要 旨 大根 なる 野菜 は、 古来 、 日本 の 食材 の 主座 を 占 めて 今日 に 至 る。 特 に 冬季収穫 が 可能 で あった 為救荒作物 と して の 存在意味 が 大 で あった。 大根 は、 間引 き 菜 の 段階 から 食材 とさ れ 、 成長 して は 薬味 ・ 煮物 ・ 妻等 とし て 供 され、 別 して 各地 で 漬物 と して 食 されて 来 た。 さ ら に 子日祭 をはじめ とし て 、 大根 が 供進 され る 祭 も 行事 も 催 されて 来 た。 故 に 大根 は 風 俗文化 の 華 の 一 つ で ある。 大根 は、 日本中 に 於 いて 栽培 さ れ て いるし 外国 の 種 も 移入 されて い る 。 日本各地 で 栽培 されて 品種 は 極 めて 多様 であ る 。 多様 であ る が 実 は 交雑 の 結果 とし ての 多様性 で あり 、その 中 で 伝統野菜 と 呼 ばれ るも のが ある 。 女子大國 お 第百六十号 平成二十九年一月三十一日
大
根
の
弁
八
木
意
知
男
各都道府県 の 基準 に 於 いて 長 い 生産 と 地域生活 の 歴史 が 確認 され る 野菜 で あ るが 、しかし 、 古 く 江戸期 から 同 一品種 とは 限 らない。 大根 は、 夫婦和合 ( 特 に 二股大根 ) ・ 子孫繁栄 の 象徴 とさ れる 。 為 に、 結婚式料理 にも 重用 されて 来 た。 拙稿 「 資料紹介 『 婚姻献立帳 』 ( 明治廿六年 ) 」 ( 『 女子大國文 』 誌第百五十九号 )に 見 た 結婚式料理 も 大根 を 主役 の 一 つ と し て いる。しかし、 今日 これを 思 う 人 は 少 ない。 彼此 れ 考 え、 『 古事類苑 』や 『 広文庫 』に 引 かれて い な い 資料 を 中心 に 大根 を 紹介 する 。 キーワード 大根 薬種 救荒作物 大根 の 咒 はじめに 日本 の 生活 と 深 く 結 びつい て 来 た 野菜 の 一 つに 「 大根 」が ある。 大根 は、 古代 エジプトで 栽培 されて い たと 謂 われ、 ヨーロッパ 系 と 中国系 そし て 日本系 とが 存 す る と さ れて いる。 日本 では 全野菜中 で 最 も 多量 に 生産 され るが 、 そ れ は 日本 の 風土 と 大根 なる 野菜 との 適応 があり 、また 一 ヶ 年中 ど こか で 生産可能 な 様 に 品種開発 が 行 われ て 来 た 結果 であ る 。 す な わ ち 、 日本全国 の 人々 が 食材 とし て 大根 を 欲 した 成 果 とい わね ば な らない 。
大根 の 弁 大根 は、 大方 の 日本人 が 承知 の 如 く、 葉 の 部分 も 根 の 部分 も 全草 を 食材 と し 、しかも 生食 ・ 煮食 ・ 漬物 ・ 乾物 と 多 様 に 展開 が 可能 な 食材 とし て 米飯 と 共 に 歩 んで 来 たの で ある。 本稿 では 、 こ の 大根 の 風俗文化史的役割 ・ 位相 につい て 若干 を 纏 めて お く 。 「 鹿 を 追 う 狩師 」にならぬための 方策 で ある。 決 して 農業論 で は ないし、 食材論 ・ 調理論 を 述 べる もの ではない。 一 名称 通常 、 今日 では 「 大 ダイ 根 コン 」と 呼 びならわす 野菜 を 古 くからこ の 名 で 呼 んで い た と は 限 らない 。 例 えば、 『 仁徳紀 』 三十 年十一月二日条 ( 岩波日本古典文学大系 による)には 菟藝泥赴 、 揶摩之呂謎能 、 許久波茂知 、 于智辭於朋泥 8 8 8 、 佐和佐和珥 、 儺餓伊幣齋虛會 、 于知和多須 、 椰餓波曳儺須 、 企以利摩 韋 區例 ( 歌謡 57) つぎねふ 、 や ましろめの 、 こ く はも ち 、 う ち しおほね 8 8 8 、 さ わさ わに 、 な が い へ せ こそ 、 う ち わた す 、 や が は え なす 、 き いりまゐく れ 、 菟藝泥赴 、 夜莽之呂謎能 、 許久波茂知 、 于智辭於朋泥 8 8 8 、 泥士漏能 、 辭漏多娜武枳 、 摩箇儒鷄麼虛會 、 辭羅儒等茂 伊波梅 ( 歌謡 58) つぎふね 、 や ましろめの 、 こ く はも ち 、 う ち しおほね 8 8 8 、ねじろ の 、 しろ ただむき 、まかずけばこ そ 、 しらずと もい はめ と あ るが、 こ の 「 於朋泥 (おほね) 」は 大根 の 事 と 言 い 慣 わし てい る 。 当該歌謡 は『 仁徳記 』にも 認 められ 、 和語 「お ほね 」に 漢字 「 大根 」が 充 て ら れて 「ダイコン」 名 が 成立 して 行 った と 考 えられ る 。
大坂渋川清右衛門版 『 和名類聚抄 』 「 園菜類第二百二十八 」には 次 の〈 図 1〉の 如 くある。 〈 図 1〉 渋川版 『 和名類聚抄 』 「ヲホネ」 条 ここ に 知 られ 得 るとこ ろ は、 「 葍 」 ( 『 爾雅集注 』 ) ・ 「 莱 菔 」 ( 『 兼名苑 』 ) 等 と 漢字表記 されて い る 菜類 は「 和名 を 於 ヲ 保 ホ 祢 ネ と 称 し、 俗 に 大根 と 記 され る 」 も の だと 言 う こ とで ある。 屋代弘賢 『 古今要覧稿 』は 、 こ れを よく 拾 っ て いる。 なお 、 儒医益軒貝原篤信 『 養生訓 』は 「 蘿蔔 」を 用 いて い る こ と、 お よ び 『 本草和名 』で は 漢名 の 別称 が 掲 げられ てい る 点 をふれて おく。 二 大根 の 種類 と 主生産地 越谷吾山編 『 物類称呼 』 ( 安永四年刊 )は 萊 䡅 だい こ ん ○ は だの 大根 相州波多野 ノ 名産也 江戸 にて ◦ はだなと 云是也 これ 転 語也 京 にて ◦ ながね 大根 と 云 大坂天満 にて ◦ ほそね 大根 とい ふ 又 宮 の 前 の 大根 と 云 河州守口 にて 是 を もつ て 粕漬 とす 西国 にて ◦小大根 と 云 はだの 大根 は 小大根 よりはすこ し 大也 又畿内
大根 の 弁 にて ◦ なかぬ き 大 こん とい ふ を 江戸 にて ◦ をろぬ き 大 こん と 云 と いい、 『 物類称呼 』が ここ に 掲 げ て いるものは はだの 大根 宮 の 前 の 大根 小大根 なかぬ き 大 こん で あ る。 「な かぬき 大 こん = を ろぬ き 大 こん 」 は 、 間引 きで あり 抜 き 菜 であ る 故 、 江戸 あるいは 近郊 でも 生産 され たと 思量 され るが 、 他 はいかが で あったろうか。 「はだ の 大根 ( 秦野大根 ) 」 は 相模秦野 に 生産 され たも ので 江戸生産 では ない 。 江戸 に 流通 し て いた と 考 えられ る 。 「 宮 の 前 の 大根 」は 世 に「 守口大根 」と 謂 われる も の で 、 大阪守口 が 発祥地 とさ れる 。 現在 の 守口大根生産地 は 岐阜県各 務原市及 び 愛知県扶桑町 あたり で ある。つまり、 生産地 が 移動 し て いる こと になる。 江戸 を 主産地 とす る 大根 には 、 練馬大根 ・ 大蔵大根 ・ 亀戸大根 (おかめ 大根 ) 等 が 著名 で ある 。しかし 、 練馬大根 は 尾張方領大根 を 栽培 した 結果 であ り 、 亀戸大根 は 関西 の 四十日大根 の 栽培結果 、 大蔵大根 は 源内 つまり 大根 がル ー ツ で ある とさ れる。 これらは 皆所謂 「 白 くび 大根 」 で ある。 「 青 くび 大根 」の ル ー ツ は 尾張 「 宮重大根 」 と さ れ て いる。 因 みに、 椿園佐藤信淵 『 艸木六部耕種法 』 ( 文政十二年稿成 、 活字化 は 明治七年 )には 次 の 如 くある。 萊 菔 は 種類 の 甚 た 多 き 者 にて 、 先 つ 世 に 名 の 高 き 者 には 揚 さん 花 くわつ 萊 だい 菔 こん 、 沙 からみ 蘿 だい 蔔 こん 、 夏 なつ 萊 だい 菔 こん 、 水 はたな 蘿 だい 蔔 こん 、 花 すいくわ 萊 だい 菔 こん 、 菁 あを 蘿 だい 蔔 こん 、 紫 むらさき 萊 だい 菔 こん 、 紅 あ 皮 か 蘿 だい 蔔 こん 、 地 ち 酥 だいこん 、 河 お 朔 ほ 萊 だい 菔 こん 等 あり 、 其 の 他尚 ほ 多 し、 宮 みや 繁 しげ 大 だい 根 こん 、 練 ねり 馬 ま 大 だい 根 こん 等 の 如 きは 河 お 朔 ほ 蘿 だい 蔔 こん の 類 なり、 萊 だい 蔔 こん は 蔬 やさい 菜 サイノモノ の 中 に 於 て 世上 の 有用最 も 多 く 五穀 に 劣 をとら ざる 必 ひつじゆ 需 ナクテカナハヌ の 物 たり、 故 に 此 の 物饒 たく 多 さん なる ときは 他 の 諸菜 は 無 しと 雖 ども 事足 り、 此 の 物不足 なる ときは 五穀 の 凶 ふ 荒 さく と 異 なる こと 無 く、 頗 る 人世 の 禍 わざ 害 はひ なり 、 且 つ 饑 き 饉 きん 流行 の 時 には 此 の 物 の 飢 うゑ を 救 すく ふこと 他 の 諸菜 の 及 ぶべき 所 に 非 ず、 宜 く 多 く 作 るべ し、
○ 『 艸本六部耕種法 』は 『 農業全書 』に 備 う 本 もある が 、 ここで は 明治二十七年三月 に 文魁堂 より 初発行 され た 活版 の 第六版 ( 明治三十四年九月 )を 使用 。ただし 、 漢字 は 原則 とし て 現代 通行字体 に 改 め、 句点 を 私 に 加 えた。ルビはそのまま と した。 大根 は 日本各地 で 栽培 され、 交雑 を 繰 り 返 えし て 現在 に 至 る。 白 くび 系冬大根 が 中心 で あったが 青 くび 系冬大根 に とっ て 替 わられ た。しかし、 現今 の 道 の 駅 ブー ム 等 に 依 って 白 くび 系冬大根 が 息 を 吹 き 返 して 来 て も いる。 なお、 こ こ に 『 毛吹草 』 ( 寛文二年板 ) 及 び『 和 漢 三才図会 』 ( 文政七年板 )に 見 える 大根 を 表示 し て おく。 〈 表 〉 大根特産一覧 ( 『 毛吹草 』 『 三才図会 』 )
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毛吹草 和 漢 三才図会 山城 蓮台野 大根 田大根 蓮台野 大根 田大根 近江 志賀山中大根 大根 志賀 摂津 天満宮前大根 三嶋江大根 勝 テ 太 シ 雑煮 ニ 用 ユ 蘿蔔 都倉 細蘿蔔 天満 相模 鼠大根 鼠 ノ 手 ニ 似 リト 云 秦野野大根 大根 秦野 に 自 然 に 生 ず 鼠大根 鎌倉 の 辺 より 出 づ、 形鼠 の 尾 に 似 たり 尾張 大根 同于大根 大根 宮茂村及 び 木曽 の 大 根甚 だ 大 にし て 長 し 肥後 久保田野大根 野大根 久保田大根 の 弁 また、 『 日本山海名物図会 』 ( 寛政九年版 ) 第二巻 では、 尾張大根 大根甚 だ 大 きに し て 風味 かろ く 、 大上品 なり 。 日本 にて 大根 の 第一 なる べし 。 江戸 ねりま 大根 、 大 きさ 尾張大根 にお とらず 。 しか れども 、 風味 は 尾張 よりもはるかにお とれ り 。 江州伊吹大根 、また 名物 なり 。 尾 張大根 にお とらず。 摂州倉橋 ・ 江口 ・ 木津等 より 出 る 大根 、また 名物 なり。 と あり、 文化十年 の『 五畿内産物図会 』で は 摂津 │ 天満干大根 宮前大根 が 挙 げられて ある。 因 みに 、 京 の 台所 を 支 えた 滋賀県下 には 、 現在 ( 平成二十八年 ) 「 山田 ねずみ 大根 」 ( 草津市北山田地区産 )と「 伊 吹大根 」 ( 米原市伊吹地区産 )が 伝統野菜 に 認定 され た 大根 とし て 栽培 されて い る 。 どち ら も 冬季収穫 のも の で ある 。 山田 ねずみ 大根 は 某所 から 味噌漬 に、 伊吹大根 は 蕎麦 の 薬味 とし て 著名 。 また、 東方籌著 『 非常食糧 の 研究 』 ( 昭和十七年 、 東洋書館 )は 第五章第一節 「 凶災 の 初 めに 毛替 すべ き 事 」に ○ 大根 、 蕪菁 、 牛蒡 の 三種 は 期節 の 如何 を 問 はず 作毛空 しき 畑 、 桑園 の 畝間或 は 畑地 なけれ ば 早稲 の 跡作 、 若 く は 秋作 の 畝間 にて も、 若 くは 山林原野 を 掘返 して も、 多量 に 蒔 き 付 け 置 くを よ しと す る 。 生 へし 時 より 間 びきて 用 ゐ、 長 ずるに 従 ひ 食 に 加 えて 粮 かて の 補 ひとなる べく、 又其根 の 残 りたるもの 其実 の 散乱 せる もの は 翌年 に 栄 え、 「か て 物 」の 用 を 為 し、 後 ちに は 自然生 となる で あ ら う 。 貝原益軒曰 く「 菁 かぶ 、 菜 な 、 大 だい 根 こん の 種 は 多 く 貯 へ 置 きて 春雪 の 消 ゆるに 随 ひ 蒔 いて 用 ゆべ し」と 。 ( 漢字 を 現在通行字体 に 改 めた)
三 薬種 としての 大根 文化三年 ( 一八 〇 六 ) 二月 に、 蘭山小野職博 が 審定 した 孫 の 小野士徳 の『 飲膳摘要 』が 出版 さ れ た。 ここ には ダイコン 萊 菔 、 根辛甘 、 葉辛苦温 、 共 ニ 毒 ナシ 、 生食 スレ バ 気 ヲ 升 ス、 熟食 スレ バ 気 ヲ 下 ス 禁忌 地黄 、 何首 烏 ヲ 服 スル 人食 ベカ ラ ズ と あ り、 「 諸病禁物 」 条 には 吐 ト 血 ケツ ・ 口 クチ 舌 シタノ 病 ヤマヒ ・ 金 キン 瘡 ソウ 折傷 ・ 泄痢等 の 病 には 禁物 とし て 録 して い る 。 上 の『 飲膳摘要 』 中 の 地黄 との 合食禁 は、 『 拾芥抄 』 養生部第三十九 「 合食禁 」に 萊 ライ 菔 フク 地黄 と 見 える と こ ろ で ある 。 こ れは 、 『 和歌食物本草 』 ( 寛永七年刊成 )で も 同 じと 思 われる 。 故 に 而愠斎山岡元隣 『 食物 和歌本草増補 』 ( 寛文七年刊 ) 巻一 により 和歌部分 のみ を 引 い て おく。 ① だい こ ん は 甘 く 温 うん なり 又 から く 飽 ばう 食 しよく を 消 け し 痰 たん 癖 へき を 去 ② だい こ ん を 血 をはく 人 にも ち ゆへし 中 を あた ゝ め ふ そくお きなふ ③ だい こ ん は 人 をこや し てす く や かにはだへ こ まかにいろ 白 くす る ④ たい こ ん を よく す り て こき しる を 取 かはきや ま ひ に こ れを のませよ ⑤ たい こ ん はとうふ の 毒 をけしに けり 又 はす はぶきとむ る も の な り ⑥ たい こ ん は 酒 しゆ 毒 どく を さまし 邪 じや 気 き を 去 さり 大小便 べん も 利 する もの 也 7たい こ ん はう ち 身 やけどの 薬也生 にくくた き 汁 しる を つくへし 8たい こ ん は 煮 ても 生 なま でも 薬也脾 ひ 腎 じん の 虚 きよ 熱 ねつ よくさま す 也
大根 の 弁 9たい こ ん を 精 せい のも る ゝ に 嫌 きらふ へし 自 じ 汗 かん いばりのしけき にもい む 10たい こ ん は 痰 たん のかたまり 気 を くたしの と のかはくに これを 用 る 11たい こ ん は 汁 しる さいにし て 食 すへ し 脾 ひ 胃 い の 薬 そ 百 ひやく 病 びよう を 治 す 12たい こ ん 汁 じう 肺 はい 気 き うるほしよく 下 す 多 おほく 食 しよく する 栄 えい 渋 しう の 剤 13たい こ ん をやけばくし 也脾 ひ 胃 ゐ に むねふ さかり て 食 のなら ぬ に 14焼やき 大 だい 根 こん 諸 しよ 病 びやう に 薬用 ゆへし 煮 に たるは 猶 もく すり 成 けり 15たい こ んの 汁 しる 甘 あま 辛 からし 風 を 引 はなふ さかり て 頭 かしら いた む に 16たい こ んの 汁 は 諸 しよ 毒 どく をけすな れはそば むき 切 の 汁 しる にまず ⑰ たい こ んの 実 み を 能 (よく) すり て 用 れは 風痰 たん 吐 はか せ 喘 ぜん 息 そく を 治 ぢ す ⑱ たい こ んの 実 をす り 麝 じや 香 かう 少入久 しき 頭 づ 風 ふう のはな に 入 へし ○ 右 の 中 、 通 し 番号 を○ で 囲 った 歌 は、 『 和歌食物本草 』を 出典 とす る 旨注記 がある 歌 で ある。 右 により 、 大根 が 蕎麦 ・ 豆腐 の 毒解 、 痰吐 きに 効用 ある と 考 えられて 来 たこ と は 明白 であ り 、 蕎麦 に 卸大根 が 添 え られ る 意味 も ここ にある。 四 『 咒咀調法記 』の 世界 薬種 とし ての 大根 は、 根 の 部位 は 卸 して 風邪薬 ・ 二日酔 ・ 打身 の 冷湿布 ・ 澱粉質 の 消化薬 とし 、 葉 の 部位 を 干 した もの は 入浴剤 にす ると 良 く 温 まる。 種 は 痰切 ・ 健胃 ・ 胆汁分泌促進 に 調合 され る 。
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そし て 、 これ 等薬種 とし ての 性質 を 拡散化 した ところに 咒咀 の 世界 の 一端 が 存 する 。 た だし 、 咒咀 の 世界 の 全体 を 見通 すこと は 不可能 であ る 故 、 手許 の 数種 の 調法記 に 限定 して 書中 から 大根 に 関 わる も の を 抜 いて 置 く。 1『 続咒咀調法記 』 ( 元禄十四年板 ) 2『 増補咒咀調法記大全 』 ( 安永十年板 ) 3『 新撰咒咀調法記大全 』 ( 天保十三年板 ) 4『 文政新刻 俗家重宝集 』 ( 文政七年板 ) 5『 常用奇法 俗家重宝集 』 ( 文政十年板 ) 6『 神霊 まじな い 秘法奧伝 』 ( 昭和十年 、 中村天陽著 ) 7『 非常食糧 の 研究 』 ( 昭和十七年 、 東方籌著 ) ○ 白 き 衣服 の 垢落 しには、 大根 の 煮汁 にて 洗 ふがよし( 『 続咒咀 』 ・ 『 増補咒咀 』 ) ○ 衣類 へ 血 の 付 きた る を 落 すに は、 大根 のしぼり 汁 にて 洗 ふて 妙 なり( 『 常用奇法 俗家重宝 』 ) ○ 鮑 をやはら かに 煮 くには、 大根 にて 小口 よりた ゝ き て 煮 るべし( 『 新撰咒咀 』 ) ○ 耳 だれ には 、 大根 のしぼり 汁 を 紙縒 りのさ き に 付 けて 入 れる と 治 す( 『 新撰咒咀 』 ) ○ 頭痛 を 治 すに は、 大根 のしぼり 汁 を 痛 む 方 の 鼻 の 穴 へさ す に 妙 なり( 『 文政新刻 俗家重宝 』 ) ○ 塩松茸 はや く 塩出 すに は 生大根 を 輪切 りにし て 松茸 と 一 ッに 水 に 浸 し 置 けば 即座 に 塩出 るなり( 『 常用 俗家重宝 』 ) ○ 大根 おろ しをき かせ る には 、 大根 を そのま ゝ 温灰 に 入 れ、 引 き 出 して 洗 ひ 、おろすべし( 『 常用 俗家重宝 』 ) ○ 歯 が 痛 む 時 、おろし 大根 を 痛 む 歯 と 頬 の 肉 との 間 に 入 れる と 治 す ○ 胆石 には 、 大根 のおろし 汁 が 利 くこ と 妙 なり
大根 の 弁 ○ 悪咀 には 、 大根 おろ しに 醤油 を 入 れ 熱湯 をさ し て 飲 むと よい ○ 暑気 あたりには、 大根 おろ しと 梅酢 を 飲 むと よい ○ 貧血 の 時 、 天 ぷら 蕎麦 に 大根 おろ しを 沢山 そえて 、 寝 る 前 に 食 すと 利 く ○ 風引 きに は、 大根 おろ しに 生姜 おろ しを 加 え 醤油 をま ぜ て 、 熱湯 をさ し て 飲 めば 利 く( 以上六 ヶ 条 、 『 神霊 まじな い 』 ) ○ 狂犬毒 には 三稜針 にて 傷口 の 周囲 を 刺 し、 血 を 出 し、 大根 のおろし 汁 にて 能 く 洗 い、 小便 をし か け 、 蝦蟇 の 皮 を 貼 り、 生姜 のしぼり 汁 を 飲 む ○ 牛馬 に 噛 まれ た 時 、 大根 のしぼり 汁 を 塗 ると よ い ○ 小麦 の 中毒 には 、 大根 のしぼり 汁 を 多 く 飲 むと よい ○ 蕎麦 の 中毒 には 、 大根 のしぼり 汁 を 飲 むと よい ○ 鰹 に 酔 たる 時 は、 大根 のしぼり 汁 を 飲 むと よい ○ 猪肉 の 中毒 には 、 生大根 を 噛 みて よ し ( 右六 ヶ 条 、 『 非常食糧 』 ) 右 の 如 きが 大根 の 有 する 力 を 信 じ て の「まじない」 例 で ある。 「まじない」 で ある 故 、 医学 ・ 薬学的 な 当否 とはイ コ ー ル で はない。しかし、 風俗文化 の 主要 な 構成点 と 考 え 一部分 を 紹介 し て おく。 五 信仰 と 大根 と 年中行事 大根 は、 多 くの 神社 が 葉付 で 神前 に 供進 して 来 た 。 あるいは 了徳寺 ( 鳴瀧 、 真宗 )や 大報寺 ( 千本釈迦堂 )を 代表 とす る 寺院 の「 大根煮 」も 著名 で ある 。しかし 、 実際 には より 強 く 結 びつい て 来 た 。 ここで は その 中 の 幾例 かを 挙 げ
て おく。 ア 子祭 十一月子日 、 大黒天 を 祭 る「 子祭 」が 催 され る 。 黒川道祐 『 日次紀事 』 ( 延宝四年刊 ) 十一月条 に ○ 銀座大黒屋尊 二 崇子祭 一 而持祝 レ 之家内宴遊間催狂言為大黒天授槌之戯 、 凡謂商此月子日子時祭 レ 之 、 蓋買売之間 取其利也 、 欲此鼠子之蕃息也 、 凡所供子之繕食毎品加 二 大豆 一 又供 二 両 投 (マヽ) 大根 一 、 大豆鼠之所 二 好食 一 也 、 両股大根俗 称 二 福莱 一 。 とあ る 。 子 の 月子 の 日 の 子祭 に、 大豆 と 大根 ( 特 に 二股大根 )が 供進 され た の で あ る 。 こ の 十一月子祭 に 対応 する の が 一月十日 の「 十日恵比寿 」 で ある。 『 住松葉大記 』 ( 梅園惟朝 、 元禄頃成 ) 巻第十一 「 神事部 」に 今日予家出 二 饗膳三前 一 板折敷備 二 粔籹 豆腐牛蒡大根穂俵鰯等 一 各居 二 築手 一 。 と ある。また、 『 同書 』 巻十二 「 供膳部 」には、 供菜渡方条 に 霜月御神事菜 大根 牛蒡同所 ( 神事雑司 ) 江 渡 と ある。 故 に、 恵比寿 ・ 大黒 の 祭事 には 大根 は 不可欠 な 存在 で あったの で ある。 イ 正月元日 『 蔵玉集 』 ( 室町期成 、 『 新編国歌大観 』 所収本使用 )に 次 の 如 くある。 春 大根 加賀御草
大根 の 弁 年貞記 一 さき 草 の 中 にもはやき か が み 草 やが て 御調 にそなへつるかな 正月朔日 、 大内 にて 餅 の 上 に 置 く 大根 なり 右 の 実体 は 良 くは 知 られ 得 ないの で あるが、あるいは 歯堅 のこ と か 。 『 住松葉大記 』 巻十四 「 供膳部十二 」に 正月朔日四社御供 筒御飯 、 御汁 蓮根 、 牛蒡 、 大根 、 蔓菁等入 二 筥子 一 、 御箸 、 御盃 、 薄餅 、 御酒 、 御草子 、 御鏡餅 、 御歯堅糖 、 大根 ニ 物共以紙巻 二 結其 本 一 盛 二 六寸 一 備 レ 之 御若水 、 神 明白散 ○ 右 、 大根 の 関 わる 部分 のみは 割注 を 残 したが 他 は 省略 した。 ○ 漢字 を 現在通行字体 に 改 めた。 以下同 じ。 と あり、また 同 じく「 菓物所 」 条 にも 正月朔日 四社御菓子御歯固 小神十五社御菓子 両官家子皆有 二 菓子 一 飴下行鳥目廿四文自 二 正祢宜 一 出 、 御歯固 大根自 二 供菜 一 受 二 取之 一 と 見 える。つまり、 大根 は 歯堅 ( 固 ) 具 とし て 扱 われて いるの で ある。 次 に、 住大社行事 の 直会等 における 大根 を 拾 って 置 けば 次 の 如 く な る。 た だ し『 住松葉大記 』に 依 る 故 、 元禄 期 となる。 正月四日 正官館有倭歌会 大根高盛 正月九日 弓習礼 焼大根醤 盛大根輪切並塩 正月十日 御狩 杯手盛大根 正月十一日 正印殿社僧転読大般若 杯手盛大根
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正月十三日 試膳酒 大根高盛 正月十六日 甘菜御供 御汁具大根 二月二日 神館参籠 雑煮具大根 酢合大根 二月四日 祈年御祭 御汁具大根 四月酉日 神官氏神祭 大根盛 四月申日 津守氏神祭 汁具大根 十二月八日 御読経所連歌倭歌会 汁具大根 向大根呉桃和醤 大根胡桃和醤 十二月十五日 神宮寺仏名会 汁具大根 大根蒟蒻白和醤 大根 鱛 右 を 参考 にす る 限 りに 於 て、 住社 では 冬大根 と 関 っ て いたし、 『 婚姻献立帳 』 ( 『 女子大國文 』 第百五十九号 に 紹介 ) が 大根 を 多 く 用 いて い る 点 とつ な が り が 存 する もの と 思量 され る 。 六 大根 の 食方 大根 の 食方 にそ れ 程多 くのものがある 訳 では ない 。 例 えば 鱠 (な ます 、 「 膾 」と 書 けば 肉類 、 「 鱠 」と 書 くは 魚類 そ の 他 と 説明 さ れ る) で あったり、 雑炊 や 粥 で あったり、 お で ん ・ 関東炊 で あったり す る。 生食 の 最 たる 品 は「 大根卸 し」 か。 『 徒然草 』 第六十八段 に 見 える 土大根 を 万 にいみじき 薬 とて 、 朝 ごと に 二 つづ ゝ 焼 きて 食 ひける 事 、 年久 しくなりぬ。 が、 普通事 では ない と 思 われる。
大根 の 弁 大根 の 漬物類 は 店前 に 並 ぶし 、 大根飯 の 類 は、 杉野権兵衛 『 名飯部類 』 ( 享和二年 )にある。また『 大根一式料理秘 密箱 』 ( 天明五年 )や『 諸国名産大根料理秘伝抄 』 ( 天明五年 )が 知 られて い る 。 ここで は 貝原益軒 『 養生訓 』を 採 り 上 げその 食方 ( 法 )の 一助 とす る。 岩波文庫本 を 使用 。 ○ 巻三 魚類 ・ 野菜 の 調理法条 蘿 だい 蔔 こん 、 胡 にん 蘿 じん 蔔 、 南 ぼ ふ ら 瓜 、 菘 う き な 根 など も 、 大 おおい に 厚 く 切 て 煮 たるは、つかえやす く 、 薄 く 切 て 煮 るべ し。 ○ 巻三 野菜 ・ 菌類 ・ 海草 の 調理法条 冬月蘿 ら 蔔 ふ をう すく 切 て、 生 ながら 日 に 乾 す。 ○ 巻三 香辛料 の 用 い 方条 生 しようが 薑 、 胡 こしよう 椒 、 山 さん 椒 しよう 、 紫 し 蘇 そ 、 生 なま 蘿 だい 蔔 こん 、 生 なま 葱 ひともじ など、 食 の 香気 を 助 け、 悪臭 を 去 り、 魚毒 を 去 り、 食気 をめ ぐ ら すた めに、 其食品 に 相宜 しき からき 物 を、 少 づつ 加 へて 毒 を 殺 すべし。 多 く 食 すべか ら ず。 辛 き 物多 けれ ば 気 をへ らし 、 上升 し、 血液 をか はか す。 ○ 巻四 大根 ・ 人参 ・ 芋 などを 胃弱者 に 与 える 調理法条 胃虚弱 の 人 は、 蘿 だい 蔔 こん 、 胡 にん 蘿 じ 蔔 ん 、 芋 いも 、 薯 やまのいも 蕷 、 牛蒡 など 、 う す く 切 りて よ く 煮 たる、 食 ふべし。 大 にあつく き りたる と 、 煮 てい ま だ 熟 せざる を 、 皆脾胃 をやぶる。 ○ 巻四 大根 は 野菜中 の 上々品条 蘿 ら 蔔 ふ は 菜中 の 上品也 。つねに 食 ふべし 。 葉 のこ はき を さ り 、 や は ら か な る 葉 と 根 と、 豆 み 豉 そ にて 煮熟 して 食 ふ。 脾 を 補 ひ 痰 を 去 り、 気 をめ ぐ ら す。 大根 の 生 しく 辛 きを 食 すれば、 気 へる。 然 ども 食滞 ある 時 は、 少食 して 害 なし。 ○ 巻四 豆腐 の 食 べ 方条
豆腐 には 毒 あり 、 気 をふ さぐ 。さ れども 新 しき を 煮 て、 飪 にえばな を 失 はざる 時 、 早 く 取 あげ 、 生 なま 萊 だい 菔 こん のおろしたる を 加 へ、 食 すれば 害 なし。 ○ 巻四 芋 ・く わ い・ 人参 など 甘 き 菜 の 食 べ 方条 萊 だい 菔 こん 、 菘 、 薯 やまのいも 蕷 、 芋 、 慈 く わ い 姑 、 胡 にん 蘿 じ 蔔 ん 、 南 ぼ ぶ ら 瓜 、 大 ひともじのしらね 葱 白 等 の 甘 き 菜 は、 大 に 切 て 煮食 すれば、 つかえて 気 をふ さぎ、 腹痛 す。 薄 く 切 べし。 或 は 辛 き 物 をく はへ 、 又物 により 酢 す を 少加 へるもよし。 ○ 巻四 鳥獣 の 肉 の 調理法条 鳥獣 のこ はき 肉 、 前日 より 豆 しよう 油 ゆ 及 び 豉 みそ 汁 しる を 以 て 煮 て、 其汁 を 用 て、 翌日再 び 煮 れば 、 大 に 切 たるも、 やはらかに なり て 味 よし。 蘿 だい 蔔 こん も 亦同 じ。 ○ 巻四 多 く 食 べて は な ら ぬ 物条 生 なま 萊 だい 菔 こん ( 列記中 の 他物 は 略 した) ○ 巻四 服薬中 には 食物 の 禁忌 がある 条 地黄 を 服 する に は 、 蘿 だい 蔔 こん ・ 蒜 にんにく ・ 葱 ひともじ の 三白 をい む。 ○ 漢字 は 現在通行字体 と した。 ○ふ り 仮字 を 略 した 部分 がある。 儒医貝原益軒 の『 養生訓 』は 、 孫 そん 思 し 邈 ばく の 養生 に 影響 を 受 けて 成立 し て いる 。しかし 、より 日本的 な 実情 に 合 わせ て 論 じられて いる 。 従 って、こ こ に 記 され た る 調理法 は 料理界 にも 多大 な 影響 を 与 えた 。 生大根 を 細 かく す る ことを 求 めて 千本切 が 発達 する が 如 きで ある。
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大根 の 弁 おわりに 大根 = 蘿蔔 は、 常 の 野菜 とし て 日本国中 で 食 さ れ る。しかも、 古代 から 現在 に 至 る 迄 、 食 され 続 け て いるの で ある。 大根 は 様々 な 日本 の 文化現象 と 密接不可分 な 存在 であ り 、 独特 な 存在感 を 保持 し 続 けた 。そし て 現在 もほ ぼ 同 じ 扱 いを 受 け 続 けて い る 。そこ に 大根 の 有 する すごさ が あ る 。 例 えば 「 ど 根性大根 」に 日本中 が 心温 められ た のは つい 昨 日 の 事 で ある。 「 大根 おろ しを 作 る 時 、 怒 って す れ ば 辛 くな り、 笑 って す れ ば 甘 くな る」などと い う 大根 への 接 し 方 は、 人間 と 大根 との つ な がり の 長 さを 思 わせる 事 であ る 。 大根 に 依 って 人間性 が 試 され ると 言 って も あ な が ち 穿 ち 過 ぎで も な いとこ ろに 文化史的 な 存在性 が 確認 され 得 るの で ある。 〔 追記 〕 旧十月十日 ( 十 と う か ん や 日夜 ) は 「 大根 の 年取 り」 と 全国的 に 称 され た 。 こ の 時期 に 大根 が 急 に 大 きく 育 ったの で ある。また 「 大 根曳 き」 の 様 は『 天保 年間 相川十二 ヶ 月 』 等 に 図 がある。 ( 本学名誉教授 )