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紹介 : 揖斐高著『コレクション日本歌人選 蕪村』

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Academic year: 2021

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─ 89 ─ 成蹊國文 第五十三号 (2020)   蕪村には不思議な魅力がある。蕪村の作品を思い浮かべる時、ま ず 胸 に よ ぎ る の は、 「 菜 の 花 や 月 は 東 に 日 は 西 に 」 句 の よ う な 優 し く明るい、軽快で優美な発句の数々である。それらは四季の移ろい の中に鮮やかに立ちのぼってくる。また蕪村には読者を幻想の物語 やおかしみ漂う怪異の世界に誘う句があり、さらに和漢の故事・詩 を髣髴とさせる句もある。様々な興趣に富む蕪村の句は、その魅力 が多方面にわたっており、豊饒な世界を象っている。豊かな多様性 を内包する作品群、それらは蕪村のどこから生まれ出てくるもので あろうか。   過日上梓された揖斐高氏による『蕪村   故郷を喪失した仮名書き の詩人』は、その疑問を解き明かし、他の近世の詩人や俳人とは明 らかに違う示唆に満ちた著作であり、豊かな蕪村文学に分け入る助 けとなるものと思われる。著者は蕪村の作品を特徴により六つの柱 を 立 て た。 す な わ ち「 Ⅰ   故 郷 喪 失 者 の 自 画 像 」「 Ⅱ   重 層 す る 時 空─嘱目と永遠」 「Ⅲ   画家の眼─叙景の構図と色彩」 「Ⅳ   文人精 神─風雅と隠逸への憧れ」 「Ⅴ   想像力の源泉─歴史・芝居・怪異」 「 Ⅵ   日 常 と 非 日 常 」 に 分 け ら れ た 発 句 の 特 徴 で あ る。 著 者 が 選 し た代表句が年代順に配列され、訳注が施され、正岡子規、荻原朔太 郎、中村草田男らの評価を交え、著者の漢和にわたる見識によって 新たな蕪村作品の全体像が示されたものである。   まず冒頭に配された「Ⅰ   故郷喪失者の自画像」は蕪村の全作品 の根底にある、深層にある心を捉える上で重要な柱である。著者は 安永六年の作品、俳体詩『春風馬堤曲』を掲げ、蕪村の尋常ではな い望郷の念の熾烈さについて読み解いていく。   『 春 風 馬 堤 曲 』 は 大 坂 の 奉 公 先 か ら 故 郷 の 家 に 帰 る 娘 に な り 代 わって、という虚構の道行に娘の心情を詠ずるものであるが、著者 によりいくつもの「虚構の設定の破綻」が指摘される。その破綻は 蕪村自身の母への強い思慕の情が引き起こしたものであることが文 脈から、また蕪村書簡から明かされる。しかも母の面影は蕪村の心 の中にのみ秘められ、故郷毛馬村を訪れてその面影を求めることは なかったであろうと著者は推測する。   そ し て『 春 風 馬 堤 曲 』 が、 「 懐 旧 の や る か た な き よ り う め き 出 た る 」( 書 簡 ) と い う 絶 望 的 な「 故 郷 喪 失 」 を 表 出 し た「 仮 託 の 自 画 像」として捉えられているのである。この章に紹介される「これき りに小道つきたり芹の中」と「花いばら故郷の路に似たるかな」は 春の日の穏やかな句と感じられるが、著者の注釈を読むと、その原 風景が郷愁を源泉とするものであることがひもとかれ、心にしみる。   「 Ⅱ   重 層 す る 時 空 ─ 嘱 目 と 永 遠 」 で は 現 在 眼 前 に あ る 嘱 目 の 風 景は、過ぎ去った時間や風景とが重層的に捉えられていることを指 摘する。そして著者の言葉「郷愁の質量」という心的エネルギーの

 

揖斐高著

コレクション日本歌人選

 

蕪村

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─ 90 ─ 藤井美保子 揖斐高著『コレクション日本歌人選 蕪村』 強さが「空間」と「時間」によって、重層する俳句表現を生み出し たとする。   春の海ひねもすのたり〳〵かな    几 いか 巾 のぼり きのふの空の有り 所 どころ    懐旧/遅き日のつもりて遠きむかし哉   「 春 の 海 」 句 は「 ま る で 無 限 の 時 間 で あ る か の よ う に、 一 日 中 の た り 〳〵 と 」 で あ る し、 「 い か の ぼ り 」 句 の「 き の ふ の 空 」 は「 き のふが遠い少年の日につながる、過ぎ去った日々を広く指し」と指 摘する。さらに中村草田男の「時間をその連続性においてとらえた 蕪村独特の句であり、懐かしさと同時に一種の物悲しい孤独感のよ うなものが感じられる」という評を取り上げている。さらに「遅き 日の」句において朔太郎の評「心の故郷にある追懐」に郷愁の主題 を見逃さない。   「Ⅲ   画家の眼─叙景の構図と色彩」   蕪村の句の特徴の一つに著者のいう「画家の眼」がある。画家が 蕪村の本業であり俳諧は余技・楽しみであったが、はからずも「画 家の眼」は蕪村の句に「構成や色彩の表現に生かされている」ので ある。着眼の鋭さ、構図の見事さ、繊細さもあって、この柱の秀句 は数多く、人口に膾炙している。    鴛 おしどり に美をつくしてや枯木立    不二一つうずみ残して若葉かな    牡丹散りて打ちかさなりぬ 二 に 三 さん 片 べん    菜の花や月は東に日は西に   「Ⅳ   文人精神─風雅と隠逸への憧れ」   幼少時蕪村がどのような教育を受けてきたか知るよしもないが、 本著から伺えるのは「十歳ころ後に狩野派の画家」となる人と交流 があったこと、青年期に漢詩に強い興味があって江戸にあったとき 服部南郭の漢詩講義を受けたこと、僧侶の姿となったことがあるこ と、などであるが、若いころから古典や文人に憧れる素地はあった と思われる。蕪村の没後上田秋成が「かながきの詩人西せり東風吹 いて」と追悼句を寄せたという。詩は当時漢詩を意味する。著者が 蕪村を「仮名書きの詩人」と標題に寄せる所以である。    鮎くれてよらで 過 すぎ 行 ゆく 夜 よ 半 わ の 門 もん が王子猷と戴安道の友情の故事を俳諧化したものであったり、 桐 きり 火 ひ 桶 おけ 無 む 弦 げん の 琴 きん の 撫 な で で ごゝろ   など桐の火桶から陶淵明を追慕する蕪村がいることなど、注釈者 がいなくては鑑賞できないものがある。   「Ⅴ   想像力の源泉─歴史・芝居・怪異」   著者は「蕪村俳句世界は多彩である」として題と実作を繋ぐ想像 力をあげる。過去の体験から生まれる虚構の情景の構想が蕪村の題 詠句の作句過程のおおよそではないかという推理である。    狩衣の袖の裏はふほたる哉    草枯て狐の飛脚通りけり    秋寒し藤太が 鏑 かぶら ひゞく時    古院月/鬼老て河原の院の月に泣ク    お手打ちの夫婦なりしを更衣

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─ 91 ─ 成蹊國文 第五十三号 (2020)   王朝趣味、狐狸譚、芝居、怪異。無論他の俳人にも想像力からう まれる句はある。しかし蕪村の場合、王朝の情景や、狐か人か鬼か という怪異や、歴史を素材とした句も好んで作る。しかしそれらは 奇を衒う、わざとらしい、ということは無く、朧げな寝物語や慕わ し い 人 情 味 の 希 求 が の ぞ く。 な ぜ な ら そ れ は「 昔 々 し き り に 思 う 」 という郷愁につながるものであるからであろう。   母の記憶が残る上方から江戸に下り、師巴人亡き後も友人に支え られながら関東を放浪した蕪村。孤独な故郷喪失者が生きていくこ とに向き合うことができたのは、糧となった画業と枯れない想像力 の源泉があったからではないかと思われる。   「Ⅵ   日常と非日常」   著 者 は 蕪 村 を「 望 郷 の 詩 人 」 と い う の み な ら ず、 「 故 郷 喪 失 者 」 という。この厳しく悲しい有様を著者はどうつきとめたのか。蕪村 の作品を六つの特徴をよりどころに読み進めてきた時、すべての章 の作品に通底する甘美なまでの望郷の念には、自らの意志で故郷と 断絶した蕪村の厳しい決意がある。   朔太郎は言う。 即ち彼のポエジイの実体は何だろうか。 一言でいえばそれは時間の遠い彼岸に実在している、彼の魂の 故郷に対する郷愁であり、昔々しきりに思う、子守唄の哀切な 思慕であった。実にこの一つのポエジイこそ彼の俳句のあらゆ る表現を一貫して読者の心に響いてくる音楽であり、詩的情感 の本質を成す実体なのだ。 (『郷愁の詩人   与謝蕪村』萩原朔太 郎』 )   しかしこの章において私たちは老いていく蕪村に幼なく若かった ころの不安な心持はかいまみられるものの、おだやかで秋の訪れを 噛みしめている姿を見ることができる。    古井戸や蚊に飛ぶ魚の音くらし    湯 ゆ 泉 の底に我足見ゆる今朝の秋    うつゝなきつまみごゝろの胡蝶かな ( 二 〇 一 九 年 一 月 二 五 日 発 行   四 六 判   一 〇 九 頁   一 三 〇 〇 円 + 税   笠間書院) ( ふじい・みほこ   平成二十四年度大学院博士後 期課程満期退学読売カルチャーセンター講師 ) ( ふ じ い・ み ほ こ   平 成 二 十 四 年 度 大 学 院 博 士 後 期 課 程 満 期 退 学 読売カルチャーセンター講師 )

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