特別な教育的ニーズのある子どもの主訴とWISC−ⅠⅠⅠ
の関連性
一特別支援教室「すばる」の来談者を対象とした検討一
田中 栄美子・恵羅 修吉*・馬場 広充
762−0037 坂出市青菜町2−7 香川大学教育学部特別支援教室*760−8522 高桧市幸町1−1香川大学教育学部
RelationshipsbetweenWISC−IIIMeasuresandChief
ComplaintsofChildrenwithSpecialEducationalNeeds:
SurveyofSamplesinSpecialSupportClassroom“SUBARU’’
EmikoTanaka,ShukichiEraandHiromichiBaba
箪,eCfαJ物OrJCJα∫∫和0椚dJ加ゐedわ伽fbc〃砂q/且ゐc(Jfわ〃,&騨抑αU乃れ唱和吻2−㌃加由一Cカ0, &姑加鹿7尻Z−00j7 *鞄c〟妙q/g血cαJわ乃,物WαU乃ルピ和才功ノーノ,5bgw(フ∼−C/zo,乃肋椚dね〟7∂0−β522 要 旨 本研究では,特別な教育的ニーズのある子どもの主訴とWISC−Ⅲの関連性を検討す るため,特別支援教室への来談者の主訴を内容で分類し,WISC−Ⅲの各指標について主訴の 有無による群間比較を行った。その結果,「計算」「推論」「読解」の主訴については全般的 な知的水準の関与が,「読む」には音韻的処理能力との関連が示唆された。また,主訴とし ての「注意」の問題については,多面的に評価することの必要性を指摘した。 キーワード アセスメント,主訴,WISC−Ⅲ知能検査,認知特性 問題と目的 特別な支援を必要とする子どもの教育におい て,まずは子どもの状態や特性を的確に把握す ることが求められる。そのためには,様々なア セスメントを通して多面的に情報を収集する必 要がある。なかでも,子どもの知的能力や認知 特性を把握する心理アセスメントは,LD(学 習障害)やADHD(注意欠陥/多動性障害), 高機能自閉症など発達障害のある子どもに適し た教育支援を行ううえで必須のアセスメントで あるといえる。 近年,子どもを対象とした心理アセスメント として広く使われている検査の一つにWISC−Ⅲ 知能検査(日本版WISじⅢ刊行委員会,1998) があげられる。WISC−Ⅲ知能検査は,子どもの 全般的な知的発達水準に加え認知能力に関する 個人内差を把握することができ,具体的対応へ の示唆が得られるという理由から,教育現場や 専門機関においてその臨床的適用が高く評価さ れている。こうした現状において,WISC−Ⅲを 指標として,発達障害のある子どもの認知特 ー63−いえる。しかしながら,これまで主訴という視 点から認知的特徴を検討した報告はほとんど見 あたらない。主訴の内容によって認知機能に特 徴が見られるのか,どういった認知的要因と関 連しているのかを検討し,その知見を明らかに することは,子どもの理解と支援に有用な情報 を提供するものと考える。 そこで本研究では,子どもが示す学習に関連 するつまずきや困難について,主訴をその内容 別に分類し,主訴内容と認知能力との関連につ いて検討することを目的とした。具体的には, 過去3年間に香川大学教育学部特別支援教室 「すばる」でWISC−Ⅲを実施した事例について, 主訴内容によるWISC−Ⅲの認知プロフィールの 比較を行い,両者の関連性について全体的な傾 向を把握することにした。なお,対象児の主訴 については,WISC−Ⅲによるアセスメントに該 当する主訴に限定した。得られた結果について は,海津(2003a)の「学力ー認知能力モデル」 を中心に考察することにした。 方法 1/対象 平成17年度から平成19年度の3年間,香川大 学教育学部特別支援教室「すばる」において WISC−Ⅲを実施した事例のうち,全検査IQが 40未満のものを除外した83名(男児63名,女児
20名;平均年齢9.4歳,SD=2.2,範囲:6−15
歳)を対象とした。なお,対象児は,小学生が 73名,中学生が10名であった。 2.手続き 対象児の主訴を整理し,8項目に分類した。 項目の設定と分類方法については以下のとおり である。まず,文部科学省(2004)がLDの定 義に挙げている6つの領域(「聞く」,「話す」, 「読む」,「書く」,「計算する」,「推論する」)を 分類項目とし,上野・海津・服部(2005)に示 されている各領域の構成要因に従って分類を 行った。また,集中の持続や不注意に関する内 容を分類する項目として「注意」を設定し,文 性をとらえようとする研究が数多く報告され ている。特に従来の研究では,WISC−Ⅲのプロ フィールの比較により対象児の認知特性の把握 および解釈が行われてきた。例えば,小山・立 森・長田・戸張・石田・栗田(2003)では,高 機能広汎性発達障害と注意欠陥/多動性障害の 認知プロフィールの比較を行い,両者の認知能 力の相違点および類似点を明らかにしている。 同様にして,伊藤(2007)では,アスペルガ一 障害と高機能自閉性障害における認知特徴の相 違についてWISC−Ⅲのプロフィールを用いて比 較検討している。 一方で,海津(2003a)は,学力と認知能力 の関連についての研究報告が充分なされてい ないことを指摘し,LD児の学力のつまずきと 認知能力との関連について検討している。具 体的には,LD児の学力のつまずき要因をもとに海津(2002)が作成したLDSC(Learning
DisabilitiesScreeningChecklist)とWISC−Ⅲ
の群指数との関連を検討し,「LDの学力ー認知能力モデル」を示した。また,このモデルに
よって裏付けされたLDSCを用いて,学力の指 標がおおよそ認知能力の特性を反映しうること を確認し,学力面からLDにアプローチするこ との重要性を強調している(海津,2003b)。 LDなど認知能力の偏りによるつまずきや困 難を抱えている場合,背景にある認知的要因を 探り,認知特性に応じた指導・支援をおこなう ことが重要かつ効果的である。学校現場では, 主に教師の問題への気づきからアセスメントを 行い,子どもの状態像の見立てと指導方針の決 定へとつながっていく場合が多い。このような プロセスをふまえると,教師が子どもの学力の 状態像から認知能力の特徴を予測することを可 能にした海津(2bo3a)の報告は,学校現場に 価値ある資料を提供したといえる。一方,相談 機関や療育機関では,初回面接時に保護者およ び担任,本人が相談したい問題,つまり主訴を 把握することから始まる。主訴の把握は,子ど もの理解および支援プロセスの最初に位置づけ られ,アセスメントの解釈,状態像の見立て, 具体的対応の決定は主訴に基づいてなされると部科学省(2004)に示されているADHD(注
意欠陥/多動性障害)の判断基準を参考に分類 した。さらに,多くの事例において主訴として あげられた“文章の読み取りができない”,“文 章題が苦手”といった文章理解に関する内容に ついては,「読む」とは別に「読解」として項 目を設定し分類した。主訴の各項目と分類内容 については,APPENDIXに示した。 WISC一Ⅲは,この検査に習熟した心理専門ス タッフにより,静かな部屋で個別に実施された。全ての対象児の検査は,同じ心理専門ス
タッフにより実施された。検査の実施に先立 ち,保護者と対象児に対して検査に関して説明 し同意を得た。WISC−ⅢのIQ(全検査IQ,言語性IQ,動作
性IQ)および群指数(言語理解,知覚統合, 注意記憶,処理速度),下位検査評価点(知識,類似,算数,単語,理解,数唱,絵画完成,符
号,絵画配列,積木模様,組合せ,記号探し, 迷路)の各指標について,それぞれの項目の主 訴の有無による比較をおこなうためt検定(両 側検定)を実施した。また,主訴の有無とⅤIQ とPIQのディスクレパンシーならびに群指数間 のディスクレパンシー(言語理解/知覚統合, 言語理解/注意記憶,言語理解/処理速度,知 覚統合/注意記憶,知覚統合/処理速度,注意 記憶/処理速度)との関連性について検討する ため,それぞれに有無による2×2のズ2検定 を実施した。 結果 1.主訴による分類 主訴により分類した結果をTablelに学年 別の内訳とともに示す。各主訴に該当した人 数は,「聞く」が33名,「話す」が23名,「読 む」が15名,「書く」が58名,「計算する」が17 名,「推論する」が20名,「注意」が41名,「読 解」が44名であった。「書く」の主訴が最も多 く,全対象児の69.9%が該当した。一方,最も 少なかったのは「読む」で,該当児は全対象児 の18.1%にとどまった。 学年別で見てみると,小学生では主訴が8項 目に分散し,学年別で目立った偏りがみられな 学年別主訴の分類結果 Tablel 年 主訴の有無 聞く 有り 無し 3 1 0 1 中折 2 3 0 3 中﹃ 1 6 3 3 中﹃ 4 7 1 6 ヽ 二 丁 目 3 1 7 4 ヽ l ﹂肝 2 5 5 0 ヽ l l パ 1 2 6 6 ヽ l ﹂肝 小5 小6 n=17 n=11 話す 有り 無し 4 1 1 2 0 1 読む 有り 4 3 無し 8 12 1 0 1 書く 有り 9 10 5 無し 3 5 6 計算 有り 4 ・2 1 無し 8 13 10 推論 有り 1 4 0 無し 11 11 11 注意 有り 5 9 4 無し 7 6 7 読解 有り 5 9 6 無し 7 6 5 −65一4.主訴の有無による各tQおよび群指数にお けるディスクレパンシーの検討
Table2は,それぞれの主訴の有無とIQ間
ならびに群指数間のディスクレパンシーの有無 により分類した人数を示したものである。「書 く」については,言語理解/知覚統合の対比で 有意差が認められた(ズ2=5.20,p<.05)。 「推論する」については,言語理解/処理速度 の対比で有意差が認められた(ズ2=4.59,p <.05)。このほかの主訴である「聞く」,「話 す」,「読む」,「計算する」,「注意」,「読解」に ついては,いずれの対比においても有意差はな かった。 考察 本研究は,特別な教育的ニーズのある子ども の主訴の内容とWISC−Ⅲの関連性について検討 することを目的とした。方法としては,WISC− ⅢのIQ,群指数,下位検査評価点の各指標に ついて,主訴の有無による群間比較をおこなっ た。本研究の結果は,LDSCとWISC−Ⅲの関連 を検討した海津(2003a)の報告と,いくつか の点で違いが見られた。よって,海津(2003a) との比較から考察を始めることにする。 主要な相違点としては,「聞く」,「話す」, 「書く」の3つの主訴において,海津(2003a) は,LDSCとWISC,Ⅲにおける群指数の間に複 数の有意な相関を認めた。一方,本研究では, WISC一Ⅲのいずれの指標においても主訴の有無 による群別の比較で有意差が得られなかった。 これらの相違については,海津(2003a)と本 研究との方法上ならびに統計処理上の違いに起 因する点が大きいと考える。 まずは分析の対象について,海津(2003a)は, 小学生を対象として,一定の知的水準と障害の 種別により条件を統制した。すなわち,広汎性 発達障害,情緒障害,知的発達水準が境界線域 と疑われる事例については,分析の対象から除 外した。これに対し本研究では,教育相談に来 談した子どもの全体的な傾向を把握する観点か ら,WISC−Ⅲの全IQが測定可能であった小・中 かった。一方,中学生では「話す」,「読む」に 関する主訴がほとんどなく,「書く」,「注意」, 「読解」に関する主訴が多かった。 2.主訴の有無による旧および群指数の比較 それぞれの主訴の有無によるIQと群指数の 平均値をFigurelに示す。「聞く」,「話す」, 「書く」については,いずれのIQおよび群指数 においても有意差はなかった。「読む」につい ては,IQでは有意差がなかったが,群指数で は注意記憶で主訴有り群が主訴無し群よりも有 意に低い得点であった。「計算する」,「堆諭す る」,「読解」については,すべてのIQで主訴 有り群が主訴無し群よりも有意に低く,群指数 については,「計算する」と「読解」が言語理解, 知覚統合,注意記憶,「推論する」が言語理解 と知覚統合で主訴有り群が主訴無し群よりも有 意に低かった。「注意」については,いずれの 指標についても主訴有り群のほうが主訴無し群 よりも高い得点を示した。これは,他の主訴に は認められない特徴である。その差は,全検査 IQと動作性IQ,群指数では知覚統合と処理速 度において有意であった。 3.主訴の有無による下位検査評価点の比較 それぞれの主訴の有無による下位検査評価点 の平均値をFigure2に示す。「聞く」,「話す」, 「書く」については,いずれの下位検査におい ても目立った差異は認められず,統計的にも有 意差を認めた下位検査はなかった。「読む」に ついては,知識,算数,数唱,「計算する」に ついては絵画完成,知識,類似,算数,積木模 様,組合せ,「推論する」については絵画完成, 知識,積木模様,組合せ,記号探し,「読解」 については符号,記号探し,迷路以外すべての 下位検査で有意差が認められ,いずれも主訴有 り群が主訴無し群よりも評価点が有意に低かっ た。「注意」については,理解,記号探しで主 訴有り群が主訴無し群よりも有意に高かった。■■主訴無し ⊂::::=::::コ主訴有リ 5 0 5 ∩︶ 5 0 5 0 0 0 9 9 8 8 7 7 5 0 5 0 5 0 5 0 0 ∩︶ 9 9 8 8 7 7 V[Q PLQ FSIQ VC PO FD PS VIQ PIQ FS[Q VC PO D F P S 5 0 5 0 5 0 5 0 0 0 9 9 0U ︵0 7 7 1 1 5 0 5 0 5 0 5 0 0 0 9 9 8 ▲‖0 7 7 1 1 得 点
VIQ PIQ FSIQ VC PO FD PS VIQ PIQ FSIQ VC O P F D P S
5 0 5 0 5 0 5 0 ∩︶ 0 9 9 8 8 7 7 5 0 5 0 5 0 5 0 0 0 9 9 8 00 7 7 1 1 S P D F
VIQ PIQ FSIQ VC PO FD PS V[Q PIQ FSIQ VC PO
5 0 5 0 5 0 5 0 0 0 9 9 只︶ ▲H 7 7
5 0 5 0 5 0 5 0
0 0 9 9 8 8 7 7
1 1
VIQ PIQ FSLQ VC PO FD PS VIQ PIQ FSIQ VC PO FD PS IQ・群指数
Figurelそれぞれの主訴の有無によるIQと群指数の得点
VtQ:言語性IQ.PIQ:動作性】Q′FSIQ:全検査IQ V⊂:言語理解,PO:知覚統合′FD:注意記憶,PS:処理速度 器p<.05′碁☆p<.01 ー67−■■ 主訴無し [===============コ 主訴有リ 2 1 ∩︶ 9 8 7 6 5 4 2 1 0 9 只︶ 7 6 5 4 積木 ﹁﹂し.‖‖﹂ 酉夕 符号 完成 数唱 理解 単語 算数 類似 知識 組記迷 合号路 迷路 記号 組合 積木 配列 符号 完成 数唱 理解 単語 算数 類似 知識 2 ■1 0 9 nO 7・6 5 4 つエ1 0 9 nO 7 6 5 4 評価点 知 頬算単理数完符配 識似数語解唱 成号列 迷路 記号 組合 積木 2 1 0 9 00 7 6 5 4 2 ▲1 0 9 00 7 6 5 4 知短算単理数完符配積組記迷 識似数語解唱成号列 木合号路 知類算単理数完符配積組記迷 識似数語鯨唱成号列 木合号路 2 1 0 9 8 7 6 5 4 2 1 0 9 8 7 6 5 4 迷 知頬算掌理数完符配積組記迷 識似数語解唱成号列 木合号路 下位検査 知類算単理数完符配積組記 識似数語解唱成号列 木合号路 Figure2それぞれの主訴の有無による各下位検査の評価点の比較 非p<.05′柵p<.01
Table 2 それぞれの主訴の有無とVIQ/PIQ問ならびに各群指数間におけるディスクレパンシー
の有無による分類(数値は人数)
ⅤIQ/PIQ VC/PO VC/FD VC/PS PO/FI) PO/PS FD/PS
主訴の有無 無し有り 無し有り 無し有り 無し有り 無し有り 無し有り 無し有り
聞く 有り 20 13 22 11■ 2112 20
無し 25 25 29 21 3119 25
9 4 1 4 6 2 3 3 5 1 2 24 9 24 32 18 34 9 6 1話す 有り 12 11 13 10 13 10 13 10 16 7 16 7 17 6
無し 33 27 38 22 39 21 32 28 44 16 40 20 4119
読む 有り 7 8 8 7 10 5 4 11 13 2 10 5 10 5無し 38 30 43 25 42 26 41 27 47 21 46 22 48 20
書く 有り 28 30 31 27 34 24 31 27 40 18 4117 39 19
無し 17 8 20 5 18 7 14 11 20 5 15 10 19 6
計算 有り. 9 8 9 8 9 8 9 8 12 5 12 5 12 5無し 36 30 42 24 43 23 36 30 48 18 44 22 46 20
推論 有り 10 10 12 8 14 6ノ 15 5 12 8 15 5 15 5
無し 35 28 39 24 38 25 30 33 48 15 41 22 43.20注意 有り 18 23 23 18 23 18 20 21 29 12 27 14 28 13
無し 27 15 28 14 29 13 25 17 3111 29 13 30 12
読解 有り 27 17 29 15 3113 23 21 3113 29 15 3113
無し 18 21 22 17 2118 22 17 29 10 27 12 27 12
ⅤIQ,言語性IQ;PIQ,動作性IQ;VC,言語理解;PO,知覚統合;FD,注意記憶;PS,処理速度 ゴシック体の数字のマトリクスは5%水準で有意差を認めたことを示す。 学生の全てを分析の対象とした。よって,知的 水準に関しては全検査IQで40以上が対象とな り,海津(2003a)に比べると範囲が広く,ば らつきが大きくなっている。さらに,本研究で の対象児には,広汎性発達障害などの診断がな されている事例も含まれていた。したがって, 両研究が対象としたデータは,対象抽出の観点 からみて等質とは言い難く,そのことが統計処 理の結果に影響したと推察される。 つぎに統計的検定の方法について,以下の差 異が焦点となると考える。海津(2003a)は, WISC−Ⅲとの関連を見る指標にLDSCを用い て,各尺度の得点と各群指数との関連について 年齢で制御した偏相関係数を求めた。これに対 し本研究では,WISC−Ⅲの各指標について,主 訴の有る群と無い群とで群比較をおこなった。 海津(2003a)で有意を認めた偏相関係数の値 をみると,有意ではあるものの弱い相関のもの が多かった。相関の場合,データ数が多けれ ば,比較的弱い相関でも統計的有意に至ること がある。一方,群比較で検定した場合,ばらつ きの大きいデータでは統計的有意に至らないこ とがある。このような統計処理の違いが,海津 (2003a)と本研究での統計的有意性の出現の差 異に関与していると考えられる。 一方で,海津(2003a)と本研究で一貫した 結果を示したものもある。まず,「計算する」 と「推論する」で有意差があった群指数は,海 津(2003a)の結果とほぼ一致していた。海津 (2003a)は,「計算する」と「推論する」で相 関が認められたすべての群指数と「論理的思考」 との関連を指摘し,「論理的思考」が総合的か つ多様な認知能力を背景とするものであること を示唆した。本研究では,「計算する」と「推 論する」において,群指数のみならず,すべて のIQと多くの下位埠査で有意差が認められた。 以上より,これらの主訴は,特定の認知機能と いうよりも全般的な認知機能の弱さと関連して いると考えられる。 「読む」については,群指数では注意記憶, 下位検査では知識,算数,数咽で主訴の有無に よる有意な群間差が認められた。海津(2003a) ー69−る問題が主訴としてあがりやすいことが影響し たものと考えられる。その結果,「注意」の主 訴有り群が主訴無し群よりも相対的に知的水準 が高く,課題遂行においても高い成績であった ことが推察される。なお,一般的に「注意」に 含まれる主訴には,心理学的には,覚醒水準 に関わるような内容と,焦点的注意(focused attention)や持続的注意(sustainedattention) などの注意関連諸機能に関わる内容が混在して
いると考えられる。つまり,主訴に多かった
‘‘注意散漫で集中できにくい”,“授業中ぼーつ としている”などの状態は覚醒水準の問題とし て捉えることも可能であることを考慮すると, 主訴にあがる注意の問題は,注意諸機能の問題 とは必ずしも一致していない。平林・大沼・藤 沢ら(2005)は,広汎性発達障害のある子ども と注意欠陥/多動性障害のある子どもにおいて, 不注意,多動性一衝動性の共通した行動の問題 を有していても,両者の注意機能の特徴は異な ることを明らかにした。したがって,行動面に 現れる注意集中の問題と心理学的な注意機能の 問題とは区別して捉えていく必要があると考え る。さらに,WISC−Ⅲの群指数に含まれる注意 記憶は,言語的ワーキングメモリーを評価する ものであるが(前川・岡崎,2006),その名称 からも一般的に注意集中の問題と関連づけて解 釈されることが多い。本研究においても,「注 意」の主訴を有する子どもと群指数の注意記憶 との関連は見られなかったことから,注意集中 の困難と群指数の注意記憶の低さを容易に関連 づけて解釈することには注意しなければならな いといえる。以上のことから,注意に関するつ まずきや困難に対しては,WISC−Ⅲを用いた解 釈に限界があることを考慮し,行動アセスメン トや注意機能を指標とした検査の実施等で丁寧 に対応していくことが重要であろう。 主訴の有無による各IQおよび群指数におけ るディスクレパンシーの検討では,ほとんどの 主訴において有意差が認められなかった。この ことは,ディスクレパンシーが個人内差を示す 指標であるため,主訴の内容からディスクレパ ンシーの特徴を得ることは期待しにくいことを では,群指数の言語理解,注意記憶で有意な相 関を認めたが,特に注意記憶で相関が高かった という結果と一致するものである。従来の研究 において,読みには音韻処理が関連することが 明かにされている(e.g.,細川・室谷・二上・ 前川,2004;大石,1992,1997;田中・兵頭・大 石・Wise・Snyder,2006)。本研究における「読 む」の項目では,読解に関する内容は除いて, 読字に関する主訴のみを分類した。「読む」の 項巨=こおいて,主訴の有無と音韻処理の要素が 強い注意記憶との間に関連性が認められたこと から,読字の段階においては,言語理解能力 よりも音韻的処理能力が影響している(海津, 2003a)ことが再確認された。下位検査の知識 との関連については,読字のつまずきから文字 情報を通して得られる学習の不十分さが推測さ れ,結果的に知識の不足につながっていると考 えられる。 本研究で「読む」から独立した項目として設 定した「読解」については,海津(2003a)の「読 む」に含まれる理解の尺度と一致した結果が得 られた。読解能力について,海津(2003a)は, 読みの基本的な能力以上に,全般的な言語能力 により関連することを示唆している。文章の読 解は,特定の刺激への注意の限定とコントロー ル,単語の符号化,命題間のつながりの把握, 全体像の把握,という複数のレベルにわたる処 理を行う認知的課題であり,そこでの困難には 様々な要因が影響していると考えられる(犬塚・ 高橋,2006)。本研究において,「計算する」や 「推論する」と同様,・「読解」でもすべてのIQ と多くの下位検査で有意差が認められたこと は,高次な知的作業が求められる読解には,全 般的な知的水準および認知機能が強く関与して いることを示唆するものである。 本研究独自の項目である「注意」については, 有意差が認められたいずれの指標においても主 訴有り群が主訴無し群よりも有意に高かった。 これは,他の主訴とは逆方向の関連を示す結果 である。このことについては,知的水準が高い 子どもの場合,そうでない子どもに比して,学 力のつまずきよりも注意集中等の行動面に閲す示している。よって,IQおよび群指数のディ スクレパンシーについては個人内差の解釈がよ り重視され,個々のケースに応じて認知特性を 把握していく必要があるといえる。 本研究では主訴をカテゴリー化し,学年別に 傾向をとらえた。その結果,年齢に関わらず 「書く」に関する主訴が多くなっており,反対 に「読む」が少なくなっていた。海津(2003a) の分類によると,「読解」に関する内容は「読 む」に含まれている。本研究において主訴の「読 む」と「読解」を併せて集計すると,その該当 人数は「書く」とほぼ同数になり,読み書きに 関する主訴が極めて多いことがわかる。近年, 読み書きに関する研究が数多く報告されている が,読みの研究が中心セあって書きの研究が少 ないこと,学習に関する研究が弱いことが指摘 されている(窪島,2008)。また,加藤(2003) は,わが国において音韻操作や語彙,文法,綴 りなどを評価できる標準化された検査がないこ とを指摘しており,読み書きの評価法は充分に 整備されていない状況にある。臨床現場で多く 使用されているWISC−Ⅲなどの知能検査は,子 どもの全般的な認知的特徴を把捉することがで きるが,読み書きの能力の程度やそのつまずき の段階については詳細に把握することは困難で ある。このような現状からも,読み書きの問題 にアプローチするうえで,評価方法の確立と個 別の課題に応じた効果的な指導・支援方法の具 体化が今後の課題としてあげられる。 また,学年別という観点からは,小学生と中 学生で主訴の傾向が異なることが示唆された。 海津(2002)では,LD児の学力のつまずきを, LD児の学年群ごとに健常児群と比較した結果, 低学年群では有意につまずきを示す学習内容で あっても,高学年群では健常児群との有意差が 見られなくなる項目があることを報告してい る。服部・上野(2002)は,学習困難の特性と 学年推移による変化を分析し,発達に伴い改善 する傾向が高い学習のつまずきと,改善が困難 な学習のつまずきがあることを指摘した。つま ずきのある子どもを発達に即して支援するため には,認知機能の発達的変化とその特性を明ら かにしていくことも不可欠である。今後は発達 的な視点も含めて,横断的・縦断的な研究を重 ねていく必要があるだろう。 最後に,本研究では,同一の検査者が実施し た検査結果を分析の対象とした。ある程度のサ ンプル数でWISC−Ⅲの認知プロフィールを扱っ た同種の研究と比較して,データの取得という 点において均一性が高いものと考える。しかし ながら,本研究では,全体的な傾向を把握する ことを目的としたため,詳細な検討が充分にな されたとは言い難い。今後は,年齢や知的水準 による条件の統制を含めて詳細な検討を加えて いく必要がある。 文献 服部美佳子・上野一彦 2002 通常学級に在籍する 学習困難を示す児童の学力の特性と教育的対応 LD研究,11,280−292. 平林伸一・大沼春枝・藤沢広信・日詰恵里子・吉 越久美子・今田里佳・小松伸一・高橋知音 2005PDD児とAD/HD児の注意機能の差異に関 する検討 日本LD学会第14回大会発表論文集, Pp.416−417. 細川美由紀・室谷直子・二上智志・前川久男 2004 ひらがな読みに困難を示す生徒における音韻処 理および聴覚情報処理に関する検討 LD研究, 13,151−162. 大塚美輪・高橋麻衣子 2006 文章理解の困難を主 訴とする高校生への読解方略指導:読解プロセ スの観点から LD研究,15,330−338. 伊藤恵子 2007 アスペルガ一障害と高機能自閉性 障害における認知特徴の相違:WISC一Ⅲ知能検査 結果からの検討 言語聴覚研究,4,48−55. 海津亜希子 2002 LD児の学力におけるつまずきの 特徴:健常児群との学年群ごとの比較を通して 国立特殊教育総合研究所研究紀要,29,11−32. 海津亜希子 2003a LDの学力ー認知能力モデルに 関する研究:“LDSC”と“WISC−Ⅲ”との関連か ら LD研究,12,182−203. 海津亜希子 2003b LDの学力ー認知能力モデルに よる類型化に関する研究:学力の状態像から認 −71−
のガイドライン(試案)文部科学省2004年1月 30日 <http://www.mextgo.jp/b_menu/houdou/16/ 1/04013002.htm>(2008年5月30日) 日本版WISC−Ⅲ刊行委員会1998 日本版WISC−III 知能検査法 日本文化科学社 大石敬子1992 読み障害児の指導:神経心理学的 アプローチ 小児の精神と神経,32,215−224. 大石敬子1997 読み障害児3例における読みの障 害機構の検討:話し言葉の問題を通して LD研 究,6,31−44. 田中裕美子・兵東明和・大石敬子・BarbaraWise・ LynnSnyder 2006 読み書きの習得や障害と 音韻処理能力との関係についての検討 LD研 究,15,319−329. 上野一彦・海津亜希子t服部美佳子 2005 軽度発 達障害の心理アセスメント:WISC−Ⅲの上手な利 用と事例 日本文化科学社 知能力の予測は可能か LD研究,12,315−332. 加藤醇子 2003 読み書きの言語認知神経心理学 と研究の動向:特集にあたって LD研究,12, 240−247. 小山智典・立森久照・長田洋和・戸張美佳・石田博 美・栗田 広 2003 WISC−Ⅲによる高機能広 汎性発達障害と注意欠陥/多動性障害の認知プロ フィールの比較 精神医学,45,809−815. 窪島 務 2008 読み書き障害の概念,アセスメン ト,診断と教育的指導の理解:発達・教育的パー スペクティブにおける理論的実践的可能性と課 題 障害者問題研究,35(4),2−13. 前川久男・.岡崎憤治 2006 認知能力についての診 断 斎藤万比古・渡部京太(編)改訂版注意欠 陥/多動性障害−AD/HD−の診断・治療ガイド ライン じほう Pp.60−67. 文部科学省 2004/ト・中学校におけるLD(学習障 害),ADHD(注意欠陥/多動性障害),高機能自 閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のため
APPENDIX 主訴の分類項目と内容 項目 分類内容 聞く 聞き間違いがある 新しいことばをなかなか覚えられない 指示の理解が難しい 「どうして」「どのように」などの質問に答えることが難しい ちょっとした雑音でも注意がそれやすい 聞きもらしがある 語句を間違わず復唱することが難しい 文法的に不正確な言い方をする あることばを間違った意味において使うことがある 語を羅列したり、文が短いなど内容的に乏しい 分かりやすく伝えることが難しい 発音しにくいことばがある 適切な速さや、大きさで話すことが難しい ひらがな、カタカナなどの文字を読むことが難しい 文字を抜かしたり、余分な文字を加えて読む 習った漢字が読めない 形態的に似た漢字を読み間違える 聴写すると書き誤る 鏡文字がある 助詞を適切に使うことが難しい 思いっくままに書き、筋道が通りづらい 文字を視写することが難しい 姿勢や、鉛筆等の用具の使用がぎこちない 漢字の細かい部分を書き間違える 計算する 数を正確に書き表すことが難しい 大小判断がすぐにできない 九九が暗唱できない 繰り上がりや繰り下がりのある計算が難しい 数え足し(引き)のように計算し、集合数同士で計算しない どういう時に何算を使えばよいかの判断が困難 推論する 量を比較することが難しい 量を表す基本単位についての理解が難しい 時間の概念を表すことばの理解が難しい 位置や空間を表すことばの理解が難しい 形を構成したり、弁別したりすることが難しい 図形を模写することが難しい 因果関係の理解が難しい 内容や形式、やり方などの変化に応じることが難しい 細かいところまで注意を払わなかったり、不注意な間違いをしたりする 手足をそわそわ動かしたり、着席していてももじもじしたりする 注意を集中し続けることが難しい 授業中座っているべきときに席を離れてしまう 指示に従えず、また仕事を最後までやり遂げない 遊びや余暇活動に大人しく参加することが難しい 学習課題や活動を順序立てて行うことが難しい じっとしていない。または何かに駆り立てられるように活動する 集中して努力を続けなければならない課題を避ける 過度にしやべる 学習課題や活動に必要な物をなくしてしまう 質問が終わらないうちに出し抜けに答えてしまう 気が散りやすい 順番を待つのが難しい 日々の活動で忘れっぽい 音読はできても、内容を理解していないことがある 文章の要点を正しく読み取ることが難しい 文章題を解くのが難しい 一73−