷病によって通院している。

1998年から2016年までの推移に着目すると、通院者はこの間に557万人増加している。

一方で、就労者の人数は1998年から2016年にかけて35万人増加しているが、その間に は減少している年もある15。これらのことから、就労者の数には増減があるものの、通院 者の数は一貫して増加していると言える。また、就労者に占める通院者の割合は、1998

年の25.0%から2016年の34.0%まで増加している。

表2は、通院している就労者の、主な病名別の人数である。ここでは、糖尿病、脳卒中、

狭心症・心筋梗塞、慢性関節リウマチ、腎臓の病気、悪性新生物(がん)を挙げている。

また、病気につながるリスクを持つ者として、高脂血症/脂質異常症、高血圧症による通 院者の数を示している。2016 年において、糖尿病で通院している就労者は 229 万、脳卒 中が32万、狭心症・心筋梗塞が64万、慢性関節リウマチが25万、がんが37万人であり、

脂質異常症が245万人、高血圧症が564万人である。

1998年から2016年までの推移をみると、通院している就労者の人数は、疾患別に見て も増加している。例えば、糖尿病治療のために通院している就労者数は、1998 年の 118 万人から2016年の229万人へと100万人以上増加している。また、がんで通院している 就労者数は1998年の15万人から2016年の38万人へと2倍以上に増加している。同様

15「国勢調査」における就業者数は、1995年が6,414万人、2000年が6,297万人、2005 年が6,151万人、2010年が5,961万人、2015年が5,892万人である(URL 23)。2010 年については「国民生活基礎調査」と「国勢調査」で215万人の差があるが、全体の傾向 に大きな違いは見られない。

表1 就労者数、通院している就労者数、就労者に占める通院就労者数の推移

1998年 2001年 2004年 2007年 2010年 2013年 2016年 就労者数(万人) 6,073 6,298 6,185 6,394 6,176 5,997 6,108 通院している就労者数(万人) 1,519 1,738 1,728 1,824 1,977 2,007 2,076 就労者に占める通院就労者の割合(%) 25.0 27.6 27.9 28.5 32.0 33.5 34.0 出典: 国民生活基礎調査(URL 1; URL 2; URL 11; URL 12; URL 13; URL 14; URL 15; URL 16; URL 17; URL 18; URL 19; URL 20; URL 21; URL 22)

注:2016年は熊本県を除いた46都道府県の推計値である。

(16)

11

に、高脂血症/脂質異常症や高血圧症についても1998年から2016年にかけて大きく増加 している。一方で、脳卒中や狭心症・心筋梗塞も増加しているが、糖尿病やがんと比較す ると増加率は低い。脳卒中は1998年の30万人から2016年の32万人へと2万人増加し、

狭心症・心筋梗塞は56万人から64万人へと8万人増加している。

このように、「定期健康診断結果報告」や「国民生活基礎調査」は健康状態の悪い就労者 が近年増加傾向にあることを示している。しかしこれらは、増加の原因については明らか にしていない。そこで次に、有所見率の増加の要因について検討を行った知見を確認する。

須賀ほか(2013)は、2001年から2011年の大規模な健康診断データ(各年度平均サン プルサイズ119,956人)をもとに、肥満、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病等の有 所見率の推移を検証した。有所見率は、年度ごとの年齢構成の違いを統制した年齢調整率

(age-adjusted rate)と、年齢調整をしていない粗率(crude rate)の2種類が用いられ た16。検証の結果、男性就労者の肥満、高血圧、女性就労者の肥満、高血圧、糖尿病は、

粗率では上昇傾向が見られたが、年齢調整率では上昇傾向が見られなかった。そのため、

これらの疾患の有所見率の上昇は、健康診断受診者の高年齢化によるものであると結論づ けられた。

図 2に示すのは、近年のわが国の高齢化率(全人口に占める65歳以上の人の割合)と 就業者に占める65歳以上の人の割合の推移である。就業者に占める65歳以上の人の割合 は、1990年には5.7%だったが、2016年には11.9%に増加している。須賀ほか(2013)

の発見を踏まえると、このようなわが国の就労者の高齢化が、有所見率の上昇に関連して

16 年齢調整は、複数の集団における年齢構成の違いによる影響を取り除いたうえで、集団 間で死亡率、罹患率、有病率などの水準を比較するために行うものである(永井 1990)。

表2 主な疾患名別の働きながら通院している人の数(単位:万人)

1998年 2001年 2004年 2007年 2010年 2013年 2016年 糖尿病 118 140 156 174 190 213 229

高脂血症 115 139 146 173 248 0

脂質異常症 226 245

高血圧症 314 370 391 442 501 552 564

脳卒中 30 36 32 33 32 32 32

狭心症・心筋梗塞 56 63 58 59 61 62 64

慢性関節リウマチ 16 18 19 21 23 23 25

腎臓の病気 30 31 26 29 32 35 35

悪性新生物(がん) 15 20 23 24 32 31 37 出典:国民生活基礎調査(URL 1; URL 17; URL 18; URL 19; URL 20; URL 21; URL 22)

注:2016年は熊本県を除いた46都道府県の推計値である。

(17)

12 いると考えられる。

また、須賀ほか(2013)では、年齢以外の有所見率の上昇要因についても指摘されてい る。須賀ほかの分析では、男性の高コレステロール血症の有所見率は、粗率だけでなく、

年齢の影響をコントロールした年齢調整率においても上昇傾向が見られた。この結果につ いて、須賀ほかは、労働環境や労働条件の変化が影響している可能性を指摘している。同 様に、北村ほか(2010)も、労働環境の変化を有所見率の上昇の要因として指摘している。

北村ほかは、企業4社の40代および50代男性の1977年から2008年までの健康診断結 果を分析した結果、高血圧の有所見者は1977年から90年頃にかけて減少したが、90年 頃から2008 年にかけて増加したことを確認している。また、高血圧の要因の一つである 肥満の影響を統制するために、肥満者と非肥満者に分けて高血圧の有所見者の割合の推移 が観察した結果、肥満の有無に関わらず高血圧の有所見率は90年代から2008年にかけて 上昇していた。これらのことから、北村ほか(2010)は、高血圧者の増加には、職場にお ける業務量の増加や解雇不安による精神的ストレスの増加が関係している可能性があると 指摘している。

このように、就労者の高齢化と労働環境の悪化が有所見率を上昇させている可能性が指

12.1 12.6 13.1 13.6 14.1 14.6 15.1 15.7 16.2 16.7

17.4 18.0 18.5 19.1 19.5 20.2 20.8 21.5 22.1 22.8 23.0 23.3 24.2 25.1 26.0 26.7 27.3

5.7 6.0 6.3 6.4 6.6 6.8 6.9 7.2 7.3 7.5 7.5 7.5 7.5 7.6 7.6 7.8 8.0 8.4 8.6 8.9 9.1 9.1 9.5 10.1 10.7 11.4 11.9

0 5 10 15 20 25 30

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16

高齢化率 就業者における高齢化率

(%)

(年)

図2 わが国の高齢化率と就業者における65歳以上の比率の推移

出典:人口推計(URL 24; URL 25; URL 26)、労働力調査(URL 27)

(18)

13

摘されている。労働環境の悪化を示す間接的な指標に精神障害の発病がある。『平成29年 版過労死等防止対策白書』によれば、業務により精神障害を発病したことが認められたこ とを表す労災補償の支給決定件数は近年増加傾向にある(厚生労働省編 2017a: 34)。図2 に示すように、精神障害についての労災補償の請求件数は、2000年度の212件から2016

年の1,586件へと増加しており、労災補償の支給決定件数は2000年度の36件から2016

年度の498件へと増加している。労働環境の悪化と有所見率の増加が関係しているとすれ ば、労災補償件数に表されるような職場環境の悪化は今後も有所見率を上昇させ続けると 考えられる。このような職場環境の現状や、高齢化の現状を踏まえれば、何らかの疾患あ るいは疾患のリスクを持ちながら働く従業員の就労課題への対応は重要である。

尚、高齢化や労働環境の悪化以外の有所見率上昇の関連要因としては、有所見の判定基 準の変更も指摘されている。例えば、寶珠山ほか(2000)は労働衛生機関における有所見 の判定方法についての調査から、90年代前半に多くの機関で総コレステロールの基準値が 引き下げられたことが有所見率の向上と関係している可能性を指摘している。

第2節 慢性疾患を持つ人の職業生活の課題

本節では、慢性疾患を持つ人が働くことに関してどのような課題を感じているかについ て述べる。本節で就労課題を記述する疾患は、がん、糖尿病、難病である。

212 265 341 447 524

656 819

952 927

1,136 1,181 1,272 1,257

1,409 1,456 1,515 1,586

36 70 100 108 130 127 205 268 269 234 308 325

475 436 497 472 498

0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800

00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 請求件数 支給決定件数

図3 精神障害に関する労災補償の請求件数と支給決定件数

出典:厚生労働省編(2017a: 34)

(%)

(年)

(19)

14

がんを持つ人の社会生活についての調査として、山口ほかが 2003 年及び 2013~2015 年に実施した調査がある(URL 28; URL 29)17。調査対象者は、第一次、第二次ともに、

医療機関に外来通院している 20 歳以上のがん患者、または患者会や患者支援団体に所属 している20歳以上のがん体験者である。回答者数は第一次調査が 7,837であり、第二次 調査が4,054である。

これらの調査から、多くの回答者が、がん診断の後に勤めていた組織を辞めていたこと が明らかになっている。図4に示す通り、どちらの調査でも「依願退職した」と「解雇さ れた」を合わせて約35%の就労者が離職している。一方、図5に示す通り、がんと診断さ れた時に仕事を辞めようと考えた人の割合は11.7%であり、図4に示された離職した人の

割合(約35%)と比較すると少ない。

17 2003年に実施された調査を第一次調査、2013~2015年に実施された調査を第二次調査

と呼ぶ。

47.9 47.6

9.5 8.7

30.5 30.5

4.1 4.2

8.1 9.0

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2013年(n=1,628)

2003年(n=2,625)

現在も勤務している 休職中である 依願退職した 解雇された その他

図4 がんを持つ就労者のがん診断後に生じた就労状況の変化

出典:「がんの社会学」に関する合同研究班による調査報告書(URL 28; URL 29)

注:2003年は第一次調査、2013年は第二次調査を表す。第二次調査の調査期間は2013年から2015年だが表記を簡略にする ために2013年と表示している。以降の図においても同様である。この質問項目に回答している人は、自営業者、単独事業者、

家族従業員以外の就労者である。

54.4 21.9 11.7 8.9 3.1

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2013年(n=1,878)

仕事をこれまで通り続けたい 以前よりペースや業務量を落として

仕事を続けたい 仕事を辞めたい

仕事のことは考えな

かった その他

図5 がんと診断された当時の仕事についての考え

出典:「がんの社会学」に関する合同研究班による第二次調査報告書(URL 29)

(20)

15

調査では、がん診断から調査時点までの間に仕事を辞めた人に対して、その理由を聞い ている。仕事を辞めた理由の回答分布は図 6 に示す通りである。図からわかるように、

22.9%の回答者が治療に必要な休みを取ることができないことを理由として挙げており、

このことから、治療と職業生活の両立困難が仕事を辞める理由の一つとなっていることが わかる。これらのことから、がんを診断された時は仕事を辞めるつもりが無くても、実際 に働いていくうちに治療と職業生活の両立に困難を感じるようになり退職した人がいる可 能性が考えられる。

一方で、就労継続を促す要因にはどのようなものがあるか。調査の結果は、勤務時間や 休暇に関する制度の整備や、職場における上司や同僚の理解が重要であることを示唆して いる。図7は、がんを持つ人の就労継続に必要なことは何かという質問への回答の分布で ある。最も回答が多かったのは「勤務時間の短縮制度」であり、それに次いで「休職や休 暇制度」、「職場の上司や同僚の知識・理解」の割合が高い。また、図8は、仕事を継続し ている人が回答した、仕事を継続できた理由の分布である。これによると、上司や同僚等 の理解や協力が全体の4割を占めている。

また、現在がんを持ちながら就労している人の仕事に関する悩みにはどんなものがある か。図9で示すのは、がんと診断されてから現在(調査時点)までの間に、仕事に関して 悩んだ事柄に関する回答分布である。回答割合が最も高かったものは「体力の低下」であ り、次いで「病気の症状や治療による副作用や後遺症」であった。がんを持つ就労者はこ れらの心身機能の低下によって仕事に何らかの支障をきたしている可能性が考えられる。

36.6%

29.5%

28.8%

22.9%

13.4%

8.1%

5.4%

仕事を続ける自信がなくなった その他 会社や同僚、仕事関係の人々に迷惑をかけると思った 治療や静養に必要な休みをとることが難しかった もともと辞めるつもりだった 辞めるよう促された、もしくは辞めざるを得ないような配置転換をされた 解雇された

図6 仕事を継続できなかった理由

出典:「がんの社会学」に関する合同研究班による第二次調査報告書(URL 29)

注:複数回答の集計結果である。調査年は2013年、回答者数は590人である。この質問に回答している人は、自営業者、単独事業者、家族従業 員も含む何らかの仕事をしている人である。

(21)

16

68.1%

63.1%

55.0%

47.0%

42.8%

31.5%

15.8%

14.1%

12.6%

7.5%

病状に合わせて勤務時間を短縮できる制度 長期の休職や休暇制度 がんやその他の後遺症、薬の副作用についての職場の上司や同僚の知識・理解 病状に合わせて柔軟に配置転換できる制度 職場の人々の精神的な支え 再雇用の制度 職場の中にカウンセラーや相談窓口の設置 ハローワークへのカウンセラーや相談窓口の設置 がんと診断された時に渡される仕事に関するQ&A集 その他

図7 就労継続に必要な支援

出典:「がんの社会学」に関する合同研究班による第二次調査報告書(URL 29)

注:複数回答の集計結果である。調査年は2013年、回答者数は1,616人である。

44.3 22.3 14.0 9.3 10.1

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2013年(n=937)

上司や同僚、仕事関係の 人々など周囲の理解や協力

家族など会社以外 の人々の支え

自らの努力(専門的な 知識や技術など)

会社や社会の

制度 その他

図8 仕事を継続できた一番の理由

出典:「がんの社会学」に関する合同研究班による第二次調査報告書(URL 29)

47.5%

41.5%

40.0%

32.6%

31.6%

25.2%

22.0%

13.7%

11.7%

9.7%

8.7%

8.7%

8.1%

6.8%

4.8%

2.7%

3.8%

体力の低下 病気や治療による副作用や後遺症による症状 通院や治療のための勤務調整や時間休の確保 仕事復帰の時期 経済的な問題 外見の変化 病気や治療による副作用や後遺症への対処方法 職場の上司や同僚、取引先への説明の仕方 職場の事務手続き(休職手続き、傷病手当など)

職場でのコミュニケーション 再就職できるかどうか 手当や保証がない(自営業)

職場(仕事先)でのがんに対する偏見 仕事(顧客)の引き継ぎ 顧客の減少(自営業)

予期せぬ部署・職場異動 その他

図9 診断時から調査時点までの仕事についての悩み 出典:「がんの社会学」に関する合同研究班による第二次調査報告書(URL 29)

注:複数回答の集計結果である。調査年は2013年、回答者数は1,201人である。

(22)

17

また、これらに次いで回答が多かった悩みは、「治療のための勤務の調整や時間休の確保」

である。ここからも、仕事と治療の両立が課題となっていることが示唆される。

がん対策に関する国民の意識を明らかにするために実施された内閣府の「がん対策に関 する世論調査」は、がんを持つ人の就労が困難であると認識する人が多いことを明らかに している。同調査は、2007年、2009年、2013年、2014年、2016年に行われているが、

ここではがんを持つ人の就労に関する国民の意識を詳しく調査している2014年と2016 年の結果について述べる(URL 30; URL 31)。調査は、全国の20歳以上(2016年は18 歳以上)から層化2段無作為抽出法により抽出された3,000人を対象に行われたもので、

有効回収数は2014年の調査が1,799で、2016年の調査は1,815である。

世論調査からは、多くの人ががんになると就労継続が難しくなると考えていることが明 らかになった。図10に示す通り、「がんの治療等のために2週間に1回程度病院に通う必 要がある場合、就労を継続できると思うか」の質問に対する回答では否定的に捉えている 人の方が多い。例えば、2016年では、「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合

計割合が 27.9%であったのに対し、「そう思わない」、「どちらかと言えばそう思わない」

の合計割合は65.7%である。2014年も同様の傾向である。

また、同じ質問項目への回答を男女別にみると(図 11)、男性より女性の方が、就労継 続の可能性を否定的に見ていることがわかる。2016年の調査において、男性では「そう思 わない」と「どちらかといえばそう思わない」を合計した回答割合が61.8%であるのに対 し、同年の女性では66.9%である。

図10「現在の日本の社会では,がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要が ある場合,働きつづけられる環境だと思いますか」という質問への回答

出典:がん対策に関する世論調査(URL 30; URL 31)

9.8 10.4

18.1 18.5

7.7 5.4

35.2 38.2

29.3 27.5

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2016年(n=1,815)

2014年(n=1,799)

そう思う

どちらかとい

えばそう思う わからない どちらかといえば そう思わない

そう思わない

(23)

18

図12および13は、働き続けることを難しくさせている最も大きな理由について回答を 集計している。図 12 に示す通り、職場の特性に関連する項目への回答が半分近くを占め ている。具体的には、「代わりに仕事をする人がいない,またはいても頼みにくいから」、

「職場が休むことを許してくれるかどうかわからないから」、「休むと職場での評価が下が

8.2 11.6 8.5

12.5

16.9 19.4 15.9

21.5

8.0 7.2 6.7

3.9

37.9 32.2 40.0

36.3

29.0 29.6 28.9 25.8

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2016年女性 (n=959) 2016年男性

(n=856) 2014年女性

(n=951) 2014年男性

(n=848)

そう思う どちらかといえばそう思う わからない どちらかといえばそう思わない そう思わない

図11「現在の日本の社会では,がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合,働きつづけられる環境だと思います か」という質問への回答(男女別)

出典:がん対策に関する世論調査(URL 30; URL 31)

21.7 22.6

21.3 22.2

6.0 8.8

15.9 13.1

19.9 17.9

12.8 13.2

2.4 2.3

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2016年

(n=1,170)

2014年

(n=1,182)

代わりに仕事を する人がいない,

またはいても頼 みにくいから

職場が休むこと を許してくれる かどうかわから ないから

休むと職場 での評価が 下がるから

休むと収入 が減ってし まうから

がんの治療・検 査と仕事の両立 が体力的に困難 だから

がんの治療・

検査と仕事の 両立が精神的 に困難だから

その他/特にな い/わからない

図12「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合,働き続けることを難しくさせている最も大きな理由は何だと思いますか」と いう質問への回答

出典:がん対策に関する世論調査(URL 30; URL 31)

(24)

19

るから」の3項目である。これらの項目を合計した割合は、2014年では53.6%、2016年

では49.0%だった。また、同じ質問項目ついて男女別に集計したものが図 13である。こ

れらの職場の特性に関連する3項目を合計した割合は、いずれの年でも女性より男性のほ うが高い傾向にある。また、2016年の調査では、「がん患者が働き続けるようにするため

19.2 24.8 22.3

23.0

22.5 19.8 22.3

22.0

5.9 6.0

7.8 10.1

14.2 18.0 12.1

14.4

21.1 18.5 20.3

14.8

15.3 9.8 13.6 12.7

1.9 3.0 1.7 2.9

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

2016年女性 (n=641) 2016年男性

(n=529) 2014年女性

(n=655) 2014年男性

(n=527)

図13「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合,働き続けることを難しくさせている最も大きな理由は何だと思い ますか」という質問への男女別の回答

出典:がん対策に関する世論調査(URL 30; URL 31)

代わりに仕事する人がいな

い,いても頼みにくい 休むと収入が

減ってしまうから

がんの治療・検査と仕事の 両立が体力的に困難

がんの治療・検査と仕事 の両立が精神的に困難

その他/特に ない/わからな 休むと職場での評

価が下がるから 職場が休むことを許して

くれるかわからない

52.6%

46.0%

38.6%

35.3%

32.5%

32.4%

6.0%

0.7%

病気の治療や通院のために短時間勤務が活用できること

1時間単位の休暇や長期の休暇が取れるなど柔軟な休暇制度

在宅勤務を取り入れること

がん患者と産業医と主治医の連携

企業向けセミナーなど,職場の理解を深めるための広報啓発

主治医が就労環境への配慮を求める意見書を提出すること

わからない

その他

図14 「働くことが可能で,働く意欲のあるがん患者が働き続けるようにするためには,

どういう取り組みが必要だと思いますか」という質問への回答

出典:がん対策に関する世論調査(URL 31)

注:2016年の調査結果である。回答は複数回答形式。回答者数は1,815。

(25)

20

にはどういう取り組みが必要だと思うか」という質問がある。この問いに対する回答の集 計結果は図 14 に示す通りであるが、「短時間勤務の活用」や、「時間単位あるいは長期の 休暇取得に関する制度」など、柔軟な働き方を促進する取り組みが必要であるとする回答 が多い。勤務時間や休暇に関するニーズが大きいことは、前述した山口ほかの調査結果と も同じ傾向である。

糖尿病に関して、労働者健康福祉機構が2013年に公表した『「就労と治療の両立・職場 復帰支援(糖尿病)の研究・開発、普及」研究報告書』は、糖尿病を持つ人の就労課題を 明らかにしている(URL 32)。調査は、2012年から2013年にかけて、横浜、中部、大阪、

和歌山、山口、熊本の労災病院で受診中の糖尿病患者および、中部、大阪、和歌山、山口、

熊本の労災病院の近隣の医者で受診している糖尿病患者を対象に行われた。回答者数は

1,301人である。回答者のうち約8割が男性、92%が2型糖尿病を持つ人である。

この調査は、治療法や、合併症の有無によって糖尿病を持つ人の就労上の問題の程度が 変わることを示している。図 15 は、糖尿病を持つことが仕事上の負担になっているかど うかを尋ねた質問に対する回答の分布である。

図 15の通り、糖尿病を持つ人の 22.0%が糖尿病を持つことを仕事上の負担と感じてい た(「かなり負担」と「やや負担」と回答した人を合わせた割合)。また、インスリン注射 を行っているかどうかで回答者を分けると、インスリン無しでは17.2%であるのに対して、

インスリン有りでは37.5%とその割合が大幅に高くなっている。また、同じ質問項目につ いて糖尿病の合併症としての糖尿病性網膜症の有無、糖尿病性腎症の有無でそれぞれ分け て回答分布を比較すると、「かなり負担」と「やや負担」の割合は、網膜症無しでは21.0%

であったのに対し網膜症有りでは34.8%、腎症無しでは21.3%であったのに対し腎症有り

では31.6%となっている。

また、糖尿病を持つことで仕事上困っていることについての回答の集計結果により、糖 尿病の症状や合併症が就労上の問題を引き起こしていることを明らかになっている。回答 内容は図 16 に示す通りである。報告書では「トイレが近い」や「だるくて仕事に集中で きない」は糖尿病の症状を表すものとして、また「視力低下がある」や「しびれ感がある」

は糖尿病の合併症の症状を表すものとして解釈している。

また、仕事が糖尿病の治療の継続を困難にしている実態が示されている。図 17 は通院 治療で困っていること等についての回答の集計結果である。「日中の受診は仕事を休みにく い」の回答が10.1%、「忙しくて通院困難」の回答が9.9%である。

参照

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