• 検索結果がありません。

企業における運転者教育のあり方に関する調査研究 : 現状の問題点とその解決策

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "企業における運転者教育のあり方に関する調査研究 : 現状の問題点とその解決策"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

企業における運転者教育のあり方に関する

調査研究

― 現状の問題点とその解決策 ―

A Survey on the Driver Education in the

Transportation Company

― Current problems and solutions ―

(2)

1 企業内運転者教育の意義 1-1 運転者教育の意義と現状 一般に自動車運転のために行われる体系的教育として代表的なものは自動車学校におけ る免許取得のための教育である。法定のカリキュラムがあり、教科書も用意されている。 しかし、これは「運転者となる前の準備」教育であるから厳密な意味では運転者教育とは いえない。 免許取得後の教育すなわち「運転者となってからの」教育はいつ、どのように行われる だろうか。言い換えれば、免許を取得した人が、運転者としての体系的な運転者教育を受 ける機会はあるのだろうか。答は「あるはずである」である。法に定めがあるからである。 道路交通法(108条の27)には、「公安委員会は、適正な交通の方法及び交通事故防止に ついて住民の理解を深めるため、住民に対する交通安全教育を行うよう努めなければなら ない」と定められている。運転者を含み、住民は適正な交通安全教育を受ける機会が与え られることになっているのである。確かに地域(町内会等の)活動などの一環として管轄 の警察署の交通課長や関係者の事故防止についての講話等を聞く機会がある。しかし実際 には管内の交通事故の最近ので発生状況を説明し、注意を呼びかける内容の講習である場 合が多く、体系的に講習が継続される場合は少ない。 1-2 体系的な運転者教育の場としての企業内運転者教育 「ニート」や臨時雇用者が多い昨今であるが、それでもなお多くの人は職業労働に従事す るので、安全教育を受ける機会が企業や組織において生じる。その中に運転者教育がある。 筆者は企業内運転者教育は今日のわが国における体系的な運転者教育の場の一つであると 考えている。

企業における運転者教育のあり方に関する調査研究

― 現状の問題点とその解決策 ―

(3)

1-2-1 企業内運転者教育と労働安全衛生法 職業労働に従事する人(労働者)が就労する場合に、基本的に要請される重要な条件は 「安全」ということである。労働安全衛生法にはこれを確保するための定めがある。新入 者に対する教育(雇い入れ時教育)の定めである。「事業者は、労働者を雇い入れた時は、 当該労働者に対し、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行わなければ ならない。労働者の作業内容を変更したときについて準用する」とされ、その内容は労働 安全衛生規則に示されている。雇い入れ時以降の教育については配置転換あるいは作業内 容に変化が生じた場合などに適切に安全又は衛生のための教育を行わなければならないの である。 1-2-2 企業における運転の重要性 物品やサービスの製造、生産および販売等の企業活動を継続的に営む上で不可欠なこと は製品の販路を通じての販売拠点への運搬・運送である。主に物の流れ(物流)と人の流 れであるが、これを支えるのが運輸業である。物流に関してはトラックが、人の流れにつ いてはバスとタクシーが関わっている。 いずれの場合にも求められるのは、円滑で安全な物の流れ(物流)および人の流れであ る。そのいずれの流通においても人々は遅れと事故を嫌う。換言すれば利用者は迅速かつ 安全に物や人が輸送されることを期待するのである。 1-2-3 法定講習の課題 ― 安全運転管理者講習と運行管理者講習について 今日法律で定められた運転者教育、いわゆる法定講習には道路交通法による安全運転管 理者講習と道路運送法による運行管理者講習がある。このうち安管者講習は道交法の定め によって専任された安管者が総理府令で定める交通安全教育を道交法に定める交通安全教 育指針に従って行われる。指針には、「自動車等の安全な運転に必要な技能及び知識その 他の適正な交通の方法に関する技能及び知識を習得する機会を提供するための交通安全教 育の内容及び方法」等を含むべきことが定められている。 安全運転管理者協会等の団体ではそれぞれの法定講習を関係諸規程に基づいてカリキュ ラムを作成し、講習を実施している。筆者はこの講習に講師として協力・参加し、心理学 的視点から運転者教育について講義を行ってきた。その経験によれば講習は多数回開催さ れており、開催頻度はかなり高い。出席率も高いと聞くので講習は相当数の安全運転管理 者及び運行管理者によって聴講され、その効果を期待することができるのである。 それにもかかわらず筆者はこれらの講習のあり方には解決すべき課題があることを指摘 しなければならない。

(4)

1つは講習出席者が多すぎることである。100人、200人、時には300人という多数者が 筆記用の机もないシートに着席して聴講する実態を幾度となく見た。関係者の中には出席 者が多数に上ったことを誇らしげに誇示する人もいる。「今回は250人以上もの人を集めま した」などと。冷暖房の整った劇場型の会場などでは居眠りする参加者も多数見られ、こ れでは質問はおろか討議なども不可能であると考えてしまうケースもある。学習効果は期 待できないのである。 第2の問題は講習内容にある。筆者の場合、講師の依頼を受けるに際して担当者から示 される演題は「運転と心理」とか「安全管理(運行管理)のありかた」等の極めて一般的、 抽象的演題である場合が多い。時には「なんでも良いから○○時間講演を」という依頼を 受けたりする。講習会の講師は警察交通課や運輸局の専門家と筆者等の心理学研究者の講 話で構成されている場合が多いようであるが、具体的にどのような内容で講演すべきかを 示される場合はほとんどない。 筆者は運転者教育のありかたを交通心理学研究者及び交通心理士(主幹総合交通心理士) として心理学的視点から研究し、その成果を講義しているが、各地の情報を側聞するとこれ らの専攻や資格に無縁の講師が私見を述べているケースや心理学研究者であっても「交通 心理学に関する研究歴」のない研究者が担当している事例も多い。このような状況では事 故防止効果が期待されない内容の講習が行われている場合があるように推測され、改善の 必要があると思われる。 2 運転者教育のあり方についての調査研究 交通事故が続発している。図1は昭和50(1975)年から平成17(2005)年までのわが国 の交通事故発生状況を示すものであるが、平成17年には全国で933,828件の交通事故が発 生し、死者数6,871人、傷者数1,156,638人をかぞえた。死者数は漸減傾向を示しているが、 発生件数は高止まりないし増加傾向にある。運転者教育の指導者育成のために企業におけ る体系的交通教育の推進が期待されるが、上に述べたようにその担い手である安全運転管 理者や運行管理者の講習には幾つかの改善すべき点があると考えられる。 改善のためには現状把握が必須であるが、筆者はその方法として事故防止関連の月刊誌 「シグナル」(有限会社シグナル発行)を参照する。同誌は1972年以来毎月「街の交通安全 ニュース」欄を中心に全国各地の交通安全関係情報を詳細に紹介してきた専門誌であるか らである。最近号(405号、2006年11月号)には11県で実施された最近の16件の安全対策 のほか、トラック事故の発生状態の詳細な分析、飲酒運転対策、総務庁主催の交通安全シ ンポジウム等が紹介されており、全国における交通事故防止対策の最近の実施状況につい

(5)

ての情報を得ることができる。このように事故防止対策としての交通教育活動は各地で活 発に行われているのであるが、事故続発の実状を見る限り、それらの活動が事故抑止に奏 功しているとは思われない。活動が有効・適切であるならばわが国の交通事故の発生は抑 止されるはずだからである。 筆者は上に参照したような今日流布している各種対策以外にも実効のある対策が少なか らず伏在しているものと想定している。本研究は交通安全・事故防止の管理、指導および 教育を組織的・計画的に推進すべき、あるいはすることができる立場にある運行管理者お よび安全運転管理者が実施している対策の実状を調査し、実効ある対策の掘り起こしを図 ることを目的とする。 2-1 運転者教育の実施状況に関する調査 本研究は運行管理者および安全運転管理者が実施している対策の実状を調査し、実効あ る対策の掘り起こしを図ることを目的とする。2004年12月から2005年11月まで実施したも のである。 2-1-1 方 法 (1)質問紙調査 実施されている事故対策の概要を把握するために、管理者を置く企業・事業所500社 を対象に2004年度に実施した事故対策の内容、方法、理由及び効果等について質問紙郵 図1 交通事故発生状況の推移(昭和50年∼平成16年)(平成17年警察白書18ページによる) (万件、万人) 事故発生件数 負傷者数 死者数 50 55 60 元 5 10 17 (年) 15 事 故 発 生 件 数 ・ 負 傷 者 数 死 者 数 (人) 120 100 80 60 0 14,000 12,000 10,000 8,000 6,000 0 1,156,633人 933,828件 6,871人

(6)

送法によって調査した。質問紙(アンケート回答用紙)は文末に付録として示す。 (2)個別面談調査 (1)の調査において回答用紙に丹念に記述するなど積極的回答を寄せた会社等50社を 対象に管理者に個別面談聞き取り調査を行った。 (3)集団討議 (1)(2)の調査結果をもとに運行管理者(以下「運管者」)及び安全運転管理者(安管 者)群各20人による小集団討議を行う。 (4)結果のフィードバック(以下「FB」)とアクションリサーチ(以下「AR」) 上の(1)∼(3)の結果の総括報告書「企業内事故対策の実状と効果的対策」(仮称)を 作成して調査対象会社に送付し、感想を求める。 (5)海外調査 BASt(ドイツ)、TRL(イギリス)、BfU(スイス)及びKfV(オーストリア)の4 研究所で交通心理学者と面談して各国の安全管理の現状を調査し、国際比較をする。 2-1-2 結 果 本稿執筆時までに終了した質問紙調査および個別面談調査(42社)の結果の概要を記す。 海外調査の結果は別に述べる。 (1)質問紙調査 質問紙を郵送した500社のうち、106社から回答を得た。社内研修会や部外講師を招い ての大会などを年1、2回とか毎月実施しているという回答が多かった。朝礼で安全を 呼びかける程度の教育に止まるとの回答や具体的な安全対策は実施しなかったという回 答も少なくなかった。しかし個別にみると丁寧に熱意ある計画を推進中の企業もあった。 (2)面談調査 次の類型の回答が多かった。 類型1 「常識的・一般的内容の管理を行っている」と述べた群の主な回答は次の通 りである。 ○トラック協会からおりてくる安全対策、あるいは、安管の講習会で聞いたことを実施 している。 ○本社の安全管理指針等に従って毎月計画的に実施している。 ○全員の集合は困難なため、事務所で顔を合わせた時などに、起きた事故などを話題に して自覚を促したり、気の引き締めを図っている。 ○警察(所轄警察署の交通課長など)あるいは損害保険会社の担当者を講師に招いての 講習を開催した。

(7)

○KYTの実施、ドライブレコーダやデジタコで管理中である。 類型2 「独自の方法で継続中であり、それは事故防止に有効である」と強調した群 の主な回答は次の通りである。 ○コンプライアンスの励行を重点項目化している。道交法の遵守を強調している。 ○安全祈願祭を行って気の引き締めをはかった。小事故は起きるが大事故はない。 ○免停では会社が困るし本人も失職すると強調する。 ○体調管理を十分にして事故回避に努めさせる。 ○点呼の重要性を認識し力を入れてから事故は減少した。 2-1-3 考 察 安全運転管理者群に比較して運行管理者群での活動に計画性が認められた。たとえば安 全運転管理者群では電話での訪問・面談要請に対して「何もやっていないので来社は困る」 と応答した企業が8社あった。訪問時に何もしていないと述べた会社も3社あり、運行管 理者群にはこのような例が皆無だったことを考えると安全運転管理者群での運転者教育・ 管理に改善すべき課題が多いとの強い印象を受けた。 有益な事例もあった。(1)発生した事故事例を季節毎に編集し直してKYT教材を作成 し、本人に説明させ対策案を言わせた。身近な事例は運転者にとって具体的なので有効と 思われた。(2)社長の肝いりで安全立案者が置かれ、事故再発防止研修会を開始した。事 故惹起者4、5人が集まり、自分の事故を説明した。自己評価しリポート提出させた。事 故が激減し、他社の関係者から「貴社の運転者の運転が変わった」といわれることも出て きた。(3)交差点観察で一時停止・確認を的確に励行する車両が多く見られた会社を訪問 し、面談した。管理者によれば、筆者の講演等で一時停止・確認の意義・重要性を知った ので、「必ず止まれ」と指導しているという。安管者事業所にも類似のケースがあった。 2-2 事業用自動車による交通事故の増加 安全教育関係の月刊誌にはほとんど毎月全国の運行管理者・安全運転管理者等の交通教 育活動(とくに成功例)が紹介されている。「これなら期待できる」と思いたくなるのだ が、残念ながら実態はそうではないようである。「効果があった」と伝える記事であって も、それを裏づける資料がほとんど示されていないからである。現実をみると、事業用自 動車による交通事故が、過去十数年、全事故よりも大きな増加率で推移しているという (月刊自動車管理2006年7月号による)。これは由々しいことである。何とかしなければな らないのであるが、どうすればよいのだろうか。

(8)

図2 業態別交通事故発生件数の推移(平成4年∼16年) 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 (年) 160 140 120 100 80 167 151 144 137 ハイ・タク バス 全事故 トラック (平成4年を100とした指数) 発   生   件   数 ︵ 指 数 ︶ 2-3 事業用自動車事故増加への対処のあり方:「運行管理者・安全運転管理者」が困っ ていること 筆者(長塚、1994)は「事故発生の実態」と「実際に行われている事故防止対策」との 間にはズレがあること、そして実態に添わない対策が採られていることが事故続発に歯止 めがかからない理由であることを指摘し、1993年から1994年の間に関連する調査研究を行 ったことがある。各企業や事業所で多発している事故の実態を知り、その実態にマッチし た対策が講じられているかどうかを調査したのである。 運転者教育のマンネリ化を防ぐ方策を探る目的で、運行管理者に質問紙を送り、「多発 している事故の内容」、「実施している事故対策」及び「運行管理に関して困っていること」 を含む回答を求めた。82社から回答が寄せられ有益な資料を得たが、そのうち新潟地域の 約45社の結果を要約すると次の通りである。 2-3-1 事故の内容に関する困りごと (1)構内におけるバック事故の多発:バック時の後方確認不足による接触事故が多く 困っていると述べた管理者が最も多かった。具体的な表現を記せば、「夜間の営業所 内での小事故の多発」、「帰着時の構内事故」、「車両格納時のバック事故(対物、対 車両その他)」、「安易な気持ちでのバックでプラットホームを壊す、倉庫扉を壊す」 などが多かった。 (2)第2位は「信号機のない交差点で止まらないための出合い頭事故が多い」という

(9)

もので、これに信号無視事故、接触事故、一時停止しない車の飛び出しと当方の急 な車線変更による車内事故、右左折時の接触事故、前方不注意・わき見、スピード 超過、追突事故等で困っているというものが続いた。 スピード関係では「スピードには常に注意を与えているが、全般的に(特に夜間は)流 れが非常に早くなっている。自社の車のスピード抑制とのかねあいが難しく困っている」 あるいは「速度管理が難しい」述べた。 2-3-2 事故以外の困りごと (1)コミュニケーションがうまくいかない ちょっと強く注意するとふてくされる、指導に従わない、注意しても時間が経つと 悪い癖がまた出てくる、訴えても運行前点検をしない、遅刻・早退者はいくら言って も治らない、など運転者指導法や点呼における始動事項の徹底方法が知りたい。プロ という自負心が強いためか指導に従おうとしない、事故多発者ほどそういう傾向があ る。プロ意識が強く、自分は運転がうまいと思っている、注意すると乗務員同士でか ばい合う、事故反復者、客とのトラブルで何回も電話(苦情)がくる運転者。 (2)健康管理、生活指導上の困難点:高齢運転者の管理法、深酒などの生活面の指導、 体調や生活リズムを壊して休む人、急病で当日休まれる、家庭内心配事や私生活が 把握できず健康管理ができない (3)その他の困りごと 点呼専用の部屋がない、都市部で休憩場所がない、事故が連鎖的に続発する、点検 不足による車両トラブル、運転者不足など(以上はトラック関係者)、事故、特に人 身事故について処理の難しさを運転者にも経験させたいがその方法は何か。 3 調査で知る実態と対策のミスマッチ 管理者は「自社や取引先内などの身近な場所での小事故と交差点での事故頻発や運転者 とのコミュニケーションの取れなさに腐心している」。このような事故発生の実態に即し た具体的対策が体系的に採られていないところに企業における交通教育の問題点があると 思われる。交通教育の現場では研修の内容が多面的で、あれもこれもと詰め込み教育にな っていることである。交通事故統計に依れば、事故に結びつく運転者等の問題行動は「わ き見、前方不注視、安全不確認」などの「知覚不全」及び「一時不停止」であることが明 白である。それのも拘わらず、指針や教則本にはそのような内容の記述はなく、講習担当 者もそのような事実に言及しないのである。筆者がこれまで関係学会等で指摘してきたよ

(10)

うに運転者教育の任にある安管者や運行管理者は事故原因は「スピード」、「酒酔い」及び 「運転者の不注意」であると認知し、従って運転者には「スピードを出さず、注意して運 転せよ」という指導を行う強い傾向を持っているのである。 事故防止につながるポイントを交通事故の実態に即して「知覚不全を回避するために一 時停止等の励行によって安全確認を徹底すること」を示すべきであるのにこれととかけ離 れた、あるいは偏った理解をして運転者指導、安全教育をしているのであるから、事故減 少は期待されないと言わざるを得ない。 4 ある重要なシンポジウム 1991年の日本交通心理学会43回大会のシンポジウムは、「指定自動車教習所における運 転者教育の方法を考える」と題するものだった。「昔のこと」だが、シンポジストの一人 滝沢の指摘は運転者教育の勘所を示したものと考え、私は講演や原稿執筆の折に思い出し て紹介している。滝沢は次のように述べた。 4-1 欠けている「情報の取り方」の教育 「事故が多発している理由は、教習所教育において、運転にとって特に大切な情報の取 り方をしっかりと教えていないところに問題があると思う。エンジンのかけかたとかハン ドルの切り方など専ら自動車という機械の動かし方は教えるが、運転に必要な情報の取り 方を体系立てて教えていないせいではないか・・・」と。滝沢は「事故多発の原因を探っ てみたところ、ドライバーの情報の取り方が不正確で、間違った、遅れたあるいは見落と したというケースがほとんどだった」とも述べておられる(シンポジウム記録集により筆 者が文章表現を一部改変)。どれも指導的・管理的立場にある人の発言として傾聴すべき ことである。 4-2 「情報の取り方」をどう学ばせるか 事故の原因として情報の取り入れ方に問題があると言う滝沢の指摘は筆者の「知覚不全 (よく見ないこと)が事故多発の原因である」とする指摘と一致する。 筆者は日本交通心理学会の一時停止・確認キャンペーンの提言をもとに協力企業でアク ションリサーチを継続している。そのうちアルピコタクシー(長野県)の最近4年間の事 故発生状況を同社の了解を得て記すと、「安全不確認」による事故が最も多く、有責事故 件数の約70%を占めているという。スピード超過や酒酔い事故はない。もう一つの共同研 究企業である大栄交通(横浜市及び東京都板橋区)の場合も同じ傾向がある。表1及び図

(11)

3に明らかなように全国を見ても身近な企業を見ても、多発している事故は「安全不確認」 による事故なのである。 今わが国では飲酒運転や暴走による重大事故の続発により全国民の耳目は特に飲酒運転 の徹底的排除に向けられている。このことは当然のことであるが、事故続発の抑止を図る 図3 事故発生率の年次推移(新潟県の場合) ∼75 ∼80 ∼85 ∼90 ∼95 ∼00 ∼05(年) 70 60 50 40 30 20 10 0 飲酒 スピード 一時不停止 知覚不全(安全不確認など) 全 事 故 発 生 件 数 に 占 め る 発 生 率 表1 交通事故の違反別発生状況(平成17年中) 全 国* 違 反 名       発 生 件 数 ●安 全 不 確 認 2 6 9 , 9 4 8 ●脇 見 運 転 1 4 7 , 0 8 7 ●動 静 不 注 視 9 6 , 0 2 5 運 転 操 作 6 4 , 8 2 1 ●漫 然 運 転 5 7 , 1 9 4 一 時 不 停 止 4 2 , 5 9 6 信 号 無 視 2 8 , 8 1 8 最 高 速 度 5 , 0 7 0 酒 酔 い 4 7 1 新 潟 県** 違 反 名       発 生 件 数 ●前 方 不 注 意 4 , 5 6 4 ●安 全 不 確 認 4 , 0 7 4 ●動 静 不 注 視 1 , 3 3 5 ブ レ ー キ 操 作 1 , 2 1 6 一 時 不 停 止 8 5 0 信 号 無 視 6 0 5 ハ ン ド ル 操 作 5 2 9 最 高 速 度 2 5 酒 酔 い 4 * 交通統計平成17年版による  ** 平成17年新潟県交通年鑑による 新潟県の統計では前方不注意、安全不確認、動静不注視は「わきみ」としてまとめられている。 ●印を付した違反名は、通常「安全運転義務違反」と一括して示されている。

(12)

には飲酒による事故の何十倍も発生している安全不確認等の「知覚不全」事故の抑止対策 も忘れてはならないのである。 4-3 「安全不確認事故」対策、どうするか 先頃上記の2社で数回の小集団教育を行った。事故ゼロを狙うという会社の意気込みも あり、参加者の構えは意欲的だった。20人前後のグループによる小集団研修である。 会社から最近の事故発生状況を示す統計資料を配布してもらい、運転者には最近の各自 の事故経験を順に語ってもらった。また各自の一時停止の実行状況について自己採点を求 めた。私は各自の発言と統計資料をもとに自社の事故をなくす方法は何かとたずねた。次 いで私は安全不確認による事故が多いことを述べ、全国及び新潟県の資料も示した。そし て、再度、「自社の事故、すなわち安全不確認による事故をなくすにはどうすればよいと 思うか」とたずねた。 4-4 「慎重に見る」、「じーっと見る」でよいか 回答は配布した紙に書いてもらった。これには理由がある。口頭で回答を求めると「分 からない」などと言って回答が得られないが、記入を求めると大抵の人が書く(回答する) からである。もう一つは「書いた通りに読んで下さい」といえば他人の影響を受けない回 答が得られるからである。 各群で10人に答えてもらった。ほぼ共通に「今まで以上に慎重に確認する」、「左右を何 度も見る」あるいは「見落とさないようにじーっと見る」等という回答に分かれた。 私は「それで良いか」と聞いた。「今まで以上にとはどうすることか?」あるいは「じ ーっととは?」と重ねて聞いた。沈黙が生じたが、一人が手を上げてこう言った。「ちゃ んと確認できるスピードに落として見る、たとえば一時停止などして確かめる」と。 4-5 討議の過程で自発的に得られた「正解」 「確認できるスピードに落として見る、一時停止などしてもの(クルマ)をよく確かめ る」。これは一時停止の真意を理解した正答であるが、それ以上に貴重なことはこの回答 が小集団教育の参加者から自発的に出されたということである。 一時停止の自己評価点で100点という人は少ない。減点の理由を聞くと、「大体止まるが 止まらずに通過することがあるから」、とか「停止線で止まることはないから」とか「よ く見えれば止まらなくてもよいと思うから」という人が多い。要するに一時停止しない人 が極めて多いのである。 私は、提案したキャンペーンは「一時停止キャンペーン」ではなく「一時停止・確認キ

(13)

ャンペーン」であることを再度述べ、一時停止の目的は確認のためであることを強調する。 しかし、小集団活動で理解が深まり、望ましい答は出たが「確認できれば一時停止しなく ても大丈夫」という意見は多く、課題は残る。 5 交通教育の方法を考える際に留意すべき基本的事項 運行管理者や安全運転管理者は自社や取引先内などの身近な場所での小事故と交差点で の事故頻発や運転者とのコミュニケーションの取れなさに腐心している。このような事故 発生の実態に即した具体的対策が体系的に採られていないところに企業における交通教育 の問題点があると思われる。 交通教育の方法を考える際に留意すべき基本的事項を2つ示したい。一つは事故をその 責任の所在の見地から区分して考える必要性についてである。もう一つは交通事故撲滅へ の道を3つのステップに区分・整理して辿る必要性についてである。 5-1 事故をその責任の所在の見地から区分する 事故が起きると作業者の責任が問われ、そのヒューマンエラーが問題にされる。確かに 多くの場合個人的要因が原因の大半を占めるといわれるが、事故は個々の事例で原因が異 なり、個人的要因と社会的・環境的要因が複合的に交叉して発生すると考えられるので、 事故防止対策を講じる場合には個人的要因以外の要因にも配慮することが望ましい。その 意味で北村(1972)の責任の所在の視点からみた事故の分類は参考にすべき好例である。 (1)不可抗力による事故:竜巻、雹(ひょう)、落雷、火山噴火、地震など、現在の知 識では予測できない、あるいは予測できても対応の困難な天変地異による事故である。 (2)準不可抗力による事故(社会責任事故):大気・海洋汚染や薬害など、予防や防災 の対策の責任は政府や関係当局あるいは国際社会に帰せられる事故で、個々の施設、 事業所、個人の注意などでは防止できない事故である。 (3)管理者責任事故:事業所、施設、学校などの環境の管理不備に原因がある事故な ど集団・小社会の管理者に責任が課せられ、事故に遭った個人には責任がない事故 である。 (4)個人責任事故:作業者本人やその共同作業者の配慮や注意によって十分に回避す ることができた事故で、その責任は専ら個々の作業関係者に帰せられるものである。 5-2 交通事故撲滅に必要な3つのステップ 当たり前のことだが、事故をなくすためには交通参加者、特に運転者が事故を発生させ

(14)

ない行動をすればよい。これまで述べてきたように、それは「一時停止を実行し、はっき りと安全を確認する運転」であるが、これを達成するには準備が要る。私は3つのステッ プを踏むことが必要であると考えている(下図参照)。各ステップについて説明しよう。 5-2-1ステップ1 交通事故実態の正しい理解 運転者教育では安全意識を改善することが大きなポイントである。これは運転者に排除 すべき事故原因を正しく理解させることである。交通事故が運転者のどんな行動によって 発生しているかを正確に示す必要がある。運行・安全運転管理者が運転者教育にあたって 最初になすべきことは、何よりも、「自分の会社の事故」を引き起こしている問題行動が 何であるかを運転者に正しく理解させることである。自分の会社の事故を運転者の行動に 注目して的確に分析し、原因別(第一当事者の違反別)の統計を運転者に示すことが重要 である。範囲を広げて地域(県市町村)、全国についても同様の事故統計を示すことも大 切である。そして次にそれをなくすにはどうするかを社員に考えさせることである。 この場合、驚くほど共通するのは、ほとんど全ての場合「安全不確認」及び「信号無視」 「一時不停止」などが上位を占めるということである。スピード超過や酒酔いが問題と認 知している運転者には「意外だ」とか、何かの間違いではないかなどという者がいるほど である。私は運転者に「こうした事故の実態をしっかりと受け止めるように」と述べ、小 集団活動等を徹底して理解を深めさせている。なお、運転者教育では月別、時間別・曜日 別あるいは道路種別・昼夜別等々の発生状況の統計は当面は不要である。排除すべき行動 との関係が示されないからである。 5-2-2 ステップ2 安全意識の改善をはかる 排除すべき問題運転行動が安全不確認及び一時不停止なのだから「一時停止・確認を実 行せよ」と指示ればよいと思われるがそれでよいのだろうか。否である。事柄はことほど 最終目標       事故撲滅 ↑ ステップ3     運転行動の改善 ↑ ステップ2     安全意識の改善 ↑ ステップ1   交通事故実態の正しい理解 図3 事故撲滅への3つのステップ

(15)

左様に簡単ではない。運転者に「一時停止・確認を実行しよう」という気を起こさせなけ ればならない。しかしこれも容易ではない。その前に運転者が「一時停止及び安全確認を 実行することが大事である」と認知するようにならなければならないからである。 これは「物事に対する認知がその人の行動の仕方に影響を及ぼす」という心理学の基本 的な考え方からみて非常に大切なことである。図にはステップ2として示した。事故の原 因を「スピードの出しすぎ・飲酒」と誤って認知している人を「安全不確認・一時不停止」 であると実態に即して正しく認知するように導かなければ、「一時停止・確認」という行 動は生まれないからである。 5-2-3 最終ステップ 運転行動の改善をはかる ステップ1及び2の段取りをきちんと辿ることによって最終段階に進むことになる。事 故撲滅への最終ステップである。しかしこれもそう簡単なことではない。ステップ1及び 2を踏まえたねばり強い取り組みが必要である。一時停止行動が実際に実行されるとは限 らないからである。一時停止すべき交差点における実態調査・観察等を計画的に継続して 実状を把握すること、一時停止が実行されていない場合には研修をくり返すなどして実行 を促すことが大切である。 引用文献 滝沢武源 1991 指定自動車教習所における運転者教育の方法を考える 日本交通心理学会第43回大会 シンポジウム記録集 10ページ。 長塚康弘 1994 運行管理者の困りごと ― 運転者教育のマンネリ化を防ぐ方策を探る ― 日本交通心理 学会49回大会論文集 長塚康弘 2006「一時停止・確認キャンペーン青森研究」報告 ― 日本交通心理学会「一時停止・確認キ ャンペーン」青森研究報告書 1-12 長塚康弘 2006 効果的な交通事故防止対策の具体化についての心理学的研究 日本心理学会70回大会 論文集 附記 本研究は(財)三井住友海上福祉財団の助成を得て行われた成果の一部である。

参照

関連したドキュメント

指定管理者は、町の所有に属する備品の管理等については、

2.認定看護管理者教育課程サードレベル修了者以外の受験者について、看護系大学院の修士課程

タービンブレード側ファツリー部 は、運転時の熱応力及び過給機の 回転による遠心力により経年的な

さらに体育・スポーツ政策の研究と実践に寄与 することを目的として、研究者を中心に運営され る日本体育・ スポーツ政策学会は、2007 年 12 月

○運転及び保守の業務のうち,自然災害や重大事故等にも適確に対処するため,あらかじめ,発

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

第12条第3項 事業者は、その産業廃棄物の運搬又は処分を他 人に委託する場合には、その運搬については・ ・ ・

(2)燃料GMは,定格熱出力一定運転にあたり,原子炉熱出力について運転管理目標を