抽象的差止判決の執行
著者名(日)
丹野 達
雑誌名
東洋法学
巻
39
号
1
ページ
77-104
発行年
1995-09-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000518/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja抽象的差止判決の執行
丹
野
達
本稿の目的萸洋滋学
近時公害事件において、公害の発生源と目される企業体に対して、有害物質等の排出の禁止を求める訴訟が提 起されてきている。その典型的な事例の一つが新幹線騒音差止訴訟であった。公害事件において現われている困 難な問題が多々あるが、その一つに、禁止を求め、あるいは命ずる行為が具体的に特定して表示されていない場合1いわゆる抽象的差止判決の執行の問題がある。この場合には、具体的な作為又は不作為債務の執行のよう
に、債務名義から執行への橋渡しが単刀直入にはゆかない。その場合に行われる権利実現行為としての執行が、 債務名義に表示された行為とは異なる、それの変形されたものであることがあり、しかもその内容が極めて高度、 複雑な自然科学・工学技術的な知見の媒介を得なければならないものであることがある。事実経過的には、債務 名義の作成とその執行とが混然化されているとさえ見える。その解決方法は、債務名義の作成手続とその執行手 77撤ゑ蹴翔決の勃ヲ
続との分別・整序を見直すことであり、それには二つの方向が考えられる。一は、執行の困難を回避するために、 抽象的不作為命令を許さないこと、すなわち債務名義作成手続内で、執行内容を決定することであり、他は、執 行手続の複雑化を一応甘受した上、複雑化の実体を再検討し、執行手続の柔軟化と合理化とを図ることであろう。 考え方として現にこの二つのものが存在している。そして、それは理論的にいずれかでなければならないという ものではなく、当事者の利害に深く関わるとともに、むしろ技術的な問題であり、立法政策としてどちらがより 妥当かということであるように思われる。実定法としては、いずれの方向がとられているかが必ずしも一義的に 明らかではなく、法解釈として処理することが可能であるといえる。そこで、実際的立場から、両者の方向ない し考え方の当否について、若干の掘下げを試みようとするものである。 78 二 抽象的差止判決の意義 抽象的差止判決とは、例えば﹁BはAに対して列車の走行により生ずる六五ホン以上の騒音をA宅に侵入させ てはならない。﹂といった主文により示される判決である。すなわち、例えば、特定の通路の通行権に係る紛争に おいては、一般的には不作為債務として、﹁BはAが特定の通路を通行することを妨害してはならない﹂ことを命 ずることになるが、Bが既に塀などの工作物を設置していることによりAの通行を妨害している場合には、﹁B は、Aに対して特定の妨害物を撤去しなければならない﹂ことを命ずるといったように、禁止されるべき特定の 具体的な作為、あるいは右不作為債務の不履行により生じた結果を排除すべき特定の具体的作為を掲げることになる。抽象的差止判決とは、このような具体的差止めではなく、抽象的な作為を禁止することのみを命ずる判決 ︵−︶ をいう。これらの執行方法は、具体的差止めにおいては、一般的差止めは間接強制であり、不履行により生じた ︵2︶ 結果の排除は代替執行であるのに対して、抽象的差止めは間接強制である。 三 抽象的差止訴訟における請求の特定
萸洋滋学
抽象的差止訴訟における第一の関門は、請求をどのように特定すべきかということである。この訴訟における 請求の特定については、三つの観点がある。第一は、請求の特定の本来の機能である訴訟の対象を明確にすると いう観点︵審判の範囲︶であり、第二は、抽象的差止判決が直ちに債務名義として機能しうるかという観点︵判 決の債務名義適格︶であり、第三は、被告である義務者が侵害の方法ないし態様を変更した場合に、原債務名義 がどのように対応しうるか、ないしはそのまま対応しうるためには、どのように請求を特定すべきかという観点 ︵判決の執行力の客観的範囲︶である。第一の観点は、当該訴訟の弁論の充実、被告の防御対策の保障を主要目 的とするものであるが、他方、原則として抽象的差止請求ないし判決を肯定する立場においては、第三の観点を も視野に入れながら、請求の趣旨の表現の負担をいかに軽減するかについて苦心が払われている。第二の観点は、 不作為債務の執行においては、抽象的差止判決に表示される不作為債務に違背する債務者の行為により生ずる結 果を排除し、又は防止するために、その判決を債務名義として授権決定を受けることによって賄えるのか、それ とも債務名義自体に差止命令の遵守に適合する作為が具体的に特定して表示されていることが必要かどうか、換 79搬左搬翔決の靭万: 言すれば、執行裁判所の権限をより広く認めるか、それとも制限するかということである。第三の観点は、悪質 な債務者のために債権者が苦労して獲得した原債務名義が空洞化してしまうことを防止するためにどのような配 ︵3︶ 慮をなすべきかということである。 わが国で唱えられている抽象的差止請求に係る保護範囲説、侵害結果説、侵出行為説は、主として第一の観点 ︵4︶ に立つものと見られるのであり、ドイツで唱えられているとされる核心説、等価値説、侵害形式説等の考え方は、 第三の観点に立つものと見られる。第二の観点は、主として執行手続はどうあるべきか、遡ってはその債務名義 作成手続︵本案判決手続︶がどうなるのか、すなわち、不作為債務違背行為の防止設備の設置の代替執行が抽象 的差止判決によって可能かどうかが専ら論じられるのであり、請求の特定としての第一、第三の観点との関わり 合いは少ない。 論点の拡散を避けるために、以下では騒音公害訴訟における抽象的差止判決に焦点をしぼり、他の公害訴訟に ついては必要な限度においてのみ触れることとする。 ︵5︶ ︵6︶ 騒音公害訴訟の訴訟物は、人格権に基づく侵害排除請求権である。前記の事例に即していえば、その請求の趣 旨は、前記の判決主文と同一であり、請求原因は、①Bが極度の騒音を発出していること、②近隣に居住するA がこの騒音により、肉体的、精神的被害を被っていること、である。すなわち、発生源︵例えば、列車の走行︶ を特定し、一定の種類の生活妨害の態様ないし結果︵例えば、騒音︶を一定の程度︵例えば、六五ホン︶以上A ︵7︶ に及ぼすことを禁止することを求める旨の内容を示せば、請求は特定される。Bの義務は、一定の程度以上の騒 80
菓洋滋学
音をAに到達させないという不作為債務であり、AからすればBの騒音到達行為の差止めを求めることになる。 Bの義務は、B自身の発出している一定限度以上の騒音をAに到達させないことであるから、B以外の者がBの 意思に反してその行為自体を止めることは不可能であって、非代替的である。その執行は間接強制とならざるを ︵8︶︵9︶ えない。 抽象的不作為請求を容認する立場においても、その請求の特定については、考え方が微妙に分かれる。①は、 ︵−o︶ 保護範囲により特定すべきであるとする考え方︵保護範囲説︶である。﹁何をどのように保護すべきか﹂を明らか にし、それに基づいて不作為給付を合目的的に限界づける、例えば、ある工場が河川に排出している廃液に含ま れる有害物質のために、沿岸住民の健康が違法に侵害される危険が切迫している場合には、当該有害物質を含む 廃液の排出をやめさせることが保護範囲であるから、廃液の毒性の程度、態様等に変化があっても、住民の健康 を違法に侵害することが無くならない限り、禁止の対象として包括される、とする。沿岸住民の健康を、工場に 対して有害廃液の排出を禁止することにより保護する、ということになろうか。②は、紛争の背景にある危険な ︵11︶ いしその発生源と排除又は防止されるべき侵害の結果とにより特定すべきである、とする考え方︵侵害結果説︶ である。具体的な一定の紛争関係の存在、すなわち相手方の特定の行動に基づく特定の危険の存在、あるいは侵 害の危険を生じさせている特定の発生源の存在を前提とし、その枠内における相手方との関係で、排除又は防止 されるべき侵害の結果により明示する、とする。沿線住民︵枠内の相手方︶の健康被害︵結果︶の原因である列 車走行による騒音︵発生源︶の差止めを命ずる、とするものであろうか。③は、禁止される侵出行為又は現象を 81御蒙汐搬翔決の靭行 ︵12︶ その形式・態様等の面から具体的に特定すべきである、とする考え方︵侵出行為説︶である。侵害行為自体の特 定は必要ではないが、その露出部分の形式・態様等を具体的・客観的に明示する、例えば、騒音被害について、 侵害物が騒音であることと、その程度を一定の客観的単位︵ホン︶により具体的に明示する、とする。侵害行為 は人体に及ぼす空気の激烈な震動であるが、その露出行為は一定ホン以上の騒音ということであろうか。騒音被 害についてこれらの考え方に忠実な表現をするなら、①については、﹁騒音を侵入させることによりAの健康を侵 害してはならない。﹂と、②については、﹁A宅に到達するBの走行させている列車から発生する騒音を六五ホン をこえさせてはならない。﹂と、③については、﹁六五ホンをこえる騒音を発生ないしA宅に到達させてはならな い。﹂ということになるのであろうが、共通して掲げる例文は﹁BはAに対しBの列車の走行により生ずる六五ホ ︵胎︶ ンをこえる騒音をA宅に侵入させてはならない。﹂とされているのて、この例に関する限りでは、具体的な表現上 の差違はよくわからない。これらの考え方は、騒音被害以外の場合の請求の趣旨あるいは主文の表示をどのよう にすべきかについて揃って例示していることがないので、それらの具体的表現がどのように異なってくるのかは、 必ずしも明らかではない。ところで、前記の文言は﹁Bは、Aに対し、A宅において六五ホンをこえて到達する 騒音を生ずるような列車の走行をしてはならない。﹂と書き替えることができる。こうしてみると、Bが特定の侵 害行為をしてはならないことが明瞭になる。 判決主文はともかくとして、少なくとも請求の趣旨としては、禁止することによりAに被害︵結果︶を与える ことを防止しうべき行為として、その発生原因となる行為︵列車の走行︶及び行為の態様・結果︵騒音の発生︶ 82
戻群滋学
を特定することは必要であるが、騒音の程度︵六五ホンをこえること︶を特定することは必要であろうか。もち ろんAは、不作為請求権を理由付けることが必要であり、そのためBの騒音発生行為によりAの健康等を侵害さ れていることを主張立証しなければならない。しかし、Aの健康等を侵害する程度の騒音を発生させていること を立証すれば足り、これに対して、Bが騒音の程度が受忍限度内として許容される範囲内であることを主張立証 すべきである。裁判所は、その限度をこえるものについてAの請求を認容することになろうから、Aが請求の範 囲を自ら制限する場合は別として、Aから積極的に限度ないし範囲までを特定することは必ずしも要求されない ︵14︶ のではなかろうか。いずれの考え方も、請求の趣旨中に、請求の特定要素として﹁六五ホンをこえる騒音﹂を表 示することを要するとするのであれば、原告の自制の意味以外では、請求の特定のためではなく、請求を理由付 けるものとしての請求原因を混入しているように思われる。列車走行行為の具体的態様、防音設備の設置等は、 不作為債務の成否を決定する受忍限度の判定に関わる問題であるから、これらに関する主張立証は弁論︵実体審 理︶の対象となる事項である。それは、請求の特定目訴提起段階の問題ではなく、請求の理由付けの成否に係る 主張立証事項艮弁論段階の問題である。 ︵15﹀ 第二の観点における反対説は、以上のような請求の趣旨︵ひいては判決主文︶は、訴訟物の特定を欠き不適法 である、とする。この考え方は、AがBの禁止される行為︵不作為︶ないし防止のための行為︵作為︶を具体的 に特定して請求すべきであり、そのようにしなければ、Bとしてはどのような行為をせず、あるいはしなければ ならないかが明確に認識することができず、Aの請求に対処することが不可能である、とする︵とくに、侵害行 83綴磁豊翔拠の親行
為の防止について現実的に実効のある後者が重視され、抽象的不作為判決は、執行手続に直結しえないことを理 由として挙げるが、この点については、後記四において検討する。︶。しかしながら、Bの侵害行為は騒音を発生 させ、ひいてはこれをA宅に到達させていることであり、Bは一定の音量以下に騒音を抑えれば足り、抑えさえ ︵16︶ すれば、その方法のいかんを問わない。どのような方法をとるかは、Bの裁量行為であり、自由である。騒音防 ︵17︶︵18︶ 止設備を設けることは、騒音を抑制するためにBのとることのできる選択肢の一つにすぎない。騒音防止設備の 特定をAに要求することは、Aの主張責任事項に含まれていない事実の主張を要求することになる点で、法の予 定していない要件の加重ということになるし、実質的にも騒音発生の機序について認識資料に乏しいAに対して その防止設備を特定することまで要求するのは、不可能を強いることになるおそれがあり、反面、Bの騒音防止 の他の選択肢をとることを制限することにもなるのであって、相当とは言い難い。 この訴訟における主たる争点は、騒音の発生ないし到達の有無とその程度である。その程度とは、騒音の度合 ︵19︶ いが一般人の受忍限度をこえるものであることであり、受忍限度を上廻るか否かを判定するには、諸般の事情を 樹酌する必要があり、困難な問題ではある。そしてBが既に騒音防止設備を設置している場合には、その事実と 防音設備の性能・効果等が一つの事情として斜酌されるであろう。しかし、それはその結果が受忍限度の判定に どのように影響するかであって、騒音防止設備が存在しないのであれば、存在しない状態を前提として受忍限度 が判定されるだけのことであり、Aが騒音防止設備を特定しなければ、受忍限度を決定することができないとい うわけではない。 84Aが積極的に騒音防止設備の設置をBに対して請求することができることは、人格権に基づく侵害禁止請求権 の当然の内容ではない。それには、その発生原因を定める実体法規にまたなければならない。これに当たるもの は、民法四一四条三項の将来のための適当な処分請求権に係る規定である。同条項はその意味では実体法規とい ︵20︶ うべきであるが、その請求権の実現がどのような手続によって図られるべきかは立法政策の間題である︵例えば、 ︵21︶ 訴訟費用の負担の裁判と訴訟費用額確定決定手続との関係を想起せよ。︶。
四 抽象的差止判決の執行−授権決定
庚離滋学
騒音禁止命令の原則的執行方法が間接強制であることは前述したところであるが、Bが制裁金の支払を意に介 ︵22︶ しない場合には、Aは、制裁金を取得することができても、肝心の騒音の被害を免れることはできない。そこで、 次の段階として﹁将来のための適当な処分﹂︵民法四一四条三項︶として、騒音防止設備の設置許可命令︵授権決 ︵23︶︵24︶︵25︶ 定︶を受け、AがBに代わって騒音防止設備を設置するという措置がとられる。 ︵26︶︵27︶ ︵28︶ ところで、多数説及び実務の取扱は、適当な処分としてこのような設置許可命令を発令することはできず、そ ︵29×30︶ れは本案訴訟においてなされなければならない、とする。その根拠は、①そのような設置許可命令は民事執行法 の間題ではなく、民法四一四条三項後段としてどこまでの行為が含まれるかという民法の解釈上の問題であって、 訴訟物として本案判決手続において判定されるべきものであり、かつ、執行裁判所の授権決定における裁量の範 ︵31︶ 囲は狭く、このような複雑微妙な内容の命令を発令することを法は予定していないこと、②授権決定にこのよう 85綴磁豊翔決の靭行
︵3 2︶ な内容を盛ることを認めれば、執行機関が判決裁判所の意図と異なる判断をする危険があること、③数種の防止 行為があるとき、抽象的差止判決であれば、とるべき行為の選択をBに委ねたものであり、Aにも執行裁判所に ︵33︶ も、そのうちの一つを選択する権能は与えられていないこと、④決定手続では、高度な科学的・技術的知見に基 づく設備を決定するには十分ではなく、過度の費用を要する設備の決定を命ぜられたりした場合には、Bに酷に ︵34︶ 過ぎる結果をもたらすおそれがある。また、不十分な防止措置を命ずる授権決定を起点として請求異議訴訟の起 訴責任をBに負担させることは正当でないし、不十分な防止措置のため十分な効果を挙げることができなかった ︵35︶ 場合、更に新たな防止措置の代替執行を求めることができるとすることは、余りにBにとって不利であること、 ⑤防止設備の設置がその内容いかんによっては代替執行に親しまないものがあるし、不作為命令からBに立入り ︵3 6︶ 及び工事受忍義務があることは明らかではないから、Bが立入りを拒否した場合、代替執行が不能となること、 が挙げられている。 しかしながら、①に対しては、まず民法四一四条三項が実体規定か手続規定かという点については、見解の分 ︵37︶ かれるところではあるが、多数説は手続規定とみている。そうであれば、その処理は、訴訟手続よりも執行手続 に親しむ。そして、防音設備設置請求権は、民法四一四条三項又は民事執行法一七一条一項に定める﹁将来のた めの適当な処分﹂の一具体化であるが、この要件は事実概念ではなく、不特定概念ないし評価概念というべきで あり、その判断を裁判所の裁量に委ねているものであって、非訟的性格を有し、訴訟手続によらなければならな いという必然性はない。授権決定手続が判決手続より簡易な手続であることは、一般的には否定できないとして 86萸離滋学
︵38︶ も、法がこのような授権決定手続によってはならないと明示的に禁止しているわけではなく、後述のように、実 質的には審理・判断に差はないとみてよい。②に対しては、既に原判決により被告に不作為債務のあることが確 ︵39V 定されており、その範囲内での具体的な方法を選択し、策定する技術的判断ないし操作を行うにすぎないし、こ れについて判決裁判所の判断が示されていないのが通例であるから、原判決の判断に反することは起りえないは ずである。③に対しては、Bが防音設備の選択権能を有することはそのとおりであるが、授権決定発令の要件を Bの債務不履行の場合にしぼるならば、侵害防止義務を負いながら、選択権能を行使しない場合、もし適切な防 音設備があるときには、執行裁判所の判断によりその設備の設置を命じ、あるいは代替執行を許すことは決して 不当ではない。④に対しては、その審理手続としては、口頭弁論を採用することにより、実質的に判決手続と同 様な審理を行うことができるのであり、執行裁判所は、原判決の第一審裁判所なのであるから︵民執一七一条一、 二項、三三条二項一号︶、同じく口頭弁論を行いながら、判決裁判所なら判断可能であるが、執行裁判所では判断 ︵40V が不可能であるとは到底言えないであろう。判断の難しさは判決手続においても同様である。たしかに、Aが授 ︵41﹀ 権決定の申立において防音設備を求める場合には、その構造、仕様等を具体的に特定しなければならない。そう でなければ、審理の対象が明確にならないからである。しかし、それが必要以上の設備であるならば、Bは積極 的に反対提案をする必要がある。既に原判決により、Bが違法にAに対して被害を与えているか、与える蓋然性 が高いことは確定しているのであって、Bは防音設備を設置すべきことが義務付けられているのに、それを履行 しないのであるから、AB双方の立場のバランスからいって、その設備が必要の程度をこえていないこと、必要 87綴磁豊翔決の薪行
最少限度のものであることまで、Aが厳密に立証することは要求されていないというべきであろう。もっとも、 このように証明度は緩和されるといっても、その限度で設備の実効性、適切性の立証の必要はAが負担するので あるし、授権決定が確定した以上は、実効性、適切性の存否を争いえなくなるとしても、制度上やむをえないこ とは、他の場合と同様である.⑤に対しては、防音設備は本来不作為債務者が設置すべきものであり、その場合 には、自己の所有地等その支配地内に設置すべきものであって、支配地外に設置するようなことはむしろ例外的 であろう︵例えば、被害者の家屋に防音設備を施工するような場合︶。代替執行は執行債務者が義務の履行を解怠 した場合に同様なことを他の者が行うのであるから、授権決定が発令された以上、執行債務者は受忍義務がある のであり、これに反して執行を妨害するならば、執行官等の援助を受けてこれを排除することができると解すべ きである︵民執法一七一条四項、六条二項︶。このような設備の設置に関わる債権者と債務者との間の利害の衡量 は、授権決定発令段階において配慮されるべきである。債務者に受忍義務がないとの考え方をとるとしても、債 務者が常に拒否するとは限らないのであり、偶然的事情により執行不能となる場合があるからといって、授権決 定の発令自体を否定することは行き過ぎである。 88五 決定手続
1 申立 Aは、原判決︵債務名義︶に表示された不作為債務を明示し、違反行為の防止ないし予防処分とし ︵42︶︵43︶ て必要な作為の内容を、設置位置、仕様ないし構造、材質等を具体的に示して特定しなければならない。この決萸洋滋学
定が執行裁判所の裁量処分であるとしても、Aは、不作為請求権とは別個の違反行為防止設備の設置権限を取得 するのであるから、当事者主義の原則からして、その処分の内容を主張することを要するというべきである。 2 発令機関 執行文の付与と授権決定との顕著な差違は、発令機関が、前者では裁判所書記官又は公証人で あるのに対し、後者では執行裁判所であることである。執行文においては判断内容が限局されているのに対して、 授権決定は、その判断内容が複雑微妙な場合がありうるとしても、その判断を判決手続によらせても決定手続に よらせても、発令機関が裁判所であることには変わりはない。ただこの場合には、裁判所としても裁定合議事件 として取り扱い、合議体によって審判することを相当とすることが多いであろうし、そのような処理をすること が望ましいと思われる。 3 審理・裁判 授権決定の裁判の形式は決定であるから、原則は書面審理である。判決手続と決定手続とに おける審理内容の主たる差違は、訴訟・証拠資料の提供における当事者の関与の度合い及び証拠資料の収集の程 度にある。しかし、決定手続においても、口頭弁論を開くことは可能であり、口頭弁論が必要的とされる保障が ないのみである︵民執法四条︶。口頭弁論を開いた場合には、判決手続であろうと決定手続であろうと、当事者双 方が公開の法廷で弁論に関与し、証拠方法については何の制限もないから、審理の程度に差はないといってよい。 むしろ決定手続においては、厳格な証明に限定されず、自由な証明によることができる点では、証拠資料の懐は 深いともみられる。また口頭弁論を開いたからといって、判決手続に移行してしまうわけのものではない。口頭 弁論は書面審理の補助手段であって、口頭弁論を開いても書面審理に戻ることは可能であり、審理手続の柔軟性 89御案幻灘翔決の薪テ ないしは機動性は保持される。裁判官の交替があっても、弁論の更新の必要はないが、現在の実務における弁論 更新手続の実態からすれば、これによって当事者の利益が大きく損なわれるというおそれもないであろう。 まずAから具体的設備案を提案することになるし、Aは、不作為債務の違背の防止ないし予防に有効で、社会 通念上要請される相当な方法により、最も経済的なものであること、仕様、構造、材質が平均的なものであるこ とを主張立証することが必要である。ただそれはいわば一つの提案であって、裁判所も当事者もそれに拘束され るわけではない。それが実効性がなかったり、不適切なものであったり、Bに必要以上の負担を課すものである なら、Bから積極的に適切な反対提案をすべきである。これをふまえての裁判所の判断の当否は、判決手続でも、 授権決定手続でも、口頭弁論を開く以上は同じレベルである。そして現在においても、断行の仮処分命令の発令 手続において、原則として双方審尋が行われ、労働仮処分において口頭弁論が開かれていることが多い実務慣行 からしても、抽象的不作為債務の執行における授権決定について容易に口頭弁論が開かれることになるであろう ︵44︶ ことは想像に難くはない。当事者も口頭弁論を開くよう裁判所の職権の発動を積極的に促すべきである。 Bの不作為債務は確定しているのであり、Bが不作為債務を履行せず、あるいは何らの防止措置を講じない場 合には、裁判所はAに対して防止設備の設置を許可することになろう。もっともAがそれによっていかなる設備 を設置するものであるかを特定しうるような構造、仕様、材質を明示しなければ、申立は却下されることになろ うし、その申立に係る設備によっては十分な効果も期待できないことが明らかであれば、申立は棄却されよう。 4 不服申立方法 判決手続によるか決定手続によるかにより、上訴方法も当然異なってくる。授権決定の場 90
合は、任意的口頭弁論であるから、口頭弁論を開いても、裁判は決定であり、不服申立は執行抗告である︵民執 一七一条五項︶。しかし、授権決定においては、将来のための適当な処分として、どのような内容の設備とするか は、発令裁判所の裁量であり、その内容については法律問題はほとんどなく、専ら自然科学上の技術的問題であ るから、法律審である上告裁判所をわずらわす必要のある場合は絶無に近い。仮りにその内容について審査する ことがあるとしても、上告裁判所により優れた判断能力があるとは必ずしも言い難い。必要なことは、その判断 の基礎が自然科学的、工学技術的資料であるから、事実審裁判所における鑑定、専門的調査官の活用が重要であ る。したがって、上告審を経由させる必要性に乏しいから、抗告審のみの二審に限られるからといって、敗訴当 事者が格別の不利益を受けるとはいえない。またBは、自ら適切な防音設備を設置する等の事情の変更に基づき、 請求異議の訴により抽象的差止判決の執行力の排除を求めることができるのは当然であるが、更に防音設備設置 許可の授権決定について、その確定後に事情の変更があった場合においても、その執行力の排除を求めるため、 ︵45︶ 請求異議の訴によることもできる︵民執法二二条三号参照︶。 六 ま と め
庚洋滋学
抽象的差止判決については、実体法上も執行手続上も問題点が多い。そして社会経済の発展は、一般市民に利 便を与えると同時に公害も拡大しているから、公害訴訟が増加する趨勢はますます強まることが予想される。し たがって、抽象的差止判決についての検討の必要性も増大するであろう。以上検討したことはその一部である騒 91綴磁盟鞭の靭行
音差止訴訟について、更にその執行手続との関係に焦点をしぼって考察したにすぎない。 向は、執行手続のより一層の合理化であろうと思われる。 ︵1︶ ︵2︶ しかし、その解決の方 抽象的差止請求については、まだ一義的な定義はない。例えば、騒音の差止めにしても、その差止めの目的であ る行為自体が不特定なものとはいえないし、義務者自身にとっても禁止される行為がわからないわけではない。そ の特徴的な態様とみられるのは、違背行為が有形的ないしは具体的な結果を残さぬこと︵したがって、妨害物の除 去という作為義務を残さないこと︶が多いことと不作為に代わる禁止の結果の発生の防止行為が技術的に複雑困 難なものであること︵したがって、その作為義務の特定が困難であること︶とである。前者から抽象的という形容 語が生まれ、後者から具体的な防止行為を策定することが困難であることにより、執行裁判所において執行方法と して将来のための適当な処分を定めることを避け、これを本案訴訟手続に委ねることとし、そのためには、請求の 特定が具体的になされるべきことが要求されることになり、その反対概念として﹁抽象的差止請求﹂という表現が 用いられるようになったのではないかと憶測する。 同旨︵抽象的不作為債務につき︶山木戸克己・民事執行法保全法講義一二三頁、中野貞一郎・民事執行法六二〇 頁、同﹁非金銭執行の諸問題﹂︵新・実務民事訴訟講座國民事執行︶四七九頁、竹下守夫﹁生活妨害の差止と強制 執行﹂立教法学一三号三頁、同﹁生活妨害の差止と強制執行・再論﹂判例タイムズ四二八号二八頁、松浦馨﹁差止 請求権の強制執行﹂︵新版・民事訴訟法演習2︶二八四頁、林屋礼二﹁非金銭債権の種類と強制執行﹂︵実務法律大 系7強制執行・競売︶六八二頁、松本博之﹁抽象的不作為命令を求める差止請求の適法性﹂自由と正義三四巻四号 三五頁、川嶋四郎﹁差止請求﹂ジュリスト九八一号七一頁、山口和男﹁騒音の規制と被害者の救済﹂法曹時報二四 巻一〇号六〇頁、渋川満﹁間接強制﹂︵実務法律大系7強制執行・競売︶七一二頁、東孝行・公害訴訟の理論と実 務二五九頁、佐藤歳二﹁工場騒音の差止め﹂︵公害法の基礎︶二五五頁。小室直人・民事執行法講義︵改定版︶一 92庚洋滋学
︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ 〇一ー二頁︵中島弘雅︶参照。 ︵不作為債務一般につき︶兼子一・増補強制執行法二九五頁、岡垣学・強制執行法概論三〇九頁、斎藤秀夫・講 義民事執行法三六五頁︵白川和雄︶、石川明・民事執行法三〇二頁︵斎藤和夫︶、林屋・民事執行法二六八、二七一 頁︵大須賀慶︶、横浜弁護士会・差止訴訟の法理と実務一二六頁︵織裳修H小島衛H荒井俊通︶、我妻栄・新訂債権 総論︵民法講義W︶九七頁、中野﹁作為・不作為債権の強制執行﹂︵民事訴訟法講座第四巻︶ご二三頁、山本卓・ 不作為を目的とする請求に関する強制執行︵司法研究報告書第八輯第二号︶一六二頁。 この観点について二つの行き方がある。一は、実体権自体をそれに即応するようなものと構成すること︵統一的 不作為請求権説︵上村明広﹁差止請求訴訟の訴訟物に関する一試論﹂岡山大学法学会雑誌二八巻三・四号三三五頁 以下︶はその一つの試みであろう。︶であり、他は、主文の表現に配慮を加えること︵主文の表現における評価概 念導入説︵野村秀敏﹁債務名義における不作為命令の対象の特定㈲﹂判例タイムズ五六五号三六∼四七頁︶はその 一つの試みであろう。︶である。もっとも、実際に執行の基礎となるのは債務名義における表示に帰着するから、 第一の行き方も主文の表示と無縁ではありえない。 上村・前掲︵3︶三五一∼七頁、同﹁差止請求訴訟の機能﹂︵講座民事訴訟②︶二九三∼五頁、野村・前掲︵3︶判 例タイムズ五六〇号二六∼一三頁参照。 人格権を承認することについては難色を示す考え方があり、人格権はこれを承認する実体法上の明文の規定が ないし、学説判例上その内包外延は確定的でないことを指摘する。たしかにその概念は必ずしも明確とはいえな い。しかし、人の健康、生命、精神状態が人にとって財産以上に重要なものであることは、何人も否定しえない。 にもかかわらず、なぜ権利として保護されなかったのかを考えてみると、人が自然により近い社会生活を営んでい る時代には、自らの力によって自らの健康、生命等の安全を保持することができた。人為によって他人の健康、生 命等を侵害することがより少なく、これを保持するために財産の占める必要性が相対的に高かったからではない だろうか。現在は人為による人の健康、生命等の侵害行為が多発するようになったのであり、他方これについて国 93磁家ゑ搬翔決の靭行 ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ 家権力による保護を求めるためには、実体法上の根拠として権利と認められる法的利益であることが必要である。 近時人格権を承認する考え方が強くなったのはこのためであり、今後徐々にその範囲が拡大し、かつ明確にされる ことが予想され、その方向は正当なものと考える。 好美清光﹁日照権の法的構造﹂ジュリスト四九四号二三∼五頁、石田喜久夫﹁公害差止請求訴訟﹂︵同・差止 請求と損害賠償︶八∼一〇頁。大阪高判昭和五〇年二月二七日判例時報七九七号三六頁以下、とくに七一頁、大 阪地判昭和六二年四月一七日同二一六八号八O頁以下、とくに八四頁、東京地判昭和六三年四月二五日同二一七四 号四九頁以下、とくに五八頁、金沢地判平成三年三月一三日同=二七九号三頁以下、とくに一四∼五頁、大阪高判 平成四年二月二〇日同一四一五号三頁以下、とくに二九頁、大阪地判平成五年二一月二四日同一四八○号一七頁以 下、とくに二五頁。 名古屋地判昭和五五年九月一一日判例時報九七六号四〇頁以下、とくに三五五∼六頁、名古屋高判昭和六〇年四 月二一日同一一五〇号三〇頁以下、とくに五二頁、金沢地判平成三年三月一三日同二二七九号三頁以下、とくに一 八∼九頁、大阪高判平成四年二月二〇日同一四一五号三頁以下、とくに二九頁。竹下・前掲︵2︶︵立教法学︶八 頁、︵判例タイムズ︶三二頁、松本・前掲︵2︶三三頁、中野・前掲︵2︶四七七頁。 反対 名古屋高判昭和四三年五月二三日下級民集一九巻五・六号三一七頁、神戸地判昭和六一年七月一七日判例 時報一二〇三号一頁、千葉地判昭和六三年二月一七日同︵臨時増刊︶平成元年八月五日号一六一頁、大阪地判平 成三年三月二九日同二二八三号一二頁。富田善範﹁不作為執行︵生活妨害差止めの執行︶﹂︵裁判実務大系7民事執 行訴訟法︶四九五∼九頁。なお、田頭幸一﹁抽象的不作為判決と間接強制﹂民事執行法判例百選一九六∼七頁参 照。 竹下・前掲︵2︶︵判例タイムズ︶三八頁、井上治典﹁請求の特定﹂民事訴訟法判例百選−一四九頁。不作為義務 につき 松本・前掲︵2︶三四、三五頁、富越和厚・注解民事執行法㈲一〇〇∼三頁、とくに一〇三頁。 間接強制の申立はいつすることができるかも、一つの問題である。通説は、違反行為が行われない限り、あるい 94
東躍滋学
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はそれが継続ないし反覆されない限り、不作為義務は履行されていることになるから、間接強制は許されない、と する︵大阪高決昭和二九年二月五日高裁民集七巻二号一五三頁。兼子・前掲︵2︶二九四頁、中野・前掲︵2︶︵民事 訴訟法講座︶一二二一頁、岡垣・前掲︵2︶三〇九頁、白川・前掲︵2︶三六七頁、山本・前掲︵2︶一四八頁、大須賀・ 前掲︵2︶一一七〇頁。これに対して、違反の危険の蓋然性が高く、違反があれば回復し難い損害を生ずるおそれがあ れば、事前の予告が許される、とする考え方が近時有力である︵東京高決平成三年五月二九日判例時報一三九七号 二四頁。竹下﹁不作為を命ずる仮処分﹂︵吉川還暦記念・保全処分の体系上巻︶八七∼八頁、竹下H上原敏夫H野 村六ンディコンメンタール民事執行法四一五頁︵竹下︶、竹下﹁救済の方法﹂︵基本法学8紛争︶一二一頁、山木 戸・前掲︵2︶一二五頁、松浦・前掲︵2︶二八四頁、上村・前掲︵4︶三〇一∼二頁、小林秀之﹁仮処分に関する若干 の問題点﹂成城法学四一号一九ー二三頁、とくに二一∼二頁。 上村・前掲︵3︶一一四∼七頁、同・前掲︵4︶二九五∼九頁。 竹下・前掲︵2︶︵判例タイムズ︶三一ー四頁、とくに三四頁、納谷広美﹁訴訟物の特定﹂︵講座民事訴訟2︶二 四三、二六〇頁、川嶋・前掲︵2︶七四頁︵もっとも、同氏は二段階裁判手続方式を提唱し、その第一段階における 請求の特定方法である。︶。 松浦・前掲︵2︶二八一∼一一頁。 竹下・前掲︵2︶︵判例タイムズ︶三二頁、上村・前掲︵3︶一〇六頁。 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、原告は、請求の趣旨として相当額の損害賠償を求めるとのみ記載 し、数額を明示しないのは請求の特定を欠くとされる。これとパラレルに考えると、騒音の禁止を求める場合に も、原告が何ホンをこえる騒音の到達の防止を求めるのかを明示しなければならないかのように見える。しかし、 前者の場合は、金銭の請求であるから、訴額の算定のためにも必須の要件であるが、後者の場合は、行為の差止め であって、騒音の程度で訴額が定まるわけではないし、本来原告としては、騒音到達行為自体をやめてもらいたい のであり︵騒音が零ホンであること︶、その行為を特定すれば足りる。騒音の許容限度は、客観的に定まっている 95撤ゑ搬鞭の薪行
︵15︶1716
受忍限度︵実際には裁判所の認定に係るとしても︶により決定されるのであるし、しかもそれは被告において主 張・立証すべき事項である。 ①説は、工場の廃水被害において、既に排出され沈澱している有害物質が水質を汚染する場合を将来の侵害行為 とし、統一的不作為請求権という構成でなければ、沈澱物の排除は請求しえないとするが︵上村・前掲︵3︶一〇二 頁︶、有害物質を沈澱させていることは、廃水の排出に伴う現在の侵害行為であり、廃水の排出禁止命令には、沈 澱物を除去すべき作為義務が含まれ、これを除去すること︵作為︶により将来生ずべき有害な結果を防止すること ができる。このことは、原告の所有地に被告が建築禁止命令に違反して建築物を建築所有して原告の土地所有権を 侵害している場合と変わりはない︵建築物の建築は過去の行為であり、現在原告の土地の利用を妨害しており、建 築物の存在する限り妨害の結果が将来にわたって生ずるにすぎない。︶。 竹下・前掲︵2︶︵判例タイムズ︶二九頁、松本・前掲︵2︶三三頁、富越・前掲︵8と三頁。 被告の不作為義務は、原告の健康、生命等を侵害するような物質等を発生あるいは流出させないことであり、そ のためにどのような方法をとるべきかは、不作為義務が認められた後の段階での問題であって、不作為請求の特定 や請求原因事実とは直接の関わりはない。受忍限度判定の一要素として被告が設置した防止設備の存在が考慮の 対象となりうるが、そもそも受忍限度とは、通常であれば、原告に被害を及ぼすことになるため被告に対する不作 為請求が認容されるのに、諸般の事情から原告において侵害を受忍すべきものとし、被告の不作為義務が否定され ることであるから、受忍限度をこえないこと その一事情として被告が防止設備を設置して侵害防止に努力し ていることは、これを責任阻却事由とみるか間接反証事実とみるかそのいずれにしても、被告が主張・立証すべき 事項である。たまたま被告がその方法を了知することができず、そのためその旨の主張をすることができない場合 もありうるであろうが、だからといって、それだけで当然に不作為義務を免れるものではないし、原告に防止設備 を特定して主張すべき責任が転嫁されるわけではない。抽象的不作為義務は、結果義務であり、作為義務ではな い。すなわち、禁止命令に違反して結果を発生させた以上、何らかの防止行為をしたとしても、責任を負担すべき 96戻洋滋学
ものであって、ある防止行為をすることによって、結果のいかんを問わず責任を免れるものではない。原因行為が 特定されておれば、それをしないことのみによって、被告はその責任を免れる。仮りに結果の発生を防止できない ことがあったとしても、変わりはない。しかし、いくつかの防止行為があるが、その一つの履行では結果の発生が 防止できない場合に、不作為義務がその一つの防止行為を行うことに限局されるべき理由はない。被告が考えられ る限りのあらゆる防止措置を主張すべきであり、それが主張自体理由がないと認められない限り、それについての 審理︵証拠調︶を行わざるをえない。もちろん実施可能で、結果の発生を防止しうる措置が明らかであるのに、被 告がそれを行わない場合には、原告からその措置をとるべきことを求めることは、被告に結果の発生を防止すべき 義務があるのであるから、当然許されるが、それは抽象的不作為義務の履行請求ではなく、具体的作為義務の履行 請求となる︵富越・前掲︵8と〇三頁︶。そしてこのような場合において被告がその措置をとっていること︵可能 な措置があることを主張するのみでは足りない。︶を主張・立証するなら、原告の抽象的不作為請求は、被告の発 出する騒音が受忍限度内のものとして排斥されることもありうる。執行段階において、将来のための適当な処分と して、原告が騒音防止設備の設置の授権決定を求める場合には、これによって原告について代替執行の権限が発生 するのであるから、不作為請求とは訴訟物を異にする。原告が騒音防止設備を特定し、それが適切な防止効果を備 えていることを主張すべきであるが︵山本・注解強制執行法㈲一五九頁、富越・前掲︵8︶九三頁︶、本案訴訟との 間に原告の主張・立証責任上矛盾があるとはいえない。抽象的差止判決を求める本案訴訟においては、もともと原 告はそこまでの主張・立証責任は要求されていないし、そこでは既に設置された設備についての審理判断が受忍限 度の関係でなされるのに対して、授権決定手続では、これからとられるべき設備についての審理判断がなされるの であるから、審理の重複は起りえない。 ︵18︶ A所有地上にBが建物を不法に所有して同土地を占有している場合、通常提起される訴訟は、建物収去土地明渡 請求訴訟であり、その請求の趣旨は、建物を収去して土地を明け渡すことを掲記し、被告のなすべき行為を特定し ている。この場合のAの主張の構成としては、所有権に基づく妨害排除請求権であり、BはAに対してAの所有地 97御蒙磁差丑翔拠の撹行 の使用収益を妨害してはならない義務を負うとするのである。そうであれば、AはBに対して土地の使用収益の妨 害をしてはならないとの抽象的不作為命令を求めるか、せいぜい土地明渡請求を求めることは許されないであろ うか、という疑間が生じうる。たしかにAが実体法上そのような請求権を有していることは否定できない。しか し、現にBの建物が存在し、Bの収去義務が代替性を有するものであり、民事執行法にはこれに相応する執行手続 が設けられている。このような場合には、抽象的不作為命令を求め、あらためて具体的な授権決定を受けて代替執 行に出るということは迂遠であり、適切な法的手続が与えられているにも拘らず、これを利用しないで、不要な法 的手続をとることは、権利保護の利益を欠くものといわざるをえない。実体法上の請求権があっても、執行手続に かんがみ、訴として不適切であり、訴訟要件を欠くものとなる。 騒音被害の場合と対比して考えられるのは、Bがこれから建物を建築することによってAの土地使用を妨害す るおそれのある場合であろう。この場合には、Aとしては、収去を求めるべき建物を知りえないのであるから、B が本件土地上に建物を建築してはならない旨の判決を求めざるをえないことになろう。このようなときは、そもそ も収去を求める建物を特定することが不可能な場合であるからである。この請求に対する認容判決が確定した後、 Bが建物を建築した場合には、Aとしてはその収去命令を求めることになるが、Aは、特定の建物が本案の口頭弁 論終結後に本件土地上に建築されたことを主張すれば足り、再度この建物収去土地明渡請求訴訟を提起しなけれ ばならないものとする理由はない。Aが土地所有権を喪失し、あるいは、Bが本件土地の占有正権原を取得し、こ れを原因とする請求異議訴訟により、前判決の執行力を排除しない以上、Bが仮りに再度建物を建築すれば、Aは これに対する収去命令を得ることができる。騒音の場合との相違点は、禁止されるBの妨害行為がより容易に特定 されうることである。騒音被害の場合には、Bの騒音発生以外には侵害行為はない。そして依然として騒音発生行 為を続行するならば、Aとしては、間接強制によるか、騒音排除の一手段として騒音防止設備の設置を求めること になる。 ︵19︶ 受忍限度は一般条項であり、法的評価概念を要件とするものであって、事実概念を要件とするものではないか 98
萸洋芸学
︵20︶ ︵21︶ ら、直接の証明主題はなく、法的価値評価の基礎となる諸般の事情を主張・立証すべきこととなる。どのような事 情がこれに該当するかは、裁判例の蓄積にまつほかはないが、裁判例・学説において指摘する事項は次のようなも のである.①被害の程度 被害の態様は多様であり、人の生命、健康等に重大な悪影響を及ぼす場合には、他の要 素は問題にならないことがあろう。事案によっては、被害の程度をどのような方法で示すか、被害の発生が将来の ものである場合には、現在の科学知識では定説を見ないなど主張・立証が困難である上、立証することができて も、どの程度に達した場合に差止めが許されるかが必ずしも明白ではないという問題がある。②地域性 たとえ ば、日照阻害の場合に建物の規模、構造、用途等から、その建物が所在地域の特性に応じた受忍限度の差異が考慮 されるべきである。③先住性 通常は被害者が先住する場合が多いが、加害者側が先住し、被害者がその状況を認 識しながら居住したような場合には、受忍限度が高まることになろう。④取締法規の遵守 公法的規制の中でも、 当該侵害行為と密接な関連をもつものとそうでないものがあるし、公法的規制と私益の保護とが必ずしもマッチ しない場合があるから、公法的規制を遵守しているかどうかが受忍限度の判断の有力な資料であることは否定で きないにしても、なお細密な検討を必要とすることもある.⑤損害回避可能性 加害者側と被害者側との双方の回 避可能性が問題となる。被害者側のそれの存在は受忍限度を高め、加害者側のそれの存在は受忍限度を低める方向 に作用する。⑥加害者側の害意 加害者側の害意が認められる場合はたやすく違法性が認められる。反面加害者側 の適切な配慮の存在は差止めの許可に影響しよう。加害者側で被害者側の事前の了解を得るために努力し、被害の 除去に最善の設備を整える等の態度は、受忍限度を高める方向に作用する。⑦加害行為の社会的価値及び必要性 決定的要素ではないが、これを充足する場合には受忍限度を高める方向に働くことがある。⑧差止めによる加害者 の損害 付随的要素としてではあるが、考慮すべき一要素ではあろう。 中野﹁執行力の範囲﹂︵民事手続の現在問題︶二九一頁、︵山木戸還暦記念・実体法と手続法の交錯下︶三一九頁 ︵原題﹁執行力の客観的範囲﹂︶。 具体的防音設備設置請求訴訟の訴訟物ないしその判決の既判力についてみると、訴訟物は防音設備設置請求権 99御家磁差■翔決の薪行
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︵24︶ ︵25︶ であろう。それは、騒音到達禁止請求権という不作為請求権から派生すると考えられるが、理論的にそのようにい うことができるとしても、実定法的請求権としては、その発生原因を規定する実体法規に待つ必要がある。それに は民法四一四条三項の﹁将来のための適当な処分﹂が該当するものと考えられる。抽象的不作為請求権と具体的防 音設備設置請求権との関係は、後者についての本案判決の効力は前者には及ばない。前者についても既判力を生じ させるためには、前者自体について別訴を提起するか、中間確認訴訟を提起せざるをえない。また後者についてい ったん提起した防音設備設置請求が棄却された場合には、その判決の既判力は何について生ずるのであろうか。設 備については、設置位置、規模、構造、材質等を特定することが必要であるとするなら、その一部が不適合であれ ば、請求は理由がないことになり、反面その一部を変更することにより再訴が可能ということになる。 反対に、制裁金の額いかんによっては、被告にとって耐え難い場合が生ずる可能性もないわけではない。 竹下・前掲︵2︶︵立教法学︶八∼九頁、︵判例タイムズ︶三五ー七頁、山木戸・前掲︵2︶二一三頁、松浦・前掲 ︵2︶二八四∼五頁、林屋・前掲︵2︶六八二頁、住吉博﹁執行力の意義と範囲﹂︵講座民事訴訟⑥︶≡二七頁。中島・ 前掲︵2と〇一∼二頁参照。 将来のための適当な処分を命ずる作為決定をし、更にその代替執行をなすべきであるとする考え方がある︵竹 下・前掲︵2︶︵立教法学︶九頁、一〇頁注︵18︶︶。 もう一つの方向として、思いつきの範囲を出ないが、転換執行文によることが考えられるのではなかろうか。騒 音防止義務と騒音防止設備設置義務とは別個の訴訟物であるから、前者についての判決︵騒音差止判決︶が、後者 自体について既判力を生ずるものではないが、執行力については別個に考える余地がある︵拙稿﹁執行力の客観的 範囲試論﹂東洋法学三八巻一号八︸頁以下参照︶。そしてこの方向の利点は、執行文付与の審理が訴訟︵執行文付 与の訴︶によりうることである。訴訟を提起しなければならない点においては、別訴によらなければならないとす る考え方と径庭がないとする見方に対しては、それは執行文付与の訴の存在価値を否定することに通ずるから、採 りえないというべきである。 100庚洋滋学
︵26︶ ︵27︶ 松本・前掲︵2︶三五頁、山口・前掲︵2︶五九ー六〇頁、東・前掲︵2︶二五四∼五、二五九頁、富越・前掲︵8︶九 二頁、浦野雄幸・条解民事執行法七四六頁、同・基本法コンメンタール民事執行法四四五頁︵小林昭彦︶。なお、 田頭・前掲︵7︶一九七頁参照。 抽象的差止判決の授権決定のための要件として、被告に要求される侵害防除措置の具体的内容が既に原告の得 た判決中に事実上盛り込まれている場合に限る、すなわち、①技術上の通念に従い客観的に限定されているとき、 ②訴訟において侵害の違法性ないし受忍限度等の判断に関連して被告のなすべき防除措置の内容・程度が具体的 に主張・立証されているときに限る、とする考え方︵中野・前掲︵2︶︵新実務民訴講座︶四八二頁。佐藤・前掲︵2︶ 二五六頁も同趣旨か。︶がある。しかし、そのような場合には、授権決定においてもその方法しかとれないことに なるであろうから、抽象的差止請求をさせ、認容判決の確定したのちあらためて授権決定を求めることは迂遠であ り、場合によっては同様な審理を二度くり返すことにもなるおそれがあるので、むしろ端的にそのような措置をと るべきことを求める作為請求をさせるのが相当であろう。そうだとするならば、抽象的差止請求を認める訴の利益 を欠くことになる。その結果、抽象的差止請求を認めうる場合が極めて少なくなるのではなかろうか。 更に、この考え方を進めて、判決手続を二段階とする二段階裁判手続説が提唱されている︵川嶋﹁差止訴訟にお ける強制執行の意義と役割﹂ジュリスト九七一号二六一了三頁、同・前掲︵2︶七四頁︶。すなわち、まず第一段階 として、原因判決的な﹁権利侵害判決﹂︵確認判決︶を一部判決︵民訴一八三条︶として言い渡し、権利侵害の有 無を迅速に確定する。次に第二段階として、﹁権利侵害判決﹂内容の示唆に基づき、その判断の枠内で、両当事者 の主体的関与の下に、﹁救済形成判決﹂︵給付判決︶を残部判決として言い渡すが、その主文としては、執行手続を 配慮し、まず基本的な抽象的差止命令を記載した上で、次に例示列挙的に具体的救済方法︵具体的作為・不作為の 措置︶を記載する形式が妥当であるとし、その例示として﹁被告は、原告の居住敷地内に大気汚染物質ーを∼田以 上侵入させてはならない。被告は、この目的を達成するために、排煙浄化装置の設置その他適切な措置を実施しな ければならない。﹂を挙げる。この程度の主文では、審理を二段階とすることの効果がそれ程窺われないし、執行 101緻幻豊翔決‘り薪万=