2 東南 アジアにお ける政治的 ・経済 的 ・社会的
要 因 と水資源開発
京都大学東南アジア研究センター 本間
武 は し が き 東南 ア ジア にお け る水 資 源 の農 業 利 用 を主 題 とす る本 シ ンポ ジ ウムは,水 資 源利 用 の技 術 的 側 面 に重点 が お か れ て い るが,技 術 的側面 を主 とす る場 合 にお いて も,非 技 術 的側面 に注 意 を 払 う必 要 が あ る。 自然 的条件 あ るい は 自然 的基 礎 が技 術 的計 画 の設 定 あ るい は実施 の ため の与 件 で あ るの と同 じよ うに, 政 治 的 ・経 済 的 ・社 会 的諸 条 件 もまた,重 要 な与 件 とな る。 しか も, これ ら社 会 的経 済 的諸 条 件 は, 自然 条 件 と異 な って,変 化 しや す い。 と くに,低 開発 匡=こお い て は, きわ めて流 動 的 で あ る。 事 実 ,東南 ア ジアにお いて は, これ らの条件 が現在変 化 の ま っ ただ 中 にあ る といえ よ う。 わ た く Lが, 東 南 ア ジアの政 治 的 ・経 済 的 ・社 会 的 な側面 の分 析 の重要性 を強調 す る動 機 は, わが 国か ら東南 ア ジア にお もむ く技 術専 門家 が ともすれ ば東南 ア ジアを 日本 と同 じよ うに考 え る き らい が あ る こ とに あ る。 また, か れ らが しば しば東南 ア ジアが 国 によ って相異 す る点 ,時 の経過 と と もに変 化 して い る点 に気 づ か ない こ とにあ る。 さ らに,一 部 の専 門家 には東南 ア ジ ア諸 国 が新 興 独立 国 で あ る との認識 を欠 くの で は ないか とさえ思 われ る こ とが あ る。非 技 術 的 側面 につ いて の十 分 な理 解 を欠 く計 画 が うま くゆか ない こ とは, 当然 だ といえ よ う。 わ た く Lは, 京都 大 学 東南 ア ジア研 究 計 画 の一 環 と して,1963年10月か ら, 「東 南 ア ジア, と くに タ イ国 にお け る農 業 改 良 技 術 の農 民 段 階- の 浸透 」 とい うテー マの も とに,現 地調査 研 究 をつづ けて きて い るO こ こに, この研 究 の一 部 と して , 東南 ア ジアの水 資 源 の農 業 的利 用 を め ぐって の政 治 的 ・経 済 的 ・社 会 的 な基 本 的 問題 の所 在 を, と くに タイの場合 を例 に と って, 明 らか に したい。 Ⅰ 政 治 の 安 定 と 行 政 の 能 率水 資 源 利 用計 画 は politicsandgovernmentと二重 の意 味 にお いて ,密 接 な関係 にあ るo ひ とつ には, 東南 ア ジア にお け る水 資源 利 用 計 画 は, ほ とん どす べて が政 府 宙営 事 業 と して営 ま れ る とい う厳 然 た る事 実 の ためで あ る。今 日,南 北 問題 の解 決 と して低 開発 国 に たいす る援 助 が やか ま し く唱え られ,水 資 源利 用計 画 に たい して の外 国 の援 助 もまた積 極 的 で あ る。 しか し,
東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第 4号 あ くまで も, その国 の政府 その もので あ る。 だか ら,水 資源 利用 は その 国の政治 ・行 政 の問題 で あ る といえ よ う。 も うひ とつ には,水 資源利 用計 画 は着工 か ら完成 にい た るまで数 年 ,時 に は何十 年 もかか り,長期 的 な性 格 を もって い るためで あ る。 この ため長 期 にわ た り政 治が安 定 的で あ るか ど うか とい うことが, 強 く影 響す る。 た とえ ば1965年 6月 の Johnson構想 と して の東南 ア ジア10億 ドル援 助 は, と くに Mekong河 流域 開発 を重視 して い るよ うで あ るが,覗 在 のベ トナ ム動乱下 で は,Mekong河流域 開発計 画 は決 して容易 で はなか ろ う。 タイの場合 を考 え る と, この国 は,他 の東南 ア ジア諸 国 に くらべ, きわ めて恵 まれて い た。 第 1に タイは戦 時 中は 日本 と同盟 関係 にあ って戦 災 を被 らなか った うえ に,戦 後 い ちはや くア メ リカをは じめ とす る西 欧陣営 と友好 関係 を保 ち, ア メ リカを主 とす る外 国援 助 を積 極 的 に と りいれ た こ と。第2に終戦 以来20年, ときには クーデ ターが あ った ものの,政権 の委譲 はい わ ば平 和 の うちに行 なわれ, 政 治が終始安 定 的で あ った こと。 この 国 内的,国際 的 な政 治 関係 の 安 定 こそ,水 資 源利用 計 画 を発 展 させえ た基礎条件 で あ る。東南 ア ジアの他 の諸 国 は この基 礎 条 件 に さえ欠 くので あ った。 (た とえ ば, フィ リピ ン, マ ラヤ にお いて さえ, 共産党分 子 のゲ リラ的反乱 が あ った。)
タイの水 資源利用計 画 と politicsand governmentとの関係 において考慮 され な けれ ばな らな い他 の面 は, 次 の3点 で あ る。 第 1には行政能 率 が低 い ことで あ る。 この inefficiency
の理 由が ど こに求 め られ るか は大 きな問題 で あ ろ う。 この弊害 は,経済効果 が 問題 とな る投資 事業 にお いて, い っそ う強 く感 じられ るので あ るC第 2は graftandcorruptionで あ るo サ リッ ト前首 相 の汚職 に たいす る追求 の声 は,彼 のせ い去 後 にわ か に激 しくな った。 しか し現 職 の高官 の汚 職 につ いて の公然 た る批判 の声 は聞かれ ない。第3は, タイに非 常 に強 く見 られ る 官庁 間 の縦 割 り制 度 で あ る。 この縦 割 りは,各 省 の問 だ けで な くて,省 内の各 局 の問 に見 られ るO た とえ ば,農 務省 の米穀 局 と農 務局 とは それ ぞれ別 に試験 場 を全 国 に配 置 し, その間 の協 力 はない。 かんが い局 は国家 開発 省 に属 す るが, か んが い によ る農作物 試験 の ための試 験場 を もつ。農 業試験技 術 にか ん して みて も, この よ うな縦 割 りが行 なわれて い るので あ る。 この極 端 な sectionalism の ため に どれ だ け国全 体 の行 政 能率 が低下 して い る ことで あ ろ う。 重要 な 行 政上 の問題 と思 われ る。 タイの場合 ,水資源利 用計 画 は発 電 ・舟 運 に至 るまで,すべ て, 国 家 開発省 のなか のか んが い局 の掌握 す る ところであ り, そのか ぎ り能率 的 で あ る といえ よ う。 しか し, かん がい効果 をあげ るため には, 同 じ国家 開発省 内の土 地 開発局 ・土 地組合 局 あ るい は農 務省 の米穀 局 あ るいは農 務局 との密接 な協 力 が必要 で あ る。 に もかか わ らず, これ ら各 局 とは, ま った く無 関係 な状 態 にあ り,協 力 関係 はぜ んぜ ん ない とい って よい ので あ る。 Ⅲ 経 済 効 果 と 資 金 調 達 東南 ア ジアにお け る水 資源利 用計 画 を通 じて の共通 的 な特 徴 と して, 次 の諸点 が指摘 され よ
東 南 ア ジアの水 資 源開 発 利 用 に伴 な う問題 点 う。
a 水 資源 利用計画 は,上 述 のよ うにほ とん ど全 部 が 中央政府 の事業 で あ る こと。 b たいて い の場合 , 多 目的 な計画で あ る こと。
C 緊急 の要 請 で あ る との意識 が強 い こ と。
d 国家 の威 信 (nationalprestige)が常 に念頭 にあ るこ と。
e 建設 資 金 のみ な らず 建設 技術 も外 国か らの援 助 をあお ぐこと。
これ らの諸特 徴 は, と もす れ ば経済 的考察 を軽 くさせ る傾 向 にあ る。 しか し, それが あ くま で も経 済 事業 で あ るか ぎ り, 経済 的側面 が 強 くと りあ げ られね ばな らない。経 済面 か ら水資源 利 用計 画 を問題 とす る時, わ た くLは, と くに次 の 2点 を指摘 強調 したい。
第 1は,経済 効果 , あ るい は投入産 出関係 (input-outputrelation)の問題 で あ る。 もち ろ ん この経済効 果 を問題 とす るため には,技 術計 画 それ 自体 が十 分 にね りあげ られ た もので な け れ ばな らない。 実 は,東南 ア ジア諸 国 にお いて は,計 画 が技 術 的 に十 分 で あ るか ど うか とい うこ とに さえ,大 きな疑 問が もれ たて い るのが普 通 で あ る。 さ らに,また,経済効 果 で 直接 に問題 と な る点 は outputの totalvalueで あ る。totalvalue計 算 の ため には,priceと quantityと の両面 が問題 とな る。 と ころが,東南 ア ジア諸 国で計 画 を たて る時 ,最 も簡単 なはず のoutput の quantityさえ も正 確 につかみ え ない ので あ る。 た とえ は Yanheeダ ム建設 の場合 , その 貯水 によ って, 下 流 に2毛作 す なわ ち 冬 作 に野 菜 や マ メ類 を と りいれ よ うと 計 画 して い る。 しか し,技 術 的 にい ったい どれ だ け裏 作が で きるのか,計 画立 案 当時 ほ とん ど予想 す ることが で きなか った。 か んが い によ る裏 作物栽培 の実 際 の経 験 が ない ど ころか,実験 さえ も行 なわれ て い なか ったか らで あ る。 しか も,inputの ほ うも,計 画 が十 分 で ない ため に, たえず修正 さ れ る。 その うえ, 事業 実施 期間 が長 いだ け に,inputの変更 され る こと も多い。 また,output の うち波 及効果 を どれ だ け計 算 すべ きか も,統計 資料 の不足 の ため に,非常 にむず か しい。 だ か ら水 資 源利用計 画が ほ とん ど経 済効果 の予 想分析 な しに, いわ ば国家 威 信 の問題 だ けで実施 に移 され るき らいが ないわ けで は ない. わ た く Lは,資材 お よび労 力 の最適 配 置 とい う見 地 か らだ けで も, で きるだ け経 済効果 が分析 され るべ きだ と考 え る。 もち ろん, 日本 の建 設 事業 に おいて 経済効果 予想分 析 が充 分 に行 なわれて い るか ど うか疑 問で あ る。 資料 に不足 し,変 動 の 激 しい東南 ア ジアで充 分 な経済 効 果 予想分 析 を行 なえ とい うことは無理 で あ ろ う。 しか し, あ き らめて しまわず に,で き るだ けの努力 は払 われ な けれ ばな らない。 第 2は資金調達 の問題 で あ る。 東南 ア ジア諸 国 において は,水資 源利用計 画 は国営 事業 以外 にあ りえ ない。地方 公共 団体 の事業 とす るには,地方財 政 が貧 弱 きわ ま り, 中央政府 の統制 力 が 強いO また,農民 が あ ま りに も貧 しい ため に,受益者 負担 はあ りえ な い. これ らの諸.尉 こお いて ,わがEEJの水 利 事業 とは非 常 に異 な る。 と ころが ,国営 事業 で あ る以上 ,投下 資 金 は国家 財 政 か ら調達 され な けれ ばな らないが,東南 ア ジア諸 国で は これ を国家 収入 か らまか な うこと
東 南 ア ジ ア 研 究 第3巻 第4号 は容易 で ない。 外 国か らの無 償援 助 (す なわ ち贈与 あ るい は賠 償) または借款返 済 の ため に外 貨準 備 が枯渇 して しま うとい うイ ン ドや イ ン ドネ シアの場合 が生 まれ る。 これ らの点 につ いて は, 国際援 助 の項 で論 ぜ られ よ う。 Ⅲ 村 落 社 会 と 農 民 主 体 水資 源利 用 計 画 において ,政 府 の施 策 とあいな らんで重要 な ことは,末端段 階 において農 民 が いか に この計 画 に対応 す るか との点 で あ る。 タイの場合 ,Chainat取入堰 か らの幹 線水路 は完 成 されて い るが , そのあ との支 線以下 の水 路網 はほ とん ど未完 成 の ままで あ る。 また東北 タイで は tank が完 成 して い るが用水 路 を建 設 しな けれ ばな らない部 落 に資金 も技 術 もないか ら用水 路 がで きず tank が遊 んで い る と ころが 多 い とい う1'。 これ らの事実 は,水 資 源利用計 画 と村 落社会 あ るい は農民主 体 との関係 につ い て次 の よ うな問題 を提起 して い る。 第 1に, タイの村落 において は協 同作業 を営 む だ けの充分 な基 盤 が あ るか ど うか との問題 で あ る。 この点 もっと詳 しく研究 しな けれ ばな らないが ,概 して村 落協 同体 的性 格 が弱 いので は ないか と思 われ る。Cornell大学 の Bang C壬lan Projectに参加 した California 大学 Phillips 教授 の報 告 は, タイの 中央平 原 にお いて大規 模 な農 家 間 の協 同作業 が行 なわれえ ない ことを強
く指摘 して い る2'。 土 地協 同組合 (Land Cooperatives) が奨 励 されて い るが , ほ とん どその 実績 が あが って いない。 また,土 地 の交換分合 が きわ めて 困難 で あ る。 これ らはすべて村 落協 同体 的 な性 格 の弱 い ことを示 す もので あ る。 第2は農民 の主 体 的条 件 で あ る。す なわ ち,農民 が水 資源利 用計 画 にむす びつ いて土 地条件 を整備 しよ うとす るだ けの意欲 ・技術 ・資 金 を もって い るか ど うか との問題 で あ る。 a わ た くLは,農民 自身 が土 地条 件 の整備 につ いて意欲 を もって い る ことは認 め る。 かれ らは, 消費 パ ター ンの激 しい変 化 ,現 金 収入 増大 の強 い必 要 に直面 して い る。農 業技 術 改 良 の根本条件 がか んが い排 水 を主 とす る土 地 条件 の整 備 にあ ることを知 って い る。 もちろ ん , どれ だ けを知 って い るか , その程 度 が問題 で あ るけれ ども,かれ らは決 して無 知で は ない。 b む しろ問題 は技 術で あ る。 か んが い に対応 す るだ けの農 業 技術 , た とえ ば,施肥 ・新 品 種 ・栽 培方 法 な どが習得 されて いない。 ひ とつ には これ ら新 技 術 の研究 が い まだ充 分 で な い ことに もよ ろ うが , 同時 にその 新 技術 の 農民段 階へ の 普 及が お くれて い る ことに もよ る。 1) 安芸 殴- :東南 ア ジアにおけ る水利 開発 の問題点 につ いて,東南 ア ジア研究 Ⅲの 1
2) HerbertP.Phillips,ThaiPeasantPersonality,ThePatterningofInterpersonalBehavior intheVillageofBang°han,BerkeleyandLo§Angeles,1965,p.17.
東 南 ア ジアの水 資 源 開 発 利 用 に伴 な う問題 点
C 最 もむず か しい のは資 本 で あ る。 つ ま り,かれ らは投資 す るだ けの資本 を蓄積 す る こ と
がで きない。 農民 側 にお け る savingが あ りえ ない わ けで あ る。 これ につ いて は,農民段 階 にお け る saving andcapitalaccumulationの問題 と して充分 な 検 討 を 必 要 とす るで あろ う。 しか し,水資源 利 用計 画で農民 が負担す るのは,末端水 路 の よ うに,資 金 よ りも む しろ労 力 なので あ る。 しか も, タイ にお いて農民 はいわ ば常 時 underemploymentの状 態 におかれて い るか ら, 休 閑労 働力 を 動員す る こ とは 決 して むずか しい とは 考 え られ な い。 ただ農民 労働 力 とむす びつ く, それ ほ ど多額 で はない資 本 が末端段 階 において調達 さ れ な けれ ばな らない。 d 土 地所有 制 度 は重要 な 関係 を もって い る。 タイの Rangsit地 区かんが い工 事 は地主制 の ため に可能 なので あ った。長 期 的 に見 て地主制 が望 ま しい か ど うか は別 の問題 で あ る。 ただ短 期 的 にい って ,地主 制 の も とで は じめて ,私 的資本 の投下 が あ りうるわ けで あ るo e 教育 あ るい は農 業普 及 が と りあげ られ な けれ ばな らない。先 進 国 において は,農 民 の教 育 レベル を高 め るための投資 は,最 も生 産 的 だ とい われて い る し, また,農業 改良技術 や 経営 を指 導 す る extensionserviceの効果 も高 く評価 されて い る。低 開発 国 において も し か りで あ ろ うo水 資源利用 計画 は,末端 において農 民教育 あ るい は農業普 及 と固 くむす び つか な けれ ばな らない。 この点 は,技 術 的計 画 にお いて , しば しば無視 されて い る。充分 に反省 され な けれ ばな らない ことで あ ろ う。 この よ うに,伝 統 的 な村落社会 や農家 経済 は,新 しい水利 体系 な りかんがい施設 な りに容易 にマ ッチ しない。 む しろ新 しい体系や施設 の実現 を妨害す るものだ といえ よ う。村 落社 会や農 民主 体 を新 しい制 度 に適応 させ るため には,広 義 の教 育 と時 間 の経過 とが必要 とされ る。 とこ ろが低 開発 国 にお け る水 資源 利用計 画 は緊急 の必要 とい うス ローガ ン的 な要言青を もつ。 この緊 急性 と伝 統 的在 来 社会 の緩 慢 な適応 との間 の ラ ッグ こそ低 開発 国 の悩 みで はなか ろ うか。