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ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

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(1)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

芸術学教室 岡 は じ め に

1.シ

リーズの構成

2.個

別的観察

3.観

察のまとめ

4.伝

統 とのかかわ り

5.風

景描写の特質 そ五 ウ ィーンの美術史美術館 には ピーテル・ ブ リューゲルのための特別の一室がある。閉館 までの間, 室の中央 のソフ ァーに坐 って ブ リューゲル芸術 について想いをめ ぐらしていた時の ことを

,私

は今 で も折 にムれて思 い起す。 ここにはブ リューゲルの初期か ら晩期 までの佳作が十四点ほ ど飾 ってあ つて

,ま

ことに壮観 である。彼の絵画作品 は四十点 ほどしか残 つていないか ら

,こ

の美術館の蒐集 は質量 ともに群 を抜 いている。 と りわけ

,中

期 のす ぐれた風景画で

,一

般 に「月暦画」(Monatshid er)と総称 され る五点のシ リーズ作品中の三点 までが ここにある。 あとの二点 はニューヨークとプ ラハの美術館 にある。いずれ もブ リューゲルの円熟期の作品であるだけに

,熟

達 した表現技術 によ る雄渾 な自然把握や新 たな現象世界の創造の点 で

,画

家 の風景描写の極致 をなす ものである。美術 館のソファーに坐 りなが ら

,こ

のシ リーズ画 について 自分な りに考 えをまとめたい と思 いなが ら月 日が経 った。 本稿 において私 は一つの グループをなす ブ リューゲルの円熟期の風景画 を観察 し

,そ

れを通 して 16世紀 中葉 に生 きたこのネーデル ラン トの画家がいかに自然 とかかわ り

,ま

た自然 をどのよ うに捉 えたんゝを明 らかにしたい と思 う。 ブ リューゲルは寓喩画

,宗

教的歴史画

,農

民風俗画 な ど多岐の分野 にわたる絵画活動 をな してい るが

,ま

ずなによ りも自国の伝統的風景画 を集大成 した風景画家 であ つた。アン トウェルペ ンのサ ン・ ルカ組合に登録 され独立 した師匠 とな つた翌年 (1552年

)に ,彼

は当時の慣習 に従 って イタ リ 紘 部 結 ︼ ﹂ め じ は

(2)

岡 ア旅行 を試みている。南 フランスの リヨンを通 り

,ア

ルプスを越 えて ローマに赴 き

,

さらにナポ リ, シチ リア島 まで行 ってお り

,お

そ らくその翌年の1553年に西 アルプスを通 り帰国 したであろ うと推 測 され る。 この旅行中の1552年の作 であるブ リューゲルの もっとも初期の二点の素描 はいずれ も山 岳 を描 いた風景素描であ り

,翌

年の四点 ほ どの素描 もまたすべて 自然の情景描写である。帰国後 の 1555年頃にブ リューゲルは版画商 ヒエロニムス・ コ ック (HierottmuS COCk)と 契約 をな し

,コ

ック の版画店のために多 くの下絵素描 を制作 しは じめる。 この店か ら最初 に出販 されたブ リューゲルの 版画 はやは り風景画であって

,特

に十二点 の「大風景銅版画」 の シ リーズ (1555-57頃

)は

アル プ スの景観を含む雄大な自然をパノラマ風に描いている。それに続いて く大 きな魚は小 さな魚を食 う》 《学校のろば》(1556-57),「 七つの大罪」のシリーズ (1556-57),「 七つの徳」のシ リーズ (1559

-60)な

ど諺や寓話を扱った版画が出ている。その一方1559年か ら61年にかけて

,ア

ン トウェルペ ン周辺の村の情景を描いた「小風景銅版画」のシリーズが刊行 されている。初期の素描や版画を見 ると

,ま

ず風景描写か ら彼の作家活動が始まり

,次

に人間世界に眼を向けた諺や寓喩の表現に移 る が

,そ

の間にも断続的に風景描写が取上げられていることが判る。 そのことは本格的な油彩画の場合 も同様であ り

,油

彩画で扱われる主題は素描や版画の傾向 と併 行 している。ごく初期の風景画を列挙すれば,《テベ リアの海で使徒の前にあらわれたキ リス トのい る風景》(1553年個人蔵),《イカロスの墜落のある風景》(1555年頃

,ブ

リュッセル・王立美術館

),

《種まく人のたとえのある風景》(1557年

,ワ

シン トン 。国立画廊

)な

どがある。その後に 《ネーデ ルラン トの諺》(1559年

,ベ

ル リン・ ダーレム美術館),《カーニバルとレン トの戦い》(同年

,ウ

ィー ン・美術史美術館)と 諺や寓喩の表現が続 く。 もちろん風景画は引続 き描かれ

,例

えば中期の 《エ ジプ トヘの避難のある風景》(1563年・個人蔵

)は

,依

然 として先の50年代の初期風景画 ときわめて 類似 した構図や描写法を示 している。 ところでブリューゲルは1563年に師ピーテル・ クック(Pieter COeck)の娘マイケンと結婚 し

,ア

ン トウェルペンか らブリュッセルに居を移 した。ブリュッセル時代に入ると油彩画が制作の中心 と な り

,画

風は一段 と円熟 して彼の天才が遺憾な く発揮 されるようになる。ブリューゲルの代表作の 多 くが

,ブ

リュッセルに移ってよ り当地で1569年に瑕するまでの七年足 らずの間に集中しているの である。転居 して二年後の1565年に

,初

期よ り断続的に描かれて きた風景画の一頂点 をなす傑作が 生れる。それが本稿において取扱 う「月暦画」のシリーズであるわけだが

,私

はまず初めにシリー ズの構成について述べることにしたい。(1)

リ ー ズ の 構 成

今日一般に「月暦画」

(Monatsbilder)と

呼んでいるのは

,主

題 と様式の類似

,画

面の大 きさの一

(1)「月暦画」シリーズに関する特殊研究としては,次の二論文が挙げられる。

R ATovot嘲,Die Monatsblder Pieter Eruegels d A, Wien 1948

(3)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

致などの点から一つのグループとみなしうる次の五点の絵画作品の総称である。

(暗

い日》

(パ

ネル

,油

彩,サ インと年記

,BRVEGEL MDLXЧ

l18×163cm,ウ

ィーン・美術史美

術館

)

乾車づくり》

(パ

ネル

,油

,サ

イン

,年

記なし

,117×

161cm,プ ラハ 。国立画廊

) 《穀物の収穫》 (パネル

,油

,サ

インと年記

,BRVEGEL M.D.LXV.118×

160。

7cm,ニ

ューヨー ク・ メ トロポ リタン美術館) 《牛群 の帰還》 (パネル

,油

,サ

インと年記

,B耐

GEL MDLXV。

117×159cm,ウ ィーン・ 美 術史美術館) 《雪景 中の狩人》 (パネル

,油

,サ

インと年記

,BRVEGEL M.D.LXV.117X162伽

,ウ

ィーン・ 美術史美術館) これ らはブ リューゲルのパ トロンの一人 だった豪商 ニコラエス・ ヨンゲ リンクが

,ア

ン トウェル ペンにある彼 の邸宅のサ ロンを飾 るために注文 した作品である。現存す る五点の絵画 を順次に観察 す ると

,一

年の季節 の変遷 をおよそ辿 ることがで きるのでシ リーズ作品 とみな されるのだが

,散

供 した作品があって不完全 なシ リーズである。1566年 2月21日付の市の行政記録 によれば

,ヨ

ンゲ リ ンクはその時ブリューゲルの絵画作品を十六点所有 してお り

,そ

のなかには くバベルの塔》,《礫刑 場への行列》のほかに「十二箇月の図」んゞあった。この文書 はおそ らくヨンゲ リンクが「月暦画」 シリーズを受取って間 もな くの記録であろうか ら

,こ

の ときのシリーズの構成が散供 もなく完全な 形であったことはまず間違いない。 そこで問題になるのは

,

もともとこのシリーズ画は一カ月ずつを描いた十二枚で成立っていたの か

,そ

れともニカ月を一組にした六枚であ つたのか という厄介な疑間点である。これには研究者間 に議論が分れていて

,よ

うや くブリューゲル研究が盛んになった今 日といえども

,な

お決着をみて いない。この問題はむつか しく私 などの嘴を入れるところではないが,'と りあえず研究者の見解を 参照 してその要点を整理 しておこう。121 グロッスマンは1566年の ドキュメン トに注目し

,ヨ

ンゲ リンク所有の十六枚の絵のうち,も し「月 暦画」が六枚のシリーズであつたのな ら,《バベルの塔》《礫刑場への行列》の二点を除いて画題のな い絵がなお八点あることになる。そのことはこの文書にフランス・ フロリス(Frans moris)の絵の タイ トルが注意深 く記 されていることか らも考 えられないことだ

,と

十二枚説 を強 く主張 している。 イェ ドリッカも中世来の絵入暦の ミニアチュアの伝統に照 して六枚のシリーズは稀有であるとみて (2)シ リーズの構成に関 して逐一註を付すのは煩雑に過 ぎるので,以下一括 して研究書 を挙げるにとどめる。

lax J.Friedlよ nder,Pieter BI・ uegeL Bるrhn,1921

総 がみ

搬 緞 紹

:飢

線認 締ぱ ω付

Robert Genalle, Bruegel lancien,Paris, 1953

Fritz CxI・osSman■ ,The Paintillgs of BI・ uegel, London, 1955,1973

Wollgang Stechott Pieter Bruettl the Elder,New YOrk,1955 軸 tav Gluck,Peter Bl・ucghel the Elder,bndOn,1958

a比

謎 紐

,端

,怒

Ъ札

(4)

紘 部 十二枚説 をとる。 ジュナイユやステカウの意見 もまた同様 である。それに対 し

,六

枚説 をまず とな えたのは トルネである。 グ リュック

,デ

ルヴォヮがそれに続 き

,最

近 ではマ リエニ ッセンが六枚説 の立場 をとっている。中世の月塔 画の ミニアチュアにニカ月.を含 む例 がやは りあること

,十

二枚 あ った とすれば紛失 した絵が七点 に も上 るわけだが

,そ

れ らの下絵

,模

写 さえ残 っていないこと

,例

えば 《暗い日》な どにニ カ月にわたると思われるモテ ィーフが見出せ ること等々がその根拠である。 枚数 に関連 して派生す る問題 は

,現

存 の五点 の作品―がそれぞれ何月 (十二枚説の場合),または何 月 と何月 (六枚説の場合

)を

さすか とい うことだが

,こ

れ も異論!が多 くて統一的見解 を求 めること ができない。参考までにさまざまな意見を列挙すれば,《暗い日‐》については

,グ

ロッスマンとステ カウは二月

,フ

リー トレンダーは十二枚説に立って二月│と推測 している。トルネは二月 と二月

,グ

リュックは二月 と四月

,デ

ルヴォフは一月 と二月の表現 とみる。なおマ リエニッセンは五点の作品 すべてについてデルヴォフと同意見である。《乾草づ くり》については

,グ

ロッスマン

,ジ

ュナイユ, ステカウは七月,イ エ ドリッカは六月

,

トルネは六月 と七月, グリュックとデルヴォフは五月 と六 月の描写 とみる。(穀物の収穫》については

,グ

ロッスマン

,ジ

ュナイユ

,ス

テカヮは八月,イ エ ド リッカは七月

,

トルネは八月 と九月

,グ

リュックとデルヴォフは七月 と八月。《牛群の帰還

)に

つい ては

,グ

ロッスマンとイエ ドリッカは十一月か十月 と推定

,ど

ちらとも決めかねている。ステカウ は十一月 とみる。トルネは十月 と十一月, グリュックとデルヴォフは九月 と十月 とみなしている。 《雪景中の狩人》については

,グ

ロッスマンは一月 と解 し

,こ

の絵か らシ リーズは始 まるとみる。 イエ ドリッカは二月

,

トルネは十二月 と一月, グ リュックは一月 と二月

,デ

ル ヴォフは十一月 と十 二月 を表わす とそれぞれ推測 している。なお六枚説に立てば紛失作品は一点のみであるわけだが, その欠落部分 に関 しては

,

トルネは四月 と五月の絵

,グ

リュックは十一月 と十二月の絵

,デ

ノノヴォ フとマ リエニ ッセンは二月 と四月の絵 とみな していることになる。 研究者の間にか くも異論が多いのは

,五

作品が月ない し季節の単なる説明的描写ではないためで , そこに画家の独創性 と斬新 さがあるのだが

,そ

れについては後述 したい。なお

,ョ

ンゲ リンクが入 手 した後の「月暦画」 に関す る記録 は

,残

念 なが らわずか しか残 っていない。 ヨンゲ リンクの克集 はその後 アン トウェルペン市の所有するところとなったが

,ェ

ルンス ト大公 (Archduke Ernst)の 秘書

,

ヒュッター (BlaSius Hutter)の記録 によれt詭 大公は1594年 7月 5日 にブ リューゲルの手 に なる「十二箇月 を表わす絵画六点」 を市か ら贈 られている。次の記録は1659年の ヴイルヘル ム大公 (Archduke Leopold Wilhelm)の 克集 目録で,そ こには「老 ブ リューゲルによる。……季節を表わす五 点の絵画作品」 とある。現存の五点の作品 とみてまず差支 えないと思われる。 ブ リューゲルは絵画作品の制作 に本腰 を入れ始めてよ り10数年の短 い生涯の間に

,40数

点 の油彩

,テ

ンペ ラ画 を残 した。散供 した作品が少なか らずあるか ら実際にはそれ以上制作 しただろうが , 比較的寡作 である。 ところが,「月暦画」 のシ リーズを描いた1565年

,ほ

かに例 をみないほ ど充実 した年 であった。《永滑 りと鳥民のある冬風景》(ブリュッセル・個人蔵),グリザイユの 《キ リス トと

(5)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

45

姦避 した女》(ロ ン ドン・個人蔵

)の

みならず

,年

記のない くベツレヘムの幼児虐殺》(ウィーン・美術 史美術館)も おそ らくはこの年の制作である。前年 に長男が誕生してお り

,ブ

リュッセルでようや く生活の安定 を得た円熟期の画家が

,旺

盛な芸術意欲 を充分に発揮 したためだと思われるが

,し

か し「月暦画」のシ リーズが十二枚であったとす ると

,こ

の年 は異常なほど多作だったといわねばな らない。そのことは別に十二枚説を否定す る根拠にはな らない。ただデルヴォワも推測す るように, 画家が前年の1564年に注文を受け

,そ

の年の うちに制作を始め

,二

年がか りでシリーズを完成 させ たとい うことは十分に考 えられる。強 いて短期間の うちに集中的に制作 されたと推定す るな らば, あるいは「月暦画」のシリーズの散供部分は未完のままであったとも考えられよう。 ところでグロッスマンは

,こ

のシリーズ画 はヨンゲ リンクの邸宅に一種の「フリーズ」 をなす形 で飾 られたと述べ

,一

月の表現 とみる 《雪景中の狩人》が

,構

図上の根拠か らいって も「フリーズ」 の最初をしめる作品であると説明 している。六枚説 のデルヴォフとマ リエニッセンは

,ブ

リュー ゲ ルの生 きた16世紀では一年は二月の初めないし復活祭の日に始まることから

,

シリーズの最初を飾る のは散次 した二・ 四月の絵であるとみなす。 なおデルヴォフは

,ブ

リューゲルの版画のための予備 素描 《春》(1565年 )によって散供作品のおよその描写内容は知 りうると述べて いるが

,こ

れは後に観 察す るように,「月暦画」 とは発想の方式が全 く別種であるため

,そ

の推測は無理であろう。 以上

,シ

リーズの構成に関するい くつかの厄介な問題 を提示 したが

,先

に述べたごとく現段階で は統一的見解を求めることはむつか しい。われわれ としてはとりあえず

,当

時のネーデルラン トの 年六分法に従い,(暗い日》は早春,く乾草づ くり

)は

初夏,く穀物の収穫

)は

夏,く牛群の帰遠》は秋, 《雪景中の狩人》は冬の描写 と大 ざっぱに見て

,こ

のllk序で五点の作品の観察を進めたいと思 う。

2.個

察 《暗い日》 第1暮 まだ浅い時期の陰欝な雰囲気 に充 ちた風景 である。風に吹 きながされ る暗雲が空 を蔓延 し

,暴

風のため荒模様 の海 は船 を呑 む勢 いで沈没 した帆船や提 防に うちあげ られた難波船が 遠 く望 まれ る。画面 中央 に林立す る黒褐色の裸木 は不llaな天候のなかで不気味 さを強 め

,右

前景の 丘 には強風で根元か ら折れたのか大木が横倒 しとなって

,こ

の場の不隠な雰囲気 を端的に伝 える。 前景 では暗褐色

,背

景では寒 々 とした暗緑色 が目立 ち

,画

面の色調構成の根幹 をな している。 こ の二つの基本的な色調 は画面のほぼ中央 で交錯 し

,互

に共鳴 し合 って多様 な展開を示 している。全 体 に暗い色調で統一 され

,外

界 はろ うそ くの光の下でのよ うにぼんや りと照 し出 されているが

,し

か し前景 には朱

,黄

,青

色な ど寒暖 さまざまの輝 く色片 があって

,明

暗の効果 をあげている。 画面の構成 は中央部の樹木 によって一応左右 に分離 され る。右半分は十数 本の高 く伸 びた樹幹 と 細 い枝 の拡が りによって視線が比較的妨 げ られている。一方

,左

半分 は視界が開 け壮大な景色 を存 分 に眺望で きる。 もちろん左右 が対照的 とはいえ

,暗

雲漂 う空

,画

面の三分の一の位置 にある海の

(6)

地平線

,中

景中央の彎曲 した入江

,近

景一帯 に密集 している農家等 によって

,画

面の統一的印象は 損 われずに十分 に保証 されている。 しか し

,画

面 の左右 を等 しく眺 める位置 に視点 を固定す るとす れば

,こ

の作品の正 しい観照 は得 られない。画家 の視点 は右前景 の小高い丘のやや上方 にあ り

,こ

こを基点 として展望すべ く地形 は構成 されてい るか らである。 この丘 に立てば

,左

方 に大 きく広が ってい る中景

,遠

景の眺望 を見はるかす ことがで きる。パースパ クテ ィヴはまことに雄大 で

,こ

の 丘か ら中景の荒れ狂 う海

,対

岸の街 と城塞

,は

るか彼方の残雪 に蔽 われた壮麗な山岳 まで一望の下 に見渡せ るのだ。 また一方 ここか ら足下の低地の村落 を見下す ことに もなるのである。なお画面右 縁 にある高 く伸 びた樹幹 と

,右

下縁 にそって横倒 しとなった樹幹が

,そ

れぞれ画面の枠づ けの役割 を 果す とともに

,視

線 を中景 や深奥部 に導入する効果 を持っていることは,画面構成上注 目すべ きである。 さて個々の興味深いモテ ィーフを観察す ることに しょう。 ブ リューゲル作品の一般的特性ではあ るが

,こ

の絵 も細部のモテ ィーフは実 に豊富である。暗 く陰欝な日の情景描写であるに もかかわ ら ず

,春

近 く変 り易い時節の新 しい生成の力の胎動 が ここか しこの描写か ら予感 されるのである。 まず前景右の情景。長 く厳 しかった冬 もよ うや く終 りを告 げ

,冬

の間室内に閉 じこもっていた人 々 も戸外 に出て作業 を始 める。中央の樹幹の間に白い頭 巾を被 った一人の農婦が うず くまっている。 何 をしているのだろ うか。その右方 に妹色のズボンをは き青 い上衣 を着 た農夫が

,出

刃包丁 のよ う な刃物 で柳 の枝 を切 っている。 もう一人の男がその傍で うず くまって切 った柳の枝 を東 にしている。 ちなみに「柳の枝切 り」 のモテ ィーフは

,中

世以来 の ミニアチ ュアによる伝統的月暦画 においては, 一般 に二月の労働 として表 わ されている。大 きな農家の入口近 くで 男が梯子に乗 って四つ 目垣 をつ くっているが

,そ

こにいるとは気づかないほ ど地 味に描かれている。それに対 して

,右

手前の夫婦 とその子供 と覚 しい二人のグループはきわめて印象的である。子供 は右手 に提燈 を持 ち頭 に花飾 り の描かれた紙の冠 を被 り

,上

衣 にはクッシ ョン状 の ものを前後か ら狭みつけている。実 に奇妙な恰 好 であ り

,何

か特別な意味を蔵 しているのだ と思 われ る。黒 い上衣 (折返 しのため朱色の裏地 が見 える

)を

着 た農夫 は左手の煎餅状の菓子 を高 く差上 げ

,右

手 に持つ同 じ菓子 を食べている。それを 子供の右手 を引 いた女が仔細 あ りげに見つめている。 提燈や煎餅状の菓子や紙 の冠 を被 った子供の描写 は,《カーニバル とレン トの戦い》(1559年

,ウ

ィ ーン・美術史美術館

)の

カーニバルの側 に見出せ るので

,こ

の群像 によって謝肉祭の時節 (二月) が暗示 されていると一応 みなす ことがで きる。 しか しそれはやは り確定 し難いことである。例 えば デルヴォフによれば

,子

供 の被 る冠 は主顕祭前夜 の集 いのいわゆるビーン・ キ ング (bean king)の 冠 だとい う。

0と

すれば一月の表現 となるわけで

,時

節の決定 はすでに述べたよ うにむつか しい間 題 だが

,た

だこの群像が何 らかの象徴的意味を蔵 していることはまず間違いあるまい。それは とも か く

,こ

の段丘 に姿 をあ らわ した農民た ちはそれぞれ雑多な作業を営み互に狐立 している。なお厳 しい自然が君臨 している早春のこのとき

,人

間の生活の声 はまだ合唱にまで高 まらないのだ。

(3)Robert L.Delevoh Op.cit・ R H5

(7)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

47

次 に丘の足下 にある村落 に眼 を移す と

,大

小 さまざまの藁葺屋根

,煉

瓦造 りの農家が軒 を並べ, 尖塔のある小 さな教会 も見 える。左端の建物 は どうや ら料亭 らしく小 さな看板が掛 っている。その 前 にはヴァイオ リンをひ く男

,小

用 を足 している男

,荷

車 を置 いて料亭の方 に歩 む親子連れな どが いて

,小

さな添景人物の描写 も中々興味深い。人物 と風景の多様 な細部 の描写 がわれわれの眼を引 きつけてやまないのである。 《乾草づ くりゞ第 2留 れは初夏の明 るい陽 ざしを浴 びなが ら心軽やかに仕事 に励 む農民 を描いた, 牧歌的情趣の横溢す る明 るく愉 しい作品である。前景か ら遠景 にかけて村道

,牧

草地

,森

,家

屋 を包合 した丘陵地の各層 が

,ゆ

るやかな曲線 を描 きなが ら帯状 に併行 し

,そ

の背後 には白い薄雲の たなび く青空

,薄

黄色 の もやの下

,青

く澄んだ河川 と山岳の風景 が展望で きる。画面右縁 を枠づけ なが ら一木の樹木 が高 く伸 び

,濃

緑色の豊かな葉 を晴れた空 に重 れ下 げているが

,そ

れに呼応す る かのよ うに

,画

面左手上方 にはやや空想的な巨大な岩塊が答 えている。構図全体 にコルネ リス・マ ツシス (Cornelis Massys)の 《ハガル とイシマエルのい る風景》(ウ ィーン・美術史美術館

)と

の類 似性が認め られ

,ネ

ーデルラン トの伝統的風景画の影響 をい くぶん残 しているとはいえ

,作

業 に勤 しむ農民 たちの添景 を含 むこの リアルな情景描写 は全 くブ リューゲル独 自の ものである。 色調構成 は明快であ り

,帯

状の各層の地形 と独特 の方法で結 びついている。前景の村道 の褐色, 中景 の牧草地の黄緑色 と丘陵地 の濃緑色

,そ

して背景 の山岳の ライ トブルーと

,色

調 はそれぞれ明 確 に分離 しているのである。 もっ ともそれを緩和す るための工夫 は考慮 されている。例 えば

,画

面 の基調 をなす濃淡 さまざまの緑色系の色彩 は

,前

景の野菜や灌木 の茂 み

,中

景 の牧草や森林

,さ

ら に青空 にかか る木 の葉 と

,画

面全体 に満遍な くゆ きわたっている。褐色系の色彩 も前景か ら中景 に かけて ところ どころに点在 してい る。なお前景 には

,褐

色 と緑 のほかに赤

,自 ,青

とアクセン トの 強 い色片があって

,明

るく率やいだ雰囲気 を醸す要素 となっている。 手前の村道 では籠 に入 った野菜 と果物の運搬

,牧

草地 では乾草 の収穫 と

,農

民 た ちが忙 しく活気 に充 ちて働 く姿が見 られ る。《暗い 日》 における個々別々な仕事の様子 は

,初

夏の乾草 と野菜 と果物 の収穫期 に入 って今や多忙 な共 同作業 に変 っている。 まず前景の村道 にいる諸人物か ら眺 めよ う。道路 は左手前か ら緩慢な坂 をな して中央部 までのぼ りつめ

,そ

こか ら急降下の坂 とな つて右手斜め奥の牧車地 に通 じている。路傍 には灌木の茂みがあ り

,赤

いけ しの花が咲 き

,聖

母子像の入 った木箱 を打 ちつけた角柱が立て られている。 ここを今 し も二群の人物が左右 に別れなが ら軽快 に歩 を進 めているところである。右手の急坂のあた りにいる 五人の グループは

,果

物や野菜 の入 った籠 を頭 にのせて牧草地 の方へ向っている。最後尾の農婦 は 右手 に小籠 を下 げ

,左

手で頭上 の籠 を支 えなが らゆるやかな坂 をのぼっている。その前の農夫 は籠 を首 まです っば り被 った形 で頭 にのせ

,右

手 を腰 に当てやや前屈 みに進 む。その前 にいる農夫 も同 じ形 で籠 を頭 にのせているため

,籠

が大 きな頭部のよ うにみ える。彼 はちょうど坂 をのぼ りつめ こ

(8)

れか ら急坂 を下 りるところなので

,両

手 をだ らりと重れ一番楽 な姿勢 である

,そ

の前の農夫 は急坂 を下 りつつあるため

,籠

を両手 で しっか りと支 えている。先頭 の農婦 は平坦 な牧草地 に移 りかけた ところなので

,頭

上の籠 を右手 で軽 く支 えているに過 ぎない。 このよ うに

,籠

を頭上 にのせなが ら 坂道 を進 む五人の農民 の姿 が連鎖的 に表現 され

,巧

みに一定 の リズムをつ くってい る。彼 らのそば に

,小

笠 を被 り

,赤

服 に白い前掛 をし黒 っばいスカー トをはいた農婦 が

,右

手 に手綱 を持 って白い 馬 に横坐 りしている。グ リンピース とチ ェ リーか野苺のいっぱい詰 った大籠 を二つのせた木 ブ リを 馬 に引かせ

,左

手 に も小籠 を下 げてやは り右方 の牧草地 に向 うところである。 けしの花

,籠

の中の チ ェリーか野苺

,そ

して この農婦の服の朱色 が

,緑

色 に映 えて画面 における色彩上のポイン トをな している。人物 たちはいずれ もブ リューゲル独特 の背面描写で捉 え られてい るが

,そ

れによって方 向性が強 く暗示 され ることはい うまで もない。 彼 らと反対 に左 の方へ二人の農婦が肩 を並べて歩 いて行 く。祖母 と母 と娘の二人連 れであろ うか。 真中の愛 らしい顔の若 い娘 はこちらに眼 を向 けている。娘 と祖母 は帽子 をかぶ り同 じよ うに草掻 り 用の レーキを肩 にかついでいるが

,手

前 の母 と覚 しい女 は右手 にレーキを左手 には水瓶 と帽子 を持 っていて

,な

かなか変化 に富む二人 の組合せ となっている。 この群像 はブ リューゲルには珍 しく量 感 に充 ちた人物像で

,殊

に前 の二人の女の頭部 は丹念 に肉づけ され魅惑的である。 イエ ドリッカが 三美神 のモテ ィーフをここに見ているの も

,首

肯で きないまで も納得のゆ くことだ。141なおルーベ ンスの く野良帰 り》(フ ィレンツ ェ・ ピッテ ィ画廊

)の

前景 において

,こ

れに類似 した二人の農婦の 描写 を再 び見出す ことがで きる。前景左端 には

,板

柵の前 に坐 って大鎌 を手入れ してい る男がいる。 中景の牧草地の ここか しこに点在 している農民 たちは

,一

見何気 な く見 えるが実 は前景人物 との 関連 において捉 え られ

,実

に巧妙 に配置 されている。わずかに傾斜 しなが ら帯状 にひろが る牧車地 の到 る所で

,彼

らはレーキを使 って乾草 を掻 き集 めている。画面左手 に乾車 を山のよ うに積 み上 げ た荷馬車 がある。茶色 と自の二頭の馬が飼葉桶 に首 をつ っこんでいる。乾草 の山の上 に一人の農夫 がのってそれを手分 けしている。掻 き集 めた乾車 を馬車 に押 し上 げている男 たちの姿 も見 える。牧 草地の右方 は平坦 になってお り

,そ

のあた りに丘陵地 にある村落へ通 じる道 が走 っている。深い森 の合間に農家が立 ち並 び

,遠

く教会や風車 も見 える。ポールの上の的 を射て遊 ぶ農民 た ちの点景な ど

,細

部描写の充実 は興味つ きない ものがある。

穀物の収穫》

第3段

畑の責金色がなだらかな起伏を示すこの平地に輝 きわたり

,今

や太陽がもの

ういまでの熱気 を送 る麦秋の時節である。画面の下半分 は黄金色 と赤褐色 の麦畑で占め られている。 手前の麦畑 はすでに刈取 られ

,麦

藁 を束ねて並べた り

,立

てた りして ある。その中央 やや右寄 りの 所 に一本の大 きな樹幹 があ り

,根

元で多数 の農民が暑 さを避 けて休息 している。まだ刈取 りが終 っ ていない麦畑は

,そ

の斜 め左 に単純 なマツスをな してジグザグ状 に広 がっている。麦畑の向 うは一 紘 部 (4)G,」edlicka,op.cit.s.169

(9)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて 面に樹 々が生茂 る緑の野原 である。夏の気分 は この作品の基調音 たる黄金色 と緑色 との協奏 によっ て示 され るといえるのだが

,さ

らに黄金色 の輝 きは収穫期 の豊饒 を も告 げているよ うだ。中央の大 きな樹木 は枝 に無数 の果実 (西洋梨か

)を

つ けてお り

,真

夏の熱気 とともに実 りの豊か さを明白に 不 している。 黄色の麦畑が緑 の野原 との対比で強烈 な印象 を与 えるため

,画

面構成 は上下 に蔵然 と三分 されて い るよ うに見 えるが

,実

際はそれほ ど単純 ではない。雄渾 なパースペクテ ィヴには欠 けてい るもの の

,基

本的には く暗い日

)の

構図 と類似 してい るのだ。前景の大 きな樹木が構図の支柱 となって, 画面 は一応左右 に分離で きる。 もっとも

,画

面の下半分 における一面の麦畑 による連続 の印象が強 く

,全

体 の統一 を損 うことはない。大 きな樹木 の右側 はその枝葉 と森林 に邪魔 されて

,展

望 はあま り開 けていない。木々の間か らわずかに教 会がのぞ く程度 である。それに対 して左側 は広 々 とした 景観が眺望で き

,わ

れわれの視線 は前景右 を基点 として斜 め左上方 の方向へ と拡がる。前景 の畦道 の リセ ッション

,お

よび麦刈 る人 によって暗示 された深奥方向は

,麦

畑の中を藁束 を背負 って歩 み 去 る人 と同方向に飛 ぶ鳥によって支持 されなが ら緑 の野原 に達 し

,そ

こか ら大 きく髯曲 した道 と麦 を満載 した車 の通 る横道 とに導かれて

,彼

方の麦畑や森や村落 を経過 しさらに遠方の河 口か海 にま で及 ぶのである。上空は一様 に灰色の面 をな し

,単

純 なマ ッスに還元 された地上の麦畑 に対応 して いる。なお雲一つない空の描写 は,《雪景 中の狩人

)に

も認 め られ るが

,当

時の絵画 にあっては きわ めて稀である。 この作品にはブ リューゲルが好んで描 いた峨 々たる山岳風景 は見当 らない。「月暦画」 シ リーズの ほかの四点 にはそれぞれ雄大 な山岳が認 め られ るので

,そ

の点 シ リーズ中で もやや異質 な風景描写 である。山あ り渓谷 あ りの光景 と違 って

,海

に臨んだ丘陵地が画面全体 に描かれているわけで

,表

現範囲が限定 されているだけ規模 が縮小 してい るのはやむを得 ない。 しか しそれだけに

,地

誌学的 興味を喚起す るほ どに写実的な自然描写 となっている。 ジュネーブの湖景 を想起す る美術史家 がい るよ うに

,一

定地域め風景 をここに見 出そ うとす る試 みがな され るの も由な きことではない。脩)画 家の雄大な構想力 よ りもむ しろ身近 な自然の リアルな観察の結果創造 された作品 といえるであろ う。 この絵画 は

,壮

大なネーデル ラン トの伝統的風景画 とは全 く異質 であるので

,か

えってほかの四点 の シ リーズ画 よ りも新鮮 さを感 じさせ る。 夏の強 い陽 ざしの下

,休

息 した り作業 に励んだ りしている前景 の諸人物 を眺めることに しょうも 大 きな樹木の根元には九人ほ どの農民 が休息 している。一人の肥満体の男が右手 を枕 に大の字型 に 寝 ころがって怠惰な眠 りにふける。 この姿態 は後 に 《怠 け者の天国》(1567年

,

ミュンヘ ン・ アルテ ピナコテーク

)に

おける学者 らしき人物で再現 され るものである。ほかの農民 たちはそれぞれ藁東 の上 に円陣を組 む形で坐 って昼食 をとっている。振向 きなが ら籠の中のパ ンをナイフで切 っている 男が手前 に見 える。パンを食べ る者

,ス

ー プを飲 む者

,水

瓶か らラッパ飲みす る男な ど

,老

若男女

(5)M Conway,qlac hran ttckS md thdr Foユ lolvers,bndon,1921,PP.501 ff. cf.Plero Bianconi,Ъ e cOmplete Paintings of Bruettl,London,1969,P,101

(10)

の農民 が ここには集 っている。個々の姿態 を仔細 に見れば

,農

民 た ちはそれぞれ変化のある動作 を 示 しているとはいえ

,総

体 としては全 く静止的 な印象 を与 える。諸人物の形態がフラッ トで肉づけ に乏 しく

,量

感がほ とん ど暗示 されないためだが

,ま

たこの群像が一つのマ ッスを形成 して木 の根 のよ うに下部 に沈澱 しているためで もある。そ して彼 らが この場の物憂い気分 を端的に表わ してい るのだ。彼 らの外衣が自・黄 。赤・緑・青・黒 と比較的多彩 な色片 をとってい るために

,集

団 とし ての迫力 と量感 とに欠 ける結果 を もまねいている。 画面左手 には鎌 を使 って麦刈 りしている二人 の男の活漆 な動勢表現 が見 られ る。 こちら向 きの男 と背中を向 けた男の この二人のコンビネーシ ョンはなかなか巧妙である。麦刈 りをす る人物形態 は, 後 に版画のための予備素描 く夏》(1568年

,ハ

ンブルグ・ クンス トハ レ

)に

おいてよ り鮮明なイメー ジで再 び見出せよ う。空間の リセ ッションに逆 う形で一人の男が陸道 を通 って こちらへやって来 る。 水瓶 を手 に持 ち疲れたよ うな恰好の この男が

,左

の作業す る農夫の組 と右 の休息す る農民集団 とを 仲介す る役割 を果 している。画面 にはなお到 る所 に点景人物がいる。前景右方 には麦藁 を束 ね る人, 麦刈 りす る農夫

,地

に落 ちた果実 を身 を屈 めて拾 う人。 はるか遠方 の緑野 には

,球

技 を楽 しむグルー プや沼池の縁 に坐 って釣 をしている人 々 も見 え

,細

部描写 はまことに豊富である。 《牛群の帰還炉 4亀 りくる冬の気配 に追いたて られ るかのよ うに

,大

気の冷た さを身 に感 じなが ら放牧 を終 えた牧童たちが牛の群 を追 って家路 に急 ぐ。空には暗緑色の雨雲が厚 く拡が り

,小

雨が 音 もな く降 り続 く。中景 の林 にはまだ紅葉が残 っているけれ ども

,前

景の樹 々は葉 を落 しすでに冬 の装 いだ。前作のよ うな明 るい色彩の輝 きはす ぅか り失せて しまい戸寒々 とした蒼緑色 と暗褐色が 画面の通奏低音 をなす。そ して行 く秋の色褪せた色彩の シンフォニーがこの丘陵地一帯 に拡 がって いる。冷気が峨々たる山岳か ら吹 きこんで くるよ うだ。暗褐色の裸木

,枯

枝 にとまる一羽の鳥

,蒼

緑色の雲や山脈

,雨

に打たれなが ら黙々 と歩 を進 める牧童 たちと牛の群

,そ

れ らが肌寒 い晩秋 の雰 囲気 をつ くりあげるのである。 地形 の構成 は 《暗い日》,《穀物の収穫》 とは反対 に

,手

前左方 が前景 をな し

,斜

め右の方向 に帯 状 に中景

,遠

景が展望で きるよ うになっている。前景 は起伏 に とむ地盤 で

,牛

の群 と牧童 た ちの進 行方向によって空間の暗示 がなされ る。牛 たちは右上の低地 よ りこの丘陵 を画面中央部 までのば り, そこか ら右 に折れて左手奥の樹間よ り垣間見 える村落 の方へ進 むのである。画面中央の黒の斑のあ る白い牛 は周囲の赤錆色や褐色か ら浮上 って

,色

調構成上の一つのアクセン トとなっている。 また その大 きな白い面はわずかな黒片 によって強 め られ

,そ

れだけで冷々 とした秋の気配 を感 じさせ る。 掲色 と黒 の牛の群 は押 し合いへ し合い しなが らば らば らに深奥部 に向 うものの

,全

体 としては末広 が りの コンパ ク トなマ ッスを形成 している。背 を向けた牛群による深奥空間の暗示は実 に効果的で ある。 ところどころに白い斑のあるこの褐色 と黒の牛の群に も

,色

褪せたこの山峡の地の秋の色合 いが反映 している。

(11)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

51

この作品において も樹幹が画面の枠 づけをな している。右縁 の樹木 が適度 に曲 りくね りなが ら高 く伸 びて黒い枯枝 を拡 げ

,そ

れに対応 して画面左縁 に も同様 な樹木がある。その背後 に もなお幾本 もの落葉樹が見 え

,画

面左方 では視野が比較的閉 されている。従 ってわれわれの視線 は

,一

方 では 牛群の指示によって画面左深奥 に向い

,他

方ではllL形のままに斜 め右 の方向に拡が る中景

,遠

景 に 向 うのである。まず左手奥 を見 ると

,村

落の家 々の向 うに城館 があ り

,そ

の背後 には緑色の山脈が 牛群の行手 に立 ちはだか るかのよ うに横 たわっている。そのため実際は牛群の向 う村落は真近 にあ るのだが

,ま

だ遠 く隔たっているよ うな印象を与 える。前景 の地盤 の斜め右方 には

,黄

緑色の車原, 紅葉 した林

,赤

錆色の ブ ドウ畠な どが右下 りの傾斜 をな して帯状 に続 き

,そ

の向 うに河川が同様な スロープをな して流れている。河川 の対岸 は農家が並 び

,そ

の背後 には奇怪な形状の岩 山があお ぎ 見 るほ ど高 く答 えている。なお前景 か ら中景 にかけての右下 りに傾斜 した地形 は

,背

景の この山岳 と前景右下隅の盛土 によって構図上の均衡 を得ている。

― この図のよ うに

,険

阻な山岳 と渓谷 と一條 の河川 とを包含す る広大 な景観が遠景 に開け

,そ

れを 前景 の小高 い場所か ら展望す るよ うな地形構成 は

,ネ

ーデル ラン トゐ風景画の伝統 に基づいた もの であって

,ブ

リューゲルが初期 の風景描写 で しばしば使用 したモテ ィーフである。そ うした構図法 は特 に「大風景銅販画」 シ リーズにおいて見出せ るが

,初

期 の絵画作品にその例 を求 めて

,例

えば く種 ま く人のた とえのある風景∫ 第 と電 の 《牛群の帰遠桝 とを比較すれば

,そ

の画面構成上の類似性 は一 目瞭然である。 こうした例 か らみて も,「月暦画」 シ リーズの うちでは

,こ

の作品が初期の風 景画 と最 も密接な関連 を持 ってい ることが知 られよ う。 先 の 《暗い日》に似て登場人物 が比較的限ちれているのだが,まず前景人物 を観察すること1こしょう。 画面右方 に黄褐色の馬 に乗 った牧重 た ちの統率者の姿 が見 える。手袋 した手 に手網 を持 ち

,褐

色の 帽子 を深 く被 り

,黒

いマン トで身 をす っば り包んで肩 をすばめたその姿態 は

,こ

の高原 に吹 きこむ 肌寒 い大気 を予感 させ

,晩

秋の冷 え冷 えとした気分 を如実 に表 わす。雨に濡れた馬のたてがみの描 写 も実 に見事である。その背後 をがっしりとした体躯の二人 の牧童 が付従 う。帽子 を被 り長い棒 を 手 に持 ちナイフを腰 に下 げて

,二

人 とも同 じよ うな恰好 である。左方 には長 い棒 をかまえて両側か ら牛 を奥 に追込 む二人の牧童がい る。殊 に左側の棒 を低 くか まえた牧童の形態 は

,ブ

リューゲルの 人体描写 に珍 しいほ ど力強 く迫力 がある。 これ ら前景の諸人物 は牛群 と同 じく側面 ないし背面か ら 捉 え られ

,空

間の拡が りの暗示 に強 固な役割 を果 してい る。 細部描写 もきわめて興味深い。中景の畠にはブ ドウ摘 みに余念のない人 々の点景 がある。その傍 の丘陵に絞首台 と鳥罠が見 えるが

,こ

れはグリュックが述べ るよ うに

,お

そ らくブ リューゲルの意 図的 はアイロニーであろ う。161しか し広大無辺な自然の景観 のなかに埋没 して

,積

極的な意味を持 つには至 っていない。対岸の村落 に も二

,三

の人影が見 え

,河

岸 に二隻の小舟がつないである。は るか上流の岸辺の牧草地 には牛た ちが放牧 され

,そ

の上の山脈の中腹 には城が答 えている。 (6)GGlilct,op,cit.R44

(12)

雪景中の狩人チ

5爵

図における暗 く厳しい自然の相貌は雪によって美 しく装われる。白と緑色

の二つの色彩が画面の基調をなし,そ れに褐色と灰色の加わったごくわずかな色調構成によって

,

雪に蔽われた静かな自然の情景が詩的に描 き出されている。一面にわたる雪の白色と

,空

と溜池の

暗緑色の争面とが互に呼応しながら

,清

澄な冬の情趣を醸す。また暗緑色ないし淡緑色の枝葉も雪

の白 さと対照 して効果 をあげている。静穏な冬の日である。早春 とか晩秋 とかの季節の移行期にし ば しば見 られ るよ うな不順 な天候 では決 してない。凍てつ くほ どの寒気 に もかかわ らず

,こ

こか し こに狩人 を始め として多数の人の姿がある。猟師たらと犬の群のいる前景の丘陵には黒褐色の樹幹 が並 び

,そ

の枯枝 に四

,五

羽の鳥が とまっている。遠景の雪山の前 を一羽の黒 い鳥が音 もな く飛ぶ。 自然 と人間 と動物が渾然一体 となって

,冬

の 日の この リリカルな情景 を映 しているのである。なお, 雪景描写 はルネ ッサンス期の絵画作品では稀有であるが

,ブ

リューゲルは特 に好み生涯 に四点ほど 残 している。 画面構成 は前作 とほぼ類似 した ものであるが

,垂

直線

,水

平線

,斜

線 がバ ランスよ く組 み合 され, 均衡の とれた簡潔明快な構図 となっている。画面の左半分は大 きな裸木のテ」と家屋 とによって視野 が限定 されている。 しか し右半分は きわめて解放的である。左前景の丘陵か ら斜め右方に

,広

漠 た る山岳風景が遠望で きる。前景か ら遠景の山岳 に至 る雄大なパースペクテ ィヴは

,背

後か ら捉 え ら れた猟師 と犬の歩行モテ ィーフによって強 く指示 される。また重直の黒褐色の樹々の配置が実に巧 妙で

,空

間の リセ ッシ ョンは前景 の丘陵か ら沼池の側の道 を経て山麓 まで及ぶ樹木の列によって も 果 され る。 これは夙 にヴェルフ リンが指摘 したところである171。 なお狩人 た ちの進行方向および前 景の樹幹 の列 は丘陵の右下 りの斜線 に対 して交差 しているが

,そ

れによって斜線の不安定 が緩和 さ れ堅牢 なバ ランスが生 じている。雪面か らはみ出ている丘陵の灌木 もこの斜線の急降下 を和 げる役 割 をな している。 さらにその斜面の右手 には

,橋

および溜池 と道 の水平線が上下 に重な り合ってい

,こ

こに もブ リューゲルの均衡 を配慮す る工夫が うかがえる。 画面の諸人物は前景人物 といえども

,自

と暗緑色の面 に対 してほ とん どシルエ ットの形状で描写 されている。 しか しブ リューグルの巧緻な素描力 によって

,登

場人物の動作 は逐一手 に とるように 鮮かに捉 え られ る。自然 は静かにまどろむ。だが

,人

々の生活 は到 る所で活気のある情景 を繰広 げ

ているのだ。まず前景の諸人物から観察しょう。いま深い雪を一歩一歩踏みしめながら,猟を終え

た猟師たちが何匹 もの猟犬 を伴い黙々と斜面 を下 りて家路につぃている。二人の猟師はそれぞれ長

い棒を持ち

,帽

子を深く被ってやや俯き加減に歩を運ぶ。背中々向けたその姿が寒さに凍てつく冬

の気配 を無言の うちに表わ している。この群像はピラ ミッド型 に構成 されて微墓のゆるぎもない。 左側の猟師が棒 に狐 を くくりつ けているか ら

,狐

狩 りを終 えて帰途 につ くところなのであろ う。十 数匹の大小 さまざまな猟犬 が後 ろに従 い

,猟

師 とともに一つのマ ッスをな して深奥空間 を示唆する ことはすでに述べたとお りである。 紘 部 (7)ヴェルフリン『美術史の基礎概念』(守屋謙二訳)

(13)

ブリューグルの「月暦画」シリーズについて

53

画面左縁の大 きな赤煉瓦の建物 は料亭 である らしい。赤褐色の四角 な看板 が見 え

,看

板 には聖エ ウスタキウスの絵

,絵

柄の 下に(Dit is ln den Hcrt)と記 した文字 がある。 この料亭の前では

,男

が 藁 を燃 し女が棒で火をか きまぜて豚の毛焼 きをしてい る。雪 に映 える赤黄色の炎が印象的である。 傍 で毛焼 きを見ている子供がお り

,ま

た屋内か ら藁束 を運んで くる女 もい る。男が丸 テーブルを持 上 げているのは屠殺台の用意 であろ うか。豚の毛焼 きは珍 しいモテ ィーフであるが

,豚

の屠殺 は十 二 月ない し一月の労役 として以前の ミニアチ ュアに しば しば表 われ,《ベツレヘムの戸籍調査》(1566 年

,ブ

リュッセル・王立美術館

)に

も描かれている。 急激な斜面の下の氷の張 った沼池では

,黒

服 に自エプロンをつ けた農婦が赤いスカー トの農婦 を そ りに乗せて引 いて行 く。その先 の橋 の上 には薪 をかついで渡 る農婦が見 える。その向 うの溜池に は沢山の人が集 まっていて

,小

さなシルエ ッ トに過 ぎないなが ら

,氷

滑 りを楽 しむ さまざまの姿が のぞかれ る。独楽 まわ しを楽 しむ子供 た ちがい る。 アイスホ ッケーをす る人 々

,勢

いよ く滑 る人, 転んで尻鉾 をつ く人。手 を引かれて こわ ごわ滑 る婦人 もいる。坐 って見物 している人

,

じっと立 っ ている人。大人 も子供 も犬 さえもが氷上 にいる。彼 らの城声が聞 えて くるよ うで

,こ

うした点景人 物 を亥」明 に眺 めているとまことに興味がつ きない。 濯池の傍 に並木道 があ り

,そ

こを村落 に向 って荷馬車が通 る。村 には農家が並 び

,尖

塔のある教 会 も見 える。その左手 に煙突か ら火 を吹いて大騒 ぎしている家の点景 がある。そのはるか先 に峨々 たる山岳が答 え

,山

麓には城塞 と家 々が点 々 とある。 この遠景の雪山風景 は画家 の濶達 な筆致が生 か されて

,水

彩画のよ うないかに もピ トレスク (絵画的

)な

描写 となっている。飛霧す る鳥の鮮明 なシルエ ッ トが雪山に一つの明確 なアクセ ン トをあたえ

,そ

の際立 った対照効果 によって空間のイ リュージ ョンは強 め られ る。山岳地帯のは るか左方 を望む と海 に面 した街があ り

,そ

この教会の尖 塔 さえ小 さく見 ることがで きる。 この作品 に限 った ことではないが

,ブ

リューゲルの こうした精緻 な細密描写 に接す るとき

,こ

れが比較的短期間の制作であると はにわかに信 じ難いほ どである。

3.観

察 の ま と め 「月暦画」の五点の作品観察の総括 として

,こ

こでこのシリーズ画の一般的特色について簡単に 概観 しておこう。われわれがこれ らの作品に接 してまず感ずるのは

,四

季ないし毎月の自然の情趣 が見事に描写されていることである。十全なる自然把握によって

,統

一的ヴィジョンが獲得せ しめ られている。そのために

,豊

富な細部描写 を合みなが ら

,構

図の根幹は簡明直散である。前景・中 景・遠景 と三分 された地形構成は

,固

定 した視点か らの雄渾なパースペクテ ィヴによってヴィジョ ンの統合を得ている。また画面構成はそれぞれ巧みに変化がつけられている。《暗い日》,《穀物の収 穫)で は

,画

面の右手前が前景 となり斜め左の方向が遠景の展望 となっている。反対に《牛群の帰違》 《雪景中の狩人》では

,左

手前が前景 となって斜め右の方向に遠景がひらけている。《乾車づ くり》

(14)

紘 では

,起

伏の多い地形ではあるがほぼ水平に三分 されている。 ■うした工夫は

,壁

面に並列的に飾 られることを考慮 した結果であろうか。五点の作品 とも地平線の高 さはほぼ一致 していて

,そ

の点 「フリーズ」 をなしてヨンゲ リンクのサロンを飾ったとするグロッスマンの見方は首肯できる⑬。 たとえ,《雪景中の狩人》をシリーズの最初 とみなす考 えには疑間が残るとして も。 当然のことだが

,深

奥空間はパースペクティヴの効果によって強 く暗示 される。特に前景の褐色 系の色彩 と背景の蒼緑色 との対比による色彩遠近法

,空

気遠近法の巧妙な使用は

,前

景の人物群 と 背景の景観 とを結 びつけて壮大な画面を実 に見事にまとめ上げている。また主に前景の樹幹による 重切の効果が注目される。樹幹は重切あるいは画面の枠づけの役割を果 し

,そ

の配置はきわめて変 化にとんでいる。《暗い日》では画面中央に樹幹が林立 し

,ま

た右縁 と下縁にもあって実に効果的で ある。《乾車づ くり》では画面の右縁にそって伸びてお り,《穀物の収穫》では画面中央 に力強い一本 の樹木がある。《牛群の帰還》においては右縁のほかに左縁 にもあ り

,そ

の奥にも林立 している。《雪 景中の狩人》では前景か ら中景にかけて遠近法的に配置 され

,空

間のイリュージョンにす ぐれた効 果 をあげている。パノラマのような景観をもつ風景画の前景の処置については常に困難な問題が伴 うが

,パ

ティニール (JOachm dc Patinir)以 来のネーデルラン トの伝統的風景画において

,そ

の解 決 として画面の片隅に樹木を配 して前景 と中・遠景 とを結ぶ方法が発展 した。このシリーズ画に見 られるように

,ブ

リューゲル もしばしばこの図式を適用 したのである。なおまた

,人

間ないし動物 の進む方向による空間の暗示 も注目される。《乾車づ くり》の前景の左右に向 う人物群や 《穀物の収 穫》の麦畑 を歩く農民たち。殊 に 《牛群の帰遠》の牧童たちと牛の群

,お

よび 《雪景中の狩人》の狩 人たちと犬の群は

,そ

の方向性と動勢によって視線を深奥部に導入する役割を充分に果 している。 ブリューゲルはこのシリーズにおいて前景に人間や動物を置 き

,季

節ないし月の様子 を端的に表 わす固有な出来事を描 く。その情景が中景に変化を見せながら継続 されてゆくが

,自

然が大 きな位 置 を占めるようにな り中景人物はすでに点景にす ぎなくなる。遠景においては季節感を漂わせた雄 大な山岳風景

,海

洋風景が展望 される。前景の諸人物や動物はマッスとして捉えられ

,比

較的多彩 に描かれて画面のアクセントとなる。それに対 し遠景の風景はあくまでも解放的であり

,空

の描写 を含めわずかな色調で統合されて

,絵

画の情趣 を決定する因をなしている。このように前景 と背景 とは互に対立するが

,中

景がそれを仲介 し調和の とれた統一的画面をつ くりあげる。人間 と自然 と の融和がなされるばか りでなく

,天

と地

,陸

と海

,樹

木 と大地

,平

野 と山岳 とが結 びつき

,そ

れ ら が渾然一体化 して壮大なヴィジョンを構成するのである。なお

,画

家が描写にあたって季節 に固有 な出来事 とともに

,固

有な色調をも考慮に入れたことはまず間違いない。季節の変遷に伴 うそれぞ れの色調構成が興味深い。《雪景中の狩人》における雪の白色,《穀物の収穫

)の

麦畑の輝 く黄金色, 《牛群の帰還》における寒々とした褐色系の色彩など

,季

節感に充 ちた色彩の使用が効果的である。 このシリーズ画は中世以来の ミニアチュアによる月暦画の伝統を個々のモティーフにおいて保持 (8)R Gl・ossrmnn,op cit,I11197-198

(15)

ブリューゲルの「月暦画」 シリーズについて

している。柳の枝切 り

,乾

車づ くり

,麦

刈 り

,豚

の屠殺

,狩

猟などのモテ ィーフがそれである。た

だ晩秋の牛の群の帰遠の情景は

,従

来の ミニアチュアには見当 らない。従来の月暦表現

,例

えば15

世紀初頭のランブール兄弟の「ベ リー公の豪革な時祷書」や

,16世

紀初頭のヴェネッィアのサンマ

ルコ付属図書館所蔵の「ブレヴィアリウム・ グリマニ」(Bre ariuln Grimani),あるいは同時代のシ

モン・ ベニング (Siman Bening)の 「エネシーの時祷書」などの月暦描写においては

,そ

れぞれの 月を代表す る人間の活動 を主眼 とす る結果

,働

く人物像が大 きく前景にあらわれ

,自

然は単なる添 景にす ぎない。その点

,ブ

リューゲルの「月暦画」 は従来の ミニアチュアの描写 とは根本的に相違 す る。季節 ごとの壮大な自然の景観が うつ され

,仕

事する人間像はことさら大 きく扱われていない。 農民たちが前景に大 きく位置 を占めていて も

,そ

れは「自然の子」 として扱われているのであ り, 労働その ものを寓意的 。説明的に表現するのではない。むしろ自然その ものの表現 とみなされ

,ブ

リューゲルの風景描写の極致を示す と考 えられるのである。 「月暦画」 シリーズと関連 をもつブリューゲル自身の作品 として

,銅

版画のための下絵素描蕉春》 (1565年)と 《夏》(1568年

)が

注 目される。 もちろんこれ らは

,画

面構成を比較 して も

,ま

た全 く 異なる発想の方式か らいって も

,油

彩画のシリーズのための予備素描ではない。「月暦画」 シリーズ は自然 と人間 との本質的な相互依存 を示すが

,む

しろ人間は広漠たる自然の一部分の存在であるか のような印象を与 える。 ところがこれ らの素描では

,人

間像が大 きく前景に扱われ

,主

眼はまさし く労働の描写にある。季節に固有な労働 を描くという図像学的観念がかなり認められ

,中

世来の月暦 画の図式 を強 く保持 しているのである。ただ個々のモテ ィーフの点では両者に関連性を見出す こと ができるので

,以

下参考までにブリューゲルの素描に従 って彫版 された銅版画 を一瞥しよう191。 銅版画 《春琲為Z聡ラテン語の記銘がある。その大意 ――「二月

,四

,五

月が春の月。春

,幼

年 時代の ごとく。春にはビーナスが花の飾 りで装 う」。ブリューゲルの下絵素描には「春

,二

,四

月,

五月」 とあるだけなので

,ヘ

イデン(Pieter van der Heiden)が彫版 しコックの店か ら1570年に刊行

された折に付加 えられたのであろう。インスクリプションか ら判 るように

,こ

れは二月か ら五月ま での春の情景描写である。「月暦画」 シリーズがニカ月ずつを含む六枚構成であるとする根拠の一つ は

,こ

こにその例証を見出すわけだ。前景に幾何学状の花壇がいくつかあ り

,人

々がレーキで土 を な らし肥料 を注 ぎ

,種

を蒔 き苗 を植 えて

,各

種の作業に励んでいる。前景のシャベルで地な らしと 土堀 りをしている二人の男は

,比

較的大 きく扱われている。中景の農家の前にブ ドウ棚 を作 る人た ちがお り

,そ

の左方には羊の群

,羊

の毛刈 りの情景がある。羊毛の入った籠 を運ぶ人の姿 も見える。 ちなみに羊の毛刈 りは,「ル ヴィア リウム・ グリマニ」では麦刈 りとともに七月の ミニアチュアに 描かれている。 しかしこの版画では春の情景にあたるわけだか ら

,個

々のモティーフによって該当 の月を判断するのはかな り困難な課題なのである。遠景には踊ったり飲食したりして

,春

の陽気な気 分を満喫 している人々が集まっている。池に小舟を浮べ る恋人たちもいるが

,こ

うした風俗画的描

(9)cf.IIId g Munz,Ille dra ngs of Bruegel,bndon,1961

(16)

写よ りも画面を支配するのは春に固有な労働の光景である。なお遠 く海上には,《暗い日》に見るよ うな難破船の点景があって興味深い。 銅版画 《夏チ再と電)ラテン語の銘文がある。ところがブリューゲル自身の1568年の下絵素描には全 く見当 らない。彫版者の名は不明だが

,お

そらく 《春》 と相前後 してコックの店か ら刊行 された折 に銘が付加わったのであろう。その大意――「七月

,八

,そ

して六月が夏の季節。夏

,青

春のイ メージ。盛夏は実 り豊かな作物をもたらす」。本図では働 く農民の姿がきわめて力強 く印象的にあら われる。手前で大壺か ら水を飲む男は

,片

足が長柄の車刈 り鎌 とともに画面の枠か らはみ出し

,実

にダイナ ミックに描かれている。背を向けて麦刈 りする男 も堂々たる体躯である。果物と野菜の盆 を頭 にのせ

,果

物籠を手にした肥満体の女 も堂々としてぃる。空間の リセッションの効果は絶大で , 麦刈 りの時節の活況を呈する情景が前景か ら中景にかけて繰広げられている。果実をとる者や藁束 を運ぶ人々 もお り,《穀物の収穫》に類似のモティーフが随所に見 られるが

,絵

画作品にあったよう な真夏のものうい雰囲気は完全に払拭 されている。なお 《乾車づくり》におけるモティーフもいくつ か認め られる。画面右上方の乾草づ くりの場面のほかに

,果

物 と野菜の運搬

,ポ

ールの的を射て遊 ぶ村人たちの点景などがそれである。むろんこの版画の主眼は人物にあって

,油

彩画のシリーズの ように風景描写にあるわけではない。が

,中

央部で身を届 め麦 を束にする男を除いて

,登

場人物た ちは頭部を壺や盆や帽子で隠 したり

,背

を向けた りしている。人物描写に焦点を合せなが ら

,個

の人間像ではなく「労働」そのものを捉えようとする意図がはっきり表われているのである。 ブリューゲルの「月暦画」のシリーズが

,中

世来の月暦画の図式を継承する 《春》,《夏

)と

どう 異な り

,ま

たどう類似 しているかは以上の観察で明 らかになったと思 う。次にわれわれは

,こ

のシ リーズにおける自然描写がネーデルラン トの風景画の伝統 といかにかかわってぃるかを見ることに したい。

4.伝

統 と の か か わ り ヤン・ ファン・ アイク (」an van Eyck)か らブリューゲルまでのほぼ150年に及ぶネーデルラン ト絵画史において

,風

景描写は独特の展開をみせた。その経過を簡単にスケッチするとき

,ま

ず注 目すべ きはすでに15世紀初頭に「ベ リー公の豪華な時祷書」などの ミニアチュアで

,す

ぐれた自然 描写が見出せることである。 しかし本格的な油彩画における風景描写は

,1430年

代のヤン・ ファン ・ アイクの登場を待って始まるといえる。 もちろん風景は宗教画の背景を飾る添景でしかないが, 精緻な自然の描写には現実世界の情景に魅せ られた画家の姿勢が強 く感 じられる。例えば 《ロラン の聖母子像》(パ リ・ ルーヴル

)の

背景 を見 ると

,運

河や街や丘陵や山々の情景が書割 り的な役割に 過 ぎないとはいえ

,一

っの生命体 として見事に表現 されている。前景人物の浮彫的に把握されたゴ シック的人間像に比較 して

,背

景の風景はいかにも生新である。生新であるだけに

,前

景人物 とは 紘 部 岡

(17)

ブリューゲルの「月暦画」シリーズについて

57

素本卜な矛盾をきたしているともいえる。そのことは

,ロ

ジェ・ ファン・デル・ フイヂン (Rogier

van der Weyden)の 作品においても同様である。例 えば く聖母 と訣別するイエス》(ニ ューヨーク・ メ

トロポリタン

)を

見て も

,前

景の イエスやマ リアと背景の風景 との相互の関連はやは り不充分であ

る。人間 と自然 との二元論的把握は別にファン・ アイクやファン・ デル・ フイデンに限った特色で

はなく

,程

度の差 こそあれ15世紀のネーデルラン ト絵画に共通する傾向 といえよう。

15世紀の前半にあぢては単なる添景に過 ぎなかった自然の情景は

,世

紀の後半 になるにつれて徐

々に画面において重要な役割を果すようになる。ファン・ デル・ グース (Hugo van der Goes)やダ

ヴィッド (Gerard David)が まず新鮮な感覚で自然 を捉 えはじめる。特にそれを空間形成の重要な

要素とみなしたのは

,デ

ィルク・ブーツ(Dirk Bouts),ゲールトゲン(Geertgen van Harlem)ら 】ヒネーデル

ラン トの画家たちだった。例 としてゲール トゲンの く草原の洗礼者 ヨハネ》 (ベル リン・ ダーレム) を見ると

,前

景の瞑想にふけるヨハネは

,山

脈 と森をバ ックに刑可││が流れ車花の生茂 る牧歌的な草 原 のただ中にいる。自然描写は新鮮であ り

,魅

惑的な戸外の情景である。彼 らに続いて15世紀未か ら16世紀にかけてのオランダ派の画家 として

,ボ

ッス (HierOnymus Bosch)んゞ登場す る。ボ ッスは 一般に幼想画家

,諷

刺画家 とみなされているが

,一

方ではす ぐれた風景画家で もあって

,彼

に至っ て人物・風景描写は画面構成上ほぼ同等 なウェー トを持つようになる。例 えば祭壇画の く三 王ネと 拝》

,(乾

車車》(と もにマ ドリッド・ プラ ド美術館

)な

どの背景描写に

,

一際みごとな自然の再現 を見出す ことができよう。 前景の諸人物ないし主題 をなす事件の描写 と

,

中景か ら背景にかけて の自然の景観 とは

,未

だ充分に有機的な結合をとげていないとはいえ

,自

然の風景 は空間形成に不 可欠の要素 となっている。(改悛の聖 ヒエロニムス》(ガン・美術館

)の

ように

,自

然描写が人物像よ り画面のスペースを大 きく占めるの も一再な らず見 られることである。 16世紀になって

,風

景画はネーデルラン トのみならず

,

ドイツあるいはイタリア・ ヴェネツィア 派絵画において

,風

俗画よ りも早 く独自の様式 を発展 させた。ネーデルラン トでは

,1515年

にサン ・ ルカ組合に登録 さ′れて師匠 となったパテ ィニール (Joachim dc Patinir)ん ゞ

,新

様式の担い手であ った。パティニールは ドイツにおけるアル トドルファー (Albrech Altdorfer)の ように

,自

らを風 景画家 とみなし

,ま

たほかか らもそうみなされたネーデルラントの最初の風景画家である。ネーデ ルラン ト旅行中にパティニールと親交のあったデューラー (Albrech Etter)は 彼を「す ぐれた風 景画家」 と呼んでいる。パテ ィニールの風景画はむろん17世紀のオランダで発展 をとげたような純 粋な風景画ではない。主題をなす宗教的人物ないし事件が絵画の中心であ り

,あ

くまで も意味上の 重要性を失わない。 しかしそれは描写的には壮大な自然の景観の小 さな添景に過 ぎず

,前

世紀の絵 画 とは立場が全 く逆転するのである。(エジプ トヘの避難》(アン トウェルペン・美術館

)な

どその顕 著な例で

,主

題の避難の情景はごく微小に描かれて

,理

想的に構成 された広漠たる風景に埋没 して いる。ボッスの絵画がすでにその傾向を示 しているのだが

,パ

ティニールの描 く風景は特定地域の 再現そはな く

,空

想的に自然の全景 を綜合 した「世界風景」(Weltlandschaft)な のである。は'

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