知識人の問題意識と憲法改正 ―憲法問題研究会の政治影響を中心に―
7
0
0
全文
(2) 第2節 もう一つの源泉――憲法問題研究会と民主主義科学者協会 第 3 節 自由党憲法調査会との「協力」と内閣憲法調査会への抵抗 第 2 章 非政治的な政治団体――憲法問題研究会の概況 第1節 憲法問題研究会の位置づけ 第2節 憲法問題研究会の活動 第3節 憲法問題研究会の基本態度 第 3 章 民主主義への道――憲法問題研究会における観点と思想 第1節 憲法問題研究会における宮沢俊義 第2節 憲法問題研究会における丸山真男 第3節 憲法問題研究会における清水幾太郎 第 4 章 知識人の力――憲法問題研究会の影響 第1節 憲法調査会との実戦と論戦 第2節 安保闘争における憲法問題研究会 第3節 憲法問題研究会と革新知事 第 5 章 未完成の任務――憲法問題研究会の解散とその後 第1節 解散の原因について――問題意識の断裂 第2節 全国憲法研究会と民主主義科学者協会法律部会 第3節 憲法再生フォーラムと九条の会 終章 序章では、本研究における目的・背景・意義などが紹介されている。まず、 「問題提起」の部分において、本研究の目的を述べ、「1960-1980 年の間、憲 法問題研究会(1958-1976)のような知識人団体の存在、活動と思想は改憲の 政治史に大きな影響を与えたのではないだろうか」、という仮説を提出してい る。それにしたがって、「定義:平和主義と民主主義」の部分では、本論文で 使用する「平和主義」と「民主主義」の定義が行われる。さらに、「先行研究 と本研究の目的」の部分においては、従来の有力な先行研究を回顧しながら、 その不備を指摘し、本研究の意義と独自性を論述している。さらに、「研究方 法」の部分において、本研究が用いる新しい歴史資料を列挙し、研究方法を紹 介している。最後に「論文の構成」について、本論展開の方向について概説し ている。 第1章では、憲法問題研究会の前史研究として、研究会と2つの戦後知識人 団体、つまり、平和問題談話会(平談会)と民主主義科学者協会(民科)との 関係、そして、研究会と岸信介内閣の憲法調査会との関係について研究してい る。第1節において、憲法問題研究会の「母体」である平談会の位置づけと平 談会における主張の主要な傾向ついて研究し、そのさまざまな観点の裏に潜む.
(3) 共通点と差異を明らかにしている。換言すれば憲法問題研究会がどのような意 味で平談会の継承者であるのか、という問題を解明している。第2節において は、憲法問題研究会と民科の継承関係を研究し、研究会は民科のどのような精 神を引継いだのか、という問題を解明する。第3節においては、岸内閣の下で の憲法調査会の成立理由とその実態についての分析から入り、憲法問題研究会 が発足した背景と原因を研究している。そして、憲法問題研究会の重要な3人 の学者による憲法調査会の前身である自由党憲法調査会への「協力」とその後 憲法調査会への抵抗について研究し、憲法問題研究会の護憲思想の目標とロジ ックを明らかにし、学者たちの思想の実質と連続性を更に明らかにしている。 第2章では、憲法問題研究会の構成、特徴、主な活動などの実態について紹 介し、研究会が発足した当時の政府、右翼、マスコミ、国民の各界の反響を研 究しながら、研究会の位置づけとその影響力を明らかにしている。第1節にお いては、憲法問題研究会の誕生、メンバーの変動と特徴、そして研究会が受け た評価とそれ自身の位置づけについて紹介している。第2節においては、憲法 問題研究会が関与した憲法記念講演会の原稿、公開出版物、研究会の未発表例 会記録を研究し、研究会の具体的活動について紹介している。特に、この節で は、先行研究では掲示されていない研究会の例会報告の実態を明らかにしてい る。第3節においては、憲法問題研究会の基本的な態度をまとめている。特に、 一つの例として、研究会の第9条に関する討議を中心に研究している。今まで の先行研究では、憲法問題研究会を「平和主義」団体として扱う傾向が見えた が、しかし、本論文では、研究会の講演記録や未発表文書を分析した上で、研 究会の主な主張は武装・軍隊を持つことに反対するという意味での「平和主義」 ではなく、新しい国家と個人の関係を築くことを通じて、再び軍国主義による 戦争を起こさないための民主主義の確立であった、という結論を導き出してい る。 第3章では、憲法問題研究会における代表的な3人の学者、つまり宮沢俊義、 丸山真男、清水幾太郎の憲法論を研究し、研究会におけるさまざまな思想的特 徴と、そこに内在する思想の共通点について分析している。第1節においては、 憲法学者である宮沢俊義の憲法問題研究会における言論と活動について紹介し たうえで、彼の戦前と戦後の憲法思想を比較し、その思想の一貫した部分を指 摘している。第2節においては、政治学者である丸山真男の憲法問題研究会に おける講演原稿を紹介し、これまでの丸山研究を分析しながら、丸山の憲法論 の意味と特徴を明かにしている。第3節においては、社会学者である清水幾太 郎の憲法問題研究会に対する言論を紹介し、彼と憲法問題研究会の他の多くの 学者たちとの一致点と差異点を分析している。その上で、清水の問題意識の変 遷とその基礎にある思想の一貫性の部分について検討している。これらの研究.
(4) に基いて、第3章では、憲法問題研究会の思想的特徴を掲示しているが、それ を一言で言えば、憲法問題研究会における思想は平和主義というより民主主義 を基底にしたものであり、各論者の意見の相異は、どのように民主主義を実現 するかについてであり、民主主義と異なる方向への分岐ではなかったことであ る。 第4章では、憲法問題研究会の政治的影響について詳しく紹介している。第 1節においては、憲法問題研究会が内閣憲法調査会に与えた影響について研究 している。そのために、第4章では、第1章と第2章を基礎として、憲法問題 研究会についてのマスコミや国民の注目度と評価をまとめている。そして、1964 年に憲法調査会が最終報告書を出す前後の、憲法問題研究会による憲法調査会 との闘争を中心に、そこでの役割について明らかにしている。第2節において は、憲法問題研究会の安保闘争期における役割とその影響について紹介し、研 究会は民主主義擁護の理論的リーダーであったということを指摘している。第 3節においては、憲法問題研究会による革新知事誕生・その後の活動への影響 について紹介している。したがって、美濃部亮吉、黒田了一の2人の革新知事 当選と行政は、憲法問題研究会の学者からの支持がなければ考えられなかった、 ということを明らかにしている。以上の研究を通じて、憲法問題研究会が 1960 -1980 年代の改憲・護憲の政治活動史に大きな影響を与えたことを証明してい る。 第5章では、憲法問題研究会の解散とその原因を分析し、研究会が未完成に 終わったその任務と影響を論じている。そして、研究会と類似した知識人護憲 団体についての分析を行い、研究会とその継承団体の思想的な特徴を比較して いる。第1節においては、憲法問題研究会の解散の事情を紹介し、その思想的 な背景を分析している。研究会が解散した大きな原因は、メンバーの高齢化が あるが、それだけではなく、メンバー間の精神的な「一体感」に分裂があった、 ということを指摘している。第2節と第3節においては、憲法問題研究会の後 継団体の活動を紹介しながら、その思想的な特徴を分析している。ます、全国 憲法研究会と民主主義科学者協会法律部会を例として、学術的な研究を中心と する知識人護憲団体の活動と思想を分析している。そして、憲法再生フォーラ ムと九条の会を例として、現存の護憲団体の中で、行動を重視する団体につい て分析している。以上の研究によって、現存の知識人護憲団体は、形式的には 憲法問題研究会の構成方式、活動形態、そして位置づけを継承しているが、憲 法問題研究会の国民主権擁護の問題意識は継承していないため、憲法問題研究 会ほどに憲法改正の政治過程に確実な影響を与えなかった、ということを明ら かにしている。 終章では、以上の考察・実証を基に、戦後日本における「平和主義」の意味.
(5) を分析しながら、以下のような結論をまとめている。すなわち、(1)世論へ の大きな影響のほかに、研究会は政府と憲法調査会による改憲の動きに制限を 加え、安保運動における民主主義擁護の理論的リーダーになり、かつ革新地方 自治を支え、18 年間の間に民主主義政治の前進に大きな役割を果した。(2) 憲法問題研究会の護憲の出発点と終着点は平和主義ではなく、民主主義であっ た。憲法問題研究会の目指すところは、国民主権を侵害する改憲行為に反対し、 新しい国家と個人の関係を築くように努力することであった。(3)研究会の 後継者と団体は、民主主義を重視する問題意識を継承していなかった。この問 題意識の差異は護憲団体の影響力に作用した。つまり、知識人護憲団体の問題 意識は、その政治行動に大きな影響力を有し、改憲の政治過程に制限を与える 確実な影響力を行使したということである。 本研究の評価 下記4名からなる本研究の論文審査委員会は、提出論文の慎重な査読を踏ま えて、2007年12月21日午後6時から2時間余、提出者に対する面接審 査を実施した。その結果、本研究は理論的な枠組みの設定、実証の緻密さ、論 理展開の明晰さ、使用している資料の妥当性など、総合的に判断して学位請求 論文としての水準を示している、という点で意見の一致を見た。 とりわけ、憲法問題研究会の活動を一次資料を駆使して分析したこと、そこ における知識人の活動に意味を与え、代表的な3名の学者を抽出して、これに 克明な分析を加えたことは、本論文の優れた成果として評価されよう。また、 戦後一時期世論に大きな影響力を有した文化人が、なぜ急速にその影響力を低 下させていったのか、という問題点を理解するためにも、その一助となろう。 またそれを分析する際に平和主義と民主主義を分けて憲法問題調査会を後者の 課題を追求した団体と位置づけたことも、本論文をユニークなものにしている。 80年代以降基本的人権、民主主義擁護の視点が強まるなかで、そうした観点 から戦後の憲法問題研究会の活動を見直すということは、一つの新しい傾向を 代弁していると見ることもできよう。 以上が積極的な評価点であるが、以下討論過程で出された問題点、及び改善 点を提示しておきたい。 (1)歴史的記述においては、問題提起→実証→問題提起の検証、結論とい うプロセスをとるが、本論文では、問題提起→背景→仮説→実証というプロセ スをとるため、「はじめに結論ありき」の印象が濃厚に出ることになる。歴史 論文としてみた場合、記述方法に工夫を加える必要がある。.
(6) (2)平和主義と民主主義を峻別し、憲法問題調査会を後者の課題を追求し た団体だとした場合でも、その中で平和主義がいかなる位置づけにあったのか をより明確にする必要があることである。本論文では、憲法問題調査会の内部 資料や講演会資料を検討するに急な余り、同研究会を囲む諸環境―1950年 代の全面講和か片面講和か、朝鮮戦争、再軍備問題-などが後景に退き、安保 闘争までの戦後平和運動の動きが憲法問題調査会の動きと有機的に連動してい ないことである。 (3)憲法問題研究会のなかでの知識人として本論文では宮沢、丸山、清水 の3名をあげているが、清水を他の宮沢、丸山と同一次元で取り上げてよいか 否か。また、宮沢、丸山、清水のこの3人で同研究会の活動を代表させて良い ものかどうか。例えばこの会の中心的メンバーで実践的場面での主導者の一人 だった大内兵衛などを取り上げる必要があったのではないか。 (4)本論文のタイトルと内容には若干の乖離が見られるのではないか。例 えば、本論文に即したタイトルを挙げるとすれば、『戦後における知識人の思 想と政治―憲法問題研究会を中心に―』などの方が、より内容を適確に表現し ておるのではないだろうか。 以上、審査委員会は、邱静氏が提出した学位請求論文を査読、並びにそれに 基く面接審査を総合的に判断した結果、本論文は戦後日本政治史に学術的貢献 をなしうるものであると判断し、ここに本論文を早稲田大学博士(学術)に十 分ふさわしいものと認めるものである。 審査委員会 主査. 小林英夫. 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科(文学博士 東京都 立大学) 笹倉秀夫 早稲田大学法学学術院教授 後藤乾一 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科(法学博士 慶応義 塾大学) 篠原初枝 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 PhD(シカゴ大学) 2008年1月10日.
(7)
(8)
関連したドキュメント
問題の中心は、いわゆるインド = ヨーロッパ語族 のインド = アーリヤ、あるいはインド = イラン、さ らにインド =
介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を
が有意味どころか真ですらあるとすれば,この命題が言及している当の事物も
(( . entrenchment のであって、それ自体は質的な手段( )ではない。 カナダ憲法では憲法上の人権を といい、
おそらく︑中止未遂の法的性格の問題とかかわるであろう︒すなわち︑中止未遂の
○安井会長 ありがとうございました。.